2005年09月30日

車検があがってきた

厳密に言えば、保安基準適合書がフロントウィンドゥに貼られた状態で帰ってきたので、後日正式な本ステッカーが送られてくるまでは、完全ではないのだが、手続きは全て終了している。まあ車検なんて通すだけなら、ロクに整備しなくても通る決まり事だけのチェックなのはユーザ車検経験者なら殆どご存じだろう。

一番ひっかかるのは光軸じゃないかと思う。しかしたかだか2年の間に光軸なんかそう調整が必要になるものなのだなと思うのだが、それなら車検のない250cc以下のバイクとかのチェックはいらないのか、とかいう矛盾を感じる。実際道を歩いていて、歩行者が眩しくて歩けない程、ズレがあるバイクや車なんかザラにみかける。

私はちゃんとやるなら車検制度は必要だと思う。黒煙をはきまくるトラック、なんとかのひとつ憶えのようにマフラーをスーパートラップに交換し、フラップを増やしやかましいバイク、某メーカーのようにリコールを隠し火災をおこしたりタイヤがはずれ、不幸な被害者が出てしまったような事がなくなるようにチェックされるなら、という理由でだが、今は車検は単に重量税をぶんどられる為だけのイベントになっていると感じる。

私は車検の機会にどうせならちゃんと見て貰いたい。2年安心して走る為なら、それは惜しくないと思う。当然のようにメーカーのディーラー出してきたのは、まあそれなりに信頼していたからなのだが、実に今まで裏切られ続けてきた事が今回よく判ってしまった。

今回お願いしたのは、目黒区の高室自動車工業(株)さん。別にここが特別なんでもないと思うのだが、ちゃんとやるべき事をちゃんとやってくれた自動車整備工場のひとつだと思う。それが別にメーカー直営ディーラーでなくても、車の事が分かっていれば可能なのだという事は、実はあたりまえなのだろう。

我が車のようにマイナー車ならなおさら。事実ディーラーでさえ、初めて見たと言われたり、整備をした事がないという整備担当者などばかりだったからだ。単にサービスマニュアルや部品供給速度が他よりも有利なだけだという事か。

夜になって、車を持ってきてくれた。なかなか車検時に車を引き取って、また配車を無料でしてくれる所は少ない。あと安さをうたっている所は多くても、整備項目の代金が小分けされていて、結果的に割高になってしまう24か月点検なども、ユーザーは内容をもっとよく知るべきだと思う。

今回主な項目は、フロントブレーキパッドがもう殆ど残っていない為交換、リアホイールシリンダにオイル染みがあり交換、リアワイパーラバー交換、バッテリーが5年前に私がグレードの低いものを入れたままで電圧が落ちる症状がある為交換、ラジエターキャップ弁に問題がある為の交換だった。

また2年前の車検時にメーカーのディーラーに指摘し「修正」と明細にも明記されていたにもかかわらず、まったく治っていなかった車体下から鳴る金属のビビリ音は、エキパイの遮熱板のボルトが緩んでいた為だった事がわかり、今回しっかり治ってきた事。なんでディーラーはこんな事すらできないのか、あまりにレベルが低すぎる。

オイルはWAKO'Sの4CT(10W-50)という良いマルチグレード100%化学合成オイルをサービスで入れて頂き、他にも基本的な車検に必要な24か月点検を済ませ、帰ってきたロッキー。担当の方も丁寧に説明をしてくださり、また余談として塗装の修正にかかる費用の相談や、ビビリ音について今後発生するようならどう対応すべきかなども説明頂いた。

基本的な整備については、今後もこちらにお願いしてもいいと思える対応だった。いろいろある車検をしてくれる業者があれど、自分が納得のいく内容をきっちり仕事してくれる所と出会えたのは収穫だった。

明日は朝が早いので、とりあえずぐるっと近所を一周した。すると、これまで11年、ディーラーに「ブレーキがあまりにも効かない」と言ってきた症状が心なしか少し改善しているように思えた。これがパットの交換だけなら、一体なにを見てきたのかと思える所だ。またエンジンの吹けあがりも良好。走り出しの加速も軽やかに感じた。これはオイルのおかげだろうか。ロードノイズも極端に減っているような気がする。

今回かかった金額は、税金や自賠責などの費用も全て含めて150,800円。これが高いか安いかという所だが、交換部品も多く、修理もあった事で私は納得の行く額だったと思う。何より、ディーラーに頼んでも同じような額だった事がその判断基準でもある。

しばらくは安心して乗る事ができそうだ。明日は早速大井松田までドライブをする予定である。

写真は1999年11月2日の阿寒峠。前日に降った雪だったが、それほど深くなく何とか夏タイヤで走りきれた時のもの。

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2005年09月29日

そしてデジタル一眼へ

銀塩カメラの勢力が弱まり、唯一我が家にあるのはライカM2なのだが、犬を飼うようになってから、やはり激しい動きや被写界深度の効果を出しやすいポートレートを撮りたくなってしまった。流石に35mmと50mmのレンズでディスクを追ったりやハードルを飛ぶ小型犬を撮影するのは無理があるという事だ。

ライカにこだわって、90mmまではレンズを揃えたかった時期もあったのだが、長年ニコンで仕事をしてきた知人の須藤カメラマンもある時期から一切をキャノンに換えてしまった。プロへのサポート面でもニコンよりよかったという話も聴いたし、やはりAFに特化してレンズ内モーターのラインナップがまだわずかというニコンは、いくらD70という安価なボディを出しても、なかなかキャノンのラインナップに追いつくのは難しいといった所だろうか。事実ニコンオーナーだった私も薄々そう感じていた。

カメラというものに興味を持ってから、ずっとマニュアル一筋だった私が、興味が全くなかったオートフォーカスに一番最初にシフトしたメーカー、キャノンのデジタル一眼レフに資産を総移行してしまったというのも、自分でも想像していなかった事だった。

2003年12月。そして私はとうとう、ミドルクラスのデジタル一眼へ手を出す事になってしまった。それなりにお金を投入し、当時まだAPS-Cサイズで使える広角系のラインナップが薄く、また価格との関係から、EF24-85mm F3.5-4.5 USMと、EF90-300mm F4.5-5.6 USMの2本を、EOS DIGITAL 10Dのボディと共に購入。その操作感とレスポンスにそれまでのデジタルカメラでは限界だった世界を、いとも簡単に越えてしまった。

それからというものの、私がくーとの散歩につきあう時は、必ずこのカメラが一緒になった。それまでデザインや操作系が気に入らなかったキャノンのカメラが、これほど使いやすかったのかと思える程、ライカと同じ位に撮影が楽しくて仕方がなくなった。

レンズはこれからの課題が沢山ある。Lレンズは憧れだが、実際あれを持ち歩くのは厳しい。私としては、ISのついた広角系と望遠系のズームが欲しい。今のレンズでは、やはり不満も残ってしまう。

今でこそ各メーカーがこぞってデジタル一眼レフを出してきた。競合メーカーが出てくるのはよい事だが、レンズなどは全てといっていい程、デジタル一眼レフ用に新設計されたものでなければ、パフォーマンスを発揮できないだろう。そうなれば、ボディから揃えても変わらない。

カメラは特に、カメラメーカーに対してそれぞれ使い手の思い込みが選択要因として大きいものだろう。ニコン派、キャノン派、はたまたコニカミノルタ派、オリンパス派等々。ある意味私がそうだったのだが、先入観を捨て、よいというものに代える事で、想像以上に新しい世界に足を踏み出せる事だってある。

くーの一瞬の表情や動きは、ビデオカメラなどでずっと撮影して、好みのシーンを切り取るという事だってできるのだが、やはりシャッターを切る一瞬を、私は楽しみたい。

久しぶりにくーのおかげで、またカメラ熱がぶり返してしまった。ライカの出番は極端に減ってしまったが、まったく別なものとして、片や露出計片手にじっくりと撮影して楽しむスチールカメラ、片やミスを恐れずに一歩踏み込んで激しい動きの一瞬や被写体をぐいと引きつけた撮影が楽しめるデジタルカメラと、用途を棲み分けて使っている。

ただ、くーが我が家にやってきた頃に、このカメラと出会いたかった。かわいい小犬の頃の写真が、150万画素のコンパクトデジカメで撮影したものしか残っていないからだ。

そして自分が思うよりも早く、このカメラとの別れが来る。それはまた後日。

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2005年09月28日

タイヤは九州からやってくる

ロッキーは由が何も知らずに、ただ不人気車種であり、またスズキの対応が気に入らなかったから選ばれた車種なのだが、実際は結構真面目に作られたRV車だ。本人は単にめったに見ない事が、気に入っているらしい。

また背が低い事もあって、RVの見下ろすドライビングポジションが好きらしい。私もそうだが、バイクだと前を走っている車の先が見渡せる事から、大型トラックやバスが目の前にあると気になる。普通のセダンとかなら、ロッキーであれば先が見渡せる訳で、ある意味先を見越した安全運転がしやすいと思う。

まあそんなロッキーなのだが、私もこの個性的な車が大好きだ。私が運転をすると、動き出したらできるだけ減速を減らし、スピードを落とさないように走る。パワーがなく重い車なので、一度速度を落とすと速度をあげるのが大変なのだ。高速道路の登攀車線などは、あれば必ず入らないとならない程のパフォーマンスなのである。パワーはもうちょっと欲しい所なのは確かだが、まあこれはこれでもいいかと思っている。

そんな車も今回の車検で11年目。東京にきてから、タイヤの山もなくなってきた時に、ヤフオクでアルミホイールと9分山のタイヤセットを買った。出品者は熊本の人だった。少々どんなタイヤが装着されていて、どんなデザインのアルミなのか心配になったが、思いの外よいものでほっとした。

今でもそのタイヤがついている。ホイールはわからないが、シンプルな5本スポーク型でなかなかよく、傷も殆どなかった。タイヤはダンロップのデジタイヤシリーズで、それまでのBSのノーマルタイヤよりはるかにロードノイズもハンドリングも軽くなった。タイヤだけで随分かわるものだ。

ロッキーは4駆にする時に、フロントはフリーホイールハブなので社外に出て、ホイール中心にあるツマミを回してロックしなければならないのだが、それもロッキーらしくて好きだったりする。

手で回すといえば、窓も手回しなグレードなのだが、本当に今どき珍しい、アナクロな車だ。たまにウケを狙えて楽しいのだが、やはり集中ドアロックなどはあっても邪魔にはならないと感じてしまう今日この頃だ。

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2005年09月27日

レンタカーの取扱い方法

レンタカーを借りる時、いつもそうだが、操作に最初戸惑う。普段乗っている車に一番、自分が慣れている訳なのだが、最近の車はコラムオートマだとかサイドブレーキがフットブレーキ型になっているとか、正直私は実物を見るまで知らなかった。

一度友人のステップワゴンを、とある理由でちょっと動かそうとして運転席に乗った事があるのだが、コラムオートマの操作がわからなかった。お恥ずかしいかぎりなのだが、その後、レンタカーを沖縄や遠野、北海道などで借りた時、漸く操作方法がわかった、というのが私だったりする。

元々実家は車があって、亡き親父はオートマが嫌いでずっとマニュアル車に乗っていた。最初はバイクで会社に通勤していたのだが、我が家に初めてきた車はパブリカ。そしてコロナ、スプリンター、という感じで、材木卸業という仕事柄、事務所に通勤するために車に乗っていた。

いわゆるサラリーマンだったのは私が小学生の低学年あたりまでだったと思う。その後、自分の会社をたてて、私は小学生の頃から鍵っ子になった。車はその頃から自宅にあったのだが、私が車の免許を取った18歳の頃に我が家にあったのは、トヨタのスプリンターという見た目がカローラと同じような車の4速マニュアルだった。そして、コロナHTという2ドアクーペになり、ギャランVR-4になったのだが、どれもマニュアル車だった。

FR車では免許を取ってそれほどたっていない頃から、グレードの低い車だったせいか、リアがブレークする事がたまにあり、オフロードバイクに乗っていたせいか、自然とカウンターをあてたり、若い運転をしていたと記憶している。マニュアル車なら、基本的にはみな操作は一緒で、せいぜいクラッチの繋がる感覚が違う程度だろう。父親の会社にあったダットラはコラムマニュアルだったのだが、これはなぜかそんなに違和感なく操作ができた。

しかし、その後レガシィの初期型、2型と変わっていくのだが、この頃からオートマになった。12歳の頃にヤマハのSLというレーシングカートライセンスを取ってちょっと遊んだのだが、何だかオートマがカートのようで峠とかの下りに違和感があって好きになれなかった時もあった。しかしドライビングが趣味でもなかったので、段々とオートマの楽さに流されていってしまう。

今のロッキーも由の選択なのでオートマだ。よく考えると最近は前がベンチシートでコラムオートマという考えが出てくるのは普通だと思えるのだが、最初慣れるまではやはり違和感があった。この夏借りた三菱コルトもフロアオートマだったが、慣れると気にならないが乗り換えた時はやはり普段乗り慣れた車の記憶が残っているものだ。釧路で借りて初めて乗った時よりも、帰ってきてロッキーをスタートさせた時のあまりの重さと鈍さには我ながら驚いてしまった。

現代の車は軽く、パワフルに作られる方向なのだろうが、私は適度な力を必要とする乗り物が好きだ。バイクにしてもそうだが、しっかりしたRVはタイヤもホイール径も大きく、ショートボディでも最低回転半径は比べ物にならない程大きいのだが、操作しているという事を感じられるからだろう。

写真は春の北海道。江鳶山スカイラインという名前だけ立派だが完全未舗装路の分岐を間違え、雪で閉ざされて通れない奥まで入り込んでしまった時。羆出没の時期というのと、人気がまったくないという事で、正直怖かった。

北海道では一番安い、このデミオがまわってくる可能性が高いのだが、この車は結構色々な所が痛んでいた。別に林道を長時間、走り続けたのが原因ではない…と信じたい。

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2005年09月26日

車検はどこに出すべきか

明日、ネットで調べた車検業者がやってくる。どんな業者なのかわからないが、ガリバーという中古車販売などの情報ポータルをサービスしているサイトから、車検の一括見積もりというサービスを使って業者を調べてみた。

それもこれも、前回、前々回とディーラーに車検を頼んだのだが、満足いく整備がされなかった事が理由としてある。元々由がこの車を買ったあと、ブレーキの効きが悪いのでアッセンブリー交換すらして貰っても、タッチは改善されなかった事から始まる。

実は神戸からこの車に由の家財道具を一式積み込み、自走してきた日、大阪の南にある八尾という所で、高速道路の分岐が渋滞しており、そこの最後尾についた直後、後方からブレーキがロックしたのスキール音がし、追突されてしまったのだが、自走後、東京の浜田山にあるダイハツに修理に出した。丁度その直後に車検だったのでそのまま車検も頼んだのだが、ここはスタッフがとてもよい人だったのだが、シャーシーにゆがみはないとの事でそのまま修理をしたのだが、シャーシーに傷が残っているのに気がつき、修理の内容について不満が残った。

その次の車検も、浜田山に頼んだのだが、この時も何かよくなった所があるかどうかというと、何もなかった。ブレーキのタッチもかわらず。

そして前回の車検の時、浜田山のショップがなくなっている事もあり、一番近い池袋にあるディーラーに頼んだ。その時にはシャーシー下部から何か金属のビビリ音がするので、それを指摘していたにもかかわらずまったく治って来なかった。作業明細には調整、と書かれていたが、一気に信用する気が失せてしまった。実はこの池袋店に頼んだ時、バッテリーを3か月前に換えたばかりのなのに、交換という見積もりが出されていて、どこ見てるんだと突っ込んだ。結局実車を引き渡しても何も見ずに見積もりを出してきた事を証明している。

お金出してもディーラーがしっかり見てくれないなら、どこかちゃんと見てくれる所はないのか、というのはお金を出す側の自然な考えだろう。バイクにしても自分で整備すればとは思うのだが、技術料なのだからしっかりやってほしいというのもおかしくはないだろう。なので、今回はどこかよい業者がないかを探してみようと思ったのだ。

低価格を売りにしている所、サービス(車検とはまったく別の商品をつけてくれるような内容)を売りにしている所、スピード車検を売りにしている所など、16箇所を一気に見積り依頼を出したが、その中では正直どこを選ぶかは決めかねていた。

そんな中で、希少車でもあるロッキーが見れるという判断基準としては、外車も見ており、一括見積もりの定型メール以外、フォローメールをくれた業者の中で、整備力がありそうな業者を探してみる事にした。ガソリンスタンドが代行している所や、整備工場もないような所は却下したが、その中で目黒の高室自動車という所が、車の引取も配車も無料だし、外車の車検も請け負っており、悪い情報をネットの中で探したが見つからなかった事もあって、お願いする事にした。

見積もりをくれた業者の中にも、よくわからない金額が最初から区分けされている所が多かったのだが、ここは基本点検料、基本整備料、車検代行手数料が合計で一括金額になっていた。まあ車検については認定工場を持っているらしいので、明細上は0円なのだが、この3項目は、ショップによってものすごく差が出る所なので、判断材料になる。

あとは実際にどの位の結果を出してくれるかだ。明日、午前中にロッキーは引き取られる予定だが、よい業者であればこれからも長い付き合いをしていきたい。何せ、ロッキーは当分乗り続けるつもりだから。

写真は先日のキャンプで、テント脇に停められたロッキー。しっかり整備されてくるか、期待している。

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2005年09月25日

大会出場を目指して

ずっと風邪ぎみが続いていたせいで、ディスクの練習ができなかった。由がひとりで散歩に行き、何枚かを投げて練習をしていたのだが、やはり効率が悪いし、邪魔者も随分入るらしい。公共の公園なのだから仕方ないのだが、練習をしているのは理由がある。

実は今週末の土曜、一足先に競技デビューした姉妹犬、福来ちゃんの家族と一緒に、NDAの競技に出る事になっているからだ。我が家は初参加なので、参加する事が目的なのだが、結局の所コントロールする投げ手の飼い主のテクニックが一番重要なので、それを少しでもマスターするために練習をしている最中という所なのだ。

くーは小犬の頃からディスクが大好きだ。ディスクというのは、俗に言われるフリスビーなのだが、フリスビーは商標登録されているので、いわゆるディスクと言われている。なぜか食事よりも大好きで、本能なのか、疲れてへろへろになるまでディスクを追うのが好きだ。

エントリークラスはビギナー向けのディスクをレトリーブする競技なのだが、今回は私は投げず、由が2ステージ投げる事にした。まあ普段から由がくーの面倒を主に見ている訳で、しつけ教室でも由が99%授業を受けているので、私は写真を撮る事と、参加する時にその環境を整える裏方にまわればいいと思っている。

競技の種目には色々とあるのだが、フリースタイルというのには絶対に参加しない。くーのように足が短い犬のジャンプは、腰への負担があまりにも大きい。おまけにくーは見ていると無茶な体制でも体をひねって取ろうとするので、その後体がおいつかず、ひっくり返る事もある程だ。そうならないように、飼い主はできるだけ低く、無理なく追いついてキャッチできるように、ディスクを投げなければならない。

以前ボール投げをしていた時にくーは指を骨折したのだが、ボールは正直私は否定派だ。ボールはどんどん転がるし、我が家にあるような犬用のゴムでできたボールは、方向が急に変わるようなボールもある。これは犬がキャッチしようと追いついた途端に、方向が変わったり、着地と同時に加速したりする事で、犬もそこで無理な体制をしてキャッチしようとする訳で、負担が地面に設置している部分に負担がかかってしまう。できればボール遊びははやめてほしいと思っている。

反面ディスクは無理な動きはしない。投げ手がしっかり投げられれば、ボールよりも追いやすいし、犬が走り出して間に合う場所に投げればよいだけだ。だからこそ、ディスクの方が私は好きだ。

とはいってもディスクの投げ方なんかよくわからない。私も練習の真っ最中なのだ。そのうち、数回は投げるチャンスも来るだろう。それまでは由のレベルアップの相手と、写真係をするつもりだ。

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2005年09月24日

不便な都会

しつこい風邪はまだ咳が残っている。明け方からの強い雨で、窓から雨が吹き込んで目が醒めてしまったが、風邪の気分がまだ残っている。既に思いっきり2週間目なのだが、本当にしつこい。既にいい加減薬は飲んでいないのだが、胃があれてしまって妙に胸焼けまでする。

昨日は中野のお寺へお彼岸のお参り。その後、親戚がまた集まって食事という事をしたのだが、本当にこういう事が多い。今年は本家の伯父が逝ったり、叔母の一周忌があったのもあるが、とにかく法事のオンパレード。お彼岸会という看板で、お寺の駐車場はあふれ返り、ラッシュ状態だ。

またなぜか町中も妙に渋滞が目立っていた。青梅街道は上りも下りも渋滞なのだが、原因は違法駐車が1車線塞いでいたり、右折禁止のレーンを堂々と右折しようと道を塞いでいたり。何なんだかたまったものではない。右折したければ左折3回すればいいじゃないか。路駐したければ横の細い道に曲がってからすればいいじゃないか。自己中な運転者ばかりで都心はいい迷惑だ。

私の実家の廻りは、最近違法駐車の摘発が活発だ。元々渋滞ばかりする細い道なのだが、コインパーキングもビルの建設現場になり、車でちょっとだけ寄る事ができなくなってしっている。昨日はちょっと離れた所のパーキングに入れて歩いた。

そんな所で私は生まれ育ったのだが、キャンプにいったあと、テントを乾かしたりする場所がなかったり、バイクの洗車をする場所がなかったりと、都会だからこそ不便な部分も多かった。平日は勤め人や専門学校の学生でごった返す実家のあたりは、昼時がピークだ。一斉に食事にと人が動く。しかし休日は比較的人が減るのだが、逆に違法駐車の数はすごい。当然大渋滞だけでなく、駐車車両をすりぬけるスクーターがよく事故を起こしている。

こんな不便な所はないなと、幼少の頃から思っていたが、徒歩10分以内に新宿駅西口や歌舞伎町に行けるような場所は、人が生活するという意味では逆に想像がつかないものになってしまうだろう。

私にとっては、いつか抜け出そうと思っていた故郷、新宿。今も新宿区民だが、実家よりははるかに生活の場所としては快適だ。

写真は実家のビルの屋上でテントを干す図。別にここで生活している訳じゃないのだが、そう見えてしまうかもしれない。ペグも打てないコンクリートなのだから、風が少しでも吹いているとできない。

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2005年09月23日

いろいろなヲタ

父島の近くを台風17号が通過していったようだ。メキシコ湾を北上中のリタも、勢力が衰えていないようで、被害があまりでなければいいのだが。

昨年はコースが殆ど日本をなめていく気圧配置で、日本でも壮絶な台風の被害が出た。私も北海道を旅行中、まる2日足止めを食らってしまったが、流石にかすめる程度ではなく、通過していく台風は、じっとしてやり過ごすしかない。

八重山や沖縄などは、通過していくのは日常茶飯な立地にある。赤瓦の屋根や、昔ながらの木造の家は、サンゴの石垣で守られ、また標高のない島も、自然の砦、リーフに守られている。高い建物が少ないのも、ちゃんと考えられているせいだろう。

父島もそういう意味では台風に遭遇するコースにある島だ。しかし、実際は赤瓦のような建物は殆どなく、コンクリートの真四角な建物が多い。東京都にその行政が行われているだけに、住人も都職員や派遣された職員が任期を全うするまで暫定で住んでいる人が、圧倒的に観光などで住んでいる人より多いように感じる。その分、風情ある建物は少なくなってしまったというのもあるかもしれない。

父島と母島を旅した時、ユース近くの公衆電話と、母島の客船ターミナルの前にあった公衆電話から、Nifty-serveに接続し、メールや掲示板の書き込みなどをしたのだが、当然日中は暑くて公衆電話の扉などは閉めていられない。パソコンも熱を相当にもっていて、PCカードモデムなどは強烈に発熱していた。なので長時間繋げられない状況だった。まだ当時、携帯電話が使えず、公衆電話も含めて確か小笠原諸島からの電話は全て有線ではなかったはず。普通に電話しても、音声は圧縮されたようなこもったものだったから、データ通信もエラーが多かった。

ただ当時にこういう事をしていると、妙な目で見られる訳で…

由に初めて会った時、私は和琴のおっとさんの友人という目で見られていた。和琴のおっとさんの友人=ヲタクという図式があったようで、パソコン通信をしていたという事がそれを確固たるイメージとしていたようだ。確かにその時にもう一人、強烈なヲタク臭を発する変な男がなぜかその場に現れていて、由はもうそれが気持ち悪くて仕方がなかったそうだ。

昨日のネタで、電車男の話が出ていたが、やはりヲタクと言われる人種はどうみても爽やかなイメージはない。あのドラマの中で私が妙に笑えたのは、停車駅を読み上げ続ける子供や、足首フェチ役の劇団ひとり。そういうのをみると、ヲタクにも種類があるなというのは判るのだが、私も結局そのひとりとして見られていた原因は、このパソコン通信だという事らしい。

私は便利だから使っていた訳で、ヲタク達かれみれば、私なんかは足もとにも及ばない素人だと思っている。モデムのATコマンドだって、4つ位しかパラメタは知らないし、PC自作だってただ組み合わせただけだ。その筋のエキスパートになりたいとも思わない。

中途半端なのはよくないが、私は所詮中途半端なパソコン使いだったりする訳で…ただ、このリブレットは小さいくせにフルスペックのWindows機としては、長いこと私のメイン機として活躍した。今使っているLet's Note R3も小さい方だが、今この性能でリブレットの初期型サイズが出れば、いつ戻ってもいいと思える程、スタイルに会っていた。

機械好きという事では、否定しない。ただヲタクというのはちょっとだけ凝っている人を総称していう言葉ではないと思う。それなりに他の人が越えられない線を越えているという意味では、やはり凄い奴という事が言えるのではないだろうか。

何が凄いのかはわからないが…写真は母島のグレ電で通信中のリブレット。

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2005年09月22日

アキバヲタ物語?

電車男が最終回らしい。ちびノリダーが主人公だと知って、妙な気分で見始めてしまった。本が出たり、映画化されたりと、妙にブームになってしまっただけに、逆に冷めていたのだが、キャストとオープニングのELOの懐かしきトワイライトがまた惹かれてしまった。

元々2ちゃんでこの話が盛り上がっていた事は、一通り終了したあと、情報がまとめられた「男達が後ろから撃たれるスレ 衛生兵を呼べ」や、サイドストーリーで知った。しかしここまでブームになるとは…

随分ドラマになるだけでイメージがかわるものだ。ただ、純粋に秋葉原ヲタという人種の描写や、電車ヲタなどの脇役などは、正直笑えて面白かった。最終回は特に特別ゲストが沢山出てきて、ディレクターのセンスが光るというのは言い過ぎか。それなりに楽しめたのでそれでよしとしよう。

こうしてみると、インターネットが普及し、掲示板やウェブサイトが縁で知り合ったカップルが結ばれる事も、今では別に珍しくない時代なのだろう。2ちゃんのような匿名板だって、書いているのは人間な訳だから、必ず思考の先に作られた言葉で会話が展開しているのだから、出会いや縁が転がっていても不思議ではない。

結局ネットで相手の顔が見えようが見えまいが、結局の所、人と人というのは会話が重要という事なのかもしれない。私の廻りでは、同じ世代でもまだ半数近くは独身だったりする。結婚する事が全てではないが、パートナーと出会えるのは運次第なのだが、きっかけを得る環境は、いろいろあった方が普通の友人と出会える機会も増える訳なので、チャンスを広げる事は悪い事ではないと思う。

今回の電車男というドラマでは、パソコンが好きというだけではなく、フィギアやアニメ、鉄っちゃんなどの専門別ヲタクが登場する。メイドカフェというのは実際にあるのは知っていたが、何だかすごい世界だ。怖いもの見たさというのもあるが、それでも足を踏み入れる事はできないだろう。

久しぶりに日曜の秋葉原をぶらぶらしてみようかと思ってしまった。去年あたりまでは、PCの安いグラボや電源を買いにうろついたりしたが、それも知っている店数点だけを狙って、秋葉原滞在時間30分もないというようなものだった。知らぬうちに休日はフリーマーケットみたいな出店が出ていたり、あいかわらずアジアの違法ソフト販売のチラシ配りをみかけた。新興宗教関係のセールスなんかもいたのかもしれないが、わからない。アジアさをバリバリ感じられるという意味では、秋葉原はなかなかワールドワイドなのかもしれない。

ちびノリダーが今後ドラマの主役になれるかどうかわからないが、面白いドラマをまた期待しよう。

写真は私のメイン機。A Open AX4C Maxというマザーに、Pen4 2.40c。メモリは512MBをHTで2枚。

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2005年09月21日

客商売としての立場

宿のレポートを書いている。Living With Dogsの主催者の方に提出するものなのだが、風邪をひいていた事もあってなかなか進まない。レポートなんてさらっと書けたのだが、段々文章がまとまらなくなってしまっているのか、書き上げても納得できず、もう一度書き直すというのが多い。

これまで利用した犬可の宿は6箇所。その中でもう1度泊まりたいと思える宿は4箇所。該当しなかった2箇所については、1箇所は特に不満もないが、泊まらなくてもいいかなと思える内容だった。そしてもう1箇所は、2度と泊まりたくないという宿だ。

犬可の宿というのは、日本ではまだまだ認知度が少ないようだ。犬自体の存在がモノであり、ガラスとかと同じ扱いを受けている日本の法律からしても、その権利というものが認められていないのがわかる。欧米では犬連れの認知度が高い国もある訳で、まだまだ精神的後進国なのが日本じゃないかと言われても返答しようがない事も少なくない。

盲導犬でさえ、まだ差別をされる訳で、動物愛護といいつつ虐待や処分される犬の量は、世界的にみても少なくない。情けない事実だ。

確かにマナーが悪い犬連れ宿泊客はいるだろう。それは別に犬連れ以外の客にしても同じ事だ。私なんかは子供連れの、保護者が管理しきれていない客だって、立場としては同じだと思っている。1泊をお金を払ってする訳なのだから、宿泊客にとって自分のプライベートな過ごし方を得る権利は少なからずあるはずだ。犬連れ客が下手にでなければならず、しかし犬連れはちょっとした過失は許されず、子供連れや、廻りへの配慮ができない若者の集団が、迷惑をかけるような事は許されるなんて事は理不尽な訳だ。

ソロで泊まっていてもそうだ。宿泊客それぞれに宿泊料金を払う事でその権利を買う訳で、逆にユースやとほ宿のように相部屋が基本だと、もっと同泊者に気配りをした上で、自分も快適に過ごす事が基本スタスとなるので、そういうものだという認識でそれぞれの宿泊客が納得をしている。反面、お金を払ったのだから何をしてもいい、という発想に発展するような客には、もっと宿はしっかりと主張すべきだと思うのだが、逆に犬連れ客にしても、それ以外にしても、1泊の権利は思いやりと配慮がなければ快適に過ごす事はできないだろう。別に特別な事ではないはずだ。

犬が嫌い人がいるから、というのであれば、大騒ぎする若者の集団が嫌いというのもいるし、子供が嫌いな人もいるはずだ。そこを宿はどういう姿勢で接するべきなのか。私が今回唯一二度と泊まりたくないと思えた宿は、犬連れに対して泊まってくれてありがとうという気持ちがこれっぽっちも考えられなかった宿だからだ。

何か勘違いしている。客は対価を払って1宿と食事のサービスを受ける訳なのだが、犬連れだからその基本的に受けられるサービスがないがしろにされるような宿は、宿として失格だ。

キャンプにしても、周囲に迷惑をかけないのは犬連れだからだけではない。そんなものは貸し切りではないのだから何だって気配りや配慮は必要なのだ。ただ、どうしても周囲に迷惑をかけてしまう事もある。そんな時は潔く謝り、雑談や注意書きなどで直接交流する事で、関係というものはいくらでも柔軟に対応できるのではないだろうか。

また泊まりたいと思える宿は、その宿泊者の権利部分がしっかりと守られ、誰もが気持ちよく泊まれるような対応をしてくれている。別にたいした事ではない。宿のスタッフのポリシーが明確で、しっかりと宿泊客と話ができるだけなのだ。ルールだけを表に出して、会話すらしないような宿も事実存在している。ビジネスホテルのフロントでさえ、いらっしゃいませ、ありがとうございました、気をつけていってらっしゃいませ位は言うものだ。

宿とはどういう場所なのだろうか。宿泊客へのサービス、宿泊客が快適な一夜を過ごし、満足して旅が続けられるような場所ではないのだろうか。宿主が客を選ぶのもいいだろう。その選ぶ基準に宿泊客が納得ができなければ、そこには宿業として営む資格はないとまで思う。犬連れも泊めてやる、という意識が見え隠れするような宿には、頼まれても二度と泊まってやる事もないだろう。

写真はとあるお店のペット連れ客へのマナー書。オーナーは一人で切り盛りしているので、一人一人に注意ができないという事で、各テーブルにこのような紙をおいてある。食堂なのでそれはそれで伝える手段としては納得ができ、また書いてある事も別段特別な事ではない。しかし、ここのオーナーは人並み以上に犬に対する愛情があり、いらっしゃい、ありがとうございました、また来てください、という気持ちがこれでもかと伝わってきた。それだけで、イメージはまったく違うものだ。

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2005年09月20日

コメントスパム来襲

風邪で唸っていた頃から、妙にコメントスパムに悩まされていた。online pokerとかその手の腐れ広告なのだが、Movable Typeのブログがターゲットになっているようだ。1日に10件近いAタグを含む広告が書き込まれ、一時はコメント認証を有効にした。

由のココログ(@niftyのサービス)では対処済なのだろうが、まあMTのモジュールを使わせて頂いている訳なので、自分で対策はしなければならない。まあおかげさまでこれだけMTユーザーが多いと、TIPSを提供してくれるサイトも少なくなく、色々ある対策の中から、mt-comment.cgiのソースを直接変更する方法で対処した。

どのようなソースにしたかは、対策の手法なので表記しないが、いわゆる2バイト文字が含まれないコメントは弾かれる。これまでもあったが、日本語が使えないPCで海外のネットカフェなどから書き込んで頂く場合は、書き込めないという事だ。まあ許して頂くという事で。(^_^; 所詮私のブログなどはワールドワイドでなくてもよいと思っているので…。

実際、私が管理しているドメイン宛に来るスパムの膨大さは、英語力があったとしても全てチェックするのは願い下げだ。ざっと500通/1日前後から、メール爆弾にあった時などは2000通を越える訳で、user unknownは全てガサっと削除をする事にしている。

MTのコメントスパム対応をした翌日から、今度はトラックバックスパムが始まった。怒り心頭だったので即時対応。今度はプラグインのplモジュールを追加した。そして現在は平和な状況に。

ただ知人などからのコメントやトラックバックへの影響は困る。もしも書き込めなくなっていたら、メールを頂きたい。これからもカスタマイズはしていくが、ずっと前にじんじんさんから指摘があったrssエラーはまだ解決していない。また、スタイルシートのモジュール化も結局の所進んでいない訳で…

しかし一体いつになったらこの風邪が抜けるのだろう。今日も朝からふらふら。ダルい。昼から頭痛も始まった。職場にいるだけでこれでは、やっぱり何らかの根本的な対策を取らないとまずいかもしれない…

写真は直接関係ないが、標的にされているMovable Typeのサイト。

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2005年09月19日

よいヘルメット

3連休最終日。とはいっても私にとっては1週間近くの休みになってしまったのだが、まだすっきりと回復しきっていない。風邪っぽい気分、だるさ、咳などが残っているのだが、流石に寝すぎて昨晩は殆ど眠れなかった。窓を開けて寝たのだが、蒸し暑さを感じて、何度も寝返りをうっていた。

しばらくすると、横でくーがハアハアと言い出し、エアコンを着けたり、窓を開け閉めしていたのだが、気がつくと4時。諦めて一旦体を起こし、夜明け前からおかゆを作って薬を飲んだりしていた。

寝不足で体がだるいのだが、爽やかな朝の空気は気分がよかった。窓を開け放ち、暖かいお茶を入れ、ほっとした気分になれた。しかし体の芯には風邪の気分が残っている。

ただ昨日より、そして昨日は一昨日よりも明らかに体が回復しているのが感じられた。明日もまだだるさが残るかもしれないが、今週は3日しかないのでなんとか出社しないと休みも勿体ない。明日また5時半おきするには早めに眠らないといけない。今日は早めに寝よう。

テレビではDOORSという何だか筋肉番付のようなアトラクションのような特別番組をやっていた。その中で私が気になったのは、参加者がするヘルメット。なんと艶消し黒のアライSZ-Ram。なんでRamを使わなければならないのかわからないが、勿体ないと思うのは私だけだろうか。

普段使っているヘルメットは、アライのSZ-αII。もう3個目だ。最初にSZを買った時は頭にあわなくて苦労したが、その前まで愛用していたショウエイのJ-MAXはJIS C種だったのに、SZはスネル規格を通っていた。ヘルメットだけは綺麗に、そしてよいものを被るのは原付時代からの私のポリシーなのだが、SZ-Ramは高くてまだ買えない。

丁度KDX200SRに乗っていた時代、ヘルメットのペインターの鈴木貞好さんと知り合った。世田谷でやった個展に全日顔を出して、親しくさせて頂いた。その後、私がKLX650を手に入れた時、記念に私のイメージを伝えて塗って貰ったヘルメットがまだ我が家にある。

イメージは開陽台のキャンパー。そして私の当時のイメージデザインだったストロボカラーを入れて頂いた。あとはあわせるKLX650のカラーと、イメージだけを伝えておまかせで塗って貰った。3か月かかって仕上がってきたヘルメットは鳥肌がたつ位すばらしく、大事に使っていたが、結局陳列用に保管という扱いになってしまった。今も1度も落下させておらず、残っている。

ヘルメットには開陽台で見た天の川が横切り、後頭部にはYonkichiと入っている。縁の部分には、鈴木貞好さんのシャレで、sadakichiと入っていた。鈴木さんは、フリーハンドで描くペインターとしては、結構有名で、サーキットとかに出ばって、タンクやヘルメットに名前を入れるサービスをされていたようだ。そのすばらしい筆さばきは、他のペインターの方では当時はいなかったと思う。

ヘルメットは定期的に買い換えるものだ。ただこのヘルメットには、本来の頭を守るだけの役割だけでなく、なぜか当時の私のちょっと恥ずかしい思い入れが映し出されているような気がしている。まあ今はオフロード型のフルフェイスではなく、シールド型のヘルメットの方が旅に向いているという理由もあるのだが、思い出深いヘルメットがこれである。

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2005年09月18日

大好きなモノ

とうとう風邪引き症状が出始めてから1週間。私の経験上、ここ何年かの風邪は、1週間目に回復の兆しが現れる。昨日までずっと7度以上を指していた体温計も、漸く36度台になったようだ。咳が出たり、気分が風邪という症状はあいかわらずだが、夕方になって少しだけ回復の兆しが感じられるようになってきた。しかし明日しかもう休みはない。なんとか明日中には動けるようにならねば…

くーの体調も回復。ちょっと疲れ気味なのはまだ少し残るが、元気に遊べ遊べの笑顔。便の具合もすっかりよくなった。ただ北海道の旅行から帰ってきてから、多くの人にやせたねと言われているようだ。贅肉が落ち、すっかりまた後ろ足の廻りや前足の筋肉が復活し、飼い主もそれを見習わねばというような体付きに戻ってきた。

元々くーは小犬の頃から結構運動はさせている。コーギーはそれをやりすぎると、短足犬なのでいろいろ体に負担のかかる場所がある事から、気をつけなければならないというのを聴く。逆にいきなりそういう運動をさせるのではなく、まず四肢をバランスよく運動させて、必要な筋肉を造り上げていく事の先に、激しい運動をさせる為の基礎を造り上げてからだろうと思っていた。とはいえ、極端なジャンプや無理な動きをさせないように、飼い主は気をつけなければならない。

くーが小犬の頃から好きなものは沢山あって、音の出るオモチャやかじれる木、ボールやひっぱりっこの紐など一般的な犬が好きなオモチャもあるが、なぜかディスク(フリスビーという呼び名は商品名なので一般的にはディスクと言う)への執着心は凄かった。

コーギーやボーダーコリーなどは特にディスクが好きらしく、我が家のくーが特別でも何でもない。親戚犬の福来ちゃんや、ダイゴ兄ちゃんなんかもディスクが好きだ。ただくーは、教えた訳ではないのだが、小犬の頃からディスクを投げると、それを可能な限り早くキャッチしようとし、そして次にまた投げてほしくて、投げた人の元に持って帰ってくる、という事を知らぬうちに憶えて言った。

公園とかでも多くの人に、どうやって憶えさせたのかと聴かれる事があるが、本能に近いのではないかと思う。そしてそれはディスクに限らず、枝だろうがボールだろうが、投げてくれるものは何でもいいらしい。その中でもディスクがあれば、何よりもそのディスクを一番投げてほしいと思うらしい。

ディスクは投げ手のテクニックで、犬に負担をかけずに楽しめるものだ。なので、飼い主の投げ方次第では、犬の体への負担を減らせる。何よりそれを飼い主としては練習しなければならない。

来週末に、くーが骨折して療養している間、実現できなかったディスクの大会に出ようかと計画中だ。それにしても私は基本的には撮影する担当。由が投げる予定なので、どこかでしっかり練習をしたいと思っている。といっても私の風邪が治らないので、なんとも困った状況なのだ。

くーと由が楽しみながら、そして体に無理のないようにディスク大会に出られるように、バックアップしていきたい。私もいずれ、由に余裕ができた時に、追って投げてとして参加するかもしれないが、まずは参加できる事に喜びを感じたい。

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2005年09月17日

風邪ひき6日目

なんともしつこい風邪。今朝もまだ7度4分もあり、どうやら夜、食後に飲んだ薬が朝に切れているような感じだ。薬が切れると熱がまたじわりと出てくるように感じる。咳もあいかわらずひどく、気分も相当に悪い。

事のきっかけは、93年頃に160h程残業が続いて、平均睡眠時間は4時間程度、喫煙コーナーの横でせっせと仕事に勤しんでいた頃に、過労で肺炎を起こしてから、極端に肺機能も落ち、ちょっとした風邪をひいても1週間はまず治らないというような体になってしまってからだ。

ただここ最近は、インフルエンザ以外ではこれほど酷く長引く風邪はなかった。やっぱり遊びすぎて疲れていたのもあるのだろう。とりあえず、この3連休はゆっくりするしかないと思っている。

朝おきてからしょうが湯を飲んで、昼には葱いっぱいの暖かいそばを食べた。汗をかいては着替えて、なんとか回復の兆しを感じようとしてたら、少し喉の奥のひっかかりが対外に出るようになってきた。まだ明らかにではないが、少し治りかけてきているような感じがする。

夕方になって、先日東京コーギーズのオフ会で知り合った方が、近くの公園まで来られているという事で、由とくーがでかけていった。私も行きたかったのだが、とにかく頭がグシャグシャ、喉も変なので、さっとシャワーを浴びて外に顔を出してみると、家の中よりちょっと気分がよかった。思い切って少しだけ、外に出てみようと思い、着替えてあとを追いつつ公園へ。

いつもの場所にくーの他、コーギーが遊んでいるのが見えた。こんにちは、とご挨拶。くーはガウガウワンとあいかわらずだが、ちくわちゃんとめんまちゃんはとても仲良しでフレンドリー。申し訳ないと思いつつ、くーはいつも通り威張っていた。

飼い主さんの用事で今日はこちらの方に来る事になったらしいのだが、わざわざ遠回りしてよって下さった。ただ時間があまりなく、私もこんな体調で顔を出すのがやっとだったので、あまり犬たちも遊ぶ事はできなかったようだ。

今度はもっと広い芝生で思いっきり走りたいね。ご足労、ありがとうございました。私の方がへろへろで申し訳ありませんでした。おまけに立派なお土産を頂いてしまい、大変申し訳ありませんでした。

お帰りになったあと、ちょっとだけディスクの投げ練をしたのだが、ディスクがゴム製だったのと、私がちょっとバテていたので、そうそうに撤収。くーは遊び足りないらしく、家に戻っても何か投げろとウロウロして落ち着かなかった…。

写真はそのちくわちゃんとめんまちゃん。多頭飼いは由の夢らしいが、私はちと無理じゃないかと思っていたりする。

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2005年09月16日

秋の撮影終了

北海道の友人と、須藤カメラマンの夏の撮影が終了したらしい。お疲れさまでした。

昨年、一昨年と私も同行したのだが、今年は家族旅行をしたので、バイクでは北海道には行っていない。できれば今年もお付き合いしたかったが、来年にまたとの事でお断りした。きっと来年もバイクは買い換えられないだろうから、どこにでもある普通のオフロードバイクでのツーリングになると思うが、それはそれで須藤カメラマンが切り取るツーリングシーンには、目立たない旅するバイクが一番風景とのバランスがよいという事らしい。

今年も同行した友人は、CB1300SF。でも私の中ではどちらかというとイメージ的にはBMW K1150RTなのだが、北海道にUターンされてからBMWは手放し、CBに乗り換えた。昨年宗谷丘陵の撮影で、ちょっとだけ運転させて頂いたのだが、国内仕様とはいえ結構なパワー。1300ccもあるんだから当然だろう。でもハンドル幅が狭く、重くて妙な所にあるサイドスタンドが慣れず、少々怖かった。

自分のニンジャとかでこういう撮影をしたかったなぁと思うのだが、今になってはもう無理な事。黒いニンジャは実際、須藤カメラマンの画風にはにあわないだろう。いいのだ、私のノーマルDJEBELはそれなりに自分では気に入って乗っているのだから。

昨年は台風通過で中2日、殆ど何もできなかった。宗谷丘陵、サロベツ、美幌峠、摩周湖、能取、女満別などで撮影した。こういうお手伝いをすると、雑誌の取材や撮影っていうのは本当に大変なんだなと思う。走りっ通しで、Uターンばかり。旅している感じとうよりも本当に仕事しているという感じだった。

でもきっとあとからできあがった作品をみると、そこには旅がしっかりと刻まれているんだろう。ツーリング・フォトグラファーというジャンルで、今では多くの旅の写真を撮られるプロの方はいるが、やっぱり須藤カメラマンの作品は一番私にとって伝わるものが多い。その理由は、きっとそれだけで完結せず、その写真の次に自分がその風景の先に旅をしていくからなのかもしれない。

お疲れさまでした、須藤カメラマンかっちゃん。作品はまた後日見せてください。

写真は一昨年、美瑛周辺で、先頭の須藤カメラマンの車のあとを追う、モデル隊のかっちゃん。最後尾の私が走りながら撮影。望岳台を下る私たち。

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2005年09月15日

復活せず…くーより弱し

今朝いつも通り5:40に目を醒まして、出社準備。体温計で計った所、37.5度と表示されてしまった。どうやらこじらせてしまったらしい。また体の節々が痛くなって来た。週末にひいた風邪の為に、今頃2連休となってしまった。

とりあえず休むにしても私がやらなければならない仕事の為に、それから7時まで社内ネットに繋ぎ、社内向けニュースとMLの送信、メールのチェック、事務処理など唸りながらやっていた。また食欲がないので牛乳で薬を飲んでまた寝る。

復活といえば、くーのおなかの具合も心配しているが、くーの方は順調に回復している感じだ。疲れが溜まっているせいか、禁断のフリスビーやボール、マグライトが出てこなければ殆ど寝ている。便の具合も悪くないようだ。といっても私はダウンしているので、由の散歩報告からなのだが。

私といえは、ここにきて咳と喉の痛みが出てきたので、夕方病院にまた行き、薬の追加分を貰ってきた。くーよりもダメダメだ。ただ今日は朝から涼しい風が窓から入り込んできているので、随分気分的にも楽だった。そろそろ本格的な秋という所か。

写真は随分前の九州は宮崎。友人の結婚式が宮崎で行われるとの事で、礼服とキャンプ用品を持ってマリン・エクスプレスに乗船。しかし式の翌日からやはり39度近い熱を出し、体中の痛みにホテルで耐えた。しかし高いので熱が下がらない状態で100km離れたよく分からない安宿に移動。結局ゴールデンウィーク半分を寝て過ごし、後半ツーリングを再開したが、風邪の気分で熱も微熱がある状態だった辛い旅の1シーン。

要は私は熱を出しやすいようで…この日も風呂に入れず、キャンプ場の水道で頭を洗い、体を拭いて、翌日に船が出る日向に向かった…

明日も休みかな…

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2005年09月14日

長引く風邪が治る薬

喉の痛みとだるさと、あるのかないのか微妙な微熱が残っている。結局月火と無理をしたので今日は年休。年休の使い方は人並み以上に神経質な私だが、まあ仕方がないというレベルで今日は朝、家からリモートで社内ネットに繋ぎ、少し仕事をしてから上司に年休のメールをした。

今日は何だか日中強烈に暑かったらしい。というのも殆ど29度設定のエアコンが効いた部屋の中で、布団にくるまって横になっていた。

横になって何をしていたかというと、まあ古い本を読み返したり、車の車検が来月に迫っている事もあり、どこかよさそうな車検サービスをしている業者がないかと、ノートパソコンを枕元に持ち込んで検索してみたり、コメントを描いたりいう感じ。既に眠れない状況だった。

新種のウィルスがまた先週末からチラチラと出ているので、それも気になる。今週は後輩が夏休みなので、私も不在にすると少々面倒な事になった時にフォローができない。こういう時に限って私も体調を崩すものなのだが…っと咳がまた止まらなくなってきた。

夕方、おっとさんが訪問。私が居るとは思わなかったらしいが、布団と物々交換になったバイオMXを取りに来たのだ。あとは借りていた本を返し、また新しいのを借りた。来月の和琴ミーティングの計画を少し話したのだが、結局毎年会場選びに悩む。一昨年は某道南にある湖の常連OB達とぶつかってしまい(我々は毎年同じ時期にやっていたのだが、なぜかずれ込んだらしい)、最初は問題なかったのだが、妙に絡んでくるのが居て参った。静かに一夜を友人と友に過ごしたいだけなのだが、なかなか自由になる場所は日本では少ないようだ。もっと山の中に行けばいいのだろうが…

おっとさんは「和琴のおっと」というキャンパーネームなのだが、最近は自分で「夢織パパ」と名乗る程で、すっかりパパぶりがおなかに出ている。夢織もくーにとびつかれても平気な子なので、なかなか将来期待できる。夢織ママのともよちゃんも同じく、和琴の筋金入りのキャンパーだ。どちらもバイクに乗る回数は減ったが、大型免許をしっかり限定解除の時代に取っている。逆に言えば、私の廻りの夫婦ものは殆ど、夫婦で限定解除というのが珍しくない。

面白かったのが先週末一緒にキャンプした犬仲間の方の、HOOVER君のママとパパ。どちらもバイク乗りで、昔はモトグッチのイモラに奥さんが乗り、旦那がローライダー系のハーレーに乗っていたという。今はパパの方が地道にKawasaki Z1-Rを密かにレストアしているらしい。シリンダーのボーリングが必要という事らしいので、相当なエキスパート。これは看板持ちの方か?と思われたのだが、実は私とおない歳らしい。これも驚いた。

キャンパー仲間、というかバイク乗りの知り合いは、職業や世代を越えて友人関係を作る事ができるのだが、犬友達にもそれは言えるようだ。近所にも面白い人が沢山いる。ロータスクラブの会長さんや、地平線会議の代表世話人の方も、同じ区の犬仲間と言える。世界はなかなか深い。

何にせよ、風邪をすっかり治したいが、どんなものだろう。そういえば、雲南省の麗江の白沙村で出会った怪しいおじいさんは、私の頭痛や喘息という話を聴いて、いろんな粉を調合して薬を作ってくれた。その時の薬も半分位残っているが、どうも玉龍雪山の山麓に生える薬草がベースらしい。6歳から付き合っている喘息や色々な病気がすっかり治ってバリバリ遊べるような体にならないものか、既に人生半分近くを過ぎてしまった今、考えたりする。

写真はその麗江は白沙村の診療所前。額の写真の老人が横にいきなり出てきてあせった。

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2005年09月13日

うなされて浮かぶもの

流石に39.2度まで株式市場の大商いのように盛り上がった熱は、そう簡単に下がる事もないので、今日も相当へこんだまま、なんとかノルマをこなした。熱をはかると随分下がってきているが、また明日盛り上がらなければいいが…

という事で昔の話。何だか段々と露出する事が多くなってきたが…昔の写真ならよいだろうかと思ってみる。眼鏡も今はセルフレームではないし、髪の毛の白髪もないし…熱もある事なので、こんな写真を載せてみる。あとで後悔する可能性大だが…。

土曜にツーリング?をしている旧車のオジサンをみかけてから、やっぱり頭の片隅に大きいバイクでのツーリングを思い出してしまう。熱にうなされているせいか、走っている時の些細な出来事も思い出したりしつつ、頭の中はまったく熱のせいで整理がつかないような感じだ。

GPz900Rに乗る前、というか同じ時期にこの750を所有していたのだが、以前も描いた通り、私はこのカタナに大いなる魅力を感じている。別にマンガで有名になったからではなく、この重くて遅くてアメリカンのようなディメンションのこのバイクは、色々時代を映すストーリーがある。

認可されなかったクリップオンハンドルや、カウルとは言えないがこれまた認可されなかったスクリーン、そして何より前モデルのGSX750E(1100E)とまったく同じフレームで、殆ど独創的なハンス・ムートのライトカウル、タンク、サイドカバー、シート、リアライトカバーだけが乗っかっただけという、パーツリストを手に入れてからあまりに赤ベコとの共通部品の多さに驚いたものである。

写真から少しだけ判るが、ニッシンのタンク別体ブレーキマスターや、初期型750には認められていなかったスクリーン(縁取りされたラバーは取り外してある)、シビック用のウィンカー、ライト下の整流板、グッドリッジのメッシュホースはANDFも生かしてある。フォークスタビライザーやデザインは一緒だがサイズが違う1100用のホイールなど、実にどうでもいいこだわりが施されている。

どんなに引っ張っても200km/hに達しないエンジンは、ほぼノーマル。キャブのオーバーホールだけのエンジンは、やはり当時の美しい空冷フィンや腰下部分の飛び出しが迫力のあるものだ。空冷エンジン、そして「ナナハン」がらしさを主張していたのは、このエンジン部分が殆どではないかと思う。CB750Fにしても、真上からみるとガソリンタンクよりも幅があり、カムカバーが存在感を主張していた。当時のエンジンの美しさというのは、隠さず見せる部分にもあったのではないだろうか。

古い友人の中では、カワサキ派と言われていた私だが、メーカーにこだわりはあまりない。GPz900Rでナナハンとリッターバイクの壁を一気に越えてしまったのだが、しばらくこのカタナと同時期に所有していた。その理由はまったく違った乗り味と乗って楽しいと思えるバイクだったからだ。

当時まだ20代中盤。バイクで旅する事がライフスタイルだという為には、当然限定解除を持っていなければと思い、免許取得前にGPz900Rを購入するが、友人から納車前にカタナを譲り受けてしまった。私のビックバイクライフはこのカタナから始まる。

激しいカスタムが施されたカタナも、嫌いではない。しかし、ノーマルと見間違うスタイルで、実はちょっと違うというようなカスタムの方が好きだ。このカタナもそのコンセプト通りに仕上がっている。

こういうバイクを休日にみかけると、妙に嬉しくなってしまう。ただみかけるだけでなく、できれば元気に走っていて欲しい。おお、と思わず声を出してしまうように…

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2005年09月12日

久しぶりの本格的な風邪

キャンプから帰ってきてから、酷い風邪に発展してしまった。なんとか今日のノルマはこなす事ができたが、ヘトヘトだった。夕方、家で熱をはかると39.2度。体中が痛い訳だ。フラフラと病院に行き、薬を出して貰うが、もう虫の息。食欲もなく、牛乳で薬を飲んでお休みなさい。

写真はもう何年前の事だが忘れたが、私が初めて40度以上の熱を出した時のもの。

やはり旅行から帰ってきた翌日だったか。私が苦しんでいる中、熱を図って取り出した体温計を見た由の動きがとまり、何度かを教えてもくれず、おもむろにデジカメで写真を撮った。その時のものなのだが、酷い話だ…

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2005年09月11日

初のファミリーオートキャンプ

横川SAで他の3家族と合流、碓井軽井沢ICの料金所を抜けた所で待ち合わせし、まずは旧軽銀座方面へ。道が細く1本道なので、渋滞が始まっていた。しかしすぐに流れが戻り、駐車場を探す。日陰ありで、400円という周囲では破格の値段につられ、随分目的地より手前でハンドルを切ってしまう。地面が未舗装で、木陰があるという私の好きな駐車スペースだった。

犬を連れて4家族でロータリーに向かう。ここに来るのは20年ぶりか。お店もどんどんお洒落になっていき、お昼を食べようとそば屋に入る。テラスで犬を伏せさせながら食事。その後ソーセージ屋で少し買い物をし、キャンプ場へ向かう。

今回親戚犬の福来ちゃんの飼い主さんが予約したのは、北軽井沢にあるスウィートグラスというキャンプ場だ。ドッグランも犬可のバンガローも備えた大規模なキャンプ場。ウェブサイトも立派で、お金のかけ方は相当なものだ。それだけ設備も整っているだろうし、採算もとれているのだろう。興味を持ちながらチェックイン。

お客さんの種別は犬連れもいるが、やはり殆どが子供連れのオートキャンパーか、学生っぽい若者だけのグループ。子供連れの為の配慮も相当細かく、スタッフも多い。トイレの綺麗さや、見回りのまめさ、実際にちゃんと客に声をかけてコミュニケーションをはかるなど、管理されたキャンプ場としては、料金分のサービスがされていると感じた。

実際山の中に車が横付けするスペースを作るだけで、宿1泊分くらいのお金を取るオートキャンプ場があるのは知っている。車のガレージよろしく、分譲地のように車が走る部分だけ舗装されていたり、テントサイトから一番よく見えるのは車ばかり、という所も多いだろうが、我々が張った林間サイトは結構雰囲気はよく、日差しを遮る程多くの木々に囲まれていた。車も自由に停められるので、見た目も分譲地のようには見えない。

我々は一番奥の1列4台分のスペースをぶち抜きで借りる事になり、車を左右に2台づつまとめて停め、間の2台+テントサイトにあまりくっつきすぎずにテントを設営する事とした。まん中に福来家のスクリーンタープで宴を作り、出入り口側に調理スペースを確保するという形で設営していった。

設営中、ざっとにわか雨が降ったが、最初にスクリーンタープを張った為、被害はなかった。そして夕食の準備前に女性陣がドッグランに行く。私は結局色々用意していてサイトを離れる事はなかったが、温泉に行くこともできず、料理準備開始となってしまった。日が暮れてから動きやすいようにランタンなどの準備をしたり、調理場や水の用意など、やることはそれなりにある。

まずは炭を起こして、ダッチをプレヒート。塩コショーとニンニクを貼り付けて1日以上寝かした鶏モモ肉に焼き色がつくまで焼き、一旦外に出す。そしてジャガイモとニンジンを炒め、また一旦外に出す。あらためて空になったダッチに、千切りにしたタマネギを入れてかるく炒める。焦げつき防止に使う為だ。そして先程の野菜を敷きつめ、その上に鶏肉を載せ、最後にトウモロコシを入れる。10インチだとこれが限界だ。炭を蓋の上にも載せ、しばらく炭火にかける。

別な場所でコッフェルにニンニクをスライスし、オリーブオイルで炒めてホールトマト缶を2本入れて煮詰める。塩と砂糖と胡椒で味付けをし、これを最後に鶏肉にかけて食べるという感じだ。ローストチキンのトマトソース和えといった所だが、適当なのでなんとも言えない。

それとは別に前日にやはりダッチで仕込んでおいたローストビーフをスライスして、既にビールで乾杯しているパパさん達に振る舞う。ちょっと失敗して火を通し過ぎてしまった。本当は食べる直前にもう1度焼きを入れようと思ったのだが、やはり適当になってしまう。レモン汁とオリーブオイルに塩を入れたものと、カラシ醤油をシェラカップに入れて、お好きな方をつけて食べて貰った。

他には楽ちゃんの飼い主さんがモツ煮込みやニンニクキュウリの浅漬け。HOOVERくんの飼い主さんのアジア風タンドリー風チキンやローストポーク、サラダなど。福来ちゃんの飼い主さんの凝ったパエリアなど、夕食は豪華なものになった。大人数の為、少ないかなと思ったそれぞれの料理も十二分で多すぎた位だ。

夜は0時すぎまで結局話をし、おいしいワインやバーボン、大量のビールなどもあって、気持ちよく皆それぞれのテントに戻っていった。犬たちもドッグランで遊んだりしていたせいか、皆眠そうにしていたので、夜テントに戻ったあとは静かに寝ていたようだ。

朝は曇り。ざっと撤収準備をしたあと、まずはコーヒーや紅茶で一息。その後、朝飯に福来ちゃんの飼い主さんが作ってくれたスープカレーと、楽ちゃんの飼い主さんが作ってくれたクリームシチューに、パンと昨日残ったローストビーフとローストポーク、朝ドッグラン横の農家の人から頂いたサニーレタスというまた豪華なものだった。朝からカレーもよいもので、長時間煮込んだ牛肉はとろりとしておいしかった。めったに食べないクリームシチューも、朝こうして食べると体が目覚めるようでおいしい。

撤収を進めていき、途中ドッグランでディスクやボールで犬たちを遊ばせながら、サイトは片づいていく。そしてチェックアウトの11時まで結局ゆっくりして最後に記念写真を撮っていると、雨が降り出した。あわてて車に戻り、チェックアウト手続き。11時半近くなっていた事務所の前では既に結構な本降りとなっていた。

帰りはとりあえずこの場で解散。私たちは途中立ち寄り湯でも入りながら帰ろうと思っていたが、高速代が勿体ないので二度上峠へ向かう。すぐにものすごい土砂降りとなり、ワイパーも効かない程になった。これほどの雨量があれば、峠も閉鎖されるかもしれないと思える程なので、立ち寄り湯も通過。断続的に強烈な雨が降る中、高崎ICから関越に乗り、一気に帰った。

途中、走行車線でいきなり数台前が急ブレーキをかけ、時速80km/hから40km/hまで落ちた。車間距離を取っていたから事なきをえたが、突然の豪雨で驚いたドライバーがブレーキをかけたのだろう。そういう時に急ブレーキをかける事がどうなる事か…土日は怖い。

練馬ICから一般道に降りた所の最初の信号の先に、メルセデスがガードレールに刺さっていた関係で、最後に2km程度の渋滞になったが、14時前には練馬を抜ける事ができた。由とくーは殆ど眠っていた。そのまま自宅の前に横付けした途端、また前が見えなくなる程の土砂降りに見舞われてしまった。

大きな荷物を半分ほど、エントランスに運び入れたが、そこから先の自宅の玄関まではあまりの雨で立ち往生。おまけに雷も鳴り出した。結局30分ほどエントランスで雨宿りをし、雨が薄くなったのを見計らい、荷物を運び込んだのだが、後半はすっかりまた強くなった雨にやられ、下着まで濡れてしまった。

すぐに風呂に入ったのだが、すっかり疲れが出てしまい、そのまま夜までダウン。おまけに熱っぽくなってしまった。ブログも当日中にかけず、またも抜けとなってしまった。

キャンプは新しい経験を沢山させて頂いたので、今後の教訓に生かそうと思える事も多かった。料理も凝ればそれなりに楽しいのだが、やる事が増えてしまうのも当然。一般的なファミリーオートキャンプでのパパさん達がいかに大変か、よく感じられる1泊2日でもあった。とはいえ、犬たちとのキャンプも、地面に落ちてしまう食べ物への興味なども心配なのだが、飼い主さんたちと一緒に野外で過ごすというのは楽しいものだ。

この秋には毎年通り、キャンプが2つ予定されているが、もう1つ位犬連れの飼い主さんとのキャンプもしてみたい。自分もこういう状況に慣れる事で、もう少し効率よく時間を使えるようになるだろうと思う。

写真はそのスィートグラスの林間サイト。時期によっては安いらしく、川が流れていたり、近くのロケーションも悪くないので、また使ってみようかと思えた。

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2005年09月10日

ツーリング風景

週末、キャンプにでかけた。

10時に上信越道の横川SAに集合という、私たちにしてはゆっくりのスケジュールだったのだが、都会生活者の性というものだろうか、渋滞嫌いな私は6時に出発、といいたい所だが、ダレてしまい6時半に出発となった。

JATICの情報では、関越に乗る前に混雑がある程度で、今の所ルート上はクリア。途中関越に乗る直前で大型バイクが10数台待ち合わせをしているのか、それっぽい姿をしたバイク乗りが目立った。ラッキーな事に混雑もなく、関越に乗る。ETCゲートを潜り、本線に入る。料金所手前でも多くのグループツーリングの待ち合わせ姿があった。

一気に横川まで行ってしまうとどうみても時間は1時間半以上あいてしまう。その為順調に外環合流、三芳PA付近と渋滞ポイントをパスできたので、ドッグランがるという高坂SAへ入る。ここにも多くのグループのバイク乗りが沢山いた。しかしソロは殆どみかけない。なんでだろう。

バイクはざっと見回しても50台以上。その1/3はカローラ以上の価格のBMWだ。そして他の1/3はビックバイク。ライディングウェアも最近はお洒落になったのか、殆どがレザーで、聴いたことのあるブランドマークが付いている。私の時代であれば、せいぜいラフ&ロード、ちょっとグレードがあがってクシタニが正統派で、KISSやらNANKAIみたいな、ちょっとセンス的に好みではないウェアもよくみかけた。

そんな中、おやと思った人が数名。ソロっぽく感じた人で、マッハIII、そして別の所でCB750K0あたりのOHC 4本マフラーのマシンに乗る年配の人。どれも綺麗に磨きあげられていて、ずっと乗っていたのか、あとから手に入れてレストアし、磨き上げたのかわからないが、私の乗り始めた時代よりも前のバイク達だ。

高坂SAの、斜面を強引に囲い、飼い主が犬の糞を取ったりする時に転びそうな斜面に椅子まであるのだが、これはちょっと整地してからではないと無理ではないかと思えるドッグランで少し遊ばせ、ホットドッグの朝食を食べたあと、SAをあとにした。

上信越道の分岐の手前、さっきの綺麗なマッハIIIが追い越し車線を勢いよく抜いていった。速度的には200km/hも出ていないだろう。その後ろをピッタリとニンジャGPz900Rがついていく。思わずニヤリとしてしまったが、いくらなんでも追う方が有利な車種なので、逆なら面白かったのに、と思ったりするのは、まだ血が騒ぐ自分を感じたせいだろうか。

アクセルを踏めば免許取り立てでも200km/h以上の速度を、エアコンを効かせ、カーステレオを聴きながら出せる最新のスポーツカー達が同じような事をしているのではない。単にまっすぐ走る事すら神経を尖らせ、ものすごい振動とロードノイズと風切音の中、ヘルメットで囲まれた狭い視野の中で走る事に、何の価値があるのか。

それは乗って見たものでなければわからない。ふた昔前のGPz900Rですら、楽にその速度域で走る事ができる時代、どんなに頑張っても200km/hの時代のバイクでそういう事をする人は、やはりネジ者なのかもしれない。速度という数字ではない。その車種での最大の速度というのは、自分との戦いだから。

私の今の相棒、DJEBELで平均100km/h以上で走るようなものと似ている。何より荷物をフルで積載していると、120km/h程度しか出ないのだから。

そして、待ち合わせの横川SAに、集合時間の1時間前に到着した。

写真はそんなコトをやっていた頃のもの。新しい世界を見させてくれた、GPz900R A7改。筑波サーキット裏で。401モデルのフルスケールメーターを振り切る実力があったが、既に実メーターで320km/hが刻まれたZZ-R1100にフラッグシップを譲っていた時代、10年近く前のモデルが動力性能で叶う訳がないのだが、私が好きだったこの車種で、私は走りたかった。

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2005年09月09日

ファミリーキャンプ

明日から、コギ仲間の方たちと初めてのキャンプにでかける。何でもコーギーの飼い主さんのコミュニティ団体も、同じ日程、同じ場所でキャンプオフがあるという。本当は身内?でしっとりとしたキャンプをしたかったのだが、どちらにしてもまだキャンプシーズンなので、サイトも混雑している事だろう。うまく一緒に遊ぶ時間と、静かに過ごす時間を楽しめればよいなと思う。

さて、先々週までの北海道のキャンプは、最小限の装備だった。とはいえ、ストーブのアダプタを忘れるという失態をしてしまい、最小限に満たない装備だったのだが、それでも開陽台でゆっくりした時間を過ごす事ができた。今回小さい椅子と小さいテーブルを導入したのだが、明日のキャンプはいわゆるフル装備ででかける。

といっても和琴ミーティングの時よりもキャンプ用品は少ない。逆にくーの用品が多く、荷物の積み方によってくーが入るクレートの積載位置が微妙に変わる。そう、まだ安定した積み方ではないのだ。こればかりは経験の中から一番よいポジションを見つける事になる。

秋はいつも私にとってキャンプシーズン。ORPの全国オフ、和琴ミーティングなどがあり、今回コギ仲間のキャンプが定例化する可能性も高い。やはり犬にとって自由に遊べるのは野外。特にコーギーは外で全力で遊ぶのが大好きだ。走り、キャッチし、持ってくる。それが生きがいと言ってもいい。今回のキャンプサイトは、ドッグランがあり、犬の為に配慮されたキャンプ場だ。

また料理もほかの方もみなすごい凝りよう。シュハスコ、パエリア、スープカレー、スモーク、ローストポークなどといった作った事のない料理の名が並ぶ。1泊だけのキャンプでそこまでやるというのは、これまでなかったのが正直な所だが、これも経験と思い、先程ローストビーフを作った。明日はダッチオーブンで我流ローストチキントマトソース和えを計画している。

途中、サービスエリアに集合するというのも、渋滞にはまりそうで車なら避けるのだが、今回は一緒に行動。ひょっとしたらこれまでずっと混む混むと言っていた時間帯やルートが、案外楽に行けるのかもしれないとちょっと楽しみでもある。

明日、ウェアが入ったダッフルバックと、食材の入ったポリライトクーラー、カメラバック、トートバック、クレートを積んで出発できるようになっている。明日は北軽井沢なので、AirEDGEは入らないだろう。なので翌日にでもブログは更新したい。

連続でキャンプだが、実は今月末に美瑛周辺に十勝岳の紅葉を見にいくか、奄美大島で白い砂浜で戯れるようかと画策していた。どちらも、JALのおともでマイルを使おうと思っていたのだが、前者は今朝玉砕、後者は宿がいっぱいという事で、断念した。まあまたチャンスはあるだろう。

ただ、JALのマイルは47000マイル以上あり、今年中にマイルを使うか、クーポンに交換しないと無駄になってしまう。好きだったJASがJALにM&Aされてしまったので、仕方なくJALなのだ。AirDOスペシャルで紅葉を見にいくには、ちょっと行動が遅かった。

さて、早めに寝て明日は6時出発だ。写真は11月下旬の和琴ミーティングでのショット。みんな山岳テントで、人数分建っているのが笑える。まあ、これも言いようによってはファミリーキャンプなのだが。

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2005年09月08日

台風は北海道を越えて

台風が北海道に際上陸して、猿払を抜けていったらしい。あの何もない、背の低い植物が這うように生える原野を抜けていく暴風雨は、想像するだけで寒々しく、そして壮絶な風景が目に浮かぶ。

道北を走る時、高い確率で曇っている。lサロベツあたりでも、昨年は晴れたが、それでも台風が翌日には近づき、浜頓別から札友内までは雨が降ったりやんだり、結構な強風の中、右手にオホーツクをみながら南下した。それも殆どがグレーの雲が垂れ込めていた。

初めて猿払のあたりを走ったのは、北海道ツーリングで最初の時。1985年だ。この時もウトロからずっと雨で、浜頓別を越えたあたりから雨が止み、浅茅野の手回しガソリンスタンドを横目でみながら北上した。この低い風景の中、ちょっとした丘のような勾配のあるなだらかなアップダウンの緑の丘陵は、北海道では海岸線によくみかける風景だ。それは十勝の南、ナウマン国道から昆布刈石、厚岸から初田牛、別当賀にぬける北太平洋オホーツクライン、増毛から天塩あたりのオロロンラインでも見られる風景だ。これはこれで北海道らしさを感じて好きだ。

潮の香りがキツく、生臭さもある北の港町の臭い。そこを走り抜けると、今まさに北海道を走っているのを感じられる。色あせた木の防風壁や、昆布干場の砂利の広場など、北ならではの風景が広がる。そこを台風が駆け抜けていく時、荒々しく真横に雨を降らせ、冬の地吹雪のように生き物のように道や草原を風が蛇のように駆け抜けていく。目に見える風、というのがよくわかる。

今年は台風シーズン、9月になって強烈なのが通過していっている。つい今日北海道を抜けていった14号も相当なパワーで多くの被害を各地に与えていった。15号も既に生まれているが、どうやら大陸の方に抜けるようだ。しかしまだまだこれからも台風が生まれる可能性がある。それによっては今年の台風の被害が拡大するだろう。台風のパワーというのは、これほどのものだったのかと最近よく思う。フロリダ周辺を地獄に陥れたハリケーンも、これまでになく強力なパワーをぶつけていったのも驚きだった。

昨年、私がスタッフをするアウトライダー・パティオの全国オフは、12回目にして初めて台風の直撃コースから中止になってしまった。それを考えると、これからが本格的な台風上陸シーズンなのだろう。

山であろうと、谷であろうと、北海道のような平原であろうと、台風は通過していく。それも地形に左右されず、直線的に抜けていく訳だから、神の力と言ってもいい。昔の人々は、それに近い事をたとえていたのも判るような気がする。

写真はその典型的な海岸線。サロベツの北側あたり。このような風景の上空を、14号は抜けて行ったという訳だろう。

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2005年09月07日

犬と旅をする事

一人で旅をしてきた。鉄な人なら、中学生くらいから一人で旅をしてきたという人も少なくないだろう。私は最初に旅といえる事をしたのは、中学の時に自転車で東京新宿から秩父を往復した事からだ。しかし、その後はしばらく旅らしい旅はしていなかった。

本格的に旅に足を踏み入れていったのは、高校に入ってしばらくしたあと、50ccのトレール車に乗りはじめてからだ。私にとってバイクは旅の道具であり、旅の面白さを分かりやすく体に憶えさせてくれた重要なものなのは否定できない。それは20年以上経つ今も、私とバイクのある生活がそれを証明している。

2年前の2月、大きな転機がやってきた。まあ、9年前からバックパックを背負って由とアジアを旅するようになったのも大きな転機だったのだが、新たに家族の一員に加わった犬、くーと車や新幹線で旅するスタイルが旅の中心となっていく。

車で旅する事は、既にこの2年で何度もしてきたのだが、今回骨折やら病気やらで1年近く計画遂行が遅れていた飛行機での旅をようやく実行に移す事ができた。犬と旅する事の大変さはあるが、反面新しい楽しみ方というのが期待でき、これまでとは別な旅になる。事実それは制限のある中でいかに楽しめるかという旅になった。

2月、厳冬期の北海道を旅する事をずっと計画している為、この旅は犬連れで快適に宿泊させてくれる宿の調査も兼ねている。その為、半分は宿を取る予定であり、出発前に3箇所をチェックし、予約をしていた。日程上、午後14時すぎに釧路に到着する為、天気の事も考慮し初日は宿。そして北海道を離れる前日。そして犬関係で知り合った先輩旅犬の飼い主さんから教えて頂いた宿の3つだ。あとは、天気などの関係で宿泊を加えるかを考えていた。

残りはキャンプ。実質3~4泊になるという事だが、旅に出る日の台風11号の影響が心配され、最悪でも1泊は開陽台に張りたいと思っていた。北海道には思いの外、犬禁のキャンプ場がある事も、調査の上分かってきた。犬というのは家の中で人と生活を共にするペットではなく、家の外の犬小屋に居て、散歩も毎日しないというようなライフスタイルが多く、まだまだ犬と旅する為の環境は内地以上に整っていないようだ。

今年多く見たのは、キャンピングカー。駐車場や移動時によくみかけた。キャンピングカーなら犬も連れていきやすいかもしれない。しかしやはりテントを張りたいというのも私の中にはあり、今回はレンタカーも中でシートをフルフラットにして眠れるような車種は選ばず、一番安いクラスを選ぶ。とはいえ、単に上のグレードは高くて、7泊8日で借りるには予算的にも厳しいというのが本音なのだが…。

くーもテントで寝た経験があるせいか、宿よりもテントの中の方が落ち着くらしい。テントは薄いナイロンで外界と遮断されているだけなので、音は殆ど素通しだ。結構な距離があっても、夜などは声が響き、その都度毎に目を醒ましてしまっていたようだが、いつものクレートと我々飼い主がそばに居るという事で安心するらしい。

今回、3日目くらいからくーが激しい咳のような喉にひっかかったものの為嗚咽するような症状があり、開陽台初日の夜は殆ど眠れなかった。今は随分よくなったが、旅先での病気や怪我はやはりあるものなのだろう。色々な事を経験させて貰った。

犬と旅する事。それはこれまでなかった大変さも多くあるが、これまで経験できなかった楽しさもある。これからはソロでバイクの旅する事も当然ある。しかし基本的にはくーと一緒にどこかにいく事を前提に考えるだろう。くーもどこでも一緒だが、広々とした草原や思う存分走り回れる場所、いろんな臭いがある所を嗅ぎながら散歩する事は楽しいようで、疲れきるまで笑顔で遊んでいた。まあ、飼い主の身勝手で変な場所に登らされたり写真を撮る為に待たせられたりするのは玉にきずだろうが…

今は八重山の美しい海や、紅葉の森を旅したいと思っている。北海道での旅は、いずれまた。

写真は興味津々の春國岱で。しっぽがブンブン動いている。

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2005年09月06日

鹿とヒトの生活

今回北海道で多くのエゾシカが町の中で草や菜園の葉を食べているシーンをみかけた。知床が自然遺産に認められても、増えすぎている動物は自然界のバランスを崩す。鹿の天敵が減る事で、鹿が増える。開陽台にキツネが出ず、ネズミが出る事もそうだが、ネズミはエキノコックス菌を保菌している動物であり、このあたりも増えすぎや減りすぎはよくない。

今年の開陽台にはウサギが出ているようだ。これまでウサギをみた事はないが、という事はキツネも当然いない訳で、ネズミとの関係はよく分からない。どちらにしても、暑すぎたり、寒すぎたり、日照時間の関係もあわせてバランスというのは微妙に崩れながら、毎年シーズンが過ぎていく。どこがリミット、限界なのかわからないが、ある程度の調整は私は賛成する側だ。

例えばあまりに増えすぎ、森の木々や畑の植物も食い尽くすようでは、ある程度間引きしなければならない。森だって成長させるには間引きが必要だ。ほっておく事が自然だという事ではないという考えを持っている。この考えについては、個人差があり、私の意見は「そういう奴もいる」という事で読み流して頂いていっこうにかまわない。単に自然保護、動物保護という言葉だけが先行した偽善意識を私は否定する。

我が家の近くに大勢いるホームレスにしても、本気で仕事をする気があるなら方法はないとは思えない。しかし煙草や酒だけはしっかり手にして、社会や行政への文句や同じホームレス同士でのナワバリ争いだけは大声でやっている。私は連中や珍走の子はイラクのボランティアとして送ってもいいと思う位だ。正直資源ゴミだけを抜き取って散らかしっぱなしだったり、散歩にいく由たちが絡まれないか気が気ではない。無関係な人に存在だけでも迷惑をかけているならば、保護してやる必要なんかないとすら思っている。

今年、気になる事を耳にした。ある友人からは、私の知人が「鹿撃ち嫌い」であるという事だ。その知人は鹿撃ちを否定している訳でもないし、鹿肉だって食べる。しかし、友人はその知人をなぜそう言ったのか。それは、知人はとある理由で自分の住まいの周辺を禁猟エリアにし、ハンターを追い出してしまったのが理由らしい。

ここで気になる点は、人家や人がいる場所も猟区という事だ。流れ玉や釣り人やキノコ採りに藪に入っている人もいつ間違って撃たれるかわからない。事実、その知人は自分の家の敷地内で、頭の悪いハンターに撃たれそうになり、抗議した所、逆ギレをされて暴言をはかれたようだ。

町や猟友会に自分の家の廻りを禁猟にするように提言したらしいが、否定はしないものの、動きもなかったそうだ。これでは撃たれ損。殺意のない状況では、撃たれて死んでしまっても撃った方は数年刑務所に入るだけで出てきてしまうが、撃たれた人の人生はそこで終わってしまう。おかしな話だ。

知人の言う事や行動は当然の主張であり、猟区というものをもっとしっかり考えるべきではないだろうか。狩りをする方も免許やら何やら大変らしいが、それは当然だ。銃を持って人の家の近くで生き物を殺せる正当な資格が、まったく知らない所で許可されて認められている。

そこでなぜ、もっと山奥にいかないのか。置戸湖の周辺で人家がまったくない森を通る林道の入り口にハンターが入っている事が書かれた看板が出ていた。そういうようにすればいいのだろうが、やっぱり猟区の考え方にしても、人の生活する場所でどちらが弱者かを考えれば、おのずと判るはずなのに…なんでなのだろう。

鹿は北海道の特産物として、商品化する事や食用として使われる事や、増えすぎた鹿を間引くという意味での狩りは賛成だ。しかし程度問題であり、猟の対象とするなら猟をする側と猟区の中で生活する側とのどちらが尊重されるか、説明されなければ分からないような人間は猟に関係すべきではない。人が生活する為に猟がある訳で、レジャーとしての猟はまた別なものだろう。友人と知人の話の中には、結局都合のよい解釈だけで噂が広がっているように、お互いを理解しようとするような気持ちが欠けているような気がしてしまう。

人が平和に、幸せに生きていく為に、自然を守る為に、ひいては将来の地球の為に必要な猟は必要だろう。その猟は、第一に人の生活が安全に営まれ、そして必要以上にされるべきものではない。少なくとも私の友人や知人達はそれをよく分かっているはずだと信じている。

写真は町中で逃げもせず悠然と草や生け垣を食むエゾシカ達。別に直接的な被害を受ける訳ではないが、町中を自由に100kg前後サイズの動物が歩き回る事は、やはり難しい問題があるのは事実だろう。

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2005年09月05日

レンタカーを使う旅

今回、旅にはレンタカーを使った。これまでも2泊3日や4泊5日で春や秋、冬の北海道をはじめ、年末年始や春の沖縄、遠野などで使ってきた。ちょっとした旅なら、充分に費用を加味しても借りるに値する交通手段なのはよく理解している。

しかしレンタカーは思いの外、高い。普通になんか借りていられない。割引などを駆使し、いかに安く借りる事が重要になる。お金を余分に払っても、よいコンディションの車が来るなんて保証はどこにもないからだ。同じに借りるなら、充分に選んで免責や距離による加算分を含めて安いレンタカー会社を選ぶ事になる。

これまではMレンタカーをよく利用していた。理由はひとつ、圧倒的に安いのだ。ただクラスは軽のひとつ上のクラス。特に冬場は4WD+スタッドレスで借りるのは必須条件だ。しかし夏は雪の心配のない季節は、何でもいい。

レンタカーをはじめ、ホテルにしても運よく現地でグレードがあがったりする。それは本当に運なのだが、あまり期待しないでいくのがよい。ただ反面ハズレもあって、ライトが飛び出してしまったり、下まわりから異音がしたりする事もある。タイヤの山がまったくなかったり、ハンドリングに影響するような車種にあたる事もある。なので、できるだけフレンドリーに希望を伝えるのも私の役目だ。

今回も実は、当初予定していた1000ccクラスで配車された車は、タイヤの山は殆どなく、スリップマークが今にも出そうだった。流石に小さいクラスなので、トランクルームも殆どない。それは覚悟の上だが、とりあえずスリップマークの事をちょっと遠慮がちに伝えてみた。

店「何かご質問でもありますでしょうか?」
私「えーと2点ほどあるんですが…、タイヤの山が殆どないようなんですが…ダメならいいんですが、これだとダートとかを走ると横滑りしますよね。バーストまではいかなくても、北海道では路面の継ぎ目のショックも大きい所があるので、できればもう少し山が欲しいんですが…スピンして事故起こしたくないもので…」
店「…えー、そうですね。確かに山があまりないですね。林道とかも走りますか?」
私「はい。中標津とかは1本入るとダートが続きますよね?あと露天風呂にいくと大抵ダートなんですよね」
店「そうですか…ちょっと待ってください。」

という事で、今回は2クラス上の1500ccの4WD+ナビ付、三菱コルトプラスにアップグレードを無事果たすことができた。車内の広さや走行安定度はとても比較にならないもので、おまけに帯広ナンバーなので店としても乗り捨て先が丁度登録先なので都合がよいというのもあるだろう。

最近の車はよくできていて、鍵にリモートロックがついていたり、コラムオートマなので助手席と運転席の間が広く、ものを置けるスペースが広かったりする。当然パワーウィンドゥだ。エンジンのパワーもそれなりに充分ある。ナビのレスポンスも私が使っているCDポータブルカーナビとは比べ物にならない程早く、リルートも正確だった。

この7泊8日の旅での相棒は、約1400kmを走ってくれた。お疲れさん。まだ走行は2万kmほどの新車に近いものだったが、いろんなドライバーに乗られるというのは車にとってよい事ではないだろう。

レンタカーという用途になった車たちは、ある意味特殊な運命なのだろう。でもドライバーに従順なものなのが機械であって、コントロール(操作)する者に全ての責任がかかってくる。、それは子供を持つ親や、犬を飼う飼い主もそうであろう。

また短い旅において、よき相棒と出会える事を願うばかりだ。

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2005年09月04日

夏の終わりのTOKYO

北海道から昨晩帰ってきた。

帰ってきてからドタバタして漸く家も生活再開という環境になった。留守中植木の半分以上が全滅してしまったり、まだ後始末が必要な状況だ。

さて、さかのぼってどう過去のログを書こうか、悩む所だ。とりあえず、ざっと行程と主な写真をピックアップしてアクセスできなかった分の日記を更新した。中のエピソードは追ってブログの中で書く事にしよう。レポート的にまとめる事はできるかどうか…

今日は3度の洗濯、シュラフの乾燥、今週末予定している犬仲間とのキャンプの用意として、あらためて用品のチェックと積載を行ったほか、何だか妙に疲れていて昼寝を3時間もしてしまった。

東京は暑い。北海道も、帰る日になって漸く秋の涼しさがやってきていたので、あまり恩恵は感じないが、初めての犬との旅は色々多くの新しい事を経験させてくれた。

北海道で出会った多くの大事な友人達に感謝すると共に、無事故無違反、台風もなんとか避ける事ができた運に感謝したい。そして何より、私達の旅の行く末を心配してくれた大切な友人達に感謝。よき友を持って私は幸せだ。ありがとう。

外では雷鳴が響き、バケツをひっくり返したような雨が降っている。夏もそろそろ終わりだろう。

写真は夕陽の中の由とくー。場所は、アゼチの岬。

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2005年09月03日

北海道旅行その8

十勝清水→ペケレの森→レストハウス白樺→幸福駅→レストハウスかしわ→とかち帯広空港→羽田空港→パーキング会社→自宅

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2005年09月02日

北海道旅行その7

はにうの宿→六花亭本店→ぱんちょう→然別峡→菅野温泉→鹿の湯→然別湖北岸野営場→糠平湖キャンプ場→十勝清水(宿泊)

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2005年09月01日

北海道旅行その6

開陽台→計根別→阿寒→オンネトー→湯の滝→野中温泉別館→足寄→十勝川温泉→はにうの宿(宿泊)

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