子供には旅をさせたい

友人の愛娘が小学校4年になるのだが、昨年に続いて一人で栃木の祖父母の所まで旅をさせた。

ここ最近は物騒な事件が多く、なかなか安心して娘を旅に出せないご時世になってしまったのだが、根っからの旅人の友人は娘に旅というとても自立が必要な方法によって、多くのことを学ばせようとしている。

始めてのお使い、なんていう題目で、テレビの番組の材料も少なくないイベントなのだが、今、こうして娘を旅に出すという事ができる、勇気を持った親はどの位いるのだろうか。私は子供がいない立場なのだが、自分の娘同然の犬でさえ、ずっと目の届く所にしかおけない。ちょっと意味が違うかもしれないが、子供というのはそういう存在なのだろうと思う。

最近は自分の子供の面倒を見る事がおっくうになり、虐待したり駐車場に放置したりする親のニュースがテレビを賑わせているのだが、そうそう多いものではないと信じたい。しかし、ざっと見回しても、自分の子供の行為に対して責任を取れない親の姿ばかり目立ってしまうのも悲しい現実だ。

友人は私とおない年だか、私よりもこと家庭という視点からでは、私よりも多くの事を経験している。私がわからない世界も知っている訳で、こうして私がブログに取り上げるようなテーマではないのかもしれない。だが、その子は私にとっても特殊な立場であり、他の子供よりも気にかかる存在でもあるのだ。

ただ純粋に、危険な誘いが溢れる今、我が娘を旅に出す勇気は、私でも素晴らしい事だと思う。日本はどんな海外よりも治安はよいはずなのだが、それでも危険は少なくはないし、色々な出来事の中で、臨機黄変に判断し、考え、行動しなければならないという一人旅で得られるものの大きさを知っている親ならではだろう。

旅先の出会いにしても、昔も今も知らない人についていってはいけない、とずっと教えられてきている子にとっては、どういう判断で出会った人と接する事ができるのかという部分が心配でたまらないだろう。そこを乗り越えて人を見る目やその判断レベルを少しづつ広げられれば、理想的なのだが…

くーも相手が浮浪者だろうがヤクザものだろうが、直感でこの人は私を可愛がってくれる、と判断した途端、すっとんで尻尾を振ってまっしぐらだ。先日人気番組の「トリビアの泉」で雑種は泥棒がやってきた時に番犬の役割を果たすだろうかという企画をやっていた。大方のコーギー飼いの方は、あれを見て苦笑した事だろう。殆どのコーギーは人好きであり、また肉なぞを出された時には、戦闘意欲なぞ沸いてくる訳もないという事を知っているからだ。

親は子を育てる事というのは、大変な事だと思う。子供がいつ、どういう風にその親や社会と接する事を理解していくのか、個体差はあれど一人前になるまでは何かと心配の種はつきない。犬の場合は短いが一生、その世話をしなければならない。そんな中で、いかに安全に家族で笑って暮らしていくかという目標は、永遠の親そして飼い主が目指す課題なのだろうと思う。

写真はその子がオンネトーのほとりで遊んでいる姿。春に北海道に行ったときのもの。この親子とは春の石垣島、春・夏・冬の北海道などに一緒に旅をした仲だ。

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