2011年11月28日

蓄熱暖房機稼働開始

寒さを朝晩感じるようになり、明日から雨も降るとの事なので、いよいよ今晩から蓄熱暖房機を稼働させる事にした。

設定をしなおして、ブレーカーをON。明日から少し温まるかな。高気密高断熱住宅では、空気を汚さない蓄熱暖房機は、喘息もちや鼻の過敏症な私たちにはやさしい暖房方法である。

写真は設置されたばかりの我が家の蓄熱暖房機、アルディ。既に一冬稼働しているのだが、2シーズン目の出番である。来年4月頃まで稼働する予定。

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2011年11月27日

電球交換ができない

まわる家に引っ越して1年が経とうとしている。

コストの面で、照明に白熱球やハロゲンビーム球が使われている所があったのだが、夏の電気不足騒ぎの時に主に使う部分はすべて10Wの蛍光灯電球に交換していたのだが、LEDおよび蛍光灯率を100%にするため、残りの部分をこの冬までに交換しようと考えていた。

屋内は残り5箇所。普段使わない部分には不要ではあるのだが、まだ2Fトイレの2灯とロフトの2灯、そして外納戸の1灯が白熱球。60Wを10Wに変更するだけでも、圧倒的に節電になる。

同時に外は5箇所の船舶照明が配置されていて、これは白熱球でかつ透明のガラスで、フィラメントが発光する美しさが特徴的である。これをなんとかイメージを崩さずにLEDにしたいと思っていた所、なかなかいい感じのをみつけた。

早速L26ソケットで5つ購入したのだが、いざ交換しようと思うと、ホヤがはずせない事が判明。原因は防水工事のコーキングがうっすらとかかっている部分や被さっている部分があり、既にネジ山がなめられているのも数個ある事から、自分でやるのはちょっと厳しいと判断。丁度1年目点検もある事なので、それまでは仕方ない、現状の白熱球のままでおこうという結論に達した。

またLED球だとおよそ1つが8Wと少し暗めなのもいい。暗い中、ランランと照明がついているよりも少し照度を落として長く点灯させたいと思うのだった。家に明かりが灯ると、それだけでイメージが違う。節電の風潮の中、確実に節電を達成しつつ、かつ明かりを灯すために、早めに何とかLED球に交換したいと思うのだった。

写真がその交換できない外の船舶照明。そろそろホヤも汚れてきたので、丁度よい。なんとかいい感じになればいいのだが。

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2011年11月25日

コンデジ再び

コンデジは普段から持ち歩く私たち。メイン機はもう3~4年前のIXY900iS。デジイチが今だ40Dな私は、一時期からキヤノンの安定した性能に信頼を置いていた。

それまでは最近渦中のオリンパス、フジ、サンヨー、コニカミノルタ、パナソニック、キヤノン、ニコンなどを買い換えてきたが、これまでよかったと思える機種を出してきたメーカーは、サンヨーとキヤノンだけだった。

IXY50をしばらく気に入って使っていたのだが、それを由の両親に差し上げたあと、IXY900iSを買った。手振れ防止機能がついた機種で、高価だったが性能は気に入っていた。その後氷点下の北海道で内部機構が壊れ、3年保証で修理してもまだ使っていたのだが、最近バッテリが2~3日ももたなくなり、あらたにバッテリを購入したのだが、それでもダメだった。

そのちょっと前に会社の先輩からパナのFX33を破格で譲っていただき、過去のパナに比べると室内での手振れ防止機構の優位性を感じる事に。少しパナ見直したのだった。なのでしばらくはFX33があれば事は足りるのだが、由のお散歩カメラとしてはもう1台あった方がよい。

ふらふらと安売りポータルをみていると、ちょっと欲しいと思っていたリコーのCX5が15000円ちょっとで出ているのをみつけた。キヤノンであれば410Fの24mmからのレンズとコンパクトさがよかったのだが、大きくてもCX5がどうも気になってしまったのだった。

というわけで私の中だけでの検討の結果、CX5をポチリ。早速散歩で試写をしてみた。でかくて重いがやはり評判通りなかなか面白いカメラである。

フィルムのバースディ・ライカM2ほどの愛着は無理だとと思うが、いろいろと持ち歩いて使ってみたい。

写真はふらふらとポチってしまったCX5。900iSはもうどうしようもないが、まだDSC-FX55と共に頑張ってもらおう。
写真2はそれを使ってミニチュア風に撮影してみたくー。なかなか面白い。Photoshopでもできる加工なのだが…

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2011年11月24日

お疲れ

神戸帰省は4泊5日。行きはずっと土砂降りだったので、くーは一切乗車後外に出ずの9時間だった。排泄休憩もなく、ひたすら寝ていた。

到着したお昼から、姪っ子のなっちゃんがくーを気に入ってずっとついて回られ、ぐしゃぐしゃにいじられていた。そしてなっちゃんは私たちと一緒に1泊していったので、まる2日くーはなっちゃんのオモチャになったのだった。

くーは私たちには、嫌な時は嫌と唸る。それでも絶対に噛んだりとかはしないのだが、子供にはなぜか唸りもしない。やられ放題なのだ。わが子ながら偉いと思う。普通は嫌なものは嫌と態度に示すのだが、くーはガマンという事がしっかりできる。

唸る犬をどうのと言われる人もいるかもしれないが、別にそれが威嚇の唸りと不満に唸りの差があれば、生きものなのだから仕方ないと私たちは思う。犬にすべての人間の都合をおしつける事は、最初当然だと思っていたのだが、くーはそれ以上に事の善し悪しがわかる事から、必要以上に求める事は別にする必要がないと思うようになったのだ。

特にくーが病気になってから。ストレスをできるだけかけないように気をつかうようになった。それが免疫系の病気には重要だからだ。なのでくーは今はおおらかに過ごしている。

今の病院の先生から「くーちゃんは唸るけど絶対に噛まないし、お座りも伏せも待ても全部できるおりこうさんね」と随分たってから言われた。先生たちにとっては、噛んだり暴れたりする犬に治療をする大変さがよく分かっているわけで、くーはとても診やすい犬である事がよく伝わっているようだった。

町ですれ違う犬たちも、いろいろな意味で私たちと視点が違う事が多い。第一に「お友達」と言われる事が理解ができない。犬同士がすべてお友達というのはあり得ないし、初対面の犬を不用意に近づける行為がいかにリスキーかを私たちはまず第一に考える。くーはガウガウする事はあるのだが、まず相手が先にしかけてこなければ絶対に一方的にガウる事はない。それが一瞬のでき事なのだが、くーの迫力に負けてなぜかいつもくーが凶暴な犬だとレッテルを貼られる時が少なくない。大抵自分の犬が先に仕掛けているのもかかわらず、よく分かっていない飼い主ばかりだ。

犬ギライな犬であるくーなのはもう仕方がない。しかしアジリティやディスクをやっている時に、ガウる事が殆どない。そう、犬同士のマナーを分かっている犬たちが集まっている事、犬の気持ちや特性を分かろうと学び、それを普段から実践している人の犬たちは、間合いというものをよく分かっているからだろう。

コーギーという犬種の中にも性格はいろいろあるのだが、くーが家族の一人である我が家は、くーとの関係をしっかり作り上げる事、くーという犬の気持ちを理解する事に、最初の1年は殆ど費やしたと言ってもいい。誰が何と言おうと、私たちにとって、くーは人間以上に、人生のパートナーなのである。

くーはくーなりの悩みがある。それは自分の意志を持つ生きものとして当然だ。それを尊重しつつルールも守っていかねば、生きものとしての関係は成り立たない。

写真は変な寝方をしているくー。何かを悩んでいるのだうか。くーも来月でもう9歳。疲れやすくなっているのも事実である。

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2011年11月23日

神戸帰省2011 5/5

あっという間の神戸滞在。お昼には神戸を出て、ガソリンを満タン。西宮のSAまで私が運転して由に交代。日が落ちて真っ暗になった浜名湖SAには17時に到着した。くーを散歩させて、由比PAで夕食。狙っていた生桜海老もあってよかった。

伊勢湾を通過した頃から横浜町田ICから25kmの渋滞とJARTICの情報があったのだが、渋滞予想ではこの日の経路上の上りは四日市周辺だけだった。週のまん中の祭日でもあったのでこの日に移動を決めたのだが、予想外である。

由比で運転を私と交代。時間調整しつつ少しづつ東京に戻ろうとまずは富士川SAへ。そういえば高速1000円になった頃、御前崎のエクストリーム地区予選とNDAのディスク大会に出るためにGWに牧ノ原から東名に乗った時はひどかった。東京ICまで9時間もかかり、仮眠しようとPAに入ると真横で接触事故。道路上でもパカパカ追突が断続的に発生し、恐怖だった。この状況を生んだ政権は本当に何も現実が分かっていない。運転した事がない奴にわかるわけがない。今回は往路は東京から牧ノ原まで2時間半。それが9時間という異常さは、その時高速上にいた人は皆感じたのではないだろうか。1000円というので普段乗らない車に乗った人は慣れていないので動きが読めない。おまけに追突や車線変更で接触事故のオンパレードだった。もう1000円だってそんな中に入り込みたくない。

富士川手前では25km渋滞が30km渋滞になった。時間は19時半。まだ渋滞の本番はこれからだ。少しばかりSA内をうろつき、ちょっとだけ買い物をして車の中でワンセグでテレビをみて過ごす。

渋滞が20kmになった20時半頃、渋滞の手前まで行こうと移動開始。雨が降り出していた。そして海老名SAにも停車。まだまだ車は沢山いるが渋滞は15kmになっていた。もう少しだ。

トイレや施設内をまた少しまわって車に戻り、待機していると11kmから2kmになっていた。時間は21時半なので22時に東京ICを抜けたいのでそろそろと移動開始。

結局うまく渋滞はすべて避け、東京ICの料金所を22時2分に通過。環八経由で自宅に到着したのが22時半だった。4泊5日の神戸帰省は、前後日は殆ど移動日だったので短かったが、さ来年にはまた帰省しようと思う。来年はいよいよ自走で北海道にくーと行きたいと思っている。

写真1は由比PAで夕食を。桜海老大好きな我が家である。
写真2は由が注文した三食丼。桜えびとしらすの釜揚げにマグロが載っている。
写真3はミニ桜海老丼と桜海老のかき揚げうどん。私はどちらも捨てがたかったので2品注文。
写真4は旬の生桜海老。せっかくなので頼んだが、ちょっとしか入っていなかった。また沼津港か由比にシーズンに行きたい。

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2011年11月22日

神戸帰省2011 4/5

由のおとうさんは釣りが趣味。仕事を定年退職されてからは、シーズンは毎朝のように漁に出かける。

この日の朝も4時にでかけ、アジを沢山釣って帰って来た。私たちが目を覚ました頃には、既にそのアジを水槽に移し終わっていたのだ。

そのあと夕方からそのアジを餌にイカを釣りにでかける。アジは水が悪くなると死んでしまうので、その間1~2度海まで自転車で行き、新鮮な海水を汲んできて入れ換える。海までは徒歩では20分以上かかるので大変な作業だ。そんなアジにくーは興味津々。ベランダの水槽をじーっと見つめている。時折パチャリと跳ねると尻尾を振って反応する。

魚が好きなくーは、お父さんにアジをさばいてもらってさっそく頂いていた。丸飲みである。新鮮なアジはおいしいね、くー。

写真1は由のお父さんが早朝より釣ってきたイカ釣り用の活き餌であるアジ。くー用におすそわけ。
写真2はくーはよだれを垂らしながら噛まずに一気食い。

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2011年11月21日

神戸帰省2011 3/5

ようやく静けさを取り戻した実家。そういえばよくここで寝かせていただいたものだ。セローや車で一晩中走り、明け方に到着した時、北海道へ旅に出ようとしていた夏、体調を崩して行けなくなり、行き先を神戸に変えて深夜バスで着いた時。当然のように、自分の家のようにくつろがせて頂いた。

東京生まれの東京育ちの私は、神戸弁がとても心地よかった。それは今も変わらない。

神戸での3日目は、散歩したり車で買い物に出たり、穏やかに過ぎていった。

写真1は由の生まれ育った町を散歩する由とくー。明石海峡大橋がきれいに見える朝だった。
写真2は神戸の実家の放射能測定値。関東より地質の関係で数値が高めと言われていたが、確かにそうだった。

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2011年11月20日

神戸帰省2011 2/5

姪っ子と一緒に一晩過ごし、翌朝は神戸マラソンの日との事で、海岸線のR2は閉鎖。せっかくだからとちょっと足を延ばして、折り返し地点の舞子まで散歩に出かけた。

折り返し地点はたくさんの人が集まっていた。9時にスタートをして、先頭が1時間弱で舞子に到着するという予測時間にあわせて、観戦に来ているようだった。

その後親戚の家に寄ったりしつつ、神戸の時間は慌ただしく過ぎていった。

写真1は神戸マラソンの折り返し地点の騒ぎ。
写真2はそれを見学するくー。

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2011年11月19日

神戸帰省2011 1/5

2年ぶりに由の実家の神戸に帰省した。姪っ子に次いで、甥っ子が生まれ、その顔を見にいくのが目的でもあるのだが、たまには顔を出さないと由のご両親にも申し訳ない。本当なら毎年帰るべきなのだろうが、昨年は家の建築やくーの病気で無理だったため行けず、今回は2年ぶりの帰省になる。

帰るたびにETCの割引制度が微妙に変わるので、走行計画が難しい。今回は夜間走行はできるだけ減らして、無理のない時間に移動する事にしようと考えたのだった。

往路は朝3時に出発し、神戸に12時前ぐらいに到着したいところだ。都内から雨が降り出し、ひどくなる一方。豊川あたりで夜が明け始めたが、今度は四日市周辺で事故から交通集中の渋滞が残り、手前の湾岸長島PAで朝食兼休憩しつつ渋滞を抜けるのに100分のロス。

次に京都周辺で今度は事故渋滞で30分ほどのロス。土砂降りの中、今度は西宮周辺でまたも事故渋滞。計3回の渋滞を経て9時間で到着する事ができた。

さっそく姪っ子と再会。私たちよりもくーが人気者だった。

写真は台風なみの突風と豪雨の中を一路西へ向かう途中の1シーン。

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2011年11月13日

ひざまくら

職場で試行のため、1週間行った在宅勤務。くーは仕事中に私にすりよってくる事はあまりなかったが、それでも通勤時間がない分、くーと一緒にいられる時間は長くなり、ちょっとうれしい。

帰ってくる頃になると、階段で私の帰ってくるのを待っていたりするので、それなりに寂しいのだろう。犬は家族が全員揃っていないと、落ち着かないという事を聞く。何でもないようだが、くーは由と私が近くにいると安心するようだ。

この日も私が仕事を終えてPCの前に座っていると、くーがやってきて眠ってしまった。こうなると、しばらく動けなくなってしまう。

写真は私が仕事中にすりよってきてそのまま眠ってしまったくー。足がしびれても動けない。

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2011年11月12日

狭くても広く感じる空間

我が家は中庭をぐるっと階段が囲む一風変わった家なのだが、のべ床面積は小さい方である。土地は都心に近い事から標準サイズ。決して大きくない。それなのに庭を少し大きくとりたかった。くーがちょっとした運動ができるようにと考えたからだった。

そんな我が家は動線が長く、階段室から中庭スペースを通してリビングのあるメインの棟をみたり、逆にリビングから階段室を見ると、別の建物ように見え楽しめる。無駄ともいえるこの構造は、狭くてもちょっと気分的に贅沢に思えるのだった。

写真は我が家の階段からみたリビング。くーの歯のケアをしている所がみえる。まるで隣の家のようである。

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2011年11月03日

キッチンは非アイランド派

まわる家を設計した時、私自身がキッチンに立つ事が少なくないため、プランニングはほとんど私が行った。由には高さや吊り戸棚の部分、そしてキッチンボードにマグネットが使えるようにという意見しかもらってないほどである。

実際の設計は建築家の米村さんなのだが、私の意見は対面キッチンは好きだが、アイランドは無意味と考えている事だった。

アイランドと言われるカウンターキッチンは、いわゆるシンク、流しがあるだけで、あとは調理台というより配膳台である。よく家族をみながら、会話をしながら調理したいと言うのだが、流しを使っていたら水の音でよく会話ができないだろうし、なぜ汚れ物を店ながら洗わねばならないのかという事が多いに疑問だったのだ。

また2Fリビングの場合はアイランドの場所が不自然なため、排水管がどうしても角度が何度もつきがちになり、メンテナンス上でも排水部分をシンプルに長年使うという視点からは、給排水はできる限り集約し、ストレートに配置すべきだと思えるのだった。排水管が床下を水平に這うなんてあり得ない。

そんな実際の調理や片づけをした経験のある事と、構造上のアドバイスを考えたら、とてもではないがアイランドキッチンなんか不自然極まりないものとしか思えなかったのだ。

よって我が家は、壁付けのキッチン。階下はパウダールームで、排水管は壁をストレートに降りるようになっている。またアイランドが置かれる位置には配膳台兼食器棚、食料庫をかねたカウンターが置かれる事になったのだ。当初は稼働構造だったのだが、あまりに大きい事から単に置くだけとなった。

配膳台はリビングダイニング側からはちょっとだけ目隠しの高さの壁にかこまれるため、スマートである。その分ごちゃごちゃになりがちだが、生活する上では少しばかりの出しっぱなしは仕方がないはずだ。なので、カウンターの端にはいろいろ毎日使うものが置かれている。

実際に1年近く使ってみて、これはとても使いやすく、よいアイデアだとしみじみ実感している。

写真はキッチンカウンター上。ネスカフェ・バリスタとくーの食事用のMagicBullet、電気ケトルにiPad。

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2011年11月02日

外気温は今何度?

しっかりした断熱材とペアガラスなど、我が家はおかげさまで必要充分な断熱建材を使っている。その分、外に出ると暑かったり寒かったりして、なかなか外着のコントロールが難しいのも現実である。

ずっと憧れだった弟子屈の鱒や。宿であるが、オーナーのTさんと奥さんのSさんには、もう何十回もお世話になっているのだが、犬不可なのでくーを家族に迎えてからはご無沙汰である。そこの窓に、外から貼る温度計があってそれがちょっと欲しかったのだ。

またLWDのオーナーの八ヶ岳の家にも同じものが貼られていて、ぜひ我が家も貼りたかったのだが、なかなか見つからない。国内では特に扱っていない所も多く、見つかっても摂氏表示ではなく華氏表示だったりして使い物にならないのだった。

それを偶然見つけて早速購入。毎日上り降りする階段の目線の場所であり、中庭なので風の影響も受けない部分に早速貼ってみた。いい感じである。

ここは北海道のように氷点下まで行く事もそれほどないし、夏は40度を超える事もまずない。だが気温は人間の行動に大きく影響を与えるために、視覚的に確認できることは悪い事ではない。

これから冬。毎朝外気温チェックをするのも習慣になるだろう。

写真はその温度計。ちょっと派手だが数値をみるとそこそこ正確であった。

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