2005年02月28日

悲劇ふたたび

長引いているインフルエンザは、あいかわらずすっきりしない。今日は久しぶりに激しい頭痛がおき、バファリンプラスをつかってしまった。

それはそうと、昨日の日曜に事件があった。愛犬がまた足を痛めて帰ってきたのだ。12月の初旬にやはり私が気管支炎で1週間、倒れているときに、それは起こった。私はまだ相当体調が悪かったが、車を出して病院まで行き、その結果右前足の指の骨折が判明。パックリ割れているレントゲンをみて、これから2~3カ月は運動禁止というショックな診断を受けた。

その後、我慢の冬を過ごしていた。そして漸く骨がくっつき出し、散歩開始許可が出た矢先の二度目の悲劇だった。まあ飼い主側の散歩時の気の弛みが一番の理由なのだが…

そろそろ回復の兆しが見えてきたので、来月あたり雪のフィールドに旅行にでも行こうかと思ってたり、しつけ教室の予約を3カ月ぶりにしたばかりの出来事のため、ショックは隠しきれない。私の体調が悪い日に限って、この子も怪我をするのか。滅入る日々である…

診断は同じ部分がしっかり3カ月前のように割れていた。まさに振り出しに戻る、だ。この3カ月は何だったのだろうか…

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2005年02月27日

やはり週末でも治らず

微熱と咳がおさまらない…とうとうタミフルも5日分を飲み尽くし、病院はもう出せないと言っていた。あとは安静しかないという事か…

今回この薬を飲んでから、急激に熱も下がり、これはすぐに治るかも、とタカをくくっていたが、やはり私の体はそう簡単に回復してくれなかった。まあこのクラスの風邪の場合は最低1週間、最悪2週間弱の休養が必要なのはわかってはいたが、この時期にきて年休を使いすぎると来年度に影響するのでちょっと悩む所だ。とりあえず今日は風呂に入らず、寝る体制に。明日もう1日だけ休ませてもらうつもりだ。

今日は本当なら旅の友人たちと某公園でデイキャンプの予定だった。当然外出は一歩もせず。昨年買ったコンボクッカーも無駄に収納庫のスペースをとっているだけである。現地から楽しそうな友人の写真やメッセージが飛んできたが、とりあえずリアルタイムで見ないで寝ていた。

もともとオートキャンプというもの自体、あまりした事がなかった事から、ダッチオーブンなどもまったく興味がなかった。実際の所、つかっている人を軽蔑すらしていた。しかし、最近になってダッチで作った料理の美味しさを楽しめる事に少しだけ気づいた。その事もあって、このコンボクッカーが気に入って購入したのだった。

この写真はシーズニング前。今年はこれを使えるフィールドに沢山出たい。
とりあえず、インフルエンザを治さねば…

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2005年02月26日

少しだけの癒し

インフルエンザ5日目の症状は微熱があり、ときおり咳がひどく出、腰が痛いという所である。あまりよくなったという感じは依然ない。

朝8時半に病院に行く。前回行ったときは既に2人待合室に居たが、今日は誰もいない。おまけに診察開始10分前に漸く1人現れた位、空いていた。症状を話、あと2日分タミフルを出して貰う。このあとはもう薬は出さないとの事だ。このB型はこれから完治するまでも長いという。熱が下がったあと、2日は安静にした上で、動き出すようにといわれたが、今現在微熱があるということは、まだ当分仕事への復帰もできないという事か?無理をすれば、長引くというが、こういう時は会社とか仕事っていうのは何と無情なのだろうかと思う。要は社員の体よりもルールが優先されるのが普通なのが現実である。

明日は某公園で友人の集まりがあるが、これではまず参加は無理である。今日病院に往復しただけだが、寒かった。冷え込み方もここにきて厳しく感じる日が多いような気がする。春一番は吹いたが、まだまだこれからという感じだ。

来月は年度末。仕事もいろいろ立て込んできている。また別の仕事の方も来月がピーク。憂鬱な事が多い。

そんな憂鬱な気分を少しでもやわらげてくれるのが、この子である。一昨年から飼い始めた、しっぽを残したウェルッシュ・コーギー・ペンブローク。私に体をくっつけて眠ったり、布団にもぐり込んできたりするが、気は強くなかなか小犬の頃はしつけに苦労してきた。ここ最近は、ちょっと臆病さが出てきたのか、よく飼い主にくっついてくる日が増えた。弱った体や頭にはちょっとした癒しを与えてくれる。

さあ、そろそろ寝るか。昼間寝すぎたから寝られるかどうかわからないけど…

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2005年02月25日

インフルエンザ4日目

依然体調が悪い。会社にメールをしようと朝起きてくると、妙に寒い。そういえば雪になるといっていたっけ。窓から外を覗くと、軒に雪が少し積もっているのが見えた。でもそんなに積もっているという感じはしない。

メールをしたあと、また布団にもぐり込むが、布団のスペースを犬に取られていて寒い。仕方なく体をまるめて少し震えながら我慢する。通勤の時に毎日聞いているJ-WAVEをイヤホンで聞くと、首都圏の道路や高速道路もいたる所で雪の為閉鎖されているようだ。そんなに降ったのか。

普段だと既に勤務先に到着している時間。いつもは聞けないプログラムにラジオを移っていたのを最後に、また眠りに落ちた。

タミフルは今日1日分しかない。明日はこの調子だと朝からまた病院だ。何とかそろそろ治ってくれないと、この週末もどこにも出られない。

10年ちょっと前、私は仕事で過労となり、肺炎で1カ月療養した。それからというものの、持病の喘息が悪化し、いい歳をしていまだに発作はよく起こる。激しい運動ができないが、その後もスキーやモトクロスなんかもしていたが、辛さと背中あわせに騙し騙しやっていたという感じだ。しかしそれらをしなくなってから、ますます体力は落ちる一方のような気がする。こんな調子では運動ひとつできないが…

この事もあって、風邪をひけば1週間から10日は完治までかかる体になってしまった。ましてやこの10年に3度、風邪から軽い肺炎を起こしている。どれもこれも真面目に仕事に取り組みすぎたからだと思っている。しかし会社はそんな事はどうでもいいという態度を取られた。

インフルエンザといえば、まず1週間から10日コース。もうしばらくおとなしくしていないと…ベッドでは寝ている以外、このMovableTypeのトラックバックがうまく動かない事で、ちょっと調べたり、別件で依頼されている仕事の前調査をしたりしていた。

早く治る為には、何か物欲を満たせるようなものを思い浮かべるか。そういえば、旅の友人がXR600Rを売りたいといっていたっけ、とふと思ったりするが…。年に1度しか乗らない1997年式DJEBEL250XCも不憫でならない。

旅に出たいと思えば、体の治癒力もあがるかわからないが、写真は昨年の夏。
久しぶりに走った道北サロベツで利尻富士をバックに。

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2005年02月24日

温泉に行きたい

インフルエンザとの戦いは既に3日目に入っている。
タミフル摂取開始から2日目。昨日の方が体調はよかったような気がする。
相変わらず殆ど寝て過ごすが、とにかく気分が悪く、体中が痛い。

当然日中眠る為に、夜はなかなか寝つけない。そうすると、いろいろ無意味な事や無駄な事を考えてしまう。私はマイナス思考が強く、不安に襲われる事も少なくない。

そんな体がいうことをきかない中で、ふと思った事をひとつ。「東北のひなびた温泉に入りたい…」

大学に入った翌年、それまで計画していたバイクでの日本縦断の旅をした。その中で思い出深い温泉のひとつであり、今ではとても有名でメディアにも登場する回数の多い、秋田県は乳頭温泉郷の鶴の湯に、久しぶりにお金を払って1泊した。確か当時の値段で、1泊2食付で5000円前後だったと思う。

自炊棟も含め、半分の宿は埋まっていなかったが、その露天や水車で発電する為殆どの照明がランプという、風情満点の素晴らしい温泉宿だった。夜中、心ともなげなランプの明かりが湯けむりを照らし、その隙間からは満天の星空と天の川が顔を覗かせていた。

到着後、ひとっ風呂を浴び、夕日が照らす中浴衣姿でバイクのメンテを済ませたあと、撮影した1シーン。数えきれないほど入浴したが、お湯以外にいろりがある客室も風情満点でまたいきたい宿である。しかし、今は随分変わってしまったと聞くが…お湯はきっと変わらないのだろう。

この秋田・岩手・青森ではいろいろな温泉に入った。奥東北の湯に入れば、風邪も治る…かもしれない。

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2005年02月23日

タミフル

結局一晩中、間接痛と熱にうなされ、まともに睡眠が取れなかった。
夜が明けるのが待ち遠しかった。そしていつも1時間以上待たされる近所の病院に、診療開始時間より30分前に向かう。恰好はもう気にしていられないので、コートをはおり、帽子をかぶっての外出だ。

通常徒歩5分ほどの距離を倍近くかけて到着。実際それ以上早く歩けないほど、下半身すべてが痛い。熱は38.2度。まあ検査をしなくても職場で流行っているインフルエンザだろう。

30分前に到着して、前に2人もいた。おばちゃんとおっちゃんである。持病の為、月1度程度通っている東京医大でも、1時間半前ですら、おばちゃんとおっちゃんが3人必ず居た。元気なら来る事ないのに、本当に診察が必要な人にとってこれほど迷惑な事はない。

インフルエンザの検査は、鼻の中に綿棒を入れ、採取した粘膜から行うらしい。私は症状としては一番辛い時期に入っているので、人によって反応が出にくいといわれる陽性反応がすぐに出たらしい。噂のタミフルと解熱鎮痛剤を貰ったあと、また時間をかけて帰る。

家でおかゆの朝食を取り、薬を飲んで寝たが、しばらくして体が軽くなっているのに気がついた。間接痛も殆どなく、熱も急激に下がっていた。あまり急激にさげるのはよくないが、楽になったのは助かる。昨日の仕事の経緯が気になるので、メールを出したりして、また寝る。

夕方になってまた熱があがってきた。インフルエンザクラスの風邪にかかると、まず完治まで1週間はかかる体の私は、来週月曜にある重要な仕事が気になりつつ、とりあえず明日も寝ているしかないだろう。

しかし、このブログのタイトルである「丘に吹く風」にはほど遠い内容である。まあいずれなぜ丘なのか、なぜ風なのかを語るだけでなく、コンテンツとしてまとめていきたい。

とりあえず、体調不調なので言い訳がましい内容で締めくくろうと思う。

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2005年02月22日

ウィルス

ここ最近インフルエンザの予防摂取を受けている。
しかし、今年は2種類のインフルエンザが流行っており、心配はしていたが、とうとう今回インフルエンザB型にかかってしまったようだ。

おまけに今朝から検知できないMYDOOM型ウィルスが暴れ、トレンドマイクロ社のパターンで検知できずに、最悪の体調の中、夜まで対応に迫られた。あげくにお昼すぎに検体を5種類も提出したにもかかわらず、まったく違うウィルスの報告をしてきた上、サポートグループはみんな帰ってしまい、感染PCの復旧ができず明日に持ち越しとなってしまった。いい加減にしろトレンドマイクロ。

トレンドマイクロのUSサイトでは英文で解説されているWORM_MYDOOM.AGが、今回ひっかけられなかったウィルスの説明でビンゴである。対応パターンファイルも、2.434.00。そのものなのだが、日本語サイトのWORM_MYDOOM.AGはまったく違うウィルスWORM_BOFRA.Cにリネームされたという。トレンドマイクロ社のウィルスデータベースはどうなっているんだ?

あきらかに日中より熱が38度以上ある感覚だったが、23時半に家に帰ってきて、熱をはかったらやはり38.5度。できるかぎりの段取りを昨日中にして、後輩に託したが、きっと大変だと思う。これまでウィルス対策をメインにしてきて、当日ダウンしたのは初めてである。

何にせよ、今はこの体中の痛みを我慢し、安静にして治す事に専念させて頂こう。

2005年02月21日

私とおない年のカメラ

カメラというのは男にとって魅力ある機械ではないか。
中学時代、写真というものに興味が出て、写真部に在籍したのが始まりだった。とはいえ、小学生時代に今は亡き父親のカメラをさわらせてもらっては、空シャッターを切っていたのをかすかに思い出す。

最初に自分のカメラとして購入したカメラは、憧れだったニコンが買えず、それでも当時コンパクト一眼としてファンも多かったペンタックスMXを貯金をはたいて購入した。当然レンズも標準しか買えず、その後アルバイトをして父親にローンを組んでもらって、80-200mmのズームを購入。写真部にあった暗室で、焼き付けのテクニックなども一人前にトライしていた。

車が好きだった事もあり、また当時スーパーカーブームで、自転車で何度か甲州街道や環8の外車店をまわり、写真を撮影したり、撮影会やサーキットに行ったりして、自分で撮影した車の写真やネガを、車雑誌の個人売買で売ったりしていた。

カメラマンになろうなんていう野望はなく、あくまで趣味だったと思う。マニュアルカメラが好きで、ミノルタのXDやキャノンAIなど、フルオート一眼の出始める中、ずっとマニュアル機しか使った事もなかった。

その後写真はスナップが重要だという自己解釈から、コンパクトフルオートカメラに走り、旅に行っても一眼をわざわざ出して撮影するような事が減っていった。バイクで旅する事で、防水も考慮したパッキングだとどうしても気軽に取り出せる場所に一眼レフを収納するのが困難だったからとも言える。

デジタルカメラもコンパクト型が普及し、スナップはまさにデジカメが便利である事を感じる時代になって、なぜか突然レンジファインダーに興味が沸いてきた。そして今あえてフィルムを、という時代に逆行しているとも言えるあの絶対に手が出なかった「ライカ」が欲しくてたまらなくなった。

当然買えるなんて思っていなかったので、フォクトレンダーのベッサR1や、安原一式をターゲットに考えていた中、自分が生まれた年のライカが、バースディライカと呼ばれ、その対象がM1~M3という機種で現実に手に入れる事ができる、という事がわかってからは、もうライカしか目に入らなくなってしまった。

銀座や新宿、新橋の有名な中古カメラ屋を時間があれば覗く日々がはじまった。しかし、納得のできる値段や程度のカメラはなかなかみつからなかった。しかし、ある日、オークションで私が狙っていたM2で程度の良さそうなものが出品された。

値段は少々高めだったが、連絡を取るとすぐにその出品者の方は実際にモノをみる事を進めてくれ、出品を取り下げてくれた。そしてアポイントメントを取って、実際にそのカメラをみにでかけていった。

それはまさに私が望んでいたボディだった。傷はあるが殆ど目立たない。シャッターも1/15のバウンドもしっかりする、程度としては極上のもの。30年以上も前のカメラだと思えない程よいものだった。出品者の方は私とそれほど年齢の差がなく、好感のもてる方だった。

そして購入。以後、こいつをもって歩く事が楽しくて仕方がなくなった。

最近は犬を撮影する為に、デジタル一眼レフを持参する回数が増えた為、出動回数は減ったが、私の宝物のひとつである。私と一緒に年を取っていこう。

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2005年02月20日

ガソリンストーブ

寒そうな雲が空一面に居すわる日曜。散歩に行こうと外に出れば、小雨が降っていた。傘を出すのも面倒なので、着ているマウンテンパーカのフードを被り、近所を一周。

こういう日は何もする気が起きないが、少しだけ片づけをした。昨年結果的には一度も火を入れる事なかった、長年愛用しているキャンプストーブのメンテをした。ポンプ部分を分解し、オイルを塗り、軽く本体を拭く。このストーブに行き着くまでと、これを使い始めてからの話をすると、それなりに長くなる。

ガスを愛用している期間というのが、実は私にはなかった。手軽だが、コスト高であったし、何よりガソリンは足としていたバイクに積んである訳で、1リッターのレギュラーガソリンで何度炊事ができるかという事を考えた時、自然にガソリンストーブという結果になっていた。

とはいえ、ホワイトガソリン専用機と呼ばれるこのストーブであるが、これまでジェネレータを交換したのは2度だけ。それまでは着火後の取り扱い方に気を配るだけで、特に詰まるという事はなかった。

ガソリンスタンドで入手できるレギュラーガソリン、通称赤ガスが使えるとうたっているオプティマスの8Rや、GIストーブを使った事もあるが、このコールマンピーク1の使い勝手に比べる事はできなかった。

という訳で私の愛用のメインストーブは、この1989年型Coleman Peak1 400Aである。

ケースは当時どこぞのバーゲンで1000円で買った純正のアルミ製。妙なステッカーは旅を物語る…かもしれない。このケース以外にはEPIのランタン用が流用できたが、こちらの方がコンパクトにパッキングができるので、愛用している。

ストーブについてはまたあらためて語りたい。

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2005年02月19日

日本の南の端

私の住む東京は今日、一日中ずっとみぞれまじりの雨が降っている。
部屋が寒く、ホットカーペットとエアコンがずっと稼働している。

午前中、我が家にいる犬のくーの怪我の状況を診てもらうために、病院に車ででかけた位で、何をすることもなく1日部屋の中や布団の中にいる一日になってしまった。貴重な週末、こうしてまた何も生む事もなく時間が過ぎていった。

何気なくみていたテレビで、沖縄が映っていた。沖縄は好きな地だ。反対に北海道もそうだが、東京生まれの私からみれば、同じ日本でここまで風景が違う地というものに憧れを感じ、これまで何度も旅をしてきた。北海道は別格だが、沖縄・八重山も数えれば5度訪れている事になる。

その中でやはり感慨深いのは、有人域としての日本最南端の波照間島。細かい理由はない。それが日本で最も南だからだ。当然日本最西端の与那国島も同じ気持ちである。なぜかあまりに訪れた回数が多い最北端や最東端はそれほど苦もなく到達できる地である事から、初めてその地に立った約20年前にそれなりに感動したのかもしれないが、今はそれを思い出せない。

離島を求めて、利尻・礼文や八重山諸島、小笠原の父島・母島にも訪れたが、やはり波照間島はその圧倒的な時間の進み方の違いに、驚きそして短い時間だったが楽しむ事もできたと思う。

私が最初に訪れたのは1995年の事だった。存在や旅の目的地としては、それまで旅をしてきて出会った旅人から噂は聞いていた。しかし、学生時代にはとうとう到達できず、会社員になってから忘れていたその場所を友人の話が思い出させてくれた。そして、キャンプ用品を背負って、春の大型連休に休みを取ってでかけた。

最初の八重山では、いろいろな事があった。その後何度か訪れた八重山の中で、一番インパクトがあった。そのエピソードはまたあらためて書きたいと思う。

日本は狭いといわれるが、案外広いものである。海外にバックパックを背負ってでかけたのは、この後になるが、日本をもっと見る事も、大事な事だと思っている。それが上っ面だけだとしても、行ったことのない事とは比べ物にならない程大きな違いがあるはず。

こうしている今も、この最南端の碑は潮風に吹かれ、ここから水平線の上に見える、南十字星に見守られながら建っている。またきっとこの碑の傍らに立ち、海を眺める事があるだろう。

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2005年02月18日

神々の嶺

ネパールが好きだ。この目でいつか、8000m峰を見上げたいと思っていた。ひょんな事から、その機会が訪れた。

その山を見るには、チベット側かネパール側のどちらかしかない。そして、実際に目にするまでは、何時間も、何日も歩いていかねばならない。それこそ神の領域といっても言い過ぎではないと感じていた。

この山に挑戦した人の中で、実際に登頂に成功した人とも言葉を交わした事もある。しかし実際にはその臨場感はわかる訳でもない。いくら、コマーシャル・エクスペディションとはいっても、私のようなものが参加できるものでもないというのは十分わかっている。自分ができる事は、この山々をできるだけ近くに行って、見上げる事くらいである。

この写真は、今はなきエベレストエアーのマウンテンフライトの小さい窓から撮影したもの。ナムチェ・バザール上空で大きく旋回し終わるまで、この神々しい姿をこの目で見上げる事ができた。右からクーンブ谷で象徴的な山、アマ・ダブラム(6814m)、ローツェ(8501m)、そして小さく見えるが、黒い南壁をさらすネパール名サガルマータ、チベット名チョモランマと呼ばれる、エベレスト(8848m)。その偉大な姿はそこに確かにあった。

タメルの雑踏も、ポカラのゆっくり流れる時間も、厳しいネパールの生活水準の上になりたっている事も現実だと思う。欧米からの観光客が、大きい態度で彼らの土地を闊歩する姿も実際に目にした。でも、彼らは何よりもかえ難い、素晴らしい地を持っている。ヒマラヤを囲む国々は、チベット仏教とその信者が幸せを願って日々を暮らしている。それこそ、後世の為に今の自分の人生を犠牲にして…

いつかチベット側からこの山々を見上げてみたい。写真は1993年の正月のもの。

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2005年02月17日

流氷きたる

流氷がきている。この時期には毎年といっていい程、オホーツクに足を運んでいた。

北海道を旅する事は、またあらためて書く機会をつくるとして、11年前の1994年の今日、厳冬期といえる時期に、はじめてテントを張りにオホーツク海沿いへでかけた事を思い出してみる。氷点下20度を下回る世界。

寒いというよりは、辛いと言えるこの時期、車に装備一式を積んで、浜小清水でテントを張り、数日過ごした。張った場所がよくなかったのか、寝ていて気がつくとテントの容積が妙に減っていた。そう、風で雪が舞い上がり、テントの上に積もって押しつぶそうとしていた。真夜中にヘッドライトの明かりを頼りに、スノースコップでテントを掘り起こす。

辛いというより、楽しかった。流氷はずっとそこにあるように、海がある所にぎっしりとひろがり、水平線の向こうまで白く染めていた。

きっと今、こんな風景が広がっているんだろうなあ、とふと思う。行きたいけど、天幕を張る事を楽しめる時間は残念ながらない。しかし、時間がないのであればないなりに、別な楽しみ方もある。

何とか今シーズンも行こうと思い出した所。さて調整できるだろうか。
この写真は1994年2月。後ろのエスパースが私の家である。

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2005年02月16日

リベンジ

ウェブサイトを最初につくったのは1996年の事。

それまでは商用ネットワークで文字だけのコミュニケーションを楽しんでいた。とはいえ、それほど傾倒していた訳ではなく、仕事で仕方なく取得したIDが始まりだった。当時はワープロ機の通信機能を使って接続・文章を書いていたっけ。

主にそれが目的で、仕事とは直結しないMacintoshを3台買換えたが、途中Windows3.1のノートPCを購入して、フリーのWinsockやNetscape1を入手し、おずおずとInternetの世界に足を踏み入れた。

とはいえそれはまだライフスタイルに直結していた訳でも、仕事として必須だった訳でもなかった私が、ドメインを取得して自分のウェブサイトを持つようになったのは9年も前の事。テキストエディタでタグを書き、ブラウザで見栄えを確認しながら作成していた為、今でもエラーがある。

このサイトと決別するのはもっと早くできたはずなのだが、人のウェブサイトをつくったりしているうちに、自分の納得のいくコンテンツがうまく表現できなくなってしまった。何度も作ろうと手をかけても、途中で放り出した事は数知れない。

今回はMovableTypeの導入により、ブログをスタートしてみたりする。さて続くか否か、こうご期待。

画像はその1996年に造った、お粗末なウェブページ。何とも恥ずかしい。

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