2006年06月30日

セキュリティEXPO

今日は会社の近くで情報セキュリティEXPOが行われる。しかし朝は川崎市にある事業所でちょっとだけ打ち合わせ。その為、遠回りをしてお台場へいかねばならない。面倒だ。

しかし最近天気がいいのか悪いのかよく分からない。週末は崩れるらしいが、平日は案外夏のような湿度が高いがよい天気だ。私としては、平日はいくら雨が降って貰ってもかなわない。週末だけ安定してくれたらいいのにと思う。

展示会はたまに出かける。自分の勉強の為にとはいえ、何だかまるで夜の店の呼び込みのように、勘違いしたほとんどそれと見間違わんばかりの格好で、油ぎったおじさんに寄っていってと声をかける。何かおかしい。なぜか私が立ち寄る所は、そういう女性はまずいないのが不思議なのだが…。

それでも全部ではない。大手はお約束なのか、普通の格好に近い女性がいるだけだ。結局はあまり有名ではなかったり、たいした商品がない企業は、一人でもおじさんの名刺を手に入れる為に、そういう女性をたてるという訳だ。

何のために展示会に行っているのかわからない状況が、最近強くなってきている気がする。必要な情報を得る為に、ほとんどがウェブで済む時代、その中で一歩進んだ話をきく為に出かける私としては、行くブースは行く前から決まっているので、左右で呼び込みが繰り広げられる中を、ひたすら目的の場所まで、まわりを無視しながら歩くのだった。

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2006年06月29日

メディア買い込み

会社の後輩が使っているハードディスクDVDレコーダーのハードディスクが飛んだらしい。我が家のモデルはTOSHIBAのRD-XS41。LAN接続ができるようになった初期のもので、iPEG予約やらウェブベースで予約や録画されている番組のライブラリ、サムネールが確認できたりするのだが、PCへ録画したデータを意向できない。

後輩は、この手の製品ではノウハウを持っている同僚が使用している機種と同じ、RD-X5。私のよりも上位の機種なのだが、ちょっとキャプチャ編集後、不要部分を削除するような事をして整理している最中に突然全てのデータが読み出せなくなったらしい。マニュアルには、このような編集はできるだけしないようにと書かれているようだが、私はこれまでも同様の編集をしていた。運がよかっただけか?

これまでビデオカメラで撮影したデータも、とりあえずこのハードディスクDVDレコーダーにため込んでいるので、もしもこれが飛んでしまったら目も当てられない。これは何とか早くにバックアップをと思い、安いDVD-RAMとDVD-Rメディアで2重に保管できるようにしようと行動に移した。

メディア関係ではよく使っている通販ショップから、一番安い日本製メディアのTDKの片面DVD-RAMメディア50枚と太陽誘電OEMの日本製DVD-Rメディアを100枚購入した。それが届くのが今日。

しばらくはバックアップ大作戦。書き出しが結構時間がかかるはずなので、しばらく少しづつ時間を作って退避していこう。その後、再フォーマットして、ライブラリを編集するようにするつもりだ。

今後デジタル放送やら光経由でのCATVなどへの対応ができるように、次に購入するレコーダーはしばらく決まらないだろう。それまで何とか頑張って欲しい。ビデオ映像は結構なサイクルで増えていっているので、ロストしないようにしないと…

写真はそのハードディスクDVDレコーダー前で、食事中の飼い主がテレビに向けている視線を遮ろうとするくー。

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2006年06月28日

結婚とは何だろう

別に結婚に疑問を感じている訳ではない。丁度、今親しい友人が結婚という人生の中で大きい区切りに対して、色々な障害や課題など乗り越えなければならない事が多く、悩んでいる。自分の気持ちがうまく伝わらない事にもどかしさを感じるのではないだろうか。でも、それは当然だろう。

ただ単に結婚がしたい、という人も世の中には居るだろう。それまで赤の他人だった男と女が、突然ある日を境に夫婦となり、家族となり、それからの人生を一緒に過ごす訳だから、うまくいかない事だってある。たまには行き違いや誤解だってある。妙に気が合う時もある。

反面、結婚しない人も増えてきている。事実職場には多くの独身で私より年上で、また現在つきあっている異性がいない人も少なくない。職業柄というのを昔は感じていたが、そうでもないらしい。世間一般そういう人が増えているのは事実なようだ。面倒臭い、と彼らはよく言う。

私も20代の頃、結婚を意識して焦っていた頃があった。相手をずっと探していたのだが、うまくいかなかった事の方が多かった。とりあえず実家を出て、自分の力で生きようと思い、1LDKのマンションに引っ越した。当然独身ならなんとか生活できるが、家族が増えた場合は拡張性はまったくない間取りなのにもかかわらず、後先考えずに行動を起こしたのだった。

その頃、パートナーを探す事を半ば諦めた31歳の冬、突然何だかわからないうちに話が進み、翌年結婚式を挙げた。それも開陽台で。多くの旅で知り合った友人たちがそうしたように、式場も披露宴会場も神主も神父も呼ばず、自分たちだけで。あくまでもそれまでの自分たちのスタイルを貫くべく、2台のバイクにできる限りの荷物を積んで、丘に上がった。

結婚式は正直な所、なんだってよいと思っている。私の実の兄は大々的に結婚式を挙げたのだが、結果的には別れてしまった。それはそういう運命だったのかもしれいないが、私は何のための結婚式かという事を常々思ってしまう。そういう反動からも、式なんかどんな形でもいいと思っていた。

そして実際には、自分たちが思うよりも友人たちが頑張ってくれて、本物の牧師さんが現れたり、すばらしくおいしい本格的な料理を用意してくれたり、あの天気が安定しない丘で、式を挟んで前後の4日間はこれまでにない位の晴天に恵まれた。全ての面で、これ以上もない出来だったと今でも思う。お互いの両親も親類縁者に何度も何度も、この日の事を話していた程、印象に残る式になってくれたようだった。

実際には準備や料理の材料、牧師さんへのお礼や細かい部分でお金はかかったにしても、実際はほとんどが各自が労を惜しまずに協力してくれたからだ。これも旅の中で知り合った友人が居たからこそ。心から感謝している。

その式の日、タープが3つ並んだだけで、特に普段の開陽台と変わらなかった。夜も迷惑にならない奥の方で宴を行ったが、いつものキャンプの夜と変わらない。事実、その日に居合わせた旅人からも、そんな事が起こっていたとは気づかなかったと何人にも言われた。これは、私たちが目指した形だった。いつもの開陽台で、式の「ようなもの」をとりおこなう事が、自然だったからだ。余計なものは何も要らない。いつもの景色と空と旅人が居ればよいのだから。

このような式を挙げた私たちは、特に大きな喧嘩もせずに、そろそろ9年目を迎える。式よりももっと大事なものがあると、偉そうに言えるものではないが、私は自分の経験から思う。

男と女、それも赤の他人が一緒になる訳だから、それは色々問題もあるだろう。自分ではない人と一緒に過ごす訳だから。だからこそ、結婚する以前に、人として一緒に暮らす訳だから、お互いを認め、敬い、そして補うという、結婚式のきまり文句を改めて見直す必要があると思う。

私は由を尊敬しているし、由は私を尊敬してくれていると思っている。どちらも欠けている部分もあるだろうし、それは別に人間であり、自分ではないのだからあって当然な訳だ。あともうひとつ重要な事は、話をお互いがしっかりする事。話をした上で、相手の意見も尊重し、自分の意見だけを貫き通さない事。色々な意見や考え方がこの世に存在する事を認める事が最低でも守られなければ、どんな相手とだって一緒に生活していく事が辛くなっていくだろう。

結婚式の形や、人それぞれの考え方、そしてこれから人生半分以上を一緒に過ごすパートナーを、お互い認めあう事が大事なのではないかと思う。

自分がそれを全て完全にできているかというと、そうは思わない。ただ、9年前と今の考えに、大きな差はない。差がないという事は、無理する事なく、今の生活をパートナーと共に過ごしている証拠になるのではないだろうか。

そしてそのパートナーに、くーも加わり、くーがいる事でそれまで以上に、お互い一歩踏み込んで暮らしていけるのではないかと思ったりもする。

私はこれからパートナーとの生活が始まる友人に、幸せになってほしい。そして、これまでどおり変わらず、今度は夫婦揃って一家で一緒に旅をしたり、遊んだりしたい。そう願うのだった。

写真は私たちの結婚式の日の朝に撮った、丘の写真。ざっと見回してほとんどが関係者だった。ソロパッカーの人々は、それぞれ自分の夜と楽しんでいた。

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2006年06月27日

雨の足寄峠

夕立の豪雨の中、職業ライダーが町を走り抜けていく。正直あまり美しいライディングスタイルではないが、彼らはどんな天気だろうが走らなければならない。

ただ町にはマナーもへったくれもない無茶苦茶な運転のスクーターも目立つ。ラジオでは、最近バイクの事故で多くがヘルメットの顎ひもを締めないで重大事故になる事が多いので、しっかりと締めましょうというコマーシャルすらしている。

自分の命を粗末にするのは、自分の人生だから別に誰も干渉しないが、周りかける迷惑度というのはとんでもなく高い。それこそ何も影響がなくても、近くを通り掛かった人でさえ、気分が悪くなる訳だ。はっきり言って迷惑千万以外何者でもない。

職業ライダーのような強制力もなく、無法者ライダーのようなポリシーのない乗り方でもないツーリストは、マイペースだが実はとても風景に溶け込める能力を持っていると思う。

雨であれば、雨の中にいる事が一目でわかるスタイルで、晴れていれば刺すような日差しの中で光っている彼らは、旅という中で、その地に溶け込んでいるのだ。

私ここ1~2年は走っていないのだが、まだまだその血は薄らいでいないと思っている。乗ってナンボのものと言われる事もあるが、私は降りたつもりもないし、今でも旅に心ときめく。バイクをみれば、あの足元にある鉄のカタマリが唸りをあげて右手の動きにリアルに反応するノイズが聞こえる。雨の中走る時の、全ての音がどこか雨に溶け込んだような鈍い響きを思い出すのだ。

雨の中を走るのは好きではないが、旅で雨の中走った時の事は、晴れの日よりもリアルに思い出せたりする。由と一緒に石北峠を越え、北見に入る手前で降り出した雨を避けようと、レインウェアを着る納屋を探した時。濃霧でコンペシールドが濡れ、30秒ごとに左手の人指し指を使って水を拭いながら走った百人浜付近、ずっと雨に振られ、7泊の間一歩も丘を降りる事ができなかった開陽台での傘でテントとハイジを往復した日々。そんな辛かったけど思い出深い雨の情景は、こうして今でもはっきり思い出せる。

梅雨時の旅人に、全ての雨のツーリストに、幸あれ。

写真は苫小牧にフェリーで朝6時に上陸し、ひたすら走り続け、10時01分に足寄峠の手前で強い雨に降られた時のもの。レインウェアを引きずり出して、着用したあとに撮影。

これから阿寒温泉街脇を抜け、阿寒峠を下り、弟子屈を抜け、開陽台へ。サイト脇に到着したのは11時30頃だった。デジタルカメラでは、日付は入れないが、データのプロパティを見ると、日付と時間が正確に分かる。

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2006年06月26日

コーギーの雑誌と言えば

コーギー専門誌というのがある。くーを迎える事が決まった頃には、すでに数冊発行されていたのだが、バックナンバーを購入し、創刊号からすべて保管してある。

コーギースタイル(以下コギスタ)の創刊は2000年頃だろう。その頃がいわゆる午後の紅茶のCFの時を第1次とすると、第2次と言った所か。そこからはある程度安定してコーギーは多くの飼い主さんの元へやってきていた。そして我が家では2002年12月生まれのくーが来た、という訳だ。

そのコギスタは、他にムックで数冊コーギー専門の本はあれど、完成度は圧倒的に高い。センスというのだろうか、コーギーの雰囲気がよく伝わってくる雑誌に出来上がっていると思う。なので、毎号発売が楽しみだ。

この本を見ると実は結構知り合いが出演していたりする。みなおしてみると、後から結構あ、こんな所にという感じで見つけたりする。知り合いが出ているとなんだか嬉しい。

そのコギスタの取材が日曜にやってきた。これまでアンケートによる掲載が1回、スタジオ撮影が2回あり、3冊にくーを載せて頂いたのだが、これで4冊目になる。今回は、マンションで暮らす工夫のような特集らしい。コーギーはマンションのような共同住宅では実はちょっと大変だと思う。吠え声は大型犬なみだし、走り回る事も少なくない。まあめったに吠える事はないのだが、それでも来客が多くやってきて興奮したり、課題のままなのだが訪問チャイムや電話がなると吠えるという事がある位だ。

あと結構臆病な所があって、我がマンションは音が上下に非常に響く為、階下で子供が怒られてドンドンとダダをこねたりすると、響いてくーはそれまでハウスで寝ていても私たちの元にやってくる。しばらくすると元に戻るのだが、音には結構敏感だ。

私自身が結構音に敏感なので、音の響く部屋だと落ち着かない。それが理由でマンションを買って1年経たずに売却したり、勉強賃にしては高くついた事もあった。くーが騒ぐと私も結構敏感に反応するので、必要以上に音対策をできる範囲でしたりしていた。

由は工作が好きだが、お金をかける事は嫌いだ。なので100円均一の活用や、DIYショップで材料を買い、ノコギリや木ネジで狭い我が家で効率のよい収納が可能なように棚やブックシェルフを作っている。くーを迎えるにあたり、コルクシートも正方形のパーツになっているものを買ってきて、フローリングを覆うよう張りめぐらせた。ただ全面だと厳しいので、あとはカーペットなどを流用している。

あと我が家には階段があるので、階段の天板にも、きっちりとコルクシートを張り、滑りにくいようにしていたりする。パピーの頃は、100円均一のスチールネットを買ってきて、簡易ケージにしたり、階段やキッチンへの侵入を防ぐゲートにしたりした。そういう細かい部分が今回取材対象となったらしい。

ディスクやアジの大会があったので、やっと調整した日曜の朝10時。予定よりちょっと早くに女性の編集の方とカメラマンの方がやってきて、くーはもう大喜びでいつもそうだが訪問客を玄関から先に入らせない程、飛びついて尻尾を振って大喜び。巨大な機材をもってこられたカメラマンの方も降ろせなくて困っていた。

色々とこの日の為に部屋の中は掃除をしたのだが、それでもこの狭い部屋ではあらが目立つだろう。色々なテーマに沿って撮影をする。私はほとんど出るまくなく、お茶を入れたり、動きやすいようにフォローするだけ。結局取材シーンは1枚も撮れなかった。

そんなこんなで日曜の午前の1時間半は過ぎていった。

写真は以前スタジオで取材を受けた時のもの。なぜかコギスタの取材はデジタルを使わずプロビアを使っている。私の友人のツーリングフォトグラファーはすべてデジタルになってしまったというのに。撮影の確認などでも大変だろうと思うのだが。

出来上がりが楽しみだ。ただあまり我が家のあらが晒されなければいいのだが…ただ欲を言えば、屋外などで走るくーを載せて貰えると嬉しいのだが…。いつもくーが呼ばれるのは、お笑い系のテーマなのだ。

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2006年06月25日

プレーヤーズカップその2

私たちが参加した土曜は「ワンメイク!ディスタンス」と称し、大型犬も小型犬もレディースクラスも一緒くたに1つのスケジュールで競技をする。1R、2Rを投げ、その合計で普段は競われるのだが、今回は1R、2Rのどちらかポイントがよい方を有効とし、総合は上位7チーム、レディース・小型は上位3チームで決勝ラウンドと行うものになる。

また2R目はスロー方向が好きな方向を選べる。1R、2Rともに同じ風向きで投げる事もできる。ジャッジがその時は移動するので、大変なのだが、これもプレーヤーズカップならでは。

100チームがプレーする中、29番手の由までもしばらく時間があるので投げ練を少しだけ。あまりに大会離れしている中、まったく練習をしていなかったのだが、体は少し覚えているようだった。もともとレベルはそんなに高くない私たちだが、少しづつ安定してきているのは確かなようで、身についてきているのだろう。

くーにとっては正直な所、投げてくれたら嬉しいという事から、遠くに投げるよりも、ショートで何本もキャッチするのが好きだ。ただ競技ではある程度ポイントがかかってくるので、できれば5-6ポイント、いわゆる30m以上のスローが要求される。安定したディスクの速度と高さ、そしてフェアウェイに納める為にまだまだ練習は必要なのだ。当然だが皆、この競技をはじめて何年も経験を積んでいるベテランの方な訳で、参加し始めて8カ月目、それも最近2カ月以上は大会にまったく参加していないという不真面目スローワーな訳なのだから。ただ、この大会は雰囲気として、何だかNともJとも違う時間が流れていた。

由の順番。朝からすっかり天気が回復し、強い日差しでタープの中に居るだけでも熱くて汗をかくほどだ。既に夏真っ盛りという蒸し暑さから、くーがバテるのを心配していた。遊びの中でも、くーは疲れたり満足したりすると自主的にキャッチ後その場で座り込んだり、日陰に隠れてディスクを離さすに休憩してしまうのだが、ファーストラウンドではそんな事はないだろうと思っていた。その為にも体力を使わせないように朝から気をつけていた。ただくーは30秒も休めばすぐにプレー再開というように戻ってくるのだが、競技中にそんな事をされては終わってしまう。

斜め左後方からの追い風気味なコンディションで、左右に安定しないが全てフェアウェイに収まり、ジャンプの6を3連続。しかしなんと予想通りだが、3投目キャッチ後、コート横のタープの日陰に逃げ込んでしまった。MCの方の「暑いんだ~」という声が響く。由は大慌てでくーを呼びに行くが、くーは逃げ込んだタープの人に、コートに強制的に戻され、迎えに行った由とともにスローポイントへ走った。またもMCの方が「走れ~抜かれるな~」と何の競技だがさっぱりわからない状況になってしまっていたが、やはり予想通りくーに負けた由であった。これで1Rタイムアップ。18Pで終了となった。もう1スローできればと思うのだがこれはそういう競技なのだ。

65番手の私まで暫く間があいて、ボーダーや黒ラブの格の違う走りと素晴らしいスローを見学した。圧倒的なジャンプ力と飛ぶように走る姿は、やはり美しい。そして私の1Rがまわってきた。日差しが少し雲で隠れて、熱くなりすぎないと思われた。

1投目はショートでいこうと決めていたのだが、高めに投げてしまう。珍しくくーはディスクを見ないで走っていたので、見失う。2投目はミドルエリアに飛ぶが、結構ミドルからロングのあたりに風の流れがあるらしく、軌跡のラインがクイックに変わる。落ちかけて持ち直したかと思ったら、急激に地面に落ちる、といような動きをみせたのだが、くーはちょっとだけジャンプでキャッチし、6P。3投目もフェアウェイに飛ぶが、同じように急に落ち込んでしまい、しかしくーのお蔭でランニングの5P。4投目もちょっとだけ高めだったが、しっかり追いついてキャッチ、といいたい所だが、スローワーからは見えない風のせいか、これもタイミングがあわずディスクダウン。トータル11Pで終了。残念だがスローは自分の中では比較的安定していた。練習時には風のお蔭もあり、ロングも少なくなかったのだが、練習と本番の違いは言葉で言い表せないものがあるのだ。

こうして私たちのラウンドが終了した。ほぼ予定通りお昼に1Rの全てが終了し、12時15分から12時45分までお昼休みになった。私たちはいつもカップラーメンでお昼。眠さが激しく襲ってきたので、私はベンチ、由とくーはテント用のインナーマットを敷いてタープの中で横になった。まあまともに眠る事もできなかったが、天気がよいとこういう休憩ができて嬉しい。

天気は少しづつ雲が張り出し、涼しい風が吹き出していた。雨が降るかもしれなかったが、それほど悪天候にもなりそうもなく、午前の太陽が出ていた時よりも快適になってきた。

2R目開始。午前と一緒で29番目に由がスロー。1Rと同じ方向から投げるが、追い風気味な風が少々不安定に吹き、くーが弾いてしまう事もあった。結果、15Pで終了したので、1R目が由・くーチームの最高ポイントになった。私は何を血迷ったか、普段は必ずといっていい程青ディスクを使うのだが、練習時ちょっと気になる点があって、白ディスクで投げたのがまずかったのか、殆どのスローが高めにあがってしまった。こうなると風の影響も強く受け、ディスクの落下速度によってはくーは無理なキャッチを強いられる。反省のラウンドだった。でも何だかいつもよりもすがすがしい気分で終わる事ができた。ポイントは伸びなかったのだが、久しぶりにディスクの大会を楽しんでいる自分に気がついていたのかもしれない。

今回は総合、いわゆるNでのスーパークラスの面々、ワンメイクで投げる機会があったので、何だかこういうのもいいなと思ってしまった。クラス分けも当然必要なのだが、皆一緒にディスクで遊んでいるんだよという感覚とでも言ったらよいのだろうか。圧倒的に力の差を見せつけられてはいたが、妙に楽しかった。

そんな中で、小型・ドギーズクラスの中でも圧倒的な力を見せつけてくれたのがマルちゃんチームとファアちゃんチームだ。マルちゃんが10Px4の40P、ファアちゃんが10Px3と9Pで39Pという素晴らしいプレーを見せて頂いた。普段からもスーパークラスに出る実力派なので当然だとはいえ、でもコーギーでここまでイケるという証明をしてくれる事で、結局はまだ自分の力や経験不足なのだという事がよく感じられる。そして何とも驚きなのは、総合の決勝進出は7名なのだが、この決勝進出の為のボーダーラインがなんと40P。こんな大会見たことがなかった。

この大会の雰囲気は、年間ァイナルポイントや色々なレギュレーションの違いなどを全て取り除き、基本的なルールだけで皆がのびのびとプレーしていた事で、これまでにないお祭りのような気分で参加する事ができたのだろう。それが皆のこの結果にも出たのではないだろうか。欲の少ないプレーが、きっと皆の実力を発揮させ、そしてこんなに素晴らしい成績の中で生き生きと笑いの絶えない大会が進んだのだろうと思う。

私はこんな大会に出られて、とても感動していた。是非来年もさ来年も出たい。その為にはもっと経験は積まないとならない。大会を楽しむ事は、NでもJでもできるのだが、このAJPCは何かもっと突き抜けた空気を一緒に皆で感じ、楽しむ事ができたと思う。

この大会を発起し、実現させ、当日も頑張ってくださったスタッフの皆さんには感謝したい。今度はもう少しお手伝いができればと思うのだが、なんせまだ知らない人だらけ。知っている人でさえ、思い出せずに失礼な態度をとってしまい、心苦しい自分には気づいているのだが、なかなかこれは性分なので改善しない。そんな私がこの大会の事を書くのは何なのだが、素直に感謝し、そして感動した大会だった事を残したかった。

日曜は本番ともいえるプレーヤーズカップだったが、私たちは用事があった為土曜のみの参加で帰宅。殆どのメンバーが車中泊や近くのフィールドドッグガーデンで1泊した事だろう。

AJPCのスタッフの皆さま、そして全てのプレーヤーの皆さま、素晴らしい時間をありがとうございました。

写真はそのAJPCのコートでのびのびとプレーする由とくー。まあ実はこの3投あとに脱走するのだが…

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2006年06月24日

プレーヤーズカップその1

昨年、1月1日に由がディスク大会デビュー。そして、遅れて10月22日に私が大会デビューをしたディスクドッグ競技。NDAの初心者クラス、プライマリーで右も左もわからない状態で参加したのだが、すっかりその魅力にはまってしまった。多い月には3度の大会にも参加した程だ。

そんな中、10月15~16日で、All Japan Players Cupなるものがくきざきで開催されたのを知った。しかし当然ながらディスク大会に参加し始めたばかりの私たちは、そんな「プレーヤーのプレーヤーによる プレーヤーのための年に一度のワンメイク大会」に参加するなんてレベルであるわけがなかった。

それが今年度は6月24~25日、静岡の朝霧高原で行われる。ここで行われる大会にはNDAJFA共に出ているのだが、私がデビューした記念すべき会場だ。富士山を望む標高1000m程のすがすがしい高原だ。

ディスク大会に参加し始めて8カ月がたち、私たちもすっかりディスク大会に参加する事が定例化し、ただしばらくNDAの決勝とも言えるJapan Cupなどのイベントもあった為、4月初旬に大会に出てからまる2カ月ぶり。これまでまとも投げていなかったのだが、何とか今年はこの大会に参加できる事になった。

趣旨としては、NDAJFANPAなどのディスク競技団体の枠を取り払い、ディスクが好きなチームなら誰もが参加する資格があり、それぞれの団体で名を馳せるプレーヤーが戦える場として、会員やレギュレーションなどで縛られる事をできる限り取り払い、ディスクも各団体が認めている公式ディスクの中から好きなのを選び、プレーするという非常にユニークなものだ。

しかし週間天気予報では金曜から日曜までずっと雨という予報。先週のアジ大会初参加の日にこれでもかと濡れてしまったタープを乾かそうと思っていたのだが、これではまたしばらく乾かせそうもないと思っていたのだが、予報は変わり、曇りという予報になった。小雨が少々降っても、乾いてくれるだろう。

実は私と由が何かイベントに参加する時は、結構な確率で晴れている。先週の寒川はこれ以上ない程に雨が降り続いたのだが、実はそんな状況でもタープを設営する時と撤収する時は、ほとんど雨が降っていなかったのだった。

そんな私たちは現地向かう早朝、河口湖IC周辺から霧の中から青空が覗きだし、とうとう朝霧高原近くでは大きな青空が迎えてくれた。逆にこれ以上晴れると暑さの心配をしなければならないと思う程だ。

会場に到着したのが6時45分頃だったのだが、もう多くの参加者がタープを設営済だった。こんな早くに設営が終わっているという事は、皆5時台には皆到着していたか、前日から入っていたのだろう。こんな事はこれまでなかった。きっと多くの参加者は、この大会の企画者であり、運営者でもあったのだろう。こんな大会は初めてだ。

私たちも急いでタープを設営しようとするが張る場所がなかなかなかった。しかし知り合いのダイゴロウ君といいちこちゃん家のタープの後ろに張らせて頂ける事になった。その横にはコート脇にシュウちゃんとクリームちゃん家のタープと私たちの横にハナちゃん家。いつも大会で会っている人たちに囲まれて、一息つけた。

また同じクラスに出場する先輩たち、ロビ君ポーちんニモっち家、マルちゃん家、ファアちゃん家、サニーちゃんブライアン君家、ハジメちゃん家などそうそうたるメンバー。明らかに実力不足の我が家なのだが、憧れだった大会なので末席で楽しませて頂ければと思っている。

くーは久しぶりの大会の為か、まだ何の為にここにきたのかわからないようだったが、タープの中に入り、外に投げ練中のディスクが飛び交うのをみて、スイッチが入ってしまったようだ。何はともあれディスクが好きなくーにとっては、もうじっとしていられないのだろう。

オリジナルのステッカーやTシャツを受け取り、大勢のスタッフ兼プレーヤーの方が、受付や大会の準備で走り回っていた。そんな中、まだまだ知り合いが少ない私たちは、何をしていいのかもわからず結局タープに戻り、朝食を取って久しぶりの大会の雰囲気を楽しむ。

そして競技が始まった。写真は朝の雄大な富士を望む会場で。

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2006年06月23日

梅雨の楽しみ方

我が家は雨の日は散歩なし。ただ体を洗う日なんかは、その前に雨上がりでも徹底的に遊ぶ事になる。大体月に1度洗えばいい方の我が家だが、そんなにくーが汚いという事がないように、由が散歩が終わったあと、足や腹などをしっかり洗ってくれる。私が由が不在の時などに洗うと、やっぱりギクシャクしてくーも嫌がる。

泥んこになって遊ぶのは犬にとっても好きなのだろう。泥水の水たまりなんかある日には、その中で伏せをしてしまう位だ。飼い主が悲鳴に似た声をあげたとしても、くーは何の事だかさっぱりという涼しい顔をしている。

くーは体が現れるのは好きではない。嫌いな事は沢山ある。つめ切り、歯磨きなどはもちろん、後ろ足やおしりを触られるのも嫌いらしく、飼い主でも唸られる。飼い主に対して唸るとは何事だと昔は厳しく怒ったりもしたのだが、くーの唸りにも種類があって、嫌だという時に唸るのは、起こっている訳ではない事が判ってきたのだった。

パピーの頃から飼い主だろうが何だろうが、嫌な時は唸る。ただ危険を感じて矯正した事のひとつに、食事をあげていて、皿に手を伸ばそうとすると、勢いよく唸りながら怒る事だった。これはまずいと思い、色々な事を試しながら矯正できた。今では手をだそうががっついて食べている時だろうが、マテやオフをかければ停まり、手を出しても唸る事はない。

なぜかお尻を撫でたり、後ろ足をマッサージしてやろうとしても嫌がる。タッチングなどのトレーニングもしたのだが、唸らなくなった事もあったが、結局また唸るようになってしまい、それ以上特に反抗的でもないようなのでそのままにしてしまっている。

くーは食事やオヤツよりもアジ機材で遊ぶ事が好きだ。そしてそれよりも好きなのが、ディスク。「フリスビー」と言ったり、「遊ぶ?」というと、それまで熟睡していようが食事をしていようが、動きが止まり目がキラリと輝く。誰がみてもその表情は嬉しさに溢れ、瞳孔が開きはじめるのだ。

それと我が家の電話の近くにある、くーのお気に入りがある場所に沿って座り、尻尾をバタバタと振り出す時もある。遊んで貰えるという事は、彼女にとってイコール、レーザーポインタ遊びをしてもらえるという事らしい。

昔はマグライトの光を追って、猫のようにじゃれていたのだが、最近はレーザーポインタを追うのが大好きになった。そんな彼女だが、飼い主が「じゃあ、これはどうだ」とミニトンネルを出すと、もうレーザーポインタの場所から離れ、トンネルに入りたくて仕方がなくなるのだった。

部屋の中でアジ練習。まさかこんな狭い部屋で、と思うのだが、何とかしようと思うとできるものらしい。

写真はソフトトンネル、低ハードル、高ハードル、テーブル下の簡易トンネル、というコースでひたすらぐるぐると幸せそうに走るくー。

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2006年06月22日

F902iSが来た

これまでF101Hyperから始まった私の携帯ライフは、結構Fをよく使っている。ただなかなか性能的にはあまり満足度が高くなく、正直な所P206やN501iといった別のメーカーの携帯に換えた時、よくできているなと感じた。それまで携帯でメールなんか打つのはおっくだと感じてはいたが、iMode機を手にした夏、ツーリングしながらメールを受信する事で、妙に時代の変わりようを実感したのだった。

ある程度サービスが熟成してからしか手を出さないという性格からか、iModeもFOMAも私が使い始めた時期は遅い。特にFOMAはエリアの問題から、私の用途にはあまり適さないという事が、大きな理由で今の今までmovaの端末を使っていた。

エリアの問題が少しづつ解消され、現実に魅力を感じるサービスが増えてきたという事で、mova端末の新製品は今後出さないと広報があってからになってしまったが、やっと私のだけだがFOMA端末に切り替える事にしたのだった。由は携帯は不携帯なので、そのまま。しばらく使ってもらい、使えそうな機種が出てきたら切り替えるつもりである。

携帯屋の友人から、なかなかデキがよいという話を聞いていて気になっていたF902iSが、今日やってきた。ちょっとした販売ルートで安く手に入った。それもドコモポイントで実質無料になった。ちょっとデザイン的にもそんなに好きな形ではないが、何より安くそして機能的にも魅力的なものが装備されている事、そして携帯屋の友人からのサポートがある事から、購入に踏み切ったのだった。

正直な所、私としてはSH902iSに興味があった。デザインも質感も機能面でも相当レベルが高い。逆にPやNはまったく興味がなかった。

さて早速細かい設定をしていこう。契約にパケホーダイを追加する為、毎月の料金は4000円程高くなってしまうが、その分の機能はあると見ている。実際に私が使いたいものでは、フルブラウザ。jigブラウザも有料なのだが、パケホを利用するには仕方がない。これで渋滞情報やウェブ情報検索などが携帯でできるようになるのが大きい。まあパソコンも持ち歩く訳だが、さすがに盗難の恐れもあるしハードな環境にはあまり持ち出したくないのもあり、携帯でできるだけの事もしたいのだ。

音楽プレーヤーとしてはWMPを使って管理できたり、MS Outlookとsyncできるスケジューラも、それまでPalmやWinCEを使って長続きしなかった私にも、携帯と一緒になれば持ち歩くだろう。モバイルSUICAなどの機能も使ってみたい。

携帯電話のイメージは、音楽プレーヤーでもデジカメでもない。メールが使え、PIMとしての機能が充実し、あくまで臨時だがInternet上の情報を十分に活用できる事を求めている。そして電話は使用頻度は少ないが、なくては困る。できる事なら状況に応じて自分のウェブを更新できれば、相当なメリットになるだろうと思っている。だからこそ、漸くそれが少しだが達成できるかもしれないと期待している。

残念ながら開陽台でもハイジーの家では入らないらしいが、そこそこエリアも対応しているのでもうよいだろうと思う。ただ最初からドコモだったので、どうしてもドコモが色々な面で便利な事もあり、auなど他の魅力的な機器やサービスが気になりつつも、キャリアを変更するまでには至らない。ナンバーポータビリティがあったとしても、もっと特典のあるキャリア切換サービスがなければ、長期間契約をしているユーザはなかなか切り替える事ができないだろう。

そんなこんなで遅くなってしまったが、漸くFOMA使いになったのだった。写真は結構気に入って使っていたmova最後の機種になるF505iと、今日からの私のメイン機、F902iS。ただ設定や使い方を覚えるのが大変だ…

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2006年06月21日

犬ブログかもしれない

すっかり犬ブログ化しているので、由のくーたら日記と重複する内容も少なくなくなってきてしまった。まあ視点も微妙に違うので、それはそれでいいのではと開き直って書いたりしている。実際の所、旅もバイクも捨てている訳ではないが、今何がしたくて、今何をすべきかという事を考えると、どうしてもくーを中心に考えざるを得ないというのが素直な気持ちだ。

私自身犬と暮らす事になって、これほど犬と一緒に毎週のように遊ぶという事を考えていなかった。犬を飼う事すら、考えていなかった訳だから、その変わりようといったら自分が一番驚いている。

犬と一緒に暮らす人は多い。犬は群れの生き物であり、飼い主のスタイルが、その家に家族として迎えられた犬の運命であり、その中に何を幸せと見いだすかは程度こそあれ、それが全てになる。だからそれぞれの犬は、飼い主との生活の中で、それぞれの世界の中の幸せを感じているのだろう。

外飼いだから不幸だとか、安いドッグフードだから長生きできないとか、散歩にあまり出してもらえないとか、状況は違えど幸せは少なからず感じているんではないかと想像する。いぬのきもちがわかれば簡単なのだが、こればかりは他の犬たちの気持ちはなかなか分からない。

しかし我が子であるくーの気持ちは、随分わかるようになったと思う。やってきた時はなつかず難儀したが、くーにとって一緒に思いっきり体を動かして遊ぶ事が何より好きだということが判ってきた。それがディスク、フリスビーであったり、トンネルであったり、ハードルだったりする。例えば食事中にディスクを見せたなら、くーは迷わず食事を中断し、ディスクに飛びついてくるだろう。それだけ彼女にとっての遊びは、本能で求めている時間なのだろう。

くーを迎える事が決まった日から、くーがやってくるその2カ月後までも、とにかくありとあらゆる思いつく事は勉強し、調べ、準備した。くーがやってきた日からも、日々生まれてくる悩みや課題をこれでもかと吸収しようと努力してきた。今ではすっかり犬との生活については、自分たちが目指すべき方向性とポリシーを持つようになった。

それが確固たるイメージと共に、体で感じるようになったのは、ドッグスポーツをするようになってからだ。旅行も楽しかったし、キャンプも充実した時間を過ごせたのだが、くーと対話する事は、一緒にスポーツをする時間の中から、ますます深くくーとの時間を感じられるようになった。

とにかく今は、できる限りの事をしてみたい。それが結果的に目指すものではないにしても、やってみなければ分からない。自分で納得したいという気持ちから、ディスク、フリスビー、アジリティ、エクストリーム、そしてオビディエンスなどにも関わっていきたい。順番はおかしいかもしれないが、今はチャンスを逃したくないと思っている。

欲張りすぎなのかもしれないが、ひとつひとつ経験を積む事で、自分たちとくーが何を目指すべきか、どうすれば幸せになれるか、という自分たちなりの結論を出していきたい。スポーツができなくなる時期だって、そう遠くない。あと5年もすれば現実にぶつかる。だけどそうなっても旅はできるだろう。オビだってできるだろう。犬の一生の中で、今なにをすると一緒の時間を共感しあえるか、という事を考えた結果、私たちは少しづつだが目指す方向に向けて、新しい扉を開き、一歩づつ進んでいるように思っている。

その一歩一歩はくーが単に幸せになるだけでなく、飼い主に対しても驚くほど幸福感というものを感じさせてくれる事に、最近気がついたのだった。それも、全てが経験なくしては生まれないものだ。

そんな事を感じた理由は、この写真ような、幸せそうな笑顔にある。犬の一生は飼い主次第で全て決まるのだから。

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2006年06月20日

初アジスクランブル初参戦3

BAGは4番手。MCはなんと最近しつけ教室でお世話になっているA動物病院のI先生だった。くーはやる気はいつもどおり満々。

スタート位置へ呼ばれ、位置に向かって歩きだそうとした時、真横からコーチの「くー!」という呼び声がかかった。「コンタクトは跳ぶんだろうな!」「はい、跳びます!」「今はさせなくていいからな!」「はい!」と短い会話が交わされた。はなっから減点を促すうコーチには、今のくーの事がよく判っていた。最初、こんな怖そうなコーチの元でやっていけるのだろうかと思ったが、今では絶大な信頼を置いている。まだセミナーに4回しか参加していないのに、色々と気をかけて頂いている事が少々信じられない気持ちなのだが、くーと由を暖かく、そして厳しく見ていてくれる事が何より嬉しい。

由とくーは、ほぼ同時にスタート。やはり1本目のハードルをダウン。

その次の2本のハードルをクリアし、由のコマンドが遅れたが見事にくーはハードルを飛ぶ前から体制を斜めにしてトンネルの入り口に入った。そしてそのままハードル、2本目のトンネルをこなし、大きく右にカーブする3本のハードルを走り抜け、Aフレームへ。

コンタクトという課題があり、Aフレームやドッグウォークの地面に接している部分から90cm~1mは色が変えられており、そこはしっかりと足が付かなければならないというルールがある。しかしくーは一切お構いなしに跳び降りてしまうのだままどろっこしいのが大嫌いなくーなので、まだコンタクトを練習するするレベルに達していない。これをスタート直前にコーチが無視しろと言ってくれたのだった。

Aフレームはくーの歩幅の関係で、上りはぎりぎりコンタクトゾーンを踏んでいたようだ。しかし下りは当然1m位は飛び下りてしまうので減点。その次のハードルを1本越えUターン。ドッグウォークも登りはいいが、降りる時は見事に飛び下りてまたも減点。その後一瞬由の指示が遅れ、くーは右に行きかけ迷ったようだが、無事左のハードルへ入るコースへ。

トンネルをくぐり、ハードルを越え、左真横に置かれたU字トンネルへ。ここでうまく由が手前のトンネルの入り口をふさぎ、先の入り口に入ってくれた。丁度由の後ろ側のトンネル出口から出てきたくーと、勢い余った由がぶつかりそうになるが、なんとかそのままハードル3本を越えゴール。ハードル1本とコンタクト2箇所の減点はあったが、ミスコースなしというすばらしい結果だった。

由はゴールで大喜びでバンザイ。コーチもよくやったと褒めてくれた。由はこの瞬間、きっと1本目の失敗とあわせてアジリティの世界にどっぷりと浸かっていく自分を感じていたのかもしれない。ゴール先でしばらくその喜びに浸っていると、競技が進行中なのに、コーチが来て声をかけてくれた。「それでいい、よくやった。」そして課題はこれから練習していこうという心強い言葉を頂いたのだった。

結局暗くなりかけるまで競技は進み、雨もようやくあがったのは、会場撤収の頃だった。皆で機材を積んできた沼津ナンバーのレンタトラックに積んでいく。撤収完了した時には、すっかり真っ暗になっていた。私たちも挨拶をして、会場を離れた。

厚木ICに乗るまでにガソリンを入れ、ファミリーレストランで簡単に夕食を取る。由は今日のおさらいの中で、本当に多くの体験をし、大きく成長できたようで、話す内容にも力が入っていた。これからもっと練習をしなければ、という事と、アジリティという競技の面白さ、奥深さ、そして何より一緒に達成する気持ちのよさを、これからの糧として頑張って行ければよいだろう。

東名に乗る前に、コーチの車とレンタトラックをみかけた。皆、夕食タイムなのだろう。まる1日雨の中、ドロドロになりながら集まった参加者や主催者の皆は、心から犬と遊ぶ事が好きなのだと思う。JKCなどスーツを着たジャッジのいる競技会とは違い、あくまでも「草」というコーチのポリシーに同調し、競技を一緒に運営していくという集まりは、結局の所本来一番必要な部分だけを楽しむ贅沢な競技なのではないかと思ったりする。順位は大事だと思うし、プライドや表彰状も草にだってある。しかし、それはごくわずかな部分だけだ。

犬と一緒にアジを楽しみ、CR(クリーン・ラン)を目指す。それを楽しみたいがために、草があると思う。正直無意味に近い血統書が必要になったり、失格したらすぐに退場という競技も否定はしないが、犬と一緒に遊ぶという意味からすれば、とても微々たるものなのだと私は思う。どんな犬だって、どんなハンドラーだってこの時間を味わう資格はあるのだから。

写真はドッグウォーク上で笑顔のくー。降っている雨がかすかに写る、

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2006年06月19日

初アジスクランブル初参戦2

お昼休みなんか決まっておらず、次々と競技が進んでいく。その中にはベテランの方や先輩の方々が素晴らしいハンドリングで走るのだが、ぬかるみに足を取られてしまったりしながら、頑張っていた。いつか私たちもあんな風に走りたいねと、簡単な昼をとりながら、ビデオやカメラで知り合いの映像を撮っていた。

くーが既に1走だけでドロドロになってしまい、クレートの中にいても濡れている足が気になるのが、ガジガジと噛んでいるのが気になり、競技に迷惑がかからないよう少し遠くでディスクを投げてやる。くーは相変わらずディスクは大好きなのだが、ただ最近ちょっと疲れやすくなってきたように思える。逆に私の投げるスローが前よりも遠くに飛ぶようになってきたのもあるかもしれない。

とはいえ、まだまだ30mを越えるかどうかという所なのだが…。大会では80mを投げるロングスローワーの方も多く、私の経験も足らない。ただあまりロングを投げるよりも、ショートで沢山くーがキャッチできる方が、実はくーにとって嬉しいのだ。自分の腕を棚にあげる訳ではないが、30mラインの5-6ポイントで充分かなと思ったりする。そう、今週末の土曜は朝霧アリーナでAll Japan Players Cupへ参加するので、その練習もできればと密かに思っていたのだった。

ディスクをやるようになってから、右肩の付け根が痛むようになってしまった。しばらく投げるのを抑えていても、なかなか治らない。四十肩と言われる奴らしいが、まあ基本的に私が運動不足なのだろう。中学時代までは懸垂50回とかができたのだが、すっかり体が弱ってしまっている。アジなんかしたら私は倒れてしまうのではないかと思ってしまう。

くーはひとしきり遊んで満足してくれたか分からないが、雨も降っているのでまたタープに戻り休息。その間も競技はどんどん進んで行くのだった。

今回参加した初アジというのは、草アジの中にももっと初心者よりにコースやルールを考えたメニューで構成されている。ただ意味がよく分からないが、スクランブルと名がつく事で、上級者が参加できる競技メニューが追加されている。その為、参加対象者が多いのか、これだけ天気が悪いにも関わらず、大勢の参加者がやってきていた。この進み方では終わりは夜になってしまいそうだ。私たちはしばらくは、この初アジという大会を中心に参加していく事になるだろう。

さてもう一つの参加種目、BAGのコース見聞。多くの参加者が本当にこういうコースなのかと目を疑うようなフェイントの多いコース設定に、唖然としていた。コース設定をしたコーチを呼んで確認する人も出た程だ。

スタートから見て、4本のハードルがまっすぐに並んでいる。その先にはトンネルが口を開けている。しかしコースは3番目のハードルの次のハードルは5番であり、その間の右横に、U字におかれたトンネルの入り口が2つ開いている。そう、最初は3本のハードルを越えたら、90度に右折し、U字に置かれたトンネルの手前に入る。そしてトンネル内でUターンし、外に出たらまた90度右折し、5番目のハードルを跳び、トンネルに入る。というものだ。

2個目のトンネルは普通に90度に曲げられ、その先にハードル3本がゆるやかに右に曲げられて並べられている。その先にそびえ立つAフレームを越え、Uターンする間にハードルが1本。Aフレームと平行に並べられたドッグウォークを越え、往路の2本目のトンネル先のハードル1本の手前で逆走する形で合流し、ドッグウォークから1本のハードルを越えてトンネルに入る。

トンネルを出たら1本のハードルを越え、先程真横にU字に置かれたトンネルにまた入るのだが、今度はU字の入り口は手前に入るのではなく、先の入り口に入り、トンネル内でUターンし戻る形になる。ラインは見事にクロスし、そしてスタート地点までまっすぐに並べられたハードルを抜けてゴール。

こんな難しいコースがビギナー向けなのか。単にコースの難しさだけでなく、ハンドラーと犬のコントロールレベルがあり、それがうまく盛り込まれているというのが、少しづつ判ってきた。しかしそれにしてもこれは難しい。由も相当に頭を抱えている。

そして由の出走する順番がまわってきた。

写真はそのなんともビギナーと呼ぶにはサバイバル系のコース全景。

その3に続く。

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2006年06月18日

初アジスクランブル初参戦1

とうとうアジリティ競技大会への初参加の朝。雨は殆どあがっていたが、夜の間ずっと強く降っていた。雨雲レーダーでは朝の6時から7時頃までは雨が降らないようだが、その後はずっと雨の予報だった。これでは会場も相当足を取られる事になるだろう。場所は神奈川県は厚木の近くの河原。いつも通り、6時前に東京ICの料金所を通過するため、5時半前には家を出た。

由は数日前から随分緊張しているという。正直、由がこれまでそんなに緊張しているのは見たことがないのだが、本当なのだろうか半信半疑だった。くーは最近早朝出発時に車に乗るのをぐずる。しばらくクレートの中に閉じ込められるのが嫌なのだろうか。ただ朝早く車で出掛けるという事は、大会や練習など楽しい事が待ち受けている訳だから、そんなに嫌がる事はないのだが。

厚木ICを降り、コンビニで朝と昼を簡単に買って、会場へ向かう。ナビでこのあたりだという事を設定してきたが、がらんとした河川敷の芝のフィールドに、1組ぽつんとタープを張ろうとしている姿が見えただけで、アプローチは分からない。ちょっと迷いながら、駐車場へ入るルートをみつけた頃には、既に数台それらしき車が目の前に居た。

到着は6時半前。まだまだ数える程だ。ディスク大会よりは朝がゆっくりといった所だろうか。しかしどうコースが作られるかも分からず、どこにタープを張るのか駐車場で悩んでいると、練習会で知り合ったキャバリアのグリちゃんとチョコちゃんのお母さんが到着。隣に張らせて頂くようお願いをし、ほっとした。同時に既にタープの設営を終えているキャバリアのウィル君のパパが来てご挨拶。知った顔がいるとほっとする。

思いの外狭いエリアを囲むようにタープが少しづつ建っていく。しかしフールドは相当に水を含んでいて、所々水たまりができている。これからもっと雨は降るだろうし、人が大勢入り込む訳だから、きっと壮絶な状態になるだろうと予想できた。

くーを車に置いてまずはタープ設営。エク練以来だが、今日はグッショリと濡れる覚悟だ。椅子やテーブルを出してくーを連れてきた所で一息。ゆっくりと朝食をとっているうちに雨が振り出した。外で雨に濡れているとそんなに気にならないが、タープの生地にあたる雨音はその雨の量を確実に教えてくれる。

これまで4回参加してきた練習会で知り合った人たちが次々とやってくる。しばらくすると、主催者のコーチの車と機材をいっぱいに積んだレンタカーのトラックがやってきた。と思ったら、わらわらとトラックに手伝いの人が集まっていく。これが草アジのスタイルであり、ポリシーである。参加者それぞれもスタッフの一人だという事なのだ。

センターテントにパソコンやタイム表示ボード、ステレオやスピーカーなどがどんどん積まれ、接続されていく。パソコン担当やMC担当など、その日に何を誰が手伝うかが、ランダムに決められ、エントリー受付の時に配られるプログラムに書かれている。いきなり私たちは当番がまわってくるとは思っておらず、安心していたら後半の競技でいきなり名前を呼ばれ焦ってしまった。よく見てみると、ちゃんと由の名前が係の欄に名が載っていた。

由とくーが参加するのは、一番最初に行われるBOP(BEGINNER OPEN)という種目と、午後に行われるBAG(BEGINNER AG)の2種目だ。他の人は5種目も6種目もエントリーされているようで、驚いた。ざっと2万円近くもかかってしまう。お金の事はいいたくないが、とりあえず私たちはまだそんな色々な種目に参加するレベルではなく、せいぜいビギナーと名がつくものだけなのだから、安心だ。

最初のBOPのコースがコーチが中心になって作られはじめた。由の緊張もどんどん高まっていく。コース見聞が言い渡されるまではコースに入ってはいけないのだが、ひとたび見聞が始まるとラッシュになる。ハンドリングが難しいポイントは人だかりだ。おまけに走ってコースをチェックしている人がぶつかってくる。もう既に戦いが始まっているという感じで、由はもう萎縮してしまっている。遠慮がちにコースを見ていた。

由のBOPスタートは14番手。くーは前々回の練習の時にはマテができたのだが、あまり何度もマテをさせているうちに待てなくなってしまっていた。なのでほぼ同時スタート。

1本めのハードルをお約束で落とすが、なかなか調子よく前半のコースをこなす。しかし足場が悪いので、思いの外くーの速度が遅く感じた。落とした1本目のハードルの後、2本はクリアし、トンネル。右に大きくまがるハードルを3本越え、切り返しで逆のループになるトンネル。それを抜けてハードルが左まわりに4つ続き、先程のコースとクロスするのだが、そのクロスする手前がさっき飛んだハードルに繋がっているように見え、くーはそこでコースミス。由の体の引きとコマンドが明らかに足らなかった。最初のハードルを上手く越えてくれたので、気が抜けたのか。慌てて引き戻した時に逆に誤飛び。これで失格決定。しかしその後ジグザクに並べられたハードル2つをクリアし、最後の1本の前でくーはストライキを起こしていた。由は明らかに落ち込んでいるので、くーは不満なのだろう。しかし多くの歓声を頂き、デビューランは失格だったが無事終了した。

その後しばらく由は自分の失敗を責めていた。私も別に最初なんだから充分なんじゃないかと言ったのだが、残念なのは誤飛びだった。うっかり惜しかったと口を滑らすと、由は拗ねてしまった。BOPが終わり、次の競技が進んでいくうちに、雨は強くなっていった。

写真は緊張のスタート時。くーは嬉しくてたまらないといった表情。

その2に続く。

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2006年06月17日

ラベンダーの色

私は色弱だ。赤と緑が混ざると分からない。聞くところによると赤緑色弱の人間は、男性の20人に1人、女性の400人に1人、日本全体では300万人近く存在するようだ。例えば血液型でいうと、AB型は日本人で10%、アメリカだと3%と言われる訳だから、赤緑色弱の人がいかに多く存在しているかというのが分かる。

赤緑色弱は赤緑色覚異常と言われるが、異常と言われる所に障害の一種だと感じてしまう。由は美術の教員だった時代があるのだが、小学生の生徒でも結構色弱の子が存在していて、その子たちの絵の色はやはり特徴があったようだ。ただその色がその子が見た色であり、正解なのである。

私も色を扱う事は色々な面である。写真を撮るにしても、ウェブを作るにしても、色は凄くデリケートだ。また子供の頃からのトラウマもあり、自分の色についての表現は自信がない。何色っぽい、とはいうが、いつもそれがあっているか、自信がないのだ。

紫は青に見えるし、青だと判断したものが紫だったりする。一番不便なのが、充電器などによく使われる赤と緑のLED。私には満充電の緑が分からないのだ。いつも由にこれは何色?ときくが、そうか、という納得はできない。まったく違いが分からないからだ。

いっその事、青色LEDをもっと活用してほしいと思う。赤と緑のLEDは、生活の中でも多く使われており、非常にユーザビリティが悪い。正直嫌がらせか、と思える程、多く使われている。信号の青が緑でなくてよかったと本当に思う。そうであれば運転すらできなかった事だろう。このあたり、企業はどう考えているのだろうか。非常に不満を感じる所だ。

そんな私でもラベンダー畑や芝桜など一面の色がある場所はちょっと楽しい。どんな色だっていいんだ、その色が美しければ、と思うのだ。

我が家のプランターにあるラベンダーの花も咲いた。くーの散歩でいく公園にあるラベンダーは、品種が違うがこれも鮮やかな色をしている。花の種類は詳しくないし、自分でお金を出して買おうとか、育てようとは思わないのだが、人の五感の中で花というのは生きているという事を感じられるものだから。

写真は公園のラベンダーにとまるモンシロチョウ。明日は雨の中、アジ大会初参加だ。風邪をひかないようにしないと…

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2006年06月16日

雨の香りと四季折々

日本は地球上の独立国という意味では、とても敷地面積は小さい。そして島国な為、四方は海に囲まれている。南北に細長いその地形は、色々な独自の自然や文化が生まれ、育まれてきたのだが、その中で実はとても大きなものを示す要素として、四季というものがあると思う。

日本の地形は、川の多さや山地の多さなどから、海に川の水が流れこむまでの間に生き物や文化が育まれてきた。そしてその地には、春夏秋冬という季節が生活や植物たちの生育に計り知れない恩恵をくれる。その中で夏という1年の中で一番暑い季節の前にやってくる梅雨というものが、大きな意味を持っている。

昨今異常気象と呼ばれ、空梅雨とか梅雨が長引くような事で、農作物に影響を与えている。安定した農作物を供給する側としても困る訳だ。ただ自然はそんな計算されるものではないので、農家は毎年の気象パターンにヒヤヒヤさせられる。ビニールハウスや品種改良などで、少々のアンバランスな天候に見舞われたとしても、供給量が確保できるように改良されているものも多いが、それをフォローできない異常気象も少なくない。

梅雨の期間は見事に雨が多い。そして春から夏の間という季節もあって、蒸し暑く、昆虫や動物も活発に動き出す。ダニやノミなどの害虫もそうだろう。犬を飼う家にとっては、ほぼ毎日行わなければならない散歩のあとのケアに時間をとられてしまう。最近は予防薬としてフロントラインなどがあるが、その効果や成分を聞くとできれば使いたくないと思わせるものばかり。手間を惜しんでは犬にとっても家の衛生環境にとっても影響が出てしまうのも現実だ。

そんな中、梅雨は紫陽花などの季節の植物が花を添える。梅雨の合間の休日に、近所に咲く紫陽花で記念撮影なんかもこの季節ならではだ。この季節感というのは、人にとってどれだけ文化的な影響を与えてくれるか計り知れない。短歌や俳句にしても季語はつきものだし、日本の四季折々の風景は心を和ませてくれる。そんな季節がある事を喜ばしく思う。

最近は不安定な国の政局や、増税だけでなく税金の用途の無責任さ、悪意に満ちた犯罪の増加、生活モラルの低下などで暗くなる昨今、日本人に生まれてよかったと素直に思えるのは、昔から変わらぬ季節や風景位なのかもしれない。

根本的な問題の解決は簡単には至らないかもしれないが、梅雨という季節に、これからやってくる夏を想いつつ、木々に染みついた雨の香りを嗅いでは、ほっと一息つく今日この頃だったりする。

昨夜の帰宅と今朝の通勤は激しく雨に降られた。すっかり膝下がびっしょりだ。

写真は雨の日、外を疎ましそうに眺めるくー、といいたい所だが、変な所まで入り込んで進むに進めない姿のくー。しっぽが下がっている。

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2006年06月15日

夏の計画は如何?

そろそろ夏の旅の計画が本格化してくる時期だ。お盆をターゲットにしている多くの人々は、既に戦い終わり、あとは旅立ちを待つばかりという人もいれば、玉砕し予定変更を余儀なくされている人もいるだろう。私も毎年、フェリー会社に電話をかけまくったり、フレックスを使ってフェリー会社の支店に朝から出向いたりしながら、チケットを確保していた。

丁度ピークと言われる8月の中旬のお盆にかかる1週間は、年末年始やカレンダーの並びのよいゴールデンウィークと並び、予約を確保しにくい時期の首位を争っている。会社員になってから、4夏ほどこの時期に北海道に渡ったのだが、それはもう人の多さは強烈だった。

私としては一番好きなのはお盆の次の週から8月の月末にかけて。一番道東の天気が安定すると経験から感じる時期だ。7月は案外雨にふられる事が多いし、9月は静かだが中途半端だ。どちらかというと9月に旅に出る事が多いのだが、特に好きな季節という訳でもなく、旅人の残り香を感じながら、道東を旅するのが好きだった。

ただ圧倒的に若者の旅人は減っていて、それでもいない訳ではない。そういう20歳以上離れた若者の旅人と会話をする事は少ないがある。彼らは私たちをどう思っているのだろうか。私が旅していた頃、うさん臭そうなオヤジの旅人もいた。会話は面白く、ベテランの旅のエピソードを聞く事は楽しかったのだが、果たして今の若者はどうなのだろうか。

旅人の出会いは一期一会。しかし、その出会いが人生をも変える。私が最近、すっかりくーと毎週のように出掛け、旅もバイクを出す事は殆どなくなり、車で一家で出掛けるようなライフスタイルになっても、その頃に出会った友人たちとは変わらず連絡をとっている。何人か連絡が取りにくくなっているのがちょっと気がかりだが、きっと元気にやっているのだろうと思えるのも、この一期一会の仲だからなのかもしれない。

昨夏はくーと初めての北海道の旅だった。わざわざキャンプ用品を持ってレンタカーで巡った道東は、また違った楽しみがあった。ただでも、やっぱりバイクでシンプル化した家財道具をリアに縛りつけ、旅をするのとは違う。時折その時の気持ちを思い出しては、一人ワクワクしたりしている自分がいる。

右に左にバンクさせながら、交通量の少ない森の中を走る。宿泊地に決めた場所について、どこにテントを張ろうかと考えている時間は、何を食おうかという事や、風呂はどこに行こうかという、ちょっと焦りを感じながらテン場をうろつく姿、そして何人かの旅人とちょっとした会話での交差を思い出すのだ。

ちょっと一人旅に出られないのが悔しく思う時もある。でもそんな旅を20年以上も続けてきたのだから、今はくーや由と一緒に旅をしたり、遊んだりする時間を優先してもいいと思いつつ、我慢といったら言い過ぎかもしれないが、諦めるのだった。

まだ走れる自分の体がある限り、慌てなくてもいい。今しかできない事をしよう。そう思う夏の準備の季節。

写真は昨夏の開陽台近く。いつものストレート・ダートにくーを座らせて。

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2006年06月14日

ネット時代の銀行の課題

ヤフオクをする為に口座を作ったジャパンネット銀行から、トークンによるワンタイムパスワード発行機が届いた。由は当然これは何なのだという疑問の表情をしているのだが、説明をすると、へーと感心していた。

ネットで銀行口座の資金運用ができるようになって久しいが、昔のように窓口に長い間待たされたりするのが信じられない時代になった。銀行は口座開設者にやさしくなく、またマンションを買う時にも、ちょっとした問題で手のひらを返したような態度で何度も裏切られた。人のお金でビジネスをしているにもかかわらず、窓口はすぐに締まるし、預金してもポケットティッシュ位。今はもうゼロ金利が当然の時代なのに、それが当然という態度だ。唯一お客様案内係といわれる人だけが、低姿勢で親切に応対しているだけ。

窓口なんかいらないと感じる。ネット銀行はその点、多くの無駄な人件費や窓口運営費をなくし、効率的な資金運用をしているように思える。しかしネット銀行といっても、結局はインターネットを勝手にビジネスに利用しているのは間違いなく、共通のインフラであるインターネット上でいかにお客様の資金を安全に運用していくかという努力が足らないと思っていた。利便性だけは求めて単なるユーザIDやパスワード、第2暗唱といっても結局は紙の上での表を使うなど、レベルとしてはそんなものだった。

私の本業はもっぱらこのITセキュリティに関わる業務なのだが、自宅から仕事で社内ネットワークにアクセスする際は、今ではSecureIDのトークンによるワンタイムパスワードを使い、シンクライアントと言われる環境でアクセス。社内の情報を外部に漏洩させないよう、ローカルパソコンにデータがコピーなどができないようになっている。仮想デスクトップ環境で必要な作業ができるよう、システム面で考慮している。これまでは社内の情報は社外に持ち出してはならないという命令のようなもので、結局は社員や個々の意識に任されている事が多かったが、やはりシステム化しなければ完全に安全な環境は確保できないものだ。またシステム化といってもレベルがあって、例えば電話の発信番号通知機能を使ったダイヤルアップによる別なネットワークへの接続にしても、システム化と言えるものだ。そのあたりをいかに高度なセキュリティレベルを保ち、システムで認証・運用させるものが主流になってきている。

当然強固なセキュリティ対策がされていても、いくらでも穴は作ろうと思えば作れる訳で、本人次第になるのも確かだ。そのリスクをできる限りシステム面で低くさせる事はできる事から、こういう手法を考えてビジネスで活用されていく。

ネットバンキングなんていうのは、いきなり普及したが、実際は相当にリスキーな運用になっているはずだ。このトークンによるワンタイムパスワードを使った認証にしても、送金時に利用するいわゆる第二暗唱の代わりに使う訳で、結局利用者がこのトークンを誰もが持っていける場所においておけば意味は薄れていく。結局は使う人間がしっかりと管理運用する必要がある事は変わらないのだが、ネットバンキングをサービスとして提供する金融機関はもっとこういうセキュアな仕組みを前向きに整備していく責任があるのではないかと思う。

便利さだけを追求する時代は既に終わり、常についてまわる事として、個人情報の保護と本人認証の技術だ。それに対して最初にやった企業はやはり評価されるべきではないかと思う。

写真のトークンは、上が会社のもので、下がジャパンネット銀行のもの。

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2006年06月13日

甘いアスパラは塩で

頂いたアスパラを天ぷらで食べた。やはり素材のよさを味わうには、山菜系は天ぷらが一番好きだったりする。できる事ならキャンプで取り立てをその夜に天ぷらにして食べるのが最高なのだが、まあ家でじっくりと揚げたてを食べるのもよい。

今回送って頂いたアスパラの食べ方としては、昨年と同じようなメニューが多かった。わさびマヨネーズあえ、焼きアスパラを大根おろしと醤油で、アスパラ入りペペロンチーノ、アスパラのトマトソースのせ、他にも色々な炒め物に入れたりした。おいしいアスパラは甘く、歯ごたえもよい。細いこちらのスーパーで手に入るようなアスパラは、比較にならない程甘さが足らない。

ついでに茄子やさつまいも、ニンジンのかき揚げ、ピーマン、まいたけ、しいたけなどを一緒に揚げ、野菜天ぷらを楽しんだ。皆おいしいのだが、やっぱり天ぷらはおいしい。

天つゆも昆布出しで作るが、素材がよいものだと塩で食べる楽しみもある。塩は石垣の塩。以前小笠原で買った塩はイマイチ好きではなかったのだが、八重山の塩はおいしさを実感できた。他にも海外の塩なんかもあるのだが、私は国内の塩で充分。

ただ油の後始末が面倒だ。コンロ周辺にはやはり無数に油がとんでしまう。あとの掃除を考えると、野外であげて、油は固めて捨てるというのがスマートで楽なのは確かだ。反面、虫が入り込んだりもするので一長一短もある。

最近あまり凝った料理をしていないのだが、それだけ日々に余裕がないのかもしれない。ダッチオーブンも使っていないし、保温調理器もしまったままだ。大会やアジ練ばかりでは、なかなかそんな余裕もないのだが、キャンプシーズンも近づいている。またじっくり料理してみよう。

写真はそのアスパラの天ぷら。ちょっと焦げてしまったが、充分に甘く、そして適度な歯ごたえを塩で楽しんだ。

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2006年06月12日

くーのステッカー

同胎の姉妹犬、福来ちゃんの飼い主さんがデザインしてくれた、ディスクに貼り付けられるくーのイラストシールが届いた。絵心がある人というのはやはり羨ましい。由も絵を書く事は専門のはずなのだが、イラスト的な事は苦手なようだ。そう、由の妹さんがキャラクターデザインの現場で働くデザイナーなので、やはり専門分野が違うらしい。

福来ちゃんの飼い主さんは、ママさんがあゆふくさん、パパさんがきみちんさんだ。パパはパッケージデザインを本職とするデザイナーであり、ママさんは特にそれまでデザインをしてきた訳ではないようなのだが、福来ちゃんがやってきてから、ウェブサイトを作り初めてから、その才能がメキメキと伸び、ハイセンスなウェブサイトはもうプロのウェブデザイナー並なのだ。おまけにウェブサイトの実は大きな課題のひとつに、コンテンツの更新頻度やデザインのリニューアルがいかに定期的に行われているかによって、訪れるユーザーの満足度が高まるというものなのだが、単に凝ったデザインなだけでなく、まめにコンテンツが更新される事から、本当に凄いと感じさせられる。

そんな福来ちゃんのパパとママが、友人コギたちをモチーフにして、色々な作品を作ってくれた。HOOVER君やダイゴ君のイラストはどちらも秀逸で、特徴をうまくつかんでいるだけでなく、センスが素晴らしい。私もこんな才能があったらよいのにといつも思うのだが…。

そんなこんなで、無理をいってくーのイラストも書いて頂いた。他のコーギーに比べれば、フラフィーでもなし、ミスカラーでもなし、ジャンボリーでもなし、どこにでもいるレッド&ホワイトのくーは、せいぜい巻き尻尾くらいしか特徴はない。だからこそ、難しかったのではないだろうか。

くーのイラストといえば、じゃすままさんTシャツのものが、また別の意味で素晴らしく特徴をつかんでくれている。くーの足がちょっと長い所、巻きしっぽの所、レッドとホワイトの別れ目など、飼い主としてもこういう部分に拘りたいと思える部分がしっかりと再現されている。これはもう宝物という以外ないものなのだ。

そんな宝物はいくらあってもいい。福来ちゃんのパパとママの作ってくれたくーのステッカーも、しっかり巻き尻尾が特徴的に書かれ、くーという名はフランス語で尻尾っていう意味なんだよという英文も書かれていてこれも嬉しい。

親バカな私たちは、くーグッズを増やす努力を惜しまない。自作のTシャツはなかなかデザインが決まらずまだできていないが、いつでも作れる環境は整っている。あとはセンスだけだ。センスというものは、やっぱり大事なものなのだ。

写真はそのステッカーをあわせてみたディスク。当然、勿体なくて貼れない。

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2006年06月11日

御殿場の風(セミナ4回目/その2)

御殿場は朝から日射しが強く、前回のお昼近くのような天気になった。予報では最高気温24度。東京では30度に届かんばかりの予報だった。明日の日曜も予報では晴れらしい。このフィールドの近くにある馬場で、JKCのアジリティ競技会が行われ、アジ先輩のウィル君も出場する。天気がよすぎても困るだろう。

今回参加された皆さんは、全員はじめて出会ったと思っていた。しかし、挨拶をして気がついた。大和フィールドですれ違いだったコーギーのココちゃんは、ウィルパさんのウェブサイトにも書かれていたので一度お会いしたかったので今回お会いできて嬉しかった。そして私の方がすっかり忘れていたのだが、実はこれまで昨年末の朝霧アリーナ、クリスマスイブの千葉ポートのJFAフリスビードッグ大会でお会いしていた事が判明。私の憶えの悪さで失礼な事をしてしまった。なので、8組中知り合いが1組という組み合わせだった。

今回もくーと由のコンビは皆さんにご迷惑をかけっぱなし。これほどまでにハードルのバーを落とす子もいないと思われんばかりに毎回のようにバーを落とす。私も駆け回ってなおすのだが、今回は皆さんにも随分お手間をとらせてしまった。これも大きな課題で、バーを落とさないようにするのも大きな課題だ。

それとスタート時に待てるかどうか。前回はじめて待てるという事がコーチからの指示で判明。しかし今回は前半前のように待てたのだが、後半はやはり由の微妙な動きに反応するのか、ハードル2本目までも待てない。何か理由があるのだろう。

それとスタートのし直しの時、スタート直後のハードルの向こう側で停まり、スタート位置まで戻ってこない。これはスタートの時にあまりに待てなくなり、私がホールドしたりしていたせいかもしれない。オイデは昔からあまり効かない子だったのだが、まったく効かなくなってしまった。もっとくーが楽しく戻って来れるように、待ってスタートする事で楽しく走れるように教えていかなければならない。大きな課題だった。

昼休みに私とくーでコースを走ってみた。既にくーがコースを憶えていたのかもしれいないが、ドッグウォークのアプローチでちょっと1度登れなかった点があったが、ハードルも2度しか落とさず走る事ができた。しかし最後の3本のハードルは私はぶっちぎられ、もうジャンプとコマンドが笑いで声が出ずという状況だった。でも合計5本ほど走ったが、楽しかった。スラロームも試してみると5本ほどやってみたが、うち2本はしっかりできるようになっていた。

パピーの頃から1歳の頃まで通ったしつけ教室、ファミリーメンバードッグスクールの中井先生にも、くーは私だと抑制が効きすぎる事があり、由の方は逆にテンションが高まるので、アジのような遊びをする時はよいと言われていた通りかもしれない。アジのコースを走るのに、私だと幾分冷静さが加わる。しかしくーのテンションの高い状態を保ち、能力を引き出すのは由の方が最適なのだという事が、今さらながらしみじみ判る。反面、由にはくーをコントロールする難しさというのがいつもついて回るわけなのだが…

ひとしきり課題をやって、今回は最後まで走り切る事ができなかったコースもあって、由は結構落ち込んでいた。コーチもそれを知っているようで、しっかり落ち込みなさいという事を言われた。これまでそれなりにやれてこれた中、来週の大会初参加を前に、一度壁に当たりなさいと言われているようだった。

夕方になって、明日のJKCの大会へ参加されるコーチの知り合いの方が続々とやってきた。最後のミーティングを時間をかけて行っている最中、雨が降ってきていたが、そんな中熱心に機材を使ってコースを走っていた。

そのミーティングでコーチはそれぞれのチームに今日1日のおさらいと指摘事項、課題などを順に話していく。そんな中で、コーチが今何をすべきか、このフィールドで何をしていきたいか、という話になった。その考えに至るまでの経緯を聴いているうちに、由はこのコーチの凄さと頼もしさを一杯に感じ、そして信じて真面目に取り組んで行きたいと思っていったようだった。私も凄い人だなと思っていた以上に、今日1日で2度もロッキーの助手席に乗って貰ったりして話をする中で、ちょっとした言動の中に由やくー、そして私に対しての今後についてまで考えて頂いている事に驚きや感謝の気持ちを感じると同時に、コーチとの出会いを素直にそして深く感謝させられた。

色々な人がいる。自称犬の事なら俺に任せろという人は多く、ちょっと勉強すれば犬についての持論なんかすぐにできるから当然だ。しかし、その深さはその人と少し話たり時間を共有しているとすぐに分かってくる。私達は少なくとも、その深さを感じる事ができたのだ。

犬を飼うのはくーが始めてだ。当然私たちの経験だって未熟だし、情報をうまく選んで何が正しくて何を目標に進んでいくかは、自分たち次第。公園に行ったり、ネットのオフ会に行ったり、またネット上の話なんかを読んだりディスカッションしたり、大会に出たりしてきた中で私たちが進んできた道の中で、コーチのような人やこれまでお世話になってきた人たちとの出会いがあり、そして私たちが信じる人たちとの付き合いは今も続いているという現実からも、そう間違ってきてはいなかったと思えるのだ。

アジリティという競技の中で、多くのことが学べる。そして素晴らしい人たちとの出会いもあった。当然ディスクでもあったのだが、それらの人たちとの出会いから広がる世界は、私たちの財産なのだ。

しばらく御殿場通いが続くかもしれない。でもそんなに苦痛ではない。ただできれば土曜がよいようだ。日曜に御殿場往復をすると、流石に翌日はこたえてしまうから…

御殿場フィールドの風は私たちには心地よく、そして厳しい。

写真は大和フィールドでのものだが、くーがコーチの背中を見つめるシーン。くーも流石にコーチは相当に威圧感を感じるようで、誰にでもしっぽを振って飛びつくはずが、コーチにはそういう素振りをあまり見せないのだった。

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2006年06月10日

御殿場の風(セミナ4回目/その1)

さて、天気が回復した事と、私の体調が少し回復気味という事と、由が来週末の大会デビューに向けて練習をしたいという事もあり、急遽昨日の金曜の朝にセミナーの申し込み。2週連続、厳密にいえば週間に2度目の御殿場フィールドでのセミナーとなった。

朝4時に起床、先週ちょっと余裕があったので、10~20分ほどゆっくり出ようと思っていたが、結局前回とほぼ同じ5時20分に出発。今回は前回のように足柄SAでは停まらず、ノンストップで御殿場ICまで走るが、車の交通量は多かった。ガソリンが勿体ないので、80~90km/hを保ちながら走った。

6時半とまだ早いので、どこかのファミレスで朝食を食べようと思ったのだが、全てまだ開店前。仕方なくコンビニで朝食分も買い、フィールドへ向かう。

フィールドに入る脇道の手前で警備員が煙草を吸って車の中にいた。いきなりこちらを見るので停まって話かけると、この先で工事をやっているので通れないという。フィールドの場所を説明するが、分かって貰えない。しかしこんな所で停まるのも困るので、行ってだめなら戻ってくるからと言い、強引に入る。

フィールドのアプローチに工事中の看板があって入りにくかったのだが、やはり問題なく現地到着。既にコーチは自分の犬を離してトレーニング中だった。挨拶をし、端に車を停めた。空には青空、爽やかなフィールドは来るだけでも気持ちがよい。

このフィールドは遠く、ガソリン代や高速代がかかってしまうのが気になるのだが、朝から晩まで思う存分練習を楽しめるという意味では悪くない。まあできる事ならもっと近い方がいいのだが、すっかりコーチもここの近所の人たちに溶け込んでしまっている。現地の人のようだ。

まず日除け用の安いコールマンの自立式タープを張り、横に椅子を出して朝食。ほどなくしてコーチも椅子に座り、色々雑談をする。くーの事が有名?さて何の話だろう。ひょっとしたらウェブを見たのだろうか。コーチは私と高校、大学が一緒だが、年齢は結構離れている。いわゆる大先輩なのだが、相当大変な時代を過ごしてきたようだ。その時の話を聴いても、正直私の時の学校とは大違いだった。

私は生憎愛校心というのがない。それも学友に問題があった訳ではなく、教員に信じられる人がいなかったからだ。私は小学校、中学校もあわせて、教員は今思ってもひどく自己中心的で生徒の気持ちを上っつらだけしか理解しているだけという人間しか担任になってくれなかった。そんなこんなもあって、私は学校が嫌いなのだった。

くーやハンドラーの課題やこれからの進め方なんかもいろいろ話をして頂き、外見は正直な所怖い人であり、また話の端々に出てくる武勇伝を聴くと、とんでもなくオソロシイ人なのだが、時折みせる笑顔は凄く優しさが感じられ、話の内容にも疑問は一切感じない。少々程度の差こそあれ、信じられる人だというのがセミナー2度目にしてもう確固たるものになっていたのだった。

少しづつ今日のセミナー参加者が集まってくる。途中東名で事故渋滞があったらしく、大幅に遅れてこられる人もおり、私たちは早朝到着でよかったと胸をなで下ろした。正直な所走っていても頭の悪そうな運転をするのが多い。後ろは見ない、100km/h前後の速度で適度にあけている車間に割り込んでくる車、最も左の走行車線を、追い越し車線よりも早い速度で追い抜いていく阿呆。本当に安全運転で走っていても、巻き込まれかねない。人を危険に巻き込む走りが何より検挙対象になるのではないだろうか。

路上駐車も含め、ルールの範囲においても交差点の中で人を乗降させるタクシーや、住宅のある路上でアイドリングさせながら寝ているダンプ、交差点の角ギリギリに停め寝ているタクシーなど、他の車や歩行者が危険に陥るような行為をまず取り締まるべきなのだが、そんな事は後回しのマニュアル最優先というのがお国のやる事だ。現場をもっと知ろうという努力は微塵にも感じられない。

そんな阿呆にとばっちりにあった参加者も、朝から疲れ顔だった。そしてセミナーは始まった。

写真はくーを全力でハンドリングする由の姿。とにかく必死だ。

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2006年06月09日

雨の中、幕張へ

朝から雨の中、幕張へ。展示会兼打ち合わせの為にどんな雨でもいかなければならない。仕事の方も昨日休んだせいでちょっと行き違いが1件あって、来週に伸ばして貰ったのだが、問題なければよいが。

体調は昨晩より少しマシになってきた。何とかこの調子で治ってくれると助かる。薬を飲んで今日も早く寝よう。明日はまた4時起きの予定だ。

久しぶりに展示会に出かけたのだが、時間をかければもっと色々と回れたのだが、とにかく勧誘がうるさい。前はこんなではなかったような気がするのだが…。まるでキャッチセールスなみに、オカシイ格好をしたコンパニオンが、脂ぎったオデコを光らせたオヤジにアンケートを渡す。何だかまるで昔に戻ったようだ。もっとこのイベントはレベルは高かったのではないだろうか。

そんな腐りながらも、絶対に寄ろうと思っていた4箇所と、アポを取っていた1業者と話をする。予想以上にこちらが要望する機能がなく、がっかりした。という事は他に考えていた方法を使うか、もっと工夫しなければならないという事だ。来週には提案をまとめて数字を追わねばならない。

夕方になってちょっと早めに撤収。雨足は弱まったものの、まだ小雨降る中、JRから地下鉄に乗り継ぎ、自宅の最寄りの駅まで戻る。地上に出ると日射しもところどころ差し込み、思ったよりも早く天候は回復に向かっているようだった。逆にあまり暑くなりすぎるのも困るのだが…

写真は展示会でちょっと用のあった1社のブース。私の寄る所は、コンパニオンがいないのはどういう訳か。まあ歩いているだけで呼び込みよろしく声がかかってくるのでウザいだけなのだが…。

明日の朝には、御殿場の芝は、ある程度乾き、涼しい風が吹いている事を期待しつつ…

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2006年06月08日

風邪っぴきの頭の中

先週金曜から喉が痛くなり、騙し騙し御殿場に行ったり、その後出社したりしていたが、どうも体調が下降気味でまた休んでしまった。昨日の夕方に病院に行き、薬を出して貰ったのだが、どうも同じような症状の風邪は流行っているらしい。

それに私は喘息持ちなので、6月は梅雨入り前後で、気圧の変化がよくないせいか、気管支に特によくない。しばらく我慢の時間になった。

今日はずっと寝ていたのだが、夕方になってすこし回復してきた気がする。まるで夏風邪のように喉の痛みと咳が根っこに残るという感じといえばいいだろうか。熱は微熱が続いてすっきりしないだるさにずっと悩まされていた。

ちょっと喋ると咳が出て停まらない。おまけに発作まではいかないが、何か苦しい。薬を飲んでいてもあまりよくならずという感じで、年に数回ある苦しみに耐えていた。

由が通う学校は週に1度、今日の午前中にあるのだが、でかけている間ずっとくーは暑いのに私の隣にいてくれた。なんだかちょっと嬉しかった。

そんなこんなで今日は大人しくしていた日だった。調子が悪くて何もしたくない時は、頭の中には印象の残ったシーンが思い浮かぶようだ。

写真はその頭に浮かんだシーンのひとつ、、ネパールはダンプス(1799m)から見たヒマール(雪山)。

1993年の年末、ポカラ(827m)からダンプスへ登り、一旦600m近く谷を下り、またサランコット(1600m)へ登り、正月を迎えた時のもの。

雪を頂く山は、左からアンナプルナサウス(7219m)、そのすぐ右奥がアンナプルナⅠ峰(8091m)、少し手前にヒウンチュリ(6441m)、特徴的な形でフィッシュテールと呼ばれる一番右のマチャプチャレ(6993m)。

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2006年06月07日

カメラバック考察番外編

これまで使ってきたけど評価がしにくかったものが何点もある。それらの殆どは期待しつつ購入したが、結局あまり使われず、奥深くに収容されてしまったりしている。

例えばモンベルのカメラウェストは、ツーリングの時にウェストバックにして使うよりも、2気室のミレーのザックの下に丁度収容できたので、背負って旅をしていた時はよく使った。収容できるカメラも一眼にレンズ1本程度だったので、拡張性もなかったし、ウェストに装着した時に、中の重さでおじぎをしてしまう。バランスが悪いという感じだ。

ライカを手に入れた時は、Loweのシンプルな小型カメラバック、ノバ1を買った。これも悪くはなかったが、ライカならこんなバックよりも、小型軽量で機動力のある小型のカメラウェストバックがよいだろうと思った。カメラを運ぶという意味では、なかなかよくできたバックだったのだが、ズミクロンの50mmとズマロンの35mmとM2のボディ、そして露出計やフィルム類などを持ち歩くなら、もっともっと小型でよいという事なのだ。

結局カメラを取り出したあとに、バックが置き場所に邪魔になるのでは困る。バックをどこかに置いて撮影するよりも、必要な時に取り出して撮り、そのままカメラを首から下げていても、一旦収納しても移動できなければ意味がない。おまけに片手がふさがるようではもっと使いにくいと思うからだ。

所詮素人のカメラ好きな訳だから、オーバークオリティのバックなんかはいらない。手軽に撮影をすぐにでき、すぐに移動できるような装備が一番という事から、私はウェストバック型を中心に選ぶ。

これまで書いてきたように、なかなかこれといったバックとは出会わない。今のLoweがどれだけ満足させてくれるだろうか。正直な所、今まで一番よかったのは、カメラバックではない、モンベルのランバーパックだったのだから。

写真はモンベルのカメラウェストと当時使っていたNikon New FM2と28-85mmのAi Nikkor

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2006年06月06日

アスパラは北海道産

先日、札幌の友人から荷物が届いた。昨年送って頂いた北海道は滝川産のグリーンアスパラガス。昨年あまりのおいしさに、さすが北海道産と大げさだが感動すらおぼえたのだった。それからは我が家の食卓に、太い根の方まで甘いアスパラを使ったメニューが並んだ。

私は野菜はどれも好きなのだが、アスパラはちょっと高級な食材なので、沢山は食べられない。そして都心で手に入るものは殆どが細く、ひょろっとしたもので、おまけに量はちょっとなのに高い。普段は作れないメニューが楽しめる食材なので、煮たり焼いたり揚げたりしつつ、ちまちまと楽しむものなのだ。

最近生協の宅配などで買う野菜は、せいぜい馬鈴薯、人参、玉葱に加え、チンゲン菜や手に入りやすくなった京野菜の水菜、どじょういんげんに絹さや位だ。どれも味は薄いのはやはり都心で手に入るものの宿命なのか。田舎で食べたトマトや人参の甘さは、なかなか出会えない。当然市場に出れば高値で取引されるのだが、産地で食べるものは海のものも山のものも味の濃さはしっかりとしている。

私は農業を大学で専攻したのだが、真面目な学生ではなかった。日がな1日、バイトとバイクでの旅ばかり考えていた。冬はスキーにのめり込み、農家の友人宅に泊り込んだり、民宿に泊り込んで働きながら練習したりしたのだが、当然学業は適当だった。

高校時代では農業を専攻するなんて考えておらず、推薦が受けられたのにもかかわらず、あえて普通の大学を狙って一年浪人もした。しかし浪人し、真面目に勉強するうちに、農業に興味が出てきたのだった。そんなこんなでそっち系の大学には進んだのだが、結局そんな事は入ってからは頭から薄れ、旅に出るための準備に明け暮れる日々になってしまった。

何の因果か、実は私の父親も兄貴もみな農業系に進学していた。そういう事からくる反発もあったのだろう。しかし結局は大したポリシーがない事に自分で気がついてしまった。情けない事に、上っ面だけで農業をバカにしていたのだ。高校時代は本意ではないうちに高原野菜の川上村に泊まり込み、ハードな仕事をしてしまった反動なのかもしれない。しかし後に大学時代では網走の農場で、オホーツク海まで続く畑で収穫の手伝いをした時はキツかったが楽しく思えるなんて、当時は想像もしていなかった。

友人の多くは東京以外の兼業農家の息子であり、彼らは充分に努力してやってきていた。また半分近くは、単に大学生活を楽しめればいいと考えどの大学でも構わないというタイプだったろうと思う。私はどうなんだろう。日本を旅して、その頃であれば信州や四国の自然や山間の農村を見、農家のおじいさんやおばあさんと交流する事で、農家に対して新鮮なものを感じる事はあった事から、そこから日本の農業を知りたい気持ちは芽生えていく。

色々な農業があり、色々な生産者や規模、流通レイヤーがある。その中で農業を一括りにするのは暴力的だが、確かに農業を学ぶ中で必要になる事なのだ。私は農業にかかわる経済面を主に学んだのだが、ある意味流通レイヤーや農協、経済連などが占めるあまり心地よくない部分が見えてくるのも現実だった。そう、北の零年を観た人ならうっすらとそのレイヤーが判るだろう。

自分が食べるためにする農業。しかしそれを行うには、膨大な時間と労力が伴う。しかし多くの農家は兼業であり、その範囲ははっきりしていない。規模が大きく影響してくる訳で、楽しみながらする農業とは大きくギャップがある。

ただしかし、最近農業が再確認されてきていると言う。丸ビルの地下で栽培される米は話題性だけが先行しているように思えるのだが、話題性も大事な事だ。農業という人間が元来生きていく為に採るだけでなく、育てるというプロセスが加わった最初の産業は、もっと重要視されてもよいはずだから。

私は子供の頃から、食べるものはできる限り残さないのがポリシーだ。特に米などは、最後の一粒まで食べる。だから作る量が食べる量になってしまう為、食べすぎてしまう事もあり、逆に健康によくないと言われるのだが、性分でもあるので困った所なのだ。農家の人が育てた一粒の米は、とても粗末に扱えない。単に子供の頃の週間だけでなく、そんな気持ちが確立したのも、そういう大学に行ったせいなのかもしれない。

何だかよくわからなくなってしまったが、農作物はとても大事であり、安ければどんなものでもよいというものでもなく、人間が食って生きるという点からもっと重要に考えるのが本当なのだと思う。

写真はそんな事はどうでもいいから食べさせろという表情のくー。アスパラも大好物だ。

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2006年06月05日

アジ練 in 初御殿場その2

曇ると涼しいフィールド。私は曇ってくれと祈りながら、太陽が動くにつれ移動する日陰を、椅子やテーブルやくーのクレートをあせて移動していた。水道がないこのフィールドなので、古くてあまり機能しないクーラーボックスに、2Lのペットボトル3本(1本はアクエリアス、2本は水で、そのうちの1本は冷凍室で凍らせたもの)に、500mlのお茶を凍らせたペットボトルを用意し、暑さ対策とした。

くーは相変わらず他のセミナー参加者とは違って、バーを落とす事が非常に多い為、私が走り回る。カメラを片手に不謹慎なのだが、撮影をしつつ反省材料をあとで確認したいので順番が回ってくると色々な場所に移動する。本来はまだくーが私の位置を気にする事があるので、そんな事はしない方がいいのだが、お蔭様でくーは目の前のコースの方が気になるため、私の方にやってくる事はない。そんな事もあって私も順番が回ってくると走り回る。

ただセミナーには参加3度目となって、くーが思いの外しっかりと理解してきているのがわかってきた。コースにしても由の指示通り動かなければならない事、そして動きのコマンドがこれまで以上に理解が進んでいるという事だ。やはり好きなものに対しては飼い主も驚くほどの理解力を示してくれる。

後半、どう考えてもビギナー向けとは思えない難しいコースが組まれた。トンネルを潜ったあと、ほぼ180度戻ってAフレームに登る事や、機材の繋がりが難しいコースをミスする事はなくなっていく。終始嬉しそうにくーは走るのだが、やはり混乱するとワンワンと吠え、殆どのケースがその場合は飼い主のハンドリングミスなのだが抗議をされる始末だった。

ただスタート時に3つハードルをこなす所で、くーがハードルを飛ばず避けてコースを進んでしまうようになってしまった時、コーチに注意された事が由には理解できず、立ちすくんでしまった。その時私は丁度反対側でカメラを構えていた事もあり、よく見えずコーチの声も聞こえなかったのだが、コーチ自らハンドラーの位置に立ち、由をくーの立場に立たせてスタートポイントに立たせる事で、その位置関係が原因とするくーがハードルを飛ばなかった理由が判明する事があった。

要は思った以上にくーは由の立ち位置をしっかりみており、由に向かって走っているだけなのだ。スタートの位置を少しずらし、由とくーの間にハードルが来るようにするだけで、くーはどこを通らなければならないのかをすぐに理解できる。くーは飼い主が思う以上に、飼い主をしっかり見て指示を待っているのだという事が分かってきた。しっかりと的確な指示を出す事で、くーはその通りこなす喜びを感じるのではないだろうか。

またくーは自分勝手に走り回るのも大好きだ。これは普段の散歩がそういう時間がある事も理由かもしれない。ハードルがあれば飛ぶのだが、どう飛んでいいかはわからない。そこで飼い主がルートと指示を出す事で、自分勝手に飛ぶよりも楽しいと思えるようになれば、くーは指示を待つ。

ディスクやボールをキャッチするようなものは、犬の本能に近いのではないか。本能を生かすのが始まりで、それをスタートのタイミングや捕りやすいスローの技術、キャッチする場所の的確さなどの関係はある訳で、当然深いパートナーシップが関係する。犬と対話をする部分としての根底は一緒なのだろう。

私とくーがやるよりも、由とくーがアジをする時は、そのテンションが違う。しつけ教室の先生とスラロームをする時や、アジのコーチとハードルを飛ぶテンションは明らかに低い。しかし由とならくーは高いテンションを保つ事ができるというのは以前から分かっていたが、実際にアジ練習をしていくとそれがよく確認できる。

最後のランでは、由の気合も最後の力を振り絞り、大声でコマンドと全力疾走でくーとなんとクリーンラン。コーチやみなさんの拍手を受けて、もう燃え尽きたごとくにヘナヘナと椅子にも座らずへたり込んだ。きっとこの瞬間の喜びは、一緒に走ったものだけが味わえる瞬間なのだろうと思った。

ディスクもくーは大好きなので、練習が終わったあと、少しフィールドでディスクで遊んでやる。疲れを知らないくーを見て、飼い主も周囲の人もあきれるのだが、私としては自分が投げるのをやめても、くーは他の投げてくれそうな人の所に持っていってしまう。際限ない体力に感心すると同時に、こういう時に怪我をしたりする事が多いと思うので、私が適度に間をあけながら投げてやる。

別な用事で近くに来られたという、ウィルパさんが奥様のウィルマさんとやってきた。実はセミナー初参加、2度目とご一緒し、ネット上でもお見かけしていたので、メールでやりとりさせて頂いていた。この御殿場フィールドへの行き方も、ご存じかと思ってメールで聴いてみたら、土曜に初参加されたあと、その日のうちにアプローチのレポートをブログにUPしてくださって大変助かった。

ウィル君とのアジは1年ちょっとというアジ経験からは想像がつかないほど素晴らしいコンビネーションのランをみせてくれる。勝手にあんな風に走れるようになりたいと、羨望の眼差しで見るようになってしまったのだった。

みなさんに挨拶し、セミナー会場を後にした。厚木の先で事故渋滞があったせいで、ゆっくり時間をおいて帰ろうと思い、和食のさとで夕食。流石に私たちも疲れていたので、あまりゆっくりしていると眠くなりそうだった事もあり、食後すぐに高速へ。走っているうちに渋滞表示のキロ数がどんどん減っていくので、あまり速度をあげすぎず、中井PAでくーにトイレ休憩を入れたあと、10分ほどノロノロ運転があっただけで21時には帰着できた。

もうこの日は疲れきって、いた飼い主だが、くーは帰っても飼い主に向かって、ボールを投げてとしっぽをふりながら持って来る。この体力にはどうあがいても叶わない…しかし今日は本当に充実した1日だったと由はしみじみ語った。私も結構ハードな1日だったが、満足だった。

写真は嬉しそうにフィールドを駆け抜けるくー。

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2006年06月04日

アジ練 in 初御殿場その1

アジ練のキーワードでググると、色々情報が書かれている人もいるようだが、まだ御殿場にあるフィールドの情報はなく未知の場所だった。

コーチに電話すると泊まりで来るように誘われたのだが、昨日の土曜は病院やら送別会やらで無理なので、今日の日曜日帰りでとお願いした。来週は関東の梅雨入りしそうな勢いなので、晴れの予報の日のセミナーは、もう逃す訳にはいかなかったのだ。

本当は旅仲間たちとのデイキャンプも候補になっていたのだが、先週は雨で中止になり、延期の候補だった今日も参加できない仲間が数人いるので、仕切り直しになってしまった。久しぶりに皆で会いたいと思うので、できれば多くが参加できる日がよい。

という訳で朝4時起きで出発。思いの外スムーズに東名東京ICのETCゲートを5時40分に通過。渋滞もなく足柄SAまで一気に走る。高速に乗ってしまえば時間も余裕があるので、SAにあるロッテリアで朝食。しかしくーが妙に咳き込む。鼻水も出ているようだ。以前北海道旅行中にあったような症状に近く、こんな体調で激しいアジ練ができるのだろうかと心配になるが、まずかったら午前中だけできりあげようと思い、とりあえず御殿場ICを降りた。

R246を横道に入り、大きなセブンイレブンで昼食を購入。カーナビで現地まで詳細のデータは入れられなかったが、曲がるポイントはアジ先輩のウィルパさんから教えて頂いていたので迷わずに着いた、と言いたい所だが、ブログのレポートにもあった脇道に入ろうとした所、由に違うのではと言われ、そのまま曲がらずに先に進んでみると、ゴルフ場のように芝が整備された大きな駐車場、というイメージのオートキャンプ場が現れた。やはりさっきの横道だったらしい。

しかしこんなサイトによくもまあ大勢のオートキャンパーがやってくる事。芝の上に車を乗り入れ、横にテントを張るのだが、これで4000円だそうだ。正直このスペースに2~30台の車と個々のテントやタープなどを張って、楽しいのかわからない。まあ野外で知り合いとおいしいものを食べ喋るのは悪い事ではないのだが、元々キャンプに何を求めているかでスタイルが違うのだから仕方がない。車に囲まれた芝の上で、子供たちがバドミントンをしている姿をみて、やはり私には理解ができなかった。

スイッチバックしUターン。先程の側道に入る。RVの我が家なら何ら問題ないが、雨が降り重量のある車が何台も通ると、結構荒れそうな道だ。車高を落としたミニバンは厳しいだろう。林の向こうにすぐにアジ機材が置かれたフィールドが見えてきた。

車は1台だけ。コーチの車だ。寝起きの表情のコーチは私たちに手を振ってくれた。その隣に停める。林に囲まれたちょっと荒れてはいるが芝のフィールドは、ゆるやかな傾斜はあるが広い。コーチに聴いたが隣にもっと整備されたフィールドがあり、そこで競技をする予定だと言っていた。土地のオーナーとはよい関係らしく、しばらくはこのフィールドで、まわりに気兼ねなく、思いっきり楽しめそうな感じだ。ただアクセスがこれまでよりも遠くなるので、1日がかりで練習をしに来たり、土曜から泊まり込みで来るとよさそうだった。一長一短、環境ではやはり都心に近いエリアでは無理だというのもよくわかる。

はじめてアジ練に参加した時に知り合った、グリちゃんとチョコちゃんのママさんが次に到着。まだ早い時間なので、コーチと筍を取って砂利をまぜ水煮にしたあと、醤油で甘辛く煮て食べたり、何だか練習しに来たイメージとは随分違う朝になる。

この日は我が家を含めて合計4組が練習に参加。ベテランのパピヨンのハリー君のパパとママ、そして私たちと同じ練習参加回数のコーギーのウィル君の一家だった。

機材を移動したり準備をしながら、午前のセミナーが開始された。朝は雲りがちで涼しく丁度よかったのだが、お昼に近くなるにつれて、日射しが強く降り注ぎ、私は既にバテ始めて水をガブ飲みする始末。由も大汗をかきながら、くーと一緒に全力で走り出した。

写真はドッグウォークのくーを追う由。この日からおニューのサッカー用スパイクで足元を武装した。

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2006年06月03日

ヤボ用の土曜日

今日は朝から病院へ。2か月毎の定期通院の日。ただ明日御殿場まででかける予定がある為に、ふと思い立ち車で10分ほどの所のこのあたりでは一番安いガソリンスタンドへ、ガソリンを入れに行った。朝7時台なのでまだ車が少ないだろうと思ったからだ。帰ってきてからだと所要時間は倍は軽くかかるだろう。

ガソリンが高くなり、毎日乗らないにしても家計を圧迫する。車だとバイクとは違って満タンにすると結構な額が飛んで行くので馬鹿にならない。そこは、一番近いスタンドから比べたら、リッターあたり6~8円違うのだから結構なものだ。

ガソリンもできるだけカードで払うようにしている。先日ExpressというMobil/esso/GENERAL系のセルフスタンドで使えるSpeedPassを登録したのだが、これも今メインで使っている出光のまいどプラスカードより割高になる。なので一番特なのは出光系のセルフ、という事になるのだが、今日行ったスタンドはessoなのだった。40Lちょっと入り、明日に備える。

バスで病院に向かう。予約が細かく取れるようになったのですぐに診察や会計は終わるのだが、昨日の夕方からいきなり喉が酷く痛くなってきたので、消炎剤を貰ったり、もう1か月位続く職場で大流行の停まらない咳への漢方薬を処方してもらったので、いつもより2種類の薬が多くなったのが原因か。今日は5種類の薬を貰い、バス停へ向かう。

ふと郵便物を出すのを思い出し、クロネコのメール便の方が安いのだが、郵便局の本局が近いので立ち寄る。これは私が以前立ち上げの時にサポートした女性クライマーの方のサーバ移行を行っていて、バックアップしたデータをCDで郵送する為のものだった。

そしてまたふと思いついたのは、由が欲しいと以前から言っていたけど手に入らなかった任天堂DSlite。できればヨドバシカメラのポイントを使いたいので、たまにチェックしていたのだが、すぐ近くので見にいくと、何だか騒がしい。レジまで大行列ができているので、これはと思い、確認もせずに列の最後尾に並ぶ。10分ほど待ってとうとう購入。エナメルブルーの本体と、今更だが脳を鍛えるのソフトをポイントで購入。どうせ割り引かれなく、ポイント還元率も望めない製品なので、こういう製品にこそ普段からのヨドバシのポイントを使いたいと思っていたので、ラッキーだった。

しかし任天堂は何で宣伝だけはして本体の供給をいつも勿体つけるのだろうか。ユーザをバカにしてないかと思う。いくら作戦とはいえ、いつも本体供給が間に合わず、高額な転売をするような輩が必ず出るのはわかっているだけに、本当に欲しい子供達や興味をもった年配の人たちの手に渡らないというのは非常に腹立たしい。

何だかんだ買い物をしながら、自宅より2つ手前のバス停で降り、99ショップでスポーツドリンクやカップスープなどを購入。明日の準備のひとつだ。

自宅に戻ると由が丁度でかける所だった。近所の散歩仲間が引っ越すのでお別れの食事会らしい。朝抜きだったので99ショップで買って来た簡単な食材で米を炊いて食べる。体調がちょっとよくないので、くーを連れて少し寝た。

夕方明日の準備。そう明日の御殿場行きは、アジ練。練習場がこれまでより距離が倍の所にあり、ETC割引がないと非常に辛いので、行き位は早朝深夜割引時間に入りたい。その為に明日は4時起きの予定だ。明日までに喉の痛みや風邪っぽい気分が抜けるといいのだが…

写真は由へのプレゼントのNintendo DS Lite。

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2006年06月02日

鳥羽に集う人々

明日からジャパンカップ。私たちは当然出られないのだが、1シーズンを頑張った多くの知り合いが、三重は鳥羽の会場でゲームをする。鳥羽はさすがに結構遠いので、殆どが今日のうちに現地入りしているだろう。

姉妹であり、実の同胎犬の福来ちゃんは、パパとママが初のフルシーズン参加をし、夫婦でジャパンカップ行きを決めている。私たちも昨年10月から参加しはじめ、最初の頃こそ月に3回もエントリーするなど気合の入り方は相当なものだったが、圧倒的に飼い主のスローが練習不足という事や、遠征ができそうもない体力という事から、初シーズンだしゆっくり近場の大会だけ楽しもうという事を自然に考えていった。

実際の所、事実上年間成績の上位の人だけしか参加する権利が与えられない競技なのだから、私たちが出る場でもないし、出ようなんて事は考えられないと思っていた。ただくーは別で、スローワーの腕をよそに、それなりに目立ってくれたようで、くーという犬を覚えて貰えた事だけで飼い主には嬉しいシーズンだった。

欲張りな私たちは、ディスク大会を経験した上に、他にも旅やしつけ教室、キャンプ、アジリティなどと範囲を広げてしまい、ひとつの競技を集中してするような事ができなくなってしまった。本来なら、ひとつひとつ集中して参加すべきなのかもしれないが、そこまでポイントを狙えない実力という現実もあった。

実際はポイントを狙おうと、ちょっと欲が出ると軒並みミススローが増える精神面の弱さと、実際の実力がスローワーになかった訳で、そのあたりは人それぞれの解釈もあるが、私たちがそこまでジャパンカップを目標にできる立場でも時期でもなかったというのが本音だった。

しかし、ほぼ同じ時期、実際は昨シーズンの最終戦に初めて参加したので半年の差はあれど、同じスタート地点に立っていた福来ちゃんのパパとママは、メキメキと力をつけ、それに福来ちゃん自身の鮮やかなキャッチ能力も一緒に伸び、素晴らしいコンビネーションで大活躍した所をみれば、私たちがいかに運動音痴で根性なしというのも分かってしまう。

ジャパンカップに行くというのは、このディスクドッグ大会の中で、やはり頑張った人たちだけが行ける聖地だ。そこに行きたいか行きたくないかというのはまったく別な次元として、私はやはりその頑張りに敬意を払い、彼らが素晴らしいゲームができる事を期待し、応援したい。私なんかに応援されても嬉しくはないかもしれないが、その頑張りを真似するのは並大抵なものではない事だけは分かる立場として、鳥羽に集まるプレーヤーとたった半年だが一緒の大会でプレーでき、知り合いが増えた事と共に、素直に喜び応援したいのだ。

来シーズンまではしばらく間があくが、夏のゲームやJFAのゲームなどもあるので、くーと遊ぶ休日のひとつとして、何回か参加したいと思っている。そして来シーズンも、くーの喜ぶ顔を見る為に、マイペースでディスク競技というもので楽しみ、その中で知り合える人々たちとの出会いを喜びたいと思う。

鳥羽の休日は、きっと参加している人たちの、かけがえのないゲームになるだろう。
このくーのイラストを書いてくれたジャスティくんのママさんも、鳥羽に行っている。

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2006年06月01日

ありがとう、こいち。

くーを飼う事を決めた頃、コーギーという犬種を少しでも知るべく、ネットを彷徨った。

その中で、コーギーは愛らしい外見に似つかわしく、運動能力が非常に高く、走る事が大好きな犬種というのが分かってきた。本来はそんな事は飼う事を決める前に知っていなければならないのだが、まあその時は私たちも素人だったという事で。問題はそういう犬種を迎えるにあたって、どう育てていき、どう楽しんでいくかなのだから。

そしてアジリティよりも目立ったのが、フリスビー。そう、随分あとでフリスビーは登録商標であり、認められた製品だけがそう呼ばれる事を知ったのだが、いわゆるフライングディスクのキャッチ&レトリーブの競技で活躍する犬たちだった。

その中ではボーダーコリーやラブラドールなどの大型犬が目立っていたのだが、コーギーも小型犬の中では目立っていた。その時は短足の体系からくる足腰への負担をどう減らすかなんて思ってもいない。ただ美しいディスクをキャッチする姿の写真をみては、コーギーという犬のひとつの側面をかいま見られたというべきか、驚きもあったが、とにかくその真剣な眼差しの美しさを感じていた。

そんな中に、目立ったウェブサイトがあった。タイガーマスクやミル・マスカラスを模したマスクを被り、ディスクを追う姿だった。それはあまりに鮮烈なものだった。そしてそのコーギーこそが、一度名を聞けば忘れない、白足袋小一郎くんという名だった。

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こいちと愛されて呼ばれる白足袋小一郎くんとの出会いは、私たちがディスクを初めて1カ月半ほどたった頃だった。

私たちもディスク競技に出始めて、右も左もわからない時、やはり知り合って会話を交わすのはコーギーの飼い主だった。白足袋家にはもう一人、尻尾のある白足袋小十郎君という子がいる。どちらもマスクドッグの草分けで、会場では目立っていた。知り合いから紹介され、あの白足袋家のみなさんと会話する事ができた時には、不思議な気持ちだった。はるか先を歩んでいると思っていた人たちとの出会い。そして、私たちが同じ大会に参加し、同じ時間を過ごせるという喜びを感じていた。

私は会場でお世話になっている人に、コーチを受けたり話し相手になって頂いているお礼を、何かしたかった。私にできるプレゼントというのは何だろう、と思い、私は写真を撮った。全員のは撮っていられないし、自分も参加している訳だからなかなか時間もとれない。なので、そんな中でできるだけ知り合いになった人の競技や犬たちを撮影し、あとでプレゼントするのが私にとってささやかなお礼だったのだ。とはいえ、私自身そんなに写真が上手いとなんて思っていない。ミスの方が多い位だし、お礼になるかどうかなんて分からなかった。

しかし貰ってくれた人たちは、お世辞かもしれないが喜んでくれた。白足袋家の方も、喜んでくれた。それは撮影した私にとって、とても嬉しい事だった。

そんな先輩の中の一人、そして私たちがくーを迎えようと日々準備をしている時に、こんな事がくーと一緒にできればいいなと思っていた夢の案内犬、白足袋小一郎くんが、昨日の午後、亡くなった。詳しくは分からないが、9歳と5か月…あまりに早すぎる訃報は、私を動揺させた。

ここ最近私の周りでは、お世話になった知人、地平線会議の代表世話人の江本さんの愛犬くるみちゃんと雪丸くん、Living-With-Dogsのオーナーの愛犬トレーシーちゃんと、訃報が続いていた矢先の事だ。

何でこんなに悲しいんだろう。あの飼い主さんと一緒に、にこにこと笑顔をみせながら遊んでいる姿を思い出しては、どうにもならないのは分かっていても、それが運命だと分かっていても、悔しい。まだ早い、虹の橋を渡るのはまだ早すぎる、と呟く自分がいる。

最近あっという間に3歳半になってしまったくーと一緒にいると、今何をして遊ぶべきか、何がくーにとって幸せを感じられるのかという事をよく考える。まだ3歳半で何を言っているんだ、と言われるかもしれないが、私は3歳半の今しかできない事を一緒にしてやりたい、だからこそチャンスを逃したくないと思うのだった。

長い長いこの銀河系、地球の歴史の中で、私たちがこの世にいる間、何ができるかを考えて、貪欲に取り組んでいきたい。きっとこいちも今まで沢山の幸せを飼い主さんや友人たちと感じてきたはず。私もくーが幸せを沢山感じてくれるように、自分の体が少々辛くてもチャレンジしていきたい、そう思う。

「こいち、ゆっくり虹の先で休んでね。私も飼い主さんも、生けるものは皆、いつかそこに行くんだから、少しそっちで先に行って待っていてね。」

写真はつい数カ月前のディスク大会で。この姿は決して忘れる事はない。

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