2006年01月31日

情報漏洩ツールの伏兵

昨日まる1日かけても原因不明でリカバリできなかったPC。結局外付HDの殻に旧HDを装着し、USB2でマウント。そこから必要な資源を移行していく事にした。今回は問題なくできたが、こういう作業は時間がかかる。午前中を殆どこれに費やし、午後も引き続き細かい整理やネットワークプリンタの設定やらアプリケーションを使えるようにするための設定が次から次に出てくる。

最近情報漏洩を嫌い、企業はいろいろ訳のわからないツールを導入する。一番スマートなのはシンクライアントなのだが、設備投資額はハンパではない。おまけにまだ熟成していない製品ばかりだ。インフラの性能にも左右される。

管理用のツールを同一部署ではなく、別々の部署から導入命令があり、すっかり自分のPCはスパイウェアだらけだ。それだけリスクが大きいのだが、何だかこんな環境でよい仕事ができるのか、とても不安だ。ログをしっかり取り、それを集中一括で特定部門が監査し、問題のある社員には直接指導が入る、という方がよいような気がする。これでは発想も抑制し、新しい情報を得てビジネスモデルを生み出す先進のIT企業とは大きく違う。

まあちょっとルール違反をする事で大きくお金が転がり込むような仕組みを発見する某企業もある。しかし技術屋というのはそんなものよりもテクニカルに自分が得るもの、表現できるものに対して不安なく探求できなければ無理というものではないか。しかし、企業や抑制する方向を間違い、複数の部門がそれぞれ勝手に何かを始めようとする。それで生産性があがるわけもなく、またメンタルな面でプラスを与えるどころか、マイナスしか生まないという事をなぜわからないのだろうか。

企業というのは個人プレイで許される部分と許されない部分がしっかり棲み分けられていてはじめて、それぞれの力を発揮できる場所なのではないだろうかと思うのだが、どうやらそういう企業は逆に少ないように感じる。画一的にそれぞれが同じような提案をし、同じような製品やアイデアをそれぞれが達成しようとする。それを統合したり統一化するようにしなければ、無駄な投資だけでなく、中にいる非常に重要な社員のモチベーションに大きな失望感をこれでもかと与える事になってしまう。

とはいってもまだまだいわゆるスチャラカ社員も少なくない。IT企業に席を置いているのもかかわらず、あまりにも無知で大樹の影に隠れている者が、計算高く手を抜いていたり、それとは別にあまりに無知で企業や同僚、廻りの信用を失わせるようなお粗末な行動をしてしまったりしているのも事実だ。だからこそ、締めつけていかねばならないというのも判る。判るのだが、やる気がある者への影響は大きいのではないだろうか。

前だけ向いていける時代は楽だったのだろう。それこそ人を蹴落とす事だって、前にその目指す場所があるのだから。今はそうではない。それぞれが目指そうとしている工程に水をさす目が光り、伸びようとするわずかな人よりも、適当にやっていこうとする大勢の給料ドロボウ達の行動から生まれた無駄な監査プロセスが足ややる気までを削ごうとする。

会社員のメリットとデメリット。結局どちらも経験した方がよいのだろう。公務員だけしかやっていない人、自営業で勤めた事がない人たちは、殆ど相手の職業をあまりよい目で見ない。しかしなぜだか独立をしたいと思う人だけはどの世界にも居る。独立しても楽ばかりじゃないのはよくわかるが、自分が責任を負い、自分が思うようにやりたいと思えるだけ、まだ人間腐っていないような気がしている。

写真はこれも仕事の話で写真がない為、今オホーツクはこんな感じだろうという写真。もう今日で1月も終わり。明日から2月。北海道は一番寒い時期を迎える。

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2006年01月30日

頭痛の月曜日

仕事に使っているメインのPCのOSを棚卸すべく、朝至急の業務がない事を確認したあと、ハードディスクを小さいものに交換する作業を開始した。

今のディスクは私のデータも入っているので200GBに換装してあるのだが、いろいろとチェックが厳しくなってきたので標準の40GBに戻そうという事なのだ。整理する事と、シェイプアップする為に、すべて入れ換える事にした。

順調に新しい、というか最初に搭載されていたウェスタン・ディジタルのディスクを再構築。OSのリカバリ、Microsoft Officeとウィルス対策ソフトとセキュリティパッチすべてを適用するのに3時間もかかってしまう。昼を挟んでさあ旧ディスクから資源を移行だという事で、PCのトップカバーを外し、IDEケーブルを差しなおして起動するが、プライマリとセカンダリのディスクに割り当てられているドライブが混在してしまう。おまけにブートディスクとは明らかに違う、旧システムドライブのページングファイルがつかまれており、どうみても現在起動しているデスクトップは新HDのものなのだが、Dドライブとしてマウントされてしまっている。これではメールなどの移行ができない。

同時にActiveDirectoryのマスターサーバ認証が、管理者情報と違っていて時間を食う。たいした管理をしていないくせに、非常に面倒だ。

夕方15時、とうとうブートしなくなってしまう。いろいろページングファイルを切り換えたりもしたのだがだめ。定時直前になってあきらめ、もう一度OSリカバリからやりなおす。

おまけに午後から頭痛がはじまり、きつかった。ちょっとだけ残業して、あきらめて帰る。明日も朝からリカバリ作業だ…

頭が痛いので今日の写真はさわやかな風景を。夏の開陽台の朝。

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2006年01月29日

NDA開成町ふたたび2

今日はランチョンが観戦に来る予定だったのだが、連絡はない。まあ彼の事だからほっといても大丈夫なのだが、そんな事を忘れていたあたりでやってきた。電車で来たらしい。

彼とはバイクで知り合い、旅で交流を深めたという友人だ。彼女の存在は大きいもので、私もそうなのだが、旅もバイクもその時は最優先だった時代もあるが、今はまた別な楽しみを味わっている。人なのだから、ずっと一生同じ事をしている訳にはいかない訳で、今できる事、今やってみたい事は積極的に取り組んで行きたい。ランチョンも今は彼女との時間と新しい仕事に、少しづつ新たな世界を見いだしている。ただ、バイクというものはそのひとつではなく、バックボーンにあるものなのだ。私も乗る回数は減っても、その精神は薄らぐものではない。きっとランチョンもそれを最近しみじみ感じているのではないだろうか。

ランチョンはくーの大のお気に入り。めざとくランチョンを見つけたくーはいつものように短い足と長い体をつっぱって、ランチョンの顔を舐めようと必死でとびつく。くーの愛情表現なのだ。私も毎日帰ると興奮状態になってとびつかれるのだが、いつも側にいる由にはあまりそういう行為をしない。由はそれが気に入らないらしいのだが。

さて昼食を取る間もなくプライマリーの2Rが始まった。ダイゴ家の緊張は消えず、やはり練習のようなスローはできなかったようだ。それはそうだ、今の私だって、ほかの先輩だって、練習の時と本番は全然違うのだから。その程度を少しづつなくしていくために、これから努力をしていけばいいのだから。

偉そうな事を言っているのだが、由は4カ月前、私は3カ月とちょっと前にデビューしてばかりの素人。特に私はあがり性なので毎回1投目はスローが乱れるのは相変わらずだ。これもプレッシャーに弱い私を証明している。そう、初めて大会に参加した日の1Rは、1投目以外のほか4投すべてがフットフォルトでファウルになっていた。真横でオフィシャルが赤旗を挙げているのも全然気がつかないほどだったのだから。

きっとこの大会がダイゴ家にもいろいろなものを与えてくれたと思う。そして私たちのように、これからも犬と遊ぶというひとつの形として、ディスク大会が位置づけられていくのではないだろうか。私たちのように。

そして2R目のドギーズが始まった。福来ちゃん+パパさん組がトータルで31Pを出し、次は由とくー。今回も1R同様、小刻みにポイントを稼ぐ。驚く事にノーミスだ。風があまりないので由のスローも安定している。距離こそ短いが、以前よりは少しづつしっかりと距離も伸びているので、これから私なんかよりも安定して投げられるようになるのではないだろうか。まあそれもこれもくーのキャッチ率の高さがすばらしい。小犬の頃からディスクが大好きだったのだが、本当にディスクやボールをつかまえようとする執念は凄い。骨折してもまだやりたいと思うほどなのだから…合計でなんと39P。なんと2位通過で決勝へ進んだ。

間をおいて福来ちゃん+ママさんが34Pで終え、今度は私。1投目はいつも反省を踏まえ、短めに投げようとして低すぎのスロー。くーに負担がかかりそうな低いスローも困るのだが、くーは低めで伸びるディスクが得意だ。突っ込んでいきキャッチというのは得意だが、逆に待っていてキャッチするようなのはちょっと苦手である。2投目はもっとひどくディスクダウンさせてしまい、思わず声をあげてしまう。最後のスローは一番よく、あとちょっとで7-8ポイントだったのだが、足がひっかかり残念ながら6ポイント。私は合計31Pで終えた。

フォアちゃんが1位通過し、2位にはくー&由。ダイゴロウ君やロビ君も決勝に進んだ。これは決勝が楽しみになった。由はきっと私のように緊張しないで決勝を投げられるだろう。

NDAのプライマリーでは私と由は入賞、ドギーズでは由が決勝に進んだ。JFAでは私がクリスマスイブに決勝に進む事ができ、3位のブラックディスクを手にする事ができたのだが、NDAでは私はまだ経験はない。由に先をこされたのだが、私としては納得の結果だった。私はまだ安定していない。

決勝進出者は、ファイナリストとしてまず呼び出しされ、オフィシャルがお祝いの言葉を述べてくれて、決勝用のディスクを渡される。そして音楽もちょっと迫力のあるものに変えられ、決勝ラウンドが始まる。この雰囲気は正直ちょっとワクワクする。JFAの方はファイナリストを明記されたディスクが渡されるのでちょっとこれも記念になるのだ。

そして5位から順に決勝ラウンド。由は1R、2Rと変わらないマイペーススローで2位を守った。トップとの差も含め、今回は非常に接戦だった。1Pに笑い、1Pに泣いた結果の日だった。ただ、風が強い日のように、風が一瞬休んだ時に投げる事ができた人が勝つよりは、極めて実力に近い内容だったので、よい大会だと思った。

翌日にはトーナメントがあるのだが、我が家はポイント目当てではないので休み。しかしドギーズ出場チームの殆どは日曜も参戦する。明日は今日よりも穏やかだというので、きっとよい試合になるだろう。

私たちは優勝のフォア家と5位のロビ家と共に夕食を取り、帰宅した。今日は東名東京料金所を通過する時間はあと1時間足らず、正規料金になってしまったが、今日はまあいいか。

写真は2位で表彰されるよりも、1ラウンド多く投げて貰って嬉しいくー。

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2006年01月28日

NDA開成町ふたたび1

夜明け前、芯まで突きさるような寒さの中、車庫まで歩く。

ポータブルカーナビ、ETCカード、入れたばかりの紅茶が入っているポットを既に積んであるクーラーに入れ、カメラバックを運転席の足元に置いた。

駐車スペースが民家の1階なため、暖気をしないでアイドリングで自宅の玄関横までゆっくりとロッキーを走らせる。この時間はタクシー位しか走っていないのだが、今朝は1台も通り掛からなかった。

セッティングをし、一旦自宅に戻る。由が着替えを済ませて、戸締りをしてくーを連れ出す。寒いのか、少々震えているようだった。いつもだとちょっと排泄をさせてから車に載せるのだが、今日はすぐに後部座席においてあるクレートに載せ、走り出した。

地下鉄工事をしている都心の道を抜け、渋谷からR246に入り、池尻で首都高に乗る。めったにこの区間を乗らないのだが、大会に行く日は仕方がないので使う事にしている。5時20分には東名の東京料金所を越え、ひたすら走る。道路の継ぎ目でロッキーのリーフスプリングは大きく跳ねるのだが、由は横で、くーは後ろで眠っていた。

予定よりちょっと早く大井松田ICを出る。途中のファミリーマートで朝食を仕入れていると、大会参加者と思われるステッカーが張ってある車が横に並んでいた。競技会場へ向かう。

前回は4か月前。その時は7時頃に到着したのだが、今日は6時半。しかしすっかりコート脇のタープスペースは埋まっていた。知り合いがざっと見回したがいなかったので、1箇所だけ残っていた出口脇のスペースにタープを張った。すると福来家が設営を始めているのを由がみつけ、一旦張ったタープを潰し、予定にしていた通り福来家の後ろに連結してタープを張る事にした。福来家は今日明日の参加で、私たちは土曜だけの参加。なので一緒に使わせて貰い、我が家のタープは物置として使うのだ。

ロビ君とポーちゃんの家も到着。既に場所が確保されていた所に次々と知り合いのタープが立っていった。今日はなんだか妙に混んでいる。エントリー数も多く、コート脇に待機タープを張れない人が沢山いたようだ。

しばらく用意をしていると、何でもフリーが最初に始まり、すぐに私たちが参加するドギーズクラスになるという。とても慌ただしい中、3番手の由は1番の方がキャンセルなので、2番目に繰り上がる。1番目は福来ちゃんとそのパパだ。

由はちょっとだけ練習できたようだが、距離が伸び悩んでいた。でも由は安定しているので短いスローで回数で稼ぐ事がスタイルなので、それはそれで期待できる。結果、オールキャッチの5投で19P。ショートで刻んでよい位置につけた。私は12番目で1投目はいつも通りミススロー。途中1投をミスり14Pで終了。他のみなさんも接戦のようだった。ただポイントを数えている余裕がないので、この日も曖昧なまま進んでいった。

次に今回デビュー戦となる親戚犬のダイゴ家が出るプライマリークラス。私や由もこのプライマリークラスを経て今のドギーズクラスにステップアップしてきた。懐かしいがまだたった3か月ちょっと前の話なのだ。飼い主さんの緊張がちょっと前までの自分を見るようで、応援にも力が入る。

今回名古屋からきているいつも大会レポートでかわいらしいイラストを書いて下さっているじゃすままさんと、今回はしっかりと挨拶ができた。実は昨年の私のデビュー戦だった朝霧アリーナでMCをされていて、くーをなでて頂いたのだが、私はイラストを書かれている人だとは思っていなかった。その後、くーのかわいい後ろ姿を書いて下さったので飼い主は大喜び。先週は親戚犬の福来ちゃんがドギーズ・トーナメントで優勝を飾り、イラストデビューしたところだった。ロビ君やポーちゃんもかわいらしく書いてくださり、こういう絵が書けるという事はすばらしい事で、絵心のない私は羨望の眼差しだ。

じゃすままさんは、6歳のボーダーコリーのジャスティ君と、まだパピーの雰囲気な6カ月のアルタイル君を連れてはるばるスーパーカーで開成町までやってこられていた。ディスク大会に出ている皆さんのパワーというのは底知れないものがあるとつくづく感じていた。ジャスティ君はレディースクラス、アル君はローラーゲームに参加。私たちも彼らのように参加を楽しんでいるのが伝わってくるように頑張りたいと思う。

午後のラウンドは明日のブログに続く…

写真はランチョンが撮影してくれた競技中の私とくー。

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2006年01月27日

明日は開成町へ

明日は風があるようだ。そして明日は久しぶりという気がするディスク大会だったりする。

明日の会場は由とくーが初めて参加した大会だった昨年の10月1日の会場、神奈川県の開成町。東名高速の大井松田ICからすぐの河川敷だ。私はこの時、撮影役に徹していた。

由ははじめての大会に向けて投げ練なぞした事もなく、ディスクもはじめて投げるタイプだった。案の定、風が少し吹いただけで、由の投げるディスクはとんでもない方向へ。その時の結果は1R目おだんご(いわゆる0点)、2R目オールキャッチで20Pという訳のわからない結果になった。投げる方向が1R目は向かい風だったせいもあるが、今振り返ってみればそよ風のようなものだったと言っている。

私はその後、参加する気になって10月22日の朝霧アリーナで初参加になるのだが、この日にディスクを楽しむくーの姿をみて、また競技としても参加する楽しさを味わい、すっかりディスク大会のスケジュールをチェックするようになってしまった。

初めてまだ4カ月弱、この間の腕前はどの程度あがったのかが明日試される。ただコートも初心者クラスであったプライマリーから、今ではドギーズクラス。私たちもゆっくりだが成長をしているようだ。

明日はまた4時起きなので、早めに寝よう。予報だと土曜は風が強く、日曜は穏やからしい。私たちは土曜しか参加しないので、このあたりはやっぱりツイてないのかも…まあこういう時にチャンスと思える位にはなりたいものだ。

インフルエンザが突然周辺で流行りだしたので、それがちょっと心配なのだが…

写真はその初参戦の会場。明日もここへ。

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2006年01月26日

オホーツクの便り

今年も流氷のシーズンがやってきた。

このブログをつけはじめたのが昨年の2月16日。あとちょっとで1年になる訳なのだが、その頃の話題も流氷とかスノーキャンプとかの話を書いた。同時にくーは骨折中で、痛々しい姿の写真が残っている。アーカイブを見るとちょっと懐かしい。

今年は1月25日に接岸情報が公開されたのだが、今日あたりの開氷図をみると、ウトロから知床岬にかけては結構しっかり接岸しているように見える。また実際私が目の当たりにした事のある浜小清水や能取岬、網走周辺にはまだまばらなようだ。アムール川河口で生まれた氷は、風や海流に流され日本に今年もやってきた。

アムール川では川汚染が問題になったのだがどうなのだろうか。毎年豊富なミネラルや微生物を運んできて豊かな冬の動植物生態系に影響を与える流氷なので、影響がでないといいのだが。

昨年夏に、この流氷に閉ざされる海岸線を旅した。ウトロから網走までは海岸線近くを移動し、途中くーを砂浜で遊ばせたりもした。くーの波に驚くの図も、浜小清水前浜だった。

一昨年はくーが我が家いやってきて間もない頃、生後3カ月前後だったので、旅どころではなかった。昨年は骨折でどこにもでかけられなかった。そして今年は、3月にだが、道東旅行を計画中だ。既にエアチケット、犬可のホテル、レンタカーは予約済。くーを完全結氷した屈斜路湖の御神渡りをジャンプさせ飛び越させたいとか、真っ白の雪に閉ざされ、噴煙をあげる硫黄山をバックにくーとスノーシューをしたいとか、開陽台で記念写真を撮りたいとかいろいろ考えている。

冬の北海道といえば、氷点下20度を越える寒さが生む大自然の美しさなのだが、同時に温泉や冬ならではのおいしい海産物も重要なポイントだ。当然、鮨は2~3度食べるだろう。くりーむ童話のジェラートも食べるだろう。六花亭のケーキも忘れてはならない。

私自身は一人で旅をしていた頃から、こんな事を続けてきていた。それが由と一緒であったり、くーが一緒であったりしてもやっている事は同じ。そして由もくーもそれを楽しんでくれるので、いつも一緒に行動ができる。これはとても嬉しい事であり、私もそれでなければつまらない。まあたまにソロの旅もいいのだが、今は楽しみを共感できるパートナーと昔と同じように旅する事ができる事に、素直に感謝している。

なんで同じ所ばっかり、とかよく飽きないなとか、物好きとか言われる事もあるが、今の所会社よりも仕事よりもこの瞬間が一番私にとって幸せを感じられる時間なのだから仕方がない。

来月は那須へ犬仲間とスノーシュー、さ来月は北海道と予定している。ディスクの大会も月1ペースだが、まだまだ冬の遊びをしたい。3月頃には我が家だけで清里あたりにでかけて雪の世界を独り占めしようかとも思っていたりする。

我が家の楽しみ。誰に自慢するまでもない、順位も出世もないこの時間が一番大事なのだ。

写真は屈斜路湖の御神渡り。中島にずっと続いている。

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2006年01月25日

楽しい日とつまらない日

最近愚痴が多いので、自分でも書いていてあまり楽しくない。本来は旅の話が中心のはずであり、実際まだまだ文章にするエピソードはまだまだあるのだが、書く気分にならないというの感じだろうか。ブログで毎日何らかの話を書くとしたら、旅をしている間以外は、あまり楽しい日々ではないのだから仕方がない。

毎日が楽しくて仕方がないという人はどれだけいるのだろうか。もしもいたとしても、人間なのだから喜怒哀楽はあるはずだ。ずっと続くなんて事はない。人は生きていく間は辛い事の方が多いといってもいいのだから。

そんな中で自分をさらけだしても仕方がない。これでもある程度はセーブしているのだが、文章にするとなると楽しい話ばかりが浮かんでこないのも現実だ。

あっという間に1月も後半。先週には雪が降ったおかげで、ちょっと気分転換できたのだが、日陰に残った氷は風情なんていうものもなく、危険しかない。日陰に残った氷をみると、正月の北京を思い出す。ブラックアイスだらけの町を、夏と同様に自転車やバイクの大群が走っているのだ。そう、滑る原因になる水分は全て凍っている訳だから、ドライ路面なのだ。でも何度か自転車が勢いよく転倒しているのもみたことがある。タクシーのタイヤも当然スタッドレスなんかではなく、夏タイヤなのだが、それが普通なのだ。

たまに裕福な人がBMWやメルセデスを乗っているのだが、極端としか言いようがない。そういう車は毎日磨きあげているのか、日本を走る同様の車のように、美しく輝いている。鄧小平が掲げた、裕福になれる者から裕福になれ、という言葉の通り、極端な経済格差がどんどん都市圏では広がっている。

日本もちょっと前は同じような風景があったはずだ。富を手すべく、誰もが隙を伺っている。私もそうか、といわれると、チャンスがあればきっとそういう気分もなるだろうと思う。しかし、今はそんな隙なんかある訳もなく、少しづつコツコツと住宅ローンを返し、ささやかな小遣いを貯めて旅に出る。いや、それでも充分に楽しいのだ。幸せとも言う人がいるだろう。そんな事さえできない人だって多いはずだ。

先日、会社を休んで真っ昼間に風呂に入った。私はカラスの行水みたいに、風呂の時間は15分程度なのだが、その時は半身浴で30分、湯船の中で窓をあけ、青空をみていた。すると、気分がとても穏やかになっていくのがわかった。

旅は誰の心にも、どんな時にも存在するのかもしれない。愚痴があふれる毎日、ちょっとした安堵感をもっと積極的に味わえる人生にしたいと思った。損な性格のおかげで、なかなかそういう気分になろうとしない自分がいる。由のようにもっと、なるようになる的な考えに、少しでもいいから自分で努力しつつかえていきたい。

きっと春になれば、春の気配で少しづつ気分も穏やかになるだろう。まだしばらく寒い日々が続くのだが、無理せずに全てにおいてマイペースで、今しかできない事をしていこうと思う。

写真は北京は西単。日本で言うと原宿、渋谷といった所だろうか。道路は凍っているが、自転車は多い。

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2006年01月24日

単騎、千里を走る

高倉健氏が主役の新しい映画が始まる。ロードショーでみるつもりはないのだが、私はこの映画に3つの面を期待している。それはこんなものだ。

・張芸謀監督が描く日本人
・麗江の姿
・高倉健の演技

張芸謀(チャン・イーモゥ)監督の作品では色彩がとても美しい。果てし無くモノクロに近い中国の自然の中で、文化がその色彩を表現するようなものというべきか。HEROやLOVERS、そしてセブンソードなどはストーリーよりもその鮮やかな映像が印象に残る。

中国の都市圏以外を実際に旅すると、土と砂の色に染められているイメージが強い。チベットやモンゴルはもちろん、西安や重慶などでもやはり色があまりない雰囲気を感じられる。しかし多民族国家である中国は少数民族などの美しい民族衣裳や装飾などが色鮮やかな文化を感じられる。

今回の映画は雲南が舞台のようだが、私は雲南は麗江、大理、昆明を旅した事があるので、とても気になっている。特に麗江はとても好きな地であり、その神々しい玉龍雪山や、世界遺産でもある町並み、町をくまなく走る水路と石畳が素晴らしい文化を感じる。漢民族とは違った文化があり、ナシ族が多く生活する中国という言葉でくくれない場所でもある。そこに日本を代表する高倉健が一人で出向き、ロケをしてきたという事だ。

ストーリーは息子の意志を継いで映画を撮りに雲南に向かったというものらしいのだが、中国人にも高倉健の認知度は高いらしい。これは私としても嬉しい事でもある。過去そして現在、人間は争って歴史を重ねてきているのだから、過去を繰り返さないように現代の人間が同じ過ちを繰り返さないようにしていかなければならない。対異国に限らず、それは自分の廻りの人々に対しても同じ事ではないだろうか。

外国の人間でも尊敬できる人は沢山いる。少なくとも私はこの国の人間は…というくくりではひとつも判断していない。それだけに、できるだけ色々な国をこの目で見たい。接したいと思って旅をしてきた。日本でもそうだ。東京以外の日本をみたくて仕方なくて、日本縦断もした訳だし、それは日本を越えてこの地球上でも同じ考えだ。

高倉健という一人の俳優が、世界的に有名になり、色々な文化の違う人々の心に訴える事ができたのなら、これは同じ日本人として嬉しい事だ。そして今度は中国の監督によるハリウッド映画。期待せずにはいられない。正確に日本人の文化が折り込まれるかというのは心配だが、100%そうでなくてもいい。

麗江は素晴らしい場所だ。人々も穏やかに過ごしている。ただ日本と同じく、大きい地震に見舞われる事がある地でもある。また是非、この地を旅したいと思う。

とりあえずはこの映画が楽しみだ。

写真は麗江の美しい水路。

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2006年01月23日

月曜は根雪と共に

夜中に胸焼けが激しくなり、胃が痛み眠れなくなってしまった。明日からまた仕事の1週間がはじまるのだが…寒い朝が身にしみる。といってもたかだか氷点下1度程度。北海道では既に20度を越える寒さが続いているらしいので、大したことはないように思えるが、都心での冷え込みというのは数値以上にしみるものだ。

北海道では冬はいちいちマイナスとか氷点下とつけない。それが当然だからだ。まだ夜があけていない中、コートを羽織ってまだ氷が残る道をバス停まで歩く。いつもはぎりぎりになって走ったりするのだが、今日は走ると危険なので少しだけ余裕を持って出た。

ヘッドライトが沢山、目の前を通りすぎていく。しかしよく20年近く通勤しているものだと自分で驚きを感じる。まあ勤務先はこれまでも変わった事はあるのだが、ここ10年程は本社勤務が殆どだ。中、1年半ほど川崎の事務所に通った事はあったのだが、それでも朝出る時間はこのくらいだ。

長くひとつの会社で仕事を続けると、いつまでこれが続くのかと思う事が多くなる。若い頃はそんな事を思うよしもなく、毎日する事や納期、そして休暇を目指して仕事をこなしていくまでだ。最近はどんどん後ろ向きになって、もともと義理だてするような事もないわけで、給料を貰っている分をしっかり働けばよいという事に考えが変わっていってしまった。

しかし独立した人は、そんな余裕もないだろう。たまに余裕のあるように見える独立した友人を見るが、実際はもっと濃密に忙しい時間も過ごしているはずだ。大きい会社に勤めるという事は、いろいろなメリットやデメリットがあり、自営や独立と比べられない部分も多数ある。

今はこうしているが、いつかゆっくりと朝を迎えて、くーと明るくなってから散歩をして、仕事にとりかかれるような時間が来るだろうか。こうしているうちに結構年をとってしまった訳で、そのタイミングというのはなかなか難しい。一昔前ならもう転職や独立は難しいと言われる年齢に入っている訳だから、尚更だ。

といっても夢は見続ける。いつか、マイペースで仕事をして、生活して行ける日々を。ないものねだりなのはいつの時代もどんな立場でもあるものだろう。

写真は恋しい雪中露天風呂。場所はご存じ北海道は和琴温泉なので、昼間は人が多くてなかなか入れない。夜、以前はなかった脱衣所に灯るランプが湯気でぼんやりと浮かび、横では白鳥が鳴く中、入る風呂は格別だ。横にテントを張り、風呂から出てそのままテントに入り込み、シュラフにもぐり込んだ。

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2006年01月22日

雪あがりの日曜日

窓のブラインドから朝陽が差し込んでいた。8時に起きてたまった洗濯。昨日は雪の為できなかった。朝飯前にスタートさせ、朝食を作りはじめると由がくーをかかえて起きてきた。

今日は本当ならゆっくり寝ていたかったのだが、先週から入院している母親の実家に寄り、植木に水をやったり冷蔵庫で悪くなっているものや郵便物を整理しにいかなければならない。いや、いかなくてもいいのだが、いかないとあとあと文句を言われる為、しぶしぶだ。こんな日に外に出たら危ないのだが、そんな人の苦労はこれっぽっちも気にしないのが私の母親だ。

洗濯を干して出発。歩道やちょっとした路肩はまだ相当氷があるので、大事をとって4駆にする。フロントのフリーホイールハブを手でロックし、フロアシフトの横にある駆動切り換えで4Hにして走り出す。車が通っている所はまあ大丈夫なのだが、結構交差点とかでは圧雪が氷になってしまっている日陰も多くある。裏道を走らなければ大丈夫かもしれないが、いつも通り実家までは細い道を走ると、ガードレールが曲がっていた。

実家に着いてくーと一緒に部屋に入る。そして30分ほど片づけやら仕分けをし、新聞やゴミなどを両手いっぱいに持ってゴミ捨て場に出し、再度車で今度は練馬の某病院へ。カーナビをつけていないので、大きい道を通る。
ドライな路面をチェーンの音をやかましくたてて走り抜けるトラックもみかける。こんな状況で走っていたらすぐに切れてしまうだろうに。私は学生時代、それまで鉄のチェーンを愛用していたのだが、4駆にスタッドレスという車に乗ってからは、安全をお金で買うという意味でできるだけリスクのある冬はスタッドレスにかえている。まあ昨年のように骨折して都内から出る事もないというシーズンは交換しなかったが、今シーズンは雪山にも行くし、ディスクの大会でちょっと走る事もあるので、年末に交換している。普通の日は2駆にできるパートタイム4駆のロッキーは、そういう意味では結構効率的だ。

また4駆+スタッドレスの場合は、吹雪になったり路肩がなかったりする場所では、外に出ずに安全に雪道を通過できるというメリットがある。まあ厳密に言うとロッキーは一旦外に出なければならないのだが、この安心感は一度味わうとチェーンだけなんか怖くて乗れない。まあ昔はFRに鉄チェーンだけなんていう構成でスキー場まででかけた事もあったのだが、今では怖くてできれば避けたいと思う程だ。

とはいえ、今日はそんなに問題なさそうなので、病院からの帰りは2駆にして帰った。母親は5分だけ顔を出すとまるで病人とは思えないほど元気に笑っていた。周囲にどれだけ迷惑をかけているのかまったく判っていない母親をみると、胃が痛む。

昼すぎに帰って、そのまま何だか胃が本当に痛くなって寝てしまった。寒いのもあるのだが、くーをかついでベッドにもぐり込んで夕方までじっとしていた。

夕食は先日買った保温調理器で牛スジを煮たあと、大根とゆで玉子をおでん出汁に入れて煮た。牛スジは小分けしてお好み焼きを作る時用にストック。そして4本だけ串に差しておでんの具として追加し、夕食を取った。

写真は土曜の雪の公園。東京は新宿とは思えない風景だ。

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2006年01月21日

都心に大雪が降る

朝から雪。毎年必ず積雪する日があるのだが、センター試験の日にぶつかる事がよくあるような気がする。私はセンター試験は関係ないアタマなので元々どうでもいいのだが、由は当時のいわゆる共通一次は克服し、私とはアタマのデキが違うのを証明している。

先シーズン、12月に積雪があったのだが、その時は骨折していてベランダでギプスをしながら雪に興奮したくー。今年は思いっきり雪の降る中、家族で公園にでかけた。

いつもの公園はすっかり雪景色。一面真っ白だった。昼に近い時間だったのだが、普段は公園では大人の管理者がつく少年野球などしか許されていない公共の広場を、我がもの顔で広がって砂ぼこりをたてまくるフットサルや草野球の若者もいない。歩道の手すりを勝手に使ってスケートボードをする若者も、人が通る所でトイレの壁を使ってサッカーやキャッチボールをしたりするアタマの悪い連中はいない。平和な都会の公園だった。

犬連れの人も少なく、静かな公園はとても都会とは思えない雰囲気だ。こういうのは大好きである。シンとしたいつもの公園を、家族で歩く休日。なかなか最近なかったかもしれない。

ただ湿った雪が延々と降ってくるので、カメラが結構濡れてしまう。レンズをちょっとでも上向け気味にすると、雪がレンズに吹き込んでくる。散歩をしている間、段々と降雪量が増え、風も少し出てきてちょっと苦しくなってきた。私たちは当然なのだが雪の中を散歩する時は傘はささないので、フードを被ってもむき出しになっている頬や顎のあたりに雪がつき、濡れて冷たい。手もそれをはらったりしていると濡れてしまうので、カメラにもよくない訳で。

とはいえ、雪の中で散歩を楽しむくーを沢山撮ってきた。去年は骨折で外に出られなかったね、としみじみ雪の中、揃って散歩できる事を喜んだ。

写真はその雪の公園の1シーン。雪の降る中ディスクを追うくーは幸せそうだった。

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2006年01月20日

胃痛の種

株式市場が気になって夜もぐっすり眠れる状況なのだが:-)、まだ仕込んでおいた銘柄にはよい風が吹かない。しばらく様子見なのは変わらず。ちょっと判断ミスもあったのだが、まあなんとかなるだろうと予想している。

さて最近また我が母親が入院している。これまでも何度も検査を繰り返し、おかしい所はないというお墨付きを担当医や他にもセカンドオピニオンの医者に言われている。気になる部分は太りすぎという事くらいで、あとは極めて数値的にも正常値に近い。そう、健康なのだ。しかし、動機や血圧が高いなどと言い、病院に行くとしゃべりまくる。薬も複数の病院から他に何の薬を飲んでいるかを言わず、薬大好きな母親は大量に薬を飲み合わせ、体調を崩して病院に行く事も繰り返す。老人性のうつ病が一番それに近いのかもしれないが、心療内科にも行っても効果はなかった。

私は幼少の頃から母親には振り回されてきて、という話を以前も書いたと記憶しているのだが、とにかく周りに迷惑をかけて平気な性格はどんどん悪化する一方だ。昨年末しばらく上向きだったのだが、また最近よくない。寒さが厳しい関係で、体調も悪いので気にしてやっても、それが当然でありどれだけ私が無理をしているのかもまったく聞く耳持たず。人の言う事は一切聞き流すのだが、自分の言う事だけは延々と言う。

私は影で人の悪口を言う人間が嫌いだ。必ずそういう人は私の事も影で何らかの話題にしているという事であり、信用できないという事を自分で証明しているようなものだ。少々の悪口というか話題になるならよいのだが、それがある域を越えた時点で周りからどんどん人が離れていってしまうという事だ。それが分からないのかとにかく最近最も目障りでどこでもみかける自己中な人間な訳で、できるだけそういう輩とは関係を深めたくない。

損得なしで友人や家族なら心配をするだろうし、力になろうと思うのだが、いわゆるそういう普通の信頼関係がなりたたない人が居るのは現実でもある。そしてそういうのは端からあまり見ていて気持ちのよいものではない。

できれば私の母親も兄も健康で笑顔で暮らして欲しいのだが、自分でできない部分を人に期待しすぎるのは自分も相手も不幸にする。少なくともこれまで尽くしてきた者にとっては、これ以上は勘弁して欲しいというのが正直な所なのだ。

しかしもっと理不尽な境遇にあっている人もいる事だろう。私なんかまだマシな方なのかもしれないが、自分自身があまり健康ではない体である事から、正直な所あまり余裕はない。由とくーの生活を守る事が第一であり、それが私の責任だという事を承知しているからだ。

グチが多くなってしまったが、やっと週末。明日明後日はゆっくりしたい。特に明日は雪が降るかもしれない訳で、散歩の時が楽しみだ。私もまだ変な咳が出るし、痰がからむので完全ではない。見舞いに行ってやりたい所だが、まずは自分の体を治す事を優先したい。

写真は以前都内に雪が積もった時のもの。この時くーは骨折したてで、由に抱かれて雪をみつめていた。

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2006年01月19日

目に見えない経済

本日もマーケットは荒れている。既に全世界的の経済に影響を出しているライブドア・ショックだが、何とか持ち直したく、細かい取引をしてみた。その中で仕掛けたのが裏目に出てしまったのもあるが、とりあえず様子見としている銘柄は3つ。

1つはもうすぐにはどうにもならないのでしばらく動向を見守りたい。残り2つは下げたものを仕掛けたのだが、ちょっと遅かった。流石に会社で仕事をしている分、リアルタイムトレードは無理な話。まあ慌てないで様子をみようと思う。

東証の現行のシステムはまったくわからないが、何にせよネットトレードが身近になって、取引数が格段に増えるというのは少なからず判っていたはずだろう。私は口座を開設したのは1年以上前なのだが、実際に取引を開始したのは丁度1年前位。もっと前に初めておけばよかったと思うのだが、今さらどうしようもない。しかし、今では猫も杓子もネットトレード。昼の奥様番組やバラエティですら、取り上げる始末だ。

丁度このライブドア・ショック前の、年末年始が強烈に日経平均が右肩あがりになっていた事もあり、最近トレードを始めた人も少なくないのだろう。由は実はもっと以前から財産形成について研究していたので、投信などに手を出している。まあ仕事をしていた頃のお金は、銀行に入れていても意味がない利率なので、私はおぼろげながらも賛成していた。そしてこの年末年始に大きな利益が出て買い増しをしようとしていた所だった。

いつかは仕事をやめて遊んで暮らしたい。宝くじなんかも毎回買うのだが、当たればそれが夢ではなく現実になる訳で、当たる訳ないだろうと思いつつも、資産をいかに増やすかという事はあまり本気でどうしようか考えていなかったのだ。

しかしネットトレードを安いパソコン1台分位の予算でまずは経験と初めてみた所、なかなか奥が深いが勉強のしがいがあるものだという事に気がつきはじめた。今では2つの証券会社に口座を作り、ノートパソコンには専用のソフトウェアも入り、トレードが可能な環境になっている。AirEDGEで、出先でもトレードもできる。それからはちょっとこの世界が面白くなっている。

今回の市場全体の大幅な株価下落で、損も出ているが取り返せるように今色々と仕掛けているが、今日の段階で1勝1敗1分といった所か。遊んで暮らせるようになるのは、まだまだ夢のようだ。

日経平均は少し持ち直したのだが、さて明日仕掛ける銘柄を寝る前にチェックするとしよう。

写真は中国は雲南省、大理の隣にある小さな町のマーケット。ここも市場、経済そのものが目に見える。

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2006年01月18日

おでかけ計画1

昨年、スノーシューを買った。しかし昨シーズンはくーの骨折の為に雪山に行けなかった。折角買ったのにという所なのだが、色々探し回って比較的安い所で2セットを買ってしまった。少々高い買い物なのだが、これがあれば雪原をみつけたらすぐに履いて遊べるというメリットがある。

これまでは北海道や那須でレンタルを使った。レンタルというのは結局返さなければならないので、色々行動に制約がかかる。北海道では定宿で借りていたので、オンネトーに行ったり和琴に行ったりするのは自由だったのだが、内地ではなかなか犬が一緒に泊まれる宿にスノーシューがおいてあるというのは確率的にどんどん厳しくなる訳だ。

くーは一昨年のバレンタインディに、初めて雪の中を走り回った。もうずっと停まる事なく走り回っていたので、当初心配されたおなかが冷えてしまったり、埋まってしまったりする心配もない事が判った。そして何より、くーが生き生きと雪の中で遊ぶ姿を見て、雪が大好きなんだなという事もわかった。

しかし、骨折で全てがパーになり、買ったばかりのスノーシューはそのまましまわれてしまった。

骨折も治った今、やっと雪遊びができる事になった。来月に犬仲間の人々とまた一昨年と同じ那須にいく事になったのだ。宿も確保したので、計画は具体化した。楽しみだ。何よりそれにこの犬仲間は、オールコーギーである。どうなるのかちょっと心配だが、きっとみんな雪の積もった林間を思いっきり走り回る事だろう。

スノーシューシーズンはまだまだ続く。今年は特に雪が多いようなので、気をつけながらしばらく楽しめるだろうか。あと清里方面にも是非行きたいので、また単独で計画したいと思う。

まずは来月の4家族で行くスノーシューツアーの準備。色々しなければならない事が多いが、年始にダウンしていた事もあってなんとか遅れを取り戻したい。

私たちの買ったスノーシューはタブスのもの。ASCENT2という、中級モデルだ。レンタルで借りられるのは殆どビギナーモデルなので、これはバックル型のビンディングの為、脱着が楽にできるモデル。

写真は雪原をゆくスノーシューの飼い主が、くーに引っ張ってもらっている図。くーにはスノーシューがなくても埋もれてしまわず走れるらしい。

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2006年01月17日

ベンチャーの精神

昨晩から世間を大騒ぎさせているライブドアの事件。何だか胡散臭い感じがするのは私だけだろうか。確かに敵を増やすようなのし上がり方をしてきたが、海外の経済先進国では当然の事をしたまでだ。逆に保守的な日本の企業が株式という事に対してあまりに都合よく考えすぎている事実を暴露してくれた貢献者とも言えるだろう。

ベンチャービジネスという分野において、やり手と言われる若い事業家が注目され、今ではもう若手とすら言えないレベルにのし上がったマイクロソフトの会長なども、そんなに変わらない事をしてきたはずだ。日本で言えば、外食産業やコンビニだって最初はベンチャーみたいなもの。今ではすっかりマーケットを支える事業になった。

株式市場も予想通り、ストップ安となり値段がつかなかった。しかし私が注目していた関連株にまで影響が出るとは思っていかなかった。最近順調に株価があがっているので、なかなか仕掛ける銘柄がみつからない投資初心者な私は、ちょっと期待している。

ライブドアがこれで終わる訳がない。今後に期待する。どちらかというと楽天よりもオープンな姿勢が好みだ。楽天はただよいコンテンツを沢山持っている。どちらも日本を代表するITベンチャーであり、注目を浴びる宿命にあるのだろう。

ただ、過去の栄光にしがみついたオジサン達は彼らを決して認める事はないだろう。自分たちが築き上げた地位と名声を一瞬にして奪う事ができる事業家だからだ。経済も生活水準も全て上向きだった戦後以降、失敗もそれはあっただろうが殆どの分野で日本は成長した。その世代から次の世代に変わる今、自己中な企業のトップやその周辺の人々が日本の未来や今後の社会へひずみを起こしはじめているのはまだ序の口だろう。

自分の事は自分で守る。それはやはりいつの時代も当然の事。私も自分の人生を少しでも豊かにし、楽にしたいからこそ仕事をしたり、遊んだりしている訳だから、頑張らねば。周りにはそこらじゅうに自分の足を引っ張って引きずり落とそうとする輩がワンサカいる時代だから。

ちょっと硬い話だったので、くーの生後6か月頃の笑顔を。

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2006年01月16日

サーバのcgi負荷対策

私の借りているレンタルサーバは安い。そして使える機能も多く、ディスク容量も大きいのだが、どうもMovableTypeを使用しているユーザーからは評判がよくない。どうも、MovableTypeの仕様上、記事が増えていくとサーバ側にかけるCPU負荷が高まり、一定時間でタイムアウトされてしまう。

私としてはたかだか1年も書き続けていないのにこんなのでは困るのだ。MovableTypeをやめて、NucleusやtDiaryをはじめ多くあるCMSツールをあらためて選びなおして移行するべきか。悩む所だ。

スタイルシートやスクリプトをゴリゴリといじって負荷をさげる方法もあるのだが、あまりにもパフォーマンスが悪いような気もする。またxoopsにおいても結構レスポンスがサーバ性能に左右されてしまうので、便利はいいが快適に使えるかというと難しい所だ。

この年末年始にモジュール化でもしようかと思っていたが、結局できずじまい。こうなったら快適に使えるサーバに移行すべきかとすら思っている。最近は安くてもパフォーマンスがよいサーバが増えているので、選べるはずだ。

いろいろ解決策を求めて、ググる事が増える。今のサーバももう少しパフォーマンスを考えてくれれば、引っ越しなど考えなくて済むのだが…価格がもう限界かもしれない。それだけ破格値なのだから仕方がないといえばそうなのだろう。

まだたまに咳き込み、鼻をかみ続けた1日。雨のせいで乾燥しきっていた空気も一段落だ。

写真はあまり意味がないが私のメインマシン。Aopenのマザーが比較的好きだったりする。でも普段はもっぱらLetsNoteなのだが…

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2006年01月15日

こじらせてしまう体

風邪の調子がまだ完全ではない。たまに酷い咳と共に、透明な痰のようなものがひっかかる感じだ。症状が減ったのだが、風邪の気分がまだ残っている。本当に長引いてしまった。明日からは会社に行かないと。いい加減まずい状況だ。

毎年冬には酷く風邪をこじらせてしまう事がある。それこそ私が過労によりひいた風邪から肺炎になり、入院寸前まで行った悪夢の93年。それから毎年のように1週間位休む風邪をひいてしまう。2000年位までは軽い肺炎だったり、マイコプラズマ肺炎を発症してしまったりしていた。当然喘息もある訳で…なかなかやっかいな季節だ。

私は結構喉が先にやられる。喉頭炎と言われる事が多いが、実は医者がいい加減だったのだ。今の医者は病名は言わないが、なかなか的確に指摘してくれる。おまけに「気味」という状態では薬は出してくれない。いいのかわるいのかわからないが、これまでの医者とは違うので、ちょっと信用している。

西洋医学が殆どの今、私は実は漢方があまりあわない。これまでも漢方による喘息などの処方をして頂いた事もあるのだが、あまり結果がよくない、というか悪化してしまう事が多かったからだ。

麗江の白沙村で玉龍雪山で採取した薬草を調合しているらしいちょっと有名な医者に、薬を調合して貰って大量に持って帰ってきた事がある。しかしこれもあまりきかなかった。とはいえ、西洋医学を信じている訳でもない。現実に今使っている薬は殆どが西洋の薬なのだが、まあ他に選べないというのもある。

溜めた日記を一生懸命書いたりしていたのだが、追いつけたかどうか。

写真はその肺炎をよくおこしていた頃、自分のレントゲンをスキャンしてみた時のもの。よく撮れていないので分かりにくい。

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2006年01月14日

しつけ教室再び

とうとう風邪で一週間がすぎてしまった。もう土曜日。しかし今日は由が是非行きたいという、新しいしつけ教室に行く事になっている。午後からなので、朝はゆっくりさせてもらった。

年末から殆ど私がずっと家に居るので、くーも安心して朝は寝ている。私がでかけると暴れ出す事も多々あるらしいのだが、ずっといてやる事もできない。来週からは会社に復帰しないとならない。

しかし朝から由の体調が思わしくなく、やはり私の先週の症状のように、喉が酷く痛いと言う。そして鼻水も酷く、近くの耳鼻科に行ってくる事になった。ただ予想通り、満員御礼だったようで、帰ってこない。帰ってきたのは昼を食べていく余裕を考えて、ぎりぎりになってしまう。慌てて用意をし、出かけた。

お昼前から雨が降ってきて、段々と強くなっている。車までも傘を差したのだが結構濡れてしまった。今日はそれほど遠くないのでカーナビなしで出発。道もそれほど混んでいなかった。

四谷あたりで本降りになってしまい、視界が非常に悪くなってしまった。青山の休めの寿司屋で昼食を取り、ちょっと早めに赤坂動物病院前手前のスターバックス前に駐車。駐車スペースがあるというのでその話もあわせて受付に聴きに行く。すると病院前にロビ君とポーちゃんの父さんと母さんが居た。今日、ポーちゃんのしつけ教室をあわせてくれたようだった。病院の人が裏手の駐車場を紹介してくれた。

車を置くと、あと20分という時間になった。しかし外は雨は酷くなってしまい、傘が1本しかないので由はマウンテンパーカーのフードを被り、くーを連れていき、私は傘をさしバックとクレートを持って手一杯。濡れながら建物の中へ入った。

思いの外小さいと思ったのだが、診察室から先、オペ室など結構奥行きがある。しつけ教室は病院の上の階になり、そこに通されると既にポーちゃんの教室の最中だった。

今日はカウンセリング。何が問題でどういうプログラムを組んで教室を進めていくかを決めていく。まだ若い先生だが、以前お世話になっていた先生同様、ポイントをしっかり突いて話をしてくれる。まあ私は普段のくーはあまり知らないので、由が中心な訳だが、私はくーのしつけについて手を出していく範囲はある程度引いているのがある。

由とくーの関係と、私とくーの関係は微妙に違う。この話はまたあらためて書こうと思うが、私と由の中で由をたてるべき部分は少なくないのだ。ただディスクに関しては私も一緒に楽しんでしまっているが、これはこれでまた別な意味があった。

くーとよい関係を築き、くーも家族という群の中で安心して生活できるように、私たちなりの考えで立場を変えている。しつけ教室は由とくーが主役であり、私は単なる運転手でいいのだ。

新しいしつけ教室が今後どういう風に位置するかはわからない。しかし由にとっては、ひとつのステップにもなる。このしつけ教室は、アジやオビディエンスなどを取り入れている事から、ひょっとしたら、これからのくーと過ごす時間に新しい分野が増えるかもしれない。そんな期待も含めて、最初のカウンセリングを終えた。

写真は以前通っていたしつけ教室での1シーン。くーはアジ機材を使った教室が大好きだった。

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2006年01月13日

ひび割れたタイヤ

療養生活中。一進一退といった所だ。

先日冬タイヤに交換したのだが、夏タイヤにひび割れが多数走っているのが気になっていた。ダンロップのデジタイヤで、GRANDTREK AT2というモデルなのだが、発売が調べてみると2000年。ヤフオクで九州から買ったのが中古だったが2001年だ。まだ5年程度。それなのにこのひび割れは何だ。それとほぼ同時期に買った冬タイヤはヨコハマなのだがひび割れはない。スタッドレスなので柔らかめというのが理由だろうか。

ネットでも調べてみると、ダンロップや古いピレリはよくひび割れするそうだ。やはり耐久力はブリジストンが強いらしい。ひび割れはいろいろな要因があるのだが、5年程度で全体がヒビ割れするのではちょっと困る。

実は車のレースをしている時、BSは高かったのだが、ヨコハマは安かった。タイヤサービスもヨコハマはプライベーターにも優しく、BSは厳しかった。ただタイヤの耐久力はヨコハマはイマイチで、ショルダーが欠けてしまう事もあった。その頃から漠然とだが、BSは高級だというイメージがある。

またやはり同時期、私よりひと回り若い後輩がランクルが好きで、70を買って、BF GOODRICHのオールテレンを装着していた。これが結構な値段だったのだが、たしかにカッコはいいが性能としてはそんなに特出した感じはなかった。

バイクでは色々使った。オフ用はダンロップとBSが殆どだったが、一番好きなのはピレリのMT21だった。ゴツゴツ感は相当あったのだが、XRとのマッチングは好きで、ダートが楽しかった。オンではニンジャGPz900Rに履かせていたミシュランの59Xが好みだったが、カタナに履かせていたヨコハマも嫌いじゃなかった。そしてSRXに着けていたメッツラーもサイドまでしっかり使えて楽しいタイヤだった。まあタイヤだけでなく、バイクはディメンションやサスとのマッチングも大きい。

話は車に戻るが、色々走りまわる事もあるので、今度は1本単価がちょっと高くても、BSにしてみようかと思っている。そして色々探してみた所、BSのDULLER A/T 694にしようかと思っている。このあたり、もっとオン寄りにするのがいいのだろうが、オフな心を持つ?私はちょっとだけオフ寄りのタイヤを選んでしまう。来シーズンは冬タイヤも買い換えなければだめだろう。色々とお金がかかる。

写真はそのひび割れたグラントレック2。ダンロップは信用していたのだが…

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2006年01月12日

流氷計画

療養生活は続く。いい加減治らず、休みを食いつぶしている。

由のお母さんと妹さんらを連れて、冬の北海道へ行く計画は、くーが来る前からあった。私と由が毎年のように北海道の冬や春にでかけているので、是非行ってみたいという話になる事はよくあった。その中に冬は海のものがおいしいというのがある。

昨シーズン本当はくーを連れて流氷の頃に行きたかったのだが、骨折真っ最中で中止。今年こそという所なのだが、安いチケットがなかなか手に入らない。日程もディスク大会など他のイベントとぶつからないように決めなければならず、ずっと引き延ばしていた。

幹事は面倒なのであまりしたくないのだが、やはり細かい部分で私が決めなければならない。安く抑える為にもできる限り比較したり質問しなければならないので、仕方がない。今回は関西空港から女満別へのルートと、羽田空港からやはり女満別のルートをうまく時間差をつけて現地で落ち合い、現地で解散する予定を組む。宿は別途犬が一緒に泊まれる宿を探して、そこを単独でブッキングするという感じだ。おまけにレンタカー、どこで食事をするかなどを決める。

昨年夏にくーと一緒にキャンプ旅行をレンタカーでしたのだが、その中で宿調査をした。しかしここはというのは見つからず、場所も屈斜路湖周辺が一番ベストなのだが満点を与えられる宿はなかった。本当はこれまでの定宿である鱒やさんに世話になりたいのだが、犬は不可なのだ。

そんな中で、由が直接フロントに行って相談した所、対応がよかったという老舗中の老舗、川湯観光ホテルにチェックを入れていた。民宿やロッジもあるのだが、年配の方も参加するので、ホテルがよいだろうという事になり、他に候補になった網走の宿と比較し、川湯に決定した。

川湯の宿はネットで取れるので早速予約。5人1部屋なのだが、何より一人7500円/泊なので私は着替える時などは外に出るという事で、一部屋で確保。お風呂は文句なしのはずなので、あとはどんな料理かだ。あまりご馳走ではないが、まあお昼に鮨や蟹などを食べるようにすればよい訳で、このあたりは追って計画をしていくうちに決めていく事になるだろう。

航空券も往復、関西チームは37,800円/人で往復、東京チームは33,500円/人で往復が取れた。以前ならもっと安く取れたのだが、まあそんなものだろう。誰かバースデイが周辺にあえばよいのだが、そう都合はよくない。

という事で、3月にちょっと流氷をくーと共に見に行く予定だ。風邪をもうこれ以上ひかないように気をつけよう。

写真は由と私が完全結氷したオンネトー湖上をスノーシューで歩いた時のもの。うっすらと後ろに雌阿寒岳が見える。野中温泉に車を停め、ここからもっと奥の湯の滝まで往復トレックした。アカゲラやキツネなどの痕跡や、多くの鳥のさえずりを聴きながら歩いた。

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2006年01月11日

寝床で雪原を想う

まだダウン中。昨日に引き続き今日は年休。昨日は病院が開く前から並び、3番目で診察を受けた。胃が痛くちょっと腹の調子も悪い。まさかノロウィルスかとも思ったのだが、由のような症状はなく、きっと熱と薬からだろうという感じだった。

先生には薬をちょっと変えて頂き、家に舞い戻り布団にもぐり込む。あとは1日、本を読んだりラジオを聴いていたり。パソコンは会社への連絡の為にメールを打ったり受診した位であまり触りたくない。このブログもあとで書けばよいという感じでどんどん溜まっていくのが気にはなったが、気力がなかった。

そんな中、我が家は当然行くつもりだったが、犬仲間の方も行きたいという話があったので、一緒に行く為の計画を私が請け負っていたので、メールで調整だけ。日程調整がなかなか難しい。一昨年の2月は、1泊で那須に出かけていって一杯写真を撮ってきた。くーは初めての雪に大はしゃぎだった。まあもともとくーは会津若松生まれで生まれたのが12月なので、雪はみたことがあったのかもしれないが…

漸く調整が着き、予約。今年は4家族5コギで、マイナーなコースをスノーシューで遊びたいと思う。

写真は一昨年のバレンタインディ。くーと一緒にスノーシュートレックをした時のもの。

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