2007年06月30日

東京観光

由のご両親が昨日の夕方雨の中到着。私は先週1週間ずっと腰を痛めて歩く事どころか座る事も、部屋の中を動く事も難儀していた体も、ようやく5日目にして少しはできるようになってきた所だ。結局今週は1日も出社できなかったが、これほど痛いとさすがに諦めがついた。

今も相当気を使わないと、強烈な痛みに襲われてしまうので、動く時は慎重になるのだが、まあなんとか普通に動けるようになった時に、由のご両親を迎える事ができてよかったと胸をなで下ろすのだった。

今日は私は定期通院。なのでバスで朝7時半に病院へ出かけ、その間由とご両親にはくーの散歩におつきあいして頂いた。私も順調に診察が終わり、10時半には帰宅。ちょっと休んでお昼を食べに、揚州商人へ。

お母さんは結構食べ慣れないものも食べる事は大丈夫なのだが、お父さんはちょっと変わった味付けが苦手なようで、結構中国の味付けな所が特徴でもある揚州商人のメニューは厳しかったようだった。デザートの杏仁豆腐も4人で楽しむ。

その後リクエストで東京タワーに向かう。皇居脇や国会近くを抜け、初めて駐車場に入れ、入場。エレベーターは1ターン待っただけですぐに登れたが、展望台は外国人観光客も多く、賑わっていた。ドラマや映画の影響もあるのだろか、結構賑わっているのに驚きつつ、上の展望台まではいかないで下にあるみやげ物屋をまわり、東京タワーをあとにした。

このあとはお台場にリクエストが入り、レインボーブリッジを超えてDECKSの駐車場にロッキーを入れた。3000円以上の買物をすれば2時間無料なようだが、結局一カ所で3000円使う事もなく、台場小香港と台場一丁目商店街を中心に廻った。

中でも台場一丁目商店街では由もご両親も結構楽しんでいたようで、駄菓子やラムネ、ちょっとしたディスプレイで盛り上がっていた。私は何度か来た事があるが、それなりにレイアウトなんかも変わっていて新しい発見もあった。

その後、フジテレビをぐるっと廻って帰路につく。家に帰ると留守番のくーが出迎えてくれたがちょっと不満そうだった。

今晩はお父さんの好物の冷や奴(男前豆腐)と枝豆、根菜と鶏肉の煮物やカツオの刺身など。最後に沖縄そばを少しというメニュー。最近はずっと由に夕食を作って貰っていたので、久しぶりに連続の台所仕事になった。

写真は東京タワーの展望台の覗き窓から見た真下の風景。以前、由の実家に行ったとき、連れていって頂いた明石海峡大橋にも覗き窓があったが、こちらの方が高低差を感じる。

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2007年06月29日

デルを買う

由のご両親用に、これまで自分のお下がりPCを使ってもらっていた。今は我が家と親子の回線になり、同じISPで、ADSL接続になっている。

最初にお渡ししたPCはFMVのデスクパワー。Pentium133MHzの遅い遅いマシン。このモデムでLivedoorの無料ダイヤルアップ接続を使ってもらっていた。

しかしウィルスへの危険や、WindowsUpdateの頻度にモデム接続では問題があり、ずっと心配だった。私ができる事はこの位だったので、結局親子IDを自分のメインISPで取り、一番安いADSL回線を引いてなんとか常時接続になった。

PCはその後VAIOのLX31になったのだが、WindowsXPが正式に購入したものにもかかわらず、違法だというエラーメッセージが出るようになってしまい、マイクロソフトの腹立たしいチェック機構にイラつきながらも、性能の問題もあり、また秋に生まれる孫に壊されないようにという事も考えつつ、仕舞う事ができるデルのノートを発注する事にしたのだった。

色々選定してなぜデルになったかというと、やはりそれは値段。また性能的にも問題はなさそうなCPUやメモリだし、XPが選べる所が気に入ったのだった。BTOで今まさに製造は終了し、船積を待っているというステータスだ。

これでやっとまともに安全に由のご両親にPCを使って貰えると思うと、ちょっとほっとする。これまではいつ壊れるかわからないPCで、かつまめにセキュリティ対策ができなかっただけに、ずっと気になっていたのだった。

一旦我が家に来て、色々設定をして神戸に発送する予定だ。同時にこちらからネットでキャノンのMP460複合機を直接神戸納品で発注し、事前にドライバもインストールしておくデルのノートには接続すればすぐに使えるという考えだ。あとは後日今年の秋か冬に実家に行ったとき、古いPCからブックマークやメールログを移行し、古いPCを処分して完了というストーリーを考えたのだった。

デルは初めて買うのだが、評判も半々といったのが気になる所だが、そのコストパフォーマンスに期待している。サポートも期待したい。

写真はそのオーダーステータス画面。生産は終わっていて、船積みを待っているらしい。

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2007年06月28日

腰痛は続く

昨日より少しマシになってはきたが、依然歩く事は厳しい。よってまたも年休。6月でこの消費頻度はちょっと問題だ。

由のご両親がやってくるまでには歩けるようにならないと…母親が今日退院予定なのだが、当然つき添える状態ではない。

おまけに由がなんと帯状疱疹に。右足太股の部分に水疱が帯状にできて痛いという。朝から皮膚科に行って、高額な薬を持ち帰ってきた。夫婦で何やっているのだか…色々とある今年の梅雨どきであった。

写真は梅雨ならでも紫陽花とくー。変な舌をしている瞬間。

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2007年06月27日

今日も腰痛

まったく変わらぬ痛みと1日格闘。ビリーさんなんかできる訳がなく、どうにもならず会社を休む。

1日でも早く痛みがマシになる事を祈って…

写真は嬉しそうに走るくー。こんなに嬉しそうに走りまわれるくーがちょっと羨ましい。

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2007年06月26日

腰痛と戦う

戦うといっても、単に痛みに耐えるしかないのだが…

あぐらを書いてパソコンを操作するなんて事は到底できるような状況ではない痛みに襲われていた。昨日痛めた腰のせいだ。

起きる事もできず、しばらく中腰で痛みに耐えていると、少しづつ動けるようになってきた。といっても、マンガのように抜き足差し足でだ。そんな状況で由に車を運転して病院まで行ってもらおうかと思ったが、送ってもらったあとロッキーを駐車場に入れる事が不安だったので、意地で歩いて行くのだった。

9時に普段徒歩で10分ほどかかる距離を30分近くかけて整形外科にいくと、これは5日間は安静とスパっと言われた。その後レントゲンを6枚撮影すると、背骨の腰の部分の椎間板部分の間隔が明らかに狭かった。

この日はもうどうにもならないので、すごすごと同じく30分ほど時間をかけて帰り、炎症どめを飲んで寝た。他に何もできない。しばらくブログも書けない状態になるだろう。

写真は私が痛い痛いとうめいている横でじっと飼い主の様子を観察しているくー。

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2007年06月25日

フィールド整備と腰痛

本来はとある場所の芝張りの手伝いだったのだが、予定変更。いつも使っている東屋に防音壁を建てる手伝いになった。

快適な朝を迎え、作業の説明があったあと、雨が降り始めた。まだ小雨なのでそれほどでもないが、森に入って立派な杉の木を8本引きずり出してきた。その時、私はちょっとバランスを崩して腰を激しく痛めてしまった。それは見事に自分で判る程に、「グキ」っとズレる音がして、私も「あ」と声を出した。

それからはもうまともの動けず、まだ昼前なのに、まともに手伝いができなくなってしまい、リタイヤ。何の為に1泊したのかわからない。申し訳ない気持ちで一杯だった。

それからは夕方まで由が手伝いをして、私は痛くてじっとしてるのも辛いが椅子に座っているだけだった。雨が酷くなってきた16時頃に、御殿場フィールドを離れた。

途中渋滞のメッカ海老名SAを境に13km程の渋滞に巻き込まれたが、全て由が運転すると言ってくれたので渋滞も頑張ってもらい、退院間近の母親の病院に顔を出し、20時頃に帰着。助手席から降りると立つ事すら苦痛の痛みに襲われ、しばらく小雨降る中、濡れるがまままで痛みに耐えるしかなかった。

小雨の中荷物を由に降ろしてもらい、私は抜き足差し足で1歩1歩をやっとのこと前に出して帰宅。これほどキツいのもなかなか思い出せない程辛い。

家の中ではトイレに行くのも風呂に入るのも強烈に痛く、これはしばらく歩けない感じで明日からの仕事は無理そうな気配満点な夜だった。

写真は由が生まれて初めて運転したユンボ。私は実家のフォークリフトはしょっちゅう運転していたが、キャタピラ車は記憶にない。

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2007年06月24日

ミニコンペ3rdその2

前回に引き続き、思いのほか少人数のミニコンペ。かの世界選手権選考会への参加者の方も一組ではない大先輩も参加し、学ばねばならない走りを沢山を見せて頂ける。

ただ今回はあまり競技内容を私はみていなかった。判っているのは、くーチームにはクリーンランが1度もなかった事、ミスが多かった事だ。正直な所、私にできる事として写真を撮ったりしているのだが、そういう事をしていると結構慌ただしかったりする。

それが理由ではないが、同時にくーチームは復習用にビデオを撮っているのだが、ファインダー越しにみていると、失敗したかクリーンランできたのかはあまりよく判らないものなのだ。あとでしっかりとハンドラーが復習するには、それがわかるようにビデオを撮影しなければならないので、適当でもいかない。裏方さんはそういうものなのだから別に気にしてはいないのだが、今回は特にあまり記憶にない。

あとでコーチからくーがB型犬だという指摘を受けたのだが、まさにその通り、今回は何だか由の事もあまり見ておらず、聞く耳も持っていないような動きが多く、由の普段の散歩から行動に大きく影響しているのではと本人もうっすらと感じ取っていたようだ。コーチはそういう犬との敏感なやりとりの違いを鋭くチェックしてくださる。

普段の生活では、由はくーとの関係がある程度のレベルに達していると、それ以上はする必要もないという結論を自分で下し、時折積み重ねてきた練習を一旦休止してしまう事がよくある。確かに呼び戻しもコマンドもよく聞いてくれるくーなので、普段の生活ではそんなに苦労しない。実はそれに至るまでには、涙と努力が必要だったのだが、それもこなせるようになると、人間なだけに一安心をしてしまうものなのだろう。私だってきっとそうだ。

アジリティはそういう意味で、積み重ね続ける事が大事なのだと思う。犬は飼い主の態度や満足度に至るまで、敏感に感じ取っているのだろうか。であれば、まさに日々勉強の積み重ねが大切になってくる。

内容的には相当低いレベルだったのかもしれないが、ミニコンペという競技会はとても勉強になる。これから真夏のシーズン。アジリティも一休みの時期だが、ここ御殿場フィールドはまだまだ朝晩は涼しく、セミナーも早朝とナイターに別れてあるのが嬉しい。

今日はテントで1泊。明日はフィールドに集まる常連が、フィールド整備のボランティアで1日作業をする予定。夕食を外で食べて、就寝。

写真は嬉しそうにジャンプするくー。

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2007年06月23日

ミニコンペ3rdその1

ミニコンペという言葉はずっとゴルフ用語だと思っていたので、何だか違和感があるが今回もアジリティミニ競技会のようなものが雨の予報の中、御殿場で行われる。と思っていたのだが、前日に予報が急変。土曜は晴れの予報に。雨の中テントを張ったり撤収しなければならないのは憂鬱だったので、嬉しいニュースだった。

東京を出る時は小雨がちょっと降っていたが、ガソリンを入れて東京ICに乗るあたりで路面はドライ。しかし交通量が多く、いつもの時間なのに例の自然渋滞のメッカ、大和トンネル手前で渋滞が始まっていた。といっても30km/hまで落ちた程度で完全に停まる事はなかったのだが。雨予報なのに何でこんなに出かける人が居るのは予想外だった。

秦野中井手前でウィル家に抜かれ、マイペースで御殿場へ。ファミレスに寄り、由を起こして朝食を取る。コンビニに寄ってフィールドへ。この時間だとミニコンペでは殆ど常連しか来ていないパターン通り、知った皆さんが3組到着していた。

まだ近くは路面が雨で濡れていたので、明け方まで雨は降ったようだ。朝のさわやかな御殿場フィールドは気持ちがいい。今は丁度いい感じで、涼しい風とさわやかな日差しが朝は降り注ぐ。適度に風があると蚊も寄って来ない。

フィールドには新しい顔が居た。それはコーチの所の黒ラブのパピー達だった。生後2カ月の子たちは、実の所これまでみたことがないほど、活発で2カ月と思えないほどに犬社会を判っているように感じた。コーチのあとを離れずについていき、呼べば集まって来る2カ月のパピーをみた事がなかった。サークルでウンチまみれになる事もなく、トイレもサークルの中に一部しかない新聞紙の上にしっかりする。驚きというか、それが生まれてからすぐにできていたというのだから凄いとしか言いようがない。

血統というものはそれは奥が深い。勉強した位ではこれっぽっちも判っていないように感じるのだった。犬の事については、くーを家に迎えるにあたり、日々勉強してきたつもりだった。それはほんの触った程度だという事も頭では判っていたのだが、それを見事に証明してくれたというか、目の当たりにする事ができた。こういう場に居られた事を感謝したいと思う。

くーと生活をしてきた4年半、近所の公園、しつけ教室、ディスク競技、アジ競技など、色々な犬や飼い主と出会える機会を重ねてきたが、それこそ犬と飼い主の数だけ、その犬との生活のスタイルや個性があるという事と、やはりこうなりたいとお手本に思える人々との出会いがあった。日々学ぶ事を心がけて、くーだけでなく、犬と生活する上で多くの先達との交流を大切にしていきたいと思うのだった。

そんな事を感じながら、コーチの所のパピーと遊んでいると、コンペがゆっくりと始まるのだった。

写真はその素晴らしきパピーたちとお母さん。

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2007年06月22日

エベレストBCへの道

中国が北京オリンピックに向けて色々と慌ただしく準備をしているようだが、その中の一つのネタで、なんとチベット側のチョモランマBCへ、高速道路を引こうと計画しているらしい。

チベット横断鉄道なんかも永久凍土の上にどうやって線路を敷くんだとか、メンテナンスをどうするのだとか思っているうちに、開通してしまっている。そう、向こうには途方もない人件費の安さを捻出するマンパワーが有り余っているのだ。

今回の高速道路計画も、どうやら聖火リレーの経由地になっているチョモランマBCの為に計画されているようで、シガツェから108kmをこれから作るらしい。単なるメインルートでも簡易舗装なのに、このあたりはメンツと国策という部分で実際には実現してしまうだろう。

他にも大気汚染やら農薬、ダムによる干ばつなど話題に事欠かない中国だが、私は食文化としての中華料理の偉大さ、歴史に積み重ねられた文化などは奥深く素晴らしいものを沢山持っていると思っている。中国を旅する事も、中国で大変な目にあう事も、それはそれで文化の違いもあるので当然だし、また日本にはない素晴らしいものを沢山経験させてくれる。

ただ、折角同じ地球という一つの星の上に住む人間として、どんな民族ともどんな宗教も敬い共存していけるようになって欲しいと思う。これから生きていく人ができるだけ多く幸せでいられるように。たかだか人間は100年も殆ど生きられないのだから…

写真はネパールのアンナプルナ山系でトレッキングした時、ダンプスのロッジに泊まった日の朝のもの。由がお茶を飲みながら、壮大なヒマールを眺めている。エベレスト(チベット名:チョモランマ、ネパール名:サガルマータ)は、ここからはさすがにみえず、カトマンドゥからの方が近い。

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2007年06月21日

ビリーさん来日中

昨日の朝のラジオで、売れに売れているBBCのプロモーションで本人が来日する話を聞いた。きっと空港はパニックになるだろうと思っていたら、やはり250人ほどのファン?が歓迎したようだ。

また知らないうちにビリーさんの公式サイトができあがっていた。.netドメインで日本向けという事は、本当に日本人だけのブームという感じ。何だかちょっと情けないというか、ショップジャパン大儲けというような気がする。

まあその後3日分私用で休んだりしたが、2週目が終わろうとしている。続ける事で少しづつ効果も出てきているので、よい傾向ではないだろうか。宣伝に踊らされたとはいえ、ちゃんと効果が出るなら、それでよい。健康ビジネス、ダイエットビジネスはやはり儲かるのだろうか。

今の段階で日々上下はしているが、2週間で2kg、体脂肪はスコア2つ分減った。まだまだ先は長い。

ビリーさんもアジアのこんな狭い国でこれほどブレイクすると思ってはいなかった事だろう。

写真はあまり意味はないが、飼い主がビリーさんをはじめると、くーはこんな顔や、遊んでくれると思うのか、嬉しそうに尻尾をふりながら蹴られそうになりつつも飼い主の廻りをぐるぐる回ったりする。これは知人から借りたフィッシュアイで撮影してみた、Nikon NewFM2で撮ったもの。

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2007年06月20日

沖縄地方梅雨明け

東京は梅雨のまっただ中というのに、ここ数日は暑い。昨晩なんかは寝室の気温は29度あった。私は扇風機で何とか寝られたのだが、由とくーが1時半頃に暑いと暴れ出し、エアコンをとうとう今シーズン始めて入れて寝た夜だった。

湿度も高めで、まあ梅雨らしいといえばそうなのだが、週末は雨が戻ってくるという。この週末は土曜は御殿場のミニコンペがあり、日曜はお世話になっているフィールドの手伝いを予定しているので、テント泊の予定だ。雨の中、テントを張る事がここに来てやたら多い。

旅の途中でも雨の中のテント設営・撤収はできるだけ避けてきたのだが、週末1泊となり、当日になって行き当たりばったりという事ができない分、雨に遇う確立も少なくない。

ただ来週中には母親も退院してくる予定になったようなので、この週末は何とか病院に顔を出しておいた方がよさそうな気配だ。日曜の夜、面会時間内に都内に戻ってこれるように調整しようと思っている。

その後、来週末には由のご両親がとても久しぶりに上京される。数日狭い我が家に泊まって頂くのだが、その間土曜の朝は私は定期通院だったり、日曜は法事に由のご両親をお連れしなければならなかったりと、やる事は沢山ある。来週の前半は1日年休を取って、平日の都心観光でもお連れしようと思うのだが、全て計画はこれからになる。

まだ東京は梅雨なのだが、沖縄はもう梅雨明けのようだ。じめじめしてはいるが、都内で動くのであれば梅雨でもいいのではと思ったりする。少しでも楽しんで貰えるように、頑張らねば。

写真は沖縄といより、私としては八重山といいたい石垣の定番宿泊地。米原の第4炊事場周辺からビーチに出る細い道に差し込む夕陽。最近行ってないなぁとしみじみ思うのだった。

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2007年06月19日

研修へその2

今日も引き続き研修。朝になっても涼しさはあまりないので、由とくーも起きてきた。朝食代わりにやはり野菜ジュースで昨日よりももっとゆっくり8時半近くになって出発。

講座の進み具合がゆっくりなのだが、テキストは3/2位残っている。こんな進み方では復習もできずに試験に突入という感じだ。朝のうちに買っておいたおにぎりとパンの簡単な昼食をさっさと取って、予習をしたのだが、用語が多くて大変だ。

殆どにおいて耳にした事があるものではあったが、その説明やら特徴などまではなかなか頭に入っていない。ここぞとばかりさび付いた頭の中に刷り込もうと努力するのだが、これが久しぶりなのできつい。正直音を上げそうになった。

夕方16時頃から認定試験を受けるので、それまでが勝負だ。試験のやり方も結構しっかりと隔離部屋で持ち込み物なしという内容なので、緊張する。

はじまりから席の案内や説明に戸惑わされ、落ち着かないままテスト開始。またこういう状況だと自分の中で頭の整理がつきにくく、答えをミスする事が多い私は、とりあえず最初の10分位はうろたえたが、完全に分かる所だけを中心に進め、最後にあらためて見直した。

内容も何だかんだ行っても2日間の講座の中以外からも出題され、それまでの自分のスキルに頼るしかなかった。まあただ今回の試験は3段階の1段階目なので、こんな所でコケる訳にも行かない。逆にそういうプレッシャーが私にはまた弱く、落ち着かなくさせてくれる。

残り10分ちょっとを残して、もう面倒になって終了。すぐに結果が出た。

結果、84%の正解率で合格。70%の正解で合格なので、まあよしとしよう。ただ正解率をみると、苦手ではない分野がなんと34%という低い合格率だった。自分で納得がいかなかったが、まあとりあえずは結果が合格なのだからよいだろう。

ちょっとだけほっとして、帰りのバスではやっとこの2日間でラジオを聞きながら帰ったのだった。

写真は2日間朝や昼もロクなものを食べずに精一杯頑張ったあと、妙に食べたくなった沖縄そば。首里城近くの青雲の野菜そば。

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2007年06月18日

研修へその1

今日はとある技術資格の為の研修。水道橋方面へバスで向かう。朝がゆっくりなので、由とくーと朝食、といっても私は野菜ジュースだけなのだが、こういうのもたまにはよいと思うのだった。

先日も別の資格取得研修に行ったのだが、今回はそれよりも難しいというか、広範囲の知識が必要になる資格なので、2日に渡って行われる間は居眠りができない。ましてや昼休みすらテキストを読み返し、帰ってからも予習する程だった。

今日、明日は他に何も考えずに、この資格に合格する事を第一に頑張ろう。

といっても帰ってビリーさんの腹筋プログラムはしっかりやったのだった。

写真は頭の中は勉強しなければならないもので一杯なので、関係はないが今の時期の北海道は清里で満開だと思われる芝桜。勉強で頭を使いすぎて満開のような気分だったりする。

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2007年06月17日

新型が気になる

物欲の季節。今使っているメインのPCといってもいい、パナのレッツノートR3。現行モデルはR6になり、少々大きくなったり、バッテリの稼働時間も短くなったりしてはいるのだが、デュアルコアのCPUになって、そろそろ羨ましく思えるようなスペックになってきた。

R3はハードディスクをHGSTの120GBに交換しているのだが、今は標準でSATAの160GBも選べるようになり、今以上に使い勝手はよくなってきているはずだ。ただOSはできればまだXPの方がよい。Vistaは何のメリットも今は感じられない。

そんな中、会社の同僚が4年愛用していたT2が壊れ、いきなりW5を発注した。それをみて触発されたのか、私もちょっと眺めていたらR6のブラックモデルが出ているのに気がついてしまった。

黒好きの私は、バイクも殆どが黒だったので、シルバーまたは天板だけが他のカラーというレッツは、それならシルバーがイメージカラーなのでそれでいいかなと思う程天の邪鬼なのだが、黒は素晴らしくよくまとまっているように見えた。

但し、反面VistaOSしか選べなかったり、価格もそれなりにあがってしまう(といっても標準装備と限定モデルのスペックをみれば別に特に高い訳ではないのだが)。よくあるパターンでは、色の限定モデルを出したという事は、次のシーズンにはまた新型が出るのではないかと思ってしまったりと、自分で言い聞かせながら結局迷っている。

できれば画面の解像度がSXGAクラスまでは最低でも欲しかったのだが、サイズ的に限界のようだ。また今のR3が別に動かなくなった訳でもないので、結局は我慢する事になる線が強いというのも分かっているのだが…

秋に出そうなCanon EOS 30Dの後継機も気になるし、お金はいくらあっても足らないようだ。

写真は新しい欲しいものとは違うが、年代が古いものという前提で、程度がよければ今でも手に入れたいと思っているXR250R。レース専用車にチャチな保安部品をつけただけのものだが、素晴らしく楽しい乗り物だった。リアサスを交換しても乗るべきだったとちょっとだけ、後悔していたりする。

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2007年06月16日

起業するという事

ずっと思っている事がある。サラリーマンになった頃から、それはずっと考えていた。いや、サラリーマンになる前から、思っている。

それなりにちゃんとした会社に入った事は、バブル当時の売り手市場と言われる景気のお蔭とも言えるのだが、ひがんでいる訳ではなく、正直に思う事がある。

学歴社会と言われる現実では、ある程度有名な大学出身者しか採用されず、また採用されたとしてもその学歴が後ろ楯にないと出世ができないというのも少なくない。私のような三流大学出身者は、出世なんか関係ないものなのだが、もっと真面目に出世したいと頑張っていれば、既にマネージャなんかなれていたと思う。しかし、10年ちょっと前にあった仕事上の病気と失望から、それがいかに自分らしくないかという事を考えるようになったきっかけだったとも言える。

それからというものは、常に自分がこの会社を辞めて、自分のペースで自分のしたい事をしていきたいと思いながら、余裕がある時にその準備のつもりで、色々な事をトライしてきた。

とはいっても「余裕がある時」と言っている事自体、甘ちゃんだとも思っている。本気度が足らない訳で、それはぬるま湯につかりながら、見果てぬ夢を思っているだけだったのだ。

確かに副業なんかもやるようになり、ちょっとした臨時収入もあった訳で、もっともっと本気度があがり、決心がつけばひょっとしたら既に起業しているのかもしれない。そうならないのも現実なのかもしれない。

これからいつ起業できるのかというと、結果的に完全に独立はできないのかもしれない。どのレベルに達する事で、決意が固まるのかも見えていない。考え過ぎて一歩を踏み出す事ができないのかもしれない。逆に失敗を恐れるばかり、一生独立なんかできないのかもしれない。

そんな事を思う理由は、私の親しい友人が起業する事を決めたという事を知ったからだ。既に起業している友人も居るのだが、そういう話を聴くと、ゾクっとする。決心は半端なものではなかっただろう。これから茨の道が彼を待っている事だろう。しかしそれを承知でブラインドコーナーの先に進む友人は、輝いてみえた。

自分がそうなれる時は一体いつなのだろうか。ひょっとしたら、今の会社でマネージャにもならず、適当に定年まで過ごしてしまうのかもしれない。

もう少し身の振り方を真剣に考えなければ、と改めて思う土曜日だったのだった。

写真は今回の話とは別な友人のものだが、旅の知り合いで既に起業?していた友人を冬の間のバイト先である斜里の製糖工場の寮まで会いに行ったときのもの。この頃知り合った友人は、起業精神が旺盛なのかもしれない。

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2007年06月15日

知床のダートは今年も通行止

初めて知床のカムイワッカの滝へ行ったのは、1986年の夏の終わりだった。85年は五湖を回っただけだったのだが、バイクがRG250ガンマというフロントの方が径が小さい、2ストロークのレーサーレプリカだった。その為、夕方という時間もあって、諦めたのだった。

86年は、沖縄からの日本縦断中だったので、徹底的に回る予定だった。ただ行きたかったカムイワッカの滝には、人であふれていたのだが、その中で若い女性が洋服のまま滝壺に入った姿をみて、なぜかとても興ざめしてしまったのだった。この温泉は秘境でも何でもなく、単なる観光地だった事に気がついた瞬間だった。写っている写真には、私の仏頂面が写っていた。

カムイワッカにはその後、2度行っている。翌年のカムイワッカは、滝の上り口を塞ぐように路肩で並べられた観光客の車で埋まっていた。それこそ車たちはUターンするのに路肩を崩し、道にはバスが来るのかカーブ手前にはブレーキングの影響か、洗濯岩のように道が掘られ、酷い有り様だった。ブラインドコーナーを飛ばしてくるレンタカー。何度危険な目にあったろうか。それをみたからかなのか、カムイワッカへの思い出はよいものではないのだった。

知床五湖からカムイワッカの約11kmは、今年も夏の観光期間は通行止めになる。そのその分シャトルバスでのピストン輸送になるのだが、路面へのインパクトは実際どうなんだろうか。バスの方が未舗装路への影響は少なくない。人の入る数は減ったとしても、それはなくなった訳ではない。いっその事、5年間位は誰も行かなければ、随分マシになるのだろうかと思うのだが。

世界自然遺産に認定された知床。その分観光による収入も落ちる所もあれば、手前のウトロに落ちる収入は増える所もあるだろう。損得ではなく、知床という日本で有数の手つかずの自然を、どう守っていくか、どこまで人が容易に入れるようにするか、色々と決めなければならない。

写真は知床に向う途中、斜里の周辺で脇道のダートに入った所。

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2007年06月14日

新サーバにデータ移行完了

ramble.comを立ち上げた1996年。しばらくしてから、ずっとお世話になっていたサーバリセラーの方が好意で私達に貸与してくれていたサーバにおいて、メールの配送がされなくなってしまうトラブルが起こってからもう2カ月近く経つ。

この間どこが原因となっているかを調べるうちに、サーバに脆弱性が残っておりそこへの攻撃があったり、その関係でとある脆弱なサイトをブラックリストに載せているサイトにドメイン登録されてしまったり、Googleのクロールシステムの問い合わせ先に確認を取ったりしなければならない事が重なった。ISP2社、携帯キャリア1社、回線キャリア1社へも何度もメールのやりとりも行っていた。

ウェブコンテンツのクリーニングを一気に行ったあと、あらためてメールの配送が回復しないという事から、サーバを引っ越す事を決めた。この時サーバーリセラーの方に用意して頂いたサーバはドメイン切り換えができず、折角データをバックアップ&アップロードした時間がフイになってしまい、もう1度新たに用意して頂いたサーバに対し、同様にデータの移行作業を行う事になった。cgiの設定や、寸前までのデータ移行、そんな中不幸は重なる訳で、我が家のフレッツ光回線が障害でネットが使えなかったりと、とんでもなくトラブルが集中した期間でもあった。

これほどトラブルが重なると、本当に嫌になる。パートナーもいる訳で、笑っていられる状況でもなく、本当に困っていた。そしてどこをどうする事で、メールの配送が回復するかがずっと見えなかったのだった。

この間海外と英文メールのやりとりも相当行った。寝る時間が減り、それでもやらなければならない事は私が進めなければ進まない。本当に疲れ果てていた。

そして今週12日(火)にあらためてサーバを用意して頂き、そこにデータを一気に移動。といっても移動時間がかるく3~5時間かかり、途中でサーバとの接続が切れてしまう事も多々ある。なかなか完了する事ができないので目が離せない。夜遅くまで作業をし、転送設定やhtaccess設定など、2台分を行った。そして何とか今日14日(木)の時点で、殆どの動作確認も取れた。

このサーバ移転を行ったあと、メールの配送も問題なくなったようだ。DNSの切り換えが完全ではないかもしれないが、今の所問題は解消。本当に胸をなで下ろす事ができた。長く、そして自分のスキルでは解決できなかった事に口惜しさも感じるが、とにかく通常運用に戻る事ができてよかったと思っている。

ramble.comスタッフに原因と思われる事や対応経緯を説明し、それぞれがアクセスできる情報を引き渡した。あとはユーザにその旨の報告を行えば、完了といってもいいという所まで来た。

疲れたが、まだ完全に安心した訳ではない。また脆弱な部分に攻撃を受ける事もある。定期的に問題がないかをウォッチしなければならず、やはりサーバの運用というのは大変な労力が必要とされる事を、今回心底痛感させられたのだった。

2007年06月13日

ユーパロの湯が再開

北海道ツーリングの際、道東エリアにフェリーがなくなった事から、必ず道央の苫小牧か小樽から出入りする事になって、それまでめったに通らなかったルートを走る事になって、ある意味楽しい。

その中で夕張は結構通過頻度があがった。夕張はあの噂の破産した町であるが、その昔は炭鉱で繁栄をしていたのは記憶に新しい。映画の舞台にもなったり、メロンで有名だったりと、そんなに悪条件ばかりではないと思うのだが、結果的に町で税金を食いつぶしてきた役人が悪い訳で、それは夕張ばかりではないだろう。

日本各地で金銭ボケや私利私欲の為に一生懸命になっている役人が大勢いる。社保庁のあまりにいい加減な業務も嫌でも耳に入ってくるが、それだけおかしい人が大勢いるという事だ。それこそまともな感覚をもって役人の仕事を遂行する人が霞んでしまう位、状況は最悪といってもいいほど腐っている。

そんな中、休業していて、私も何度も旅の途中に立ち寄った夕張ユーパロの湯が、運営委託を受けた企業が営業を再開する事になったそうだ。当然入浴料金も少々値上がりしたのだが、そんなに利用者がいるのかというと大いに疑問だ。無駄な施設を山ほど北海道でみかけるのだが、温泉だけは私たちよそ者にも結構有意義に利用させて貰える為、唯一助かる施設でもあったりする。

ただ温泉の良さというよりは、綺麗すぎるクアハウスとなった温泉施設ばかりで、カルキ臭がしたりすると強烈に興ざめしてしまう。北海道の温泉は濃く、その分施設を劣化させたりする硫黄や塩分が多い為に、メンテナンスも大変だろうと思う。しかし、やはり大自然の良さを感じられる温泉は、その良さを潰さないようにしてほしいものだと思うのだ。

夕張を通過する事もこれからあるだろう。その為にも、よい施設に変わっていく事を祈る。

写真はそのユーパロの湯。巨大な施設で、北海道によくあるまわりの風景になかなか溶け込めない近代的な建造物だったりする。

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2007年06月12日

BBC最終プログラム

由がはじめた頃は体調が悪くて運動どころか会社すら休んでしまったのだが、2週間遅れでビリーのプログラムを実施し、日曜の草アジ競技会の夜だけ1日休んで今日がやっと最終プログラムの日。

7日間実施したとはいえ、中身はどの程度できたかというと、半分もできなかったかもしれない。特に最初の基本プログラムの2日間はきつく、その次の応用プログラムも強烈にきつかった。どちらも50分ちょっとのプログラムなので、その時間がとても長く感じられたのだった。

腹筋プログラムは30分。私としてはこちらの方が好きだったりする。昔はガリガリに痩せていた私は、浪人時代に10kg太り、その後はあまり減らずに過ごしてきた。ここ半年前位からますます体調が悪くなって、ウォーキングに努めてはいたが、正直きつかった。

ビリーさんがどの程度効果があるかわからないが、自宅でできるという事でしばらく頑張ってみようと思っていた。ただ私は口にだすと一気にやる気が失せてしまうので、そっと続けてきていたのだった。

そして最終プログラムはテンポよく進み、帰宅後の夕食&風呂前の頃なので、湿度も高く、汗だくになりながら30分をこなした。ただ最初の頃からすれば、色々と体の変化を感じる事ができた。

この1週間の間、ピークから今日のプログラム終了後の体重や体脂肪データをみると、体重にして2kg減という結果だった。ただ2kgといっても結構日々前後するので、あまり嬉しくはない。

目標とするのは、8月頭に予定されている会社の人間ドッグ。この日まであと4kg痩せなくてはと思うのだった。

写真は噂のビリーバンド。まだこれをまともに使えるレベルではない。

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2007年06月11日

サーバ引越し中

先日からメールの配送トラブルはずっと続いているが、この間に色々な対応をしていた。ただ、1度サーバの引越しを実施したのだが、契約先との問題で結局うまくドメイン名を引越しできず、あらためてもう1台のサーバを借りて、直接ramble.comとramble.netを引越しする事にした。

これにより数日のアクセス不可能時間が起きるかもしれないが、背に腹はかえられない。とにかく解決したい問題なので、私の作業は増えるが何とか一気に引越しを行いたいと思っている。

今週がヤマかもしれない。そして切り替わりが反映されるのは来週あたり。何とかこれでケリをつけたいと思っている。

これによってご迷惑をおかけするユーザの皆さまには、改めて謝罪する事になるのだが、それも仕方がない。

メールの配送が止まる事がこれほどまでに大変なのは、判ってはいたが、突然やってくる。これがネットワーク社会とも言える。

あと少し、頑張って対応していきたい。これから差分バックアップを行い、寝るのはまた日付が変わってしまうだろうが、少しでもダウンタイムを減らすには、頑張るしかない。

2007年06月10日

雨の寒川で

朝から悪天候になるという予報の通り、家を出る頃には小雨が振り出していた。

酷い雨になるどころか、雷雨になるという予報で脅されている為、長靴や着替え、レインウェアなどを準備し、それでも完全ではないが雨対策をして出かけると、都内も東名もガラガラだった。

この週末天気が悪いという予報で、行楽客も外出を控えたのだろうか。普段の半分以下の交通量で快適に目的地近くの厚木ICで降り、眠さはいつも以上にあるので朝食を軽く取り、コンビニで昼食を買い、会場へ。既にタープが10張近く張られていた。

まだ雨は殆ど降っておらず、路面はドライ。芝のフィールドはちょっと湿っているが、この状態のまま今日1日が進んでくれれば嬉しいのだが…

アジリティ競技会に出るようになったのは、昨年の6月。ここ寒川の初アジスクランブルから。あの時はBOP、BAGの2種目だけだったが、今回由がエントリーしたのはJOP、AGOP、JP1の3走。まだ一度もクリーンランはんこを貰っていないのだが、頑張って練習をしている事もあって、あとちょっとという所まで来ているのだが、集中力が続かなかったり、注意点を判っているにもかかわらず、失敗してしまう事が多々あるようで、それがいつ克服できるかというのが重要ポイントだったりする。

すっかり出遅れてしまっている我が家は、またもウィル家のタープにお邪魔させて頂く。いつも申し訳なく思いつつ、荷物を運び込む。

おなじみの参加者の方と、朝の雑談のひととき。競技が始まれば皆それぞれ検分やコース取りの事で頭が一杯になり、余裕がなくなっていくので、この時間だけが唯一といってもいいおだやかな時間だ。しばらくすると雨が振り出し、競技開始の頃は雷雨に。ものすごい雨の中、ハンドラーはレインウェアを着ても前が見えなくなる為、帽子やフードも被らずに濡れながら走る人も多かった。

足を取られる場所があるらしく、そこでは大勢がスリップ。怪我はなかったようだが、サッカーシューズや野球のスパイクを履いていても、ゆるい地面では滑る。くーをはじめ、犬たちも結構前のめりにスリップする子たちもいて、コーチはラージの高さを1段階低くして配慮してくださっていた。

競技は我が家はJOPから始まり、JP1、そしてAGOPという順。

残念ながら今回もクリーンランは1走もなかったのだが、全て完走。今回はひとつ、ドッグウォークのコンタクトが成功。しっかりとライダウンエリアでアイコンタクトをしていた。しかしAフレームはやはり練習不足。失敗してしまった。

またコーチから出走前に指摘された点を見事に失敗し、大目玉を貰ってしまった。由自身も何であそこで声を出したのだろうと後々まで悔やんでいた。それにしてもさすがコーチ。由が失敗しそうな所を見事に指摘してくる所は、本当にプロの凄さを感じずにはいられない。

課題も多かったが、クリーンランはなくても完走がもう当然のようになった事に、1年の練習の時間が証明してくれているような気がした。まだまだ先は長いが、くーとの繋がりを楽しめるように頑張っていきたい。私はそれをサポートしていけるように、そしていつかはもう少し走れるように、体を鍛えていきたいと思うのだった。

夕方から雨はあがり、濡れたタープも帰る頃には乾いた。ヤドカリな我々としても少しは気が楽になるのだった。

写真は土砂降りの雨の中の控えタープ内。前の3人はハンドラー。

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2007年06月09日

雨の土曜日

そろそろ梅雨入りしそうな6月。今週の中旬まではからっとした気候で気持ちよかったのだが、週末にかけて天気がよくない。それも何だか最近の地球上の異常気象の現象のように、突如として真っ黒の雲が覆い被さり、突風と豪雨と雷に襲われる、という感じの夕立(と呼ぶのかどうかわからないが)がやってくる事が多くなってきたような気がする。

子供の頃、まあこれほどでもないがたまにはあった。それで傘も役にたたないほど下着までずぶ濡れになった事も、ノートや教科書が波うつ事になってしまったのを、少しだけ憶えている。

ここ数年は、18時以降に急激に不安定な空が東京の空を覆い、あと少しで自宅という所でびっしょりになってしまう事がある。非常に腹立たしい。本当にあと5分、10分の所に来て、30分以上待たされる事になるのだ。

何度も待っていられない私はかけだして、すっかりずぶ濡れになってしまった事も1回や2回ではない。

職場のあるお台場でも、不安定な雨雲によく覆われる。海際だから風が吹くととんでもない突風になるのだが、風に弱いと有名なゆりかもめにもよく影響する。

バスに乗ってしまえば、雨を楽しむ事はできるのだが、結局家と職場の間には、屋根のない所を合計で20分以上歩かなければならない為、このような天気の時は濡れるしかなくなってしまうのだ。

写真はお台場のテレコムセンターロビー。やたらここでロケをしているようで、色々なドラマやコマーシャルの中でみかける。最近はここの最上階がよく空港の搭乗口に使われているような気がするのだが…

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2007年06月08日

相変わらず古い映画で

バイクが出てくる映画は好きなので、古い映画をリッピングして、ポータブルマルチメディアプレーヤーに入れて持ち歩いている。流石に通勤時に1本は無理なのだが、まあそれなりに観ているとあっという間に時間はすぎてしまうので、うまく使えば気分転換になってよい。

今入っているのは、松田優作氏の遺作、ブラックレインや、片岡義男氏原作の彼のオートバイ、彼女の島などだ。どちらもストーリーやシュチュエイションの矛盾はいくらでもあるのだが、シーン的に好きな所があるので好きな作品と言える。

ブラックレインは強引なストーリーに流石ハリウッド映画という所で、日本なのか中国なのかよくわからない部分が目立つ。中で使われている日本語もおかしい所が多々あるが、日本人のそれも有名な俳優が演じている部分は素晴らしい。文化の違いがわかるのはやはりネイティブだけなのだろう。

シングルのオフ車にインラインフォーの音を重ねていたりするのはとてもよくあるパターン。この作品も多分に漏れず、2ストシングルのオフ車が集合管サウンドを奏でている。

日本のその筋の人々のシーンは、時代錯誤かもしれないが、それなりに雰囲気が出ていてよいと思うのだが、どうなのだろう。私もそんなものはよくわからない。忠実に映像化する訳ではなく、エンターティメント作品なのだからまあいいのではないかという程度だ。

そしてもうひとつ、なんと大林宣彦氏監督のカドカワ映画。原作はカドカワ文庫、配役も渡辺典子や原田貴和子と、カドカワ一色の映画なのだが、ちゃんとW3-RSやW1SAを使っている所は偉い。それを惜しげもなく転倒させる所は、ストーリーとは別に勿体ないと思ってしまう。

CB250RS-Zやヨンフォアが使われている部分は、時代がごっちゃになっているのだが、原作にはほぼ準拠しているので許される範囲だ。数少ないツーリングをシーンの中に取り込んでいる日本映画として観れば、観れない事はないのだが、時折あまりにも臭すぎるセリフやシーンに正直鳥肌を立てたりする事もできる作品だ。

好きなシーンは、やはり冒頭の信州は別所温泉へツーリングするシーンや、瀬戸内のフェリーのシーン。内容はどうでもいいのだ。

今はW650というバーティカルツインを再現した同じ路線のモデルがあって、一時期とても興味をもったのだが、私にはあまり向いてないような気がした。SRXのようなフェアリングなしのバイクで旅すると、汚れが隅々まで入り込んで大変なのだ。おまけに乗り手の体も汚れる。

バイクらしさのイメージでは、W3-RSは確かに美しく、音もよく、日本の旅するシーンに素晴らしく溶け込んでいると思うのだが、私としては別にカタナだっていいと思ってしまう。四国はRG250ガンマやXRで旅したのだが、流石にガンマは似合わなかった。日本の山村を旅する時に、絵になるバイクはやはり、私の趣味にあう車両でもある。


写真は阿蘇の外輪山。日本縦断の時、沖縄から九州は鹿児島に渡り、フェリーで宮崎に入ったあと、阿蘇まで霧島を抜け山の中を走った時のもの。日本の正しい山村風景をこの夏、これでもかと見て感じる事ができた。

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2007年06月07日

夜の雨

天気が不安定になってきていて、職場にいる間に何度か雨が降ったようだった。職場を出て、家の近くまでくると、いかにもという雨雲が浮かんでこちらにやってきているのが見えた。

夜に相当強い雨が降った。今の時期、寝室の窓を開けてねると、さわやかな風が部屋を抜けて気持ちよく寝られるのだが、雨が降ると軒がない我が家のベランダは、雨が吹き込んできて部屋の中が濡れてしまう。

寝ている間でも、雨が降ってきたのに気がついて窓を閉めるのは私だったのだが、今日はまったく気付かなかった。まあちょっと早めに私は寝ていたので、丁度眠りが深かったのかもしれないが。

夕方から湿度の高い、生暖かい空気が漂っていたのだが、夜は気温も下がって空気の汚れも雨が吸い取ってくれたような、すっきり軽い空気に変わっていた。雨もたまにはよいものだ。

但し、今週日曜に予定している丁度アジ競技参加1年目の記念すべき競技会だ。場所も同じ寒川。あの日は酷い雨だった。今週の前半の予報では晴れとなっていて、これまで私達が寒川に訪れる日は100%の確立で雨が降ったので、これで雨のジンクスが解消されるかと期待したのだが、やはり予報は明らかに雨。

こんな雨は憂鬱になってしまうのだった。

写真はその1年前の初競技会参加の時のくー。場所も寒川で、足はぐっしょりと泥だらけだ。

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2007年06月06日

哀れな愛車たち

私自身、結婚後はそれなりに北海道ツーリングも続けてきていたが、くーがやってきてからは、一人で長期間(といっても1週間ちょっとだが)の旅は控えてきた。別にそれは仕方なくではなく、気にならない状況でもあった。

古い旅人の友人たちも、結婚するとしばらく旅から遠ざかってしまうものもいる。また子供ができるとそれは顕著になり、なかなか子連れでは昔のようにバイクで気楽にツーリングなんかできる訳もなく、家族で車で旅をしたりするのが限界だろう。実際は旅をしている余裕がないし、実際しても心から楽しめなくなるからが、きっと遠ざかる理由なのだと思う。

しばらく子育てに明け暮れ、でも合間にはバイクに乗りせいぜい1泊程度のツーリングにいく事ができるようになると、ふつふつとロングへの思い入れが深くなってくる。子育てや犬の世話などは奥さんに任せて、という人もいるだろうが、私はなかなかそういう気にもなれない。由はこれまでも、一人で旅にいってくればと言ってくれた事もあったが、やはりなぜか心の底から楽しめなくなるのが分かるだけに、実行に移せない。

バイクのメンテナンスなんか、もうすっかりしなくなってしまった。私のバイクの場合は元々そんなにメンテナンスらしい事を必要としないモデルだったのだが、自分でエンジンやフォーク、ブレーキオイルの交換くらいはしてやっていたものだった。

2年動かしていなければ、ラバーやシール部分は相当痛んでいるはずだ。バッテリーはMFになってからはもう諦めるしかないのだが、タイヤにしても信頼度は落ちる。安心して飛ばす事ができなくなってしまっているはずだ。

何とかバッテリーレスのオフ車でも手元においておきたいものなのだが、なかなか代替できる車両がない。昔6万円で友人から譲って貰ったXR250RJなんかは最高なのだが、今欲しいと思えるものがないというのも計画が進まない理由のひとつだと思うのだった。

ガレージのある家、安心して保管できる場所、そして手をいれまくったリッタークラスのオンロードバイクに、250クラスの軽くメンテナンスフリーのオフ車が一番理想な構成なのだが…

写真はある夏の羅臼知床観光ホテル前で。ここの巨大な岩風呂がなかなかいい味を出しているのだ。

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2007年06月05日

ベトナムと香港からの手紙

親しい友人から、結婚後はじめての海外旅行先から絵はがきが届いた。

彼はバイク乗りでツーリスト。しかし最近はバイクでツーリングは殆どしていないと思う。私なんかよりも根っからのバイク乗りであり、ツーリストである彼は