結婚とは何だろう
別に結婚に疑問を感じている訳ではない。丁度、今親しい友人が結婚という人生の中で大きい区切りに対して、色々な障害や課題など乗り越えなければならない事が多く、悩んでいる。自分の気持ちがうまく伝わらない事にもどかしさを感じるのではないだろうか。でも、それは当然だろう。
ただ単に結婚がしたい、という人も世の中には居るだろう。それまで赤の他人だった男と女が、突然ある日を境に夫婦となり、家族となり、それからの人生を一緒に過ごす訳だから、うまくいかない事だってある。たまには行き違いや誤解だってある。妙に気が合う時もある。
反面、結婚しない人も増えてきている。事実職場には多くの独身で私より年上で、また現在つきあっている異性がいない人も少なくない。職業柄というのを昔は感じていたが、そうでもないらしい。世間一般そういう人が増えているのは事実なようだ。面倒臭い、と彼らはよく言う。
私も20代の頃、結婚を意識して焦っていた頃があった。相手をずっと探していたのだが、うまくいかなかった事の方が多かった。とりあえず実家を出て、自分の力で生きようと思い、1LDKのマンションに引っ越した。当然独身ならなんとか生活できるが、家族が増えた場合は拡張性はまったくない間取りなのにもかかわらず、後先考えずに行動を起こしたのだった。
その頃、パートナーを探す事を半ば諦めた31歳の冬、突然何だかわからないうちに話が進み、翌年結婚式を挙げた。それも開陽台で。多くの旅で知り合った友人たちがそうしたように、式場も披露宴会場も神主も神父も呼ばず、自分たちだけで。あくまでもそれまでの自分たちのスタイルを貫くべく、2台のバイクにできる限りの荷物を積んで、丘に上がった。
結婚式は正直な所、なんだってよいと思っている。私の実の兄は大々的に結婚式を挙げたのだが、結果的には別れてしまった。それはそういう運命だったのかもしれいないが、私は何のための結婚式かという事を常々思ってしまう。そういう反動からも、式なんかどんな形でもいいと思っていた。
そして実際には、自分たちが思うよりも友人たちが頑張ってくれて、本物の牧師さんが現れたり、すばらしくおいしい本格的な料理を用意してくれたり、あの天気が安定しない丘で、式を挟んで前後の4日間はこれまでにない位の晴天に恵まれた。全ての面で、これ以上もない出来だったと今でも思う。お互いの両親も親類縁者に何度も何度も、この日の事を話していた程、印象に残る式になってくれたようだった。
実際には準備や料理の材料、牧師さんへのお礼や細かい部分でお金はかかったにしても、実際はほとんどが各自が労を惜しまずに協力してくれたからだ。これも旅の中で知り合った友人が居たからこそ。心から感謝している。
その式の日、タープが3つ並んだだけで、特に普段の開陽台と変わらなかった。夜も迷惑にならない奥の方で宴を行ったが、いつものキャンプの夜と変わらない。事実、その日に居合わせた旅人からも、そんな事が起こっていたとは気づかなかったと何人にも言われた。これは、私たちが目指した形だった。いつもの開陽台で、式の「ようなもの」をとりおこなう事が、自然だったからだ。余計なものは何も要らない。いつもの景色と空と旅人が居ればよいのだから。
このような式を挙げた私たちは、特に大きな喧嘩もせずに、そろそろ9年目を迎える。式よりももっと大事なものがあると、偉そうに言えるものではないが、私は自分の経験から思う。
男と女、それも赤の他人が一緒になる訳だから、それは色々問題もあるだろう。自分ではない人と一緒に過ごす訳だから。だからこそ、結婚する以前に、人として一緒に暮らす訳だから、お互いを認め、敬い、そして補うという、結婚式のきまり文句を改めて見直す必要があると思う。
私は由を尊敬しているし、由は私を尊敬してくれていると思っている。どちらも欠けている部分もあるだろうし、それは別に人間であり、自分ではないのだからあって当然な訳だ。あともうひとつ重要な事は、話をお互いがしっかりする事。話をした上で、相手の意見も尊重し、自分の意見だけを貫き通さない事。色々な意見や考え方がこの世に存在する事を認める事が最低でも守られなければ、どんな相手とだって一緒に生活していく事が辛くなっていくだろう。
結婚式の形や、人それぞれの考え方、そしてこれから人生半分以上を一緒に過ごすパートナーを、お互い認めあう事が大事なのではないかと思う。
自分がそれを全て完全にできているかというと、そうは思わない。ただ、9年前と今の考えに、大きな差はない。差がないという事は、無理する事なく、今の生活をパートナーと共に過ごしている証拠になるのではないだろうか。
そしてそのパートナーに、くーも加わり、くーがいる事でそれまで以上に、お互い一歩踏み込んで暮らしていけるのではないかと思ったりもする。
私はこれからパートナーとの生活が始まる友人に、幸せになってほしい。そして、これまでどおり変わらず、今度は夫婦揃って一家で一緒に旅をしたり、遊んだりしたい。そう願うのだった。
写真は私たちの結婚式の日の朝に撮った、丘の写真。ざっと見回してほとんどが関係者だった。ソロパッカーの人々は、それぞれ自分の夜と楽しんでいた。

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- at 23:55
comments
当日持参したディレクターズチェアの折りたたみ部分に、丘の草が挟まっていた事に帰宅してから気がついた。
葦のようなしっかりした茎で、なにか捨てるのもはばかられて、いまだに私のPCの机の上に飾ってあります。
そっか~、あれから9年たつんだねぇ・・・。あの日は楽しかったよね(*^_^*)
まぁ何でもそうなんだけど、一つ一つの行為の意味をしっかり考えることで
やるべきことも見えてくるし、意味を感じることでやる気にもつながると思う。
>おなやみ中の友達
「結婚する」ということは自分達にとって(&周りの人にとって)どういう意味があるのか。
「婚姻届を出す」としたら、それは自分たちにとってどういう意味があるのか。
「結婚式をする」としたら、それは自分たちにとってどういう意味があるのか。
そういうことをしっかり考えるといいと思います。
私も一回目の結婚式は、20代だったのもあって深く考えないでやった部分も多かったと思うけど
結婚式をすることで
「その後の結婚生活をスムーズに進められる」
(親や親戚を含めた周りの人間に、わかりやすく『私らがくっついたこと』を認識してもらって、その事実を受け入れてもらえる)
という意味を認識して計画実行しました。
だから、ホテルの披露宴会場での人前結婚式
という形態をとりました。
だから形式的にはありきたりであっても、楽しく出来たし後悔もしてない。
それが、みんなそうやってるから、とにかくやるんだろう、的な感じだったりすると
もったいないよね。
まぁ、そういう場合は、えてしてそこまで考えが及んで無いんだけどさ(笑)
結婚したあと
「結婚するってこういうことだよね」
と言えればオッケーなんではないかと。
ま、それは、してみてわかる面も含めてなので
事前に目標にすることではないけど(笑)
のだてさん
のだてさんも来てくれてありがとうでした。(^-^) 和琴の人々も大勢来てくれたし、そのお蔭もあって晴れたのかも。職人さんとか初めて開陽台に張ったけど気に入って結構長い間このあと居たみたいだし。(^_^;
草刈りしてくれたり、焚き火穴掘ってくれたり、本当によい夏でした。(^-^)みんな頭のてっぺんを虫に刺されて大変でしたけど…(^_^;
じんじんさん
結婚式って一応1度か2度位だから、どんな式を挙げるかなんだよね。ただ重要なのは式ではなく、二人がいかに歩み寄る事ができるかっていう部分じゃないかなと思う。
結構会社とかで奥さんとか旦那の悪口ばっかり言っていたり、夫婦で会っても小言ばっかり言い合っている夫婦を見るんだけど、不思議と私たちの仲間ではそういうのがないよね。まあどちらかが主導権をしっかり握っているケースもあるけど…(^_^;
どちらにしても、そのパートナーと自分の性格によって、どうすべきかを考える事が大事ですよね。自我を通しすぎるとまずうまくいかない。そういう意見もあるね、とか、そうしよう、とかいう同意の意識がなくなると、同性同士だってきっと一緒に居られないと思うから。
恋愛感情も大事だけど、そういうステップに入る事は悪くないし、その時点で方向修正していければよいかと思います。
ん? 独身奇族ですがなにか?
『アナタは太陽みたいな存在なの・・・』って言われた事があります。
太陽って近づきすぎると暑苦しくて嫌ですね。
陰ってばかりいると“いい加減出てこい!”ってイライラするし、
まぁ、適度な距離で静かにしてろってことなんですかね。
”亭主元気で留守がいい”そんな時代もありましたね。
お月様が好きです。
ぢみぢみ
おお、ロマンスが…(^_^;
奇族でもかまわないですよ。今回のブログはとある2人に対しての私の気持ちを書いてみました。
太陽は段々大きくなって太陽系を飲み込んでしまうんですよねえ…しいたけ兄のようにやはり夢は世界征服か?(^_^;<意味がちゃう
>>お月様が好きです。
じゃぁ、アタシは月見草。
ひっそりと一人で世間の片隅で咲いていましょう。
結婚したいと思ったことは無いが、アタシはモーホーでもないしオカマでもありません。そこのところ勘違いしないでくださいね。
>せんせい
「結婚したい、と思ったことは無い」
は、ある意味正しいです。
結婚は手段であって目的ではない
(と私は思う)ので・・・
>じんじんさん
ですな。
アタシも結婚したいと思ったことは無いけれど、したくはないとも思ったことも無いです。
まっ、茄子がまま、生るがままですな。
茄子が生るまで待ちましょう。
せんせい
じんじんさんがいう通りですね。手段であって目的ではない。自然になるものです。まあ結婚を目的にしてうまくやっている人も大勢いるようですから、あくまで理想なんでしょうけど…
独身のままでいる人は少なくないようですから、なるように任せるというのが一番よいですね…(^_^;
じんじんさん
そうですね。結婚したいと思っていた時は結局何が結婚という事なのか判っていなかったんだと思います。そういう考えを忘れた頃に、なんでか知らないけどパートナーとは見つかるモンみたいですね。ないものねだりというか…(^_^;