2008年09月28日

救急搬送

未明に母親が救急で某病院に運ばれた。2時すぎの事である。救急隊から電話があって起こされ、すぐに向かった。

母親は意識はあるが、記憶が混濁している。こんな母親を見るのは初めてだった。迷惑をかけまくってきた母親だが、さすがに困惑した。

しかし性格は当然変わる訳もなく、周囲に自己主張をしまくっている。ERなので仕方がないのだが、他にも患者が居るので申し訳なく思いながらも、母親の身の安否をこれまで以上に心配してそばについていた。

連絡をしていたが、やっと兄が4時頃にやってきた。兄も仕事が大変な状況だったが、頑張っている。最近は長男の意識がしっかりと芽生えてきたのか、私への依存度はないとは言わないが極めて低くなってきている。担当の先生から話しを聞くと、CTなどを撮ったが、脳梗塞や脳溢血ではないという事だったが、血液検査の内容から聞いたこともない病名を伝えられた。

「低ナトリウム血症」

体内の塩分が極めて不足して、意識が混乱しているという。ただ母親の日常でそのような結果になるような状況は考え難い。つい1日前に私も兄も母親に会っており、普通に食事も会話もできていたにも関わらずだ。そして病院に運ばれる6時間前に玉子粥も平らげている。

入院治療が必要だという事を聞いたが、いつもの病院も、運ばれた病院もどちらも満床という事で、入れる病院を探して貰った結果、超高級病院に転搬送される事になった。選択の余地はなく、差額ベッド代が日に相当な額かかる事で、相当に不安だったが仕方なくOKしたのだった。

夜明けの町を兄と2台の車で転搬送先の病院へ行き、また診断や問診を受ける。ICUに入る事になり、ベッドの上でナトリウムを少しづつ体内に入れられている母親と成り立たない会話を交わし、8時頃に兄は一旦実家に着替えや入れ歯などを取りに戻り、私は帰宅した。

午後、その後もう1度病院に行った兄から電話。母の意識が少し戻ってきて、兄や私の名前を認識し、まだ会話のずれはあるが回復してきたという。正直ほっとした。私は中途半端に眠ったのだがすぐに目が醒めてしまったりまともに眠れない。とにかく体調も悪く、外出はとてもではないが辛いので明日の月曜の夕方でも見舞いに行く事にした。

突然やってきた母親の病気。これまでそれこそ100回以上は夜中に呼ばれた事はあったが、今回のような病状は初めてだった。

これからの介護計画は兄が中心になって、考えていかねばならない。高齢化による各家庭の状況は、前後はあれどきっとどこの家庭にも出てくる問題ではないだろうか。私達が子供がいらないというのも、私の病気や体質が引き継がれる可能性についての考えや、子供を育てる事に対する社会環境への不安、そして子供に依存する事でこじれる家族の絆に不安があるというのが大きな要因だという事。

こんな社会にした国、こんなストレスを感じさせる生活や環境を作り上げたのは、誰なのだろうか?

政府や国政に関わる議員先生たちは、お金があるので他人任せにできる。そういう連中がルールを決めていって、半数以上の国民が苦悩に苦しんでいる事は眼中にない事に、後期高齢者への介護制度や補償について、極めて理不尽さを募らせるのだった。

写真はお金に苦労しなかった母親の大好きなデパート。自分で使うお金についてはまったく無頓着なのであった。

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2008年09月24日

気配りをしよう

実家の事や兄の仕事の事など、外部要因によるストレスがとても大きい。何故自分の事は自分でできないのだろうか。自分が廻りに迷惑をかけないように配慮できず、安易に廻りに甘えられるのだろうか。

確かな事だが我が家は裕福ではない。犬関係では裕福な環境におられる方も多いが、それを羨ましがってもそれ以上期待する事なんかしない。自分の事は自分でするのが当然だと思っているからだ。

私は第三者に迷惑をかけるのが嫌いだ。それこそちょっとした事だって気になる。例えば車を停める時だって、迷惑のかからないように停める。曲がらなければならない所で曲がりそこねた場合、行き過ぎて左折を3回すればいいだけなのに、中央分離帯に乗り上げて右折して、後ろに大渋滞を作っているような運転手を見るだけでイラっとする。まあ、そこで前後に車がおらず、迷惑がかからないというのであれば別だが、それがどれだけ廻りを危険な目にあわせている事か、考えても判らないような人間は大嫌いだ。

この世の中、廻りに甘えすぎている連中が多いと感じる。皆がちょっと廻りに気配りをするだけで、ずるをしないでマナーを守る事をするだけで、どれだけ安全安心に過ごせる事だろうかと思う。何人かが廻りがどう感じようと自己中な行動をする事によって、同じような行動をするのが増え、相乗効果と集団心理でどんどんモラルが崩れていく。

赤の他人にもそうだが、血縁の間柄だってそうだ。別に変わる事はない。血縁だからといって特別扱いする事は、結局間柄に溝を作るきっかけになってしまう。ましてやお金の無駄使いや会社の経営にかかわる事は、家族全員を不幸にする。

赤の他人と親族は違うにしても、程度問題という事と相手を配慮するという気持ちや行動がなければ、人の関係というのはスムーズにいかないものだと私は思う。少なくとも私は今の仕事に着く前の大学時代にそれを考え、財産や今の収入をアテにせず、自分の生活は自分で賄おうと思った。中学時代から自分の遊ぶお金はバイトで賄おうと思った事からもその時から私は考えていたのだと思う。

ただ、受験費用や学費などは、親に面倒を見て貰っているのは確かだが、その分母親が体調が悪いと言っていた私が中学から社会人数年目位までは、私が食事や洗濯などを行ってきた。母親だから当然だと思ってはいたが、兄は30年以上一切かかわらなかった。

そのうち私は仕事で酷く体を壊し、30になる前からコントロールが大変になってしまった。自分の限界が見えてきたのもその頃だ。あとは細々と由との生活の中で、自分たちが今と老後を考えながら生活基盤を固めていこうという事を実践していた。

しかし巷は自己中がとにかく目立つ。目立つというよりは、正直に増えていると言いたい程だ。

みんな、自分に厳しくなって、もっと廻りを想い敬おうよ。それだけでみんなが幸せになれるのだから。

写真は契約している我が家の駐車場に勝手に野良猫へ餌をまかれた時のもの。近所の迷惑おばさんは有名で、誰かもわかっていて、人の敷地だろうが何だろうが勝手に入ってまいていく問題児だ。行為の本質も含めて、このような人に迷惑をかけても平気な人種が少なくない。

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2008年09月21日

エクストリーム決勝

今年もやってきた、西武ドームでのスーパードックカーニバル。私たちの目当てはエクストリーム決勝と買物である。

始めの頃はくーを連れて、体験機材やドッグランなどで遊ばせたのだが、最近は電車でぱっと行ってぱっと帰ってくる方が、早いし安いし楽なので、もっぱら人間だけで行く事が多い。今回は初めて西武山口線、レオライナーというお猿の電車のような3両編成の電車経由でアクセスしてみた。

午後から雨とか言いつつも、既にハイジャンプ決勝が始まる10時から結構な本降り。半袖で行ったのだが、これがまた寒い。ハイジャンプでは小鉄君の応援をしたあと、買物をしているうちに、ダイゴ君のママとお昼前に合流。第2会場でお昼を食べたが、雨にパラソルのついたテーブルも雨を完全には避けられず。傘をさしながらの食事となってしまった。

思えば最初に来たのは4年前。西武ドームには3度、ビックサイトに1度来ている。最初はディスク教室なんかも受けたのを懐かしく思う。今回エクの体験教室はガラガラだった。私達が参加した時は結構順番待ちをしたのだが…

そうこうしているうちに、知り合いが3人も参加するスーパードッグショーを見逃してしまった。終わった時にそのうちの1人と会う事ができたが、残念。続いてハイスピード決勝は前半にぷくちゃんが出るので、スタンドに移動して応援。流石決勝に出るだけあって、招待選手は別にしても、2秒の間に殆どの犬が入っている。1/100秒の世界がエクストリームの特徴でもある。

流れで総合の決勝もその場所で観戦。その前に行われた10周年記念イベントとして、大会に長い間出ているチームに、名誉賞が与えられた。エクストリームというイベントの創成期から盛り上げてきた立役者は、今も決勝の常連達ばかりだ。10年という年月は、特に大型犬だとドッグスポーツができる年齢の限界を越えてしまう。それでも9年連続、招待ではなく実力で決勝進出をしてきたディオン嬢は、やはり凄いとしか言いようがない。力強く尊敬の念と感動で、拍手を送る私達だった。

総合の決勝では、長野、仙台、朝霧と予選会に参加してきてよくみかけたり、アジの時からの知り合いが沢山参加していた。前日のミニチュアの方がくーと同じクラスなので接点も多いのだが、不思議とオープンにも知り合いも少なくはない。それがドッグスポーツというものなのかもしれない。

同じクラブのメンバーが活躍した1日だった。表彰を横目でみながら、土砂降りの中電車で帰宅。くーは長い留守番をさせて申し訳ないと思いながら、飼い主はそっと今年のエクストリームを頑張ったくーを撫でてやるのだった。

写真は7回以上決勝に参加された方々。一番右手が、9回出場の記録保持者、ディオン嬢。心から拍手を贈りたい。

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2008年09月16日

赤城は真夏だった(その3)

ミュージカルチェア準決勝から決勝。なんとこの時点でマリィちゃん、ジャム蔵くん、まるくん、さくらちゃんが残っていた。殆どがチームのメンバー。最後はジャム蔵くんのママが勝ち抜けて優勝を手に入れた。次々と普段のようにパートナーと遊んでいるだけで、結果を出していく。皆、よい関係だという事が証明されているようだった。

その後、まだ続くドギーダッシュ準決勝。くーは休みなく、そして結果が出ずにリトライでちょっと走らせすぎだった準決勝で負けて終わりかと思いきやすぐに3位決定戦と、正直もう充分と思ってしまうのだった。結果、4位で終了お疲れさん。何走したろうか。暑い中、そして長く待たされながらもよく走ってくれた。

そして沸き上がってくる雨雲が気になる中での最後のイベント、団体でのドッグダンス。我がチームは最初の登場だったが、やはり皆勝ち抜けながら、ついさっきまで走ったりお座りしたりしていて休憩していなかった事もあり、集中力が弱くなってきた所だったが、難しいトリックを多く取り入れたダンスを一生懸命踊ってくれた。

全ての競技が終わり、表彰式。もう半分位の参加者はヘトヘトだった事だろう。結果、個人総合が前回の名犬カップと同じく、2位がジャム蔵くんで3位がくー。2位のジャム蔵くんは1位と1ポイント差。このあたりは皆、僅差なので順位はあまり意味はなく、同じようなものだ。実際参加者、参加犬は皆同じように走って、座って、待って、吠えているのだから。単に上手にこなせた分、ポイントという形が積み重なったのである。

そして総合表彰。我々のチームはもともと不得意分野を目標としてきた種目選定であり、直前に2頭が出られないという緊急自体の上、監督も愛犬の体調不良で来られないという状況の7頭で、1位を頂いたのだった。それだけこのチームは普段から、しつけ教室という場の中で犬とよき関係を築きあげてきたという基本があるからだったと思うのだった。

ドッグスポーツとはちょっと違い、イアン・ダンパー氏が提唱したのは、家庭犬として飼い主と犬がよき関係であれば、これらの競技とはちょっと違う遊びは、楽しんでできる事だという事。微妙に疑問を感じる所もあるが、K9のよさというのはそのあたりにあるのだと思う。犬と暮らすという事は、こういう事を通して感じられる幸せなのだという事を、一人でも多くの人に広める為のイベントであると思う。

記念撮影とか片づけをしていると、バラバラと大粒の雨が落ちてきた。パニックのようになっていたが、別に濡れる事は気にならない。しかし出入り口に大勢の車待ちの人がたまり、ますます人が流れず大変な事になっていた。声をかけて雨の中の駐車場にまず出させてもらい、あとは濡れながら車に荷物を積み込んで一息。車内を乾燥させながら、チームの皆と挨拶をし、解散した。

私たちは高速が事故渋滞2箇所、自然渋滞3箇所で計43kmの断続渋滞に嫌気が差し、ひたすら下道で帰る事にした。バイパスがメインだったので比較的早く、途中菖蒲のあたりで丸亀製麺をみつけてぶっかけと釜あげ、天ぷらの夕食。高速代で夕食を食べる事ができた。

K9というイベントは、名犬カップに2回、今回地区予選に初めて参加したが、由もくーも、そしてチームの皆も楽しそうだったので、機会があればこれからも参加してみてもいいかなと思うのだった。

さてもう少しすればアジやディスクのシーズン。その前に旅行でも行こうか。

写真は今回一緒に楽しんだチームの集合写真。ハンドラーはやはり女性が多い?お揃いの名前入りTシャツも、由は独特の体系のくーの為に、リフォームしてぴったりに作りなおした。

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2008年09月15日

赤城は真夏だった(その2)

次はドギーダッシュ。小型犬も大型犬も混在の2頭同時スタートの勝ち抜き戦。くーは今日は何だか朝からのったりしていて、走る事は走るのだがあまり集中していない感じがする。

途中、少しづつモチベーションがあがってきて、スタート時のホルダーの手を振り切ろうとする位、意欲マンマンになってきた時、それがフライングと指摘されて1回、相手側のフライングとのジャッジの指摘から1回と、2度も多く走る事になり、炎天下の中、くーも単調なオイデのドギーダッシュに飽きてきた感が感じられたので、密かにもう早く負けてくれと願う飼い主であった。

それでも順調に勝ち上がり、準決勝までコマを進めた。ミュージカルチェアとドギーダッシュは全頭参加なので、まんべんなく他の競技が間に入る。

間にディスタンスキャッチ。ダイゴ君とラテ君が参加。これは正直、投げられるオモチャと犬が、鉢合わせにキャッチするのスタイルだと難しいのではないか。逆に犬の頭を越えて、それを追いかけてキャッチするなら捕りやすい。しかし飼い主の投げるモノを見ている犬は、それが目の前にあれば出てきてしまう。遠くに投げてくれるものだと理解して貰えれば、キャッチは難しいものではないだろう。

間にワンワンリレーも参加した。さくらちゃんが直前に吠えなくなってしまったとの事で、相当緊張されていたママさんだったが、何とかさくらちゃんも応えてくれてチームは2位をゲット。名犬カップの頃はまともにワンとコマンドで吠える事ができるのは1~2頭だったにも関わらず、皆しっかりとコマンドで3度づつワンワンワンと吠える事ができていた。沢山の練習をした成果がこうして結果に結びついた。

次はトイレトリーブ。ジャム蔵君が優勝、まる君が2位と素晴らしい成績を叩き出した。前回名犬カップでくーの得意とする競技だったが、コーギーは大型犬のコーナーに入れられ、とてもではないが9kg弱のくーは口を思いっきりあけた状態でもくわえられないほど、重たく大きいゴムのオモチャが何個かあり、くーが一生懸命それをくわえようとしたにもかかわらず物理的に不可能だった事が凄くひっかかっていた。今回は我がチームの参加犬はそんな事はなかったが、物理的に持って来られないオモチャがある時点でかわいそうだし、フェアではない。犬種ではなく体格で使うオモチャのサイズをちゃんと対応すべきだと思うのだった。主催者側に改善を提示したい部分だ。

そして我が家のメインイベント、テイク&ドロップ。密かに練習をしていたようだが、これまで持ってくる事はいくらでもできたくーが、飼い主の反対側へ向かって、落とさずにくわえて持っていく、という事は正直一番難しい。某携帯会社のCMで有名な白い犬が、テニスボールをカゴに入れているのを感心して見ていたのは、それをさせる事が大変だというのがわかっている飼い主位なものだろう。

バックコントロールについては、アジで練習を積んではいたが、何よりフィールドや雰囲気が違いすぎる。ディレクションコマンドがハンドラーと犬の位置関係が大事なのだが、大きく目立つおとりの紙が3枚、目標となる映画のチケット位の紙を判断し、目標物のいかに近くにぬいぐるみを置くかという競技は、飼い主がいかに犬に指示を与え、誘導する必要がある。紙やマークの上にぬいぐるみを落とす練習をきっと多くの人はしたに違いない。くーはそれよりも誘導とオフコマンドによるくわえているものを放す事ができるように練習をした。

由とくーはスタートの声がかかっても、二人で打ち合わせをしていた。由は日本語でしっかりとどうすればよいかをくーに説く。指を指して、こうしなさいと言い、スタート後数秒経ってから、くーを放した。

最初の目の前の大きい紙を見て、次に右手に見えている大きな紙に向かって大きく円を描くように、ぬいぐるみをくわえながら小走りに走るくー。コマンドで奥に行く事を指示すると、その通りに向かう。目の前に目標物のチケットは、由の場所からはよく見えないが、くーは近くまできているので何かがあるというのはわかったようだった。

見えなかったせいか、早めに由は放せというコマンドを言ってしまった。くーはぬいぐるみを口から放し、振り返って「ここでいいの?」とニコニコと尻尾を振ってハンドラーを見る。すかさず由は手をあげ、終了。計測スタッフが走り寄る前に、くーは嬉しいのかくわえていったオモチャをすぐに自分で引取り、投げてもらおうと由のもとに走り寄った。

結果、30cm。70cmの方もいて難しいかなと思ったが、頑張った結果優勝という結果を出せた。私も感心した競技内容だった。何せ1分の制限時間の中、10秒ほどで結果を決めたのだから。

写真はテイク&ドロップスタート前の打ち合わせ中の由とくー。関西弁で話しかけている。

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2008年09月14日

赤城は真夏だった(その1)

とうとうやってきた2008年K9地区予選。練習には最近私は参加していなかったので、私も子供の授業参観を見るようで今回の由とくーの活躍を楽しみにしている。

ETC割引時間に赤城は駒寄スマートIC経由で現地入り。駒寄PAできっと夜中に到着して車中泊中だろうと思っていた通り、ダイゴ家と合流。しばらくすると、ジャム蔵くん一家もレンタカーではるばる到着。コギ組はコンビニ経由で会場となる名犬牧場へ。

これまで名犬カップに2度出た事がある我が家だったが、地区予選という事で雰囲気も違うのではと構えて行くが、実際はあまり変わらず。スタッフが少し多めになったかなという感じ位だった。

待機場所を確保する為に、多くのチームは早くから準備しているようだった。ひもが張られているスペースで、過去2度参加した名犬カップの時と同じ場所にタープを設営。我が家の汚いスクリーンタープも張った。

参加者向けのメンバーリストやトーナメント図が渡され、欠員が2名でている我がチームは、参加種目の調整やホルダーの決定など準備に忙しい。既に予報ははずれ空はすっかり青空。これは暑くなりそうだ。

開会式が始まり、選手宣誓を我がチームのリーダー、まる君のママさんがスピーチ。チーム戦といっても、私たちとしては戦ではなく祭といった方がよいだろうか。勝ち負けにこだわる人もいるのだろうが、メンバーも少なくなってしまったし、もとより当初より参加する事が意義があると、あえて各メンバーが不得意分野にエントリーするという考えの私たちのチーム。それが真のK9という競技の主旨ではないかと思う。実際本大会へは成績だけが選考条件ではないのだから。

最初は全員参加のミュージカルチェア。午前の参加者は我が家だけ。当然エネルギーが満ち足りている午前中にくーが何度もマテできるわけがない。私の姿が見えてしまうと気になってしまうので、隠れてちょっとだけ撮影したが、早々に敗退。それでも昔のくーからすれば、あれだけの人と犬に囲まれ、ギャラリーにみられている中ではよく頑張ったと思えるのだった。

チームの中で色々な競技をしたのだが、午前の早い段階で暑さに負け、あっという間に持久力のない私はへとへとに。写真もまともに撮れず水分ばかりをとっていた。今日はプロカメラマンのジャム蔵くんのパパさんが来てくださっているので、気が楽だというのが正直な所だった。誰もいなければ、できれば皆が頑張っている写真を撮りたいと体にムチを打って頑張るのだが、今回は甘えさせて頂いたのだった。

写真はドギーダッシュのくー。終始嬉しそうに走ってくれたが、お座りで軽いくーの体は跳ねて、一瞬タイムロスになってしまったようだ。

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2008年09月13日

本州最北のフェリーが消える

秋に東北に行きたいと考えている。久しぶりのロング・ツーリング。といってもバイクではなく、車で家族一緒だ。

今私にとって一番大きなプロジェクトはこの旅行で、途中宿と車中泊を取り混ぜた旅にしたいと思っている。その為に快眠できるベッドをという事で、平行してイレクタープロジェクトというものも動いている。

しかしいきなり不吉なニュースが入ってきた。東日本フェリーが大間-函館、青森-函館、青森-室蘭の航路を廃止するというのだ。フェリーがどんどん減ってきているというのに、この北海道と本州を結ぶ大動脈が切れるというのは考えられない。

燃料経費が莫大な負担になっている運輸業界はたまったものではないという事だろう。

しかし腐った政治家どもは保身しか考えていないものなのか。落ち込んだ消費が経済を立ち直らせるどころか、息の根を停めんばかりに放置されている。ダメおやじみたいな総理はさっさと辞め、税金を納めている人は一人たりとも心から国政を信じていないという状況は、一体いつまで続くのだろうか。まったくよくなる気配がない状況で、何を信じろというのだろうか。毎月給与明細で膨大な控除額をみては、何を見返りとして我々が受けているのかまったく感じられない。

フェリーはある意味、島国日本での重要な動脈だったはずだ。高度成長期を終え、私のような戦後生まれは、それこそ何をやっても大失敗は数えるほどで、働けば普通以上の生活を得られた親の世代よりも、余暇を楽しむという事ができる世代であり、時間をあえて使う船旅は発想と感情を豊かにさせてくれる乗り物の代表だった。

船の航路には橋ができ、長距離フェリーも需要がなくなり、鉄道や高速道路、航空航路は増えすぎたものの淘汰が始まっている時代。伝統的な文化も今の文化に変わってきてしまっている。

フェリーは私は色々ある乗り物の中でとても好きなものに属する。バイクに乗り始めて私の中で目標みたいなものに、自分のバイクでフェリーに乗り、そして目的地で降りる事だった。何か、旅に出たという気持ちを強くかきたてるのだ。

乗船時間33時間という北海道航路のフェリーの中の時間ですら、私は常にワクワクしていた。それがどんどん目に見えて消えていく。

これほど寂しい事はない。

国内3航路撤退を正式発表 東日本フェリー

写真は私が最も好きな航路、有明-釧路間を結んでいた、近海郵船のまりも。私が19歳の時初めて乗った長距離フェリーだった。この丸い湯船の風呂と、上下船時の緊張感が好きだった。

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2008年09月10日

ペットボイジャーの陰謀2

届いたペットボイジャー3用の扉をあけてみると、いきなりロックを開閉するツマミの部分がおかしいのに気がついた。

上下それぞれのツマミがあり、それを人指し指と親指でつまむようにロックを開くのだが、上の部分が動かない。ぐっと力を入れると何とか開くが、折れるツマミの部分がしなるほど力を入れないとならなかった。下のツマミの動きも少々渋い。

見た目は問題ないが、明らかに不良品である。一番折れやすい場所に無駄な力がかかり、またこれではすぐに折れてしまうだろう。4000円で販売されている扉というにはあまりにもお粗末すぎる。これまで2つも使ってきた私たちからみれば不良品以外何ものでもない。

通販会社に届いた翌日連絡を入れ、問題点を指摘すると、交換の為の返送先をメールするという。そこまではスムーズに進んだのだが、その後今度はペットボイジャーの販売会社から電話があり、直接そちらに送って欲しいという。

これで扉が壊れたのは2度目。急いでいるという事を伝えた上で、指示に従いすぐ発送すると、運送業者は金曜には届くという。週末に使う予定だったのだがこれでは間に合わない。仕方なくダブルクリップで両手で抑えながら開閉する形にするが、とにかく手間がかかる。

すぐに代替品を発送して貰えば都内なので、遅くとも日曜には届くかと思いきや、月曜になっても届かない。火曜の午前に電話をすると、発送準備どころかまだ状態も確認していないというのに驚いた。おまけにこの位は普通のような言い方で、すぐに送りますとか、謝罪の言葉すらない。

由が気持ちを抑えながら、これではすぐに折れるという事と、今まで同じ扉を2つも使ってきたのにこんなひっかかりはなかったと伝えるのだが、イタリア製で輸入時に検品もちゃんとしているという意味が分からない事を言っていた。

何にしても明らかに問題がある扉である事は明白だ。それに消費者に対して面倒をかけた事をお詫びの一言もないというのはどういう事だろうか。何でもいいから交換してくれないと困るというと、何とか動きのよさそうなものを送るという言葉をやっと言い、電話が終わった。

私もその対応はあまりにも酷いと思い、ウェブサイトから初めてではなくこれまで2つも同じものを使ってきて、2つとも壊れたにも関わらず、扉だけを別に買いなおしてまで使い続けようというユーザーに対しての対応かとクレームを送った。

その翌々日、まともなというかやっと普通の商品が届いた。中には謝罪のメッセージは結局一言もなかった。こちらが購入した販売会社への注文確認メールのプリントに、商品名の部分に一言だけマジックで、「発送済」とだけ書いている。消費者を舐めるにもほどがある。このような業者がまともにペットや消費者の事に対して配慮したビジネスができるのか極めて疑問を感じた事件だった。

写真は2つ目の壊れた扉のツマミ。前とおんなじ部分だ。

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2008年09月09日

ペットボイジャーの陰謀1

くーを迎えるにあたって、まずは何を用意すべきかを勉強しまくった。丁度くーを引取にいくまでの2か月弱の間、部屋の改装をはじめ、犬を飼う事が素人の私達は、ネットから本からとにかく調べて協議した上で、必要なものを揃えて行ったのだった。

その中で必要なものとして挙げられたのが「クレート」。いわゆるくーが安心できる場所であり、ハウスというコマンドを覚えてもらうためにも必要なものだった。

迎えに行く時には小さめのクレートをロッキーに積んで、真冬の羽鳥湖を4WDにしながら越えた。帰路はできるだけ振動が少なく、加減速も少ない磐越道~東北道を使う。クレートはまだ落ち着かないらしく、殆ど由の膝の上で帰ってきた。

その後歯が生えかわるまでの甘噛みで、クレートの角はボロボロになり、扉もまともに装着できなくなった為、長く使える本当のクレートを買う事にして、色々と選んだ。

バリケンやフラーリなど多くの品がある中で、デザインと値段とサイズで我が家はベージュ単色のペットボイジャー3を選んだのだった。

しかし、2年使った所で扉を開閉するツマミが折れた。当時は扉だけを売っていなかったので、仕方なく新品をもう1つ買う事になったのだが、値段的には5000円程度だった。色は2トーンで下の部分はブルー系かグリーン系となったが、くーは別に違和感なくハウスの中でくつろいでいた。

そしてその2年後、またも同じように扉が壊れた。完全に材質に問題がある。そこ以外は一切問題ないのだ。色々接着剤やダブルクリップを使ったりしたが、やはり使い辛い。また新しいものを買うしかないのかと思い、価格調査をすると、7000円弱という値段にあがっていた。

ただ、扉だけが別売されているのだが、それがなんと4000円。冗談ではない。バリケンなどは2000円弱なのに関わらず、本体なみの値段で売るというのが腹立たしい。扉だけを買い換えるのは愛用してくださっているお客様な訳で、それに対する価格設定だろうか?嫌なら本体まるごと買い換えろとでも言っているようだ。

他のメーカーの品にしようと思ったが、結局サイズの問題でこれといったものが見つからず、扉だけを買ったのだった。しかし、それだけでは今回の問題は収まらなかった…

写真は2004年から2006年まで2年間使って壊れた扉と、新しく本体まるごと買い換えた時の新品の扉。

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2008年09月06日

いまいち不調

ちょっと涼しかったり、蒸し暑くて汗でベトついたりと、季節的にさわやかに感じるのはもうちょっと先といった季節の変わり目。いつもより肩の凝り方が激しかったり、頭痛が長く続いたり、風邪っぽい気分だったりと、まったくもって不健康な体になっている。なので週末は少しでも休みたいと思っているのだった。

これまで必ず一緒に言ってきたしつけ教室を、私は最近ずっと休んでいる。といっても私は写真を取ったり横に座っているだけで何もしないので、運転係のようなものなのだが、由の都内運転トレーニングの意味も込めてといったら偉そうだが、ここ数カ月は由一人で大田区のしつけ教室や河川敷のトレーニング場にくーと2人だけででかけている。

私がちょっと疲れ気味なのもあるので、丁度よい骨休めなのだが、私の性格上心配で気になるのは変わらない。駐車場に由にとっては大きいエスクードを停めるのも心配なので、到着時、教室を終えて現地を出る時に必ず一言でいいからメールしてくれと頼んでいる。そして車庫入れの為に、我が家のエントランス前に着いたら、電話で私を呼び出すというのが毎回のパターンとなっている。

休日に散歩に一緒にいくと、その前後は殆ど動けなくなる。体力はますます落ちてしまっているようだ。

メタボ検診の意味が感じられないしきい値はギリギリでパスしたが、決して健康ではない私を健康と判断する検診に疑問を感じてしまう季節の変わり目なのだった。

写真はそれとはまったく無関係だが、少し前に全国のローソンで発売されていた、麺通団監修のめんたまぶっかけうどん。当然わざわざローソンは近くにないのに手に入れて食べた。ちょっと麺が細すぎのような気がしたが…

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2008年09月01日

軽キャンパー

すっかり頭痛でダウンした月曜日。最近よく月曜に体調を崩す。会社に行きたくないというのは確かだが、年休を取ってばかりはいられないのも現実だ。こんな状況でよく20年以上も今の仕事をしているものだ、と自分で感心する。

仕事の内容では決してないのだが、何度か病気のように、興味を持って調べる事が私には多い。いわゆる「熱」とか「マイブーム」とか言われる事なのだが、気になり初めてそのまま実行まであとちょっと、という所に来て、やっぱりやめようと諦める事もあれば、実行までしてしまう事もある。

今は軽のキャンパーだ。軽自動車をキャンピングカー仕様にして、くーを連れていても宿を気にせず、しっかりと眠れるような環境を満たしてくれるのは、やはり車中泊が快適な車。

エスクードはそれをある程度目的として、ロッキーから買い換えた車ではあるが、やはり室内の狭さだけでなく、荷室の狭さは限界がある。車中泊をいかに快適にできるようにするかというのは大きな課題であり、是非実行したいと思っているのだが、物理的な難関が多い。

なので、思い切ってと軽のキャンパーが気になる。例えばステップワゴンやセレナなどのミニバンを買えばよいというのもあったのだが、我が家が走るフィールドは未舗装や河原、冬の吹き溜まりができる北海道などだったりするので、SUVが第一条件でもある。デリカのスペースギアなどがそれに近いのだろうが、ただ大きいと今度は由が取りまわしができない。

バイクキャンパーのノウハウで、由がコントロールできる限界といえるエスクードクラスの中で、いかにキャンパー的な使い方ができるかを定期的に見直すのが私の仕事でもあったりする。まあ、単なる趣味なのだが。

軽のキャンパーで最近気になっているのは、2段ベットが常設されているタイプ。例えば夫婦で運転をしていて、片方が寝る事ができるようにという事なのだ。ベッドメイクをしている時間があればいいのだが、常設であれば、いつでも後ろで眠る事ができる。

犬友で軽を買った人がいるのだが、それで早速車中泊をしながら香川のうどん屋巡りをしたという事で、ちょっとうらやましかった。犬を2頭連れての車中泊うどん巡り。素晴らしい。それがストレスなくできる軽は、由も取りまわしもできる魔法の乗り物でもあると思うのだ。

ただ維持費の問題が立ちはだかる。維持費はバイク並なのだが、駐車場代と保険代がのしかかってくる事から、最終的に断念という結論が目に見えてはいるが、色々と考えてしまうのだった。それが楽しいというのもあったりする。

結果的には長距離が楽で、未舗装も雪道も走れるエスクードをいかにそれに近づけるかという計画に落ち着くのだった。

写真はその友人の軽。手作りの車内がとてもいい感じである。

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