2007年03月31日
ダブル通院で再度ダウン
今日は持病の定期通院の日。8:30からの予約にあわせて、8時前のバスに乗ろうとするが、目の前で行ってしまった。時間は定刻になったばかり。風邪の気分で最悪なので、交通手段を変更する気力もおきない。みると次のバスは18分後。昨日よりぐっと冷え込んでいるので、しんどい。
都内を走っているバスは、結構間隔があいている。私が普段使っているバスも、1時間に3本前後。先日のダイヤ改正で、またも減らされてしまい、乗車率だけで間引きされると、しんどい思いをさせられる。私の場合は、待っているだけでなく、必ずといっていい程、周囲で吸われる煙草の煙との戦いもあるのだ。
バス停しかまわりはない場合は、喫煙者は減ってきているのだが、新橋や新宿など大きいバス停では、どういう理由なのかわからないが、バス停の近くでわざわざ煙草を数阿呆が目立つ。歩き煙草もまったく減っていない。すぐに通過するからと気にも停めないのだろうが、ちょっとでも吸い込んでしまうとどれだけ苦しい思いをするかは、まったく知るよしもない。
今回もバスを待つ間に何度も煙を吸わざるを得ない状況になりつつ、病院へ。今日は予約の時間帯で3番目だったので、結構早く終わる事ができた。
薬で少々時間を食ったが、9時半前には実家に。母親に付き添い、練馬の病院までタクシーで向かう。最初に停めたタクシーはナビもなく、病院名を言ってもわからないとしか言わす、どうしようもない。タクシー会社の名をさらしてやろうと思ったが、メモらなかった。その次に停めたタクシーは、ナビがなかったのだが、よく道を知った人だった。
病院につき、整形の窓口に診察券を出す。そこからが地獄だった。まったく前の待ち人数が変わらない。私はお昼には帰れると思ったのだが、お昼どころか13時を過ぎても呼ばれない。既に3時間以上待っているのに、どういう病院なのだろうか。
事の張本人である母親は、病院で待つ事は全然平気なようだ。私は気分が悪く熱っぽいので、もう一刻でも早く帰りたい。しかし待つしかないという苦悩の中で、半ばヤケになっていた。
ようやく呼ばれ、病院大好きの母親は、先生の話しを半分も聴いていない。勝手に自分でどこが悪いだの、癌だのと言い、まわりに言いふらすのはまったく変わらず。結果的には年齢もあるが、太りすぎで膝の後ろ側の軟骨が潰れ、痛い症状になっているという事はわかる。癌患者にこんなに太っているのがいるものかと、本当に癌で苦しんでいる患者に申し訳ない上に、恥ずかしい。
リウマチだと騒いでいたが、担当医は今の段階ではリウマチの症状ははっきり出ていないと言う。ちょっと関節が痛いとリウマチだの何だのと言うので、まさにデータがそれを証明している。ただ可能性はあるという。それは当然だろう。私だって将来リウマチになる可能性だってある。
結果、丁寧なインフォームドコンセントから、部分的に人工的な関節機器を入れるという手術をする事になった。この内容であれば、理論上は手術の翌日から動かす事は可能となるようだ。出血量も少なく、200cc程度。輸血も不要との事で、リハビリをすぐに開始できるという事なので、寝ている時間も少なくてすむ事がよいと私も感じた。
手術日、入院日が決まり、それに向けて今日のうちにレントゲンと採血、心電図を取るという、できれば今日はもうすぐにでも帰りたかったが、もう仕方なく付き合うしかない。結局この病院には6時間近く居た。最後はいい加減カンベンして貰って、帰りのタクシーを自宅の方に向かうバスがあるバス停で降ろして貰い、母親と別れた。
結局朝から何も食べておらず、家に帰りついたのは16時。由はでかけていていないので、一人でチャーハンを作って食べて寝た。
こんなに長引くなんて想像できなかったが、どちらにしてもこの状況では花見は無理というのは明らかだった。唸りながらやっと開放されて布団で横になった。くーが目をまるくして、私を見つめながら、そのうちにまるまって横で寝てしまった。
写真は本当なら犬仲間と一緒に夜桜を見ながら食べようと思って作った豚の角煮と大根の煮物。せっせと自分のうちで消費していかないと…。

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