2007年12月31日

大晦日

今日は12月31日の大晦日。2007年最後の日だ。

昨日の疲れが残り、肩こりで少し頭痛。由とくーは横ですやすやと寝ているが、のそのそと起き出して部屋を暖める。コーヒーを飲んでぼーっとしていると10時近くなって由とくーが降りてきた。

由は朝から大量の洗濯。少しづつ私は昨日の片づけをするが、効率は当然悪く、あまり動きたくないので最低限だ。ビデオの充電や写真の整理を少し。

由はお昼からおせち料理を買いにお出かけ。私はくーと転がって過ごす。まだ頭痛が少し残っているので、横になりながらあまり何も考えず、映画を1本だけ見る。

夕食は安比のペンションのオーナーから頂いたおそばで、年越しそばを作った。くーにもちょっとだけおすそ分け。

テレビもつまらないので、今頃になって年賀状を作成しはじめた。当然途中で力つきて、今年も年を越えてしまうのが決定。いつも頂いている皆さんには申し訳ないと思いつつも、無理せず除夜の鐘を聞きながら就寝。2007年も過ぎてしまえばあっという間に過ぎていってしまった。


さて、来年2008年からは、このブログのペースを少し落とそうと思っている。毎日の更新とはいえ、数日まとめ書きしておいて連続UPする事もあったのだが、それではあまり意味がない訳で。

Googleにも多く検索キャッシュが残ってしまっているが、一度仕切り直しといきたいと思っている。

訪れて頂いていた皆さんには申し訳ないとは思いつつも、週1更新程度でやっていくつもりだ。ただ、面白い話がかけるかどうかは別なのだが…

写真は夕日に暮れる空に沈むエスクード。くきざきでのもの。

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2007年12月30日

今年最後の競技会

今年最後のアジリティ競技会。朝5時すぎに出発するが、いきなり首都高5号線で事故渋滞。たった2kmを通過するのに20分かかってしまった。このままでは常磐道三郷料金所を6時前に通過できないと思い、スタッドレスに負担をかけるがちょっと急ぐ。

常磐道への接続で首都高6号線に入ると、嫌な予感が。電光掲示板に谷田部ICから谷和原IC間で事故渋滞とのメッセージ。先日のアジコンの日といい、今日もなんなんだか。なんとかギリギリ3分前に三郷料金所を通過。一気に車の量が減って走りやすい3車線の常磐道でなぜ事故がおきるのか…霧が出やすいとはいえ、運転者のレベルが落ちているような気がする。

柏ICを越える頃に、とうとう通行止の案内。今度は谷和原ICで全車降ろされる為、1kmの渋滞と案内が変わってしまった。最悪だ。

予想通り、降りるまでの渋滞と、降りてからの流れの悪さから、脇道に入りできるだけショートカットをする。途中2度ほど常磐道を渡ったのだが、車の数が少なかった。事故現場を抜けた先だったのだろうか。いつも寄るコンビニには6時40分をまわっていた。くきざきドッグスポーツ広場に着いたのが6時50分ごろ。すっかりタープを張る場所がなくなってしまっていた。前夜に降った水たまりの所に仕方なく張る。

ほどなく知り合いもやってきて、妙に暖かい気温の中、足元がどろどろな状態で競技会が始まった。

由とくーが走るのは4競技。1つをのぞいてすべてAGなので、ちょっと前からすれば気分的にも随分違っているのがわかった。前はどうせだめだからとAGはパスしてきたので、随分自信もついてきたのか、それよりも挑戦しようという気が生まれてきたというのは、やはり相当頑張ってきたのが伝わってくる。

しかし今日は何だかくーが落ち着かない。いつもハイになってバーを落としまくる1走目から落ち着いたよい走りで、バーは1本落としてしまったが、感想。いい感じだった。しかし2、3走目とくーがキョロキョロと落ち着かない。私を探していたというのだが、普段から競技の時やあまり気にしないはずなのだが…

3走目のAGで、うっかり由がタイヤを通過していなかったのに気づかず、失格になってしまたが、その点以外では完走できていたし、バー落としもほとんどなく随分よくなってきたなと感じる事ができた。

最後のAG1もバーが残念ながら1本落ちてしまったが、スラもうまく入ったし、コンタクトもok。まだ練習は足らない部分はあるのだが、数カ月前と比べて全然違う内容で、成長が感じられた。

競技の途中に強烈な雨雲が通過し、突風と雷雨に見舞われ、タープがきしんだが、2時間ほどで通過。それ以外は比較的穏やかな1日だったが、タープから何からドロドロになってしまった。年末はきっとこのままで何もする余裕はないだろう。

帰り際にくきざきの日はいつも給油するスタンドでちょっとしか入らなかったが給油。140円/Lだった。そして先日洗車したばかりなのに、どろどろになってしまった為、また洗車。帰りは高速もスムーズで、1時間で池袋まで戻ってこれた。東池袋の揚州商人で夕食を取り、帰宅。

今年の競技会もこれで終了。色々あった年だったが、由とくーは成長した年だったと思う。来年も楽しみながら何事も取り組んでいければと思う。そして私はそのサポートをしていきたい。

写真は嬉しそうにスラをこなす、くー。

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2007年12月29日

やっと冬休み

今年も長いようであっという間に過ぎると思われる冬休みに入った。

しかし朝から頭痛。先日から1年ちょっとぶりに例の群発頭痛が再発。予防薬を飲んではいるが、それでもおきる時はおきてしまうのが辛い。

そんな状況だからとはいえ、年末なのでやる事は多く、とりあえず先日の夢の島のディスク競技の写真を整理して配布。すぐにやらないとのびのびになってしまう。

それと、実家の分の年賀状作成を行う。簡単なデザインとはいえ、ミスのないように作らなければならない。これまでは業者に頼んでいたのだが、少しは手伝ってやろうという事で、今回は私の方で受けたのだが、仕事が忙しいという理由で、宛先リストがまだ届いていない。会社としては失格だろうに。

夏休みの初日は頭痛とヤボ用で過ぎていく。明日は早起きしないとならない上に、風邪もまだ完全に治っていないので、おとなしく過ごす日となった。

写真は退屈なせいか、クッションに戦いを挑む、くー。

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2007年12月28日

一陽来復

この時期、我が家からほど近い穴八幡神社に大量の人がやってくる。冬至の日から発売される、一陽来復というお守りを求めて、群馬や静岡から観光バスが並ぶほどの有名なものだ。

私の実家は自営業なのだが、昔からここのお守りを買っている。大晦日の除夜の鐘が鳴っている時間に、その年の方角の天井にお守りを貼るという行為を、子供の頃から見てきた。そう、商売の神様なのだ。

それと西東京の東伏見稲荷神社にも毎年親父は正月にでかけていた。今は親父ではなく、兄の仕事ではあるが、私はそういう家庭に育った分、商売人になりたいという気持ちはまったくなく、サラリーマンを目指した。

とはいえ、いつか脱サラして自分の力で収入を得たいとは今でも思っているのだが、サラリーマンでの生活は色々な経験で必要だったものだと思っている。いきなり家業を継いだ兄貴は、やはり何かズレている部分を感じる事も、その理由だ。

苦しい時の神頼み。仏教と神事とのギャップを感じている分、最近はあまり神社にお参りにいかなくなったが、子供の頃は必ず氏神様といわれる神社に、何かある毎に拝みに行った自分が今では滑稽だ。

何かに頼りたい気持ちとは別に、縁起ものとしての神事という事を感じつつ、今年もそんな季節になった。兄からの依頼で、今年も御札と肌守と一陽来復の3つを買いに行くのだった。

写真はもう10年近く前のネパールはポカラ郊外のお寺にて。年末に村民が集まり、お祭りがあったので見に行くと、日本人は仏教徒と歌や踊りで歓迎され、カレーをたらふく頂いた時のもの。まじめに仏教徒になろうとこの時思ったのだった。

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2007年12月27日

秘密のケンミンSHOW

最近妙にウケのよいテレビ番組といえば、JUMPと秘密のケンミンSHOWの2つのバラエティ。案外テレビをつけている時間が長い我が家としては、日曜の鉄腕DASHと並んで結構な頻度で見ている番組だったりする。

JUMPも企画の中で、施設を借り切って行う大規模な鬼ごっこが面白い。実際は結構チャチなマシンが出てきたりするのだが、単純に割り切ってみるにはなかなか楽しかったりする。最初にこの番組を知った時には、早朝のお台場でやっていたが、最近の企画ではテーマパークを時間帯で借り切ってロケしているのが多い。

それとまったく別のジャンルだが、秘密のケンミンSHOWはとにかく大阪編が面白い。由は神戸なので兵庫なのだが、毎回ネタに事欠かない「ヒミツの大阪」では頷ける部分が多く、まさに無意識な言動が次から次へと紹介されている内容をみながら、大爆笑の連続だ。

由からみた東京や私からみた関西は、本当に同じ日本とは思えない程、文化の違いがあって面白い。私が旅が好きになったのも、日本各地それぞれにある風習や習慣を楽しむというテーマもあるのだ。

私の世代ではまだまだ東京出身の東京在住者は案外比率的には少なく、今ではその子供の代などで東京で生まれ育った子供の時代になってはいるが、根っからの東京人は案外素朴なものだ。逆に東京に移り住んできた人の方が、「地方」という言葉を使う事が多いように私は思える。私は「地方」という言葉は嫌いで、「東京以外」と言いたいと常々思っており、決して東京が特別ではないという意識なので、沖縄の文化や関西、東北の文化などにとても敬意を払いつつ、その違いを楽しむ事が好きだ。

まさにそれがこの番組では展開する。面白いもので、日本人でもこれだけの違いがあるという事を、日本人はもっと学ぶべきではないかとすら思う。

由の実家に行ったときにも言われたが、私がダントツでウケた言葉はこれだ。

「必死のパッチ」

パッチって何?と聞いても、答えはない。普通なのだ。「アメちゃん」や「擬音が多い」など、とにかく笑える。いや、笑ってはいけないのだが、そこにある関西人の突出するオリジナリティは、やはり日本で一番濃いものではないかとすら思えるのだった。

写真はお約束のくいだおれ人形。この地はとにかく奥深い。

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2007年12月26日

マイペースを取り戻そう

最近、やっとくーとの遊ぶ内容がマイペースになってきたと思っている。

くーの才能を開花させようという気持ちよりも、くーが楽しそうなので飼い主が頑張ってやってみる、というような後追いの形で、ディスク競技もアジリティも取り組んできたのだが、飼い主の力不足という事もあって、なかなかどれも中くらいまでしかいかない。

競技という性質上、成績というものがついてまわる分、そういうものなのだろうが、それに振りまわされていると、いつしか犬に無理をさせてしまう事もあるはずだ。なので、運動経験の乏しい由と、虚弱な私という家庭に育つくーには色々と申し訳ないとは思うのだが、あらためて無理をしすぎないように、マイペースで何事も取り組んでいこうという事を家族で確認をしたのが、この秋でもあった。

がむしゃらに1つの事をしなければ、身につかない世界も確かにある。飼い主がふがいない分、それをしていたらいつまでたってもひとつの事すら達成できなくなってしまうのではないかと思う気持ちが強くあったのだ。

またディスクは特にそうなのだが、練習の過程でくーの歯を随分痛めてしまったという飼い主の過失が大きくあり、未だにディスクを思いっきりできない。練習も最小限でいいと最近は特に思っている。それで結果が出せなくても、知り合いと楽しい時間を過ごし、適度にくーが楽しめるなら、それでいいと思うようになったのだ。

アジにしても、これこそ中途半端でできるようなものではなく、練習を欠かす訳にはいかない。なので、これは今後もくーとの生活の中でウェイトは高い比率を保持する事になるが、それだけをする訳にもいかないのが、人間の現実の生活でもある。

全てにおいて、気負わず、そして色々今しかできない事をやっていく。それが今年色々学んだ中での結論でもある。

飼い主として、初めて迎えたハイパーな子には、本当に色々勉強させて貰った。ある意味くーは我が家に来て幸せだったのではないかと心から思えるほど、何から何までくーが中心の生活になっている。失敗もあるが、まあくーにとっては幸せな方ではないだろうかと思っている。

今までを振り返っても、当然100点満点ではないが、及第点を貰えるのではないかと最近ちょっと思えるようになってきた。きっとこれからも犬がいる生活になるだろうし、その中でくーとの出会いはとても大きなものであった事に間違いない。

先日5歳を迎えたくー。我が家にやってきたのは、4年10カ月前と、まだまだ先は長いはず。飼い主もくーと一緒に成長していきたいと、あらためて今年思うのだった。

写真はくーのキャッチ。楽しそうにキャッチできるように、ひとつひとつを大事にしていきたい。

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2007年12月25日

クリスマスはディスクで

昨年に続いて、今年もくーの誕生日ウィークの延長で、クリスマスはくーの大好きな事をするべく、夢の島でのNDAのディスク競技に参加した。これは、22日の土曜の事。

今年もコーギー仲間の友人のタープにお邪魔し、やってきました夢の島公園。6時からタープ設置場所の抽選という事だったが、私が風邪がまったく治っていない事もあって、到着したのが6時20分。既に戦いも終わり、タープの設営もほとんど終わっている状態だった。本当にいつも申し訳なく思ってしまう。

お邪魔させて頂くと、雨が時折降ってきていた。予報だと夜に降り始めるという事だったのだが、結構な雨足が何度もやってきた。私はできるだけ平静を装っているが、むちゃくちゃ気分が悪い。当然投げ練習なんかできず。また先日の栄町みたいにファール連続では困ると思うのだが、どうしようもない。

待機中も何だか底冷えして、思わずストーブを出してしまった。結構着込んでいるはずなのだが、寒い。震える程まではいかないが、暖かいポットに入れてきたコーヒーをちびちび飲んで体を温める。

今回も3コートというマンモス大会。ドギーズクラスは1RがAコートで、2RがBコートの予定。そして友人のダイゴ君、ハリー君はCコートのノービスにも参加するし、福来ちゃんの子たちのローラーもCコートと、また競技がバッティングしたり大慌てな進行になるのだった。私はハナからあまり動けないだろうと予想していたし、天候もよくないのであまりよい写真は撮れないだろうと、無理しないようにしていたのだった。

さて1R。スローは5-6ポイントエリアの浅いあたりでほぼ安定していたのだが、右と左に11本づつギリギリに切れるファール。これはとても残念だった。しかし大御所たちもあまり伸びず、2R目次第という感じだった。由は何だかこれまでにみた事がないように大荒れ。ギロチンやファールを連発し、自分でも相当反省するほど酷いラウンドだった。

お昼はこれまた親戚犬のHOOVER君のママが食事を作ってきてくださり、頂いてしまった。久しぶりにお会いできたのだが、何だかこれといった挨拶もせず、失礼をしてしまった。くーがやってきてそろそろ5年。もう犬仲間とも同じように5年弱の付き合いになる訳で、年齢も職業も趣味も違う中で、長くお付き合いさせて頂いている。

2R目は私は何だか笑える程ひどく左に暴投するスローで始まり、あとは5-6までぎりぎり伸びないスローで、これも玉砕。決勝に残るには、あと2キャッチといった所で、今日も終了。由も1R程ひどくはなかったにせよ、やはり2Rもあまりよくない投げだった。

私も由も風邪気味で体調が悪かったというのは言い訳でもあるが、実際そんな体調だったのでまあ仕方ないだろうか。また来年前半に夢の島もあるので、また参加したいと思う。

どちらかというと距離は伸びなかったが、まあ比較的安定していたスローは、風邪のせいかもしれない。途中雨に結構降られたりしたが、帰りには皆で夕食を取って帰っても、家には20時台には到着できたというのはさすが夢の島といった所か。近い事は嬉しい事だ。

写真はやっぱりディスク大好きなくーを使おうかと思ったが、折角のクリスマスの夜なので、くーからメッセージを。

I wish you a Merry Christmas!!

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2007年12月24日

うどん店巡り その9

そろそろ東京に向けて移動を開始しようと思っている所と、この日は朝から4食目ではあるが、しっかり天ぷらも食べているので、腹もふくれてきていた。

しっかりした麺という事から期待して、坂出の町中で少し迷いながら、怪しい人の流れをみつけて何とか駐車場を発見。そこから人が一人しか通れないような扉を抜けて、裏道に入ると、面白い風景を目の当たりにした。

この旅最後になるうどん屋、彦江製麺所だ。

時間はお昼をちょっとまわった所。その為か、スーツにサンダルばきのサラリーマンが2~3人で歩いているのだ。食べ終わって帰ろうとしている感じの人もいれば、これから食事に向かおうという感じの雰囲気の人もいる。どれも、皆うどんが目的なのだというのがすぐにその雰囲気からわかった。

とても目立たない、それこそ人の流れがなければわからない製麺所は、看板らしい看板もなく、しかし麺を湯であげる湯気から、そこが目指す場所だという事がわかった。

いかにも工場といった感じのサッシ扉は開かれ、外には食べ終わって友人を待っているサラリーマンが目印だった。中に入ると、想像ができない程、人が沢山いた。

並んで麺をもらい、自分でダシを入れる。好みの天ぷらをとり、席に座って食べるのだ。すべてお金は自己申告制。一緒にゴボウ天と竹の子天を取って、空いている狭い座席について食べた。

ここの麺はとても太く、エッジもたち、コシが強かった。男麺という感じだろうか。私は結構好きだったが、由はちょっと太くコシがありすぎという感じだったようだ。確かに麺の主張がとても強い。

住宅街の中。県道33号裏。創業S27年という老舗は、今日も人が絶えないのだろう。

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2007年12月23日

うどん店巡り その8

善通寺の町中の中村うどんへ。しかしそこまでにいく途中、2件のうどん店に寄ったのだが、どちらも火曜定休で玉砕。どちらも例のベルメゾンのパンフレットからピックアップした店であり、それには定休日が書かれていなかったのだ。

お昼直前だったので、慌てずに、途中土器川の河原でくーを散歩させる。私は何だか肩こりの為にちょっと頭痛気味で、河原の斜面で休憩。気持ちのよい風が吹いていた。

ナビに案内をさせながら、中村うどんへ。片道3車線道路沿いの町のまん中ともいえるにぎやかな場所にあった。数店舗と駐車場を共有した一角に、その目立たない店はあった。ここは通称「やお」と呼ばれている。その理由は、看板に書かれている「中村」という文字が、「やお」と読めるかららしい。

こぎれいで、正直期待できないかなと思っていたのだが、入ると盛大に釜が煮えたぎり、うどんが踊っていた。ここはすべて手作りだという事だ。そして案内をしてくれているおじさんが、ちょっと慣れていない私たちをすぐに感知し、丁寧に案内してくれる。

ここではやっと念願でもあった「かま玉小」を頼む。ちょっと待たされるが、その間お店の中をうろうろ見てまわってしまった。ほどなく出来上がってくると、オーソドックスなおろしがねに載った生姜をもってきてくれて、半分以上食べたあとに、これを入れるとおいしいよ、と教えてくれた。

かま玉は美味しかった。それに、ここのうどんは不思議で、まわりはとろける感じにやわらかいのだが、妙にしっかりとしたコシがあっておいしい。かま玉にまたこれが絶妙にあう。生姜をいれてもまたおいしくて、これはインパクトのある味だった。

思わずおみやげ用うどんと、だし醤油を買い込み、1本だけシェラカップに入れて持ち帰ったうどんを、くーにおすそ分けした。くーは一瞬でたいらげてしまった。

2日間の中、ここもベスト3に入るかという感じのうどんだった。ちょっと異質な食感だったが、今もなお、ここの食感が忘れられない。

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2007年12月22日

うどん店巡り その7

今日は琴平から善通寺から坂出までの間で、いくお店を調整していたのだが、停まった宿は安く旅人向けでもあったので、さぬきうどん巡りをするお客さんもよく利用するようだった。その関係で、パウチされたうどん店の案内があって、前夜に調べてみた。

基本的にはさぬきうどんマニアの会社の後輩からもらった情報と、映画から今回巡るお店をピックアップしたのだが、丁度ベルメゾンで毎月さぬきうどんの冷凍生麺が届くというのに申し込んでいた事で、そのパンフレットも参考までに持参してきていた。これらはあの麺通団がプロデュースしていた。

それらとは別に、あらたな情報から急遽よってみようという事にした店が、今日2件目の宮武うどん。地元では有名なお店だというのだ。

ちょっと離れた大きめの駐車場に車を停め、田んぼ沿いの舗装道路を200m程歩くと、細い入り口へのアプローチを抜けると普通ののれんがかかった玄関があった。

店に入ると、若い女性が洗い物をし、店主らしきおじさんが奥で麺を打っていた。観光客向けの説明をその女性が細かくしてくれる。ちょっと雰囲気的には残念だった。

ここでも私はあつあつの小と、由はひやあつの小。天ぷらは私がげそ天と、由がレンコン天を頼んだ。

うどんはちょっとモチモチ気味。ダシは薄めだが私は好きな感じ。しかしパンフレットにあったような、人気のお店だったのかはわからないという感じだった。これも好みだろう。どちらかといえば、さっきの山内の方が好みだった。それでもこういうのもアリだと思えるものだったが…

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2007年12月21日

うどん店巡り その6

琴平からちょっと郊外に向けて車を走らせる。これから朝食をとりに、うどん屋へ向かう為だ。

田舎道を走り、といっても3桁国道や県道を走りつないでいるので、そんなに酷い道ではない。四国の道の中ではコンディションがよい道といえるような、商店はまったくなく、時折農家や民家がある寂しい道をゆく。

映画「UDON」で、道案内とはとても言えない説明でうどん屋へ向かっている時に映っていた分岐がいきなり現れた。そう、そのY字路を右に回り込むように曲がり、坂を登っていくと、そのあがりきった所に「山内うどん」は素朴に現れるシーン。まさにフラッシュバックと言える、そのままの風景だった。

山内うどんは、薪で釜を沸かしている。外には薪が積み上げてあり、奥から若い男性が運んでいた。店構えは素朴でいい感じ。私たちが店に入った時はまだ時間が10時頃だったので、他にお客さんはいなかったが、元気なおばちゃんが声をかけてくれて、げそ天をすすめてくれた。あとで映画を見直すと、しっかり出演されていたおばちゃんだったのだが、この時は震災の時の話や、東京からうどんを食べに来たという話題で、ひっきりなしに話が続いていた。

さて頼んだうどんは、私はあつあつの小で由はひやあつの小。ダシがしっかりきいて、うどんは少々太めのエッジのたったコシが強めの麺。好きな味だ。朝からなかなか好みの味でいい気分だ。げそ天がお勧めで、雰囲気満点のお店だった。

前日からのうどん巡り、6件目という意味では、上位2~3位といった感じだった。

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2007年12月20日

うどん店巡り その5

実質今日最後になった前場製麺所。町中にあって、駐車場も広いが、客はいなかった。車は余裕で停められる。

既に腹がいっぱいで、もうそろそろ厳しくなってきた。時間も14時半をまわり、ずっと食べ続けてきたのでそれも無理もない。ざるがあると聞いて、今回はじめてざるを頼む。これならまだ食べられそうだったからだ。あと四国のうどん屋には必ずといっていいほどある、おでん煮から筋肉を1本。めずらしい昆布天があったので食べてみるが、固すぎた…

店は普通の食堂くらい規模があって、こあがりすらある。壁には夏休みの宿題のように、うどんの作り方や種類についての手書きのレポートのようなものが張られている。なぜなのかわからなかったが、入口近くには昆虫の研究発表のようなものもあった。

水でしめたざるなので、コシに期待をしたが、思いのほかモチモチ感があり、逆にコシは不足気味。でも冷たいうどんも美味しい。

水用のコップが全部ワンカップのリサイクルというのも雰囲気があった。

食べ終わった所で次に行く店を断念し、くーを遊ばせる場所を探しに行く事にした。1日目が終了したという事だった。

写真は田舎のうどん店の店構えという感じの、前場製麺所。時間がはずれていたせいか、静かな佇まいだった。

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2007年12月19日

うどん店巡り その4

次は山下うどん店(坂出)。がもううどんからほど近い、というより先程通りすぎてきた。ここも川沿いののどかな木々が繁る民家。お店に入ると思いのほか広く、人数にしたら40人くらいは一気に入れるのではないかと思える大きさだ。

入って正面で、大きな釜でうどんを茹でているのが見えた。おばさんとおばあさんが4人ほどで、何にするのかを聞かれる。私はこの日初めてあつあつの小。由はひやあつの小。猫舌なのだ。ここではちくわ天をつけてみた。セルフとはいえ、まだお店らしい感じがする。

麺のコシはある方だが、角が丸め。それでも悪くない味だった。有名なのがあとでかき揚げだと知って、頼まなかった事に後悔した。

写真はその素朴を絵に書いたような外観。訪れる人は多い。

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2007年12月18日

うどん店巡り その3

先日も宅配讃岐うどんで食べたがもううどん。定休日かもしれないと向かう道すがら気になったのだが、途中トイレ休憩で停まったファミリーマートでカレンダーを確認すると、第4月曜ではないとわかって一安心。

駐車場には先程の赤坂のように、細いアプローチに入るのだが、ここでもすれ違えずバックで退避。あらためて駐車場に入ると、なんと巨大な駐車場か。車も結構停まっているし、人も店舗から飛び出て並んでいるではないか。まあ時間的にお昼すぎだったのでそういう理由もあるのだが…

折角なので並ぶ。すると後ろに地元の老夫婦が並び、何だかブツブツと文句を言っている。混んでいる事に対して文句を言っているのだろうか。そんなに文句いうならほかの店に行けばいいのにと思うのだが、じいさんの方がずっと休まずに文句を言い続けている。

実際客の殆どが若者だ。観光で来ているのがわかる。ただ、折角遠方からおいしいうどんを食べに来ているのだから、香川の誇りとして受け取れないものなのだろうか。既にうどんブームも去っていて、並んでいるとはいえ10分も待たないで順番が廻ってくるのだから。

バンダナのお兄さんを中心に3~4人のスタッフが狭い厨房でせっせとうどんを煮て配っている。ここでもひやあつ小。私は天かすを乗せ、いそいそと外のベンチへ。

一口食べて、由が「うん!」とうなずいた。ここのうどんは私も含めて理想の味に近いようだった。麺自体はそんなに太くないが、しっかりしたエッジとしっかりしたコシは素晴らしい。またダシも丁度いい感じだ。

できれば天ぷらをトッピングしたかったが、何せ混んでいたし、殆ど天ぷらがなくなっていたので残念。でもまたここなら来たいと思える所なのは確かだ。この日ダントツのナンバーワン。

写真は混雑する店舗。駐車場はとんでもなく広いが、アプローチは狭い。

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2007年12月17日

うどん店巡り その2

次に行ったのは歌うおばさんで有名な赤坂。実はその前におばあちゃんで有名な池上に立ち寄ったのだが、お店がなくなってしまっていた。あとで調べると、しっかり移転していたのだった。

ここもわかりにくい場所。比較的大きい道から、小さい川沿いの道を入った先に、駐車場と店舗がある。アプローチはすれ違う事ができない幅しかないが、思いの外駐車するスペースは大きかった。駐車場には大きな雑種犬が繋がれていて、うどんよりも由はまずその犬の方に。

そのワンは突然遊んでくれそうな人が目の前にやってきたので大興奮。逆に車の中で飼い主が自分以外の犬と遊んでいる音を聞いて、不満吠え。となりには大きいハリアーのレンタカーで、外に聞こえんばかりにステレオをガンガン慣らしている若者数人組が先客で居た。

お店に入り、ぶっかけ小を頼んだ。お金は自分でトレーに入れて、箸は使い捨てではない洗ってあるものを使うようになっている。ここでもひやあつの小。トッピングは生姜だけ。渡されて、川沿いの長いベンチに座って空の下で食べた。

コシが個人的にはもうちょっと。いりこが効いている。玉数と熱さ加減を注文。雰囲気はあるが、やはり麺的にはちょっと好みではなかった。

写真はその赤坂製麺所。お店っぽいが、店内はお客さんのスペースはまったくない。外がお客さんの居場所だ。

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2007年12月16日

うどん店巡り その1

この秋にやっと念願の「讃岐うどん」巡り旅をした。といっても1泊2日、それもどちらも半日なので、対して廻れなかったのだが、その最初に行ったお店から紹介。

穴吹製麺所。場所は高松市上林町。ルーティングでここが最初になっただけなのだが、見事にすれ違えない農道の先にそのお店はあった。駐車するスペースがあるとは書かれていたが、実質軽自動車以外は厳しい。

お店に入ると、敷地の3/4は製麺工場。残りの1/4が食べる所だ。どうも私達は裏口から入ってしまったらしく、食べる所側からだともっと明るい感じで、やっているのかどうかわからない雰囲気で最初驚いた。

おじさんが一人、いらっしゃいと小さく呟かれて、とりあえず最初なのだが小を一つずつ頼んだ。ほどなくして鍋から2人分のうどんをどんぶりに入れて渡される。

テーブルの上には天ぷらが少し。たこ天があったので、それを選ぶ。ダシは大きな保温鍋があって、そこから好きなだけすくってかける。少なめにかけて、生姜を自分でおろして少しかける。

うどんはモチモチ感のある麺。太めだがちょっとコシが足らないように感じる。そういう麺なのだろう。私達はどちらかというとコシが強いうどんが好きだ。

いわゆる食べたうどんは「ひやあつ小」。先客のおじさんはもろに地元民で、壁には映画UDONのポスターが張られていた。

最初のうどんはあっという間に腹におさまり、食べたものを自己申請でお金を払い、正式な出入り口から出ると、そこには確かに3台位が停めるのがやっとの駐車場らしき場所があった。

しかしこの駐車場に入る為には、私達が通ってきた道からは曲がるのが厳しい位置にある。それだけ狭い道に囲まれているお店なのだった。

写真はその穴吹製麺所。畑の中にそっとたたずんでいる。

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2007年12月15日

冬タイヤ交換とスズキへ

朝から慌ただしい。まずは1カ月延期していた定期通院。今日はスケジュールが詰まっているので、押さないように早めに向かう。

病院は混雑していた。調剤薬局も大混雑。いきなり予定時間をオーバーするかと思いきや、なんとか間に合いそうな時間に終了。終わる時間を見計らって、由に車で病院近くまで来て貰い、運転交替。スズキへ。

担当営業と店長が対応。私たちがこのエスクードを買った時の店長とは変わったようで、今度の人はなかなか熱い人だった。それだけでも随分イメージは違う。タイヤに傷があった事については、納車時に撮影していた写真が証明している。サービスとの話し合いのあと、問題となったタイヤ1本を交換する事を正式に回答してくれた。何だかどっと疲れてしまった。タイヤは後日入荷後に交換という事になった。

その後はファミレスで昼食後、環七沿いの西新井にあるタイヤショップ、平野タイヤへ。ここで225/65R-17のBRIDGESTONE BLIZZAK DM-Z3というちょっとその筋の人が聞いたらン?と言われそうなネーミングのスタッドレスに換装する。

ただ予約時間より1時間ほど前に到着してしまったので、近くの公園でくーを遊ばせながら時間をつぶす。昨日の夜から喉の奥が痛く、ちょっと危険信号を感じていたのだが、日差しが暖かく風もないので、ベンチでうとうとと待っていた。ほぼ時間通りに順番が廻ってきたとの事で呼ばれ、エスクードをパンタグラフのあるスペースに入れた。

交換した純正のDUELER H/T 4本は、タイヤだけになって、くーの居場所であるリアシートに積まれた。夏になってスタッドレスと交換する時に、あらためてホイールを購入し、このタイヤを組んで入れ換えようと思っている。

帰り際、夏タイヤは友人宅の納戸におかせて頂く。帰りに寄り、しばらく保管して頂く事にした。傷のあるタイヤだけは持ち帰った。

さてこれでいつ大雪が降っても大丈夫。2月に東北でも旅しようか、なんて思っていたが、何だか熱が出てきた。夜には38度近く。これでは明日は仕事にいけないではないか…インフルエンザではないようだが…

写真はタイヤ交換中のエスクード。毎日大量のタイヤが交換されていくようだ。

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2007年12月14日

5回目のバースディ

12月14日。今日はくーの5回目の誕生日だ。

毎年くーの為に由はケーキを焼く。最初の頃は、スリードッグベーカリー製や、しつけ教室1階にあるナチュラル・クッキー・ファームで特製のバースディケーキやクッキーを買ったりしたのだが、ここ最近はお金も勿体ないし、お菓子作りに目覚めた由が、すべて手作りで作るようになった。

今年は5歳だから、小さいケーキを5段重ねにしよう、と私が提案した。さてどんなのができてくるのかと思ったが、こんな感じのケーキができてきた。本人は何度かの失敗の後、完成に至ったらしいが、その失敗も入れるとまる2日はかかったようだった。力作だ。

1歳台はしつけ教室中心に、ドッグラン巡りなど。
旅行らしい旅行は神戸への新幹線での帰省。

2歳台は悪夢の骨折で殆どどこもいけず。
旅行は骨折後9カ月目にしてリハビリの為の晩夏の北海道9日間。

3歳台はディスクとエクストリームとアジリティ。
旅行は冬の那須へのスノーシューや北海道、そして白馬のエクストリーム。

4歳台はアジリティばかりでディスクはちょっと。
旅行は冬の北海道と長野の高原。

さて、5歳台はどうなるだろうか。

ただ分かっている事は、くーが楽しそうにしている姿を見る為に、飼い主は行動するだけだ。

写真はついさっき。お祝いの瞬間。ハッピー・バースディ、くー。5歳も思いっきり元気に楽しもう。

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2007年12月13日

うどん文化

香川というよりは、うどんは関西の文化といってもいいと思う。関東の私は、関西風のだしのきいたうどんは、讃岐うどんでもあるのだが、関西のものという認識になるからだ。

映画、UDONが昨年公開されてから、ずっと見たかった。麺通団のほぼドキュメンタリーという事だが、役者はちゃんとしたのを使っている。ヒロインの小西真奈美はできすぎかもしれないが、ユースケ・サンタマリアは案外雰囲気はあっているのかもと思う。

ただ全てが関西弁で進むべき所だが、由にいわせるとこの人はネイティブじゃない、というのがすぐに分かってしまう。このあたりは役者が厳しいと感じる部分なのだろうか。日本の食文化、地域文化として方言も重要なファクターなのだ。

うどん屋めぐりをしたいと思ってから、ずっと行きたかったのはこの舞台になったエリアだ。どこでもいい、ロケ地を巡ってみたいと思っていた。実は映画自体を見たのは今年にはいってからなのだが、やはり目玉は松井製麺所。貯水池のほとりに建ち、讃岐富士とでもいうのだろうか。おわんを伏せたような山が見えるロケーションは素晴らしい。

実際に行ってみると、不思議な事におわんを伏せたような小さな山が沢山ある。自分がいる場所がわからなくなるほどだ。

製麺所型やセルフ型、店舗型という感じで色々なうどん屋があるのだが、やはり独特の雰囲気なのは製麺所。店舗ではなくまさに工場で表札のように小さく看板があるだけ。サッシの扉をカラカラと開けると、中では大きな鍋でうどんを煮て、奥ではトントンとうどんを打っている。扉の脇の小さなテーブルに薬味と天ぷらがおかれていて、椅子はない。外で立って食べるというのは当然のようなスタイルだ。

まさに旅を感じ、ソウルを感じる讃岐うどん。既に映画公開前後のブームが過ぎたあとではあるが、未だうどん行脚している旅人もいるし、お遍路さんの格好をした旅人、地元の農家の老夫婦など、ゾクゾクする雰囲気を目の当たりにする事ができた。

またいつか必ず行ってみたい。そう、必ず。

写真は映画「UDON」をみた人ならわかる、松井製麺所のあった場所。今はコンクリートが打たれていて、残念ながら建物はなくなってしまっている。残しておけばいいのにと思うのだった。

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2007年12月12日

納車時からあったタイヤの傷

9/9に納車され、3000km弱を走ったのだが、今回神戸行きの中でちょっとショックな事を発見した。それは右フロントタイヤのサイドウォール部分に、1cm四方で1mmほど深い傷をみつけてしまったからだ。

ただどうしても納得がいかないのは、左側なら由が確かに1度、縁石に擦ったのは記憶にあるのだが、右前タイヤはどう考えても擦る訳がないという事。実際擦ったあとはなく、BRIDGESTONEとマークがかかれている外側に、まるくちょっと1mmほどの高さでゴムが盛ってあるベルト状の所に、ポツンと彫刻刀で削ったかのような傷があるのだ。

色々考えても、こういう傷がどうやったらつくのかがわからない。人が削った訳でもない。それは傷の状態を見れば分かる。あまりに唐突にポツンと傷があるので、どうしても納得ができなかった。

バーストする危険もある為、帰路をどうしようかとても悩んだのだが、過度に負担をかけないように速度も抑えて走ろうという、何も根拠のない理由により、対応を延期した。本来なら地元のタイヤショップで交換して貰うなりするのが本来の対応なのだろうが、タイヤはスズキ・エスクードの純正で、BSがOEM供給しているDUELER H/T 687というものだ。正直サイドウォール部分を指で押すと軽い力でもたわんだりするので、まさかこれがSUVのタイヤか?と思えるほどヤワである。

またフルフラットの時にお世話になった方も、町中でサイドウォール部分が裂け、まだ山は残っているにもかかわらず4輪分を交換するはめになったという事も聞いていたので、ものすごく弱いタイヤというイメージがここで証明されてしまったのだ。

先週の土曜に、母親の入院先に顔を出した時に、ついでにスズキに寄った。丁度私たちの担当営業の方がいて、見て貰ったのだが、危険性は残るが、なんとか走れるという回答を貰った。ただ私はそのまま乗る気はなく、近々スタッドレスに純正アルミで履き替えるので、夏タイヤが必要になる来年春に考える事にしようと思っていたのだった。納得はいかなかったが…

そしてそのあと、ふとした事で、納車の日からもしかしたらついていたのではと思い、納車時の写真をひっぱりだしてきた。デジカメで撮影したものなので、画像ファイルの更新日付が撮影日時として記録されている。その日にロッキーの最後の写真や、納車時の雰囲気、色々な角度で撮ったものがあり、それを見てみると…

偶然、私がガンメタ塗装されたヘリーハンセンモデルのホイールデザインが好きだったので、ブログネタ用に撮影したアップ写真に、しっかりとその忌ま忌ましい傷が写っているではないか。但し、それは納車の日の夕方、自宅の駐車場で撮影されたものだった。

他に写っているものはないかと探してみると、なんとまさにエスクードが引き渡される時、シートのビニールを剥がしている時に斜め前から撮った写真を部分的にクローズアップした所、傷があるはずの場所に、確かに黒い穴のようなものが写っているではないか。

という事は、納車時からついていたのだ。この傷は。

納車時にタイヤに泥がついていたのが気になっていた。普通納車時にはタイヤワックスがかけられているものではいかと思ったのだが、ボンネットにも埃がうっすらとあったり、とても理不尽ではあったが値切ったので仕方ないのかという気持ちと、担当の営業が若いが頑張ってくれたので、ケチをつけるのを遠慮したのだった。

しかし運よく写真を撮っていたからよかったものの、スズキはこんな程度なのか?販売店に出向いているにもかかわらず、新車の納車時に泥つきのタイヤで客に引き渡すものなのか?傷つきでバーストの危険性があるタイヤを納車整備をしているにもかかわらずそのままにするのか?

正直あきれる以上に怒りがこみ上げてくる。これで私だけでなく、由やくーに危険な目にあわせられたら、訴えるどころの話しではない。

三菱自動車の問題もあったが、スズキのこのずさんな車両管理は考えられない。私達の命を乗せて走る大事な車、エスクードの車両としての完成度や魅力は文句ないのに、販売店のちょっとした配慮のなさが、メーカーのイメージをあっという間に失墜させる。

今度の土曜は本気で対応を求めるつもりだ。消費者をなめるんじゃない。

写真はその問題となった右前輪。左上に彫刻刀で掘ったような傷がわかる。

まさにディーラーで車を引き渡される寸前に撮影したもの。タイヤの傷がある場所に確かに穴のようなものがある。
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納車日、ガレージに入れたあと、別な用途の為にホイールのアップを撮ったものに写っていた傷。彫刻刀で掘ったような穴が開いているのがわかる。
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問題となった右前輪。ディーラーはどういう対応をしてくるだろうか。一歩間違えば大事故になっていたはずだ。
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2007年12月11日

神戸帰省と香川巡礼番外編

今回の長距離ランでは、エスクードの燃費を満タン法で計算した。

実際は往路、東名に乗る前に給油し、帰ってきてからは後日に給油しているので、旅の期間の主要燃費という感じなのだが、2Lのエスクードのデータとしてまとめておこうと思う。

今回の燃費計算
 566.8km  52L  10.9km/L
 357.5km  44L  8.13km/L
 335.7km  30L  11.19km/L

平均(計算距離)
 1260km  126L  10km/L

2Lという視点からはやはりあまりよくない。しかし車重とセンターデフ式フルタイム4WDという点からは、ある程度仕方がないという所か。

また今回東京神戸香川を3都市を走ったルートにおいて、停まったサービスエリア。

今回停まったPASA

往路1
 東名
 名神
  菩提寺PA

往路2
 神戸淡路鳴門
  淡路PA
 高松道

復路
 瀬戸中央
  与島PA
 山陽道
  三木SA
 中国道
  なし
 名神
  養老SA
 東名
  上郷SA
  小笠PA
  富士川SA

車での走行は快適だったが、案外エスクードは舗装の継ぎ目のギャップを拾うなという感じだった。またタイヤに問題があったので、特に復路は気が気ではなかった。

写真は今回琴平でお世話になった、サンウェル・コトヒラ。見た目、単なるマンションなのだがリーズナブルな宿として満足の宿だった。

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2007年12月10日

追悼

くーの兄弟は5匹。どの子が長男と長女とか判らない。ブリーダーは尻尾を切らない事をポリシーにしていたコーギーの専門犬舎だったが、今はよくわからない事になっている。

私達はコーギーに尻尾が本当はある事を知り、あえて犬を飼うならコーギー。それも断尾していない子と決めていたので、とにかく調べまくった。

そんな中、会津若松の犬舎でくーと出会う事になるのだが、その時に生まれた子は5匹いた。1匹は大阪へ、2匹は茨城・栃木エリア、2匹が東京都内というように、散らばってしまった。

生まれて1カ月目に居ても立ってもいられなくなり、雪深い羽鳥湖を越え会いに行ったときは、5匹がまだせわしなく動き回っていた。皆どれもかわいくて、正直な所生後1カ月目の犬をみるのは初めてだっただけに、そのかわいさはたまらなかった。

そして私達がくーを迎えに行ったまだ雪深く町中にも氷がはっている2月、その時は大阪に行く子とくーの2匹だけがサークルに取り残されていた。既にその他の子は引取られていったり、空港から送られたりしていたのだった。といっても1週間前後の差ではあったようだが。

東京都内に在住のもう1人の飼い主とは、今もディスク競技やら旅行やらと、よく行動を共にさせて頂いている。また、2度ほど、親戚オフと称して実の兄弟姉妹と同じ犬舎の親戚犬の集まりを何度か開催して会った。実際の同胎犬としては、東京と栃木の3兄弟はその後顔をあわせる事ができた。逆に大阪と茨城の子とは、会っていない。

あと数日でくーは5歳を迎える。そんな時に、東京在住の姉妹犬の飼い主さんからメールが来た。それは衝撃が大きすぎた。茨城の兄弟犬が12月4日に病気の為亡くなったとの事だった。

なんで、まさか。まだ5歳にもなってないのに。

詳しい事は判らないが、その事実に愕然とした。その知らせを聞いたのは、会社でだったのだが、そのあとしばらくは仕事にならなかった。すぐに由に電話をし、その事を伝えると、あまりに驚いたのか電話先で大声をあげ、くーが傍らで驚いたのか、ワンと吠えた。

帰ってから、くーはいつものように私にとびついて出迎えてくれた。オマエの兄弟が先週、いなくなっちゃったんだよ、と声をかけてみるが、おなかをなでられて目を細めているくーには、何の事なのかわからないだろう。

いや、実は12月4日のその時、くーは何かを感じていたのかもしれない。事実東京在住の姉妹犬とは不思議な事に、同じ日の同じ時間に吐いたり、おなかを壊したりする事が何度もあった。

あまりにはやすぎる訃報に、言葉が震えた。飼い主さんもきっとショックで途方に暮れている事だろうと思う。私達はできればいつか、同胎犬全員と再会したかったのだが、志半ばにその願いは途絶えてしまったのだ。

クッキーくん、さようなら。

写真はまだ生後1ヶ月目の頃、くーがクッキーくんの上で寝ている所。

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2007年12月09日

神戸帰省と香川巡礼その7

11/27の事。朝7時半起床。由とくーとこんぴら様の参道を途中まで散策。階段下で控えている籠屋さんのお兄さんにくーは愛嬌をふりまいていた。

参道には籠屋が準備中だった。3~4人が待機している。金毘羅さんの階段が長いので、結構利用する方もいるのではと思うのだが、人ひとりを乗せて階段を昇り降りするのはとてつもなく体力がいるのではないかと想像する。私には絶対にできない仕事だ。

途中、海の神様を祭っている関係で、水族館のようなものがあったり、漁船が飾られていたり。海にはそんなに近くはないはずなので、不思議な感じだ。小さい公園をみつけてくーを遊ばせる。ポツポツとこの観光街に通勤してくる人の姿があった。

9時半にホテルを出発。泊まったホテルはチェックアウトは鍵を閉め、チェックアウト用のポストに鍵の入ったポーチを投函するだけという面白いシステム。薄曇りの空の下、琴平の町中を抜けて、うどん巡り2日目の開始だ。とはいえ、今日はお昼からは東京に向けて700kmを走らなければならないのでハードだ。

今日のうどん屋はこんな感じ。善通寺と丸亀を中心に巡った。実は途中2件が調査不足により定休日だった。他にも長田in香の香と、長楽製麺所は時間切れの為パス。坂出北ICから長い長い帰路へとついた。

山内うどん-宮武うどん-松井製麺所跡-中村うどん(やお)-彦江製麺所。

瀬戸大橋は長かった。島を渡るようにそれぞれ形が違う橋脚が、霞む先まで続いていた。最初のPAである与島PAへ寄る。ここでお土産をチェックし、ドライバー交替。由がしばらく運転するという事になった。一応地元エリアなので、走りたいというのもあるようだ。私は助手席で眠くはないのだが横になる。

まず三木SAまでノンストップ。ここには広いドッグランがあると聞いたので、試しに寄ってみたのだった。確かに広めのドッグランだが、もっと広くしてもいいんじゃないかと思えるほど、広い芝の中に不自然に柵で囲われたドッグランがあった。でも水もあるし、綺麗なのでくーの運動時間として使わせて貰った。気温は結構低く、空も曇っていて薄暗いので、寒々しく感じた。

名物の塩饅頭を由が買ってきて、さてまず最初の難関、大阪を通過するルート。ここは山陽道だが、一旦中国道に入り、名神に入る。吹田近くで渋滞という情報が出ていて、先が思いやられたが、それほど酷い渋滞はなく何とか通過。車の量は多く、大阪に入る頃にもう日が暮れてしまった。まだまだ先は長い。

真っ暗の中ひたすら東へ。まだ由が運転している。私は交替も考えて無理しても寝ようとするがなかなか眠れない。フルフラットにすると相当快適なのだが、時間的にはまだ早い。

トラックが多くなり、一息入れようと養老SAへ停まる。ここで私と交替かと思ったが、まだ運転を頑張るという。心配ではあったが、引き続き運転を頼んだ。まあ独身時代は一人でロッキーやセローで神戸から天竜川河口や富士川河口まで来ていたのだから、無理という事はないだろうが…まだ東名にも入っていない。

既にナイトランになっている中、東名に入って一つ目の大きなSAである上郷にて休憩。ここでも由は交替せず、引き続き運転。トラックが多く、道も狭いので気になるが、無理しないという約束で本線へ。

時間は22時半。そろそろ私も体がだるくなってきた。由もやっと交替すると言い出し、小笠PAへ入り交替。私も元気ではないが、よく会社帰りに聞いているJ-WAVEのGrooveLineのスポンサーでよく耳にする強強打破をSAで購入していたので、一気飲みして運転開始。

清水のあたりが特に狭くアップダウンが少しあるので、長距離トラッカーが怖い。70kmほど走って富士川SAへ入る。夕食を取る為だ。由は運転を変わってからすぐに眠ってしまったが、とりあえず起こす。由は富士宮やきそばと私はカツカレー。懲りない選択だ。時間は23時になろうとしており、この調子で走れば東京ICを通過するのは目標とする0時をすぎるのは確実だ。

裾野から足柄のあたりまでは上りが続く。トラックも追い越し車線を塞ぎ、自由がきかない状態で神経を使いながら走る。由はフルフラットにして寝ているが、私の運転だと100km/hをキープするので、ギャップを結構拾うエスクードのサスでは熟睡眠れないだろう。

結構ハイペースで走り、0時20分に東京ICを降りた。深夜だが車は少なくない環八と甲州街道を抜けて自宅には13時丁度に到着。ほぼ12時間走り通して、由が約450km、私が250kmを走り、6日間かけて全走行距離1,675kmを走った。

内3日間は神戸西地区をチョイ乗りなので、実質3日間で1,600km程度。その後1時に無事帰着。シャワーを浴びて就寝。

写真は朝のこんぴらさんの参道で。まだあまりお店も開いてない時間、家族で散歩をした。

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2007年12月08日

神戸帰省と香川巡礼その6

11/26の事。本当なら9時前には出たかったのだが、やはり予想通り出発は9時半。由のご両親に見送られ、さて四国へ出発。

垂水ICまで一旦北上し、料金が高い明石海峡大橋へ。神戸淡路鳴門道へ乗る。最初は抜けると数日前に遊んだ公園の下のトンネルを抜け、視界が開けるともう瀬戸内海だ。巨大な橋は交通量は極めて少ない。前後に見える車は片手で足りるほどだ。それもこれも、料金が高すぎるからと言われている。明石のたこフェリーが現在も存続しており、こちらの方が安い。

早速橋を渡りきった先、淡路島に上陸してすぐにあった淡路SAへ停車。この駐車場も1/3も埋まっていないが、お遍路ルートを巡る観光バスからは大量のおばちゃんとおじちゃんが流入していた。バスツアーで巡る方が絶対に楽だろう。お土産などを買ったあと、レーダーを効かせながら、あまり飛ばさずに四国に向けて再度走り出す。900Rに乗っていたら危険な道だ。

思いの外時間がかかって淡路島を縦断。四国徳島に入り、高松道に入る。ここから対面一車線が殆どになり、ペースが遅い車が入ると遅くて少々イライラする。高い高速代を払っているので、よいペースで利用したいものなのだが…

10時代に目的の高松中央ICに到着すると思っていたのだが、甘かった。140kmあるのだが、下りたのは11時40分。途中アベレージを稼げなかったのがその理由か。

インターを降りて、早速うどん屋へ。町中もうどん屋だらけだ。

リストアップしておいたうどん屋は、後輩から聞いた情報と、ネットで調べた情