私とおない年のカメラ

カメラというのは男にとって魅力ある機械ではないか。
中学時代、写真というものに興味が出て、写真部に在籍したのが始まりだった。とはいえ、小学生時代に今は亡き父親のカメラをさわらせてもらっては、空シャッターを切っていたのをかすかに思い出す。

最初に自分のカメラとして購入したカメラは、憧れだったニコンが買えず、それでも当時コンパクト一眼としてファンも多かったペンタックスMXを貯金をはたいて購入した。当然レンズも標準しか買えず、その後アルバイトをして父親にローンを組んでもらって、80-200mmのズームを購入。写真部にあった暗室で、焼き付けのテクニックなども一人前にトライしていた。

車が好きだった事もあり、また当時スーパーカーブームで、自転車で何度か甲州街道や環8の外車店をまわり、写真を撮影したり、撮影会やサーキットに行ったりして、自分で撮影した車の写真やネガを、車雑誌の個人売買で売ったりしていた。

カメラマンになろうなんていう野望はなく、あくまで趣味だったと思う。マニュアルカメラが好きで、ミノルタのXDやキャノンAIなど、フルオート一眼の出始める中、ずっとマニュアル機しか使った事もなかった。

その後写真はスナップが重要だという自己解釈から、コンパクトフルオートカメラに走り、旅に行っても一眼をわざわざ出して撮影するような事が減っていった。バイクで旅する事で、防水も考慮したパッキングだとどうしても気軽に取り出せる場所に一眼レフを収納するのが困難だったからとも言える。

デジタルカメラもコンパクト型が普及し、スナップはまさにデジカメが便利である事を感じる時代になって、なぜか突然レンジファインダーに興味が沸いてきた。そして今あえてフィルムを、という時代に逆行しているとも言えるあの絶対に手が出なかった「ライカ」が欲しくてたまらなくなった。

当然買えるなんて思っていなかったので、フォクトレンダーのベッサR1や、安原一式をターゲットに考えていた中、自分が生まれた年のライカが、バースディライカと呼ばれ、その対象がM1~M3という機種で現実に手に入れる事ができる、という事がわかってからは、もうライカしか目に入らなくなってしまった。

銀座や新宿、新橋の有名な中古カメラ屋を時間があれば覗く日々がはじまった。しかし、納得のできる値段や程度のカメラはなかなかみつからなかった。しかし、ある日、オークションで私が狙っていたM2で程度の良さそうなものが出品された。

値段は少々高めだったが、連絡を取るとすぐにその出品者の方は実際にモノをみる事を進めてくれ、出品を取り下げてくれた。そしてアポイントメントを取って、実際にそのカメラをみにでかけていった。

それはまさに私が望んでいたボディだった。傷はあるが殆ど目立たない。シャッターも1/15のバウンドもしっかりする、程度としては極上のもの。30年以上も前のカメラだと思えない程よいものだった。出品者の方は私とそれほど年齢の差がなく、好感のもてる方だった。

そして購入。以後、こいつをもって歩く事が楽しくて仕方がなくなった。

最近は犬を撮影する為に、デジタル一眼レフを持参する回数が増えた為、出動回数は減ったが、私の宝物のひとつである。私と一緒に年を取っていこう。

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