2006年10月31日

ハイジーの家、お疲れさま

1986年春、道東の小高い丘に、小さい山小屋風の喫茶店ができた。

その丘は、北海道を旅する人の中で、「地平線が見えるらしい」という口づてでちょっとした秘境スポットだった。それが丘の上への道が舗装され、開陽台という名前をつけられ、訪れる人が少しづつ増えていった。

1985年、そこに行く前から雑誌や友人からその存在を知っていた私は、初めて本格的な一人旅を実行に移した。19歳の夏の終わりだった。他にも色々行きたい場所は事前に調べていったのだが、なぜかその丘には特別なものを感じていた。

夏前になるとバイク雑誌はこぞって北海道ツーリングの特集を行う。当時はバックパッカーのかに族の時代が最盛期で、バイクで旅する人がどんどん増えていった時代。内地にはない雄大な風景を、バイクという体がむき出しの乗り物を駆って、自由きままに走りたかったのだ。私もその一人だった。

私が丘に初めて登ったのは1985年。既にかに族の時代もピークを過ぎた頃。ひとつの時代の移り変わりの頃だったのだと今にしてみれば思う。

初めての丘では、誰とも話はしなかった。霧の中で濡れながら、一人乳白色の空に包まれて、ボロボロの展望台の手すりに触る事もせず、立ち尽くしていた。すると、一瞬霧がぽっかりと開き、オホーツクまで遮るものがない根釧原野が見えた。その時のゾクっとした感覚が、私に染みついた。

翌年、沖縄から北海道までをバイクで2カ月弱かけて走った日本縦断。そこで私はやはり丘に一番長く滞在した。そしてその年、駐車場の脇に、小さい喫茶店、ハイジーの家が建った。

私が20歳の頃の話だ。そこからまる21年半、私は今、42歳となった。

人生の半分以上、私は毎年欠かさず丘に上がった事になる。夏は殆ど、秋は数回バイクで渡った。そして丘では色々な人生が交差し、ハイジーの家はその旅人の中継点でもあり、それぞれが連絡を取り合うが如く、ハイジーの家のかあさんを介して、生存確認を行ったりしたものだ。

そのハイジーの家が、今日で21年の歴史を閉じる。私たち旅人が年をとるのと同時に、かあさんも歳をとるわけで、そろそろ個人的には潮時だと思っていた。展望台のテナント契約の区切りもあるようだが、何よりかあさんが閉じようと思った事は、丘に集う旅人はきっと理解できると思う。

私たちの世代、80年代後半から90年代後半までの1時代を綴った時代は終わり、次の世代に引き継がれるものだとばかり思っていたが、思いの外今の若者は旅をしないようで、きわめて少数派の旅人が、丘を温めていたようだ。そして本当にやってきた次の時代は、ハイジがない丘という事になるだろう。

ハイジと私たちは同じ時代を生きたという事になる。それはちょっと嬉しい事でもあり、開陽台が最も華やかな時代だったのではとも思う。人知れず、ごく少数の人が独り占めできた私たちよりも前の時代もよかったのかもしれないが、私は丘で知り合い、今も付き合いがある友人たちを大事にしている。丘で知り合った連中が、一番自分の気持ちに近いものをもっていると感じるからだ。

21年間、ありがとう。そしてお疲れさま。

ハイジーの家は、私たちの人生の中で、結構大きなポジションを占めている事にあらためて気がつかされる日、それが今日だ。

明日は閉店パーティ。きっと知り合いが沢山集まっているだろう。ちょっと羨ましく思いつつ、北の方角を探してニヤリと笑ってみた。

写真は毎年のこの日の、ハイジーの家の玄関。本年度の文字は、今年はもうない。

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2006年10月30日

総会と親孝行の休日

昨日の日曜日は、10時からマンションの理事会の総会。我が住まいであるマンションは、小規模なので、持ち回りの役員は3~4年周期で回ってくる。今のマンションは築9年を迎え、色々とガタも出てきているので、これから大規模修繕など色々大変になってくるだろう。

朝、昨日の疲れを感じながら出かけなければならない2時間前に起床。くーも眠そうだ。朝からまたも左側の頭が鈍い痛みがある。すぐに頓服を飲むのだが、理事会までに納まってくれる事を祈る。

今回は光回線導入が私にとっては注目ポイント。ただ光といっても、配線されているメタルケーブルをイーサネットに変更できるものでもない為、最近の主流になっているVDSL方式を使う事になる。マンションの中ではこの系統の知識では私が一番あるという事になってしまっているので、持ち回りで回る理事会の役員業務とは別に、継続的に私が調査やとりまとめをして、導入を進めている。

本当はNTTとは縁を切りたかったのだが、どう考えてもコンテンツではNTTが一番手広くやっている。また固定電話の電話番号を換えたくないというの多いし、これまでつかっていたISPのメールアドレスをそのまま継続したいという方が多い為、結局フレッツを使う事になってしまった。

私としてはTEPCOを押したのだが、丁度KDDIとの統合のせいか、途中で営業がコンサルから手を引いてしまった。世帯数が少ないマンションなので、儲からないから軽く見られてしまったのもあるだろう。

他にUSENやCATVも当然あたっているのだが、USENは特殊なマンションの立て方に乗り気ではなくなり、CATVは引き込まれているケーブルを管理している所において少々複雑な事情があるのと、速度が今どき20~30MBしか出ないという事で、はなから却下とした。

今コンセントを経由して接続させるネットワークも計画されていて、それはどうもVDSLと併用する事で問題があると聞く。結局今の段階で光を引くなら、VDSL方式の、フレッツになるという結論になったのだった。

最近NTTの光IP電話が障害続きなのも気になるし、何よりフレッツは回線料金とISP料金を別会計にしているので、複雑かつ高くなってしまうのがまさにいやらしい。ADSLで満足といえば満足なのだが、まあ光にする事でメリットもあるので、進める事になるだろう。

また私と由は長年とある古株のISPと契約している。先月、17年目の感謝メールが届いていた。ネット生活を初めて17年。長いのか、短いのかわからないが、少なくとも今、由の実家である神戸の家には、ファミリー契約でADSL 1Mコースでネットを使っているので、ISPを変更する訳にはいかず、フレッツもプロバイダパックを使って契約する事になると思う。

丁度理事会が終わり、和菓子を買って帰ると、エントランス前にタクシーが停まった。母親だった。杖をつかないと歩けなくなった母親だが、まだまだ元気だ。くーに怯えながらも、由の手作り水餃子を食べさせ、最近ありがちの掛け捨て保険の相談に乗り、ループする話題に相槌を打ちつつ、2時間程で帰っていった。疲れた休日だった。頭痛がまだ残っているので、ちょっと横になった。

それだけで終わらず、夜はウェブのお仕事。結局休む時間は殆どなく、慌ただしい週末がすぎていった。

写真は私の母親の誕生日祝いに食べさせた、由の手作り水餃子の制作風景。粉だらけになる。

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2006年10月29日

御殿場へ通う週末2

午前のセミナーを終え、反省会の後、お昼休み。

今日は富士宮焼きそば。おいしかった。焼きそば好きな我が家は、青海苔とアジやサバの粉末が入ったふりかけが気に入った。以前バイク仲間で富士宮焼きそばオフというのがあったのだが、それとは別にも焼きそばは食べたが、イマイチおいしくは感じなかった。店も悪かったのだろう。富士吉田うどんも、関西風とはちょっと違い、田舎の味でそれはそれでよいのだが、好みではなかった。しかしこの日の焼きそばはシンプルでおいしかった。

ちょっと左側の頭が鈍く痛んでいたので、少しだけ折り畳みベンチを出して昼寝させて貰うが、じっとしていると結構寒い。うとうととした頃、由が来週コーチたちが検定を受けに行く探索、フィールドトライアルの練習に混じって、黒ラブ軍団に探索される役で森の中に隠れるらしいのが聞こえた。

久しぶりに由が楽しそうにしているのを見て、ほっとしつつ、私は頭痛薬がすぐに効かず、だるい感じでセミナー開始の時間になってしまった。

午後も引き続き内容の濃いセミナー。由も歯を食いしばって必死で走る。コンタクトのサポートを途中から私は離れ、由だけでも十分停められるようになってきた。逆にドッグウォークの途中で止まってしまうようになってしまい、コンタクトまでは速度をあげ、停まるという事を覚えて貰わないといけない。ここでどう教えていくかは、飼い主にかかっている。しばらくかかるのだろうと思いつつ、練習を重ねる。

コースも由がちょっとした無駄なモーションが、くーに影響を与える。練習はコースを走る事を重ねる枚に、経験になっていく。由の表情が必死だ。

日が暮れるのが早くなり、予定の18時前にはもうナイター照明を入れないと暗くなってしまった。午後は写真もまったく撮れない程の暗さなので、練習に集中する。確かに私が写真を撮る事で、その間は由一人になる。由が自分で試行錯誤しながらやる事の方が、私が下手に手や口を出すよりはいいと思っていたのだが、由の手に余る状態といえるコンタクトは何とか、二人で解決していかなければならないのかもしれない。

といいつつもまだどうやっていいか判らない。私が怒るとくーは極端に凹んでしまう。その為、由からも私はもう一切怒らない方がよいとも言われている。しかし状況に応じて声を荒らげてしまう事もある。この部分も程度が難しい。

くーは基本的にいつも元気に走ってくれる。走る事が幸せであり、ハードルやトンネルが大好きだ。上りものも好きだろう。下るのは面倒臭いから飛ぶ。そしてスラロームも面倒臭いから何本も抜けてしまう。この面倒臭がっている部分を、飼い主は何とかルールとして覚えさせるので必死だ。くーにとってはどうでもいい事だが、何度も繰り返し練習ができるだけ、幸せなのかもしれないと思ったりする。

そして日が暮れた頃にセミナー終了。しばらく自主練をして、最後に焚き火を囲んで反省会。すっかり真っ暗になってしまっているのだが、まだ時間は19時前。これからどんどん夜が早まってくるだろう。

色々為になる言葉を頂き、来週の自主練に望む覚悟をしっかりと決める。来週は和琴ミーティングなので、夜は仲間のいるキャンプ地に移動する。朝になって、フィールドに出勤といった所だ。3連休のうち、土日はしっかりと自主練をしたいと思う。

帰り際、皆が風呂に向う所、我が家は明日色々とヤボ用があるので、早々と退散。しかし途中話題のアオキというスーパーに寄り、鮨やら食材を買い込み、クーラーボックスに入れ、東名で帰る。途中海老名SAを先頭に12kmの渋滞と出ていたが、我々が通過する事は渋滞は解消してくれた。21時半には家に着き、0時前に寝る事ができた。

写真は待機中の由とくー。くーはへこたれていない。

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2006年10月28日

御殿場へ通う週末1

先週の競技会で、反省材料がまた多く発生してしまった由は、しばらくセミナーがない事もあって、行きたいだろうと思っているのが分かっていた。私が最近体調を崩していたので、休ませたいという気持ちもあったようなのだが、私の方から、行こうかと声をかけた。

ただ日曜の午前中はマンションの理事会の総会があるし、午後は母親が来訪する予定でもあるので、ハードな週末になるのは予想できた。でも仕方がない。来週は3連休でもあり、和琴ミーティングと自主練習会があるので、土曜だけでも頑張って御殿場に向かおうと気合を入れ直した。

いつも通りETC割引時間に向かう。行きはもう楽なものなのだが、帰りが結構渋滞に巻き込まれがちだ。すっかり秋になり、紅葉を求めたり行楽客は増えていくだろう。

往路はスムースに到着。朝、由のリクエストでデニーズの朝食。どうしても割高に感じてしまうのだが、コーヒーや紅茶など飲み物がおかわり自由なので、ゆっくり朝食を取るには案外いいのかもしれない。どうしても牛丼屋とかマクドナルドなどを選んでしまいがちな私だ。

ゆっくり朝食を取り、コンビニ経由でフィールドへ。ゆっくりしていたせいか、既に他の参加者のタープやテントが張られていた。由とウィルパさんが、初登場した中古のユンボと、新品の芝刈機、そして薪割りなど、コーチの指導で手伝っている間、私は椅子やクーラーの準備をしていた。

セミナーは今回コンタクト障害を集めたフィールドと、ジャンピングを中心にレイアウトされたフィールドに分けられ、時間があいている間、それぞれコンタクト障害の自主練習ができるように配置して頂いた。これは結構嬉しかった。コンタクトはやっぱり数をこなさなければならない。確かにそうだと思う。なかなか自分の家の近くで練習しようと思ってもできないものだから。

ハードルを今回は40cmにしてウィル君と一緒に走る。くーは元々30cmなのだが、やたらと落としてしまうのが問題になっていた。しかし35cmにした途端、大幅に落とさなくなった。そして今回の40。ちょっと高めなので、やはりベストは35cmでの練習といった所だろうか。

ジャンピングのコースで由のハンドリング練習。これはコースを実際に走ってみないと判らない。私なんかは眺めているだけなので、きっとコース取りはムチャクチャになるだろう。由はコーチの指導のもと、うなずく回数が増えつつ、ミスもあったがくーと走る。

しっかりと午前中のセミナーを受け、由も相当勉強になったようだ。皆それぞれ課題があるのだが、コンタクト練習では私も参加。ドッグウォークとAフレームのコンタクト部分で待ち受けて、くーを色々な手で止める。なかなか止まるという事が伝わらない。どうやったらうまく伝わるかを考えるが、あまりコロコロと手をかえては結局混乱を招くだけだろう。頭でわかっていても難しいのがアジリティなのだろう。この壁を乗り越えなければならない。

写真は30cmのハードルをギリギリに跳ぶくー。これよりも10cm高いハードルも、今は跳べる。

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2006年10月27日

電池がもたない

3年位前に買った、MP3プレーヤーを愛用している。通勤の時に、胸ポケットに入れて、イヤホンで音楽を聞いたり、ラジオを聞いたりしている。

都会の通勤にはこのプレーヤーが欠かせない。バスや電車で大声で会話しているオバサンや、携帯で通話しているオジサンが毎日いる為、耳に入ってきてしまうとイライラする音をある程度シャットダウンできるように、という意味もある。

また朝は惰性なのだが、帰りは主にJ-WAVEを聞いている為、FMを受信できるのがまたよい。私は中学時代はAMで深夜放送なども聞いていたが、音質がどうしても好きになれず、当時からFMは好きだった。

音楽も色々入っているのだが、私のは256MBのフラッシュメモリ内蔵型で、加えてSDカードスロットがある為、1GBのKINGMAX製の安いカードが入っている。こちらにも音楽が入るだけ入っている。

私のモデルは、今でも遜色ない性能だと思っているが、最近電池の消耗が早い。単にニッケル水素の単4型の電池なので、その寿命が来たのかもしれないと、先日サンヨーのENELOOPを4本購入。使いだしてみた。元々ニッケル水素等の充電池は推奨されていないモデルだったので、電池がなくなったと判断するレベルで、アルカリやマンガン電池よりも長い間使えないようだが、充電して再利用できなければやはりきつい。

流行りのiPodとかは薄くて充電池も内蔵型なので、会社勤めなどで毎日充電する習慣があればよいのだが、私としては旅でも使いたいので、単4が使える方が望ましい。その為、特に買い換えるつもりもないのだが、電池の持ちにはちょっと閉口している。

最近のMP3プレーヤーは随分安くなったようなので、気になるといえば気になるのだが、無駄な買い換えもしたくないので、悩む所なのだ。

先日、低反発素材のインナーイヤーヘッドホンに換えてみた。なかなかよい。ノイズレスのBOSEのヘッドフォンなんかいいのだろうけど、さすがに大きすぎる。私の携帯は携帯自身がオーディオプレイヤーの機能を持っているのだが、メールやネット接続をしながら併用できるものでもないので、使い分けている。

とはいえ、よさそうなものがないか、眺める日は続くのだった。

写真は私が愛用中の、ADTECのプレーヤー。

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2006年10月26日

ウィルス対策

9月初旬より、現在も継続もなお、今最も氾濫しているウィルスが、STRATION(ストラシオン)だ。ここ最近混乱を招くウィルスがなかった分、静かに登場し、着実に亜種が増えていっているものであり、また各ウィルス対策ベンダーの対応が、発生に対して遅れがちな程、早い増殖能力を持っているタイプである。

マスメール型のウィルスなので、添付ファイルを不用意に開かなければ何ら問題はないのだが、実行形式のものもあり、亜種によっては.cmdや.batなどもある為、一般の人は分かり辛い。クリックしてしまったらその瞬間に終わり、というようなケースになるのだろうか。毎日のように飛んでくるようになってしまった。

私の本業では毎朝7時半に出社後、9時までは状況のチェックを行っているのだが、ここ1カ月は午前中一杯対応にかかってしまったりする。

主にウィルス対策製品をリリースしているのは、日本でのシェアからみて、黄色い所(S社)と赤い所(T社)が一大勢力であり、また追従する形で赤い所(M社)が殆どを占めている。しかし、ウィルス対策は一般ユーザにはやっかいなものであり、また毎年更新しなければいけないソフトウェアの為、できる事ならお金はかけたくなく、安いウィルス対策ソフトが登場すると、そちらのシェアも微妙ながら増えていく。

安いソフトを販売する事で有名なSN社のウィルス対策ソフトは、新種には圧倒的に弱く、また上記の上位3社のソフトと比較しても弱い部分が多い。また最近のメジャーなウィルス対策ソフトは、マルウェア(スパイウェアやアドウェア等、いわゆる個人情報を含む利用情報を外部に漏洩させたり、パソコンに潜んで広告をランダムに表示させたりするものが多い)まで対応してくれる為、不用意にインストールしてしまっても、ある程度はガードしてくれるというのも便利になった。

以前はフリーのスパイウェア検索・削除ツールを別に導入していたのだが、ウィルスと同一の扱いになってきており、私自身この系統のソフトウェアはウィルスと一緒の扱いでかまわないと思っている為、一緒に駆除してほしいものとしてなくてはならない機能になっている。

またマイクロソフト社が、Windows Live One Careという製品のβ版をリリースしてきた。これは、これまでのウィルス対策ベンダーにとっては大変な事態だ。マイクロソフトが自らウィルス対策等のセキュリティチェック機能をリリースしてきた訳であり、それがまた価格が安価に設定されているという点。

今後日本語版の正式なものが出てきたら、ウィルス対策ベンダー各社の生存競争が激しさを増す事になると思われる。

また、そんな中、長年つかってきたT社も、3台までのPCの使用権(ライセンス)を包括した為、複数台PCを持っている人にとっては割安になる。これもWindows Live One Careが先に、3PCまでというライセンスを打ち出してきた為に、対抗してきた事でもあるだろう。

インターネットは自由なネットワーク。営利目的で発展してきたものではなく、誰もが利用できる環境だ。そんな中、悪意も渦巻いている。これらにまんまとやられない為にも、必ずセキュリティ対策をする必要がある。ウィルス対策ソフトの値段に惑わされず、よい製品を選んでほしい。

余談だが、ここ最近のストラシオンの新種への対応はT社もS社遅く、検知可能なパターンファイルが提供が遅れている。しかし、SP社はダントツに対応が早い。このベンダーはコンシューマ版がないのが残念だが、企業のゲートウェイ製品の中に組み込まれている場合、対応速度の速さから、効果が発揮される感じだ。

パターンファイルや定義ファイル型で検知するウィルスには、新種が出てからそれに対応した版数を出すまでのタイムラグが発生する。その為、ウィルス対策ソフトを入れていても、受信してしまう可能性が高い。

結局の所は、利用者がもっと賢くなって、危険なものには手を触れないように学ぶアタマを持たなければならないというのが、最も重要なポイントでもある。

我が家のPCは全てT社のソフトウェアを使っている。写真は私のメインマシン、Lets Note CF-R3。これには2007というバージョンが入っているが、やたら重くなった気がする。

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2006年10月25日

新しい記録用ムービー

前にもビデオカメラを持って旅によく出ていたという話を書いたのだが、最近になって、ビデオの記録という目的が大きくクローズアップしてきている。

ビデオカメラは今ではほとんどの家庭にあるのではないだろうか。過去、ソニーがハンディカム55を出してからというものの、コンパクトで持ち運びしやすい、ビデオカメラは家電製品の中では常に多種多様のモデルが売られてきた。

記録メディアも当時、私は高校生位だったと思うのだが、カセットテープのような8mmテープ。その後磁性体と記録方法に工夫がされたHi8方式になった。平行してVHS-Cなんていう規格もあったが、デジタル記録方式のDV、miniDV、MVといった感じで、高画質化・小型化していった。

そして今はビデオとは言えず、MPEGムービー。媒体も8cmDVDやハードディスクが売れているようだ。そして今一番注目しているメディアはやはりフラッシュメモリだろう。

テープに比べて、圧縮方式による画像の乱れなどがあるが、今はテレビ番組の予約もほとんどがDVDかHD。全て記録方式はMPEGばかりだ。我が家も160GBのDVD/HDレコーダーが活躍している。ネットに繋げられるタイプなのだが、残念ながらちょっと古い為、PCに取り込む事ができない。そろそろ地デジ化も現実味を帯びてきているので、次世代は対応品になるだろう。その保存方式はもうDVDビデオになるのだろうが、正直まだ安心できない。

ビデオカメラで撮影したデータを保管するのは、もうハードディスクが一番現実的だと思う。なので、SDムービーカメラを買ったのはいいのだが、あっという間に容量が倍のメディアが使えるモデルが出てしまった。ショックは大きい。といっても、十分な時間なので致命的な問題にはならないのだが…

今週末に行われる競技会では、手持ちでムービーも撮ってみようと思う。

写真は新しい我が家のSDカードを使ったムービーカメラ。2GB迄しか使えないのだが、特に不満はない。ただ、新製品が出てしまったのがちょっと悲しいだけだ。

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2006年10月24日

インフル予防注射1回目

長い風邪に苦しんでいたのだが、日曜の競技会までは結構辛い日々が続いていた。だましだましというのが一番合っているだろう。まさにその通りで、一週間のうち、木曜、金曜だけ会社に行き、土曜は朝だけ病院、そして日曜は寒川で朝から晩まで屋外で過ごす、といういきなりハードなメニュー。

朝は涼しくてよかったが、日中晴れて日差しが出た途端、私のパワーがダウン。暑いというのだけでいきなりバテる私は、困ったもので対してそれが暑くなくてもダメなようだ。一気に疲れてきてしまい、午後少しまた曇ったあたりから少し復調。

そのままの天候ならよかったのだが、閉会前になんと霧雨。傘をささないとビショ濡れになる程の雨量があり、撤収が間に合わず、タープも少し濡れてしまった。まだロッキーのリアで、少し湿っているだろう。

来週末はキャンプなので、装備の見直しが少し必要になるのだが、真冬用のシュラフはいらないとみている。我が家の真冬用のシュラフは、雪中キャンプができる性能がある、モンベル・ダウンハガー1なのだ。これだと汗をかいてしまう。

それだけでなく、積載時に結構霧雨が入り込んで、濡れてしまっている。それからずっと雨は降り続いている訳で、カビ臭くならないか心配だ。

そんな状況で病み上がりの私は濡れながら片づけをして、帰りの車では寒くて暖房を入れた程だったので、正直また体調を崩すのではないかと心配だったのだ。

しかしなんとか持ち直し、明らかに土曜までよりは気分がよい。昨日の月曜には、なんとインフルエンザの予防注射の1回目を受けてしまった程に回復した。

いつもワクチンを打つと、注射した部分が晴れあがって、少し熱っぽくなるのだが、今回は大丈夫なようだ。まあ触ってみるとぽっこり軽く腫れているのがわかるのだが…。

4~5年前くらいから、インフルエンザの予防注射を受けるようにしている。私がかかると、それこそ命にかかわるので、少しでもそのリスクを回避したいと思うのだ。

しかし昨年などはAB両方のタイプが流行り、片方に見事にかかってしまっている。両方かかるよりははるかにマシなので、意味はあると思っている。

2回目は3週間位あと。うまくワクチンが当たって欲しい。

写真は愛用のモステントとロッキー。場所は御殿場のアジ練フィールド。来週末もこのテントでキャンプだ。

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2006年10月23日

先輩達の凄さと自分の体

日曜に参加した初アジ。素晴らしい走りをみせてくれた先輩達の姿をみて、自分自身の事を少し思った。

我が家の競技内容に比べ、先輩たちの走りはそれぞれに感慨深かった。初めて半年という我が家に比べ、1年、2年という時間を、嫌というほど味わってきたんだと思う。あと半年、1年半後に、彼らのような走りができるだろうかと、由としみじみ話をしてみる。

純粋にスカっとする走りを見せてくれた先輩。わが子が最後までよい走りをみせてくれた裏にある涙をみせる先輩。由はそれを思うと、涙が溢れてきた。自分がそんな風になれる時が来るのだろうかと考えたようだ。

速さや的確なハンドリングもあるが、チームの犬と楽しんでいるというよりも、繋がっているという事がビンビン伝わってくるチームを見ると、自分たちもそのカンジを掴みたいと思う。私は実際に走っていないので、それが判らないのかもしれないが、少なくとも我がチームである由とくーが、今日はその繋がりを感じられるとか、今日は何かおかしいぞ、というのがわかる。だからといって、アジを分かっているなんていう事はこれっぽっちも思っていない。

ダブルハンドラーのチームが少し羨ましい。走れない体の私は、やはり自分の体を呪うしかないのだ。誰に言われようと、こればかりは30年以上いろいろ故障を抱えてきた自分だからこそ、これ以上周りに迷惑をかけたくないし、我が儘を通してこんな状態で参加しようなんて言えない。

由はそれを分かってくれているが、分かって貰えないのは当然だとも思っている。自分にできる事、自分も由とくーが感じている事を間接的でも感じられる事で、その喜びを分かち合いたいと思うのだ。

それは、きっと健康な人には理解するのが難しい事だと思う。それは当然の事だろうから。だから誰を恨む事もないし、自分は自分で信じている事をしていこうと思う。

時には間違いだってあるだろうし、理解されない時だってある。でもそれは仕方がない事だから。

先輩たちの走りを見る事は、ワクワクする。自分の知らない世界をきっと見ているんだろうと思う。そこまでたどり着く大変さは、たった半年アジをかじっただけで伝わってくる。だからこそ、この今を我がチームは頑張ろうと思う。私はサポートしかできないが、チームの一員として、できる事をしていきたい。

写真はマイスラでニッコリのくー。

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2006年10月22日

寒川の河原の1日

久しぶりの競技会。寒川会場は、6月中旬に我が家が競技会デビューした場所であり、ほんの4カ月前の出来事だった。

前回は大雨で、フィールドもグチョグチョ。転倒者続出で、こんな中で競技に我が家も出るようになったんだなぁとしみじみ感覚のマヒぶりに苦笑いしたのだが、今ではそれは当然のようになっている。ただ今回は天候も悪くなく、涼しい風に吹かれ心地よい朝だった。

我がチームはまだタープが1つも建っていないうちに到着。風対策をしながら自分のタープを設営。前回はどこに設営していいかも分からない状態だったのだが、今では知り合いも増えて心強い。

我が家は由がどうしても納得がいかず、エントリーしたBOPから。予定している競技は5種目で、そのうち我が家は4種目にエントリー。途中、予定されていなかったJOP番外編が追加され、6種目が行われる。参加しない1種目のBAGでは、由はお手伝いスタッフとしてスモールからラージまでスタート地点にいなければならないので、実はとても忙しい1日になった。

今回の競技内容は、結論から言えば由の精神状態が「何か変」という言葉が表す通り、しっくりこない状況だった。最初のBOPからミスがあり、ピークはAGOP。くーのテンションも何だか異常な位落ち着きがなくなってしまい、これまで積み重ねてきた経験や学んだものが思う通りにいかず、最後は立ちすくんでしまうほど由の考えがまとまらなかったようだ。

別に傷を舐めあう訳ではないのだが、こういう日は別にアジでなくたってあるし、この苦しさを次回に繋げられればと言うしかなかったのだが、由は帰路上でも口を開かず、雨の渋滞のテールランプ群をじっと見つめていた。私はずっと声をかけていたが、厚木の渋滞を越え、横浜町田をすぎて少しづつ口を動かしはじめたという状況だった。

クリーンランできたのはJOP番外編だけ。難しいコースと自分に苦しんだ1日になった。ビギナークラスで表彰辞退になったからといって、それは卒業した訳でもないし、マスターした訳でもないのは十分分かっているし、毎回がチャレンジなのもアジが凄い所だ。我がチームはほんの少しだけの達成感と充実感を味わえただけで、殆ど9割は苦しさとの戦いが現実だというのも感じている。

簡単ではないから、頑張る。それだけしか言えない。

写真は笑顔のくー。くーの能力を生かすも殺すも、飼い主の頑張りにかかっているのだから。

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2006年10月21日

定期通院の土曜日

2カ月毎の定期通院。朝8時半からの予約がとれているので、由とくーを起こさないように出かけた。

8:10分前に受付を終わらせ、外に食事に出かける。かるく朝食を取り、戻ると診療開始の8時半前にもかかわらず、私を担当医が探していた。早めに診察を始めたらしい。慌てて小走りしたせいで、また汗をかいてしまった。

9月の下旬と、先週10月上旬にかけて体調を大きく崩した事や、近所の開業医の先生が申し送りを書いてくれたので、それを渡しながら説明する。毎年この頃に調子崩すねと言われ、ちゃんと吸入系の薬をとっているかと言われ、適当にごまかす。結構忘れがちというよりも、この薬を使うと声が出にくくなるのだ。仕事で会話が辛くなるので、調子のいい時はたまに抜いていたりした。

これでも以前までに使っていた薬よりも、声がれが抑えられる薬に変えて貰ったのだが、なかなか実感がもてない。しかし、やはりこの時期位はちゃんとやった方がよいようだ。

流石に30年以上、喘息の薬を体に入れている訳で、段々といい加減になってくる部分というのもある。あらためて処方されたものはちゃんとつかわないとと思う事しかり。

あと秋は年間を通じて一番調子が悪い時があると話すと、夏に繁殖したハウスダストや家ダニのアレルゲンが少なからず一番多い時期という事も原因だと言われた。確かにそうかもしれない。我が家には抜け毛女王のくー様がいる訳で。

今だ気分がすぐれない風邪の話をして、薬を追加してもらったせいか、処方箋薬局で時間を食ったが、結局10時前には家に帰っていた。10時をすぎていれば、もっと買い物もできたのだろうが、まあいいだろう。

明日の競技会に向けて準備もあるので、今日はゆっくりするつもりだ。これはちなみに院外処方箋による薬待ちの時間に書いてみた。

写真は意味はないが、ちょっと前にハマっていたもの。サークルKサンクス系で販売されていた、梅ヶ丘の美登利寿司プロデュースの、とろさんま鮨(390円)とくー。なかなかおいしかった。

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2006年10月20日

腕時計シリーズ最後の話

ちょっと早退。まだ風邪の気分が残っているのも理由だが、できれば時計を今日のうちに買いたいと思ったので、新宿へ寄り道。明日病院に行くので新宿を通るのだが、ひょっとしたら早く終わると思ったので、前倒しで色々やる事をこなそうと思ったからだ。

木、金となんとか会社に出て、溜まっていた仕事を何とか目処がついた所だったので、1時間ほどフレックス早退。丁度展示会が行われており、電車が混みそうだったがそれほどでもなく、JRで久しぶりに新宿へ。

ヨドバシカメラの時計売り場に直行し、目星をつけていた時計を購入。他にも気になるのは色々あったが、結局予定通りのもので、色違いだけをチェックして決めた。

しかし実際に手に取ってみると厚さが気になる。電波時計で、ソーラー充電+充電池という事もあり、仕方がないのかと思ったが、シチズンのエコドライブはもっと薄い。やはり値段の差か。

しばらく使ってみようと思う。デザインは嫌いではないし、チタン製のベルトは、かぶれやすい私の手首にどの位効果があるかなどを見ていきたい。少なくとも厚さと重さ以外はほぼ満足しているのだから。

写真がその新しく購入した腕時計。CASIO OVERLAND OAW-100TDJ-7AJF

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2006年10月19日

父のOMEGA SEAMASTER

親父の形見のオメガ・シーマスター。これは防水なしで自動巻。ガラスもプラスティックなのですぐに傷がつく為、怖くて使えない。デザインもシブいので、よく古着のツイードジャケットなどにあわせて使っていた。

ある年、ステンレスのベルトが壊れた。地味であまり好きではないデザインだったが、それでも皮に変えてしまうと、オリジナルのベルトの良さというのが感じられるようだ。ベルトだけでも元にとちょっと調べてみると、これもとてもじゃないけどベルトに出せる額ではない程の高額。もっと大事に使えばよかったと後で後悔した。

結局気に入ったベルトがなく、保存箱に仕舞われる運命に。プラスティックのガラスはあっという間に細かい傷がついてしまうので、交換費用だけでもたまったものではない。なのでよそいき、という使い方にしたいのだが、結局修理代もなく、そのままになってしまっている。

確か、親父は材木業界の旅行で東南アジア諸国をまわった時に買ったものだ。ラワン材などを多くあつかっていたので、産地であるフィリピンやインドネシアを巡ったらしい。当時は円が1ドル250円以上の頃だったはず。免税店で買ったと記憶している。そんな時計だが、今ではすっかりアンティーク扱いなのも、時代のせいだろう。

写真はベルトを取ってしまった状態のオメガ・シーマスター。味のあるいい時計だ。まだなんとか機会をみつけて、修理してみたいと思う。

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2006年10月18日

PROTREKが2台

私の愛用している腕時計。HEUERの他に、カシオのPROTREKシリーズが2つある。

1つは結婚の時に、知り合いのカメラマンとトラベルライターでもあり、女性のバイク海外ツーリストの第一人者から、ペアウォッチを贈って頂いたものだ。

トリプルセンサーというタイプなのだが、これの電池がよくなくなる。その電池交換の為に、サービスセンターに3度目にもっていった時、なんでも内部のモジュールに問題があって、それを交換すると10,000円以上かかると言われてしまった。電池代もあわせて15,000円以上。記念すべき時計なのだが、同じ値段を出せば同じモデルの新品がヤフオクで買える事から、この腕時計は保存版とする事にした。

そしてもう1つ、14,000円程度でヤフオクで、同じ私のモデルと由のレディース用PROTREKのペアウォッチを手に入れた。ベルトはベルクロで、同じマークが入っているのが、ちょっと恥ずかしい。

このトリプルセンサー、標高や方位がわかるのがよい。旅先で結構活用したりした。ダンプスや麗江で標高を表示しては今どの位の高さなのかを確認する事ができた。また登山道のルートで方向を確認する事もできた。

その時計も、先日電池が切れてしまっていた。この交換でも5~6000円かかる訳で、さてどうしたものか、もう使える腕時計が全てまともに使用に耐えない状況になってしまったのだ。

そしてちょっと調べ出してみたのが、電波時計のソーラー電池のメンテナンスフリータイプ。結構多く機種も出ていて、あとは自分の用途にあうのがあるかどうかだ。そして価格もHEUERの修理代よりも安くなければならない。

最近左手首の皮膚があれて、かぶれてしまっているので、HEUERのアルミや、PROTREKのナイロン、オメガの革は避けたい。できれば一番皮膚に優しく、軽いチタン製がよい。本体も含めて、オールチタンであれば尚よいのだが…

という訳で、今更だが時期腕時計の候補を探している。チタンで、電波時計で狂わず、電池を交換しなくてもよいタイプ。さてどんなものがあるものか。

写真は電池が切れてしまったPROTREK。由のPROTREKはまだ元気なようだ。

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2006年10月17日

愛用の腕時計の故障

腕時計は結構ないと落ち着かないタイプだ。主に大学に入った時に自分で購入した、TAG HEUERの2000professionalというダイバーズウォッチをずっと愛用している。サイズはボーイズサイズと言われる、男性用と女性用の間の小さめのもの。私はこのボーイズサイズをとても気に入っていた。

先日御殿場で1泊した時、なんとそのダイバーズウォッチのガラス内が曇ってしまった。これまで電池を3回ほど交換したのだが、その中でのミスだったのだろうか。露天風呂だろうが何だろうが、して入っていたのだが、もうそんな事はできない。

またいろいろ調べてみると、この手のダイバーズはリューズのパッキンがだめになる事が多いらしく、一旦だめになると、内部が結露し錆びていってしまう。当然舶来物のせいなのか、修理するととんでもない値段がかかってしまう。

元々7万前後で買ったと思うのだが、今同じクラスでは、最低でも10万を切らない。なんと時計というものは高いのだろうか。時計や精密機械はスイス製という時代はとっくに過ぎたとは思うのだが、HEUERはブランド的に、FERRARIのFIのスポンサーを長く続けている事もあって、好きなブランドだったという理由だけ。デザインも何も気に入っているので、何とか修理したいとは思っていた。

修理費用は一番安い所でも、2万以上という感じだ。まあ内部がどれだけ痛んでいるかにもよるが、オーバーホールは必須になる。2万以上かける価値があるかというと、難しい所だ。

購入して20年以上。そろそろ別の腕時計にしてもよいような気がしてきた。

写真は20年付き合ってきた、TAG HEUER 2000 Professional ボーイズサイズ。デザインもサイズも今も気に入っている。

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2006年10月16日

風邪はまだ長引くようで

気分が悪い。熱は微熱になったのだが、これでもかという気分の悪さが残り、胃も荒れている。朝8:40にまた病院に行き、薬を出して貰うが、病院に辿りつく徒歩7分程度の間に喘息の発作もおきてしまう。

この秋は年休を使いすぎている。ある程度毎年計算して使っているのだが、この秋はあまりにも体調が悪い。喘息も点滴を受ける程だし、風邪も妙に長引く。インフルエンザの予防注射も受けたいが、今の体調では受けられない。

今日も殆ど布団の中で過ごした。

写真は以前の療養中の1シーン。私が横になるのが辛かった時、テーブルの間に入り込んできてくーがいつもあご乗せ姿をした。私はあまり考えなしに、くーの頭にあごをのせてやると、逃げずにそのまま動かずにじっとしていた。少しは私の体調が悪いのを判っているのかもしれない。

明日も休めば4日目…しかし微熱は下がらず体調はまったくよくなっていない…

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2006年10月15日

試験に這って行く

風邪の気分はまったくといっていい程回復せず。勉強もままならなかったここ1週間、昨日慌てて過去問題集を再度読むのだが、頭の中がまったく整理がつかない。朦朧としている、という言葉が一番あっているのではと思える体調だ。

普段なら絶対に外出できない体調だったが、なんとか勢いで家を出て、試験会場である水道橋へ向う。情けない事に座っていないと目が回る。

バスを降りて会場までの途中にあった4件のコンビニには、おにぎりは数個しか残っておらず、困ってしまう。結局少し行き過ぎてなんとか見つけた小さいセブンイレブンで買い込み、会場へ。既にへろへろだ。

試験は9時半から15時40分まで。その間は冷や汗を書きながらなんとか試験を受けたが、特に午後の記述式で頭の中がまとまらない。あっという間に時間がたってしまい、玉砕。

また来年も受ける事になるのだろうか。そろそろいい加減に受からなければまずいのだが、これまでまともに試験を最後まで受けたのは2回だけ。体調もなんとか万全で迎えたいのだが、私の場合手洗いやうがいをしっかりしていても、マスクをしていてもかかる時はかかってしまう免疫力の弱さなのだから…。

写真は試験会場。まだあまり人が来ていない。

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2006年10月14日

高校時代の友人とのオフ会

いわゆる同窓会みたいないものか。高校時代の音楽系のクラブ仲間が、年に1度集まって飲む会をやっている。しかし私は殆どといっていい程参加していない。

今回も明日が試験という事で不参加を伝えたのだが、体調がそれどころではなくなってしまった。今回は私たちの1学年下の後輩にも声をかけたらしい。ネット時代なのか、専用の掲示板もでき、事前準備から盛り上がっていたようだ。

高校時代はバイクとクラブに没頭していた。私はトロンボーンを担当していたが、ギターも好きでなぜか裏でRCサクセションやロック系のバンドにも参加したりしていた。

高校のクラブはお固く、しかし私たちの代は結構アバウトだった。今やそのクラブはもっと規律が厳しくなり、コンクールなどでも入賞したりする位になったようだが、私たちはそんな賞よりも楽しむ事が一番だったようで、その感覚はひとつ上の先輩達には多いにひっかかったようだった。

学校での先生とかは、あとから思うと結構懐かしいとか、また会いたいと思えるのだが、私の場合は小学校から高校まで、ロクな教師に会った事はなかった。今思っても酷い教員ばかりで、よい教員とは私は接する機会が少なかった。担任以外、私がかかわらない所によい先生は居たのだが、運がなかったのだと自分で思いきかせている。

そんな中でも高校のクラブは3年間続けられた思い出深い時間だった。

彼らとの話もあたあらためて。きっと思いっきり騒いできているだろう。

写真は高校時代、伊豆にツーリングに行ったときのもの。時代を感じるメガネフレームやファッションだったりする。高校時代の写真は殆どスキャンしていないままなのだ。

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2006年10月13日

風邪悪化

症状は悪化するばかり。寝返りも咳き込みながら過ごす。昨日より具合はよくなく、熱はたいしたことはないのだが喉の痛みと咳と鼻が酷い。声が出なくなってしまった。

今週末の試験に向けて、勉強でもすればと思ったが、ブログを書く事も、今抱えている2つの小さい副業ん事も一切手をつけられない。これほど頭がまとまらない状態で、勉強できる訳がない。とにかくひたすら安静にしているしかない。

食欲もなく、ヨーグルト以外は殆ど食べず。自分で大抵の体調不良時には昼食とか作るのだが、今回はトイレと水分摂取以外は殆ど動けず。くーは由がバイトにでかけている間は、ベッドの下で居眠りをしているが、それ以外は由の所に居る。なでる為に体を起こすのも辛いので、どうしようもないのだが…

また気管支にくる風邪のせいか、喘息もちょっと動くと苦しくなる。パソコンを開かない日がこれで2日。年休が気になる。

写真は冬になるとくーは暖かい所に潜るようで、私もここ数日、こんな風に呼吸する鼻と口だけを出して布団に潜っていた。

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2006年10月12日

急激に体調悪化

昨日の昼から急激に体調を崩し、2時間ほどフレックスで会社を早退した。その足で病院へ。喉が真っ赤に腫れあがり、咳と鼻が酷い。会社で流行っている風邪のようだが、私の場合気管支にくると人の何倍も辛い症状になってしまう。

過去マイコプラズマ肺炎を何度も起こしている私の肺は、感染症に弱いのか、喘息が引き金になっているのか、同じ風邪でもダメージの受け方が大きいのだ。

今日はもう何もできないで寝るだけ。仕事はとりあえずできるだけの事をしてきたが、今週はもうダメかもしれない。後輩に託してとりあえず1日でも早く回復できるように頑張ろうと思う。

写真は私が寝ている間にくーが横で寝ていた時のもの。そろそろ布団にあがってくる季節になった。

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2006年10月11日

事故渋滞の回避

土日と御殿場に行ってきたが、日曜のお昼から帰ろうと思ったのだが、結局自宅に着いたのは日付も変わった頃になってしまった。

私は渋滞に対してとても神経質だ。由は渋滞でも待てばよいという考えなのだが、私は渋滞に巻き込まれている間中さらされる、追突の危険がとても怖い。以前、後ろから追突された記憶もあるのだが、不必要な危険の中にあえてとどまる事は、できるだけ避けたいと思うのだ。

フィールドを出たのは、13時頃の予定だったが、結局15時頃。既に渋滞が始まっていた。そのまますぐに帰ればよかったのだが、ちょっと寄り道をしたのが運の尽き。16時には御殿場市内から東名御殿場ICまでの道は全て渋滞。裏道に色々入り込んで少しはパスできたようだが、それでも30分以上かかってしまった。

既に事故渋滞が海老名周辺で2箇所。渋滞距離は15kmを越えている。足柄SAにまずは入って運転手交代の休憩をしようとしたが、トイレに戻ってみると渋滞は20kmに伸びていた。このままではどうしようもないので、しばらく休憩するつもりで飲み物を買いにいく。

色々あったセミナーの事を振り返り、話をしているうちに解消してくるだろうとは思ったのだが、この日はそれで済まなかった。時間が経つにつれて20kmの渋滞は30kmへ。結局最高37kmを記録した。まるでお盆渋滞のようだ。渋滞の中で追突事故が多発しているらしく、渋滞情報で事故の個数が増えている。思い切って狭い車の中だが仮眠を取る事にした。

21時頃まで話をしたりしばらくじっとしていたのだが、それでもまったく解消しない。しびれを切らして渋滞がまだ届いていない中井PAまででも進もうと動き出すと、ハル家のミニが目に入った。声をかけると、食事をし、風呂に入って御殿場ICに乗ったらしい。とっくに帰っていると思っていた我が家をみて驚いたようだが、私たちはもう疲れきっていた。

しばらく立ち話をし、22時すぎに渋滞が17kmになったのを見計らってそれぞれ足柄SAを出た。すると今度は秦野中井でトラックの事故の第一報が入ってきた。海老名SAのあたりから20kmの渋滞とは別に、秦野中井から大井松田までも渋滞しているらしい。トータルで40km?それはとんでもない。結局大井松田で降り、小田原まで下道で南下し、小田原厚木道路に乗り、厚木まで抜ける事にした。結果的に厚木の手前1.5km、東名に乗って1kmちょっとの渋滞だけでパスする事ができた。もっと最初にこのルートで帰るべきだったかもしれない。

結果的には0時を回った所でやっと家に到着、心身共に疲れきった週末になってしまった。

写真はハル家のミニ。今月下旬には、ミニからステーションワゴンに変わってしまうが、我が家のように積載能力が低い車仲間がいなくなるという事は、寂しい限りだ。

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2006年10月10日

昨日のカンブリア宮殿

昨日放送された、テレビ東京系のカンブリア宮殿という番組で、面白い人が紹介されていた。

中国人の社長で、日本でビジネスに成功した人だ。民族的な違いこそあれ、今だ多くの情報統制が存在している国から飛び出て、日本でITビジネスを立ち上げた、いわゆるベンチャーに位置するのだろうが、実はとても人間味のある素晴らしい考えを持っている人だ。

有名になったあのライブドアの堀江氏も、社長室は不要だとして、社員と同じ目線のデスクに席をおいていた。それ以上にこの社長は、毎日席を自由に変え、今私の居る会社では当然と言われる文化を全て破壊し、2日以上同じ席に座る事を禁止。そして接待から何ひとつビジネスは生まれないという考え。全て共感できるものだった。

主に営業向けの話だったのだが、技術職にも多く当てはまる。今の日本企業は無駄や無意味な制度があまりにも多く、それに対して理不尽だと思っても、結局は「これまでの常識」という言葉や、偉い人の考えで全て葬り去られてしまう。

全ての企業のリーダーがこの人のような考えでなくてもいいと思うが、少なくとも9割以上の大企業と言われる規模の企業では、役員や経営陣、そして末端の管理職に至るまで、過去の常識の中で、今風の制度である上っ面の成果主義や人事制度だけを取り入れ、若いこれからの会社をになっていく中堅から若手の社員を徹底的にスポイルする。その悪循環に気づいていたとしても、実践できる環境にはない事を改めて突きつけられているような気がする。

ベンチャーのよい所をもっと取り入れ、毎年でも今の会社のバックボーンを担う社内の全ての制度を見直す機会があってもよいのではないか。それにより、今は安泰の定年をあと10年もガマンすれば迎えられる一番おいしい年代の老後設計が崩される事になるかもしれないが、全て吸い尽くそうという考えのような連中をもっと正確に評価できるようになるのではないだろうか。

仕事にもっとモチベーションをもって取り組みたいと思うのだが、その気分になれない環境は、それぞれのせいだけではなく、取り巻く環境が多くは原因しているのではないかと思う。発言する場も、改革する場も与えられない上に、発言をしようものなら、口を封じられる結果が待ち受けているのが現実だから。

写真はある時の徹夜作業風景。一部だけ照明がついたオフィスだけが生きているようだ。

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2006年10月09日

ブログを書くという事

ブログというのは、書く人の気持ちを不特定多数の人に発信するものではあるのだが、書いている人は殆ど、その不特定多数の殆どの人がどんな風に受け取るかわからないで書いているはずだ。

ネットの恐ろしさというのは、ネットの先に誰がいるかがよくわからない点であり、またそれがよい効果を生むものでもある。

ネットを使うようになってもう17年。先日、ニフティから入会17年目というメールが来て、もうそんなに経つのかと改めて感慨深かった。そしてネットによって得られたものの大きさを、改めて感じる。

ネットを使う事で得るものもあれば、失うものだってあるだろう。ただ単に自分の意見や感想を人に無理強いしたりすれば、簡単に信用や友人を失う事ができる。でもネットなんかうまく使えばいい訳で、社会全体が全てがネット経由になる訳でもない。それは使うものがしっかりと理解して、効果的に使う事で、それはよい効果を生む事になる。

しかしネットの事をあまりよく知らないで、そして文章に対して読解力がない人が、一旦誤解するととんでもなく脱線してしまう事もある。それはネット以外で、実際に顔を突き合わせていても、同じ結果になるだろう。人間自体がそういう結末に繋がる解釈をする訳だから。

ブログは自分の気持ちや意見を表現するもの。コメントができる機能や、トラックバックという独自の話題を追う機能はあるが、基本的に何を書いたっていい。当然ネチケットというものが存在し、それは守らなければならない。ネットを始めた頃は、このネチケットに対して殆どの人が敏感だったのだが、最近はその存在すら知らない人が、ネットを動かしている。

ウェブサイト、いわゆるホームページにしても、自分の情報発信の手段として使われるものだ。企業はその宣伝でもあり、掲示板やチャットなどによるネットの先の人間と会話をしたりする事も可能だ。それは全てバーチャルとは言っても、先には人間が居る事に間違いはない。

ブログで自分の意見を主張したとしても、それは正解かどうかはわからない。書いている者にとっても、それは単なる独り言のレベルなのはわかっているはずだ。同意してくれる者はコメントを書くだろうし、違う解釈をする者は、そこに二度と訪れなければいいだけだ。

ただ、信じて欲しい人、理解して欲しい人が、誤解したり曲解する事を私は望まない。私を含む、文章力が足らない場合だってるのだから。私はそういう事からも、言葉の揚げ足取りはしたくない。その人の本意を理解しようとすれば、おのずと本当の姿が見えてくるはずだからだ。

多くのブロガーは、自分を含めて書くことについてもっと慎重になるべきだと思う。そしてごく一部の人や荒らしのせいで、書くことをやめないで欲しい。必ず、あなたの気持ちが伝わる人が、この世の中には居るはずだから。

画像は私も使っているMovableTypeのポータル。そろそろアップグレードもしないと…

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