2007年05月31日

ちょっと資格試験に

とあるセキュリティベンダーのとあるアプライアンスの講座を受ける為に、今日は朝から外出。2日のコースをまる1日にまとめた上で、その講座の終わりに試験があるのだが、まあそんなに難しくないだろうとは思いつつも、落ちたら恥という意味で、気合を入れてでかけた。

昼飯も外に食べに行かず、朝のうちにコンビニでおにぎりを2つ買い、ペットボトルの水を2本買って会場に入った。25人程度の参加者で、部屋は一杯だった。

ここ最近集中できなくなっている自分なのだが、頑張って眠らずに受講。最後の試験では、2日分を1日で行った分、飛ばした所からは試験問題は出ないだろうと思ったのだが、しっかり出題されてしまった。

思いのほか、解答に悩んだ所も多く、ちょっと心配だったが、帰って自己採点をしたら何とか80点以上は取れているようだった。まだ結果は出ないが、ちょっとだけ安心。

帰りはいまにも雨が降り出しそうな中、早稲田の周辺から歩いて帰る。家についてほどなくして、突風と土砂降り。何とかセーフ。

6月にはもうひとつ試験がある。それは今回のよりも難しいはずだ。少しは頑張らないと…

写真は講座を受けた会場近くにあった、ちょっと雰囲気のある自動販売機。

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2007年05月30日

脆弱なサーバか脆弱な人か

今週実はへとへとになるほどの大事件があった。私が管理しているサーバのGoogleの検索結果上で、危険なコンテンツを含むというメッセージが表示されるようになったという事を知ったからだ。

それからはもう何が起こっているのかのトラブルシュートでやる事だらけ。もともとレンタルサーバなので、インストールされているソフトウェアのバージョンは、新しいコントロールパネルになってからわからなくなってしまっている。サーバ会社はアメリカで、リセラーである知り合いを通して特価で借りている関係で、調査するにも各方面に依頼を出さなければならなくなってしまった。

メールの配送がおかしい事についても同様で、同じようなルートで調査をしているのだが、とんでもなく時間がかかる上に、私のスキルでは結局何が原因となっているのかがわからないまま、時間だけが過ぎてしまった。

私の対応としては、新しいサーバに引っ越しを行う事がひとつの方法としてあり、まずはそこから行おうかと思っているのだが、今だ行き違いで新サーバにアクセスできない。引っ越しするのであれば、現在500MBほどあるコンテンツを一気に落とし、新サーバに流し込み、アクセス権限を設定する必要がある。

何にしても、サーバのログや更新履歴、htmlやphpの中身をチェックし、英作文をしながらできる部分だけでもと数カ所とやりとりをした。毎日0時を過ぎても先が見えず、睡眠もままらない状況で調査&トライをし続けていた。

結果的には今日、googleの検索結果から問題となるメッセージが削除され、検疫を行ったとあるサイトにブラックリストとして登録されてしまったデータベースから、私のドメイン名が外された。実質4日間という時間だったが、何とか回復できた事はよかった。

しかし、何故問題に至ったかという部分で疑問が多数残るサーバを引っ越し、アカウントを全て変更した所で、メールの配送問題は解決しないかもしれない。しかし、ひとつひとつ問題を潰して行かねばトラブルシューティングにならない訳で、それはいつも私が苦労しなければならない立場にある。サーバの運用管理は、正直な所メリットは極めて少なく、できれば全て任せたいのだが、そうもいかないのが共同運営しているサーバの宿命でもあるのだ。

これだけでは何がどうなったのかさっぱりわからないが、とにかく我々のサーバは内部か外部かわからないが、攻撃を受け、公に問題のあるサイトと見なされてしまった。それを解決し、潔白を証明し、疑いをかけられた部分について、クリアにする事は私の役目でもあり、それをここ数日取り組んだという事実だけが残るのだった。

共同運用しているサーバのリスクは、自分がわからない部分で発生した事象について、原因を突き止めて問題解決するには途方もない時間と労力がかかるという事だという事を、また久しぶりに思い知ったという所だろうか。

今は平常に戻っているウェブサイトだが、今だspam scoreの問題は解決していない。今回の対応がきっかけになり、全て解決してくれたら、正直ほっとするのだが…

写真はまったく関係ないが、脆弱な展望台、道東はエトンピ山スカイラインにある展望台。錆が酷く、今にも朽ち果てそうだ。

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2007年05月29日

由がビアンキを手放す

結婚後、自分の体型にあったロードを欲しくて、そして憧れだったビアンキのチェレステグリーンのフレームの車体が欲しかった事から、26インチのビアンキを買った。

大事に乗りすぎていたというのもあるが、私が東京の道の危なさを由が東京にやってきた時からずっと伝えていた事もあり、危ない目にあわせたくなかったというのもある。

由は神戸育ちで、まあ旅はしてきたが、自転車で三宮まで行くなんて事もあった訳で、おまけに大阪府内の大学に自宅から走っていくこともたまにあったようだった。距離にして20~30kmはあっという間という感覚だったのだが、私からすれば都内の20~30kmの遠さというか、距離感は比較にならないというのが実感だった。

おまけにルールは二の次のタクシーのマナー、原付やバイクのすり抜けマナーなど、路肩には危険が溢れている。ましてや自転車乗りのマナーなどは酷いものだ。無灯火、逆走、歩道での速度違反のオンパレード。道路交通法上、軽車両という種別に入るとはいっても、免許を持っている人しかその区分けは知らない訳で、その上免許を持っている人が自転車に乗ったからといって、マナーがよいとも限らない。

違法駐車や放置自転車もあるが、それよりも道を歩くだけで他人に危険を及ぼすような行為自体は全て、何らかの罰を与えなければ、人というのは自己中心的な生き物は守る訳がない。ただし、人にも性格があって、それを「他人に迷惑をかけないよいうにする」という事をしっかり自分に言い聞かせて日々過ごしている性格の人なら、それが自転車だろうが車だろうが、まったく考えないような性格の人間に比べてまわりへ与えるインパクトはかなり違うのではないかと思ったりもするのだった。

由にはあまり都内で自転車に乗って欲しくない。まあ近所に行く位ならまだしも、ロードで車道を走るという事は、それだけ事故にあう確率は高くなるからだ。

過保護とかそういう意味ではない。バイクもそうだが、私自身が楽しくない場所で乗っても楽しくないのではないかと思うからだ。だからこそ、バイクを日常の足にしない。バイクはできるだけ、北海道で乗りたいという気持ちからも、東京湾からフェリーに乗り、釧路から気持ちよく走り出したいと思うのだった。

由も東京に来て10年。私の心配する事が少し判ってくれたようだった。都内はマウンテンの方が段差や急な危険回避にはよいという事が自らの口から出るようになっただけでも、違う。それに都内での20kmは遠いという感覚が身についてきたのも、それだけ都会に揉まれてきたという結果だろうか。

写真は見積もりに出す為に撮影した時に、くーが入り込んできたもの。

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2007年05月28日

揚州商人通い

以前も何度か書いたが、お気に入りの中華料理屋というか、麺類が食べられる店として、揚州商人が好きだ。

最近、アジ競技や練習でちょっと早めに帰った時、夕食を作るのも面倒なので、比較的近くの東池袋にある揚州商人に寄る事が多い。月に1回は行っているだろう。

最近はもっぱら刀削麺ならぬ刀切麺という歯ごたえのあるちょっと短めで太い麺がお気に入りだ。もともとはさっぱり系のスープなので、それにあう細麺しかなかったのだが、この刀切麺は坦々麺や黒酢系のこってりしたスープにまた合う。さっぱり系の雲呑麺などの塩や醤油ベースのスープにも充分合うので、結局私は麺といえばいつも刀切麺になってしまった。

また炒飯もおいしくて、カロリーは気になるが、炒飯セットを頼んでしまう。ちょっとだけ、炒飯を味わえるので好きなのだ。

こう書いている時も段々と食べたくなってきた。おいしいラーメン屋は多いが、揚州商人はなかなか癖になる。おまけに由は店員の殆どがチャイニーズネイティブなので、会話を聞いているだけで楽しいというのだった。

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2007年05月27日

メール不達は続く

もうramble.comのメール配送がおかしくなって随分たつ。

調べていくと、ramble.comのホストで、私たちがメインで使っているISPのメールアドレスにフォワードしているのだが、ramble.comで拒否されているようだ。

> ----- The following addresses had permanent fatal errors -----
> <####@ramble.com>
> (reason: 550 Spam score too high (9.4) for ####@ramble.com)
>
> ----- Transcript of session follows -----
> ... while talking to ramble.com.:
> >>> DATA
> <<< 550 Spam score too high (9.4) for ####@ramble.com
> 554 5.0.0 Service unavailable

また、不思議な事に、hotmailやgmailからは正常に配送されるのだが、@niftyやybb、ocn、docomoからのメールはほぼ上記のように配送できない。

サーバ会社に問い合わせてはいるが、すっとぼけた解答をしてくる。リセラーの知り合いの方に泣きつきながら、解決できるかどうかわからないが今対応をしてもらっている。

最悪、サーバを変更しなければならないかもしれない。その場合、ramble.comにはパートナーの方がいるので、色々面倒になる。しかしいつまでもメインのメールアドレスが使えないのももっと困る訳で、それは私以外のramble.comユーザーは皆同じだ。

こういう状況になると本当に困る。xoopsが動かなくなったり、サーバートラブルも年に1~2度あるのだが、ちゃんと稼働してくれないと困るものでもあるので、レンタルサーバ会社の対応は大事だ。

回復の兆しはまだ見えない。関係する知人の方には本当に申し訳なく思うが、私なりに日々調査やテストを繰り返し、努力をしているので、これ以上は何ともできないという状況なのだった。

2007年05月26日

母親見舞いと頭痛

先週体調不良で病院に見舞いに行けなかったので、何とか顔位は出さないとまたへそを曲げられると思い、頭痛もあるので休みたかったが昼すぎに由を連れてでかけた。

食事を作るのも面倒なので、どこかで食べようというと、ダイエット中の由は和食が良いというので、駐車場のある「和食さと」の中野店に行く。お昼すぎの13時頃だったが、がらがらだった。メニューは正直イマイチだったのだが、とりあえず食事を済ませ、寄り道をしつつ病院へ。

母親はもう1カ月近く入院しているのだが、手術はすぐに終わっており、主にリハビリ中だ。この日もトイレまでをつき添ったが、軽く杖は使うが、歩けるようになっていた。しかしまたいつも通りに我がままが始まっていた。

目が痛いとかどこそこが痛いとか、次から次へと言いだす有り様。今は目の話で以前もらっていた目薬を実家から取ってこいと言い出し、そんなものは使用期限もあるし、今まさに病院にいるんだからここで出して貰えといっても聞かなかったり、耳が遠いという事を理由に聞こえている時と聞こえない話に矛盾だらけだったり、どこそこが痛いとか次々と言いだしていた。

それはまあ仕方がないとは言っても、こちらも辛い一週間だった訳で、そんな私の体の事なんかはこれっぽっちも気にしない。困った母親だとつくづく思う。長男は少し母親の事を気にかけるようになってきてはいるが、今更できるようになるかというと私はそうは思えないのは、長く繰り返されてきた経験から来るものだからだ。

ただ繰り返されるにしても、とりあえず足の手術は成功し、リハビリも進めている訳なのは確かで、あと少しだとしても、足を治せば少しは自分の足で歩けるようになるのかもしれないと、とてもとてもわずかな希望を持っている事は、事実でもあったりする。

朝からというか、先週から続く頭痛だが、今日はちょっと違う頭痛で辛い。いわゆる群発頭痛ではないのだが、これだけ続くときつい。誰かさんのストレスから来る影響も少なからずあるのではないかと思うのだった。

写真は病院の行きにちょっと立ち寄った通販生活の温故知新。

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2007年05月25日

今日締切りの課題たち

先週末から体調が一進一退で、どうも頭痛のせいで頓服を飲んでいた為、月曜と火曜は日中何とか過ごす事ができ、夜になって熱が上がったのではないかと思える。そして運動した火曜の翌日、熱が爆発してしまったのではないだろうか。

しかし今週今日が締切りの作業が沢山あるので、何とか今日は出社したかった。朝微熱があったのだが、何とか頑張って出社。天気もよくないようだが、あまり考えてはいられない。

いつも通りの時間に出社する事はできたが、流石に昨日の夕方まで8度近くあった訳だからそうそう体が回復している訳もなく、手や足に力が入りにくい。緊張感をあげて、会議、面接、文書処理などをこなしてちょっと早めに会社をあがるまで、何とかノルマをおらわせる事ができた。

昔はもっと無理はきいたのだが、本当に最近体力が落ちたと感じる。まだまだ衰えるには早いのだが、その為には基礎体力を元に戻すというか、鍛えていかないと、加速度的に力を失ってしまうのは目に見えている分、何とかしなければと焦りを感じるのであった。

写真は雨に煙るお台場。先日この駐車場でマルチプレックスが行われたのだが、今年はその会場の準備も撤収も見る事はなかった。

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2007年05月24日

38度Overその2

発熱まる2日目。依然朝の時点で38.4度。会社は休み。

今日は夜、ハイジーの家のかあさんが近くまでやってくる。その為に由と一緒に行く予定だったが、これでは動けない。残念だが朝の時点でメールし、欠席を伝える。

かあさんが東京にやってきた時に実際に会ったのは1度だった。その時はNSビルのアジア料理屋で30人近い相当な人数が集まった。流石に久しぶりに幹事をしたので、人数がまとまらず大変だった。

また普通の店だとどうしても2時間縛りや場所の貸し切りなどが難しく、また参加する方も気軽に参加できないのも、都会のデメリットだろうか。元々キャンパーな人々は、そういう決まりはまず苦手だろう。ただまあ一般的な常識といわれるレベルで、必要なものでもあり、身につけなければまず日本では生活していけないと言っても過言ではない。

10代の頃はアウトサイダーを気取って、自分には向いてないとかできないとか言いつつ、逃げていた事も、今では普通に少々の我慢と引き換えにできるようになっていく自分に、随分あとになってから気がつく。人と違う事、決まりきった学生生活や社会の汚い事を目にしては、自由と自分を見つめなおす旅に出たものだったが、その経験は許す事や世界の広さ、多くの思想を認める事になる旅でもあったのだと思う。

そんな未成熟の私たちは、同じ境遇で旅に出た人々と交差し、そしてそんな私たちを見ては相手にしてくれた寛大な大人たちから、多くの事を経験し、得る事になる。その中で大きな位置に居た一人が、ハイジーの家のかあさんでもあった。

かあさんの旦那さんであるとうさん、そしてバイク屋の御大は、それこそ自由と解放を求めてあがっていた丘に滞在している時間に出会った尊敬すべき大人たち。今もその人々は私にとって大事な先輩たちでもある。

今回は会えなかったが、またこれから何度か中標津に訪れる事もあるだろう。またその時に会えるはず。だからこそ、残念ではあるが、また会えるという安心感も感じられるのだった。

夕方になって熱が漸く37度前半に下がってきたが、じわじわと頭痛も戻ってきて結局外出どころではないのだった。

写真は在りし日の第1期ハイジーの家のベランダでの私。夏の休暇の間に伸ばした髭がうっとうしい。

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2007年05月23日

38度Overその1

昨晩から熱が出てそのままダウンしたが、今朝の熱は38.6度。これでは動けない。節々が痛く、じっとしていられない中、ひたすら寝る。

朝8時半に近くの病院に行くと、既におばあさんが1人。私の番まで40分ほど待ち、診察を受けた。症状的には喉の痛みはないのだが、とにかく熱が高い事を告げると、近所で色々な病気が流行っているという事もあって、検査をする事になった。

血液を取ってもらい、特急で検査結果を出してもらう事になった。夕方15時頃に検査結果をまず電話で聞くようにと言われ、それまではまた布団で唸る。

検査結果は普通の風邪との事。薬はあまり出さないお医者さんなので、私は水分を取ってひたすらじっとするしかなかった。

写真は一人用コーヒーメーカー。コーヒーが飲みたくても自分で入れる気力すらない1日だったが…

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2007年05月22日

コメントスパム攻撃

昨日、自宅へ帰るなりビリーを1セット頑張ったのだが、その後風呂に入り汗を流したあと、夕食が殆ど喉を通らなかった。折角由が作ってくれたものの1/4程度しか食べられず、あとはもう動けなくなってしまった。

頭痛も続いていて、先週末から毎日、頓服を服用し続けている。飲んだあとはしばらく良いのだが、流石に1日3回は飲まず、ガマンしきれなくなったら飲むという感じが続いている。

昨日は会社で午前中に飲んだのだが、夕方からまた再発。そんな体調の中、運動をしたので、きっと酷くなったのかもしれない。すぐに横になり、気を失うように眠ってしまった。

家事を終え、由が寝室にあがってきた時、体調は悪化していた。トイレにおりた時、気になったので体温を計ったら、なんと37.8度もあった。風邪が治っていなかったのだろうか。もう年休は使いたくないのだが、朝の段階で酷ければ休むしかない。今週は色々あるので、心配事が増えてしまった。

そして朝になり、5時半すぎまで寝ていたのだが、熱は下がっているようだった。頑張って出社しようと動き出したのだが、昨晩メールすらチェックできなかったのでPCを稼働させるとものすごい数のコメントスパムを受けていた。

今まさに攻撃されている状態だったので、すぐにコメントを受け付けないように設定変更。700コメント弱の攻撃だった。たまったものではない。MTのアップデートものびのびになっているし、メールは配送トラブルの最中だし、仕事も忙しいし、参った。

写真はまったく意味はないが、今たまに食べているお昼。サンクス系で売られている炙りサーモン鮨。

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2007年05月21日

デブリに囲まれて

ポータブルマルチメディアプレーヤー用に、何かと思って録画してあったデータをリッピングしてみた。映画3本と、シリーズ物のアニメーションを適当に選んだ。

そのアニメーションは、友人から最初、コミックを借りてから面白くて一気に読んでしまった、プラネテスという作品。最初BSで放映されていたが、DVDでも販売されているものだ。

SFものは結構好きなのだが、その中でもアニメといえばロボット物が多い。私はガンダムは殆ど観ていなかった。松本零士氏の作品なんかは結構子供の頃は楽しみに観ていたので、SFは好きだがロボットに特化したものではなかったというのが今でもわかる。

このプラネテスは、アキラやスチームボーイなど、映画で世界的に有名になった日本アニメのスタンダードというか、美しい絵は日本の十八番なのではないかと感じる。ディズニーとも違うまさに日本の文化になっているのかもしれない。

また由も好きな宮崎駿氏の作品も、SFのジャンルになると感じる。結構好きなのだが、奥は深くない。

プラネテスは原作とやはりアニメ版は結構違うのだが、どちらもよくできていると思う。美しい宇宙空間は、観ていて飽きない。そして現実にありうる可能性が高いストーリーも、SF好きな部分がくすぐられる。

ただ私はSF好きとはいってもそれほど深くはない。面白いものは面白いというレベルなので、なんちゃってといわれてもおかしくない。

本当にこのストーリーのように、あと70年もすれば、月生まれの人間が表れたり、火星に資源採掘基地が作られたり、木星に人を送る事もできるのかもしれない。私はその頃はもうこの世にいないので確かめようもないのだが、あり得そうな話を想像しながら考えるのは大好きだ。

写真はちょっとSFチックな明石海峡大橋。観光用のデッキから橋の下の骨組みを見た所。

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2007年05月20日

ビリーさんがブーム

アジ友のママさんがハマって、実際に結果を出す事ができたダイエット作戦に由も私もちょっと興味を持っていた。

ショップチャンネルという通販チャンネルでは、その話題性の高さの証明の通り、何度も宣伝しているようで、私達も何度もみかけていた。

由は最近スポーツクラブに通いはじめ、平日の午後会員という事もあって、週に2~3日でかけている。リズム感がない由だが、効果的なエアロビクスなどにチャレンジするいい機会でもあるので、私も賛成したのだった。

旅の友人がスポクラに通うようになって、メキメキとその効果が表れていたのも知っていた。今では数年前からすれば別人のようにスリムで筋肉質になってしまったのだが、私は体調が年を追う毎に悪くなっている事もあり、体重も上昇し続けている。これではよくないとは思いながらも、ウォーキングも足らないし、食生活も結局あまり実践できていないのが現実だ。

そんな中、アジ友のママさんに続けとばかり、色々と調べたあげく、結局正規品を買ってしまったのだった。それが今日の夕方到着。それも夕食を終えた後だったのだが、ちょっと休んでから1日目のセッションをやってみた。

…できない。とんでもなくハードだ。それも始めて15分でもうダウン寸前。50分あるカリキュラムで30分が正直限界だった。

折角夕方風呂に入ったのだが、目に汗が流れ込むほどに汗だく。途中腹筋フェイズでは腹筋が痙攣を起こして少し休んだり、足があがりきらなかったりする所ではしょったが、とりあえず50分最後までやってみた。これはハードだ…

折角買ったのだから、地道にやらなければ意味がない。毎日、日中に由がやり、会社から帰ってきて風呂と食事前に私が1セッションやるという事で、頑張ってみようと思う。

明日はきっと筋肉痛できついだろう…

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2007年05月19日

懐かしさと残りもの

風邪の為に寝ながら2.5インチの小さな液晶で映画を観ていた。

その中に私が好きな「幸せは黄色いハンカチ」が入っていた。何度観た事か。それでも間をあけて、繰り返し既にかるく二桁は観ている。

そんな中で、忘れていた情景が浮かびあがる。まずは冒頭の武田鉄也氏のファミリア。我が家にこのCMソングのソノシートがあったなあと思い出す。他に我が家には、カローラのものもあったと記憶しているが、既に全て処分してしまった。

次に私のそれこそ青春時代である、近海郵船のまりも。初めて私が北海道ツーリングをした時に乗った船そのものだ。これで武田鉄也氏もナンパ目的で北海道に渡ったという設定である。下船して、ベルトコンベアの橋が渡っている駐車場を走り抜けるファミリアの背景には、私の記憶にも深く刻まれた釧路西港の風景が流れていた。

釧路駅前のシーンや私は何十回も走ったR272のような風景の中、これまた当時のスポーツカー、セリカ1600GTを追い抜く所は、時代を感じさせる。

網走駅前で桃井かおりをナンパするシーンでは、今も変わらぬ駅舎が涙をそそる。オホーツク沿岸はどこでの撮影かよくわからないが、道東でのシーンはストーリーとロケーション両方を気にしながら観る。

阿寒の山並みは今と変わらず。しかし帯広駅前はまったく変わっていてわからなかった。狩勝峠は言葉だけで実際は特定できなかったが、空知を抜けて歌志内で銀座カンカン娘が歌われていた場所をよくみると、あの私の好きだった悲別ロマン座の前だった。元々映画館だったのだが、この時既に廃屋のような状態だった。私が最初にここを訪れたのは1985年。既に屋根には穴があき、なんとか中に入る事はできたのだが、瓦礫で足の踏み場がなかった。翌86年にあらためて訪れると、雪の重みのせいでまん中から屋根が落ちていたのだが、そのしばらく後に復旧されたようだった。妙に懐かしい。

夕張もよくよくみると、夕張駅前や負の遺産となったユーパロの湯手前の踏み切りはすぐに分かった。そこから先、あの賠償知恵子が黄色いハンカチを掲げて待っていた最後のクライマックスに使われた長屋は、今も保存されている。

夕張はこの映画もそうだし、炭鉱で栄えた歴史も、まさに高度成長期の日本を映す鏡だった。しかし愚かな役人が私利私欲で食いつぶし、今はかすかな残りだけでなく、残された人々が負を背負わされ、あまりにも哀れな現状になっている。

私は北海道の炭鉱町の雰囲気が好きだ。最近テレビの特集で、羽幌炭鉱や一番最後に閉山した北太平洋炭鉱などをみると、心が掴まれる思いがする。

後先考えずに、自分の人生の間の事だけを考え、まさに今の企業もそうだが、美味しい所を吸い取って豊かな老後を送る事ができる団塊世代の一部のいわゆる成功した人々がしてきた残りカスが、目の当たりにできるからだ。

私達の次の世代がどうなるのかわからない。私も今の自分の生活の事を中心に考えている。それは当然の事なのかもしれない。しかし今少しづつ、環境の事や次の世代に残せるものという事を言葉に出す人々も増えているのは、きっとそういう閑散とした跡地を目の当たりにした人なのではないだろうか。

映画がその時代を映してくれる事もあるという事を言っても、自分の事しか考えていない人々には、それからは何も伝わらないだろう。

写真はその映画の中に一瞬出ていた、歌志内にある「悲別ロマン座」。ドラマの中でのように、マが少し右に傾いでいる。1985年秋の写真。

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2007年05月18日

またも風邪?

今期に入って今週の月曜と今日の金曜に年休を取ってしまった。既に2日も消化してしまった事になる。

今日は昨日の午後から急に風邪の気分になり、座っているのも辛くなってしまった。熱は微熱だが7度4分と一番中途半端に気分が悪くなるあたり。

朝ふらふらしながらも天気が良いので自転車で病院に行き、薬をもらう。帰ってくると、由はくーを連れて散歩に出かけて誰もいなかった。薬を飲んで寝る。

気分があまりにもよくないので、枕元にあるDS LiteもPSPもいじりたくない。なので、リッピングした映画を観ては寝て、という繰り返しで過ごす。

昨日の仕事で気になっていた事をメールで後輩とやりとりしつつ、あまり難しい事を考えないようにして早く治るように願いながらおとなしくしていた。

写真は関係ないのだが先日燃えた近所のオリンピックのビルをバックに。早く復旧して欲しいものなのだが、まだ何も手が入っていないようだった。

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2007年05月17日

また雨の中近地出張

一昨日対応したサーバの修理が完全ではなく、再度作業にお昼前から向った。天気はとんでもない状況。一昨日も雷雨の中、徒歩15分以上歩き、パンツの裾が大変な事になってしまったが、今日も同じ目に逢うとは、一緒に行く後輩が単に雨男なだけか。

サーバ保守作業は特に言うことはなく、淡々と行った。まあ本業ではあるのだが…

駅前にあるスポーツオーソリティにちょっと寄り道をして帰ってきた。特に欲しいものはないのだが、何か新しいものや目玉品がないかと、時間があれば寄ってしまう。ドッグスポーツ用に買ったスクリーンタープは結構重宝しているのだが、もうちょっと風に強くしっかりしたものが欲しい所なのだが、新しいコールマン製品には食指が動かなかった。

椅子もテーブルも揃っているので、欲しいといえばビーチパラソル位だったりする。別にビーチで使う訳ではない。アジ練の時などで、小雨や日差しが強い時などに簡単に設営できるので欲しいと思っているのだった。ただ畳んだサイズが問題で、ロッキーに積めるかどうかをしっかり検討しないと。

写真は雨の交差点待ちで池のような道を撮ったもの。車道から離れてあるかないと、とんでもない事になる。

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2007年05月16日

依然メール問題継続中

私のメインドメインであるramble.comのメール配送がおかしいままだ。このサーバを借りるきっかけで知り合ったMさんに、迷惑を承知でサーバ運営会社に調査依頼を何度も出して頂いている。

レンタルサーバで提供されているコントロールパネル上では、スパムメールの拒否設定などは一切追加していのだが、ramble.comのメールアドレスが通過する時、ホストが拒否をしてしまっている。

解決までの道筋はまだ見えない。このドメインに問題が起こると、私のメールは殆ど機能しなくなってしまうので一大事なのだ。そしてそれは由やくーのアドレスだけでなく、多くの友人のメールアドレスにも使っているので、管理者としてはとても厳しい立場にたたされてしまう。

仕事の問題や、この自分のドメインの問題が重なり、今とても憂鬱な気分だ。一日でも早く、正常に回復して欲しいのだが…配送でご迷惑をおかけしている皆さんに、お詫びをさせて頂く事しか今はできない。一刻も早く回復してくれるよう、願うばかり。

2007年05月15日

ハード障害対応

私の仕事の中でメインで使っているサーバがハード障害を起こした。別件でログを調べていた時に偶然知ったのだが、あわてて横浜の港北ニュータウン方面へ近地出張となった。

いつも東海道線を使うのだが、今回は横須賀線、総武線快速直通に乗ってみると、始めての風景でなかなか楽しめた。新橋のホームは地下深い上に、昼前は閑散としていてちょっと怖い。車窓から見える風景もみたことがないし、巡航速度も速いので、何だか遠くに来た感じがする。

横浜で市営地下鉄に乗り換え。お昼を過ぎたあたりなのに、周辺の食べ物屋はガラガラだ。ただ食事は目的地に着いてからゆっくり食べようと思っていたので、スルー。目的の駅の近くのカレー屋で、ナンと3種類のマトン、ベジ、エビカレーを食べた。久しぶりにネイティブの作るカレーはやっぱり美味しかった。でも我が家の近くにあったインドカレー屋は、もっと安く、カレーもナンも食べ放題だったので、私としてはちょっと高めで不満だった。ダイエットの為にもダル、ベジ、ホウレン草のカレーがあればもっと嬉しかったのだが…

食事を済ませ、外にでるとなんと本降り。雨予報が出ていたが、折り畳み傘で徒歩15分以上歩くのはキツい。チノパンがすっかり裾が濡れてしまった。雷も鳴って、なかなかツイてない。

目的の作業は約3時間ほどで終わった。解決はしていないが、とりあえず復旧したので今日の仕事は終わり。早めにあがって帰ろうとすると、外は日差しが照りつけるほどのよい天気に。一番酷い時に外を歩いてしまったようだ。

自宅に帰ると由はスポクラに行っていて、くーだけがお出迎え。普段より1時間ほど早い帰りだったが、いつもより歩く事ができた。もっと歩けば、もっと代謝を促進できたのだが…

緊急な作業だったので、今日本当はやらなければならなかった事はまったくできなかった。今月から来月一杯は何だかんだと仕事も忙しくなる。受けなければならない試験もある訳で、頑張って前向きに過ごせればと思う。

写真は新橋の地下深くにある横須賀線ホームからみた闇。何か出てきそうだ。

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2007年05月14日

今年2度めのミニコンペ2

午後はAGセクション。由とくーにとって、まだコンタクト障害はまだまだ難題である。事前に少し練習をすれば、まだ少しは違うのだが、今回はミニコンペとはいえ、すぐに1走目がスタートする。

最初の競技はAGOP。ちょっとここで由を発奮させてみた。数名のアジ友と話しをしている時、「くーはコンタクトは絶対に飛ぶ」と私は由にあえて聞こえるように言った。由の性格からすると、聞いていないフリをする時は、内面では凄く怒っているというか燃えている事が多い。特にカチンと来るような事を言えば言うほど、聞こえていないような態度を取る。さてここまで私が信用していないような事を言うと、由はどうなるのだろうか。

答えは走りだしてすぐに表れた。気合が凄い。コンタクト指示の由は声だけでなく、気迫が違っていた。よくコーチに気合だと言われているのはその通り。由は結構くーには甘い。そしてそれは悪い事ではないのだろうが、普段からそういう関係なので、キッチリしなければならない所ではなかなか由の意志が伝わりにくい。

今回は気合が私にもわかるほどだった。そう、始めてBAGでCRした時と同じ。やればできる。くーは今日1度もコンタクト練習をしていないのに、コンタクトゾーンに向けて手前からスローダウン。特にドッグウォークは見事に停まってくれた。そう、そこで停まるのがルールなんだよ、という事がうまく伝わったようだった。

ただ、バーが残念ながら1本落ちてしまっていた。あとちょっとでCRだったのだが、コンタクトゾーンの相当手前からスローダウンしたので、タイムは遅かったが、由も私も大喜びした。こうして少しづつできるようになっていくのが嬉しい。

その次のBAGも完走。次のAG1も完走し、この日はコンタクト障害のあるクラスは全て完走できていた。これは素晴らしい進歩ではないだろうか。ただ最後の方にはくーもいい加減嫌になって、由のコンタクトコマンドから逃げていた。できればくーには楽しく走らせたいのだが、ルールはルールなのだからその部分が楽しくなるように、なんとか練習を重ねてもらいたい。

他にも由は2走目などはこれまで教わったやり方を取り入れて、色々トライしていた。由もイッパイイッパイという事は少なくなってきて、頭は私なんかよりもいい訳で、学んだ事を取り入れて練習を生かしていた。

由はバックコマンドの使い方がここ最近サマになってきたと言ってもらえるようになった。しかし今回はちょっと振りすぎという事をあらためてビデオで復習した時に自分から言っていた。先輩方は派手さはなく、しかしきっちりと伝わるようなアクションをしている。それがわかる犬たちも凄いのだが、やっぱり皆練習を重ねてきてるだけあって、美しい。

こうして観ているだけの私にとっては、そんな上っ面な所しかわからないが、それでも由とくーが成長していく姿をみては喜ばしく誇りに思っている。結果、商品の洗剤は1箱だけだったが、内容はとても濃い1日だったと思う。

夜はコーチが頂いた鉄板とダッチオーブンを使い、食べきれないほどのピザを食べた。とても美味しく、最後は正直気持ち悪くなるほど食べてしまった。ダイエットって何?といえる分、由は運動しているからいいのだが、私はもっとセーブしなければ。

由にはお疲れさまという事もあって、いつも飲みたくても我慢しているお酒を飲んでもらい、私が帰りも運転。ちょっと眠さで危なかったが、港北PAで顔を洗う為に止まっただけで、家まで走った。しかし家の近くでまたも明治通りの酷い工事渋滞にひっかかってしまい、ルートを途中から変えたりした関係で、2時間以上かかってしまった。最後はへとへとで帰宅。

由はミニコンペが好きだ。競技会だと3走程度しかできないが、ミニコンペだと大好きな御殿場フィールドで何度も走る事ができるから。今月はもうセミナーもないし、来月の競技会も1回だけが予定されているので、少し練習も開いてしまうが、またミニコンペが企画される事を期待しよう。

写真はとある練習の時、広角でウィングの所まで寄って撮ったもの。くーがめずらしくカメラ目線で飛んでいる。

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2007年05月13日

今年2度めのミニコンペ1

予定では茎崎での草アジだったのだが、都合で中止になってしまっていた。5月はあと最終週に秋田で競技会が行われるのだが、流石にそれには遠征しないので、今月は競技会なしかと思われた。

しかし急遽、いつもの御殿場でミニコンペが行われる事になった。由は大喜び。競技会よりもミニコンペの方がまだいいと言う。何より、1走1走が由にとっては勉強なので、出走回数が多くできる、エントリー費が安いミニコンペは大歓迎なのだろう。

いつもの往路。早起きして御殿場へ。毎年GWの翌週末は、どこも空いているという経験から、少しゆっくりと東名に乗るが、異様に交通量が多い。部分的なものかと思っていたが結果的に御殿場までその車の量の多さはずっと感じながらになってしまった。これでは帰りも混みそうではないか。

マックスバリュで朝食やスポーツドリンクの2Lペットを購入していると、ウィル家と合流。ウィル家の車とは、東名上の大和トンネル手前で出会っていたのだった。ウィル家が足柄SAでピットイン中、ノンストップな我が家が先行しただけらしい。

買物を済ませ、フィールドへ。まだ我が家を含めて4家族しか来ていない。ミニコンペはゆっくりと始まるから何だかちょっと落ち着ける。競技会だと独特の雰囲気もあるし、機材などの準備などは早朝から行われるので、また違った感じを受ける。

ゆっくり朝食を取っていると少しづつ参加者がやってくるそれでも今日はとても少ない。まるでセミナーのような人数だ。急に決まったせいなのか、またゴールデンウィーク疲れがあるのか、単に予定があわなかっただけなのか、こじんまりとしたまさにその名の通り、ミニコンペが始まった。

まずはBOPから。今回のルールはますます進化するミニコンペ独自ルールで、1クラス各チーム2走。1走目は競技会形式でタイムを測り、ジャッジングを受け順位を決める。2走目はコーチングを受けながら復習という、とても勉強になる方式だった。コーチはいつも新しい事をどんどん取り入れて、勉強になるように進めてくださる。私は一番部外者に近いのだが、観ていても新しい発見が沢山ある。ただ実際にやはり走らないとわからない事ばかりなのは確かなので、やっぱり部外者なのだ。由とくーのチームの応援に終始する。

2度3度を走っている人たちも参加しているのに、BOPと言えどなかなかCRが出ない。由も完走はしたが、最後のハードルでミスをし、拒否1。このコースは由は勉強になったと言い、またいずれ走ってみたいと言いつつ、メモっていた。

次にJP1その1。スラのエントリーもミスするが、途中抜けはなかった。しかしハードルを誤飛びで失格。

今回一番難しかったのではと思えるJOP。亀の子と呼ばれる組み方が含まれていて、由はミスを連発。傍目にみていてもこれは難しいという感じだった。速度が速くて膨らみがちなくーをこういうコースで走らせるにはどうすればよいのだろうか。

そしてJP1その2。これも難しく失格。

お昼は双葉ちゃんのパパさんに弁当を買ってきて頂いて、簡単に皆で集まって昼食。こういう簡単な方がゆっくり休めたりする。片づけが殆どないのが一番楽だと思う。

自分がキャンプする時は、基本的に各自が用意をし、各自で済ませる。なので、できるだけコッフェルを汚さないようにしたり、簡単に済ませる。例えば数日ベースを張ってそこで過ごす時には、たまに数名で一緒に作ったりもするのだが、それはそれを楽しみにしているので別に構わないが、御殿場でテントを張って寝たり、自炊をしたりするのは、ちょっとそのような私のしてきたキャンプとは違うような感じだ。

午後の開始まで少し休憩。写真はハードルを越えるくーのおしり。

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2007年05月12日

お知らせ(メール不達状況)

みなさま

よんきちです。こちらのブログを診て頂いている方に、お知らせさせて頂きます。

少々前より、私のメインのメールアドレスの配送がおかしく、ホスト側から拒否されるというメッセージと共に送信できない症状があるようです。

現在調査をしていますが、すぐには回復できないと思われますので、申し訳ありませんがしばらくお待ち頂くか、こちらのメールアドレスを使用して頂きたく思
います。

ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします。

2007年05月11日

ジェラート屋として

すっかり旅の話やバイクの話から離れてしまったこのブログだが、この春、私のこの地球上で一番のお気に入りの場所である、北海道は開陽台の展望台で、新しいお店がオープンしたそうだ。

昨年までの21年間は、私が丘に入り浸るようになった2年目からの付き合いとなった、ハイジーの家と共にあった開陽台。今年からその姿はなく、昨年までしっかりした食事から喫茶や雑貨までをカバーするお店は消えてしまった。しかし、そのスペースには、新鋭のジェラートショップ、りすの家がこれからは展望台の顔となったようだ。

正直、私はバスターミナルにあったりすの家や、ハイジーの中で食べる事ができたジェラートを食べた事がないのだが、それなりに美味しいという情報も耳に入ってきている。中標津のあたりだとラ・レトリというジェラート屋がそれまでは有名で、私はそこのヨーグルトも好きでよく立ち寄ったのだが、ジェラートはどちらかといえば川湯のくりーむ童話の方が好きだったりするのも正直な所だ。

丘は私の10代後半から40代に入った頃までは、まさに精神的な意味での中心だった。丘にあがる事を楽しみに、日々仕事を頑張っていたと言ってもいい。そこで繋がった人々との時間を何よりも大事にし、また丘の上で過ごす、一瞬とも言える時間の為に、お金をため、バイクを整備し、キャンプ用品を揃えて出かけていくのだった。

冬であれば昨年の3月以降、雪のない季節ではもう4年以上丘にはあがっていない。そんなに簡単に20年以上続けてきたライフワークは、そう簡単に忘れる事はできない訳で、気候が暖かくなってくると、自然とその頃の事を思い出す。

新しいジェラート屋が顔になっても、風が強かったり、霧雨に包まれていたり、燃えるような夕陽に包まれたり、キンとした空気の中の丘はきっと変わらない。

今年も多くの旅人が丘にあがるだろう。その中にはハイジがなくなった事に気づき、驚くのもいるだろう。ハイジの存在を知らない新しい世代の旅人も来るだろう。しかし、言葉にしなくても、時代の切り替わりをまたがる旅人もいるはずだ。

私が次にバイクでキャンプ用品を積んで丘にあがるのは、いつになるかわからない。でもきっと、またその時は来ると思う。

春の丘は、そろそろ訪れる人も増えてくる頃だ。きっとそっと覗きにくる昔からの常連や、あがるのを躊躇していた地元の人もいるんだろうと思うのだった。

写真は今はジェラート屋になっている、旧ハイジーの家のテーブルスペース。座っているのは友人たちだ。

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2007年05月10日

続荷室の改造

GW中に由に提案していたロッキーの荷物室の改造を行った。以前作った折り畳み式のスペーサーの改造なのだが、新たに材料を買ってこなければならない。

また実際に使っていくと、無塗装だとくーの泥だらけの足跡がつき、消えない。相当これまでだけでも汚くなっていたので、濃いめの色に塗りたいとも提案していたのだった。

変更点は、天板はそのまま。横の壁になる板の高さをこれまでより8cm長くし、天板とロッキーの天井(ロールバー)の隙間は、ギリギリくーのクレートであるペットボイジャー3が通るサイズとする事だった。

振動を少しでも吸収するように、クレートと天板の間には、ネオプレーンの敷物を折って敷いているのだが、一番狭いロールバーの部分を通る時は、その敷物の厚さだけで通らなくなってしまってもよい。とにかく、最大限収納スペースを広げたかったのだ。無駄な部分はできる限り削る。そうして算出されたのが、8cmアップという数字だった。

コツコツと作り直し、ラティスに使われるような艶消しの濃茶を塗ると、とても高級感が出た。そして実際に組み込んでみると、素晴らしい出来だった。

これまでよりも楽に、かつもっと荷物が積めるようになった。そして出し入れもしやすい。唯一クレートの出し入れがちょっと面倒なだけで、充分に綺麗に仕上がった。

しばらく、2シーターのままで走る事になるだろう。

写真はその新しくなった荷室。下にはテントやシュラフや着替え、クーラーボックスなどを入れても充分余裕が出るようになった。上にはカメラバックやちょっとした小物のトートバックがクレートをまん中に左右に置くようになる。

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2007年05月09日

ロッキーをぶつけた

先日私の運転中、ロッキーをうっかりぶつけてしまった。フロントバンパーの左ウィンカー部分に立てに凹みが入ってしまった。ウィンカーレンズは割れなかったが、かなりのショックでそれ以降、私自身が凹んでいる。

めったにぶつける事はないのだが、あとルーフ脇の立体駐車場でつけた凹み。運転席下の凹みは由が阪神大震災の時につけてしまったものだが、これらも合わせて秋の車検の時に治せるものなら治したいと思っている。ただお金も時間もかかってしまうだろう…

もともとロッキーは由が94年に買って乗り続けているワンオーナー車だが、走行距離はそろそろ5万キロといった所で、あまり増えていない。しかし13年の月日は、ボディや内装なども劣化してきており、特にフロントワイパーの生えている部分は、メタリックグリーンの塗装もはげてきている。海が近い屋外駐車場に長い事野ざらしにしていたのがきっと原因だろう。

今は何とか屋根付きなので、痛みを促進する事は減ったのだが、それでもエンジンフードの半分あたりまでは日差しが差し込むので、ボンネットの痛みはじわじわと進んでいる。

長く乗りたい気持ちは充分あるのだが、永遠に乗れる訳でもない。ただ今は乗り続けたいと思っている。私のせいなので、何とか見た目だけでも治したいと思うのだが…

写真はそのぶつけた場所なのだが、凹んでいる写真はまだ撮ってない。バンパーのウィンカーレンズの上下が、縦1直線にくぼんでしまった。

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2007年05月08日

個性的なTシャツ

本格的に暑くなってきたので、そろそろ冬服を仕舞って夏服に変えなければと思っている。とはいっても別に収納場所が大幅に変わる訳ではなく、Tシャツやポロシャツ系がすぐに取り出せるようにするだけ。冬に着ていたフリースなどは、圧縮袋の中に入れる事もあるのだが。

ただ体型がますます問題になってきているので、そちらの方を何とかしなければならない。食生活の見直しとウォーキングの量を増やしたいのだが、なかなかそうもいかない。朝は時間がないし、夜は早く家で一息つきたいからだ。

帰りの降りるバス停を手前にしてみようかとも思う。それで30分ほど長く歩くようにしたりする方がよいだろかなんて考える。まじめにダイエットしないと、何も変わらないだろうというのも分かってはいるのだが。

Tシャツは色々あれど、大きめを着るようになってしまったので、新しいのも買いたい。石垣の海人Tシャツや、波照間酒造など、旅系のTシャツもすり切れてしまった。ユニクロの企業コラボTシャツなんかは、そこそこ面白いのだが、その原点は昔、記事にもしたアジアのイカしたTシャツだったりする。

タイ語の味の素は今でもよく着るが、そろそろ新しいのも欲しいと思っていたら、今年もユニクロが新しいのを出すらしい。予定をみると欲しいのがチラホラ。あとは実際にデザインを見ないと何とも言えないのだが…

タリーズやコダック、川崎重工、スナップオンは欲しいと思っている。あとドッグスポーツに参加するようになって、よくする格好では、長袖のTシャツの上に、半袖のTシャツをレイヤードする事。なので、長袖のシンプルなのも欲しい。

汗っかきなので、枚数を買わないとと思うのだが、収容場所がなかなかないのも現実だ。普段の通勤用の下着替わりには、殆どがヘインズの3枚パックなので、その分もスペースは食う。鹿の子でロングテールの提灯袖のベーシックなポロも好きなので、そちらもよく着る事になると思う。

何にせよ、Tシャツを着ても恥ずかしくない体型に戻さないと…

写真は昔のネタだが、味の素Tシャツを着ている所。

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2007年05月07日

久しぶりの出社

連休明け、今日は私は早くに会社に行き、休みの間のチェックや、多くの社員が出社してくる前に、安全に仕事が始められるよう、準備をしなければならない。

天気予報は、日中は暑くなるという。私の毎年のパターンで、GW明けからはジャケットを着ず、ボトムスもチノパンにしてしまう。いわゆる衣替えの日でもある。今日はまだクールビズ期間前なので、それにネクタイだけして家を出た。まだ路面は少し濡れていて、気持ちのよい空気だった。

バスはちょっと混み気味だったが、時間通りに運行していた。しかし電車の定期を買おうとすると、これがトラブル。PASMO定期券にする為に説明不足の上、機械のトラブルにより15分のロス。駅員を苦情を言っても、その駅員が悪い訳でもないのだが、段取りがあまりに悪すぎるのは確かだ。

エスカレーターを駆け上がり、普段乗っている電車の2本後に乗る事がなんとかできた。しかし15分のロスは出社時間だけでなく、時間給に影響したり、しいては何かトラブルがあった時に初期動作が遅れる事で全社に影響する訳で、こちらとしては冗談ではない。最寄りの駅からダッシュし、結果的には10分遅れの出社となった。

普段なら出社のカードチェックを通す前に、朝食を買って事務所に入るのだが、今日はそれを後回し。先に事務所に入って、休み中のサーバのログチェック。社内掲示や連絡メールの発信など、ざっと1時間ほど作業をしてやっとコンビニに行けた。

しかし断続的に連休明けの仕事をする事で、あっという間にお昼をすぎ、夕方になってしまった。初日から飛ばしすぎるのは疲れる。

帰ってくーと添い寝をすると、仕事なんかしないでずっとくーと遊んだりまったりできたらなんて思ってしまう。それでは住宅ローンも生活もできないのだが、ふと、それができるなら何でもするとすら、思ってしまうのだった。

写真は我が家でよくみかけるシーン。

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