2006年02月28日

春の足音

今日で2月も終わり。春にむけて少しづつ歩み始めたと感じられる頃だ。

梅の花も咲き始め、桜までもう一息。といっても北海道や東北などでは雪は降り続いている。都心では雨が多くなり、晴れると気温がぐんとあがる。四季というものが一番上り調子に感じられる時期がはじまったという感じだ。四季がある日本の良さが一番感じられる時期なのだ。

晴れた日、街中を走り抜けるバイクをみると、体の奥底から何か込み上げてくるものがある。興奮というのだろうか、それとも血が騒ぐというのだろうか。ふつふつとバイクに乗りたくなる気持ちだ。この季節になり、そして春の空気を感じ、自分のフィールにあうバイク乗りをみかけた時に、それは蘇る。

思い出してみた。この感覚は50ccのMR50を手にいれて、始めて江ノ島まで走った時、横浜新道を越えて藤沢あたりで道に迷い、炎天下の渋滞の中の風景に近い。また真夏の旭川市内、A-COOPでメロンを買った時のTシャツも汗で濡れるほど暑い日、歩道の上で走り出そうとしていた時のものかもしれない。フェリー埠頭を目指してひたすら高速クルージングを続ける自分も思い出せる。熱く灼けたアスファルトの上、タンクやシートすら熱くてじっと触れない夏の日の頃が浮かぶ。

バイク乗りは常に夏をイメージする、というのはこのあたりに来るのだろうか。決して夏が好きな訳ではないが、なぜかこうして思い出すのは夏のイメージが多いのだ。

ここ最近は殆ど乗らなくなってしまったバイクだが、降りたつもりは毛頭ない。またあの熱くて辛い日にバイクを走らせると、後日に思い出すシーンとして蘇る経験を、重ねたい。

写真はあまりに暑くて朦朧をした意識に危険を感じ、日陰も探す暇もなく富良野に向かう途中の道々で路肩にバイクを停め、キャンプ用に持っていた水をがぶ飲みした時の写真。この日富良野周辺は30度近い気温だった。

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2006年02月27日

親と子

土曜の夜、大会から帰ってきてから、両足が異様に痛くなり、それこそ立てなくなる程の痛さに見舞われた。まる1日走り回っていたからかもしれない。情けない話だ。疲れて23時すぎには寝てしまったのだが、深夜1時前に電話でたたき起こされた。そう、またお袋の体調が悪く、救急扱いで病院に向かうというのだ。

契約しているセコムは24時間体制で、ホームセキュリティ契約から人を派遣し、救急車の依頼と搬送先の病院が決まると登録してある家族などに知らせてくれるサービスなのだ。これは便利は便利なのだが、この時間に呼んだおかげで、深夜2時半までに結局3度の報告の電話が入り、もう泣きそうだった。

母親は老人性の鬱に近いもので、人間ドッグや検査をしょっちゅうしなければ気が済まない。昨年の秋ころには少しましになったのだが、ひどい時は毎週血圧が高いとか狭心症とか言っては、救急車を呼び、救急車の中では血圧は正常、病院に着くとすぐに落ち着くのだ。そう、病院が大好きなのだ。

そんな事があった翌日曜、叔父の一周忌の法要の為に寺に向かう。母親は明け方まで点滴をうって貰ってきたので、外出しないで法事は欠席する事になり、私と由だけが雨の中法事を済ませた。私も疲れが溜まっていたので、食事の前に抜けさせてもらい、再度母親の実家に寄って帰った。当の長男である兄は、予想通り30分遅刻して寺に到着。長男の意識は相変わらずまったくない。これでは中学時代からずっと母親の相手をしている私が最後まで世話をしなければならなくなりそうで、いい加減ウンザリだ。これまで何度も自分の予定を中止し、友人に謝りつつ予定をキャンセルし、母親の食事を作ったり、感謝の気持ちもなしに面倒をみせられてきた事か。

この週末も結局、また自分勝手な母親の為にふりまわされたのだった。私が自律神経失調症になった原因のひとつでもあるこの母親は、一体いつまで私を苦しめるのだろうか。

私自身親孝行をしてきたつもりだ。書き切れないほどの気配りと自分の体調が悪い日も、忙しい日も世話をしたりしてきた事に対して、親なんだから面倒をみて当然、親が体調が悪いといえば忙しくても会社も休むべきだと真顔でいう。予定していた旅行も中止するのが当然だと言われては、私も限界というものを感じる。それでもなお、ちゃんと母親の為に弁当を届けたり、気配りをしない訳でもないのに、伝わらないだけでなく、悪態をついたりされることのむなしさは私に深くのしかかる。

実の母親だからこそ、それは面倒を見るのは当然だと私でも思う。でも相手に思いやりのない言動や態度は、何も生まないどころかそこに対等な関係は存在しない。私は由と由のおかあさん、おとうさんにもっと親孝行をしたいのだが、神戸という土地柄それは簡単ではない。自分の親の情けなさというものをひしひしと噛みしめながら、私の運命として乗り切るしかないのだと思う。子は親を選べない。親は子を自分の色に染める事はできたとしても、それはお互いが家族だという事と、お互いを敬う気持ちがなければ、成り立たなくなってしまうのではないだろうか。

私自身幼少の頃からずっと持病を持っている。人並みどころか、人以上に頑張らねば、普通の生活もできないのだが、そんな事はこれっぽっちも人のせいにしない。それに「自分の方が年寄りで、他は皆若い」という論理を人に押しつけるような、彼女の中では自分以外はどうなっても構わないという論理はやはり私は納得がいかない。

今の世の中、親も子も、そういう思いやりが足らない人間が増えているような気がしてならない。

写真は雨のお寺。年間5回以上行っているのに、母親には少ないと言われる。私は墓なんかいらない。墓を守って貰おうなんてこれっぽっちも思っていない。

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2006年02月26日

KOGANEI OPEN part2

ドギーズ1Rが始まった。1番手は姉妹犬福来ちゃんとママのあゆみさん。2番手は私。

あゆみさんは1投目以外は落ち着いてよいスロー。福来ちゃんのキャッチ率は非常に高い。くーもキャッチ率は高いのだが、福来ちゃんの方が素直なのだ。そして最近はくーよりもジャンピングキャッチが多くなってきた感じだ。そして私の番。

1投目:ちょっと高めにあがってしまい、ディスクダウン。
2投目:左に流されこれも高めの3P。
3投目:ランニングの5P
4投目:ランニングの5P
5投目:残り0.4秒ほどのタイミングでとんでもないミススロー。0P
合計:13P

先週の練習あたりから、なぜか距離が伸びない事に悩んでいた。きっと自分が気づかないどこかに問題があるのだろうと思うのだが、飛距離は出ず。30mがなかなか越えられない。ただ自分としてはロングを投げるよりも、ミドルで確実にコントロールができる事を今目指し初めている。スローが安定すればくーはミスがとても少ないはず。ミスをするという事は、私のスローがくーにあってないという事なのだ。

またくーはスタート直後、殆ど真横といっていい程に右に走る。私はコートの右に投げるとファールになってしまう可能性が高いので、できるだけ左のフェアウェイを目指す。すると、真ん中よりも少し左前方に飛ぶ事が多いので本来はそれでいいのだが、くーが右に走りすぎるので、結局は無駄な距離を走り、1/3位のケースで追いつかなかったりする。これはくーの足にとってもよくない。投げ出しのタイミングを含めて、何とか矯正したい所なのだ。

ポーちゃんややっくるちゃん、~などが続き、あまり風がない為それなりにポイントは安定してとられていく。中盤、由とくーの順番。由は前回の開成町でドギーズの2位を取っているので、今回もショート&確実なポイントで頑張ってほしい。しかし、どうも今日は調子よくなく、ミススローが多い。

1投目:ちょっと飛距離が伸びないがくーがジャンプしてくれたので2P。
2投目:高くあがってしまい、風に煽られるが、ほぼまん中でキャッチ。ジャンプの4P
3投目:右に流されギロチン気味でディスクダウン
4投目:3投目と同じくディスクダウン
5投目:少しスローが矯正され、このラウンド一番のナイススロー。でも距離は伸びずランニング3P
6投目:ぎりぎり間に合った6投目。ちょっと高めにあがるがジャンプの2P
合計:11P

大御所のマイロくん、ハナちゃん、フォアちゃん、マルちゃん、ダイゴロウくん、ロビくんなどが終わり、1R目が終了した。

間をすこしおいて、ダイゴ兄ちゃんが登場するプライマリークラス。また同時にひまわりちゃんの一家もあゆたん君を抱っこしながら夫婦+赤ん坊+犬という一家総出でコートに立ち、歓声を浴びていた。ビデオ撮影中にじんじんさんと大きくなった小春が、スーパークラスを観戦しているのを発見。

2R目のドギーズが始まるまでの間、ローラーゲームやウェイトがあるのでカップラーメンの昼食をとり、投げ練習を始めると須藤カメラマン夫妻が登場。今回比較的近い場所なので、くーの写真を撮って貰おうとお願いしたのだった。練習もまともにできないまま、2Rが始まるとのアナウンスがあり、あたふたと選手入場口に並ぶ。

私の番。スローは安定していたが、距離が思いのほか伸びなかったのと、くーが右にそれるくせを矯正できなかったのもその理由だった。スローは比較的まん中低めで悪くはなかった。

1投目:丁寧に投げてほぼまん中へ。ランニング3P。
2投目:とんでもなく右に走っていってしまうがディスクは真ん中へ。間に合ってジャンプの4P。
3投目:右にいきディスクダウン。
4投目:ランニングの3P。
5投目:ジャンプの4P。
合計:14P

由の番。

1投目:ナイススローでどまん中低めなのだが、なぜかファンブル。0P。
2投目:ナイススローでジャンプ4P。
3投目:いきなり乱れ、右に大きくそれたが何とかインラインでランニング3P。
4投目:3投目とほぼ同じで、右に大きくそれランニング3P。
5投目:今度は左にストレート。くーは追いつけずディスクダウン0P。
合計:10P

そして結果、私が27P、由が21Pで、決勝通過ラインが38P。とんでもなく遠いポイントだった。今回もミスが多く、まともに戦う事はできずに終わってしまった。

優勝はやはり大御所マルちゃん。2位に安定したスローと安定したキャッチで福来ちゃんときみちんさん。3位はやはりしっぽコギで座り投げが美しく距離も伸びるハナちゃんといった面々だった。皆素晴らしいプレーを見せてくれた。

まだ陽があるうちに閉会式が行われたのだが、なぜか妙に疲れた。ダイゴ家と応援にきてくれたHOOVER家と共に、近くのサンマルクでちょっと高級な夕食を食べて、いっぱい話をして帰った。小金井公園での競技は、こうして慌ただしく、大勢の公園に訪れた人々が見守る中で行われた。

写真は私のへっぽこスロー。友人の須藤カメラマンが来てくれて撮ってくれた。しかし、くーよ、どこ見とんねん!

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2006年02月25日

KOGANEI OPEN part1

小金井公園。普段ならドッグランがある大きめの都内の公園にいくのと同程度の距離にあるその公園で、今回ディスクドッグ選手権が行われる。普段より100~150kmほど近い距離なので、朝は少しゆっくりできるかと思いきや、会場6時、それより前も人は入れる訳で、皆普段より1時間以上早くに会場入りをしなければならなかった。

また前日はあいにくの雨。明日の日曜も雨の予報なのだが、土曜だけが晴れの予報。コートのコンディションは事前にあまりよくなく、凸凹も多く、勾配もあると聞いているので、どろどろになる事を想定してでかけた。

朝4時に起床。今回は火が基本的に使えないと最初の頃に聞いていたので、大きめのポットにお湯、小さいポット2本にそれぞれコーヒーと紅茶を入れる。残った紅茶は朝、めざましがわりに飲む。

事前に載せておいたものに加え、そのポット類が入った重いリュックと、カメラバックなどを抱えて駐車場へ。道はまだ湿っているが、空には星がきらめいていた。まだ夜明け前だ。

予定より15分遅れの5時15分に家を出発。青梅街道を西へ。以前友人たちとオフをした武蔵野中央公園の先を左に入り、五日市街道へ合流。ふと前を見るとNPAのステッカーが貼られたミニバンだった。

今回あまりにも都心に近い事もあり、NDAに出た事がない人も様子見に現れているというケースがあったようだ。これだけ需要があるなら、もっと都心でもやって頂きたい。エントリー数が多ければ、元もとれるようにできるのではと思うのだが、今回はニッポン放送が後援となり、この会場を使える事が決まったようだ。まあ外にも色々とスポンサードがあったのだとは思うが、夢の島公園で行われていた大会も、値上げで使えなくなったそうだ。イベントにして観光客を呼べば、結構成功できるのではないかとも思うのだが…

暗闇の中、まだ夜明け前に小金井公園のパーキングに到着。既に30台くらいの車が停まっている。その中で一番前方にろびぽ家の車をみつけた。参加者専用の駐車スペースへ案内される6時まで、あと15分。しばらく様子をうかがうが、既にコートは2つ作られている。

知り合いの知り合いに確保して頂いたタープ設置場所の端に、建てさせて頂く。といっても、私たちは今日だけなので、2日参加の福来家にコート際に張ってもらい、我が家はその後ろに並べて荷物室件犬たちの待機場所となる。風邪も殆どない。朝もやの中うっすらと太陽があがってくるのが見えた。

続々と車が入ってくる。タープ設営スペースは観客が観戦するエリアも決められているので、実質普段の1コートとかわらないので、参加者が非常の多い今回のG1ゲームはみな張る場所がなくて困っていた。このあたり都内の公園では難しいのかもしれない。なんとかならないものかとは思うのだが、世間はドッグスポーツも含めて犬連れに対してあまり優しくはない。

そんな現状を少しでも変えていく一端を担えれば嬉しいと思う。草の根になるが、ウェブコンテンツでドッグスポーツの楽しさや素晴らしさを広められれば、何かが変わるかもしれないと信じて、協力できればと思っている。実際はそんなにたいした事はできないのだが…

コートは複雑で、私たちが出場するドギーズグラスは、1R目がBコート、2R目と決勝がAコートになるようだ。またBコートでは親戚犬ダイゴ君兄ちゃんが出場するプライマリークラスの1,2Rが行われる。また是非写真が撮りたいと思っているじゃすままさんやダイちゃんママさんのレディースクラスも、1R目はなんとかみる事ができそうだが、2R目はドギーズと重なってしまいそうだ。同じくじゃすままさんとアル君が出るローラーゲームも、Aコートで行われるようで、これも見逃さないようにしないとと思うのだが、2コートあると非常に慌ただしい。

久しぶりにドギーズの1Rが始まる前に朝食をゆっくり取る事ができた。しかしそれからはもう座る事もなく、ひたすら歩きまわる事になるのだった…

しばらくすると風が出てきた。ドギーズが始まる頃は、吹いたりやんだりの向かい風。しかしたまに追い風になったりするという、予想できない風だが、そんなに強くないので、あとは投げ方でフォローできるか?

今日のドギーズクラスエントリーは総勢36組。それもジャパンカップ・ノミネート・ポイント・ランキングの上位が勢ぞろいしている。そんな中で決勝に残れるのはやはり実力派だろう。当然、我が家は無理だと思いつつ、1Rを大切に投げる事を心がけていた。

写真は朝もやの中の開会式、オフィシャルのみなさん。

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2006年02月24日

明日は小金井公園へ

夜明け前からフィギアの日本人勢を見るのに早起きをする。ちょっと体調が悪いので部屋を暖かくして競技をみていた。結果は号外が出るほどのものだから日本人の殆どの人がきっと耳にしているだろう。メダルはどうでもいいとは言ってみても、彼女らはやはりメダルという目標を目指すのだ。

苦労に苦労を重ねた日々を越えてきたからこそ、オリンピックという大舞台に立つ事ができ、そしてその中でメダルを手にするものは力を持つだけでなく、それを限られた時間、限られた場で確実に出さなければならない。

それとはまったく別な世界といってもいいのだが、明日、私たちもコートに立つ。これまでで一番近い場所なのだが、会場が6時頃を予定しているので、我が家を5時半には出なければならないだろう。

G1ゲームといって、選手権の中では比較的大きい試合になるのだが、参加者の数にしては控えのタープを張る場所は少ない。その為皆朝早くに到着してタープを張る事だろう。我が家は明日土曜だけの参加の為、土日参加の姉妹犬、福来家のタープの後ろに張らせて頂く予定だ。それにしても急がなければならない。

今東京は冷たい雨が降り続いている。週間予報ではずっと雨だったのだが、いきなり明日だけ晴れるらしい。これはとても嬉しい事だ。ただコートの水はけはあまり望めないようなので、明日は結構どろどろになりそうだ。

何にしてもスローが先週の投げ練からちょっとスランプ気味。まあ初心に戻って着実なスローを心がけたい。明日は強豪が沢山エントリーしているはずだ。到底太刀打ちできない凄いプレーヤーが集まるのも、G1ゲームならでは。そろそろジャパンカップも近くなっているので、ポイントを得る為に、ノミネートされる為にもやっきになって参加してくるだろう。そういう意味では私たちは気楽なものなのだ。

明日、数人友人も見にきてくれるようだ。ただ参加する側としては準備や撤収、練習も含めて殆どお相手はできないのだが、ディスクドッグの楽しさを見て感じて頂きたい。我が家がはまったように、ショー的要素も多いイベントで、犬たちの真剣な姿にきっと、自分も犬を飼ってみたいと思う事だろう。

今日は早めに寝て、明日は小金井公園へ。その詳細はこちら。

小金井公園G1 GAMEge-
http://www.discdog.co.jp/annai/koganei.2.25.htm

参加者向け注意文
http://www.discdog.co.jp/koganei-simekiri-end-01.htm

小金井公園コート図
http://www.discdog.co.jp/koganei-tent.htm

都立小金井公園(地図内、いこいの広場で開催予定)
http://www.tokyo-park.or.jp/kouen/park.cgi?id=22

写真はショーとしても見応えのあるフリースタイル。予定では8時15分からと昼頃に行われる。

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2006年02月23日

流氷観光の準備

さ来週から北海道へいく予定だ。その時に借りる車が、マツダレンタカーのMPVという車種にした。車種指定でクラス指定よりも安かったのだが、たかだか4日間なのに5万弱もかかるレンタル料金はさすがサイズが大きいだけの事はある。普段マツダレンタカーを使う時は、ほぼ確実に1300のデミオなのだから。

また高い理由はオプションになっている4WDの分というのもある。スタッドレスは標準としても、4WDでないとやはり安心して走れない。それにナビも必要だろう。オプションなしだと4万ちょっとだったのだが、随分高くなってしまった。でもほかの業者ではもっと高くなるので、あきらめるしかない。

そのMPV、結構昔から好みなのだが、さて実際に大人5人乗車で、プラスくーとクレート、それぞれの4日分の荷物というのがちゃんと乗るのだろうかと気にしている。

MPVと同クラスはフレンディというミニバンなのだが、背が高い車があまり慣れていないのと、そんなに荷物室のサイズが変わらないような気がして、MPVでいいかなと思った。丁度フルモデルチェンジしてしまったので、車内の資料がウェブからは消えてしまった。路上駐車しているMPVをみつけてはのぞいてみるのだが、なかなか荷物室のサイズや最後尾の席のサイズなどがよくわからない。

今になって最前列以外は対面シートになる方が喜ばれたかなとも思ったり、荷物が乗らなかったらくーのクレート置き場に使うシートの前やクレートの上に荷物を積み上げる事になるかと思ったりと、色々心配が耐えない。今の時点で心配していてもしょうがないと言われるかもしれないが、まあそれが私の性分なのだ。

ただこのような車種は最低地上高さが低いので、吹き溜まりには気をつけなければならない。道東は風が通る道によく白い吹き溜まりができていて、乗り上げてしまうと動けなくなってしまうからだ。自分の車ならスコップを装備しているのだが、今回はそんなものも載せる余裕はないだろう。

羽田までロッキーで行き、民間駐車場に入れる予定なのだが、これも安航空券の業者が格安で使えるチケットを送ってくる出発1週間前にならないと予約ができない。まあそんなに混む時期ではないので大丈夫だと思うが、なんせ今回は大阪と東京から、女満別で合流し、帰りはその逆という事で、少しでも安いチケットを探すので苦労した。まだ安心はできないが、無事女満別でさ来週の金曜に会え、無事に旅ができる事を祈るしかない。

私と由の装備はきっと最低限。でも遊び道具は持っていくだろう。スノーシューは友人の所で借りるとしても、結構な出費になりそうだ。まあそれでもくーを冬の北海道に連れていく計画が実行できるので、楽しみでもある。そしておいしい鮨にありつける事も楽しみだ。

流氷の接岸状況をみていると、まだまだ大丈夫そうだ。いつもこの時期に道東に遊びにいく時は2月の中旬なので、今回はほぼ1カ月遅いのだが、これも参加調整の為。例年は結構3月下旬までは流氷にあう事ができると思っている。

網走からの流氷観光船、おーろら号の予約は現地入りしてからでもいいかなと思っている。今週末のディスク大会が終わったら、本格的に用意を始めねば。

写真はその網走の流氷観光船、おーろら号。観光客でごった返していたり、予約が必要だったり、俗化しているのは確かなのだが、双眼鏡など結構楽しめる。

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2006年02月22日

八重山からの便り

友人が八重山に行っている。羨ましい。すっかり八重山からは遠ざかってしまったのだが、今年中にはくーを連れて行きたいと思っている。八重山でなくても奄美大島でもいいと思っているのだが、JALのクーポンでいく事になると思う。

くーにとっては暑いのが苦手なので、真夏はまず無理だ。GWでも厳しいかもしれない。この調子だと今年の後半になる感じだ。その前に来月下旬あたりにはまだ雪を求めて遊びに行きたいとも思っている。

八重山はウチナータイムという時間が流れている。くーを連れて慌ただしく旅するのではなく、停滞型でゆっくりしたい。ただ犬の宿泊が許可された場所については、あらためてリサーチしなければならない。奄美ではちょっとよさげな宿をみつけて、昨年アサインしたのだが、予定した日程は満室だった。宿の人も残念がってくれたのでそこでもよい。八重山だとできれば竹富あたりでゆっくりしたい。波照間は日帰りかな、などと思ってみる。それよりも犬は高速艇に乗れるのか?

石垣まで飛ぶと、くーにとってはこれまでの最長距離になる。ましてや直行便なら往復2度、クレートに入れられて飼い主としばらく別れ離れになる事で済むが、本島などを経由して飛ぶとそれが倍の4度になってしまう。できれば2度で抑えたい。そうなると日程もちょっと厳しい事になるだろう。色々適当にフライトを決めていた頃と違って、できるだけくーに負担をかけないようにと考えると、難しくなってくる。でも一度は日本の最南端に立たせたいと思うのだが、それもくーにとっては大きなお世話。飼い主の一方的な願いなのは確かなのだ。

これまでは由と一緒の時も100ccのレンタルスクーターだったし、一人の時も50ccのスクーターだった。しかしくーが一緒となるとレンタカーになるだろう。まあ竹富とかは歩いて少しだけ廻る事しかできないだろうが。少しづつ暖かい日が増えてくると、自然と旅に出たくなってくる。そういう時、自分の中で冬に眠っていた旅人の血が騒ぎだすというものなのだ。

虫や内地にいない動物も多く出てくるので、くーから目は放せないが、できれば米原でテントを張って数日過ごしたいと思ったりもする。まあでもできる範囲でくーと旅をし、潮の香りのしない美しい海でくーを遊ばせたいと思うのだった。

写真はその友人がmixiの自分の日記にここのそばを今食べている、と書き込んでいた、石垣の丸八そば全景。私はここの三枚肉そばが好きだ。

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2006年02月21日

スポーツと結果

オリンピックウィークも後半に入ったようだ。昨日などは帰ったら由はテレビにかじりついていた。そう、カーリングの競技をみていたのだ。接戦のあと、イタリアに勝った日本チームは希望を繋いだと同時に、由の楽しみも繋いでくれた。

しかし既に周知の事実なのだが、今朝会社に出る前に昨日の2戦目の結果を知ってしまい、今日は帰ったらきっと残念な顔をしている事だろう。でもまだ一番楽しみにしている女子フィギアが今晩からなので、競技が始まるのを楽しみにしているはずだ。

由はスポーツが苦手なのだが、見るのは好きなようだ。その中でも阪神戦の野球や、フィギアを観戦するのは何よりも好きらしい。あと結構ミーハーなのか、話題の競技はその時だけ観戦したりする。例えば普段はまず見ないサッカーも、ワールドカップの日本戦などはみていたりする。私もアルペンなどは結構見るのが好きだ。やはり回転の佐々木選手が気になる。逆のスノーボードのハーフパイプはまったく興味がない反面、スノーボードクロスはなかなか面白い競技だと思うようなタイプだ。

今年のオリンピックはなかなか日本勢がメダルを手にれきないようだが、なんだかそういう周期なような気がする。惜しい所まで行っても、3位以上が取れないという感じだろうか。スポーツの世界も、何だかんだ言って、結果が大事なんだなと思うのが、まさにこのメダルの話題だろう。どんなに頑張っても、結果は結果といて残る。人はやはり人より強く、争う中からその喜びを見出す生き物なのだろうかとふと思う。

ディスク大会だってそうだ。投げ手と犬のどちらも欠けては結果が出ない。結果はその時によってその日のポイントがハイレベルだったり低めで勝負が決まったりする訳で、いかにポイントを手にするかという事で、入賞が決まる。自然とポイントを少しでも高く取ろうと、遠くに投げられるように練習する訳で、犬がそれを取るには全力疾走し、つかまえるという行為が必要になる。まさにスポーツなのだ。

私なんかは最初に参加した大会で、初心者クラスではあったが優勝などをしてしまった分、嬉しい反面欲というのも自然と顔を出すようになってしまったのは確かだ。先輩の中には、ポイントよりも飼い主と犬が楽しむ事と言ってくれる人と、もっと上位クラスでも狙えると言ってくれる人もいて、自分はどれを目指すべきかが見えなくなりがちだ。

ディスク競技で自分が上位に立ちたい訳ではない。くーの能力を引き出し、多くの人に見て貰いたいという気持ちの方が大きい。この子はもっと上手いはずだから、もっと力を持っているはずだからという事を証明したいのだ。だからこそ、普段はくーのしつけなどは由を主体に任せているのに、ディスク競技なら私の方が頑張ればと邪な気持ちが入ってしまい、私がもし投げたらもう少しくーは実力を発揮できるのでは、と思ってでしゃばったというのが正直な所なのだ。まったくもって親馬鹿なのはよく自分でもわかっている。

しかし前回の競技では由がドギーズで2位に入り、もう私が出なくてもよいかもしれないなとも思ってしまった。まあJFAの方では3位に入った事もあるので、どっちがどっちという事ではないのだが、これで漸くくーも少し注目して貰えるかなと嬉しい結果になったという訳だ。

といっても、コンスタントに上位を狙える腕があるなんてこれっぽっちも思っていない。そんな甘い世界ではないのは充分わかっている。なので、しばらくこの競技には出つづけようと思っているが、日本各地を遠征し、シーズンの成績がよいメンバーだけがノミネートされるジャパン・カップやジャパン・ファイナルを目指すなんて事は今の段階ではこれっぽっちも思っていない。そう、年間で戦うなら、もっともっと頑張っている人たちがいる。その人たちに結果を出して欲しいし、私たちは単発の大会でくーが楽しんで参加できる事を第一に、頑張ろうと思っている。

ディスク収集家の由としては、やはり今持っていないNのドギーズの優勝と3位、Jの優勝と2位のトロフィーディスクを手に入れるまで、気長に無理せず楽しんで参加したいと思う。

ひょっとしたら来年かさ来年、考えが変わっていて日本各地を遠征しまくっているかもしれない。それはそれで今の自分からは考えられない事だが、先の事はわからない。くーにとっても、まる1日朝早くから車で数時間運ばれ、1人2分+α、2人でエントリーすれば4分もしくは決勝に出られれば+αだけしか、ディスクを追う事ができないのだから、練習会の方がよほど楽しいだろう。

スポーツの世界もやはり勝負。勝つか負けるかという尺度がある。そんな中で、どこが自分にとっての優勝かは、自分で決める事ができるのもスポーツだろう。

今週末の土曜は我が家から30分程度の距離の東京都小金井公園。しかし天気が予報では雨っぽい。東京開催という事で、ドギーズの強豪も、スーパークラスの強豪も集まってくる。G1ゲームという事で、ポイント換算率も高いので、ジャパンカップノミネートがかかっている人は、必死になっている事だろう。そんな人たちに迷惑をかけないように、私たちも末席に座らせて頂くつもりで、参加する。

自分自身の投げがあまりよくない状況なのが先日の日曜の投げ練に感じているので、今回も無理せずに行こうと思う。

写真はJFAの開会式の模様。儀式めいた開会式は、参加すると気分が段々ともりあがってくる。

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2006年02月20日

時間が足らない

仕事がある週のうちの5日間の中で、当然ながら月曜は一番嫌いだ。これから5日間も会社に連続で来なければならない。私は比較的朝早く来て、早めに帰るというスタイルを通させて貰っているのでまだマシなのだが、通勤時間も含めれば、14時間は会社の為に使われる。残り10時間のうち、睡眠は5時間ちょっと。風呂や食事の用意や片づけで1時間強。あとは3時間ちょっとしかない。

炊事をするとなると、実質用意に1時間前後かかる訳だから、もっと自由時間が減る。家に帰ってきっちりとタイムスケジュールをこなしていけば、その位余裕ができる訳なのだが、帰ってすぐに風呂に入るよりも、ちょっと一息ついたりするともっと時間が減る。

殆どはそういう時間を過ごしているのではないだろうか。日本人は働きすぎではないか?これだけ働いても、裕福になれないというのはやはりこの国の仕組みに問題があるのではないかと思ったりもする。

そういう愚痴を言ってばかりだと、もっと大変な人から怒られてしまうだろうが、私としてはもっと余裕を持って人生を楽しみたいと思う訳で、仕事が嫌いとかでもないが、何だか毎日暗いうちにでかけて、暗くなって帰ると何の為に生きてるのかわからなくなってしまう事もある。

社会人になりたての時は、22時や23時に家に帰るのは普通だった。それでも朝はちゃんと会社にいった訳だが、やっぱり働き盛りと言われる今の私の年齢とはいえ、色々な要因からモチベーションというのが大きく影響してくるのだった。

日曜はいつも休息するのは殆どなのだが、ディスクの練習会だったのででかけていた。ちょっと朝寝坊したおかげで少し朝は楽だったが、投げ練の内容が納得できなかった事もあり、何だかどっと疲れてしまった。これでは今週末の大会はひどい結果になってしまう。あ、この場合の結果は、点数ではない。ファール連発になりそうな予感がする程、何だか安定しなかったのだ。

おまけに週間予報では土日は雨。雨の中の大会なら初体験になるが、できれば避けたい。きっと大変な事になるだろう。冷たい雨は人にとっても犬にとっても、色々疲れや危険が伴ってしまう。なんとか天気が回復して欲しい。なんで今週はこんなに連続で天気が悪いのだろうか。

何とか週末までにスローのコンディションを戻したいのだが、雨だと練習もできない。おまけに今いつも昼に練習に使っている場所は入れないようになっている。これでは当日まで何もできない。それにきっと、雨なら練習もしている余裕はないだろう。

今回の会場はとても近い。だけになんとか天気の回復を期待したい。

写真は秘密の訓練場所。ひたすら投げる。

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2006年02月19日

ロビ君とくー

今日は2度目の練習会。今回もディスクドッグマスターのろびぽ家にお世話になる。寝坊しながらも会場に着くとすでにろびぽ家はタープを張ってロビ君とポーちゃんがボールやディスクを追っている姿が見えた。

2番手は我が家。設営も手伝わずに遅れてきて非常に申し訳なく思いつつ、荷物を運び入れさせて頂く。早速くーとロビ君はディスクを追いながらも、お互いを意識しあっている。先日のスノーシューでもロビ君は6歳という年齢を感じさせずにくーと一緒に雪玉やディスクを追っていた。ふと、写真をみて思ったのが、ロビ君がディスクを追っている時とはまったく違う表情をしてくーを追っているという事。そう、ロビ君が凄く嬉しそうなのだ。正直こんな笑顔のロビ君は初めてみた。

雪の中で遊びまわっている時でも、くーを追ったり一緒に何かを追ったりしている時は、本当にずっと笑顔なのだ。くーを好いてくれているのかなと飼い主としては嬉しい所なのだが、くーはロビ君は年上である一線をしっかりと譲る事も忘れていないのだが、あまりロビ君には興味がないようだ。ロビ君は去勢済、くーも避妊済なのだが、これだけパワフルな二人の子供がもしもできたとしたら、とんでもなく凄い子が生まれたのではとちょっと想像してしまった。

しかしくーは近親交配だった理由から、我が家に迎えたあと、それを知った私たちは悩んだ。当時お世話になっていたしつけの先生や色々見聞きした事から、初ヒートがくる前に、くーには謝っても足らない位に泣きながら避妊手術をする事を決めた。反面、犬にとって頻度の高いそれぞれの性別にある重い病気を予防するという意味があるというのも事実だが、単にその時はくーに痛い想いをさせてしまったという事実で、落ち込んでしまった。

今にして思えばそれが正解だったのかわからない。雄と雌という生き物の純粋な種別が子孫を残すという摂理なのだが、実際人間では許される事のないようなブリーディングが行われている世界なのも事実だ。多くはお金の為であり、またよりよい「形」を求めた交配。それがスタンダードという犬種の形を守る事にもなるのは十分分かっているのだが、私としては足が少々長くても、毛が長くても、尻尾があっても自分の家族だという事には変わりない。売って儲けるという事をするつもりもないし、単にかわいいから交配させようと思ったり、最近多くみられる一代限りなのだろうが、変わった犬を生み出す為に別の犬種を交配させたりする事も、自分ではするつもりもない。私は正直言って、珍しいから、かわいいだろうから、売れるかもしれないという理由から交配させようなんて冗談でも言う人は軽蔑する。

スポーツドッグという世界の中には、特性を持った雄と雌をかけあわせる事で、より強いスポーツドッグを作るという事もよく行われるようだ。

くーが生まれ持った能力は計算されたものではない。ただ、我が家の大事な娘だから。その娘が幸せで、楽しい一生をおくれるようにしてやりたいと思うからこそ、ディスク競技に参加するようになったり、しつけ教室で怒るのではなく、長所を生かしながら、人間社会に居てもストレスとして感じるのではなく、楽しく過ごせるように意識付けのトレーニングを積む事で、犬も人間も幸せに暮らす事ができると信じている。

ただ、それはよくわかっているのだが、くーとロビ君の嬉しそうに遊んでいる?姿を見ると、ちょっとだけ後悔というか、ないものねだりの気持ちが沸いてきてしまった。

ブリーダーが血統を考慮した上で近親交配するという話もあるようだが、実際に分譲される前にこの事をまったく分譲された5家族には話される事はなかった。くーが我が家にやってきて、ツメダニが見つかったり、アカラスの疑いがあり、強い薬を使われた事、そして膀胱炎になったり、ストルバイト結晶が検出されハイカロリーのパピー食を食べなければならない時期に、老犬用のダイエットフードを食べなければならなかった事など、辛い日々があったのは事実だった。

骨折で半年棒にふったのは飼い主のせいとして、くーが我が家に来てよかったと思える様な日々を送らせてやりたいと思うのだった。

嬉しそうな顔をみるたびに、なんでもしてやろうと甘くなってしまうが、ちゃんと飼い主の責任として、くーと一緒の時間を多くする為にも、しっかりしなければと思う今日この頃だったりする。

写真は仲むつまじい?ロビ君とくー。

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2006年02月18日

しつけ教室へ

今日は赤坂にあるしつけ教室の2度目。前回ロッキーに傷をつけてしまった立体駐車場はもう入れず、奥の狭いが屋外の駐車場が空いていたのでそこに入れる事ができた。都心の動物病院ではなかなか駐車スペースはないのは仕方ないが、以前お世話になっていた北千束の病院は満車の場合は近くのコインパーキングの駐車場代も払ってくれた。

動物病院は色々ある。今でこそセカンド・オピニオンとして複数の病院を併用している人は多くなったのだろうが、以前は選べるほど多くなかったと思う。我が家も近所では有名な動物病院に最初の頃通っていたのだが、医療費が異様に高く、また信頼できる先生が途中でいなくなってしまったので、離れてしまった。現実にこの病院が我が家からは一番近いので、子犬の頃は夜中や休日にくーを抱えて門を叩く事も何度かあったほどなのだが、今ではちょっと遠くなるが、歩いていける範囲に評判の夫婦で開いている小さい動物病院をメインの病院とするようになった。

また近所には評判のよくない病院も少なくない。ざっと思いつくだけで3件あるのだが、どこも我が家は使っていない。

いきつけの病院にしても、若い先生が増えていて、丁寧なのはわかるのだが、やはり経験が浅い。重要な診断についてはやはり経験豊富な先生にお伺いをたてたり、明らかにそれはおかしいと私たちですら感じる事をいう事がある。実際動物病院は犬猫そして小鳥や爬虫類までを見る訳だから、専門なんかがあってもそんなに実際に経験を積むほど患者を診ていないだろうし、知識だって乏しいはずだ。そんなのはちょっと考えればわかる。そしてそれは悪い事ではなく、現実問題無理なのだから。

人間だって皮膚科や小児科、脳神経科、循環器科など多くの専門分野があって、それぞれエキスパートと言われる先生がいる。犬という動物一種類をとったって、その科目別の専門家が必要だと思うほどだ。しかし、全て一緒になっているのが動物病院なのだ。

動物病院の中には、しつけ教室を持っている所もある。我が家が世話になっているのもそういう所だ。ドッグスポーツをしていく中での教室のようなものは、今の所あまりないようだ。基本的にアジリティやエクストリームなどはその世界で経験を積んできた先生がおり、個別にそういう所に弟子入りしていくというのが多いらしい。

一般的なしつけ教室というのは、家庭犬としてのしつけであり、人間と普段生活する上で必要になる経験を積んで、飼い主と犬がよい関係でいられるように、飼い主がそれを学び、犬へ伝えていくというようなものだろう。我が家も気の強いくーに、コマンドと呼ばれる命令に従い、人間社会の中で生活する犬として、マナーや能力を身につけていくものだ。

小犬の頃から通い続けている事で、色々な犬がいて、どういうケースが問題があって、どういう事を目指すべきかというものがうっすらと判るようになったと思う。犬を飼う事は簡単ではないという事、そして犬によってその持って生まれた性格に対して、何をしていく事で飼い主や犬自身、そして周囲という社会における必要なものという事に、悩み、時には涙し、学んできた。

コーギーという犬種は小柄なのだがものすごくパワフルな犬種だ。例えばチワワやダックスやトイプードル、ポメラニアンがどんなに気性が荒く自己主張が強い性格をもった犬だったとしても、きっとそんなに苦労はしないだろう。あまり吠えていると困るが、引っ張ったって人間がひっぱられて転ぶような力はない。コーギーは小学生の高学年の子位ならひきずり倒す事だってできる力を持っている。それが大きな違いだ。

我が家も最初はかわいさだけでコーギーを選んだのだが、気が強く、自己主張が強いくーが来たお蔭で、相当真剣に、そして多くの時間をくーとよい関係を作る為に費やさなければならなくなったという事は、これまで辛い事の方が多かったのだが、今ではそれを乗り越え、コーギーという犬種にどっぷりと漬かってしまったという結果になった。

まあでもおとなしいコーギーも居るのは確かだ。実際の所、生後2か月位で買い始める訳なのだから、その子がどういう性格なのかは飼ってから判る事。手に余ってしまい、里子に出されているコーギーも結構な頻度でみかけるのが、その証明になるだろう。そんな無責任な結果にならないように、できるだけ自分たちが乗り越えてきた事を伝えていきたいと思っている。

体のサイズの割に運動量は大型犬よりも時には必要であり、そして吠えるとその声は強烈に大きい犬種は、小型犬とは絶対に言えないとこれまで暮らしてきて感じている。そして真剣に取り組んでいかねば、まず主従関係はうまくいかない難しい犬種である事を、犬を飼いたいという親しい友人には伝えていきたい。

しばらく由が主体になって、我が家のしつけ教室通いが続くだろう。くーとよい関係を築き、今よりも一緒に行動できる範囲を広げる為、そして周囲へ配慮を今以上できるようになるために、トレーニングを続けていきたい。

写真は以前のしつけ教室でのシーン。今のしつけ教室ではグループレッスンなので、写真が撮りにくいのだ。

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2006年02月17日

旅を残すという事

開陽台が翌年大きく変わってしまうという事を知った1994年の夏。私はビデオカメラを新しく買い、会社を2週間休んで夏の旅を記録した。そう、私はノンフィクションが好きだ。SFも嫌いじゃないのだが、ノンフィクションがドラマチックではなくても好きなのだ。

ドキュメンタリーという題材で、いつかひとつの物語を文章にしたいと思っていた。文才がない私にとってはそれは無理な話。映像ではそれに似たことができるのではないかというのは、先日書いたブログの中の通り、一人の旅人と知り合ってから、一段を熱を帯びてきた。

ビデオはそれまでもそれなりに使ってきた。ただ編集という事がどうやっていいのかわからず、繋がった動画を一度見るだけばかり。そう、二度目をみたいと思えるようなものではなかったのだ。

それが編集という事を知ってから、何度も何度も飽きずに見るようになった。それが見る毎に思い出せるシーンが増えていくので、やめられない。そういえばあの店にはあれが売っていたなとか、あのあたりにルルが出るんだとか、この時火傷して大変だったんだよなとか、それまですっかり忘れていた事が鮮明に頭に浮かんでくる快感は、なかなかやめられない。時には涙さえ出るほどなのだ。

96年には変わってしまった開陽台を、9日間の旅の中で記録し続けた。ひとたび二度と訪れる事はないとまで思った場所に戻ってきたのは、そのビデオ映像の中に理由がしっかりと残っていた。ひとつの建物があるだけで、写っている旅人は何ひとつ変わらなかったのだ。そして彼らの笑顔も偽りではなかった。

時代は流れ、人も入れ代わる。そんな中で私たちがどういう風に過ごしてきたか、ひとつの歴史を刻んできたのかという事は、大した事ではない。事実は私や友人の旅人がそこに居たという事。誰に報告するまでもない、自分の中だけの、自分だけの思いだ。その映像を残すという事は、まさに自分の為。誰にみせるものでもなくてよい。

しかしそのひとつの歴史を、自己満足でよい、何かしら形にしてみたかった。それが映像であり、写真であり、文章だった。それをもしも興味を持ってくれる人が居れば、これほど嬉しい事はない。

そんな自己満足のビデオの中の映像を切り取ってみた。虹別林道をアクセルワイドオープンで駆け抜けるシーンをビデオで撮影したもの。Hi8から2度のダビングを経てmpeg化。それをキャプチャ化したので荒れが目立つ。

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2006年02月16日

閉ざされた家と開かれた家

今日は朝川崎へ。そしてマイクロバスで港北ニュータウンへ移動。普段よりちょっと遅く家を出たので、ラッシュ時にぶつかってしまい、東横線は混んでいた。上りの方が混んでいるのだろうが、下りもそれなりに混んでいる。

1年と少し、川崎に席があった事がある。今は人がいるフロアは減ってしまった。そういえばあのライブドアに捜査がはいった日、社内のメールサーバのデータが押収されたという報道をみていたのだが、そのサーバがあるビルに何か見覚えが。場所は歌舞伎町だという事をきいて、旧大和銀行のビルだという事がわかった。

職安通りに面したその建物は、1階が現歌舞伎町の巨大なドンキホーテになっている場所に昔からあった大和銀行が、ビルを建て直す時に一時臨時の窓口を開設していたはず。新しいビルになって、1、2階が大和銀行だったのだが、経営危険後りそな銀行になる前に、新宿西口の高層ビル街の支店と合併したと記憶している。

なぜそんな事を憶えているかというと、職安通りは今では立派なコリアンシティなのだが、私の中学の通学路だったのだ。ライブドアのサーバールームである建物は当然、私が通学していた時代よりもはるかあとなのだが、地元なので結構通る事があったからだろう。

コンピュータが入っているビルは、窓も全部つぶされているし、人気もあまり感じられない。あやしい雰囲気とでもいうのだろうか。その中には大がかりなサーバがひしめき合って設置され、入退出が厳しく固めらてあったり、巨大な空調が唸り音をあげている事だろう。私はそんな中で仕事をする事が多かった。

外が見えない窓、常に冷え気味という室温、耳鳴りの如く常に聞こえてくる機械の動作音。今では殆どが自分のデスクの上のパソコンで操作や監視ができるようになっているのだが、そうする為にしばらくそのような部屋に通う事になる事がたまにある。私は、その環境が嫌いではない。

今の仕事は学生時代に学んできた知識や技術が関係してくるようなものではない。それこそ農業という分野を学んできた私にとって、畑違いとも言える今の仕事に就いている訳で、だからといってそれなりに給料を貰って仕事をしている自分が事実居るのだ。学生時代の勉学というのは、どの程度役にたっているかというと、あるレベルまでは直接関係はないように思える。

とはいってもエキスパートというレベルに入るには、やはり誰でもという訳にはいかない。私は特に最近そう思うようになった。自分の限界というか、もしこれ以上のレベルを目指すなら、他のものを多く犠牲にしなければならなくなるという事を感じたのだ。

今のままではだめなのはわかっている。もう少し知識を深める為に努力しなければならないだろう。方法はとうとしても、しばらく手を抜いて仕事をしてきたのだが、重くなってしまった腰を浮かせ、少し動かないとならない時期に来ている。いまさらだが、最近しみじみそう思う。

仕事の内容は変わってきているが、知識を深める事はこの職業では常に必要だ。この部分を頑張れば、オフの時の時間の使い方や楽しみの感じ方が変わってくるような気がする。

少しばかり、今のままでよいのかどうかが気になっている今日この頃。機械が詰まっている無機質なビルを見上げて思う。

写真は弟子屈の常宿。センタとはまったく正反対で、窓は大きく明るく、私の憧れの家。カナダのリンダル・シーダー・ホームズのものだ。手前のテントは私の。雨続きで干させて頂いた。

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2006年02月15日

旅とビデオカメラ

旅の写真を撮るのは別に珍しくないものだろう。またビデオでの撮影についても同様だと思う。

ビデオカメラが実家に初めて登場したのは、ソニーのハンディカム初期型だった。兄だったか父だったか忘れたが確かあまりの小ささと綺麗な画像に驚いたものだった。当時、実家で買った最初のビデオカメラはソニーのベータマチックだった。

オーディオに凝っていた兄は、ソニーの評価も低くはなかった。我が家にあったCDデッキはソニーのものであり、それは評判がよいモデルだった。しかし、カセットデッキはナカミチだったり、アンプはプリメインに分かれているオンキョーのインテグラだったりと、詳しい人なら知っている機種が並んでいた。

アナログのレコードプレーヤーだけは納得ができなかったようだが、当時初めての試みという事で、パイオニアが出したリニアトラッキングアームという、レコードの溝に対してカートリッジ(針)のアームが常に同じ角度で当たるように、平行に移動するタイプだった。本当はマイクロのターンテーブルが欲しかったようだが、とてつもなく高かった。

カートリッジはシュアのVMタイプだった。ジャズやロック、ソウルが多かったせいだろう。兄が実家を出て独立してからは、私はMCタイプに変えたのを記憶している。そんな中でソニーはやはり通らなければならないブランドだったのかもしれない。

ハンディカムという商品名称のポータブルビデオカメラは、今も続いている。製品の品質は非常によかった。しかし私はその当時音楽にはまっていたので、あまりビデオカメラを持ち出す事はなかった。

大学時代から始まったバイク旅の世界でも、ビデオは忘れ去られた存在だった。そして仕事に就いてしばらくして、ある一人の旅人に出会う。

彼は首からビデオカメラをさげていた。手で構えるタイプではなく、首からさげ、右手を添えて撮影する変わった形のモデルだった。ソニーとフジがそのような形を出していた。

彼と出会ってしばらくして、彼が撮影してきたビデオを見せて貰った。そこには、なんと旅があったのだ。

旅が凝縮され、その情景や出会い、出来事が詰まっていた。編集により、ダイジェスト映像が高橋幸宏氏の曲にあわせて流れ、1シーンが3秒から10秒位のつなぎ合わせだったのだが、胸に伝わった。そのショックから、私もまねをしてビデオカメラを旅に持っていく事にしたのだった。

ビデオカメラは構えて撮るものだ。しかしレンズを向けられ、構えられると、撮影される側はやはりちょっと普段と違う態度を取ってしまう。しかし、同じタイプという事で首からさげるフジのシンプルハイ8というモデルを購入。構えなくても首からさげて撮影スイッチを入れるだけで、自然な表情や会話が撮れるのだった。

これが面白くて、ツーリングにも持参した。首からさげて撮影すれば、オンボードカメラよろしく、林道を攻めて走るシーンだって撮れる。三脚を使えば、自分が走っているシーンも撮れるのだ。これは面白いと思い、八重山や北海道などの一人旅に持っていくだけでなく、ネパールや雲南などの海外にも持参するようになった。

しばらくして液晶の接続に使われているフレキシブルケーブルが断線して壊れた。修理をしたりしているうちに、ビデオカメラは高性能になっていて、Hi8を1台買い換えたのだが、やはり首からさげるタイプは素晴らしく使い勝手がよく、古いシンプルハイ8を持ち出す事も多々あった。

時代は8ミリカメラからHi8、そしてminiDVへと変わっていく。そんな中で待ちに待ったモデルが登場した。それが今も現役のCanon CV11だ。

実はその前に相当な金額を投資して買ったHi8もCanonだったのだが、これがモーターの走行音やズームの音をマイクが拾ってしまい、静かな朝の風景とかはまったく使い物にならなかった。Canonはこれで失敗を繰り返さずによいものを作ってくるだろう、と思って期待を込めて手を出したのだが、まったく同じ問題でCanonに問い合わせる程腹立たしかったのだ。

Canonは小型の筐体にした事で、マイクがテープの走行音を拾ってしまい、技術的にはこれ以上改善できなかったという回答に、ではソニーはそんな事はハンディカム初期型からこんな問題はなかった事はどう説明するのかと言っても同じだった。

私はこの時Canonへの信用を失った。今では信用は少し回復し、デジタル一眼やコンデジ、プリンタやフラットベッドスキャナがCanonになっているのだが、この事があってからビデオカメラでCanonは二度と買わないと誓っている。

といっても、首にかけられる構造で、コンパクトな筐体は秀逸だ。今でも十分にみられるデザインなのだが、すでに生産中止。このような形をしたビデオカメラは今は存在しない。

先日ディスクドッグ競技を三脚をたてて撮影していた時、撮影開始ボタンが紛失し、撮影ができなくなってしまった。新しいビデオカメラで欲しいものは実はあるのだが、大会の映像を撮るならこれで十分なので、また保険を使って修理する事にした。

キャノンのサービスに持っていくと、今年の11月で部品供給を終了するとの事。最後の修理になるかもしれないので、各部の点検も行って貰う事にした。これにより半年の修理保証が付くらしい。無事帰ってきたCV11は、正常に稼働した。これから携行品の保険金請求をする事になるのだが、免責は3000円。修理費用は部品代が900円強で標準修理の料金が9000円というもの。まあ6000円ちょっと、保険で得した事になる。

私の欲しい新型ビデオカメラは、三脚に載せっぱなしで撮影するにはちょっと適さない。なので、しばらくディスク大会にはこのCV11に頑張って貰いたいと思っている。ボディに内蔵するタイプのバッテリの為、寒い日には稼働時間が5分とかとんでもないものなのだが、直前まで肌にあてて暖めておくと、20分位は撮影できるという手間のかかるビデオなのだが、もうちょっと頑張ってほしいと思う。

前のように旅の動画も撮ってみたい。その場合は、欲しいと思っているパナソニックのSDR-S100を手に入れたいと思っている。

写真は雲南省の麗江のメインストリート。バックには玉龍雪山を望み、私の首にはCanonのCV11がかかっている。修理も完了した事だし、もうしばらく付き合っていくつもりだ。

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2006年02月14日

白い世界の競技

オリンピックウィークにはいったらしく、由がテレビにかじりついている時間が長くなってきた。私もどちらかというと冬季五輪の方が好きだ。スノースポーツがまたよい。私もアルペンははまって結構長い事やっていた。スポーツマンでないくせに、スキーだけは妙にハマったのだ。

私の板はいまだにカービングではない。長い事愛用してきたダイナスターのCOURSE SLはエッジが石でめくれて捨てたのだが、友人からロシの4Gをタダで貰って今もまだある。そう、あのトンバが履いていた硬い板だ。どちらかというとスラロームの戻りがよく軽い板が好きなので、この貰った板も殆ど履いていない。

ブーツも一生懸命ラングにあわせようとしたのだが、どうにもあわず断念。長い事海和敏宏氏を崇拝していて、サロモンのSX92EQUIPEを履いていたが、これというブーツがその後見つからなかった。

スノーシューやクロカンなども楽しいのだが、アルペンでのウェーデルンの楽しさも捨てがたい。ただゲレンデスキーというものがイマイチ魅力を感じなくなってしまい、今ではリフト券を買わなければならないスキーに目が向かなくなってしまった。

久しぶりに滑降、いわゆるダウンヒルをみて、ちょっと昔の血が騒いだ。菅平の宿に泊り掛けでシーズン通して特訓したり、大学時代や今の会社にはいった頃は、毎週末日帰りで群馬のスキー場に通ったりした。寝不足と運転でもうろうとしていたのにもかかわらず、ひたすらリフト1日券が無駄にならないように朝から晩まで滑り通したほどだ。

峰の原や菅平のアイスバーンは髭が剃れるほどにエッジを研ぎたてたり、ホットワクシングを毎月していたりと、そのはまり具合は相当なものだったのだ。

当時基礎スキー全盛の頃で、私は最初に手にいれた板はオガサカだった。そしてユニティ、ニシザワと日本製の板を乗り継ぎ、外国製へと移っていった。今回の競技ではエランがよく目につく。私の好きなダイナスターは見る事ができなかった。そんな事を言っている私は、既に時代から取り残されているのかもしれない。

アルペンは佐々木選手がワールドカップでも表彰台に何度も登っているという話を、朝のJ-WAVEできいていた。今日のダウンヒルは出ないようなのだが、調べてみると20日の競技に出るらしい。是非応援したい。主観が入ってしまうが、スノーボードのハーフパイプの競技をみても何も面白さや凄さを感じなかったのだが、やはりアルペンは冬のオリンピックでも花形的な競技ではないかと思っている。あの凄い速度の中で、人が板だけで挑戦する姿は、美しく、力強く、そして何よりワクワク感がある。

古い写真だが、20年位前の私。ブーツはカベール。しばらくこういう滑りをしていたが、ある年SAJの検定を受けていた友人に、こう揃えてターンするスキーは古いと言われてしまった。

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2006年02月13日

犬仲間との旅

くーが我が家の一員となってから、犬仲間と一緒に旅行にいく事が増えた。泊まりの旅行では、昨年のキャンプや先週末のスノーシューなど。正直、これまでとは別の文化というか、これまでのようにいい加減な予定や内容ではよくないような気がしていた。

現地集合現地解散。途中でもしも合流したら、相手の動きをみてフィールがあえば、一緒にランを楽しむというようなバイクと違って、犬も奥さんも乗っている車であったり、動力性能が圧倒的に差があった場合は、なかなかタイミングがあわないものだ。

学生時代の友人や、会社の友人とどこかにでかけるとすると、なかなかしっくりこずに妙に疲れるというのもあった。犬仲間という人たちはどんな人なのだろうかと少々気になりつつ、探りをいれているという感じだったりする。そう、とても失礼な事なのだが、自分はどういうスタンスで走り、配慮をする必要があるかという事を、手さぐりで感じようとしていたのだ。

しかし蓋をあけてみればろびぽ父さんは元バイク乗りで旅もしていたし、ダイゴ君のパパも今も私と同じエンジンのDR250Rを所有している。HOOVERママは結婚前後になんとグッチのイモラに乗っていたり、HOOVERパパは今もZ1Rをレストア中という強者だ。そう、みんなバイク乗りなのだ。

運転をしていて、心配しすぎてタイミングを失ったり、逆に私がリアにスクリーンを貼って慣れていないせいで、うまく動きが読めなかったりと、反対の立場になりつつある。運がいいというか、何かやっぱり繋がるものがあるのだろうか。犬繋がりだろうと何だろうと、出会う人とは出会うようだ。

これからどんな旅を一緒にするのかわからないが、少なくともろびぽ父さんやHOOVERパパと私はおない歳。世代も一緒な訳で、そんなに心配する事はなかったのかもしれない。犬を介して知り合った訳だが、これからも色々な形でお付き合いできればと思っている。

そんな飼い主たちを知ってか知らずか、犬たちは並べられて写真撮影が終わるまで我慢させられてたまらないといった表情だ。まあ、飼い主の喜ぶ事にたまには前向きに協力してみるのもいいものだよ,
君たち。

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2006年02月12日

那須2日目

朝は6時に携帯の電源が入るので、その音で目がさめた。夜12時すぎに電源を落とすスケジュールが組まれているので、マナーモードになっていないとちょっとうるさい。

くーは由の布団の上で寝ていた。特徴のある耳が掛け布団のラインの上にはっきりと見えた。外はうっすらと明るくなっている。もうちょっと寝ようと試みたが、くーがこちらのベッドの下まできて転がったり、うろうろし始めたりしたので結局起きてストーブに点火し、昨日からセットしておいたポットからお湯でコーヒーを入れた。

テレビではオリンピックの日本人勢の活躍を報じている。今年はメダルがなかなか取れないようだった。

朝は部屋まで朝食が配達されるので、犬も普段どおり飼い主の食事に注目しつつも静かにテーブル脇で眺めていた。ゆっくりと食べ、チェックアウトの10時まで遊ぶ為に片づけをする。由はくーを連れてドッグランに向かい、私は車に我が家の荷物を乗せて出られるようにし、今回の宿泊費を払いに管理棟に立ち寄り、ドッグランで合流。まだ外に誰もきておらず、アジリティのスラロームで練習をしている由とくーだけだった。

しばらくしてダイゴ君やロビ君、ポーちゃんがやってきてディスクやボールで遊んでいると、すぐにチェックアウト時間になってしまった。とりあえず今回キャンセルになってしまった福来ちゃんの所にお土産を買うべく、前回も寄ったチーズガーデンへ。中にある喫茶店で皆でケーキセットで今日のこれからの予定を検討。西那須の方によさげな場所がある事をろびぽ母さんが思い出してくださり、そこへ向かう事にした。

御用邸チーズケーキやワインにあうチーズなどをおのおの買って、次に昨年秋、北軽井沢キャンプの時に軽井沢でソーセージを買った腸詰屋というお店に向かうが冬期休業。仕方なく西那須にある千本松牧場という所に向かった。ここでは気球に乗れたり、ドッグランがあったりして、いわゆるレジャーランドのような所らしい。

北風がとても冷たく強い。外でじっとしているのが厳しいと感じる中、そのレジャーランドを探索。とりあえずお昼をここで食べる事にした。ジンギスカンの食べ放題などがあるが、我が家はラムと豚の石焼きビビンパを頼む。他は鉄板焼きやいろいろ肉関係を頼んでいた。まあそれなりだったが、牛はどこ産のだか書いていなかった。

この千本松牧場という所は、全て細かく利用料金が設定されていた。強風で気球などは営業していなかったが、ドッグランも釣り堀もバスケットボールのゴールでさえ、全てお金を取るらしい。仕方なく近くによさげな公園である那須野が原公園をこれまたろびぽ父さんが見つけてくれたので、そこに移動。巨大な公園でのびのびと犬たちを遊ばせる事ができた。ここでHOOVERママさんとパパさんが、次回の小金井公園でのNDAディスクドッグ大会にデビューすべく、特訓を行っていた。

その後は宇都宮餃子を食べて帰るというろびぽ家に便乗し、宇都宮経由で帰宅。HOOVER家、ダイゴ家とは那須野が原公園の駐車場で別れ、皆無事帰宅した。

今回スノーシューは3時間弱、それもトレックというよりは雪遊びだけだったが、それなりに楽しめた。ただ参加した皆はどんな感じだったろうか。ガイドのような事が私ができれば、木々や足跡などを説明できたのだが、あまり余裕がなかった。

今シーズンもう1度くらいスノーシューがしたい。来月予定している北海道は別にして、3月下旬あたりに雪を求めてでかけようかと相談中だ。

那須のこのエリアのよい所は、土日でも人気がない事。やはり混んでいると興ざめしてしまう。温泉もよいし、那須にはまた来たい。

写真は那須の森の中の、ろびぽ父さんとロビ君。

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2006年02月11日

那須1日目

今日から2日間、那須にでかける。

朝4時起床、紙コップ10杯分の沸騰したお湯を普段会社で使っている保温ポットに入れる。そして紅茶用とコーヒー用に私と由が昔使っていた小型のポットにいれ、小型のリュックにいれる。そして着替えが入っているバッグとカメラバック、ナビなどを