2006年04月30日

ゴールデンウィーク2日目

昨日は突然友人新車で現れてくれた。由のビアンキも長い事飾ったまんまなのだが、彼が買った自転車はクロスバイクというジャンルになるInterMax製。アルミフレームで装備にしては軽く仕上がっていた。

お茶を誘ってくーと遊んでもらっていたら雨が降ってきてしまい、狭いロッキーに新車の自転車を傷つけないように載せ、助手席を一番前に詰めた状態で乗ってもらい、杉並の彼の自宅に送っていった。ちょっとした散歩のような感じだったが、途中私が始めて新車を買ったバイクショップを通った。

そのバイクショップは今は亡き親父がみつけてきた。仕事の途中で見つけたらしい。きいた事もないバイクショップで、4メーカーを扱っている質素なショップだった。みたところ、その当時と変わっていないようだ。何だかとても懐かしい。

親父と車でその店に立ち寄った事を、今でもうっすらと思い出せる。当時出たばかりのホンダXL250Rc。ローンの保証人になってもらい、バイトで貯めたお金を頭金にして、12回払いにしてもらった。それからもクラブとバイト三昧の日々だったのを思い出す。

今日は部屋の片づけをしていたが、午後は別の友人KSR2でやってきた。ずっと渡したかったいかなごのくぎ煮を渡し、くーが大喜びで飛びつく。しかしちょっといじめられて懲りたらしい。私もちょっと片づけ疲れであまり話ができなかったが、近々毎年やっているデイキャンプの計画だけは決める事ができた。

片づけの中で、これまた久しぶりにガスランタン3台のメンテナンスをした。うち1台はもう熱で鉄が変形していてマントルが装着できず、プライヤーで修理が必要だという事が判明。他の2台はノズルを清掃して新しいマントルを装着し、光量が少し復活した。

長い事使っていなかったビンテージのコールマンPEAK1ランタンの着火テストもする。これはなかなか調子がよく、最近利便性ばかりでガスを持ち歩いていたが、今度久しぶりにガソリンランタンも持っていってみようと思った。同時にガソリンのシングルバーナーもセットで持っていく事になるが、やはり個人的にはガソリンの方が使い慣れている。ガスは便利だがどうしても気が短い私はガソリンのパワーが欲しくなるのだ。

そろそろキャンプの予定も出てくる事だが、なかなか整理が着かず、70%で今日は終了。充分に疲れた。由は並行作業で1日中洗濯をしていた。冬物のジャケット4着、キャンプ用の毛布、普段使っている毛布など。貴重な連休の中の1日は、こうして過ぎて行ってしまった。

さて明日は由はバイト。私は何をしようか。親の付き合いは明後日にしようか、もっと先に延期するか、考え中だ。

写真は片づけで相手をして貰えず、上と下を行ったり来たりして落ち着かないくー。

20060430.jpg

2006年04月29日

21年目のハイジーの家

私がウェブサイトをサポートしている開陽台ハイジーの家が、今シーズンの営業を開始した。

ひょっとしたら最後になるかもしれないシーズン。スタッフの皆さんは、きっと秋口までそんな事を考える余裕はないだろうが、悔いのないシーズンを送って貰いたい。私がまだ若く、日々の暮らしだけを考えて、日々何を食べ、今日はどこに行くかという事だけを考えていればよい旅の日々を送っていた時、当時のハイジーの家のボックス席に何度も座った。

そこで出会った連中は、会う回数は少ないといえ、今でも繋がりがある。今になって、mixiで久しぶりなんていうのもある位、時代も変わってしまったが、人と人というのはやっぱり出会いというのが大事であって、そしてその後に長く付き合う事になる連中は、おのずと決まってくる。でも始まりは出会いからなのだ。

ハイジーの家は出会いを沢山くれた。スタッフはその時から今まで変わってきたが、かあさんはやはり中心人物だった。忙しく厨房で中華鍋を振るうかあさんを、丘の風景と共にぼーっと眺めていた。自分の母親とは違った目だが、私のかあさんなのは間違いなかった。

1997年、私は由とここで結婚式の真似事をした。かあさんは、適当に私たちが仲間が祝ってくれればよいと思っていたが、自分の娘さんに声をかけ、標津からわざわざ牧師さんを呼んでくれた。かあさんは、そして誰よりも私たちのイベントを喜んでくれた。

ハイジーの家は私の一人きままな旅人の時も、結婚式の時も、結婚後かわらず旅人として丘にあがる私の傍らにあった。いつしか、かあさんだけでなくとうさんや元気な娘さん3人とも顔なじみとなっていく。

そして今年も多くの旅人が丘にあがり、素晴らしい風景を感じ、旅人と出会ったり、再会したりするだろう。今シーズンという時間を、最後という意識の中ではなく、開陽台という素晴らしい場所を見守ってきたひとつのシーズンとして、過ごしてほしい。

きっと私たちが生まれる前から、そしてこの世からいなくなった後も、この場所はあるのだから。長い歴史の中の1ページという事で、それ以上なにもいらない。ただ、確かにここで人の出会いが開陽台から見える星の数ほどあったというのは、事実なのだから。

開陽台ハイジーの家21年目シーズン、オープン!

写真は昨年夏、開陽台の朝。本格的な装備を持っていけなかったので、川湯のちゅっぷのパンと地元のチーズで質素な朝食。

20060429.jpg

2006年04月28日

明日から連休

年末年始やゴールデンウィークなど、連休の前後だけでなく、連休期間も仕事が多くなる。正確に言えば、多くなるというよりも警戒しなければならない。

ここ最近セキュリティ意識も少しはあがってきているせいか、破滅的に仕事が増える訳ではなくなってきた。しかし今はそれでいいが、今後も考えてこれまでしていなかった部分や新しい分野に目をむけて、仕事を進めていく事になる。しかし未然に騒ぎを防ぐ為にも、この連休中の仕事をしていかなければならない。まあ地道で裏方の仕事という訳だ。

以前はこの時期には用意を済ませ、翌日早朝に空港へ向かうルートや、旅の中の事を考えたりしているものなのだが、今回の連休は1日ちょっと遠出するだけで、あとは親に付き合う日が1日にあるだけ。ちょっと面倒だがあとはきっと普段できない家の事をしているのではないだろうか。

職場近くにあるフェリー埠頭。停泊しているのは那覇行きの琉球海運の船だ。19歳の夏、ここに停泊していた大島運輸のやはり那覇行きの船に乗り、日本縦断の旅に出た。この埠頭はその時と変わっていない。

ただ、東京湾フェリーターミナルから出る船は減り、今では私もここに来る事はなくなってしまった。まだ徳島や小倉に向かう船はあるので、使う事もあるかもしれないが、まず当分使う事はないような気がする。

きっと多くの旅人が明日から旅立つ。私にもそういう時代もあったとは言いたくない。そう、現役のつもりなのだから。

20060428.jpg

2006年04月27日

男の隠れ家

男の隠れ家の今月号が今日発売された。実は今月号の特集の中に掲載されている写真の中に、私が被写体として写っている。17ページの左下の小さい写真だ。

写真は一昨年の夏。写真の説明だと知床となっているが、私を含めて道東を走った事がある人なら、そこがすぐに知床でないのがわかる。まあ雑誌なんかそんなもんだろう。能取半島と正直に書いてあっても、きっとそれはどこなのかわからないのが普通だ。しかし知床のダートでこのように海岸線を護岸し、道を敷く為にコンクリを打っている場所は存在しない。

一昨年の夏、台風がすぎるのを待って友人の3台のバイクとカメラマンの4人は、道東を撮影の為にまわった。この時の事は由のブログに残っているのだが、結構なペースで久しぶりに道北を廻った。そして浜頓別に宿を取った翌日、台風は道東を通過する為、雨の中ひたすら弟子屈の「隠れ家」に走ったのだった。

この年は、その前年、一昨々年の夏に1日だけ撮影に付き合ったのだが時間が足らず、私の夏のツーリングを全てカメラマンの知人の手伝いの旅としたのだった。しかしなかなか面白い旅だった。これまでの私の旅にはありえなかった、開陽台へあがらないツーリングの夏だった。

この夏の旅はまだメディアに使われていないが、一昨々年の美瑛の写真はモンベルのカタログにちょっと前、使われた。日本の風景とそこを旅するバイク乗りというシーンでは、日本では草分けともいえるカメラマン、須藤英一氏は、今ホンダのサイトでも愛車撮影講座を連載している。

写真はその掲載ページ。見開きの左下、17ページに小さく私が砂ぼこりをあげて海岸線のダートを走る姿が。当然、私なのか何なのかさっぱりわからないが…カカオ99%のチョコレートはシャレ。

20060427.jpg

男の隠れ家 2006年6月号発売中

2006年04月26日

新タイヤの感想

先週新タイヤに交換したロッキー。装着してすぐに体感できたのは、その軽さだった。パワーがない1600cc/100PSのNAエンジンは、重い車体をよっこらしょと走らせるのだが、妙に走り出しが軽やかだというのをすぐに感じた。

そして日曜には高速走行もした。ここでも工事中の都内の道では、これまでリアのリーフスプリングがはねて乗り心地はよくなかったのだが、明らかにリバウンドはおさまっていた。そしてまだ皮が剥けていないにもかかわらず、小雨の中での制動も問題はなかった。高速ではETCゲートの通過時などは、気持ちスムースに加減速する事ができたような気がする。

タイヤとしてはオールテレーンというオールマイティなケースに対応したタイプだ。逆に舗装路メインでは少々乗り心地やロードノイズの出方はよくない。しかしダートを走る事もあるし、私としてはバイクもオフ車ではモタードなんか邪道だと思っているので、少々オフ寄りのものが好みでもある。

メーカーはBF GOODRIDGE製がちょっとミーハーだが好きなのだが、サイズ的に無理だった。またミシュラン製やピレリ製も考えたが、前回ダンロップ製のひび割れで、できれば耐久性があるタイヤがよかった。となるとヨコハマ製よりもブリジストン製という消去法による結論が出た。

そして3種類ある中では、A/Tが一番フィールにあったのだった。ロッキーには丁度よいだろうと勝手に解釈したのだが、ふとリアゲートに装着されているスペアタイヤをみると、古いブリジストン製だった。銘柄もデュラーという現行のブランドと一緒だ。しかしタイヤパターンははるかに現行モデルの方が好ましかった。

タイヤの違いというのは、よく分かっているつもりだった。車のタイヤはバイクと違って、耐久性と静粛性とグリップの性能が大きい。バイクであれば、SRXに着けていたメッツラーやニンジャに着けていたミシュランの59Xや、XRに着けていたピレリMT21などは耐久性よりも偏った路面上での性能の高さで選んでいた。でも車はやはり総合性能だと思っている。

車が例えばレーシーなものだったり、ミニバンだったりすれば、また違った選択になるだろう。何よりいまはロッキーというミドルクラスのRVであり、用途はたまに抜け道で林道を抜けたりするので、それを満足できる銘柄になる。あと私としてはメーカーのイメージというのも大事で、事実メーカーを決めて選ぶケースではそれほどミスチョイスがこれまでもなかったというのがその理由だ。

このタイヤでしばらく行こうと思う。現状では満足と言えるものだが、さてこれから乗り続ける事でどうなっていくだろうか。ブリジストンに期待したい。

写真は納品され装着を待つDULLER 694。生産日は2006年の10週目のようなので、約1カ月前に作られたものだった。

20060426.jpg

2006年04月25日

くーにとっての喜び

色々な犬がいる。飼い主さん命、食べる事が命、散歩が命。家の中だけ態度が大きいが、外ではおとなしい犬や、逆もいるだろう。

犬を飼うにあたって、犬種を指定して迎える人や、ペットショップで目があったのがきっかけの人、そして近所で生まれた小犬を引き取る人、保護された犬の里親になる人など、きっかけは色々だ。我が家はその中では特に珍しくない迎え方をした。それは、犬種を決めて、その犬種である条件で分譲してくれるブリーダーだった。

どんな犬にしても最初に迎える時、その犬の性格なんかわからない。せいぜい見た目から俗説であるブレーズがはっきりしている子は気が強いとか、ブラックヘッドはおっとりだとか、確証のない話から想像するのだが、我が家は5匹生まれた小犬の中で、目にとまった白いブレーズが頭にはっきり入った子だった。

その子は我が家にやってきて、くーという名をつけられた。その女の子は気が強く、小さくても飼い主に甘える事もなく、出会う犬たちにも物おじせず、じゃれに行くようなタイプだった。コーギーという犬種の多くがそういう飼い主に依存せず犬好きな人だと感じられれば飛びつき、飼い主だからといっても特別な存在でもないような素振りでなかなか慣れないという、極めて普通のコーギーだったようだ。

その子を迎えて由は悩みに悩んだ。初めての犬という事もあって、わからない事だらけの中で、くーの素行に悩まされた。私には振る尻尾は、毎日散歩に連れていっている由にはあまり振られる事はなかったり、由のいう事はあまり聞いてくれなかったからだ。昼下がりの午後、居間で由がうたた寝をしていると、いつしかくーが寄り添って一緒に昼寝をしている、という情景を想像していた由は、ショックだった。

しつけという行為に前向きになり、訪問のトレーナーを最初に我が家に呼んだ。そのトレーナーは正直ひどいタイプだったが、その後親戚犬のダイゴ君の飼い主さんに紹介された北千束にあるパピー教室に参加をし始めた。毎週土曜日の午前中、本当によく通った。その中でくーと由が少しづつよい関係を築いて行くのだった。

くーはその頃からものを引っ張りあいする遊びや、何かを追いかける事が大好きだった。興奮すると手がつけられない程だったが、その目は幸せに満ちていた。

教室で初めて飛んだハードルは、参加者の中では唯一飛ぶ事ができた。それも猛スピードで。くーはその頃からスリート犬だった。いつしかフリスビーが大好きになり、ソフトディスクといわれるウレタンが入ったナイロンのディスクはくーの一番のお気に入りになっていった。

2歳になる寸前、普段の散歩から右手の内側の指を骨折。それから長い長い療養生活に入った。包帯をギプスのように巻き、散歩も指が曲がらないようにブーツを作ったり、むれてしまったり包帯が擦れて毛が抜けてしまったり、途中再骨折も含めて8カ月近い包帯生活が続いたのだった。くーにとってそれまでの筋肉は全ておち、楽しいはずの散歩は我慢の散歩となってしまっていた。

しかしその間に、由にペッタリと甘えるようになったり、添い寝するようになったり、抱っこをするようになったりこれまでなかった行動をするようになった。ある意味、無駄な8カ月ではなかったのだが、犬にとって2歳から3歳までの8カ月は、あまりにも大きい損失だった。

3歳前にディスク競技に出始めて、くーの新しい喜びに満ちた時間を一緒に味わえるようになった。そして3歳をすぎて4カ月目、初めてパピー教室で経験したアジ機材を使った競技の練習を経験した。

くーはまた、満面の笑みを浮かべながら、由の言う事を半分くらいしか聞かないで、自分なりにハードルやトンネル、Aフレーム、ドッグウォークを走り回った。嬉しそうな表情は飼い主にとっても幸せを感じる瞬間だった。

しかしその笑顔を絶やさない為には、由が相当ハードな肉体的トレーニングをしなければならなかった。由は足の親指両方の爪に内出血を作り、体中の筋肉痛にあいながら、くーをもっと決められたコースに沿って走らせる為に、これからも努力を続けるだろう。

ディスクは黙っておれず私がとうとう手を出してしまったのだが、アジについては私は由に全てを任せようと思う。由とくーが楽しむ為にフォローし、記録をしたいと思っている。

写真はその記録のひとつ。ハードルをなぎ倒しながらも見せるこの笑顔は、くーにとって生きがいのひとつ。大事にしたいと思える飼い主の宝に他ならないのだ。

20060425.jpg

2006年04月24日

地元で大事故

車内放送で山手線が停まっている事を聴いていた。渋谷は人でごった返していたが、いつも通り明治通りをバスで帰る事にした。バスのダイヤは乱れていたが、始発のバス停まで行って乗ったので、何とか座れた。

午後はヤボ用で半休を取っていたのでそのまま自宅に帰る。自宅の近くになってヘリコプターが飛んでいるのに気がついた。そしてネットをみてはじめてその事故に気がついた。

なんと我が家からほど近い場所のガード部分で、大変な事故がおこっていた。電車の事故なんてそうめったに起こるものではないと思っていたのだが、昨今信じられない事故が多発している。安全神話なんて信じないが、全て企業がコストダウンや安全管理の甘さ、社員に対しての信頼感の欠如、減点性の評価制度などがその原因のような気がする。公共の交通手段という部分からみれば、言語道断な事件が続いているような今、どこに危険が転がっているかわからない。

家に着いたらどっと疲れが出てしまった。でかける迄に思わず300mmの望遠にテレコンバーターを付けて旋回しているヘリを撮ってみた。写真は警視庁の名が入っているヘリ。

GWは今週末から。事故などないといいのだが。我が家は公共の交通手段は私が会社に行く時しか使わないが、毎日使っている人は心配な出来事だった事だろう。満員の電車に1時間もすし詰めになり、おまけにそんな中にくーを連れて乗っていたりしたらどうなった事か。

国民の安全はどこが保つ為に努力してくれるのだろうか高い税金、それもどんどん税額は増えて、生活は切り詰めなければならないような世の中。決めている連中が、消費税なんか誤差と思っている連中だという事が、あきらかに誰がみてもおかしいというのに、平気な顔をしてさもよい事をしているような話をマスコミの前で喋る政治家は、既に人の痛みなぞわからない連中だ。

人の欲というのは恐ろしい。特にお金や権力、階級を一旦手にしてしまうと、もう元には戻れないものなのか。私たちは単に自分たちの短い人生、楽しく幸せに笑って過ごしたいだけなのに、それすら少しづつ奪おうとする。そんな人を狂わせるようなものは必要以上にいらない。

写真は空を旋回するヘリ。ふとみると青空に点々とゴミが…CMOSセンサーの汚れがはっきりとわかる。早めにキャノンのサービスに清掃に出さないとならないようだ…

20060424.jpg

2006年04月23日

アジ練2回目

朝からどうみても雨が降るという天気予報をみて、予定していたイベントに参加すべきか悩んでいた。そのイベントの主催者の方の自宅に、7時すぎに電話をすると、あっさりと開催するという回答を頂き、その15分後に家を出る事に。

日曜は混むというイメージもあったのだが、7時40分に明治通りから渋谷でR246に入り、瀬田を越えて東名東京インターから高速に乗った。それまでに渋滞はなかった。池尻あたりでロッキーと並走してちょっと期待したが、相手方のドライバーが若者で、こちらを見もしなかった。残念だ。

東名も渋滞はなく、目的地近くのインターを降りて、会場近くのセブンイレブンで朝食と昼食を買い込む。開始予定の40分前に到着したが、会場にはまだ誰も来ておらず、くーととりあえず周辺に散歩へ連れていく。

車の中でネットに繋いで天気予報などをチェックしていたら、参加者らしき方が現れてきた。その中に主催者のコーチの方もおられた。早速挨拶をし、会場に入る。

今日はなんと4組。4/9にはじめてセミナーに参加した時は、ざっとみて20組以上がかるくいたと思う。天気のせいもあるのかなと思ったが、どうやら前日に大会があったようだ。その大会に参加され、今日のセミナーにも参加されたという方が一人おられたが、その方はネットでみかけた事があった。

機材を出し、ミーティングをした上で、さて練習開始。そう、今日もアジリティのセミナーなのだ。天気も今の所はたまに雨粒がパラパラと落ちてくる程度で、小雨とも言えない位に殆ど曇りという天候だ。走り回ると蒸し暑いのだが、風も心地よい位でハンドラーの方々や犬には最適な気温だろう。案外今日は参加者も少ないし、コーチの指導も多く受けられそうで、よいかもしれないと思い出していた。

くーは相変わらずテンションあがりまくりのロケットスタート。でも前回よりはハードルも落とさなくなってきた。ちょっと高めのハードルも結構飛んでくれるが、まだまだ落とす回数は少なくない。パピヨンのハッピー君とママさんのチームと一緒に低めのバーで最初は練習。そしてもうキャバリアのウィル君とパグの天君がスラロームやドッグウォークを含む長いコースで練習をしていた。こうしてみると我が屋が明らかに初心者なのは見え見えだ。

お昼を挟んで後半、今度はAフレームとドッグウォークという幅40cm弱、長さ360~420cm、高さ120~135cというまず坂をのぼり、地面と並行に走り、今度は下るという3等分された平均台のような障害が追加された。これは上り下り共に地面に接した部分から90cmはコンタクトゾーンと呼ばれる足を着いて通過しなければならない場所がある。当然初体験だ。

くーは最初リード付で走ったが、コーチがくーの速さをみて危険に思い、すぐにノーリードを指示し、あとはもう勢いで走り抜けるのだった。当然コンタクトゾーンなんか気にもしていない。何度もそこに足を着かず、ジャンプしてしまう。まあ予想はしていたのだが…これは練習しなければいけない部分だという事はよくわかっていた。

ハンドリングのコースは単に障害を追うだけでなく、右に左に犬にコマンドを与えながら、どこをどう走るかを指示しなければならない。由は必死に走り回った。ちょっと鈍い部分があるので、スイッチと言われる切り返しがなかなか憶えられない。またコースも憶えきれず、四苦八苦しながらも必死で走り回っていた。

私は水を出したり椅子を並べたり、ビデオやカメラで撮影したりするだけでなく、くーがスタートを待っていられないので、スタート地点でくーをおさえたり、なぎ倒した障害をなおすので走り回れなければならなかった。サポート役も何かと大変な訳で。

そんなこんなで1時間早めに終わったセミナー。雨も降らずに少人数で楽しく練習する事ができた。そしてその中でコーチに、初心者向けの競技があるので、それに出なさいと言われてしまい、由は大慌てだった。

とにかくまだ始めたばかりだが、くーが楽しそうに遊んでいる姿と、由も辛いがまんざらでもないという感想から、これからも細く長くやっていきたいと思う。私も自分がハンドリングはできないが、由とくーが楽しく走っている姿を記録する事に、喜びを感じる。

途中東名に乗る直前に大粒の雨に降られたが、自宅近くでは路面も乾いている状態だった。帰ってきて片づけをしたらもう私もへとへと。まだ次回の予定が出ていないが、来月も何度か参加する事だろう。

くーと由はもう先に布団にもぐり込んでいる。私もそろそろ寝よう。

写真はそのはじめてのドッグウォークを登り切って、並行のラインに入った所のくー。嬉しそうな顔をしている…

20060423.jpg

2006年04月22日

灯台もと暗し?

先週に冬タイヤと交換してきた夏タイヤ。交換して自宅まで乗ってきてはいるが、やはりサイドのひび割れが気になっていた。高速道路を走るのが不安なのだ。バイクのチューブタイヤなら少々ひび割れしていてもチューブがあるのでそれほど深刻ではなかったが、車やバイクでもロードスポーツは全てチューブレスだ。ひび割れは幾ら多層構造のゴムだとはいえ、不安のレベルが違う。

ネットでタイヤショップを紹介してくれるサービスを使って江東区のショップにアサインしようとしたのだが、返信がまったく来ない。どうやら機能していないサイトのようだという事がうっすらと分かってきた。1週間返信が来ない事でもう信用できなくなり、あらためて探す事にした。

先週タイヤ交換した時に、埼玉県内のブリジストン直営のタイヤ館、イエローハット、オートバックスをまわって見積もりをしてもらったのだが、再安でタイヤ館の2段階の値段交渉で出してきた額だった。しかしネットで出ていた見積もりからすれば、4本で交換工賃、廃タイヤ処分代、税金など込みの総額で差額は5千円以上に及んだ。イエローハットやオートバックスなどは1万円近い差になった。

これではまともに交換する気になれない。あらためて明日でかける先によさそうなショップはないかと考えたり、最悪タイヤ館で換えようかと思っていた。またタイヤ館は自宅から車で15分位の所にもあるので、そこで再度見積もりを出して、埼玉のショップと同じ額ならその場で交換してもいいかと思っていた。

まああと交換しようとしているサイズが在庫対象ではないマイナーサイズらしく、取り寄せに時間がかかるという事も含め、できればゴールデンウィーク前に何とかしたかった。

ふと、歩いていける範囲にタイヤショップがないかと考えていた所、明治通り沿いにとても小さいがフランチャイズショップのミスタータイヤマンというあまり入りたくない看板を掲げた所があったような気がしてきた。そしてちょっと遠回りしてそこに寄ってみた。

そこには若い店員が新品のホイールを組んでいた所だった。車は1台入れば店内は一杯。チェンジャーやバランサー、窒素ガスボンベなどがあり、工具もそれなりに揃っていた。恐る恐る声をかけ、値段を聴いてみた。

その若い店員は、一畳位の強烈に狭い事務所の中に声をかけた。すると中からおばさんが顔を出し、てきぱきと価格を調べてくれ、言い値でタイヤ館より安い額を出してきた。びっくりしたのだが、参考までに225/70R-15も出してもらった。ちょっとやはり比べると差額が大きすぎるので、結局195/80R-15に決め、いつ入荷するかを聴いてみた。

答えは2時間後。練馬に在庫があるとの事で、今日中に交換ができる事になった。入荷したら電話をもらう事にして一時帰宅。電話をもらってから再度ロッキーでショップに行った。

交換はそのショップの社長と若い社員が早速とりかかってくれた。その間、事務所に入ってみると、ストーブがついていて横の椅子にはまるまった猫が。なんとものどかなタイヤショップだった。作業場ではコンプレッサーの音やチェンジャーの音が響いている。

待つ間おばさんと話をずっとしていた。近所に住んでいる事、犬を飼っている事、バイクのタイヤも取り寄せられるという事、どんなタイヤも仕入れる事は可能だという事、昭和28年開業という実は老舗という事を知ったり、妻の車と前置きした上だがマニアックな車に乗っていると言われたり。本当はゆっくりと仕事ぶりを見させて頂こうと思ったのだが、殆ど見ている余裕はなかった。最後に端数を値切り、安い!とは言えないが、交換の手順や値段、近所というメリットなどを含めてなかなかよいタイヤショップを見つけたと思えた。

交換を終え、挨拶をしてショップを去った。するとハンドリングの軽さ、アクセルを踏んだ分の加速感が妙に軽く感じた。まだ皮が剥けていない事もあるので、ゆっくり走ったが、なかなかよい感じだった。タイヤの剛性もしっかり感じられ、気分がよい。

写真はそのタイヤショップで交換中のロッキー。狭さがよくわかる。後ろは常時渋滞している明治通りだ。

20060422.jpg

2006年04月21日

ビジネスランチ

というと聞こえはいいが、旅の友人、きりんちゃんが国際展示場に遊びに来るらしいく、昼でもどうだというメールが仕事中に入ってきた。

少々考えたが、色々な予定を変更して午後を外出に変え、お昼すぎに国際展示場の改札を出た先で待ち合わせた。ほぼ時間通りに小走りで現れた。午前中に展示会をざっと見てきたという。妙に疲れたと言っていた。

相変わらずお洒落な格好で現れたきりんちゃん。職業は工業デザイナーだ。これまでも一緒に副業をやった事が何度かあり、口数が少なく大人しいきりんちゃんだが、アウトプットはさすがと思わせるものばかり。プロの仕事というのはこういうものかと感じさせてくれた。

知り合ったあと、随分たってから、彼とパートナーを組んで仕事を数件した。ウェブデザインとサイト構築の仕事なのだが、それまで単なる友人という関係から、尊敬できる存在になった。現に彼は子供二人のパパであり、色々と私よりも責任のある立場に立たされている訳で、ふとした時にその差を感じるのかもしれない。

とあるビルの中にあるそば屋で食事をし、二人でりんかい線の駅までゆっくりと歩きながら、たわいもない事を話した。彼とはひとむかし、10年ちょっと前に出会い、何度か旅先で一緒に過ごしてきた。その呼び名も、石垣島は米原キャンプ場で呼ばれていた名だったが、なぜかずっとその呼び名で呼んでいる。私が親しい友人たちに呼ばれる呼び名のとおり、旅の中で呼ばれてきた名前だ。

ふと思い返して、きりんちゃんは何の話をしたかったのだろうかと思ってしまった。また話したい事を話せないまま時間がすぎてしまったのではないかと心配になってしまった。

来月中旬以降に、またキャンパー仲間で毎年やっているデイキャンプをやろうかという話をして別れた。子供もできたり、なかなかまとまった休みが取れなくなってしまったので、春先によく、多摩川の河川敷やデイキャンプができる公園で集まり、たわいもない話を日が暮れるまでして過ごすのだ。昨年はくーが骨折していた為、結局私も不参加だったのだが、今年はまたいい年をした連中が、真っ昼間からシングルバーナーのガソリンストーブやシェラカップを並べて過ごす時間はいいものだ。

写真はきりんちゃんとはじめてあった年。新潟のフェリーターミナルで出会い、すっかり航行中に親しくなり、小樽港に上陸。そこでどこかで会おうと別れた時のもの。彼の荷物の上には、出会った旅人たちが一言書き込んだ工事用のヘルメットが積まれていた。

そして、彼はこの時無職だったのだが、しっかり婚約者は居たのだった。

20060421.jpg

2006年04月20日

料理のできる人

とある平日の夜、女性タレントが料理の腕を競うバラエティ番組を見た。以前時間帯が別だった頃に結構面白くてみた記憶があるが、最近はこの時間に帰ってこれるかどうかわからないので、久しぶりだった。

ジャニーズのTOKIOが出た時は、好きな番組のひとつ鉄腕DASHで彼らの料理の腕は相当だろうと思っていたのだが、実際やってみるとその番組が本当に彼らがやっていたのかが怪しい程だった。ただ確かにその中で料理といえば出てくる2人は、手順をみてもこれは経験がある人だなというのが分かった。

料理というと、以前は女性が本領発揮というものだったのだろうが、実際料理屋に行っても厨房で働くのは男の方が多い。家庭で好きでもないのに台所に立って料理をしなければならない、いわゆる専業主婦は、いつしか義務という言葉で苦しんでいる事が日常になってしまったのではないだろうか。

私は小学生の頃から鍵ッ子だったので、自分で台所に立つ事は少なくなかった。それは自分が腹が減ったから作る、というこれもひとつの必然であり、誰から言われてやった訳ではない。その部分に大きな違いがあるのかもしれない。ちなみに由は掃除も洗濯も工作も好きだが、料理だけは嫌いなのだ。

平日の多くは仕方なく台所に立って夕食を作ってくれる。別に下手な訳ではない。料理の本を手に、その通りに作るというのが由のスタイルで、私のようにあるものを適当に入れてするメニューは出てこない。私の場合はカレーに大根やカボチャが入っている事があるのだが、由のカレーにはそういうものは入っていない。

そのテレビ番組の女性タレントは、殆どがテレビの絵的に盛り上がる為か、一般的に料理をした事がないというのを連れてくる。ある意味可哀相なのだが、そんな中で料理上手という女性も当然居る。まさかこの人がと思っていたらとても気配りのある料理を作る事ができる人だったり、想像を絶する料理方法で作る人も居た。それはそれで面白おかしく観る事ができる。

ただ私はいつも思うのだが、とてもよい食材を使っているのに、とても勿体ない料理のしかたをされる事が多い事が残念だ。その価値だけでなく、生き物であったり、食べ物である価値のあるものを、あまりにも粗雑に扱う場面が許せないのだ。

心が狭いと言われるかもしれないが、やっぱり見ていて気持ちのよい番組がよい。一生懸命料理する姿はとてもよいのだが、甘えた料理の仕方をしている人をみると、少々腹が立つ。そしてそういう人が居た方がテレビとしても面白い訳で、それがまたわざとらしくて気に入らない。もっと素直に料理番組を作れないものなのだろか。

と愚痴のようなものになってしまったが、本題は別にある。その女性陣と対決するグループとして、あの石原プロのメンバーが出演した時だ。西部警察のシーンが流れ、私は懐かしく思った。私は結構好きで見ていたのだ。そしてその中にあの両方のバックミラーのない、明らかに違法の黒バイ、カタナ1100が出てきた。そのあと、石原プロの倉庫のシーンが出て、そこに実車があったのには驚いた。ちゃんととってあったのだ。

カタナといえば銀というイメージだったのだが、私にとってのカタナは黒。真似たといえばそれまでだが、シリンダーヘッドがガソリンタンクの幅を越えて張り出している当時の空冷エンジンは素晴らしく迫力があった。そしてあのデザイン。私の中の永遠の1台だ。

他にもスポンサーを受けていたスズキ車が何台が見えた。黒一色のGSX-R1100、GS650G、そして車は日産車ばかりなのだが、壮観だった。

石原プロのメンバーは、社長を含め料理の腕は本物だった。若いタレントは名前すら知らないだけでなく、やはり料理の腕はまったく望めず、逆に熟練の俳優達は殆どみな料理の腕は素晴らしかった。芸能人というのはこういう事を言うのではないかと思ったりもした。顔やスタイルがいいだけではだめなのだ。中身もある者がやはり本物なのではないだろうか。

写真は昔乗っていた750カタナを開陽台付近で撮影。前にも書いたが、エンジン以外は全て1100で、オールペンとレザー張り替えをして、元が2万のバイクが総額15万程でこのようになった。

20060420.jpg

2006年04月19日

ホームセンターへ

先日の日曜の話。

雨という予報だったのだが、くーのアジリティ機材を少しでも自作しようと由が色々計画をたてていた事もあり、ハンズに行くつもりだったのだが、結局中野の島忠ホームセンターに行く事にした。行くとなれば朝イチでと私のいつものパターンから、10時前に出発。出発すると同時に雨がバラバラと空から落ちてきた。

前日の土曜にワックスかけをしたのだが、フロントガラスのコーティングだけは切らしていて、帰り際に買ってきたものを、あわてて出発前に塗り込む。また右腕が痛い。

クレートも週末また使うので載せたままにしたのだが、由はくーをクレートに入れず膝上に載せた。慎重に運転するよう心がけるが、いざという時は危ないのだが…小雨の中、まだ道は空いていたのですぐに到着。3階の駐車場はまだ数台余裕があったので、雨に濡れないで入れた。

ただ1階にペット用のカートがあるようなので、抱いて1階へ。早速エレベーターに同乗した人に可愛がられる。犬嫌いな人、申し訳ない。ペット用カートとは名ばかりで、一番大きいカートにペットシーツを敷いただけのものを1台借りて、既に結構な人が訪れている店内をまわる。くーは前足をカートのへりにかけ、乗り出すようになるので、しばしば停めてお座りさせる必要があった。どうも人が多くて不安らしい。ただ通して1度もワンと吠える事はなかった。

割りピンや塩ビ管、パテや接着剤、ホースなどを買い込み、こんなもんかと帰ろうとした時、ずっと気になっていたが高いというので躊躇していたドギーマン製の安っぽいアジ機材のトンネルが目に入り、少し由は考えたが展示品という事もあり、4000円まで値切って購入を決定。自分で作ったらきっともっと金額がいくのではないかと思ったのだった。ただ短く超小型犬用といってもいいオモチャなので、屋内で使うものと割り切る必要がある。

これでスラローム10本(台座はペグ型)、低いハードル4本(台は別途購入予定)、トンネルなどが用意できるはずだ。今心配なのはやはりスラロームとハイウェイと言われる地上と平行に「く」の字に途中で曲がった平均台のような機材をこなせるかどうかなのだ。前者はこれまでもたまに練習をしてきたので、うまく通れる時は抜ける事ができる。当然、1本抜かしてしまったりする事もあるので、まだまだマスターしたとは言えない。後者はまだエクストリーム体験の時にちょっとやった位だ。途中で飛び下りてしまう可能性が高い。これを少しでも練習がしたいという事なのだ。

夏タイヤに換えて、0.2ほどちょっと高めに入れたタイヤに不安が残るが、交換もできればGW前にしたいと思っている。色々細かい準備を少しづつこなしていく週末だった。

写真は満面の笑みで、買って貰ったオモチャを楽しむくー。

20060419.jpg

2006年04月18日

トレーシーちゃんの旅立ち

くーを迎えて約1年近くたった頃、私たちは由の実家神戸にはじめてくーを連れて帰省した。

その前に車でキャンプに行ったりしてはいたのだが、公共の交通手段を使うのはその時が初めてだった。色々事前に準備をし、新幹線の座席は出入口の一番端にしたり、ラッシュを避けた時間帯の便を指定したり、事前に思い荷物を郵送して身軽にし、くーを守れるように色々と考えた上での旅だった。

品川駅は東京駅よりも乗り換えが楽だし、人の数も圧倒的に少ない事を調べていたので、山手線も先頭に乗り、品川駅での乗換口は一番北側の通路を使用した。そして余裕のありすぎる位の時間に新幹線の改札を抜けた。

ホームで乗車するひかりを待っていると、一人の女性が通りすぎたと思ったら、斜め後ろで立ち止まり、くーの入っているクレートを覗き込んでいた。ああ、この人は犬を飼っている人なんだろうなと思い、会釈しつつ色々なお話をした。旅慣れされているようで、その話題もポイントを突いている。ちょっと初めての新幹線で緊張していたのだが、ほっとした気分で電車を待つ事ができた。

そしてホームに乗車する新幹線が入ってきて、挨拶してお別れをすると、見たことのある社名が。そう、犬のポータルウェブサイトとしては有名な、Living-With-Dogsの主催者の方だったのだ。どうりで犬に対して相当経験が豊富な方な訳だと思った。

Living-With-Dogsには、私たちにとって犬と一緒に色々な事をする為のノウハウが詰まっていた。その中のひとつ、サイトに掲載されているレポートでは、清里は清泉寮裏ある川俣渓谷のトレッキングコースで、Living-With-Dogsの主催者の方と、愛犬トレーシーちゃんが楽しく歩いた時の話が掲載されていた。

そのトレーシーちゃんが長い間、闘病の日々だった事も聴いていた。そしてとうとう、2006年4月14日に虹の橋を渡っていってしまった。13歳という高齢で、病気との戦いも辛かった事だろう。そしてきっとパパさんもママさんも辛い日々だった事だろう。その話を今朝聴いて、職場のデスクで泣いてしまった。

犬と一緒の生活を送るという事は、いつかやってくるのが別れだ。それは言葉では分かっているつもりだが、想像ができる訳ではない。

トレーシーちゃん、きっと幸せな日々を送ってきたんだと思う。素晴らしい家族に囲まれ、色々な所に連れていってもらって、色々な遊びをさせてもらって。きっと残された家族は悲しさを通り越して、平常心でいられるような気持ちではないはずだ。私も気のきいた言葉が思い浮かばない。

足元に転がっているくーに、オマエは長生きしろよ、と声をかけてみる。本人は眠そうに私を見上げた。

トレーシーちゃん。一度も会えなかったけど、いつかパパさんママさんと一緒に会える日が来るから、それまでおりこうに待っていてね。きっと私も由もくーも、そこで一緒に遊べるだろうから。それまで待っていてね。

くーの胸を撫でながら、口に出して言ってみた。

写真はトレーシーちゃんの一家の日々が詰まっている、犬と人との時間を大切に思う人のポータルサイト、Living-With-Dogsのトップページ。これから犬を飼う人、今まさに飼っている人は、是非ためになる読み物も多いので、読んでほしい。そして、楽しく正しい犬との時間を楽しんで欲しい。

20060418.jpg

2006年04月17日

お粗末な輸送インフラ

金曜の会社帰り、ニュースを見た人ならわかる通り、ゆりかもめが金曜の夕方17時すぎ、タイヤがもげてそのまままる2日以上運休するという、まるで乗降客の事を無視した運行を行った。国土交通省でもこれは警告ものではないだろうか。土日まるごと、レジャー施設があるお台場地区は、半孤立状態となった訳だから。

遊びに行く人はどうでもいいとは言えない。ショップが多くあり、遊園地の設備もある事から、企業も大問題になるだろう。ただ人が来ても来なくても出社しなければならない人に大変な迷惑がかかったのは事実だ。おまけに振り替え輸送といっても、ルートが決められているので私が使う場合は結局行きたくもない駅をまわらないとならない。

これまでもJRや地下鉄でトラブルがあり、振替輸送をする時の駅の対応をみていると、とんでもなく効率が悪く、またお客様にどれだけ負担をかけなければ気が済むのかと思えるほど、ふざけた対応が多い。マヒする改札に行き、直接手渡しで振替輸送のチケットを貰うのは100歩譲って仕方がないにしても、くれと手を出す人誰でも渡しているのであれば、意味はないのではないか。

今回のゆりかもめにしても、定期や既に発券済のチケットを見せれば通過できるようにすべきではないだろうか。あとで振替チケットを集計するにしても、信憑性を欠く訳だから結局利用者に申し訳ないと思う気持ちはポーズなだけで、その立場にたってフォローしている訳ではまったくないのが伺い知れる。

私はさっさと自費で東京テレポートまで行き、そこから埼京線直通のりんかい線で帰った。SUICAで抜けたので、結構な無駄金をくれてやった事になる。ゆりかもめのトラブルに便乗して儲けを出した業者みたいなものだ。時間が勿体ないので、私のように自費で別ルートで帰った人も多数いるだろうに。

そして驚く事にその日にダイヤは復帰しなかったどころか、翌日ようやく車両を撤去し、翌々日まで全線停止していた事に呆れる。そんな公共事業である輸送インフラがあるかと、耳を疑った。即時復旧で原因は別のチームが追求すべきだろう。これまで何をやってきたのか。

日々、18時前になると、おそろいの青いゆりかもめのポロシャツを着たおじさん、おばさん、学生みたいなゆりかもめのスタッフが乗ってくる電車がある。各駅での仕事を終え、新橋に戻ってくる時にゆりかもめを利用するのだろうが、これが4~10人程最後尾の車両に固まって仕事とはまったく別の話をしまくり、非常に騒がしく邪魔だったりする。普通職員が自社の交通網を利用する時に、ユニフォーム姿でそんな行為をするなんてあり得ないと思うのだが、この会社はしてもマナー違反にすらならないようだ。

人の輸送という公的機関という自負が感じられない会社なのは、こういう部分からも普段から感じていたが、この復旧の進め方などをみていると、やはり事故は必然だったような気がする。

写真はゆりかもめの車窓から。窓の向こうには元青函連絡船、羊蹄丸が見える。丁度事故現場あたりだろう。

20060417.jpg

2006年04月16日

無線LANターミナル交換

しばらく使っていた無線LANターミナルがどうも調子が悪い。無通信になる回数が増えた事から、色々調べていくと、どうも無線LANターミナルに原因があると判断した。

1万を切る値段で、我が家で稼働しているCOREGAのターミナルは、私が今のノートPCをメインマシンに使うようになってからは必須のインフラだった。なので突然使えなくなると困るのだ。

我が家の電話機の中心になる場所には、ADSLルータや電話機、スイッチングハブ、無線LANターミナルが混在していて、ACアダプタで満杯なのだが、この機会にハブ機能がついた無線LANターミナルに交換する事で、ADアダプタを1つ減らす事ができると思い、IODATAのWN-WAG/Aという機種を購入した。

なんでも発売が遅れたようで、到着したのが土曜だったのだが、筐体もアルミだし、小型で値段も1万円強なので早速土曜の夕方に設定をした。ルータ配下のインターナルネットワーク上に搭載するターミナルなので、WEPとMacアドレスで私のPCしか繋げないような設定にしただけだが、家庭のセキュリティ対応なのでこんなもので充分だろう。何なく設定終了、利用を開始した。

しかししばらく使っていて日曜の夜、いきなり使えなくなった。ターミナルも見つからないという。pingも通らず、何度かリブートしてみても繋がらず。仕方なくリセットボタンを押して出荷状態へ戻し、再設定を行った。無駄な時間を3時間くらいかけてしまい、少々ご立腹。

そして今朝会社に出る前にアクセスしたら、またしばらく使えて突然無通信に。どうやらリブートしている感じだ。ちょっと用を済ませてからアクセスすると復活していた。新製品でまだ問題があるのだろうか。困ったものだ。IODATAのサポートフォームから現象を報告してみる。早速対応ファームが必要になるかもしれない。

これまで無線はあまり使っていなかったのだが、ノートPCを持ち歩くようになってから無線LANターミナルはとても重要になった。今ではいちいち有線で繋ぐのはたまらないので、なんとか安定して欲しい。

写真は現状の我が家のインフラ機器の中心に、以前の無線LANターミナルを置いて記念撮影したもの。もうちょっと目隠ししたい部分もあるが、放熱効率も考えなければ…

20060416.jpg

2006年04月15日

タイヤの不安材料

やっとタイヤを替えに埼玉のガレージへ行ってきた。朝6時に由とくーがまだ寝ている時間に出発。7時前に到着して、早速夏タイヤとアルミのセットを埃だらけになって奥から出してくる。

オイルジャッキで1輪ずつリフトして交換していくのだが、途中で寝ぼけていてラジアルなのに左右逆に装着してしまった。二度手間だ。タイヤの内側が結構な埃だったので、サイド部分だけアーマーオールでかるく磨く。来シーズンもう1度このスタッドレスが履けそうなので、少し大事に扱う。既に購入6~7年目なので、限界なのかもしれないが、今シーズン履いてみて問題なさそうな感じがあったからだ。タイヤ代もバカにならないので、何とかもう少し騙し騙し走れるかと思ったのだった。

夏タイヤは今シーズン、スタッドレスに替えた時に気づいた事で、サイド部分へのヒビが結構入っている事が気になっていた。交換するタイヤの銘柄は既に決めているので、とりあえずネットで事前に調べたショップに帰りに少し寄ってリサーチしていこうと思っていた。値段次第では今日交換してもいいかなとも思う。

少しホイールも拭いたりして交換終了。予想通りというか、先日痛めた腰に響いてしまった。

次に汚れに汚れている車体に水をかけ、洗車を始める。このロッキーは本当に洗車をしていなかった為、結構塗装が痛んでいる。細かい傷も11年目だし、震災の中走りまわってゴツゴツぶつけてきた事もあって、程度はよくない。だが、私としてはたまには綺麗にしてやりたいと思っているので、埼玉のガレージに来た時は、結構な頻度で洗車をしてやる。

都心より埼玉の方が水洗いだけ400円とかいう安い洗車代金の所もあるのだが、流れで始めた。そしてから拭きしてからワックスがけ。いつもはシェアラスターなのだが、今回はコンパウンドや傷隠しの成分が入ったワックスがあったのでそれを使う。

右肩が痛いのだが、ワックスをかける時はどうしても利き腕を使う。しっかりと擦り込むようにかけ、そして拭き取り。窓には撥水剤を擦り込もうと思ったのだが、蒸発したのか空になっていた。残念だがとりあえず水拭きだけ済ませる。助手席の窓の内側は、くーが汚した跡が残っていたので、それも簡単に拭いた。

気休めの除菌消臭スプレーを洗車の間かけ、ダッシュボードにアーマーオールを擦り込む。そしてほぼ全てが終わった頃にはガレージに到着してから3時間以上が経っていた。

まずは帰り際にタイヤ館へ。すぐに客引きが来たので、銘柄とサイズで幾らになるかを聴いた。すると交換及び古タイヤ廃棄料金を含めて、約15,500円。値切って15,000円/本。次にずっとしたかった事のひとつ、esso/Mobil系のセルフスタンドでガソリンを入れるついでに、SpeedPassへの入会と空気圧のチェック。ちょっと高めに入れる。そして帰り道にあるイエローハットでまたタイヤの値段チェック。タイヤ館より高い。そしてウィンドゥの撥水剤やら小物を買い込み、渋滞が始まっている道に復帰。あとは我慢の運転で自宅へ戻った。

到着時間はお昼をまわっていた。午前中でしたい事はできたが、もうヘトヘトだった。タイヤはネットで調べたショップがトータルで6,000円ほど安いのでそこで交換する事にしたのだが、来週はまたアジの練習会がある。ゴールデンウィーク前に交換できるといいのだが。すぐにバーストするとは思えないのだが、ちょっとだけ不安を感じている。

食事を食べたあと、あまりに眠いので昼寝をしてしまった。久しぶりにゆっくりの週末、明日は雨のようだし、ゆっくり風邪を治そうと思っている。

写真は交換した夏タイヤと冬タイヤ。夏タイヤにはアルミ、冬タイヤは純正の鉄カンだ。

20060415.jpg

2006年04月14日

無料で土地をくれる町

標津町で移住者へ無料で土地を提供するらしい。町外れでもなく、結構中心地だ。標津町といえば、私の結婚式をいきなりキャンプ場でやるといった時、前日に地元の知り合いに頼まれ正装してやってきてくださった牧師さんが住んでいる町でもある。結婚後、1度挨拶をしに訪れた位で、あとは通過するだけの町だ。

標津といえば標津羊羹、ではなく、別海と中標津に挟まれた町。中標津は商業都市として近年酪農の町というよりも大きな都市となっている。また近くには羅臼という漁業の町もあり、道東でも私が一番訪れる回数が多いエリアだ。

ただそうはいっても永住地として適しているかどうかというと難しい。この中では中標津か、もしくは友人が多く住むこれも風光明媚な観光地を抱える弟子屈町がどちらかというと私の理想に近い。どちらかを選べと言われると微妙なのだが、町として安心できる規模なのは中標津だ。そういう言い方をすれば、標津は昔ながらの町と言える。

標津はサーモンパークという唯一の観光施設がある事からもわかる通り、鮭で有名だ。標津のアキアジ祭りはキャンパーにとってやすくおいしいものを食べられる秋の大イベントであったし、またその前はシャケバイといわれる鮭の加工場でのアルバイトは稼ぎ時でもあった。標津も中標津も、そういう視点からすれば近い環境なのだろうが、行政の方向性が違うのか、それぞれの規模は明らかに違う。

道東で人口が増えているのは中標津と聞いた。釧路でさえ、何度か減少したほどだというのだから、過疎化はとまらない。若者はどんどん内地に出て行ってしまうのだろうか。北の国からが単なるドラマであり、絵空事でもないという事も現実に感じる事ができる。

今回の募集は10月から始まるそうだ。分譲区画の面積は1区画120坪から140坪となかなか魅力的だ。分譲の区画数は第1期58区画の内、平成18年度は28区画を分譲との事。条件としては、町内に土地や住む住宅を持っておらず、税金等の滞納がなく、入居時に標津町に住民登録・永住する事らしい。

他にも3年以内に住宅を建てなければならない事や、宅地は5年間他人への転売が禁止される事、保証金を払う事など色々条件はあるが、充分納得できるものだ。

ちょっと魅力があるが、できれば宅地として区画された場所ではなく、折角だから山や森が欲しいというのが私の夢だ。実現できるかどうかわからないが、私はこんな夢をもう20年以上胸に抱いている。

写真はその標津の町手前。羅臼から向かっている道の途中にて。左手にはオホーツク海が広がる。

20060414.jpg

2006年04月13日

年度始めはGWの計画

年度の始まりはGWから

毎年そうなのだが、来週20日でいわゆる新年度の年休が与えられる。それまでは前年度分の年休しか使えないのだが、繰り越した場合はその追い込みという感じで、年休を取る日が増えてしまう。別に年休調整をしている訳でもないのだが、この時期体調がよくない日が多いようだ。しばらく焦らずに回復するのを待とう。

何だか今年はこれまでない位、GWの予定を積極的に考えていない。まあ5/3(水)に埼玉でちょっとした用事があるだけで、あとは例年通り益子の春の陶器市に行こうかと思っている位。大会はNDAは御前崎で、JFAは茨城の美野里町であるのだが、どうしたものだろうか。どちらもエントリーはしていない。JFAは昨年末のエントリーキャンセル分の金券がまだあるので使いたい所なのだが、何にしても行こうという気になかなかなれない。

ただ突然思いついて当日エントリーで出る可能性もまったくないと言えないのだが、今の段階では混雑するシーズンに遠出をするのは控えたいというのが私の頭の中にはあるのだ。思い切って八重山あたりにでかけてしまえば、GWとはいえ快適な島の時間が待っているのだが、既に遅い上に、お金のかかり方が半端ではない。

多くの大会参加者は、G1ゲームの御前崎に向かうのではないだろうか。ジャパンカップ目前に5日間連続という凄い予定で組まれている為、ここでのポイントの影響は大きい。まるでクイズ番組で最後の1問が逆転優勝可能な点数を与えられているが如く、これまでのランキングがひっくり返る可能性があるのだから。ジャパンカップを目標に頑張ってきたチームは、踏ん張り所だ。

準備もしていない我が家は、さてどうしようか。アジのセミナーもこの期間はないので、どこかで機材が借りれるフィールドでトレーニングができるなら、それもいいだろう。

旅に出たい気持ちも萎えていない。ただ、混雑している場所を通過するのや、特別価格を払わされるのも嫌だ。くーがドッグスポーツを引退したら、この時期にゆっくりと島巡りにでも出たいと思っている。

写真はある年のGWの旅。日本最南端の島の西浜で、独り占めの時間。くーでもいれば、また違った時間の流れになるのだろうが、いつか一緒に行きたいと思う。

20060413.jpg

2006年04月12日

気管支炎が治まらず

今週はずっと天気が悪いらしい。4月。

年度はじめで町も混み気味なので、行きはよいよい帰りは渋滞、という感じだろうか。バス停付近では相変わらず路上喫煙禁止のマークが書かれていようが、バス停に付近での喫煙はご遠慮くださいと書いてあっても、柱に禁煙マークがあってもまったく感知せずのオヤジだらけの町、といった感じだ。こちらは最近呼吸器の調子が悪いだけに、死活問題なのだが、まったく人を苦しめていても悪いという気持ちすら沸いてこないような人間が毎日必ず5人以上みかけ、私を確実に苦しめる。

一人一人に注意していたらたまったものではない。それこそ逆ギレなんてしょっちゅうだ。禁煙の場所なのに、禁煙だと言わなければならない状況自体に理不尽だと思うのだが、きっと彼らはそんな事は見えないとか知らないと言い、他人のせいにするだけだろう。ただ確かな事が、毎日単に町を歩いて通勤しているだけで、苦しまなければならない人間がここに存在しているという事実なのだ。人ごとで済ませるならそれでよいだろう。確実に苦しんだり辛い思いをしている人が居るという事は現実であり、また誰もが自分の都合だけで加害者になっているという事だ。それ以外の何ものでもない。

木曜から一度咳が出だすと停まらない症状が続いているが、実は職場でも至る所で酷い咳が聞こえる。まさにこの職場が感染原因だろう。加湿器を入れるとか、何とかならないものか。

職場近くにも、いかにもという新入社員の姿をみかける。自分にそういう時代もあったかと懐かしむほど今が平和ではない訳だが、正直な所彼らがどの位、この会社に残り、何かを身につけていけるのだろうか。人の事を心配している余裕はないのだが…

まあ何でもいいから、この気管支の調子の悪さが落ち着いてほしい。体調がよくないとグチも出やすい訳で、こうしてブログを書いている間も咳が出始めるととまらない。苦しい時ほど色々やらなければならない事が溜まっていくようだ。

写真は私がダウンしている時に、掛け布団の上でのけぞりながら寝るくー。

20060412.jpg

2006年04月11日

初アジ練挑戦その2

最初にいきなり由とくー。低いハードルが3つあり、その先に曲がったトンネル。そしてまたハードルが3つという簡単なコース。くーは昨日の大会の疲れもなく、やる気マンマン。

何度か走らせてみる。由の制止も聞かずスタートする事も多々あり、ハードルをなぎ倒す回数も多かったが、みていると、由がマテをかけてスタートをかける直前の、ちょっとした由の息を飲む瞬間にスタートしているようだ。「ゴー」と声が出る直前といえばいいのだろうか。くーは先まわりして、言う瞬間が分かっているのだ。

ハードルをなぎ倒す理由は、途中でコーチが指摘してくれた点で、ハードルを超えた先にトンネルがある場合は、飛んでいる前からトンネルの入り口をみている為、足がひっかかったりするという事。ちゃんと着地するまで指示を出し、そしてトンネルに向かわせるように気をつけると、足をひっかける事が減った。

また由の指示が圧倒的に遅いという事。これは逆にくーのスピードが速過ぎるという事もある。指示によってはジャンプの指示が遅く足がひっかかったり、速過ぎたりしてバーに届かずぶつかってしまったりというのがあった。確かに色々走っている犬たちの中では、足の短さもあるのだろうか、圧倒的にくーのスピードがズバ抜けている。よく試合でみるようなボーダーコリーなどのスタートダッシュのようなダイナミックな走りなのだ。当然ながら、運動を苦手とする由はまったく追いつかない。確かにしつけ教室でのアジ練習の時も、指示が遅いと何度も先生に言われていた。しかし由は頑張っていた。

あとくーが自分の体の長さがよくわかっていない事と、バーを落としても気にならないという考えかもしれないという事。写真をみてわかったのだが、後ろ足がひっかかっている事が多かった。実は序盤で右足の甲から血が出ていて、水で流して落としたのだがその後も血が少し滲んでいた。バーで切ったのかもしれないが、くーはまったく気にしていない。毎回足をみながら走らせたが、とりあえず血もとまったので練習は続けられた。足の裏であれば、即刻練習中止だっただろう。

もうひとつ、くーは速度がある為、高く飛ばない。先へ、先へという気持ちがあるので、バーをギリギリ越えればよいという考えなのだろうか。このあたりは性格なのだろう。

途中コーチに何度か指導して頂いたり、由も転んだりしながらも頑張り、結構何度も何度もコースを走った。炎天下という事もあって、私もくーが落としたバーを走りまわって直したり、写真を撮っているだけで、目がまわった。何度かヤバイという気分になったのだが、午後少し薄曇りになってくれたおかげで、何とか持ってくれたという感じだ。

途中コースが複雑化してハードルが2つ増えたり、トンネルを往復するようなコースになったり、巨大なAフレームの台が入り込んだりと合計3種類のコースを走る。最後のコースはビギナーの競技コースを模しているようで、これがこなす事が最初の課題になる。ただ、くーはまだスタートの時にワンワンと興奮が高かったり、ハードルを落としやすいという課題は大きく残った。そう、興奮をうまく抑制する事は、パピーの頃からの課題だったのだ。という事は、実質3歳をすぎても大きく改善している訳ではない。

ただ改善という言葉にも疑問がある。改善する事なのか、それともこの状況でいいのだろうかという点だ。由はもっとしっかりと指示を出し、くーをコントロールしたいという気持ちが強い。まだまだ二人は課題だらけだと私は思うが、今日1日みてきた感じとしては、素晴らしかったのではないかと思う。親バカでも妻への感情とかではなく、正直凄いと思った。私は体力の問題でまずハンドラーは無理なので、由とくーには頑張ってほしいと思うのだ。

いっぱい水分を取り、由も気合を入れ直して、何度もコースをくーと一緒に走った。準備や片づけ、昼休みなどを除き、実質4時間ほど久しぶりに体力の限界に近い位、くーと走り回り、今日のセミナーは終了した。

最後にハンドラーを集めたミーティングが行われ、一人一人にコーチは声をかけてくれた。ありがたい事に、くーという犬にも評価をしてくれた。そしてこれを縁にこれからもやっていきましょうとも直接声をかけてくださった。先日の某しつけ教室の先生にも、訓練競技会への参加を積極的に勧めてもらったりと、くーの能力は、飼い主がいかに伸ばしてやれるかにかかっているという事を、しみじみ感じる事になった。

さ来週の日曜もセミナーに参加する。そしてGW期間にも、別な練習会に参加する予定だ。ダメもとでできれば予選会に出れば、と由を何度も押したのだが、由にはまだそんなレベルではないと言い切る。私にも少し焦りがある。くーは3歳と5カ月。今年中には4歳だ。競技ができるのはあと2年位だと思う。その間にくーの能力やくーの喜ぶ事をいかにさせてあげられるかというのが飼い主の責任でもあるだろう。

チームの一人として、由とくーがチャレンジをできる限りフォローしていきたい。私に熱があっても、体調がひどくてもだ。

由にとって長い1日が終わった。そしてそれはくーにとっても、由にとっても、そして私にとっても新しい世界への扉の入り口を開け、一歩踏み出した事になった。

写真はしっぽもダイナミックなくーのジャンプ。ロケットスタートで、バーぎりぎり。なので、よくなぎ倒す事も…。なおす為に飼い主はまた走り回る訳で…。

20060411.jpg

2006年04月10日

初アジ練挑戦その1

さて今日は月曜日。由も私も体はボロボロ状態といってもいい。日記が1日ズレているのだが、日曜の濃い内容を振り返ろうと思う。

大方の予想に反して、ちゃんと会社に出社。結構回復したのだが、まだ咳がひどい。風邪の気分もまだ残るが、年休の切り替わり時期に毎年、追い込みで結構年休を消化してしまうのが私のようだ。なので1日でも翌年度に繰り越したく、頑張って会社に出た。

日曜は私だけ5時に起床。昨日ほっぽっておいたビデオの充電器やカメラなどを簡単に片づけたり整備し、同時にポットに入れていく紅茶を入れ、寝癖で爆発した頭を落ち着かせたりしていた。気分は昨日よりマシだが、喉の状態た咳の出方などはあまり変わらない。由が起きる時間よりも1時間早く起きたのも、少し体調を整えたかったからだ。

朝食を普段の休日と同様、サニーレタスの生サラダと、ペンネのペペロンチーノ少量、プレーンオムレツ、ソーセージのボイルに、由がバイト先のイタリア料理屋から貰ってきたパン、濃いめのミルクティーというメニューを用意した所で、由とくーが降りてきた。くーもあまり疲れをみせず、これも用意をしておいたハイカロリーメニューで飼い主よりも早くに朝食。ガツガツと30秒ほどで完食。

飼い主はゆっくりと朝食を取り、あと6時半になった時点で私は着替えて車を取りにガレージへ。由は出かける用意。朝からこれから初めて体験するアジリティの練習会に緊張しているようだ。クーラーボックスに飲み物を入れて出発。日曜の朝7時はまだ渋滞もなく、明治通りから渋谷駅前でR246に入り、環8で少し北上し、東名にスムーズに乗る。

東名も順調で、早めに現地近くのインターに到着。全て順調に来られたので、途中コンビニで昼食を買ったのだが集合時間の1時間半前に会場に着いてしまった。会場は最初分かりにくかったが、何とか見つける事ができた。まだ時間があるので、手前にあった公園に一旦移動。朝の散歩をゆっくりとする。

この公園は公園の中に滝や川があり、また芝桜や桜が綺麗だった。小川には鴨が浮かび、犬連れや年寄りの方が散歩する姿が目についた。なかなかよい公園だ。時間をつぶして再度会場へ。

会場ではコーチらしき人が黒ラブ4頭にディスクを次々と投げていた。由がおそるおそる声をかけると、もう少し待つようにと言われ車で待機、私たちの横に居た車やあとから来た参加者と思われる人たちがいた。中に荷物を入れるように指示され入っていくと、やはり予想通りだがおなじみさん同士で活発にコミュニケーションが図られていた。

初参加の私たちは、挨拶をしてもそれだけで会話も続かず、何だか由は相当落ち込んでしまった。まあ最初なのだから仕方がないのかもしれないだろう。私たちは初心者という立場をしっかりと踏まえて、とにかくできるだけ迷惑をかけずに前向きに頑張っていこうと思った。

開始前にアジ機材を広げ、準備する作業があり、ミーティングが始まった。コーチから最初の方に初参加という事で自己紹介させて頂くと、他に2組の初参加チームが居た。その1チームは既に常連さんの知り合いだったのだが、完全に独自に参加してきた初参加は、私たちとジャックラッセルのお母さんだけだった。

ざっと並べられたアジ機材も、ちゃんと3グループに分けられていたようで、ビギナーコースで私たちは走る事になる。その為、広げた椅子とクーラーを他の方の邪魔にならないように端っこに移動。由はハンドラーとしてくーと一緒に走るので、これから約5時間、体力勝負になる。私は写真やビデオを撮るのと、フォローにまわるのだが、いかんせんヘロヘロな体調で、ご丁寧に今日は雲ひとつない快晴。目がまわる。

アジリティとは、いわゆる犬の障害物競争。ハードルやトンネル、スラローム、Aフレームと呼ばれる3mほどの「ヘ」の字の山、平均台といったような機材でコースを作り、ハンドラーと呼ばれる飼い主が犬にそれぞれ指示を出しながら走り回ってタイムを競う競技だ。途中ハードルを落としたり、機材をこなせなかったりすると失格や原点になったりする。

アジリティにもディスクと同様、JKCと呼ばれる日本最大の犬関連団体が主催するアジリティや、独自に開催している草アジ、そしてまたちょっと違うがエクストリームと呼ばれる。ショー的要素の大きい競技がある。ただ基本的には機材は似たようなものが多く、どれかひとつではなく、それぞれ参加している人も多いようだ。

くーはパピー教室からしつけ教室時代が1年ちょっとあったのだが、その中でアジの機材をつかった課題もあり、その頃からくーはスーパーぶりを発揮していた。なんせ初参加したパピー教室で用意された小さいハードルを、くーは鮮やかにジャンプしたのだ。まったく躊躇せず、ダイナミックにスピードもあげて。

先生もその頃からくーにはトンネルやスラローム、ロングジャンプ、ショートジャンプなどの機材を使ってくれた。ただとにかく興奮が高まりやすく、何をしていいのかわからなくなる事も多々ある。現実に今も、指示がわからなかったり、まだやりたかったのに途中で停められたりすると、ワンワンと文句を激しく文句を言うのだ。

そんな問題児?を抱えて、いよいよ、初めて屋外での本格的なアジ体験の始まりだ。

写真は必死で走る由と、余裕のくー。この日この日陰の殆どないフィールドで、どれだけ走らなければならなくなるか、この時点では想像する事はできなかっただろう。

20060410.jpg

2006年04月09日

千葉栄町大会その2

雨がやみ、少し西側から明るい空が見えてきたあたりで、競技再開。残念ながらプライマリー2Rと私たちが参加するドギーズの2Rが重なってしまった為、あまり写真もとれなかった。ドギーズ2Rも5番手の由は1R同様、スローが乱れた。自己採点で過去最低と言うほどの内容もうなずけるほど、ギロチンファールの連発。風もこの位ならたいした影響はなかったはずなのに、どうした事か。くーも最後はディスクを引っ張り、怒っていた。

私は1R目以上にスローは安定していた。くーも5投中3投キャッチ。最後はタイムアップギリギリだったのでまた力が入りすぎ、ファールだった。こいうシュチュエイションで落ち着ける自分が欲しい。MCさんが1Rのお団子が悔やまれる事を言ってくれていた。

その後2度ほど突風と小雨が降ったのだが、閉会式前には何とか天気は回復。16時前には競技も終了するというよいテンポな1日だった。

ダイゴ家もスローがどんどん上達してきていると同時に、ダイゴ君がとてもディスクを捕らえるのが上手くなっているのが目立った。でも家族で楽しんでいるのがひしひしと伝わってくるチームなので、とても見ていて楽しくなれる。これからも成績云々ではなく、怪我のないよう楽しく大会の1日を楽しんでほしい。今日は大会参加して初めてのローラーゲームでの3位入賞という輝かしい結果も残り、初のキラキラディスクを手に入れる事ができたのも、楽しんできたからこそ。

私や由がキラキラディスクを手にした時、一緒になって応援してくれ、喜んでくれた人たちのように、私たちも仲良しのチームだけでなく、大会を楽しんでいるチームには大きな声援を送りたい。まあ私などはしょっちゅう体調を崩すので、余裕がある時だけになってしまうのだが…。大会に参加し、成績の為に何かを犠牲にするようなチームは、見ればすぐに分かってしまう。そういう人たちにも犬のは声援は送るが、やっぱり何か違うものを感じてしまうだろう。

ジャパンカップを目標として頑張る事は決して悪くないし、実際に実力を身につけて参加権利を手にするチームはすごいと思う。犬と一緒に目標をもって目指す事は、スポーツという世界では素晴らしく美しい事だ。ただ自分たちがそこまでできるかというのは別問題で、飼い主がやはり目標を定めているからこそ、成績が気になる訳だ。犬が成績を気にする訳ではない。くーが成績を気にしていると思えないのだ。

また他のチームがどうだろうと、私は人は人、それぞれが楽しんでいればそれでいいと思う。きれいごとかもしれないが、犬はどんな飼い主でも飼い主は群れのリーダーだから信頼関係を失う事はない。そう、全て犬の成績にしても飼い主の人柄次第なのだから。犬にはまったく罪はないのだ。

できればこのディスク大会という世界で楽しんでいるチーム(家族)の人たちともっと話をしたい。自分がもっていない部分は吸収し、成績だけでなく犬と楽しむ時間を共有する人々と、成績抜きで楽しめればと思っている。

まあ自分のスローがいつまでたっても成長しないというのもあるので、大口なんかは叩けないのだが…まだ大会経験7カ月弱。くーにもっと楽しんで貰う為には、チームのスローワーとしてもっと努力しなければならないのはよく分かっている。自戒を込めて、自分だけでなく、参加している多くのチームの仲間たちと共に、喜び楽しめればと思うのだった。

帰りも行きと同じルートを通ったのだが、予想通りR6で大渋滞にひっかかった。しかし1月にこの近くで行われた茨城取手の大会の日も同じだったので、少し我慢してR16まで今回は出てみたのだが、やはり疲れた。柏ICからはほぼノンストップで自宅へ。と、夕食が面倒だったので近くの中華料理屋で簡単に済ませ、家に到着。もう正直な所ボロボロだった。

明日の日曜はまた朝からでかけなければならない。適当に片づけ、そして明日の用意をして風呂に入り、由はまだ余力があったので、あとは任せて9時台に就寝。何度も夜中に咳で目が覚め、寝返りを何度も打って苦しみながら寝た。

写真は今回1番の赤ディスクとキャッチの笑顔のくー。殆ど青ディスクで投げる我が家だが、今回は由の意向もあって赤ディスクを使ってみた。

20060409.jpg

2006年04月08日

千葉栄町大会その1

木曜に病院に行き、ひどい咳が出始めると止まらず、また喉の痛みはまったく引いていない状況で、気分もどんより。あまり回復の兆しもなく、だましだましといった体調だ。

久しぶりの大会。場所は千葉栄町という一見近そうだが実は行き辛いという千葉内陸エリアが会場だ。朝の通勤渋滞を避ける為に早めに出る。

4時起床、5時出発。場所的には東関東道の成田ICが至近なのだが、私は湾岸に出て東関東道に入る頃には6時を過ぎてしまい、ETCの割引時間を越えてしまう事が想定できるのと、まず渋滞はないだろうと思われる首都高S2中央環状経由、三郷から常磐道で柏ICまで上を走り、そこからR16とR6を経由して利根川沿いを会場まで走るというコースを考えた。

我が家のカーナビはどうも頭が悪く、なかなか通りたいルートの為に経由地を入れてもその通り案内してくれない。CD版ポータブルナビの限界か。レンタカーを借りるとそのリルート速度やルーティングのカスタマイズが楽なのに驚く。我が家のナビは、わざとルートを変えようと行き過ぎると、しばらくそのままルートの外を走り、忘れ物に気づいたように随分あとで「リルートします」と言う。地図が見られる私だから使えるのだが、由にはちょっと厳しいだろう。まあ素直にナビが表示したルートを走れば辿り付けるのだけど。

途中ナビの言う事を無視する事5ポイント。無事渋滞なしで栄町水と緑の運動公園に到着。手前のコンビニで朝昼の食事をゆっくりと仕入れても、6時半前には到着した。

既にAコートは張る場所がなく、Bコートへ向かって色々探していると、今回も地元の栄町がイベントをサポートしてくれるようで、模擬店が出る事やギャラリーがありそうだという事で、コートの半分以上はタープを張れないと言われ、どうしようかと悩んでいると、親戚犬のダイゴ君の飼い主さんが夜明け前に到着していて、Bコートのベストポジションにタープを張っていてくれた。今回は2家族の参加なので、私たちのタープは張らないで済まさせて頂き、お邪魔させて頂く。

よくよく見ると今回はBコートが異様に狭く感じた。どうやら2コートはギリギリどころか無理があったらしく、ミドルエリアの幅はあれど、横幅は少し狭かったらしい。錯覚ではなかったのだ。

朝はまだ風もなく、穏やかな天気。気温もグングン上昇し、大会日和だ。しかし予報では昼頃気圧の谷が通過する為、雷雨場合によっては雹も降るという予報なので、注意は必要だった。確かに天気図を見ると、ヤバそうな気圧の谷が近づいている。

少しだけ練習。2月最終週の小金井公園大会から右肩の痛みが引かない為まったく投げていない私は、少しづつ肩を暖めるつもりで投げる。今日は乱れは少ないが、相変わらず距離が伸びない。ギリギリ35m手前という感じ。しばらく暖めていたが、40mを越えるスローは数本だった。

あまり食欲がないので、サンドイッチ1つだけ食べてコーヒーを飲む。何だか妙に朝ゆっくりしている。こんなに競技開始までゆっくりした事はなかったのではないかと思えるほど。この位余裕が欲しいものだ。

開会式が始まり、またしばらく私たちの出番はないので休憩。投げ練も殆どしないでゆっくりとお話。Bコートはこんなに静かなんだなぁと改めて感じた。丁度体調もよくないのでこの進行には感謝した。

さて先にダイゴ家のプライマリークラス1R。1番パパさんのなんちゃんさんと最終スローワーのママさんいのいのさん。ちょっと風が強くなってきているので、苦労したようだ。でもダイゴ君はどんどんパワフルになってきて、キャッチ率やあとちょっとでというキャッチが多くなった。くーもそうだったように、段々と状況を経験してこうしたら取れる、というような事に本能が働いているのだろう。

ここ最近のプライマリークラスは結構ハイレベルだ。初心者向けというが、実際結構な人数で経験者が初心者ならぬ初心犬で出場という人が多いように思える。なのでスローは素晴らしい人ばかりなので、なかなかダイゴ家も上位に入れない。私たちがプライマリーに出場していた時期と違うのだろうか。私たちが優勝や入賞してきたのはその時のエントリーメンバーに恵まれたという事だと思われる。

そして私たちの出番。事前エントリーが3組あり、25組近いエントリーとなった今回。やはりジャパンカップが近いからだろうか。強豪、ベテラン揃いだ。エントリー順では2番手が由。なので実際は5番目だ。しかしなぜか由のスローが乱れに乱れる。いつもショートからミドルなのだが、今日は真っ直ぐ素直な軌跡が伸びない。斜めに吹く追い風のせいかもしれないが、今回は本人も反省する内容だった。

そして私もなんとお団子。距離は30-40mのミドルが殆どで、2本ほど高めにあげてしまったが、くーには採れると思っていた。しかし全てキャッチできず。何かが変だと思いつつ、他の参加者の内容をみてみると、結構な確率で同じようにあれは採れるだろうというスローを落としまくっていた。投げ側から見えないほど、追い風でのディスクの動きが難しかったとしか思えない。また人に見えない犬同士の電波で、何か今日は狂っていたのかもしれない。

最近お団子が続いている。スローも以前よりは練習していなかったわりには距離こそ伸び悩んでいるが安定してきている。反省材料が多かった。

戻ってくるとローラーゲームが始まっていた。当日エントリーしたダイゴ君いのいのさんの順番が来ていて、慌ててカメラを持ち出して撮影。今日は体調がよくないので、写真は控えようと思っていたので全体的に少なめ。しかしローラーは少だけ撮影。

お昼を間にはさむ頃、フレッシュマンズの2Rが始まったあたりで、予報通り真っ黒の雷雲がやってきた。遠雷が聞こえたと思ったら予想通り、突風と土砂降り。よく見ると芝の上を雹が踊っていた。競技は中断。しばらくタープの中でお昼タイム。芝にペグが刺さりにくかったが、なんとかもってくれた。

写真は由とくーのプレー。先日作って頂いたくーのイラストつきTシャツで頑張った。

20060408.jpg

2006年04月07日

明日は大会

なんでも予報では雨だったのだが、雨マークが消えた。しかし風がとんでもない数字を指している。昼頃には突風と土砂降りが通過するという予報だ。この時期、雹が降る事もある。私のタープでその突風をやりすごせるか、少々不安なのだ。

おまけに体調もイマイチ悪いので、あまり無理をしたくない。投げ練もしていないので、明日はとても消極的なスタンスでの参加になりそうだ。由が頑張ってくれればいいのだが、何より我々はまだ風に対してとても弱い。スローもベースとなるタープも心配材料が盛りだくさんの大会になりそうだ。

朝4時すぎに起きてまた暗いなかで出発する予定だ。早く寝て、少しでも体調を整えたい。しばらく咳が続くと診断されてしまったので、とにかく熱が出たり風邪の気分が出てこなければいいのだがと、心配になる。

さて、明日の用意をもう少しして寝よう。写真のようなギロチンを明日はしないようにしないと。くーに怒られる…

20060407.jpg

2006年04月06日

喉が痛い年度末

また風邪をひいたのだろうか。喉の奥がとても痛い。病院にいくと、喉が真っ赤になっているという。気管支の弱い私にはてきめん、喘息の発作にひょんな事で繋がってしまう。我が家の近くにある内科では、呼吸器系が詳しい先生がいるこの病院に来るようになって、喘息を持っている私にとっては色々助かる。

今流行っている風邪らしく、やはり同じように苦しんでいる人も少なくないようだ。しかし私は週末色々用事を控えているので、なんとか治したい。それもあって、年度末だが会社を休んでしまった。

年休の調整は私にとって重要だ。喉が痛い位では休まない方がいいのだが、土日も大事なのだ。葛藤の中、朝休む事を会社に伝えた。21日には次年度分の年休が来るのだが、大事に使わないと。

年休を使わず毎年切り捨てられているのも依然多いようだが、何でそんなに会社を休まないのだろうと逆に不思議だ。そんなに会社が好きなのだろうか。プライベートを大事にしすぎるという人が最近増えているようだが、そんなのは当然じゃないだろうか。私には会社に何で義理だてしなければいけないのかわからない。当然、契約している以上しなければならない仕事はすべきだと思うが、自分の体や自分の生活を犠牲にしてまで、してもしなくても変わらないような事をしなければならないなんて思えない。

ただ正直最近私は給料分の仕事をしていない日も多いような気がする。逆に必要以上の仕事をしている日もある訳で、それは仕方がないのではないかと勝手に思っている。そんなに人間、100%以上の力を出し続ける事なんかできないだろう。

今年度の終わりまであと2週間ちょっと。昨年度よりも少し繰り越しを多くできればそれでいいとしよう。

写真はまったく関係ないが、やっぱり風邪っぴきで咳しながらキャンプにでかけた日の写真。本当に私はよく風邪をひく。自分でも嫌になる位。

20060406.jpg

2006年04月05日

子供には旅をさせたい

友人の愛娘が小学校4年になるのだが、昨年に続いて一人で栃木の祖父母の所まで旅をさせた。

ここ最近は物騒な事件が多く、なかなか安心して娘を旅に出せないご時世になってしまったのだが、根っからの旅人の友人は娘に旅というとても自立が必要な方法によって、多くのことを学ばせようとしている。

始めてのお使い、なんていう題目で、テレビの番組の材料も少なくないイベントなのだが、今、こうして娘を旅に出すという事ができる、勇気を持った親はどの位いるのだろうか。私は子供がいない立場なのだが、自分の娘同然の犬でさえ、ずっと目の届く所にしかおけない。ちょっと意味が違うかもしれないが、子供というのはそういう存在なのだろうと思う。

最近は自分の子供の面倒を見る事がおっくうになり、虐待したり駐車場に放置したりする親のニュースがテレビを賑わせているのだが、そうそう多いものではないと信じたい。しかし、ざっと見回しても、自分の子供の行為に対して責任を取れない親の姿ばかり目立ってしまうのも悲しい現実だ。

友人は私とおない年だか、私よりもこと家庭という視点からでは、私よりも多くの事を経験している。私がわからない世界も知っている訳で、こうして私がブログに取り上げるようなテーマではないのかもしれない。だが、その子は私にとっても特殊な立場であり、他の子供よりも気にかかる存在でもあるのだ。

ただ純粋に、危険な誘いが溢れる今、我が娘を旅に出す勇気は、私でも素晴らしい事だと思う。日本はどんな海外よりも治安はよいはずなのだが、それでも危険は少なくはないし、色々な出来事の中で、臨機黄変に判断し、考え、行動しなければならないという一人旅で得られるものの大きさを知っている親ならではだろう。

旅先の出会いにしても、昔も今も知らない人についていってはいけない、とずっと教えられてきている子にとっては、どういう判断で出会った人と接する事ができるのかという部分が心配でたまらないだろう。そこを乗り越えて人を見る目やその判断レベルを少しづつ広げられれば、理想的なのだが…

くーも相手が浮浪者だろうがヤクザものだろうが、直感でこの人は私を可愛がってくれる、と判断した途端、すっとんで尻尾を振ってまっしぐらだ。先日人気番組の「トリビアの泉」で雑種は泥棒がやってきた時に番犬の役割を果たすだろうかという企画をやっていた。大方のコーギー飼いの方は、あれを見て苦笑した事だろう。殆どのコーギーは人好きであり、また肉なぞを出された時には、戦闘意欲なぞ沸いてくる訳もないという事を知っているからだ。

親は子を育てる事というのは、大変な事だと思う。子供がいつ、どういう風にその親や社会と接する事を理解していくのか、個体差はあれど一人前になるまでは何かと心配の種はつきない。犬の場合は短いが一生、その世話をしなければならない。そんな中で、いかに安全に家族で笑って暮らしていくかという目標は、永遠の親そして飼い主が目指す課題なのだろうと思う。

写真はその子がオンネトーのほとりで遊んでいる姿。春に北海道に行ったときのもの。この親子とは春の石垣島、春・夏・冬の北海道などに一緒に旅をした仲だ。

20060405.jpg

2006年04月04日

企業トップの平和ボケ

先月いっぱいでニフティのTTYサービスが終了した。20年近く前に今の会社に入ってから、業務の連絡用として支給されたアドレスがあり、同時に個人的にも入会したのが始まりだ。

学生時代はパソコンなんかまともに触った事も無かった。農学部という特殊な専攻だった私は、農芸化学や栄養などの学科であればまだしも、私の研究室には生徒が使えるパソコンはなかった。1台が相当な値段だった時代、またOSもCUIでコマンドを打つしかないようなものだった。

会社に入って学んだのはメインフレームOS。カラーディスプレイなんかは不要の文字だけの世界だった。そしてビジネス文書を作る為のワープロや、表計算ソフト位がパーソナルなポジションにあった時代。会社にあった通信機能があるワープロで、モジュラージャックを引き込んで接続したのが始まりだった。

比較的そういう製品が出回った時代から私は通信の世界に入ったので、それ以前のマニアックな人々しか参加できない世界よりも不純というか、単に利用するだけのユーザーだった。今でこそ通信があって当然の世界になっているが、ひとつひとつ環境を揃えて、商用コミュニティに参加するという意味では、垣根は高かった。

メールもフォーラムもコマンドのECHOも、ゆっくり読みながら画面のスクロールを追えるというような通信速度の時代、今はパソコンも回線もスピードアップ、処理速度向上が永遠のテーマのように、突き進んでいる。

ただ今でも変わっていない事がある。入会当時のIDが、私の今のメインIDでもある。結局今もニフティと付き合っている訳で、そういうユーザーをニフティ側はどう思っているのだろうか。

どうも社風なのか、親会社もこの会社も大切なユーザーや末端で働いている社員に対して、敬いの気持ちを感じられない驚くべき発言を、平気でトップが公に発するのだ。このような愚かな企業は他のどこにもない。まったく信じられない脳味噌だ。そんな問題発言をしても、誰も責任すら取れないという事実。社内や契約ユーザーをばかにしているだけでなく、社会的に見てもあまりに幼稚な対応が目白押しなのだ。言ってはならない事を平気で吐くトップ。まったく信じられない。

最近ではココログというサービスの性能が出ないだけでなく、システム的な問題が何度も繰り返し発生しているにもかかわらず、謝罪の言葉が流行りで作ったのか社長のブログにあったかと思えば、不具合はまったく改善されず暫く版数をあげた言い訳ブログが更新されていった。なんと今日の時点でも同じ言い訳をしている。それだけでなく、TTYサービス終了パーティの席で、ニフティの社長は、トラックバックを見ていると殺伐とした空気があり、パソコン通信時代の心の温かさがインターネット時代になって失われつつあるのではないかと少し心配だというような事ぬかしたようだ。あきらかパソコン通信を使った経験がない人間だという事を証明している。

フォーラムでは荒れる事は少なくなかった。問題児もどこのフォーラムにも存在した事を知らないという事は、彼はきっと企業内という守られた環境で、荒れるという事が事実上ない掲示板や、TTYでもメールしかつかった事がないのだろう。不特定多数の人とコミュニケーションを取る事、役職や立場、職業や年齢を越えたネットワークの世界を彼は知らない。そんなのがTTYサービスの終焉を迎えた時に、社長として存在している事は、非常に残念だ。

文字だけの世界は沢山の大事な事を教えてくれ、また経験させてくれた。言い回しの難しさ、相手がどういう気持ちでこういう文章を書いているかという事を考えて解釈しないと、すぐに荒れる原因になる。文章力がないという理由だけで片づけるにはあまりにも短絡的な発想と思えたのは、色々なフォーラムがあり、色々なテーマがある話題で、見えない相手と会話する事は、実際に顔をあわせて話す以上に難しく、それを経験できたからだ。パソコン上でのコミュニケーションだからといって、相手は人なのだ。マナーや思いやりは不可欠だという事。とても簡単な事なのだが、それが匿名性が高いインターネットでは、荒れる場も必ずあるだろう。

友人の多くが現時点でニフティの存在価値をゼロと評価し、契約ISPを乗り換えている事実は、私の廻りだけではなく多くのユーザーが感じている事だろう。P2Pソフトの帯域についても、方式やどうやって制限をかけるかなどの話は契約ユーザにすら公表せず、ウェブサイトのサービス紹介の中で「使い放題」と言っている事からしても詐欺まがいの事を平気でできる会社だ。我々ユーザが対価を払って受けているサービスとは思えない。

情けない、というか、とても日本を代表する企業のトップと思えない人間が、しばらくすると大金の退職金や年金をゴッソリさらって自慢げに若い頃はと語る胡散臭いオヤジの姿が目に浮かぶ。団塊世代が優遇されまくっている時代は、これからもまだ当分続き、しわ寄せは残された世代が背負う事になるだろう。

写真はそのパソコン通信フォーラム、FKENの永源寺オフでの1枚。この帰り道、恵那山トンネル先で始めてGPz900Rで速度超過でお縄となってしまった。

20060404.jpg

2006年04月03日

Only Wan

ディスク競技に参加するようになって、色々な人と知り合った。

そんな中でも参加者でもあり、時には運営スタッフでもあり、イラストレーターでもある女性と知り合った。大会の会場で気さくに駆け寄ってくーを可愛がってくださり、たくさん褒めてくれた謎の美人スタッフ、といった印象だった。そして少しして、NDAのリザルトの愛嬌あるイラストを書いている人という事を知った。

その方が、メルセデスのワゴンでさっそうとボーダーコリーのジャスティ君と会場に現れるというのを知ったのも、もうちょっと後だ。そしてちびコーギーのアルタイル君で、ローラーゲームやプライマリークラスに出る時には、私も応援隊として沢山写真を撮ったりしていた。

私は親しみを込めて、じゃすままさんと呼ばせて頂いた。じゃすままさんのウェブサイト、Justy-Houseはメインとなるイラストの仕事場だ。愛犬を忠実に、かつ飼い主の視点で暖かさを感じる犬たちの姿を、紙上で再現
するテクニックを惜しまずに披露してくれている。サイトを見れば、ただ写真を模写しているだけではないのがよくわかるはずだ。バンコクなどにも写真を持っていくと同じような絵を書いてくれるサービスがあるようだが、こういうのは職人のテクニックが必要とされるだけでなく、書き手の心が伝わってくるものだ。

そのサイトで最近、イラストを書いて貰い、それをTシャツにするサービスが始まった。もうすぐに私は由に頼もうと提案し、どんな風に書いて貰うかを話し合った。

写真は色々なアングルで、ディスクをキャッチしていたり、ニコニコと持ってくる姿を沢山送りつけた。それをみて、飼い主がどういう感じで書いてほしいかというおおまかなイメージを聞き、イラストを書き上げてくれる。どんな仕上がりになるのかは、その時点ではさっぱりわからない。

くーと実際何度も会って、撫でてくれたじゃすままさんは、くーが参加している競技でMCもされていた。それだけで、くーの表情を全て見てくれている数少ない人なのだ。普段の作品からも親しみあふれるものを感じられるので、安心してサンプルの写真とイメージとして一番くーが幸せな時間、「ディスクをキャッチして飼い主のもとにニコニコ顔で持って帰ってくる姿」をオーダーした。

そして、自らの大会参加やスタッフ参加などで多忙な中、くーのイラストイメージが出来上がってきた。私がそれを受け取ったのは、確か先週の喘息の検査の朝だったと思う。私は出かける用意をしている間に作品を見て、これはとまだ寝ている由をたたき起こし、ノートパソコンの画面に表示させたイラストを見せた。由の目が一気に醒める素晴らしいでき具合だった。飼い主が大喜びする横の掛け布団の上で、くーはこちらを上目遣いで見つめていた。

すぐにOKを出して、Tシャツにして貰い、1週間後の昨日に届いたという訳だ。二人で何枚も写真を撮り、着るのが勿体ないと感じながら喜んだのだった。そのTシャツに同封されていたカードには、Justy-Houseのトレードマークと、こう書かれていた。

"Only Wan"

写真というのは、ある程度機械を使いこなして、あとはタイミングやフレーミング、露出などの調整を経験で決めて撮るものなのだが、絵は才能というのが写真よりも大きく左右する。カメラはフレーミングに専念できるように、どんどん自動化されているのだが、絵はそうはいかない。

飼い主の気持ちをよく分かってくれるじゃすままさんに感謝し、大事に着ようと思った。

写真は夜中まで遊んでいて眠いのにと不満顔のくーと、その素晴らしいTシャツ。写真を撮りながら、飼い主だけが盛り上がっていた。

20060403.jpg

2006年04月02日

長い春の1日(その2)

昼食を食べてからしつけ教室へ。今日からアドバンスドクラスと指示され、どんな人たちと一緒になるのか緊張の中、由と教室に入る。すると、大勢の人が、それもカメラを構えた人など、取材があったような騒ぎだった。といっても、その人たちは全員いなくなってしまい、どうやら私たちだけしか今日はいないようだった。

途中、突然院長先生が参加したのだが、すぐに呼ばれていなくなってしまった。くーは色々な課題を出してもらい、こなしていった。

先生は私も含めて忘れてしまっていた事を改めて指摘してくれて、勉強になる。さすがといった所だ。くーはちょっと先生と由と私が話しをし始めると、ワンワンと私をかまえという理由で吠える。自分が無視されていると気に入らないのだ。先生も慣れたもので、声を大きくしながら、要求吠えに応えないようにうまく進めていく。飼い主はこの要求吠えやかまえ攻撃を何とか抑制したいというのも、改めてしつけ教室に通っている理由のひとつだ。

待っている事が苦手なくーは、課題を行うと喜んでこなしていく。それを見て先生も驚いてくれた。こんなにおとなしいコーギーは初めてみたと何度も仰るのだが、私たちからすればまったくそんな事はない。逆だ。コマンドもしっかり理解するし、逆に飼い主が忘れていた事を教えてくれる。くーより飼い主の方がボケているという証拠だ。

先生はくーの能力を生かしてやるべきだと、CD1(家庭犬訓練試験)などの課題を受ける事を積極的に進めてくださった。我が家としては食事よりも好きなディスクをしてはいるが、エクストリームへの参加も夢だ。アジリティ機材を使うものでも、本格的なアジだとコースが難しい。指示はそれこそくーが行動する先に、的確に俊敏に出さなければならない。その為、コースが「の」の字であるエクに興味がある訳だ。

色々くーとやっていく課題が増えていく事はよいのだが、飼い主がまわっていかないというのが問題になる。体力もそうだが、くーは今年の年末で4歳。もうあっという間にピークを過ぎた年齢なのだ。犬の一生は短い。そしてくーが幸せな表情でいられる時間を増やす為にも、頑張らなければならないのだが、なかなか私たちの体がついていかない。

あっという間に教室は終了。そして今度は大田区へ向かう。

大田区の某公園で親戚犬のみなさんと待ち合わせ。以前もきたことがある公園なので迷う事はないが、今日はこれ以上にない花見日和。さぞ大量の人が集まって宴会を繰り広げているのだろうと不安な気持ちで向かったが、とても快適なスペースが確保されていた。隣接したグループはなし。

花見なんて久しぶりだ。以前は河原や公園でキャンパー仲間と毎年定例デイキャンプをしていたが、桜の季節ではなく、もうちょっと先だった。花見の時期に集まるのは相当に久しぶりという感じがする。それも私が人混みが嫌いだからというのもある。近所の公園ですら、その人の多さで通過するだけにしてしまうのだ。由は逆にそういう状況であってもマイペース。私はくーが怪我や変なものを拾わないかが心配で仕方がない。

そんな心配もない快適な場所で、結局17時前から夜中の1時前まで、ずっと料理したり食べたり飲んだりしながら、喋って過ごした。たまに犬たちを遊ばせてやったりしていたが、最後には皆眠そうに。

帰りは奮発して首都高で帰宅。公園から25分で自宅に到着。風呂に入って3時半に就寝。長い1日だった。

写真は桜とくー。桜の時期になると、由に担がれて桜の花の横に押し上げられる。もう毎年の事だ。

20060402.jpg

2006年04月01日

長い春の1日(その1)

知人が今日、東京ビックサイトで行われるアジアインターナショナルドッグショーに出るという事を朝のテレビで知り、どんなに調整しても応援に行く事ができない事を知り、とりあえずメールで応援メッセージ。

私はもう30年以上通っている病院へ行き、簡単な診察と今月分の薬を受け取り、午後からの用事もあるのですぐにトンボ帰り、といいたい所だが、これまた知人情報でビックカメラで昨晩、任天堂DSLiteを手に入れたというのでまずは一番使っているヨドバシカメラへ。もう入口に欠品中と大きく書かれていた。仕方なくはなまるうどんで簡単に朝飯をとり、ビックカメラへ。開店5分前で20人位並んでいたのだが、既にもうないという話。きっと並んでいた人には整理券を配り、あとから来る人には欠品と言っているのだろう。並んでいた人々はゲーム売り場のレジに直行していた。

任天堂は何だかこういう売り方が気に入らない。潤沢にハードを用意するのはいたずらに価格をつり上げたり、トラブルが起こるという事が分かっているのに、価値を高める為なのか、新製品が出るたびに同じような事をする。今回由がDSをやってみたいというので買おうと思っているのだが、あまりこういう状況が続くのでは、あきらめて貰うしかない。

すぐにあきらめ、地下へ。由の昼食用に鮨を買って、私は蛸めしを買う。他にもちょっと食材をチェックし、牛肉のブロックとチョリソを買う。ふと横を見ると、いかなごのくぎ煮が小さいパックなのに500円で売られていた。由と生活するようになってから、毎年春には由の実家からお母さんの手作りのくぎ煮が送られてくるので、あえて買う必要はないのだが、結構な高級品という感じだった。毎年漁獲量が減っているという理由もあるのだろう。

バスで一旦帰り、そして料理の下ごしらえをしたり、クーラーボックスに必要なものを詰めていく。装備を厳選してできるだけ小さくまとめようと努力する。現地ではディスク競技装備が既に車に載っているので、キャリーとテーブルと椅子だけを出し、それにクーラーと今回用にまとめたリュックをひとつ、持っていけばよいというイメージを頭に浮かべながら、慌ただしく用意をした。

写真は某デパートの地下でみつけたいかなごのくぎ煮。実際にそう感じるのだが、由のお母さんが作ってくれたくぎ煮の味以外は、おいしいと感じない。まずくはないのだが、ショウガの効いたくぎ煮の味は、私の中でのスタンダードなのだ。

20060401.jpg