2008年11月25日

Living-With-Dogsへ寄稿

お世話になっているLiving-With-Dogsに溜めてしまっていた原稿を提出した。

LWDは犬と共に生活する色々な人が、参考になる情報が詰まっている。オーナーご夫妻がここまで育てて来たサイトは、ペットブーム黎明期とも言える昨今において、正しい知識を得られる重要な場所でもあると私は思っている。

偶然旅先で出会った縁で、今もやりとりさせて頂いているが、奥様が体調を崩され大変な状況を目にしていた関係で、しばらく連絡ができずに居た。最近になって随分回復され、リハビリに励んでいらっしゃるという嬉しい状況になっている事から、なかなか出せずにいた原稿をこの際まとめて全て提出してしまおうと思ったというのもある。

私や由は、基本的にくーが我が家にやってきてから、くーが嬉しそうに笑ったり、求める遊びはできるだけ一緒にやっていきたいと思ってきた。それが今でも根底にある。

ディスクやフリスビーにしても、アジリティにしても、くーが嬉しくて仕方がないという態度で、興奮を抑えきれないという態度が見えなければ、別に競技に出る必要性も感じていなかった事だろう。そう、飼い主がしたい訳ではなく、くーが求めるからこそやる意義があるというのが今でも私達の基本スタンスになっている。

競技は正直、長い間待っていなければならない時間があるのも事実。そればかりやっている事は、くーも飼い主も求めていない。ディスクだって原っぱがあれば楽しむ事はできるし、アジだって練習だけで充分に楽しめる。

K9はくーと飼い主がよい関係になるために、色々な遊びを通して、団体行動というめったにない環境でのトレーニングも兼ねていた。付加価値として、由は多くの友人と一緒にK9という競技を通して遊ぶ事を楽しんだ訳ではあるが、こういう経験はなかなかする機会がない。とても有意義な経験になったと思っている。

但し、唯一旅行は飼い主がしたいという事だったりする。旅行を通じて色々な所にくーを連れていってやるにしても、車の中で長い移動時間待機しなければならない事から、別にくーは近所の公園で枝を投げて貰っていた方が幸せなのかもしれない。

でも飼い主としては、くーと一緒に色々な思い出を作っていきたい。色々な所に連れていって、その先で遊んでやる事で、くーは旅行が楽しいものだと思ってくれるだろうと思うのだった。

そんな私達のくーとの生活の中で、LWDのような情報サイトを通じて情報発信できる事は、とても有意義な事でもあったりする。あると嬉しいと思うのだが、私達の経験を形にする事で、一人でも「犬と遊ぶ楽しさ」が伝わってくれたら、なんて素晴らしい事なんだろうって思うのだ。

そんな大層な事は言うつもりはないが、役にたてるなら嬉しいと心底思う。犬や飼い主が1人でも幸せな時間を過ごせるなら、その為に色々な可能性を試してみたいと思う。

LWDに満載されている情報が、その一つではないかと思う。

写真は美瑛にある親子の木の前で、家族で記念撮影。くーがやってきてからも、旅は私たちの原点なのだから。

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2008年11月23日

思い立って(その2)

朝は天窓から日差しが差し込み暖かい。由はなかなか起きて来ないので、久しぶりに私がくーの散歩に連れていった。

場内をうろうろしていると、ほかのコテージは殆どが空室だったようだ。明日からの連休はきっと満室になるだろうが、平日でも犬連れ客なら宿を埋める事ができるかもしれない。

隣に宿泊していた定年退職組のようなおじさんは、挨拶しても挨拶すら返さない。2度とも無視された。きっとそれまでは位の高い職についていたのだろう。こういう旅行者が旅するごとに必ず何組か出会う。挨拶なんていう人の基本的な事すらできないような人間が高そうな車を転がして、一体何様なのだろうか。逆に反対側の部屋に泊まっていた家族連れはフレンドリーな皆さんで、ワイワイとお互いの犬を話のタネに盛り上がっていた。

チェックアウトし、昨日通ってきた道を戻るように南下。河津町から内陸に入り、ループ橋の手前で七滝方面に入り、遊歩道入口に車を停めて散歩開始。渓谷沿いなので太陽も差し込まないが、10時近くなってくると観光バスも横付けされ大勢の観光客が流れ込んで来る。

ここでもやはり定年夫婦が写真を撮っているのはいいのだが、撮影ポイントで後ろに順番を待っている人がいるのに撮影してはその結果をその場所で長々と確認し、取り直したりとなかなかポイントを空けない。まったくもって自己中な行動を繰り返していた。

これからこんなタイプの旅行者が溢れかえるのだろうか。恐ろしい事だ。気分が滅入ってしまう。我が家はまわりに迷惑をかけないように撮影しては移動し、人がいない所を探していく。

次に旧天城トンネル。路線バスが旧道に入り込んできているのは驚いたが、久しぶりにやってきた天城トンネルはまだ未舗装が残っていていい感じだった。ハイカーがいるのでその前後は車を小走りに走る程度まで速度を落とし、トンネルまでいくとそこにはテーブルが出ていて提灯が並べられていた。どうもイベントがあるらしい。11時から一方通行となるらしく、トンネルを通過できず記念撮影だけしてUターン。

次も道の駅に寄るがここも大混雑。ちょっとしたお土産を買い、その先にある大観光地である浄蓮の滝へ移動。予想はしていたがものすごい車の量で駐車場に車を停めるのも一苦労。次々と観光バスがやってきていた。滝まで降りてみるが、あまりに人が多く、登るのも降りるのも道いっぱいに広がり、道を空けようとしないおじさんおばさん軍団に嫌気をさして私はさっさと立ち去りたかった。連休初日なのでこんなのばかりだ。

昼を修善寺で食べようかと思ったがここも人ごみでパス。結局沼津港にまた行く事にしたのだが、昨日朝に停めたぬまづみなとパーキングは満車で待ちの長蛇の列。ダイノブセンター駐車場にが余裕があったのでそこに停めてちょっと遅い昼食を食べに行く事にした。

昨日の朝食を食べた丸天は外に長蛇の列ができるほど大混雑していた。ほかの食事どころも既に13時半なのにまだまだ混雑していたが、偶然みつけたそば屋で、小さい丼で、暖かいそばと桜海老丼、しらす丼、まぐろすきみ丼の4つがついて1000円のランチをみつけて食べた。

食後干物などを買物して、千本松公園へ移動。くーをちょっと遊ばせて、沼津ICから東名に乗り帰路についた。

しかし時間がちょっと押してしまい、厚木で大渋滞にハマり、結局家に到着したのは21時近くになってしまった。3連休の初日とはいえ、やはり休日の東名の上りは15時位には通過しないとだめだという事だ。懲りずにまた痛い目にあって確認するはめになってしまった。

初日はよかったが2日目で相当に疲れてしまった。やはり伊豆は季節を外しても大観光地なのである。

写真は河津七滝にあった、100円で小石3つを買い、川のまん中にある巨大な石の上に向けて投げ、乗っかれば願いが叶うというものにチャレンジする由。くーは「キャッチさせてくれないの?」と投げられた石を目で追っていたりする。

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2008年11月22日

思い立って(その1)

伊豆旅行に行ってきた。

由が何かおいしいものを食べたいと言うので、となれば海のものとなる訳で、千葉か伊豆あたりの近場で探していた。

結果的に直前まで決まらず、出発の前々日に某直前予約サイトで探した所がそこそこよさそうだったので申し込んだ。という訳で、早朝のETC割引時間に高速に乗り、出発。

足柄SAでひと休憩を入れた時、外気温は1度だった。凍結注意マークがインパネに表示されている。由は助手席で寝ていたので、私だけトイレ休憩。裾野で高速を降り、沼津市内に一般道で向う。

時間は7時をまわり、既に通勤ラッシュが始まっていた。所どころ混雑を越えながら、沼津漁港に到着したのは7時40分。ぬまづみなとパーキングに停め、朝食に目当ての丸天に行ってみるとまだガラガラだった。

寝起きで腹が減っていないという由に従い、ちょっと場内をうろうろ。沼津港INOという競りを見学できる建物に入ってみるが、時既に遅し、がらがらであった。由は競りが見たかったようだが、それだともっと早くにでなければならないという事で、諦めて貰った。

再び戻って丸天で朝食。私はトロすきみ丼、由は近海にぎり寿司かにのみそ汁付を頼んだ。朝からボリュームのある食事だがなかなか美味しかった。

沼津港を離れ、西伊豆を南下。伊豆三津シーパラダイスまでがちょっと混雑したが、それを越えて内陸に入り、西伊豆スカイラインを上りはじめる頃には殆ど車はいなくなった。

個人的に伊豆で一番好きなルートである西伊豆スカイライン。特に仁科峠周辺は牧歌的でかつ駿河湾のきらめきが素晴らしい。しかしこの日、恐ろしいほどの突風が尾根筋を走っていた。

知人の中華料理屋がある戸田の町を望む展望台では飛ばされそうになり、車も風で揺れるほど。結局まともに写真すら撮れず、細い山道を下り、湧き水をコイン販売している所を抜けて松崎で海際の道に戻った。

相変わらず白波がたっている中、石廊崎~下田へ海岸沿いを走る。途中朝日が丘展望台でくーを少し散歩させた。そこで生まれて餌付けされたのか、黒い子猫が4匹由のまわりに集まってきて離れない。お昼をすぎてしまったが、朝もしっかり食べたし、夕食も多そうなので、どこかでデザートを食べようと下田に向う。

まずは弓ヶ浜へ。私は幼稚園の時に来た事があるのだが、殆ど記憶がない。ただ白く綺麗な砂浜が広がっていて、くーは思いっきり走り回った。その隣にある逢ヶ浜まで散歩をすると、別荘のような建物が沢山あり、サーファーが住んでいるのかと思いきや、普通の家族が住んでいるようだった。

その後岩田商店のおいしい塩アイスを食べて下田へ。城山公園という所に立ち寄り、くーとちょっと長めの散歩。公園のメンテナンスをしているおじさんが撫でてくれた。ぐるっと山を登って下って展望台に立ち寄りながら駐車場まで戻ったのだが、ここはどうも紫陽花で有名らしい。時期が来たらなかなか盛大に美しそうなので、由はまたその頃に来たいと言っていた。

その後、フォンテーヌという所でオレンジケーキを買い、サニーサイドカフェでケーキタイム。寂しいシーズンオフのビーチ脇に洒落た建物のカフェは、思いのほかお客さんが入っていた。オレンジソースのアイスとケーキが美味しい。

お茶をしたあとにちょっと戻り、由のリクエストで三福屋という所のミルク煎餅を買いに行き、一路宿のある赤沢へ東海岸を北上していく。どんどん日が暮れていき、明るいうちに現地に到着したかったのだが、おもいのほか時間がかかり、ギリギリ到着前に真っ暗になってしまった。

今日の宿泊場所はルネッサ赤沢というコテージ型宿泊施設。フロントに車を停め、チェックインをすると宿泊棟への地図を渡してくれた。既に真っ暗の場内にちょっと寂しい照明が道を照らしている。宿泊棟の周辺に車が既に3台停まっていた。

4部屋1棟というコテージは、どうもペット連れ専用として使われているらしい。周辺には車が停まっているコテージもあるにはあるが、圧倒的に少ない。その中でペット宿泊可の棟だけは満室という感じだった。

部屋は充分広く、正直我が家と同じぐらいの間取りだった。キッチンも広いが設備はとりあえずといった感じで、お湯を沸かす事は可能だ。冷蔵庫も大きめのものがあり、設備の痛み具合は結構なものだが、直前予約で随分お得になっている事を踏まえれば充分に満足度が高いものだった。

くーをクレートに待たせてまずは温泉。大浴場はほぼ貸し切りだった。癖のない泉質はちょっと物足りないが、とても体は暖まった。冷えてきている事もあり、温泉は助かる。部屋に戻るとすぐに食事が運ばれてきた。

大きな金目鯛に陶板焼きと称するものはサザエやアワビ、伊勢海老半身、牛ステーキ、鳥モモの黒胡椒焼き、野菜などが盛られている。ほかに2人前としては多めの刺身盛り合わせ、おむすびと味噌汁などがテーブルいっぱいに並べられた。温泉に入る時に由がこれもと追加したカンパチのカマの塩焼きもちゃんと用意されていた。

くーは飼い主と同じソファの上で、よだれをたらしながら眺めている。くー用にちゃんと食事もあげたのだが、いくらでも食べようとするのがコーギー。安全な刺身だけ少しおすそ分けしてあげた。

さすがにこれだけの料理を一気に運んでくる事で、ちょっと冷めてしまってた金目鯛や伊勢海老はレンジに入るお皿に盛りつけなおし、温めたら味のランクがグンとあがった。

結構おなかが膨れ、満足。テレビを見ながら私がネットに繋ぐと仕事のメールが来ており、急遽由も私もちょっとだけ仕事をするはめに。それでもそれはすぐ終わり、早めに就寝するのだった。

写真は弓ヶ浜で散歩をする由とくー。これだけ広いと伸縮リードでも足らない。

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2008年11月18日

AirEDGEの解約

ノートPCが私のメインPCになったと書いたが、それに伴いモバイル通信環境も整えていった事により、通信ができて当たり前という環境になってしまっていた。

LetsNote R3を買った時に、ウイルコムのAirEDGE(当時はAirH")による接続契約をした。それまでは家の電話代、常時接続経費、携帯電話代、携帯電話用パケホーダイ契約と毎月コンスタントにかかるインフラ向け経費がかさんでいる事から、パソコンのデータ通信専用回線の契約はするつもりはなかった。

しかし出先や旅先で通信できないと不便だという事から、私が出かける所がエリアである事に加え、安いと思える価格のキャリアを探していった結果、AirEDGEになったのだった。

事実内地のキャンプ場や北海道の網走や中標津、美瑛などでは何とか繋ぐ事ができたのだが、速度は望めなかった。所詮はPHSであり、いくら4xの128Kbpsの性能があっても、電波は何とかギリギリ入るような所ばかり。最初は32Kの繋ぎ放題だったが、phpやStyleSheetのサイズが大きい最近のウェブサイトでは、読み込むのにとても時間がかかるだけでなく、途中で切れてしまう事もあって使い物にならない。

現実的にはメールがメインでウェブ閲覧は我慢というのが当然となっていた。

金額についてもネット25契約で毎月A&B割やら長期間契約の割引などから約3,500円/月まで落とす事はできたのだが、実際はあまり活用していなかった。履歴をみると、10時間も繋いでいない。先日の北東北の1週間でも、10時間を越えていなかった。

そして今度白羽の矢を立てたのは、b-mobile 3G。知人から、これなんか合ってるんじゃないと言われたあと、勘違いをしていて使いものにならないと思っていた。しかしb-mobile 3GはFOMAのインフラを使う為、480日(約16か月)or150hを4万円弱でAirEDGEよりも旅先で使えそうな事ができそうだった。

費用としては正規の販売では40,000円弱、安売りで35,000円弱。それよりも某オークションサイトで総経費を含んで30,500円で入手する事ができる事を知り、早速購入。

計算すると、16か月で約30,000円。約1,910円/月で約9.3時間/月使えるという事になる。これは今の私の使用スタイルでは充分な接続時間だと思えるのだった。家では無線LANで光接続なので、モバイル使用のみの16か月で約25,000円。これまでより大幅にコストダウンと効率化をはかれる。

まだ初期設定していないが、今月末か来月頃に使い始めてみようと思う。接続時にユニットが大きいので、それがちょっとたまに傷だが…

写真はこれまで使ってきた本田エレクトロン社製のAirEDGEデータ通信カードAH-H407Pと、これから使うe-mobile 3G 150。

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2008年11月16日

ノートパソコン

メインPCをノートにして早や何年だろうか。それまでは東芝のLibretto20、60、DoCoMo M3とサブノートをメインに、デスクトップも併用してきていたのだが、2004年にLetsNoteR3にしてからすっかりノートでほぼ全ての事をやっている。

現在のメインPCは、LetsNoteR6ジェットブラック。黒い限定版が出た事と、ファンレス最終型という事と、WindowsXPが選べた事から、R3からの乗り換えとしてやってきた。

性能は満足とは言えないが、キーボードは文句なく、またハードディスクも320GBに交換しているので特に問題はない。しかしいかんせんディスプレイの解像度がXGAである関係で、ウェブ製作やデザイン作業、メンテナンスがとても億劫に感じるようになってしまった。

しばらく騙し騙しR6だけで全ての事をやってきたが、悩んだあげくに置き場所の問題から、14.1型SXGA+液晶を装備するLetsNoteY7に食指が動いてしまった。旧モデルで売れ残っているものなら、価格もそれほど高くない事に気がついてしまったのだ。

購入と同時にハードディスクも320GBに換装。私の利用環境としてはデータ領域が最低でも250GB欲しい。

実をいうと直後に8シリーズが出てしまいちょっと揺らいだのだが、価格から比較しても結構お買い得だったと思える。性能は微妙にあがっているが、それほど大きく変わらない。

しかしメインであるR6のデザイン関係環境だけをY7に移行する作業に手間取ってしまった。画像処理ソフトも全て揃えなければならないので、すぐに使える環境にはならない。

おまけにセットアップの途中で判明したのだが、Y7をXP Proにダウングレードし、SP3を適用すると無線LANが繋がらなくなってしまう。使っているNTTフレッツの標準ルータがタコで、色々問題をこれまでも抱えていたのだが、今回もこれには相当悩まされている。

結果的にSP3を適用しなければ繋がる事と、無線LANドライバを更新しても回避できない問題の為、今もSP2に追加パッチを適用して使っている状況なのだ。原因が無線ルータにもある感じなのだが、ファームが対応してくれないのでどうにもならにあ。

とりあえず2台構成の環境が、今日やっと8割方整った。データの移行の時間がかかったが、関係するウェブ変更作業は1024x768のデスクトップから、1440x1050のデスクトップとなり随分快適になるだろう。

それにしてもでかい。R6と比べるとほぼ倍だ。キーのサイズも大きすぎていまいち好きではないが、何とか扱える。デスクトップを置けない環境では、この2台でしばらくやっていこうと思う。

写真はR6とY7。私のメインPCたち。基本的にはR6を普段から持ち歩いている。

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2008年11月12日

ジャケット破れる

結構お気に入りだったツイードジャケットが破れている事に先日気がついた。

濃茶のツイードで、私が最も好きなブランドのものなのだが、実はヤフオクで買った古着だったりする。最近は秋冬は殆どトップスはツイードジャケットでボトムスはコーデュロイパンツなのだが、パンツは別にしてジャケットは強いものだと思ってきた分、ちょっとショックだった。

5000円以下で修理できるならしたいものだが、どうなのだろう。ダメならダメで仕方がないと諦めもつく。元々その位の値段で購入した古着なのだから、お金はかけるつもりはまったくない。

あと今、普段着ているツイードジャケットは2着しかない。あわてて、ヤフオクで古着を探してみると、私の好きなブランドであるメンズ・ビギとタケオ・キクチのツイードでサイズが合うのが2着出ていた。

ツイードなら大抵の柄は許容範囲なので、値段をみながら入札。まずはビギがそのまま落札成功。翌日には発送して貰い、すぐに到着。さて実際どんなものなのかと開けてみると、なかなかよい感じの茶系のグレンチェック。サイズ的にはビギはタケオ・キクチよりも小さめの基準なのか、袖の長さは丁度よいが、胸まわりがちょっときつい感じだ。まあでも充分着られる。

問題が一つあった。煙草臭いのだ。それほど酷くないのだが、私には感じてしまう。クリーニングに出してから着る事にした。

もう1つのツイードは落札できたが、随分ゆっくり対応する出品者のようで、先程到着した所。なかなかこちらの方がいい感じで、サイズも丁度よく満足の品物だった。これで2着が追加され、これでこの冬は何とか過ごせるだろうか。いかに会社に着ていく洋服にお金をかけていないか。それでも私としてはツイードが好きなので別に古着でも気にならないのだった。

写真は今回購入した2着のツイード。別にブランドはどうでもいいのだが、サイズの基準となるので好きなブランドだったりする。

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2008年11月09日

DOOBIEちゃんと対面

親戚犬のHOOVER君の所に、新顔DOOBIE嬢がやってきた。2回目のワクチンが終わったとの事で、そろそろ会いに行きたいという話をした所、ちょっとだけ伺う事になった。

パパのムルムルさんが仕事で不在だったので、そこに車を停めさせて頂き、ひーさんの案内で小雨降る中部屋へ。くーはまだお散歩前のDOOBIEちゃんという事もあって、念の為早いので玄関でクレートの中で待機。まあHOOVER君は毎日お散歩をして外に出ている事もあるので、念の為隔離する事に。別にクレートの中で待機する事は苦にならないくーなので、問題はない。私たちだけでご対面となった。

HOOVER君はくーの方が気になるようで扉をじっとみつめてしばらく動かないのが面白い。突撃体制のまま固まっていた。

DOOBIEちゃんはオモチャのように動きまわっていた。まだ3か月弱だが、モコモコの体毛のせいで普通以上に大きくみえる。でも実は骨が触れるほど痩せているようで、フードを色々ひーさんは悩んでいるようだった。

ただはじけているだけでなく、ちゃんとONOFFの使い分けができる子で、HOOVER君もそれほど拒否している訳でもなく、結構いい感じの関係のようだった。このあたりが多頭になる家は一番気になる所なので、よい例として勉強になる。逆にしばらく拒否する先住犬もいるようだし、このあたりは難しい。

DOOBIEちゃんはまだ甘噛みするが、それほど酷くない。手を噛む時にちょっとした事をすると、すぐにやめてペロペロと舐めてくれるいい子だ。すぐに理解してくれそうだ。

いつか我が家も多頭になる事もあるだろう。くーが年末にはもう6歳。ずっとはじけていても怪我が心配だし、また年齢相応にドッグスポーツも何もかも楽しめればよいと思っている。そう、飼い主がドッグスポーツをしたい訳ではない。くーが楽しそうにディスクやアジやエクをするので、飼い主がやっている訳で、くーがやりたくない事までやらせる必要はない。

ずっとくーが我が家で一人だけというのもちょっと違うかもしれない。由は多頭が望みであり、私は時期的な要素から、多頭を否定はしない。このHOOVER君はもう少しで10歳。その時に迎えた3か月のDOOBIEちゃんという関係は、案外絶妙なバランスなよい例だと思う。

写真は愛らしいそのDOOBIEちゃんのお昼寝姿。大きい耳とフラフィーな毛、そして愛らしい表情はとってもかわいい。よく寝て、よく食べて、よく遊ぶのだよ。

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2008年11月08日

突撃失敗

川崎の某所にでかける事になったので、ずっと行きたかった讃岐うどん屋の「綾」に立ち寄る計画を建てた。

関東一とも言われる本格的なセルフの讃岐うどん屋の草分けとも言えるこのお店は、大将が「あたりや」で修行をされた方だと言い、ネットでの評判も上々。讃岐うどん好きとして、そして東京住まいの私としては外せないお店だ。

開店時間にあわせて向かうが、途中大渋滞に阻まれ、結局到着したのは10時40分。下道では土曜の朝なのにいたるところで工事渋滞が起こっていた。割り込み、譲り合いなしの車にイライラしながら、運転に疲れてしまったが、うどんが食べられるのだけを楽しみに行く私だった。

しかし、店の前を反対車線を追加していくと、何かおかしい。やっていないのだ。何か張り紙があるようだったので、随分行き過ぎてからUターンし、店の前まで行き確かめる。

なんと、「本日体調不良の為休業させて頂きます 綾」との内容。

私と由がどれだけがっくりきた事か…

いつかわからないが、必ずリベンジしなければと思いつつ、小雨降る中の車で会話も少なくなるのだった。

写真はその張り紙。お大事になさってください。そしていつか食べさせて下さい。

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2008年11月05日

定期更新

半年分の通勤定期を更新した。

もう何度、通勤定期というものを持ち続けているだろうか。バスは3か月単位が最長なのだが、電車は半年。結構な額になる。

最近はすっかり非接触型のカードで改札渋滞もなくなった。車もETCな訳だからこのあたりは当然。しかし今もたまに前の人にぴったりくっついて改札を抜けたり、カードをかざすふりもなく通過し、後から通過しようとする人の流れを停める腐った人間がいるのも確か。そういつもはみないが、年に数人みかける。ETCの強行突破のようなものだ。

不正をしようと思えばできるという事は、基本的に人の善意の上で運用されているという事。多くの人はちゃんとやっているが、自己中で廻りへかける迷惑なんかどうでもいいという人間は少ないだろうが目立つ。

高速道路で確保している車線にわざわざ割り込みブレーキを踏ませる車や、追い越して当たりそうな位すれすれで前に入ってくる行為もちろん、前が詰まっているのに無意味に車間を詰めてきたり、左から追い越し車線よりも早い速度で抜いていく阿呆が必ず目につく。昨日も満席のバス内で缶ビールを飲むおっさんや、駆け込み乗車でダイヤを乱しただけでなく料金を払うのにすったもんだして遅延させるおばさん達。なんでこんなに自己中なのだろうか。

歩行喫煙者の数もここ最近増えているように感じる。喉元過ぎれば何とやらで、話題にならなくなるとすぐに自制心も緩めてしまう連中だろう。少しだけならと甘える事が、どれだけの人に迷惑がかかっているか。当然そういう輩は知るよしもない。

通勤はイコールストレスとの関係が密接だ。そんな通勤を21年も続けているという事は、私も案外普通に我慢しているんだなと思ったりするのだった。

写真はバスの料金ボックス。みていると、既に結構多くの人がスイカやパスモを使っているが、未だにバス共通カードを使っている人も少なくない。

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2008年11月04日

19th和琴ミーティングその2

朝は7時に起床。既に焚き火の前には数人起きてきていた。いつもは無料だったりキャンプ場ではない場所で行う和琴ミーティングだが、その時は昼まで起きてこなかったりするのが普通だ。なんせ、朝日が登りだすまで焚き火を絶やさず、酒を飲み、フォークを歌い続けているのだから。

今日はいつもとは大きく違う。なんせ既に横では今日の昼すぎまで行われるキャンプ場主催の地元向け芋煮会があるのだ。立派なステージがあり、紅白の幕で囲まれ、芋煮鍋をつるす台が40箇所も作られている。お手伝いとなる地元のおばさん、おじさんが軽トラで集まってきていたのだから、寝ていられる訳がない。

イベント中は車が出られなくなると言われてあわてて車を駐車場の出入口近くまで移動させたり、荷物を少しづつ片づけたりと忙しい。我が家は午後早い時間にここを出る予定なので、必要なものだけ残して片づけてしまった。

あれよあれよという間に芋煮会が開催された。ステージには演歌歌手や高校生のバンド、おばちゃんおじちゃんのよさこいソーランなど、凄い催し物が次々と開催されていく。私達は横でぼーっとそれを眺めたり、子供たちは場内で釣りを楽しんだりして過ごすのだが、何だか妙な雰囲気の中で時間が過ぎていった。

お昼前に兄貴が到着。そしてシェフが電車でやってきて、これからトレッキングをして電車で帰るとか。皆久しぶりだがそれぞれのスタイルでやってきているのがよい。旅の知り合いはそれぞれが自分のスタイルで時間を楽しむ事がうまい。それが誰にも迷惑がかからず、それでも友人の間でシンクロする部分はしっかりする。久しぶりなんて言葉はめったに出ない。1年に1度しか逢わなくても、昨日逢っていたかのような気軽さですぐに会話になり、じゃ、という簡単な一言で去っていく。

10代の後半から、40代中盤の今まで、こうやって長く付き合っていられる友人たちは皆気持ちのよい奴らばかりなのだ。

結局お菓子や人の食べ物をつまみながら、14時に我が家は帰路に着いた。休日昼間割引だと大井松田から厚木までしか半額にならないが、渋滞なくスムーズに自宅まで帰る事ができ、16時には荷物も降ろして一息ついていた。今頃はキャンプ場の友人達は夕食の用意に忙しく動いている事だろう。すぐに日が暮れる頃だ。

今年の和琴ミーティングはこうして終わったが、来年は20周年なので和琴でやるとか。何人が来れるだろうか。10周年記念の時は、10月の終わりに結構な人数が和琴の湖畔に集まった。我が家もロッキーで当時なくなる寸前の近海郵船で往復したものだった。

一人の友人が、定年になったら飽きるまで車で日本をまわるんだと言っていた。彼は長年デリカのスターワゴンだったが、数年前にハイエースになり、一家5人+犬2匹の大所帯でよくでかけており、車内で生活ができるように改造されている。

私が定年まで会社員として居られたら、我が家も同じように1~2年は日本を旅したいと思っている。

写真は今回のキャンプ場。我が家のテントはエスクードだ。

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2008年11月03日

19th和琴ミーティングその1

この3連休、19年目の和琴ミーティングが普通のオートキャンプ場で行われた。場所は丹沢。

先週からずっと風邪をひいていて、まともに会社も行けなかった中で、何とか参加しなければと頑張って体調管理をした結果、完治していないが何とかキャンプに耐えられそうな体調になったので、渋滞を避け早朝からでかける事にした。

5時40分頃に東京料金所を抜けて、渋滞なく大井松田ICで出る。山北方面にR246で向かう途中にコンビニで今日と明日の朝食を購入。荷物も何だか適当に積んでしまっているのだが、あとは何とかなるだろうと相当にいい加減な装備なので、ちょっと不安も残る。

駐車場で由が豚まん、私がおにぎりをひとつ食べ、移動。ずっと行って見たかった大野山乳牛育成牧場へ向かう。細く狭くすれ違いができるスペースがちょっとしかない急な道をゆっくりと登る。途中擦れ違う車は全て地元車だ。事前にネットで調べていたが、ここは相当な難所のようだ。おまけに今日はフェスティバルがあり、11時から焼肉配布のイベントがあるらしい。どの程度の来客があるのか、この道では恐ろしい。簡単に崖下に転がり落ちてしまう危険がそこここにある。

無事頂上直下の少し大きめの駐車場まで登ると、ここからは歩いてという看板に従い、くーと散歩開始。大宮ナンバーの白っぽいセレナが通行禁止を無視して登って行ったが、400mないという事なので朝の散歩。たかだか400mなのに何故車を停めて歩けないものなのかと呆れたが、案の定すぐに降りてきて我々は道をあけなければならなかった。頂上にはまだ8時なのでイベント関係者もいない。

北海道の標茶のあたりの牧場のように、結構急な勾配の斜面の牧草地で、ホルスタインが草を食んでいる。目の前には足柄山や箱根に至る山々、遠くは小田原の海まで望める。山頂にはテントの準備がされていて、配布目的の金太郎牛乳が山ほどおかれていた。季節物なのか牧草ロールにハロウィンのカボチャ柄のビニールがかけられている。反対側には山頂付近に雲がかかっている富士山が望め、御殿場の町並みも見えた。視線をずらすと、丹沢湖と三保ダムも見える。

この広々とした景色を独り占め。くーとでかけるとこういう時間と場所が一番安心して楽しめる。

しばらく歩きまわって、下りが怖いので下山。途中牛に近づける所があったので、くーと記念撮影をするが、やはりくーは近寄らない。牛の方も何だかちっこいのがいるという表情で、くーを見つめていた。元々牛追い犬なくーだが、これでは無理なようだ。

下山ルートは擦れ違う車が数台あっただけで思いのほかスムーズだった。道の駅山北を抜け、三保ダムのダム広場へ。ここの紅葉は始まったばかりだがなかなか綺麗だった。駐車場で眠いという由と一緒に1時間ほど車内ベッドで仮眠。目を醒ますと駐車場に数台しかいなかった車がぎっしりと停まっていた。

9時半頃になって芝の中にあるベンチで朝食。くーには枝で遊んで貰い、食後は周辺を散策。ミニ三保ダムや丹沢湖などもあるが、誰もいない。多くの車を停めて来ている人たちは一体どこに消えたのだろうか。ここから先程の大野山へも歩けるようだが、走ったりフォールディングバイクを組み立ててサイクリングを始めた人も居たので、ここをベースに遊びにでかけたという感じのようだっだ。

1時間ほど遊んで11時頃になってから移動。丹沢湖を抜けようとすると、何だか騒がしい。のぼりが沢山たっているのだが、書いてある事をみるとどうやら高校の駅伝大会があるようだった。やがて警察が警備している中、反対車線ではまさにレースの真っ最中。必死の形相で走っているランナーを応援しながら徐行して奥へ向かう。

目指すは中川温泉ぶなの湯。昔、この先にある犬越路を原付のMR50で越えたのが懐かしい。今は一般車通行止になっているが、神ノ川側から上りトンネル手前でオーバーヒートでエンジンが悲鳴をあげて大変だった。

ぶなの湯に到着したのは11時前。2時間券を買ってゆっくりと露天風呂で体を温め、休憩所のマッサージチェアで体をほぐすと寝不足だった頭が醒めていくようだった。中に売られていたカリンを購入してみた。

そのあと丹沢湖の中心地で昼食。信玄そばの店に入ったが、厨房の親父が騒がしく文句ばかり言っていて落ち着かなかった。由はとろろそば、私は値段があまりに高いので比較的安いカツ丼。くーを車に待たせていたが、日差しが強いので換気に注意し、早めに食事を終わらせた。

時間も12時をすぎた頃だったが、まだ早いので今度は玄倉川方面へ行き、丹沢湖ビジターセンターとやらに足を伸ばす。ビジターセンターは羅臼や白神などどこも似たような感じでよろしい。人も少なく静かで落ち着けた。前の湖岸周遊道路ではまだ駅伝大会真っ最中。歓声や拡声器からの声が静寂を破っていた。建物の廻りを歩ける遊歩道もあるらしいが、12時半になったのでそろそろキャンプ場に向かおうと移動開始。

道の駅山北でゆずとさつまいもを購入。ついでにくーのおやつにと、焼き芋も1本購入。駐車場がごったがえしている中、車の中から対岸のキャンプ場内にエンジのステップワゴンが移動中なのが見えた。早速じんじんさんに電話するとやはり本人だった。ほかには軽トラでやってきていた畔ちゃんがいるようだ。

我が家も橋を渡り、キャンプ場に入る。奥の方にはトレーラー型のキャンピングカーがワンサカ。何かのオフ会のようだった。フリーサイト脇にある芝のサイトに到着し、我が家の移動テントであるエスクードを芝の上に停め、テーブルと椅子を出してやっと一息つくのだった。

しばらくすると、夢あかり一族も到着。奥さんと子供を置いてきて作業着姿のとどん、暗くなって半分仕事で近くまで来たというきりんちゃん、薪を運んできた師匠に加え、夜中に松家が到着し、ようやく和琴ミーティングっぽくなっていった。

焚き火ができないのでおっとさんが持ってきた焚き火台を使い、ちょっと冷えてきた体を温めた。こうやって年に1回は焚き火を囲んで下らない話をする仲間たちは、殆どがもう40歳中盤だ。子供がいる家庭、犬がいる家庭、今北米~南米を子供と共に自転車で旅している友人の話や、北海道に移住した友人の話、20年前の北海道の和琴や開陽台であったエピソードなどを終わる事なく話すのだった。

我が家は23時頃にエスクードのベッドにもぐり込み就寝。すぐ近くでは焚き火を前に朝まで声が聞こえていた。

写真は大野山の乳牛さんとくーのガンつけあい。牛さんはじっと見つめていた。

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