2006年11月30日

遠くへいきたい

ジェリー藤尾ではないが…今日で11月も終わり。明日から今年最後の月、12月だ。

師走は忙しいと言うが、私の仕事ではそうでもない。賞与があったり、年末年始の休暇があったりと、嫌いなシーズンではない。暖かくしてのんびりするにはいい時期なのだが、昨年からそうも言っていられなくなってしまった。

そう、3日、24日は競技会。16日はテント泊で練習というハードなシーズンなのだ。昨年はディスク競技に走りまわっていた。おまけにクリスマスイブに千葉ポートタワーで行われたJFAの競技会では、由がノロウィルスにやられ、大変な目にあってしまった。

寒い中でも活動的なくーといると、夏よりも時間を気にせずに運動する事ができるのはよいのだが、飼い主のパワーが不足気味になってしまいがちだ。まあ特に私なのだが…

ついこの前、21世紀がどうのと言っていたと思うのだが、もう少しで2007年。自分の年齢もどんどん年を重ねていく。

先を考えすぎるのではなく、先日の研修ではないが、自分のライフプランを、目指す目標と、それを達成するにはいつまでに何をしなければならないか、そして今は何をすべきかという事をしっかり考えていかないと、どんどん歳を重ねていくだけになってしまうかもしれない。

とはいっても、やっぱり旅に長い事出ていないので、久しぶりにヒマラヤあたりに行きたい気分だ。あのアジアの喧騒、乾燥して埃っぽい空気、そして何よりも雄大な雪山たち。写真は1996年、ポカラ近郊のダンプスで。

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2006年11月29日

パウダーホップジャケットの話

我が家の防寒着として、メインというべきものがある。モンベルのパウダーホップジャケットだ。

アウターはゴアテックスがレイヤードされたナイロン。中綿にはエクセロフトという、シュラフにつかわれるものが入っている。結構大きいのだが、デッドエアが沢山溜められて、とても暖かいものなのだ。

実はこのジャケットは、私のは2代目、由のは3代目になる。

私はアウトレットで18,000円程度でまず売れ残ったバイオレットカラーのを買った。これでバイクにこそ乗らなかったが、厳冬期の道東キャンプ旅行や、2月の流氷ツアーなどで活用した。11月のキャンプでも、必須だった。寒い時は足にかければ充分の保温性能があった。

その後、由とまだ出会って間もない頃、和琴ミーティングの帰り際、由がくれ、と言った時、丁度アウトレットでインディゴカラーがほぼ同価格で出ていたので、いいよ、と軽く返事をした。その時は軽い気持ちだったが、由はこんな高価なものをくれる奴はいい奴だと思ってしまったようだ。結局翌年2月に予定していたキャンパー仲間で行くスキーツアーの時に渡す約束をして、その場は皆解散をした。

そして予定通り私はインディゴのパウダーホップジャケットを購入。由にスキーの時に渡した。由はとても喜び、地元でのツーリングや通勤などでも着ていたようだ。途中雨に降られても、ゴアテックスの防水性能のお蔭で、濡れる事はなかったと言っていた。

その後由と一緒に住むようになり、旅をする時は年代は違えど、冬は中綿がシンサレートがラミネートされているドロワットパーカ、もっと寒い真冬はパウダーと、考えている訳ではないが、ペアルックになっている。

そしてバイオレットの初期型のパウダーホップジャケットに、ちょっとした問題が起きた。製造過程での問題だったのだが、メーカーに相談すると、修理してくれる事になったのだ。しかし結果的には新品に交換して貰える事となった。

今の由が着ているのは、2年前のモデルで3代目になる。エンジのシックなカラーになり、アウターのナイロンはリップストップになり、ジッパーなどの形状なども工夫されている。ちょっと生地が擦れる音が耳障りだが、軽くなり強度もあがったようだ。

私たちは、冬はこれが手放せない。

写真は2月のオンネトーで。歩くとパウダーホップジャケットだと汗をかいてしまう程。同行した友人のランチョンが撮影してくれた。

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2006年11月28日

からまわり

今日はちょっとしたイベントで15時には会社は終わり。昨日の月曜から会社はドタバタしているのだが、いそいそと私は撤退。先々週から顔を出せとうるさい母親のいる実家へ向おうと思ったのだが、電話をすると、今日は通院の日で検査結果を聞きに行くとの事。結局、中止した。

丁度今体調が悪い時期なようで、先日も夜中にわざわざ靴下と湯飲みと薬を病院までもってこいと言ってきかず、こちらがどんなに体調が悪かろうと、遠くにいようと、来ないとキレる。

人の状況を一切聞く耳を持たない状態になり、疲れている体で車を走らせる為、危険を感じる事も多々ある。そんな事情は一切聞く耳がない。あげくに後々まで行かないとある事ない事他人に言われる為、本当に滅入る。どれだけ苦労して相手をしていても、感謝の気持ちすらない。

これまでは100%、具合が悪くなっても、病院に到着すれば落ち着くという、いわゆる充分健康な体なのに、どこかが悪いと思い込んで、検査を繰り返す、いわゆる老人性の鬱な症状なのだが、最近はちょっとましだっただけに、またもや始まったかと頭を抱えてしまった。今回も結局検査だけで、どこも異常はなく、病院のよいお得意さんな母なのだった。

私の兄である長男は何をしているかというと、実家の近くに配達の為にきているにも関わらず、行けないとそれ以上何も言わない。長男の母親に対する認識は相変わらず薄く、これまで結局全て世話をしてきた私に、またお鉢がまわってくる。

私はそれでも見捨てる事はできず、たまには顔を出すようにしている。顔を出した翌週に、最近顔を出さないとか訳のわからない事を平気で看護師や親戚に言われる立場としては、一切顔を出す事を拒否したい所なのだが、それでも実の親だから仕方がないという気分になる。ぼけている訳ではない、そういう性格なのだ。昔から。

私は最終的には長男である兄に最後は面倒をみさせるように主張している。これまでわがまま放題の兄と、それを許してきた親。兄は親孝行を今しなくては一生しない事になるからだ。家業を継いだ時点で、私は一切がっさいを自分一人でやっていこうと思ったのであり、実際独り暮らしをはじめる時に少しだけ援助はして貰ったのはあるが…小学生の頃から、自分のこづかいはバイトしていたのは私だけだ。

それに、健康で風邪ひとつひかない兄よりも、私のように体調をよく崩す人間にわざわざ世話をさせる事は絶対に矛盾がある。自分自身が倒れれば由やくーに苦労をかけるわけで、それは私は自覚している。だからこそ、私が母親に対してはしっかり接しないとならないと思っている。

行かなくて済んだのは不幸中の幸い。新橋で伸びた髪をカットし、17時頃には帰りついた。

くーと少し遊んでやってから、今日は私が料理をする事と決めていたので、仕込みをする。先日御殿場に持っていった鳥大根の材料の残り、骨つき鳥肉をスパイス漬けしておいたものと、じゃがいもと人参をロッジの8インチのサービングポットで焼き、これまた農家の方に頂いた白菜でサラダと、とろみをつけた中華スープを作った。ダッチオーブンで料理したあとは、片づけも私である…

夜は副業の仕上げに関して、安比のペンションと電話打ち合わせ。今日は早めに寝たい。

写真は母親の郷里、釜石の橋上市場。私と由で親孝行の為に同行した5年前の秋のもの。兄は当然同行する気もない。

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2006年11月27日

嬬恋の熱い一日

先週、久しぶりにゆっくり寝て、朝食を取っていると、拓郎がテレビに出ていた。

夏に行われた嬬恋の特番だった。31年前、つま恋で行われたライブをもう1度というスケールの大きいイベントだ。

正直な所、実際に行きたかった。しかし結局それは叶わず、テレビでその模様を見る事になったのだが、充分にその熱い1日を感じる事ができた。

何度も何度も観客をカメラが映す。その映された人々は、殆どがおじさんとおばさんだった。彼らのどの位が、31年前にこの会場に集まったのかはわからないが、世代は見事のいわゆる「団塊の世代」だった。

31年前、私は小学生だったのだが、生憎父親も母親もフォークには興味がなかったようだ。その頃から自営業をしていたので、そうそう聞きに行けなかったという事情もあるだろうが、少なくとも当時は兄の部屋から聞こえてくるビートルズ位なもので、私はあまり音楽には興味がなかった。

バイクに乗り、一人で日本各地を旅するようになってしばらくした頃、開陽台にほど近い和琴に集う旅人が、年に数回、内地で集まって焚き火を囲み、酒を酌み交わすという事をやっていたのだが、それに誘われていた。

しばらく用事やら私自身が同じ晩秋の連休の日程で、廻り目平でキャンプをするイベントを主催していた関係で、2年ほど遅くはなってしまったが、参加するようになった。そこで、焚き火のまわりで歌われていた曲の半分近くは、拓郎だった。

31年の時を経て、彼らはこう大合唱した。

「私は今日まで生きてみました
 明日からもこうして生きていくだろうと」

私たちは、今もこの歌を歌い続けている。

写真は歌と焚き火のアナクロな世界。和琴ミーティングの時間より。

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2006年11月26日

久しぶりの御殿場セミナー2

午前のクールに入る前に、コーチにくーと由を使って心理テストのようなものをして頂いた。意外性が今日のテーマ。私は最近特に忙しさにかまけてくーと屋外で遊んでやっていない。その事もあって、私のオイデは昔からあまり利かないのだが、それは由も同じ。我が家の苦手なコマンドの一つなのだが、それでもヒールは前ほどではないが、今も効果がある。

しつけ教室で、基本的なコマンドを習った。オスワリ、フセ、マテ、オイデ。そして普段の生活から、オテ、アクシュ、ゴロンチ、ペッタンなどがあるのだが、普段の生活の中でおざなりにしてしまっている部分もあるマテ、オイデは最初から苦手ではあるが、ますますしなくても大丈夫という認識を植えつけてしまっているようだ。

くーが考えている事、したい事などは、由は結構判っている。流石に毎日散歩に連れていってくれる事や、遊んでくれる事で当然なのだろうが、これまでも由がモンゴルや敦煌に出かけた時、私が散歩に連れていくと、なかなか最初は歩いてくれない。歩かない訳ではないのだが、何か由がいない事で気になるようなのだ。

逆に由が散歩に出た時、私とばったり逢ったり、途中で私が別な所に行こうとすると、今度はくーもそこから動かなくなったり、私と由が確認できないと嫌という態度がある。

意外性という中で、色々な事を考えさせられた。くーがハイになりすぎず、冷静に走れるように、飼い主が取る態度を考えていかねば…

午前のクールは太陽にあたっていると暖かく過ごせたが、午後はすっかり寒くなってしまい、冷え込みが堪えた。真冬用のジャケットを手放せない季節になったのだなとしみじみ感じる。

夜はコーチが近所の知人の方から頂いた鹿肉をステーキで、ジュニア&なっしゅ家が大量に持ってきてくれた野菜を使い、レンコンのはさみ揚げ、私の作っていった鳥大根、そして焼きバナナのアイスデザートもついて豪華な夕食だった。

22時近くになってフィールドを離れ、渋滞なしで走られたのだが、渋谷からは地下鉄工事の影響が酷く、回り道をする事になってしまった。自宅まで所要時間、約2時間ちょっとで到着する事ができた。

写真は朝にフィールドの上の広場で撮ったもの。富士山が見事に雪を被っていた。

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2006年11月25日

久しぶりの御殿場セミナー1

先週の雨の寒川の競技会、その前の私の研修などで、セミナーにあまり参加できていなかった。妙に久しぶりと感じたりする程、御殿場通いが麻薬のようになってきている我が家。

予報通り、強烈に冷え込んでいる朝。防寒用に定番になっているモンベルのパウダーホップジャケットを出かける時から着る。先週これでもかと濡れてしまった荷台が気になるが、御殿場フィールドで今日は1日かけて乾かすつもりだ。

タープは由が風呂場で軽く洗ってくれたので助かった。ポールとペグ類が入っている2つの袋は、まだぐっしょりと濡れた状態だ。さっさと乾かさねば。

ETC割引時間に東名に入り、横浜青葉を丁度5時54分頃に通過すると、しばらくして追い越し車線をウィル号が抜いていく。助手席から、ウィルマさんが手を振ってくれたが、由は爆睡中。

今日はちょっと追いついてやろうと、車5台ほど間に入れて、追撃開始。しかしロッキーには厳しい走りになってしまった。特に大井松田の手前の上りで、普段は3000rpm程度で走る所、ギアが落ちて5000rpmで何度も唸らせないと、追いつけない。時速にしてたいしたものではないのだが、ロッキーには無理があった。

何とか御殿場まで有視界範囲に捉えていたのだが、足柄SAに入っていくので、久しぶりに我が家もついていった。トイレと水補充休憩もかねていた事もあって、待っている間にマフィさんが到着。朝食をフィールドで取ろうという事になり、ウィル家と我が家はマックスバリュ経由となった。

夜はべったんぱぱさんが和食を作ってくれる予定だ。楽しみにしていると共に、本当にいつも申し訳ないと思いつつ、あまり手伝っていない私は、なぜかそれでも慌ただしく動きまわっている。段取りが悪いのか、何なのか。

車の積み方も、基本的には私が全て考える。たとえば生協の宅配が来て、冷凍食品やら生鮮品が届くのだが、由が冷蔵庫に入れると入りきらない事が多々ある。たまに冷蔵室に、ドカンとまるごとキャベツが入っている時もある。私はそれをせっせと一応自分で決めた場所にうまく収容していく。まったく、私のどこがO型なのかわからない。ちなみに由はA型なのだが、ほぼ確実に友人は「それは逆だろう」と言う。

収納は別に好きな訳ではないのだが、工夫するのは好きなようだ。カメラバックにしても、キャンプ用品にしても、いかに美しく、機能的に積んだり収容したりする事がちょっと楽しく感じる。あまりよい性格ではないようだ。

フィールドに到着すると、前日からコーチとべったんパパさんとジュニア&ナッシュ家が宿泊していたようで、既に車がマフィさんの所もあわせて4台来ていた。

朝食はマフィさんがホットサンドを作ってくれた。私はすぐに太陽があたっている所にタープのポールやらペグを広げて乾かすのだった。

写真は朝のフィールド近くの霜。朝の冷え込み方がよくわかる。

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2006年11月24日

もっと走るには

飛び石連休の平日。本当は休んで副業をするはずだったが、とりあえず目処をつけたというのと、これから寒くなるにつれ、年休を大事に使いたいという気持ちから、結局いつも通り出社した。

冷え込みはすっかり秋というよりは冬という感が強い。週末の土曜は、御殿場の最低気温は2度。最高気温でも10度程度になるようだ。紅葉を感じぬまま、冬に飛び越えてしまった。

昨日から旭川は大雪だったらしい、まだ季節的にも湿り気がある雪だろうが、長い冬に北海道は入る事になる。私がよく訪れる道東はあまり雪が降らないが、旭川や札幌といった大都市は、厳しい雪と氷との戦いの季節になる。

くーがやってきてからすっかり年末年始の旅の予定も入らなくなったが、今年もこの時期なのに年末年始の計画はまったく話題に出ない。別に旅に出たくない訳ではないのだが、今はそれほど気にならないのは、それなりにくーとの時間に満足しているからだろう。

くーは来月の中旬に4歳になる。犬にとって4歳は、そろそろ体力はピークに達する所だろう。およそ私たちが指標としている6~7歳までは、思いっきりドッグスポーツを楽しむ事ができるだろうが、それ以降はこれまでとは違う遊び方になっていくだろうと思う。

まあくーの事だから、その年齢になってもきっと、遊んでと興奮モードはあまり変わらないのではないかと思うのだが、何せ初めての犬な訳で、何もかもが飼い主にとっては経験なのだ。

今はあまり先の事を考えずに、経験をもっと積み、思いっきり遊ぼうと思う。

今年の草アジの競技会はあと2つ。そのひとつは、私たちが参加できるクラスはJOPのひとつしかないという事に、昨日気がついた。そして由と色々悩んだあげく、結果は出していないのだが、もっと走りたい、経験を積みたいという気持ちを優先し、1度にデビューしようかという話をした。

本当はJOPで入賞してから、と考えたのだが、入賞に拘らず、今はもっと走りたいという由の気持ちと、BOP、BAGはいいとして、JOP以外は辞退にならないのだから悩む事もないかとあらためて思ったりする。

一歩一歩、ステップを踏んで行きたかったが、参加種目の関係もあって、大先輩のウィルパさんやアジ友の皆さんから、言われていた通り、年内に1度デビューをする事を、真剣に検討している。

当然もっと難しくなるのだが、スラも少しづつできるようになってきたし、あとはハンドリングは経験を積む必要性がある。だからこそ、前向きに考えていきたい。

アジを始めて8カ月目、競技会に出始めてから、6カ月目に、まだまだ先の事だと思っていた1度を走る事になるかもしれない。

写真は始めての競技会の写真。くーに振り回されている雰囲気が感じられる。当時のビデオをみても、今と比べると随分成長してきてはいるが、まだまだなのは明らかだ。頑張れ。

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2006年11月23日

勤労感謝の日は勤労で

飛び石連休初日。実は私は副業の方を集中してやる為、今日・明日はしっかり仕事なのだ。

本業以外でこれまでちょこちょこ副業をして収入を得てきた。しかしやはりなかなか普段は没頭できない。今回は私にとってもちょっと複雑な事をするので、一人で悩む時間が必要になる。

先日私は本業の方でカンヅメ研修を受けてきた。その中で、同じグループになった3人とカウンセラーの人と、夜にゆっくり話す時間があったのだが、それぞれ皆同じ仕事の悩みや会社に対するもどかしい気持ちを持っているのが判った。

私は、カウンセラーという仕事は心理学のエキスパートでなければできないものだと思っていた。しかし、現実は資格制度がある事から、資格を取ればその仕事ができる事になり、当然ながら人によってそのカウンセリングスキルに差が出てくる。担当の方は、どれが本業なのかわからないが、製造業とこのカウンセラーと、他にも細かい仕事をやっているという事だった。子供は5人という大所帯の主であり、子供たちは殆どが登校拒否の生活をしていたという。

苦労はされているようだが、それが実際人の人生のカウンセリングでどの程度能力を発揮できるのかというと、私には半信半疑だった。しかし結果的には、それなりにカウンセラーとして、しっかりと特徴を掴んだコメントとか、意見をされていた。

正直私自身、カウンセラー的な仕事はそんなに不得意ではないと思うのだが、ただそれを仕事にしようとは思わない。人には向き不向きとあわせて、やりたい事とやりたくない事に別れる訳で、私はそんなにその仕事に魅力を感じないだけなのだろう。

本業は、今の仕事でそれなりの目標をたてて、資格を取ったりスキルを向上させたりする方向で間違いはない。副業ではさてどうなのだろうか。

とりあえず何か見えてくるまでは、今私がやっている副業についても、色々経験を積むべく取り組んでみたいと思う。それがいつか、由とくーと今以上一緒にいられる時間を得られる事になるなら、それにこした事はない。

写真は私の仕事中、足元でお尻のあたりをくっつけて寝ているくー。

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2006年11月22日

ちょっとだけワクワク

同僚がしまなみ街道を踏破中だった。だった、というのは、2日間で80km弱を歩き通してしまったので、踏破したという事だ。

先日好きなテレビ番組、「鉄腕DASH」のソーラーカーで通ったルートも一部含まれるが、尾道から船に乗り、因島に上陸。そこから生田島、大三島と歩き、昨日はテン場でソロテントを張り、至福の時間を過ごしたらしい。

中国地方は私は殆ど通過しただけ。四国は浪人時代にぐるっと1周したのが最初で、96年の春に川めぐりの旅をした。日本の田舎が感じられる、好きな場所だ。

最初に四国に渡った時、神戸東港から三宝海運の「ほわいとさんぽう」に乗り、瀬戸内を夜の間航行し、朝、今治経由で松山に到着し上陸した時、私は神戸まで一気に走った時よりも、ロングツーリングの楽しさを感じた。それから毎年のようにフェリーに乗り、北や南へ旅をしはじめたきっかけになった旅だった。

この秋には讃岐うどんを巡る旅を計画していた。しかしすっかりアジ一色になってしまった事もあり、自然消滅。旅らしい旅をしていない今年、ちょっと欲求不満だったりする。3月に北海道に行ったのだが、それだけではもの足らないようだ。

歩いたり、自転車で旅する事はもう私にはできないが、私より年上の同僚は心臓が悪いにもかかわらず、歩くのが好きだ。ウルトラマラソンにも以前は出ていた程。クロカンの競技もやっていた。ちょっと変人だが、最近殆ど遊んでいなかったので、きっと久しぶりに気持ちよい時間を堪能している事だろう。

よい旅を。そして、帰ってきたら旅の話を聴かせておくれ。

写真はまだ10代の頃、初めてのロングツーリングで松山に降り立ち、朝から道後温泉に入り、熱さでのぼせてしまった風呂上がりの絵。

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2006年11月21日

流石に疲れた?

アジから帰ってきた夜、流石にくーはへとへとという感じだった。クッションの上にまるまり、妙な体制で居眠りをしていた。しかし、ちょっとしたスイッチが入ると、またいつものくーになる。

食事のあとはいつもオモチャをくわえて私の前に持ってくる。当然食後は運動させられないので、「休憩」というコマンドは出すのだが、あまり効果はない。

くーは疲れていても、遊んで欲しい。競技などから帰ってきて、由に足を洗わせ、私がその間に車を車庫に入れてくると、丁度足を洗われたくーが出てきたタイミングなのだが、すぐにオモチャを持ってきて投げて、という事をする。どんなに疲れていても、彼女にとっては大事な事なのだろう。

当然疲れているくーにそんな事はさせたくないので、オヤツなどをやってハウスに居させると、諦めてすやすやと眠り出す。その表情やしぐさは、もうへとへとだという雰囲気が満点なのだ。きっとくーは自分の体を制御しきれないのだろう。遊ぶ事、いわゆる投げもの、引っ張りものなどは、食事よりも好きな訳で、その興奮が落ち着いた時、ようやく自分の体が相当疲れているというのに気がつく。

飼い主がそれに気づかず、遊ばせてしまっていると、怪我などを引き起こす原因になるのではと思うのだった。

写真は由の指定席の座椅子上を陣取ってすやすやと寝るくー。

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2006年11月20日

寒川は今日も雨…その2

我がチームは今回、スクランブルとはいいつつも、対象となる種目は2つ。JOPとAGOPのみ。他は全て1度以上の競技なので、2走だけになる。前回茎崎では4走もしたのだが、やはりちょっと寂しい。3走位が、ハンドラーの集中力という意味では丁度よいのかもしれない。

御殿場セミナー仲間の皆さんのパートナーである犬たちは、くーのように限りなく何走もするような犬はあまりいないようで、くーの持久力、モチベーションにはいつもお褒めの言葉を頂いている。我が家としては最初の犬がくーなだけで、特にこれが普通なのかとすら思っていた。しかし実際はまる1日セミナーを受け続けるような犬は、あまり多くないというのが現実らしい。

ただそんな中でも、大型犬はやはり持久力はある。そして中型犬にしてもそうだ。小型犬はやはりスタミナが圧倒的に違うのだが、それはでも同一犬種でも個体差はある。それは当然なのだが、くーはコーギーの中でもディスクをやっていた頃からその底知れぬスタミナに皆が驚いた犬なので、やはりそうなのだろう。

アジ競技など、体力を温存し、スタートするまでは排泄くらいしかさせない中、我が家は朝からディスクを20投以上して、くーに準備運動。それもフルスローなので、30m前後を思いっきり走りまわる。雨が降る前なので、広い芝生でくーも嬉しそうだ。そして最近はもっと投げろとばかりに、ディスクを加えてひっぱる。当然そういう事をするともう投げるのをやめる素振りを見せるのだが、スタートの時テンションがあがりすぎてリーディングスタートができない状況に対しての準備運動なので、適度にやって再度クレートの中へ。

由のスタート順番は2番目の種目である、JOPスモールの10番手。由はそれでもテンションが高いくーにひっぱられ気味でスタート位置に着くが、くーは尻尾の動きが停まっているにもかかわらず、ハードル2本目までリーディングする事ができた。なかなか定着してきてよい傾向だ。

しかし、2本目のバーを落としてしまい失敗1、トンネルのアプローチを何とか押し込んだが、その先のハードルを飛ばす事ができず、拒否1。最後にゴールのハードルをぶつかって落とし失敗1。トータルで拒否1失敗2でゴール。前半はよかったのだが…バーも落としにくくなってきているのだが、指示と立ち位置のタイミングで落としてしまう事が多いようだ。

そして間があいて、雨が本降りの中にAGOPがスタート。1本目をまたひっかけて落としてしまい、失敗1。そしてAフレのコンタクトはしっかり踏み、ドッグウォークを降りる所で、由が気合をいれすぎて、くーは途中から由から離れるように飛び下りてしまい、失敗1。その後は減点なく、トータル拒否1失敗1で終了。

失敗が散見されたが、内容的には総じて由は楽しかったと言っていた。前回寒川の時は本当に落ち込んでいて、自分で何をしていいか判らない程に戸惑っていた。私はそういう日だったのだろうと思っていたが、その後、茎崎、今回の寒川と由は走っていて楽しかったと言っていた。

それが何よりも大事なんだろうと思う。当然、まだまだ経験不足だし、技術も足らないのだが、次のステップとして楽しく続けられる事が必要なのだろう。

帰りは由とまたアジの話。最近由とはくーとアジの話ばかりだが、由は熱く語っていた。

写真はAGOPスタート直後、バーに干された犬…ではなく、跳ぶタイミングを失敗したくー。バーがしなっている。

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2006年11月19日

寒川は今日も雨…その1

確実に雨が降るという予報を聞きながら、外に出かけるというのは憂鬱なものだ。おまけに今日はまる1日、屋外にいなければならない訳で、タープは泥にまみれる事になる。

アジを始めてからというものの、雨の中だろうがお構いなしに出かけていくようになってしまった。流石に好き好んで雨の中を出かけるという訳ではないが、雨だとしても予定を延期にしたり中止にする事のない競技会は、私にとってはちょっとだけ不安要素だったりする。

しかし由は出る気満々。おまけに参加する人の殆どが、雨によって予定を変更するような事はしないようで、凄い事だと感じる。ちょっと弱々しい女性でも、それは同じだった。正直、私は犬と真剣に向き合って遊ぶ人たちに、驚きすら感じていた。

いつも通り東名の東京ゲートを6時前に通過。ちょっと朝寝坊して、6分前になってしまった。いつもより10分以上遅くなってしまったのだが、目的地は今日は寒川。厚木ICまでしか乗らない訳で、近いものだ。と思える事自体が、御殿場通いの感覚なのだろうか。

朝ゆっくりとファミレスで朝食をと思っていたのだが、結局見つからず。コンビニに入るとアジ共と早速ご挨拶。前回はコーチとバッタリ会ったので、そういう時間帯と場所らしい。朝は会場で取ろうという事にして、早速会場へ。

まだ誰も張ってないだろうと思いきや、既に4張。いつもより動きが早い。おまけに雨が降り出す前に張ってしまおうというのだろうか、次々と参加者が到着していた。我が家も前回茎崎でお世話になったウィル家と、チワワのしえろ家を誘い、我が家のタープを設営。今日は雨だけでなく、風も強い予報なので、風上側だけ補助張り綱で強化した。

既に競技開始前からパラパラと雨が降ってきていた。昼頃から本格的に降るという予報なので、今のうちに雨対策を少ししておく。そして前日コーチを手伝ったハル家と共に機材を積んだトラックが御殿場から到着。荷卸しが始まり、本部テントが組み立てられていった。

コースが作られ、エントリーの受付が開始され、コーチの挨拶。そして長く厳しい1日は始まった。

写真は雨ふりしきる中での由とくー。スタートラインにつき、くーにマテをさせる瞬間。くーの目がちょっと冷静に由を見るように、変わってきた。

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2006年11月18日

揚州商人が好き

明日の出かける予定を前に、雨対策として車のフロントガラスにガラコを塗っていると、餃子のおいしそうな匂いが漂っていた。

夕食を何にするかを考えていた時、由が上海焼きそばを食べたいと言い、それに決定。しかし、上海焼きそばといえば、揚州商人の上海焼きそばの味が思い出される。中国の醤油の味とでもいうのだろうか、独特の本場に近い味なのだ。

また私は揚州商人の皿海老ワンタンや、杏仁豆腐が好きなのだ。めん類も細いシンプルな麺なのだが、黒酢ラーメンをはじめ、色々本格的な味が楽しめて、大好きだったりする。

我が家の近くにも多くラーメン屋はあるが、なぜか揚州商人は定期的に通いたくなる。以前武蔵小山の店に、北千束のしつけ教室に行っていた時代、よく帰りに食べて帰った。車を停められるスペースがあるので、丁度よいのだ。他にも多く支店はあるのだが、なかなか車で行けない。最近は特に駐禁が怖くて結局自宅で食べてしまったりする。まあお金が勿体ないのでそれでもいいのだが…。

東池袋店が我が家から一番近いようで、今度車で行ってみようと思う。

写真は最近の新製品、マンゴー杏仁豆腐とライチ杏仁豆腐。

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2006年11月17日

季節は流れ

今年は紅葉が遅い。はっきりした紅葉がまだ都心ではみられない。ちょっとだけ色づいているという木々はあるのだが、いかにも秋ですという紅葉を見せてくれない。

最近になって朝晩はキンと冷えている秋というより初冬に近いイメージがあるので、特に秋という季節をしみじみ味わっていないような感があったりする。例年こんなものではなかったと思うのだが…

エルニーニョが出ているようで、いわゆるこの冬は暖冬になる可能性が高いそうだ。冬は冬らしく冷えてほしいのだが、いくら夏が苦手な私としても、あまりにも寒いと流石に朝起きるのがきつくなる。既にここ最近はまだ夜が開けきらないうちに起き出し、まるで週末アジ練や競技会に出かけるような感じさえする。しばらくこの朝の雰囲気は続く事になる訳で、ますます会社に行くのがおっくうになる。

日本のように四季がはっきりしていると、それこそオールシーズンがバイクで走ると思いきり季節の移り変わりを感じる事ができた。最近はすっかり乗る機会も減っているのだが、やっはり何よりも問題は、バイクを手元においておけない環境であるという事につきる。

それを人生の1番優先させるのなら、引っ越しだってするのだろうが、流石にそんなに簡単ではない。ただまだ諦めた訳でもないし、降りた訳でもない。季節というちょっとしたありきたりの常識を楽しむ事に変える事ができるというのは、恵まれている事でもあるだろう。

スーパーには栗だの松茸だの季節の味の素材が並ぶように、単なる道にも街角にも、その季節の違いは表れている。そんなちょっとした移り変わりや、今まさに真っ只中という感じは、普段の生活の中で案外ちょっとした癒しを与えてくれる。

四季のうちで夏と冬が一番長く、春と秋が何だかどっちつかずであっという間にすぎてしまうという感がある。今年は秋を感じるまもなく、冬がやってきそうだ。

写真は去年の今頃のもの。いつもの散歩コースで。すっかり落ち葉の絨毯なのだが、今年はまだのようだ。洋服は体を洗ったばかりなので、汚さないように着させたもの。

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2006年11月16日

写真の可能性

写真を撮るのが好きだ。特に珍しい趣味ではないし、今ではカメラを持っていない人は殆どいないに等しい時代。誰だって写真は撮れるだろう。

当然なのだが、写真でメシを食っている人たちは、また違うレベルに居る。感性と技術共に高次元で持っている人だけがなれるものだと思っている。

先日私の知り合いというか、バイク仲間というにはおこがましい人生の先輩が、長年勤めていた仕事を辞め、ギャラリーを開いた。大阪だったので私は行けなかったが、とても人間臭い写真を撮る人だ。すっかりプロの貫祿さえ、その作品に感じる程のパワーを手にされていた。

私は中学時代からカメラに興味を持ち、車や街角の写真を撮り始めた。主に静止しているものが私の被写体だった。そして自分が撮影した写真を、暗室にこもり、色々な特性を持った印画紙に焼き付けたりする事で、写真の可能性というもの、写真の持つ独特の世界に引き込まれていった。

しばらくツーリングの写真を撮っていたのだが、一時期スナップ写真にこそ旅の写真の神髄があるかと思い、一眼レフを持ち歩かない時代があった。しかし今こうしてくーを撮る為に、また一眼を手にしている。

くーや他の犬たちを撮っていて思うのは、切り取られた一瞬から、とても多くの情報を得られるという事。たとえばこの写真。くーは笑顔でスラをこなせるようになってきたという情報だけではなく、右の耳はハンドラーである由の声や音を聞く為に、そちらを向いているのだが、左の耳はそれ以外がまんべんなく音を聞けるような角度を向いている。

シッポは体の反動を吸収するように、体が向う逆の方になびいている。右後ろ足はスラの間を反対側に抜ける為に、しっかりと踏ん張り蹴りだそうとしている。スラを抜けなければならない事、いかに早く抜けるかという事を、自然に体が動いているという感じだ。

このような事が、この1枚でよく分かる。

私は犬たちが楽しみながら走っている一瞬を捉えるのが好きだ。うまく捉えられ、被写体の情報が沢山詰まった作品が撮れると、とても嬉しい。当然写真として、それは美しくなければならない。

写真の可能性は、その作品の出来具合によって、大きく変わってくる。よい写真を撮りたいと思う。

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2006年11月15日

仕事が忙しい

本業も副業も結構集中してしまっている。先週1週間研修だった分の反動がきているのかもしれない。本業は本業でもう憂鬱な内容ばかり。副業は副業で、ちょっと時間をかけないと判らない技術的な部分があって、これも困っていたりする。

よく忙しい時に案件や仕事は集中するものだと言われるが、まさに今はそれ。加えて私の体が本調子でなかったり、母親がまた体調を崩して一方的な命令や理不尽な理由で非難されたりと、踏んだり蹴ったりだ。

これをうまく乗り越えて、少し落ち着きたい。その為にもひとつひとつこなしていかないと。

誰も助けてくれる訳ではない。自分がひとつひとつ進めていかねばならないのだから。

写真はダンボール箱遊びに忙しいくー。

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2006年11月14日

茎崎初日その3

競技会も最後のJP2の頃は、日が落ちてしまった。照明が点くのだが、暗い。それこそ御殿場フィールドよりも暗い上に、バーなどが黄色と黒の為、犬もバーを落とす事が増えてきた。さすがに厳しいコンディションだった。

寒さもどんどん強くなり、最後はとうとう私もパウダーホップジャケットを着てしまう。風もおちついたかに見えたが、時折強く吹く。しっかり張り綱を張っておかないと厳しい。

競技が終了するちょっと前から、お世話になったウィル家のタープを少しづつ畳みはじめた。まだ競技を皆は見守っている。私もみていたいが、やっぱり寒いので体を動かしていた方がよかった。特にみたい人の時だけは手を休め、お手伝い。

表彰に移り、私達は真っ暗な中、ポツポツを集まって雑談。帰る人も居るが最後まで居て、牛久ICの近くにある定食屋に御殿場関係者で移動して、夕食となった。

ボリュームのある夕食を食べながら、色々な話で盛り上がった。来週の寒川はどうしようかと由と私は悩んでいたが、参加した方がよいとい声も頂く。当日エントリーで、しばらく悩もうという事になった。

食後、それぞれ解散。御殿場関係者の殆どは、常磐道の谷田部ICから乗り帰るという事らしいので、我が家も同行。途中ウィル家だけが脇道に入り、最後尾の我が家もそれについて入ると、ショートカットできた。常磐道も渋滞は解消され、スムーズに走る。本線に合流したあと、ウィル家はあっという間に視界から消え、しばらくして、先程前を走っていたマフィさんの所のハイエースが抜いて行った。

交通情報では向島線と竹橋から池袋までの渋滞を知らせている。我が家が抜けるルートなので、ちょっと考えたあと、外環に入り、大泉まで走る事にした。こちらでも渋滞はなく、最後は目白通りを経由して21時すぎに帰着。

家についてネットで寒川の競技内容を確認した所、BOPだと思っていたがJOPとAGOPだった。由はちょっと悩んだあげく、結局その場で寒川の競技会を申し込んだ。来週も競技会だ。

写真は目がイっている嬉しさ満点のくー。

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2006年11月13日

茎崎初日その2

最初はJOPから。由は10番手あたり。由は昨日まであまり競技会の前というプレッシャーを感じないと言っていたが、流石にこの時点になると緊張してきたようだ。私も定点ビデオカメラを用意しようとしたが、まったくコースが入りきらないので、諦めた。ウィルマさんにハンディを渡して、撮って頂く。私はいつものようにスチール撮影。

スタート直後、3本目のハードルを落とし、トンネルへ。抜けたあとのハードルの指示が遅れ、一旦飛んだものの逆飛びして戻ってきてしまい、失格。しかしその後失格のせいで落ち着いたのか、スムーズにゴールまで走った。

2走目のAGOPまではしばらく時間があいた。スタート直後、2本目のバーを落とし、ドッグウォークへ。マークコマンドでコンタクトを何とかクリア。しかしその後ハードル数本を飛んで、課題であるタイヤでやはり跳ばず横をすり抜け。その後冷静に飛び直しをさせ、Aフレもコンタクトはクリア。自分で落としたバーで止まり、吠えて文句を言うくー。するとMCはりままさんから「バーがないわよバーが」と代弁されてしまった。

3走目はBOP。これはCRできるだろうと思って見ていたが、2本を落としてしまう。しかしタイムはダントツの12秒台。15cmのバーを落としてしまったのは、最近35や40を飛ばせてばかりいたせいか。理由を考え反省。

最後である4走目はJOP(辞退なし)。ここでも1本バーを落としてしまった。

今回はバー落としが多く、声のかけるタイミング、ハンドラーの立ち位置などを反省させられたようだ。ビデオでみると、確かにそれがきっかけで落としているケースが判る。また単純にくーが踏み切りタイミングを失敗しているのもある。

次々とCRする御殿場チームを横目に、ちょっと残念だったというのが正直な所だった。だがこれも経験だ。由よ頑張れ。コンタクトなどは少しづつ良くなっているし、30cmハードルの落とす確率も格段に落ちてきているのだから。

写真は15cmのバーなのに、40cmを越えるジャンプをするくー。どうもこれがバー落としの原因のひとつのような気がする。

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2006年11月12日

茎崎初日その1

今日は茨城県のくきざきドッグスポーツ広場で、草アジスクランブル。これまでもJFAのフリスビー競技で多く使われてきた会場だが、なぜか予定があわず、ずっと来た事がなかった。

距離的には御殿場よりもはるかに近いのだが、首都高を経由し、常磐道に入る為、常磐道の料金所を6時前に通過せねばならず、結局御殿場時間よりちょっと早めの5時すぎに出発。池袋から5時15分首都高に乗り、三郷の料金所を抜けたのは5時35分といった所で余裕だった。目的の谷田部ICは6時ちょっと過ぎ位に降りた。

途中出光のセルフがあり、給油。まいどカードで122円/Lという安さ。そしてドライブスルー洗車機があったのだが、まだ稼働していなく、店員のオジサンに一旦断られたが、トイレに行っている間に動かしてくれた。下まわり付のシャンプー洗車でなんと200円。茎崎に来た時は毎回寄りそうだ。

セブンイレブンで朝と昼の食事を購入し、事前にGoogleEarthで場所に目処をつけていたので、ナビに沿っていくと問題なく到着。6時半なのに既に車もタープも沢山だったのだが、マフィさんやウィルパさん、ウィルマさんが寄ってきてくれて、タープに寄せて頂く事になった。これは大変助かった。いそいそとくーや椅子などを持ち込み、準備。

今回はディスクの頃からの知り合いである、マイロ父さんやじゅじゅママさんも来ていて、ご挨拶。Yコーチともすっかり挨拶できるようになった。これもくーのおかげ、アジのおかげである。

くきざきドッグスポーツ広場は、縦に長い。競技会に使うのは一番手前のコーナーだけで、そのコートが何面も取れる大きさが奥に並んでいる。フリスビーの時はどういう風にコートを取るのか気になったが、JFAの会員は更新しなかったので、しばらく出られない。きっと謎のままだろう。

日差しは優しく、風もない朝。タープの前で、ウィルマさんと色々な話をしてしばらくゆっくりしていると、エントリー受付とコース作りが始まった。

写真は初めての茎崎フィールド。朝日に照らされている。

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2006年11月11日

休息日

朝7時に雷の音で目がさめた。肩がこって頭が鈍く痛い。

一人だけリビングにおりてきて、低周波治療器で肩をほぐす。その後はだらだらと撮り溜めたビデオを見たり、くーと遊んだり。外は朝から断続的に強い雨が降っている。窓をあけてみると冷たい雨だ。

明日は茎崎で草アジスクランブル。4競技にエントリーしている。寒くなりそうなだけでなく、なんでも突風が吹くそうだ。タープが場合によっては張れないかと気になりつつ、寒さ対策や水などの準備。しかしそれほど特別用意するものもなく、いつも通りの装備だ。ただカメラ類のバッテリーの充電は時間が必要になる。

茎崎は常磐道沿いなので、三郷の料金所を6時前に抜けたい。その為に、家は5時すぎに出る事になる。池袋から首都高に乗る予定だ。しかし谷田部かつくば牛久で降りてからちょっと難しいようで、Google Earthなどでその場所を確認しつつ、あとはコンビニを経由するようなルートで行けるようにしたいといろいろ考えていた。

いろいろあった先週。来週もいろいろやっかいな事も含めて予定されている。何だか慌ただしい秋になりそうだ。

ただ残念ながら今月の競技会は明日だけになる可能性が高くなってきた。その次の週末の日曜日の寒川は、まだ1度を走っていない我が家としては、実質1走しかできない。なので今日、由と色々話あった結果、エントリーをしない事にした。ただ練習だけはしたい。どこかでできないものかと思う。先日のIT'Sあたりでもいいのだが、リベンジ練習会も予定なく、会員でもない我が家は、1時間以内に行ける近場で、比較的安くアジ機材とスペースが借りれる場所を探しているのだが、なかなかないようだ。

12月は2度競技会があるようだが、種目はまだ未定。その為クリスマスのファイナルは確実にあるとしても、その前の競技会は出る種目がなければ、やはりエントリーしない可能性だってある。

そろそろ本格的な寒さの季節。昨年はどんどん寒くなっていく中、赤城高原や朝霧高原、印旛沼など本当に月に2~3回競技に参加する為に動きまわっていた。大会会場ではやはり寒さが染みて、一番寒かった思い出は、実は正月に行われた茨城取手のJFAの大会だった。風邪もひいていて、バケツの水は凍っており、辛かった思い出がある。

明日はきっとこの秋一番の冷え込みになるだろう。風もあるので体感温度も低いはず。疲れが溜まっている分、風邪をこじらせないように気をつけたい。

写真は今年の1月。茨城で行われたフリスビードッグ競技の時のもの。明日はここから比較的近い所でアジ競技。

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2006年11月10日

解放とわがままへの付き合い

研修最終日。一番嫌いなプレゼン。「なんとか宣言」とやらをさせられた。

とにかく、疲れた。
4泊5日、長かった…

くーにやっと会えた。今日は一緒に寝よう…


と、思ったら21時前に母親から電話。また入院したらしい。

たかだか靴下とタオルと湯飲みを持ってこさせる為に、疲れきった私を呼び出す。看護師に頼んで買ってきて貰えばいいだろうに。

本当に疲れる母親だ。自分以外はどんなに疲れていようが、どんなに都合が悪かろうが、お構いなしに呼び出す。来なければキレる。

長男は仕事だからという一言で、実家のすぐ近くに居たにもかかわらず、お役御免。私が眠く疲れた体にムチをうち、実家に寄り、腐りそうなゴミを捨て、ふらふらになりがらも車で20分ちょっとの病院に行き、病室まで行くと、別に苦しそうな表情もなく、平気な顔をしている母親。いつまでこのわがままな母親に振り回されなければならない事か…

長男はまったく自覚なし。それどころか、いくら私が辛い中何かしてやっても、長男は特別扱。

私もいつまでも黙って言う事をきいているだけではない。

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2006年11月09日

カンズメその3

研修もあと1日。今日は夜遅くまで研修があると昼に聴いていたので、明日までと思うと少し気も安らぐが、まだ嬉しくはない。

毎晩由とくーに電話しているが、くーは電話嫌いなので、私の声が嫌いな電話の先から聞こえても、逃げてしまうようだ。初日に私が帰ってくる時間になると、くーが玄関で寝ていたと聴いて、何だか涙が出る気持ちだった。今週は帰られないのはゆるぎない事実なのだから。

研修が始まって、佐呂間でとんでもない事故が起こったようだ。それもR333沿い。私がよく使うルートだっただけに、現場を何度も通り抜けている。竜巻はよくアメリカで起きているのをニュースで耳にするが、北海道は日本の中でも大陸的な風景が広がる地なのも、何か共通点があるのだろうか。条件が重なったとはいえ、お悔やみを申し上げたい。

新潟東港ではクレーンが突風で倒れたようだ。ここも新日本海フェリーの乗降でよく近くまで行く。今回の低気圧の威力は、やはり自然界のバランスの変化にも影響しているのかもしれないと、研修で疲れた頭に浮かんだ。

さて明日1日。早く、それもすみやかに終わって欲しいと願う。

写真は研修施設の玄関。見た目普通のビジネスホテルだが、ちょっと違うぞ、というのが感じられる。

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2006年11月08日

カンズメその2

宿泊している研修施設は、殆どビジネスホテルのようなものだ。ただ研修を受ける為のレビュールームが多くあり、普通のホテルとは違う。

食事も3食ついている。外に一歩も出なくても生活できるようになっている。しかし外出は門限の範囲で可能だ。

食堂もメニューの入ったショーウィンドーはなく、まるで社食のような雰囲気。朝は和洋食のバイキングだが、これはクオリティが低い。2度目で既に飽きてしまった。昼は2種類から選べる日もあれば、1種類しかなく選択できない場合もある。夜は研修を受けている会社別に用意されたテーブルで、旅館の夕食のようなものが出る。しかし殆ど座ったままの研修では、規則正し過ぎる食事の時間では、腹があまり減らない。

そんな自由そうだが妙な閉塞感を感じつつ、今日で3日が過ぎた。あと2日。まだ先は長いがやっと半分を過ぎたという気持ちで、今日は課題を気合入れて終わらせたお蔭で、少し早く眠れる事になった。そんなささやかなヨロコビを感じながら、初めて大浴場に行き、誰もいない貸し切りの風呂で体を伸ばして、22時前には寝た。

写真は研修所の部屋。ツインをシングルユースさせて貰っているのは助かる。

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2006年11月07日

カンズメその1

さて、昨日の月曜から私は会社の研修中である。とある宿泊施設で4泊5日という缶詰研修に入っている。40代社員全員が研修受講対象という大規模な研修だ。

すっかり時間は拘束され、夜も課題があって風呂に入ってちょっと一息入れていると、日付が変わってしまう。ハードな研修である。

まだ2日目。あと3日間ある。それに段々と課題が大変になってくるようで、憂鬱さも全開。ブログの筆も進まない。

書きたくもないが、詳しく書けない内容なので、とりあえず今日はこのあたりで。

写真は部屋からみた外の風景。何だかバンコクの郊外に居るような気分になる。

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2006年11月06日

和琴ミーティング2006 day2

今回初日にバイクでやってきたのは、京都からのBASSさんと、川崎からのをのっくさんだ。どちらもBMWのツアラー。私もちょっと興味はあって、販売店を冷やかしに行ったこともあるのだが、流石に高すぎる。でも彼らはなかなかBMWが似合っているのだ。GSに乗るをのっくさんは、リアに三線を積んで来ていた。

二人と会うのは久しぶりだった。BASSさんは、出会った頃は毎週末、京都から東京のお茶会に通っていて、本当に関西に住んでいるのか、謎の人物だった。それも当時TDR250という2stの高速巡行が苦手なバイクで。

をのっくさんは石垣の民謡コンクールで見事新人賞を獲得。しばらく会っていないうちに、すっかりウチナーな雰囲気の実は南風見田の浜で数日過ごした、筋金入りのキャンパーだ。しかしそういう事からも三線を始めるのは普通の事かもしれない。

焚火の前で、をのっくさんは民謡を数曲披露。しぶい歌声で、なかなかシビレさせて頂いた。三線は旅を感じる音とメロディなのでとても好きだ。そしてレギュラーメンバーがとうとうギタレレとギターをだしてきて、今年もオールナイトのフォーク合唱が始まった。

拓郎や千春、そしてフォークの祖たちの曲にあわせて、焚火の炎がゆらぐ時間。これこそが和琴ミーティングだ。殆どが40を越えた中年であり、子供連れのファミリーではあるが、熱いあの頃の旅の情熱は決してさめる事はないようだ。

私は流石に朝3時からおきているので、早めにダウン。しかしテントの中、シュラフに潜り込んでいると、遠くから洛陽やカチャーシーのリズムが聞こえてくる。これを聞きながら、夢の中に落ちていった。

翌朝は7時前にトイレで起きた。くーもトイレを我慢していたらしく、由のあとをついて出ていった。私は交代にトイレに行き、7時すぎまでもう1度シュラフに潜り込んだ。

少しづつ音が気になるようになってきた。皆起き始めたようだ。空は青空。しかし林間なので太陽がテントに当たらない。撤収するテントは濡れたままで、あとでフィールドで干そうと思う。

朝食を椅子を出してとると、次から次へと子供たちやら友人がやってくる。本当はゆっくりとキャンプを楽しむ集まりなのだが、今回はアジの自主練を有効に使いたく、できるだけ早くに御