2008年10月31日

チャンピオン・シップ

2008年10月26日の日曜日、群馬の某所でチャンピオン・シップ大会が開かれた。

我が家のチームも招待され、朝からでかけた。これでこの会場に来るのは4回目になる。

K9ゲームというのは何なのだろうか。しつけのゲームを通して、飼い主と犬の関係を向上させ、犬を飼う人々の意識の底上げに一役かう事ができるようにと、獣医師のイアン・ダンバー氏が提唱した遊びだったのではないか。

正直な所、勝敗が着く部分でその主旨がぼやけてしまうのではないかと常々疑問に思ってきたが、結局は勝ち負けを気にしないで、愛犬とそれぞれが楽しむ事、廻りに迷惑をかけないようなマナーを守る事がバックボーンになっていると信じて参加してきた。

名犬カップでも地区予選でも、少なくとも我が家は隣を気にする事はなかった。お手本にすべきチームは見ていたが、その結果チャンピオン・シップへの招待を受けられたのはラッキーだったのかもしれない。実際招待される選定基準が曖昧な事もあり、このイベントの透明度というか基準がはっきりしないというのも現実だろう。

今回の参加者は凄い気迫だった。チャンピオン・シップへ参加できただけでそれで全員が優秀なチームワークと個々のペアの素晴らしさが証明されていて、別に争う必要もないと思うのだが、実の所凄い事をするペアも少なくなかった。反則ぎりぎり、マナー違反があってもルール自体に曖昧な部分があるのか、ジャッジの指摘も言うだけ。見ているのに指摘しない部分もありと、興ざめする部分も少なくない。そういうものなのかという気持ちが表に出てきてしまった1日だった。

今回に向けて我がチームのメンバーは、外の競技の練習はせずに、ダンスの練習に明け暮れていた。というか殆ど競技の為の練習はこれまでもして来なかったのだが、ダンスについてはなかなかチームとしてまとまった練習ができなかった上に、ダンスというもののノウハウがない中での模索が続いていた。再度まで全員が揃って練習はできなかったが、それでも取り入れているトリックは高度なものもあったりと、地区大会に比べて随分よくなっていた。

ディスクはキャッチポイントで明白に順位付けされる。アジはそれ以上にチームペアのシンクロ度に加え、タイムで明白に順位付けされる。この大会は基準が曖昧なのにもかかわらず、勝敗がある。その分勝ち負けはどうでもいいと見るものだと思っていたが、そうではないようだった。

チーム内だけで固まってしまい、勝ち負けは重要ではなく、ペアとチームワークが重要だという部分をイアン・ダンバー氏はどう考えているのだろうか。既に氏の手から離れて独自の道を歩み出している状況なのではと思うのだった。

とはいっても、ゲームからのしつけと、飼い主と犬の関係向上に一役かえそうな遊びである分、方向性を見失わないようにこれからも発展していって欲しいと思うばかり。一部の常連が当然のように居続けるような場ではなく、どんどん新しいペアが参加して来られるようなイベントになって欲しいと願う。

この1年、参加して由も私も友人が増えた事、一緒に何かをするという事を楽しめた事に、この機会を与えてくれた関係者各位、ベースとなった中井先生、そしてチームの仲間とその家族の皆さんにお礼を言って、ひとつの区切りをつけられた事に感謝したい。

写真はTake And Dropでのくー。今回はくーが落ち着いてコマンドを聞ける状況ではなく、それでも頑張って最後によい位置まで持っていく事ができた。これは、由とくーの中での関係がうまくいっていなければできない。勝ち負けではない。

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2008年10月26日

北東北の旅(7/7)

朝ちょっと冷えたかなと思える気温だったが、それでも4度程度だった。ダウンハガー1なのでまったく寒さは感じないのだが、暑くてからだを出しているとそこが寒い。くーもこの夜は1度もクレートから出てこなかった。

6時頃にバナナで朝食。蔵王ドッグランドへは8時頃に到着すると、まだ知り合いは来ていなかったが多くのコンペ参加者が既に集まっていた。

何をしていいかわからず、しばらくぼーっとしていると、ぽぅぷく家が到着。今日はママだけだ。コーチに電話をすると、近くのホテルに今いるらしい。タープは張らずに主催者が用意してくださったテントに入れて頂いた。

今日は朝から10走を予定。砂のフィールドだがそれほど走りにくくないようだ。由にとっては久しぶりのコンペ。練習は出ていたが、競技会形式の1発走りはしばらくしていなかった。しかし着実に由とくーは力をつけていたようで、由は以前なら途中でお手上げになってしまうようなコースはなかったと感じた自分に驚いていた。毎週のように練習をしていた中で、しっかりと実力をつけていったというのが証明されたのだろう。

バー落としは由とくーの位置関係や指示の遅れが主な原因なのだが、コースハンドリングはよくできていたとコーチからも嬉しい評価を頂いた。そして何より、本人が10コースも走ったのに楽しく最後まで走れた事、蔵王ドッグランドでご一緒した他のハンドラーの方たちの暖かさが嬉しくて、また距離はあるが来てみたいという事を楽しげに話していた。

難しいコースを難しいと感じない位、由とくーが成長した事。楽しく走れた事は、私にとっても何よりの嬉しい事だ。

日が暮れる直前に解散し、途中エクストリーム仙台予選の時に食べた、たまご舎のソフトクリーム直営店をみつけて立ち寄り、そこで解散。我が家は100km刻みで帰路へ。

蓮田SAで和食の夕食を20時すぎに取り、22時01分に浦和料金所を抜け、その後外環を大泉まで走り、江古田の洗車場で1週間の泥汚れを落として23時半に無事帰宅。長くて短い、1週間の旅が終わった。

写真は2on2offのくーのコンタクト。バー落しはあったにしても、10コース中2コース失格であとは全て完走でき、知らぬ間に成長した姿をみせてくれた。

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2008年10月25日

北東北の旅(6/7)

今朝はちょっと控えめにペンション街をぐるっと歩いて散歩。熊とは出会わなかった。他にお客さんが入っている宿は殆どなく、ひとつだけビジネスホテルのチェーンの宿に数台、他県ナンバーが泊まっているぐらいで、人気がなかった。安比はスキーバブルの時に全て債務を返済し、今ガツガツと営業しなくても暮らしていける宿が多いと聞く。それはそれでよいのかもしれないが、ペンション街としても観光地としても、寂しい雰囲気はやはりあまりよいものではないだろう。

朝食後、少しオーナー夫妻と話をした。結局仕事というよりは、1客としてお世話になったというだけで、仕事の今後については特にあまり詳しい話はなかった。その中でポイントや、冬版への変更という事はさすがに話題にあがったが、私としても今のウェブサイトは、雰囲気としてあっていると思う。リニューアルも必要かもしれないが、何にしても宿のイメージというのは大事なもので、それを崩すような形は私も薦めたくない。

といいつつ、私もデザインにはちょっと最近限界を感じている。親しい友人のラーメン屋のウェブサイトも、1年以上経つのに完成していない。ただ作るだけならいいのだが、メンテナンスのし易さや、崩れないように作る部分がちょっと時間がかかってしまう。

ただ作ればいい時代から、保守し易く、ユーザビリティが高い出来という事を考えると、なかなか前に進まないというのが本音なのだ。

すぐに冬版にする仕事があるが、今回の訪問はとりあえず顔あわせのようなものという事で、充分に私達も楽しめたし、むっていさんにとってもこんな奴が手を入れているのか、というのが判って頂けたという意味では、よかったと思う。

アドバイスを貰い、チェックアウト後に七時雨山をぐるっとまわる高原ルートを走る。そして仙台の牛タンを食べるべく、老舗の利休へのタイムチャートも配慮して頂き、安比を離れた。

七時雨山荘では高原をくーは思いっきり走り、楽しんだ。紅葉もまだもうちょっとという感じで、結果的には今年は紅葉が遅いようだった。実際、この北東北の旅は暖かすぎて、夜もせいぜい6度位までしかさがらない。てっきり氷点下までさがると思っていたのに、拍子抜けだった。その分、紅葉も進んでいないという事である。

泉ICまで100km刻みで東北道を南下。私はその間、後ろのベッドで寝かせて貰った。どうも頭痛が消えない。泉ICからは凄い車の量で、大都会に由もあたふた。何とか14時前のランチ時間に利休に着いて、しっかりと牛タンを楽しんだ。

その後すぐに泉PAのスマートICからまた高速に乗り、白石ICで降り、遠刈田温泉方面へ。

途中スーパーで水やバナナを買い込み、まずは明日開催されるアジリティ・コンペ会場の蔵王ドッグランドを探す。しかし見つからない。ナビに入っていた場所は民家で迷う。住所からあらためて探していくと、やっと看板を発見。しかし犬が沢山いてとてもではないがここで車中泊はくーが落ち着かない。どこか道の駅のような所を探そうという事になり、まずは遠刈田温泉の中心地にある、神の湯で温泉タイム。その後その前にある観光案内所で車中泊できる場所を調べて貰い、遠刈田公園の駐車場へ行ってみる。

時間的に多くの車も停まっていて、近くにもっとよい場所はないかと探しまわるが、結局は遠刈田公園の駐車場で寝る事にした。トイレも照明をつければ綺麗なものだし、蔵王へ向かう道も夜はめったに車が通らないのが判ったからだ。

簡単に食事を車の中で取って、テレビを20時ころまで見てから就寝。

写真は七時雨山荘の広大な草原。ここも独り占め。

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2008年10月24日

北東北の旅(5/7)

部屋のベッドで目を醒ました朝。8時からの朝食なので、7時半からくーを散歩にでかけ、近くの広大な草原で思いっきり遊んだ。ディスクも少し投げたが、口を切ってしまったので中止。なんでもここ最近、熊がペンション街にも出るというので、ちょっと心配だったが、遊んでいる時はそんな事はすっかり忘れてしまっていた。

宿に戻り朝食。朝からボリュームのあるメニューを頂き、今日の八幡平観光の周辺ルートを教えて頂く。その通りにルーティングしてみる事にした。

安比高原牧場にある大きなドッグランにまず向かう。部分的に花畑があり、奥の方に柵で囲まれたドッグランがあった。しかし我々以外に誰もいない。くーは喜んで色々な臭いが嗅いだり、走りまわったりしている。

次にもう少し奥に向かい、ブナの二次森という所へ。ブナの駅という避難小屋があり、そこを起点に見事なブナ林の中を遊歩道が整備されていた。二次林というのは森を伐採したあと自然の力で見事に再生した森のことを言うらしい。ピストンルートをそれぞれ途中まで歩くが、熊がちょっと怖い。それでもたまにくーにコマンドでワンと吠えさせながら、半分以上落ちてしまったブナの落葉の上を3人で歩きながら、濃い生まれたての酸素を吸う事ができた。

ブナの駅に戻ったあと、車で登山口への林道を奥まで行ってみたが、この他県ナンバーから地元ナンバーまでの車を結構みかけた。適当な場所でUターンし、次に松川渓谷へ。

松川渓谷の入口にかかる橋は、特段何も施設がないが、沢山の観光客が居た。車は路駐されており、人が橋の上からピークと言える紅葉を楽しんでいた。我が家も車を邪魔にならない場所に寄せ、くーと散歩。由はこれほどの紅葉を見た事がないと喜んでいた。

次に橋の下に降り、河原から紅葉を眺められる場所へ。既にここも車が数台停まっている。くーはここでも川に入って水遊び。足が砂まみれになりながら、嬉しそうに遊んでいた。

奥に進むと松川温泉。ここで奨められた松川荘で温泉タイム。露天から見る河原の紅葉が見事だった。泉質も白濁した硫黄泉でいい感じだ。隣には地熱発電所があって、ちょっと雰囲気が異様だが、それだけよい温泉という事でもあろう。

湯上がりは結構のぼせてしまい、少々休憩。その後樹海ラインをハイペースで昇り、八幡平の観光ルート、アスピーテラインへ。観光バスやら何やらで混雑していたが、廃屋に見える建物も多く、妙な雰囲気だ。下っていく途中にあった出店できのこ汁ときりたんぽをつまみ、あの松川鉱山のゴーストタウンを眼下にみながら、日が暮れてくる中、安比の別荘が立ち並ぶ周辺を車でうろついてみた。色々なログハウスがある中、人が来ているのは数件だった。ここは冬や盛夏などに別荘のオーナーが来るだけのようだ。バブルの片鱗とも言えるかもしれないが、こういう所で静かに過ごすのにも、憧れる。

帰ってきて早めにお風呂に入り、今晩は洋食のスタンダードなメニュー。巨大なステーキや、岩魚のムニエルなど、これまた大量で満腹。泊まっているお客さんは全員犬関係。ここは朝も夜も食堂に犬を連れて来れるというのも特徴があり、飼い主と犬の関係がかいま見れるというのも面白い。

ちょっと頭痛が出ているので、早めに就寝。明日は安比を離れ、東北を南下しなければならない。

写真は安比のブナ林。美しいブナの森を、由とくーと3人だけで独り占めした。

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2008年10月23日

北東北の旅(4/7)

薬研駐車場の朝は朝もやに包まれていた。時折通過する車の音がするだけで、夜と同じように渓流の音がずっと聞こえている。

明るくなっていくうちに青空が見えてきた。歯磨きをして、バナナの朝食を取ったあと、とりあえず動ける状態にしてから、奥薬研レストハウスへ移動。そこに車を停めて、薬研渓流をぐるっとまわる遊歩道を歩きだした。

吊り橋を渡るとすぐに軌道の線路がしっかりと残っていた。青森ヒバや杉を切り出した時に使用した軌道らしい。遊歩道はそれに沿って伸びている。看板もそれなりに整備されているが、紅葉というよりは森の中を歩く感じだ。下流までしばらく歩くと、また吊り橋があり、そこで渓流の反対側へ。車を停めている所まで渓流沿いを遡る。

こちら側からは河原まで降りられる場所があるので、時折川遊びをくーとする。紅葉は見事で、黄色いブナや僅かだが真っ赤に染まったモミジが美しい。渓流を流れる水も綺麗で、小さい魚が沢山泳いでいる。

レストハウスに戻り、誰もいない足湯で暖まったあと、南下を始めた。

むつ市手前のいさりびハウスはまだ開いていなかったので、隣のサークルKで食料を補充。むつ市は通勤時間にあたってしまったので混んでいる中を走るが、途中から無料開放されている下北道でショートカットできる事がわかり、そちらで一気に野辺地までワープ。

上野から続いているR4に乗り、R394で由に運転を交替。高原ラインをどんどん登る。途中八甲田温泉の隣にある田代平湿原がよさそうなので、寄り道をしてくーと散策。観光客も少なく、高い空の下のびのびと散歩を楽しんだ。

八甲田山をぐるっと回り込み、大観光地酸ヶ湯へ。酸ヶ湯の場所はこんな所だったかと記憶がまったく違う事に驚きながら、駐車場が満杯で参りながらも立ち食いのそばで昼食。これがまったくおいしくないし、待たせている客に「食わせてやる」という態度で非常に不愉快だった。何様なのか、まったく。今回の旅で一番の失敗の食事だった。コンビニ弁当より劣る。

酸ヶ湯は既に混浴時間なので、奥入瀬に入る手前で、歴史のある蔦温泉に立ち寄る。風情のある宿と温泉は観光客で一杯だったが、湯船はそんなでもなかった。高い天井とヒバの香りで、癖のないお湯は安心して暖まる事ができた。男性用に2つの風呂があったので、どちらにも入る。

暖まったあと、紅葉のトンネルを奥入瀬に入る。しかし雨が降り出してきた。真上に真っ黒な雨雲があるが、脇は青空が覗いている。ビジターセンターで地図を貰うがあまり意味がない。石の戸に向かうがとんでもないほど車が居るので通過。その先で駐車できるスペースがあったので停めて少し小雨の中歩いた。

奥入瀬らしい渓谷が少しだが見る事ができた。小雨が降る中でも結構な観光客が歩いている。レインウェアにトレッキングシューズはわかるが、ハイヒールにブラウスという格好の女性も居て、見事に観光地な雰囲気もかもしだしていた。

最後に大滝をちょっと見て、十和田湖へ。辰子の像の手前にある草っぱらと湖岸でまた思いっきりディスクでくーと遊ぶ。山に日が落ちる前にまた車に乗り、発荷峠で湖を由にみせてから、樹海ラインに入り、東北道小坂ICに17時前に乗る。

あとは安代ICまで一気に移動し、ICを降りてガソリンスタンドを探し、ENEOSで給油。真っ暗な中、私がウェブのお手伝いをしている安比高原のペンション、むっていさんに到着した。

いつも電話とメールでしか会った事がないのだが、初めてご対面。小柄な旦那様と元気そうな奥様のご夫婦が迎えてくださり、チェックインとなった。

今回の旅の目的のひとつでもある、このむっていさんへの宿泊。写真を撮ったり、やはりオーナーさんと実際に会う事でイメージが沸き易くなる訳で、3年前からお仕事をさせて頂いているにもかかわらず、やっとこちらにお邪魔できたという感じだった。

綺麗な露天で体を温め、これまたこれでもかという大量のご馳走の和食でもてなされ、由は正直驚いていた。これが普通の連泊メニューというから恐れいる。正直、料理だけで足が出てしまうのではないかと思える質と量であった。

食後に溜まりまくった洗濯をするのだが、操作をミスってしまい、終わったのが23時すぎ。充電や久しぶりに繋いだネットでK9の年会費が未納だったのを振り込んだりとしているうちに、0時をすぎてしまった。

写真は奥入瀬のそれっぽいシーン。スローシャッターは三脚が必要だ。

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2008年10月22日

北東北の旅(3/7)

丸い輝く太陽がのぼってまもなく、私は目を醒ました。そっと車外に出て、トイレへ。太陽はまだ低いが力強く地上の全てのものを照らしている。

由を起こし、まずは人がいないうちに階段国道の脇へエスクードを移動して記念撮影。車を駐車場に戻して、今度はくーを連れて階段国道を散歩する。

まずは下り。くーは嬉しそうだ。下りきり、民家の脇を通り、漁港まで足を伸ばす。その後来た道を戻るが、飼い主は階段を喘ぎながら昇る。くーは当然だが平気な笑顔。階段脇には紫陽花が枯れているのもあるが、まだ花をつけているのもあった。

中間地点にあった水場で一息。朝日に眩しい竜飛の漁村を眺めながら、ここまで来たんだなあとあらためて感慨深く思うのだった。

車に戻って今度は灯台脇の駐車場へ。まだ8時になったばかりだというのに、観光バスが1台。大勢の観光客が記念撮影に興じていた。くーを連れて灯台まで行き、車でバナナの朝食。くーにも食事をあげ、開いたばかりの土産物屋のおねえさんにくーは遊んで貰う。

道の駅みんまやに戻り、青函トンネルの地下駅へのアプローチがある展示館が開店するので少し待ったが、始発が9時で、往復で相当時間がかかりそうなので諦める。鉄なら確実に何はなくとも待つのだが、今日も結構走る予定なので、諦めて津軽を下る事にした。

途中トンネルの入口付近をみながら、青森市内へ。駅前ビルの地下にある市場食堂で、由は三色丼、私は中落ち丼と赤魚の塩焼きを食べた。中落ちがとてもおいしかった。他におやつのコロッケを買ったり、くー用にササミを2本買ったりしながら、ガソリンを入れ、一路下北半島へ。

25年前、横浜のあたりが眠くてたまらなかったのを思い出しながら尻屋崎へ。むつ市内は車も多く、ペースがあがらないのに少々焦る。目当ての寒立馬はゲート脇に居たが灯台のあたりにはおらず、馬糞だけがいたるところにあるだけだった。青空とさわやかな風はいいのだが、ちょっと散歩をして引き返す。ゲート脇で数台の観光者が寒立馬の写真を撮っていたので、我が家も停めて記念撮影。くーは案外平気だった。

またも我慢の移動後、むつ市内を経由して恐山へ。ここも25年ぶりなのだが、車や観光バスが沢山いて、妙な気分だった。イタコの皆さんも外のテントに並んでいた時と違い、ちゃんと建物の中に入っているらしく、くー連れでは会えなかった。ぐるっと宇曽利湖畔まで散歩して、夕暮れ近づく時間に追われながら、薬研へ向かう。今日車中泊する場所を明るいうちに決めておきたかったのだ。

薬研までの森の中のアップダウンを走る。一気に下るとそこが薬研渓流だ。奥薬研のダートになる手前まで行き、トイレのある駐車場をみつけたが、夜使えるかわからない。とりあえずレストハウスでおいしいと評判の豚丼の夕食を取り、情報収集。トイレに実際に行ってみると、自動照明で綺麗なのだが、裏山から熊が出そうだったので、もう少し下った所にある薬研駐車場で今晩は寝る事にした。

風呂は混浴露天ばかりだったので、頑張って下風呂温泉まで走った。もう少しで大間というロケーションの、共同浴場である大湯はよい雰囲気だった。熱めのお湯はすごく体が暖まり、真っ暗な帰り道に漁火の写真をまたスローシャッターで撮影していたのだが、体は冷えなかった。

薬研駐車場に戻り、私達だけしかいない中、寝床を作って21時にはお休みなさい。渓流の流れと虫の音だけが響き渡っていた。

写真は階段国道の上で。早朝なので観光客はまだいない。本州の北の端まで、よく自走して来たものだ。

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2008年10月21日

北東北の旅(2/7)

夜明けと共に私は目を醒まし、トイレに行った。充電しなければならない機材があったので、朝のうちにしておこうと思ったというのもある。

外に出ると昨晩食事の時にオーナーが言っていた通り、宿の屋根下に一生懸命穴を開けようとしているキツツキのドラミングが聞こえた。しばらく見ていると大きなキツツキが飛び去って行く。森の向こうに田沢湖の湖面が見える静かな朝だった。

色々降ろした荷物や車中泊用に出していたものを整理したりしているうちに、由も起きてきた。くーは飼い主の近くで寝ないと気が済まないので、クレートの中で寝て貰ったのだが、人が寝る場所がロフトなのでくーは結局クレートのゲートを閉めた状態で1晩を過ごした。

朝食もまた丁寧な和食だった。パン食が多いペンションだが、優しい材料とメニューのとても好感がもてる内容だった。食事にしても、ロケーションにしても、とても満足度が高い。某安売りの予約システムを使ったのだが、この値段では申し訳ないぐらいだ。

食後、田沢湖畔をくーと散歩。朝から嬉しそうに綺麗な湖水にバシャバシャと入り込んで走る。あまりゆっくりしていられないので、30分ほど散歩をして、9時前に出発した。

R105を北上し、二ツ井から山道へ。太良峡で先行車が停まったあとは、前に車がある事もなく、順調に高度をあげていく。白神山地の懐に入っていく。釣瓶落峠手前では車を停めて崖上から美しい紅葉を見つつ、トンネル手前で芋煮会をしているおばさん4人にくーを可愛がって貰う。

トンネルを越えてしばらくいくと、いきなりダートになった。それまでは簡易舗装されていたので走るのも楽だったが、やっと本格的なダートの始まりだった。その道のどまん中にバイクが横転している。ライダーは結構体格のよいオジサンで、札幌ナンバーだった。

引き起しを手伝うが、何やら操作もおぼつかない。あまり手を出す気はなかったが、セルがまわらないというので途方に暮れてしまう。これでは私達も見捨てて行けないので、シフトとクラッチとイグニッションを操作していくうちに、ニュートラルが表示されないくせにセキュリティのランプは点いている事が気になり、感覚でニュートラを出してクラッチを切り、セル。するとセルがまわり始めた。そう、メーターの電気系が切れているようなのだった。

キャブなのかインジェクションなのかもわからないというのだが、どう見てもキャブなので、アクセルを開けてセル。しばらくするとエンジンが息を吹き返した。

秋田の役所に電話をして舗装を確かめたというのだが、きっとそれは秋田側は舗装してあるという事だったのではないかと意見した。行政はそんなもんだと思ったからだ。青森側はわかりませんと一言言ってくれればいいのだろうが、気持ちよくワインディングを飛ばしていたらいきなり下りのダートになった所、コケたという結末らしい。

メーターは動かないが走る事はできるので、とりあえずこの先どの位ダートが続いているかわからないと私も言い、引き返す事にしたようだった。気をつけてと手を降り、彼は秋田方面に去って行った。私たちは青森側へ改めて進む。30分ほどのロスだったが、アクアグリーンビレッジANMONまでは未舗装はトータル10kmほどあったのではないだろうか。彼は来なくて正解だった。

ANMONで簡単に昼食。りんごソフトを食べてさあ難所越えだ。津軽峠に向かってダートへ入る。すると観光バスやら普通車やらが何台も走っている。SUVの方がはるかに少ない。いわゆる白神ラインはダートではあるが比較的走りやすいが、途中赤石渓谷への分岐を鯵ヶ沢に入る、赤石林道に入った途端、道の様相は一転した。何にしろガレているのだ。

部分的に10km/h以下にしないとまとにに走れない。それが20km以上も続いたので、私もヘトヘトになってしまった。バイクで走るのとは違い、由もくーも乗っているのだから、静かに走りきらなければならない。心底疲れた。

熊の湯で一休みをしようと、立ち寄り湯に入ったのだが、これが鉄分山盛りの真っ赤な湯。それも強烈な硬水で、髪の毛も肌もギシギシ言う。タオルも真っ赤に染まり、これでは入った気にならないという事で、どこか別の温泉を探す事にした。

十三湖方面に向かうのだが、日が暮れてきて店も何もない。道の駅のしじみ定食もタイムオーバーで間に合わなかった。十三湖脇の食堂も潰れていて、仕方なく手前で1件だけみつけた中華料理屋へ。そこでしじみ汁がついたカツ丼と親子丼を食べた。当然、客は私達だけ。店主は半分電気を消して、テレビを横になってみていたような店だった。

とりあえず暖かいご飯を食べられたので、ちょっとだけほっとしつつ、時間は18時前なのでまだ移動できるという事から、もう少し進んでみる事にした。

小泊近くでランランと明るいサークルKをみつけて入ると、見事に都会と同じような品揃えで驚いた。ここで弁当でも買えばよかったと少々悔やんだほど。アイスクリームとお菓子とデザートを買い、北上を続けた。すると、中泊という小泊の手前の海岸線で、雄乃湯温泉という看板をみつけてUターン。旅館のようだが外来もまだやっているという。ここで熊の湯のギシギシ肌をもう一度温めようという事になった。

温泉は貸し切り。誰もいない。ちょっとカルキ臭いが真っ暗な水平線の向こうに漁火が見え、なかなかの雰囲気だった。ここは津軽は北の果て。そんな気分をかきたてられながら、体を温めた。

時間は19時前。明日の朝、目覚めたあと階段国道でくーを散歩させようという当初の計画通り、真っ暗な中、竜泊ラインのワインディングを上り始める。他に誰もすれ違わない真っ暗な中、少しづつ竜飛崎に近づいていく。

途中眺瞰台展望台には1台、車中泊の先客が居た。そこで本当なら明るい時に写真を撮りたかったアングルを、何とかスローシャッターで撮影。これはゾクっとくる風景だった。遠くに漁火が美しく、ワインディングも壮観だった。トイレは使えるので、ここで泊まるのもいいかと思ったが、くーの散歩の事を考え、道の駅みんまやの上にある駐車場をこの日の寝床と決めた。

竜飛崎に近づいていくにつれ、雨が降ってきた。道の駅の場所がよくわからず、探したのだが、階段国道へ歩いていける場所の駐車場に立派なトイレもあるので、そこに決めた。他に2台、先客がいたが、我が家も先客の邪魔にならないよう、端の方に停め、寝床を作って21時には就寝したのだった。

写真は眺瞰台展望台の夜。スローシャッターで撮影。実際は真っ暗で、肉眼では月明かりでほんのり道が見える位なのだが、60秒のバルブ撮影をすると、森の色までしっかりと出る。津軽海峡の沖には漁火が美しく、不思議な画像が切り取れた。

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2008年10月20日

北東北の旅(1/7)

500km程の距離を走る為、100km以内刻みでは大変な事から、夜間割引を使う事にした。0時から4時の間に入る必要があるのだが、なんと翌14日からは半額となるらしい。1日の差で4割引となるが、仕方がない。

21時半に自宅を出発。浦和から宇都宮までの100km未満区間は、早朝深夜割引の半額を使おうと思い、23時前に浦和ICに乗るように調整する。川口でガソリンを満タンにし、予定通りまずは宇都宮まで走る。

宇都宮手前で速度調整をし、23時55分にゲートと出てUターン。カードはそのままで0時をすぎるのを待つ。既に由は眠たい状態なので、今回初となるリアのベッドへ移動して貰い、私だけで一路盛岡へ向けてスタート。

途中眠気が強くなったが、朝食を盛岡のおいしい海の幸にしようと思っていたので、盛岡まであと100km以内の場所まで行って、仮眠を取りたかった。その為頑張って前沢SAまで走る。

前沢SAから盛岡まで約70kmほど。1時間も走ればいい訳だ。4時前に前沢SAに到着し、駐車スペースに悩んで一度移動したが、8時まで3時間ほど浅く仮眠した。ベッド初体験で足もとが伸ばせない事もあり、またくーがシュラフに入り込んできたのでよく眠れなかった。この日の為に作成した窓の目止めもちょっとサイズが足らない部分があり、改善の余地があったが充分目隠しになった。その隙間から朝の日差しが入り込んできていたが、8時まで苦もなく横になっていられた。

トイレや歯磨きをしていると、他にも何台も車中泊仲間がいた。既に出発してしまっている車もあったが、案外多い事に驚いた。我が家は普通乗用車なのでどうしても車内が狭い。やはりワンボックスのハイエースなどは快適なように見えた。

運転を由が交替し、盛岡まで快晴の朝の高速を走る。前方に岩手山が見えてきたが、霞んでいるせいか紅葉をそれほど感じなかった。何にしても暖かい。半袖で走る。

盛岡ICを9時半に降り、すぐ横のジャスコに入る。ちょっとスーパーで買物をし、由のスポーツウェアもついでに購入。11時から開店の「宮古の海坊主」という回転鮨屋に入る。まあそこそこといった味だった。

食後大観光地の小岩井牧場に寄る。駐車場が強烈に混んでいる。3連休最終日という事もあるのだろうか。地元ナンバーが特に多く、入ろうと持ったが犬連れのエリアが極めて少ない事と、くーの腹の調子がいまいちよくないので結局入らず。田沢湖に向かう途中、よさげなロケーションで撮影したりしながら移動した。

乳頭温泉郷に入り、まずは黒湯に向かう。奥に入り混んで行くと黒湯にも大勢の観光客が。駐車スペースは数台余っていたのでそこに入れ、タオル1枚持って入浴。ひなびた雰囲気の中にも、しっかりと建て直された建物は案外綺麗だった。紅葉の山肌をみながらの白濁した硫黄の湯で暖まった。

くーにおやつをやり、今度は鶴の湯へ。既に外来の時間はすぎているが、何せ25年ぶりに訪れる秘湯。といってもここも有名すぎるほどの温泉だ。ダート部分が少し残り、つきあたると何やら新しく建物が増えたりしている鶴の湯に到着。昔はこのゲートの一番手前の角部屋に日本縦断中に泊まったのが嘘のようだ。既に記憶も薄らいでいたが、ああ、こんな感じだったと思い返す事ができる。ここの温泉はまたよくて、入れないのが残念だった。犬連れでは泊まれないのでどちらにしても無理なのだが、由とまたいつか泊まりに来たいと思うのだった。

その後夕陽に染まるダム公園の草原でくーとディスクで遊ぶ。ずっと車の中だったので、ストレスだった事だろう。陽が落ちるまで遊び、一路今夜の宿、田沢湖畔のサウンズグッドさんへ。

この時期17時には暗くなってしまう。行動できる時間が限られているというのがこの日、あらためて感じた。特に北に来ているので尚更短いのだろう。すっかりまっくらになって宿に到着。離れのコテージに落ち着き、くーの散歩をして夕食タイム。

オーナー夫妻の奥様が作った丁寧な地元の食材を駆使した食事は素晴らしく美味しかった。和食好きな由はもう大感激。私も久しぶりに丁寧な料理にちょっと嬉しかった。五穀米にキノコや地の野菜をちょっとづつ盛った見た目にも美しい夕食で、満腹。黒湯には入ったが最後に宿のお風呂に入って暖まってから就寝。長い1日が終わった。明日はまたハードな1日が予定されている。

写真は乳頭温泉鶴の湯の前にて。25年前はもっとさっぱりしていたのだが、随分印象と違う気がした。

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2008年10月19日

10月19日

遠刈田公園-蔵王ドッグランド(コンペ参加)-たまご舎-白石IC-郡山南IC(INOUT)-矢板IC(INOUT)-加須IC(INOUT)-蓮田SA(夕食)-外環大泉IC-オーシャン(洗車)-自宅/340km

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2008年10月18日

10月18日

安比-田代平高原-七時雨山荘(散策)-西根IC-水沢IC(INOUT)-大和IC(INOUT)-泉IC-利休泉中央(昼食)-泉PAスマート-白石IC-蔵王ドッグランド-遠刈田温泉神の湯(入浴)-遠刈田公園(車中泊)/260km

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2008年10月17日

10月17日

安比高原-安比牧場-ブナの森-松川渓谷-松川荘(入浴)-樹海ライン-八幡平-アスピーテライン-安比温泉別荘街-安比高原(ペンション泊)

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2008年10月16日

10月16日

薬研駐車場-下北道-八甲田温泉-田代平湿原(散策)-酸ヶ湯(昼食)-蔦温泉(入浴)-奥入瀬渓谷(散策)--小坂IC-東北道-安代IC-安比高原(ペンション泊)/240km

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2008年10月15日

10月15日

竜飛崎-階段国道-竜飛崎灯台(朝食)-青森市場食堂(昼食)-尻屋岬-恐山-薬研-奥薬研(夕食)-下風呂温泉大湯(入浴)-薬研駐車場(車中泊)/300km

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2008年10月14日

10月14日

田沢湖-釣瓶落峠-アクアグリーンビレッジANMON(昼食)-津軽峠(マザーツリー観光)-赤石林道-熊の湯(入浴)-十三湖(夕食)-中泊雄乃湯温泉(入浴)-竜泊ライン-竜飛崎(車中泊)/350km

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2008年10月13日

10月13日

自宅-浦和IC-宇都宮IC(INOUT)-前沢SA(仮眠)-小岩井農場-乳頭温泉黒湯(入浴)-鶴の湯(観光)-田沢湖(ペンション泊)/約580km

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2008年10月12日

紅葉の季節

今年の紅葉は早いとも聞くし、平年なみとも聞く。すっかり朝晩は寒いと感じる程になっている東京だが、紅葉のニュースもチェックしている。北海道の大雪では今年は例年より早い紅葉が確認されているが、東北では実際どうなのか。

東北は私としては岩手の母親の実家に幼少の頃数回、7年ほど前に親孝行の為に1回。他には秋田から青森にかけて、22年前に日本縦断で走っただけで、山陰や中国地方と並んであまり足を踏み入れていないエリアのひとつでもある。

由は私よりも行ったことがない場所が多い。当然なのだが、私は学生の頃、日本を上っ面でもいいから一通りこの目で見てから海外に行きたいと思っていた。なので、10代最後の夏に、沖縄から北海道までの日本縦断を夏から秋にかけてしたのだ。

日本は北から南に細長い。四季がはっきりしていて、それぞれの季節がそれぞれに意味があり、美しい。その中で秋はこれから真っ白な季節に入る前に、木々が鮮やかに発色する不思議な季節でもある。由は美しい紅葉を見たいとずっと言っていた。

今年は入社21年目で記念の休暇が貰える歳。細々とした嫌な事を忘れ、時間を贅沢に使った旅行に出たいと思っていた。昨年はこの時期、やはり1週間かけて神戸に帰省し、その足で1泊2日だが香川に讃岐うどん巡りをしたのだが、紅葉といえば北東北という図式から、今回は青森・秋田を中心を巡る旅をしたいという事で、計画を進めている。

正直讃岐うどんも捨てがたいのだが、岩手の安比高原の知り合いの所に行くというのも数年前からのテーマであり、何とか成就したい。

母親の入院後の状況は、一時は本当に危険な状況だったが、今はまた例の憎まれ口や自分以外の人の陰口ばかり言うほど回復してきた。しかしやはり認知症かと思われる症状もあり、それがコロコロと変わるのはまさに認知症の症状とも聞く。

兄が忙しい中、色々と面倒をみてくれているのだが、私も会社帰りにできるだけ顔を出し、薬の仕分けや食事の世話、掃除や洗濯などをしたりと、兄弟でできる限りの事をしながら頑張っている。先日の病状は落ち着いた事もあり、思い切って日程や行程を大幅に変更した上で、でかける事にした。

今晩から、秋の旅は始まる。夜中延々と走り、夜が明けた頃には東北に居る事だろう。よい旅ができるように願う。くーとの5歳の秋を楽しみたい。

写真は岩手は荒川高原の秋。この時はレンタカーだったが、よい秋だった。

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2008年10月08日

イレクタープロジェクトPart4

制作した組み上げ式ベッドはなかなか満足度の高い仕上がりとなった。

由に実際に寝てみて貰うと、頭をリアゲート側にすると丁度いい感じで体を伸ばして寝る事ができた。私はちょっと体を曲げないとならないが、助手席のヘッドレストを上手く繋げると、体を伸ばす事ができる。改良をすれば完全に体を伸ばす事ができそうだった。

強度的にはちょっと弱いかもしれないが、水準器で水平を取り、完全にフラットなベッドが常設でできた訳だ。サンルーフの張り出しがちょっと残念だが、サンルーフは重要だ。タイヤハウスの上に天板を配置する事で、横幅は130cmを確保できている。軽の1BOXならベッド上のスペースも頭ひとつ分高く取れるかもしれないが、1台で全てのシュチュエイションを賄えるというのがお金持ちではない我が家のテーマ。総予算2万強で済んでいる分、コストパフォーマンスは高いと思う。

エスクードをベースにする事で、未舗装の林道だろうが厳冬期の北海道だろうが、片道600kmを越えるロングドライブでも、ちょっとした近所のコンビニや立体駐車場にも入る事ができる。宿泊代を浮かし、かつ体もしっかり休ませる事ができるのが、何だか凄く嬉しい。不思議なエスクードができあがった。

あとは窓の目止めだけ。既に型紙もとってあり、取り付け用の吸盤を100均で購入済である。生地はネオプレーンが理想的ではないかと思っているのだが、それだとちょっと生地自体が重いので、きっと夜のうちに落ちてしまうのではと思ってしまう。カーテンはつけたくないので、生地屋でポリエステルの布とコットンの布のキルティングを買って来て加工し、丁度よいサイズのハトメ(グロメット)を装着し、遮光と防音と防寒を狙えるようにしてみたい。

このような細かい準備が沢山あり、現在もまだ制作中だ。

写真はベッドを後ろからみた所。はね上げ式の扉だと小雨を避ける事ができていいのだが、これだけがエスクードの不満な所だ。ベッド下にはアジやディスクの競技会用に、スクリーンタープ、テーブル、椅子、ベンチ、キャリーカートなどの大物は全て収容できる。

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2008年10月07日

イレクタープロジェクトPart3

さて、制作に取りかかろう。

実際にイレクターを設計したサイズにカット。本数は結構な量になったが、支柱も加重総量を含めてちょっと足らないかもしれないかもしれない。前後の台はそれぞれ6本と7本にしてみた。すじかいも専用に作るほどでもないという判断で、既製品のちょっとした強度UPができるものを使ってみる。

使っていくうちにまだ強化する部分が出てくるかもしれないが、とりあえずは組んで寝てみようという感じで進めてみた。

ベッドとなる板はコンパネの角をヤスリで落とし、上面に3mm厚のコルクシートを貼り付けた。普段はこの上にネオプレーンのマットを敷き、クレートを配置し、くーの出し入れで汚れる部分を汚れから守ろうと考えた。

ただ実際に寝るとなるとそれでは固い。サーマレストを使うのも手だが、折角のベッドだからという事で、低反発の3cm厚マットレスを通販で探した。だがなかなか丁度よいサイズがない。結局200x140の大きめのサイズを購入。加工してピッタリに作り直そうと思っていたのだが、結局端を折り曲げて普段の走行中はリアシェルフ下に入るように考えてみた。実際に寝る時はリアシェルフを畳み、マット下に収容。マットレスの長い部分を折り曲げて枕にして寝る事になる。

ただベッドの窓際の片方は、着替えのバックやクレートが置かれる予定なので、その部分はマットが潰れないように考えないとならないかもしれない。実際に使ってみて工夫をしていこう。完全に全てが床下に収納できればよかったのだが、それだとベッド面と天井の間が、半身も起こせないほどのスペースになってしまう。それだと出入りするのも大変である。載せる荷物の方を工夫する事で考えていきたい。

という訳で写真はできあがった車中泊仕様。出入がちょっと面倒だという事と、ベッド上で着替えをする場合は寝ながらという制限がついたが、現状では積載容量を確保した上ではこれが限界といった所だろうか。充分に寝心地のよいベッドができあがった。

マットが載っていない状態だが、この構造だとリアシートを復活させ、パーツ類をトランクスペースに全て収容できるようになっている。これが今回の一つの大きなテーマだったので、何とか満足できる出来となったと思う。

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2008年10月06日

イレクタープロジェクトPart2

そのイレクターをどのように組むかを色々考えてみた。あっちをたてればこっちがたたず、そして基本的にはすっとすぐに眠れるように、常設ベッドという形であり、また満載とはいわなくても、必要な荷物を効率よく積載できないかという事を念頭に、設計をしている。

理想はベッドは常設。折り畳みができ、リアシートを復活させる事ができる構造とする事。そして室内で長い車中泊の夜を過ごせるスペースを確保する事。ベッドサイズは最低由が体を伸ばして寝られる160cmを確保する事。私は体を曲げなくてはならないという事は仕方がないと思っている。

細かい所では、非常時にベッド設置時でも運転・移動が可能にする事。ドッグスポーツ装備を常時積載しておけるようにする事。とりあえずどちらかが寝ていても、夜中にトイレに行ける事などである。

しかし積載容量を確保するには、ベッド上の高さがどうしてもアグラをかいて座る事が厳しい高さとなってしまう。全長も155cmとなってしまう事など、ネックとなる問題が多々出てきた。このあたりはある我慢しなければならない部分は仕方がないだろう。

そして何案もたてては消えたが、今の所トランク部分とリアシートの足元部分に2つの台を作り、そこを橋渡しするように強度を確保する理由で外せる支柱を入れるような形を試す事にした。

ベッドとなる部分は、11mmのコンパネ2枚を3分割。これに何とかカーペット系の布を張っていきたいと思っている。

全長は160cm。由が157で、私が174なので、私は体を横にして少し曲げ気味に寝るつもりだ。体が伸ばせるという事もできない事はないが、まずはこのサイズでどの程度しっかり寝られるかどうかというのが今のテーマでもある。

基本的に運転席後ろに160cmのスペースを確保。そのまま運転ができる運転席シート位置で計算したベッドになる予定。助手席シートはクレートなどの物置兼出入りルートとしてあけておく。

問題はベッド下に収容した荷物が取り出しにくいという事。リアからは簡単に出せるようになるが、奥に積んだものはなかなか出し入れしにくい。その上、積載性をとフラット性を取るか、車内であぐらをかいて過ごす事ができるようなスペースを確保するかが二者択一となってしまう。色々考えた結果、ゆっくりと食事するなら、前部の座席でする事とし、リアのベッドは基本的に寝るだけ+ベッド下を大きめの収納スペースとする事にしてみる事にしたのだった。

まずは作ってみなければ始まらない。この秋には、ベッド優先仕様としての我が家のエスクード・キャンパーを作り上げたいと思っている。

写真は組み上げ途中のフレーム。綿密に計算してもズレが出てしまうので、作りながら調整している最中である。

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2008年10月05日

イレクタープロジェクトPart1

エスクードのフロントシートをシートレール延長によりフルフラット化し、実際にこの夏、車中泊を3泊ほどしてみた。

荷物を積んだまま、すぐに眠る事ができるというのがテーマだったのだが、実際はクッションを下に敷いたり、荷物を少し動かさなければならない上に、バケットシートのせいでなかなか背中がまっすぐにならず、熟睡できなかった。

また丁度時期的に蒸し暑かったり、蚊が入り込んだりと、課題も多くみつかった。まあ実際にそういう経験がなければ満足のゆく環境というものはできない。全て準備完了というよりも、そんな事は現実には無理なので、少しづつ快適さを達成していければいいというように考えている。

それとこれは誤算だったのだが、くーが落ち着かない。蒸し暑い夜だと、くーはシートの上だと自分の体温で暑くなるのか、じっと寝ないのだった。クレートをまん中に置くと、人間の寝るスペースはより狭くなる。エアコンをかけて寝てみたのが1回あったが、その時は由の足元でまるまって寝ていた関係で、由も足を伸ばせずに全員が寝不足となってしまった。

軽キャンパーや、多くのドッグスポーツにハマっている人たちが最終的に落ち着くひとつの到達点である、ハイエースのバンコンだと住環境は満足いくものなのだが、いかんせん小回りが効かないし、何よりもう1台必要になってくる現実があるのもよく判っている。

何とか、我が家の求める車体であるSUVをうまく改造して、車中泊や荷物の積載性能をあげていきたいと思っている。

思い切って中途半端にリアシートが畳めるリアシートを外して…といいたい所だが、そうする事で色々弊害も生まれてくるので、簡単でなくてもいいから旅先でリアシートが使えるようにもでき、且つ普段はリアシートからリアトランク部分にかけて、フラットなベッドにしてしまうという計画を進める事になった。

今回もベースにするのはヤザキのイレクター。どんな形でできるだろうか。そして秋のロングツーリングに間に合うのだろうか。

写真は某ホームセンターのイレクターコーナー。部品が足らなかった上に、計画が二転三転し、追加注文が3度となってしまった。

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2008年10月04日

自分の定期通院と母親の病状

今日はこれから定期通院。前回非常用のメプチンを貰いそこねて、今期はきつかった。今日は忘れずに出して貰わねば。

母親は今日、退院してくる。兄が午後に連れてくる予定だが、正直な所こうなるまでにはブログなんか書いていられない状況だった。

母親は2日前にICUを出たとはいえ、転院した普段の病院では△△病院の親切丁寧な先生や看護師の話とはまったく違い、免れざる患者という扱いだった。それは酷いもので、扱いの言動だけでなく、転院の話を副院長と話してそれが許可されたという事だったにもかかわらず、転院したあと簡単な検査をした結果ですぐにでも退院しろという。それこそ追い出そうという雰囲気なのだった。

転院した日は母親もちょっと認知症のような言動が多く、これは目を離せない状況だという事が、兄にも私たちにも分かったのだが、それが今回の低ナトリウム欠乏症から来ている一時的な記憶の混乱なのか、それとも完全に初期の認知症なのかという部分が当然判断ができない。病院は健康な人間を置いておけない、宿泊施設ではないとストレートに言い放つその病院のK医師の言う事はあたってはいるのだろうが、それでも患者の家族にとっては情け容赦のない言い方だった。

兄はすぐにケアマネージャに連絡し、母親の介護等級見直しを申請し、これまで週に3日来てくれていた介護師の訪問を毎日にして頂き、膝のリハビリに1日、夜は兄が実家に泊まり、週末は我が家が顔を出すという事で、やってみようという事になった。同時に施設への申請も行うが、これはいつになるのかまだ分からないといった所で、先行きは暗雲が立ち込めている。

しばらくは毎日のように兄や周辺と打ち合わせが行われる。来週に予定していた入社21年目に貰えるリフレッシュ休暇の旅を全て見直す必要が出てきてしまった。

昨日は1日頭痛で寝ていたし、自分の体ですらコントロールできないのに、どうなってしまうのだろうか…

写真は最近多いゲリラ豪雨の予兆、いわゆる暗雲だ。

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2008年10月01日

転院が待ち受けていたもの

月曜の夕方に母親の様子を見に行くと、私をすぐに認識し、自分が何故ここにいるのか、ここがどこなのかを聞いてくる程に意識や記憶がはっきりしていた。

病院名は既に先生や看護師の方から聞いていたのだろうが、理解できていないようだ。何にしても長年世話になっている担当医の先生の名前を呼ぶが、ここにはいない。電話が鳴り、カーテンをあけて私を覗くという事をいうので、きっと私が面会の電話を入れて、看護師の方が患者である母親の状態を確認した時の事を言っているのだろう。

電話は内線だから鳴るものだという事、ここは△△病院であって、家から遠いという事、昨日の未明に倒れて入院したという事、そして原因を調べる為に今しばらくここにいなければならないという事を伝えたのだが、通じている部分と通じていない部分があるようだった。迎えにきてくれたので帰るという事もいうのだが、これまでの母親とのやりとりから、ちょっと強い反応かもしれないが、昔からこのような行き違いのやりとりはあったという意味では随分元に戻ってきたという証拠でもある。

よい傾向だという事も認めた上で、今回の一件で脳にちょっとした影響があった可能性も否めない。ただ日曜の未明に倒れた時に会った母親はまったく私を理解していなかった事からすれば、良い状況だと思う。低ナトリウム血症の情報をググってみても、まさにその症状であった。

高額な入院費を払い続ける事は流石に厳しいが、ICUでできるだけ治療をしてくださるという事、そしてこれまで何十年と付き合ってきて信頼している○○病院に転院をしたいという母親の希望もあわせて検討して頂き、双方の病院関係者の方と主治医の配慮から今日、いつもの病院に転院する事になった。

車を出し、送っていってもいいといいというぐらいまでの症状になってきたという事もあり、兄が送り迎えをする事になった。申し訳ないが由にも立ち会って貰う事にして、私は会社へ。兄は仕事が大変なのだが、積極的に母親の面倒を診ようという気持ちになっている事にとても助かっている。昔はそれは酷いものだったのだが、兄も歳をとったという事なのか。私自身が健康上にハンディキャップを持っている分、健康だけが取り柄という兄に頑張って貰わないと私自身まいってしまうという事もわかってくれているようだった。ただ、由にもくーにもますます迷惑がかかる事は可能な限り避けたい。

普段の病院に戻る事で母親もご満悦なのだが、今回は状況はそうはいかない事件が待ち受けていた。


写真は母親が好きなデパチカ入り口。コロコロと太っているのも、裕福かつ自我をコントロールできない食生活をおくってきた証拠だ。膝も悪くなる。

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