38度Overその2
発熱まる2日目。依然朝の時点で38.4度。会社は休み。
今日は夜、ハイジーの家のかあさんが近くまでやってくる。その為に由と一緒に行く予定だったが、これでは動けない。残念だが朝の時点でメールし、欠席を伝える。
かあさんが東京にやってきた時に実際に会ったのは1度だった。その時はNSビルのアジア料理屋で30人近い相当な人数が集まった。流石に久しぶりに幹事をしたので、人数がまとまらず大変だった。
また普通の店だとどうしても2時間縛りや場所の貸し切りなどが難しく、また参加する方も気軽に参加できないのも、都会のデメリットだろうか。元々キャンパーな人々は、そういう決まりはまず苦手だろう。ただまあ一般的な常識といわれるレベルで、必要なものでもあり、身につけなければまず日本では生活していけないと言っても過言ではない。
10代の頃はアウトサイダーを気取って、自分には向いてないとかできないとか言いつつ、逃げていた事も、今では普通に少々の我慢と引き換えにできるようになっていく自分に、随分あとになってから気がつく。人と違う事、決まりきった学生生活や社会の汚い事を目にしては、自由と自分を見つめなおす旅に出たものだったが、その経験は許す事や世界の広さ、多くの思想を認める事になる旅でもあったのだと思う。
そんな未成熟の私たちは、同じ境遇で旅に出た人々と交差し、そしてそんな私たちを見ては相手にしてくれた寛大な大人たちから、多くの事を経験し、得る事になる。その中で大きな位置に居た一人が、ハイジーの家のかあさんでもあった。
かあさんの旦那さんであるとうさん、そしてバイク屋の御大は、それこそ自由と解放を求めてあがっていた丘に滞在している時間に出会った尊敬すべき大人たち。今もその人々は私にとって大事な先輩たちでもある。
今回は会えなかったが、またこれから何度か中標津に訪れる事もあるだろう。またその時に会えるはず。だからこそ、残念ではあるが、また会えるという安心感も感じられるのだった。
夕方になって熱が漸く37度前半に下がってきたが、じわじわと頭痛も戻ってきて結局外出どころではないのだった。
写真は在りし日の第1期ハイジーの家のベランダでの私。夏の休暇の間に伸ばした髭がうっとうしい。

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- at 23:41
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