2009年11月29日
母親入院(その2)
母親が転院した病院は結構壮絶で、古いサナトリウムのような雰囲気だった。待合室には大量の外来患者が来ていて、随分待たされたが無事8人部屋に入る事ができた。この時点で母親はほとんど通常に戻り、前の通り自己中心的なわがままな発言や態度が出るようになっていた。
とりあえずこの病院で救急搬送された病院から申し送りされたカルテから、今回の原因究明の検査などになる。しばらくこの病院にいる事になり、病院大好きな母親は文句をいいつつも安全で平和な環境に入る事ができたのだった。
昨年はナトリウム欠乏症で意識混濁を起こした母親だが、今回もあわせて体に異常がなくても薬を飲みたがる事から起こしたものだと思われる。我が家は階段が多く、私自身の体の弱さもあってとてもではないが同居はできない。この事は兄にも進言してわかって貰っており、独身で戸建てに住んでいる兄がいづれは面倒を見る事になるが、自営業を営んでいる事から、それも限界は来るだろう。
介護という現実は日に日に迫ってきている。状況は違うだろうが、誰にでも親の介護や老後に対する対応は必要になってくる。それが現実なのだと思う。
母親は今年80歳。実の所老人性の鬱がある位で、生理的にはこの年としては問題のない健康体だ。兄は昔から甘やかされて家の事なんか一切しない男だった。私は私自身が6歳から病気がちで、家にいる事が多かった事もあり、母親が病気の時などは家事を一切請け負ってきた。母親は気まぐれで小学校や中学校時代、私の友人を誹謗中傷する性格で子供心に随分傷ついてきた。反面兄の友人はエリートが多く、彼らと比較されたりもした。親としては今でもひどい方だと思っている。
何もしなかった兄が、ここ数年随分変わった。母親の面倒をまめに診るようになったのだ。私自信自分の体に自信がない分、兄にまかせるべき部分はまかせる事にしたい。でなければ自分がつぶれてしまうから。
ただ、実の親。元気だった親父は某病院で脳の動脈瘤の手術中、いや、手術前に急逝したので、一人だけの親だ。私のできる範囲でケアもしていきたいと思うのだった。
介護問題は誰の身にもふりかかってくる。いかに無理しすぎる事なく、接していく事が今、必要なのだとしみじみ思うのだった。
写真は当然そんな状況なので写真なんか撮っておられず。病院は病院でも私が最近受けている人間ドック施設の玄関。


