2005年07月31日
犬の幸せと飼い主の都合
7月も最終日。無事誕生日もすぎ、今度は由の誕生日が近づいてきた。7月と8月に誕生日があると、バースデー特割とかが使いにくい。どちらかが11月とか2月だとよかったのだが、どうしようもない。
1年の始まりが1月という基準だと、漸く半分を過ぎたあたりなのだが、年度末という基準だと、漸く1/3が終わった所だ。自分の人生が限りあるものとして、こうして過ぎていく日々に、何だか疑問を感じる。もっとすべき事があるのではないだろうか、無駄に過ごしていないだろうか。若い頃はこんな事考える事はなかったのだが、妙にひっかかるようになってしまった。そういう歳なのだろうか。
早く涼しくならないか、早く夏休みにならないか、早く週末にならないかなんて思う日々が、それで本当にいいのだろうかがわからない。だが、そう思わずにいられない日々を過ごしているのは現実だ。ここから抜け出す為に、言い方は悪いが逃げ出す事を、旅に出る理由にする事も少なくない。
旅は自分にとって不安が背中合わせだ。旅に出るまでは特に、ワクワクどころか不安の方が大きい事も多々あった。天気は持つだろうか、船に間に合うだろうか、よいサイトが見つかるだろうかなど、そんな事をクヨクヨと心配している自分は、実は旅に向いていないんじゃないかと思った事も何度もある。
しかし、旅はそれがないと何だか旅に出る意味も薄れるんじゃないかと気がついた。そしていつしかその不安感やドキドキする事を楽しめるようになってきた。実に情けない事だが、偉そうに旅が自分のライフスタイルだと言えるようなものではなく、実はインドア派なんではないかと思う時もあった私が、騙し騙し貫いてきたものの中で得たものは、とてつもなく大きく他のどんなものよりも魅力があった。
くーはまだ旅といってもせいぜい長野や静岡のキャンプや、栃木や山梨の宿、多摩川の河原の他は日帰りの旅しか経験させていない。実際くーにとっては、遊べるならどこでも構わないのだろうが、飼い主の我がままで、いろんな所に連れて行ってやりたいという気持ちがある。
くーにとってワクワクやドキドキするような事はあるのかどうかわからないが、単純な感情である「楽しい」「嬉しい」「怖い」「眠い」という時は明らかに判る。飼い主としては、やはり楽しく、嬉しいという顔をしたくーを見ていたい。まあ眠いもかわいいのだが、怖いや不安なども少なからずある。
旅犬への道は険しい。旅に出る時、楽しいとか嬉しいという表情をするようになってくれればしめたものだ。車に乗る事は楽しい事がある前兆だという事は、それなりに判るようになってきたようだ。電車に乗る事は、まだ2度しかない上に、長時間な故、なかなか直接よい事に繋がらないのも無理もない。今度の課題は飛行機初体験をさせる事で、カウンターであずけられる事が、楽しい所に連れていって貰えるという事に繋がる事。
旅犬の大先輩として、むぎちゃんがいる。彼のようには流石になれないが、ポイントは抑えたい所だ。これは何だかんだ行っても飼い主にかかっている訳で。くーにとっては迷惑な話であったりもするだろう。
写真は迷惑な顔をしているくー。泳ぎ未経験のくーは、あまりに冷たい水と流れに怖がってしまって、立ちすくんでいる…段階を追って、もっと水の中が楽しいものだという事を少しづつ学ばせてやりたい。綺麗な川で、嬉しそうに泳ぐくーの顔を見る事はいつかできるだろうか。それも飼い主にかかっている。
















