2006年08月31日

仕事用パソコン

続々と秋冬モデル、いわゆる2006年度下期の新型パソコン発売のニュースリリースが始まっている。

実は私の仕事で使っているPCは、9月末でリースアップ。その為、来月頭には代替機の申請をしなければならない。タイミングが実は微妙で、コンシューマ版は昨日発売が発表されているのだが、ビジネス用が遅れている。

普段は気にしないのだが、暫く使うマシンになるので、選定も自分でしている関係もあるが、できれば長く使えるマシンがよい訳で、いそいそと最新のCPUアーキテクチャなどを調べてみたりしていた。

仕事自体はやはりWindowsを使うのだが、最近多くなってきたのがVMWare。バーチャルなマシンを複数、メインで使っているOS上で動かす事ができる。またネットワーク的にも独立させて動かす事が可能なので、便利なのだ。最悪、消してしまえばいいので、パソコンのOSを一から入れる大変さを考えれば、とても有効なツールなのだ。今もLinuxやWindows2003などのサーバを立ち上げ、テスト環境にしている。

調べてみると、Core2Duoがこの秋から乗るか乗らないかという微妙な所らしい。ノートには既にモバイル用のMeromが最上位機種には載っているのだが、デスクトップ用のConroeはまだ出てきていない。やっとデュアルコアのPentiumDが載ってきたばかりというのに、間に合うのだろうか、という不安もよぎる。

実際はアプリケーションも含めて、マルチコアを活用できるものでないと意味がないのだが、一応先を見越してという事で、何とかこのCPUが搭載されたマシンにしたい所だ。それでなくても普段からデスクトップにはウィンドゥは最低10ほど開いているし、バックグラウンドで色々なサービスを動かす私としては、快適に動作するマシンを希望する。

来月前半には出ると予想しながら、変更するのを前提に稟議を作成中だ。ニュースリリースチェックが日課になってしまう。

写真は私のデスク。前面にある19inchUXGA液晶と、右手に見えているPCがリプレース対象になる。

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2006年08月30日

幌加内そば

さぬきうどんと手打ちのそばを比較すると、どちらが好きだというような話しではなくなる。まったく別の食べ物なのだから、当然だと思う。それがスパゲティでも焼きそばでもラーメンでも、麺類は麺類だがメニューとしては同じものにはならない。面白い所だ。

私はそば好きだったが、実の所そんなに味にはうるさくない。安売りの乾麺のそばでも、一人の時はおいしく頂ける。朝からたぬきそばを作り、由に食べさせた事もある。そばの味が分からないという由でも、暖かい関東風のたぬきそばは、好評だ。新そばとか、そばが香るとか、あまり意識した事がない味オンチでもある。

そんな私が、3年前に日本のそばの最大の産地である、北海道は幌加内でそばを食べた。このあまりのおいしさに、私にしては珍しく、食べる事で幸せを感じられた程だ。

その日は美瑛で1泊したあと、雨の中、一人で神威古潭を抜け、幌加内へ抜けた。途中、降り続く雨と、時間調整の為に、道の駅「森と湖の里ほろかない」にある温泉に入る。カッパをはぎ取るように脱ぎ、玄関の傘たてに干したが、他に傘をたてている人は殆どいなかった。駐車場にも車の数は数台で、皆地元の人ばかり。

ゆっくりと雨の降る中、露天風呂で体を伸ばし、レストハウスでは、打ちたてのそばが食べられるというのが大きく書かれていた。結構な値段だったので、結局パス。雨の中カッパを着て、左右そば畑の国道を北上する。

久しぶりに来た朱鞠内湖。雨に煙る暗い雰囲気は、1985年に訪れた日と変わっていなかった。あの日は晴れていたはずなのだが、人影のない湖畔は、立ち枯れた木が湖面から頭を出し、人造湖なのに厳しい過去を表しているようだった。その湖畔に、この年、新たにユースホステルができて、興味が出て宿泊するつもりになった。

そのユースは、私の弟子屈の定宿の、リンダル・シーダー・ホームズの特徴である、プラウウィンドゥを模したリビングがある。そこ以外は、普通の建物なのだが、真新しい宿には、私と同じかちょっと上くらいのペアレント夫妻が取り仕切っていた。

かの有名な礼文島のユースで、若い頃ヘルパーをしていたらしく、その筋で情報を耳にしたのだが、そんな事はどうでもいい。夕食は幌加内そばを使ったそばづくしが食べられるというのが魅力だった。

私はあまりの土砂降りで、午後の早い時間にチェックインさせて貰った。夕方にバスで到着する鉄っちゃんが一人来るだけで、ペアレントもあわせて4人の夜になる。リビングからは素晴らしく美しい庭のようなスペースが見え、そこは雨で煙っていた。ただちょっと違和感があったのは、巨大なテレビとそれを見る為のソファだった。旅人宿やユースとうよりも、ペアレントのリビングといった感じを受けた。しかし客室の仕分け方はユースそのものだった。

夕方、トントンと音が館内に響いていた。あとで知ったのだが、ペアレントがそばをそば打ち部屋でひたすら打っていた音だったのだ。ペアレントはこのユースを建てるにあたり、幌加内でそば打ち修行をしたそうだ。そんなに長い修行をした訳ではなかったようだが、この夕食に出たそばを食べて、私はそばのおいしさを感動的に感じる事ができた。

普通なら何枚も食べたら相当な額になってしまうが、結局3枚と、最後に暖かいそばが出た。添えられたおにぎりもそばの実が入っていて、香ばしくておいしかった。そばづくしは予想以上に素晴らしく、冷たい雨が降り続く朱鞠内湖畔の夜は、幸せな気分ですぎて行ったのだった。

夜はしばらくペアレントさんと話をして、寛いだ。ちょっと私と同じような、昔と今のギャップを寂しく思っているような、そんな共感を感じながら、それほど会話に盛り上がりもなく、時間がすぎていった。

写真はこの日の感動的においしかったそば。また機会があれば食べに行きたい。

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2006年08月29日

さぬきうどん

恐るべきさぬきうどん、という本が面白かった。随分前に読んだものだ。

私は東京生まれの東京育ち。うどんといえば、立ち食いの真っ黒の汁に頭だけ見え隠れする、あまり腰のないうどんというのがイメージだ。逆にそばは好きで、東京の立ち食いでどちらかを選択を迫られたら、まずそばを選ぶだろう。

うどんは由と一緒に暮らすようになってから、食べる回数が極端に増えた。当然おいしいうどん、いわゆる腰のあるさぬきうどんしか該当しないのだが、だしも関西風のものに限定される。東京の醤油ベースのうどんは、まず食べない。

数年前に、さぬきうどんのメッカ、香川を中心とする四国ではとてもメジャーな「セルフ」方式を採用したチェーン店、はなまるうどんが東京に進出。我が家もよく足を運んだ。池袋西武デパートの屋上に、本格的なさぬきうどん屋があるときけば行き、富士市周辺のスマル亭にもよく立ち寄ったのだが、どれもピンと来なかった。はなまるはそういう意味ではさぬきうどんの本流に近かったのだが、いかんせんぬるく、ダシもいまいち。ただタコ天が昔あって、それは評価できた。今はみかけなくなってしまい、ますますはなまる離れが進んでしまった。

私の実家の近くに、東京麺通団という怪しい店ができた。実はこれがあの恐るべき、を仕掛けた人々が関係する直営店だった。この味は由にとっても太鼓判を押せる程、本格的にウマかった。麺のコシも、ダシも東京ではナンバーワンだと断言する程のできで、今でも近くに行けば結構な頻度で立ち寄る。おみやげのうどん玉は今も2箱ストックされている。

そしてうどんブームは映画「UDON」の公開で、また再燃しつつある。先日テレビで特番をやっていて、録画してみたら、また食べたくなってしまった。

何より、香川のセルフうどん、製麺場は、旅を感じる。私が四国を旅した時、まだセルフうどんの事はまったく判らず、現地のオジサンの見よう見まねで食べたのを思い出す。おでんを煮た鍋が、なぜか夏でも店内にあったり、その素朴さとあまりに質素な店内は、私の旅心をこれでもかとくすぐった。

四国に行きたい。香川のうどんを食べたい。由とくーを連れて、ロッキーで廻りたい。そんな気持ちが沸いてきた。その気持ちが抑えられず、これまた近所にある「こがね製麺所」へ日曜のお昼に行った。ここのうどんはちょっとイマイチなのだが、セルフの雰囲気は充分ある。東京でもこのレベルのさぬきうどんが食べられるようになった事を、素直に喜びたいと思うと共に、またあの蝉時雨の中、強い太陽に照らされた瓦やトタン屋根の製麺場を廻りたいと強く思った。

写真はそのこがね製麺所。麺通団が歩いていける所にできてくれたらもっと嬉しいのだが…

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2006年08月28日

ナイターセミナー

渋滞と変貌し続ける御殿場フィールドだけで土日のコラムが終わってしまったが、漸く土曜のセミナーの話。

御殿場だけでなく、関東は全般的にあまり暑くなく、過ごしやすい週末だったようだ。その分晴れ間はなく、湿度も高かったのだが、セミナー会場は半袖ではじっとしているとちょっと肌寒い位だ。

参加チームは7つ。皆勤賞のウィル家は明日まで泊まりで参加されており、またかわいい娘さん2人を引き連れて頑張るルビィ家もテント設営を朝のうちに完了し、1泊体制でセミナーへ参加。二組とももうベテランの域で、学ぶ点は多い。

ディスク競技では、ほぼ過半数が大型犬だとボーダーコリー、小型犬だとコーギーなのだが、アジは本当に色々な犬が参加できる競技だ。それこそ普段散歩の中で出会う、かわいいパピヨンやトイプードル、キャバリアなんかは、アジの世界では上位に君臨する犬種だし、ミックス犬も頑張っている。またハンドラーである飼い主が、一緒になって走り、的確に指示する事が必要になる為、相当な運動量だ。ビールを飲みながらなんか絶対に出来ないし、煙草だってあまり吸う人はいない。

熱心に参加するメンバーは、もうすっかり顔なじみ。何だかまだ初めて5カ月に満たない新参チームが1度以上の人たちと一緒に走れる事や、親しく挨拶ができるの事で、もう週末の御殿場通いがいかに支えになっている事か。嬉しい限りなのだ。

しかし、皆がターゲットにしている9月10日の寒川で行われる草アジIALは、残念ながら我が家は参加できるクラスがない為、不参加。ここに来ている殆どの親しいメンバーが、皆1度以上であり、何だか場違いな感もぬぐえない。頑張れば、年内にビギナー、初アジを卒業できるかもしれないが、焦らずにステップアップしていく事が重要だと思っている。

前半は登りものがないオープンコースで、ハンドリングの基本レベルを学ぶ。なかなか由がうまくハンドリングできない。他の人の時間よりも取って頂いたにも関わらず、結果的には失敗で終わってしまった。最後にコーチが言ってくれたのだが、くーの足の速さの関係で、由のハンドリングが難しいという事もあるようだ。そんなに速いのか?と飼い主は、他にも足の速い多くのチームがいる中で、ちょっと不思議に思うのだが、体感的には足が短いせいもあるようだ。

コーギーでアジをやっている人は少なくないと思う。反面、多くの先輩から、ハードル障害のミスの克服に苦労したという話しを聞く。我がチームも同じなのだ。しかし、ここ数回で思うようになってきたのは、落とすには理由があって、多くはハンドラーの居る位置に起因している事。この点からも、ハンドリングの途中で、由が居る位置は重要になる。

ただこれは我が家だけでなく、ハンドリングする時の位置やコマンドのタイミングというのは、殆どのチームに関係してくる。ハードルを落とさなくても、ミスコースをする事だって、これが理由なのだから。

くーは2走目以降は、結構コースを憶えてしまっている。その為、本番と一緒で、1走目が大事だ。ハンドラーしか知らないコースを、何も知らない犬にどう指示するかによって、CRできるかがかかっているアジは、本当に犬と対話ができていないと成り立たないスポーツだという事を、改めて痛い程感じた。

後半はAフレームやドッグウォークなどが加わり、AGコースとなり、我がチームはコンタクトの練習を中心に行った。セミナーが終わった後まで、それは続いた。

ナイターになったセミナーの関係で、とても涼しく、犬たちもバテる事なく3時間半という時間を過ごした。途中照明が点き、雰囲気はなかなかよかった。虫も少なくなって、これから秋にかけてがドッグスポーツの本番になる。あっという間のサマーシーズンだったが、これ以上にこれまで夏の盛りに出掛けた事はなかった。

ディスクも始まるが、今はアジの練習を空けず、続ける事が大事だとコーチも言う。ただまったくディスクを辞めるのはくーにとっても忍びないので、予定があう日で、たまには出たいと思っている。

終了後は皆で風呂に入り、食事をした。我が家はその後帰路につき、1時すぎに自宅に到着。今回も往路の渋滞の影響か、私はへとへとになってしまった。

写真はこうこうと照らされた御殿場フィールド。浮かび上がる機材の中を、ハンドラーと犬が走り回る。

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2006年08月27日

御殿場フィールドの成長

全て主催者とセミナー受講者のボランティアで、何もない林間の広場に小屋がたち、簡易トイレが置かれただけのフィールドが、今では電気も通り、自ら切り出した杉の木で照明塔を2本設置。そして6本の柱と梁の全てをまた自然に立っていた杉を切り出し、東屋までできてしまっていた。

私たちがここに来てまだ2カ月たっていない。自らがナタやチェーンソーをふるい、まるでテレビ番組のように、ひとつの村ができてしまったような感じだ。なかなか考えてもここまで実践できる人は少ない中、これが草アジ魂といった所か。セミナー受講者の中には感化され、ナタを買ってしまったり、キャンプ用品が極端に増加してしまった人も少なくない。これはある意味、とてもよい経験をさせて貰っているフィールドでもあるのかもしれない。

東屋までの配線を手伝っただけだが、既に地盤もユンボで固められ、しっかりと頑丈に出来上がっていた。ここに少しづつ便利な設備が増えていくようだ。

セミナー開始前に、これまでのボランティアに感謝の意と、このフィールドの進む行く先について、主催者から話があった。しかし私はその中で、マナーの問題に影響する使い方について、ちょっと不安に思わざるを得なかった。やっぱり、ある程度クローズドな環境は気兼ねなく過ごす為の必須な条件なのではないかとずっと思っていたからだ。

ただ、まだここでは新参者な私たちは、それ以上は分からない。キャンパー仲間の集まりでも、ある程度の閉鎖的な空間の確保は、皆が心を許せる場所の確保にもなる。これまで開放する事や、条件をつけて裾野を広げる事をやっては、裏切られてきた事もあるので、それが心配だったりする。この御殿場フィールドで、力をあわせて大事に運営していこうと思う人々の気持ちを、裏切るような出来事がなければいいのだがと思うのだった。

少なくともある程度の不便さは、私たちは特に大歓迎だ。無料でかつ来た時よりも綺麗にというポリシーで、テントを張ってゆったり過ごせる場所を、これまでずっと探し求めて旅をしてきたが、そこはそのままだった事は殆どない。使えなくなる時期は必ずくるものだった。

この御殿場フィールドが、これからもずっと犬と共に飼い主がほっとできる場所であるといいのにと、心の底から思う。そしてその為には、小さいかもしれないが、力を貸していきたいと思う。ギブアンドテイクの基本。それはやっぱりお金では解決できない、とても大事で、気持ちのよい関係を指しているものだと思う。

写真は自力で建ててしまった東家。切り出した杉の柱6本は、皮も向かず、そのままで味がある。照明器具の配線中。

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2006年08月26日

やっぱり東名は大渋滞

草アジの御殿場セミナーが、ナイター設備が整い、開始が16時となった。その為、朝8時前に到着するようなこれまでのETC割引時間帯の快適な行程と違って、渋滞を予想していた。

今日は夏休み最後の週末。例年の渋滞予想でも、大和トンネル付近を先頭に、7時~17時まで30km渋滞、というような事がかかれている。なんだその時間帯は?と思えるほど、やはりこの日は混む事が判っていた。

ガソリンがあまりなかったので、高い都内で10Lだけ給油。ここではメンバーズカードを使って141円/Lだった。とりあえず御殿場まで着けば、もうちょっと安いスタンドがある。最近話題になった高速のSAスタンドでの給油は、待ちが30分とも1時間とも言われるので、無視。実際渋滞予想がある日は、SAやPAに入ったり出るだけでも時間がかかるのだから、無駄な時間は使いたくない。乗ったら御殿場までノンストップのつもりだった。

最近うまく渋滞から逃げていたので、私自身ちょっと油断していたのもあった。どんなに混んでも倍の3時間だろうと思っていたのだが、予想に反して東京ICに乗り、すぐにある一つ目のS字コーナーから既に渋滞。ここから22km先の23kmポストからずっと混んでいるという。目眩がした…。

3車線は時折完全に停止するほど混んでいる。料金所を越えるまでに30分。なんなんだか。後ろの車の動きがとても気になる。後ろから前の車や横の車を見ると、カーナビをテレビにして、頭をディスプレイに寄せながら見ている者、携帯電話の通話どころではなく、通信すらしているもの、あげくにはトラッカーではマンガをハンドルの上に広げて読んでいる。昔からそういうのはみかけてきたが、こんなのに追突されて1日以上を棒に振るのだけは避けたい。

昔、八尾の高速道路上で激しく追突された事があったので、その時のトラウマもあるのだが、運転中くらいちゃんと集中してしろよと思うのは私だけだろうか。神経質すぎるのだろうか。当然の事なのだと思うが、それがあまりにもできていない。

「わ」ナンバーの挙動が読みにくいのは仕方がないが、「わ」ナンバーのくせに割り込みや妙なステアリングワークをするだけでなく、中でドンチャン騒ぎしているのもいる。盛り上がるのは勝手だが、とにかく周囲の車に迷惑をかけないで欲しいだけだ。

渋滞が嫌いなだけでなく、私はこの渋滞の中でのリスクの高さが嫌なだけだ。久しぶりに1時間半、みっちりとノロノロ運転をさせられ、へとへとになったが、大和トンネルを越える頃からは、今度はテールツーノーズであおってくる車だらけで心底まいった。右の追い越し車線に行けばいいのに、無駄な事ばかりする阿呆が多い。そういう輩は自爆してほしいものだと、物騒だが本当に罪もない人が危険にあうのを見過ごせない気持ちになる。

渋滞で疲れたので、90km/h巡行で走りたかったのだが、何度か無駄なアクセルを踏む事になってしまった。大抵がトラックか綺麗に光っている高級セダンだった。こういう行為を撮影して証拠として提出し、ペナルティを課すような制度はないものか。

御殿場インター周辺も大変な混雑。ETCレーンも先の信号渋滞で滞っていた。一般道もぎっしり。ガソリンをいつもの出光のセルフで入れる。ここではカードを使用して137円/Lだ。その後遅い昼を食べる為にルートに戻るが、渋滞は相当激しい。

このあたりだとR246のぐみ沢交差点渋滞などが有名なのだが、堪えられなくなり横道に逃げ、ファミレスに停めたはいいが、そこでも大混雑。入るのを諦めて一旦戻るルートで牛丼家に向かうが、その間も大渋滞。もうどこ走っても渋滞でまいる。

何とか昼食を取り、コンビニでちょっと飲み物を買い、帰りはもう閉まっていると思われる肉屋で買い物をしようとするが、駐車場は満杯。路上にも駐車車両がざっと8台という、地元でも有名な肉屋で少し購入。ここでも時間がかかり、フィールドに到着した時は15時を廻っていた。もうへとへとだった。

セミナー開始までこんなギリギリに来たのは初めて。これでも目一杯急いだのだが…やはり次回からは眠くても早朝出にしようと思った。

写真のように、快適に走れる道に対して、それ相応のお金は払う事は別に構わないのだが…

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2006年08月25日

豚丼つゆだく

職場では昼に仕出し弁当を頼んでいるのだが、外出したりする時は、やはりサラリーマンの基本食、ファーストフードを利用する事が多い。

ラーメンなどを食べる人が多いのだろうが、最近の凝ったラーメンはちょっとした定食の値段だ。どちらかというと、立食いの天玉そばとか、牛丼屋などを利用する事が多い。新橋などサラリーマンの町は、それらの店は必須であり、時間を問わず賑わっている。

その中で、最近になって大手丼チェーンで一番安い、豚丼の並、それもつゆだくで頼んで食べている。店によってその量が大きく違うのだが、あまり体によいと思えない食事でも、妙においしく食べる事ができたりする。

豚丼といえば、帯広の豚丼なのだが、それとはまったく別の食べ物になってしまっている。これはきっと私のように、帯広の味を知っている人以外は、違和感はないのだろう。単に牛丼の豚バラ仕様なのだから、豚丼(とんどん)なのは分かりやすい。でもあの炭火でじっくり甘辛いタレで焼かれた豚丼の味を知ってしまうと、あまりのギャップに失望すらしてしまうのが、豚丼(とんどん)だったりする。

まあ300円以下で食べられるものは限られる訳で、時間も節約でき、そこそこ満腹感もある豚丼(とんどん)は、実は結構嫌いではない。体の為には、もっと塩分控えめで、ご飯を減らし、野菜類を取りたい所だが、毎朝最近朝食には、野菜ジュースとヨーグルトを食べている事、誤魔化している自分がいる。

写真はそんな豚丼(とんどん)と比べものにならない一品。一度は食べてみたい、何度も食べたい、帯広はぱんちょうの豚丼。

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2006年08月24日

今さらながら30Dの事

今使っているCanon EOS 20Dは、特に問題はなく、約1万ショットちょっとを撮った所だ。この20Dは2004年8月の発売日に購入し、それまで使っていた10Dをヤフオクで処分している。それからもう2年使っている訳だ。その間で1万ショットというのは、少ないのかもしれない。

30Dの主な20Dとの違いは、確認用の液晶が大きくなった点の他は、マイナーチェンジだと思っていた。しかし色々ユーザからの感想などを聞くと、AF機能がよくなったとか、ちょっと気になる項目が少し出てきた。AFをはじめ、この機種を使いこなしている訳ではないが、腕をカメラがカバーしてくれる時代、このあたりには改めて魅力を感じてしまった。

また10Dから20Dに買い換えた時のひとつの大きな理由に、シャッターユニットの限界の事がある。例えばEOS KissDNなどは、3万回程度で壊れ、シャッターユニットの修理(交換)が必要になるという。10Dでも、多くの事例でシャッターユニットが壊れて修理したという話を聞いた。友人のプロカメラマンもその一人だった。

操作レスポンスの改善は当然ながら、ある程度のサイクルで、定期的に買い換えてもいいモノなのかもしれないと思うようになってきた。最近では下取りというよりも、ヤフオクというよい個人売買の方法がある。これで売った差額により、2年間を償却する額として4~5万は高いか安いか。シャッターユニットの修理が2~3万とみれば、それほど損ではないと思ったりもする。

エントリーモデルのKiss Digitalは、Canonの売れ筋。これがあったからこそ、今のデジタル一眼のユーザが増えたとも言える。それだけに、今日その3代目のいわゆるキスデジXが発表され、そのスペックは発売時期の関係で上位モデルの30Dを越えている部分が多々あったりする。電子機器の宿命といった所か。

私が主に使用している20Dは中級クラス。この周期はほぼ1年半という感じなようだ。なので、現行の30Dは2006年3月に発売されている為、時期モデルは2007年9月。あと1年ほどあるという感じか。

さて、今の時点でマイナーチェンジ改善された点と、リセールバリューを考えて、またも30Dに変えるべきか。少なくとも、20Dのリセールは少しづつ下がってきている訳で、この駆け引きはなかなかシビアだ。たださすがに今、KissDXに変える気はさらさらない。筐体がヤワな点や、連写レスポンス、細かい操作パネルの質などが、やはり満足できないからというのがある。

今すぐに買い換えるという事ではなく、焦ってもいないのだが、発売後およそ半年たってから行われると思われる、キャンペーンに乗っかり、割引率があがったりする頃に、揺らぐ事になるかもしれない。

20Dでは色々なくーを撮ってきた。くーと一緒に過ごした時間は、20Dが残してくれている。

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2006年08月23日

メインマシンの改造3

リカバリは順調に行われ、HDの音も思いの外静かで嬉しい。購入直後の状態に復帰させ、不要なアプリケーションはこの時点で全てアンインストール。Microsoft Updateでセキュリティパッチを適用し、ウィルス対策ソフトを導入と最新化。この時点で相当軽快な動作になっているので、時間をかけてデフラグ。本当はNortonのスピードディスクをかけたい所だが、最近は買ってない。

デスクトップはシステムをC、アプリをD、Eに個人データというように分ける。Cはシステムのswap領域を多めに取るのだが、さすがにノートなのでCにインストールされるものはOSも含めて全てまとめる事にする。そしてDに個人データ。基本的にはデジカメやウェブのデータなどが入る。

アプリケーションはこれまた使い勝手を無視してPhotoshop、PaintShopProなどの使い慣れたツールを導入。デスクトップは狭いが、このPCで一応全てができるような環境へ作り上げていく。TTYフォントも色々とインストール。結構な使用量に膨れ上がっていく。

面倒なのは旧HDの中にある、メールデータやブックマーク、サーバ接続情報を移行し、削るものもあったが、ほぼ完了。HD容量が40GBだったR3が、120GBへと生まれ変わった。所要時間2日間。その中には睡眠時間も勤務時間も含まれるのだから、まあこんなもんだろう。途中USBのFPDドライブや、移行ソフトをCD-Rで焼いたり、リカバリ用のDVDを作ろうとして途中で中断したりする時間も含まれる。

ちょっとHDの動作音は違うが、これでしばらくこれをメインのマシンとしてやっていけるだろう。

写真はリカバリ後にFPDでDOSを起動し、BIOSへおまじないをかけた時のログ。

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2006年08月22日

メインマシンの改造2

当然ハードディスク(HD)換装作業をしている間は、メールもウェブも利用に制限がかかる。デスクトップに一旦移植してもいいのだが、メーラーの移行期間のログ落ちなどは、後々やっかいだ。やるとすれば一気にやってしまおうという事から、準備を万全にしてとりかかる事にした。

HDはレスポンスよりも長時間稼動をテーマに、4200rpmの120GBモデル、日立IBMのものを選んだ。値段は14000円弱。搭載実績もある機種なので、安心だ。ストレージは安い通販ショップで購入する。同時に以前から欲しかったIDE機器をUSB2で繋ぐ事ができるケーブル剥き出しのアダプタも購入した。一旦モバイルHDケースに入れてマウントしてもいいのだが、予備がない為に買ってしまった。

またこの機種は、HDの内部にリカバリ領域を持っていて、出荷状態に簡単に戻す事ができるようになっている。しかし通常ではこの領域が隠されているので、一旦可視化したり、バックアップツールで新しいHDにコピーしなければならない。色々とさすがにLetsNoteの愛好家がいて、このリカバリ領域のデータをリカバリDVDに書き出す事で、外部接続のブート可能なDVDドライブ経由からリカバリができるようにする手順も公開されていた。リカバリ領域はまるごと利用者が使う事ができないので、ある意味無駄なので、余裕があればチャレンジしようと思った。

まず新しいHDをUSBで接続。現在のHDの中の、リカバリ領域が物理的な最後の部分に書き込まれているので、Acronis True Image8を使ってコピー。新HDだけでリカバリができる状態にする。これができれば、あとは個人データを移行するだけだ。私の場合、定期的にパソコンはリカバリを行い、レジストリやHD上を綺麗にした上で、データを移行し使いやすいように設定するのが好きだ。これによってレスポンスが強烈に落ち込むような事はない。定期的に棚下ろしをするため、気分的にもよい。反面、うっかりして重要なデータを失う事もあるのだが、バックアップは重要だ。所詮HDは消耗品なのだから。

下準備が終わったので、手順に従い、キーボードやパームレストを外し、フィルム状のケーブルを外す。このあたりはちょっと取り廻しが厳しいので、無理な姿勢で作業を進めた。HD本体はパームレスト下深くに沈んでいる。

新しいHDを3.3V稼動で動かす為に、ピンを2本、思い切って折る。これでこのHDも他の機種には流用できなくなってしまうが、まあ仕方がない。他にもマザーをハンダでいじる方法もあるようだが、それはさすがに私はできない。リスクも大きすぎる。

真新しいHDに交換され、外してきた通りくみ上げていく。BIOSにリカバリメニューを追加するおまじないをし、換装はこれで完了。HDが40GBから120GBに変わったCF-R3に、Windows XP Proを再構築作業に入る。

写真はむき出しのIDEハードディスクを、直接USB2で接続するアダプタ。

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2006年08月21日

メインマシンの改造1

いつのまにか、メインPCがノートになっている。ウェブページを本格的にいじるとなると、SXGA以上、できればUXGAの解像度が欲しくなるのだが、ちょっとしたメンテやスクリプトの修正などでは、手軽なノートが便利だ。

その昔、東芝のLibrettoを愛用していたのだが、今のメインは2年前に買ったPanasonicのLetsNote CF-R3。現行モデルはR5になっているのだが、あまり大きな変更はない程、完成度は高いモバイルPCだ。

どちらかというとちょっとこれでも大きいと思えるのだが、使い勝手という意味では、程よいサイズなのかもしれない。いわゆる1ストリングといわれるハードディスクのみでCDやDVDドライブはついていないのだが、無線LANターミナルと、セールスポイントのバッテリのもちで、これ以上のマシンはあまり見当たらない。

これまでPDAも色々使ったのだが、やはり私としてはフル機能のWindowsOSが動くマシンがデータの交換性も含めて効率がいいという結論を出している。Linuxでもいいのだが、Winで動くならそれに越した事はないという所か。

そのマシンも、ハードディスクの容量が少ない為、外付けのバスパワーで使える2.5inchハードディスクにデータを退避していた。結局PC以外に周辺機器を持っていかなければならないまどろっこしさが気に入らないとして、そろそろ使い込んでも来ているので、ハードディスクの換装をしようと決心した。

色々調べているいるうちに、当初特殊な電圧(3.3V稼動)のハードディスクが使われていたという話で諦めていたのだが、ピンをショートさせる事で通常の5V型でも搭載できる事も判ってきた。

保証もメーカー修理もきかなくなってしまうが、開腹手術を行う事にしよう。これからも暫く使う為にも、元気になって貰わねば。

写真はキーボードを外した所の我が愛機、Panasonic Let's Note R3。このあと、ハードディスクを引きずり出す。

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2006年08月20日

閉じこもって文章を書く

久しぶりに外出しない日曜日。ずっと書いていなかったLiving-with-dogsのレポートを2つほどあげた。

本当は同時に3月に行った北海道のレポートを仕上げようと思っていたのだが、ちょっと文章のチェックが足らず、時間をおかせて貰おうと、今回は宿のレポート2件のみ。前回提出したレポートから、随分間があいてしまった。

このレポートの前に、ディスク競技へ参加するようになった話を書こうと思って、少しづつ書いていたのだが、なかなかうまくまとまらなかった。それはそうだろう、まとまる程私たちはディスク競技を知らない。参加して1シーズンが過ぎただけで、どのような内容が書けるかを悩みながら、結局完成に至っていなかった。

そんな中アジリティもはじめ、どちらの競技もくーと一緒に楽しめるものとしてこれからも参加していきたいとは思っているが、まだまだ未熟なレベル。意識的にも今の取り組み姿勢にしても、書いてよいものなのだろうかと葛藤しながら、それでも今の立場で書ける内容を書いてみたいと思い、諦めていなかった。

ブログの文章は、ほとんど読み直していないので、言い回しや誤字脱字が多い。読み直している時間がないというのが正直な所。まあ所詮独り言のブログだからいいか、と思いつつも、訪れてコメントして頂く人には恥ずかしいと思う感情もある。

文章を書くのは嫌いじゃない。こういう文章を書くようになったのは、パソコン通信を始めた1988年頃から。それまでは自分の字が嫌いで、でも旅先からの絵はがきは好きだった程度で、ほとんど書く事はなかった。キーボードと出会って、私はこういう文章を書くようになったという訳だ。

自分の文章がうまいと思えないし、同じような言い回しばかりで、ブログですらずっと公開し続けているのは恥ずかしい位だ。でも、なぜか書いてしまう。恥をさらしてしまうのに、書き続けてしまう自分がいる。

ブロガーが増え、そういう人も多いのではないだろうか。テーマはいくらでもあるが、今日書くべき事というのは、やはりなかなか出てこない時もあり、数日溜めてしまったりするのだが、今の所1日も欠けず、更新し続けさせて頂いている。

本当はこのyonkichi.comでは、旅のショートストーリーをまとめていくコンテンツも考えていたのだが、いっこうに進まない…

写真はある夏の開陽台で。当時3世代ほど愛用し続けてきたヘリテイジ・ライトエスパースの中で、コーヒーを沸かしている間に本を読む私。このテントの中で、絵はがきを書いたり、本を読んだりする時間が、今の話のネタになっている。

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2006年08月19日

暑い中の定期通院

最近週末になると御殿場でアジ練ばかり。実際、今練習する事はとても意義があり、初めて間もない我が家は、できれば毎週のように練習を重ねる事で、スキルアップも望める事から、できればまめに御殿場に通いたいと思っている。

毎週御殿場などに行っていると、段々と感覚が麻痺してくる。高速代やガソリン代は確実にかかっている訳で、それにセミナー代もばかにならない。お金に換え難い経験ができるのだから、そうもいってられないといいつつも、サイフや通帳をみると、どんどんとお金が消えていくのもよく分かってしまう。

由とくーが今、大事な時期であり、私もそれを一生懸命バックアップする事は今さら否定するつもりはないが、あまりに予定を入れすぎて、すっかり私の定期通院の予約日を忘れてしまった事に、つい数日前気がついた。

本当は8/5の土曜の朝だったのだが、もうそれは2週間近く前。あわてて先週コンペだった事もあり、今週末の土曜は休んでもいいかなと由に提案し、予約をとった。予約は既に殆ど一杯で、なんとかキャンセルが出て9時半台に滑り込ませられた。ただ普段よりも1時間以上遅くなる為、混雑し帰ってくるのも昼頃になってしまうだろう。まあそれは仕方がない。

という事で、強烈に暑い中、病院へバスで向い、診察を受け、沢山の薬を貰ってきた。私にとってこの薬がないと不安なので、2カ月毎の定期通院はサボる訳にいかないのだ。面倒だが仕方がない。帰ってきたらまた頭痛が…

たまに御殿場通いを休むのも必要だろう。でも来週はまた行く事になると思う。願うのは、少しでも涼しい条件で受けられる事。今日は台風の関係もあって、相当蒸し暑いだろう。

涼しい北海道にでも旅に出たい。なんて病院の待合室で思ったりした夏の休日だった。写真はいつものストレートダートで。思い出すのはこの道なのだ。

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2006年08月18日

それぞれの夏休み

毎年夏休みとなると、数人の有志を募り、フェリーの往路と復路をあわせて北海道を旅した。長時間、長距離フェリーの中でする事がない為、道内では完全に別行動なのだが、行きと帰りのフェリーを一緒にする事で、船旅を楽しく過ごせる。随分長い事、こういう旅をしてきた。

私自身船旅は嫌いではなく、18時間だろうが33時間だろうが、退屈した事はこれまでない。近海郵船の有明釧路航路などは、30航海以上したはずだが、どの旅も楽しかった。

ぼーっと甲板で海を見つめたり、波ができ消えていくのを眺める事。気が向けば揺れる湯船に体を浮かべたり、持ってきた文庫本を読んだり、旅のルートを考える為に地図を眺めていたり、知っている旅人や、初めてそこで出会った旅人と色々な話をしたりと、その都度している事は違えど、大きな船で自分の愛車と共に、遠い大陸へ向かう時間というのは、とてもワクワクした。

太平洋航路では、レストランが高いので、インスタント食品や菓子を買い込んで、旅費を節約した。帰りには和商市場で刺身や海産物を買い込み、甲板で飯を炊いた事もあった。ここだけの話、ロイヤルステートという最高級の船室に泊まった時も、しっかり米を炊いて友人たちと語り明かした。

お盆もすぎ、例年だとそろそろ、私が一番最適なシーズンと考える北海道へのツーリングの時期。すっかりいつ北海道を旅しても、バイクでの旅人は激減したようだが、これから寒い位までに冷え込む朝晩が、一番北海道を旅する時期では好きなのだ。天候も安定し、海のものもどんどん美味しくなっていく。

一緒に北海道を旅した友人たちは、今はそれぞれの夏休みを過ごしている。いつか、また歳をとって、落ち着いてバイクにまた乗れる時期が来たら、その友人たちと同じようにして北海道を旅したい。そして湖畔や丘で、道中の旅を語り明かしたい。アナクロなのかもしれないが、私が心の底から楽しいと思える遊びのひとつが、それなのだから。

写真は1989年。有明苫小牧を結んでいた、日本沿海フェリーを初めて使った夏。しかし正直言って、もう二度とこの船は使いたくないと思った…。近海郵船ばかり乗り続けたのは、この夏の苦い思い出があったからだったりする。

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2006年08月17日

懐かしきホンコン

ホンコンといえば中国。マカオや九龍などを包括する坂の町。というと海外の話になるのだが、今回のホンコンはちょっと違う。

会社の同僚が、北海道の千歳の美々川へカヌーを漕ぎに行ってきた。今年はどうも北海道の晴天率が高いのか、非常に蒸し暑かったそうだ。気持ちのよさそうな青空の下、楽しそうな写真をみせて貰った。

千歳の川というと、あまり綺麗じゃないような感があるのだが、それなりに綺麗だったようだ。北海道の川といえば、天塩川から十勝川、釧路川などカヌーで糟行したい川が豊富なのだが、通して下れる川というのは実は少ない。何らかの手が加わっているのは、土建屋天国の北海道でもある訳で、ただそれ以上に広大な土地があるが為に、あまり目立たないだけなのだろう。

私自身はそんなに川下りはしたことがないのだが、カヤックでのリバーツーリングは好きだ。カナディアンよりもやはりカヤックの軽さに魅力を感じる。カナディアンでゆったりと下るのもいいのかもしれないが…その同僚は別に申し合わせた訳ではないのだが、まったく同じ艇を持っていた。持っていたというのは、既に転売してしまったので今は所有艇がないのだが、私の艇もいい加減ヤバい状態になっているだろう。転売もできない状態になっている事が想像できる。無駄な事をしてしまった。

その同僚がお土産を買ってきてくれた。北海道内ではメジャーな、S&B食品のホンコンヤキソバ。私が学生時代、北海道を旅している最中によくお世話になった。安売りの日には、ダンボールで買った事もある。なぜかS&B食品製なのに、内地ではあまりみかけない。

他にも道内ではメジャーな食べ物が色々とあるが、道内だけで売られている食品というのは結構ある。私が好んでテント生活をしていた道東の某丘は、日差しが照れば強烈に暑く、名物の霧や小雨に包まれている時は強烈に涼しい。町からも結構離れているので、雨の日にバイクで買い出しに行くのはなかなか大変なので、それなりに保存がきく食品をある程度ストックしていた。

ハイジーの家で食事を取れるのだが、そうしょっちゅう食べていたらお金がいくらあっても足らない。なので、キャンプでもある事から自炊をするのだが、和琴のキャンパーと違って、丘のキャンパーはインスタント系がやはり多い。料理好きなキャンパーがいると、エンゲル係数もあがるが難だが、おいしい料理をご相伴に預かれる。その為、その他の時用に、インスタントラーメンなどは必ずといっていい程ストックされていた。ルル(キタキツネ)に荒らされないように、ダンボールの中の貯蔵庫に入れられて…。

その中で、汁物ではなくさっと食べられるこのホンコンヤキソバは手軽で人気があった。おいしいかというと、決しておいしい訳ではなく、手軽なのだ。カップラーメンなどはゴミも出るし割高なので、袋のラーメンばかり買っていた。ダブルラーメンやマルタイなども併用したりしていた日々だった。

またお前、ホンコンか、という会話も交わした。私以外もホンコン愛好家が多く、あと一の市で買った野菜餃子100円なども人気があった(と思う)。自転車乗りなどは、白米を食べないと持たないと、一人でも3合とか炊いていた。私も自分一人でよく米は炊いたのだが、この頃から米炊きで食べられない状態になったというミスはない。なぜか、米炊きは得意なのだ。

今回、そんなものをお土産で買って来られ、笑うしかなかった。他の後輩などにも配ったらしいが、判る人は私だけしかいなかった。

これは、焼きそば好きの由のお昼になるだろう。

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2006年08月16日

格納方式の補足

先日ロッキーの荷台を効率よく使う為に、木材を買ってきて蝶盤を駆使し、作り上げたという話を書いた。しかし、その時に折り畳めると書いたのだが、実際には折り畳んだ状態の写真を撮っておらず、資料になっていなかった。

写真のように、パタパタと折り紙式に収容できるようになっている。完全に折り畳めず、重なってしまう所はご愛嬌。でも次に作る時はもう少し高さを加え、強度をあげたい。それにより、上で人が寝られる位にしたいものだと思っている。

言葉で説明した前回より、モノの写真というのは、いわゆる百聞は一見にしかずという感じだ。今回使ってみて悪くはないのだが、やはり下の段がちょっと狭い。収納効率があまりよくない部分は否めなかった。

元々収納スペースがないロッキーに、ただ積むだけでなく効率よく格納し、必要なものを必要な時に取り出す事ができるような工夫をもっと考えていきたい。案外、こういう部分は面白いもので、実用度もあって楽しい。私自身、バイクに家財道具一式を積み込む時も、経験と工夫を重ねてある程度自分のスタイルが出来上がった。友人がクラウザーやジビのパニアケースを使っているのを横目で見つつも、パッキングはバッグとローピングが美しさをかもしだすという訳のわからない自己満足で、使う気にならなかったのもあり、そういう拘りからも来るものなのかもしれない。

設置した写真は以前のブログの写真があるとして、今回は畳む順番を2枚の写真でまとめてみた。

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2006年08月15日

ダウンな日

14日は、未明に帰着したので、年休にしていた。それは正解だったようで、私は朝7時頃に頭痛で目が醒めた。

今週、何とか頭痛に見舞われなかったので、ほっとしていたのだが、やはり色々動いていたせいで肩も凝っていたり、血流も悪くなっていたのか、それとも寝相が悪かったのか、朝から度数でいえばレベル8位の頭痛に見舞われた。

先々週はレベル9以上ともいえる相当に強烈な頭痛もあったのだが、ワソラン(心臓の血管収縮を抑える薬)という群発頭痛予防薬を朝昼晩飲む事で、少し治まってきたような気がした。しかしそれでもダメな時はダメなもので、なかなかコントロールはできない。

私が頓服を飲みに、寝室を出てリビングで唸って寝ていると、電話が2本。1本目はバイクの強制保険の更新手続きで、代行をお願いした。2本目は神戸の由のお母さんから。何でも停電が起きていて、心配してかけてきてくれたようだ。私は痛みの中で朦朧としつつ応対したので、申し訳ない。相当大きな事件が起きているようだが、我が家のビデオたちも電話もネットも大丈夫そうな感じだったので、テレビもつけずにまた痛みに絶えながら横になった。

眠ってしまえばまだ痛みを忘れられるのだが、エアコンが寒く、体温調整ができない状態だった。なので暑い部屋の中でまるまってじっとしていると、いつのまにか寝てしまったようだった。目が醒めたあと、時計を確認する気力もなく、ぼーっとしていた時間がまた長かったようだが、どうも昼近いようだった。

頓服の飲み過ぎでか、胃の胸焼けがひどく、ストックしてあるカップうどんを頭痛に響かないようにそっと作り、食べて、もう1度薬を飲んだ。その後ヨーグルトを少し舐め、また横になる。

しばらくすると、やっと由が降りてきた。くーもそろそろ腹が減って、おなかすいたゲポをする時間じゃないかと気になっていたのだが、由もくーも相当にへばっていたようだ。結局起きてきたのは13時。まるまる10時間以上寝ていた事になる。お疲れさん。

テレビをこの時点で漸くつけると、それは大騒ぎになっていた。私の通勤ルートが直撃されている。ただ私は普段7時20分すぎに電車を降りるので、普通通りに出勤していても問題はなかったと思うが、同僚は大変な事になっていたらしい。サーバ群もこの業界のオフィスのくせに、UPSも入っておらず、全てダウンしたそうだ。当然センターのサーバ達は問題なかったようだが、あまりに長時間の停電だと自家発電も燃料が尽きる前に復旧して貰わないと無理なものだ。

頭痛は結局ピークは過ぎたが夕方まで長引き、何もする気がおきなかったので、写真の整理もビデオのダビングもせず。夕食ですら自ら外食を提案し、久しぶりに一風堂へ行った。ちょっと濃い夕食だったが、久しぶりのラーメンは美味しかった。

写真はお疲れのくー。妙な所に入り込んで寝ていた。

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2006年08月14日

開設記念コンペ

13日の日曜日。朝6時頃に目を覚ますと、人の気配が沢山。由はまだ寝ていたが、ごそごそと私が起床。今日も何とか頭痛はない。予防薬を水なしで飲む。

私たちは今晩にはここを撤収するので、今のうちに片づけられるものは片づけておこうと、私はいつものようにシュラフとマットをさっさと収容した。平日天気がよいときに、由に自宅で干して貰う予定だ。ただテントやタープはなかなかそうはいかないので、テントの中は空の状態まで片づけ、昼頃に夜露などで濡れたテントが乾いてから、片づけようと考えていた。

朝食も全て下の円形フィールドに昨晩立てたスクリーンタープに持っていき、ゆっくり競技が始まる前に食べようという所なので、車にパッキングしていく。そして下のフィールドまで、相当にハードな砂利道なのだが、我が家のロッキーなら最低地上高もあるので、クーラーボックスやテーブルなども一気に車で運ぶ。

下のフィールドに行くと、今朝到着した知人たちが既に大勢タープの設置で賑やかだった。大会の雰囲気が段々と出てきて楽しい。そして空はこれでもかという程の青空。これは暑くなるだろうと、遮光シートを2枚、暑くなる前にスクリーンタープの全面にかける。

今回は普段の大会とは違って、お祭りのようなイベントになっている。ギャンブラーなんていう競技もある位だ。我が家はまだまだ大会3回目なので、BOP、BAG、JOPへの3走エントリー。由はしっかり寝られたので元気だが、昨日ひたすらセミナーを2クールと伐採を1クールしたので、足が痛いとか言っている。そりゃそうだろう。大丈夫だろうか。

最初はJOPから。気温がグングン上昇し、直射日光も激しく照りつける。いくら御殿場で東京とは比べものにならない気候とはいえ、やはりこんなコンディションではハードだ。くーも既に舌を長くしてハアハアやっている。しかし走りたい気持ちは薄れないのがくーの凄い所だとあらためて感心。逆に無理させれば無理してしまうので、飼い主がよくみていてやらないとならない。

今回スタート時のマテを、Yコーチから指導を受けて安定してできるようになったおかげで、由も少し中盤のハンドリングが楽になった。ただやはりまだまだくーの呼ぶタイミングや、立ち位置などで惑わせてしまう事が多く、タイムロスも大きい。ハードルも今回1本だけだが落としてしまい、22.02で結局7位、辞退者を差し引いて4位で終了。でもCRまであとちょっとという所まで来た事で飼い主は満足だった。JOPを完走した事は嬉しい。優勝のケイティちゃんと2位にチョコちゃんはセミナー仲間。おめでとう。

BAGは相変わらずコンタクト障害はまだまったくできないので、失敗回数が加算されてしまう。21.42とタイム的にはコンタクトしていない分速く、トップなのだが、4位で終了。優勝はセミナー仲間のなっしゅちゃんだった。パパのハンドリングは素晴らしく、なっしゅちゃんの鮮やかな走りとあわせて拍手。

BOPはカーブを曲がりきれず、誤飛びで失格。まあ、そんなものだろう。明らかに由が押してしまったのがビデオで確認できた。ただハードルは1本も落とさず、少しづつ成長しているのも判って嬉しい。優勝はBAGとの2冠のセミナー仲間、なっしゅちゃん。あっという間にもうビギナークラスには参加できない(もしくは辞退)ようになり、ステップアップしていった。くーもあとを追って頑張ろう。

お盆の真っ只中、日差しが強く照りつける御殿場フィールド開設記念コンペは、早めの16時前には終了。楽しい2日間だった。我が家は渋滞を避け、時間をずらして今日の深夜に帰る事にしていた。我が家のテントは全て昼すぎに乾いた頃を見計らって撤収済。由は買い物チーム、私はお風呂チームに混ぜて頂き、別行動。くーはその間ロッキーの荷室で休憩して貰う。

戻ってきて夜は焼き肉の晩餐。頂いたとうきびも美味しく、夜遅くまで色々な話をして過ごした。我が家は皆が寝始めた23:30に御殿場を出て、ノンストップで帰る。途中、港北手前でちょっとだけ流れが悪くなったが、1時丁度に到着。1時間半となかなかこの時期としては好成績の所要時間だった。

片づけや風呂に入っているうちに2時半になり、就寝。くーもさすがに疲れたようで、あまり夢を見ていないように静かに寝ていた。

写真はディスク大会で知り合い、先日虹の橋を渡ってしまった白足袋小一郎くんの息子、白足袋小十郎くんの鮮やかな走り。この日、JP1で優勝、AG1で準優勝と、しっぽつきコーギーの先輩として大活躍だった。

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2006年08月13日

御殿場伐採セミナー1st?

食後、由がいそいそとTコーチの元へ行き、何だか話しをしていた。すると、軍手を取りにきて、これから新設する予定の東屋用の柱を切り出す作業をするという事で、チェーンソーが使いたくて仕方がない由は、杉の木伐採セミナーに参加する事になった。コーチも何だか嬉しそうに、フィールドにいる男性を集めて軽トラの荷台に由たちを載せ、伐採ポイントへ。

先日夜間照明用の柱を、周辺に立っている杉の木をチェーンソーで切り出し、ユンボで穴を掘って立ててしまったコーチ。今度は数本の柱を切り出し、東屋の柱にするつもりらしい。適度な木を探し、さて伐採。

まず木に倒れる方向に向けてサポートさせる役割のロープをかける。自然に倒れる木を、微妙にコントロールする時に使う為、左右にはこのロープを持ったフォローする人を立たせた。

チェーンソーと伐採の基本を由に教えこむコーチ。由は図工の教員だった事もあって、こういうのが大好きだ。ただ力がいる部分もあるので、コーチにフォローして貰いつつ、倒れる側の手前にまず水平に切れ込みを入れ、それと逆の方向を斜め45度の角度で上から水平の切れ込みに向けてチェーンソーを入れる。

力がないので、どうしても柄の方より刃の方に切れ込みが入りがちだが、腰を入れて倒れる方向にあわせて切れ込みを入れていった。斜めに入れるはずの切れ込みが、段々と垂直になっていってしまったが、何とか伐採できた。倒れる瞬間は先日西湖のBOPでCCRした時のように飛び跳ねて喜んでいた。

そのあと、美しくない切り株をコーチが調整し、枝の払い方を教えて貰いながら、伐採完了。これを東屋建設地まで運ぶのが大変。殆ど全員を招集して運ぶが、腰を痛めそうな重さだった。立派な杉の木だ。

そのあと私はテント前に張ったミニタープ下に広げたコットで昼寝でもしようと横になると、雨がバラバラと落ちてきた。皆あわててそれぞれのタープに避難。しばらくすると、杉林の向こうから、ゴーっと音がやってくるのに気がついた。大雨か?と思ったらベーゴマ位の雹がバラバラと降ってきた。

このサイズなら車も傷はつかないだろうが、結構な量が降っていた。すっかり涼しくなってしまい、私はテントの中にもぐり込んで、入り口に置いてあるくーが入っているクレートを眺めながらうとうととしていた。

気がつくと午後のセミナーが始まったいたので、あわててビデオカメラやら何やらをセッティング。由はコーチに優秀な生徒だと褒められたと喜んでいた。何をしに来たのやら…

午後はいつものTコーチ側で練習。大型犬とそれ以外にわけられ、Yコーチが大型犬を見る事になった。今回も実戦方式で、コースをどんどん走る。

すっかり降雨と雹のせいか、寒い位に涼しくなったフィールドで。くーも由も思いっきり走り回る。ミスも相変わらず多いが、原因を把握して大事に走ろうと、走ってもいない私も口を出す。スラも成功する回数が増えてきた。こういう姿を見ていると、私も走りたくなる気持ちが芽生えてくる。実際は難しい問題もあるのだが、でも由とくーのチームは今過渡期なので、あまり変な口を出したくもないというのも正直な所なのだ。

夕暮れがやってきて、セミナーが終了。コーチは成長したなと褒めてくれた。そう、伐採だけでなく、本来のテーマであるアジの方も、少しづつだが成長してきているようで、厳しく、また時には暖かく見ていてくれている。これ程嬉しい事はない。まだ知り合って4カ月のコーチだが、本当にコーチやここに集まる人たちと知り合えてよかったとしみじみ思った。

明日コンペが行われるフィールドに機材を下ろす。何だか若者が大量に山荘に集まってきている。ここの土地のオーナーの娘なのか知り合いなのかわからないが、ドンチャン騒ぎだ。明日コンペをするのは知っているのだろうが、問題にならなければよいのだがとふと不安に思っていた。

円形フィールドをロープで作り、そこにハードルでガード。車が10台以上出入りしているので、機材が壊されないかちょっと不安だ。あとは明日の朝という事で、皆いつのも場所に戻る。我が家は今のうちにとタープを張らせてもらい、簡単にペグを打っておく。

そこから風呂経由、食事に行く為にほぼ全員が移動。我が家もくーを車に載せていつもの温泉へ。大勢人が来ていたが、まあ何とか汗も流し、コーチがみつけた空いているステーキ系のファミレスへ。ハナマサ系らしく、ほぼ肉オンリーのメニュー。御殿場に来ると肉中心のメニューになってしまうが、運動するのだからよいのかもしれない。私は逆に肉を取りすぎかもしれない。

フィールドに戻り、焚き火の前で少し歓談。今晩から明日にかけて、参加者も次々到着するだろう。0時前にテントに戻り就寝。明日は6時頃には起きて、色々準備をしないと。しかし予想通り山荘に集まる若者は、深夜1時頃まで音楽をガンガンにかけ、奇声をあげ、打ち上げ花火をして騒いでいた。きっと御殿場フィールドができる前からドンチャン騒ぎを毎年のお盆やっているのだろう。山荘のオーナーの子供が、親の目が届かないのをいい事に、山の中だから誰にも怒られないと思ってやりたい放題の夜だったようだ。我が家はなんとか無視して寝る事ができたが、犬によってはあれだけの音が響いてくる事もあって、落ち着かない子もいた事だろう。

お子さまは集団だと何をするかわからない。いつの時代も同じなのかもしれないが、やっぱり何か欠けているような気がしてならない。

写真は伐採セミナーの生徒、由。生まれて初めてチェンソーで木を倒す瞬間。動画からのクリップなのでちょっと荒い。

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2006年08月12日

御殿場セミナー8th

さて、盆と正月と言われる程、日本人が一番同じ時期に行動する時期の週末である。この週末の日曜に、お世話になっている御殿場フィールドにおいて、初めて行われる競技会がある為、前日の土曜のセミナーに出ようという計画だった。

慎重な私は一番渋滞の少ない深夜0時から4時までの間に、東名東京ICを通過する為に、色々な計画を練り、予定としては11日の夕方から寝て23時頃に起き、12日未明に自宅を出発しようと考えた。しかし結局誰も眠れず20時すぎに諦めてしまった。

渋滞情報を見ると、今まさに空いているような情報。すぐに出れば渋滞も横浜町田周辺の数キロで済むという感じだったので、思い切って少々混むかもしれないが、これから用意をして出ようという話になった。私はすぐに風呂に入り、夕食を簡単に取り、22時に出発。

都内はそれほどでもなかったが、東名に向かう車の数は圧倒的に多い感じがした。環八の東名の渋滞情報では、横浜町田で7km渋滞。仕方がないのでそのまま乗る。

交通量は多いが、まあ80km/h以上で走れる流れの中、横浜青葉を越えたあたりで渋滞になる。何度も完全に停止するような渋滞だ。昔追突されたトラウマが騒ぐ。由は横ですやすや。くーもバックミラーからは耳のシルエットが見えないので、横になっているようだ。ひたすら我慢して7km走りきるまでに30分程かかる。しかしそろそろ渋滞が終わるかと思いきや、電光掲示板では9km先事故で渋滞ここからと表示がされていた。なんと、また事故だ。

金曜の日中から、東名の状態をチェックしていたが、故障車だけで12台、事故も多い。サンデードライバーのせいなのか、とにかく事故や整備不良が多すぎるような感だ。まあうちの車も11年目で色々な所にガタが来ているが…交通集中による渋滞の原因もそうなのだが、車の速度をアップダウンを含めて一定に保って走れるように、SFの世界のようなコントロールをされるのはいつの事だろうか。

結局厚木を越えるまでに1時間かかってしまい、御殿場フィールドに到着したのは0時半になっていた。起きている人はいないかなと静かに入っていくと、威勢のいい焚き火の炎とそれを囲む人影が見えた。ちょっとほっとしつつ、テントを張る場所をみつけて、ランタンをまず灯し、設営。寝るだけでいいかと思ったのだが、まだ余力があったので、ミニタープまで張っている間、由にはくーを少し歩かせて貰った。

30分の東京IC通過の差で、到着に1時間の差がついたハル君家が先にテントの設営を終えていた。コーチは焚き火の前でうたた寝。キャンプの夜の好きな時間を少し楽しみ、テントに潜り込んだ。ちょっと湿度と気温が高く、シュラフは出さず、サーマレストの上でそのまま寝た。風通しを考えて、天井と前後の出入り口のメッシュを少し大きめに開けておいた。

7時すぎまで寝ていたようだ。人の声で目が醒めた。頭痛はないのでちょっと安心したが、すぐに予防薬を飲む。くーは私が体を起こしてもまだまるまっていたが、トイレの為に外に出ようとした途端、出入り口のジッパーを顎でうまく下ろして外を眺め出す。外に出たくてたまらないという感じだ。

コーチが食パンをサバイバルよろしく焚き火台の上の鉄板で焼いてくれていた。買ってきた朝食はクーラーボックスにそのまま入れておき、焼きたてのパンを頂く。そして午前のセミナーに由は参加する事にした。

これで草アジのセミナーには参加8回目になる。本格的にアジを初めて、まだ4カ月。すっかりアジの楽しさだけでなく、難しさや辛さも味わいながら、こうして毎週のようによく御殿場通いをしているものだと思う。ただ明日はコンペなので、今日のうちに少し体を慣らしたいという感じのようだ。

今回は午前はなんとYコーチが急遽担当。普段のコーチとは違った内容になり、由は大喜び。なかなかこんなチャンスはないので、とにかく色々