2006年09月30日

NDA開成町大会 その1

昨年の10月1日。忘れもしない、くーのディスクドッグ競技への初参加の日だ。そしてその場所は神奈川県は開成町。酒匂川の河原に広がる芝生のフィールドだった。

その日私はエントリーしている由の写真を撮ったり、サポートする立場で参加した。丁度その前のシーズンでディスクドッグ競技を初体験し、2005-2006シーズン最初の大会で2戦目という胴体犬の姉妹である、福来ちゃんと共にエントリーしたのだった。

由はその日までディスク(いわゆるフリスビー)はお遊びでしか投げた事はなく、公式競技用ディスクを触った事もなかった。いわゆるお遊び感覚で参加した我が家だった。

晴天に恵まれ、風が少々巻いているコンディションの中、圧倒的にスローがうまい参加者の方をみては、ため息をついていた程だ。いくら投げてもまともに飛ばず、由はそんな中でも1R目をおだんご(0P)で追えたのだが、飛距離こそ伸びないにしても、2R目はオールキャッチする事ができ、その楽しさにすっかり引き込まれていったのだった。

その開成町大会は、今年の1月下旬にもあり、由がドギーズの2位につける事ができた事もあり、ますます記念の会場でもあった。そして、今日、またそこにやってきた。

アジ練の週末同様、東名のETC割引時間を利用し、大井松田を降りたのは6時20分頃。コンビニでちょっと買い物をし、会場に入ると既に同胎犬の福来ちゃんと、ハリー君がタープを設営済だった。そこに今日1日だけのエントリーをしている私たちは、入れて頂く。

久しぶりのディスク競技。厳密に言えば、6月にAJPC(All Japan Players Cup)でディスク大会には参加しているのだが、昨シーズン、一番多く参戦したNDAという団体のシリーズ戦としては、半年ぶりになる。

嬉しい事に、多くのドギーズクラス参加チームの方が私たちの事を憶えてくれていて、久しぶりと声をかけて下さった事。アジを通して知り合った方たちと再会などもあり、和やかな雰囲気で開会式前の時間を過ごす事ができた。

そしてあのくーTシャツを作ってくださったじゃすまさんとも会う事ができた。くーは妙にじゃすまさんにじゃれて、美しいじゃすまさんの顔を、これでもかとしつこい程なめたり、お腹をみせたりと、大興奮だった。くーは一応、女の子なのだが、美しい人は好きらしい。

天気も曇りで涼しく、風もほとんどない。気持ちがよい1日が始まった。

写真はディスクを追うくー。本当に何よりもディスクが好きらしい。

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2006年09月29日

喘息くん

実は日曜から火曜まで、久しぶりにひどい持病の発作に見舞われ、ダウンしていた。

幼少の頃、それこそ夜に父親が車に載せ、病院に救急扱いで駆け込み、点滴を受けたりした事が少なくとも10数回あった。

しばらくして、3年に1度、5年に1度という感じでそういうひどい発作はなくなったのだが、ここ10年以上経験していなかった発作に今回は見事に見舞われた。

ちょっと息苦しい時なんかはこれまでもよくあるのだが、点滴を受ける程ひどくならないのか、地元の開業医の先生は、点滴するまでもないと薬で対応してくれていた。ただこれが定期通院している大学病院だと、すぐに点滴となる。このあたりの違いは何なんだろうか。納得のいかない治療方法はこれまでも多々あるので、いちいち聞くのも面倒臭い。

今回は日曜の夜中というか、月曜の未明0時から3時頃まで、ひどい発作に見舞われ、寝る事ができなかった。結局明け方5時頃にうとうとしたので、もう会社にも行けず、診療の始まる9時前に病院に行った。我が家から徒歩10分弱のその病院までで、治まってきた発作がまたひどくなった。

そして診察後すぐに点滴と吸入を受ける。1時間程椅子に座り、じっと待っていると、少し楽になってそのまま気管支拡張剤の薬を貰い、帰った。

この症状ではもう会社なんかに行ける訳もなく、また横になるのも楽ではないので、椅子に座りじっとしていた。由はバイトに昼前から午後まで出掛け、くーは私が居る事が少し嬉しいようだが、由が出掛けると殆ど寝て過ごしていた。

また夕方になって少し苦しくなってきたので、病院に行く。別なステロイド系の薬で吸入をし、少しおちつた。但し、夜これ以上ひどくなったなら、救急で大きい病院に行くように言われる。薬も胸に貼るタイプと、炎症を抑える薬、胃薬と増えた。

結果的にはその月曜の夜は酷くならなかったのだが、結局眠る事があまりできず、火曜も会社を休んでしまった。体は薬のせいで何だか力が入らず、手は震えてしまっている。

そんなこんなで普通の生活に戻ったのは木曜日。大事な積立休暇を使ってしまった。これから寒くなるシーズン、インフルエンザの予防注射もする予定だが、年休を大事に使わないといけない。

自分の体もこんなだが、年休の残りを気にする事も、忘れてはいない。

久しぶりのひどい発作は、流石にちょっと堪えた。

写真は病院の片隅の椅子に座り、点滴を受ける私の腕。隠れて携帯で撮ったので、ブレまくっている。

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2006年09月28日

草アジ祭 -イベント編-

秋祭りのシーズン。草アジ御殿場フィールドでも今日は祭り。

お昼頃には、今日の競技会への参加者であり、またコーチの古い友人のお子さんがこの日競技にエントリーをていたのだが、その方の結婚式が手作りでとりおこなわれた。

新潟からはるばる来られた奥様が走り出したあと、いきなりコース上の障害が数人の男性の手により運び出され、その部分までハンドリングしてくると、コーチがマイクでフィールドにいる人全員を並ばせた。そこにできたのは、人のアーチ。新郎もマイクで呼び出され、お祝いの言葉が投げかけられた。

長い長い人の手で作られたアーチを潜り、その先には花束を持ったまろ君とハリー君が待っていた。そしてケーキカットや、ハスクバーナの芝刈車に空き缶を引きずらせ、その上に新郎新婦が二人乗りになり、フィールドを一周。大きな拍手で祝われるという、隠しイベントもあった。

屋外では私たちの結婚式もそうだったが、妙に出会う確立が高い。北海道や長野のキャンプ場で、多くの簡単な結婚式に出会ってきたが、どんな式よりも、当事者にとっても参列者にとっても思い出深いものになるように思える。

そんなイベントもあれば、その夜には金華豚で有名な近くの精肉店から、豚の丸焼きセットがトラックで搬入され、焚き火台でじっくりと焼かれて振る舞われた。

先日もそうだったが、べったんパパさんがシェフで色々なものが作られ、まるで野外パーティになる。また野外料理のレベルは凄く、時にはマグロ1本を数種類のメニューに変えて振る舞ったり、ダッチオーブンや鉄板などを使うオーソドックスなものから、コース料理なみの繊細なメニューまでを手際よく作って下さった。

豚のまる焼きは、ちょっとグロかったのだが、実は大学時代には毎年学祭で行われていたので驚きはしなかった。ただ流石に有名な精肉店の下準備がされた肉、おいしくそして仕上げも綺麗なものだった。

私たちはこの日、ビギナークラスに別れを告げた記念すべき大会になった。別にビギナーを卒業した訳でもないのだが、草アジのルールで、BAG、BOPというビギナー種目に2度以上の入賞をしたチームは、次回から表彰辞退となる。これは平等にかつ入賞の喜びをできるだけ多くのビギナーチームに感じて貰おうという配慮からだ。なので、私たちは次回からエントリーはできても、表彰はされず辞退扱いとなってしまう。

アジを始めてまだ6カ月。正味5カ月なチームが、草アジから学んだ事はとてつもなく大きい。TコーチやYコーチの話を一生懸命理解しようと努力し、多くの知り合いになった先輩達に助言を頂き、実践しようとしてもなかなかうまくいかない事で日々悩んできた。、私たちは喜びと辛さに加え、これからまだ多く越えなければならない壁がすぐ前に見えているのを感じつつ、御殿場の夜を楽しんだ。

そして私たちは明日の1度以上の競技にはまだ出た事がない事もあり、翌日の競技会には参加せず、土曜の夜のうちに御殿場を離れ、帰路についた。

決してビギナークラスが簡単な訳でもない。この日のBOPなどははっきり言って西湖でCRさせて貰ったコースとは雲泥の差があったように思える。しかしどんなコースであれ、ハンドリングする楽しさと辛さはある訳で、CRできずとも自分の中で「やった」と思える達成感を味わう事が今は目標になる。
御殿場祭りは、思い出深い一日になった。

次回は10月22日の初アジ。これまで参加してきたJOPに加え、順を追うとSPOP、AGOPという3種目になると思う。しかしこのまだ未経験の2種目のレベルはいきなりハネあがる。何にエントリーするかはよく考えたい。辞退でもBOPやBAGを暫く走るかもしれない。

写真は大会の中で行われた結婚式の風景。長い長い人のトンネルができていた。

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2006年09月27日

草アジ祭 -4走目・BOP編-

そして今日最後の私たちチームの競技、BOP。7月の西湖サマーキャンプでBOPをCR&優勝、そして今日午前のBAGでCR&優勝した事により、次回からはエントリーはできても表彰辞退となってしまうこの競技。しかしなんとも難しいコースだった。

これがビギナーかと思える程、スイッチやバックの連続。くーは速度が速い分、小回りが苦手な時がある。高速コーナーで外に膨らむ事があり、その時にハンドリングによっては回り込み妙な角度のハードルを跳ぶ事もある。

その為、ハードルにひっかけ落としてしまう事があるのだ。速度調整をハンドリングでこなす事はまだまだできない。やっとコンタクトでは速度を落とさなければならないという事が分かり始めたくーな訳だから、当然といった所か。

結果的にはハードルを3本も落とし、タイムこそダントツの速さだったが、オールクラス6人中5位に終わった。惨敗だ。スタート直後の2本目を落としたのは、由の位置が悪かった。中盤落とした部分は、高速コーナーを旋回中にジャンプをしたせいで、後ろ足がスリップしハードルの上に着地してしまう感じだった。そして最後は由がゴーを忘れ、由が着いてこないのを気にして振り返りながら最後のハードルを失速しながら飛び、落としてしまったのだった。

疲れもあったのだろうが、由は納得していなかった。でも私は充分だと思った。由とくーはこの日、先週あれだけ凹んだ分、反動もあったのだろう。頑張った。コーチの厳しい言葉は、由の壁を超えさせたのだろうか。それは間違いではなさそうだった。

写真は3本もバーを落としてしまったが、トンネルを抜ける際も最短距離を狙うが如く、インを狙いすぎ顔を当てているくー。まるでアウト・イン・アウトを無視するレーサーか、スキーのスラローマーのようにグラブバーでポールをなぎ倒しながらターンをするようなアグレッシブな走りをしている証拠写真。

由、くー、お疲れさま。

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2006年09月26日

草アジ祭 -3走目・TOP編-

今回の目玉と言えるタフネスオープン。通常15~20障害の所、30障害が設定され、ハンドラーも犬も体力勝負という事から、タフネスという名なつけられた。

オープン競技の為、コンタクト障害はなく、ハードルとトンネルが組み合わされたロングコースだ。まさにくーが出ない訳にはいかないような競技だと思われた。

この日、主にビギナーな私たちがエントリーすべき競技は、BOP、BAG、JOPの3種目なのだが、お祭りという事もあり、タフネスのエントリーを私が奨めた。そしてTOPは3番目の種目だ。

しかし当日蓋を開けてみれば、なんと37障害。とんでもないロングコースだ。天気も回復し、風は涼しいが結構強い日差しが降り注ぐ中、スモール・ミディアムクラスには多数のベテランがエントリーしており、楽しむという雰囲気で参加させて貰うという感じだ。

コースはやはり難しく、単に並んでいるだけではない。トラップもあり、タフネスさだけが求められるのではなく、難しくなっている。由はスモールクラスで2番手だったので、すぐに順番がまわってきた。

くーはバーを落とさず飛ばしていく。コースも間違わずに走っていたのだが、中盤のトンネル先のトラップで、由はコマンドを間違えてしまった。ストレートトンネルを越えた先に並ぶ左右のハードルのうち、右を跳ばなければならないのだが、そこでゴーはなく、こっちと言ってしまったのだ。

くーはコースは間違えなかったのだが、ハードル手前で一旦停止。由を見た。由はすぐに跳ぶコマンドを出すのだが、くーの判断はそこで鈍り、ハードルを落としてしまう。ここで拒否1と失敗1がついてしまった。

その後は問題なし。もっと難しいトラップも、アテンションで抜け完走できた。

その後にエントリーしていた多くのチームは誤飛で失格になっていく。結果的にスモール・ミディアムではアジ友のチャイニーズクレステッドのジュニア君とハンドラーの友井パパが唯一のCRで優勝。2位に由とくーのチームが着ける事ができた。

由はしばらくなぜ失敗したのかを判っていなかった。ビデオではっきりと由自身がコマンドを間違えていたのが分かり、この時点でやはり由は疲れが出てきたのかもしれない。既に3走目。このあとはBOPも控ええている中、何とか減点はあったが完走できた事を喜んだ。

くーはまだ元気だが、さすがにクレートに戻ってからは昼寝をし始め、疲れてきたようだった。まあ呼べばまだパワーは出てくるのがくーなのだが、少し休ませてやる。

写真はタフネスな37障害を笑顔で走り抜けるくー。由の集中力は限界近かったのか、コマンドをミスし、くーを迷わせてしまったのだった。

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2006年09月25日

草アジ祭 -2走目・BAG編-

本日土曜の2走目はBAG。くーがこれまでクリアした事がない、コンタクト障害が2つ、ドッグウォークとAフレームがあるのがAGだ。西湖のサマーキャンプでくーはラッキーな事に、ハードルとトンネルだけのBOPで優勝を頂いたが、AGができてはじめてアジリティをしていると言える。

これまでセミナーでも、AGの壁の高さを痛感してきた。前回、初めてくーを私と由の二人で、コンタクトゾーンでは止まる事を強制的に教えたのだが、当然初めてコンタクトでは停まらねばならないという事を知ったくーは、パーフェクトにそれをこなせる訳でもなかった。

由はそれからというものの、マークコマンドで、普段の散歩や生活の中でも「マーク」と言われたらその場で「停まる」というトレーニングを重ねていた。しかし本番でそれがどこまでできるかというと、私からしても難しいと思わざるを得なかった。

由のスタートはJOPで失敗2を重ねた事から、ますます気合が入っていった。検分の時に、Yコーチと話し込んでいたり、積極的にコースやポイントを確認していた。スタート地点までくーを進める時も、しっかりリーダーウォークをさせながら、リーディングスタートの準備で、先に出ないようにくーに強く言い聞かせていた。

リーディングスタートはちょっと怪しかったが、スタート直後のハードルをうまくこなし、トンネルに入る。スピードは乗っている。そしてトンネルを出た所で鋭角に240度位右にターンさせ、ドッグウォークに乗せる。くーは由のアテンションにしっかり反応し、スピードを乗せて登る。

ドッグウォークの水平部分が終わる手前で、由は大きくステイをかける。くーは急制動をかけたが進む。そしてゆっくりとコンタクトゾーンへ進み、再度ステイをかけてコンタクトをしっかり踏ませる事ができた。そしてUターンし、今度はAフレームへ登る。そこでまた由がコマンドをかけるとくーは頂上で一旦停まる程スピードダウン。しかし下る部分で由が少々走路妨害気味に被さってしまった。くーはギリギリにコンタクトゾーンを踏んだあと、地面へジャンプしてしまう。何とかここもクリア。そしてあとは戻りながら障害をこなし、なんとCRを達成できた。

タイム的にも問題なく、BAGで優勝する事ができた。これは正直な所、何よりも嬉しい。AGでCRできた事は、優勝などよりも心からやったと思える結果だった。私も思わず声を出した。由も喜んだが、由の気合に終始押され気味だったくーは、少々戸惑っていた。

しかし、決してくーは怯えていた訳でもなく、笑顔で走り切ったのだった。大きな一歩だった。

Yコーチや多くのアジ仲間の人たちが、おめでとうとお祝いの言葉をくれた。心の底から嬉しかった。

写真はBAGで、気合満点の由の走りと、ちょこまかと走るくー。

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2006年09月24日

草アジ祭 -1走目・JOP編-

JOPのコースは、見た目障害が少なめなのだが、知恵の輪のように同じコースを行ったり来たりとさせる少々複雑なコース。

気合を入れてくーをリーディングスタート、と思いきや、2本目まで前に出た所でくーはスタート。このスタートも微妙な由の肩や頭の動きに、くーが反応しているようだ。

2本目のハードルにちょっとだけ後ろ足がかかり、バーが落ちる。その後、遠隔で腕と手の動きと声で、あまり走らずにハンドリング。今までできないと言ってきた遠隔ハンドリングだ。なかなかよい調子。

思い切り走っても、くーと同等に走れる訳はないので、遠隔をうまく使い、くーのコントロールができればよいとは思っているのだが、なかなかそう簡単にはいかない。ただ今回は本番でいきなりの遠隔だったので、私自身も驚いた。

由はアテンションと呼び戻しを使いながら、ミスコースはなしで、最初に2本目と後半の鋭角にターンしたあとのバーを落とした。1本目は由の立ち位置と由を追おうとしたタイミングでギリギリ後ろ足が当たったという感じで、後半はくーの速度が上がりすぎていて、曲がり切れず踏み切りのタイミングが遅れたか滑ったかで、胸からバーを落としてしまった。これも由の立ち位置でクリアできたかもしれないとあとで思えた。

今回失敗2だが完走ができた。また遠隔をうまく使い、私からみても何だか吹っ切れたようなハンドリングだったように思う。由の中でもそれなりに満足感が芽生えたようだった。由は確実に経験を増やし、自分の身にしているのだろう。

順位は7位。失敗が重なった結果だが、内容としては「よくやった」と私は思えたものだった。

写真はこれから走るJOPで、ハードルギリギリを跳ぶくー。もう少し余裕のある高さでないと、ちょっとした拍子に落とすのだが…。これでも少しは落とすのはマシになった。

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2006年09月23日

草アジ祭 -準備編-

今日は草アジでいつもお世話になっている、御殿場フィールドで行われる2度目の競技会。

天気も台風が危ぶまれたが、コースが逸れたお蔭ですばらしい秋晴れ。予報では1日曇りで涼しいだろうと思われたのだが、すっかり青空が広がっている。日差しは結構強いのだが、風が涼しい。

前回は開設記念コンペと銘打って、お祭りのような雰囲気で、円形フィールドでの変わった競技会だったのだが、今回は普段セミナーを行っている場所で、ぎりぎりだがタープを競技会フィールドを囲んでコの字型に設営する形で行われる。

逆にもう1箇所、セミナーフィールドとして使っていた芝の場所は駐車場所になり、ちょっと横幅が狭いが何とかなるものだ。

普段より30分早く家を出て、6時10分に御殿場ICを出た。そしてコンビニで朝と昼の食べ物を仕入れて、すぐにフィールドへ入ると、既に10台位の車とタープが5張位張られていた。御殿場祭りは2日間行われるのだが、我が家はまだビギナーなので、初アジ中心の今日土曜だけの参加になる。その為、自分たちのタープを張らずに、あとから来るあるちゅーさんのタープを目当てに、日除けの小型自立タープを張り、場所取りに使う。

既にセミナー仲間のマフィさんたち、ウィル家の皆さん、ハル家の皆さん、ケイティママさん、まろ家の皆さん、ハリー家の皆さんも来られている。先日リアガラスを割った時に、快くガムテープをまるごと貸して下さった
アレン君やアロマ君家の皆さんも来られている。ほとんど草アジのスタッフのようなものだ。

コーチは先日厳しく指導されたあと、あまり話しかけてくれないのだが、ガラスの件でもお世話になっているので挨拶だけ。由とくーの走りを見て頂くしかない。どんな結果になっても、由はきっと一生懸命走るだろうから。

特別講師のYコーチや、よくお見かけする皆さんが続々と登場する中、朝食のスープをハルママさんに頂く。しえろ家の皆さんや、あるちゅーさんもやってきて、賑やかな朝の楽しい時間だ。これから大会で緊張感も少しづつ沸いてきているハンドラーの皆さんも、今はひとときのやすらぎといった所か。

2つタープを設営し、セミナー仲間がシェアさせて頂いた為、1つのタープに椅子が10脚前後になってしまった。私たちもあるちゅーさんのタープにお世話になる。

さて最初の競技はJOP。スモールクラスで由とくーは2番手。朝から由は相当気合が入っている。前回凹んだ時、多くのセミナーの先輩方や友人に励まされて、少しづつ乗り越えられそうな雰囲気で来たのだが、今日はその反動もあったのか、これまで以上にピリピリする瞬間が感じられる。由がこういう時は結構よい結果が出るはずだが、逆に失敗があると反動も大きい。何とかよい結果が出るように願う。

早速検分。真剣に検分しているのだが、見た目はあまりこれまでと変わらない。しかし頭の中では相当な回転数で判断をしているはずだ。

私はビデオカメラの設置場所でうろうろ。ハリー家とまろ家のタープの前に侵入し、設置させて頂く。競技開始と同時に撮影ボタンを押し、私は走ってタープの自席に戻り、20Dを構えた。

写真は御殿場フィールドへのもうひとつのアプローチ。こんな素敵な妖精が現れそうな道が繋がっている。

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2006年09月22日

明日も御殿場

アジを初めてからもう何度御殿場に通っているのだろうか。なんて思う位、毎週金曜になると、準備をしている自分がいる。

セミナーは12回目で、うち御殿場は10回。競技会は3回参加し、内1回は御殿場という事で、きわめて御殿場率が高い今年、まだまだその御殿場通いは続く感じがしている。

ロッキーの修理が終わり、リアウィンドゥはフィルムが貼られていない状態なのだが、しばらく週末は詰まっているので、我慢しなければならない。真夏ではないので、車内が暑くなりすぎる事も少ないだろうが、でも近いうちに何とか貼らないと。

明日の天気予報はコロコロ変わり、晴れ間はなくなったようだ。御殿場の気温は最高気温で20度。北よりの風という事だが、ちょっと湿度は高め。ただ朝から日曜の未明にかけて活動する予定なので、長丁場だ。

土曜は初アジ種目中心の為、私たちが参加する。その競技会のあとは祭りと称して豚の丸焼きなどで盛り上がり、翌日曜日は草アジ種目中心の1度以上の皆さんが走る事になっている。私たちはテント泊もせず、土曜の夜に帰る予定だ。

明日無事に向う事ができるのも、親身になってくれて対応してくれた東池袋ダイハツのフロント、Kさんのお蔭でもある。ありがたい。

写真はその東池袋ダイハツ。とっくの昔にロッキーはラインナップから外れているので、今は何だかカラフルなオモチャみたいな車しか置いていない。

一時は二度と頼まないと思ったのだが、結局の所人なのだなと思う。どんな企業でも、人次第。企業はもっと、社員を大事にすべきなのに、今はどこも減点する事ばかりしか考えていないようだ。このお店にしても、別なスタッフだったら頼まなかったかもしれない。

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2006年09月21日

ロッキー修理完了

リアガラスを粉砕してしまったロッキーが直ってきた。会社帰りにちょっと別ルートで帰り、ディーラーで引き取ってきた。

不人気車種であり、生産はもう10年前に終わっている旧型車だ。主要部品がどこまでこれから残るのかはわからないが、リアウィンドゥは取り外しができ、窓枠がないという構造上、同じように割ってしまう人もいるような気がするのだが、どちらにしてもロッキーのユーザーは極端に少ないのだからあまり意味はないだろう。

リアウィンドゥはガラス部分と下のゴム部分が一体化している。普通のセダンなどの窓のようにモールを交換するだけではない為、メーカー部品発注としてがやはり一番手っとり早い。

何より3連休後、火曜から金曜までの間に在庫を確認し、修理完了しなければ、土曜に御殿場で行われる競技会に出られない訳で、これはギリギリだ。とりあえずディーラーに確認を取ったのだが、実はこのディーラー、前々回の車検で、我が家から一番近いという理由で依頼したのだが、指摘事項がまったく直っていないにも関わらず、チェックは完了になっていたのだ。

よくない思いがあるディーラーだったのだが、御殿場から電話をした所、最初に電話に出たのが前に車検の時に対応した本人だった。当然知識も薄く、ロッキーのリアガラスの値段や納期の事を聞いても、自社の車両のくせにチンプンカンプンな受け答えをされて腹を立ててしまった。代わりの人をと言うと、最近この店舗に移動してきた若い担当の人が出た。

まるでメカニックのようにパーツリストや在庫を調べるオンラインを操作しているようで、段取りがよく殆どリアルタイムで知りたい事を回答してくれる。この人が出てくれた事と、金曜夜にはまず間に合うでしょうという言葉を信じ依頼する事にした。

日曜の朝のセミナーが終わり、午後から雨という予報もあり、もう少し練習していきたかったがフィールドを後にし、高速を80km/h巡行で可能な限り左車線を走って帰った。トラックレーンという事もあって、何度も煽られたが、煽らないといられないトラッカーのあまりに多い事か。決して80以下では走っていないのにも関わらず、スレスレで抜いていき、スレスレで前に割り込むようなのばかり。これでは事故は無くならないと感じてしまう。

渋滞もなく東名東京ICを下りたのが14時前。一旦家に帰って、契約している駐車場に入れ、電話で部品を頼もうかと悩んだのだが、結局状態を見て貰う為にも、渋滞覚悟でダイハツのディーラーへ直行した。電話に出た担当の人と会い、リアガラスも割れている事で車内のものが盗難にあう危険と、台風の影響が明日ある為、雨に濡れない保管をして貰う為にも、やはり預ける事にした。普段から車に積みっぱなしのタープやキャンプ用品をおろさなくて済むというのも大きなメリットだ。

一旦家に戻り、由とくー、クーラーや洗濯物などを降ろして、私だけが再度裏道を使ってディーラーへ行き、預けた。帰りは20分ほど歩いてバスに乗り、自宅に着いた時は15時を廻っていた。これでとりあえず火曜の朝に、部品がいつ入るかという情報を貰うまでは安心して待てる。

そしてきっちり業務開始後1番目に確認したタイミング、火曜の10時15分頃に、その担当の人から電話があり、今仙台にあるので水曜の夜には到着して装着できるという回答を頂いた。丁度水曜は夜仕事の打ち合わせがあったので、木曜の夜に引き取りに行くという事を伝える。スモークを張る時間はないが、これで土曜の競技会に出る事ができるとほっとしたのだった。

写真は日曜日、ダイハツの整備工場に入れたロッキーを後ろからみた写真。こうして100kmちょっとを走ってきた。

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2006年09月20日

御殿場の週末4~求めるものはひとつ

アジに取り組んでいる事は、先週に長く書いた通り、生半可なものではなく、また感じる感動は大きなものがあるという事を、自分たちなりに判っているつもりだった。ただ、由任せになってしまう部分も多々あるのも事実であり、私はその部分で裏方に徹し、少し離れて見る立場になっている。

由だけでアジをやるという部分に無理があるのかもしれない。経験を重ねていくうちに、そう思える部分が増えてきたように思える。土曜の日記で書いたように、ハンドラーは由であるが故に、くーと由の関係と、くーと私の関係において、何が違うのかを改めて問われる事になってきたのだろうか。

私だと抑制がある程度効く事が多い。由だとまだ多くのケースで、くーの方が主体的になってしまう。抑制がかかりすぎる事は、アジをやる上であまり好ましくないという考えは違っているのだろうかとも思えた。由とくーだからこそ、少々曖昧なハンドリングでも、これまでのように呼び戻しも聴いたし、現実に西湖でCRできたのも現実だ。今のままでは、これ以上のクラスを目指すのは無理なのだろうか。

由は多いに悩んでいた。先行させるディスク競技がアダになっているのではというコーチの指摘は、私たちがディスクをやってきた事に問題があるという事と取れる。他に色々な事をやりすぎるんじゃないかという指摘についても、私たちはそんなにできた人間でもないし、くーが楽しく思える中で、可能性を模索していた私たちの考えを否定されている事とも思える。何頭も過去犬と一緒の生活をしていけば、それは当然の事なのかもしれないが、私たちにとって、くーは最初の子。もうすぐ4歳という事を痛切に感じつつ、今何をすべきかを常日頃から考えてはいるが、当然経験不足で足らない部分が目立ってしまうのも頷ける。

私たちはディスクだけをやりたい訳でもない。エクをやりたい訳でもない。そしてアジだけをやりたい訳でもない。

アジという競技が、これまで経験したどの遊びよりも犬と飼い主に強い絆を求め、それが感じられた時、気持ちよい程に繋がっているという瞬間が感じられるものだからこそ、今はアジに没頭している。ディスク競技はいくらくーが大好きでも、長く続ける事はできないと薄々感じている。しかし、けじめは付けたい。

目的はただひとつ。飼い主とくーが幸せに過ごせる事。その幸せそうなくーを見るのが飼い主の幸せだという事。くーと楽しく過ごしたいと思う以外に、求めるものなんかない。ランキングも、トロフィーもいらない。くーが笑顔で、由とくーが、そして私とくーが繋がっていると感じられる瞬間を感じたいがために、今アジという世界を中心に考えていきたい。

少なくとも、くーが6歳になるまで。あと2年は、アジにどっぷりと漬かってみたいと思っている。それまでは、いろいろな壁も出てくるだろう。今回もひとつの壁だと思うのだ。

由とくーは、写真のように、常にその時の全力を尽くして走る。そこから感じあうものは、確かなはず。

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2006年09月19日

御殿場の週末3~由の落ち込み

夕食は草アジの先輩で料理がお好きなべったんパパさん達が時間と手間をかけてが作って下さった。リゾットとサラダ、そしてダッチを使ったスタッフドチキン。肉体的にも精神的にも今回は本当に疲れた私たちは、ぎりぎりになってしまったが、あわてて風呂に食事前に行き、ゆっくりと本格的な食事を食べて、ほっと一息つく事ができた。

お風呂にはまたもマフィさんに送迎をして頂き、本当はウィル家とマフィ家で1台で行けたのに、ガラスが割れてしまった我が家をサルベージしてくださった。結構人が集まる温泉なので、確かに治安が悪いようで、正直助かった。

食後は竹の節の爆発に見舞われながら、火を囲んで談話。ただ皆の顔にも笑顔は少なく、私たちのチーム以外にも、厳しく課題を指摘されていた事もあって、重い雰囲気は隠せなかった。

そして翌朝、爽やかな青空の下、朝のセミナーへ。昨日の重い指摘から当然まだ復活していないチームに、容赦なく厳しい指導がつく。昨日と同じく、やはりうまく由とくーの同期がとれない。相当凹んでいるはずなのに、由の気合はまだ持続していた。久しぶりに由の大声が御殿場の森に響いた。

そして土日のセミナーは終わり、会計している時に、コーチが言った「辞めたら?」の一言は、正直な所ショックだった。それほど私たちは中途半端だったのだろうか、あれだけ決心をして草アジの門を叩き、毎週のように通ってきた目的は何だったのだろうか、と自分自身に疑問を問いかけてみても、答えは出るはずもない。先週書いた草アジへの道の中で、それは私たちの中で何を目指すべきかという気持を否定されたに等しいからだ。

その言葉をそのまま受け取る気はさらさらない。もしもそのまま受け取ったら、二度と草アジには来る気持ちがなくなってしまうし、それは私たちも違うと思っている。コーチの意図はそうではないと信じている。いや、信じたいというのが正直な所だ。

世界を目指すつもりはない。中途半端で終わらせるつもりもない。私たちは模索し、自分たちなりの結論を出して、何を目指すべきかを自分たちで判断し、それに向かって少しづつかもしれないが、前進している。その途中に壁もあるだろうし、一旦後戻りして再確認をしたり、反省をする事もあるだろう。

しかし楽しんでいなければ、やっている意味はない。それはハンドラーにしてもくーにしても同じ事だと思う。

くーはワーキングドッグでもないし、それを目指している訳ではない。私たちは、くーと一緒に笑い、今まで以上に飼い主と犬の繋がりを感じたいが為に、アジをしているのだ。

アジをする事、アジだけがくーと一緒の時間を楽しめるものだとは思っていない。これまで通り、冬の北海道の雪原で、くーが思いっきり走りまわる姿も見たいし、キャンプでまったりと飼い主に寄り添い、安心した表情で居眠りをするくーも見たい。どれも私たちにとって大事な時間なのだ。

しかし、アジやディスクはくー自身が好きであり、くーと一緒にアジをする事の喜びを知ってしまった今、アジの奥深さを感じ、同じ志を持ったセミナー仲間たちと出会った事によって、未熟な私たちが練習を通して少しづつ前進していける。今なにをすべきかがおのずと判っているからだと思っている。

中途半端な部分は人間なのだからあって当然だろう。100%アジだけの生活なんかできる訳がない。しかしまだまだできる部分や足らない部分はあるのも事実だ。それを体で感じ、アタマで理解する為に、セミナーに通ったり、ちょっとした普段の生活の中で、できない課題をこなそうと練習しているという行動が、それを証明しているはず。

由は自分に足りない部分を自分でも気にしつつ、頑張っている。その気持ちはくーに伝わると思う。今はできなくて当然。それをどう解釈し、克服していくかができれば、きっと今よりももっと気持ちよく走れるだろう。

写真は必死にハンドリングをする由と、まだ半分くらいしかアジで何をすべきか判っていないくー。しかし、くーの嬉しそうな表情をみると、押さえつけるよりも笑顔が消えないような走りができるように、何とか伸ばしていきたい。

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2006年09月18日

御殿場の週末2~コンタクト障害

ロッキーの事件をよそに、セミナーが始まった。スタート後ハードル、トンネルを越えたあと、トンネルに入った所で次にどのコースを走るかをコーチが口頭で指示する。コースはハードルが2台置かれている先に、ドッグウォーク、Aフレーム、ソフトトンネル、スラロームなどに至る複数のコースがある。ハンドラーはそれに従い、瞬間的に今自分が居る位置を考え、指示が出た障害に向けてどういうコースを取るべきかを判断し、犬に指示を出す、という、とんでもない内容だった。

特に由はこういうのが苦手だろう。それでなくてもパニックになると固まってしまう由が、どれだけ動けるか。直前に言われる指示は、それほど難しくないコースだったとしても、これは難しい。

しかし由は何とかこなしていた。ミスもあったが、どうしようもない部分もなかったようだった。これも5カ月近くやってきた成果だろうか。だがこの後複雑になっていくコースで、段々と雲行きが怪しくなっていった。

前回のセミナー位からそうなのだが、由とくーがちょっと動きがあわない時が目立っていた。それまではよい感じだったのだが、由が何か迷っている感じとでもいうのだろうか。コースが難しくなっているというのもあるだろうが、くーへの指示ミスや立ち位置のミスが増えてきたようだった。いわゆる、多くの事を考えすぎている状況のような感じだ。

前回、最後の方に行われたコンペ形式のコースで、由は単純にコースを思い違えてしまった事に対して、とても悔しがっていた。そして二度とミスコースはしないぞという気負いがあった。気合とでもいうのだろうか、絶対に間違えるものかという気迫がみなぎっていた。しかし、由の気迫は報われず、CRはできなかった。

それこそ最初にセミナーに参加した時のように、指示する声も大きくなり、遠隔もうまくいかず、空回りする。由はスランプに陥っている状態だったのだが、由は自分のミスにすぐに気づいて、瞬時に反省はしていたのだった。

また今回コンタクトをしっかり停めるという事をするように指示があった。これまでは飛んでしまう事をいつか矯正するという事でそのままになっていたのだが、飼い主としては何とかコンタクト障害を克服したかった。ドッグウォークでもAフレームでもくーは停めようとする飼い主の手をしっかり見た上で、うまくすり抜けていく。要はくーにはコンタクト障害が判っていないのだった。くーに判らせる為にどうすればよいのか、私たちには判らなかった。

結果的にドッグウォークでは下る直前から、Aフレームは登る途中から、一度カラーを手で掴み捕獲、しっかりとコンタクトゾーンまでひっぱっていき停めるやり方になった。くーも何かされるのが判っているので、嫌がってAフレームなどは登らなくなった程。しかしくーはへこたれない犬なので、少々強めの意志を持って形を伝えようとしていくと、障害を降りる前に立ち止まるようになった。囲まれて怖いのか、嫌なのか、これまでとは違う態度を示したのだ。これで課題がをこなせるかはわからないが、初めてコンタクト障害に対して、冷静に考えるようになったのかもしれない。

コンタクトをさせるにはどうすべきか。スラやハードルもそうなのだが、コンタクトは停める勢いで練習しないとならない。これまでにない練習になるのは明らかだった。由もコンタクトを降りきるあたりまで、少なくとも先回りしなければならない。くーの速度が少し落ちるコンタクト障害機材ではあるが、コースによっては間に合わない事もあるだろう。その対策は今の段階では思い浮かばないが、あとはコマンドなどによる遠隔操作しか残されていない。

由は一生懸命走っているのだが、どう考えてもくーには追いつけない。当然の事だ。ではどうすればよいか。遠隔ができるように練習する事。そしてコンタクト障害のこなし方を、しっかりと憶えさせなければならない訳で、由はこの時点でも、どうにもならない部分と、判っているけどうまくできないという葛藤に悩んでいた。

飼い主(ハンドラーである由)とくーがもっと、お互いをよく見て、動きを分かり合って、対話できる事が必要とされている。今はまだ、パピークラスの頃からとあまり変わらず、由とくーの関係で足らない要素があるのだろう。

コーチは厳しく、ハンドラーとくーの中途半端な関係を指摘し、ダメ出しをした。由自身も、自分とくーの関係の中に、曖昧で済ませている部分に気づいている。その分、アジというものは中途半端は許されず、もっと真剣に取り組まなければならないという事は、薄々感じていたのだった。

アジをやっていく以上、これまでのハンドラーと犬の関係を見直さなければならない時期に来たようだ。それは由も私も感じていた。

写真はコンタクトゾーンに向けておりるくー。このあと、まっすぐ降りず横に飛び下りてしまう。

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2006年09月17日

御殿場の週末1~ロッキーの災難

土曜から日曜にかけて、テント泊で御殿場で11回目のセミナーに出掛けた。

台風が月曜に来るとはいえ、3連休の週末。ちょっと早めに家を出たのだが、東名に乗ったのは普段と殆どかわらず。しかしペースはよく、7時前には御殿場ICを出る事ができた。

由は普段朝、パン食なのだが、私がお金が勿体ないといい、開いているデニーズ横目に、吉野屋で朝食。由は納豆や漬け物が食べられないので、鮭に加え、豚皿をつけた定食を頼む。私はこういう部分は結構ケチなので、豚丼並盛りつゆだく。由はすき屋より味はマシだが、魚が小さいと不満気味だった。しかし二人であわせて810円というのを忘れてはならない。

セブンイレブンでゼネラル・エッソ・モービル系で、かつのぼりをあげているGSに限り、20Lまで1Lあたり5円(100円キャッシュバック)というキャンペーンを知っていたので、少し買い物。そしてこれまた調べていたゼネラルに、ちょっとだけ遠回りしながらガソリンを入れに寄る。7時半にはフィールドへ到着したが、マフィさんの車と、他にコーチともう一人の方の車、計3台があるだけで、人影はなかった。マフィさんは車の中で仮眠中だったらしいが起こしてしまう。

天気も何とかもちそうなので、現地に着いてから予報をみると、日曜は午後から台風の影響で崩れてきそうだった。朝のセミナーの時間までにテントを撤収しておけば大丈夫そうなので、すぐにテントを設営。ただタープは今回張るのをやめた。日差しもあまり強くなりそうもないし、片づけるのが面倒だったからだ。

キャンプにおいても、長期滞在の場合は結構お店を広げてもいいとは思っているのだが、普段の1泊キャンプなど、最小限で少々不便な位でいいと思えるタチなのだ。ただ、日差しが強かったりする時に、由とくーがセミナーを受ける状況なら、少々手間がかかっても日除けと快適に待機できる場所は準備する。それが私の役目である。

マフィさんがテーブルを出してくれて、お茶の時間。手作りのスィートポテトを頂く。私はピーク1のジェネレーターが詰まり気味だったので、外してガスストーブで焼いたりと、メンテナンス。端からみたら何をしているのか怪しいだろうと思いつつも、丘の上や河口でのキャンプの時間と同じように手入れをする。といっても外観を磨く事はしないので汚いままなのだが。

その後10時近くなったので、事前に計画していたアウトレット散策ツアーへ。マフィさんの車に、マフィさんと愛娘の若菜ちゃんと菜月ちゃんに加え、ウィルマさんと由、唯一の男の私が同乗させて頂き、出発。

既にアウトレット近辺の道は入場制限が始まっていて、離れた駐車場に停めさせられてしまった。各駐車場からは送迎バスで、15~20分おきに巡回している。駐車場は田んぼや畑に囲まれている単なる空き地なのだが、ちゃんと舗装はされている。

アウトレットモールは思いの外広く、人も多かった。結果的にナイキで由はスパイクと私の通勤シューズがそれぞれ3000円以下で入手。私だけ、コールマンでストーブのパーツを少し購入。由はソニプラで妙にクッションが気に入ったようで購入した。他はマフィさんがやはり2000円以下のスパイクをみつけて購入した位で、獲物は少なかったようだった。

アウトレットを出て、私たちはもう何度も足を運んでいる、魚がし鮨へ。アウトレットの中にも支店があるのだが、とんでもなく混んでいるので、以前ディスク大会の帰りに寄ったR246沿いの大型店舗へ。20分弱待ったが、鮨を堪能。皆さんにも味については比較的喜んで頂けたようで、よかった。

フィールドに戻り、休憩しようとロッキーからモノを出し入れしている最中に事件は起こった。

リアゲートを占めた途端、リアウィンドゥが粉々に割れた。その時は何が起こったのかさっぱりわからなかった。スモークを貼っていたので、ガラスが飛び散る量は少なく済んだのだが、私は倒れかかってくるリアウィンドゥを両手で支えて由を呼ぶしかできない。

どうやら荷室から、傘の柄がちょっとだけ出ており、ゲートを閉じる時にそれがガラスにあたり、ガラスが粉々になった、という事らしい。こんな簡単に割れるものなのかと驚くばかり。しかし犬が走りまわる場所にガラスが落ちるのはあまりにマズい。ドカシーを出して頂き、その上にガラスを落とす。ウィルパさんが落ちたガラスの破片を一生懸命拾ってくださった。私の手のひらもチクチクして少し破片が刺さったり、手首の上のあたりから、血が滲んでいたりしたが、大事には至らなかった。

当然人も集まり、恥ずかしいばかりだったが、色々問題が思い浮かび、事の重大さを段々と感じてきてしまった。帰り、高速道路を走れる状態にしなければならない事、台風のような暴風雨が来る前に帰らなければならない事、ガラスの手配をしなければならない事、来週エントリーしている大会までに何とかなるだろうかという事、どの位の修理費用がかかるかという事など。ため息が出た。

ガムテープを借り、フロントガラスの日除け用の銀マットをガラスの形に整形し、応急措置。何とかセミナーが始まる前には応急で形になったが、私のミスでもあり、対応の為の事を考えると多いに凹んだ。

そして土曜の夜のセミナーが始まった。私の凹みは由の凹みへと繋がっていくのだが、ロッキーの悲劇はその予兆だったのかもしれない。

写真はすっかりガラスが消えてしまったロッキーの後部。

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2006年09月16日

ハンドラーは誰だ

すっかりアジハマ話になってしまっている感じだが、私自身はハンドリングをしていない。夫婦でダブルハンドラーとして走っている人もいる世界なので、私も走りたいと思わない訳ではない。

くーは由と私とはよく走ってくれる。一度、ハンドラー交換で、ウィルパさんと走ってもらった時があったのだが、途中で止まってしまった。コーチとは一緒に走りすらしない。怖いのだろうと思う。

くーはパピー教室などで、先生に最初、首根っこを抑えつけられ、コテンパンに叱られた事がある。その後その先生は大好きになり、もうみると飛びついて嬉しさを体全体で表していた。しかしTコーチには殆ど近寄ろうとしない。その無言の圧力というか、雰囲気でこの人は怖いというのが判るのだろう。できればコーチに尻尾を振って「こんにちは~」と挨拶をしてほしいものなのだが…

先日やはりこの世界では有名なYコーチに1ターン指導して頂いた事があった。最初はやはり雰囲気からなのかくーにあるまじき行動で、Yコーチとは目を合わさずに逃げていた。しかし、1度リーダーウォークの指導をガツンと受けただけで、それからはYコーチへ飛びつくほど、大好きになったようだった。さすがカリスマコーチと言れる所以かと思わされた。

散歩中でもくーに興味を持ってくれる人には、喜んで飛びつく。しかしTコーチへの警戒心は相当なものだった。そんな中で、くーは飼い主にすら違った態度をみせる。由は特に、普段から殆ど好きな事から嫌な事まで、世話をして貰っているので、由と一緒に何かをする時は一番安心するのか、テンションも高まる。言い方は悪いが、由は一緒に遊んでくれる友達という感じを受ける事もある。私は群れのリーダー。私がイライラしている時はくーは相当に怖がるが、普段は大喜びで出迎えてくれる。

パピーから2歳直前まで通っていたしつけ教室でも、私だとくーは抑制が効きすぎると言われた。逆に由が少々舐められていると思えるほど、制御がきかない程テンションが高まるのを抑えていく方が、くーの運動能力を引き出す為にはよいと言われた事がある。私もその言葉にうなづける部分が多々あり、くーはやはり由と一緒に何かをやった方が、能力を引き出せるのではないかという事をずっと信じている。

その事もあり、ディスク大会にも由が最初エントリーしたし、アジもこうして由がハンドラーとして頑張っている。私はディスクは黙って見ていられず、2戦目にデビューして今もダブルエントリーしているが、アジはやってみたいのはやまやまだが、自分の体の事や往復の運転など、それをしてしまうと今以上に周囲に迷惑をかけてしまいそうなのが想像できるので、控えようと思っている。それが正解なのかはわからないが…

ただいつか、くーと一緒に少し走ってみたい。そんな気持ちも見守ってきた私の中に芽生えるようになってきた。いつかはわからない。そう思っているとだけ言っておく。少なくとも今は、由が頑張り、くーが楽しそうに走っている姿をみると、私としても嬉しいのだから、それ以上求めるものはない。その姿を沢山記録するのが、私の役目だと思っている。

私も何とか体調を戻したい。由とくーが元気に走っている姿をみては、そう思ったりしている。

写真は2004年4月、しつけ教室の中でアジのまねごとをするくー。生後5カ月のこの時既に、くーはアジが大好きだった。

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2006年09月15日

草アジへの道6(最終回)

白馬から帰った翌週、御殿場フィールドに戻った。エクの話はしなかったが、コーチからふとした会話の中で、エクは出るなとほぼ言い切った言葉を頂いた。私たちはこの時点で、コーチを裏切る事もしたくないし、何より私たちはまだ複数の競技に出られるレベルではない事を自覚していた。心から頷く事ができた。

由とくーの間に、今何をすべきか、何を重要と考え、どんな練習に取り組まなければならないか。それが判っていた時点で、私たちの今年のエク挑戦はこの時点で完全に終了した。少なくとも、自分たちがエクに出てもいいと思える時が来るまでは、コーチの元、草アジで頑張ってみたい。そう心から思えるのだった。何が必要かは、コーチが判っている。

ただ、決してエクの予選会に参加した事は失敗ではなかったと思う。練習では見られない、由とくーの頑張りは、由と涙でわかる通り、由と私の胸にしっかり残っている。単なる犬とのスポーツを越えて、伝わるものがあったと思うのだった。

草アジはトロフィーなんかなく、副賞はスポンサー各社から提供して貰ったものだけ。本当の意味での、草でありまた表彰や対面ではなく、自分の中での競技という色が非常に強い。順位や表彰台があると、そこを目指したくなる。競技では当然、順位はつくのだが、草アジはもっと根底にあるアジの大切な部分だけを、コーチが育ててきたのではないかと感じる。

ここを卒業して、いや卒業しなくても、JKCやOPDESなどの舞台に上がる人も少なくないだろう。この草アジというレイヤーがある事で、どれだけアジ界において重要な意味を成すものなのかという事が、今では私にも理解できる気がする。私たちは草アジと出会えた事、コーチと出会えた事、コーチの元で自分のパートナーと一緒に楽しんで走り続けている人々と知り合えた事に、素直に感謝したい。

こんな事で語れる程、アジの世界や、エクの世界、草アジの事、そしてコーチの事は簡単なものではないし、何せ私たち自身がまだアジを初めて半年も経っていないのだから、偉そうにそんな事を口に出すのもおこがましい。

ただ確かなものは、私たちが今、何をすべきか、くーと一緒に何を学ぶべきかをという事のひとつを教えてくれたのはコーチであり、草アジだという事。これは間違いない。ちびちびとパーツ練習をしているのではなく、実際に失敗してもいいからコースを思いっきり走る事から教えてくれた草アジへ、心から感謝したい。くーはそういうスタイルだったからこそ、力を発揮できたのだろうと思う。

これからも、楽しみながら、悩み、苦しみ、一緒に笑いたい。いつか、草アジを卒業する時が来ようとも、今を大事にしたいと思うのだった。そしてここで知り合い、それぞれのパートナーと共に、悩みの項目こそ違うが、それぞれに悩み、苦しみ、笑う、今親しくして頂いているチームに出会えた事は、かけがえのない財産なのだから。

写真は今一番安心してくーと一緒に遊べる場所。御殿場フィールドの夜を走る由とくー。

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2006年09月14日

草アジへの道5

エクストリームの地区予選会の前日に行われる練習会。この申し込み時に、主催者側から電話口で、未経験では難しいですよ、あまりのレベルの違いショックを受ける人が多いですよ、と諦めさせようとするが如く、脅かされた。由はそれを聴いてどうしようかとおおいに悩んでしまったのだが、まずは走ってみなければわからないと私が強く押し、GWのまっただ中、秩父ミューズパークへ足を運んだ。

早朝に会場に到着。前日に降った雨のせいで、地面は結構水たまりができていた。何とかタープを張ることができたので、開始の時間まで少しゆっくりできた。その間に由の緊張もほどけ、とにかく思い切って練習をしてみようという雰囲気になった。

パーツ練習を行うと、スラローム待ちで大渋滞。日差しも強くなってきてバテ気味の中、由はくーを連れて頑張った。時間一杯練習したあと、午後の仮のタイムトライアルへ。結果的にはスラロームがネックで総合のコースを時間内に最後まで走りきる事はできないという結果になった。それは当然だ。ちゃんとした機材では一度も練習した事がないのだから。しかしハイスピードは初めてだが11秒台前半という数値をくーは叩き出した。帰りの道は大渋滞だったが、由は楽しかったと笑顔をみせ、一時は参加を諦めようとした由の背中を押してよかったと改めて思ったのだった。

その後草アジは大和フィールドから御殿場フィールドへ場所が移り、1カ月以上が空いてしまったが、アジ熱は高まるばかり。6月4日御殿場のセミナーに申し込み、参加した。このセミナーは初心者・初級者セミナーという名がついているが、1度以上を走っている人たちも大勢参加する。そして私たち自身が参加する毎に、とても重要な事を発見でき、とても有意義な時間になった。

それはこれまでできないと思っていたスタートの待てができた事だったり、ハードルを落としてしまうのを矯正したりと、これもコーチがしっかりとくーを見ていて、くーにあった方法を指導してくれたからでもある。コーチの犬に関する知識や経験の凄さを、ちょっとした瞬間に感じる事ができた。

最初は怖さすら感じていたコーチとも、色々な雑談を交わすようになってきて、その中でひょんな事からエクの話も出てきた。後から知ったのだが、草アジに来ている人の中で、エクやJKCなど他の競技に出ている人は少なくない。半数以上は複数の競技に出ているようだ。

エクの練習会の成績もウェブに掲載される為、我が家がエク練に出ていたのが知られていたのかもしれないが、コーチはこの時点で、あくまでアドバイスだが、という前置きで、エクには出ない方がいいという事を言われてしまった。しかし、この時点で8月の白馬で行われる地区予選会のエントリーをしてしまっており、結局うまく答えられなかった。正直な所後ろめたさもあったが、私が強く、申し込んでしまった事もあり、経験のつもりで予選まで参加してから、今後どうするかを考えても遅くはないと、ここでもまた私が強く由の背中を押したのだった。

毎週のように御殿場通いが始まった。正直な所、実際にセミナーを受けている間は、エクの事なんかこれっぽっちも考えていないし、エクの為にやっている訳では決してない。その都度変わるコースに対応する経験を積むのが精一杯で、素直にアジリティの奥深さにどんどん引き込まれていくのが判る程だった。くーがハードルを落としすぎる部分も、少しづつ矯正していったり、コースに適したスイッチなど由のハンドリングテクニックも学ぶ所が多く、毎回のセミナーは充実した練習時間を送る事ができた。

そして7月、白馬は岩岳で行われたエクの地区予選に4泊4日で出掛けた。ただアジにすっかり引き込まれてしまった我が家としては、ある意味エクへの参加は今年、この白馬が最後になるかもしれないと言葉に出さなかったが感じていた。少々自分を誤魔化しつつ、ちょっと早い夏休み旅行だと思い、旅行感覚で出掛けたのだった。

結果はなんとか完走はできたが、やはりまったく練習をしていなかったスラができなかった為、総合は最後の最後に何とかギリギリ完走。ハイスピードはあと2人で西武ドームの決勝進出という所という結果を出す事ができた。くーは雨の中、ドロドロになり、体に蚤のお土産を貰った夏休みになった。この翌々日、長野では大水害が起き、大きな被害が出たのだが、私たちのエク遠征期間ずっと降り続いていた雨が、その引き金になっていた。私たちも雨のおかげでヘトヘトな夏休みになってしまった。

帰り道にあれだけアジを始めるまでに華々しくそして魅力溢れる競技であるエクについて話あった。そして素直に今はアジの方に魅力を感じたのを二人で確認した。それは単に私たちは今、何をすべきかという事を、自分たちなりに実際にやってみて納得できたという所だろうか。いつか、エクに出る事もあるかもしれないが、今はその時期ではない。それが実際に経験して理解できた気がしたのだった。

写真はその雨の白馬で。何度も何度もスラロームをやり直し、タイムアウトギリギリで通過。ゴール直後、由は最後まで諦めずに頑張ったくーを、泣きながら抱き締めた。

大きな経験になった4泊4日だった。

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2006年09月13日

草アジへの道4

草アジのセミナー会場への行き方は、直接電話で聞くようにと書かれていた事もあり、電話が苦手な私だが、意を決して行き方を聞いた。その相手はまさにTコーチだったのだが、丁寧に教えてくれただけでなく、草アジどころかアジを初めてやるという私にも、丁寧に色々と助言を頂いた。

その夜、自宅の方にもう1度電話を貰った。今度はハンドラーである由に電話に出させてコーチと話しをさせた。緊張している由から、これまでの犬との関係をヒアリングしたり、草アジでの雰囲気を説明して頂いたりと、コーチは不安を少しづつ取り除いてくれるように、色々話をして頂いた。このあたりでも、コーチの人柄が伺い知れた。

そして初めての会場。横田基地近くの大和フィールドへは2時間も前に到着し、まだ誰も来ていない中、不安で一杯だった。一組、一組と参加者らしい人が集まってくるのだが、私たちは誰もしらない。挨拶をしても、会話が続かず孤立していた。そしてそのコーチは現れた。

黒ラブたちを解き放ち、ディスクを次々に投げて運動させている。雰囲気は正直な所、怖いというのが一番あてはまるような方だった。しかし挨拶をすると、コーチは私と高校・大学が一緒だという、犬とまったく違う話で妙に盛り上がってしまう。由はこの間も、どんな練習をするのかと一人緊張していた。

セミナーが始まり、由は一生懸命走った。両足の親指の爪が真っ黒に内出血し、壊死してしまう程、この1日で走った。翌日は起き上がれない程に、がむしゃらに走ったのだった。いきなり、コースが組まれ、走ってみろと言われたのには正直驚いたようだ。

しかしくーの性格にとってはそれがよかったのだと思う。くーはハードルをなぎ倒しながらも、笑顔で走り回った。由は必死で追いつこうとする。たった4時間程だったが、近年これ以上に必死に走った事はなかったと思える程、終わった頃には燃え尽きていたようだった。

1度のセミナーに参加しただけで、アジの奥深さは、生半可な気持ちでは理解できない。中途半端にやっていればくーにとってもよくないし、それ以前にコースを走るなんて事は到底無理な世界だという事が、痛い程判ってきた。

由は両足の親指の爪下が真っ黒になる位、内出血させていた。とんでもない世界に足を踏み入れてしまったと、これまでに経験した事がない位、体中の節々の痛みにその日の夜から翌々日まで絶えなければならなかった。まともに立つ事もできない程、全力でくーと一緒に走ったのだった。

そんな目にあったにも関わらず、翌週も懲りずに大和フィールドへ。ここで漸く、少しづつ話ができる人ができた。あるちゅーさんとウィルパさんだった。この時とても嬉しかった。私たちはこういうスタートの仕方でまったくゼロから参加して、今では大勢の知り合いができた。

写真は初めてのセミナーで、ただひたすらに必死で走る由とくー。

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2006年09月12日

草アジへの道3

昨年、一昨年と西武ドームやビッグサイトに足を運んで、いつかくーと走る事ができるだろうかと夢みたあの華々しい大会。TBSの「どうぶつ奇想天外」でも取り上げられ、ショー的な要素が強いエクは、コースが単純なのが、ひょっとしたらとくーでも出られるのではと思ったのが、きっかけでもあった。

逆にアジは毎回コースが代わり、検分という数分のコース確認をスタート直前にさせられる。その為、ハンドラーがそのコースにあわせて、どう犬を走らせるか、どこでどう指示するかというのを即座に決定しなければならない。これによりうっかりコースミスもありうるし、一歩の差で犬がコースを間違える事も多い。なんといっても、犬はコースは分からない訳で、ハンドラー次第であり、簡単にできるものではないと思える世界だと信じていた。

間違いやすい障害の繋ぎも含めて、難易度が明らかに高いく、また犬と瞬時の対話ができなければ、CR(クリーンラン)どころかすぐに失格になってしまうスポーツなのがアジリティである。これは、そこらの愛玩犬よりも、飼い主(ハンドラー)と犬が繋がっていなければできないという事だ。

我が家のチームも、当然くーが判るようにコントロールしなければ、コース通り走る事なんか無理な訳で、これほどまでに高度な犬とのやりとりを求められる事に、当然一抹どころか、不安だらけのチャレンジになる事は容易に想像できた。

最初は正直に言えば、エクに出る為の練習場所を探そうと思っていた。そんな中、5月のGW期間中に秩父で行われる関東地区予選会の前に行われる練習会に申し込んだ。当然コースをまったく走った事がない訳なので、地区予選なんかも出られる訳がない為、まずはどんな感じなのかを経験しようというレベルだった。

ただ練習会へ参加する前に、ハードルもトンネルもスラも、屋内