2010年02月14日

みぞれ舞う週末-2/2

無事冬タイヤになり、夏タイヤに袋をかぶせて保管。起きてきた兄に今日の午後の予定を確認して分かれる。

帰るルートはちょっと寄り道したあと、結局店員が好きではないスタンドで給油。120円/Lに加え、2円引きなので今日みかけたスタンドの中では一番安い。我慢してウザい店員をかわす。

その後最近我が家の近くにできた、駐車場完備のスーパー、Y'sマートに寄り、お昼ご飯を買う。結構便利で安くて、通りかかる時はよく立ち寄るようになった。トイレットペーパーや焼きそばなど、安売りを選んで購入。

私は結構ケチなので、安いものを選んで買うタチなのである。例えば今日購入したものは、豚小間88円/g、ラム肉100円/g、焼きそば3玉入/98円、赤玉卵1パック/198円、トイレットペーパー12ロールシングル/198円など。

一旦自宅に戻り、昼食。1時間ほど休憩して、今度は落合の某病院へ。母親の転院先候補の見学というかコンサルを受けに行く。兄と合流し、事務局長と入院に関するシステムの説明を受けた。

ここの病院も患者の9割は老人らしく、入院しているのはほぼ100%が老人らしい。また保険制度の関係で、病院は60日を超える入院の場合は、多くの病院が退去を求めてくる。割が悪いからだ。母親の今入っている病院はひどく、何もしてくれない。食事の時間には無言で食事が運ばれるだけだ。酷いものというか、まだこういう病院に入れるだけ恵まれているのかもしれない。

兄が中心になり、できればリハビリができる病院を探していた。色々探したり、申請をした結果、2カ月後に入居できる介護老人保健施設をなんとか見つけたのだが、今臨時で入っている病院が今月一杯なので、その間を繋ぐ行き場所を探した結果、今回OKが出たのだった。

ここもそうだが、入院している老人達がいかに多い事か。でもここの入院患者は笑顔だった。若いスタッフも笑顔が多く、会話も多かった。兄とも相談し、ぜひここにお世話になりたいと思い、早速ベッドがあいたら連絡を貰う事になった。

一つたちまち対応しなければならない問題が解決した気分だった。

写真は今回交換した冬タイヤと純正アルミのセット。これを使うのは今シーズンは長くて2カ月だろう。

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2010年02月13日

みぞれ舞う週末-1/2

朝5時半起きで埼玉の兄の家へ一人で向かう。手がしびれるような寒さだ。

走り出してすぐに雨のようなものが降りだした。しかしボンネットが濡れず、跳ねているように見える。あられのようだ。寒い訳だ、車外の気温センサーは1度。凍結注意の雪マークがついている。

帰りにガソリンを入れるつもりなので、往路で反対車線のスタンドの価格調査。一番安かったのはよく使う比較的近いessoだったが、ここは店員がウザい。できれば他で入れたいと思いつつ、引き続き価格調査。

およそ50分ちょっと、7時すぎに兄の家へ到着。あられはみぞれにかわり、降り続いている。まずは後部座席をベッドに戻す。くーが骨折してから遠征もないと思い、通常シートに戻していたのだ。そろそろくーの復帰も近いだろうという希望も込めて車中泊モードに。イレクターのポジション調整をして、きっちりと水平を出す。そこまでおよそ40分。

それから奥から重い冬タイヤ+純正アルミのセットを出してくる。前後ローテーションをして配置し、1本づつジャッキアップし交換していく。どこかに十字レンチもあるはずなのだが、いつの頃かみつからない。ジャッキも油圧のパンタ型が欲しい所だが、とりあえず年に2回なのだからと車載のジャッキでちまちまと上げ下げするしかない。

交換に要したのはおよそ1時間強。さすがに腕がだるくなったが、寒さはあまり感じなかった。

写真は夏タイヤとBSのホイールセット。これは数カ月休憩して貰う。

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2010年02月02日

雪の朝

昨晩から降り始めた雪は、都心も白く染めた。

自宅付近に積もった雪を見るのは2年ぶりだ。都会の雪はあっという間に消えてなくなるのだが、今日は通勤時に足元を気をつけなければならないほど歩道にはシャーベット状の雪があった。

それでも車道はウェットだったが気にするほどでもない。通勤に支障がでそうなら、地下鉄を使おうと思ったのだが、案外こういう日はバスが強い。予定通りの通勤時間だった。

帰りにはもうほとんど白いものは残っていなかった。昼間は1歩も外に出ていないせいなのか、その分グンと冷え込みを感じる一日だった。

くーは怪我の足をガードして、近所の公園に行ってきたらしい。雪大好きなくー、なんとか今シーズン中に1度、どこか雪深い場所に連れていってやりたいものだ。

写真が朝の道路の状態。すぐに消えてしまったのだが…

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2010年01月30日

Full Moon

まじめにデジイチを出してくればもっと綺麗に写るのだが、コンデジで…
雲に隠れてしまっているのだが、まんまるの満月。

色々難しい事があるが、それでも地球は回っている。

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2010年01月25日

温泉に行きたい

寒くなってくると、雪でもみながら温泉に入りたくなる。

昨年も3月に北海道では毎日入っていた。体のあたたまり方が違うし、また旅に出ると温泉というのは、結構重要な要素となってくるようで、ただの風呂に入るよりも、あきらかに温泉を探して入るようになる。

日本は温泉大国。裸で入る文化も、日本人に生まれてよかったと思えるのだ。ましてや雪見の露天なんかはもっと最高。まる見えは嫌だが、雄大な風景をみながらや、清流を眺めながら露天の温泉に入るのは格別である。

ここ最近では、やはり2年前の北海道で入った凌雲閣の露天。雪山がまぶしい位に輝き、乾燥した雪と舞い上がる雪煙を眺めながら入る風呂は、最高だった。

今シーズンはくーの足次第だが、なんとか雪と温泉に会いに行きたいものだ。

写真はその凌雲閣の露天風呂から見える風景。圧巻である。

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2010年01月10日

冬は寒いもの

仕事はじめの週、最初の週末は、3連休。

しかし今年は仕事はじめの月曜からフルで忙しかった。まだ当然その忙しさは続くのだが、休みが少なかった上にこの忙しさは参る。案の定この3連、まだ尾をひいている。

どこかに行こうという気もおきないまま、連休は2日終了。明日は最終日なのでこれまたどこかに行きたいと思えないのが、元気がない証拠である。

例年ならくーの競技にどこかしら出かけていたのだが、くーの足がまだかかるので飼い主も自らすすんでくーの治療につきあっているというのもある。

寒い時は寒い所に旅に行きたくなる。特に北海道なんか最高だ。温泉であたたまり、雪遊びをするのがいい。逆に家でじっとしている方が寒さを感じる。

冬は寒い。それは当然だ。その寒さを感じるのは、人次第なんだと思う。今は都会の生活の中での寒さ。雪遊びしている時の寒さとは違う。できれば、同じ寒いなら雪遊びしに行きたいものだ。

写真は昨年3月の美瑛。誰も歩いていない雪原に、哲学の木の影が美しい。

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2010年01月01日

Happy 2010 Start!!

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2009年12月31日

大晦日

2009年も今日で終わり。

今年は何か3月の北海道にはじまり、秋から冬にかけて体調を崩した1年だったという気がする。

初夏から秋にかけても色々と人生上で大きな動きもあったのだが、身を結ばず色々葛藤も多かった。

母親も秋に倒れてから今だ病院住まい。とはいっても体は元気なのだが…

くーもまた怪我をしてしまい、冬は我が家にとって試練のシーズンとなってしまっている。

そんな中でも由とくーのアジリティが身を結びはじめているのは素晴らしい事で、ますますくーと私たちの関係は強きものになったのは喜ばしい事である。

今年もこれから年賀状の住所作成で、投函はギリギリ年内になる可能性大だが、これも毎年のパターンになってしまった。年末年始もそんなにゆっくりしていない。今年に終わらせるべき事は終わらせ、来年はよい年にしたいと切に願う。

色々あったが、今年お世話になった皆さんに感謝し、病気や怪我こそあれこの程度で済んだ事に感謝しよう。

今年もお世話になりました。こんな我が家ですが、来年もよろしくお願いします。m(__)m

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2009年12月24日

I wish you a Merry Christmas!!

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2009年12月14日

7回目の誕生日

くーが今日、7回目の誕生日を迎えた。

あっという間という言葉しか出てこない。しかしちゃんと私たちとくーの間には、7年という時間を一緒に過ごした事実は残っている。

飼い主が自分の愛犬を誰よりも一番愛するように、我が家も親バカ丸出しである。くーが歯をむいても、無視されてもかわいい。そしてくーが嬉しそうにしている表情をみると、驚くほど自分の中から力が沸いてくるのを感じる。疲れ果てていても、ガンバロウという気が沸いてくるのだ。

仕事から疲れる通勤経路をへて、家に帰りついた時にくーはいつも嬉しそうに迎えてくれる。この一瞬が嬉しい。くーは待ってましたといわんばかりに、飛びついてくる。

くーとの7年はくーにとってどういう時間だったのだろうかと、聴いてみたい思いにかられる。我が家に来て幸せに過ごしているか?と声をかける。

人の立場からは、幸せに暮らしていると思う。好きな事だけをして、一緒に競技に出たり、旅をしたり。色々な経験をしている。でもそれはこれからも同じである。もっともっと、くーが幸せを感じるように自分たちの時間を使いたい。一緒に色々な事をしたいと思うのだ。

おめでとう、7歳。7歳の1年も楽しく笑って過ごそう。

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2009年10月24日

気がついたら秋

すっかり秋模様

随分更新していなかったようで、一度間があくとなかなか手が動かない。

この期間にメインのPCであるLet's Note CF-R6が連続使用1時間程度でオーバーヒートして動かなくなってきて、サブで使っていた大きめのノートを持ち歩くようになり、それが負担だったというのもあるが、色々な要素がそうさせたのかもしれない。

今月頭には私だけでなく由もくーも体調を崩した。ただ何とかインフルエンザにもかからずやってきているが、本格的な感染期に入っている事からいつかかるかわからない。さっさとかかってしまった方が気が楽だというのもあるが、気管支に疾患を持っている私にとってはしゃれにならないと由に言われる。予防注射は来月からやっと始まるという事だが、季節性の予防注射の時期でもあるので、困った所だ。

色々モチベーションがあがらない要素が山積の秋。去年は車での北東北の旅があったが、今年は旅というのは予定なし。ただ、今月末から来月頭にかけての飛び石連休を使い、2年ぶりに由の実家に帰る予定が唯一の旅のようなものである。

できれば讃岐まで足を延ばしたかったが、今回は気力不足といった所か。まずは神戸往復をいかに楽しめるかという所である。

本格的な秋に入り、紅葉もまだ見に行ってないが、冬になる前に少しよい空気を吸いに行きたいものだ。

写真は昨年の晩秋の旅の写真。東北にまたゆっくり行きたい。

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2009年10月08日

台風接近中

窓を叩きつける雨音と風の音が気になって3時頃に目がさめた。外は凄い暴風雨。

思わずネットで状況確認。都内にも竜巻注意報や大雨警報が出ている。これから東海に上陸するまさに直前という感じだ。友人がいるので心配である。

杉並区の善福寺川と新宿の北を流れる神田川で決壊とのライブ情報が入ってきた。河川水位をみていると、他にも石神井川上流で決壊、白子川も水位が上昇している。

これだけの雨が短時間に降り続くと、アスファルトでコーティングした都会はひとたまりがない。町中でもちょっと周囲より低く、雨水がたまる所だと水没する危険性がある。半地下で駐車場を作っている家なんかてきめんだ。

我が家のマンションも下の世帯は気が気ではないだろう。各地で暴風で木が倒れて断線し、停電も起こっているようだ。交通も既に始発から間引き運転を決めている。ちょっとした自然の驚異をひしひしと感じてしまう。

一度雨が納まったが、また降り始めてきた。室戸岬からの中継では、既に雨はあがり路面も乾いてきているという。

台風のパワーを感じる夜だ。

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2009年09月24日

今日は出社日

部の半数がお休みである。静かな勤務日。その関係もあって、2順も早く朝のスピーチ順番がまわってきた。人も少ないのでオチがない適当な話をして済ませる。

今日明日仕事すれば、また週末である。以前なら間2日休んで、9連休というのもあったのだが、予想通り道路は激混み。GWで懲りたというのも正直ある。ETC1000円も無料もいい加減にして欲しい。今年もやはり、連休初日の渋滞は東名で50kmで、発生した事故は27件というニュースだったが、実際はそれ以上になっていたはずだ。

渋滞嫌いというのは誰でもそうなのだと思うが、私は渋滞で生まれる追突事故の危険性が高まる事が嫌なのである。GWでは目の前でもパカパカ事故がおきていた。たかが移動でもらい事故はたまったものではない。昔、由の家財道具を神戸からもってくる時、嫁入り道具のロッキーに載せて自走したのだが、大阪の八尾で激しい追突事故にあってしまったのを思い出す。それから警察に行ったり、リアゲートが開かない状態で500kmを自走したのだが、帰ってからの後始末がやっかいだった。

事故の発生は必然だ。慣れない運転だけでなく、マナーの悪い割り込み、譲らない行動もその原因でもあるのだが、何より周囲の配慮や確認ができていないのに行動する事にある。それに加え、明らかに何かがあっても避けられない速度で車と車の間をすり抜けていくバイク。私もバイクに乗る側としても、フラフラととてもではないがコントロールしているように思えないバイクが、とんでもない速度で走り抜けていくのを見ては、事故は必然だと思わざるを得ない。

そういうリスクは避けたいので、今回も長距離を出かけるのは諦めたのだった。連休は我慢して、さ来月の下旬にちょっとした長距離の旅行をしたいと思っている。

写真は先日行ったIKEAの店員が使っていた端末。シンクライアントになっていて、情報漏洩やアクセス管理に役立てているようだった。一応、私の部門が関係するネタなので撮影。

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2009年09月20日

初IKEA

インテリア雑貨専門店にはなかなか行く機会がない。郊外の大規模なホームセンターは好きなのだが、近くにないのが玉にきずである。

そんな中で、由は散歩仲間とたまにコストコやイケアに出かけている。大量の食材やモノを、一緒に行った友人と山分けするのだ。私も行ってみたいとは思っていたが、平日以外は相当に混むらしいという事だけで食指が動かない。

しかし、由がこのシルバーウィークは遠出しないのもあって、イケアに行きたいと提案されてしまった。最初にすぐに却下したのだが、結局行く事に。調べてみると開店前に入ってお昼に出る位ならそれほど致命的に混まないという情報があったので、それでいく事にした。

狙いは港北店。新三郷のららぽーとが出来て、コストコもある新三郷店が一番よいのだが、さすがにちょっと怖いので、廻りに同様の店舗がない港北を狙いに定めていざ出発。

都内でちょっと混んで、到着が9時20分頃となってしまった。駐車場は余裕で、9時半からの軽食コーナーに最初に突入。イケア北欧の家具インテリアの総合メーカーなので、食事もスウェーデンのイメージが打ち出されたものが多い。朝はドリンクバーと名物の79円のスペシャルブレックファースト。由はワッフルとソーセージ付きのを選んで、開店までゆっくり朝食。すると携帯を車中に忘れているのに気がついた。まあ、いいか。

その後人がどんどん増えていき、開店と同時に私たちも2階から巡回開始。いろいろと日本でも使いやすそうなものがテーマ別のコーナーにわかれてレイアウトされている。

この棚はいいねとか、これはちょっと、というようなものを会話しながらみていくと、あっという間に2時間以上が経過していた。結局キツネの靴べらと、くー用のリード&カラーをひっかけておくフック、私のマクラ(それも一番安いの)、アロマオイル用キャンドルなど、お得感が強いものを購入。レジで少し並んだが、外のフードコートでお菓子もちょっと購入し、トータル7000円程度の買い物をした。

帰りも殆ど混まず、若い頃によくバイクで使っていた第三京浜経由で帰った。

写真はレジ前のセルフコーナー。倉庫店舗としてはコストコも有名だが、レイダースの一場面のようだ。

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2009年09月19日

鉄道模型

私はそれほど興味はないのだが、鉄道での旅は好きである。しかしいわゆるテツに続するものでもなく、どちらかというとバイクでレールのないきままな旅が好きなのは、私を知っている友人なら誰でも知っている。

とはいっても、上野発で網走まで、鉄道で往復した事もあったし、道内を各駅停車の電車で移動したりもした。東京では鉄道はイマイチ好きになれないのは、人が多すぎる為である。由の実家の関西まで電車で移動するのも、たまになので楽しいのだが、自宅と品川の区間だけが苦痛である。

旅先で鉄道は絵になる。特にディーゼルなんかは電線がない本当に線路一本しかない所を、1車両もしくは2車両だけ走る姿は、バイクで走っている時に見る事ができたら、思わず見とれてしまう。

そんな風景の中の電車という意味では、模型も鉄道車両はスパイスであり、風景のジオラマがメインな部分であったりする。

今、少年時代という毎月部品が送られてきて、組み立てるとコンパクトながらなかなか味のあるジオラマができあがるという本が出ている。

ちょっと面白いとは思うが、少なくとも私は買わないだろう。

写真は落合にある鉄道模型屋、関水金属。KATOブランドで有名で、駐車場にジャマともいえるような存在でこの車両が置かれている。住宅地にいきなり現れるのでなかなかインパクトがある。

何でこんな所に車で行ったかとうのは、いずれ判明するだろう。

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2009年08月29日

最悪に混む日なのに

久しぶりに土曜出勤。しかしタイミングが悪く、お台場は例の24時間テレビで大騒ぎである。それでなくてもお台場合衆国なんぞをフジテレビにされている関係で、この夏休み期間の通勤は苦痛以外なにものでもない。

つつがなく作業を終わらせ、お昼をすぎて帰宅するが、帰りも地獄である。駅では入場制限が行われていて大変なのだろうが、駅を出る側にまで平気な顔をして邪魔をしている。子連れの親は無責任な行動を取り、アタマの悪そうなカップルはまわりに気配りする事もしない。一刻も早くここを立ち去りたい。

この業務の準備として、昨日は昨日で横浜方面へ1日行っていたのだが、どうせなら今日もそちらで仕事をしたかった…しかしこちらの作業環境の方が効率がよいので仕方がない。

あっという間に夏が過ぎ、残暑期間になってまた暑さがぶり返してくる。今年の夏は涼しくて、夜は殆どエアコンのお世話にならなかった。電気代も控えめでよい。

写真は今日のお昼ごはん。お昼すぎまで仕事をして、区切りがついたので由と一緒に家でゆっくり昼食を食べようと思い、ダルとキーマとシュリンプのランチカレーをナンとのセットで買って帰った。

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2009年08月17日

人間ドック

1週間休んだあとに、仕事も溜まっているはずなのだが、今日は予定していた人間ドックの日。これまた場所は歩いても行ける距離なので、余裕で出かけた。

3番目にまわってきたのだが、半分まで進んだあたりでまた頭痛が。ギリギリまで我慢し、全ての診察が終わり、診断が出るまでの1時間半のブランクに入った時、すぐにトイレに行きイミグランを使う。

本当にこの痛みレベルとイミグランを使うタイミングが難しい。熱を出している間は殆ど発作がなかったのだが、鈍い全体的な頭痛はあった。風邪がおちついた途端に、また群発の発作が毎日1度、再発し始めてしまった。

まだなんとか薬はあるので、来週までもつ事を祈る。6月頭に始まった群発期なので、そろそろ2ヶ月ちょっと。3ヶ月あたりがキーだと思っているので、そろそろ落ち着いてくれる事を祈るばかりである。

ドックの仮結果では、今回昨年より4kgも体重は落ち、ウェストも4cm落ちたのだが、昨晩あまり何も考えずにしょうが焼きなんかを食べたものだから、中性脂肪がドーンとあがってしまった。バカな事をしてしまった。でも少しづつトータルではよくなっているので、来年にむけて少しまたダイエットを頑張ろう。

写真はエアコンの効いた部屋だとグッスリ寝てしまうくー。大事なオモチャは近くにおいておくらしい。

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2009年08月16日

やっと復活?

結局1週間休んでしまった。8/8に38度出たあと、37度ちょっとの微熱が続いていたので、なんとか豚インフルではないだろうと予想。といっても8/10(月)に、地元の病院に苦しみながら行ったのだが、8/10~15まで盆休みと書かれていたのだ。ショックでスゴスゴと家に帰り、フトンにもぐり込んだ。

後半からは腹が痛くなり、しばらく辛かった。久しぶりに本格的な風邪にやられてしまった。

くーとも遊んでやれず、エアコンもかけず扇風機で我慢の1週間だった。

写真は「遊んで」とアピールするくー。

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2009年08月09日

ハッピーバースディ

今日は由の誕生日である。

なのに土曜からなんと38度を越える発熱と頭痛。
本当は今日の食事は私が作るはずだったのに…
辛い…

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2009年08月06日

今年の夏は…

旅にも出ていないし、エクにもGWに出ただけで、本当におとなしくしている。

理由には色々あって、私の頭痛シーズンが落ち着かないという事や、実家のゴタゴタ、また私的なプロジェクトの進行の為なのだが、何よりもここ数年、暑い日の行動力とモチベーションの低下は大きくなってきている感じがする。

車ででかけるにも暑いと日陰を探さないとたまらない、くーを連れていけば、まず停めておけない訳で、さっさと家に帰ってくる事になる。

くーだけでなく、私も由も夏はキツい。まだ寒い方が活動できるというのが正直な感想である。

これからが夏本番。もうしばらくおとなしくしているつもりである。秋というか、初冬には今年は、神戸に帰省でもしたいと思うのだった。

写真はある夏の日、秋川に川遊びに出かけた時のもの。当然、人混みがイヤなので、平日に休みを取って行ったのだった。

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2009年07月30日

赤プリへセミナー

某赤いセキュリティベンダーの1年で一番大きいイベントがあったので、とんでもなく暑い中、お昼前から移動し、赤坂プリンスへ移動。

新橋で久しぶりに立ち食いそば屋のかめやに寄り、天玉そばを食べて、銀行で通帳繰越をする。しかしこの通帳繰越機が最初に立ち寄った2箇所のATMコーナーにはなく、結局支店まで行ってやっと繰越できた。面倒である。ネットバンク系はそれで楽なのだが…

その移動中に、かの有名なサラリーマンの町、新橋のSL広場前で、大西ライオンという芸人が中継時の芸をしていた。結構な人数が周りで携帯で写真を撮影していた。私は持ち歩いているルミックスで1枚だけ撮影してバス停へ。

バスで赤プリまで行き、会場に入るととんでもない人ごみ。ここでも参ってしまった。結局4セッションのうち2セッションだけ聞いて、そそくさと帰路へ。帰路の途中も目が眩みそうに暑い。

ただ、セミナーの始まる前に嬉しい電話があったので、それほどめげずに足どりも早かった。

写真は新橋のSL広場で中継中の大西ライオンさん。暑い中ご苦労さまです。

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2009年07月22日

雲の切れ間から日食

友人が今、香港は平湖へ、皆既日食を見に行っている。勤続20年のリフレッシュ休暇を使って。

彼は星屋なので、それもわかる。私も無知だが開陽台で星を見るのは大好きだ。

そんな彼を羨ましいと思いつつ、忘れていた頃、同僚が「今、下で見られるぞ」と教えてくれた。

そそくさと職場を出て、最近その同僚から安く譲って貰った散歩コンデジ、なんちゃってLEICAレンズである、VARIO-ELMARITの最大ズームで撮影。なんとか流れる雲の切れ間から欠けている太陽を見る事ができた。

ラッキーだったのか、どうなのだろうか。逆に平湖の友人は殆どみられなかったそうだ…なんという運命のいたずら。

写真はそのコンデジで頑張って撮影した日食。ちょっと感動的である。由に連絡するのを忘れてあとで電話をすると、諦めて空を見上げる事もしなかったそうだ。根気よく空を眺めていれば、見られたかもしれないと、とても悔しがっている…

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2009年07月16日

定年まであと15年?の誕生日

そんなに勤めあげる事ができるのか自分でも自信はないのだが、今日、45歳の誕生日を迎えた。

喘息やら頭痛やら風邪をひきやすいやら、相変わらず体力の低下を感じつつも、何とか45歳を迎える事ができた。本当はもっと早くこの世からいなくなってしまうのではと、若い頃はよく思っていた。それはバイクの事故かもしれないし、病気かもしれない。

でも、今は守らねばならない家族や、自分の中でもまだまだやりたい事は沢山ある事に気づき、すっかりそんな事は考えるヒマもなくなった。これからあと、定年まで15年。今の仕事を続けるべきかどうかは別にして、それからまだ先に10~20年の生活がある訳で、今あらためて思う事は、これからの生活をどうするかというテーマである。

子供のいない私たちは、いづれどこかの施設に入るのが一番幸せなのかもしれない。その為にもお金が必要だが、それだけを考えて生きる訳でもない。

くーや、いずれ増えるであろう家族とまだまだ日本各地を旅し、おいしいものを食べ、快適な日々を過ごす環境が欲しくなる。その為には今、何をすべきなのか。

そんな事を考えるようになったのは、歳を取ったのかもしれない。

そんな誕生日がやってきたのだった。

写真は最近のものがまったくないので、古いもの。大きい声ではいえないが、摩周湖の湖畔まで降りた時の写真。19歳の頃である。その日を生きる事が、何よりも楽しかった頃だ。

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2009年07月12日

休憩!

色々と先月から私事で慌ただしい時間を過ごしていた。

頭痛もあったりしたのだが、漸く予防薬が安定して効いてきたので、発作も格段に減った。何よりも今動き出している一大プロジェクトが、まだ先に繋がるものなのか、それとも破綻という結果に陥るのかが見えない状況である。

それについては、しばらく伏せておく。

そんな中、とりあえず小さい一山を越えた所で、さすがに少し休みたいと思い、この週末は休憩する事にした。土曜は殆ど家でごろごろしていたのだが、やはりちょっと色々気になり、お昼前から銀座・新橋にでかけてしまい、結局6時間も外出してしまった。

その6時間は色々な勉強だったのだが、新しいジャンルなので大変だ。頭は老いるものというのを最近実感してしまう。まあもともとロクな頭のデキではないのだが…

くーはもうそろそろ暑くて活動が制限される季節。小さい体なのに運動量が多いコーギーは、地面と近い体系もあって、これからの季節散歩も厳しい。土や芝の場所があるならいいのだが、都会に住む犬は不自然な生活を送らざるをえないのだから、しっかりケアしてやらねば。

写真は暑いのに走りまわって舌が長いくー。休憩しなさい!

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2009年06月22日

FPにご相談 その3

あっという間に初回のコンサルは終了。次回持ち帰りの保険の件が判明してから、2度目の打合せを行いましょうとして、この日は別れた。

帰りの地下鉄の中で由は、とてもよく理解できたと感心していた。経済学部を出ていても何ひとつわからない私には、耳の痛い所だが仕方がない。FPという仕事は最近特に注目されているのは、冷静に自分の家計を分析し、提案頂くという機会はなかなかないからだろう。はっきりと見えていない我が家を経営するという視点からの分析から今後どうすべきかという家計設計、将来設計の道筋を見せてくれるとてもよい機会ではないかと思う。

但し、銀行系や不動産系のFPでは、それぞれ自社の都合のよい分析結果を出される事も少なくない事から、独立系でかつ、経験豊富なFPの方と出会うのが大事なのだと思う。

そして1週間経たずに保険の調査結果が出て、見直しを行なう事になった。これまで以上に貯蓄性もあり、補償も現実的になり、無駄のない構成となって、私が喘息で先に死んでも由に迷惑がかからない内容になっただけでなく、老後施設に入ったとしても家計が破綻しないように将来設計もする事ができた。

あと15年ほどで定年である。定年まで仕事をしているかは謎だが、早くてあと5年で早期退職。そんな状況でも苦労しないで暮らせるようなライフプランニングをたてて、実現していけるようにしていきたい。

ちょっと前までは老後の事なんか考えていなかったが、今の段階でちゃんと行き倒れないように考える事も大事なのではないだろか。

写真はコンサルを受けた部屋。

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2009年06月21日

FPにご相談 その2

某オフィス街に地下鉄で向う。場違いな私達は、とあるオフィスビルの前で電話をかけた。ビルは全ての扉が閉まっており、店舗もシャッターが閉まっている。電話に出た方はハキハキした言葉で裏口にまわるようにと言う。いわゆるセキュリティがかけられた通用口の前で待つとすぐに扉が開いた。

いわれるままにビルに入るが、中は真っ暗。どうも普段はここの事務所で仕事をされているようなのだが、今日は休み。ちらとオフィスが見えたが、連なるデスクには誰もいなかった。

会議室に通され、初めましてのご挨拶をし、まずは簡単に何が聞きたいかのお話。由にまとめてもらった家計簿データの月平均データを提示。ざっと見て頂いたあとに少しの質疑応答の中で言われた事は、充分健全な家計であるという事だった。2人家族の中では食費の比重が大きいのではとか、雑費が多いとかいう部分を指摘されるのを気にしていたのだが、まったく問題なしという事らしい。

まあ色々な意味でもっと酷い家計はいくらでもあるようで、また住まいの支払いや返済計画などについても問題ないという事だけでなく、将来性も加味して良好と褒められた。まあ、今後の私達の生活いかんにかかわってくるのだが…

比較的ここまで順調に来たのだが、問題が発覚。一度由に見直して貰った保険に問題があったのだ。これはちょっと難しい問題で、一度FPの方に持ち帰って貰う事に。これまでの保険を大幅に見直す事となった。これについては、見直せるかどうかを確認の上でないとなんとも言えない。このままだとあまりよくないパターンとなるようだ。

色々話をして、あっという間に3時間が経過していた。長い方ではないと言われたが、確かに数時間でその人の家計を分析し、問題点を洗い出した上でコンサルするわけだから、これはFPの資格を取っただけの人には到底できない事だと思うのだった。色々なケースを分析した経験がなければ何時間あっても的確なコンサルはできないと感じるのだった。

写真はすやすやくー。お留守番である。

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2009年06月20日

FPにご相談 その1

我が家の家計や、これから老後に向けての貯蓄計画は一体相対的に見て健全なのだろうか。またどうしたら子供のいない私達が幸せな老後を迎えられるのか、なんていう事を考える歳になった。

くーと過ごす事は楽しく、毎日くーと一緒に、毎週遠出もしているのだが、飼い主がしっかりとライフプランをもっていないと、くーやこれからあらたに家族が増えた場合に不安材料が残る。

食費や保険、貯蓄はどうしたらよいか。仕事がなくなったらどうするか。定年まで仕事を続けるのか。退職金はいくらか。住宅ローンの支払いは。なんていう事を総合的にプロに診断して頂き、ライフプランを作成していただきたいと思っていたのだ。

但しファイナンシャルプランナーにそれらを頼むのは有料である。丁度旅の友人が宅建とFPの資格を取ったと聞いていたので、ちょこっと診断してくれや、と頼んだのだが、ペーパーなのでと断られてしまった。実際色々なケースを分析してきた経験がないと、確かに難しいんだろうと思う。こればかりは経験で揉まれてないと、現実に即さないプランを出してしまうだろう。

そんな中、某所で無料で診断してくれる方がいるとの事で調べてみた。評判も上々、そして思い切って相談を申し込んでみると、すぐに予定を組んで下さった。

面接は週末。さてどうなる事やら…

写真はとある休日の黒目川沿いでのお散歩風景。無関係なようでいて、ちょっとだけ関係があったりする。

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2009年04月30日

デイキャンプ

3月に和琴で20th記念和琴ミーティングを行ったばかりだが、行けなかったメンバーや東京近郊に住んでいるメンバーで細々と毎年やっている、デイキャンプが開催された。

仕事の関係で日曜祭日限定。子供連れが増えたという事で、デイキャンプしかできないという事もあるのだが、気軽に旧友とバカ話ができるという意味では、結構大事なイベントだったりする。

私は特にやっとGWに入ったという事もあり、朝はゆっくりしていた。ゆっくりすればするだけ頭が重くなったりするのだが、家族で朝寝坊というのはいい事だ。起きてきたら携帯にメールが入ってきており、既にデイキャンプの開催場所に到着しているというものだった。

用意をして出ると、公園の前は大渋滞。駐車場に入りきれなくてあふれている状況だった。そこで判断ミスもあって、結局デイキャンプサイトに到着したのは13時半になっていた。

既に朝から参加組はできあがっていて、まわりもすごい人。天気もよく連休の最初の祭日という事で、予想はできたのだがとにかく人だらけだった。

スモーカーでちょっとしたつまみをつくり、皆と食べたり飲みながらバカ話をする。皆同じように歳をとったが、20代前半の頃に出会った頃とかわらない。

この集まりをはじめた頃からの初期のメンバーでもある、ちゃぼというMIXもオムツ姿で参加。彼女はこれまで天竜川や富士川の河口や、富士山の近くで行われた和琴ミーティングに参加してきた主要メンバーでもある。友人の家に拾われてきた彼女だが、18年間幸せな犬生を送ってきたのだろうと思う。こうしてまた旧友たちの集まりに参加し、皆にやさしく撫でられ、帰りもしっかりした足どりで歩いている姿をみせてくれた。少しでも長く愛する飼い主と一緒に幸せな時間を過ごして欲しい。

駐車場で名残おしいのか、毎回いつもすぐに帰らない。しばらくバカ話をして、「じゃ」とまた旅人の別れの挨拶をしてそれぞれの家へ帰っていくのだった。

写真ははたからみれば単なる子供連れバーベキューな風景の会場。

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2009年04月19日

アタマ混乱

とある技術者向けの試験を今年は受けてみた。受けたいから受けた訳ではなく、当然立場上受けなければならないからであって、その結果勉強も進む訳なく、納得のゆく内容ではなかった。

しばらく勉強しようと頑張っていたのだが、頭が痛かったり、風邪っぽかったりと集中できずに時間だけがすぎていった。当然ブログの更新もする気もおきず、放置状態。

今回の結果を踏まえ、秋にむけてもうちょっと勉強しなければと思うのだった。試験がなければ仙台にアジをしに行っていたのだが、今回は仕事上の私の立場の事もあって、由とくーには許して貰った。というよりも、くーの爪はまだ生えてきたばかりなので、アジどころではないのが実情である。

足の具合も順調で、そろそろ運動開始の予定。ただ暑くなりすぎるともう、くーにも人間にも辛いだけになってしまう。これからじめじめする季節もあるし、虫が活発に活動する時期でもあるので、気が抜けない。

私の試験なぞ、由にもくーにもどうでもいい事なのは確かなのだった。

写真は駒沢公園を散歩する由とくー。平日で小雨が降っていると人が少なくてよい。

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2009年04月12日

冬タイヤから夏タイヤへ

やっと夏タイヤに交換をしてきた。

今年も結局、スタッドレスの意味があったのは清里へスノーシューをしに行ったとき位だった。折角BSのDMZ-3の新品をエスクードにあわせて購入したので、大事に使っていきたいと思っているのだが、なかなかまめにタイヤ交換もできない。

タイヤを兄の家に置かせて貰っているので、交換だけで半日がかり。ちょっと前に行く気だったのだが、雨で延期したのだ。さすがに雨の中、ジャッキアップしてタイヤを交換する気になれない。

今回は私がひとりですると言ったのだが、由もくーを連れていくという。その為ちょっと朝はゆっくり出て、ついでに散ってしまっているが桜をみて、車を洗い、給油して、ちょっとドイトで買い物をしてというヤボ用をすませながら、13時すぎに帰ってきた。

いろいろやる事はあるのだが、とりあえず2つ積んでいたストーブは降ろした。エスクードのベッドももうちょっとチューニングしたいのだが、結局延期になってしまいそうだ。

写真はくーと八重桜。デジカメを忘れるという失態の中、F905iの携帯で撮ってみた。

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2009年04月05日

用事がいっぱい

先週の土曜は別の検査で某病院に早朝から行ってきたが、昨日は定期通院。

色々と手続があるのでそれらを済ませ、久しぶりに実家に顔を出したあと、時間をみてQBで伸びた髪の毛をカット。その後タッパーを持っているので、はなまるうどんへ入り、かけ小とゲソ天などの天ぷらを買い、密かに天ぷらをテイクアウト。家でストックしているがもううどんの生うどんにあわせて食べる為だ。

家までの途中にあるそのまんま東氏のイラスト看板のある、「肉まきおにぎり」を昼食用にゲット。プレーンとチーズを1つづつ購入した。あとはバスを乗り継いで帰宅。両手に食べ物をぶらさげて帰ると、由とくーは転がって寝ていた。

午前中に全ての用事を済ませたので、あとはゆっくりする。そんな土曜日だった。

早めにいい加減エスクードのスタッドレスを夏タイヤに換えたいのだが、結局できない週末だった。

写真は外にも出られず、ちょっとフテてるくー。

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2009年02月27日

みぞれ?雪?

今週は本当に天気が悪かった。雨ばかりだっただけでなく、とうとう今日は雪まじりになり、朝から結構雪が降っていた。オフィスの窓の外は、最初重そうな雪が横殴りに降っていたようだが、お昼前には少しフワっとした雪に変わった。ただ湿っている分積もる事はないだろう。

先日までスタッドレスを夏タイヤにいつ交換しようかと考えていたのだが、毎年このタイミングを悩む。なかなかタイヤを置いてある所に行きにくいので、来月の中旬か下旬に交換する事になりそうだ。できればあと1回、山に雪あそびに行きたかったのだが…

3月に入ると、GWも目前という感じになる。今年のGWも陶器市に行きたいし、エクの地区予選にも行きたい。あまり本格的な旅行はするつもりはないのだが、ポツポツと予定が確定しているような感じである。
1週間の中で一番好きな金曜日。まだ小雨が残る空の下、足早に家に向かうのだった。

写真はみぞれまじりのレインボーブリッジ。少々濡れたが行き帰りともに傘はささないで済ませた。

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2009年02月14日

暑いバレンタインは仕事で

巷はバレンタインディだというのだが、私は仕事。朝も平日同様早朝に出かけたのだが、異様に暖かい。2月の中旬といえば一番冷え込み、流氷が接岸している時期なのにもかかわらず、春一番という異常気象。本当にこの先、地球は壊れてしまうのだろうか。

仕事は午前中いっぱいかかって終了。昼食は結局家に帰って自炊した。途中で食べるよりも早く家に帰って休みたかった。このパターンは結構あったりする。

13時半頃に帰ったら、由が丁度お昼ご飯を作った所だった。私は私でラーメンを買ってきたのでつけ麺にして味付けをかえて食べる。

くーは散歩から帰ってきた直後だったので少し眠そうにしつつ、おこぼれを期待の目で要求するが、あげられるものはないので我慢。食べ終わったら今度は一気に睡魔に襲われ、夕方まで寝てしまった。

なんともったいない休日。半日仕事で潰れてしまったといっても、往復も含めて7時間は拘束されていたのだから仕方がない。午後から何か別な事をするパワーが最近ないのも情けない話である。

明日は秋ヶ瀬公園にちょっとおでかけ予定なので、休憩の土曜になった。バレンタインデーはあまり関係ない。先日由のお母さんから神戸のチョコレートが送られてきたのと、由が散歩帰りに一緒に食べる分のケーキを買ってきてくれたのでそれで充分だ。

写真は由の専用椅子の下でウトウトするくー。

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2009年01月12日

3連休はウダウダと

3連休、特に外出もしない休日になってしまった。なぜか風邪ぽい気分が続いている。

冷え込みも一段と増し、まさに真冬到来。北海道では既に陸別では氷点下20度を軽く越えたという。旅の事ばかり考えていた頃は、この時期は暇があれば冬の北海道への旅支度や、情報収集の日々だった。

あと友人の店のウェブサイトもいい加減何とかしなればならない。もう開店後1年以上たってしまったのに、これまでおよそつくりかけて破棄したデザイン6つ。cssをきちんと書いてという別に難しい事ではないはずの作業が進まない。

破棄された6つの中に、MovableTypeやNucleus、xoopsなどのCMSも使ってみたのだが、最近のウェブサイト改竄攻撃のターゲットになるphpの脆弱性やSQLインジェクションなどが心配で、結果的にシンプルなウェブサイトがよいだろうという結論に至ったのは随分時間が経ってからだった。

由がセミナーに参加する今日も、私はくーを傍らにソースをエディタで書いている。やはり才能がないという事を痛いほど感じてしまう時間でもある。でも何とかたたき台を今週中に仕上げたいと思うのであった。

写真は久しぶりに一緒に近所の公園にでかけた時のくー。ボール一投げに幸せを感じる。

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2009年01月09日

雪舞う朝

都心にも雪が降るという予報通り、まだ夜明け前に家を出るとみぞれである。さすがに冷え込んでいてバス停までの15分、着火してきたジッポのオイルカイロを握りしめていた。

通勤の時にあまりに寒いと、朝っぱらから熱い汁物を食べたくなってしまう。手に取ってしまうのは、カップそばかうどん。ここ最近好きなのはどん兵衛のとん汁うどんと、かき揚げうどん、そして今年みつけた讃岐風天ぷらうどんの3つ。

この中では前者の2種が好きなのだが、特にかき揚げは特大サイズしか近くのコンビニでは販売されていない。なので必然的に朝からとんでもなく食べすぎてしまう。それでは体によくない。

といっても、元々朝っぱらからカップうどんを食べる事自体がマズいのだが、それでも寒いとスープ替わりに手に取ってしまうのだ。

開陽台のキャンプ生活では、朝っぱらからカップラーメンなんかざらだった。元々町から離れている事や、夏場は食品の保存がきかないので、インスタント食品が活用されていたのもその理由だろう。なので別に朝からカップ麺は気にならない。

最近のカップうどんそばは、液体スープになっているのだが、前よりもしょっぱい気がする。麺もやはり讃岐うどんにはほど遠いのだが、この讃岐うどん風はちょっと太めだったりと、食品メーカーも頑張っている。

中国ではレストランでもカップ麺が出されるし、香港でさえ、レストランで「出前一丁」がある。それだけ日本のインスタント麺のクオリティは高い訳で、それを食べ続ける事は体によい訳はないのだが、昼の仕出し弁当についてくる生味噌タイプのインスタント味噌汁も体によいものとは思えない。このあたりはそれぞれの理解の尺度によるものだと思う。

写真はその讃岐風天ぷらうどん。麺が他のうどんよりも太いのだが、ちょっとダシが辛すぎる。ただカップ麺は日清食品が一歩リードしているように思えるのだった。

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2009年01月05日

仕事はじめ

あっという間に冬休みが終わってしまった。今日からもう出社しなければならない。まだ夜が明けぬ5時半に起床。

夜型にシフトしていた生活パターンを少し戻そうと、昨朝も5時45分に起きたのだが、2度寝。実際の起床は8時半を廻ってしまっていた。

この年末年始9日間は、1日は忘年会兼アジミニコンペ、3日間は我が家の年賀状作成、2日間は兄の年賀状作成、半日は実家来訪、2日は頭痛で寝ており、2日は休息という感じで、ゆっくりしたという気分はあまりなく、何かに追われていたような感じだ。ただ今年は9日間あった事で、少し休息を間にうまくはさめたという感じがする。

ただ外出は殆どなく、車も年末年始は1度も動いていない。実家にも歩いて往復したほどだ。静かな都心というのが唯一救いか。それでも初詣での神社はそれなりに混んでいた。

安比高原の宿から、おそばを今年も頂いた。なので、今年は年越しそばだったが、香川で今年から始めたという年あけうどんという企画を、我が家もやってみた。というか、別にいわれなくても週に1度位食べているのだが。

今日から会社中心な日々に戻るのが辛い。

写真は今回の年明けうどんとおせち。おせちは由が池袋東武で大晦日に買って来たもの。

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2009年01月01日

A HAPPY NEW YEAR 2009

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2008年12月31日

2008年の私達

今年2008年も終わってみればあっという間だった。

年始はくーの骨折から始まり、ディスクもアジも競技は殆ど参加しない年だった。ディスクを始めた年は、月に3度も競技に出たり、アジでは毎週競技やコンペといった活動的な週末を過ごしていたのだが、ひといきついたという所だろうか。

決して結果を出して落ち着いた訳ではなく、ある意味悟ったというか、私も由も、そして何よりくーが楽しくなければやる意味がないという所に気がついたと言う事だ。それは取りようによっては、逃げと取られるかもしれないが、無理したって、プライドを守ろうとしたって意味がないという事をあらためて思い知ったという所でもある。

ディスク競技に出たいから犬を飼った訳でも、アジ競技に出たいからでもない。単にくーが嬉しそうに「何か」をする姿に、飼い主は幸せを感じられるから。当然結果を残す事も大事ではあるが、飼い主がそれに追いつかないという事でもあるのだが、言い訳に取られたって、別にかまわないという気持ちになったからという事だ。

ただ積み重ねは大事だ。特にアジは由とくーは今も練習を欠かしていない。その積み重ねがよき関係を作り、くーのスタミナを近所の散歩だけで満足させるには逆にリスキーな訳で、安全な場所で思いっきり運動をして貰う事は欠かすつもりはない。

思えばよくあんな危ない場所で練習したりしたものだとか、今はしみじみ反省してしまう事だらけなのが恥ずかしい。

写真は由とくーのコンタクト。あれだけ飛んでいたコンタクトも、停まるという事を理解してきてそれが嫌ではなくなった。今年の由とくーとの大きな成長ではないだろうか。

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2008年12月27日

納会から冬休みへ

今年最後の会社。午後から掃除をして、納会で軽く乾杯をして解散。年の瀬という感じがしてくるのだが、まだそんな実感がない。

早めとはいえ、15時すぎに帰路につく。帰り際に汐留の本屋でコーギースタイルを購入。年の瀬で早足の町をバスに乗り、一路我が家へ。

近所のケーキ屋でケーキを買ってみた。今年1年頑張って無事仕事納めを迎えたという自分と由へのお祝いといった所だろうか。しかし世間は不景気で、雇用不安に怯えている人だって大勢いる。そんな中、仕事があって由とくーと過ごせた事に感謝したい。

私にとっては9日間の休みは短い。まだ年賀状もできていないし、兄の会社の年賀状も大量に作らねばならない。そして母親の所にも何度か行かないとならない訳で、ゆっくりできるのは半分もないかもしれない。

年内はあと4日程度。有効に使って少し気分を落ち着かせたい。頭痛があるとそれも無意味に時間が過ぎてしまうので、できれば痛い思いもないように願うのだった。

写真は27日に開催されたお世話になっているフィールドで、私も参加できる忘年運動会でのメニュー。私は事前にハーブとクレイジーソルトで1晩つけたチキンをダッチオーブンで前日に火を入れ、当日フィールドの片隅でナラのチップを使ってスモークをかけたスモークドチキンと、保温調理器で2日前から仕込んだ、牛すじとコンニャクとダイコンを使い、由の指導により甘めな味付けの土手焼き。

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2008年12月25日

メリーくーリスマス

クリスチャンではないので、単なるイベントとしてというよりも、特に今年も何もしない日だった。ケーキもなし、ご馳走もなし。

ただ24日は激痛ではないが半日頭痛があって何もできなかった。会社でも周囲でげほげほと咳き込んでいるのが多く、そういうオヤジやオバサンに限ってマスクはしないし、手で覆う事もできていない。どうしようもない。廻りに迷惑をかけているのが判らないのだろう。

仕方なく自己防衛で私は朝家を出て帰りつくまで、マスクで防御するしかない。食事やお茶を呑む時以外はほぼマスクをしっぱなしである。

そろそろ頭痛の季節。思えば今年の1月に汐留の頭痛外来に通いだし、1か月程度でその効果が出て20数年苦しんでいた群発頭痛をそれなりにコントロールできるようになったのだ。2008年は画期的な年でもあった。

酷くならないように願いたい。それでもまた群発頭痛の発作がおこるようなら、また通わなければならない。

クリスマスなのに頭痛の心配する私だった。まあ特別な日ではない事に違いはない。

写真はめったに頼まないケータリングピザ。カマンベールがいっぱいトッピングされ、ビーフシチューやトリュフが挟まったドミノピザの新製品。予約すると1000円引きだったので、たまにはいいかと頼んでしまった。なかなか美味しかった。

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2008年12月19日

アジアン宮崎

母親が倒れてからほぼ毎週、実家に立ち寄るようにしているのだが、今ではすっかり意識レベルは回復し、以前以上に悪態ばかりついているので私も毎週は勘弁して貰っている。

一時はさっき飲んだ薬を飲んでいないと言ったりするのが酷かったが、今ではそれなりに判断できるようだ。なので薬の仕分けボックスに毎週1度、朝昼晩夜飲む薬を仕分けする事を私がしばらくやっていたが、今は自らやらせている。少しは頭を使わないともっと危険だと思うからだ。

兄も回数こそ減ったが、定期的に実家にはよっているらしく、何とかご機嫌も保っている中で、本格的に施設に入る事になるまでの準備を進めなければならない。

仕事の方も色々課題が多く、また私もこの秋は結構長く風邪を引きずっていて、仕事場で座っている時にふと、発作には至らないが息苦しさを感じる時があるような気管支の状態だ。できれば毎週寄らなければならないという義務的な行動は避けたい。

しかし相変わらずそんな私の体調や辛さなんかこれっぽっちも考えてはいない自己中な母親は、今日も他人の悪口やお金の事ばかり。でもこれはまさに認知症の前兆でもあるので、今後も余談は許さないと感じているが、しゃべっている事は人の神経を逆撫でする事が多く、できればさっさと立ち去りたいと思うのだ。

今週末も会社帰りに遠回りして実家に寄り、言われたい放題言われてイライラしながら家に帰る私だった。

その経路上ちょっと寄り道した所に、先日ケンミンショーでやっていた宮崎の名物である、「にくまきおにぎり」を販売している元祖にくまき本舗がある。コリアンタウンの一角にあるこのお店は、そのまんま東宮崎知事の例のイラストが大きく書かれていて、いつも1~2人窓口に並んでいるので以前からちょっと気になっていたのだが、由が食べてみたいというのでちょっと寄り道してみると、とんでもない行列ができていた。

食べてみたいとは思うのだが、しばらくは無理なようだ。実家に行く時にこれからチェックして、空いている時に遭遇するまでは我慢してもらおう。

写真はその行列。ざっと50人位並んでいる。これではちょっと並ぶ気がしない。

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2008年12月05日

図書館閉鎖

愛用している図書館の分室が工事の為、12月から来年の1月いっぱいまで休館となってしまった。由は常日頃から図書館愛用派で、珍しい犬や動物学、食の専門書などを相互貸出で借りては知識をつけている。

私もそれまでたまにしか使っていなかったが、ネットで予約ができたり、延長ができたり、会社帰りに定時で帰ればギリギリ寄れる事から、本以外にもCDやDVDを借りている。

特の本についてはWebデザイン系や技術系の本も借りる事ができるので、買う前に中身を確認できるのがよい。但し、全てがある訳ではないので、借りれるものの中から選んでという事になるのだが。

今はいつまで勉強しているのかと言われるかもしれないが、スタイルシート系の技術本と、Web構築用のツールである、Microsoft Expression Webの本。これらが丁度休館になる事から、2月初旬までまとまって借りていられる事がわかり、休館前に借りてきている。

年末年始は今年も時間はあるはずなので、これらを読みあさって勉強しなければと思っている。しかし週末はなぜか本を開いてはすぐに閉じる繰り返し。なかなか集中できない自分にいらだってしまう。

ここ数年集中力がどんどん落ちているような気がする。これはひょっとして病気なのか?もっと頭を使わなければ。

図書館が通常営業に戻る頃に、少しでも借りた本の知識が自分の身になってくれればと思うのだった。

写真は図書館で由を待つ、私とくーの図。

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2008年11月05日

定期更新

半年分の通勤定期を更新した。

もう何度、通勤定期というものを持ち続けているだろうか。バスは3か月単位が最長なのだが、電車は半年。結構な額になる。

最近はすっかり非接触型のカードで改札渋滞もなくなった。車もETCな訳だからこのあたりは当然。しかし今もたまに前の人にぴったりくっついて改札を抜けたり、カードをかざすふりもなく通過し、後から通過しようとする人の流れを停める腐った人間がいるのも確か。そういつもはみないが、年に数人みかける。ETCの強行突破のようなものだ。

不正をしようと思えばできるという事は、基本的に人の善意の上で運用されているという事。多くの人はちゃんとやっているが、自己中で廻りへかける迷惑なんかどうでもいいという人間は少ないだろうが目立つ。

高速道路で確保している車線にわざわざ割り込みブレーキを踏ませる車や、追い越して当たりそうな位すれすれで前に入ってくる行為もちろん、前が詰まっているのに無意味に車間を詰めてきたり、左から追い越し車線よりも早い速度で抜いていく阿呆が必ず目につく。昨日も満席のバス内で缶ビールを飲むおっさんや、駆け込み乗車でダイヤを乱しただけでなく料金を払うのにすったもんだして遅延させるおばさん達。なんでこんなに自己中なのだろうか。

歩行喫煙者の数もここ最近増えているように感じる。喉元過ぎれば何とやらで、話題にならなくなるとすぐに自制心も緩めてしまう連中だろう。少しだけならと甘える事が、どれだけの人に迷惑がかかっているか。当然そういう輩は知るよしもない。

通勤はイコールストレスとの関係が密接だ。そんな通勤を21年も続けているという事は、私も案外普通に我慢しているんだなと思ったりするのだった。

写真はバスの料金ボックス。みていると、既に結構多くの人がスイカやパスモを使っているが、未だにバス共通カードを使っている人も少なくない。

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2008年10月04日

自分の定期通院と母親の病状

今日はこれから定期通院。前回非常用のメプチンを貰いそこねて、今期はきつかった。今日は忘れずに出して貰わねば。

母親は今日、退院してくる。兄が午後に連れてくる予定だが、正直な所こうなるまでにはブログなんか書いていられない状況だった。

母親は2日前にICUを出たとはいえ、転院した普段の病院では△△病院の親切丁寧な先生や看護師の話とはまったく違い、免れざる患者という扱いだった。それは酷いもので、扱いの言動だけでなく、転院の話を副院長と話してそれが許可されたという事だったにもかかわらず、転院したあと簡単な検査をした結果ですぐにでも退院しろという。それこそ追い出そうという雰囲気なのだった。

転院した日は母親もちょっと認知症のような言動が多く、これは目を離せない状況だという事が、兄にも私たちにも分かったのだが、それが今回の低ナトリウム欠乏症から来ている一時的な記憶の混乱なのか、それとも完全に初期の認知症なのかという部分が当然判断ができない。病院は健康な人間を置いておけない、宿泊施設ではないとストレートに言い放つその病院のK医師の言う事はあたってはいるのだろうが、それでも患者の家族にとっては情け容赦のない言い方だった。

兄はすぐにケアマネージャに連絡し、母親の介護等級見直しを申請し、これまで週に3日来てくれていた介護師の訪問を毎日にして頂き、膝のリハビリに1日、夜は兄が実家に泊まり、週末は我が家が顔を出すという事で、やってみようという事になった。同時に施設への申請も行うが、これはいつになるのかまだ分からないといった所で、先行きは暗雲が立ち込めている。

しばらくは毎日のように兄や周辺と打ち合わせが行われる。来週に予定していた入社21年目に貰えるリフレッシュ休暇の旅を全て見直す必要が出てきてしまった。

昨日は1日頭痛で寝ていたし、自分の体ですらコントロールできないのに、どうなってしまうのだろうか…

写真は最近多いゲリラ豪雨の予兆、いわゆる暗雲だ。

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2008年10月01日

転院が待ち受けていたもの

月曜の夕方に母親の様子を見に行くと、私をすぐに認識し、自分が何故ここにいるのか、ここがどこなのかを聞いてくる程に意識や記憶がはっきりしていた。

病院名は既に先生や看護師の方から聞いていたのだろうが、理解できていないようだ。何にしても長年世話になっている担当医の先生の名前を呼ぶが、ここにはいない。電話が鳴り、カーテンをあけて私を覗くという事をいうので、きっと私が面会の電話を入れて、看護師の方が患者である母親の状態を確認した時の事を言っているのだろう。

電話は内線だから鳴るものだという事、ここは△△病院であって、家から遠いという事、昨日の未明に倒れて入院したという事、そして原因を調べる為に今しばらくここにいなければならないという事を伝えたのだが、通じている部分と通じていない部分があるようだった。迎えにきてくれたので帰るという事もいうのだが、これまでの母親とのやりとりから、ちょっと強い反応かもしれないが、昔からこのような行き違いのやりとりはあったという意味では随分元に戻ってきたという証拠でもある。

よい傾向だという事も認めた上で、今回の一件で脳にちょっとした影響があった可能性も否めない。ただ日曜の未明に倒れた時に会った母親はまったく私を理解していなかった事からすれば、良い状況だと思う。低ナトリウム血症の情報をググってみても、まさにその症状であった。

高額な入院費を払い続ける事は流石に厳しいが、ICUでできるだけ治療をしてくださるという事、そしてこれまで何十年と付き合ってきて信頼している○○病院に転院をしたいという母親の希望もあわせて検討して頂き、双方の病院関係者の方と主治医の配慮から今日、いつもの病院に転院する事になった。

車を出し、送っていってもいいといいというぐらいまでの症状になってきたという事もあり、兄が送り迎えをする事になった。申し訳ないが由にも立ち会って貰う事にして、私は会社へ。兄は仕事が大変なのだが、積極的に母親の面倒を診ようという気持ちになっている事にとても助かっている。昔はそれは酷いものだったのだが、兄も歳をとったという事なのか。私自身が健康上にハンディキャップを持っている分、健康だけが取り柄という兄に頑張って貰わないと私自身まいってしまうという事もわかってくれているようだった。ただ、由にもくーにもますます迷惑がかかる事は可能な限り避けたい。

普段の病院に戻る事で母親もご満悦なのだが、今回は状況はそうはいかない事件が待ち受けていた。


写真は母親が好きなデパチカ入り口。コロコロと太っているのも、裕福かつ自我をコントロールできない食生活をおくってきた証拠だ。膝も悪くなる。

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2008年09月28日

救急搬送

未明に母親が救急で某病院に運ばれた。2時すぎの事である。救急隊から電話があって起こされ、すぐに向かった。

母親は意識はあるが、記憶が混濁している。こんな母親を見るのは初めてだった。迷惑をかけまくってきた母親だが、さすがに困惑した。

しかし性格は当然変わる訳もなく、周囲に自己主張をしまくっている。ERなので仕方がないのだが、他にも患者が居るので申し訳なく思いながらも、母親の身の安否をこれまで以上に心配してそばについていた。

連絡をしていたが、やっと兄が4時頃にやってきた。兄も仕事が大変な状況だったが、頑張っている。最近は長男の意識がしっかりと芽生えてきたのか、私への依存度はないとは言わないが極めて低くなってきている。担当の先生から話しを聞くと、CTなどを撮ったが、脳梗塞や脳溢血ではないという事だったが、血液検査の内容から聞いたこともない病名を伝えられた。

「低ナトリウム血症」

体内の塩分が極めて不足して、意識が混乱しているという。ただ母親の日常でそのような結果になるような状況は考え難い。つい1日前に私も兄も母親に会っており、普通に食事も会話もできていたにも関わらずだ。そして病院に運ばれる6時間前に玉子粥も平らげている。

入院治療が必要だという事を聞いたが、いつもの病院も、運ばれた病院もどちらも満床という事で、入れる病院を探して貰った結果、超高級病院に転搬送される事になった。選択の余地はなく、差額ベッド代が日に相当な額かかる事で、相当に不安だったが仕方なくOKしたのだった。

夜明けの町を兄と2台の車で転搬送先の病院へ行き、また診断や問診を受ける。ICUに入る事になり、ベッドの上でナトリウムを少しづつ体内に入れられている母親と成り立たない会話を交わし、8時頃に兄は一旦実家に着替えや入れ歯などを取りに戻り、私は帰宅した。

午後、その後もう1度病院に行った兄から電話。母の意識が少し戻ってきて、兄や私の名前を認識し、まだ会話のずれはあるが回復してきたという。正直ほっとした。私は中途半端に眠ったのだがすぐに目が醒めてしまったりまともに眠れない。とにかく体調も悪く、外出はとてもではないが辛いので明日の月曜の夕方でも見舞いに行く事にした。

突然やってきた母親の病気。これまでそれこそ100回以上は夜中に呼ばれた事はあったが、今回のような病状は初めてだった。

これからの介護計画は兄が中心になって、考えていかねばならない。高齢化による各家庭の状況は、前後はあれどきっとどこの家庭にも出てくる問題ではないだろうか。私達が子供がいらないというのも、私の病気や体質が引き継がれる可能性についての考えや、子供を育てる事に対する社会環境への不安、そして子供に依存する事でこじれる家族の絆に不安があるというのが大きな要因だという事。

こんな社会にした国、こんなストレスを感じさせる生活や環境を作り上げたのは、誰なのだろうか?

政府や国政に関わる議員先生たちは、お金があるので他人任せにできる。そういう連中がルールを決めていって、半数以上の国民が苦悩に苦しんでいる事は眼中にない事に、後期高齢者への介護制度や補償について、極めて理不尽さを募らせるのだった。

写真はお金に苦労しなかった母親の大好きなデパート。自分で使うお金についてはまったく無頓着なのであった。

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2008年09月24日

気配りをしよう

実家の事や兄の仕事の事など、外部要因によるストレスがとても大きい。何故自分の事は自分でできないのだろうか。自分が廻りに迷惑をかけないように配慮できず、安易に廻りに甘えられるのだろうか。

確かな事だが我が家は裕福ではない。犬関係では裕福な環境におられる方も多いが、それを羨ましがってもそれ以上期待する事なんかしない。自分の事は自分でするのが当然だと思っているからだ。

私は第三者に迷惑をかけるのが嫌いだ。それこそちょっとした事だって気になる。例えば車を停める時だって、迷惑のかからないように停める。曲がらなければならない所で曲がりそこねた場合、行き過ぎて左折を3回すればいいだけなのに、中央分離帯に乗り上げて右折して、後ろに大渋滞を作っているような運転手を見るだけでイラっとする。まあ、そこで前後に車がおらず、迷惑がかからないというのであれば別だが、それがどれだけ廻りを危険な目にあわせている事か、考えても判らないような人間は大嫌いだ。

この世の中、廻りに甘えすぎている連中が多いと感じる。皆がちょっと廻りに気配りをするだけで、ずるをしないでマナーを守る事をするだけで、どれだけ安全安心に過ごせる事だろうかと思う。何人かが廻りがどう感じようと自己中な行動をする事によって、同じような行動をするのが増え、相乗効果と集団心理でどんどんモラルが崩れていく。

赤の他人にもそうだが、血縁の間柄だってそうだ。別に変わる事はない。血縁だからといって特別扱いする事は、結局間柄に溝を作るきっかけになってしまう。ましてやお金の無駄使いや会社の経営にかかわる事は、家族全員を不幸にする。

赤の他人と親族は違うにしても、程度問題という事と相手を配慮するという気持ちや行動がなければ、人の関係というのはスムーズにいかないものだと私は思う。少なくとも私は今の仕事に着く前の大学時代にそれを考え、財産や今の収入をアテにせず、自分の生活は自分で賄おうと思った。中学時代から自分の遊ぶお金はバイトで賄おうと思った事からもその時から私は考えていたのだと思う。

ただ、受験費用や学費などは、親に面倒を見て貰っているのは確かだが、その分母親が体調が悪いと言っていた私が中学から社会人数年目位までは、私が食事や洗濯などを行ってきた。母親だから当然だと思ってはいたが、兄は30年以上一切かかわらなかった。

そのうち私は仕事で酷く体を壊し、30になる前からコントロールが大変になってしまった。自分の限界が見えてきたのもその頃だ。あとは細々と由との生活の中で、自分たちが今と老後を考えながら生活基盤を固めていこうという事を実践していた。

しかし巷は自己中がとにかく目立つ。目立つというよりは、正直に増えていると言いたい程だ。

みんな、自分に厳しくなって、もっと廻りを想い敬おうよ。それだけでみんなが幸せになれるのだから。

写真は契約している我が家の駐車場に勝手に野良猫へ餌をまかれた時のもの。近所の迷惑おばさんは有名で、誰かもわかっていて、人の敷地だろうが何だろうが勝手に入ってまいていく問題児だ。行為の本質も含めて、このような人に迷惑をかけても平気な人種が少なくない。

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2008年09月06日

いまいち不調

ちょっと涼しかったり、蒸し暑くて汗でベトついたりと、季節的にさわやかに感じるのはもうちょっと先といった季節の変わり目。いつもより肩の凝り方が激しかったり、頭痛が長く続いたり、風邪っぽい気分だったりと、まったくもって不健康な体になっている。なので週末は少しでも休みたいと思っているのだった。

これまで必ず一緒に言ってきたしつけ教室を、私は最近ずっと休んでいる。といっても私は写真を取ったり横に座っているだけで何もしないので、運転係のようなものなのだが、由の都内運転トレーニングの意味も込めてといったら偉そうだが、ここ数カ月は由一人で大田区のしつけ教室や河川敷のトレーニング場にくーと2人だけででかけている。

私がちょっと疲れ気味なのもあるので、丁度よい骨休めなのだが、私の性格上心配で気になるのは変わらない。駐車場に由にとっては大きいエスクードを停めるのも心配なので、到着時、教室を終えて現地を出る時に必ず一言でいいからメールしてくれと頼んでいる。そして車庫入れの為に、我が家のエントランス前に着いたら、電話で私を呼び出すというのが毎回のパターンとなっている。

休日に散歩に一緒にいくと、その前後は殆ど動けなくなる。体力はますます落ちてしまっているようだ。

メタボ検診の意味が感じられないしきい値はギリギリでパスしたが、決して健康ではない私を健康と判断する検診に疑問を感じてしまう季節の変わり目なのだった。

写真はそれとはまったく無関係だが、少し前に全国のローソンで発売されていた、麺通団監修のめんたまぶっかけうどん。当然わざわざローソンは近くにないのに手に入れて食べた。ちょっと麺が細すぎのような気がしたが…

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2008年08月24日

雨の週末

天気予報は土日とも雨。それもずっと降り続くという。まあでもアジの場合はこれまでも雨だろうが何だろうが開催していた事もあって、あまり気は進まないが、行くつもりだった。

しかし今回お誘い頂いたコーチから、キャンセルの相談を前日に頂いた。正直な所、雨でもとりあえず水上までは行くつもりだったのだが、やはりキャンプで犬も濡れ、タープやカッパなども濡れまくっている状態では、キャンプというよりは耐えるものという感じが強く、折角暑い最中に涼しい高原地帯に行くのであれば、天気はよい方がよい。私達も二つ返事でキャンセルをお願いした。

色々水上周辺の情報を収集し、川や湖で遊び、温泉を楽しむ予定だった。そして日曜も1泊追加し、我が家だけゆっくりと1日遊んで帰って来ようと宿までブッキングしたのだが、全て諦める事になってしまった。この天気ではどうしようもない。楽しくなければ行く価値もない訳で。

この夏は何だか妙に短く感じる。既に8月も終わり。クソ暑い日々はあるにはあったがそんなに長く続かなかったように思うのは気のせいだろうか。

来週からは9月。残暑は残るだろうが、すでに今年は秋の気配が感じられる異様に涼しい日が数日あるなど、クールビズでネクタイなしジャケットなしの通勤スタイルでは肌寒さを感じるほどだ。

くーにとっては辛い暑さが少ないのはよい事なのだが、農作物や木々などは、やはり暑い日は必要である。セミの鳴き声も妙に少なく感じられる2008年の夏だ。

写真は夏の終わりの霧多布湿原木道で。北海道の夏独特の涼しい夕方、夕陽が美しい。

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2008年08月09日

Happy Birthday

朝から暑い。毎年こんな暑かったかと思う朝。

昨日の夜は北京オリンピックの開会式を最後まで見ていたので、日付のかわる頃に由に「誕生日おめでとう」と伝えた。

由は見た目はそれこそ出会った頃と変わっていないように感じる。白髪は昔から多かったので、それが増えたのは私も同じ事。最近は若くして白髪が目立っている人が多いのは、食生活の影響か遺伝の影響なのかわからないが、防ぎようがない。体系は私も含めて、少々太くなってしまったが…

真夏は行動範囲が狭くなる。私も由も暑さに弱い。毎年夏に北海道を旅してきたのもその理由の一つなのかもしれないが、くーが我が家に来てからはそれは顕著になった。

8月は休憩シーズン。でも今年は由は秋のK9地区大会に向けて、エアコンの効いた教室で練習に精を出している。何とか車庫入れ以外ではそれなりに慣れてきた由なので、最近は私がバテ気味の日はひとりで教室に行って貰っているので、今日も午後から由とくーだけおでかけだ。

昨日の夜から始まった由の誕生日サービス期間。明日の夜まで私が食事を作る予定だ。

写真は7年前の冬、オリンピックが開催されている北京は天檀公園にて。

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2008年08月08日

しばらく隔離室ウィーク

仕事上で機械の入れ換えシーズンに突入。色々課題はあるが、しばらく週の半分近くはセンタに通う事になる。通勤距離は増えるのだが、時間的には普段の職場と大してかわらない所が微妙だ。

周辺のまともに食事ができる所がないので、朝はちょっと遠回りしてコンビニでおにぎりを買い、歩きながら食べる。

お昼はちょっと高級なファミレスと、ハンバーガー屋、カレー屋、牛丼屋があるのだが、どれもそれなりに歩く。不便な場所だ。

また椅子がないのでずっと立ちっぱなしというのも辛い。足がだるくなる。いつもよりちょっとだけ早く帰れるのがメリットで、あとはエアコンがガンガンに効いている中にいるので喉も痛めるし、あまりいい事はない。

9月にかけてちょくちょく作業があるのだが、仕方がない。暑すぎないように願うだけだった。

写真はある日の帰り道の夕焼け。この位になってくるとちょっと暑さも和らぐ。

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2008年08月05日

風邪は治らねど世界は変わる

今日はすっかりしてやられた、という感じだ。Google ストリートビュー。まいった、という感じ。

なんと我が家の玄関や駐車場、友人のラーメン屋なんかも見る事ができる。それもここまで高画質で…

特殊なプラネタリウムの機械のようなカメラを、Googleのステッカーが貼られたプリウスに装着し、片っ端から行き止まりの道まで含めて走りまわっているという。目撃した人も結構いるようだが、それにしてもスケールがでかすぎる。

既に風邪の気分が10日も続いている上、仕事もちょっと密度が濃く、往復の通勤も夏休みの人混みの為ストレスが極端に増加しているのだが、これをみてしまってすっかりハマってしまった。

私が旅した懐かしい道や風景が、自由な角度でその場に立っているような視点で見れる日が来るのもそう遠くないようだ。

いつかリアルタイムで見れる日も来てしまうのだろう。攻殻機動隊で描かれたネットの世界もそう遠くないのかもしれない…

たとえば、今はまず行く事はなかったが、毎夏必ずここから北の大地に旅が始まり、終わった、私の心を揺るがす東京湾フェリーターミナルをストリートビューで見る図。なんでもないシーンなのだが、これを予兆なく突然見せられると、私はドキっとするのだ。

写真はいずれストリートビューで記録される日が楽しみなこれも思い出の道。

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2008年07月16日

またひとつ歳を…

という訳で、また今年も誕生日がやってきた。

何歳になったのか?もうどうでもよくなってきた。人生半分を越えた頃なのは確かなのだから。

最近ちょっと喘息の調子もよくない。季節の変わり目だからだろうか。今月下旬にある人間ドックのメタボ検診でひっかかるだろうか。結局ビリーもできていない。今の状態でビリーなんかやったら、熱を出してしまうだろうから。

愚痴ばかりの誕生日になってしまった。それではあまりなので、今晩はくーとちょっと長く遊んでやろうと思う。

写真は10代の終わりの私。北海道のソロの旅のショット。歳をとったものだ。

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2008年07月13日

お盆の集まり

結局今週末は休みなし。お昼前にバスで実家へ。くーはお留守番だ。

行く途中に久しぶりに麺通団で由と一緒に昼食を取った。私はひやかけと天ぷら、由は冷しの醤油と天ぷらとおでん。母親用に半熟玉子天とナス天、いわし天を買っていってやる。なんて親孝行なのだろうか。しかし母親は感謝する言葉ひとつきっとないだろう。

麺通団は混んでいた。繁盛しているのはよいことだ。川崎の綾や、十条のすみたはまだ行ったことがないので、ナンバーワンを保持している。ああ、香川のうどん屋に行きたいものだ。家にはがもううどんの生うどんが冷凍されて沢山ストックされているのだが…

実家で仏壇に線香をあげて、上のフロアの本家へ。数日前に叔父の葬儀で会った親戚が集まっていた。子供も大勢いるが、皆DSやら何やら今風の遊びをしている。

挨拶と少しばかり会話をし、そうそうに引き上げた。私は早く寝たいのだ。バスで家に辿り着くと、16時をまわっていた。もう1日が終わってしまった。慌ただしい1日だった。

最近、毎週くーとどこかにでかけていたので、たまには仕方がないといいつつも、明日からも仕事がギッチリなので、どこかで1日休みたいと思うのだった。明日はきっと朝から休日の作業の関係で強烈にまる1日忙しい事だろう。そしてしばらくそのフォローが続く。稟議作成なども意味不明の妨害のようなあら探しで時間がかかっており、こちらも落ち着かない。この山を早く越えたい。

写真はこれも親戚は載せられないので、我が家の箱入り娘ならぬ、箱乗り娘。箱の中身は現在準備中。時間がなくてOSのセットアップで停まっている。

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2008年07月12日

お仕事で休日出勤

久しぶりに休日出勤。誰もいないオフィスに私と後輩の2人だけ。昨日の金曜の午後に、横浜のコンピュータセンタに行って、パッチ3本を適用してきた。その関係で、新しいバージョンが今日からネットワーク経由で配信される。

配信の影響を受ける確立が高い為、メンテナンス作業を行う日にあわせて、私も出社して作業をする事になったので、道連れ出勤という訳だ。

朝からいつも通りの時間に出社し、ギッチリと仕事。ほぼ予定通りすすみ、15時に会社から出た。すると大田区付近に真っ黒な雨雲がかぶさり、稲妻が走っていた。私は大井町経由で北千束駅へ電車で向かうが、途中大井町駅のホームではホームの全てがびしょ濡れ。雨は真横に強く降り、雷鳴が響いていた。

北千束駅を降りるとすっかり青空で暑い。テクテクと歩いてしつけ教室へ。駐車場には我が家のエスクードが停まっている。終了時間がわからなかったが、およそ40分ほど道端で待っていると、由とダイゴ兄ちゃんのママが出てきてご挨拶。今日は飲み会のようなのだが、我が家はこれから実家に行き、お盆の準備。明日はお盆でお坊さんがやってくる。

先週から疲れが取れない。ゆっくり休みたい。

写真はお台場地区にある、船の科学館に併設されている、懐かしの青函連絡船、羊蹄丸。色がちょっと妙だが、懐かしい船体がいつでも見られるのは嬉しい。

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2008年07月08日

告別式

叔父が7/3の朝に亡くなり、その通夜が7日、告別式が今日行われた。叔父は私の父の兄であり、我が家の本家を継いでいる事から、親類縁者がお寺に集まった。

また母親は体調を崩し、普段は親類縁者が集まったり、ましてや叔父の葬儀には絶対に参加するはずなのだが、あっさりと家で寝ていると言う。またも自己中な態度だ。熱があるといっても36.7度。あきらかに平熱であり、担当医も異常なしと言う。まあ体調が悪いならと寝ているしかないのだが、訳のわからない薬をやたらめったら飲むのが手に負えない。

母親はほっておいて、叔父の葬儀で仙台から帰ってきてからは大忙しだった。明日からは仕事がたまっている会社へ。ちょっと憂鬱だ。

写真は告別式の時は留守番してもらっていたくー。既に早朝か夕方しか散歩に出られない程の暑さになってしまった。長い夏が始まる。

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2008年06月27日

仕事はトラブルまみれ

25、27日と仕事の為にコンピュータセンタへ。朝から行き違いやら仕様変更による弊害で調整の為、40本以上も電話で調整する始末となってしまった。

普段から電話が嫌いな私だが、仕事上では私が調整しなければ誰もできない内容なので、仕方がない。結局解決には至らなかったが、代替案をそれぞれ出して、その日の問題を解決するしかなかった。

このトラブル解決能力が経験であり、エンジニアのチーフ役としての役割でもある。単に言われた事だけをやっていればよいものではない歳になってしまったという事か。

それにしても今回はまいった。規格にあわないサーバーラックというのはどういう事か。問題はそれを設置した部の担当が先を読めない連中だという事だけでは済まない。頭がまわらないというか、気が利かない連中が多すぎる。そのしわ寄せは後になってやってくるという事だ。

ただ、ある意味考えうる状況を加味してハードは作るものだと思う。それができていないのは某メーカーのサーバの固定レールだ。ちょっと構造を考えればクリアできる問題なのだが、それができない。品質サポート元と話をしても、改善する必要すら感じていない。ちょっと長さを調整できる幅を広げるだけで解決できるのに、それを聞かない。情けない連中だ。

現場の声は、組織が大きくなるほど届かなくなり、提供元や上は現場の声にまったく耳を貸さない。情けない。

写真はそのコンピュータセンタに向かう途中に乗る電車のコックピット。

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2008年06月07日

財布のゆくえ

赤城の某犬牧場からの帰りの出来事。

通勤割引にぎりぎり間に合い、駒寄PAで人やくーのトイレ休憩をした際、事件は起こった。

その後由がメインで運転をし、スムーズに練馬ICをアウト。往路で入れた自宅近くの安いガソリンスタンドで給油したあと運転を私に交替し、自宅のガレージ入れた。

荷物を引き上げようとした所、財布がない。

まさか、と思ってとにかくできる限りの所を探したのだが、どうにもみつからない。センターコンソールのシフトレバー周辺い落ちているのだろうと思っていたが、シート下にもない。

血の気がさがっていくのがわかる。とりあえず自宅に戻り、バッグの中も何度も探すがない。また車まで行き、探してみてもない。明らかに落としたようだ。

ガソリンスタンドでは別の車専用のカードが入っている財布を使ったので、そのスタンドの領収書を見て電話をしてみるが、ない。

という事は夕食を前橋のびっくりドンキーで食べ、精算してその財布をコンソールに置いたまでは憶えているので、明らかに駒寄PAで落としたとしか思えないという所まで記憶を遡ったのだった。

とりあえず由にカード会社に電話をして貰って、カードを停止。本人からでなければだめだという事で途中で電話を変わったが、まだ動揺している。次にNEXCO東日本に電話をし、駒寄PAで財布を落とした事を話をし、みつかったら電話をするが、みつからなかったら電話はしないという返事を貰って、電話は切れた。

あとは途方に暮れるしかない。呆然とした状態で他に財布に何か入っていなかったかを考えたのだが、思い出せない。

しばらくして、といっても23時すぎ頃、電話が鳴った。由が取ってハイハイ、と受け答えをして、まさか見つかったのかと淡い期待を抱く。電話を変わると、花園ICに詰めている高速警察隊の方からだった。駒寄PAで財布を拾い、花園ICで下りた方が届けてくれたとの事。急死に一生という連絡だった。

その後の話を色々したのだが、明日以降花園や寄居警察までいく事はちょっと厳しい。なので、これから取りにいく事を決めた。話をしていくうちに、所沢ICまで巡回するらしいので、持っていけるという喜ばしいお話を頂き、とりあえず待ち合わせ時間が0時半となっていたが、いてもたってもいられず、由には風呂に入って寝ていて貰うように言い、でかけた。

深夜の国道をひた走る。高速を一区間乗ろうと思ったが、待ち合わせの時間もあるので損だという気持ちから、往復を下道で行く事にした。

所沢ICに到着すると、オフィスには数人の人が詰められていた。しかしまだ時間も30分以上前なので、うろうろしていると、裏に水色のパトロールの格好をした方が談笑されていたので、話をしてみると、その人が到着したら声をかけるから、寒いので車で待っていなさいと言われる。

といってもじっとしていられずに、外で待ったりしていたが、待ち合わせ時間をちょっと回って交通警察隊の方が到着。食堂のような所でサインをし、拾得された方にお礼を言いたいというと、後日連絡先がわかったら伝えると言われ、お礼を言って帰路へついた。

財布は現金が3000円弱しか入っていなかったが、免許証や身分証明書など色々再発行には面倒なものが沢山入っていた。クレジットカードは3枚あったが、1枚は機能が死んでいるゆうちょのATMカードにセゾンカードが付いたもの。継続もしなかったので今は使えない。他の2枚は既に先程機能を停止し、再発行を依頼している。

だがやはりなくなるとダメージは大きい。本当に届けてくださった方には感謝の意を表し方がわからないほど、感謝している。

先週末に、高速警察隊の方から電話を頂いた。私の財布を届けて下さった方の住所と電話番号と氏名を教えて下さったのだった。今週、あらためてお礼をしようと思っている。

自己中な人間が増えている日本でも、まだまだ捨てたものではないと心から思える出来事であった。

本当にありがとうございました。

1週間たった今、カードで支払いを行っていた所の切り換え手続も全て終了。ようやく本当に元に戻った所でもあるが、財布の持ち方が確かに最近、いい加減だったかもしれないと改めて反省をしつつ、繰り返さないように気をつけようと思うのだった。

写真は夜中の1時すぎ、所沢ICの管理棟脇で、疲労と睡魔の中、高速警察隊の方を待つ時の風景。

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2008年05月31日

医大で検査と鯛の日

朝から今日は定期通院。今日は1年以上ぶりに、肺機能検査と血液検査を行い、診察となった。
まずは最初に血液検査。以前は検査項目が書かれた用紙が必要だったが、今は診察カードを出すだけ。採血室の順番もすぐ回ってきた。以前は試験管のような採血管5~6本を採られたのだが、今回は2本だけで済んだ。

その後9:30からの呼吸機能検査までに内科の喘息外来で診察を受ける。検査結果がすぐに出るというので、呼吸機能の検査が終わってからまた診察室に戻ってくるようにと言われ、検査室へ。8時半にもなっていないので誰もいない検査室だったが、受付してくれた若い検査医の方がすぐに機械を立ち上げて検査を前倒しでしてくれたので、なんと9時前には検査も終了。その後診察室に戻ってあらためて検査結果を聞いた。

呼吸機能は2005年に行った検査からするとよくなっているという。但し、しっかり「閉塞」という結果が出ていた。いわゆる喘息の典型的なカーブを示している。子供の頃からの疾患なので、まあ一生治る事はないだろうという診断だった。血液検査のデータもほぼ標準値内で特筆すべき事はないとの事。

7月前後にメタボ検診も始まる会社の人間ドックもあるので、それまで少し整えていかないとと思うのだった。

会計を済ませ目の前にある調剤薬局で少し待たされたが、10時ちょっと前に小田急ハルクに到着。昼食と夕食の食材でも買っていくつもりなので、10分ほど開店まで待つ。

地下1階で色々見回す。体の為には肉よりも魚。由も魚が大好きなのだが、私は結構苦手な部類に入る。由が喜ぶので魚を中心にチェック。すると、対面販売のコーナーで、小ぶりな鯛が4匹で680円で出ていた。ワタ抜きだけしてもらい、買って帰る。

夜は1匹を鯛めしにし、2匹を塩焼き、残り1匹を煮物にして豪華な夕食になった。

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2008年05月17日

マッサージセミナの間買い物へ

由が色々幅広く勉強する気になっている。ただ犬を飼い可愛がるだけではなく、犬の事や犬にプラスになる事を勉強していくと、興味が出てくる分野が増えてくるようだ。

実際犬の行動や意識は謎が多い。しつけひとつにとっても、昔のように力でねじ伏せ服従第一と言われていたものから、褒めて楽しくプラス方向のしつけが主流になってきている。それはそうだ、奴隷ではないし、犬だって飼い主が怖い存在だけでなく、楽しさをくれる存在であれば、いく事だってきく。

ドッグダンスも私は否定派だったが、あるビデオを観て衝撃を受けた。こんな楽しそうにしている犬はなかなか見たことがないと思える、世界でも有名なハンドラーのデモンストレーション。どうやって犬にそれを伝えるのかという事を考えただけで、その奥深さがわかるだけでなく、何よりも嫌々やっていたり、命令でやっているだけではないその態度や表情の素晴らしさが、私のドッグダンスの存在をそれこそ180度変えてしまった。

そんな中で、またひとつ。これも骨折がきっかけだったが、興奮しやすいくーの性格には効果があると言われるTタッチの分野に興味を持って取り組んでいる。

今日はそのドッグマッサージの教室へ。会場に入る人数が決められているので、私は車の中で待機。場所は最近多い多摩エリアだ。

甲州街道が強烈に渋滞していた関係で、逃げ道にも抜けられず、普段より+1時間多くかかって到着。1時間前だったので、近くの公園でくーを散歩させてからあらためてクラブハウスとやらに入った。ほかに2名の生徒がセミナーを受けるようだったののだが、由を見送ったあと私は近くにWILD-1をみつけて早速テクテクとサイフだけ持ってでかけた。

WILD-1ではコロンビアの靴が安かったのでチェックしたが、残念ながらサイズがなかった。外にコールマンの2008年版カタログを貰ったが、スノピはメンバーでないとくれないようなので断念。久しぶりに品数豊富なキャンプ用品屋だったので、ぶらぶらと眺めたあと、何も買わずに外に出た。

コンビニで飲み物でも買おうと思って、ずっと先にモスバーガーの看板があった事から、そちらの方にないかとまたテクテク歩く。しかし何もなかった。そのあと南大沢のアウトレットがすぐ近くなのではと気がつき、結局南大沢駅前まで歩き、それほど混雑しているようでもない三井アウトレットパーク南大沢へ。

先日アジ練で走った時、ネットで買った為に足にあわず、爪先が痛くてたまらなかったノースフェースの靴を処分した事もあり、スパイクとトレッキングシューズを見てまわる。

モンベルではアゾロとガルモントのよさそうなのがあったが、1万円OVERなので諦めた。コロンビアのショップがあったので、一番安い5千円台のを履いてみるが、土踏まずが痛い。なかなかあう靴がないもので、結局諦めてしまった。

しかしスパイクはナイキとアディダスを何度も往復し、結局ブロックが細かいのはサイズがまったくなかったのだが、サッカー用でブロックが大きいタイプの、ロナウジーニョモデルを購入。アディダスの方が品はあったのだが、何にしても甲の部分が痛くて我慢ならない。そんなに私の足は甲高幅広だったのかとあらためて思ってしまった。

アウトレットをうろついている間に土砂降りになったが、あと1時間ほどでセミナーが終わる頃になって、小雨になったのでまた歩いても戻った。

私が車に戻ってしばらくすると、由とくーがクラブハウスから出てきた。楽しそうに設置されているアジ機材でひとっ走りしたあと、ちょっとだけ店で買い物をして帰路へ。帰りは殆ど渋滞はなかった。

今回は私が見る事ができなかったが、楽しそうにその内容を話す由から、得るものは少なくなかったようだった。くーはすっかり帰りはクレートの中で寝ていたのだった。

写真は今回購入したサッカー用スパイク。ナイキ ティエンポ ロナウジーニョHGの旧モデルだと思われる。これが使われる日が来るのか?

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2008年05月14日

由とくーはおでかけ

地元の犬友達の人数あわせで、由は今日明日、那須のペンションにくーと共に旅行。私は明日の夕方まで一人暮らしという事になった。

しかし生憎台風が小笠原周辺を通過している関係で、天気はイマイチのようだ。可哀相だが、明日は少し持ち直す事を祈って、今日は温泉とおいしい料理を食べて、犬仲間&女性同士で盛り上がってくればよいだろう。

私は自分一人だと簡単な食事で済ますので、昨日届いたうどんを茹で、1玉分はかま玉、1玉分はだしで頂いた。うまいうどんを食べると嬉しくなる。

写真は茹であげ、水でしめた美しく光るうどん。このコシがたまらない。またたっぷりと生うどんが届き、冷凍庫の1/4を締めているのをみては、ニヤけるのだった。

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2008年05月11日

実家参り

相変わらず毎日これでもかと痛い所や調子の悪い所が変わる母親には悩まされ続けている。

最近私自身の調子もよくない日が多かったので、それを理由にほっておいたのだが、この日に何かしないと後々まで根に持たれるので、雨の中、昨日の土曜に仕方なくちょっとだけ顔を出しに行った。

デパ地下で寿司を買い実家に行くと、母親は上機嫌だった。先日壊れたという洗濯機を、機種選定まで兄がしたあと、私がネットで安い店をみつけて発注したのだった。オーバークオリティな機種は、兄の努力で設置されていた。

最近兄がやっと母親孝行に対して意識が芽生えてきたのか、まめに顔を出しているらしい。こうなるまでが長かった。それこそ私が物心ついて、自分の事は自分でやり始めた小学校高学年の頃からだから30年位になるだろうか。兄は一切家の事はせず、母親の面倒といえば私がやってきたのだから、あと10年くらいはやってほしいという気持ちから、あらためて兄に伝えてからやっと意識が変わってきた感じだ。

正直変わるとは思わなかっただけに、ちょっとほっとしている。兄弟でも私はずっと何かしらの病気があるが、兄は怪我くらいで健康そのものだからというのもある。まあ、兄もそれなりの年齢なので、これからどうなるのかわからないが、そんな事は自分の方が心配なのだから。

そして今日の日曜は、内職をしようと思っていたが、寝室の壁紙リフォームが本格化してきたので、朝から夕方までずっとそれに費やされてしまった。そのがんばりもあって、半分以上が終わった。由が自分でできないかと糊付のクロスをネットで購入し、地道に古い壁紙を剥がし、補修をしていたのだった。

途中犬を飼っているマンションの知り合いが、諸事情により数年間賃貸に出す事から、ネット整備の件で相談でやってきた間だけ中断したのだが、その間くーはひたすらその人の膝の上から離れなかった。

ずっと雨が降っていた週末。何だかんだいって妙に忙しかった。

写真はこの日お留守番のくー。まあ、今日は我慢しておくれ。

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2008年04月25日

ゴールデンウィーク?

巷はゴールデンウィークとやららしいが、今年は間が開きすぎてしまい、連休な気分がまったくない。10年前くらいはこの時期になると、飛行機の発売日の朝に支店に並んで、お約束とも言える東京-石垣航路をリザーブした。バイクの場合なら、四国か九州という、この時期は南の方に向かう事が多いシーズンだ。

くーがやってきてからは、混雑しているこの時期は遠出をしない。しても益子の陶器市に行く位だ。今年も前半は日帰りで、喘息の検査、キャンパーのデイキャンプ、くーのK9教室という感じであっという間に過ぎていった。

明日は1日休んで一足先に後半突入。宿が確保できなかったせいなのだが、明日2日は益子の陶器市へ。明後日3日は笠間の陶器市を回る予定である。間1泊は水戸の素泊まりの宿へ泊まる。この連休期間で唯一旅っぽい予定でもある。

毎年のように陶器市へ行く。由が焼き物が好きなのもあるが、私も磁器より陶器の方が味があって好きだ。ただ洗ったり乾かしたりするのがちょっと大変なのだが…。

後半はきっと混雑するだろう。比較的常磐道ルートはマシだとは思うのだが、これが終われば夏前まではドッグスポーツイベントが色々控えている。

そんな中、腐れ政治家がまた用途不明な増税を行った。腹立たしいというかもう呆れて言葉にする事すら怒りがこみ上げてくる。ガソリンを自分で入れる事すらしないような連中が、介護の実情をまったく知らない連中が決めている国会というものが、どれだけ愚かなものか、私のようにどこに怒りをぶつけていいのかわからない庶民は相当数いるのではないか。

脱税、横領、箱もの行政、再三を無視した計画。数えきれないほどの政治や行政が絡んだ無駄使いや犯罪は、なぜこれほどまで軽視されているのだろうか。これらを全て解決すれば、増税なんかしなくても賄える部分だって多い。破産しても犯罪を冒しても、責任を問われない金の使い方をし放題の政治家たち。どうなっているんだ、この国は。政治犯がのうのうとまた政治家をやっている国。情けなくて言葉にもならない。

写真は湾岸署の前でのくー。安全神話が崩壊した日本。しっかりがんばって欲しいものだ。

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2008年03月10日

タイトな週末

この週末、いろいろ予定があった。

その中でも一番のイベントだったのは、くーの骨折治療状況の確認。前回の骨折の時は、期待していた為か毎週のようにレントゲンを撮り、その治癒の進み具合に相当やきもきした。期待するほど回復が目に見えなかったからだ。その為、今回も骨折から2カ月弱という状況もあって、期待するのが怖かった。

ただ今回違う所は、できる事は全てやろうという気持ちと、前回のように腰をおちつけて骨の育成を待つ気持ちがあった事だ。ホメオパシーによる治癒促進もあらたな取り組み。散歩もある程度納得できるまでは無理をさせないという事で、由に頑張って貰った。また、友人にも色々アドバイスを貰ったり、2度目ともなれば随分治療計画を組み立てていけるものだなと感じる程だった。

土曜の朝、整形の動物病院へ。2番目だったがすぐに診察が回ってきて、くーの状態をみた先生はレントゲンの指示を出し、くーは連れていかれてしまった。前回よりも空いていたせいか、すぐにくーは出てきた。きっとストレスを感じているのだろうが、ちょっとの辛抱をしてもらう。程なくして診察室に呼ばれ、骨の状態を確認。今回は割れ方が前回と微妙に違うせいか、嬉しい事にいい感じであった。

ただ安心は禁物。前回もこの位の状態から再骨折を招いてしまったので、あと1カ月はしっかりと治さなければ。先生は次回の来院を1カ月後と言った。

飼い主は正直な所、ほっと胸をなで降ろし、次の用事であるエスクードの6カ月点検へ。開店の40分前に到着してしまったので、車を置いてキーを預け、3人で近所を散歩。ちょっと大きめの公園まで歩き、手前にあったコンビニでお茶とパンを買い、公園の中で遅い朝食。コーギー飼いの地元の人と話しをしたりしつつ、穏やかな日差しの中、公園のベンチでしばし休憩。

時間が来たのでディーラーへ戻り、オイル交換と点検を済ませたエスクードを引取り、時間もまだある事から本当はエントリーする予定だった江東区夢の島公園へ、由がディスク競技に出ている友人に渡すものがあるというので遠い寄り道。

公園手前で大渋滞に巻き込まれながら、結局半日タープの中で過ごしてしまった。くーがディスク競技を目の前にして出られないのがストレスになるだろうと気に案じていた私だが、見た目はそれは大丈夫そうだった。知り合いが沢山いるので、挨拶ばかりしていた。

帰り際に夕食を一緒に食べ、色々お話をしてから帰宅。あと1か月はしっかりと治さないと。早く遊びたいだろうが、心を鬼にしてもうしばらく治療に専念しようと由と話しをしたのだった。

写真は骨折2ヶ月弱の骨の状態。見た目は結構くっついているように見えるが、角度によってはと考えると、まだまだ安心できない。

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2008年02月27日

アキバUDX

ちょっと気になるテーマがあった某セキュリティベンダーセミナーに昨日の午後から参加。

久しぶりにアキバにやってきたのだが、随分変わったものだと感じた。なんせ、ヨドバシの場所をまったく勘違いしていた私なので、それだけ来ていなかったという事の証明になる。実際に山手線のホームから駅の改札を出るまでだけでも、結構驚きを感じていたのだから。

秋葉原UDXはオフィスビル。ここを使ってのイベントだが、このベンダーでは初めて使うのではないだろうか。ただ、セミナーの開催場所の並びには、アニメの情報発信がされている部屋があり、そこには観光客らしき人が数名。今では世界に名だたる「ヲタ」文化の発信地でもある訳で、それはある意味近代日本の文化とも言えるかもしれない。

終わったあとはこれまた久しぶりに山手線をぐるっと周回して帰宅。由が犬の食事セミナーにでかけていたので、くーはお留守番中。ちょっとここ数日風邪っぽい気分なので、くーを抱えてベッドで仮眠をしていたら、由が帰ってきた。

くーがやってきてから色々勉強をしている由だが、犬友の影響も大きい。色々な分野で犬との生活や必要とされるものについての新しい解釈が日々生まれているのも事実。古い考えに凝り固まっている事も悪くはないとは思うが、正直発展途上の分野であるとも感じる。

ただいきすぎと感じるものも目立ってきているのだが…

写真は本当に久しぶりにやってきた秋葉原に不似合いなビル、UDX。

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2008年02月24日

ホームセンターでお買い物

ホームセンターは結構大きなものが乗るカートがおいてある。コンパネや長いものなどをレジまで運ばなければならないし、カートン売りしている2Lもののペットボトルなんかは、普通のサイズでは足らない。

そんな事もあるのか、犬連れ客が犬を載せて、一緒に買い物ができるようにと、ペット用のカートが用意してある店が増えてきた。まあ、ペット用品の販売スペースも大きいので、ペット連れ客を見込んでいるのかもしれないが、嬉しい事だったりもする。実際は小型犬以上は無理なのだが…

ただ、生体を売っているホームセンターは正直苦手だ。それでなくても生体販売をしているペットショップですら、入る事だけで嫌な気分になる。どちらにしても、ランランと明るい蛍光灯で照らされた狭いガラスの棚に入れられ、ほとんど外に出して貰えず数週間売れるまでそこで生活させられている動物を見ると、これが虐待でなく何というのかと思えてしまう。

それに商品として売れやすい生後1ヶ月位の小犬や子猫が平然と売られている。本来なら、2ヶ月は親元で兄弟たちと最初の社会勉強や親子を感じられる時間を経験しなければならないはずが、すぐに引き離され人が覗き込む無機質な明るすぎる部屋に隔離されるように閉じ込められている。恐ろしい事だと思える人の方が多いのではないだろうか。

保護された犬や、捨てられてしまった犬たちなんかに比べたらはるかにマシなのかもしれないが、人が商売としているという視点から、みていられないという気分になってしまう。犬と人との出会いやきっかけには、色々なシュチュエイションがあるので当然一言では言えないが、少なくともホームセンターで彼らや彼女たちとは会いたくない。

写真はペットカートに乗って、左手に無理がかからないように気をつけながら、買い物に付き合うくー。

おまえは幸せな犬だよな。怪我をしてしまっても、幸せな方だと思う。そして飼い主としては、責任を持ってもっと幸せをやりたいと思うのだった。

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2008年02月23日

まるで中国かベトナムか?

ホームセンターにでかけると、大物で欲しいものがみつかったりする。自宅から一番近く、比較的よくでかける中野の島忠なんかも、都心で中野駅からほど近いのに、しっかりした規模の駐車スペースがあるのは、販売しているものは車に積んで帰る人がほとんどだからであり、またそういう用途の客を見込んでいるからだろう。

他にもドイトやカインズホームなんかも、よく立ち寄る。1台あたりの駐車スペースも、積み込み易いように広く作られているのが原則なようで、とても使いやすいのが嬉しい。都心にほど近い駐車場のあるファミレスやコンビニは、線がきっちりと停めないと左右どちらかのドアがあかないような幅で作られていたりして、たまったものではない。

しかし強者はいるようで、写真のような姿の原チャをみかけた。

この状態でじわじわと信号で駐車中の車の路肩をすり抜けをしようとし、身動きとれなくなっていた。いきなり左からこんなのが入り込み、挙げ句にハマられたら迷惑である。それだけでなく、信号待ちの一番前に出られて、流れを停められても迷惑だ。

第三者に迷惑をかけて平気な人間は、毎日必ず何人かはみかけてしまう世の中だったりする。

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2008年02月07日

雪の東京

東京に雪が積もった。毎年1度か2度あるようだが、今年もうっすらとだが積もった。

去年はもっと沢山降って、公園を家族で散歩したのだが、今年はくーの骨折でそれもできなくて残念だ。それにここ数年毎年2月から3月にかけて、北海道に行ってきたのだが、それも今年はなし。スノーシューの出番もなさそうだ。

それでもくーは雪が大好き。由が抱いて雪とご対面。残念だが雪の中を駆け回る事はできない。

丁度DISCASでCDを借りていた所なので、ナビのミュージックキャッチャーで録音がてら、スタッドレスを履いたエスクードで周辺をぐるっと廻ってみた。雪自体は積もったとはいえ、水分が多くベシャベシャなので、スタッドレスの効果は感じられなかった。

チェーンを巻いている車もいる位だが、実際はどうなのだろうか。不要だと思うのだが。そういえば、翌日始発のバスに乗ると、リアにチェーンを巻いて大変な振動と騒音だった。夜明けの時間だったので凍結を気にしてなのだろうが、まず大丈夫だろう。リスクマネジメントという所なのだろうが、鉄チェーンをする方が滑るのではないかと思うのだった。

今年はまだ数日雪が降るようだが、外に出ずじっとしていよう。くーが興奮しないように。

写真は先日一番積もった日のくー。

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2008年01月01日

I Wish You A New Year!!

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2007年12月31日

大晦日

今日は12月31日の大晦日。2007年最後の日だ。

昨日の疲れが残り、肩こりで少し頭痛。由とくーは横ですやすやと寝ているが、のそのそと起き出して部屋を暖める。コーヒーを飲んでぼーっとしていると10時近くなって由とくーが降りてきた。

由は朝から大量の洗濯。少しづつ私は昨日の片づけをするが、効率は当然悪く、あまり動きたくないので最低限だ。ビデオの充電や写真の整理を少し。

由はお昼からおせち料理を買いにお出かけ。私はくーと転がって過ごす。まだ頭痛が少し残っているので、横になりながらあまり何も考えず、映画を1本だけ見る。

夕食は安比のペンションのオーナーから頂いたおそばで、年越しそばを作った。くーにもちょっとだけおすそ分け。

テレビもつまらないので、今頃になって年賀状を作成しはじめた。当然途中で力つきて、今年も年を越えてしまうのが決定。いつも頂いている皆さんには申し訳ないと思いつつも、無理せず除夜の鐘を聞きながら就寝。2007年も過ぎてしまえばあっという間に過ぎていってしまった。


さて、来年2008年からは、このブログのペースを少し落とそうと思っている。毎日の更新とはいえ、数日まとめ書きしておいて連続UPする事もあったのだが、それではあまり意味がない訳で。

Googleにも多く検索キャッシュが残ってしまっているが、一度仕切り直しといきたいと思っている。

訪れて頂いていた皆さんには申し訳ないとは思いつつも、週1更新程度でやっていくつもりだ。ただ、面白い話がかけるかどうかは別なのだが…

写真は夕日に暮れる空に沈むエスクード。くきざきでのもの。

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2007年12月29日

やっと冬休み

今年も長いようであっという間に過ぎると思われる冬休みに入った。

しかし朝から頭痛。先日から1年ちょっとぶりに例の群発頭痛が再発。予防薬を飲んではいるが、それでもおきる時はおきてしまうのが辛い。

そんな状況だからとはいえ、年末なのでやる事は多く、とりあえず先日の夢の島のディスク競技の写真を整理して配布。すぐにやらないとのびのびになってしまう。

それと、実家の分の年賀状作成を行う。簡単なデザインとはいえ、ミスのないように作らなければならない。これまでは業者に頼んでいたのだが、少しは手伝ってやろうという事で、今回は私の方で受けたのだが、仕事が忙しいという理由で、宛先リストがまだ届いていない。会社としては失格だろうに。

夏休みの初日は頭痛とヤボ用で過ぎていく。明日は早起きしないとならない上に、風邪もまだ完全に治っていないので、おとなしく過ごす日となった。

写真は退屈なせいか、クッションに戦いを挑む、くー。

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2007年12月28日

一陽来復

この時期、我が家からほど近い穴八幡神社に大量の人がやってくる。冬至の日から発売される、一陽来復というお守りを求めて、群馬や静岡から観光バスが並ぶほどの有名なものだ。

私の実家は自営業なのだが、昔からここのお守りを買っている。大晦日の除夜の鐘が鳴っている時間に、その年の方角の天井にお守りを貼るという行為を、子供の頃から見てきた。そう、商売の神様なのだ。

それと西東京の東伏見稲荷神社にも毎年親父は正月にでかけていた。今は親父ではなく、兄の仕事ではあるが、私はそういう家庭に育った分、商売人になりたいという気持ちはまったくなく、サラリーマンを目指した。

とはいえ、いつか脱サラして自分の力で収入を得たいとは今でも思っているのだが、サラリーマンでの生活は色々な経験で必要だったものだと思っている。いきなり家業を継いだ兄貴は、やはり何かズレている部分を感じる事も、その理由だ。

苦しい時の神頼み。仏教と神事とのギャップを感じている分、最近はあまり神社にお参りにいかなくなったが、子供の頃は必ず氏神様といわれる神社に、何かある毎に拝みに行った自分が今では滑稽だ。

何かに頼りたい気持ちとは別に、縁起ものとしての神事という事を感じつつ、今年もそんな季節になった。兄からの依頼で、今年も御札と肌守と一陽来復の3つを買いに行くのだった。

写真はもう10年近く前のネパールはポカラ郊外のお寺にて。年末に村民が集まり、お祭りがあったので見に行くと、日本人は仏教徒と歌や踊りで歓迎され、カレーをたらふく頂いた時のもの。まじめに仏教徒になろうとこの時思ったのだった。

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2007年12月27日

秘密のケンミンSHOW

最近妙にウケのよいテレビ番組といえば、JUMPと秘密のケンミンSHOWの2つのバラエティ。案外テレビをつけている時間が長い我が家としては、日曜の鉄腕DASHと並んで結構な頻度で見ている番組だったりする。

JUMPも企画の中で、施設を借り切って行う大規模な鬼ごっこが面白い。実際は結構チャチなマシンが出てきたりするのだが、単純に割り切ってみるにはなかなか楽しかったりする。最初にこの番組を知った時には、早朝のお台場でやっていたが、最近の企画ではテーマパークを時間帯で借り切ってロケしているのが多い。

それとまったく別のジャンルだが、秘密のケンミンSHOWはとにかく大阪編が面白い。由は神戸なので兵庫なのだが、毎回ネタに事欠かない「ヒミツの大阪」では頷ける部分が多く、まさに無意識な言動が次から次へと紹介されている内容をみながら、大爆笑の連続だ。

由からみた東京や私からみた関西は、本当に同じ日本とは思えない程、文化の違いがあって面白い。私が旅が好きになったのも、日本各地それぞれにある風習や習慣を楽しむというテーマもあるのだ。

私の世代ではまだまだ東京出身の東京在住者は案外比率的には少なく、今ではその子供の代などで東京で生まれ育った子供の時代になってはいるが、根っからの東京人は案外素朴なものだ。逆に東京に移り住んできた人の方が、「地方」という言葉を使う事が多いように私は思える。私は「地方」という言葉は嫌いで、「東京以外」と言いたいと常々思っており、決して東京が特別ではないという意識なので、沖縄の文化や関西、東北の文化などにとても敬意を払いつつ、その違いを楽しむ事が好きだ。

まさにそれがこの番組では展開する。面白いもので、日本人でもこれだけの違いがあるという事を、日本人はもっと学ぶべきではないかとすら思う。

由の実家に行ったときにも言われたが、私がダントツでウケた言葉はこれだ。

「必死のパッチ」

パッチって何?と聞いても、答えはない。普通なのだ。「アメちゃん」や「擬音が多い」など、とにかく笑える。いや、笑ってはいけないのだが、そこにある関西人の突出するオリジナリティは、やはり日本で一番濃いものではないかとすら思えるのだった。

写真はお約束のくいだおれ人形。この地はとにかく奥深い。

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2007年11月30日

生き物に対する考え方

今回香川を旅して、あらためて感じた事がある。四国エリアという所は、特になのかはわからないが、犬に対して厳しい環境のような気がした。

例えば23区では中野区の犬禁さは突出している。片っ端から公共の公園には犬禁看板だらけ。正直これほどの犬禁ルールは行き過ぎ以外何者でもないと感じるほど、エスカレートしている。それなら子供禁止や老人禁止だって正当化されうる状況であるし、公共という名のもとに、一部の権力者なのか発言力を持ったものが意見を強行に通してルールかしてしまっているという横暴な区政がにじみ出ているような極めて心寂しいエリアである。

ただ四国はそれとはちょっと違う。実際にこの目でも見たのだが、野良犬が存在している上に、ちゃんと犬を飼っている家も混在している。結局は最初に人が犬を捨てたり飼育放棄した事からが発端という感じがする。

犬を捨てないでという看板もやたらにみる。地域の犬や猫に対する考え方が、当然だが都心よりも薄っぺらで、また行政もそれに対応していないという感じがひしひしと感じるのだ。看板をたてればよいというものではない。

例の徳島の崖っぷち犬の件にしても、話題性はあったがその結末はちょっと真面目に状況をみていた人なら誰でも分かるだろう。抽選に参加した人の殆どが、心からその犬を保護し、犬を飼うという事を真面目に考えておらず、話題性だけで集まったという事。当然本気でその犬を家族として迎え入れようとした人も多く存在したのだろうが、公平な抽選というものはえてして不幸な結果を招いてしまう。

庭先どころか、駐車場の片隅の冷たいコンクリート上に犬小屋を置かれ、そこに鎖で繋がれた犬たちを見るたびに、犬を飼う前はそういう事を疑問に思わなかった事に自分自身で改めて驚くのだ。犬はオモチャではない。家族と同じ生き物であり、意思を持っている。群れの中で飼い主を何よりも信用し、飼い主と一緒にいる事に生きる喜びを感じる生き物のはずなのに、一人外に繋がれ食事を与えられ、時には食器も洗われずに、散歩にすら連れていかれていない犬たちの多い事に愕然とする。

飼い主に裏切られ、見捨てられ、でも生きる意思は生き物なのだからある訳で、野良犬たちは何としても生きていこうという行動を取る。それらを生む環境を造ってきたのは、誰でもない人間なのだ。

自分の行動に責任を取らない人間が毎日テレビや新聞を賑わしているが、それからすればもっともっと些細な「無責任」から生まれた野良犬たち。犬禁にする区政を平然と議会で決め、執行するような連中の無責任さを目の当たりにすると、人として、日本人という文化を持つ人種の一員として、胸を掻きむしられるような不条理感を感じずにはいられない。

写真は小さい公園に貼られた税金をかけて作られた「犬を捨てないで」と呼びかける看板。満濃池森林公園の駐車場周辺だけでも犬禁の看板がいたる所に貼られていた。

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2007年11月29日

1週間ぶりに出社

昨日の休息日に会社に繋いでチェックした所、おかげさまで仕事は山積み。朝から全力で稟議やら何やらをこなして、15時ころにようやく一息つけた。まあまだまだ仕事はあるのだが、今日はもうこのあたりでという気分。頭痛も残っているので、ちょっと辛い。

クリスマスに親戚犬たちと夢の島で遊ぶ準備や、スタッドレスタイヤの調査もしたりしながら、クールダウン。今回の神戸・香川の旅のレポートをどう作ろうかも思案中。週末はまたイベントもあるので、そのあとにしようかなどを思う。

車の方にも少々問題が発生している。その事も気がかりなので、来月になったら純正アルミにスタッドレスを組もうと画策中。ロッキーのアルミとDUELER A/Tをヤフオクで処分しないとならないし、色々年末はやる事が出てくるものだ。

来週はもう師走。あらためて12月を感じると、今年もあっという間だったと感じる。不思議な時期でもあったりする。

人はなぜ年末年始にまとめて何かをするのか、大掃除はなぜ年末なのかなど、不思議な風習は今も文化のかけらとして、人の心に生き続けているようだ。

写真は寒くなってくると2階の朝だけ陽があたる踊り場でうたた寝するのが好きなくー。冬だけにしかみられないシーンだ。


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2007年11月10日

雨の中ビーナスフォートへ

嵐のような天気で、この週末も雨が続くらしい。私はあまりでかけたい気分ではなかったのだが、母親の見舞いを兼ねて、土日のどちらかに外出を考えていた。

朝から何をするまでもなくだらっと過ごしていると、お昼近くになってラーメンが食べたくなってきた。そういえば、友人が開店したラーメン屋は、土曜もやっているはずだと思い出し、いそいそとでかける支度をするのだった。

雨がほとんどあがっている中、車に乗り込みお店へ。コインパーキングが一杯だったので、もっと近くにないかとうろうろと探すと、反対車線の裏側に2台だけ停められるコインパーキングをみつけた。一応ここが一番近いのではないだろうかと思いながら、停め、小雨降る中小走りにお店へ。

プレオープンの日に、暖かいラーメンを食べたのだが、ここで評判になっているのはどうもつけ麺らしい。丁度店内に入ると席は埋まっていたのだが、その殆どがつけ麺を食べていた。

ちょっと肌寒いので、私はやっぱり暖かいラーメンを選び、由がつけ麺を大盛りにして私にも味見できるようにしてみる事にする。

ほどなく席は空き、夫婦でカウンターの中で頑張っている友人をみると、まだあまり信じられない感じがした。しかし既に開店して2カ月は経っているので、手つきも動きもサマになってきているようだ。忙しく動きまわっている友人オーナーと2,3世間話をし、まずはつけ麺が出てきた。

これが少々とろみのあるつけ汁がなかなか太い麺にあう。後味で魚介系が残り、いける。太い麺の好きな私は、暖かい普通のラーメンよりいいかもしれないと感じた。ほどなくして私の頼んでいたラーメンも出てきたので、由と交換して食べる。

その間も空席待ちのお客さんが次々やってきていた。中にはブロガーも居た事だろう。土曜の13時前というのもあるが、席の埋まり具合をみて、友人としてはなかなか嬉しかった。

腹一杯になって、雨の中病院へ。母親の見舞いの為だ。年内いっぱいかかりそうな感じだが、その分私としては一安心できる。

そしてそれらの用事が終わったのが15時半をまわっていたが、それからお台場に向かう。

大混雑の銀座を抜けていくナビの案内は無視し、新橋レインボーブリッジ経由でほどなく到着。目的は犬連れでも入れるビーナスフォートの1Fだ。車は5分ほど待たされたが屋上の駐車場に入れ、くーを連れてエレベーターで1Fへ。すると驚く程の混雑だった。

雨のせいかこういう屋内施設に人は集まるようで、おまけに犬連れの多い事。いたる所でマーキングする小型犬たちで、少々うんざり。ある若い生後数カ月と思われるチワワを抱いている飼い主は、5~70cm位の高さから固い床に落とすのを目撃。何だか悲しくなってしまった。

犬用品の店も増えていたので、私はベンチで休憩しながらくーを待たせ、由が買物で動きまわるというパターンで色々みてまわる。由は久しぶりなので楽しいらしい。狙っていたものはネットショップよりはるかに高くて断念したが、それでも色々と買物をした。

最後に駐車場代があと2800円の買物をしなければ1200円かかるという事から、丁度愛用しているクロックス・ケイマンの前側に穴があいていないタイプが直営ショップにあったのでそれを購入。私も欲しかったが、私は既にケイマンを2足持っているので諦めた。

それらを抱えて車に戻り、時折小雨降るレインボーブリッジ経由で帰宅。くーは人が多い所で落ち着かなかった分疲れたらしい。

写真はビーナスフォートにあるチャチなドッグラン。お金を取るというのに、車道脇の歩道のまん中に作られているだけという恐ろしいスペース。この日は雨で閉鎖されていたが、地面は水はけなど考えられていないようで池のようになっていた。

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2007年11月09日

仕事上での気遣い

来年度予算の時期で、色々と算出する時間が多くなっている。今この時期に、来年の4月からさ来年の3月いっぱいまでの予算を4半期毎に設定しろ、といわれても、そんな中期スケジュールなんか組んだら、実現性どころかそれに振りまわされて、ロクな結果にならないのはお見通しなのだが…

実際は飛び込みや突発の仕事が多く、うまくいくものではない。それがストレスになったり、実際の給料に跳ね返ったりと、サラリーマンの辛い所だ。

そんな雑用に近い作業の中でも、私はできるだけの事をしようとする。この時期はこういう事が多いから、あのグループはこの予算がいるだろうとか、人の事まで、自分がわかる範囲でピックアップしていくのだが、こんな事言ってもやってくれないだろうと思うのだ。

真面目にやっても、その結果が認められる事は極めて少ない。周囲にしても上司にしても、他人な訳だから、何を考えているかなんてわからない。ましてや気配りの範囲まで理解できる人間がいるのなら、是非友達になりたいと思えるほどだ。

真面目な人がどんどん貧乏くじを引く時代。真面目な性格、几帳面な性格であればある程、鬱になったり自律神経失調症になったりするようだ。事実、私もそうだったし、友人もそういう目に逢っている者が多いのは、皮肉な事だ。

もうすぐ賞与。といっても既に査定は決まっている。何だか不毛なサラリーマン生活のような気がしてならない。でもそうであるからこそ、生活もできているのだが…

仕事があるだけいいだろうという達観した意見は別にして、できる事なら納得して仕事をしていきたいだけなのだ。

写真は新橋というよりは汐留のオフィスビル群。ここにも数多く大手企業がオフィスを構える。雨雲に溶け込むほどの高さが、不気味さをかもしだしているのは気のせいではないかもしれない。

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2007年11月07日

ヘタレなJAL

JASが好きだった我が家は、JASがJALに吸収されたあと、JALカードをメインに使っている。それこそ買物もできるだけカードで行い、マイレージを貯めるようにしている。

昨年は貯まったマイルをJALの商品券にする事で、使用期限を延長できる事から4万円分の商品券にしたはいいのだが、結局その使用期限がまた近づいてしまい、突然2月に北海道に行く事にしたのだった。そして今年も12/31で期限が切れるJALのマイルがまだ残っている。総額では現在3万マイル近く残っているのだが、商品券にするのも面倒なので、何とかよい方法はないかと探していた。

すると、期間限定でYahooポイントに移管できるという事を知った。それが11/6の10時から100人限りという小規模な特典。これが実施できれば1万円分Yahooのショッピングで使用可能になる。できれば楽天の方がよかったが、それでも買物できる品物の範囲が広がってメリットは大きいと感じたのだ。何とか移管できないかと、10時前から準備してモバイルでアタック。

すると、予想以上にサーバ負荷が高いのか、それがYahooポイントへの移管希望者が多数居たせいなのか判らないが、まったく手続が進めない。何度か数ページ進んだが、サーバーエラーやレスポンスなしなど手続の入り口で全て足踏み状態。結果、無駄な時間と気分の苛立たしさだけが残り、30分たった頃、サーバ障害で開始時間を延期するとのメッセージが表示された。

いつから再開するのがわからないので、結局定期的にウェブをチェック。すると11時を過ぎた頃、11時半から再開というのを確認する事ができて、再度アタック準備。しかしそんなはりついていられる暇な人は少ない訳で、日を改めるとかしないと不公平ではなかっただろうか。サーバレスポンスは悪かったが、なんとか1万マイル分を移行できたので、ほっと胸をなで降ろすのだった。これで来年の年末まではマイルの期限切れを気にしなくてよい。

それにしてもたかだかYahooのポイントへの移管で、こんなパフォーマンスのシステムではどうしようもないのではないだろうかと思う。ますますJALへの評価が下がってしまった。

みずほ銀行のキャッシュカードがANA/edy/マイレージカードとジョイントし、年会費が無料となるようなので、これは作るつもりだ。おいおい、JALからANAに乗り換えていく事も考えていきたいと思っている。

写真はこれから関空経由で雲南省は昆明へ向かう朝。JASの機体が写っている通り、この時はJASの関空-昆明直行便を使う為、まず羽田から関空へ飛んだのだった。

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2007年11月02日

恵比寿ですし詰め

セキュリティソフトの黄色いイメージの企業が、大々的にセミナーをやるようで、私も行ってきた。午前中は会社に行って、昼前にその会場である恵比寿ガーデンプレイスへ。

ここは最近よく各企業の展示会会場となっているホテル・ウェスティン。不便な所にあるのだが、その分静かな環境でいい感じだ。最寄りの恵比寿から、動く歩道を使っても10分位はかかる。

丁度ランチ・セッションというのに申し込めたので、それから参加したのだが、驚く事にサンドイッチとかではなく、幕の内弁当がついていた。話をききながら昼食を取ったりするが、セッションの中身は本当に軽くてつまらない。

その後も他のセッションに出るのだが、なんせ会場と会場の間が狭い。強烈にすし詰め状態で移動すらままならず、キレて15時頃に出てきてしまった。5箇所ほどセッションを行うスペースの出入り口にあるホールは1~2ホールに収容する人数分も入りきらないスペースなのに、入場を待たせる為当然パニック状態になるほど。それこそどこにも動けないのでセッションが終わって出られないし、入れない。

入場する時も待たされている間、目の前で若いスタッフがその場で配布資料をあわててまとめている姿や、無線であわてている会話が聞こえてくる。待っている客も段々といらだってくるのが伝わってくる。

久しぶりのこの黄色いイメージカラーの企業のセミナーに参加したのだが、よい製品になって魅力があるにもかかわらず、相変わらず運営するスタッフや進め方に大きなギャップを感じてしまう。昔参加した時は、30人位しか参加できない単独セミナーで、企業側の出迎えるスタッフは30人位ずらっと会場の中で囲んでいて、異様だった。何か勘違いしているような気がする。

私は赤いセキュリティソフトのユーザーだが最近のこの企業が出している企業向けの製品はレベルが低く、ちょっとまじめに困っているのだが、今はどうも黄色い方が優れている感じがしてならない。

写真は息苦しさで目眩がしつつ抜け出してきた所で撮影した、会場となったウェスティン東京のエントランス。この地下で行われたセミナーは、恐ろしいほどの人数であふれ返っていた。

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2007年11月01日

さて11月。

やっと秋という感じだが、もう11月に入ったのだ。当然だろう。

国会議事堂近辺のいちょう並木では、どこから現れたのか銀杏をひろいまくるおじさんおばさんが断続的に見られた。11月に入った今は、銀杏はすべて取り終えたような感じで、後は落葉が進む時期に来ている。

今年は紅葉を見にでかけられなかった。まあここ最近はずっとそうなのかもしれないが、それでも比較的毎週末のようにどっかにでかけている。

実家の方ではやっかいな問題が続いているが、今はある意味悪者を遠そうとしている。私としては悪者になっているつもりはまったくなく、私なりの気配りをしているのだが、そうは思っていないだろう。私の体調、性格、生活レベルなどを考えたら、私も努力をしているし、相手をそのレベルで思いやっているのだが、自己中心的な視点からは、これ以上に気配りや私が我慢して苦労しても、伝わらないのがよく分かっているからだ。

それよりも私は自分から一番近い環境にいる、いわゆる家族や仕事場を最優先に考える。それはとても自然な事であり、当然だと思っている。

秋になると体調もおかげさまでよくはない。一番季節的に厳しい時期とも言える。昨年のこの時期などは、社会人になってから初めてではないかと思える、持病の発作で会社を休んだ事もその証明になる。今年はそれほどでもないが、不意に耐えなければならない状況に陥っている自分の体で、季節を感じてしまう。

紅葉の写真を取りに行けるだろうか。くーと今年の紅葉はできれば残しておきたい。

写真は落ち葉の中のくー。近所の公園でも、落葉の絨毯が広がっている。

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2007年10月27日

10年目の総会

我がマンションができあがり、同時に入居してから10年が経っている。今のマンションの同居人は、よい近所付き合いができている人が多く、なかなか居心地がよいのだが、やはりどの世界にも相性があわないのは存在する訳で、話が通じないのもいる。

その気にいらない理由は、やはり自己中で周囲を思いやる事ができないという理由しかない。特にマンションはそれが顕著だし、一戸建てだって近所付き合いはある。コミュニケーションを強制的に取れという事を言っているのではなく、自分中心でそれを全てにおいて優先する所に、ひずみは生まれるという事になる。

どうしても目立つのは、やはり子供がいる家庭だ。子供がいる事で、この位は許されるだろうという尺度が生まれ、それが自分だけの尺度になってしまっている。犬を飼っている所においても、その尺度においてズレが出てしまう所も少なくないようだ。

だからといって独身ならそんな事はないのだろうか。いや、結局は自分のモノサシというものは常にあるもので。子供がいようと犬や猫がいようと、一人っきりだろうと、それは要因の一つにすぎない。

夜中の階段の足音や、扉の開け閉め、大音量のテレビやステレオなんかはありがちではあるが、少なからずどこのマンションにも紛争に繋がる行為はあるはずだ。そのきっかけは全て、コミュニケーション不足である事なのは明らかなのだが、それができない。不思議なものだ。

総会は年に1度。ここに顔を出す人はいつも決まっている。出さない家は一切出て来ない為、結局コミュニケーションの取りようがない。無責任で自己中という事を、自ら照明する訳だ。どうしても出られない人もいるかもしれないが、それであれば日程は調整できる。結局は面倒臭いだけだ。

理事会では契約している管理会社の担当が1~2名同席し、会計報告を行い、監査報告を行う。懸案事項があれば、それについて議論をしたり、何らかの結論をその場で出すように議事進行をしたりする。10年目になり、大規模修繕という項目も絡んでくるので、今期の理事会スタッフは大変かもしれないが、この役割は定期的に持ち回りでやってくるような仕組みになっている。我が家も理事会幹部としては3度、うち理事長は1度やっている。

いつまでここに住むのか判らないが、住宅ローンはまだしっかりと残っているので、しばらくは住まなければならないだろう。その間、少しでも快適にシェアリングする為にも、周囲への配慮を忘れずに、気をつけようと思うのだった。

写真は近所にある歴史ある下宿屋。すぐ近くの燃えたオリンピックのすぐそばだ。

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2007年10月26日

セキュリティの展示会

仕事関係で久しぶりに展示会に午後から向かった。

セキュリティという言葉が毎日のように耳にする時代になったのだが、今もセキュリティは金になるものではなく、反対に被害を出さないようにするための、予防というものに属する。その為、どの企業もどの個人もセキュリティ対策にかける費用は、常に消極的だ。

しかしビジネスではセキュリティは不可欠と言われる時代にもなっている。それなりにシェアも出てきたようだが、意識にギャップがあるのは否めない。

このイベントも毎年やっていて、今回で何回目になるのかはわからないが、今回のテーマはやはり来年度に施行されるグレーな部分の多い日本版SOX法に絡み、これまた日本のEmployeesたちには頭の痛い、内部統制がキーになっている。そう社内で何をしているか、全て追跡できるように記録を残すのが基本になってくるという事だ。

インターネット黎明期は、社内で遊んでいても判らない時代であり、殆どのマネージャはTCP/IPの知識もなく、UNIXを扱う仕事をしていた人にとっては自由というと言い過ぎだが、自分の発想を豊かにし、情報や知識をむさぼる事を誰にもとがめられなかった時代でもある。

今は全てが減点法により、ちょっとでも私用に電話やネットを使えば、懲戒という脅迫めいた言葉が時にはパワーハラスメントとしてのしかかってくる。話しはちょっと複雑なので、簡単にそう言い切る事はできないが、とかく勤務時間は言動全てを監視されているようなものだ。そんな抑圧された中から、何か画期的な発想が生まれると思えるだろうか。

企業は今焦っている。内部からほころびが目につく事に対し、ビクビクしている。ある程度内部統制的な考えは必要だが、全て制約をかける事が解決に至るかといえば、私は絶対に穴は残ると思う。

それだけでなく、落ちたモチベーションをあげるための努力も必要ではないだろうか。そう、これは子供や犬のしつけと一緒なのだ。怒ってばかり、制限ばかりかけても、ロクな大人になれない。そうやってきた結果が、今の行き先のない抑圧がはじめて起こる、やりきれない凶悪犯罪の件数に比例しているのではと思ったりする。

犬のしつけでも、怒る事はそれこそ小学生だってできる訳で、それでは犬は育たないし、信頼関係なんか無理だ。言葉のわからない犬との信頼関係を作り上げるにはどうすればよいか。それは、怒る事を減らし、褒める事ややりがいのある事をできるだけ多く与える事ではないかと強く思うのだ。

展示会で一生懸命宣伝をしているものを、いかにどう使うかは結局、生き物だ。そこにもっと注目して、アクションを起こさなければならないと私は思う。

写真はその展示会ではなかったが、最近よく会場として使われる恵比寿ガーデンプレイスの某ホテルに向かう時にある、長い動く廊下。

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2007年10月18日

お台場で鬼ごっこ

昨日の夜にお台場で12人のタレントと、マトリックスよろしく4人の男が鬼ごっこをする番組をやっていて、思わず最後までみてしまった。

バカらしい企画の部分もあるのだが、このエリアでアクアシティなどを貸し切りできるのは、物凄い早朝なのではないかと思ってみていた。すると一瞬時計が映る瞬間があり、やはりという感じで6時台を指していた。

最近は明るくなってくるのは5時40分頃だ。私はその頃には起きていて、6時10分頃には家を出る。今日は燃えないゴミと資源ゴミである缶や瓶、ペットボトルの集積日だったので、ちょっとだけ早めに出ているのだが、まあそんな時間に出ている。

お台場に到着する時間、その撮影の舞台のあたりには、7時すぎに居る事になるのだが、ひょっとしたら車窓から外をみていたら、この撮影風景を見る事ができたかもしれない。まあそれでなくてもオフィスのある駅周辺でもしょっちゅう撮影をやっているので、対して嬉しくもないのだが…

踊る大捜査線やグッドラックはよくみかけた。ブスの瞳に恋してるも見たが、最近放映しているキシリッシュのCMも撮影していたようだ。どこの町よりも人口密度が低いので、撮影しやすいのだろう。

好きな番組の鉄腕DASHで、雪崩遭難者の捜索用ビーコンを使った大規模なケードロや、缶ケリなんかも楽しそうだ。こういう遊びの番組はなかなか見飽きない。あとクイズ番組なんかも、何の気なしにみてしまったりする。

ヘキサゴンという番組に出てくる、おバカキャラなんかはとても面白いのだが、あそこまで凄いと出演者も出たくなくなってしまうのではないだろうか、なんて思いながら、結構普通にみていたりするのだった。

写真はお台場DECKSの一番よく使っている出入口。残念ながらここにあったモンベルはなくなってしまった。ここ最近、社内アナウンスがフジテレビの女性アナウンサーになったようだが、誰が誰なのかさっぱりわからない私だった。

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2007年10月11日

仕事でちょっと忙しい日

組織体制がちょっと変わって、ゴタゴタしている所に、ちょっと面倒な仕事が入ってきた。その関係で朝から準備でトイレに行く余裕もない程。午後から始まる予定のイベントに向けて、曖昧な情報から想定しうる作業をできる限り洗い出し、準備をした。

まあ言われた範囲だけであれば、それほど面倒ではないのだが、関係者は今引継の最中なのでアテにできず。なので私で回答できる部分はと、私の性格から上司のフォローも含めて対応できるように準備を進めた。

午後になり、しばらくするととりまとめしている人から、来て欲しいという旨を言われ、準備をして臨んだ。色々指摘事項もあったが、極めてスムーズに事は進み、私のパートは20分かからなかったのではないだろうか。自分でもキッチリ対応できたと思う。

しかしそのあとは脱力感でもう何もやる気が起きず。まあ文句を言われる事もないだろうと、その後は流して定時退社。

由には遅くなりそうだと言っていたのだが、早く帰ってきたので逆に驚かれてしまったが、体よりも精神的に久しぶりに疲れた。

本当なら今日はエスクードの1カ月点検に、由に出して貰い、由が戻ってくる時間と私の帰宅時間をあわせて、車庫入れをしようと準備していたのだが、仕事の関係で明日に延期したのだった。まあ結果的には今日でもよかったのだか、仕方がない。

くーは何も変わらず、いつものように夕御飯やそれを待つまでのオモチャ投げの事しか頭にないようなので、久しぶりに長めに投げてやった。最近のお気に入りは、黄色い恐竜くんのオモチャ。

写真は私をみつめるくー。帰った時はこんなに落ち着いていないのだが、私がトイレに行こうとすると、こんな感じで見つめてくれる。

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2007年10月10日

ちょっと前は体育の日

いつのまにか体育の日が変わってしまったのだが、確か体育の日は晴天率が高い日ではなかったろうか。確かに明け方はちょっと曇っていたけど、気持ちのよい秋晴れの朝。

日も短くなってきて、朝私が起きる5:30はまだ薄暗い。くーはベッド下へ私が起き出すのを察知して伏せている。やはり飼い主に似るようで、基本的に四六時中面倒をみている由が朝弱い為か、朝は犬にしては遅いようだ。

たまに会社を休む時は、下のリビングで休む手続をしていたりすると、くーが降りてきて私の横でへそ天になったりするのだが、基本的に由が起きてくるまでは由の近くに居る事が多い。

逆に会社から帰ってくると、相変わらず鍵を開ける音でワンと吠えるのだが、私だとわかるとそそくさと尻尾を降りながら近づいてきて、短い後ろ足で2本立ちしてとびついてくる。私が座るまでそれを続け、座るとへそ天になって、おなかを撫でるように求めてくる、というのがパターンだ。

くーにとって秋から冬にかけては一番活発になれる時期。今年は私の体調や色々な理由により、少しおとなしいシーズンになりそうだ。まあ、ここ何年かはずっと走り続けてきたようなものだ。私も正直無理ができる部分では無理をしてきた。くーにとって何がいい事なのか、由とくーにとって何がいい事なのかを最優先してきたつもりだ。但し、上には上が居るのも分かっている。

別に他人がどうであれ、気にしない。何にしても生活環境から何から違うのだから、同じ事がよい事なんていうのは誰も証明できない。そしてそれを非難したり、強制したりする事権利は誰にもない。

今私達がしたい事、できる事を、自分たちの頭で考えてしていくのが、一番後悔がないものだと思うのだ。ただそう言い切れない部分は、私の秋の体調といった所か。その部分では、由にもくーにも迷惑はかけていると思う。他にも色々私のまわりで制限がある部分もあるし、それを今悔やんでも仕方がない。

くーはそれでも毎日楽しそうだ。その姿をみているだけで、私たちの顔はほころぶ。

写真は毎日が体育の日のくー。いつも運動大好きだ。

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2007年10月08日

ノリックの訃報

motoGPライダーのノリックこと阿部典史氏が他界した。32年という短い人生だった。

加藤大治郎という偉大な日本人motoGPライダーをサーキットで失った事故はまだ記憶に新しいが、もはやベテランとも言えるノリックが、なんてむごい結末なんだと思える事件が起こってしまったのだ。

場所は川崎駅近くの片側2車線道路。その走行車線(左側)を走っていた4tトラックが、Uターン禁止の場所にもかかわらず、突然Uターンをはじめた所に、追い越し車線側を走っていた2週間前に納車されたばかりのT-MAXを飲み込んだそうだ。実際は途中までよけたが、トラックの前のバンパーに接触し、バイクは40m、人は20m飛ばされたという。

私も最近車を運転していて、トラックやバイクに限らず自転車や歩行者が周囲に配慮をしていない走りをしている姿を必ずといっていい程みる。みるだけではなく、正直な所、多いと感じる程だ。凶悪事件も多くなってしまっている今、一体人間の心はどうなってしまったのだろうかと深く悲しみが走る。

バイクを運転していると、正直な所、普段の10倍近く神経を張っている。車でさえ、普段の5倍以上だ。とにかく周囲に気を配っている。しかしちょっと車間を空けていれば、後続車に接触せんばかりに突っ込んでくる車や、見通しの悪い交差点での信号無視や歩道でもとんでもない速度で走ってくる自転車、後ろを確認しないもの、思いついたように突然妙な動きをするのがあまりにも多すぎる。

それが周囲に誰もいないならともかく、すぐ近くに並走している車やバイクがあったり、減速しなければならない交差点であろうとだ。死にたいのか、といより、殺す気かとすら思える動きを、必ず何度かは見る。今朝も我が家の前の一方通行を減速しないで逆走してくる250ccスクーターがあり、ヒヤっとさせられた。もうこういうのはシステム化した監視をしてどんどん摘発していかなければ、不条理な事故は防げないのではないかと思えてしまう。

路上喫煙禁止と書いてある前での喫煙者や、分別と書いてあるゴミ集積場での不法投機など、こういうのをみかけない日がない。

自分だけでもちゃんとルールに沿ってやれば、誰もが不快な思いや危険な目にあわずに済むはずなのに…なぜ、このような状況になってしまったのだろうか。

ノリックもそのような一人無配慮なトラック運転手の、自分に甘えた行動による被害者の一人ではないだろうか。32歳の天才ライダーだったからニュースになったのかもしれないが、免許とりたてでハマーに乗ってバイクと事故を起こした某アイドルなんかも、さもありなんといったものだろう。

人はどこに向かっているのだろうか。何だか悲しくなる。

写真は私が乗った事のある、一番スピードの出るバイク。メーター読みで260km/hまでは出る…気がする。生きていてよかった…

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2007年10月05日

リアゲートの悩み

エスクードはそろそろ970kmを越える頃だ。来週末には1000km点検兼1カ月点検を迎える。

部分的に問題も感じるようになってきた。例えばリアゲートを閉じる音が明らかに大きくなってきた点。そしてサンルーフの開閉スイッチがあるコンソール部分のビビリ音など。これらは点検時に確認して改善してもらえたらと思う。

また小雨が降っている中、荷物を出し入れしたりする時に気になるのが、リアゲートの開き方。上にはね上げるタイプは、雨よけにもなってよいのだが、スペアタイヤをリアゲートに装着しているCCV(あえてSUVではなく、CCVと呼ぶ。CrossCountryVehicleの意。)では、大抵が横に開いてしまう。その場合、リアバンパーに腰掛けて、雨やどりする事ができない。

それを何とかカバーできないかと、庇になるようなものを探している。

ひとつはカーサイドタープ。ただこれは設置するものなので、ちょっとした雨宿りには使えない。何かよい方法はないものかと思ったりするのであった。

カーサイドタープは小川テントから出ているものが今も手に入るのだが、ロゴスの欠番になっているものが安くてよいような気がする。装着してみなければわからないが、その為にも安い方がよい。ネットでは殆どが欠品、納期未定になっている。

そんな中でみつけた、大手ホームセンターチェーン、カインズホームのネット販売。在庫ありだというのでいきなりだが頼んでみた。さて、ちゃんと届くだろうか。

写真はほんの1ヶ月ほど前の愛車ロッキーのリアゲートの開き方。現エスクードも同じ横開きだ。

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2007年09月23日

くーという名のカフェ

先日、ナラシ運転がてら、由も私も腰があまり調子がよくない事もあって、昭和記念公園のドッグラン視察に行った。

時間的に夕食を久しぶりにコース料理でも外で食べようという事にした事から、お昼前に出かけたのだが、これがまた強烈な暑さと大渋滞が待ち受けていた。

JARTICの情報を見ながら出たのだが、なんせまだまったく操作に慣れていないナビなので、設定でも時間がかかり、それだけでなく思うようにルーティングしてくれない。このあたりはどの機種でも同じなのだろうが、こうなるとVICSビーコンをつけて、渋滞回避ルートを案内して貰いたいと切実に思う。

まず目指したのは国立駅近くの、なんとくーとまったく同じ名前のドッグカフェ。QUEUEというのはフランス語で「尻尾」とか「ぶら下がる」というような意味で使われるらしいのだが、実際はどうなのかわからない。実際メールサーバなどの配送待ちなどで、まさにqueueというコマンドを使い、スプーリングされているデータを確認したりする事もあるので、語源はこのあたりなのだろう。

渋滞に巻き込まれ、ちょっと迷いながらやっと到着したのは13時半頃。へとへとになって遅いお昼を食べた。

お店は平素な住宅街の一角で、お店の中はスペースを広くとっていて、客が連れてきた犬が接近しすぎないように配慮されている。お店の琥珀くんはトイプードルで、自由に歩き廻っており、近くのお客さんがチワワを連れてきていた。

くーの名がお店の名と一緒という事を知って、お店の女性オーナーの方が喜んでくださった。写真を撮って、ブログに載せてくれるという。しかしくーはみつけたハンバーガーのオモチャを投げてと尻尾を回転させて落ち着かないようだった。

写真はくーと同名のドッグカフェ、国立駅からほど近い場所にある、queue。食べ物も美味しいし、ゆっくりできるのでまた是非行きたい。

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2007年09月19日

広い公園は気持ちいい

近所の公園も広いのだが、芝生が広がる広い公園というイメージでは代々木公園やここ、光が丘公園はとても気持ちよい広さだ。

公園が多く、特にドッグランも多い大田区は羨ましいと思うのだが、練馬区も平素な住宅地が多いし、下町のような商店街もあって、悪くないなと思う。ただ練馬区は広いので、それこそ埼玉や清瀬などとも接している分、のどかな雰囲気な所も結構あって、一言ではなかなか言えない。

以前、光が丘公園にくーを連れていった。丁度EOS 10Dを買って間もない頃の冬だった。そしてその広さに圧倒され、日々の散歩でこういう場所が使える人たちを羨ましいと感じたものだった。

その時は冬だったのだが、この日は相当に日差しは強く、日向にいるだけでクラクラする位。しかしひとたび木陰に入ると気持ちのよい風が吹いていて、快適だった。人間は木陰にいると快適だったのだが、くーは既にハアハアといつもよりも運動していないくせに暑さにバテていますという雰囲気だった。フードコントロールを間違えて、ハイカロリーフードのタイミングを多くしてしまった関係なのか、最近ちょっとだけ太った影響の方が大きかったのかもしれない。

もともと夏場はくーにとって散歩量も減るので、ちょっと太りがちになる。それは仕方ないのだが、今回はちょっと太りすぎなので、少しでもダイエットを。休み休み少しくーと一緒に歩きながら、車が駐車している所まで戻った。その後、帰りも由が運転する事に。

駐車場に由が何とか自力で入れられるようにと頑張って貰ったのだが、結局私もうまくサポートできなくてリタイヤ。私も先日試乗させて頂いたエスクードで車庫入れした時のように1発でスパンと入らず、何度も確認しながら何とか入れたのだった。先が思いやられる…

写真は光が丘公園のとある木陰で。由とくーが涼んでいる。

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2007年09月18日

ボーダーのいるドッグカフェ

エスクードに乗って最初に行ったのはガソリンスタンドだったのだが、その後お昼をという事と、結構な気温上昇の日だったので、くーと一緒に入れる所で、テラスではない所をいう条件から探してみた。

すると、丁度目的地としては手頃な光が丘公園の近くに、よさそうなお店があるようだった。他にも数店探したが、最終的に選んだのは、最初にみつけたジュジュカフェさんだった。

お店の近くにコインパーキングができたという事なので、そこを目指すのだが、満車。この駐車場であれば、徒歩2分程度なので楽なのだが、仕方なくまた駅前に至る街路樹のある通りに戻り、その道沿いのパーキングメーターがついている路肩に停めた。

場所的に近い所には車が停まっていたので、随分離れた場所になってしまったが、その中でも日陰になっている所を探して停めた。

くーを連れて、由と私はゆっくりと日陰や土のある所を選びながら、カフェまで向かう。約10分ほどかかっただろうか。風が吹くと気持ちがよいので、ちょっと気分がよかった。エスクードを狭い駐車場に入れるより、大きい通りのパーキングメーターの方がリスクは低いだろうと思えたが、やはり遠く離れるのはちょっと心配だった。

お店は2組のお客さんが居て、カウンターの中にご夫婦のオーナー。ボーダーコリーのジュジュ君は寝そべっていた。カレーが美味しそうだったので、由がオムライス、私が特製カレーを頼み、飲み物のセットにしてみた。店内にはパソコンやオリジナルなのかリードやカラーの販売もしている小物コーナー、スポーツカフェらしい液晶のテレビが何台か置かれていた。ドッグスポーツジャーナルも数冊あった。

なんでもここのオーナーがしつけ教室や相談を受けているらしく、お客さんにちょっとしたトレーニングをしていたり、定期的にイベントを行っているようだ。騒がしくもなく、スペースも犬連れ客がある程度間隔が保てる最小限のレイアウトといった感じだった。

くーはあとからやってきて、不用意に近づいてきた子にちょっと唸ったが、吠える事はなかった。おとなしく由の足元で伏せていてくれ、ゆっくり食事する事ができた。

このようなお店は、知り合いのHOOVER君のママが理想としている感じではないかと思う。今度教えてあげようと思うのだった。

我が家の近くにも、このように暑さや雨をしのげる団らんの場があればよいのだが…食事なら私も造れるし、こういう店をやっていくというのも、ちょっと面白いかもしれないと思った。まあ、簡単な事ではないのは充分承知しているが…

さて光が丘公園へ散歩でもしに行くかと外に出ようとすると、それまでおとなしくしていたジュジュ君が帰るなといわんばかりに吠えだした。そう教えられているのだろうか…とても可愛い。私達が店を出たあと、扉越しに切なそうに見つめる表情は、まさに看板犬という可愛さだった。

写真はボーダーのジュジュちゃんがとっても可愛く、食事も美味しいお店だった。また行きたい。

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2007年09月02日

西武球場へ電車で行く

午前中から昼すぎにかけて、重要な用事で昨日の疲れが残る体にムチを打ち、ロッキーででかけた。くーはお留守番。

用事は1時間程度で終わると思っていたが、話や確認事項が長引き、2時間程度かかってしまった。お昼をまわってしまったが、その後由が買い物をしたいという事で、スーパードッグカーニバルでエクストリームの決勝をしている、西武ドームまで電車ででかてみようという事になった。

車を19時までに戻るという事で、その用事先に置いておかせて貰い、徒歩で電車の駅まで行く。久しぶりに電車に乗ったと由が言っていた。その頭の中でも、くーとの練習計画が離れない。私もいろいろ案を出してみるが、現実的にできる事とできない事がある訳で、結局は今の住まいにいる間は、アジリティを練習する環境としては厳しいのが明らかだ。

これまで2度西武ドームで観戦し、1度ビックサイトで観戦したのだが、目的はそれよりも買物らしい。くー用のオモチャとかおやつなどを探すのが楽しいらしい。しかし今回はあまり欲しいと思えるものがなかったらしく、ちょっとだけおやつ系を買っただけで、オモチャは何も購入せず。中でもちょっと気になっていたダイソンの日本向け小型掃除機がデモをやっていたので、いじらせて貰った。

思いの外小さく軽めだったので、ちょっと見直したようだ。今使っているシャープのサイクロン型スティッククリーナーは、手軽に使えるがフィルタの掃除は必要なので面倒なのだ。

くーの抜け毛があまりに凄いので、掃除は由の日課として欠かせないものになっており、掃除機も必然的に気になるものらしい。

大型犬たちの決勝をちょっとだけ見て、電車で帰宅。混んではいるが座って帰る事ができた。車を預けてある所には18時半には到着でき、最後はロッキーで帰宅。

写真はそのエクストリーム決勝会場。どうも改装の為に今年は9月頭に決勝が行われる事になったようだった。前日のミニチュアクラス決勝では、知り合いが3連覇を決めたらしく、その速報は昨日の御殿場で耳にした。おめでとう!

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2007年08月31日

明石は蛸というよりも

東京に生まれ育った私は、故郷はないようなもので、まだ幼少の頃は土もあったのだが、今ではすっかり作られた緑しかなくなってしまっている新宿が故郷だ。

公園も浮浪者が居座り、普通にボール投げや三角ベース、刑泥(ケードロ)などをしていると、小さい子供にものを投げてきたり、酔っぱらって近寄ってきたりする。治安的にはとてもよい環境とは言えなかった。

今あらためて遊んだ事のある公園を訪れると、柵で囲われ夜は施錠されていたり、今もなおホームレスが我が物顔で私物を広げて、スラム化は進んでいるような気がする。

そういう所が故郷というようには、正直思いたくない。愛着を持てなくなっているのは、自分のせいではなく、場所の問題でもあるからだと思うのだ。

由の故郷は神戸。西の明石に近く、瀬戸内の海の恵みと、坂の町という感じだろうか。尾道のように坂が多く、結構なひしめき方で坂だろうが何だろうが家が立っている。正直な所、これでは強度に問題があるのではという家も結構みかける。車も坂なので、アクセルをふかし、自転車だと厳しいので原付や電動自転車が多い町だ。

一番近い都会は三宮だが、実際に電車に乗っても東京の混み方とはやはり違う。のんびりした雰囲気はとても羨ましい。

母親の郷里は岩手で、まさに田舎といってもいい所なのだが、私にとっての田舎はずっと探し求めて、個人的には開陽台のある道東だと思っている。高校時代に八ヶ岳の麓に憧れているのは、今でも変わってはいないのだが、心の支えになる故郷の存在は大事なのではと思う。

いつか、心休まる場所に住み、静かに暮らしたい。そんな場所はどこになるのだろうか。

写真は活気があるが素朴な明石の魚の棚(うおんたな)の看板。鯛や蛸ばかりではなく、海のものはすべて美味しい。やっぱり島国ニッポンを象徴しているような場所でもある。

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2007年08月30日

神戸への帰省方法その2

神戸へ帰省する場合は、やはり新幹線が本命。飛行機は避けたい、深夜バスは問題外という感じだ。

どちらにしても現地では殆ど動けない訳で、それならレンタカーを借りるという方法もあるが、停める場所が欲しい。それならまだ実際にトライしていないが、現地での足もという意味では、時間と労力がかかるが、自分の車で行くという事が気になってくる。

車だと東名東京ICから名神西宮ICまで約530km。それに前後の阪神高速や一般道を入れると、およそ600km弱といった感じだろうか。東京-神戸間は私はこれまで2度往復している。

1度目は大学浪人時代に四国へツーリングをしにいった時に、RG250ガンマという極めてレーシーなポジションの2ストロークレーサーレプリカで東名・名神を往復した事。

次にSRX4で日本縦断の1986年に、往路は東京から那覇までフェリーで行ってしまったので、北上した時に滋賀・石川・新潟経由で抜けた時の片道。

そして由と一緒に北海道ツーリングをした年、往路は敦賀から小樽まで由は行き、私は新潟から小樽にて、港で待ち合わせをし、帰りは近海郵船で一緒に東京に戻った。由は私の当時のマンションの駐輪場にセローを置いて、飛行機で帰ったのだが、私がその数日後に、地平線会議神戸集会に出る為、由のセローに跨がり、中央高速経由で神戸に行った片道があり、合計で2往復となる。

高速で長距離を移動するのは、それなりの車種なら楽なのだが、これまでのバイクは長距離はそんなに向いてない車種ばかりだった。それこそBMWとかなら快適なのかもしれない。このセローは足つき性を保つ為に、フロントフォークを1cmほど突き出しており、私は膝がまがるほどベタ足で、まるでトライアル車のように膝がまがるポジションで、おまけにエンジンも回らず法定速度でも振動がひどく、おまけにトラッカーには嫌がらせを何度もされ、正直たまったものではなかったのだが…

さて10月か11月に車での帰省が実現するだろうか。

写真は由のセローに乗って神戸まで行った時のもの。神戸に到着したのは朝。お昼まで眠らせて貰い、夕方明石港や由のふるさと周辺をセローでうろうろしてみた。ここは魚の棚の奥、明石の港で。

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2007年08月29日

神戸への帰省方法その1

朝から霧雨の降る過ごしやすい気温。昨晩は雷雨のあと、予想通りに涼しくなって、窓をあけて寝た。気持ちのよい風が部屋の中を通り、快適に眠れた。

秋に神戸へ帰省するつもりで、いろいろとルーティングを考えている。案としては以下の3つになる。

1.新幹線で行き、現地で1~2日レンタカーを借用
2.飛行機で初体験の神戸空港へ行き、現地で1~2日レンタカー借用
3.車で自走して帰省し、現地の駐車はコインパーキングを探す

そしてその選定するにあたっての条件は以下のようなもの。

・単に値段だけの話をすれば、3が圧倒的に安い。
・タイム・イズ・マネーという意味で言えば、効率もよい1、2。
・くーのストレスを考えれば、2は除外

いくら秋になるとはいえ、飛行機のストレスはまだ相当なものなので不安が残る。できれば3時間の辛抱とかいうよりも、そういう目にあわせたくないという気持ちだ。これまでの2回の帰省では、無難に新幹線を使い、それなりに快適であった。

由と結婚する前は、毎月1往復はどちらが東京-神戸間を週末往復していた。殆どが飛行機か新幹線だったが、どちらもほぼトータルでは5時間弱要する。飛行機で羽田伊丹間は1時間ないのだが、その前後でどうしても時間はかかる訳だ。

高速バスというのも1度あった。これは結構ハードで、新宿駅に朝到着し、会社に向かった時もあった。体がだるくて仕事にならなかったが、なんとか年休にならずに乗り越えたのを思い出す。立川からは神戸市の西の方へ着く深夜バスもあるようだ。

深夜バスといえば、まあ多分に漏れず私の知り合いたちなら皆、どうでしょうの話をするかもしれない。今東京ではMX-TVで水曜どうでしょうClassicをやっているので、私はみたことがあるものも含めて録画して見てしまう。

本放送をしていた当時、開陽台でテント生活をしながら、中標津にアパートを借りていた友人の所に録画したどうでしょうを見に行った事がある。北海道ローカルという怪しい臭いがまた、まだ内地ではあまり知られていないようで楽しかった。

まあでも、深夜バスは昔に比べて快適になったとはいえ、やはりハードな移動手段だと思う。まあ現実的にみて人でもハードな深夜バスは犬連れではあり得ない。

写真はそのバスが西宮の料金所を出る所。日がもうすっかり高くなっている。

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2007年08月28日

夜の雨

この夏の暑さも一息、という感じで、今日から週末にかけて天気が崩れるという予報だ。

しかしいつもの帰り道では、無性に蒸し暑く、本当に涼しくなるのだろうかと思っていたのだが、家に帰りつく頃には北の方の空が光り出し、ごろごろとカミナリが聞こえてきていた。これから結構な降りになりそうな予感で、その前に帰りつけた事にほっと胸をなで下ろした。

こういう湿度が高い日は、窓をあけても家の中の方が熱がこもって暑い。その湿度がいつも皮膚に不快なので、すぐにドライを入れてしまう私なので、家の中の窓を閉めて雨対策をしてまわる。

夕食は先日預かったハムスターのハナちゃんの飼い主さんから、明太子を頂いたので、由が明太子パスタとバジルペーストにスモークサーモンをあえたパスタの2種類。豪華メニューだ。最近私が家事をあまりできないので申し訳ないと思いつつ、頂く。

くーのいつもの肉野菜定食だが、いつも微妙に内容は違っている。ただ、昔は飼い主が食事が終わってからだったのだが、最近は同時に「いただきます」で食事開始になる。当然だが、それこそちょっと調味料を忘れて台所を往復している20秒位の間に、くーだけ食事が終わっている事もよくある。

最近昔ほどがっついて食べなくなったとはいえ、肉の時は早い。ドライフードの時は、すっかりゆっくりと味わってカリカリと噛みながら食べているが、以前は飲み込んでいた。これも一粒一粒あげながら、「カリカリ!」と言いながらあげたりした結果かもしれないが、食に対してもう5歳に近いので、少しおちついてきたのかもしれない。

食事が終わる頃、強烈なカミナリと土砂降りな雨が降ってきた。

そろそろ夏も終わりだなと思いつつ、食事を終えて足元でへそ天になっているくーのおなかを撫でる時間。

写真は随分昔のものだが、ギリシャの港町で雷雨に見舞われた時のもの。友人に撮って貰った。アヴィレックスのB6が重宝した冬だった。

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2007年08月27日

自衛隊のお祭り

土曜の夜、フィールドには強烈な号砲が響きわたった。夜間火気演習と呼ばれるものが、すぐ近くで行われていたのだ。

フィールドにも正式な入場券が何枚かあって、誘われたのだが、帰る時間に影響しそうだったので遠慮させて頂いた。でもちょっとみて見たかった。べったんパパさんとなっしゅパパさんが見てこられたようだった。

ミニコンペの総評をしていた最中、すっかり真っ暗になって涼しい風が流れている中、それはそれは強烈な音が響き渡った。実弾の音が、何度も、何度も。

それこそ車が揺れるほど。昔ながらの薄い板ガラスなら割れてしまうのではないかという音量と衝撃波で、音が響いて返ってくる。戦車砲やら何やらが、まるで目の前で撃っているような凄い音だ。森を突き抜け、空に響きわたっていた。

翌日のお昼にはもっと大規模な富士総合火気演習が行われる。防衛庁や永田町のお偉方もやってくるほどのいわゆるお祭りのようだ。

あとで調べてみたら、本当に凄い催しのようだった。これは一度見てみたいと思うのだが、犬たちはまっぴらという感じではないだろうか。私達も何度も号砲が響きわたるごとに、体をビクっと震わせられていたのだから。

写真は土曜のフィールドの上空にいきなり現れた空自の戦闘機。慌てて撮影したので、もっと低空を飛んでいた手前の1機に間に合わず。ちょっと上空で雲の中を恐ろしい速度でフライハイしていく機体の写真だけが撮れた。強烈な轟音と低空での旋回は何事かと思ったが…

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2007年08月24日

という訳でターボジャム

先週頭痛で中断してしまっているが、ビリーさんも卒業していない状況で、ターボジャムに取り組みはじめた。

感想としてはビリーのように筋トレのジャンルと違って、いわゆるエアロといった感じだろう。特典映像なんかまったく無用なのだが、カルディオ・パーティはハードだった。うまく踊れないというのもあるが、頑張ってみなければ。

間違えないように振り付けというか踊れるようになるだけでも大変な事かもしれない。前半の腹筋プログラムまでは時間もちょっと短くて、手軽にできて嬉しい。ただやっぱりどちらかというとビリーの方がやったという達成感があるような感じだ。

しばらく続けたいが、最近ちょっと頭痛が多いので、それを除いて頑張ってみようと思う。

写真はそのパッケージ。販売元のショップジャパンはビリーに次いでのヒット商品だそうだ。

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2007年08月23日

ハナちゃんと一緒

先週から今日でもう1週間になるのだが、実はかわいい居候がやってきている。ハムスターのハナちゃんだ。

散歩友達のヨーキーの小鉄とあずきの家が、九州にレンタカーで帰省するというので、その間我が家で預かる事になったという。私はハムスターは初めてなのだが、なかなかこれがまたかわいい。特に夜行性という訳でもなく、24時間きままに起きては水を飲み、餌箱の中のナッツ類を食べ、滑車を回す。鉄の網でできたケージを噛んだり、カラカラと走っている音が夜中に聞こえたりする。

餌をあげると、リスのように両手で掴んで口の中に入れるようで、すぐに見えなくなるが、食べている訳ではないようだ。あとでゆっくり食べているのを見た。しかし結構食べる量も多くなってしまうようで、太り気味とか。このしぐさをみる為に、餌をあげてしまう。

外から帰ってきたり、朝リビングに降りて来たりすると、滑車の裏の、ケージとの隙間に挟まって寝ていたりする。とてもかわいいのだ。

それにナッツを貰って一生懸命に食べている時には、弛んだ皮が微妙に小龍包のような形になって、つまみ上げたくなってしまう。

ただ結構指を出そうとするとかじられたり、爪が伸びていて触ると痛い思いをする事が多い。結局手のひらには乗ってくれなかったが、テーブルの上でちょこまかと動き回っている姿をみると、愛嬌一杯だ。

くーは興味津々で、由が本棚の上に置いているケージを眺めようとすると、くーも二本立ちになってみせろと要求する。下に降ろしてみると、ハナちゃんにケージ越しだが鼻を近づけて興奮している。あげくに一度長い爪の手でハナちゃんに鼻を叩かれ、それからというものの目もあわせなくなってしまった。くーはこんなに臆病だったのか…。確かに猫とかにもちょっかいを出すのだが、フーっと威嚇されると目をあわさずに通過してしまう。情けない。

私も朝に網越しに鼻を突き出してくるハナちゃんに臭いを嗅がせようと、人指し指を出した途端。爪でひっかかれそうになったのだが、その時イタズラで、逆襲と指の腹で鼻の先をちょんとあてると、ひっくり返ってしまった。そのリアクションがまたかわいい。

来週早々にはいなくなってしまうようで、ちょっと寂しいものだ。元気でね、ハナちゃん。

写真はそのハナちゃん。とってもかわいい。ネズミというよりも、リスのような感じ。ハムスターは初めてだが、なかなかかわいかった。

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2007年08月22日

おじさんになったようで…

日曜の夜、私が風呂に入っている時、由の実家から電話があった。

由の妹さんが、元気な赤ん坊を無事出産したとの事。随分予定より早まったようだが、母子ともに元気なようで、本当によかった。

実は先々月、その妹さんは身重の体で東京に友人と観光にきていた。何とか会おうと、寒川でアジリティ競技があった日に、渋滞だと分かっている中、競技終了後に急ぎ足で帰ってきたのだが、帰宅前に車の中で電話をかけると、新宿に夕食を取りにでかけているという事だった。

そんな体で人込みで大丈夫かなと心配しつつ、ホテルに戻ったら電話をと頼んで、私達も一旦家に帰り、夕食を取って電話を待っていた。するとしばらくして電話がかかってきたので、くーを連れてまた車でホテルへ。

ホテルのロビーでドアマンの目を気にしつつ、久しぶりに妹さんと再会。私は2年前の北海道以来になる。おなかの大きさも私からすればとんでもなく大きい状態で、こんな姿で東京を観光するなんてと思ってしまうほど。くーにもおなかには飛びつかないようにと言い聞かせるが、撫でて貰うために大興奮していた。

少しだけ話をして、明日には東京ミッドタウン経由で、神戸に帰るとの事だったので、早めに切り上げた。クリスピークリームドーナッツが買えなかった事を悔やんでいたが、この体で何時間も並ぶのは勘弁して欲しい。女性は強いなとあらためて感じた一瞬だった。

新しい命にはまだ名前が決まっていない。女の子のようで、妹さんは平仮名の名前をつけようとしている事を由が聞くと、必ず漢字を入れるようにと口を挟んでいた。

これでおじさんと呼ばれる立場になったのだが、そういえばくーもおばさんなのだ。そう、姉妹犬の福来ちゃんが5頭の元気なパピーのお母さんになったのだ。私達からすればくーはまだまだお子さまなのだが…

こうやって生きものは世代を越えて時代を繋げていくのだろう。私達がこの世からいなくなっても、次の世代が時代を繋いでいくのだから。

写真は妹さんに会いに夜、ホテルまで行ったときのもの。姉妹とくーの記念写真をちょっと加工。

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2007年08月21日

ターボジャムいきなり休止

週末からビリーさんに変わってターボジャムを開始。由のダイエット計画もますます活気を帯びてきている。私も便乗して頑張ろうと思い、今回も10日間プログラムを一緒にしていたのだが、一昨日、昨日と体調が最悪で、いきなり私だけは中断してしまった。

軽い頭痛と胃の違和感が続くが、食欲は少し戻ってきた。しばらく胃に優しい食事にしよう。

私は横でシャーリーンの指導を受けて踊っている由を見ながら、もしこれを今の私がやったら、頭痛と胃痛で吐くかもしれないと思っておとなしくしていた。

写真はターボジャムとは無関係だが、ニワトリに興味津々なくー。踊っているようだ。

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2007年08月19日

暑さが一段落

昨日は涼しかった。しかし今日はちょっと暑さがぶり返している。ちょっと湿度も高く、それでもちょっと前の強烈な暑さから一息という感じがする。

今年は夏がスロースタートだった事から、色々暑くならなくてはいけないものたちが心配だったが、8月に入ってそれこそ尋常じゃない暑さが続いていた。心配する必要もなかった訳だ。

といっても都心で40度を越える気温が何度もマークされているのも問題だ。大寒波や暑さでよくニューヨークなどはニュースになるのだが、それに近いインパクトがある。台風が段々と強力になってきていたり、短時間に降り続く雨が多くなったりと、明らかに地球のバランスが違ってきているのは誰の目にもわかる。

暑い時は避暑地にという夏の流れも、最近はあまり景気がよくないせいか、せいぜい1泊程度で少し涼しい高原に旅行に行くくらいだろう。犬を飼うようになってからは、寒さよりも暑さに配慮が必要になっている分、それまでの行動とはまた違ってきている。

第一に夏の北海道にあまり行かなくなった。そう、自分だけ行く事ができないのもある。それなら家族でくーも一緒に冬や秋に、というものだ。週末もまあ、アジ練があるが基本的には涼しくて広い場所に行く事がメインになっている。

都心ではとにかく我慢する事になってしまう。それは仕方がないのだが、週末の為に、暑さをなんとか避けるしかない日々を送っている。

週末は車で少しでも涼しい所に行って、という避暑行動がしばらく秋まで続く予定だが、それも先がみえてきてちょっと嬉しい。

写真は先週までのジリジリと痛いほど降り注ぐ太陽を照りかす、お台場の歩道。歩いているだけでクラクラする暑さだった。

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2007年08月08日

20年前の夏

職場がお台場に来てもう10年になる。間1年ほど、神奈川の方に事務所が移ったのだが、立ち上げから関わったお台場の職場に、今思えばよく通っていると思う。

時には2000年問題の時の年末年始や、ウィルスが蔓延して何度か泊まりの仕事もしてきたが、最近はすっかりそういう事もなくなった。ある程度システムができ、運用ポリシーもできあがり、一番関係する末端の意識も少しは改善したせいという所だろうか。

といっても新たな脅威は日々生まれている。今ではMPackやフィッシングもメール経由でのウィルスなみに増え、これまでの対応だけでは完全に不足する事になる。

10年前は正直脅威のレベルとしてはまだまだ低かった。では20年前はどうだろう。インターネットは普及とは言えない極めて一部でのネットワークだった訳で、ウィルスといってもフロッピーで感染するようなもの位。脅威のレベルは極めて低いものだった。

私が20年前はそんな事すら知らなかった。コンピュータのコの字も知らない私が、今はそれを食いぶちとして仕事にしているのも想像がつかなかった。しかし、今当時を振り返って、それでよかったのだと思ったりもする。

20年前は私はバイクと旅が人生の殆どだと思い込んでいた訳で、その時があるからこそ今があると思えるからだ。色々な経験や日本を巡った事は、付加価値を沢山与えてくれた。

夏という季節は毎年来る。それがまた日本の良さでもあるのだが、そんな夏で、仕事の辛い夏というよりも思い出すのは20年前の夏だ。それだけ充実していたという証拠でもある。

写真は20年前の9月、今の会社に入社を決めて、会社の懇親会に出たその夜から釧路行きのフェリーに乗り、1カ月程旅をした時のもの。女満別の丘にて。

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2007年08月07日

真夏の夢

ここ数日、梅雨明けした関東地方はそれらしい暑さだ。強烈に暑くてすっかりエアコンと水分とで夏バテになってしまった。

夏風邪を引いたようで、すっかり気分が悪くて困ってしまう。水分の取りすぎで腹も痛くなり、食欲もなくなってしまい、おかゆやそばで腹をもたせる始末。困ったものだ。

毎年、本格的な夏に入った序盤にこんな感じになる。窓をあけて扇風機で過ごしたいのは山々なのだが、マンションでは階下や近所から常に煙草の煙が漂ってくる為、空けていられない。何とかならないかと思うのだが、家の中で吸っているのであれば、それ以上は言えない。こんな事ひとつをとっても、私には普通に過ごすだけでも苦痛を感じてしまう体なのだ。それは運命として受け取るしかない。

となると窓を閉め、空調を弱く入れるしかないのだが、エアコンの気温調整は難しい。29度~30度で設定をしていても、体の温度調整がうまくいかず、明け方などは汗をかきながら鳥肌がたっていたりする。それが体調を崩すひとつの原因にもなっている。

夏は来て貰わねばならない。農家にとっても、山や川にとっても必要な季節だ。だからこそ、この一番厳しい季節は、全ての行き物が耐えて乗り越えなければならない。

今、まさにそういう時なのだから。

写真は夏真っ盛りの空。

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2007年07月30日

くーの病院と繰り上げ返済

月曜は事前に会社の休みを取っていた。流石に土日キャンプで夜遅くに帰ってくると、翌日は私は最近厳しい。予想通り、朝はとても辛かった。色々な所が痛い。

そしてこれも予定していたのだが、マンションの繰り上げ返済をする為に、午前中頑張って銀行に行こうという事にしていた。同時にくーの股関節のレントゲンを撮りたいと由が言うので、いつもの病院にも行こうという事になった。

しかし天気予報では午後また昨日のような土砂降りになると聴いていたので、できるだけ早く動く事にしたのだが、体が辛い。何とか10時前に家をロッキーで出て、まずは銀行へ。これまでは由に何度も足を運んで貰って、私のサインが書類に必要なので面倒だったのだが、今回はローン契約者の私が居るので、30分ほどで手続は終わった。その後にすぐに病院へ向かう。

病院に到着する頃には小雨が降ってきていたので、来院する人も少ないだろうとタカをくくっていたのだが、順番待ちは4組。狭いのがたまにきずのこの病院だが、いつも親身になって診断してくれる先生に対して、我が家は絶大な信頼をおいている。

順番が廻ってきて、心配に思っていることを先生に話すと、色々相談に乗ってくださり、くーを診て頂いた。そして混んでいる中、レントゲンを撮って頂き、それをみながら説明をして頂いた。

結果は問題はないとの事。右足と左足の筋肉量の差は、気にならないとの事で、ひとつ強いて言えば骨の湾曲の形が左右でちょっと違う位だという事。これも個体差で何ら問題はないらしい。

心配だった由も私も、安心できたのだった。今年の年末で5歳になるくーだが、まだまだ思いっきり運動はできそうだ。ただ、骨やその構造をみればみるほど、ディスクやアジリティなど、普段生活する上でないような動きをしっかりと受け止める為には、しっかりした骨格と筋肉が必要だというのがよく分かる。そしてあらためて、アジをする上で、コース取りで急な動きやターンの半径が狭いなどくーの速度やサークルのサイズにあったライン取りがいかに重要かというのが、あらためて気をつけなければならないと思わされるのだった。

病院を出ると激しい雷雨。また駐車場の料金を払う数秒だけでびしょ濡れになってしまった。予報よりも3時間近く早く降り出した雷雨の中、家に戻り、私は今年の夏休みである最後の特別休日を由とくーと共に、部屋の中で過ごしたのだった。

写真は病院の待合室で、外の雨音や通過する人の気配を気にするくー。

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2007年07月27日

明日からサマーキャンプ

今週は月から水まで、これまた憂鬱な研修だった。この企業研修というものは、やはりいくら受けても慣れない。まあそれは私が後ろ向きな姿勢だから、いつまでも慣れないのかもしれないが…

ちょっと前に1週間のカンズメになった研修も同種類なのだが、今回は入社以来、20年近く逃げていたものだ。途中諦めて受ける気になった事もあったのだが、色々な理由でキャンセルになったり、定員を越えて受けられなかった事もあった。なので、対象が入社5年~10年目の中堅処の科目なのだ。

私は今回も通らないだろうと思って書いたのだが、運悪く通ってしまった。多分に漏れず、この日までは憂鬱で、研修中もたまらなく胃が痛かった。

しかしなんとか3日間乗り越えた。これでしばらくは受けなくてよいと思うと、それはそれで達成感というか、課題を乗り越えた喜びも感じられる。

夏に向けて、技術面での研修は少しあるのだが、これは別に苦痛ではない。エンジニアとしてはもっと勉強しなければならない訳で、それはこの職業に就いている間はずっと続く。今年は色々な意味で自分に課題を課して頑張ってみた。まだまだ足らないとも言われるが、終わってみるとちょっとほっとできるものなのだ。

明日から御殿場で土日ともサマーキャンプ。昨年は土曜だけ、開催会場だったPICA西湖に行ったのだが、今年は御殿場なので、色々な意味で気楽なのだった。思えば、昨年のサマーキャンプは2度目の競技会だった。そして運よく、BOPでCRでき、優勝をする事ができた記念すべき競技会でもある。

今年は現時点で由が随分自信を失っているが、私はCRできてもできなくても、何本かそれなりに満足のできる走りができれば、それでいいと思う。

明日の朝は停電がないように祈る。もうあんなドタバタはまっぴらだ。いつも通りに出発予定だ。


写真は昨年のサマーキャンプの会場、PICA西湖のドッグランエリア。単なるまん中に網で囲った真四角の広場がある、駐車場のような感じの場所だ。森の中にあるパオなんかはいい雰囲気なのだが…

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2007年07月26日

御殿場の長い1日その6

日が暮れてから小雨が降り続き、霧に包まれたフィールドは周囲の杉林すらよくみえなくなる事がある位だった。ナイター照明が点き、スタートが少々遅れた事もあって、コーチの配慮で2時間半を越えてセミナーが続いた。

2グループに分ける事で指導は大変だと思う。くーにとっては長くなるのは大歓迎で、昨年のように午前中に1クールあっても全然問題はない。ただ、長ければいいというものでもなく、我がチームにとっては何かを得ていきたいという気持ちの中、模索する事が多かったようだ。

由は本当に色々な事を頭の中で試して実践していた。コース取りにしても、2走の中では微妙にハンドリングを変えてみたり、スタートのタイミングを変えてみたりと、それは観ている私にとってもあれっと思う程、さらっとやっていた。

由は私なんかよりも頭がはるかにいい。ただ、焦ったりするとその時点で驚いた時の猫のように体や頭の動きが停まってしまう。その上、頭で分かっていてもそれができないという時もある。きっとその部分では悩みが深いのだと思う。

私には頑張って乗り越えて貰う為に、サポートする事しかできないのだが、近いうちに由はくーと共に、またひとつ大きな壁を越える事ができると信じている。それは競技会の順位ではなく、ひとつひとつの積み重ねの中、「やったぞ」と満足感を味わえる事がまたひとつ増えるという壁だと思う。

今週末は久しぶりの競技会。それも2日連続である。解決の糸口が見えないままのエントリーになると言っていたが、私は練習のつもりでいいと思っている。昨年はそれでBOPではあるがCRできたのだから。

気楽にそして、真剣にメリハリをつけて楽しめたらと思う。くーはまあきっと、いつでも楽しんでいると思うのでいつも通りでいいが…

帰りは夕食が時間切れでファミレスで皆でとり、今回も帰りは由が東京ICのETCゲートまで運転。しかしもう横浜青葉あたりから明らかにふらふらし始めていたので、落ち着いて休んでもいられず、私が交替し深夜1時すぎに帰宅。

色々と降ろすものはあったが、まずはガスの室外機をチェックすると、エラーコードは表示されておらず、無事風呂を入れる事ができたが、由はそのまま風呂も入らずにダウン。私はクーラーやら何やらを片づけたあと、風呂に入り、3時すぎに就寝。長い長い1日だった。

写真は昨年もこの時期にお世話になった、御殿場フィールド夏の名物、今年のナイター風景。

御殿場の森の中で、いきなり現れた照明に照らされる芝のフィールドで、私たちだけでなく、多くのチームが同じように自分の課題に向けて、取り組んでいる。くーはこのフィールドで思いっきり走り、吠え、遊ぶ事が好きだ。

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2007年07月25日

御殿場の長い1日その5

夕方近くになって、セミナー参加者も集まってきた。あれよあれよという間に、大人数。初めてお会いする人もいて、賑やかなセミナーになった。

JP系とAG系を2箇所に分けて設置し、まずはプレミーティング。その後、由はまずはいきなりコンタクトではなく、気持ちよく走れるJP系のコースのチームに振り分けられた。

私は腰をかばいながら、写真やビデオ撮影。といっても小雨が降ったり止んだりしている上に、既に薄暗くなってきている事からもまともな撮影はできないだろうと、ちょっとだけ撮影してやめる。カッパを持ってきたり、傘をもってきたりと、ウロウロするが、それもまあリハビリのつもりで。ただやっぱりどこかに無理があるのか、早朝から起きているせいか、段々と腰から下がだるくなってきた。

由は最初のアイドリングコース以降はなかなかうまく走れず、あとで知ったのだが随分落ち込んでいたようだ。まあうまく走れないと私も「惜しい」と言う言葉が出てしまうのだが、それが少しづつ由にプレッシャーを与えているのかもしれない。何度かは敏感に反応して思いっきり落ち込んだのだが、私としては自分が走っていない訳だから、うまく走れない立場の考えにうとくなっていたのかもしれない。

ただ、1年でよくここまで走れるようになったものだと私は素直に感心してしまう。諸先輩方のように、バリバリと1度以上を走ってCRをだせるようになるには、くーの走りも特性もつかみ、その上でもっと今以上くーと繋がっていなければならないというのは、コーチにも言われた点。そうなんだろうと思う。とっても高度な事をしているのが、私にだって判るのだから。

とはいっても由もくーも悩んでばっかりでは困る。二人とも楽しんでいるという事さえあれば、私は別にCRしなくたっていいと思う。その中で由は一刻も早く、CRを着実にだせるようにしていきたいと思い、それが自分に対するプレッシャーになっていくのだろう。辛いだけでは困るが、これまでも楽しいという気持ちが私にも伝わってきていたのだから、今は丁度気分が落ち込みやすい時期なのだろうと思うのだった。

そんな中で私ができる事は少ないが、家族というチームはお互いを尊敬して、お互いを助けあいながら前に進むものだと思っている。

写真は久しぶりにアジをするくー。ちょっと最近由は自分のリズム感に悩んでいる。

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2007年07月24日

御殿場の長い1日その4

土曜の御殿場はまだまだ続く。

新しくトイレが増設されていた。他にも2機あり、一気にキャンプでもトイレの心配はなくなった。

やはりこれまでも宿泊時に女性なんかは特にきつかっただろうと思う。トイレのない場所でいくらでもキャンプをしてきた我が家は、いざとなれば草むらもできるのだが、犬も走り回るので車でコンビニに行けばいいのだから別に気にはならないが、あるに越した事はない。

コーチとハリー家がしばらくすると戻ってきた。雨戸井や小物を買いに行っていたようで、その中には小さな鳥籠があった。どうやらその新しく設置したトイレの近くに、雛な落ちていたとの事。私も鳥の種類なんかわからないのだが、まだ親鳥に餌を巣で貰っている位の大きさだという事で、このままだと危険だという事はわかる。

鳥は巣から落ちると基本的に巣に戻す事が難しくなれば、あとはカラスや小動物などに食われてしまうか、衰弱してしまう。また戻しても親が育てなくなってしまう事もある種類もいるだろう。コーチは何とか助けようと、まずは巣箱を買ってきて、食べ物を与えようとあの手この手でやってみるのだが、あまり食べない。しばらくすると、色鮮やかな親鳥らしき鳥が近くに飛んできた。

コーチが達っちゃんに、巣を探すように指示し、とても高い木の上まで上って探してみたのだが、巣らしきものを発見できなかったようだ。それでなくてもわかりにくく作られている巣なので、なかなか素人には分かりにくいだろう。正直、達っちゃんが怪我しないかの方が心配だった。無事に地上に生還。

今回新しいトイレに屋根をかける作業や、Aフレやドッグウォークを配置する手伝いが一切できなかったのが申し訳ない。今でもちょっとした姿勢をするだけで結構な痛みが走る腰なので、しばらくは物を運ぶどころか走る事も厳しい。草アジに来るとそのあたりでとても回りに申し訳なく思う。原因となった時も、自分がもともと腰痛持ちというのを忘れて、調子に乗って丸太を支えていて起こしてしまったのだから。

しばらく鳥籠の中に入れていると、鳥籠の周囲に鮮やかな親鳥が近づいてきた。中の雛も一生懸命それを知って外に出ようと羽ばたく。出して親鳥のもとに返してやりたいのは山々なのだが、上に飛ぶ事はできないようだが、横に飛ぶ事はできるので、警戒してどこかに逃げてしまうだろう。あとは自然の摂理に任せるというのもあるのだろうが、何とか安全に親元に返してやれたらと、皆が思っていた。

その鳥は、あとからハリーパパさんからメールがきて、カワラヒワだという事が判った。

写真はコーチが保護したカワラヒワの雛を探しにやってきた親鳥。なんとか返してやろうと、皆で何時間もあの手この手で努力していた。

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2007年07月23日

御殿場の長い1日その3

土曜の出来事の中ではまだ序盤だったりする。

アウトレットでは、ナイキ、アディダス、リーボックなどを中心に、他にエディバウアーやホーキンス、コールマンなど、色々みて回り、堅実に安くなっている商品の中で、由は自分が欲しいものをみつけていた。

ナイキでは私が普段通勤で使っている、AIR MOC コンバーチブル3をみつけてラッキーと思ったのだが、サイズが0.5小さくて購入に到らず。何とかネットでないか帰ってからみつけようと思った。以前は靴についてはトラッドと決めていて、コバの広いレザーソールのプレーントゥやウィングチップ、ストレートチップを好んで会社用に履いていたのだが、最近は内勤という事もあって、すっかり歩きやすい靴になってしまった。ホーキンスのエアソールすら重くて嫌になり、このナイキは素晴らしく気に入っていたのだった。

目星をつけていた下のジャージは、行ったり来たり試着したりして、リーボックを1枚、アディダスを2枚の計3枚と、アジ用のスパイクではなく、普段に履くスニーカーを購入。全て由のものだけ。最近私の買い物ばかりだったので、何か自分のものを買えばといっていたので、そこそこ満足なものを手に入れる事ができた由はちょっと嬉しそうだった。

その後既に12時は過ぎてしまったので、昼を食べにいく場所を検討する。アウトレット場内にも色々あるのだが、どこも並びができている魚がし鮨なんかは、10時の開店直後から並んでいる。時間さえあえば、流れ鮨の方に久しぶりに行こうと言っていたのだが、まだ混んでいる頃ではないだろうかと思いつつも、とりあえずは行ってみようという事になり、アウトレットを出発。アウトレットの周辺はのどかな風景が広がっていて、実はとても気持ちがいい。

移動中、由がカインズホームに寄りたいと言ってきたので、裏道から駐車場に入る。すぐに停める事はできたが、結構混んでいる。土曜の13時前なのだから当然だろう。そこで我が家のトイレに置いてある、くーの使用済ペットシーツ等を入れる小型のゴミ箱を探すのが目的なのだ。先日もマツキヨのホームセンターやドイトに寄ったのだが、皆大きすぎる。代用品という事で、ペンキ缶をみつけてそれに決めた。蓋ができないと流石に臭うので、今使っているのも蓋付なのだが、ちょっと大きい。何せ狭い家なので、できるだけ丁度よいサイズのものを選ぶのは基本となっている。

他にもおじぎ草や、クールマットなど小物も買い、あらためて流れ鮨に移動。すると駐車場もすぐに停められ、中も4組待ち程度。15分ほど待って久しぶりにおいしい鮨にありついた。中でもやはり縁側と生桜海老はおいしい。初めてここでハモの天ぷらの一品料理を頼んだのだが、アツアツでおいしかった。いつもデフォルトのあら汁もおいしい。満足して眠くなりつつ、やっと今日の目的のメインである、フィールドへ向う。

フィールドにはウィル家、ハル家がいるだけで、コーチはおでかけ中だった。やっぱり落ち着く場所というのはまさにこういう所を言うのだろうか。くーもやっと自由にさせて貰えて嬉しそうに走り回っていた。

写真は久しぶりに寄った魚がし流れ鮨。縁側と生桜えびは必ず頼む。

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2007年07月22日

御殿場の長い1日その2

土曜の早朝の続き。

朝の東名は交通量が多かった。先週の3連休は台風のせいで、どこにもいけなかった人が多かった分、今週は交通量が多そうだと思っていたのだ。渋滞のメッカ、大和トンネル付近で60km/h以下まで落ちたのだが、何とか停まらずに通過。

ゆっくり走ったのだが、流石に時間には余裕がある。その為、横で寝息をたてている由には相談せずに、秦野中井で東名を降り、懐かしいR246をゆっくり走って御殿場に向おうと思いたち、ウィンカーを点けた。

秦野中井のETCレーンは先がすぐに信号のせいもあり、渋滞していた。一般道でR246に入り、先の方に霧で霞んだ丹沢の山々をみながら、何台か前にいる数台のダンプがスロー走行で40km/h以下で走る。眠くなりそうな条件は揃っていたが、小雨降る山が近い雰囲気の道を走っていると、そんなに眠気は感じなかった。ちょっと旅気分で嬉しい。寄り道も余裕がある時は大歓迎だった。

大井松田を越えると、本格的に山や谷に漂う雨雲がいい感じだ。バイクだと気が進まないだろうが、車だとこういう所に余裕ができる。

とにかくゆっくり走り、結果的に+30分ほど多くかかり御殿場に到着。まだ時間的には早いので、フィールド方面にあるマックスバリュに寄る。駐車場のあるスーパーは地元にないので、色々普段使うものや食べるものを買い込みつつ、時間潰しを考えたのだった。由にはマックスバリュの駐車場で初めて起きて貰った。

スポーツドリンクやレトルト、味噌汁の具などいろいろ買い込み、時間は8時を少しまわった所で、ジョナサンに移動し朝食。私はいつもの目玉焼きモーニングに納豆で、由も目玉焼きモーニングにパン。ゆっくりお茶を飲んだあと、9時ちょっと前にアウトレットの場内駐車場へ裏道から向う。

アウトレットには前回アジ友のマフィさんの車に乗り合わせて、フィールドから昨年の夏に1度行っただけなのだが、その時は手前の場外駐車場に停めさせられ、バスで移動する事になってしまった。色々と調べた所、犬連れの場合は日陰でないと厳しいのだが、屋根がある駐車場が場内にあるというのを知ったのだった。

何とかそこに入れて買い物をゆっくり楽しむ事はできないだろうかと調べてカーナビの設定もほぼ万全。予想していた入口が出口専用になっていた位で、あとはとてもスムーズにベストポジションに車を停める事ができたのだった。まだ霧に煙る周辺では、通る風が涼しくて肌寒い程。くーも充分待っていられる環境だった。

駐車したのが9時15分頃。由にゆっくりと近くを散歩して貰い、20分ほど車の中で待っていると、9時50分頃からアウトレット場内に音楽が鳴り響き、同じように開店前に入ろうという人々が少しづつ駐車場から出てきた。といってもまだそんなに混雑していない。ただ、特定の店舗前には既に並びができていた。

さて、買い物だ。由がずっとジャージや靴が欲しいと言っていたので、いいのが見つかるといいのだが。

写真は御殿場プレミアムアウトレット、9時55分頃に音楽が流れている中、くーを車の置いて買い物に出陣の由。

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2007年07月21日

御殿場の長い1日その1

夏時間となって今シーズン初めての御殿場。時間が夜の17時~19時半と、犬が活動しやすい時間にあわせてセミナーを開催して頂いている。昨年は朝の部と夜の部だったのだが、他の時間は自主練もできるので、アジ機材が身近にない我が家にとっては、結構有意義な1日にしたい所だ。

また御殿場は普段、ハンドラーが身につけるスパイクやスポーツウェアもアウトレットで安いし、食事する所も充実している。そういう意味でもいい場所なのだ。

御殿場といえば、私が中学の頃にカメラを持って初めて一人で遠出をした所。富士スピードウェイにレースを見に行ったのだった。御殿場駅でおりる時に、自動ドアではなく、ボタンを押して電車の扉を開けた事を思い出す。田舎に来たものだとしみじみ思ったものだったのを思い出す。

また御殿場にほど近い丹沢湖も思い出深い。初めて50ccのトレール車で本格的な林道越えをした時、ずっとR246を走ってヤビツ峠と犬越路を経由して往復したものだった。たかだか陣馬山を抜ける日帰り林道ツーリングで、当時走り屋のメッカでもあった大垂水峠を越え、林道に入った時も、そこまでの甲州街道は苦痛だった。どちらも渋滞に何度もひっかかり、路肩も狭い上にトラックも多く、命の危険を感じながら、ディーゼルの黒煙に咳き込みながらも走ったのはもう26年前の話だ。

さて時は朝。今回ナイターのみのセミナーなのだが、色々やる事があって、結局朝の6時前に東名に乗り、ETC割引を使おうと思い、朝、4時前にブザー音で目を醒ました。

私は寝ぼけているのか、それは電話の子機から鳴っているもののようだった。タップはコンセント毎に通電スイッチがあるので、入っていれば電気がついているのだが、真っ暗だった。何か起こっているのかよくわからないまま、リビングにおりていくと、見事に電気がついていない。常に点いているルータやHDレコーダー類のサスペンドランプ、空気清浄機などが全て停まっている。これは停電だと思い、とりあえず落ち着こうとトイレに行ったのだが、何しろ真っ暗でなにもわからない。

落ち着きはまだ取り戻せないが、ふと冷蔵庫にも当然電気が入っていない事に気がついた。冷凍しているものは全てダメになってしまう。それは大損害だけでなく、とんでもなく面倒な事になると思い、窓をあけて近所はどうなっているのかを確認する。

すぐ目の前の一方通行の先の電気は入っている。これだけではわからないが、とりあえずお湯を沸かし、換気扇が動かないので窓を少しだけ開けた。セミナーにいつも持っていくポット分と、紅茶だけを入れて、それでも電気は回復しないので、ゴミ棄てついでに外の様子を伺に出た。

すると人がいたるところに出ていて、停電に困っているような会話をしていた。サイレンを馴らしたパトカーが走り去っていく。大通りに出て様子とみると、赤灯東京電力のワゴンに慌ただしく走り回るスタッフが見えた。ロッキーの置いてある駐車場の近くでも、おばさんやおじさんが出ていて、どこも夜更けの停電に困り果てているようだった。

一旦部屋に戻り、由を起こして状況を説明して、用意だけはと続けた。くーにも軽く朝食をあげ、その後荷物を積み込むべく、ロッキーを取りにいく。その時、先程の東京電力のスタッフが増えていて、先程より少し落ち着いている感じだったので、話をすると、どうも東京電力の設備と他の設備が接触してダウンしたとの事。確かに気がつくと先程真っ暗だった街灯も点いていた。我が家にはまだ通電してないと言うと、今復旧したので点いているはずだと言われる。それ以上は会話せず、ロッキーを玄関横まで運んだ。

玄関に出しておいたクーラーや着替え、カメラバックなどを積み込み、部屋に戻ると電気はついていた。由も安心していたのだが、ガスがおかしい。我が家の室外機だけ動作音がしており、操作パネルには00Fというエラーコードが出ている。

説明書を探すのに手間取り、そこの電話番号は古いようなので、ウェブで確認すると24時間対応のトラブル受付窓口の電話が乗っていたので即座に電話。状況を知らせると、エラーコードの説明はしてもらえず、8時にならないと技術の担当が来ないと言い、結局携帯にかけて貰う事にする。この動作している状況は危険ではないと言うので、それを信じるしかない。しかしもうタイムリミットギリギリ。

我が家を5時20分にスタートしたのだが、道路工事でひっかかりつつも飛ばしながら走る。丁度ガソリンも見事に空なので安いセルフに入ろうとすると4台ほど並んでいる。ついてない時はついてない。何とかその後はすぐに順番が回ってきたので、給油後また飛ばすが、交通量が多く、イライラする。

東京ICの坂を上った時は、あと5分を切っていた。ロッキーには悪いがアクセルを踏みつけ、何とか1分20秒前にETCレーンを通過する事ができた。これだけでもうへたへただった。

朝からとんでもないトラブルな上に、割引が効かなくなっても東京電力は保証なんかしてくれない。ガス機器はおかしくなるし、たまったものではないスタートになった。

写真は大井松田を越えたあたりのR246から東名高速の橋脚を望む所。雨が降ったりやんだりしている天気の中、山や谷には霧雲が立ち込めていていい感じだ。

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2007年07月17日

台風は去り地震が来る

結局関東には大きな影響もなく、予想進路よりも南にずれて東へ抜けていったようだ。ここ最近、台風直撃や集中豪雨で、これまでめったにみたことがなかったトラック横転や尋常ではない波しぶきをテレビ中継で目にする事ができる。

いわゆる地球温暖化や異常気象と言われるものが、目に見えて感じられる風景のような気がする。子供の頃は、こういう風景を観た記憶がないからだ。

同時に中越地方で地震がまた発生。多大な被害を与えている。まさに今も避難生活をされている方が多い上に、家屋倒壊の目にあった老人もおられるようで、これまであまり地震がなかった場所に、集中して大地震が発生しているように感じる。そう、阪神大震災もそのひとつだと思う。

昨晩地震のニュースを観ながら、揺れた、と感じた瞬間があった。22時18分、テレビではテレビ朝日が即時にニュース速報を流し、他の民放が続いた。どこかの国営放送が一番遅い。それは京都府沖なのに、浦幌や釜石など北海道や岩手、他に福島・茨城で3以上の震度だったようで、すぐに頭の中に日本地図が浮かんだ私は、困惑した。何故こんな揺れ方をするのか。それこそ同時に北海道、岩手、福島、京都で地震が発生したものだと思ったほどだ。それが断層や地形の関係なのか、京都府沖の日本海を震源に、福島、岩手、北海道へとそん揺れを伸ばしたというのが想像できなかった。

大きく自然のバランスが崩れてきているように思える。それこそ、本当に世界の終わりが近づいているような気分だ。

写真は2001年の初夏、被害が甚大だった神戸は長田のアーケードは、震災後6年経ってもこの状況だった。その傷跡は深い。

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2007年07月16日

海の日と誕生日と

10年前の海の日、私と由は結婚式を北海道の某丘で挙げた。もう10年も経つのだとあらためて、その10年という時間に思う。

今の住まいに一緒に住み始めたのは、その年の9月。色々あった。当時は私の父親も健在だったし、今ほど悩みも少なかったと思う。体調も最近のように酷くなかった。しっかりと10年という年月は私も感じる事ができる。

同時に今日はリアルで私の誕生日。もう自分の中でいくつになったかなんてどうでもいい訳で、ただ、人生半分以上はもう過ぎたのではないかと思える歳になった。半分どころか、もうあとちょっとしかないと言われてもおかしくない私の体だが、できれば由と長く一緒に人生を楽しんでいたい。

くーはまだ半分とまではいかないが、明らかに私たちよりは早くにその一生を終える。死というもの、期限というものについてこれからもっと頭をよぎる事になるのだろうか。あまり考えたくはないのだが、身近にそれは転がっている。

あっという間でもあり、色々な事もあった10年だった。まだあと10年後、20年後と、家族で仲良く元気で迎えたいというのが、私のささやかな願いだ。

昨日の事だが台風の中、昼前に由と何年ぶりかにフルコースの食事をしてきた。店はサンマルクというファミリーレストランの中ではちょっと高級な所。パンが美味しく、店員もしっかり教育されていて、席間の間隔も広い上、値段はそんなに高くないので好きなのだ。由が神戸時代によく行ったそうで、私は知らなかったが東京にも数店あるのをあとで知った。

誕生日と結婚記念日のコースを紹介するはがきが来ていたので、それで10年も一緒にいるのだからという事もあり、といって格好つける訳でもなく二人は普段着で出かけてきた。散歩にいけなかったくーは相当不満そうだったのが心残りだったが、台風で空いている都内をロッキ