2010年10月30日

くーとゆっくりする時間

病院通いや引越しの準備など、色々多忙な日々が続いている。そんな時に限って、やたら仕事のウェイトも重くなる。

休日はできればゆっくりとくーと過ごしたい。なかなか全力で遊ぶ事が今はできないので、家の中でくーが喜ぶ事を必ず毎日してやる事にしている。それでも過度な遊びは厳禁。体力はできる限り温存し、くーが楽しく過ごせるように、考えながらである。

普段会社に行っているとできない事として、くーと添い寝したり、ゆっくりと時間をかけて撫でてやる事がある。

今週末は台風のため、時間もゆっくりと流れる。明日は荷造りの続きもするが、ゆっくりしてくーを撫でていてやりたい。

写真はリラックスして夢の中のくー。この顔を見ていると、本当に癒される。

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2010年10月27日

大事だったものを捨てる時

引越しの梱包は1カ月かけて行う予定である。

その中で色々なものを捨てている。古いパソコン、懐かしい本、本棚、パソコンラック、書斎の机…この家に住んで揃えたり、そのために時間やお金を費やしたものを、まとめて捨てているのだ。

その時私にとっては大事だったもの、何よりも没頭していたものなのに、時間が経つとそれは捨ててもよいものとなってしまう事。こんなにも虚しい事だと感じつつ、次々とゴミ袋に詰めて捨てていく。

SCSIのフィルムスキャナ、LS2000なんかも燃えないゴミになった。MOドライブやIEEE1394のハードディスクカートリッジドライブ、CLIEやPalm、プレステ2なども捨てた。

そして、くーと一緒に楽しんだディスクドッグ大会のエントリーパンフレット。こんなに短期間に出たんだなとあらためて感心しつつ、処分した。

くーがいるから、それでいい。

写真は処分したディスクドッグ大会のパンフレット。中には由や私やくーの名前が載っている。

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2010年10月23日

引越しの準備

1カ月半先に、とうとう引越しする事に決まった。

実は引越し業者を頼むのは初めて。これまでは友人に頼んだり、兄に頼んだり、自分で運んだりと色々やってきた。それで毎回、へとへとに疲れてしまった。

今回は13年の由と私の生活で増えた荷物がある事や、冷蔵庫や洗濯機なども大きくなったので、ちゃんと業者に頼む事にした。

数社の見積もりを頼んだ結果、担当のしっかりした対応と、生活の切換時に食器などに梱包材を使わない事で、迅速に普段の生活を再開する事ができそうだった事、一応大手なので品質は安定しているのではないかという期待で、アート引越しセンターに決めた。

料金も当然、勉強して貰ったが、どうも高いのか安いのかよくわからない。よい人を送ってくれたらいいのだか。

一応、私と由は煙草の匂いが苦手で、それが苦手というレベルではなく、体調に影響するという事を伝え、スタッフや持ち込んで貰うダンボールは匂いがしないようにと頼んだ。

来月、その対応についてはまたブログに書きたいと思う。

写真は運びこまれた梱包用のダンボールの上のくー。しばらく家の中はドタバタするが、くーにストレスがかかわらないように気をつけたい。

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2010年10月16日

最近の車移動

最近、くーとよく出かける場所は決まっているのだが、これまでと違う事がある。それは、由とくーが一緒に後ろの席に座る事が多くなったという事だ。

くーは普段車の移動ではクレートの中に居る。その方が落ち着くし、逆に車に乗り、クレートに入ると、自然に眠るという習慣があったからだ。

その場合は由が助手席に座るのだが、それはリアシートをベッドにしていたからというのもあった。最近は人を載せる事も多いので、しばらくはという事で普段の座席に戻しているという事もある。

理由はよく出かける場所に関係している。くーの様子をよく見ていてほしいからという事で、一緒に後ろに座って貰うようになったのだ。

くーは勝手が違うせいか、由が隣にいるせいか、由の背中にまわったり、膝の上に登ったり、外を眺めるようになった。外の空気が好きなのは当然なのだが、対面1車線の道に入り、ある程度安全が確保できた場合だけ、窓を開けてやる。すると、くーは乗り出す事はしないが、鼻先を外に出し、いっぱい外のにおいを嗅ぐ。長時間はそのままにしないが、ほんの5分ぐらいの気分転換である。

そんな時、サイドミラーでくーの顔が見える。

写真はその時の表情。何を考えているのだろうか。どんなにおいがするのだろうか。

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2010年10月11日

「家」というもの

家。「いえ」、「うち」。色々な読み方がある。

家というのは、一般的には帰り、寝て、出かけるという言葉通り、生活の基盤となる所であり、くつろげなければ意味がない空間だと思う。

ホームレス、マンガ喫茶で生活する人などもいるが、基本的には自分の身の回りのものを持ち歩き、テントやマンガ喫茶の個室のように、ある程度自分がくつろげる独自の空間を求めている時点で、それは家を否定した事ではない。

私自身も実家、そして自分が世帯主としての家などがある。自分が世帯主である家はこれまで2つ。

そして今度で2つめになる家への引越し予定まであと2カ月を切り、そろそろ色々な準備をしなければならない。

長らくマンション住まいな私。中学生時代までは、平屋の長屋に住んでいた。

新宿駅西口から徒歩10分弱という都会なのだが、当時はまだ土があらわになっている部分も少なくなく、それほど荒廃していなかったのだが、私が高校から大学に進む頃、スラム化が顕著化していった。

何度も夜中に奇声をあげる若者や、近所で犯罪がおきたりする回数が増え、ぶっそうな環境になっていく。自分のふるさとに東京以外の人が我が物顔でやってきてゴミを捨て汚し、去っていく。それがとても嫌だった。

50ccのオフロードバイクを手にしてから、舗装されていない山道をツーリングする楽しみを知り、すっかり没頭していった。その事からか、高校生の頃から八ヶ岳の麓に住みたいという夢を持つようになった。それはやはりそれまでの環境が影響していたのかもしれない。

いつしか北海道に住みたいと強く思うようになり、土地まで探す事になったが、現実に生活するという事を考えるとなかなか難しい。それは薄々感じていた事でもあった。

一番理想的なのは、都会ではなく、静かな環境で、人口密度が低く、高いビルがない場所。歩けば雑木林や土の道が残り、野菜の無人販売や駐車場が無料な大型スーパーがあり、河川敷や大型の公園にも歩くには無理にしても車で20分程度で行け、また充分通勤できる場所に住むというのは、案外一番すべてを満足させられる事なのではないかと思うようになったのだった。

くーとの楽しい散歩ライフ、旅に出なくても旅を感じ、くつろげてワクワクする空間。そんな家があったらどんなに楽しい事か。

それが、今回現実となる。正確には、それを一歩一歩進めているといってもいい。

写真は唐突だが今建築中の家。12月ころから新しい生活が始まる予定。

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2010年10月05日

またもメール不達発生

9月下旬から10月現在、すべてではないがごく一部のメールが不達になっているようだ。

原因を調査中。申し訳ないが、もしもよんきちにメールを送ったが返事がない場合は、コメントを頂くか、mixiやtwitterでメッセージを送ってほしい。

2010年10月01日

一人旅を理解できない人種

世代というには極端だが、一人旅を理解できない人がネタになるニュースがネットを巡っている。

一人旅する人は寂しい人なのか?-アメーバニュース


要は一人旅を理解できず、寂しい人と見なす人が、教えてサイトに書き込んだのが発端らしい。

よく私たちはこう言う。バイクに乗った事がない人にバイクは語らない。これと同じ事ではないかとふと思う。

人は旅で成長する。私たちが20歳前後の頃、いや、その前の世代もそうだった事から、私たちの3~5年ほどあとまではそうだっただろうか。

ゆとりの弊害か、人と同じ事をする、人を頼る、集団でないと何もできない、一人で解決しようという意識が生まれないような人種が現代までを網羅しているような気がしてならない。

オヤジの戯言と言われる年齢になってしまったが、旅こそ一人旅が基本であると今でも固く信じている。自分が行動しないと何も進まない。誰も解決してくれない。旅先で人の親切が身に沁み、それを自分がまた誰かにするという自然の輪廻が人を成長させ、次の扉が開かれる。

複数だと旅から得られるものは激減する。それは自分が体験してきた一人旅から得た結論だ。

わからない奴には説明する時間が無駄だ。しかしこのままで日本は大丈夫なのだろうか。旅という偉大な行動は、行動する人次第でいかにでもなるというおそろしく範囲の広い世界であるという事は、旅行ではなく旅をした事がない人にはまったくわからない世界なのだと思う。

初めて自転車で秩父を目指した14歳。
初めて原付バイクで林道と山を目指した16歳。
初めて一人で北海道を旅した18歳。

あのドキドキ感、不安で一杯の不安定な気持ちから、得たものは人生を大きく変えたといってもいい。

旅で知り合った友人たちが、一番深く今でも繋がっている。
人の痛みがわかり、喜びが共有できる唯一の人種だから。

写真はある旅の途中のもの。走り去るのはカタナ750にキャンプ用品を満載させている私。手をあげてバックミラーの中で「じゃ」と言い、一人次の旅先へ向う。これが旅の基本である。

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