2006年05月31日

カメラバック考察3

カメラ専用バッグというのがある。やはりカメラを運搬する為に色々なノウハウが取り込まれている。色々なメーカーがあって、その中でも気になるメーカーは数カ所ある。

テンバタムラックはプロがよく使っているブランドだろうか。ドンケもファッション面からみても悪くないのだが、現実的には生地の重さや汚れへの対応が気になる。実際にカメラマンはどんなのを使っているのかというと、知り合いのカメラマンのバッグが何だったか、余り記憶がないのだ。

バッグメーカーではないが、私の好きなアウトドアウェアメーカーに、FoxFireというのがあり、ここが丁度よいサイズのカメラウェストバッグを出している。ちょっと前に見つけていれば、買ったかもしれないが、デジタル一眼にレンズ2本を持つ私としては、キャパ不足になってしまった。

ただ、私が好んでいるLoweは、そのカメラマン氏はあまり好きではないようだった。私は山ヤではないがザックなどをしっかり作っているメーカーは好きだ。それだけ人が背負う事、運ぶ事を知っているから。そして色々なシュチュエイションを考えているはずであり、それがザックメーカーとしての信頼ではないかと思うからだ。

Lowe Alpineのカメラバッグはモデルの種類が非常に多岐に渡っている。私が好むのはウェストバッグ型であり、ザック型ではない。その要望も満たしてくれそうなモデルも色々出ている。

その中で目をつけたのはオフロードというモデル。これだと思って買ったのだが、なんと望遠ズームを買い換えたら入らなくなってしまった。またサイズも少し大きめなので、車に載せる時にいつも置いていた置き場所には微妙にきつい。なので結局またモンベルのランバーパックに戻ってしまったのだが、何とかしてこのバックを使えるようならないかとあらためて考えてみた。

するとオプションでサイドにつけられるレンズケースを他のサイズの別売りのものに交換できる事がわかった。早速それを知ったら現物をみたいと思い、ヨドバシカメラへ。見た目は片方のレンズケースが大きくなってしまったが、これなら主によく使う望遠ズームをEOS 20Dに装着した状態で収納でき、広角ズームに交換しても、無理なく収容できるようになった。

まだ使い心地は何ともいえないが、格段にカメラを運搬するという意味では安心感が高まったと思う。それにもうひとつ、増えた撮影機材も無理なく収容できるのも大きなメリットだ。

とりあえずしばらくはこのバッグで活動してみようと思う。自分にあうバックだと期待しつつ。

カメラバッグのストラップは好みのOP/TECHに交換、携帯電話用ポーチなど自分なりにカスタマイズしている。

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2006年05月30日

カメラバック考察2

マウンテンスミスのツアーパックはどこにいくのも一緒だった。そう、普段の生活の中でも、このカバンに財布やキーを入れて、持ち歩いていた。しかし次にライカを持ち歩くようになり、お手製のフリースケースや川のボトムケースと共に、ヒップバックに入れてでかける。

しかしやはりカメラを出し入れする時の開口部の狭さはいかんともしがたかった。そこでヒップバックはマウンテンスミスだと思い込んでいた私があえて無視していた、モンベルのランバーパック15を使ってみる事にした。するとこれがすこぶる私のスタイルにあうのがわかってきた。

開口部の大きさや、こぼれ落ちないようなマチが左右についている為、うっかりも防げる。底にウレタンのシートを敷き、乾燥剤を入れ、クロスやレンズポーチなどを内側に縫いつけて、カメラを納めやすように加工したりした。サイド片側にはボトルポケットを付け、反対側には携帯のホルダーをつけるなどをして、自分が使いやすいようにカスタマイズする。

デジタル一眼を使うようになってから、このバックが一番使いやすかった。つい先日まではこれが一番だと思って使っていたのだが、やはりどうしても一番撮影に使うレンズがついたまま収容できるようにしたい。そして実はもう1つ映像機器を収容する場所がもうなかったので、今のバックではもう限界だというのがわかっていた。

長らく使っていたこのランバーパック。まだ壊れている所はないので、洗濯してしばらく休憩して貰おう。サイズ的にとても使いやすいのは確かなので、これからもまだ使う事もあるだろう。

とりあえず、お疲れさまと言いたい。くーと一緒に旅した所には、一緒に行っているバックなのだから。

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2006年05月29日

カメラバック考察1

旅にカメラを持っていく時、どこにそのカメラを収容するかという事は重要だ。過去ザックの中に入れていた時などは、わざわざ背負っているザックをおろし、中からカメラを取り出すという行為があまりにもおっくうで、殆ど写真を撮らなかったりもした。

バイクだと雨対策が重要になる。カメラは振動に弱い。ショックアブソーバーが効かないような場所に積載する事はまず避けたい。例えば緩衝するものがなく、バイクのリアキャリアに直積載するなんていうのは考えられない。いくらバイクにサスが前後についているとはいえ、やはり細かい振動は避けられない。

車においてはもうちょっと安心だが、逆に横Gや加減速で転がってしまわないように配慮しないとならない。そんな当然の事も含めて、私はもう長年ヒップバックにカメラを入れるようにしている。

草分けだったのがマウンテンスミスのランバーデイパックツアーパックと呼ばれる商品。デイパックは大きいので、これに着替えなど最小限を積めて、波照間や与那国の素朴な民宿に泊まりながら一週間近く旅した事もあった。ベースとなる石垣は米原キャンプ場には、テントを張りその中に離島の旅に使わない機材を全てほうり込んでしまい、あとはそのバイクにヒップバックだけという出で立ちで充分な装備が収容できた。

その中にカメラも当然あり、何より人間の身につける事で、機械に弱い細かい振動を防ぐ事ができるのが大きなメリットだ。しかし転倒してしまい、バックが逆に自分の体にダメージを増幅するような事も充分考えられる訳で、これが完全ではない。

マウンテンスミスのツアーパックというのが私はサイズ的にも好きで、2世代使い込んだ。まだ壊れる事なく、家にあるのだが、本格的にデジタル一眼レフを持ち歩くにあたり、開口部がもう少し広くならないものかと思っていた。そう、それまで使っていたNikon New FM2では何ら問題はなかったのだが、交換レンズが必須なカメラを持ち歩くようになり、カメラバックをどうすべきかを試行錯誤する事になった。

写真はちょっと荒れているが、ネパールのトレッキング途中のもの。ツーリング主体で使っている、一番古くからあるマウンテンスミスのツアーパック。色があせているが破ける事もなく、まだ現役だ。

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2006年05月28日

スラローム到着

エクの練習で課題のスラローム。草アジではまだスラロームに達してはいない。我が家が参加するクラスはBOPであり、BAGなのだから、スラロームはまだ先の話。しかし、エクにはスラがある。

しつけ教室で1歳前後の間は、スラを使った講義も受けていた。しかし昔からテンションがあがりすぎてまったくダメ。とにかくアジ機材はどんなものでも出てくれば興奮。ハードル、トンネル、スラ全てのものに異様な反応を示すのがくーだった。

その中でもスラはまどろっこしいのが嫌いな性格のくーが最も苦手とする課題。しかしある時突然できるようになったのだが、そのまままた時間をおいてしまったのがまずかった。結局1からやり直しという感じで、最近最も課題であるスラを徹底的に練習しなければと思っている。

自作好きな由が、先日塩ビ管をホームセンターで買って来て、100均のエンドキャップとバーベキュー用の串を使い、地面に刺すタイプの12本のスラを作った。私もアイデアを含めて手伝ったのだが、やはり部分的に強度が足らない。くー位の小型?犬がバシバシぶつかるとすぐに曲がってしまう。

そして私が随分前から「これ買ったら?」と薦めていたものを、それまで「高い」という理由で拒否していた由が突然「買っていいかな」と言ってきた。ほら、安物買いのなんとやらだ、と言うと険悪なムードになってしまうのだが、まあやるだけやって結果、ちゃんとしたものでないとダメだというのがよくわかったらしいので、即答で「いいよ、今買えば週末のデイキャンプに間に合うんじゃないか」と言い、購入に踏み切った。

完全に教室や競技で使っているスラは、鉄のプレートが6本分のスラポールをたてる長さがあり、倒れないように部分的に支えのプレートが出てくるタイプだ。なので強烈に重い。散歩ついでに持っていけるような重さではないのだが、今回目をつけているのはオールアルミ製で、蛇腹にベースプレートが折り畳める。ポールも高さはないが充分な長さのアルミポールがねじ込み式でついている。ポール部分はまるで折り畳みテーブルの取り外せる足のようだ。

それがすぐに届き、雨がやみ、地面が乾いた夕方に外デビューとなった。そう、今日予定したデイキャンプは雨で中止。地面があまりにぬかるんでいる事から延期になってしまったのだ。悔しいのでとりあえず外で思いっきり12本のスラを練習する事にした。

既に18時を過ぎていたので、公園には犬仲間は殆どいなかったのだが、いそいそと機材を広げると目立ってしまった。本当は芝の上でやりたかったのだがまだ雨に濡れてるのもあり、土の地面の上でやる事にしたのだが、よくできすぎていて軽くてくーがあたっただけでも6本のスラセットが動いてしまう。地面に部分的に固定する方法を今後考えなければならない。

何度も練習したが、最後の1本の抜けるのが苦手なくー。そう先が見えてしまうと「もういいや」と勝手に最後1本を手抜きしてしまうのだ。結局まっすぐに並べる事では抜ける事が多い為、少しずらしてアプローチを取りやすくし練習。するとそこそここなせる回も増えていった。

しばらくは練習用として使う事になるだろう。でもエクのフラッグは16本。4本少ないのだ。まずはちゃんとした場所でコーチングを受け練習をしたいのだが、それまでの自主練に活用できるだろう。

日が暮れるまで練習し、学生が集団で花火をしながら奇声をあげて走り回り出したので撤収。雨で殆ど外に出られなかった週末も、あっという間に過ぎてしまった。

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2006年05月27日

アジ欠席でカレーうどん

今日は初アジの日。しかしあまりに練習不足というのと、雨予報が重なり、結局エントリーできなかった。本当ならどんどん参加したい所なのだが、なんせ大和フィールドがなくなってしまい、折角行きやすい場所だったのに非常に残念だ。予定では大和の倍の距離に新しい練習場ができるらしい。高速代もなかなかばかにならないので正直厳しい。

まだアジ機材などがあっても自主練習なんかできるレベルではないと由は言う。確かにまだどういう風に練習を進めるべきか、機材ひとつ並べるにしても、ただ単並べるだけではだめなのだ。やはりコーチについて学びたいというのはよくわかる。それに、くーにとっても自己流で練習するよりも、迷わせずにしっかりとした進め方で練習をしていくべきなのだ。

先日そのセミナーでお話をさせていただいたウィルパさんは、今日の初アジに出られていたようだった。レポートを観させていただいて、やはり素晴らしかった。ウィル君とウィルパさんのコンビネーションは素晴らしい。とても1年ちょっとの経験でここまでこられたという風には見えない。練習や努力の量は私たちには真似できないレベルなのだろうという事が容易に想像できた。

くーにとって成績とかではなく、走り、跳び、潜り、登り降りする事が幸せなのだが、それがハンドラーとしての飼い主との対話でこなしていく事で、くーや飼い主の喜びも倍増できる。失敗すると、飼い主もくーもそれがよく判り、くーはワンワンと不満を表す。これは飼い主だけでなく、そして犬だけでなく、お互いが失敗と感じ取っているのだというのが分かってくる。それは、こういう競技の中で培われた関係だ。

今の所参加できそうなセミナーがなく、6月の中旬に行われる初アジをターゲットにしてはいるが、なんせ練習する機会がない。悩むのだった。

朝から結構雨がシトシト降り、昼には時折強く降ったり止んだり。仕方がないのでくーを家の中で遊ばせてやってから、飼い主は久しぶりに外に昼食を取りに出た。近所にできたカレーうどん屋の「金飩家」。東京の大雪の降った日にはじめて入ったが、スタンダードな讃岐うどん好きな私たちとしてもなかなかイケると思ったうどん屋だ。最初私はお約束だがカツカレーを頼んだのだが、ここはやはりオリジナルの「異国カレー」がお勧め。写真は「異国カレー」の角煮トッピング。

カレーうどんを食べながら、外は大雨に。アジ会場に出なくてほっとする反面、遅れをとっているような気がしてちょっと焦るのだった。

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2006年05月26日

MULTIPLEX2006

今日は横浜の郊外にでかけていた。午後になって少し早めにあがり、新宿によってちょっと小物を買い物してきた。何を買ったかという話は別の時に。

今日きっとお台場に行けば、面白いものが観れただろう。明日、明後日とちょっとしたイベントがある。昨年会社帰りに電車からみかけて、驚いた。それは普段駐車場の所をサーキットにして、そこを思いっきりドリフトしながらレースカーが走り回っていたのだ。

翌日からのイベントの為に練習走行といった所だろう。車のドリフトなんか普通のサーキットでは殆ど観られない。サーキットのような路面が滑りにくい舗装を、普通よりもはるかにハードなコンパウンドのレース用タイヤで走る時に4輪を滑らしていては、タイムロスに繋がるからだ。微妙にスライドさせる事は殆どのレーサーがしているが、真横になるようなドリフトはまずリカバーの時以外しないだろう。

しかしこのイベントはD1グランプリなどと並んで、ドリフト好きな人にはなかなかそそられるイベントだろう。それだけでなく、実は明日、明後日のイベントはバイクがメインとも言えるのだ。

MULTIPLEXというらしく、お世話になっている中標津のバイク屋の国際A級の息子も以前参加したとか。FMX(フリースタイルモトクロス)と言われる、タイムを競うレースではなく、ショー的な要素が大きいイベントらしい。一度観てみたいと思っていたのだが、どうも天気は最悪の予報。

他にもウィリーショーやらドラッグレース、展示車などもあるらしい。昨年のビデオが28日までGyaOで無料で観られるので、気になる人は観てみるといいだろう。なかなか「日本でこんなイベントができるようになったのね」と思わされる。オープニングなどはモタード車で殆ど暴走行為をレインボーブリッジ上で展開してくれる。まるで某バイクショップの市販ビデオのようだ。

来年、晴れてタイミングがあえば、観てみたいものだ。写真は昨日の午後の写真。駐車場のまん中に大きなFMX用のジャンプ台が作られている。周辺にも色々なジャンプ台が作られていたが、私の目からみても、これは怪我しそうだと思われる作り方だったのだが…

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2006年05月25日

お台場スクランブル

お台場はよくロケに出くわす。これまでも「踊る大捜査線」、「グッドラック」、「輪舞曲」など、そのロケの最中を通り掛かったりした。

元々夜間人口はゴーストタウンに近いエリア。早朝とかは特に撮影などあまり集まられては困るような仕事としては最適なのだろう。よくドラマを観ていると、あ、またここが使われているなんて思う事も少なくない。

案外連続のドラマなどは、放送開始されてからも撮影が同時進行するのは当然なようで、私はてっきりその前のシーズンに最終話まで撮り終えているものだとばかり思っていたので、ロケをみかけて何のドラマなのか確認できたりすると、まさに毎週観ているドラマだったりして驚かされる。

子供の頃は実家の近所でよく「太陽にほえろ」のロケを観た。我が家の裏でやっていたりするのだから、子供心に気になるのは仕方がない。デンカやゴリさんを見かけては楽しかった思い出がある。

今朝も久しぶりだったがそのロケをみかけた。森三中のひとりが主演のドラマで、私もHDビデオに撮りながら観ている。私が出社する途中、普段はがらんどうの場所にいきなり大勢の人とコードが這いずりまわる機材が並べられていたのだ。普段は何の撮影だかをチェックしないで通り過ぎてしまうのだが、ちょっとヤジ馬根性を出してチェックしてしまった。

まさに本番シーン。エキストラの人がスーツを着て準備しているのをみると、役者を目指しているにしても大変だなと思わされる。クレジットに名前も出ないし、一生エキストラで終わる人だって少なくないだろう。スタッフにしても録音や照明、小道具、メイクなど大勢がバックアップして作られているものだ。

私の好きな映画で、蒲田行進曲というのがある。説明は不要なほど有名な映画だが、平田満演じる万年エキストラが主役の素晴らしい邦画だ。何度みた事だろうか。風間杜夫の銀ちゃんもいい味出している。映画好きな私の中でも上位に入る作品だ。このようなエキストラの人も、それぞれの人生があってドラマがある。

映画をずっと撮りたかった。そんな私は、ドラマも好きだし、映画も好きだ。そして何より作品を造り上げる裏方がとても好きだったりする。お台場は案外そういう場面によく出会える場所なのかもしれない。

写真はそのロケ風景。

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2006年05月24日

夕立の季節

初めて豊洲駅まわりで帰ってみた。池袋のメガネ屋に頼んでいたサングラスを取りに行く為だ。これまで有明が終着駅だったお台場のタイヤのついた電車は、その先までルートを伸ばし、豊洲駅に接続している。

普段は新橋駅から乗るのだが、定期代は今降りている駅までと、終点の豊洲駅まで乗るのと同じ値段。なので、どうせならと全路線使える定期に更新の時、経路を変更して購入した。

これまでもりんかい線で埼京線乗り入れしている車両で、自宅近くまで帰ったりした事があるのだが、朝の臨海エリアへの直通電車の始発は7時すぎしかない。今のように職場に7時半について、1時間ほど朝のうちざっとしなければならない仕事ができなくなるという事で、以前からあるルートにしたという訳だ。

また豊洲経由だと、有楽町線に乗り換える事ができるので、池袋方面や東武東上線、西武池袋線などに乗り入れる電車を使う人はとても便利だ。その為か、通勤時間は結構なラッシュだろうと予想していた。

しかし18時ちょっと前に豊洲駅行きに乗ると、丁度ビッグサイトでもイベントがなく、ガラガラだった。1車両に3~5人しかいない。途中、普段とは違ったアングルからレインボーブリッジが見えたり、埋め立て地の整備中というがらんとした風景の中を抜けたり、市場前という2012年に築地市場が移転してくるという駅のあまりのがらんどうさなど、ある意味なかなか楽しめた。毎日眺めていたら飽きるだろうとは思うのだが、もともとこの路線がそういう路線なのだから仕方がない。

1997年にこの臨海地区に職場が移転し、そのイントラネットインフラ基盤を構築するのに1カ月程先に通った事を思い出す。その時はグランパシフィックメリディアンというホテルも、採算の関係か途中で工事はストップして怪しい雰囲気を出していたし、ビーナスフォートやメガウェブなども影も形もない。毛利さんの居る建物もなく、本当に空き地だらけだった。案の定これまでもそうだが、運営してきた3セクは次々と破綻。それぞれの会社の役員をみると、殆どが天下りばかりのダミー会社だっただけに、こうなる運命も見えていたようなものだろう。

豊洲駅の乗り換えも、ほんのちょっと外に出るのが残念だが、空中駅から地下駅までは一気に下る。乗降客は多く、結構混んでいたが、進行方向先頭の方にいくと、なんとか座る事ができた。

結局、池袋ハンズには会社から45分の距離だった。なかなか近いではないか。ただ我が家に帰るとなると、もう1本地下鉄を乗り換えるか、バスを使うしかなくなる。結局10分程度速いだけで、トータルではあまり変わらないという結論が出る。

人生のうちでこの無駄な通勤時間は何とかならないものかと思いつつも、いつもと違う路線で帰る事で、雨の中ではあったが旅気分が味わえた気がする。

今日はいつもの経路で帰るが、予報通りバスに乗り換えた頃から土砂降り。バケツをひっくり返したような雨と、稲光が空を包む中、今日はバスを乗り換えて少し歩く距離が少なくなるようにしてみた。おかげでそんなに濡れずに済んだ。

写真は土砂降りの中を進むバスの中から。運転手も大変だ。

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2006年05月23日

そろそろ携帯の交換を

ずっと使おうと思っていた携帯を、そろそろ買い換えようと思い出している。ずっとといっても、2年前だろうか。一番最初に買った携帯は、ネットで名古屋のショップから安く買った、DoCoMoのF101Hyperだった。形が凄く気に入っていたが、通話性能がイマイチだった。

電話嫌いの私が、携帯電話なんか欲しいとは思わなかったのだが、旅の時に携帯があるとなかなか便利だった。丁度その頃まだ結婚前で、由と徳島で待ち合わせてツーリングをした。私はイヤホンマイクをつけ、国道沿いに停めた真っ赤なXR250RJの傍らで待っていた。

由は随分遅れてセローでやってきた。そして慌てて出かけてきた関係でどうしても連絡を取らねばならない相手にその携帯を使って電話をした。携帯電話がまだそれほど普及していなかった為、相手からどこからかけているのか聴かれ、訳の四国の道路脇と応えていた由が笑えた。

また携帯がキャンパーの中で少しづつ普及してきた頃、雨の開陽台ですぐ近くのテントの中同士で通話した事もあった。テントにも電話が引かれたとかいう話題で笑ったものだった。

石垣島の米原で由とテント生活をした時、夜ビーチで星を見ていたら、都心の友人からいきなり電話があった事もある。どれだけ米原の空気が伝わったかわからない。

石垣島から波照間島へ、あんえい丸でハードな移動中、友人と会話した事もあった。ドラッグレースファニーカーのようなエンジンの轟音と水しぶきの音の中なので、八重山の雰囲気なんかまるでない。

携帯電話が普及する前は、こぞってアマチュア無線の免許を取り、モービル局としてヘルメットにヘッドセットを装着し、ツーリングで会話した時代もあった。当時の私のコールサインもあったが、今は430MHz帯の無線機が2台残るだけ。そう、当時は由とは知り合っていなかったが、由自身も4アマは持っていた。今では無線機よりも小型で多機能でどこでも使えるようになった携帯がやはりメインになってしまう。

普段は通話なぞまず余程でないと使わない。しかしネットやメールはそれなりに使う。北海道を走った時も、イヤホンマイクを使って装着していたし、一昨年知人のカメラマンの撮影に付き合った時は、骨伝導型のイヤホンマイクを使い、日本最北の宗谷丘陵で撮影側とモデルの立ち位置などを調整したりした。便利なのは確かだ。

その携帯も私としては現在5台目。日本各地の端にでかける私は、やはり昔からNTT DoCoMoなのだが、他のキャリアも頑張っている。開陽台で使えるのがやはり条件だったので、特に他を選ぶ必要もなかった。iModeというネットに繋げられる携帯としては、まだ今ので2台目なのだが、来月発売になるFOMAを予約してしまった。

FOMAはエリアがどうしてもこれまでのmovaより郊外に行くと弱いので、ずっと換える気はなかったのだが、そろそろいいのではという現実の話をその筋の友人から聴いたのと、ちょっとした渋滞情報やウェブなどをフルブラウザで使いたい気になっているからだ。jigのフリー版も今のmovaに入れているが、現実的にみて使い物にならないし、課金がたまったものではない。

なので、FOMAにした上で、パケホ契約をしようかと思っている。今の携帯はそれなりに気に入っていた。もうちょっと、頑張って貰おう。

写真は由と私のを機種交換した2003年9月。もう2年半以上使っているようだ。左が由のP251iSで、右が私のF505i。由はしばらくまだ今の機種でよいという事で、7xシリーズの次期モデルを狙おうかなと思っている。私の買い換える機種ははてさて何だろうか。

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2006年05月22日

本棚にある思い出

本棚には色々な本が収容されている。それは当然だろう。

我が家にはリビングと納戸のような使い方をしている私の部屋がある。前者は基本的に普段の生活で一番使う料理本や地図、カタログなどを中心に、各種家電製品などのマニュアルや、生活に必要な書類が収容されている。特に「書類」と言われるものは領収書や契約書、明細などであり、それらはクリアファイルやフォルダに入れられて整理されている。

その中にオークションに出品しようとしていた、古いバイクのサービスマニュアルがある。車種はヤマハのSRX4の初期型。今ではもう売られているのすら見かける事もないモデルだが、私にとっては一番長く乗ったバイクだった。日本縦断をしたのもこのバイクだった。

サービスマニュアルというのは、データブックのようなものだ。キャブのクリーニングや点火タイミングの調整方法、ホイールの外し方なんかも載っている。昔はこの本を地面におき、閉じないように重りになるものを載せて、バイクの傍らに座り込んだものだ。特にSRXはキャブに入り込んでいるチョークワイヤーがやっかいで、なかなか苦労させられた。

何度も土砂降りの中、水が入り込んで錆び、チョークが引けずにエンジン始動で苦しんだ事か。一度は5km離れたホンダのバイク屋まで押していった事もある。ホンダのメカニックも、その構造をあまりよく言わなかった。メーカーによって随分違うものなのだなという事もその時から感じていたのかもしれない。

最初に乗ったバイクであるヤマハのMR50も、土砂降りの中でいきなり電気系統が沈黙し、途方に暮れた事があった。それも、キルスイッチがリークしたせいだった。原因はスイッチの金具の無駄なバリがあり、それがリークの原因だった。ヤマハとの相性がイマイチなのは、そういう経験からだ。単に私が整備をしなかったせとも言えず、相性の問題なのかもしれないなと思ったりした。

SRX4は主にトラブルといえばその程度だった。シートカウルを交換したり、ウィンカーを小型にしたり、ハンドルをマグラに換えたりと、自分なりにカスタマイズした。その為、サービスマニュアルを活用したのだが、今こうしてこのサービスマニュアルだけが残っている事が何だか寂しい。

これまで色々なものをヤフオクで売ってきたが、思い出深いものも含めて、今は次のオーナーがどう使っているのだろうかとちょっと気になる。

今さら売りに出してもきっと買い手はつかないだろう。それでもなかなか捨てられない。そんな本が、今も居間の本棚に佇んでいる。

写真はまた素顔を晒してしまうが、もう随分昔、私が今の会社に入って、会社でバイク乗りを探してはじめてツーリングに行った時のもの。自分でも若かりし頃を思い出してしまって思わず笑いが出る。このSRX4は4年半乗っていた。

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2006年05月21日

五月晴れの日曜日

昨日より圧倒的にさわやかな五月晴れの日曜日。多くの人が行楽に出掛けているだろうと思う。しかし我が家は特に出掛ける予定はなかった。

朝から洗濯を3度回す。そう、昨日夕立にやられてしまい、洗い直しになってしまったシーツやジーンズなど、結構溜まってしまっている。昨日より圧倒的に湿度が低いので、よく乾きそうだ。

洗濯をざっと干してから今日は久しぶりに家族全員で散歩。といっても、由のお手製スラローム棒12本と、ハードル用のパイロンを少し、あとは抑制用にNのディスクとボールなどを持って行く変わった散歩だ。私はカメラと今日は動画も撮りたいので、小型デジカメを持参。

午前の遅い時間になっているが、公園には子供の野球グループが大勢遊んでいる。またサッカーやフットサルの若者も多い。野球やサッカーなどはいきなり場所を取られてしまうので、正直公共の公園という場所の中では多くの人が迷惑なのではないか。限られた人数しか遊べないわりに、広い場所を使ってしまうし、ボールがどこに飛んでくるかわからない。通り道を我が物顔で占有している中、老人やベビーカーが通るが、ボールを蹴るのをやめない連中ばかり。警備員が巡回しているが、注意をしているのはみたことがない。

まあ犬にしてもそうだ。小型犬の飼い主は大型犬の飼い主、そして逆に大型犬の飼い主は小型犬の飼い主を比べるが、やはり犬は犬なのであり、マナーというものの上に全ては成り立っている。大きさなんか関係なく、抑制をきかせて共有の場所では譲り合いながら楽しまなければならない。人が増えてくれば撤収するのもマナーであり、周囲に迷惑をかけるような事はしてはならない。といっても、私たちにしてもよく失敗はある訳で…反省する事も少なくない。

人が少ない場所を選び、アジ機材を出す。遠くに犬を散歩させているグループのみなさんや、消防の練習の為か、消防車と消防団の人が数人いる。人が増えてくる前に練習を開始。

くーは前に進もうと思う気が強いので、少々ぶつかっても気にしない。なので怪我をいつするか心配になる時もあるのだが、スラ自体は結構ヤワにできているので、くー位の犬がぶつかったら倒れてしまう。しかしあまり弱くても問題な訳で、強度面で大きな課題がある。とりあえずこの機材で、少しVスラ気味で成功率が6割位だろうか。真っ直ぐに並べるとまだまだミスが多く、まだまだ。このあたりを何とか練習していきたい。

ざっと練習をしていると、散歩仲間の方が通りかかり応援してくれる。競技をやっている子は残念ながらあまりいないようで、目立ってしまうようだ。少し離れた公園の散歩仲間で、エクをしている子がいるのだが、今はもう出ていない。まああとは犬種の差というのもあるだろう。ディスクやアジ機材に対して、食べ物以上の動物的本能を感じてくれるという意味では、珍しいのはくーなのかもしれない。

正直な所、大きさや愛らしい外見でコーギーを選んだ私たちだが、今こうしてくーと一緒にスポーツをして遊べる事は、とても幸せに感じている。くーにとっても、生きているという事を実感できるのではないだろうか。食べる事も当然好きだが、犬の本能のひとつ、走る事や追う事、捕まえる事を、飼い主の指示に従いつつ行う事で、犬と飼い主に何か通じるものができるのだと信じたい。

ひとしきり練習したり、散歩仲間の人と話をして帰宅。すっかり疲れてしまって昼寝をしたらもう夕方になってしまっていた。最近の休日のパターンだ。

写真はスラ練中のくー。もうちょっと丁寧にやってみる気はないのか?

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2006年05月20日

あと5分の差

無事昨晩には由の体調もほぼ戻ったようでほっとした。夕食は由に作って貰う。

ただ由の体調の事や天候などの理由で、本当はアジ練に行きたかったのだが、今週もインターバル。結局来週末に予定していた初アジデビューもあまりに練習ができなかった為に延期にしてしまった。コーチには出なさいと言われていたのだが、残念ながらこれでは厳しい。来月にある同じクラスのある競技の方でデビューしようと由と話をした。

練習するにしても、セミナーの回数が極端に少なくなってしまった。大和の会場が使えなくなってしまった関係もあるようだが、梅雨という季節に入るのも理由かもしれない。いくら雨天決行の競技とはいえ、雨だと怪我をするようなリスクは高まる。ハンドラーにしても同じ、競技だけでなく、待っている時間もある訳だから、体調管理がしっかりできないと、あっという間に風邪をひいてしまうだろう。

梅雨時は私の体調の中でも一番すっきりしないシーズンだ。そして犬たちにとってもダニやノミが大繁殖するシーズン。実はくーも早速小旅行からダニをお持ち帰りしてきた。ダニ駆除で発見した日は大変だった。1匹はしっかりと食いついていたので、体を残さないようにアルコールで弱らせピンセットで抜くように取り除いた。体はこれでもかと何度もノミ取りブラシでチェックしたのだが、完全に除去できたかはわからない。犬たちは害虫から体を守る為に被毛に包まれているのだろうが、それに隠れてしまう。

フロントラインがよく使われているが、あの効果を知ってしまうとなかなか使うのが怖くなる。北海道の強力なマダニへの対処として、昨年久しぶりにフロントラインプラスを持っていったが、あまり使いたくないものだ。その分、散歩後に毎回ダニノミチェックがいるので、由にそれを任せている。

一昨年、由が中国に出かけていた夏休み。ふと散歩から帰ってくると、腹の部分に何か動くものがみえた時があった。それはノミであり、結局3匹を発見し、除去した。結構根気よく見つけようとしないと見つからない場合が多い。困った害虫だ。

明け方まで雨は降り続いていただろうか。朝になって日射しが強くなり、何だか勿体なくなってきた。由にしつけ教室を提案し、電話を入れさせると明日より今日の方が参加者がある為都合がよいようだ。なのであわててナポリタンの昼食を作り食べ、出かける。

しつけ教室のある場所は赤坂。駐車場は今日は空いていないと言われ、仕方なく私は車で待ちになる。由とくーだけ教室に入り、トレーニングを受けてきた。しかし丁度西側から真っ黒な雲がやってきているのが見え、ラジオではいきなり東京23区に大雨洪水雷雨警報が出ていると言い出している。

くーを先に車に載せ、由が会計で時間がかかっている間、イライラしながら待っていた。由をのせて慌てて帰るが、我が家の手前800mほどでボツボツと大粒の雨が…。もう間に合わない。マンションのエントランスに横付けした頃には突風と土砂降りに見舞われてしまった。くーだけ担いであわてて家へ入ってもらい、私は車をガレージに。やはり5分遅かった。洗濯物はすっかり濡れてしまい、おまけに突風で物干し竿が片方落ちていたそうだ。

たまにこういう雨もいいのだが、あと5分の差とかでとんでもない目にあう事が多いのは何故だろうか…

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2006年05月19日

通勤途中の愚痴

この時期になってようやく台風1号が発生し、上陸かと思いきやその前に熱帯低気圧になったようだ。朝はちょっと過ごしやすかったが、湿度は高い。今日は午後は相当蒸し暑く、会社の帰り道は汗だくになってしまった。

最近バスも電車も安全面を考えてか、窓が広いわりには開かないか、上から少ししか開かないようにできている。通勤に使っている低床バスは、窓の1枚が広いのはいいのだが、エアコンを入れてもらうか換気をしてもらわないと、たまったものではない。エアコンについては運転手が気配りできるかどうかにかかっている為、今日は我慢の帰路になった。

相変わらずバス待ちの時間は近くで喫煙している連中の副流煙で苦しい。気持ちよくバスに乗れた事の方が圧倒的に少ない。それだけ、路上喫煙が平気でされているのが現実だ。ちょっと煙さを感じただけで、一気に肺機能に影響が出る人間としては、本当に勘弁して欲しい。言ってもわからない連中はそれこそ死んでもわからない訳で、法律やルールにしても守られなければあってもなくても同じだ。

丁度前のバスが行ってしまった直後だったので、最前列で少し高くなっている席に座れた。ここは老人や子供は一人では座れないし、後ろに煙草臭いとか咳き込んでいながら手さえあてないオヤジが座られても、直接被害は受けにくい為、唯一ほっとできる場所だ。

電車の方が乗っている時間は圧倒的に短いので、我慢する時間は少なくて済むが、バスで迷惑なのが近くに来て、道路が渋滞してしまったらこれはたまらない。それでなくても帰りは違法駐車や迷惑タクシー、絶対に譲る気や詰めて少しでも邪魔にならないようにする気のないピカピカに磨きあげられた高級車などがいるせいで、2~3割時間がかかる訳で、なかなか辛い。ただ電車のように満員になるような事は極めて少ない。

雨が降るとバスの乗客も増える。台風なぞ来た日には、バスはぎゅうぎゅうになる。駅に近いとか駅と接続しているような家に住んでいる人はよいのだが、私はバスを使うようになってから、バス路線図を常に持つようになった。ただ案外都心でも本数は少なく、朝以外は20分や30分に1本というダイヤが普通なので、タイミングをずらすと長い間待たなければならなくなる。その時間が長ければ長いほど、副流煙に襲われる機会が増えるのだ。

しかし運よく帰りは雨に降られなかった。週末という事もあって、路上駐車天国のバス通りは、やはりそんなに早く通らせてくれない。

その時間を使って今日の愚痴ブログを書いてみた。由の体調はどうだろうか。一応夜のメニューを考えながら帰るのであった。

写真はなかなか気合を入れないと乗られないネパールの路線バス。不思議とネパールで煙いとか思った事はなかった。煙草は高価なのだろう。

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2006年05月18日

また由がダウン

会社でデスクに向かっていると、由から携帯に電話があった。めったに連絡はないのだが、電話に出ると、また体調を崩したようだ。中国語の学校があるにもかかわらず、朝から気持ち悪くて寝ていて、午後になって我慢できなくなり病院に寄ってきたという。

病名はあの悪夢の昨年末、クリスマスイブのJFA千葉ポート大会の時と同じ、ウィルス性腸炎だそうだ。ノロウィルスと言うには、今回はまだマシのようだが…前回は大変だった。

今日は残業の予定だったが、定時で切り上げる。帰り際にA-COOPにて冷凍うどんの玉と明日以降の簡単に食べられる1食ずつに分けられているうどんなどの麺類を買い込む。旅行で相当ダメージを受けてしまったのだろうか。折角楽しんできて欲しかったのだが、そのダメージは想像以上だったようだ。

くーも散歩に行けず、風呂場のトイレでしばらく我慢して貰おう。そして今週はほぼ全日、私の料理デイになってしまった。困ったものだ…

早く元気になってくれよと願いながら、明日あと1日会社に行けば休みだと思いつつ、片づけをするのであった。食事が終わるとすぐに寝室へ。くーも一緒に連れていく。

私も疲れたので、これから風呂に入って寝よう。

写真は由が唸りながら寝ている布団の横から、顔を出しながら寝るくー。

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2006年05月17日

伝わる事、伝わらない事

今日は新宿でセミナー。雨は何とかもつかと思われていたが、結構大粒の雨がボツボツと降っていた。ただ朝がゆっくりなので助かる。夕方までおとなしく講義を受け、混雑したバスで帰宅。外は雨なのでくーはまた散歩に行けず仕舞いだ。

昨日の夕方、由が帰ってきた。私は映画観賞後頭痛で今に倒れ混んでいたのだが、くーが走り込んできて目が醒めた。初日は天気はよかったが、2日目は朝からずっと降ったりやんだりの天気だったはずだ。くーもさぞ退屈しているだろうと思いきや、何だから様子がおかしい。

由はそうそうにへたり込み、疲労感をあらわにしていた。どうやらくーが色々事件を起こしたらしい。頭がズキズキする中でその話を聴いていたので辛かったが、その事件は2度3度ではなかったようだ。

くーは普段、自宅にいるときは殆ど大人しく過ごしている。たまに音のなるおもちゃが「ピー」と音を出そうものなら、しっぽを元気一杯振りながら飛び出してくる。また私や由がちょっと言葉の中に「あそぶ」というキーワードが含まれていれば、ピクンと反応すて目が輝いたりする。それ以外はクレートや大理石ボードの上で横になっているか、飼い主の体の一部に体をつけて、寝ていたりする。大人しいものなのだ。

しかし散歩の為に準備を始めると、いきなり小走りになり、玄関と今を行ったり来たり。外に出ればもう由がひきずられるほど引っ張り、公園に向かって一直線だ。その間もマイペースで匂いを嗅いだりマーキングにが忙しい。公園に辿りつくまでに大きい方の排泄もする。

公園に行けば、他の犬たちの中で自分が一番強いと言わんばかりに態度が大きくなる。そう、くーは体はちっこいが、パピーの頃から負け知らず。相手がラブだろうがゴールデンだろうが一緒にとっくみあって遊ぶ。しかし骨折のブランク後に気がついたのだが、明らかにあまり遊ばなくなったのだった。

反面気が強い所はかわらず、ガウガウと歯をむくことも少なくない。とにかく態度が違うのだ。これは由の普段の散歩の中から生まれたものなのかもしれない。しつけ教室に最近行っていないので、あらためてトレーニングしなおさないとならないかもしれない。

コーギーという犬種のせいなのか、気が強い性格のせいなのか、とにかく態度が大きい。そんなのが自分よりも小さい犬たちと一緒に一晩を過ごすとなると、これまで以上に自分の力を堅持したくなるのか、自分から落ち着かなくなっているようだった。宿で会った子とも仲良くできず、とうとう由が切れてしまったという。

そんな事もあって、帰ってきてからのくーはちょっとおかしい。生後10か月あたりだったか、私もどうしてもしてはいけない事をした為、厳しく叱った事がある。そのあとの態度にそっくりなのだ。嬉しそうな顔もするのだが、続かないというか何というか。

由に厳しく怒られた事で、相当効いたのか、逆にふてくされているのか。なかなか犬のきもちはわからない。飼い主は悩む。

しばらくすればまた元に戻るかもしれないが、友人と一緒に旅行もできなくなってしまうのは、それはそれで困る。コーギー仲間でスノーシューに行った時は、そんな事はなかった。やっぱりコーギーという犬種がそうさせるのだろうか。

そんな事があっても、コーギーは好きだ。コーギーの中にも臆病だったり大人しかったりする子がいるのも事実な訳で、くーの持って生まれた性格は、私たちへの試練なのかもしれない。

疲れきった由と、妙な態度のくーが帰ってきたおかげで、ほっとしたどころか、私も疲れてしまった…飼い主としてまだまだ力不足なのだなと深く反省する夜だった。

写真はたまにこういう顔をするくー。ボールを取られたくないらしい。

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2006年05月16日

年休ついでに映画でも

梅雨のはしりのような天気。朝からシトシトと雨模様。昨日から嫌な予感がしていた通り、すっかり風邪の気分がひどくなってしまった。気がついたらもう7時半。さっさとあきらめて年休にしてしまった。

由は今日の夕方に帰ってくるので、ゆっくり二度寝。次に目が醒めたらお昼をすぎていた。重い体を起こしてそばを茹でて簡単に食事を作り、先日借りてきていた「INITIAL D THE MOVIE」をみながら食べる。

マンガはあまり読まないのだが、それでも好きなマンガだけは単行本で読んでいた。由は美味んぼを好んで今でも買ってきては一人で読んでいる。読み終わった単行本は、神戸の実家に送られ、お母さんが読んでいるようだ。私は最近定期的に買っているマンガはないが、唯一ヤングキングで連載されている「キリン」だけは気がついた時に立ち読みしている。

非現実的すぎるとなかなか面白みも感じなくなってしまうのだが、やっぱりバイクものや車ものが好きだったりする。友人がマンガ好きなので、今でもたまに貸してくれるのだが、そんな中で人気がある作品は映画化されたりする。

予告編をみてちょっと原作も読みたくなり、そこではじめてマンガ版を読んだのがこの「INITIAL D THE MOVIE」。台湾や香港のスターを使い、唯一ヒロインだけが日本人で、あとロケ地は全て日本(群馬の榛名周辺)という不思議な映画だった。

外国人にAE86がどうみられていたのかわからないが、丁度社会人になってしばらくしたあと、同僚がEP71スターレットのワンメイクレースをやっていて駆り出され、チームをまとめる役をさせてもらっていた時代においても、86人気はやはり根強かった。その友人はKP61でそれまで地道にレースをやってきていたが、やはりお金のかかり方がハンパではないと嘆いていた。

映画ではなかなかリアルなシーンが展開し、面白かった。陳腐なCGというか、VFXというのか、特撮もあったのだが、充分楽しめるものだった。これで86もまた人気が出るだろうか。ただやたらめったら騒がしい騒音をたて、周りを危険に陥れるような走りをするのも少なくないので、こういう映画がどういう影響をもたらすのかもちょっと心配だったりする。

まあマンガだし映画なのだから、面白ければよい訳で。走っているシーンはなかなか楽しめた。

最近外国のバイクの映画でも、暴走族ではないがとても高性能なバイクでスピードを競うようなものが出てきているので驚く。中にはレザージャケットに妙な日本語がかかれていて笑ってしまう事もあるのだが、映画というのは脚本や監督が好きなように作られるようなものだ。ズレは苦笑しつつ楽しめばよいのだろうが、どうしても許せない部分もあったりする。

そういうギャップがあるにしても、この映画を純日本人だけで作ったらここまで面白くできただろうか。正直それは疑問だった。SAYURIなどはスピルバーグなのかと思いたくなるし、KILL BILLなんかもおかしくてたまらない。そういう意味ではマンガの原作があった分かもしれないが、「INITIAL D THE MOVIE」はよくできていたのではと思う。あともうちょっと、というのも確かなのだが…

峠でこういう走りは私はしたことがないが、筑波通いをしていた時、レーサーの友人が運転するレース用マシンと同型の、普段の足で使っているEP71の助手席に乗った時をふと思い出した。とんでもないスピードで町中を駆け抜けているにもかかわらず、恐怖感などはなく、ただそのハンドルワークとペダルワークに圧倒されいていた時の事を。

写真はレースの時のものはスキャンしてないので…借り物の三菱GTOで、しいたけ兄やまめ達と日光にキャンプに行ったときのもの。こんなでかくてガソリンを食う車は嫌いだ。

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2006年05月15日

久しぶりの独りの夜

今日、明日と由とくーがおでかけで居ない。近所の犬仲間と伊豆方面へ旅行なのだ。神戸からやってきて知り合いが居なかった由にとって、大事な犬仲間たちが誘ってくれたので、大手を振って参加を促した。きっと今ごろ女性陣だけで色々な話をしているだろう。関西弁の由にとっても、決して引けを取らない人たちだろうから。

なので、今日は寂しいといえば寂しい夜。一人で冷やごはんを暖めて、普段食べられない納豆と玉子と味噌汁といかなごのくぎ煮で簡単に夕食。充分だ。逆に外でラーメンでも食べてくればよいのだろうが、800~1000円かかる夕食を、100円の納豆パックを買ってきて食べる食事とでは比較にならない金額だ。栄養だって塩分だってラーメンの方が多い。しかし必要充分なメニューだろう。

会社では何だか風邪がはやっている。今日は3人休んでいた。私も週末調子が悪かったのだが、まだひどい咳が出るととまらない。何でも気管支に影響が出やすく、肺炎を起こしている人もいる位だという。岩手の方では今頃インフルエンザが流行っているらしいし、丁度暑くなったりぐんと冷え込んだりする気候のせいだろうか。ひどくならないように気をつけないと。

ラーメンといえば我が家の近くには、色々なラーメン屋がある。その中で一番好きなのは、博多一風堂かなと思えるのだが、なかなかラーメンもおいしくなったものだ。こだわりのラーメン屋が増える事は嬉しい。特に我が家の周辺や実家の周辺は耳にした事のある有名店があって恵まれている。

醤油ベースが殆どだった20年位前、豚骨ラーメンなどは九州の一部だけの日本独特の食文化であったのではないだろうか。しかしそれが各地に渡り、それぞれ微妙に味が店によって違ってくるのは、ラーメン好きな人が多いがために、発展してきた理由のひとつだろう。ただやっぱり塩分は多いと思う。私はスープを最後まで飲んでしまうので、特によくない。実の親父もそうだった。

最近、新宿といえば私が食べていた熊本の桂花ラーメンが近所にできた。それまでハルピンラーメンがあったあとに出来た。ハルピンラーメンはその名前からしてあまり好きではなかったのだが、味は悪くなった。問題は喫煙可という所にあったと私は感じている。新しくできた桂花は、小ぎれいで店員は見事に無愛想。何だか頼む前からゲンナリしてしまったが、味はまあほぼ桂花だった。やはり基本の太肉麺を私は頼み、由は熊本本店のみのメニューだったチャンポンを頼んだ。

チャンポンは熊本や鹿児島、宮崎、博多でも食べた事があるが、あまり好きになれなかった。しかしここのチャンポンは味がしっかりしていて嫌いではない。メニューも新宿に3つある店とちょっと違ったものもあって、まあしばらくは楽しめるかなと思った。

桂花は最初、とてもしょっぱく感じ、麺も固く感じる。由が上京してきた頃、三平ストア横の店で食べさせたのだが、相当まずかったらしい感想を述べた。しかししばらくしていきなり桂花に行きたいと言い出したのだ。それが桂花なのだろう。私も最初はそうだったから。

今は桂花外もおいしいラーメンが沢山ある。その中で東京でおいしいラーメンといえば、東京のラーメンではなく、九州ラーメンであったり、札幌ラーメンであったりするのが東京らしい。別にこだわる事もないので、私はそれでいいと思う。

写真は先週末、久しぶりに食べた太肉麺

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2006年05月14日

安い眼鏡屋

長い間かけていた眼鏡のレンズコーティングが剥げてきた。まあこの眼鏡で台湾の新北投や川湯など濃い温泉に沢山入ってきたので無理もない。ツーポイントのオーバルと呼ばれるフレームレスの楕円デザインは気に入っていたのだが、最近流行りの眼鏡はみんな細身。これを買った時も充分細身だったのだが、今ではまるで老眼鏡のようなデザインばかり。

眼鏡をかけはじめた中学3年頃、当時はやっていたセルフレームのティアドロップ型Poloから始まり、白山眼鏡店やKENTなどのフレームを好んでいた。今のはタケオ・キクチブランドだが、眼鏡の相場も随分落ちてきたようだ。

友人が池袋のクーレンズで5,250円だったというので気になっていた。今はネットでも眼鏡が作れる時代だが、やはり検眼して貰った方がいいし、目と目の間隔だって人それぞれだ。なのでクーレンズに行ってみたかった。

ちょっと前、会社の同僚もクーレンズで眼鏡を買った。それまでデザインよりも機能にこだわっていて、4~50,000円位は当然というチタンフレームの眼鏡をかけていたのだが、いきなり5,250円の眼鏡をかけてきた。そのフレームはわりとよく、そろそろ買い換えたいと思っていたので、ある日池袋のハンズに寄ってみた。

結構安い値段帯にも色々なのがあり、悪くない。しかし実際にかけてみるとこれというのがなく、結果1時間ほど色々かけてみたが何も買わずに帰ってしまった。この時はツーポイントを中心に見ていたのと、ここのシステムがよくわからず、デザイナーブランドのフレームやレイバンのサングラスの方ばかり目が行ってしまい、結局あまり安くないという結論になったのだった。

しかししばらくしても眼鏡を買い換えたいという気持ちは衰えず、あらためて金曜の夕方に立ち寄ってみた。まず会社の友人がかけていたフレームを見つけてかけてみると、それほど悪くない。しかし同じにするのも何なので、他のもあらてめてじっくり見てみる事にした。すると、悪くなさそうなのが数種類見つかってきた。

私の視力だと、標準のレンズの場合、縁の暑さが4mmを越えてしまう。これは結構厳しい。牛乳ビンの底なんて形容されていたような眼鏡は避けたい。薄型にすると1mm減る事が店員の話からわかり、1つはセルフレームで標準の安いがニコンのプラスティックレンズを付けて5,250円。もうひとつは下半分がテグスのような糸で抑えたちょっと話題になったあの姉歯元建築士のようなフレーム。これはレンズの縁がまる見えなので、標準のレンズだとみられたものではないので、薄型にしてみた。もっと薄いタイプもあるが、まあ充分だろう。それがレンズ代+5,250円で計10,500円。それと最初に選んだセルフレームの色違いに、60%グレーの色をつけ度付きサングラスとして作ってもらう。値段はやはり5,250円+色代2,100円で7,350円。2つの眼鏡を一気に買う事で10%引きになる為、合計20,790円で3つ出来上がった事になる。驚く値段だ。

度付サングラスは古いのがあったのだが、もうデザインも古くかけられたものではない。夏場、これから運転する機会も多いし、ディスク大会やアジ、エクなどでフィールドに居る事が増える。その為にもサングラスは欲しかった。実際レンズを薄型にしたり色々手数料がかかって30,000円弱かかった今の眼鏡よりはるかに安く、3つの眼鏡が出来上がったのだから、まあ満足だ。

写真は上からこれまでかけていたタケオキクチのフレームのもの。次は5,250円の標準レンズ付セルフレーム。そして一番下が姉歯型みたいな眼鏡で、レンズは薄型を使用して10,500円。サングラスは今週末に出来上がる予定。

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2006年05月13日

母の日の息子の気配り

我が母親のご機嫌取りの日。言われのない事を言われ続けてきた私としても、できれば波風はたてたくなく、母の日は何か気持ちだけの贈り物をしたりする。ここ最近妙な薬の飲み方もせず、体調も比較的よいせいか、あまり横暴な話はしてこないが、しっかりこういう日は覚えている訳で。

仕方がないので、GW期間中に付き合う予定だったが、目的とする店があいておらず、今日になった。

今回は向こう側が何かうまいものを食べたいと言ってきたので、リクエストを受けた。するとうまい鮑が食べたいという。三陸出身の母親は、正直な所戦中も女学院に行かせてもらっていた程お嬢である。食品業を営む家に生まれ、戦争中は東北の女学院に在籍したそうだ。父親と東京で出会う迄は、それはファッションを気にする程の生活水準だったそうな。

詳しい話は面倒なので聞いてもいないが、父親がサラリーマンだった頃から自営を始めた頃は、高度成長期と言われる時代で、単に材木を仕入れて現場に卸す事で利益も大きかった。今ではその当時からは比べものにならない薄利な仕事は、今長男の兄が継いでいる。私は学生時代はたまにアルバイトで実家に入った事はあったが、喘息もちという事もあり、現場に出るような事はなかった。

せいぜい運転や留守番位だった。自分ではレストラン系で働いていた方がお金もよかったので、ほんのたまにという程度だったが、一番の理由は母親の体調が悪かったという事で、その代わりだった。とはいっても平日は学業もある訳で、土曜や夏休みなどの期間ばかりだった。

自営になってから母親は父親と仕事をしていた。母親は経理と留守番を任され、使用人は1人。これまで3人変わったが、基本的には家族会社である。今でこそ父親が没後、兄が跡を継いでいるが、使用人は1人だけで経理や留守番役はいない。はっきり言って厳しいと思うが、今の社長、いわゆる私の兄が人を雇うのが面倒らしいので、その体制という感じだ。

母親はもっぱら家で隠居生活。まあやりたいようにやっていて、お金には非常に細かいくせに、自分の買い物は相当な額のものでも平気で手を出すようで、私は正直そういうのが嫌いだ。お金に強欲なのは、自分の母親だけではないのだが、ずっと幼少の頃からみてきた事で、私はお金に対してこうはなりたくないという事を感じていた。

私はサラリーマンであり、由はパート。現実に犬一匹飼いながら、マンションのローンを払っている訳だからそんなに裕福な訳ではない。実家は自営だから毎月銀行と途方もない数字の額をやりとりしているのだが、私はそんな事はできない訳で、ほそぼそとした生活というか、普通の生活を贈るしかない。いくら母の日といっても、宝石やブランドもののバックを贈るような事は由にだってしたことがない訳だから、いかに金額ではなく心のこもったものを渡すかという事を常に考える。

今回は1週間分、1日3回分のポケットがついた薬袋。ビニール製で折り畳むと厚手の財布のような形になるが、広げると壁にかけられるような感じだ。これがあれば、朝薬を飲んだ事を忘れてもう1度飲んでしまうような事はないだろうと考えたから。なかなか1週間分に分けられていても、朝昼晩と3回分が分かれているようなものがなかった。色々な病院で貰った薬を飲みあわせるような母親には一番よいと思ってこれにした。

それと由の手作り石鹸6個。オリーブオイルをベースに色々なものを混ぜて自作で作っている。私もこれまで手が荒れて仕方がなかったのだが、この石鹸にしてからはあまり荒れない。今ではシャンプーとしても使っている位だ。適度に保湿感が残るのでよい。

選ぶものをみれば、表面的や金額ではなく、ちゃんと相手の事を考えた上でのものだという事は分かってくれるだろう。私はこれまで苦しめられ続けてきたが、自分を生んでくれた母親であり、まがりなりにも学校まで行かせてくれた感謝の気持ちまで忘れていないのがわかると思う。しかし、私の母親はそういう部分はまったく考えない人なのだ。金額の差や、いかに息子の妻よりも母親である自分の方が偉い、という気持ちが言葉の端々ににじみ出る。そういう言葉は無視しているが、これが由や由のご両親に向けられた時は、すぐに無言で席を立ち、二度と母親の前には立たないだろう。

今回は母親は子供の日と称して、食事を奢ると言った。母親が食いたいものという事で、鮑をベースにした料理を安く出してくれる店を探し、実家の近くでみつけ、予約をしておいた。私はこういう時も、無駄に高額な料理を食べるは嫌だ。それ相応の金額というのは常に頭において考えるようにしている。

大きめの鮑が1つ刺身、1つバター焼き、肝のドリア、肝のぽんず和えなどに加え、にぎり鮨とお碗とデザートというもの。これでしめて2万円弱。新宿という地で食べる事において、高いか安いか?

気になっているのは由のご両親。今年は気がついたら今日だった。由もそういう事を言ってくれないのだが、私が忘れていた事が問題だ。後日何か考えなければ…それでなくても昨年は1度も顔を出せなかった。

写真は食べた鮑料理。支払いは母親持ちだ。

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2006年05月12日

週末のセミナ参加は嬉しい

午後から某社のセミナに参加してきた。1週間、5営業日が苦痛に感じている中、金曜は一番心穏やかでいられるのだが、それを早く脱出できるので尚更嬉しい。

本業の方で使っているベンダーの新製品関連の話がメインだったが、結構盛況だった。現在の担当営業と、二世代前の担当営業に会い、ビジネス的な挨拶をする。結果的には2つのベンダーがパートナーシップを結んでより強固なサービスを提供する為の機能の説明と、資格の説明だった。

私がもっている資格はこの1社のものなのだが、大したものではない。より今の仕事をしていくなら、上位の資格を取らなければならないだろう。苦手な勉強をしていかねばならないが、目標にして取り組まねばならないようだ。少なくとも今の会社では、資格を重視しつつある。それまではもっていようがもっていまいが、何も変わらなかったのだが、より優遇するようになると同時に、もっていない人間に対しては格下げ、という評価になる。これは何かズレているのではないだろうか。

目標を持ったり、課題を持ったりする事で、サラリーマンはより標準のサラリーよりも多く貰えるようになる事で、モチベーションがあがる。しかし格下げというものが同時に発生すると、半数以上、ひょっとすると8割近くは、モチベーションが下がるのではないだろうか。

これまであった制度をなくすという事もそれに属する。永年勤続による評価というのは少なくとも消えていないのではないかと思うのだが、長年努めてきた節目の年に、ご褒美のまとまった休みを与えるという企業は殆どではないだろうか。しかし私の居る会社はそれをなくそうとしている。理由は休みをやっても取らないからという事と、年度末に慌てて休暇を取るという事が目立つからだという。

そういう状況にしているのは、社員なのだろうか。休みたくても休ませてくれず、結果無駄にしてしまう状況も、年度末になって慌てて取らざるを得ないという状況にしても、全て職場であり、会社のせいではないだろうか。ドイツやカナダなどではもっと長期に休みを与え、言葉だけでなく本当の意味でもリフレッシュをさせてくれる。それはこれからも頑張ってくれよという会社側からの意向と、長年仕事をし続けてきた社員にとって、大きな節目になるはずなのに。

目先の事だけを考える今の企業に、先は見えない。おいしい汁を吸いつくし、今後はあり得ない多額の退職金を吸い取って消えていく団塊世代のやりたいようにされている日本企業。高度成長期という時代に助けられた事を忘れて、会社を離れても自分たちがいかに会社で偉かったか、過去の実績をまったく関係ない人々に自慢気に胸を張って話す連中は、今のニート達と一緒であり、逆にニート世代を生んだ元凶でもあるのだから。

写真は今日のセミナーの風景。キチっとした服装のサラリーマンが大勢訪れている。

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2006年05月11日

SDムービーカメラ

ムービーを撮るようになって、被写体は旅のシーンからドッグスポーツへと変わってきた。特に旅のシーンは、あとあと見ても感慨深いシーンが沢山あってよいのだが、ドッグスポーツでは殆どが三脚でアングルを決めたらあとは撮りっぱなし。それはそれで見易くてよいのだが、ある意味後者は記録用なのだ。

ムービーでもっと臨場感溢れるシーンを撮りたいとも思うが、実際大きめの一眼レフと望遠レンズのセットを持ち歩いていると、同時に撮れる訳がない。シーンを分けて撮りたい所だが、実際ムービーは補足的な使い方になってしまう。それだけ、デジタル一眼で撮る犬や競技のシーンが私が好きなのが理由だ。

確実に言えるのは、私の体がひとつである事。デジタル一眼のファインダーを覗きながら、ムービーカメラのファインダーを覗く事はできない。おまけに動く被写体を視野に捕らえながら、2台のカメラのフレームを追う事はできないのだ。これは誰だってそうだろう。

しかし、ムービーカメラがもう1台、もっと小さく、起動が早く、ネックストラップからさげ旨ポケットに格納できるサイズであれば、ちょっとした瞬間にビデオで被写体を追う事もできるのではないかと思ったりする。

今のムービーカメラはminiDVの出始めに買った。それまで使っていたHi8よりはるかに小さく、また充分今にしても小型なのだが、色々問題がある。テープ型はまずローディングされる機構上、埃や塵に弱い。複雑にヘッドに巻き付けられたテープは、ちょっとした原因で折れ曲がったり、ノイズの原因になる。そして電源投入後、撮影ができるようになるまで、速くても5秒以上はかかってしまう。多少早くする為に電源を入れっぱなしにしておくと、逆にバッテリを食ってしまい、撮影したいシーンがどんどん短くなってしまう。

最近登場したハードディスクムービーもなかなか興味があった。30GBなどのハードディスクを内蔵する事で、撮影した動画はPCやDVD-Rに出力する事になる。ただ、データの保存時、圧縮する方式において、画質の劣化が激しくなってしまうのだ。当然高解像度で圧縮率を落とす場合は、保存されるデータ量は大きくなり、内蔵したハードディスクの容量の恩恵もあまりなくなってしまう。また、テープと同様、いわゆる制御系のOSが立ち上がるまでのタイムラグは大きく、最悪テープ型よりも撮影チャンスを逃してしまう事になる。

そして気になるのが前も書いたが、SDカードを使ったムービーカメラだ。保存方式はmpegなので、ハードディスクムービーと基本的には同じ。圧縮による画質劣化も少なからずある。しかし3CCDの機構を小さい筐体に押し込んだり、このメーカーの売りでもある光学式手振れ防止装置の装備や、レンズシャッターを採用している点、操作性についても無理がない感じでよくまとまっている。バッテリも小型で内蔵されるタイプなので、せいぜい予備としてバッテリとSDカードを数枚持参しても、苦にならないサイズなのだ。

どちらにしてもそれなりに値段がするので、簡単に買えるものではない。もしこのSDムービーカメラが手に入っても、これを三脚で定位置撮影なんか怖くてできない。小型な為、風に煽られて倒れたり、誰かにひょいともっていかれたら終わりだ。なので、これからも定位置撮影用としてはminiDVのムービーカメラが活躍していくと思っている。

さていつ買えるか。久しぶりに値段をチェックしたら、8万前後になっていた。これにサードパーティの予備バッテリを4本、2GBのSDカードを2~3枚で10万前後になるので、ちょっと気になってきた。ボーナスまで我慢できるだろうか。

写真は先日点検に出した今のメインムービー機。ただ7月以降は修理用の部品がある限りになってしまう。メーカー名が入っている純正バッテリ4本はもう殆ど使い物にならず、20分程度しか撮影できないが、サードパーティのバッテリを先日3本追加。これについては50分前後連続撮影ができる。このモンベルのバックに入れ、大会会場へ持って行っている。

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2006年05月10日

ローパスフィルタの清掃

やっと課題になっていた愛機Canon EOS 20Dのローパスフィルタの清掃を出しに、新宿のQRサービスセンターに寄ってきた。ここ最近、10Dを落下させてしまったあたりからよくここに行く。先日もCanonのビデオカメラの修理に来たばかりだ。

まめにブロワーで吹いていたのだが、さすがに砂っぽかったり風が強かったりするフィールドで使いまくってきたので、ゴミが入り込んでしまったようだ。先日、ヘリコプターの写真をふざけて撮った時に、あれ?と思ったのだった。

フィルムと違ってデジタル一眼はデリケートな部分が多い。電気仕掛けで写真を撮り、保存する訳だから、構造は複雑になる。おまけに一眼はレンズを交換する事で、デリケートな部分がむき出しになってしまう為、記録をする画像素子の前面には、遮断周波数以下の周波数の信号だけを通過させて、遮断周波数以上の周波数の信号を減衰させるフィルタであるローパスフィルタが覆っている。この部分は物理的に通常のレンズクリーナー系で拭く訳にはいかず、改めて清掃する用品を買わなければ最悪、多額の修理費が発生する事になってしまう。

色々情報を調べてみると、クリーニングは無料でCanonのサービスセンターで行ってくれるという事らしいので、いつ行くかと考えているうちにのびのびになってしまった。週末使う時が多い為に、平日に行ける日を狙っていた。

同時に、4GBのマイクロドライブを某MP3プレーヤーから抜き出し、10Dで使っていたのだが、20Dになって撮影データが消えてしまう事が多発した。ファームアップでも結局改善されず、その後怖くて使えなくなった事を確認してみようと思った。そしてちょっと前に友人からこれまた6GBのマイクロドライブを頂いたのだが、これはフォーマットさえできなかった。これの出所も似たようなものなので、使えないようにチップに手が施されているのかと思いつつ、その確認の方法がみつからないので、同時に探ってみようと思った。

どちらもローパスフィルタの清掃依頼後に、あと聞きたい事があるという感じで聞いてみた。どちらも問題なく使えるはずという。私が行ったファームアップ時に何らかの問題があったのかとも思ったので、同様の機種で同様の症状が出るかを確認してほしいとお願いし、もう1台20Dを出してきて頂いた。そしてテストした結果、まったく同じ症状だったのだった。

これで6GBのマイクロドライブには何らかの問題か、もしくは再利用できないような手が施されている事が判明した。4GBの方はしばらく撮ってみないとわからないのだが、大事な写真がリカバリできなくなってしまっては意味がない。

結果、現状の2GBのCFカードを使う事にした。まあRAWを使わない私としては、2~3日なら問題ないだろうと経験上分かっているからだ。ただ正直な所をいえば、もっと容量が欲しい所なのだが。

1時間ほど待って、綺麗になって戻ってきたカメラで試し取り。確かに目立っていたゴミは消えた。ファインダーの一部に小さいゴミのようなのがあるが、これを除去するにはサービスセンター預かりになってしまうので、しばらくは我慢しようと思う。

EOSは30Dという後継機種がデビューしたが、今の所買い換えるつもりはない。5Dはもっとそのつもりはない。今のレンズをドッグスポーツで使うには、APS-Cサイズが丁度よいからだ。

10Dは1年程度しか使わなかったが、とても好きなカメラだった。シャッター音からグリップの感触など、私が一眼に戻った事で、喜びを感じる事ができたのも事実だった。くーが我が家にやってくる前に一生モノとして買ったライカの感動もあったのだが、実用度から言えばやはりデジタル一眼が上回っていた。

あとは私の腕を磨くだけ。まだまだ繊細な使い方ができず、反省する点があまりにも多い。知り合いにプレゼントしても、本当に渡して満足した作品は数える程なのだから。

写真は10Dを手にしてすぐの頃の作品。今あらためてみても、課題が沢山見える。

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2006年05月09日

メタボリックシンドローム

私は18歳まではガリガリだった。40kg台だったはず。背は今も当時とあまりかわらず174cm位だったと思うが、大学浪人の1年で人がかわったように太ってしまった。

運動が体質上苦手なだけに、そこでついてしまったぜい肉は結局落ちず、社会人になってからますます増えてしまったように思える。特にここ15年位で、ストレス性の自律神経失調症との付き合いが日常になったりしてから、ちょっとした拍子に2~3kgを上下する。腰痛が出るようになったのも、その頃からだ。

運動をもっとすればバランスはとれるのかもしれないが、なかなか難しい。いっその事くーとアジを一緒にやれば、改善される体調は多いのかもしれないが、それ以上に呼吸器への負担は高まるだろう。きっと復路の車の運転は辛くなるだろうし、タープやキャンプ用品の片づけなど今は役割分担をしているが、それもできなくなるだろう。ディスクはある意味、基礎体力というよりはスローのコツを抑えて練習すればある程度は達成するかもしれないが、アジやエクはそうはいかない。

といっても今のままでは腰だけでなく心臓にも負担がかかるという。いわゆる最近注目されてきているメタボリックシンドロームというものらしい。40歳以上の成人男性は2人に1人の予備軍かそのものと言われている。まさにそれに私は該当する訳で、冗談にもならない。

もうちょっと何とかしないとならない。最近通勤でも乗り換えの区間のひとつをバスを使い、徒歩15分の所5分にしてしまう事があるので、しっかり早足で足をあげながら往復歩く事を心がけなければならないとあらためて思うのだった。

くーが思いっきり走る事で幸せを感じるように。少しは飼い主も見習わないと。くーの健康さが眩しい位の飼い主だったりする。

写真は素晴らしい体型を保持しているくー姫。そんな所から飛ぶなと心配性な飼い主は叫ぶ。

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2006年05月08日

くーの家

つい先日、くーが我が家にやってきて、半年位たってから買ったクレートの扉の把手が壊れてしまった。

クレートというのはいわゆるキャリー。犬にとっては安心できる我が家でもある。「ハウス」コマンドでくーはこの愛用のクレートに飛び込むし、自分からも眠たい時は勝手に入っていってへそ天になって寝ているように、我が家の中でも一番安心できる場所でもある。

クレートトレーニングと言われる事を、パピーの頃しっかりしたおかげで、くーの家はこのクレートになった。飼い主としては、くーを迎えに行く前に買った、2000円ちょっとのプラスティック製クレートは、くーの歯が生えかわったあたりまででガリガリになってしまい、口を切りそうな形になる前に廃棄したあと、何がくーの体格に一番最適で、また丈夫で軽く、旅に耐えられるものとして色々と選んだのだった。

バリケンと言われるバリケンネルという商品名のクレートがとても有名だ。しかし結局の所、上部と下部をあわせて、間はピンでとめるというような簡単な構造のものだ。実際に手で持って歩くと、その接合部分が飛び出している為、足の外側が切れそうな位に痛い。それだけでなく、天井が水平な為、上にものが置けない程弱い為、最初から却下だった。

他にブリーダーではフラーリ250というフランス製のクレートも勧められたが、大きすぎるか小さすぎるかという微妙なサイズしかなかった。色々調べる日が続いた。

そんな中で適度な曲線で上部と下部の接合部分もあまり横に飛び出さず、しっかりとワンタッチで固定できる東京ぺットという所が出しているペットボイジャーという製品が目についた。これは1から3までのサイズがあって、くーにとってはでもいいがならオールマイティに使えると思ったのだった。また3よりも大きくなってしまうが、キャスターが装着できるペットシャトル 1という製品もあり、由はこっちの方が気になっているようだった。

私は実際にキャスターがついていても、地面は平坦ではないので振動が直接くーにかかり、まともに使えないのではという事と、キャスター部分が壊れる可能性が非常に高いという点から、シンプルなペットボイジャーを押した。また必要な時は折り畳みのキャリーカートに載せればよいという事や、重量計算上シンプルな方が飛行機などの乗り物でメリットは大きいと思ったのだ。結構クレート本体の自重はばかにならない。

そうして買ったペットボイジャー3は満足いくものだった。2年以上愛用し、くーもすっかり慣れたので安心していた。

しかし、突然扉の開閉ノブが折れてしまった。素材の疲労だろうか。他は無事なので、充分使える。その為、新しいクレートを買おうという事になった。おまけにあと5日後には小金井公園のディスクドッグ大会が迫っていたので、慌てて探す事に。

しかしあらためて探してもこの2年で新しい製品もあまり出ていない。ペットビジネスは上向きなはずだが、バッグは多く出ていてもクレートはあまり進歩がないようだ。悩んだあげく、既に色が上下で別になってしまったが同じモデルを購入する事にした。

一番安い店をネットで探し、なんとか大会に間に合う事になった。そしてどこも進化していない事もよくわかった。まああと2年位は持つだろうという考えで、引き続きくーの家は色だけかわったが同じものになった。

古いモデルも扉以外は壊れている訳ではないので、引き続き部屋の片隅におき、くーの別荘とした。夏は暑いので、あまり入らないだろうが…

くーにとって安心できる一番いいサイズは、このペットボイジャー3なのだと思う。写真は新旧ならべての写真。

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2006年05月07日

連休終了

長い?連休も終わり、明日からまた会社へ行かなければならない。連休中も2日に1度以上は会社のネットワークにアクセスしつつ、1~2時間仕事はしていたのだが、朝5時半すぎに起きてでかけ、夜まで帰ってこれないという日々がまた始まるのだ。

くーはそろそろ暑がるようになってきた。ケヘケヘと口をあけ、舌を出して暑いというのを表現するようになってきたのがその証拠だ。なので部屋のハウスのカドラーと呼ぶクッションを撤去し、夏バージョンである大理石のプレートを置いてやる。

するとそこが涼しいのが判るのか、出した途端そこに居る時間が殆どになってしまった。たまに飼い主の膝にあごを載せたり、へそ天になって体をどこか一部あてるのだが、しばらくすると暑くなって大理石に移動というのが繰り返される。

今日は朝から雨模様で、少しは涼しかったのだが、晴れるともう我慢できなくなってくるだろう。犬にとって辛い季節の始まりだ。都会で過ごす犬たちはアスファルトで囲まれている事もあって、飼い主は配慮しなければならない。

そんなくーが幸せに走り回っていた冬の写真を。場所は女満別の丘。足跡ひとつついていない雪原を、嬉しそうに闊歩するくー。しばらくは暑さとの戦いだ。私も明日からはジャケットを着ないで会社に行こうと思う。

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2006年05月06日

春の食卓、タラの芽

先日の秩父ミューズパークでエクストリーム練習会の中、私が会場をウロついて摘んできたタラの芽がおよそ10つあるので、今日の夕食は天ぷらと決めていた。

昼は由にコストコで買って来た蛸を使ってタコヤキを作って貰う。久しぶりだ。神戸生まれの神戸育ちの由は、タコヤキは基本的に玉子焼。出汁で食べるふっくらとしたものなのだが、大阪風のタコヤキも嫌いではない。由の実家から頂いた年季の入った鉄板を、カセットコンロに載せて焼く。くーは何かくれないかとうろつくが、しばらくして諦めてクレートの中に入って寝てしまった。

夕食まで由は石鹸を作ったり私は本を読んだりうたた寝をしたり。あと今日も含めて連休は2日しかないのだが、でかける気にもなれず、また色々しなければならない事もあったのだが、無気力状態だ。ブログも溜まってしまっている。

気がつくと外はうっすらと暗くなっていた。雲がはっていて、明日は雨の予報のとおり下り坂だというのがわかる。明日はまた家の中で過ごす事になるだろう。その為にも食材が切れたのでスーパーに由と買い物にいく事にする。

夫婦でスーパーには休日によく行く。私は結構買いだめ派なのだが、由はほんのちょっと今日必要なものだけしか買わない。私が行くという事は、明日、明後日くらいまでの食材を一気に買うという事なのだ。

色々見てまわって、今晩タラの芽の天ぷらと共に食卓に並ぶメニューは、カツオのたたき、ぶりのあら汁、そして天ぷらは舞茸と椎茸とピーマンとタラの芽。ちょっと贅沢な春の味になった。本当は筍の炊き込みご飯にしたかったのだが、手頃なのがなかったのが残念だ。

明日は手羽が安かったので塩胡椒でつけ込んだものを、ダッチオーブンで焼いてスモークをかけようと思っている。そしてちょっとだけ長かった連休が終わる予定になっている。

写真は今回摘んできたタラの芽。結構全て芽を取りつくされてしまっている木も多くみかけるのが残念だ。必ず芽は1~2つは残すようにしたい。

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2006年05月05日

EXTREME!練習会その3

子供の日。今日は由がお昼前から近所の犬仲間と幕張のコストコまで遠征だという事で、私とくーは留守番だ。すっかり夏日で外はとても暑い。

さて練習会の続き。オープンクラスのスピード感溢れるフラッグを見て、私たちは練習不足をしみじみ感じていた。自作のスラ機材を作ったのも、何とか普段練習ができないかと考えた末だが、ディスクやフリスビーと違ってなかなか練習する環境が大変なのがアジやエクである。皆それぞれ工夫したり努力しつつ、練習環境を整えているようだ。我が家も何カ所か、これから練習ができる場所を探したいと思っている。また草アジのように本来のハンドリングを必要とする競技もしていきたい。

さて総合のタイムトライアルが始まった。結構私たちの前にもタイムオーバーや脱走などがあったが、ちゃんとコースを最後まで走れる子たちは、30秒前後で終わる。制限時間は2分なので、待っている側もなかなか大変だ。くーの順番がまわってきて、スタート。

順調にジャンプ2つ、ハイウェイ、リング、ジャンプ、マウンテン、リング、スロープをこなし、鬼門であるフラッグへ。やはり1本目の侵入ができない。何度も何度もやり直すが、せいぜい6本位をこなす位でくーも何で戻されるのかとワンワン不満吠え。結局時間一杯つかってここでタイムオーバーとなり、最後にドラゴンを抜けさせて頂き、私たちの課題を沢山残した総合タイムトライアルは終了した。

その後オープンクラスの総合後、ミニチュア・ハイスピードのタイムトライアル。ひょっとしたらひょっとするかと思っていたが、圧倒的に経験の差もあったが、くーは11秒03のタイムで11位となった。由はどうハンドリングしたらくーが最後まで全力で走りきってくれるかを模索していた。

全ての競技が終わる前に撤収開始。皆殆どが翌日の予選に出る為、タープは張りっぱなしになるので、私たちは邪魔にならないように早めに引き上げる。由がオープン・ハイスピードを見ながら休憩させる為に、イスとくーのクレートだけを残し撤収、車に積んでいく。その間に閉会式があり、私は片づけを進めている間、閉会式後にフリーで練習をしてもいいという話から、由はまたくーとフィールドに向かった。

最後の最後まで由は総合のコースとハイスピードのコースを走り、ハイスピードでのハンドリングが少し見えてきたと言った。それにより、1秒以上は短縮できるという感触があったので、またあらためて練習していこう。

お世話になった周囲にお礼を言い、17時半に駐車場を出た。由もくーも疲れてへとへとだったが、由はとてもいい経験ができたと喜んでいた。私も疲れたが、くーの楽しそうな顔と由の満足そうな話を聴いて、エク練に参加してよかったと思いつつ、帰路についた。

高速の渋滞はラジオではないようだが、花園ICまでのルートは大渋滞のようだ。R299に入り、南下。何とか川越ICまでは下道で走って帰ろうと思ったのだが、飯能手前で約10kmの大渋滞で1時間をタイムロスした。私も右足のふくらはぎが痛くてアクセルワークが辛い。

途中で何とか裏道に抜け、夢庵で夕食。ゆっくり食べたあと、川越ICで関越に乗り、あとは渋滞なしで自宅へ。食事の時間を除いてトータル約90kmの復路は4時間弱かかってしまった。往路が98kmで2時間だったので倍近い。まあこの日の渋滞は各地で酷かったようなので仕方がないだろう。

我が家のゴールデンウィーク期間の唯一の遠出が終わった。明日はきっと洗濯や片づけだけでなく、体中が痛くてまともに動けないだろう。色々課題もあり、楽しく過ごす事もできたので、よい休養日になるだろう。

写真はスタート直後のピサの斜塔をモチーフにしたハードルを高さをキープしながら鮮やかに越えるくー。

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2006年05月04日

EXTREME!練習会その2

昨日の練習会の疲れが出てちょっと風邪気味だ。今日は大人しくしているつもりなので、引き続き昨日の話。

明日5/4は地区予選が行われるが、我が家はまだ初体験なので、エントリーは見合わせている。まだエク独特の機材である万里の長城、これまで経験した事のない高さを越えるマウンテン、長いトンネルのドラゴン、本数の多いスラロームであるフラッグに加え、先の見えないトンネルのワープも未体験だ。そんな状態で予選にエントリーなんかできる訳がない。

最初はそれぞれの機材の繋がりを抑え、個別練習。由はまずワープトンネルからはじめ、万里の長城、ドラゴン、フラッグ、マウンテンと少しでも並びが少ない所につけて練習を開始。私はビデオカメラとカメラを抱えて走り回った。それにしても部分的に酷い湿地帯になっており、滑って転んだりする人や犬が大勢出ている。撮影している方も避けながらだ。この頃から強い日射しで気温も上昇。由も頑張っている。私の方がダウンしそうな感じだが、頑張って歩きまわった。

やはり課題はフラッグ。くーはもう先に行きたくて仕方がないようで、スラロームのようなまどろっこしい事は面倒らしい。逆に内側に設置されたハイスピードコースはミスも脱走もなく完走。由はまったく追いつかずバテバテだったが、この時の実測タイムで10秒強という所だったのでなかなか悪くない。ただあとから聴いたが、どうも障害に足が当たっているらしく、くーがまだ間隔の短いハードルに慣れていないせいもあるが、怪我が心配だ。総合よりもハイスピードはくーが好きらしく、練習するポイントとしてはハンドリングのスタイル位かもしれない。あとは練習を重ねる事か。

問題は総合だ。今回の障害順は、こんな感じだ。

スタートジャンプジャンプワープハイウェイリングジャンプマウンテンリングスロープフラッグドラゴンフィニッシュ

早い犬たちは22秒台で駆け抜ける。上位5位までが決勝出場権を手にする事ができる。またミニチュア・ハイスピードはハードルが20基並べられており、ここを8秒台で駆け抜ける犬がいる。アジのように毎回ハンドラーがハンドリングするルートをその日に発表されるのではなく、総合は「の」の字、ハイスピードは「U」字をまわるだけなので、ある意味犬もハンドラーも分かりやすい。まあ正確に指示を出す事で成り立つアジリティと比べてはいけないのかもしれないが、分かりやすく言えばそういう違いがある。

細かい事だが、アジ機材でのAフレームなどは、犬の足にちょっと危険な感じがするが、基本的にエクの方は機材に突起がなく、高さがあるという感じか。微妙な差なのだが…。

お昼前に個別の機材練習が終わり、通してのミニチュア総合の練習が始まった。これは並んだ回数だけ走る事ができるが、練習なので途中で停まってしまったり、繰り返したりする事はタイムを計られずにそれぞれが1周するという形で進められる。

由も並んで練習開始。ただくーはもうやらせろとワンワン騒がしい。まわりをみてもそこまでワンワンしている犬は少ない。恥ずかしい事だが、やる気だけはあるのがくーだ。反面、あまり興奮しすぎてミスも多いのだが…。何せ私がハンドリングすると抑制が効きすぎるので、由がもてあます状況をうまくコントロールしていく事がよいと見ている。

由の順番がまわってきて、スタート台へ。こういう場では本当にマテが長い時間効かないが、あまり待たせずにすぐにスタート。個別練習の甲斐もあって、フラッグ以外はまずまずこなしてくれる。当然タイムなんか計れる状態ではないのだが、今日は初体験なのだ。焦らずに経験を積んでいくことを第一に由は必死で走る。

合計5~6本走ったろうか。もう由の体力も限界だった。私はスポーツドリンクを常に飲めるようにしておいたり、写真やビデオを撮りに走り回ったり、順番待ちで抜けられない時に由とくーに飲み物をデリバリしたりとそれなりに忙しかった。同時に太郎君の練習風景や、隣のタープのらんちゃんとイヴちゃんの写真も撮ったりしていた。

ミニチュアの練習時間は午後の早い時間に終了。バテバテの我が家は昼食を取りつつ休憩。雲もない空からの日射しは、風があればまだ涼しいが、結構な強さだ。タープがなければたまったものではない。引き続きオープンクラスの通し練習があり、その後試走を兼ねてタイムトライアルがある。それまではちょっとだけ休憩だ。

練習会のレポートは明日も続く。写真は由と共にフラッグに挑戦するくー。フラッグはアジでいうスラロームだが、間隔がちょっと狭く感じ、本数が16本と多くなっている。

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2006年05月03日

EXTREME!練習会その1

朝3時に起床。夜明け前に準備し、4時に出発。事前に友人のじんじんさんに聴いていたルートを走ろうと思っていたのだが、まだ渋滞マークは出ていない。迷った挙げ句、新目白経由で練馬ICから関越に乗る。

谷原から交通量は多めだとは感じつつも、何とか抜けられれば疲労も少なく早めに到着できるという考えからの賭だ。しかし三芳PAを越えると交通量が多くなり、追い越し車線が一番遅くなるほど、多数の車が流れていた。これでは自然渋滞が発生するのも時間の問題だ。あとはその前に花園ICに到着できるかにかかっている。

ロッキーではハイテンポな方で走り抜け、途中何カ所か60km/hまで落ちる所もあったが、何とか花園手前の自然渋滞のメッカ、ゆるやかな上りに難題もの黄色い旧道路公団のパトロールカーが速度低下に注意するよう案内を出している横を抜け、関越をおりる事ができた。時間はまだ5時半だった。

有料道路はまだ早い時間なのでパスし、国道沿いで長瀞を抜け、秩父へ入る。途中コンビニに寄って朝飯と昼飯を買うが、結構肌寒い。私はこの位が好きだが、今日は暑くなりそうだ。またちょっとナビがやらかしてくれて少し迷ったが、目的地となる秩父ミューズパークへ6時に到着した。

会場をみつけその先にある駐車場に入れると、数台が既に停まっていた。荷物をおろし、誰も知り合いがいない中、前日に相当降ったらしい雨で湿地と化した芝のフィールド周辺でマシな所を探し、スクリーンタープを張った。

まだ参加者のタープの数も半分もないようで、設営後ペグ打ちをし、さわやかな快晴の空の下で、ずっとしたかったタープへ耐風性を高める為の張り綱をセットしていく。普段はまるめておくのだが、いざ風が強くなってきたらこのコールマンの安タープではたまったものではないので、少しでもフォローできるよう張り綱を通常の倍増やしてみた。

そして既に機材が並べられているフィールドを眺めながら、朝食。出発前にポットに入れてきた暖かい紅茶とコーヒーを飲みながら、これから初体験の「EXTREME!練習会」でどんな事が起こるのかを想像してみる。

食後、ビデオカメラの設置場所を探すべく、三脚に装着したビデオカメラを担いでウロウロ。全景を入れるには相当遠くに設置しなければならない。また斜面になってしまうし、スイッチを入れにいくのが事実上難しいという事や、被写体が小さすぎて撮っても意味がないと思われるので、割り切る事にした。

その設置場所を探す間、なんとタラの芽をみつけて貯水池の周辺のタラの芽を探していたりした。殆どとられていたので、マナーであるひとつは必ず新芽を残していくと、あまりとる事ができなかった。あとで時間があったらタラの芽摘みに行こうかなとも思った。収穫をみて由は大喜びだったが…。

しばらくしてくーの散歩をガス抜きも兼ねてさせていると、コー助君のタープを発見する事ができた。早速挨拶をすると、快くワンワン吠えているくーを迎えてくださった。エクにしてもディスクにしても大先輩のコー助君一家が話し相手になってくれたお蔭で、少しばかり心強く感じ、由も緊張が少しほぐれたようだった。

他に知り合いというか、ディスク大会で何度かお会いしている有名なコーチの方もいたが、きっとこちらの事は憶えておられないだろうと声はかけなかった。今シーズンの第一回予選で既に決勝出場権利を得ているマイロ家も、先日のNDA千葉栄町で会った時に秩父には行かないという話を聴いていたので、他には誰も知り合いはいない。

丁度隣にタープを張ったご夫婦が、コーギーを2頭飼われているようで、色々お話をさせて頂いた。エク創設時より参加されているベテランの方だった。ここでも色々お話を聞かせて頂いた。

しばらくするとエントリー受付開始のアナウンス。揃って手続きに行った。

練習会のレポートは明日に続く。写真はハイスピード用のハードルを楽しそうに飛び越すくー。

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2006年05月02日

公園でスラローム

明日はこのゴールデンウィーク期間のメインイベントがある。大会でもないが、我が家にとってはまた新しい世界への第一歩になる訳で、由は特に緊張感が沸き上がってくるようだ。

朝食後から明日にむけて、今日は大人しくしている日の予定だった。外も午後から雨が降るはずだ。しかし自作アジ機材が少しづつ増えてきており、一番の練習不足となっているスラロームをなんとか明日までに練習したいと思い、12本のポールを持ってお昼前に公園に向かった。

降り出しても小雨だろうという予想のもと、公園のいつもの場所に着くとほぼ同時に小雨が降ってきた。他に犬連れの人は1組か2組くらいで、殆どが早々と散歩を切り上げて帰っていった。

そんな中、練習を何本かしたいのでセッティングしてスラの練習。しかし久しぶりにやるせいか、くーは興奮度が高くまともにできない。これまでスラロームはしつけ教室で数えきれない程、ドッグランに併設されている機材で数回などだった。そして長い事かかって漸くスラロームのリズムを上手く伝えられるようになり、くーもどうすれば楽しく抜けられるかを感じ取ったと思われる所まで行っていたのだった。しかしすっかり忘れてしまったという感じだった。

20本くらい練習したあと、雨足が強まり、機材を回収して東屋へ逃げ込んで暫くすると、雷と共に雨と風に包まれた。ありがちの夕立、というかまだ昼じゃないか。不安定な雲が速度をあげて通過しているが、風が巻いていたり風上側がまだ真っ暗なのでしばらくは動けない状況になってしまった。

太一君とママさんが傘を差しながらやってきたが、あまりに風が強くなったので一緒に雨宿り。30分たってもあまりよくならない。ほんの少し雨足が弱くなった時に、濡れるのを覚悟で家路に着いた。練習は殆どできなかった。

すっかり濡れてしまい、くーもどろどろ。明日の練習会が終わってから洗おうと思っていたのだが、これではどうしようもないので体半分を由が洗う。しかし毛の奥から砂がわき出てくるようで、しばらくブラッシングしたり大変な状況になってしまった。

私もどっと疲れたので、頭を乾燥させ着替えてからひと眠り。気がつくともう19時前だった。明日の為に今日は22時には眠ろうと、夕食を早めに取って就寝。

写真はその公園での練習風景。

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2006年05月01日

涙がとまらない映画

朝からよい天気だ。友人は八重山に行っていたり、今日は仕事に出たりと、それぞれなのだが、私は特に出社するまでもなく、家で何をするまでもなく、だらだらと朝から過ごす。

会社のサーバ状況を確認する為に1時間ほどリモートで仕事をしたのだが、それ以外は片づけをする気力もなく、撮り溜めたビデオを観たりして過ごす。

テレビドラマなどは結構見る方だ。といってもなかなか最近ヒットがない。今期のターンでは特にこれといったのがなく、とりあえず撮って見て判断しているという感じだ。最近のドラマでは、クドカンのタイガー&ドラゴンは秀逸だったと思う。古典の世界に興味が出た程だ。まあドラマなんて作り話ばかりで、事実や真実がねじ曲げられている事が多いのだが、素直に楽しむ事ができるというのは、やはり脚本がしっかりしているからだと思う。

そういえば、先日「いぬのえいが」を観た。これがクセもので、オムニバスの内容は前半面白おかしく描かれていて、噂は聴いていたがちらと観るつもりがすっかり面白く観はじめてしまった。これが敗因だった。

それはマリモのシーン。あとからボーダーコリーの飼い主から聴いた話だが、あの役者というか役犬はドラーダ君といい、雄らしい。そんな事は気づきもしないで観た私たちは、溢れる涙がとめどもなく流れてきてまともに観られなくなってしまった。

私もあれだけの涙が溢れたのは、実の父親がこの世を去った時以上だった。くーにいつか自分より先に虹の橋を渡ってしまう日が訪れたらどうしたらいいのだろうか。考えられない。地平線会議の江本さんの愛犬くるみちゃんと雪丸くん、LWDのトレーシーちゃんが先日、虹の橋を渡ったとあとから知った日も辛くて仕方がなかった。

犬という生き物は、12歳から16歳位までしか生きられない。体格にもよるようだが、その差はこの範囲くらいのものだ。自分でも犬を飼ってから、ここまで自分の生活の中に入り込み、ありきたりの言い方だが家族として一緒に過ごした事はかけがえのないものになる。今ではくーがいない時間は考えられない程だ。

いたずらにその触れてほしくない部分を映画にされるのは、ちょっと反則だと思った。しかし、あの最後のストーリーでダメージを大きく受ける人は、あの映画を観る必要はないような気もする。簡単にケーキでも買うように、らんらんと蛍光灯で照らされたショーケースで、本当はまだ親や兄弟のもとで、犬同士や兄弟との関係を経験しなければならない生後1カ月ちょっとの頃に並べられ、モノを買うように子供が犬や猫をねだり、買われていく犬たちがいるという事を疑問に思わない人が観ても、結局はそのマヒした感覚から伝わる事はないだろう。

犬をはじめ、動物は商品でもプレゼントの対象でもない。ましてや値段が付けられてショーケースで売られるようなモノではない。商売がある限り、儲けがある限り、それは行われるのかもしれないが、私はそれを見ていられない。サラ金がチワワを題材に金を借りるシーンとして大々的に放送するような行為が、おかしいと思わない時点で、生き物はモノだという考えをどこかに残しているのではないだろうかと思ってしまう。

映画やドラマ、コマーシャルにしても、もっと受けだけでなく、本質は見失わないように脚本を書いてほしいと思う。

写真は芝桜をバックに。笑顔を見ては飼い主は和む訳で。

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