2007年07月31日

今さらクロックス・ケイマン

以前から気になっていたサンダル、クロックス・ケイマンを買った。ずっと欠品していて、在庫も少なく、色を選べない状態だった。偽物が沢山出回っているのだが、それを買う事は考えていなかった。

先日台場のデックスでみつけて履いてみたのだが、サイズが26cmだとでかすぎた。私は普段26.5cmなのだが、これはあまりにもでかいと感じていて、小さいのを履いてみる機会がなく、悩んだままだった。由も同じく23cmあたりなのだが、やはり大きすぎてしっくり来ず、22cmの在庫がなくてサイズを試す事ができなかった。

今回新色も出た事で、ネットで買おうという事を考えていたので、7/23の22時から発売開始されるのにあわせ、チャレンジした。

由はコットンキャンディーを希望したのだが、既にウェブサイトに繋がらない。私は地味なセージグリーンを選んでいたのだが、まずはきっとすぐになくなるだろうと思われた由の方をアタックしていた。そして何とかカートに入れる事ができた。

私の分もカートに入れ、さて決済段階も進み、注文を押すと、由の分の在庫が既にないというメッセージ。これってどうよっていう感じがする。排他制御ができないウェブアプリとはいっても、タイムアウトの時間位は考えてほしいと思うのだが…

結局仕切り直しで由が私が最初に選んだセージグリーン、私がチャコールに変更。何とか注文を終えた。まあ結果的には散歩にも使えるという事で、地味系にしたのだが、それは正解だったと思う。

水曜にはやってきたサンダル。ちょっとだけ私は踵のベルトを使うと、爪先があたるという感じだが、実際は殆ど使わないと思われるので、つっかけで履く場合はまったく問題なし。これなら運転もできると思い、先日のサマーキャンプの往復を含めて、すっかりケイマンが大活躍したのだった。

写真は今回購入したクロックス・ケイマン・サンダル。他に私が普段使っているのは、ビルケンシュトックのゆったりしたサンダル。どちらも気に入っている。アウトドアではケイマンの方が使い勝手が上だ。長靴も欲しくなってしまった…

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2007年07月30日

くーの病院と繰り上げ返済

月曜は事前に会社の休みを取っていた。流石に土日キャンプで夜遅くに帰ってくると、翌日は私は最近厳しい。予想通り、朝はとても辛かった。色々な所が痛い。

そしてこれも予定していたのだが、マンションの繰り上げ返済をする為に、午前中頑張って銀行に行こうという事にしていた。同時にくーの股関節のレントゲンを撮りたいと由が言うので、いつもの病院にも行こうという事になった。

しかし天気予報では午後また昨日のような土砂降りになると聴いていたので、できるだけ早く動く事にしたのだが、体が辛い。何とか10時前に家をロッキーで出て、まずは銀行へ。これまでは由に何度も足を運んで貰って、私のサインが書類に必要なので面倒だったのだが、今回はローン契約者の私が居るので、30分ほどで手続は終わった。その後にすぐに病院へ向かう。

病院に到着する頃には小雨が降ってきていたので、来院する人も少ないだろうとタカをくくっていたのだが、順番待ちは4組。狭いのがたまにきずのこの病院だが、いつも親身になって診断してくれる先生に対して、我が家は絶大な信頼をおいている。

順番が廻ってきて、心配に思っていることを先生に話すと、色々相談に乗ってくださり、くーを診て頂いた。そして混んでいる中、レントゲンを撮って頂き、それをみながら説明をして頂いた。

結果は問題はないとの事。右足と左足の筋肉量の差は、気にならないとの事で、ひとつ強いて言えば骨の湾曲の形が左右でちょっと違う位だという事。これも個体差で何ら問題はないらしい。

心配だった由も私も、安心できたのだった。今年の年末で5歳になるくーだが、まだまだ思いっきり運動はできそうだ。ただ、骨やその構造をみればみるほど、ディスクやアジリティなど、普段生活する上でないような動きをしっかりと受け止める為には、しっかりした骨格と筋肉が必要だというのがよく分かる。そしてあらためて、アジをする上で、コース取りで急な動きやターンの半径が狭いなどくーの速度やサークルのサイズにあったライン取りがいかに重要かというのが、あらためて気をつけなければならないと思わされるのだった。

病院を出ると激しい雷雨。また駐車場の料金を払う数秒だけでびしょ濡れになってしまった。予報よりも3時間近く早く降り出した雷雨の中、家に戻り、私は今年の夏休みである最後の特別休日を由とくーと共に、部屋の中で過ごしたのだった。

写真は病院の待合室で、外の雨音や通過する人の気配を気にするくー。

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2007年07月29日

2007年サマーキャンプその2

6時前に犬の吠え声や人の声で目覚める。由はまだ寝ていたが、すぐに目を醒ました。くーは当然というように、私の顔を足元で見つめていた。おとなしく寝ていたらしい。

朝のキャンプ地は気持ちがいい。曇っていたので夜露があまりなかったが、湿気が結構あり、べたつくが肌寒い山の気候だ。普段ならフライを開けてそのスペースで朝のコーヒーや紅茶を入れるのだが、ドッグスポーツではタープまで行って皆と朝食を取る事が多い。

夜は近くのビジネスホテルなどに泊まった人も多かったようで、その車たちが少しづつ戻ってくる。犬たちはその間、車の中のようだが、くーにはまだそういう宿泊をさせた事がない。それができれば、弟子屈の定宿、鱒やにもまた泊まれるのだが…来年チャレンジしてみたいと密かに思っていたりする。

競技会のプログラムでは、今日も由がエントリーしている種目は1,3,4番目。午後最初の種目までで今日は終わりになる予定だ。私ももっと競技に深入りできるなら、由と一緒に悩む事はできるのだが…。私がみている分には、いい走りをしていると思う。しかし、やはりアジリティというものはとても高度な事を1分程度の中の時間に行わなくてはならず、またそれは並大抵なものではないと思う。見よう見まねでできるものではないのは、私でもよく分かる。だからこそ、私の意見は薄っぺらなものなので一線を超えた事は言うつもりはないが、やっぱり由とくーには楽しんでほしい。何もできないというのも寂しいものだ。

昨日より湿度が高く、時折日差しが差し込むと強烈に暑くなるのだが、総じて昨日よりは涼しい。ただ、風が少なく、タープを抜ける風がないのは結果的に蒸し暑くてたまらない。

お昼はそれぞれ流れで取り、午後の目玉であるハンティングワールドが始まる直前に、バケツをひっくり返したような集中豪雨に見舞われた。人が入っているタープはよかったが、となりに張った犬たちの待機用のタープが倒壊寸前になり、雨に濡れながら張り綱を修正したり、日差しよけに張っていたテントのフライシートを治したりしていた。すっかり頭から足の先まで濡れてしまった。
あれだけの量が一気に降ると、ものの10秒程度で下着まで濡れてしまう。あとは諦めるしかないのだが、しばらく降り続いた雨は、通路を川にし、タープの中も足もとは水たまりになってしまった。30分ほどそれぞれの待機場所で雨を避けているもの、ひたすら倒壊しないように支えているもの、車の中でじっと待っているものと、フィールドは一次騒然としたのだった。

その後まだ会場の通路は水が川のように流れているものの雨はあがった頃から、検分が再開された。フィールドの水はけは素晴らしくよく、すぐに走れるようになったのはさすがだった。外ではこうはいかない。

そしてラージから競技は始まった。当初心配していたような的に当たらない人は結果的に誰一人出ず。皆40ポイントや50ポイントを取り、微妙なラインで戦いが続いた。由はくーが思いの外ハードルを落とさなかったので、急遽50ではなく40を取りに出たがそれが仇となり、最後に1本ハードルを落とし5秒加算され、入賞はできなかった。でも楽しめたようだった。

そのあとはAG2、JP3とベテラン勢が素晴らしい走りをみせてくれた。といっても半分は私は車で寝ていたのだが、べったんパパさんの走りはさすが、世界選手権選考会で素晴らしい成績を出した事を証明するような鮮やかなものだった。会場が揺れる位に、どよめきが起こっていた。

雨が残る中、撤収がすみやかに進み、日暮れぎりぎりに私達はフィールドをあとにした。既に東名は大渋滞という情報だったが、覚悟を決めて東名に乗る事にした。

秦野中井から渋滞は始まり、同時に土砂降りと空の稲光がひっきりなしに展開されていた。25kmの渋滞を、久しぶりに1時間以上かけながら通過したのだが、海老名SAから東京料金場までは恐ろしいほどの土砂降りで、何度かハイドロプレーニングを感じて恐怖だった。由は疲れきって、助手席で眠っていた。

10時に自宅近くのラーメン屋に到着したのだが、久しぶりに寄った徳島ラーメン屋は潰れてしまっていた。残念。外のラーメン屋で夕食にし、自宅に到着したのは11時近く。風呂に入ってすぐに就寝。何だか夏休みのつもりだったが、落ち着かない週末になってしまった。

写真は土砂降りでハンドルが取られまくっていた横浜町田付近。結構恐怖だった。

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2007年07月28日

2007年サマーキャンプその1

今日から1泊2日で御殿場フィールドでのサマーキャンプ競技会。昨年は有料のキャンプ場だったのだが、湖畔という事でエリア的には好きな所だった。今回は勝手知ったる場所なので、いつもと別に変わらず装備もあまり考えずに用意した。

天気も何とかもちそうな感じなのだが、日曜は流動的らしい。撤収時に雨が降っているかによるといった感じだろうか。

最近早朝の幹線道路が混んでいる。この日も地下鉄工事の2カ所で渋滞があった。間に合わなくなるかと気が気ではなかったが、何とか許される時間内に通過。そしていつもの安いセルフのスタンドで3台ほど待って給油し、東名へ。

東名もいきなり交通量が多かった。ETCレーンなどでも強烈に速度を落としたり、ふらふらするサンデードライバーがワンサカ。近寄りすぎないように車間を確保したい所なのだが、なんせ相手が予想以上な動きをするのでこちらもストレスが溜まる。

いつもの渋滞の名所、大和トンネル付近では停まりそうになるほど混雑しており、この週末に相当量の行楽客が西に向かっているような感じだった。これでは日曜の夜は混む事だろう。

いつもより10分以上余分にかかって足柄SAに入る。今日のちょっとした飲み物と明日の朝食を買う予定なので、マックスバリュよりもコンビニがよいという判断で、いつもセブンイレブンという事もあり、足柄SAにある新しいコンビニに寄る事にしたのだった。

ここでも人混み。朝からレジが並んでいる。買物を終え、あとはノンストップでフィールドへ入る。すると、もう30台近くの車が入っていて、タープも殆どが張られていた。慌てながらまずは待機用のコールマンの3ポールタープを建て、そのあと今日の寝床になるモスを張る。朝からひっきりなしに動いているが、腰をかばいながらなので動きが遅い。テントはウィル家の横に強引に張らせて頂き、その分ずらす必要が出てしまい、申し訳なく思うのだった。

キャンピングカーや車中泊の普通の車などが入り乱れてフィールド内は大混雑。私達もとりあえず寝床を作ったあと、ようやく朝食となった。まだ受付開始までには少し時間がある。空には青空が広がっていて、暑くなりそうだ。

由がエントリーしている種目は、最初から3種目連続。なので午前中に参加する競技は終わってしまう。最近ずっと壁にぶちあたっている由なので、少しでもよい材料がみつかればよいのだが。

競技の方はつつがなく進んでいった。そんな中、私は既に力を使い果たしてしまったがように、眠くてたまらなかったので、我がチームの走りもあまり憶えていない。少しだけ写真を撮って、おいしくて安くて量のあるお弁当をお昼に食べ、午後は少しくーとテントで昼寝をしてしまった。

夜は近くにおいしい定食屋があるというので、そこへフィールドの常連と一緒に行き、私はミックスフライ定食+刺身、由は刺身定食を食べた。新しいお店だが、値段からしても及第点だし、刺身がおいしかった。本当に御殿場はおいしいお店が多くて楽しい。

風呂の時間が遅くなってしまったので、久しぶりに薬草風呂。500円なので悪くないのだが、出たあとに匂いがしつこく残るのがちょっと困る。薬草成分がピリピリして痛いので、殆ど草津の湯という湯の花を使って白濁させた温泉成分入りの風呂に入って暖まった。

戻ってしばらくタープで皆と歓談。明日のハンティングワールドという種目の練習の時は、由がはじめてエアライフルを撃って興奮していた。私が持っていたのはBB弾ではない単なるエアーガンだった。オートマグは既に捨ててしまったが…

結局0時をまわるまで皆起きていて、寝たのは1時を廻っていた。

写真はいつも入れているセルフのスタンド。このあたりでは一番安いようで、この日はコーポレートカードでの支払いで、127円/Lだった。

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2007年07月27日

明日からサマーキャンプ

今週は月から水まで、これまた憂鬱な研修だった。この企業研修というものは、やはりいくら受けても慣れない。まあそれは私が後ろ向きな姿勢だから、いつまでも慣れないのかもしれないが…

ちょっと前に1週間のカンズメになった研修も同種類なのだが、今回は入社以来、20年近く逃げていたものだ。途中諦めて受ける気になった事もあったのだが、色々な理由でキャンセルになったり、定員を越えて受けられなかった事もあった。なので、対象が入社5年~10年目の中堅処の科目なのだ。

私は今回も通らないだろうと思って書いたのだが、運悪く通ってしまった。多分に漏れず、この日までは憂鬱で、研修中もたまらなく胃が痛かった。

しかしなんとか3日間乗り越えた。これでしばらくは受けなくてよいと思うと、それはそれで達成感というか、課題を乗り越えた喜びも感じられる。

夏に向けて、技術面での研修は少しあるのだが、これは別に苦痛ではない。エンジニアとしてはもっと勉強しなければならない訳で、それはこの職業に就いている間はずっと続く。今年は色々な意味で自分に課題を課して頑張ってみた。まだまだ足らないとも言われるが、終わってみるとちょっとほっとできるものなのだ。

明日から御殿場で土日ともサマーキャンプ。昨年は土曜だけ、開催会場だったPICA西湖に行ったのだが、今年は御殿場なので、色々な意味で気楽なのだった。思えば、昨年のサマーキャンプは2度目の競技会だった。そして運よく、BOPでCRでき、優勝をする事ができた記念すべき競技会でもある。

今年は現時点で由が随分自信を失っているが、私はCRできてもできなくても、何本かそれなりに満足のできる走りができれば、それでいいと思う。

明日の朝は停電がないように祈る。もうあんなドタバタはまっぴらだ。いつも通りに出発予定だ。


写真は昨年のサマーキャンプの会場、PICA西湖のドッグランエリア。単なるまん中に網で囲った真四角の広場がある、駐車場のような感じの場所だ。森の中にあるパオなんかはいい雰囲気なのだが…

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2007年07月26日

御殿場の長い1日その6

日が暮れてから小雨が降り続き、霧に包まれたフィールドは周囲の杉林すらよくみえなくなる事がある位だった。ナイター照明が点き、スタートが少々遅れた事もあって、コーチの配慮で2時間半を越えてセミナーが続いた。

2グループに分ける事で指導は大変だと思う。くーにとっては長くなるのは大歓迎で、昨年のように午前中に1クールあっても全然問題はない。ただ、長ければいいというものでもなく、我がチームにとっては何かを得ていきたいという気持ちの中、模索する事が多かったようだ。

由は本当に色々な事を頭の中で試して実践していた。コース取りにしても、2走の中では微妙にハンドリングを変えてみたり、スタートのタイミングを変えてみたりと、それは観ている私にとってもあれっと思う程、さらっとやっていた。

由は私なんかよりも頭がはるかにいい。ただ、焦ったりするとその時点で驚いた時の猫のように体や頭の動きが停まってしまう。その上、頭で分かっていてもそれができないという時もある。きっとその部分では悩みが深いのだと思う。

私には頑張って乗り越えて貰う為に、サポートする事しかできないのだが、近いうちに由はくーと共に、またひとつ大きな壁を越える事ができると信じている。それは競技会の順位ではなく、ひとつひとつの積み重ねの中、「やったぞ」と満足感を味わえる事がまたひとつ増えるという壁だと思う。

今週末は久しぶりの競技会。それも2日連続である。解決の糸口が見えないままのエントリーになると言っていたが、私は練習のつもりでいいと思っている。昨年はそれでBOPではあるがCRできたのだから。

気楽にそして、真剣にメリハリをつけて楽しめたらと思う。くーはまあきっと、いつでも楽しんでいると思うのでいつも通りでいいが…

帰りは夕食が時間切れでファミレスで皆でとり、今回も帰りは由が東京ICのETCゲートまで運転。しかしもう横浜青葉あたりから明らかにふらふらし始めていたので、落ち着いて休んでもいられず、私が交替し深夜1時すぎに帰宅。

色々と降ろすものはあったが、まずはガスの室外機をチェックすると、エラーコードは表示されておらず、無事風呂を入れる事ができたが、由はそのまま風呂も入らずにダウン。私はクーラーやら何やらを片づけたあと、風呂に入り、3時すぎに就寝。長い長い1日だった。

写真は昨年もこの時期にお世話になった、御殿場フィールド夏の名物、今年のナイター風景。

御殿場の森の中で、いきなり現れた照明に照らされる芝のフィールドで、私たちだけでなく、多くのチームが同じように自分の課題に向けて、取り組んでいる。くーはこのフィールドで思いっきり走り、吠え、遊ぶ事が好きだ。

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2007年07月25日

御殿場の長い1日その5

夕方近くになって、セミナー参加者も集まってきた。あれよあれよという間に、大人数。初めてお会いする人もいて、賑やかなセミナーになった。

JP系とAG系を2箇所に分けて設置し、まずはプレミーティング。その後、由はまずはいきなりコンタクトではなく、気持ちよく走れるJP系のコースのチームに振り分けられた。

私は腰をかばいながら、写真やビデオ撮影。といっても小雨が降ったり止んだりしている上に、既に薄暗くなってきている事からもまともな撮影はできないだろうと、ちょっとだけ撮影してやめる。カッパを持ってきたり、傘をもってきたりと、ウロウロするが、それもまあリハビリのつもりで。ただやっぱりどこかに無理があるのか、早朝から起きているせいか、段々と腰から下がだるくなってきた。

由は最初のアイドリングコース以降はなかなかうまく走れず、あとで知ったのだが随分落ち込んでいたようだ。まあうまく走れないと私も「惜しい」と言う言葉が出てしまうのだが、それが少しづつ由にプレッシャーを与えているのかもしれない。何度かは敏感に反応して思いっきり落ち込んだのだが、私としては自分が走っていない訳だから、うまく走れない立場の考えにうとくなっていたのかもしれない。

ただ、1年でよくここまで走れるようになったものだと私は素直に感心してしまう。諸先輩方のように、バリバリと1度以上を走ってCRをだせるようになるには、くーの走りも特性もつかみ、その上でもっと今以上くーと繋がっていなければならないというのは、コーチにも言われた点。そうなんだろうと思う。とっても高度な事をしているのが、私にだって判るのだから。

とはいっても由もくーも悩んでばっかりでは困る。二人とも楽しんでいるという事さえあれば、私は別にCRしなくたっていいと思う。その中で由は一刻も早く、CRを着実にだせるようにしていきたいと思い、それが自分に対するプレッシャーになっていくのだろう。辛いだけでは困るが、これまでも楽しいという気持ちが私にも伝わってきていたのだから、今は丁度気分が落ち込みやすい時期なのだろうと思うのだった。

そんな中で私ができる事は少ないが、家族というチームはお互いを尊敬して、お互いを助けあいながら前に進むものだと思っている。

写真は久しぶりにアジをするくー。ちょっと最近由は自分のリズム感に悩んでいる。

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2007年07月24日

御殿場の長い1日その4

土曜の御殿場はまだまだ続く。

新しくトイレが増設されていた。他にも2機あり、一気にキャンプでもトイレの心配はなくなった。

やはりこれまでも宿泊時に女性なんかは特にきつかっただろうと思う。トイレのない場所でいくらでもキャンプをしてきた我が家は、いざとなれば草むらもできるのだが、犬も走り回るので車でコンビニに行けばいいのだから別に気にはならないが、あるに越した事はない。

コーチとハリー家がしばらくすると戻ってきた。雨戸井や小物を買いに行っていたようで、その中には小さな鳥籠があった。どうやらその新しく設置したトイレの近くに、雛な落ちていたとの事。私も鳥の種類なんかわからないのだが、まだ親鳥に餌を巣で貰っている位の大きさだという事で、このままだと危険だという事はわかる。

鳥は巣から落ちると基本的に巣に戻す事が難しくなれば、あとはカラスや小動物などに食われてしまうか、衰弱してしまう。また戻しても親が育てなくなってしまう事もある種類もいるだろう。コーチは何とか助けようと、まずは巣箱を買ってきて、食べ物を与えようとあの手この手でやってみるのだが、あまり食べない。しばらくすると、色鮮やかな親鳥らしき鳥が近くに飛んできた。

コーチが達っちゃんに、巣を探すように指示し、とても高い木の上まで上って探してみたのだが、巣らしきものを発見できなかったようだ。それでなくてもわかりにくく作られている巣なので、なかなか素人には分かりにくいだろう。正直、達っちゃんが怪我しないかの方が心配だった。無事に地上に生還。

今回新しいトイレに屋根をかける作業や、Aフレやドッグウォークを配置する手伝いが一切できなかったのが申し訳ない。今でもちょっとした姿勢をするだけで結構な痛みが走る腰なので、しばらくは物を運ぶどころか走る事も厳しい。草アジに来るとそのあたりでとても回りに申し訳なく思う。原因となった時も、自分がもともと腰痛持ちというのを忘れて、調子に乗って丸太を支えていて起こしてしまったのだから。

しばらく鳥籠の中に入れていると、鳥籠の周囲に鮮やかな親鳥が近づいてきた。中の雛も一生懸命それを知って外に出ようと羽ばたく。出して親鳥のもとに返してやりたいのは山々なのだが、上に飛ぶ事はできないようだが、横に飛ぶ事はできるので、警戒してどこかに逃げてしまうだろう。あとは自然の摂理に任せるというのもあるのだろうが、何とか安全に親元に返してやれたらと、皆が思っていた。

その鳥は、あとからハリーパパさんからメールがきて、カワラヒワだという事が判った。

写真はコーチが保護したカワラヒワの雛を探しにやってきた親鳥。なんとか返してやろうと、皆で何時間もあの手この手で努力していた。

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2007年07月23日

御殿場の長い1日その3

土曜の出来事の中ではまだ序盤だったりする。

アウトレットでは、ナイキ、アディダス、リーボックなどを中心に、他にエディバウアーやホーキンス、コールマンなど、色々みて回り、堅実に安くなっている商品の中で、由は自分が欲しいものをみつけていた。

ナイキでは私が普段通勤で使っている、AIR MOC コンバーチブル3をみつけてラッキーと思ったのだが、サイズが0.5小さくて購入に到らず。何とかネットでないか帰ってからみつけようと思った。以前は靴についてはトラッドと決めていて、コバの広いレザーソールのプレーントゥやウィングチップ、ストレートチップを好んで会社用に履いていたのだが、最近は内勤という事もあって、すっかり歩きやすい靴になってしまった。ホーキンスのエアソールすら重くて嫌になり、このナイキは素晴らしく気に入っていたのだった。

目星をつけていた下のジャージは、行ったり来たり試着したりして、リーボックを1枚、アディダスを2枚の計3枚と、アジ用のスパイクではなく、普段に履くスニーカーを購入。全て由のものだけ。最近私の買い物ばかりだったので、何か自分のものを買えばといっていたので、そこそこ満足なものを手に入れる事ができた由はちょっと嬉しそうだった。

その後既に12時は過ぎてしまったので、昼を食べにいく場所を検討する。アウトレット場内にも色々あるのだが、どこも並びができている魚がし鮨なんかは、10時の開店直後から並んでいる。時間さえあえば、流れ鮨の方に久しぶりに行こうと言っていたのだが、まだ混んでいる頃ではないだろうかと思いつつも、とりあえずは行ってみようという事になり、アウトレットを出発。アウトレットの周辺はのどかな風景が広がっていて、実はとても気持ちがいい。

移動中、由がカインズホームに寄りたいと言ってきたので、裏道から駐車場に入る。すぐに停める事はできたが、結構混んでいる。土曜の13時前なのだから当然だろう。そこで我が家のトイレに置いてある、くーの使用済ペットシーツ等を入れる小型のゴミ箱を探すのが目的なのだ。先日もマツキヨのホームセンターやドイトに寄ったのだが、皆大きすぎる。代用品という事で、ペンキ缶をみつけてそれに決めた。蓋ができないと流石に臭うので、今使っているのも蓋付なのだが、ちょっと大きい。何せ狭い家なので、できるだけ丁度よいサイズのものを選ぶのは基本となっている。

他にもおじぎ草や、クールマットなど小物も買い、あらためて流れ鮨に移動。すると駐車場もすぐに停められ、中も4組待ち程度。15分ほど待って久しぶりにおいしい鮨にありついた。中でもやはり縁側と生桜海老はおいしい。初めてここでハモの天ぷらの一品料理を頼んだのだが、アツアツでおいしかった。いつもデフォルトのあら汁もおいしい。満足して眠くなりつつ、やっと今日の目的のメインである、フィールドへ向う。

フィールドにはウィル家、ハル家がいるだけで、コーチはおでかけ中だった。やっぱり落ち着く場所というのはまさにこういう所を言うのだろうか。くーもやっと自由にさせて貰えて嬉しそうに走り回っていた。

写真は久しぶりに寄った魚がし流れ鮨。縁側と生桜えびは必ず頼む。

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2007年07月22日

御殿場の長い1日その2

土曜の早朝の続き。

朝の東名は交通量が多かった。先週の3連休は台風のせいで、どこにもいけなかった人が多かった分、今週は交通量が多そうだと思っていたのだ。渋滞のメッカ、大和トンネル付近で60km/h以下まで落ちたのだが、何とか停まらずに通過。

ゆっくり走ったのだが、流石に時間には余裕がある。その為、横で寝息をたてている由には相談せずに、秦野中井で東名を降り、懐かしいR246をゆっくり走って御殿場に向おうと思いたち、ウィンカーを点けた。

秦野中井のETCレーンは先がすぐに信号のせいもあり、渋滞していた。一般道でR246に入り、先の方に霧で霞んだ丹沢の山々をみながら、何台か前にいる数台のダンプがスロー走行で40km/h以下で走る。眠くなりそうな条件は揃っていたが、小雨降る山が近い雰囲気の道を走っていると、そんなに眠気は感じなかった。ちょっと旅気分で嬉しい。寄り道も余裕がある時は大歓迎だった。

大井松田を越えると、本格的に山や谷に漂う雨雲がいい感じだ。バイクだと気が進まないだろうが、車だとこういう所に余裕ができる。

とにかくゆっくり走り、結果的に+30分ほど多くかかり御殿場に到着。まだ時間的には早いので、フィールド方面にあるマックスバリュに寄る。駐車場のあるスーパーは地元にないので、色々普段使うものや食べるものを買い込みつつ、時間潰しを考えたのだった。由にはマックスバリュの駐車場で初めて起きて貰った。

スポーツドリンクやレトルト、味噌汁の具などいろいろ買い込み、時間は8時を少しまわった所で、ジョナサンに移動し朝食。私はいつもの目玉焼きモーニングに納豆で、由も目玉焼きモーニングにパン。ゆっくりお茶を飲んだあと、9時ちょっと前にアウトレットの場内駐車場へ裏道から向う。

アウトレットには前回アジ友のマフィさんの車に乗り合わせて、フィールドから昨年の夏に1度行っただけなのだが、その時は手前の場外駐車場に停めさせられ、バスで移動する事になってしまった。色々と調べた所、犬連れの場合は日陰でないと厳しいのだが、屋根がある駐車場が場内にあるというのを知ったのだった。

何とかそこに入れて買い物をゆっくり楽しむ事はできないだろうかと調べてカーナビの設定もほぼ万全。予想していた入口が出口専用になっていた位で、あとはとてもスムーズにベストポジションに車を停める事ができたのだった。まだ霧に煙る周辺では、通る風が涼しくて肌寒い程。くーも充分待っていられる環境だった。

駐車したのが9時15分頃。由にゆっくりと近くを散歩して貰い、20分ほど車の中で待っていると、9時50分頃からアウトレット場内に音楽が鳴り響き、同じように開店前に入ろうという人々が少しづつ駐車場から出てきた。といってもまだそんなに混雑していない。ただ、特定の店舗前には既に並びができていた。

さて、買い物だ。由がずっとジャージや靴が欲しいと言っていたので、いいのが見つかるといいのだが。

写真は御殿場プレミアムアウトレット、9時55分頃に音楽が流れている中、くーを車の置いて買い物に出陣の由。

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2007年07月21日

御殿場の長い1日その1

夏時間となって今シーズン初めての御殿場。時間が夜の17時~19時半と、犬が活動しやすい時間にあわせてセミナーを開催して頂いている。昨年は朝の部と夜の部だったのだが、他の時間は自主練もできるので、アジ機材が身近にない我が家にとっては、結構有意義な1日にしたい所だ。

また御殿場は普段、ハンドラーが身につけるスパイクやスポーツウェアもアウトレットで安いし、食事する所も充実している。そういう意味でもいい場所なのだ。

御殿場といえば、私が中学の頃にカメラを持って初めて一人で遠出をした所。富士スピードウェイにレースを見に行ったのだった。御殿場駅でおりる時に、自動ドアではなく、ボタンを押して電車の扉を開けた事を思い出す。田舎に来たものだとしみじみ思ったものだったのを思い出す。

また御殿場にほど近い丹沢湖も思い出深い。初めて50ccのトレール車で本格的な林道越えをした時、ずっとR246を走ってヤビツ峠と犬越路を経由して往復したものだった。たかだか陣馬山を抜ける日帰り林道ツーリングで、当時走り屋のメッカでもあった大垂水峠を越え、林道に入った時も、そこまでの甲州街道は苦痛だった。どちらも渋滞に何度もひっかかり、路肩も狭い上にトラックも多く、命の危険を感じながら、ディーゼルの黒煙に咳き込みながらも走ったのはもう26年前の話だ。

さて時は朝。今回ナイターのみのセミナーなのだが、色々やる事があって、結局朝の6時前に東名に乗り、ETC割引を使おうと思い、朝、4時前にブザー音で目を醒ました。

私は寝ぼけているのか、それは電話の子機から鳴っているもののようだった。タップはコンセント毎に通電スイッチがあるので、入っていれば電気がついているのだが、真っ暗だった。何か起こっているのかよくわからないまま、リビングにおりていくと、見事に電気がついていない。常に点いているルータやHDレコーダー類のサスペンドランプ、空気清浄機などが全て停まっている。これは停電だと思い、とりあえず落ち着こうとトイレに行ったのだが、何しろ真っ暗でなにもわからない。

落ち着きはまだ取り戻せないが、ふと冷蔵庫にも当然電気が入っていない事に気がついた。冷凍しているものは全てダメになってしまう。それは大損害だけでなく、とんでもなく面倒な事になると思い、窓をあけて近所はどうなっているのかを確認する。

すぐ目の前の一方通行の先の電気は入っている。これだけではわからないが、とりあえずお湯を沸かし、換気扇が動かないので窓を少しだけ開けた。セミナーにいつも持っていくポット分と、紅茶だけを入れて、それでも電気は回復しないので、ゴミ棄てついでに外の様子を伺に出た。

すると人がいたるところに出ていて、停電に困っているような会話をしていた。サイレンを馴らしたパトカーが走り去っていく。大通りに出て様子とみると、赤灯東京電力のワゴンに慌ただしく走り回るスタッフが見えた。ロッキーの置いてある駐車場の近くでも、おばさんやおじさんが出ていて、どこも夜更けの停電に困り果てているようだった。

一旦部屋に戻り、由を起こして状況を説明して、用意だけはと続けた。くーにも軽く朝食をあげ、その後荷物を積み込むべく、ロッキーを取りにいく。その時、先程の東京電力のスタッフが増えていて、先程より少し落ち着いている感じだったので、話をすると、どうも東京電力の設備と他の設備が接触してダウンしたとの事。確かに気がつくと先程真っ暗だった街灯も点いていた。我が家にはまだ通電してないと言うと、今復旧したので点いているはずだと言われる。それ以上は会話せず、ロッキーを玄関横まで運んだ。

玄関に出しておいたクーラーや着替え、カメラバックなどを積み込み、部屋に戻ると電気はついていた。由も安心していたのだが、ガスがおかしい。我が家の室外機だけ動作音がしており、操作パネルには00Fというエラーコードが出ている。

説明書を探すのに手間取り、そこの電話番号は古いようなので、ウェブで確認すると24時間対応のトラブル受付窓口の電話が乗っていたので即座に電話。状況を知らせると、エラーコードの説明はしてもらえず、8時にならないと技術の担当が来ないと言い、結局携帯にかけて貰う事にする。この動作している状況は危険ではないと言うので、それを信じるしかない。しかしもうタイムリミットギリギリ。

我が家を5時20分にスタートしたのだが、道路工事でひっかかりつつも飛ばしながら走る。丁度ガソリンも見事に空なので安いセルフに入ろうとすると4台ほど並んでいる。ついてない時はついてない。何とかその後はすぐに順番が回ってきたので、給油後また飛ばすが、交通量が多く、イライラする。

東京ICの坂を上った時は、あと5分を切っていた。ロッキーには悪いがアクセルを踏みつけ、何とか1分20秒前にETCレーンを通過する事ができた。これだけでもうへたへただった。

朝からとんでもないトラブルな上に、割引が効かなくなっても東京電力は保証なんかしてくれない。ガス機器はおかしくなるし、たまったものではないスタートになった。

写真は大井松田を越えたあたりのR246から東名高速の橋脚を望む所。雨が降ったりやんだりしている天気の中、山や谷には霧雲が立ち込めていていい感じだ。

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2007年07月20日

という事で本当に結婚記念日

10年前の今日、北海道の東の丘で、結婚式をゲリラ的に挙げた私達は、もう10年も一緒に過ごしている。丘の上で式を挙げたのは、キャンパーの知り合いが他に2組。私たちは3組目なのだが、実際は他にもいるらしい。

他に和琴でも3組。行き交うメンバーは結構リンクしていて、不便な丘の上でのイベントだったが、多くの和琴の友人も来てくれた。今思い出しても素晴らしい数日間だった。

神戸から由のご両親も東京経由の空路で入って頂き、私の両親もまだ父親が健在だった事もあり、空路で合流。由の妹さんはというと、なんと敦賀からフェリーで小樽に入り、電車とバスを乗り継いでやってきてくれた。総勢5人分の宿は一番大きいホテルに部屋を取って、式の日だけは丘に来て頂いた。あとは私の父親がレンタカーを借り、周辺を少しドライブして観光したのだった。

私の両親が帰ったあと、由がレンタカーを借り、自分の両親と妹さんにいってない所を案内していた。この時期にしては珍しく強烈に暑い1週間だった。大抵雨に降られ、肌寒い北海道らしい気候なはずなのだが、私達が揃うと結構な確立で晴れてくれた。

とある丘の古い友人は、丘に上がってきてヘルメットを脱ぎ、一言目に「こんな暑い丘は嫌いだ」と呟いた。私達も皆、日中はどこかで沸いた頭のてっぺんを刺す虫に刺されて、頭を掻きむしっていた。懐かしい夏の時間だった。

その翌日、釧路新聞の一面に載ったり、町のパンフレットに写真が使われたりしたのだったが、実はこの写真を撮る事で一悶着あった。ただ、カメラマンとしてやってきた方は、私の条件を快く飲んでくれた。それは、私達の為に集まってくれた友人の顔が分かるような写真は使わないでくれという事。写真を嫌う友人も多く、そんな友人達に嫌な想いをしてほしくなったからだ。

強く願った所、パンフレットには遠くから広角で撮った写真が使われて、ほっとしたのも思い出せる。反面釧路新聞には見事に前から撮られていたのだが、新聞だけにあまりよく見えずこれもほっとした。顔が写っているのは私達だけだから、まあいいかという事に落ちついたというのもある。

そんな10年前の夏。あっという間でもあり、もう10年という気持ちもあって、不思議なものだ。確かな事は、そういう夏は私達にあった事。

写真は結婚式の時に1週間程テント生活をした時、洗濯物をバイクで干すの図。よい天気に恵まれ、12連休を取って最後の1泊は釧路のビジネスホテルだったが、それ以外は開陽台に全泊したのだった。由のバイクは残念ながらもう今は友人の足になっている。

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2007年07月19日

角膜上皮が破れた

最近、右目の涙目が酷いのだが、ずっとアイボンや抗菌目薬などで風呂上がりに洗浄したりしていた。結構アレルギーのせいか、顔が痒い時があり、目の周辺なんかは特にそれが酷い。6歳で喘息が出るまでは、アトピーで酷い肌だったらしい私は、夏になると汗をかいた部分から汗疹になったりするので、皮膚も色々と敏感だったりする。

アレルギーで悩む人は多い。現代病のひとつとも言われていて、生まれてきた子供がアレルギーを持っていないケースが珍しいほどと聞く。私もこの歳で色々なアレルギーを持っている。

子供のアレルギーで最も多いのは食物アレルギーだろうが、私はそれはない。由が山芋をすりおろすと痒くなるというのはアレルギーだが、食べるのは問題ない。単にキュウリや漬け物や納豆が食えないというだけで、それは単に好き嫌いの範囲だ。でも鼻が悪く、気圧やエアコンの稼働直後は特にそうだが、くしゃみをよくする。鼻炎になる事も多く、私もそれは同じなので、夫婦でクシャミをしている事も少なくない。

そして私の喘息のアレルゲンはハウスダストと家ダニなどなので、くーの毛が抜けまくって溜まっているのをみると、鼻がむずむずするし、埃なんかを集めている分喘息が起きる時もあるようなのだが、直接的に繋がっているかというと正直実感できない。案外くーの毛は関係ないのかもしれない。

そして顔がよくブタクサの時期は痒くなるのだが、最近右目のまわりが痒く、先日の日曜の夜中、目を掻いていたら目の中に逆まつ毛があるような違和感があって、気になってリビングで夜中に鏡で観てみた。

するとなんという事か、目玉の上、眼球の上にうっすらとはがれているフィルムのようなものが見える。当然その境の部分はよく見えず、あまり長く目を開けていられない。痛みこそないが、ごろごろして気持ちが悪い。

これは明日救急で目医者に行かないと危険かと慌てて、ネットで自分の目がどうなっているかを調べた。小1時間ほど調べると、どうも、角膜にも層があって、その一番上の角膜上皮というものがコンタクトを外したりする時に傷がつき、ごろごろとした感触があるという。まさにそんな感じだ。その角膜の層はダメージを受けるとそれこそ失明に陥る部分であり、とにかく焦っていたのもあったのだが、この角膜上皮のダメージは大抵1晩寝れば復元するという事らしい。

それを知ってちょっとほっとしつつ、アイボンと抗菌目薬をしてから寝たのだった。

翌日はそのごろつきも殆ど消え、ほっと胸をなで下ろした。癖で目の周辺が痒い時には掻いていたのだが、これからは気をつけようと思うのだった。

写真は由の親戚宅で愛されて過ごしている、神戸在住の大きな目をしたメリーちゃん。くーも今ちょっと右目に腫れがあるのだが、犬は目がむき出しなので、怪我をしそうで怖いと常々思っている。

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2007年07月18日

腰痛治療は長引く

週に1度程度しか通えないが、昨日も会社を少し早めにあがり、地元の整形でリハビリを受けてきた。相当よくなっているのだが、まだ屈伸すると危険な予兆を腰のあたりにピリピリと感じる事ができる。まさに、立位体前屈なんか絶対にできないような痛みだ。

腰のダメージをおってから、既に3週間が経過している。1週間目はまったく動けず、ちょっと食事で座っただけで、立ちあがるのに強烈な痛みを感じていた。2週目になって随分楽になり、腰痛ベルトをしていれば、通勤など歩く事はできるようになった。

3週目に入ろうとしたあたりからは、画期的な回復は感じられず、おまけに気を抜くとまた再発しそうな気配を腰に感じながら生活している感じだ。

腰痛発症前の2週間で、ビリーで落とした2kgは保たれている。ただもうちょと進めたい所だが、それは無理な腰の状況だ。ただ、今日なんかは腰痛ベルトを忘れてしまったが、してはならない姿勢や腰の角度を守りさえすれば、何とか普通の生活をしている。

今週末はいいのだが、来週末はキャンプの予定で、体を曲げる姿勢が必要になってくる。なんとかそれまでにはある程度は回復させたい。

今週は2度くらい、何とか時間をみつけてリハビリに行きたいと思っている。

写真は腰が弱いと言われる短足犬のくー。こんな飛び方での着地は腰に悪い。ディスクやアジで足腰の筋肉は相当なもので、体重も9kg弱、足もスタンダードに比べて長めという事で、芝の地面では比較的安心してジャンプさせられるが、運動をあまりしないコーギーにとっては私の腰のように致命的になってしまう。

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2007年07月17日

台風は去り地震が来る

結局関東には大きな影響もなく、予想進路よりも南にずれて東へ抜けていったようだ。ここ最近、台風直撃や集中豪雨で、これまでめったにみたことがなかったトラック横転や尋常ではない波しぶきをテレビ中継で目にする事ができる。

いわゆる地球温暖化や異常気象と言われるものが、目に見えて感じられる風景のような気がする。子供の頃は、こういう風景を観た記憶がないからだ。

同時に中越地方で地震がまた発生。多大な被害を与えている。まさに今も避難生活をされている方が多い上に、家屋倒壊の目にあった老人もおられるようで、これまであまり地震がなかった場所に、集中して大地震が発生しているように感じる。そう、阪神大震災もそのひとつだと思う。

昨晩地震のニュースを観ながら、揺れた、と感じた瞬間があった。22時18分、テレビではテレビ朝日が即時にニュース速報を流し、他の民放が続いた。どこかの国営放送が一番遅い。それは京都府沖なのに、浦幌や釜石など北海道や岩手、他に福島・茨城で3以上の震度だったようで、すぐに頭の中に日本地図が浮かんだ私は、困惑した。何故こんな揺れ方をするのか。それこそ同時に北海道、岩手、福島、京都で地震が発生したものだと思ったほどだ。それが断層や地形の関係なのか、京都府沖の日本海を震源に、福島、岩手、北海道へとそん揺れを伸ばしたというのが想像できなかった。

大きく自然のバランスが崩れてきているように思える。それこそ、本当に世界の終わりが近づいているような気分だ。

写真は2001年の初夏、被害が甚大だった神戸は長田のアーケードは、震災後6年経ってもこの状況だった。その傷跡は深い。

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2007年07月16日

海の日と誕生日と

10年前の海の日、私と由は結婚式を北海道の某丘で挙げた。もう10年も経つのだとあらためて、その10年という時間に思う。

今の住まいに一緒に住み始めたのは、その年の9月。色々あった。当時は私の父親も健在だったし、今ほど悩みも少なかったと思う。体調も最近のように酷くなかった。しっかりと10年という年月は私も感じる事ができる。

同時に今日はリアルで私の誕生日。もう自分の中でいくつになったかなんてどうでもいい訳で、ただ、人生半分以上はもう過ぎたのではないかと思える歳になった。半分どころか、もうあとちょっとしかないと言われてもおかしくない私の体だが、できれば由と長く一緒に人生を楽しんでいたい。

くーはまだ半分とまではいかないが、明らかに私たちよりは早くにその一生を終える。死というもの、期限というものについてこれからもっと頭をよぎる事になるのだろうか。あまり考えたくはないのだが、身近にそれは転がっている。

あっという間でもあり、色々な事もあった10年だった。まだあと10年後、20年後と、家族で仲良く元気で迎えたいというのが、私のささやかな願いだ。

昨日の事だが台風の中、昼前に由と何年ぶりかにフルコースの食事をしてきた。店はサンマルクというファミリーレストランの中ではちょっと高級な所。パンが美味しく、店員もしっかり教育されていて、席間の間隔も広い上、値段はそんなに高くないので好きなのだ。由が神戸時代によく行ったそうで、私は知らなかったが東京にも数店あるのをあとで知った。

誕生日と結婚記念日のコースを紹介するはがきが来ていたので、それで10年も一緒にいるのだからという事もあり、といって格好つける訳でもなく二人は普段着で出かけてきた。散歩にいけなかったくーは相当不満そうだったのが心残りだったが、台風で空いている都内をロッキーででかけてきたのだった。今日はそんな事もあって、食事は質素してみた。

写真は10年前の夏、丘で挙げた式には、巡回してきた地元自衛隊の人が飛び込み参加してくれた。式の一通りの儀式を終え、私達は丘の上のテントや仲間うちに振る舞った披露宴の会場に向かう時のもの。

私の腰には、キャンパーのマナーである自分たちのカップは自分で用意するというスタイルから、新郎新婦だろうが自分たちのカップをぶら下げているのが見える。ロッキーカップの1/2パイントだ。

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2007年07月15日

昨年の今頃も台風

おとなしくしている日曜日。外は荒れていた。ただ流石に沖縄本島や九州南部でのニュースの映像程ではなく、太平洋側に逸れていて随分勢力も衰えているようだ。くーも散歩に行けずにつまらなそうだが、最近は結構日中もおとなしくしている時間が増えてきたように感じる。

私の親しい友人の中で、ある友人は仕事で韓国はソウルに居るし、ある友人は結婚式を挙げにタヒチに居る。私はというと、自宅に居る訳で、何も変わらない。

昨年のこの時期、長野の白馬に居た。やはり7/14~16までの期間は丁度台風の影響で大雨が続いていた中、日中は自分のスクリーンタープの中に居た。帰る17日、長野県内の高速道路は降雨量が限界を越えつつあり、土砂災害の危険性をいたる所に含んでいたのだが、そんな中私達はロッキーでオリンピック道路を飛ばしていた。

長野の更埴ICまでは国道や県道を走りつぎ、くーはずっと車の中だった。アジ友のなっしゅちゃんとJr君の家がある町を高速で通過したのだが、濃霧で恐ろしかった記憶が残っている。翌日、私達が走ってきた高速道路は台風の影響で閉鎖されていた。昨年も今年も同じような状況だ。あれが1年前というのもちょっと信じられない感覚だが、天気まで同じようなのも何か不思議なものだ。

一昨年の9月から、くーと一緒に出られるドッグスポーツ競技に出てきた。楽しいばかりではなく、辛い日々もあった。あっという間に、くーの犬生の半分は、ドッグスポーツと関わってきた期間になってしまい、飼い主も知らない事だらけな中、少しづつ勉強し続けてきた。

そんな中でも、天候関係なしで行われるドッグスポーツ競技は、ハードなものだという感じがする。犬は平気かもしれないが、飼い主の苦労は天候によっては大きく度合いが変わる。それは季節や競技内容にもよるのだが、やはり雨だと広い車で中でリラックスできる方が疲労度も少ないだろう。

ロッキーの狭さが辛いと感じる時も少なくなかった。ミニバンなら雨だろうが何だろうが、体を休ませたり労力もかけないで1泊できたりするのだから。ただ、それを理由にロッキーを買い換えたりする事はしたくない。バイクと同じようなものだと考えれば、ある程度活動規模を絞る事になるかもしれないが、何とかなるだろうという結論である。

但し、台風の場合は流石にテントもタープも厳しい。そういう時は素直に撤退や待機を考えればよいと思っている。無理する必要なんかない訳だから。

写真は雨の中のスクリーンタープの地面。ぐちゃぐちゃだ。

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2007年07月14日

台風前夜

台風が猛威をふるいつつ、日本列島をなめながら北上している。既に九州では大変な被害が出ている。渇水で問題になっていた四国では水瓶のレベルが回復してはいるが、これだけ連続して大量に短時間の降雨というパターンは、ここ数年で急激に増えて、どんな排水構造にしたとしても、さばききれるものではない。

強引に通した林道の上に、単に舗装しただけの弱い地盤は崩れ、シンクに排水しきれない水が溜まるように路上の低い場所には水たまりができる。そんな情景がテレビから流れるのは珍しくなくなってしまった。

我が家や実家のあたりは水が出ても浸水する事はない地形だ。ある意味安心しているのだが、それは今の程度の集中豪雨ではという前提だ。今後今以上に雨が降り続く事があれば、我が家にだって影響は出る。地上2階に玄関がある我が家でも、マンションという意味では共有設備部分に雨が浸水する事だってある。ロッキーだって道路と同じ高さに停めてある訳だし、完全に安心はしていられる訳ではない。

川沿いの家といっても例えば弟子屈の鱒やのようなロケーションにいつかは住みたいと思っていても、神田川沿いに住みたいと思った事はない。水の流れる地はリスクもあり、またそれは程度によって冗談で言えるようなレベルではなくなる。都心で川沿いという事は、すなわちリスクの方が高いと言ってもいいのではないだろうか。

多くの人々が、浸水に怯えながら過ごしている事だろう。増え続ける集中豪雨は、これから人間が生活環境を改善していく事で、改善していけるのだろうかと思ったりするのであった。

写真は3年前の夏の稚内は稚咲内にあるドライブイン。この翌日、浜頓別から弟子屈まで雨の中をひたすら走ったのだが、台風が通過する2日前の事であり、避難の為に一気に南下したのだった。1日遅れて南下した友人は、通過する台風が生む暴風雨の中、危険な目に遇いながらも、羅臼まで無事到達したのだった。

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2007年07月13日

台風接近中

今晩あたりから日本列島は大荒れになるだろう。台風4号が昼頃には沖縄エリアに入り、ゆっくりとこの3連休をかけて北上するという予報になっている。

今年初の台風上陸なのだが、このコースで来るという事は、今シーズンの気圧配置からこれからも何個も発生するだろうと思われる台風たちも、同じコースを辿る可能性が大だ。九州は多大な被害にあっていて、鹿児島・宮崎・熊本ともに知り合いが多くいる為、心配だ。

本来はアジ練に土曜あたりに行く予定だったのだが、流石に土日両方とも無理そうな感じだ。日曜などは通過する事もあって、あまりみた事のない暴風雨のアイコンになっている天気予報を観ては、諦める方が身のためと思ったりする。

腰の方も屈伸運動もできず、ビリーなんかまだもってのほか。天候にも関節は左右されるので、私としても土砂降り&暴風の中の野外活動は堪えすぎると弱気になる。セミナーも流石に土日だけを予定していたのだが、予報から日曜中に何とか通過する可能性があった事からも、月曜の海の日も加わったと由に聞いた。

海の日は日程こそ違えど一応結婚記念日だったり、また私の誕生日だったりもする。ナイター時間のみのセミナーなので、翌日からの仕事に影響する事からも、私としては基本的に土曜に殆どの行動をまとめるタチなので、私にとっては体力的に厳しいスケジュールになってしまうのだった。

由は7月末の週末に控えるサマーキャンプの競技会に向けて、練習をしたいという気持ちがあるのもよく分かるのだが、今週末はちょっと勘弁して貰おうと思うのだった。その分、来週末の土曜は少々雨が降ってもセミナーに行く事になるだろう。

写真は15年位前の宮崎日向港。川崎行きのフェリー乗船前に友人と。この往路、台風通過のタイミングで到着が遅延した。

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2007年07月12日

パソコンは神戸へ

由に頼んでセットアップをしたDELLのInsprion1501を発送して貰う事になっている。神戸到着は台風祭りが過ぎた頃になるだろうが、とりあえずLANケーブルを差して電源を入れて貰えばすぐに使えるようになっているので、しばらく使って頂ければと思う。

別途秋に訪問した時に、現在のVAIO LX30のデータの必要な部分を移行し、ハードディスクの中身を復元できないようにして、廃棄処分にして貰う。同時にこれもお古だったのだが、EPSONのPM700Cも廃棄して貰う予定。

そして新しいプリンタは、CanonのMP460という複合機を連休中にネットで発注する予定。接続方法については、妹さん夫妻にお願いする為、今回はあえてドライバ類も入れていない。プリンタに付属の接続手順書に従って導入して貰う方が混乱しないと思ったからだ。

最近の複合機はなかなかよくできていて、我が家も次は複合機になるだろうと思っている。ちょっとしたコピーから、スキャンしてpdfファイル化する機能は便利だ。特に由は中国語の勉強などでプリントをコビーする事があるので、いちいちコンビニに行かなくても済む。また雑誌などでスクラップしたいものを電子化して保存する事だってできる。

この目玉機能の中で、私は使う機会は殆どないのだが、由のお母さんはきっと一番活用するかもしれないと思われるもので、デジカメのメディアから直接プリントする機能だ。小型の液晶もついているので、トリミングだってできる。L判の写真印刷機能は欠かせない。

インターネットを使うようになって、東京と神戸では電話の通話料は無料になった。その上、とあるソフトを使えば、テレビ電話もできる。とても便利になった。大抵の事はネットでできる。反面、悪意に満ちたコンテンツも増える一方だ。フィッシングや迷惑メール、ウィルスやスパイウェア、不正なウェブなど挙げだしたらきりがない程に。ある程度は自動的にそういうものから保護できるようにしてあげたいと思うのだった。

Microsoft Updateやウィルスパターンファイルの更新などは、常時接続環境になった事からやっと安心してネットに繋いで貰えるようになったのだが、またすぐに新しい脅威は出てくる。私の役目としては、これを少しでも危険な目に逢わないように工夫する為に、あれやこれやと考えるのだった。

写真は神戸の実家近く。坂の先に瀬戸内海を往くフェリーが見える。由はこんな風景をみて育った。

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2007年07月11日

キーボード清掃

職場で使っているキーボードは、いわゆる標準のものではない。メーカー添付のキーボードは殆ど使わなくなった分、たまに操作しなければならなくなると、とても打ち辛い。

客先に出ていた頃は、自分のPCなんかいらないと思っていたのだが、勤務部署先が変わり、丁度Windows3.1の頃から、ネット主体の用途で自分でDOSのPCや通信ソフトが入っているワープロを使うようになった。ただ仕事場ではまだ当時、1人1台の環境ではなく、自分用にMacintosh(漢字Talk7)を使ったり、DOSベースのアプリケーションを使うようになった。この頃から、デスクトップよりもモバイルノートという位置付で私は活用するようになっていった。

自宅にはColorClassic2からPerforma5220となり、平行してPowerBookDuo280cを使っていたのだから、それなりに当時はお金をかけていた。残業も多く、資金的にも潤沢だったからだろう。その後Internetへの接続は、Windows3.1にTranpetWinsockとNetscapeを使い、i486/DX2のノートがメインPCになっていった。

何故キーボードの話が歴代の使用機種という話になるのかというと、私は基本的にノートPC使いだった事もあって、キーピッチがノート寄りの方が慣れていたからだ。実は由もNECの98ノートでniftyserveをはじめた事もあって、我が家はデスクトップだろうとなんだろうと、ノートサイズのキーボードがしっくり来るようになったのだった。

仕事場でも自分で買ったキーボードを使っている。今はもう殆ど新品で買えないのだが、横34cm、奥行き11.5cmのテンキー付PS/2キーボード。ミツミのものがまだそれなりに手に入るのだが、こちらも使った事はあるのだが、イマイチしっくりこない。という事で当時バッファローで出していて、今はオーディオテクニカが出しているATC-MKB109という機種の在庫のみという完全に生産も中止されたモデルを長く愛用している。

今は家の2台のデスクトップ、会社のメインPCと、予備に中古という感じで、4つを保有している。タッチはイマイチだが、ストロークやピッチは私が一番好みのタイプだ。

長く使っていると、埃やゴミが沢山入り込み、特定のキーが戻らなくなってしまう。今朝は出社後MicrosoftUpdateをWSUS任せにして、電源を投入せず1時間かけて分解清掃してから仕事を開始する事にしたのだった。

写真はその分解清掃後、組み立て中の写真。朝から何やってるんだと同僚に言われつつも、カチャカチャと分解清掃組立に勤しんでいた。その後のキーボードは快適に戻った。

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