2012年02月03日

節分

今日は節分。恵方巻のしきたりはよくわからないが、豆まきは昔から実家でやっていた。

今年は最近知り合って親しくさせていただいている、滋賀の武蔵くんのママから、豆まきセットと東寺の犬のお守りをいただいたので、早速豆まきをしてみた。

くーは穀類を採るとおなかがゆるくなる。なのであまりあげられないが、縁起ものなのでという事で、数えの歳分として10個、おにわそと、ふくわうちと巻いた豆を拾って食べるのだった。

実は数日前に兄からも豆をもらった。こちらは千葉産。武蔵くんのママからいただいたのは、京都産。味がまったく違う。後者の方で豆まきをするのだった。

写真はいただいた東寺のお守りや節分グッズと共に記念撮影。病気や怪我のないように…

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2012年01月29日

思い出の公園の散歩

前に住んでいたマンションの理事会に参加するため、久しぶりに家族全員で車ででかけた。普段は由に頼んでしまうのだが、今日は決議があった事と、せっかくなので私が会議に参加し、その間、由とくーはくーが育った公園でゆっくり散歩がしたかったという事だった。

この日はとても寒く、長時間外にいるのが辛いほど。しかし結果的に会議に参加している2時間の間、由は公園でくーと散歩していた。くーはこの公園で育ったといっても過言ではない。いろいろと環境も変わったが、くーにとってよく知っている臭いがたくさんあるはず。

帰ろうかという頃に、多くの散歩仲間が現れ、みなさんと懐かしの再会。みんなくーの事を覚えていてくれて、こんなに嬉しい事はない。引越す時に何が一番辛かったかというと、この散歩仲間のみなさんとの別れだった。

くーと共にこの場所で築き上げてきた人間関係は、簡単に消えるものではない。くーが繋げてくれた関係に、あらためて感謝。

私が覚えている名前は少ないので申し訳ないが、ウリくんやジョップは、私がデジイチを買った時に、彼らの写真もたくさん撮ってよく覚えている。

みんな、また来るので遊んでやってね。

写真は久しぶりに我が物顔で散歩するくー。ここで過ごした四季は懐かしい。

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2012年01月23日

都心に積もる雪

この日、都心に雪が積もった。夜になり雨音がしなくなったと思ったら、雪になっていたのだった。

それに気がついたのは夜22時をまわっていた頃。大粒の雪で中庭を白く染まっていた。すぐにトイレの窓をあけて手を出してみると、軽く大きめの雪のつぶが手にあたり、溶けるのがわかった。

それを確認したあと、テレビを見ている由に、くーを連れてすぐに外に行こうと声をかけて連れ出す。するともう中庭外庭どちらにも雪がうっすらと積もっていた。

くーはそれをみてすぐに弾けるように庭に飛び出していく。雪が大好きなくー。あまりきれいな雪ではないはずなので、食べないように気をつけながら、早速目の前の通りに出ると、まだ誰も足跡や車のタイヤの跡をつけていない、白いコーティングのままの状態だった。

雪の散歩。今年もできたね。

写真はその庭に積もった雪の上で、いい迷惑な、マテ。

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2012年01月01日

Happy New Year 2012

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2011年12月23日

風の強い休日

今シーズン最も強い寒気が入ってくるといわれている3連休。今日も未明から雨のように落ち葉が飛び交っている。しかし大物は先週にすべて落ちてしまったようで、軽い葉は真横にガラスの向こう側を通過していく。

ふと庭をみると結構落ちている。先週ほどではないのだが、もう少し風が落ち着いてから掃除をしよう。

今日は年賀状作成に入らねば。そう簡単に毎年の年賀状ができる訳ではなく、結構時間がかかっているのも確か。定例イベントとはいえ、なかなか難しい。毎年由がコンテを考えるのだが、実際に画像処理するのは私。さて今年はどうなることやら。例年大晦日に投函という流れが今年も繰り返されるかどうか。

その前にくーと散歩。くーはいつものように、広場でディスクを投げてと求め、少しだけ全力疾走。この瞬間がくーにとっては本能的に幸せを感じられる一瞬なのだろう。

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2011年12月17日

落ち葉の雨

外壁にあたるバラバラという音が最初何なのかわからなかった。こんなに青空なのに雨か、と思ったのだが、そんなことはあり得ない。どうも近くにある雑木林から、北風で落ち葉が家に降り注いでくるようだ。

そういえば昨年はここに引っ越してきてから、落ち葉の掃除をした記憶がある。そしてしばらくしたら、すべての葉が落ちて掃除する事もなくなった。毎年この時期の風物詩でもあるという事だ。季節を感じられるというのはよい事だが、掃除で大変なのも確かである。

しかし今年はそれを楽しんではいられない。例の東電のせいだ。落ち葉を実際に線量計で測ってみると確かに高い。おまけに地表全体が高めなのだ。雨や飛んでくる乾燥した土などが原因なのだろうか。およそ0.02μsvだったのだが、今日は0.05~0.08μsvを記録。落ち葉も同じぐらいで特に高いという感じではなかったが、全体が高めという感じだ。

といってももっともっと線量が高い地域の人だっている。まだマシな方であるのはわかるが、なんだかやるせない。高いお金を払って買った土地が、東電や政府の人災で汚されていく。電気料金を値上げすると言う東電に、税率も上げるという政府。誰も責任を取ってない状況で納得がいくと思えるものか。責任という言葉は責任を取るものであり、その分高額な給料をもらっている。しかし責任だけは取らないという状況に、被害を受けている人々が納得がいくはずがない。

この小さな国土、山奥だろうが最果てだろうがどこにだって日本人は住んでいる。広大な国土を持つ国と比べられないのに、比較は常に事故の規模。本当に性善説だけで語られていていいものだろうか。

物事、常に悪い方に考えてしまう私の性格では、目や耳にする報道にとても胸が苦しくなる日々である。

私の責任は、少なくとも家族を守る事。そして次に、できる事をする事。

そんな状況も知らずにいるくーが、幸せな犬生だったと思えるように、由が幸せな人生だったと思えるように、努力は惜しみたくない。

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2011年12月10日

月食の夜

今夜は皆既月食の夜。それも天気は良く、時間も21時~23時すぎという一番観測しやすい時間である。我が家も食事をシフトし、観測に望んだ。

カメラを用意したのだが、以前買ったカーボンの大きい三脚が納戸の奥にしまってしまったので見つからない。仕方なく安物のベルボンの三脚を使ったのだが、これがもうグラグラと雲台は動くは脚はガタつくはで、300mmのズームを装着したEOS 40Dは重すぎて厳しい。

電子レリーズをつけて撮影に望むが、ミラーアップの設定を忘れてしまい、仕方なくいろいろやって撮影。イマイチのできだった。

しかし都心からそれほど離れていないこの場所で、これだけ星が見えるのだからうれしい。昨年まで住んでいた山手線の内側からすれば、空気の澄み方や光の少なさは比較にならないようだ。

皆既中は薄暗くなり、月の近くの星が見えるようになった。それが何とも美しい。

写真はアップも多数撮ったが、中で一番気に入ったもの。皆既月食中の空を、我が家の中庭から見上げた所。ひときわ大きいのが月で、小さい星が多数見えるのがわかる。

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2011年12月03日

さわやかに冷え込んで

朝晩、特に夜明け直前の冷え込みが厳しくなってきた。

私はこの時間帯に出勤するのだが、自転車の辛い時間だ。しかし慣れてくるとそれほど嫌でもない。丁度昨年の今日、新しい家に引っ越してきて、自転車通勤が始まった。その時期がまさにこの一番寒い時期でもあったのだから、経験済なのである。

しかしこの季節の雨や北風は辛い。特に雨はカッパを着なければならない。バックには天気が不安定そうな日にはカッパを入れていくため、重くなる。おまけに着脱するのが駅からなので、なおさら面倒だし、厚着をしているのでパツパツになってしまう。

それでも晴れた青空は四季の中で最も美しい。残念ながらこれからは朝暗い時間に出ていって、帰ってくるのも真っ暗になったあと。休日しかこの空は見る事ができないのだから。

写真はこの季節らしい空と我が家の外壁。コントラストが美しい。

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2011年11月24日

お疲れ

神戸帰省は4泊5日。行きはずっと土砂降りだったので、くーは一切乗車後外に出ずの9時間だった。排泄休憩もなく、ひたすら寝ていた。

到着したお昼から、姪っ子のなっちゃんがくーを気に入ってずっとついて回られ、ぐしゃぐしゃにいじられていた。そしてなっちゃんは私たちと一緒に1泊していったので、まる2日くーはなっちゃんのオモチャになったのだった。

くーは私たちには、嫌な時は嫌と唸る。それでも絶対に噛んだりとかはしないのだが、子供にはなぜか唸りもしない。やられ放題なのだ。わが子ながら偉いと思う。普通は嫌なものは嫌と態度に示すのだが、くーはガマンという事がしっかりできる。

唸る犬をどうのと言われる人もいるかもしれないが、別にそれが威嚇の唸りと不満に唸りの差があれば、生きものなのだから仕方ないと私たちは思う。犬にすべての人間の都合をおしつける事は、最初当然だと思っていたのだが、くーはそれ以上に事の善し悪しがわかる事から、必要以上に求める事は別にする必要がないと思うようになったのだ。

特にくーが病気になってから。ストレスをできるだけかけないように気をつかうようになった。それが免疫系の病気には重要だからだ。なのでくーは今はおおらかに過ごしている。

今の病院の先生から「くーちゃんは唸るけど絶対に噛まないし、お座りも伏せも待ても全部できるおりこうさんね」と随分たってから言われた。先生たちにとっては、噛んだり暴れたりする犬に治療をする大変さがよく分かっているわけで、くーはとても診やすい犬である事がよく伝わっているようだった。

町ですれ違う犬たちも、いろいろな意味で私たちと視点が違う事が多い。第一に「お友達」と言われる事が理解ができない。犬同士がすべてお友達というのはあり得ないし、初対面の犬を不用意に近づける行為がいかにリスキーかを私たちはまず第一に考える。くーはガウガウする事はあるのだが、まず相手が先にしかけてこなければ絶対に一方的にガウる事はない。それが一瞬のでき事なのだが、くーの迫力に負けてなぜかいつもくーが凶暴な犬だとレッテルを貼られる時が少なくない。大抵自分の犬が先に仕掛けているのもかかわらず、よく分かっていない飼い主ばかりだ。

犬ギライな犬であるくーなのはもう仕方がない。しかしアジリティやディスクをやっている時に、ガウる事が殆どない。そう、犬同士のマナーを分かっている犬たちが集まっている事、犬の気持ちや特性を分かろうと学び、それを普段から実践している人の犬たちは、間合いというものをよく分かっているからだろう。

コーギーという犬種の中にも性格はいろいろあるのだが、くーが家族の一人である我が家は、くーとの関係をしっかり作り上げる事、くーという犬の気持ちを理解する事に、最初の1年は殆ど費やしたと言ってもいい。誰が何と言おうと、私たちにとって、くーは人間以上に、人生のパートナーなのである。

くーはくーなりの悩みがある。それは自分の意志を持つ生きものとして当然だ。それを尊重しつつルールも守っていかねば、生きものとしての関係は成り立たない。

写真は変な寝方をしているくー。何かを悩んでいるのだうか。くーも来月でもう9歳。疲れやすくなっているのも事実である。

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2011年11月23日

神戸帰省2011 5/5

あっという間の神戸滞在。お昼には神戸を出て、ガソリンを満タン。西宮のSAまで私が運転して由に交代。日が落ちて真っ暗になった浜名湖SAには17時に到着した。くーを散歩させて、由比PAで夕食。狙っていた生桜海老もあってよかった。

伊勢湾を通過した頃から横浜町田ICから25kmの渋滞とJARTICの情報があったのだが、渋滞予想ではこの日の経路上の上りは四日市周辺だけだった。週のまん中の祭日でもあったのでこの日に移動を決めたのだが、予想外である。

由比で運転を私と交代。時間調整しつつ少しづつ東京に戻ろうとまずは富士川SAへ。そういえば高速1000円になった頃、御前崎のエクストリーム地区予選とNDAのディスク大会に出るためにGWに牧ノ原から東名に乗った時はひどかった。東京ICまで9時間もかかり、仮眠しようとPAに入ると真横で接触事故。道路上でもパカパカ追突が断続的に発生し、恐怖だった。この状況を生んだ政権は本当に何も現実が分かっていない。運転した事がない奴にわかるわけがない。今回は往路は東京から牧ノ原まで2時間半。それが9時間という異常さは、その時高速上にいた人は皆感じたのではないだろうか。1000円というので普段乗らない車に乗った人は慣れていないので動きが読めない。おまけに追突や車線変更で接触事故のオンパレードだった。もう1000円だってそんな中に入り込みたくない。

富士川手前では25km渋滞が30km渋滞になった。時間は19時半。まだ渋滞の本番はこれからだ。少しばかりSA内をうろつき、ちょっとだけ買い物をして車の中でワンセグでテレビをみて過ごす。

渋滞が20kmになった20時半頃、渋滞の手前まで行こうと移動開始。雨が降り出していた。そして海老名SAにも停車。まだまだ車は沢山いるが渋滞は15kmになっていた。もう少しだ。

トイレや施設内をまた少しまわって車に戻り、待機していると11kmから2kmになっていた。時間は21時半なので22時に東京ICを抜けたいのでそろそろと移動開始。

結局うまく渋滞はすべて避け、東京ICの料金所を22時2分に通過。環八経由で自宅に到着したのが22時半だった。4泊5日の神戸帰省は、前後日は殆ど移動日だったので短かったが、さ来年にはまた帰省しようと思う。来年はいよいよ自走で北海道にくーと行きたいと思っている。

写真1は由比PAで夕食を。桜海老大好きな我が家である。
写真2は由が注文した三食丼。桜えびとしらすの釜揚げにマグロが載っている。
写真3はミニ桜海老丼と桜海老のかき揚げうどん。私はどちらも捨てがたかったので2品注文。
写真4は旬の生桜海老。せっかくなので頼んだが、ちょっとしか入っていなかった。また沼津港か由比にシーズンに行きたい。

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2011年11月22日

神戸帰省2011 4/5

由のおとうさんは釣りが趣味。仕事を定年退職されてからは、シーズンは毎朝のように漁に出かける。

この日の朝も4時にでかけ、アジを沢山釣って帰って来た。私たちが目を覚ました頃には、既にそのアジを水槽に移し終わっていたのだ。

そのあと夕方からそのアジを餌にイカを釣りにでかける。アジは水が悪くなると死んでしまうので、その間1~2度海まで自転車で行き、新鮮な海水を汲んできて入れ換える。海までは徒歩では20分以上かかるので大変な作業だ。そんなアジにくーは興味津々。ベランダの水槽をじーっと見つめている。時折パチャリと跳ねると尻尾を振って反応する。

魚が好きなくーは、お父さんにアジをさばいてもらってさっそく頂いていた。丸飲みである。新鮮なアジはおいしいね、くー。

写真1は由のお父さんが早朝より釣ってきたイカ釣り用の活き餌であるアジ。くー用におすそわけ。
写真2はくーはよだれを垂らしながら噛まずに一気食い。

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2011年11月21日

神戸帰省2011 3/5

ようやく静けさを取り戻した実家。そういえばよくここで寝かせていただいたものだ。セローや車で一晩中走り、明け方に到着した時、北海道へ旅に出ようとしていた夏、体調を崩して行けなくなり、行き先を神戸に変えて深夜バスで着いた時。当然のように、自分の家のようにくつろがせて頂いた。

東京生まれの東京育ちの私は、神戸弁がとても心地よかった。それは今も変わらない。

神戸での3日目は、散歩したり車で買い物に出たり、穏やかに過ぎていった。

写真1は由の生まれ育った町を散歩する由とくー。明石海峡大橋がきれいに見える朝だった。
写真2は神戸の実家の放射能測定値。関東より地質の関係で数値が高めと言われていたが、確かにそうだった。

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2011年11月20日

神戸帰省2011 2/5

姪っ子と一緒に一晩過ごし、翌朝は神戸マラソンの日との事で、海岸線のR2は閉鎖。せっかくだからとちょっと足を延ばして、折り返し地点の舞子まで散歩に出かけた。

折り返し地点はたくさんの人が集まっていた。9時にスタートをして、先頭が1時間弱で舞子に到着するという予測時間にあわせて、観戦に来ているようだった。

その後親戚の家に寄ったりしつつ、神戸の時間は慌ただしく過ぎていった。

写真1は神戸マラソンの折り返し地点の騒ぎ。
写真2はそれを見学するくー。

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2011年11月19日

神戸帰省2011 1/5

2年ぶりに由の実家の神戸に帰省した。姪っ子に次いで、甥っ子が生まれ、その顔を見にいくのが目的でもあるのだが、たまには顔を出さないと由のご両親にも申し訳ない。本当なら毎年帰るべきなのだろうが、昨年は家の建築やくーの病気で無理だったため行けず、今回は2年ぶりの帰省になる。

帰るたびにETCの割引制度が微妙に変わるので、走行計画が難しい。今回は夜間走行はできるだけ減らして、無理のない時間に移動する事にしようと考えたのだった。

往路は朝3時に出発し、神戸に12時前ぐらいに到着したいところだ。都内から雨が降り出し、ひどくなる一方。豊川あたりで夜が明け始めたが、今度は四日市周辺で事故から交通集中の渋滞が残り、手前の湾岸長島PAで朝食兼休憩しつつ渋滞を抜けるのに100分のロス。

次に京都周辺で今度は事故渋滞で30分ほどのロス。土砂降りの中、今度は西宮周辺でまたも事故渋滞。計3回の渋滞を経て9時間で到着する事ができた。

さっそく姪っ子と再会。私たちよりもくーが人気者だった。

写真は台風なみの突風と豪雨の中を一路西へ向かう途中の1シーン。

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2011年10月30日

我が家周辺の放射線量

運としか言いようがない、風向きと降雨によるセシウム汚染地域が、群馬北部や埼玉南東部+千葉北西分+東京23区のその隣接地帯であり、明らかに線量が高い結果が出ている。

先日コストコとIKEAに出かけたのだが、くーを遊ばせようと近くの公園を探していた所、新しい公園をみつけた。その名で検索すると、なんと高濃度の線量が観測されたという。昨年甲状腺癌を患ったくーには、絶対に近寄りたくない場所である。そのため家の近くで朝かるく散歩させてから、買い物に出かけたほどだった。

そして何を信用していいかわからない情報。東電や政府が公表する情報は、それを信じろと言われても根拠がないものしか出してこない事から、やはり心から信用なんかできる訳がない。事実と違う報道や嘘ではないが都合のよい情報だけしか報道しない現実も、既に国民は感じているはずだからだ。

だからこそ、今の我が家、くーが散歩をする近所が汚染されていないか、自分でしか調べる方法はない。自分のこの目で安全かどうかを判断するしかないのだ。

そのために買ったガイガーカウンター。やっと昨日、家の庭2箇所と、よくいく広場の3箇所を調べる事ができた。とはいえ参考の値である。計測は1回きりではあまり意味はなく、定期的に取っていかねばならない。それでも参考値としては、かなり安全である事がわかり、ほっとしている。

くーは草むらが好きで、端っこが大好き。そして雑草も食べる事から、一刻でも早く安全かどうかを調べたかった。その結果、我が家の庭は0.02~0.05マイクロシーベルト。広場ももう少し計測に時間をかけたかったが、およそ安全値である事がわかり、やっと自分自身で安心ができたのだった。

写真1は我が家の外庭の計測値。最初に散歩場所に行ってからだったので、もう真っ暗になってしまった。
写真2は我が家の最も高い線量と思われた浸透枡上の線量。全然平気だった。
写真3はいつも散歩に行く広場で計測してみた。くーも安心して散歩できることがわかり、よかった。

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2011年10月29日

日向ぼっこな季節

ようやく秋を感じさせる冷え込みを感じる日が増えてきた。しかしまだ季節の変わり目、暑く感じる日もあるが、確実に朝晩は寒さを感じ、手袋が欲しくなるぐらいの朝もある。

しかしウェアリングが難しい。昔のようにスーツを着ていればよいという訳でもなく、パンツはまだチノで、上はボタンダウンのYシャツにカーディガン、そしてウィンドブレーカーを被り、体温調整している分、毎日ちゃんと出かける時の気温チェックが大事でもあった。

それでも帰りの電車では汗だくになる。暑いのが苦手な私は、真冬でも電車の中と外の気温のギャップは特に苦手でもある。

最も私よりも暑がりはくー。昨年大病としてから、筋肉がおち脂肪もそれほどつかなかったせいなのか、先日の八ヶ岳キャンプでは、明け方震えていたほど。氷点下10度の世界を走りまわれるくーなのにもかかわらずである。

またくーは案外フカフカなフトンの上が大好きでもあったりする。クッションなどがあるとその上に乗っかる事も少なくない。ただ自分の体温でそこが温まると、移動をするというのを繰り返している。

生きものにとって、太陽を浴びる日光浴は大事な事である。健康にも影響する。しなさすぎはよくなく、またしすぎもよくないだろう。そしてくーは、きりんちゃんが作ってくれた低座椅子、通称くーの椅子の上に座ったり、フローリングの上で寝ころがったりしながら、日向ぼっこをするの季節が冬でもある。

そして今シーズン初になる、くーの日向ぼっこ。先日由が修理した、パピーの頃から使っているくーのカドラーの中で、日を浴びてうとうととしていた。

写真はひだまりの中のくー。幸せな顔をしているがこのあと暑くなって逃げ出してしまった。

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2011年10月22日

遅れて咲く朝顔

暑い夏対策として、ゴーヤ棚に一緒に植えようと買った西洋朝顔。それが今もまだ元気に花を咲かせている。

ゴーヤ棚では最上部の行き止まりあたりでまだ十何輪と太陽に向かって砲台のように咲いている。もう2階の中腹から地面までの区画は葉もほとんどなく、寂しい状態だが、まだまだ上部に残る朝顔は元気いっぱいなのだ。

また北側境界の柵の付近に1.5mほどのつる性植物を植えようと作ったピラミッド型のフレームにも、同じ品種の朝顔が今まさに最盛期という感じで、花をたくさん咲かせ繁っている。季節はずれと思えるのだが、この時期に咲く花らしく、ちょっとはずしてしまった。お隣に迷惑でもある。来年は気をつけようと、由と話をした。

それでもようやく秋らしくなった気候。お昼すぎに中庭から入ってくる日差しは暖かく、気持ちがよい。バーティカルブラインドから差し込む日差しは、なんて気持ちを落ち着かせてくれるのだろうと思うのだった。

年末には床をまた蜜ロウワックスできれいに仕上げようと思う。その前にスチーム掃除機で無垢のフローリングをメンテナンスしよう。

写真1 昼すぎの日差しが差し込むリビング。バーティカルブラインドの影がいいカンジ。
写真2 そこの窓を外から見たところ。2階上部が行き止まりだが、朝顔がまだまだ元気に咲いてくれている。

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2011年10月14日

ガイガーカウンター

もう何が何だかわからない位、胸がムシャクシャする。苦しい、辛い。何でだというと、今のフクイチを発端とする汚染により、美しい日本が壊されてしまった事だ。

紅葉を見にいこうと楽しみにしていたのだが、群馬の汚染状況は目を覆いたくなるような状況だった。なんで罪もない人々が苦しまなければならないのか。本来は責任を追うべき元凶でもある東電のOBOGも含む関係者や政治家たち、根拠のない保証を平然と公の場所で話をしていた連中は、誰も責任を追わない。追わないどころか、多額の金をもらうだけもらい、オサラバである。

今どれだけ広大な地域が汚染され、将来に不安を感じているのか。その事の重大さは、報道される情報や政治家の話には感じられない。

私たちの生活する場所も、どうなっているのか怪しいものである。そうした人の多くが、自ら住む場所の状況を知ろうと、ガイガーカウンターを購入して計測したりしている。東電や政府、自治体の公式発表を待っているうちに、取り返しのつかない事になりかねないからだ。

今回、私が買ったのは、みんなとてつもなく高いハンディ・ガイガーカウンターを買えなかったのもあるが、宮城県石巻市のNPOがスマホを利用した簡易DIY方式の計測器を開発してくれたものだ。それが今週届いた。

早速フリスクのケースを使うために由に買ってきてもらう。中身は私が仕事中の眠気覚ましに食べるとして、今日その組み立てが終わった。

早速テストとして室内の占領を調べてみると、γ線が0.87cpmで0.06uSv/h。問題なしの値である。そしてテスト用に使われるというEPIのランタンのマントルは、私のキャンプ用品の中にあるので出してきて計測。すると、γ線2.32cpmで0.14uSv/hと表示された。ちゃんと計測できる機能を持っている事を証明した。

これで普段くーが遊んでいる場所を計測していこうと思う。ただスマホは私なので、休日という事になる。

写真は組み立て終わり、計測機としてはこんな形になるというもの。

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2011年10月01日

近くにロケ地

好きな番組に、鉄腕DASH!がある。ジャニーズはまったくといっていいほど、興味がない。しかし、TOKIOは結構好きなのだ。

まずバンドであり、それぞれが楽器をちゃんとこなせる事。そして木工をこなせられる技能派でかつバイク乗り、犬好きという山口達也がいる事。いろいろ理由はあるが、単に俳優業とか、歌手業とかではない、こいつらなら何かあっても生きていけるだろうと思わせられる力を感じ、そしてくだらない遊びを本気でやるような所などである。

職場の近くでも、しょっちゅうロケが行われているのだが、あまりそこで誰がいるのかと興味深く眺めている事もないので、めったに俳優とは会えない。しかし先日、その好きな番組、鉄腕DASHのロケ地が、遠回りはするが自転車でいける距離にあるという事がわかった。早速、GoogleMapsで探して見に行くと、それはとても普通の住宅地にぽつんと建っていた。城島茂の小ネタである節約生活のロケ地である。

確かにそう見えるのだが、実際確証がないといえるほど、普通にある家だった。でもちょっと嬉しい。

それにしてもこの番組の目玉といわれるDASH村の企画は、悲しくなるほど残念な結果になってしまった。福島だけでなく、それは群馬、栃木、茨城、千葉などにまで、見えない恐怖を与えている。

これからどうなるのだろうか。正直、悔しくて悔しくてたまらない。一体誰のせいでこの美しい日本を壊されてしまったのか。今のうのうと老後を過ごしている東電関係者、それを放置どころか天下りや金や権力に私的利用してきた連中、それがなければもっと違う道があったはずなのに、利権を先に考え狂ってしまった行政。悲しいかな、その一部の自己中心かつ利権の固まりが、関東地方を取り返しのつかない汚染地域にし、人や食物、動物たちに対し、確実にこれまでより危険な目にあわされているのだ。

悔しい。そして悲しい。

写真はその茂子の家。

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2011年09月28日

季節は秋に

季節の変わり目は気温が上がり下がりする。それがゆるやかに変わっていくのではなく、いきなり冷え込んだ翌日、また夏日に戻ったり。それが植物を含む生きものにとって、今どういう季節なのかがわかりにくくなり、体調が崩れたり、おかしな解釈をしてしまったりする事につながる。

しかし動物は自然だ。くーは寒い日は温かい所に、暑い時は涼しい所に、自然に移動する。人間のように洋服を着たり脱いだりするのではなく、自然とその居場所で、快適な場所を探しながらコントロールしている。

くーは基本的にクッションフカフカな所が好きなようで、寒くなるとてきめん、布団の上に登ってくる。暑い時は近寄りもしないのに。

という事で、今年もクッションの上に乗る日が増えてきた。ここはオーディオなどが収納されている作り付けのローボードの一カ所。知らぬまにくーがこの中に入るようになってしまい、それならと安いクッションを買ってきてつめると、すっかり気に入ってしまった、という感じである。

写真はそこでお休み中のくー。

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2011年09月24日

向こうは雨だな

木曜から風邪の諸症状が出てきて、喉が強烈に痛く、気分が悪いのがひどくなってきた。職場を出る時には、ああこれはヤバイな感じさせるほど体調が悪くなっていて、予想通り翌金曜から寝込んでしまった。

この風邪は長引きそうだ。これまで何度か繰り返しているマイコプラズマ肺炎にならないよう、安静にしているしかない。3連休だが結果的に何もできなくなりそうである。

写真は先週ホームセンターに行ったとき、駐車場から見えた雨雲と雨のシーン。都会だとなかなかビルに隠れて見えないのだが、視界の広いこのあたりだと雨雲や今どこに雨が降っているかが、目視できたりする。

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2011年08月27日

旅を感じさせる青空

夏の終わり、残暑といわれる時期に入った9月の手前。まだまだ散歩するにも時間を考えないとならない暑い日がある。

朝晩は随分ましになってきたように思えるので、早朝に行けるといいのだが、朝が苦手なヒトがいるので、大抵が夕方。今日はちょっとましだったので、くーがのびのびできる広場に行ってみた。

そこには今日は誰もいなかったが、夏の空があった。都会生活を昨年末にやめてから、この町は空の広さをしみじみを感じている。

写真はその広い空と夏の雲。暑い夏は苦手だが、この空は旅を感じさせてくれていい感じだ。

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2011年08月14日

川北の友人からの贈り物

開陽台というか、ハイジーの家に行くようになってから知り合った友人がいる。
彼の名はともさん。もう古い友人だ。

川北の地元に住んでいる元バイク乗り。元というのは、怪我をして乗れなくなってしまったからだ。それでも丘の上に事あるごとにあがってくる。彼も私達と同じく、この丘が大好きであり、ハイジーでの時間を大切にし、バイク好きの旅人でもあるから。

ハイジーが丘の駐車場から撤退する時、そして丘の展望台から撤退する時も彼はその場に居た。そしてくーと一緒にテントを張った秋も、わざわざ会いに来てくれた。

そんな彼は今、ちょっと体調を崩している。近々オペも受けるとの事で、心配しているのだが、きっと頑張って前のように車椅子だけど車もバリバリ運転して元気になれると信じている。

彼から昔、展望台のハイジーが入っていた場所にあるジェラート屋のアイスが届いた。自分が大変な時なのに申し訳ないと思いつつ、初めて食べるそこのアイスを彼を想いながら食べた。

写真はいただいたアイスとくー。残念ながらくーには蓋の裏についたアイスぐらいしかあげられないが…
ともさん、アイスありがとう。頑張って元気になってね、とくーも言っている。

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2011年08月13日

近所に水遊びに

地元に湧き水が出ている所があるという。ずっと気になっていたのだが、このお盆シーズンに混んでくーを連れていける所ではないだろうと思っていた。

ただこれだけ暑いと、くーをまともに散歩にすら連れていってやれない。買い物のついでに、どんな様子なのかよってみる事にした。

いい感じの遊歩道を行くと、その先にちょっと予想以上にすばらしい沢が登場。水も美しく透明で冷たい。おまけに浅いので水がいまいち好きではないくーも、楽しそうにじゃばじゃばと走り回っている。

上流に向かって歩くと、そこはまさに森の中。こんな所がおよそ家から徒歩15分の距離にあるなんて、ちょっと驚きであった。先客は1家族。でも静かで十分に楽しめた。時間もよかったのだろう。

一通り遊んだあと、大勢子供連れがやってきたので、撤収。そのあとが大変だった。くーが横の草むらに入ってしまい、それが原因だと思われる大量の害虫にひっつかれてしまった。それを取るのにそのあと半日を費やした上に、急遽フロントラインを買いに開いている動物病院へ行くはめに。

楽しめたのはよかったが、あとが大変な1日だった。

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2011年08月09日

ゴーヤ収穫と誕生日

ゴーヤと朝顔のグリーンカーテンが2Fの高さまで達してきた。梅雨を挟んで3カ月程度かかったのだが、思いのほか密度もいまいちで実のなり具合も期待よりも少ないというのが本音である。

とはいえ初めてのチャレンジ、まあこの教訓を来年に生かして、来年はもっとよいグリーンカーテンを作りたいと思う。知識も経験も不足している中にしては、まあそれなりに成果はあげて、ゴーヤはおかげさまで今年はめったに買う事はない。

由が庭の整備に頑張った結果でもある。そして今日は由の誕生日。今晩は私が夕食を作る予定。

写真1は2Fから見下ろしたグリーンカーテン。回廊階段の窓からくーが見上げている。
写真2は収穫された3本のゴーヤ。まだまだたくさん準備中。

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2011年08月07日

ゲリラ雷雨な日曜日

すっかり暑さや仕事でへとへとになって週末に突入する私は、週末なかなか動きたくなくなる。暑いので日中の散歩もいけないし、買い物もくーを置いていきたくないので結果的にいかない。行くとしても私か由のどちらかが買い物に出るという感じである。

この週末はゲリラ雷雨が何度も発生した。特にこの日曜の雷雨はすごかった。このあたりは瞬停電をすると聞いていたのでUPSを入れようとしていたのだが、しばらくその心配もなかったのでそのままにしていた。なので全ての電気関係製品は電源を切断。コンセントは全てサージアレスト機能付きなのだが、心配だった。

家が洗い流されるような勢いの土砂降り。中庭や裏の浸透升の蓋も浮かびあがるほど、排水が間に合わない。しかしガレージ上の庭などは外階段に水が導かれるようにしたので、以前より水たまりができてどうしようもなくなる事もなくなり、その証明にもなった。

これから何度ゲリラ雷雨があるだろうか。水害の心配はないが、地盤が緩む事は少なからずありそうでちょっと心配である。

写真は雷雨の最中のリビング。窓の外は土砂降りと雷。くーは退屈そうに眺めている。

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2011年08月06日

鉄塔の先に沈む夕日

武蔵野の夕日

高圧電線の先に沈む夕日は、すでに家に帰ってきたというイメージになりつつある。特に積乱雲の向こうに隠れていく夕日は、この季節の風物詩でもある。

また沖縄や八重山の方では、夕日の時間になると雲に隠れた夕日から、放射状に伸びる太陽の光の筋がなぜか美しく、毎夕海岸で眺めるのが楽しみだった。

ゲリラ豪雨も増えているが、紙一重かもしれないこの夕日が見られると、ちょっと得した気分になれる。

写真はある日の夕日。電線や鉄塔が邪魔ともいえるが、それはそれでひとつの風景になっている。

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2011年07月16日

暑い暑い誕生日

暑さが本格化してきた3連休初日。私の誕生日でもある。そろそろ50代が見えてきたといってもいい年齢になってしまい、旅の形も変わってきたのだが、何より社会的に時間の余裕がなくなってきているように感じる。

昔は残業して帰っても、なにかをする時間があったのだが、最近は帰ってきてメシを食って風呂に入って気がつくともう22時。そこから何かをすると0時をすぎてしまい、5時間弱睡眠になってしまう。当然体力も落ちているのでどんどん平日は次の週末にむけて辛くなっていく。

そして週末がやってきて…そんな繰り返しである。

今日はAM10時前には2Fリビングにはいられなくなり、1F土間へ避難。由はなにかちまちまと刺繍に最近凝っていて、土間の縁側に座りながらやっている。くーは冷たい土間に転がり、私はノートPCでちまちまと調べ物をしたりしている。

土間の縁側といっても、ベッドルームとの段差なのだが、ここが丁度いい感じなのだ。そこから中庭を一望できるが、今は一生懸命ゴーヤと朝顔の緑のカーテンを育成中で、網戸ごしに葉っぱが揺れるのが見える。

風があればもっと快適なのだが、微風しか吹かない。しかしこれだけ暑いとまわりの子供も静かで、窓を全て開け放っているにもかかわらず、おそろしく静まりかえっている。これは前の都会のマンションではあり得なかった。

そんな土間で涼むくー。窓の外はグリーンカーテンが揺れる。

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2011年07月03日

ささやかな日常

住宅地、という所に引越しをして、いろいろこれまで知らなかった空間を散歩で歩き回るようになった。

都会生まれの都会育ちな私。小さい頃はラブホテル街や歌舞伎町のビルが周辺で、自宅周辺には平屋は殆どなかった。全てがオフィスであり、商店ばかりという環境だった。

なので戸建てが並んでいる住宅地が唯一あった所は、今は外国人街になっていたりする。また小学校や中学校があったあたりは、区立や国営の共同住宅があり、一部は今高齢者しか住んでいない限界集落と呼ばれている所もあった。

都心な故、マンションが殆どである。確かに便利である。どこにいくにも電車は四方に走っているし、バスも同じ。そして徒歩20分以内なら鉄道の駅だけでも20駅ぐらいあるのではないだろうか。それほど便利な所に住んでいた私が、今は最寄り駅は2km以上先の住宅地に住んでいる。

だからといって、全然悪いわけではない。逆にこれまでが異常だった。自分が自分の実家の場所を人に話す時は、「いやあ、とても人の住む所ではないですよ」と必ず言ったし、少なくとも3代以上続いた私は江戸っ子ではあるが、近所に同じぐらい長く住んでいる知り合いはいなかった。全てどこからか都会に移住してきた東京以外の人ばかりなのだ。

まったく東京モンは、とか、都会の人間は冷たい、とか言われるたびに、本当にそれは東京生まれの東京育ちの人間なのかと問いたかった。よそ者だから冷たいんじゃないか、と言ってやった。よそ者だからこそ、地元への愛着も薄い。あまりに荒廃した自分のふるさとを子供の頃からみてきて、悲しかった。ゴミを投げ捨てられ、奇声をあげて酔っぱらいは歩きまわり、店はころころ変わって臭いゴミをルール無視で捨てる。人が集まるから、そこから生まれる金を目当てに集まってきた連中ばかりしか廻りに住んでいないのだから当然だ。

私の心のふるさとは何度も何度もその地に立った北海道だったが、今の住まいの環境は嫌いではない。夜街灯がとても少なく暗かったり、ちょっと離れると大規模なファミレスやパチンコ屋などがあるのは好きではないが、我が家の近くは静かだし、土を感じられるのはとてもいい。

どうせあと30~50年もすれば、私はこの世からいなくなる。今を大事にふるさとを感じながら生きたいと思う。

写真は住宅街で由とくーといっしょに散歩している時のシーン。ささやかだが、ちょっと嬉しい我が家の日常である。

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2011年06月24日

武蔵野の電線

武蔵野の高圧鉄塔と電線は、どう伸びてどこに集まっているのだろう。なんて思う時もある。

結構電車に載っていても、何カ所か線路を横切って伸びている鉄塔と電線が見えるが、我が家の近くにも結構大きな鉄塔がたくさん立っている。

何とか至近距離にはそれらはないのだが、朝もやや夕陽の時間ともなると、その巨大なシルエットは不思議な異空間の雰囲気すら感じさせつつ、少しづつ見慣れていくような感じがするのだった。

写真はくーが大好きな原っぱに走る電線と鉄塔。左右が一緒になる事はなさそうだが、どれがどこへ伸びているのか、気になる。

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2011年05月28日

5mのゴーヤ棚

節電というキーワードからなのか、緑のカーテンがブームらしい。

我が家も中庭側からバーティカルブラインドを閉めなければ暑くてたまらない午後がある季節になってきたので、思い切って中庭に壁一面にある窓を、緑のカーテンで覆う事を実行にうつした。

まずは必要となるプランター。まあ中庭の土の部分でもよかったのだが、既にタマリュウを植えてしまっているので、大きめのプランターを購入。本当は木製のがよかったが、あまりに高価なので普通の安いのを選ぶ。それではカッコ悪いので、麻紐でも巻こうかと思っていたのだが、焼きを入れたスダレが安かったのでそれを購入。まわりに巻いてみる。

窓はおよそ高さにして5mもある。幅は4m程度。それを全て覆う為に、姫竹という180mmが数本入ったのを購入し、針金でつないで5mの長さを4本作成。

ネットは2m x 5mのを2つ購入し、2本の姫竹の間をタンカのようにつなぎ、立てかけた上で風で倒れたり、横幅が縮んでしまわないように麻紐で固定してみた。超ローコストな自然素材でのゴーヤ棚の完成である。

午後から夕暮れまでに仕上げ、プランターに培養土を入れた。プランターは4つを並べ、それぞれにゴーヤと朝顔を1つづつ植える。朝顔はゴーヤの不足分を補うためだ。

できあがったゴーヤ棚はなかなかいい感じである。できれば外玄関側も作りたいのだが、こちらは来年の課題か。階段室が今はとても日差しで暑くなるので、また対策を考えねば。

うまく育つといいなと思いつつ、それぞれに苗を植えた。前の家では日差しが当たらず、ゴーヤができても小さく、途中でメルトダウンしてしまった。今回こそ、収穫の楽しさを味わいたいものである。

昼前に雨が降らないうちにと家族揃って近所をぐるりと散歩。住宅地の散歩でも、建築に興味をもったせいか、ここの壁は何で、とか、この建材はいいね、とかいう会話が多い。それそれで家や庭を見る事が楽しくなった。その関係はゴーヤ棚をみかける家も。

当然だがそんな事にはくーはまったく興味なし。帰り際に反対車線のワンに熱いアピールをしていたが、間には交通量の多い道路があり残念。でもまた会う機会はあるはず。くーが好きな子だから、きっと相手は男の子だろう。

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2011年05月07日

農協の農産物直営所

ゴールデンウィークは明日で最後。今日は朝からずっと雨の予報である。この期間、我が家の近くの農協が主催して、農産物直営所で農産物と花の苗を売るという情報を聞いていたのだが、雨ではどうしようもないと諦めていた所、ちょっと雨がやんだので行ってみた。

場所は幹線道路からちょっと入った所だったが、思いのほか大勢のおじさんおばさんが野菜を買いにやってきていた。

野菜については半分は地元産だが、半分はまったく違う産地のものだった。雰囲気的には道の駅の1コーナーという感じだろうか。それでもスーパーで買うよりも安い。我が家にもっと近い所にも農産物直営所はあるし、すぐ近所には農家が自主的に無人野菜販売コーナーを設けている所も多数ある。コインロッカーのようにしっかりお金を払う方式もあれば、アバウトな所もあってこれがなかなか好きな雰囲気である。こんな所は前の家の周辺にはなかった。当然である。

花の苗はあまり由の好みはなかったようだが、少しだけ購入。今日のおでかけはこれだけ。明日は出社を控えて私は一切外出なしの予定。

写真はくーは入れないので、外で私と由を待っている所。

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2011年05月05日

そっと、そっと。

公園に行くと、いろいろな鳥のさえずりが聞こえる。我が家の近くでも聞いた事がない美しい声が聞こえてちょっと気分がよくなる。

前の住まいでは、カラスかせいぜいムクドリ、スズメの声しか聞こえなかった。カラスの煩さと言ったらもう尋常ではない。まるで夏の和琴の朝3時すぎである。

ハシブトガラスは野鳥ではあるが、あの大きさと人間が出すゴミを狙う事から、歓迎されない野鳥としてはナンバーワンだろう。威圧感のある羽ばたきや存在、耳障りな鳴き声。私も経験があるが、何度か襲われた事もある。

しかし今の住まいの近くには、殆どといっていいほどカラスの声は聞こえない。たまにはいるが、これはとても静かだと感じられる要因のひとつでもあるのだ。

とある公園で、三脚に望遠鏡を付けた数人の方が、聞いた事がないさえずりの木に向って、指をさしながらなにかひそひそ話をしていた。きっと日本野鳥の会の方だろう。その目の前なんかくーが行ったら、代ひんしゅくである。きっとその野鳥も逃げてしまうだろう。

なので大きく迂回しつつ、邪魔しないようにそっと。

面白い絵だったので、記念写真。

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2011年04月23日

ジューンベリー開花

我が家のシンボルツリー、ジューンベリー・ロビンヒルがやっと開花。

実際に植えたのが3/6。ピンクの蕾が膨らんできた事に気がついたのが、4/16。そして先週、やっと開花した。太陽が当たらない場所ではあるので、ちょっと心配だったのだが嬉しい。

まだ小さい1.5m程度の木が、大きくなってくれるだろうか。これからこの家で暮らす年月がそれを教えてくれるだろう。

ちょっと残念だったのが、この品種は花ガピンクという事で探して買ってきたものなのだが、一説には蕾がピンクであるだけで、花は白いという。実際我が家のロビンヒルの花は白いようで、由もちょっと残念がっていた。

大きく育ってほしい。そして我が家を見守って欲しい。

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2011年04月10日

コストコジョイフル航空公園

本当は駿河湾の生桜海老を食べに行きたいとちょっと前から企画していた旅。しかし震災と原発の事故で巷はとんでもない事になっている事や、おまけに私がちょっと体調を崩している事もあり、どうしようかと悩んでいると、由が一言「コストコ」と言った。

という訳で新三郷ではなく今回は入間へ。下道で1時間ぐらいで着く距離である。丁度震災で多摩の店舗で惨事が起こり、しばらく休業している関係もあり、情報では入間に客が流れているという中、行ってみた。

最初に買い物が長くなる可能性と、朝イチで行きたかった事から、近所のドッグランでひと暴れ。そしてコストコに向うが、道が細く渋滞やら何やらでなかなか辿りつかない。もう少し余裕を持って出ればよかったと反省するほどに時間がかかり、10時の開店前に到着予定が少し遅れてしまった。平日だったのでそれほどでもないと思っていたのだが、駐車場は結構な車の量である。

ただ店舗内はまだガラガラで、ゆっくりまわろうと思った所、食品や生鮮品は最後にという事でいろいろまわったあと、食材売り場で買い物をした時間は既に人でごった返していた。

冷凍庫に保管できるものをいろいろと選び、由が見つめていた鮨を夕食にすべくカートへ。清算時はカードが特殊なものしか使えないので心配だったが、なんとかギリギリ現金で支払い完了。いつも由が買うのは焼いたピザのテイクアウトと、名物ホットドック。私がちょっと興味があったスムージーも買って、その場で食べた。

買ったものの中で鮨や肉類は持参のコールマンのクーラーボックスに入れ、ピザの匂いを車中に満たしながら、今度は私の提案でそこからほど近いジョイフル本田へ。ジョイフル本田は一度、守谷で行ったことがある。そう、くーがやってきてしばらくしたあと、親戚犬でオフ会を守谷で行った時に寄ったのだ。あまりに広大な敷地で驚いたものだが、この瑞穂店も笑ってしまうほど巨大だった。

ペットコーナーもあってそこを流したあと、メインの目的の園芸コーナーへ。庭ができつつある関係で、由は最近花やハーブが見るのが楽しいらしい。色々と買い込んで、今度はこれも由のリクエストである所沢航空記念公園へ。

前を通っている浦所バイパスは、私のバイクガレージからアクセスは楽だったので、昔よくカタナ750やニンジャ900、KDXやKLXで秩父方面にツーリングに行くのに通ったのだが、車線減少部分でいつも渋滞しており、正直あまり好きな道ではなかった。

なのであまり気乗りしなかったが、とりあえず駐車場に入れて少し歩き回った。由は広くて楽しいとくーと共にウキウキで散歩。

日が暮れてきそうな時間になったので、帰路につくと、もう家を出てから8時間も経っていた。軟弱な私はもう疲れきって、オフの1日が過ぎていった。

写真はホットドッグとスムージー。ホットドックはたくさんオニオンをかけて、たっぷりのマスタードで食べるのが私は好きだ。この日のスムージーはパイナップル味でこれも美味だった。

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2011年04月02日

花の季節が始まった

桜がまだ咲かない今年の春。近所の公園では菜の花が見頃だというので、買い物のついでに寄ってみた。

くーと菜の花畑や雑木林をお散歩。季節を感じられる花の季節が近づいている。次は桜が楽しみだ。

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2011年03月22日

節電、今できる事

原発の事故で、電力不足に陥っている東日本。我が家もオール電化ではあるが、ピーク時の電気をできるだけ使わないように努力する日々である。

照明は実はコスト不足で白熱球が多く使われているため、早々に蛍光灯を手配している。我が家の照明は裸電球のソケットが壁に取り付けられて直接光ではなく反射をうまく使っているため、指向性の高いLEDはどうしてもあわない。

消費電力だけを考えると、LEDが4~6Wなので圧倒的に省電力なのだが、廊下に使っているスポットライトのLEDを入れた時、色々なトラブルもあった。

1つが60Wの白熱電球を、10Wの電球型蛍光灯にするだけで大きな消費電力なので、よく使う所は全て電球型蛍光灯にしていくつもりである。

写真はある日の夕食。車中泊用に揃えていたLEDのランタンと、30年ぐらい使っているナショナルの蛍光灯。どちらも単3を使うので、エネループで深夜電力時間に充電している。

他にもPEZELのLEDヘッドランプは単4が3本使われるタイプで、これもエネループ。もう1つのどこ製だかわからない安いLEDヘッドランプは単3が1本。後者の方が効率がよい。

今できる事をやっていきたい。そして日々、細かくても節電の努力をしていきたい。

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2011年03月16日

地震、放射能、砂塵

この地は風が強い所と感じる。これまでは都会だったので、風といってもビル風だったり、吹きさらしになるという感じはなかったのだが、高い建物がなく畑がまだ多く残るこの周辺では、乾燥した日に砂塵がまきあがる。

外が何だか黄色いように見えて、窓に近づいてみると、街がまるごと砂塵にすっぽりと包まれていた。まるで砂漠の中にいるようだった。

写真は屋根の上から見た町の風景。武蔵野の高圧電線塔も、砂塵に煙っている。

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2011年03月13日

我が家の被害状況

我が家に帰りついた時、くーをクレートに入れたまま、まずは飼い主が家の中の状況を確認した。そう、棚に置いていたコールマンのランタンが落下しホヤが割れたり、バウンドしてガラスが割れてしまっているのではないかという不安があったからだ。それが心配で一刻も早く帰りたかったというのもある。

案の定、階段にはガラスの破片が飛び散っていた。あと色々なものが粉々になっていたり、落ちていた。

ガラスはくーの写真を飾っていた額が落下し、額のガラスが割れたようだった。まずは掃除機で吸い取ってもらう。

私も家のまわりを確認。エコキュートや室外機、擁壁などは大丈夫そうに見える。荷物を土間まで運び、車を車庫に入れたあと、くーはクレートのまま家の中に運んだ。この間、由に被害対応をしてもらっていた。

リビングではBOSEのスピーカーが落下し、ローボードが凹んでいた。棚に並べていた本や雑誌の多くが落下しており、特にロフトの所が酷かった。

ただしそれ以外の大きな被害はなく、ただ棚に置いてあるだけだったまるい壁かけ時計も落下しておらず、不幸中の幸いだった。

一番の被害はそのガラスの破損と、由の大事なウズベキスタンの素焼きの人形が落下し粉々になってしまった事、ローボードが凹んでしまった事だった。とはいえ、この程度で済んで本当によかった。

阪神淡路大震災を経験した由。あのあと、地震には相当敏感になってしまったが、10年以上も東京での生活で地震に対する免疫もできてしまった。しかし今回の地震では私の方がショックが大きく、由はもっと酷い地震を経験している事もあり、私よりも冷静に対処できていた。

大きな余震が続き、地震には慣れていた私もさすがにこれはまいった。おまけに風邪が悪化し寝込んでしまい、しばらくは身動きが取れない状況となってしまった。

病床で有感地震に怯えながら、ひたすら風邪の気分を耐えていた。

写真は粉々になってしまった由の大事なウズベキスタンの人形。残念ながらもう元には戻らない。

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2011年03月12日

大震災発生

1泊2日の旅の帰り道、その揺れは起こった。

渋川伊香保ICに向って、県道を走っている最中、あと5kmでICというあたりでその異様な光景に遭遇した。

前の車は横っとびするように跳ね、私たちの乗っている車もまるでかき回されるような回転を感じつつ、その強烈な揺れの中に居た。

走っていた車は全てその場で停まり、すぐ横の電信柱は左右に大きくゆらぎ、電線は跳ねていた。真横の民家のブロック壁がきしみ、煙があがっていた。由が崩れたと言い、車を守る為にじわりじわりと車をセンターライン寄りに動かした。目の前のブロック壁が崩れていた。

すぐにワンセグをつけるがチューニングが追いつかない。そのままとにかく高速方面に向うが、電光掲示板には通行止の文字が今まさに点いた所で、ETC料金所にNEXCOの職員が走っていく。ETCゲートのアプローチに入ってしまっているので、ゲートの所に居る職員にどうすればいいかを聴くと、とりあえず戻る事はできないのでそのまま入ってくれという。

そのまま車を本線に乗り入れると、走行車線には普段通り車が走っていた。とりあえず双葉SAまで行くが、多くの車が停まっており、道路案内の所には人がたかっていた。

このまま待機するか、それとも本線を走り去る車を眺めては、このまま行ける所まで行くかを相当に悩んだ。そして強制的に下ろされるまでは慎重に走ってみようかという気持ちで、本線に戻った。

本線を走る時は相当に気をつけた。橋も多く、それこそ阪神大震災の時のように、車が落ちた橋から落下するような事も思い浮かんだ。最も左の車線を多くの車が流れていたので、車間を取って私たちも走った。

結果的に川越ICで道路閉鎖となり、全車が下ろされ、合流した下道ではパニック状態に陥っていた。裏道を走りつなぎ、途中でガソリンを入れてなんとか家に辿りついた。

帰ってテレビをつけると、その大変な状況に目を覆わんばかりのショックを受けた。なんという事が起こってしまったのか…

写真は渋川市内の県道の状況。こういう状況がいたる所に起こっていた。

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2011年02月18日

KDDI工事

まわる家に引っ越すにあたり、NTTのフレッツからauひかりに切り換えた。

どうしても固定電話の権利に対する一方的な評価額の引き下げや、コールセンターの対応が横柄な部分、やたらとマイラインだか何だかのセールスの多さやしつこさなど、腹が立っていたので縁を切りたかったというのがある。

しかしauひかりにしても実はトラブル続きであった。最初引き込み時は工事業者が家の前を汚し、引越して早々に近所に迷惑をかけてしまい、朝からデッキブラシで道を洗ったり、何度も業者に清掃させたりもした。

そして今度は雪の翌日、回線不通。電話も今回光電話に換えたのでまったくインフラ難民となってしまい、コールセンターも対応はいいが9時5時でお役所なみの対応。結局会社に行けず年休も取るはめになり、9時に電話すると今日中に修理できないどころか、現地確認が今日の夕方という。激怒して重要インフラを何だと思っているとクレームを伝えると、何とか調整して午後イチで検査員がやってきた。

2時間ほどいろいろと調べて、結果的には雪が原因で光ケーブルの延長接続部分がはずれたというお粗末な結論が判明。しかしそれを工事する業者は早くても明日になるという。ちゃぶ台をひっくり返したくなる位に腹が立ったが、ぐっとガマンしてそれを許可する。ちゃんと工事前と工事後に連絡をすると言っていたくせに、案の定翌日の工事業者が何も連絡なしで治して帰っていったと由に聞いた。

本当にちゃんと治したのか?と疑念の目で確認すると、とりあえず回線は開通。しかし今度はとなりの家のTEPCOの引き込み線と我が家の光ケーブルが接触しているのを発見。またかと怒り心頭である。回線同士は接触してはならないという規定があったはずだ。

既にコールセンターの受け付けは過ぎているので、開通時にそそうをし、泥だらけにした下請け業者の担当の名刺をもらっていたので、そこへ直接電話。もうこれでKDDIに修復や作業を指示したのは2カ月半で4回である。

申し送りやいい加減ちゃんと工事しないとキレそうなので、翌日またも年休使って会社を休んで業者を待ち構えた。

作業を実施している担当ではないが、その上の上役さんが今回も謝罪にやってきた。その人はいいんだが、とにかく手戻り工事の多さや、9時5時の受付では電話もネットも使えなくなった時に困るという事を強く言い、正直もうKDDIもダメだと言わざるを得ないという事を伝えると、とにかく平謝り。

日本の回線業者はなんでこんななのだろうか。正直光の道の推進なんか、夢のまた夢ではないだろうか。技術レベルが低いというか、雑なんだと感じた。

16日に続いて18日にも修理。クレーン車で取り込み位置を変更中。今度はテンションを確認の上、となりの家の電気の引き込み線からちゃんとクリアランスを取ったかを確認した上でOKを出した。

写真はクレーン車で配線中の作業員。今回はきちんとやってくれたようだ。雪が降ったぐらいで断線するような工事は納得ができない。何度もミスを連続し、通信不可能な状態になるような工事も回線インフラとして許されるものではない。

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2011年02月14日

大雪

まわる家に引っ越して、本格的な雪が降った。

偶然にも前日に車のタイヤをスタッドレスに交換しておいたので安心ではあるが、それよりもとりあえず出社するために駅まで乗る自転車が心配だったりする。

しかし、しんしんと降る雪を蓄熱暖房機で暖かいリビングでみながら夕食を食べていると、ちょっと嬉しくなった。

降り出しはここまで積もるを思っていなかったが、段々と中庭に積もる雪が気になって前の道をみてみると、結構な積雪量。時間は22時をまわった所だったが、由に声をかけて、クロックスの長靴を履いて外に出てみようと提案した所、乗ってきた。

階段にも結構な雪が積もっている。滑らないように前の道に出てみると、真っ白になっていた。くーは喜んで走り回り、私たちもちょっと行ったり来たり。今年は雪遊びに行けるかどうかわからなかった分、飼い主もこのシュチュエイションに大喜びだった。

ひとしきり遊んで、足跡だらけにして帰宅。寝る前にはすっかりその足跡も消えていた。

写真は我が家の前の道で今シーズン初の雪を楽しむくー。

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2011年02月11日

雪降る中のタイヤ交換

2月も中旬になってようやく、冬タイヤへと交換した。雪が降ってからあわてて交換する、という事ではないのだが、あと2カ月弱あとにはまた夏タイヤに交換する事にはなるが、安心して雪のある所へ旅できるように、準備をした。

くーの治療のステージ1が終了したあと、くーの大好きな雪遊びをしに連れていってやろうと思っている。今その場所を選定中なのだが、とにかくそのためには冬タイヤは必須なのだ。

交換後、近くに開店した大規模ホームセンターに寄って、何だか色々なものを買い込んで帰ってきた。くーは車窓から舞い上がる雪を眺めていた。足元はドロドロなので、散歩できる場所も限られてしまうのを知ってか、あまり楽しそうではない表情である。

単に朝から出かけたため、昼寝をしていない分眠いのかもしれない。

写真はタイヤ交換中のエスクード。今年もブリザックDM-Z3に換装。相当に空気が抜けていたので、そろそろとスタンドまで走り、ホイールの増し締めと共に補充した。

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2011年01月26日

野鳥のいる川

都心みかける野鳥といえばドバトとカラス。少なくなったとはいえ、たまにスズメもみかけた前の住まい。

しかし今の住まいの周辺でカラスはとても少ない。嬉しい環境でもある。

野鳥や野草などの名前はあまり知らない私でも、じっと目で追いたくなる鳥たちがいるという小さい幸せを感じる。

川には鮎もいるという。大きい鯉がゆったりと川の流れに身を任せているのが土手の上からも見えた。
写真は川面でみかけるコサギやマガモたち。

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2011年01月23日

川が近くを流れている場所

川といっても多摩川や荒川や利根川のような巨大な川幅ではないが、一級河川が近くを流れている。

川は常に氾濫の恐怖もある訳で、川の近くの生活に憧れるものの、なかなか難しいと思われた。

北海道は弟子屈の大好きな宿は、あの蛇行した釧路川のほとりに建っており、すばらしいロケーションだ。カヌーで上陸もできる。但し現実には関東でも東京近郊の川は、3面張りになっている所が殆どだ。近所の川もその工事が進められている。

3面張りの川は、それまでの生態系から大きく変わってしまう。治水が目的なのでそれどころではない訳で、それでもたくましい魚や鳥たちは戻ってくる。

川には土手がつくられ、よい散歩道やサイクリングコースになる。最近サイクリングといっても飛ばしている輩も増え、ゆっくり歩いたり犬を連れている人にとっては恐怖感を与えている。私が日中仕事に出ている間、家族がその危険な目にあっていないかと気になる事もある。

私も妻も自転車、それもロードやスポルティーフ、マウンテンやクロスに乗っている分、気持ちはわかるが、やはりTPOを考えて乗るべきだと思う。特に自転車のマナーの悪さは目立っており、軽車両としての認識の薄い乗り手のいかに多い事か。マナーという言葉、まわりに迷惑をかけない、恐怖感を与えないという基本的な事が失われつつある現代、少なくとも自分がそうなっていないかという気持ちを常に胸に過ごしたい。

写真は川沿いの夕暮れの風景。土手はジョギングや犬の散歩する人が。

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2011年01月22日

武蔵野の風景

武蔵野地区という地域に引っ越してそろそろ2ヶ月弱になる。

武蔵野大地とは、東京都23区西部と多摩地域北東部、そして埼玉県入間郡にまたがる洪積台地の事を指すという。

空は広く、朝陽や夕陽が地平に近い距離まで見えるようになり、これまでのように10階以上のマンションやビル群に切り取られた空とは大きく違う風景が、住まいの近くに展開している。

空は広く、見える星の数も多くなった。開陽台とはまったく比べものにならないが、それでも頭の上に広がる空はとても気持ちがよい。

朝晩の冷え込みもぐっと増えた。きっとそれは土が露出している事もあるだろう。とても自然な事だと思う。都心では夜も気温が下がらないし、同じ寒さでも冷たいという感じがあった。きっとそれは感覚的なものだと思う。

武蔵野の風景を代表するものに、高圧電線があるようだ。鉄塔が夕焼けの空にシルエットで浮かぶ。巨大な建造物がにょきにょきと建ち、そこをつなぐ電線が走る。その真下や近くはちょっと怖さを感じる程だ。

犬と暮らす事、車を活用した生活を目指して引っ越した事は、今この時点ではまったく悔やんでいない。人間関係などの問題は少なからず出てくるとは思うが、あまり振り回されないように気楽に過ごしていきたいと思う。今の段階では大きな問題はない。

人が暮らす場所として、都会のマンションも便利でよい。でもやっぱり無い物ねだりで、こういう生活がしたかった。まだまだやらなければならない事はあるが、今はよかったと感じている。

写真は武蔵野の電線群。

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2011年01月01日

NEWYEAR 2011

新しい家で新しい年を家族3人で迎える事ができた。
これは何よりも嬉しく、そして願ってやまない事である。
こうして無事に迎えられた事に、心から感謝したい。

新しい1年、家族3人で、たくさん楽しい事だけをしていきたい。
心からそう思う年頭である。

由、くー、そして私の小さな群れは、ささやかな幸せを求めて
1日を大事に過ごしていきたい。

2011年1月1日、元旦。

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2010年12月23日

IKEAとコストコへ

いろいろ収納用品で必要なものがあり、まわる家の近くにある無印良品なんかを見てまわっていたのだが、結構値段がはるので悩んでいた。

そして考えたのがIKEA。以前港北にいったことがあったのだが、今回は外環でぐるっと行ける新三郷へ行ってみる事にした。そして嬉しい事に、新三郷は小型犬ならカート持参で店内を一緒にまわれるという。早速カートを載せて出かけた。
ちょっと外環が混んだが、40分程度で到着。くーと一緒にまわっていると、声をかけてくれる人が結構いるのに驚いた。そして全員が好意的。嬉しかった。

何度か、わざわざさわってもいいですかと声をかけて頂き、くーをやさしく撫でてくれる人も居た。これからは一緒に行く事にしようと思う。

また同時にコストコにも寄った。初めて会員になり、オカルトちっくな顔写真を撮られた。ただ規模的にそんなに大きく感じられず、我が家にしてはそんなに大量ではなく、食材を買い込んで満載のエスクードで帰った。

こういう事で、何だか年末に近づいている雰囲気を感じるのだった。

写真はIKEA前とコストコでの帰りのエスカレーター。コストコではくーは車でお留守番。

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2010年10月05日

またもメール不達発生

9月下旬から10月現在、すべてではないがごく一部のメールが不達になっているようだ。

原因を調査中。申し訳ないが、もしもよんきちにメールを送ったが返事がない場合は、コメントを頂くか、mixiやtwitterでメッセージを送ってほしい。

2010年09月25日

秋の旅行は全てキャンセル

秋の旅行は全てキャンセル

色々あって、家を空けられなくなってしまった。今年こそ尾瀬周辺の紅葉をと、奥利根に行こうと思い、よさそうな宿もとってみたのだが、それもキャンセル。ORPの全国オフも今年もキャンセルという状況である。

だからといって残念とかそういう気持ちはない。今はすべき事がある。家族全員で必死で取り組む事があるため、今は集中しようと思う。

色々他にもやらなければならないが、今は集中してがんばろう。一番大事なものを守るために。

写真はある秋、春國岱の木道をゆっくり時間をかけてくーとトレッキングした時の写真。最も私たち家族がしたい事なのではあるが、しばらくおあずけだ。

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2010年08月28日

母親の居る所へ

母親が今入所している施設に、兄と一緒に行ってきた。

ここ最近の暑さで、ちょっと外に出ると私の体調がテキメンに悪くなってしまうので、随分母親とも会っていなかった。自分自身も昔から体が弱い分、母親にも私に期待しないように宣言している。実際ここ最近は無理する事が辛さとなってリバウンドしてくるのが大きい。

健康で肉体労働者の兄は、それだけが取り柄とも言える。それまで母親の面倒はまったくどころか親不孝を絵に書いたような生活をしてきたのだが、ここ最近は私の体調も事も考えてくれて、進んで母親の面倒をみてくれる。

しばらくそれに甘えているのだが、今日は施設のイベントがあるとの事で、優先して空けていた。しかしくーがしばらく目を放せない事から、由には留守番して貰い、私だけがいく事にしたのだった。

母親は元気そうだった。前に居た都内の病院ではもう余命いくばくもないという状況で、毎日生きる気力もなかったのだが、今はそれなりに毎日の食事が楽しみな生活を送っている。

しかし相変わらず人とのコミュニケーションは苦手なようで、この日は施設のお祭りが階下で行われていたのに、誘いを片っ端から断る。やさしく声をかけてくれる人ばかりなのだが、失礼な言い方で拒否をするのだ。それは結局昔から変わらない。

今更性格を変えろとも言わないし、年寄りになったからそれが緩和されるかという期待ももうしないが、これでは可愛げがない。息子としても、まだ私が小学生や中学生だった頃から、私の友人をけなしたり、友人のご両親の悪口を言う腐った性格だったので、諦めている。

それでも歳を取った母親をみると息子だから気にはなる。私自身この日も長時間外に出ていたので頭痛がはじまって辛いのだが、私の体の心配をする事もない。

逆にある意味前に入院していた病院ではそれを言う元気もなかったのだから、随分この施設に来てから回復したともいえる。薬漬けだった生活から、今は最低限の薬だけになり、手の震えも昨日みた所なかった。よい方向に進んでいるという事の現れだろう。

結局3時間以上一緒に居て、母親がもう帰れというので現場を去った。

帰り際、兄を兄の家まで送り、私はそのあと由とくーの食材をスーパーで買って帰った。長い1日が終わった。

写真はその施設の掲示板に貼られていた、母親の笑顔の写真。たこ焼きを8個も食べた時のものらしい。

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2010年08月13日

都内観光

東京を横断して、新しい動物病院へ向かう途中、噂の東京スカイツリーの工事現場脇を通った。今回は由が運転していたので、私は後部座席でくーとまったり中、撮影真下から撮影ができた。

既にこのあたりには子供連れが沢山。皆観光の為に来ているのだろう。しかし道路は綺麗に路駐なし。きっと厳しく規制されているのだろう。そういえば以前ニュースでも路駐の酷さに地元は困っていると言っていた。

東京タワーも子供の事に行ったあと、もう2年前になるのだが由のご両親が東京に来られた時に、久しぶりに登った。高い所に昇りたくなるのは人の心理なのだろうか。私も開陽台でのキャンプはことのほか好きである。

しかしこれだけのものを建てるのであれば、基礎はどの位の深さで杭を打っているのだろうか。地盤がそれでなくても弱い墨田地区だ。

最近建築物に興味津々の私は、気になる所であった。

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2010年08月09日

Happy Birthday -YU-

今日は大切な家族の誕生日。

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2010年08月04日

一番のお疲れ気味は誰だ?

まあいつものグチに近いのだが、最近仕事面で随分凹みがちである。

頭がまわらないというか、元々考え込むと何かと沈みがちになる事が若い頃からあるタチなので、またしばらく浮びあがれない精神状態になってしまったのかと思う今日この頃である。

プライベートでは色々楽しい事もあって、まあまだ人生これからという気持ちは充分あるのだが、アタマを使う仕事な分、思うように進まないとスランプになりがちともいう。歳をとっている訳だから、アタマの回転が鈍くなるのは自然な事。ただそれも言い訳というニュアンスも少なくない。

それを癒してくれるのは、やはり私にとっては旅であったり、由であったり、くーであったり、家であったりする訳で、キッチリと線をひいてプライベートとビジネスをできるだけはっきり分けるようにしている。そうする事で、少し気持ちが楽になるから。

毎日帰ると、15分歩いてきた汗だくの私を、とびついて迎えてくれるくー。すぐにでもベタついて脱ぎたい服なのだが、くーはそれを待ってくれない。体全体でおかえりと歓迎してくれる。そんなくーを見ると、心からほっとできる。

おなかをなでて貰う事がまず大好きなくーは、何か荷物が届けられるとこんな事もする。ダンボールが大好きなので、登ったり、トンネルにしたり。笑顔のくーをみる事が、毎日朝早く会社にいき、10時間以上をそこで過ごすがんばりに繋がっている。

暑くて散歩にもまともに行けないけど、もうちょっとの我慢だ。涼しくなったら、どこか山にトレッキングの小旅行にでも行こう。私もなんとかそれまでには気分を戻したい。そんな事を思う夏の夜であった。

そう、一番のお疲れ気味は、私なのだ。

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2010年07月24日

世の中、暑すぎ

毎週何らかの用事で車で出かける事が多いのだが、今日は車で東京~埼玉~東京~千葉~茨城と移動し、帰りも同じルートで帰ってきた。

その時、取手周辺で表示されたダッシュボード上の外気温計…

左は時間、中央は外気温、右は平均燃費なのだが…

どうなってるんだ…

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2010年05月16日

金星と月

 金星と月が大接近した日、普段あまり注意深く見ない空に、それがぽかんと浮かんでいて美しかった。由にほらほら、と見せてやると写真を撮れと言われ、バッグから望遠がついたデジイチを持ち出して撮影。三脚を出すのが面倒なので、サッシのヘリにあてて、ISを効かせて撮ってみた。

 それだけの写真だが、月の輪郭も見えて美しい。夜空を見るのは大好きなのだが、星の知識がない私は、開陽台でもずっとひたすら星空を見上げるのが好きだった。開陽台だと天の川の存在感が大きく、それだけでも私は寒さを忘れて見とれていた。

写真はその時のもの。宇宙の神秘である。

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2010年04月24日

我孫子方面へ

とある用事で我孫子へ向かった。

JR山手線の日暮里から常磐線に乗換えて向かったのだが、10時すぎというのにガラガラ。下りのせいなのかもしれないが、それにしても少ない。私たちの車両に私たち以外に1人。隣の車両にも1人しか乗っていない。

そういえば15年ほど前に、色々あってプロジェクトが変わり、柏IC内にある電電系の顧客のシステムを立ち上げた時があったのだが、あの時約1年間、この経路で通った事があるという事を思い出した。

あの時は結構大変だった。朝は10時頃には出社していたのだが、夜はほとんど深夜。おまけに最寄りの駅からは遠くて徒歩20分以上。よく通ったものだ。その上昼食を食べる所といえば、ガスト1軒のみだった。

そこの仕事を境に、私の仕事内容は大きく変わったのだが、その時に変わっておいてよかったと今心から思う。社会人になってから色々とあって、もともと呼吸器系が弱い私が、決定的にそれを悪化させた原因になった出来事があったので、忘れる事はできない。

朝の逆方向の常磐線は恐ろしかった。実際今はどうなのだろうか。

この日はとても平穏に我孫子の先の天王台に到着。のどかな町だった。

写真はそのガラガラな車両。普段からこんな空いていたら、廃線になってしまう。

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2010年04月17日

季節はずれの雪の朝

 4月の下旬に入るのに、未明から雪まじりの雨が都心にも降った。週の最初はYシャツ1枚でも大丈夫だったのに、一昨日、昨日と真冬用のモンベルのハスキーコートで出勤する気温だ。

 朝から部屋の窓の結露がすごい。7時になって由とくーを寝室において起き、雑用やら何やらで音をたてないようにリビングで活動しているが、冷え込みに手の先が冷たい。

 それに今日は舎人公園で今年度のエクストリーム最初の練習会が行われているはず。こんな寒い日だとキャンセル続出だろう。明日は地区予選だが、くーは骨折がほぼ治ったと判断してまだ1カ月が経っていないので、もともと不参加を決め込んでいる。少しアジリティから復帰し、もうすぐに迫っているGWには近場で競技会に復帰していく予定だ。

 私は今月中は色々あって動きが取れない。明日も私だけだが用事で調布の方へいかねばならない。来週月から水も試験のあるセミナーがあるし、何かモチベーションがあがらない。最近ちょっとスランプである。

寒いし外は雨が降っているので、くーは食後のお昼寝。と思っていたら少し外が晴れてきた。明日は少しマシな天気になるようだ。

写真はそのおやすみ姿のくー。

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2010年04月10日

休日出勤

 本業の方で色々トラブルもあり、今日は後輩と休日出勤。最近関連して一緒にしなければならない他部署のエンジニアが、ミスを連発していて、今日も本当なら昼前に帰る事ができるはずだったのに、午後まで作業が押してしまった。

 最近は作業の手順にしても、デフレの影響で簡素化されているせいか、品質が悪い気がする。エンジニアの作業の進め方も、私が入社した頃からすれば、10分の1ほどに簡素化されている。やはりこの流れはよい事ばかりではない。

 阿呆な上層部が、今だにカイゼンなんか推奨している。その気持ちは大事だろうが、何でもかんでも評価につなげていく。その評価がちゃんと絶対評価であり、比較されないならよいが、現実は相対評価になり、皆それなりに頑張っているのにほとんどが評価されず、逆にそれまでの努力が無視される。そんな事ではどんな人間だってモチベーションが失われる。そのマイナス面に今も気付かない。

 ただそれ以前に雇用水準が落ち込み、無職も増えている事も現実だ。こんな状態では日本は崩壊してしまう。仕分けだか何だかもそうだし、高速道路の価格の基準だってそうだ。何も根拠はない。ほとんどが一緒くたで何も考えられていない。それをされる事のマイナス要因へも目を向けない。

 なんでこんな社会になってしまったのか。正直もう何も期待していない。同じような気持ちの人は多いのではないだろうか。日本はどうなってしまうのだろうか。

写真は職場の近く。こういう日はさっさと帰ってくーと昼寝を決め込むのが一番である。

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2010年04月03日

桜満開

 定期通院のあと、とあるプロジェクトで中野の某セキュリティ会社でコンサルを受け、その後お気に入りの公園、和光樹林公園へ行く事にした。

 丁度この週末、ほとんどの桜が満開状態。どこの公園もすごい人なのだが、この公園は桜のない所ならゆっくり散歩もできるし、何より大好きな雑木林がある。駐車場は久しぶりに体育館側のを使って公園に入ると、大勢の花見客がいた。

 混雑している所はパスして、ゆっくりと散歩。広くてここは気持ちがよい。毎日こんな所で散歩できたらいいのだが、なかなか現実は難しい。でも車が使えるなら、たまには来れるのでそれでよいか。

 くーをモデルに今年も沢山の写真を撮影。昨年は色々タイミングがあわず、近所の桜の時期を逸してしまったので、わざわざ4月の下旬に尾瀬の方まで桜を求めて1泊旅行をしたほどだ。毎年くーの桜や紅葉、雪との写真は必ず撮ろうと決めたので、これは大事なイベントなのである。

 今年は樹林公園の桜。桜自体は木なので花はくーよりも高い所に咲く。それをいかに撮るかはなかなか苦労する。私は地面に寝ころび、はたからみたら笑われるような姿を晒しているのだ。

 撮影後は某建築士の方の事務所にお話へ向かう。今日も忙しい1日だった。

写真はそのくーと桜の写真。色々あるがその1枚。

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2010年03月27日

病院で検査と車のディーラーへ

 朝から年に1度の検査で、女子医大に自転車ででかけた。まだ結構寒い。

 検査は受付の1時間近く前に行っているのだが、年寄りが2時間近く前に来ていて、2番手であった。いつも病院に行くと、必ずとんでもなく早い時間からきている年寄りに会う。

 検査はさっさと終わらせ、家に帰ると由が起きてきた頃だった。一緒に朝食を食べ、ひといき入れてから、車でスズキのディーラーへでかけた。

 8月の車検の予約をすると、3000円分の特典が受けられるのだが、前の担当営業の人が辞められ、次の営業の人に引き継ぎをしていなかった。なので、挨拶や車検付の継続用メンテナンスパックの説明を受けるのが今回の目的だ。

 最初担当の人がおらず、代理の人が説明をし始めたのだが、これが言葉使いがなっていない。始めて会話するのに、なんで客とタメ口なのか。昔にスズキの営業がどうしようもない態度だったのを思い出させる社員だった。私はこういう所が凄く気になってしまう。

 エスクードを購入した時に出会った営業さんで、今回辞められた方は、すごく親身になってくれた。正直私よりも知識がない部分もあったのだが、そんなのはどうでもいい。やはり人柄や一生懸命さというのは、伝わってくる。だからこそこの店舗で契約したのだが、この代理で来たのは、以前から見た顔ではあったが酷い。そうそうに話す気が失せてしまった。

 本命の引き継ぎを受けた営業さんは、まだ3年目らしく態度も遠慮がちである。前担当のような一生懸命さが伝わってくるのでほっとした。色々と説明を受けて、8月の車検時にメンテナンスパックに加入する事に決めた。

 昔からスズキの営業はよいイメージはなかったのだが、一度はそれを払拭してくれた。しかしまた一人の営業の10分程度の会話だけで、築き上げてきた信頼関係が崩れてしまいかけた。メーカーはもっと営業の教育をしっかりすべきではないだろうか。折角よい車を作っているのに、エンドユーザの窓口がこんなでは、開発や設計、工場の人に申し訳がたたないのではないだろうか。

とりあえず、新しい担当以外とは話すのはよそうと思う。

写真は女子医大の待合室。大きな吹き抜けの新しい建物でとても明るい。

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2010年02月14日

みぞれ舞う週末-2/2

無事冬タイヤになり、夏タイヤに袋をかぶせて保管。起きてきた兄に今日の午後の予定を確認して分かれる。

帰るルートはちょっと寄り道したあと、結局店員が好きではないスタンドで給油。120円/Lに加え、2円引きなので今日みかけたスタンドの中では一番安い。我慢してウザい店員をかわす。

その後最近我が家の近くにできた、駐車場完備のスーパー、Y'sマートに寄り、お昼ご飯を買う。結構便利で安くて、通りかかる時はよく立ち寄るようになった。トイレットペーパーや焼きそばなど、安売りを選んで購入。

私は結構ケチなので、安いものを選んで買うタチなのである。例えば今日購入したものは、豚小間88円/g、ラム肉100円/g、焼きそば3玉入/98円、赤玉卵1パック/198円、トイレットペーパー12ロールシングル/198円など。

一旦自宅に戻り、昼食。1時間ほど休憩して、今度は落合の某病院へ。母親の転院先候補の見学というかコンサルを受けに行く。兄と合流し、事務局長と入院に関するシステムの説明を受けた。

ここの病院も患者の9割は老人らしく、入院しているのはほぼ100%が老人らしい。また保険制度の関係で、病院は60日を超える入院の場合は、多くの病院が退去を求めてくる。割が悪いからだ。母親の今入っている病院はひどく、何もしてくれない。食事の時間には無言で食事が運ばれるだけだ。酷いものというか、まだこういう病院に入れるだけ恵まれているのかもしれない。

兄が中心になり、できればリハビリができる病院を探していた。色々探したり、申請をした結果、2カ月後に入居できる介護老人保健施設をなんとか見つけたのだが、今臨時で入っている病院が今月一杯なので、その間を繋ぐ行き場所を探した結果、今回OKが出たのだった。

ここもそうだが、入院している老人達がいかに多い事か。でもここの入院患者は笑顔だった。若いスタッフも笑顔が多く、会話も多かった。兄とも相談し、ぜひここにお世話になりたいと思い、早速ベッドがあいたら連絡を貰う事になった。

一つたちまち対応しなければならない問題が解決した気分だった。

写真は今回交換した冬タイヤと純正アルミのセット。これを使うのは今シーズンは長くて2カ月だろう。

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2010年02月13日

みぞれ舞う週末-1/2

朝5時半起きで埼玉の兄の家へ一人で向かう。手がしびれるような寒さだ。

走り出してすぐに雨のようなものが降りだした。しかしボンネットが濡れず、跳ねているように見える。あられのようだ。寒い訳だ、車外の気温センサーは1度。凍結注意の雪マークがついている。

帰りにガソリンを入れるつもりなので、往路で反対車線のスタンドの価格調査。一番安かったのはよく使う比較的近いessoだったが、ここは店員がウザい。できれば他で入れたいと思いつつ、引き続き価格調査。

およそ50分ちょっと、7時すぎに兄の家へ到着。あられはみぞれにかわり、降り続いている。まずは後部座席をベッドに戻す。くーが骨折してから遠征もないと思い、通常シートに戻していたのだ。そろそろくーの復帰も近いだろうという希望も込めて車中泊モードに。イレクターのポジション調整をして、きっちりと水平を出す。そこまでおよそ40分。

それから奥から重い冬タイヤ+純正アルミのセットを出してくる。前後ローテーションをして配置し、1本づつジャッキアップし交換していく。どこかに十字レンチもあるはずなのだが、いつの頃かみつからない。ジャッキも油圧のパンタ型が欲しい所だが、とりあえず年に2回なのだからと車載のジャッキでちまちまと上げ下げするしかない。

交換に要したのはおよそ1時間強。さすがに腕がだるくなったが、寒さはあまり感じなかった。

写真は夏タイヤとBSのホイールセット。これは数カ月休憩して貰う。

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2010年02月02日

雪の朝

昨晩から降り始めた雪は、都心も白く染めた。

自宅付近に積もった雪を見るのは2年ぶりだ。都会の雪はあっという間に消えてなくなるのだが、今日は通勤時に足元を気をつけなければならないほど歩道にはシャーベット状の雪があった。

それでも車道はウェットだったが気にするほどでもない。通勤に支障がでそうなら、地下鉄を使おうと思ったのだが、案外こういう日はバスが強い。予定通りの通勤時間だった。

帰りにはもうほとんど白いものは残っていなかった。昼間は1歩も外に出ていないせいなのか、その分グンと冷え込みを感じる一日だった。

くーは怪我の足をガードして、近所の公園に行ってきたらしい。雪大好きなくー、なんとか今シーズン中に1度、どこか雪深い場所に連れていってやりたいものだ。

写真が朝の道路の状態。すぐに消えてしまったのだが…

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2010年01月30日

Full Moon

まじめにデジイチを出してくればもっと綺麗に写るのだが、コンデジで…
雲に隠れてしまっているのだが、まんまるの満月。

色々難しい事があるが、それでも地球は回っている。

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2010年01月25日

温泉に行きたい

寒くなってくると、雪でもみながら温泉に入りたくなる。

昨年も3月に北海道では毎日入っていた。体のあたたまり方が違うし、また旅に出ると温泉というのは、結構重要な要素となってくるようで、ただの風呂に入るよりも、あきらかに温泉を探して入るようになる。

日本は温泉大国。裸で入る文化も、日本人に生まれてよかったと思えるのだ。ましてや雪見の露天なんかはもっと最高。まる見えは嫌だが、雄大な風景をみながらや、清流を眺めながら露天の温泉に入るのは格別である。

ここ最近では、やはり2年前の北海道で入った凌雲閣の露天。雪山がまぶしい位に輝き、乾燥した雪と舞い上がる雪煙を眺めながら入る風呂は、最高だった。

今シーズンはくーの足次第だが、なんとか雪と温泉に会いに行きたいものだ。

写真はその凌雲閣の露天風呂から見える風景。圧巻である。

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2010年01月10日

冬は寒いもの

仕事はじめの週、最初の週末は、3連休。

しかし今年は仕事はじめの月曜からフルで忙しかった。まだ当然その忙しさは続くのだが、休みが少なかった上にこの忙しさは参る。案の定この3連、まだ尾をひいている。

どこかに行こうという気もおきないまま、連休は2日終了。明日は最終日なのでこれまたどこかに行きたいと思えないのが、元気がない証拠である。

例年ならくーの競技にどこかしら出かけていたのだが、くーの足がまだかかるので飼い主も自らすすんでくーの治療につきあっているというのもある。

寒い時は寒い所に旅に行きたくなる。特に北海道なんか最高だ。温泉であたたまり、雪遊びをするのがいい。逆に家でじっとしている方が寒さを感じる。

冬は寒い。それは当然だ。その寒さを感じるのは、人次第なんだと思う。今は都会の生活の中での寒さ。雪遊びしている時の寒さとは違う。できれば、同じ寒いなら雪遊びしに行きたいものだ。

写真は昨年3月の美瑛。誰も歩いていない雪原に、哲学の木の影が美しい。

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2010年01月01日

Happy 2010 Start!!

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2009年12月31日

大晦日

2009年も今日で終わり。

今年は何か3月の北海道にはじまり、秋から冬にかけて体調を崩した1年だったという気がする。

初夏から秋にかけても色々と人生上で大きな動きもあったのだが、身を結ばず色々葛藤も多かった。

母親も秋に倒れてから今だ病院住まい。とはいっても体は元気なのだが…

くーもまた怪我をしてしまい、冬は我が家にとって試練のシーズンとなってしまっている。

そんな中でも由とくーのアジリティが身を結びはじめているのは素晴らしい事で、ますますくーと私たちの関係は強きものになったのは喜ばしい事である。

今年もこれから年賀状の住所作成で、投函はギリギリ年内になる可能性大だが、これも毎年のパターンになってしまった。年末年始もそんなにゆっくりしていない。今年に終わらせるべき事は終わらせ、来年はよい年にしたいと切に願う。

色々あったが、今年お世話になった皆さんに感謝し、病気や怪我こそあれこの程度で済んだ事に感謝しよう。

今年もお世話になりました。こんな我が家ですが、来年もよろしくお願いします。m(__)m

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2009年12月24日

I wish you a Merry Christmas!!

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2009年12月14日

7回目の誕生日

くーが今日、7回目の誕生日を迎えた。

あっという間という言葉しか出てこない。しかしちゃんと私たちとくーの間には、7年という時間を一緒に過ごした事実は残っている。

飼い主が自分の愛犬を誰よりも一番愛するように、我が家も親バカ丸出しである。くーが歯をむいても、無視されてもかわいい。そしてくーが嬉しそうにしている表情をみると、驚くほど自分の中から力が沸いてくるのを感じる。疲れ果てていても、ガンバロウという気が沸いてくるのだ。

仕事から疲れる通勤経路をへて、家に帰りついた時にくーはいつも嬉しそうに迎えてくれる。この一瞬が嬉しい。くーは待ってましたといわんばかりに、飛びついてくる。

くーとの7年はくーにとってどういう時間だったのだろうかと、聴いてみたい思いにかられる。我が家に来て幸せに過ごしているか?と声をかける。

人の立場からは、幸せに暮らしていると思う。好きな事だけをして、一緒に競技に出たり、旅をしたり。色々な経験をしている。でもそれはこれからも同じである。もっともっと、くーが幸せを感じるように自分たちの時間を使いたい。一緒に色々な事をしたいと思うのだ。

おめでとう、7歳。7歳の1年も楽しく笑って過ごそう。

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2009年10月24日

気がついたら秋

すっかり秋模様

随分更新していなかったようで、一度間があくとなかなか手が動かない。

この期間にメインのPCであるLet's Note CF-R6が連続使用1時間程度でオーバーヒートして動かなくなってきて、サブで使っていた大きめのノートを持ち歩くようになり、それが負担だったというのもあるが、色々な要素がそうさせたのかもしれない。

今月頭には私だけでなく由もくーも体調を崩した。ただ何とかインフルエンザにもかからずやってきているが、本格的な感染期に入っている事からいつかかるかわからない。さっさとかかってしまった方が気が楽だというのもあるが、気管支に疾患を持っている私にとってはしゃれにならないと由に言われる。予防注射は来月からやっと始まるという事だが、季節性の予防注射の時期でもあるので、困った所だ。

色々モチベーションがあがらない要素が山積の秋。去年は車での北東北の旅があったが、今年は旅というのは予定なし。ただ、今月末から来月頭にかけての飛び石連休を使い、2年ぶりに由の実家に帰る予定が唯一の旅のようなものである。

できれば讃岐まで足を延ばしたかったが、今回は気力不足といった所か。まずは神戸往復をいかに楽しめるかという所である。

本格的な秋に入り、紅葉もまだ見に行ってないが、冬になる前に少しよい空気を吸いに行きたいものだ。

写真は昨年の晩秋の旅の写真。東北にまたゆっくり行きたい。

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2009年10月08日

台風接近中

窓を叩きつける雨音と風の音が気になって3時頃に目がさめた。外は凄い暴風雨。

思わずネットで状況確認。都内にも竜巻注意報や大雨警報が出ている。これから東海に上陸するまさに直前という感じだ。友人がいるので心配である。

杉並区の善福寺川と新宿の北を流れる神田川で決壊とのライブ情報が入ってきた。河川水位をみていると、他にも石神井川上流で決壊、白子川も水位が上昇している。

これだけの雨が短時間に降り続くと、アスファルトでコーティングした都会はひとたまりがない。町中でもちょっと周囲より低く、雨水がたまる所だと水没する危険性がある。半地下で駐車場を作っている家なんかてきめんだ。

我が家のマンションも下の世帯は気が気ではないだろう。各地で暴風で木が倒れて断線し、停電も起こっているようだ。交通も既に始発から間引き運転を決めている。ちょっとした自然の驚異をひしひしと感じてしまう。

一度雨が納まったが、また降り始めてきた。室戸岬からの中継では、既に雨はあがり路面も乾いてきているという。

台風のパワーを感じる夜だ。

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2009年09月24日

今日は出社日

部の半数がお休みである。静かな勤務日。その関係もあって、2順も早く朝のスピーチ順番がまわってきた。人も少ないのでオチがない適当な話をして済ませる。

今日明日仕事すれば、また週末である。以前なら間2日休んで、9連休というのもあったのだが、予想通り道路は激混み。GWで懲りたというのも正直ある。ETC1000円も無料もいい加減にして欲しい。今年もやはり、連休初日の渋滞は東名で50kmで、発生した事故は27件というニュースだったが、実際はそれ以上になっていたはずだ。

渋滞嫌いというのは誰でもそうなのだと思うが、私は渋滞で生まれる追突事故の危険性が高まる事が嫌なのである。GWでは目の前でもパカパカ事故がおきていた。たかが移動でもらい事故はたまったものではない。昔、由の家財道具を神戸からもってくる時、嫁入り道具のロッキーに載せて自走したのだが、大阪の八尾で激しい追突事故にあってしまったのを思い出す。それから警察に行ったり、リアゲートが開かない状態で500kmを自走したのだが、帰ってからの後始末がやっかいだった。

事故の発生は必然だ。慣れない運転だけでなく、マナーの悪い割り込み、譲らない行動もその原因でもあるのだが、何より周囲の配慮や確認ができていないのに行動する事にある。それに加え、明らかに何かがあっても避けられない速度で車と車の間をすり抜けていくバイク。私もバイクに乗る側としても、フラフラととてもではないがコントロールしているように思えないバイクが、とんでもない速度で走り抜けていくのを見ては、事故は必然だと思わざるを得ない。

そういうリスクは避けたいので、今回も長距離を出かけるのは諦めたのだった。連休は我慢して、さ来月の下旬にちょっとした長距離の旅行をしたいと思っている。

写真は先日行ったIKEAの店員が使っていた端末。シンクライアントになっていて、情報漏洩やアクセス管理に役立てているようだった。一応、私の部門が関係するネタなので撮影。

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2009年09月20日

初IKEA

インテリア雑貨専門店にはなかなか行く機会がない。郊外の大規模なホームセンターは好きなのだが、近くにないのが玉にきずである。

そんな中で、由は散歩仲間とたまにコストコやイケアに出かけている。大量の食材やモノを、一緒に行った友人と山分けするのだ。私も行ってみたいとは思っていたが、平日以外は相当に混むらしいという事だけで食指が動かない。

しかし、由がこのシルバーウィークは遠出しないのもあって、イケアに行きたいと提案されてしまった。最初にすぐに却下したのだが、結局行く事に。調べてみると開店前に入ってお昼に出る位ならそれほど致命的に混まないという情報があったので、それでいく事にした。

狙いは港北店。新三郷のららぽーとが出来て、コストコもある新三郷店が一番よいのだが、さすがにちょっと怖いので、廻りに同様の店舗がない港北を狙いに定めていざ出発。

都内でちょっと混んで、到着が9時20分頃となってしまった。駐車場は余裕で、9時半からの軽食コーナーに最初に突入。イケア北欧の家具インテリアの総合メーカーなので、食事もスウェーデンのイメージが打ち出されたものが多い。朝はドリンクバーと名物の79円のスペシャルブレックファースト。由はワッフルとソーセージ付きのを選んで、開店までゆっくり朝食。すると携帯を車中に忘れているのに気がついた。まあ、いいか。

その後人がどんどん増えていき、開店と同時に私たちも2階から巡回開始。いろいろと日本でも使いやすそうなものがテーマ別のコーナーにわかれてレイアウトされている。

この棚はいいねとか、これはちょっと、というようなものを会話しながらみていくと、あっという間に2時間以上が経過していた。結局キツネの靴べらと、くー用のリード&カラーをひっかけておくフック、私のマクラ(それも一番安いの)、アロマオイル用キャンドルなど、お得感が強いものを購入。レジで少し並んだが、外のフードコートでお菓子もちょっと購入し、トータル7000円程度の買い物をした。

帰りも殆ど混まず、若い頃によくバイクで使っていた第三京浜経由で帰った。

写真はレジ前のセルフコーナー。倉庫店舗としてはコストコも有名だが、レイダースの一場面のようだ。

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2009年09月19日

鉄道模型

私はそれほど興味はないのだが、鉄道での旅は好きである。しかしいわゆるテツに続するものでもなく、どちらかというとバイクでレールのないきままな旅が好きなのは、私を知っている友人なら誰でも知っている。

とはいっても、上野発で網走まで、鉄道で往復した事もあったし、道内を各駅停車の電車で移動したりもした。東京では鉄道はイマイチ好きになれないのは、人が多すぎる為である。由の実家の関西まで電車で移動するのも、たまになので楽しいのだが、自宅と品川の区間だけが苦痛である。

旅先で鉄道は絵になる。特にディーゼルなんかは電線がない本当に線路一本しかない所を、1車両もしくは2車両だけ走る姿は、バイクで走っている時に見る事ができたら、思わず見とれてしまう。

そんな風景の中の電車という意味では、模型も鉄道車両はスパイスであり、風景のジオラマがメインな部分であったりする。

今、少年時代という毎月部品が送られてきて、組み立てるとコンパクトながらなかなか味のあるジオラマができあがるという本が出ている。

ちょっと面白いとは思うが、少なくとも私は買わないだろう。

写真は落合にある鉄道模型屋、関水金属。KATOブランドで有名で、駐車場にジャマともいえるような存在でこの車両が置かれている。住宅地にいきなり現れるのでなかなかインパクトがある。

何でこんな所に車で行ったかとうのは、いずれ判明するだろう。

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2009年08月29日

最悪に混む日なのに

久しぶりに土曜出勤。しかしタイミングが悪く、お台場は例の24時間テレビで大騒ぎである。それでなくてもお台場合衆国なんぞをフジテレビにされている関係で、この夏休み期間の通勤は苦痛以外なにものでもない。

つつがなく作業を終わらせ、お昼をすぎて帰宅するが、帰りも地獄である。駅では入場制限が行われていて大変なのだろうが、駅を出る側にまで平気な顔をして邪魔をしている。子連れの親は無責任な行動を取り、アタマの悪そうなカップルはまわりに気配りする事もしない。一刻も早くここを立ち去りたい。

この業務の準備として、昨日は昨日で横浜方面へ1日行っていたのだが、どうせなら今日もそちらで仕事をしたかった…しかしこちらの作業環境の方が効率がよいので仕方がない。

あっという間に夏が過ぎ、残暑期間になってまた暑さがぶり返してくる。今年の夏は涼しくて、夜は殆どエアコンのお世話にならなかった。電気代も控えめでよい。

写真は今日のお昼ごはん。お昼すぎまで仕事をして、区切りがついたので由と一緒に家でゆっくり昼食を食べようと思い、ダルとキーマとシュリンプのランチカレーをナンとのセットで買って帰った。

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2009年08月17日

人間ドック

1週間休んだあとに、仕事も溜まっているはずなのだが、今日は予定していた人間ドックの日。これまた場所は歩いても行ける距離なので、余裕で出かけた。

3番目にまわってきたのだが、半分まで進んだあたりでまた頭痛が。ギリギリまで我慢し、全ての診察が終わり、診断が出るまでの1時間半のブランクに入った時、すぐにトイレに行きイミグランを使う。

本当にこの痛みレベルとイミグランを使うタイミングが難しい。熱を出している間は殆ど発作がなかったのだが、鈍い全体的な頭痛はあった。風邪がおちついた途端に、また群発の発作が毎日1度、再発し始めてしまった。

まだなんとか薬はあるので、来週までもつ事を祈る。6月頭に始まった群発期なので、そろそろ2ヶ月ちょっと。3ヶ月あたりがキーだと思っているので、そろそろ落ち着いてくれる事を祈るばかりである。

ドックの仮結果では、今回昨年より4kgも体重は落ち、ウェストも4cm落ちたのだが、昨晩あまり何も考えずにしょうが焼きなんかを食べたものだから、中性脂肪がドーンとあがってしまった。バカな事をしてしまった。でも少しづつトータルではよくなっているので、来年にむけて少しまたダイエットを頑張ろう。

写真はエアコンの効いた部屋だとグッスリ寝てしまうくー。大事なオモチャは近くにおいておくらしい。

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2009年08月16日

やっと復活?

結局1週間休んでしまった。8/8に38度出たあと、37度ちょっとの微熱が続いていたので、なんとか豚インフルではないだろうと予想。といっても8/10(月)に、地元の病院に苦しみながら行ったのだが、8/10~15まで盆休みと書かれていたのだ。ショックでスゴスゴと家に帰り、フトンにもぐり込んだ。

後半からは腹が痛くなり、しばらく辛かった。久しぶりに本格的な風邪にやられてしまった。

くーとも遊んでやれず、エアコンもかけず扇風機で我慢の1週間だった。

写真は「遊んで」とアピールするくー。

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2009年08月09日

ハッピーバースディ

今日は由の誕生日である。

なのに土曜からなんと38度を越える発熱と頭痛。
本当は今日の食事は私が作るはずだったのに…
辛い…

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2009年08月06日

今年の夏は…

旅にも出ていないし、エクにもGWに出ただけで、本当におとなしくしている。

理由には色々あって、私の頭痛シーズンが落ち着かないという事や、実家のゴタゴタ、また私的なプロジェクトの進行の為なのだが、何よりもここ数年、暑い日の行動力とモチベーションの低下は大きくなってきている感じがする。

車ででかけるにも暑いと日陰を探さないとたまらない、くーを連れていけば、まず停めておけない訳で、さっさと家に帰ってくる事になる。

くーだけでなく、私も由も夏はキツい。まだ寒い方が活動できるというのが正直な感想である。

これからが夏本番。もうしばらくおとなしくしているつもりである。秋というか、初冬には今年は、神戸に帰省でもしたいと思うのだった。

写真はある夏の日、秋川に川遊びに出かけた時のもの。当然、人混みがイヤなので、平日に休みを取って行ったのだった。

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2009年07月30日

赤プリへセミナー

某赤いセキュリティベンダーの1年で一番大きいイベントがあったので、とんでもなく暑い中、お昼前から移動し、赤坂プリンスへ移動。

新橋で久しぶりに立ち食いそば屋のかめやに寄り、天玉そばを食べて、銀行で通帳繰越をする。しかしこの通帳繰越機が最初に立ち寄った2箇所のATMコーナーにはなく、結局支店まで行ってやっと繰越できた。面倒である。ネットバンク系はそれで楽なのだが…

その移動中に、かの有名なサラリーマンの町、新橋のSL広場前で、大西ライオンという芸人が中継時の芸をしていた。結構な人数が周りで携帯で写真を撮影していた。私は持ち歩いているルミックスで1枚だけ撮影してバス停へ。

バスで赤プリまで行き、会場に入るととんでもない人ごみ。ここでも参ってしまった。結局4セッションのうち2セッションだけ聞いて、そそくさと帰路へ。帰路の途中も目が眩みそうに暑い。

ただ、セミナーの始まる前に嬉しい電話があったので、それほどめげずに足どりも早かった。

写真は新橋のSL広場で中継中の大西ライオンさん。暑い中ご苦労さまです。

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2009年07月22日

雲の切れ間から日食

友人が今、香港は平湖へ、皆既日食を見に行っている。勤続20年のリフレッシュ休暇を使って。

彼は星屋なので、それもわかる。私も無知だが開陽台で星を見るのは大好きだ。

そんな彼を羨ましいと思いつつ、忘れていた頃、同僚が「今、下で見られるぞ」と教えてくれた。

そそくさと職場を出て、最近その同僚から安く譲って貰った散歩コンデジ、なんちゃってLEICAレンズである、VARIO-ELMARITの最大ズームで撮影。なんとか流れる雲の切れ間から欠けている太陽を見る事ができた。

ラッキーだったのか、どうなのだろうか。逆に平湖の友人は殆どみられなかったそうだ…なんという運命のいたずら。

写真はそのコンデジで頑張って撮影した日食。ちょっと感動的である。由に連絡するのを忘れてあとで電話をすると、諦めて空を見上げる事もしなかったそうだ。根気よく空を眺めていれば、見られたかもしれないと、とても悔しがっている…

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2009年07月16日

定年まであと15年?の誕生日

そんなに勤めあげる事ができるのか自分でも自信はないのだが、今日、45歳の誕生日を迎えた。

喘息やら頭痛やら風邪をひきやすいやら、相変わらず体力の低下を感じつつも、何とか45歳を迎える事ができた。本当はもっと早くこの世からいなくなってしまうのではと、若い頃はよく思っていた。それはバイクの事故かもしれないし、病気かもしれない。

でも、今は守らねばならない家族や、自分の中でもまだまだやりたい事は沢山ある事に気づき、すっかりそんな事は考えるヒマもなくなった。これからあと、定年まで15年。今の仕事を続けるべきかどうかは別にして、それからまだ先に10~20年の生活がある訳で、今あらためて思う事は、これからの生活をどうするかというテーマである。

子供のいない私たちは、いづれどこかの施設に入るのが一番幸せなのかもしれない。その為にもお金が必要だが、それだけを考えて生きる訳でもない。

くーや、いずれ増えるであろう家族とまだまだ日本各地を旅し、おいしいものを食べ、快適な日々を過ごす環境が欲しくなる。その為には今、何をすべきなのか。

そんな事を考えるようになったのは、歳を取ったのかもしれない。

そんな誕生日がやってきたのだった。

写真は最近のものがまったくないので、古いもの。大きい声ではいえないが、摩周湖の湖畔まで降りた時の写真。19歳の頃である。その日を生きる事が、何よりも楽しかった頃だ。

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2009年07月12日

休憩!

色々と先月から私事で慌ただしい時間を過ごしていた。

頭痛もあったりしたのだが、漸く予防薬が安定して効いてきたので、発作も格段に減った。何よりも今動き出している一大プロジェクトが、まだ先に繋がるものなのか、それとも破綻という結果に陥るのかが見えない状況である。

それについては、しばらく伏せておく。

そんな中、とりあえず小さい一山を越えた所で、さすがに少し休みたいと思い、この週末は休憩する事にした。土曜は殆ど家でごろごろしていたのだが、やはりちょっと色々気になり、お昼前から銀座・新橋にでかけてしまい、結局6時間も外出してしまった。

その6時間は色々な勉強だったのだが、新しいジャンルなので大変だ。頭は老いるものというのを最近実感してしまう。まあもともとロクな頭のデキではないのだが…

くーはもうそろそろ暑くて活動が制限される季節。小さい体なのに運動量が多いコーギーは、地面と近い体系もあって、これからの季節散歩も厳しい。土や芝の場所があるならいいのだが、都会に住む犬は不自然な生活を送らざるをえないのだから、しっかりケアしてやらねば。

写真は暑いのに走りまわって舌が長いくー。休憩しなさい!

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2009年06月22日

FPにご相談 その3

あっという間に初回のコンサルは終了。次回持ち帰りの保険の件が判明してから、2度目の打合せを行いましょうとして、この日は別れた。

帰りの地下鉄の中で由は、とてもよく理解できたと感心していた。経済学部を出ていても何ひとつわからない私には、耳の痛い所だが仕方がない。FPという仕事は最近特に注目されているのは、冷静に自分の家計を分析し、提案頂くという機会はなかなかないからだろう。はっきりと見えていない我が家を経営するという視点からの分析から今後どうすべきかという家計設計、将来設計の道筋を見せてくれるとてもよい機会ではないかと思う。

但し、銀行系や不動産系のFPでは、それぞれ自社の都合のよい分析結果を出される事も少なくない事から、独立系でかつ、経験豊富なFPの方と出会うのが大事なのだと思う。

そして1週間経たずに保険の調査結果が出て、見直しを行なう事になった。これまで以上に貯蓄性もあり、補償も現実的になり、無駄のない構成となって、私が喘息で先に死んでも由に迷惑がかからない内容になっただけでなく、老後施設に入ったとしても家計が破綻しないように将来設計もする事ができた。

あと15年ほどで定年である。定年まで仕事をしているかは謎だが、早くてあと5年で早期退職。そんな状況でも苦労しないで暮らせるようなライフプランニングをたてて、実現していけるようにしていきたい。

ちょっと前までは老後の事なんか考えていなかったが、今の段階でちゃんと行き倒れないように考える事も大事なのではないだろか。

写真はコンサルを受けた部屋。

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2009年06月21日

FPにご相談 その2

某オフィス街に地下鉄で向う。場違いな私達は、とあるオフィスビルの前で電話をかけた。ビルは全ての扉が閉まっており、店舗もシャッターが閉まっている。電話に出た方はハキハキした言葉で裏口にまわるようにと言う。いわゆるセキュリティがかけられた通用口の前で待つとすぐに扉が開いた。

いわれるままにビルに入るが、中は真っ暗。どうも普段はここの事務所で仕事をされているようなのだが、今日は休み。ちらとオフィスが見えたが、連なるデスクには誰もいなかった。

会議室に通され、初めましてのご挨拶をし、まずは簡単に何が聞きたいかのお話。由にまとめてもらった家計簿データの月平均データを提示。ざっと見て頂いたあとに少しの質疑応答の中で言われた事は、充分健全な家計であるという事だった。2人家族の中では食費の比重が大きいのではとか、雑費が多いとかいう部分を指摘されるのを気にしていたのだが、まったく問題なしという事らしい。

まあ色々な意味でもっと酷い家計はいくらでもあるようで、また住まいの支払いや返済計画などについても問題ないという事だけでなく、将来性も加味して良好と褒められた。まあ、今後の私達の生活いかんにかかわってくるのだが…

比較的ここまで順調に来たのだが、問題が発覚。一度由に見直して貰った保険に問題があったのだ。これはちょっと難しい問題で、一度FPの方に持ち帰って貰う事に。これまでの保険を大幅に見直す事となった。これについては、見直せるかどうかを確認の上でないとなんとも言えない。このままだとあまりよくないパターンとなるようだ。

色々話をして、あっという間に3時間が経過していた。長い方ではないと言われたが、確かに数時間でその人の家計を分析し、問題点を洗い出した上でコンサルするわけだから、これはFPの資格を取っただけの人には到底できない事だと思うのだった。色々なケースを分析した経験がなければ何時間あっても的確なコンサルはできないと感じるのだった。

写真はすやすやくー。お留守番である。

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2009年06月20日

FPにご相談 その1

我が家の家計や、これから老後に向けての貯蓄計画は一体相対的に見て健全なのだろうか。またどうしたら子供のいない私達が幸せな老後を迎えられるのか、なんていう事を考える歳になった。

くーと過ごす事は楽しく、毎日くーと一緒に、毎週遠出もしているのだが、飼い主がしっかりとライフプランをもっていないと、くーやこれからあらたに家族が増えた場合に不安材料が残る。

食費や保険、貯蓄はどうしたらよいか。仕事がなくなったらどうするか。定年まで仕事を続けるのか。退職金はいくらか。住宅ローンの支払いは。なんていう事を総合的にプロに診断して頂き、ライフプランを作成していただきたいと思っていたのだ。

但しファイナンシャルプランナーにそれらを頼むのは有料である。丁度旅の友人が宅建とFPの資格を取ったと聞いていたので、ちょこっと診断してくれや、と頼んだのだが、ペーパーなのでと断られてしまった。実際色々なケースを分析してきた経験がないと、確かに難しいんだろうと思う。こればかりは経験で揉まれてないと、現実に即さないプランを出してしまうだろう。

そんな中、某所で無料で診断してくれる方がいるとの事で調べてみた。評判も上々、そして思い切って相談を申し込んでみると、すぐに予定を組んで下さった。

面接は週末。さてどうなる事やら…

写真はとある休日の黒目川沿いでのお散歩風景。無関係なようでいて、ちょっとだけ関係があったりする。

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2009年04月30日

デイキャンプ

3月に和琴で20th記念和琴ミーティングを行ったばかりだが、行けなかったメンバーや東京近郊に住んでいるメンバーで細々と毎年やっている、デイキャンプが開催された。

仕事の関係で日曜祭日限定。子供連れが増えたという事で、デイキャンプしかできないという事もあるのだが、気軽に旧友とバカ話ができるという意味では、結構大事なイベントだったりする。

私は特にやっとGWに入ったという事もあり、朝はゆっくりしていた。ゆっくりすればするだけ頭が重くなったりするのだが、家族で朝寝坊というのはいい事だ。起きてきたら携帯にメールが入ってきており、既にデイキャンプの開催場所に到着しているというものだった。

用意をして出ると、公園の前は大渋滞。駐車場に入りきれなくてあふれている状況だった。そこで判断ミスもあって、結局デイキャンプサイトに到着したのは13時半になっていた。

既に朝から参加組はできあがっていて、まわりもすごい人。天気もよく連休の最初の祭日という事で、予想はできたのだがとにかく人だらけだった。

スモーカーでちょっとしたつまみをつくり、皆と食べたり飲みながらバカ話をする。皆同じように歳をとったが、20代前半の頃に出会った頃とかわらない。

この集まりをはじめた頃からの初期のメンバーでもある、ちゃぼというMIXもオムツ姿で参加。彼女はこれまで天竜川や富士川の河口や、富士山の近くで行われた和琴ミーティングに参加してきた主要メンバーでもある。友人の家に拾われてきた彼女だが、18年間幸せな犬生を送ってきたのだろうと思う。こうしてまた旧友たちの集まりに参加し、皆にやさしく撫でられ、帰りもしっかりした足どりで歩いている姿をみせてくれた。少しでも長く愛する飼い主と一緒に幸せな時間を過ごして欲しい。

駐車場で名残おしいのか、毎回いつもすぐに帰らない。しばらくバカ話をして、「じゃ」とまた旅人の別れの挨拶をしてそれぞれの家へ帰っていくのだった。

写真ははたからみれば単なる子供連れバーベキューな風景の会場。

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2009年04月19日

アタマ混乱

とある技術者向けの試験を今年は受けてみた。受けたいから受けた訳ではなく、当然立場上受けなければならないからであって、その結果勉強も進む訳なく、納得のゆく内容ではなかった。

しばらく勉強しようと頑張っていたのだが、頭が痛かったり、風邪っぽかったりと集中できずに時間だけがすぎていった。当然ブログの更新もする気もおきず、放置状態。

今回の結果を踏まえ、秋にむけてもうちょっと勉強しなければと思うのだった。試験がなければ仙台にアジをしに行っていたのだが、今回は仕事上の私の立場の事もあって、由とくーには許して貰った。というよりも、くーの爪はまだ生えてきたばかりなので、アジどころではないのが実情である。

足の具合も順調で、そろそろ運動開始の予定。ただ暑くなりすぎるともう、くーにも人間にも辛いだけになってしまう。これからじめじめする季節もあるし、虫が活発に活動する時期でもあるので、気が抜けない。

私の試験なぞ、由にもくーにもどうでもいい事なのは確かなのだった。

写真は駒沢公園を散歩する由とくー。平日で小雨が降っていると人が少なくてよい。

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2009年04月12日

冬タイヤから夏タイヤへ

やっと夏タイヤに交換をしてきた。

今年も結局、スタッドレスの意味があったのは清里へスノーシューをしに行ったとき位だった。折角BSのDMZ-3の新品をエスクードにあわせて購入したので、大事に使っていきたいと思っているのだが、なかなかまめにタイヤ交換もできない。

タイヤを兄の家に置かせて貰っているので、交換だけで半日がかり。ちょっと前に行く気だったのだが、雨で延期したのだ。さすがに雨の中、ジャッキアップしてタイヤを交換する気になれない。

今回は私がひとりですると言ったのだが、由もくーを連れていくという。その為ちょっと朝はゆっくり出て、ついでに散ってしまっているが桜をみて、車を洗い、給油して、ちょっとドイトで買い物をしてというヤボ用をすませながら、13時すぎに帰ってきた。

いろいろやる事はあるのだが、とりあえず2つ積んでいたストーブは降ろした。エスクードのベッドももうちょっとチューニングしたいのだが、結局延期になってしまいそうだ。

写真はくーと八重桜。デジカメを忘れるという失態の中、F905iの携帯で撮ってみた。

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2009年04月05日

用事がいっぱい

先週の土曜は別の検査で某病院に早朝から行ってきたが、昨日は定期通院。

色々と手続があるのでそれらを済ませ、久しぶりに実家に顔を出したあと、時間をみてQBで伸びた髪の毛をカット。その後タッパーを持っているので、はなまるうどんへ入り、かけ小とゲソ天などの天ぷらを買い、密かに天ぷらをテイクアウト。家でストックしているがもううどんの生うどんにあわせて食べる為だ。

家までの途中にあるそのまんま東氏のイラスト看板のある、「肉まきおにぎり」を昼食用にゲット。プレーンとチーズを1つづつ購入した。あとはバスを乗り継いで帰宅。両手に食べ物をぶらさげて帰ると、由とくーは転がって寝ていた。

午前中に全ての用事を済ませたので、あとはゆっくりする。そんな土曜日だった。

早めにいい加減エスクードのスタッドレスを夏タイヤに換えたいのだが、結局できない週末だった。

写真は外にも出られず、ちょっとフテてるくー。

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2009年02月27日

みぞれ?雪?

今週は本当に天気が悪かった。雨ばかりだっただけでなく、とうとう今日は雪まじりになり、朝から結構雪が降っていた。オフィスの窓の外は、最初重そうな雪が横殴りに降っていたようだが、お昼前には少しフワっとした雪に変わった。ただ湿っている分積もる事はないだろう。

先日までスタッドレスを夏タイヤにいつ交換しようかと考えていたのだが、毎年このタイミングを悩む。なかなかタイヤを置いてある所に行きにくいので、来月の中旬か下旬に交換する事になりそうだ。できればあと1回、山に雪あそびに行きたかったのだが…

3月に入ると、GWも目前という感じになる。今年のGWも陶器市に行きたいし、エクの地区予選にも行きたい。あまり本格的な旅行はするつもりはないのだが、ポツポツと予定が確定しているような感じである。
1週間の中で一番好きな金曜日。まだ小雨が残る空の下、足早に家に向かうのだった。

写真はみぞれまじりのレインボーブリッジ。少々濡れたが行き帰りともに傘はささないで済ませた。

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2009年02月14日

暑いバレンタインは仕事で

巷はバレンタインディだというのだが、私は仕事。朝も平日同様早朝に出かけたのだが、異様に暖かい。2月の中旬といえば一番冷え込み、流氷が接岸している時期なのにもかかわらず、春一番という異常気象。本当にこの先、地球は壊れてしまうのだろうか。

仕事は午前中いっぱいかかって終了。昼食は結局家に帰って自炊した。途中で食べるよりも早く家に帰って休みたかった。このパターンは結構あったりする。

13時半頃に帰ったら、由が丁度お昼ご飯を作った所だった。私は私でラーメンを買ってきたのでつけ麺にして味付けをかえて食べる。

くーは散歩から帰ってきた直後だったので少し眠そうにしつつ、おこぼれを期待の目で要求するが、あげられるものはないので我慢。食べ終わったら今度は一気に睡魔に襲われ、夕方まで寝てしまった。

なんともったいない休日。半日仕事で潰れてしまったといっても、往復も含めて7時間は拘束されていたのだから仕方がない。午後から何か別な事をするパワーが最近ないのも情けない話である。

明日は秋ヶ瀬公園にちょっとおでかけ予定なので、休憩の土曜になった。バレンタインデーはあまり関係ない。先日由のお母さんから神戸のチョコレートが送られてきたのと、由が散歩帰りに一緒に食べる分のケーキを買ってきてくれたのでそれで充分だ。

写真は由の専用椅子の下でウトウトするくー。

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2009年01月12日

3連休はウダウダと

3連休、特に外出もしない休日になってしまった。なぜか風邪ぽい気分が続いている。

冷え込みも一段と増し、まさに真冬到来。北海道では既に陸別では氷点下20度を軽く越えたという。旅の事ばかり考えていた頃は、この時期は暇があれば冬の北海道への旅支度や、情報収集の日々だった。

あと友人の店のウェブサイトもいい加減何とかしなればならない。もう開店後1年以上たってしまったのに、これまでおよそつくりかけて破棄したデザイン6つ。cssをきちんと書いてという別に難しい事ではないはずの作業が進まない。

破棄された6つの中に、MovableTypeやNucleus、xoopsなどのCMSも使ってみたのだが、最近のウェブサイト改竄攻撃のターゲットになるphpの脆弱性やSQLインジェクションなどが心配で、結果的にシンプルなウェブサイトがよいだろうという結論に至ったのは随分時間が経ってからだった。

由がセミナーに参加する今日も、私はくーを傍らにソースをエディタで書いている。やはり才能がないという事を痛いほど感じてしまう時間でもある。でも何とかたたき台を今週中に仕上げたいと思うのであった。

写真は久しぶりに一緒に近所の公園にでかけた時のくー。ボール一投げに幸せを感じる。

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2009年01月09日

雪舞う朝

都心にも雪が降るという予報通り、まだ夜明け前に家を出るとみぞれである。さすがに冷え込んでいてバス停までの15分、着火してきたジッポのオイルカイロを握りしめていた。

通勤の時にあまりに寒いと、朝っぱらから熱い汁物を食べたくなってしまう。手に取ってしまうのは、カップそばかうどん。ここ最近好きなのはどん兵衛のとん汁うどんと、かき揚げうどん、そして今年みつけた讃岐風天ぷらうどんの3つ。

この中では前者の2種が好きなのだが、特にかき揚げは特大サイズしか近くのコンビニでは販売されていない。なので必然的に朝からとんでもなく食べすぎてしまう。それでは体によくない。

といっても、元々朝っぱらからカップうどんを食べる事自体がマズいのだが、それでも寒いとスープ替わりに手に取ってしまうのだ。

開陽台のキャンプ生活では、朝っぱらからカップラーメンなんかざらだった。元々町から離れている事や、夏場は食品の保存がきかないので、インスタント食品が活用されていたのもその理由だろう。なので別に朝からカップ麺は気にならない。

最近のカップうどんそばは、液体スープになっているのだが、前よりもしょっぱい気がする。麺もやはり讃岐うどんにはほど遠いのだが、この讃岐うどん風はちょっと太めだったりと、食品メーカーも頑張っている。

中国ではレストランでもカップ麺が出されるし、香港でさえ、レストランで「出前一丁」がある。それだけ日本のインスタント麺のクオリティは高い訳で、それを食べ続ける事は体によい訳はないのだが、昼の仕出し弁当についてくる生味噌タイプのインスタント味噌汁も体によいものとは思えない。このあたりはそれぞれの理解の尺度によるものだと思う。

写真はその讃岐風天ぷらうどん。麺が他のうどんよりも太いのだが、ちょっとダシが辛すぎる。ただカップ麺は日清食品が一歩リードしているように思えるのだった。

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2009年01月05日

仕事はじめ

あっという間に冬休みが終わってしまった。今日からもう出社しなければならない。まだ夜が明けぬ5時半に起床。

夜型にシフトしていた生活パターンを少し戻そうと、昨朝も5時45分に起きたのだが、2度寝。実際の起床は8時半を廻ってしまっていた。

この年末年始9日間は、1日は忘年会兼アジミニコンペ、3日間は我が家の年賀状作成、2日間は兄の年賀状作成、半日は実家来訪、2日は頭痛で寝ており、2日は休息という感じで、ゆっくりしたという気分はあまりなく、何かに追われていたような感じだ。ただ今年は9日間あった事で、少し休息を間にうまくはさめたという感じがする。

ただ外出は殆どなく、車も年末年始は1度も動いていない。実家にも歩いて往復したほどだ。静かな都心というのが唯一救いか。それでも初詣での神社はそれなりに混んでいた。

安比高原の宿から、おそばを今年も頂いた。なので、今年は年越しそばだったが、香川で今年から始めたという年あけうどんという企画を、我が家もやってみた。というか、別にいわれなくても週に1度位食べているのだが。

今日から会社中心な日々に戻るのが辛い。

写真は今回の年明けうどんとおせち。おせちは由が池袋東武で大晦日に買って来たもの。

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2009年01月01日

A HAPPY NEW YEAR 2009

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2008年12月31日

2008年の私達

今年2008年も終わってみればあっという間だった。

年始はくーの骨折から始まり、ディスクもアジも競技は殆ど参加しない年だった。ディスクを始めた年は、月に3度も競技に出たり、アジでは毎週競技やコンペといった活動的な週末を過ごしていたのだが、ひといきついたという所だろうか。

決して結果を出して落ち着いた訳ではなく、ある意味悟ったというか、私も由も、そして何よりくーが楽しくなければやる意味がないという所に気がついたと言う事だ。それは取りようによっては、逃げと取られるかもしれないが、無理したって、プライドを守ろうとしたって意味がないという事をあらためて思い知ったという所でもある。

ディスク競技に出たいから犬を飼った訳でも、アジ競技に出たいからでもない。単にくーが嬉しそうに「何か」をする姿に、飼い主は幸せを感じられるから。当然結果を残す事も大事ではあるが、飼い主がそれに追いつかないという事でもあるのだが、言い訳に取られたって、別にかまわないという気持ちになったからという事だ。

ただ積み重ねは大事だ。特にアジは由とくーは今も練習を欠かしていない。その積み重ねがよき関係を作り、くーのスタミナを近所の散歩だけで満足させるには逆にリスキーな訳で、安全な場所で思いっきり運動をして貰う事は欠かすつもりはない。

思えばよくあんな危ない場所で練習したりしたものだとか、今はしみじみ反省してしまう事だらけなのが恥ずかしい。

写真は由とくーのコンタクト。あれだけ飛んでいたコンタクトも、停まるという事を理解してきてそれが嫌ではなくなった。今年の由とくーとの大きな成長ではないだろうか。

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2008年12月27日

納会から冬休みへ

今年最後の会社。午後から掃除をして、納会で軽く乾杯をして解散。年の瀬という感じがしてくるのだが、まだそんな実感がない。

早めとはいえ、15時すぎに帰路につく。帰り際に汐留の本屋でコーギースタイルを購入。年の瀬で早足の町をバスに乗り、一路我が家へ。

近所のケーキ屋でケーキを買ってみた。今年1年頑張って無事仕事納めを迎えたという自分と由へのお祝いといった所だろうか。しかし世間は不景気で、雇用不安に怯えている人だって大勢いる。そんな中、仕事があって由とくーと過ごせた事に感謝したい。

私にとっては9日間の休みは短い。まだ年賀状もできていないし、兄の会社の年賀状も大量に作らねばならない。そして母親の所にも何度か行かないとならない訳で、ゆっくりできるのは半分もないかもしれない。

年内はあと4日程度。有効に使って少し気分を落ち着かせたい。頭痛があるとそれも無意味に時間が過ぎてしまうので、できれば痛い思いもないように願うのだった。

写真は27日に開催されたお世話になっているフィールドで、私も参加できる忘年運動会でのメニュー。私は事前にハーブとクレイジーソルトで1晩つけたチキンをダッチオーブンで前日に火を入れ、当日フィールドの片隅でナラのチップを使ってスモークをかけたスモークドチキンと、保温調理器で2日前から仕込んだ、牛すじとコンニャクとダイコンを使い、由の指導により甘めな味付けの土手焼き。

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2008年12月25日

メリーくーリスマス

クリスチャンではないので、単なるイベントとしてというよりも、特に今年も何もしない日だった。ケーキもなし、ご馳走もなし。

ただ24日は激痛ではないが半日頭痛があって何もできなかった。会社でも周囲でげほげほと咳き込んでいるのが多く、そういうオヤジやオバサンに限ってマスクはしないし、手で覆う事もできていない。どうしようもない。廻りに迷惑をかけているのが判らないのだろう。

仕方なく自己防衛で私は朝家を出て帰りつくまで、マスクで防御するしかない。食事やお茶を呑む時以外はほぼマスクをしっぱなしである。

そろそろ頭痛の季節。思えば今年の1月に汐留の頭痛外来に通いだし、1か月程度でその効果が出て20数年苦しんでいた群発頭痛をそれなりにコントロールできるようになったのだ。2008年は画期的な年でもあった。

酷くならないように願いたい。それでもまた群発頭痛の発作がおこるようなら、また通わなければならない。

クリスマスなのに頭痛の心配する私だった。まあ特別な日ではない事に違いはない。

写真はめったに頼まないケータリングピザ。カマンベールがいっぱいトッピングされ、ビーフシチューやトリュフが挟まったドミノピザの新製品。予約すると1000円引きだったので、たまにはいいかと頼んでしまった。なかなか美味しかった。

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2008年12月19日

アジアン宮崎

母親が倒れてからほぼ毎週、実家に立ち寄るようにしているのだが、今ではすっかり意識レベルは回復し、以前以上に悪態ばかりついているので私も毎週は勘弁して貰っている。

一時はさっき飲んだ薬を飲んでいないと言ったりするのが酷かったが、今ではそれなりに判断できるようだ。なので薬の仕分けボックスに毎週1度、朝昼晩夜飲む薬を仕分けする事を私がしばらくやっていたが、今は自らやらせている。少しは頭を使わないともっと危険だと思うからだ。

兄も回数こそ減ったが、定期的に実家にはよっているらしく、何とかご機嫌も保っている中で、本格的に施設に入る事になるまでの準備を進めなければならない。

仕事の方も色々課題が多く、また私もこの秋は結構長く風邪を引きずっていて、仕事場で座っている時にふと、発作には至らないが息苦しさを感じる時があるような気管支の状態だ。できれば毎週寄らなければならないという義務的な行動は避けたい。

しかし相変わらずそんな私の体調や辛さなんかこれっぽっちも考えてはいない自己中な母親は、今日も他人の悪口やお金の事ばかり。でもこれはまさに認知症の前兆でもあるので、今後も余談は許さないと感じているが、しゃべっている事は人の神経を逆撫でする事が多く、できればさっさと立ち去りたいと思うのだ。

今週末も会社帰りに遠回りして実家に寄り、言われたい放題言われてイライラしながら家に帰る私だった。

その経路上ちょっと寄り道した所に、先日ケンミンショーでやっていた宮崎の名物である、「にくまきおにぎり」を販売している元祖にくまき本舗がある。コリアンタウンの一角にあるこのお店は、そのまんま東宮崎知事の例のイラストが大きく書かれていて、いつも1~2人窓口に並んでいるので以前からちょっと気になっていたのだが、由が食べてみたいというのでちょっと寄り道してみると、とんでもない行列ができていた。

食べてみたいとは思うのだが、しばらくは無理なようだ。実家に行く時にこれからチェックして、空いている時に遭遇するまでは我慢してもらおう。

写真はその行列。ざっと50人位並んでいる。これではちょっと並ぶ気がしない。

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2008年12月05日

図書館閉鎖

愛用している図書館の分室が工事の為、12月から来年の1月いっぱいまで休館となってしまった。由は常日頃から図書館愛用派で、珍しい犬や動物学、食の専門書などを相互貸出で借りては知識をつけている。

私もそれまでたまにしか使っていなかったが、ネットで予約ができたり、延長ができたり、会社帰りに定時で帰ればギリギリ寄れる事から、本以外にもCDやDVDを借りている。

特の本についてはWebデザイン系や技術系の本も借りる事ができるので、買う前に中身を確認できるのがよい。但し、全てがある訳ではないので、借りれるものの中から選んでという事になるのだが。

今はいつまで勉強しているのかと言われるかもしれないが、スタイルシート系の技術本と、Web構築用のツールである、Microsoft Expression Webの本。これらが丁度休館になる事から、2月初旬までまとまって借りていられる事がわかり、休館前に借りてきている。

年末年始は今年も時間はあるはずなので、これらを読みあさって勉強しなければと思っている。しかし週末はなぜか本を開いてはすぐに閉じる繰り返し。なかなか集中できない自分にいらだってしまう。

ここ数年集中力がどんどん落ちているような気がする。これはひょっとして病気なのか?もっと頭を使わなければ。

図書館が通常営業に戻る頃に、少しでも借りた本の知識が自分の身になってくれればと思うのだった。

写真は図書館で由を待つ、私とくーの図。

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2008年11月05日

定期更新

半年分の通勤定期を更新した。

もう何度、通勤定期というものを持ち続けているだろうか。バスは3か月単位が最長なのだが、電車は半年。結構な額になる。

最近はすっかり非接触型のカードで改札渋滞もなくなった。車もETCな訳だからこのあたりは当然。しかし今もたまに前の人にぴったりくっついて改札を抜けたり、カードをかざすふりもなく通過し、後から通過しようとする人の流れを停める腐った人間がいるのも確か。そういつもはみないが、年に数人みかける。ETCの強行突破のようなものだ。

不正をしようと思えばできるという事は、基本的に人の善意の上で運用されているという事。多くの人はちゃんとやっているが、自己中で廻りへかける迷惑なんかどうでもいいという人間は少ないだろうが目立つ。

高速道路で確保している車線にわざわざ割り込みブレーキを踏ませる車や、追い越して当たりそうな位すれすれで前に入ってくる行為もちろん、前が詰まっているのに無意味に車間を詰めてきたり、左から追い越し車線よりも早い速度で抜いていく阿呆が必ず目につく。昨日も満席のバス内で缶ビールを飲むおっさんや、駆け込み乗車でダイヤを乱しただけでなく料金を払うのにすったもんだして遅延させるおばさん達。なんでこんなに自己中なのだろうか。

歩行喫煙者の数もここ最近増えているように感じる。喉元過ぎれば何とやらで、話題にならなくなるとすぐに自制心も緩めてしまう連中だろう。少しだけならと甘える事が、どれだけの人に迷惑がかかっているか。当然そういう輩は知るよしもない。

通勤はイコールストレスとの関係が密接だ。そんな通勤を21年も続けているという事は、私も案外普通に我慢しているんだなと思ったりするのだった。

写真はバスの料金ボックス。みていると、既に結構多くの人がスイカやパスモを使っているが、未だにバス共通カードを使っている人も少なくない。

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2008年10月04日

自分の定期通院と母親の病状

今日はこれから定期通院。前回非常用のメプチンを貰いそこねて、今期はきつかった。今日は忘れずに出して貰わねば。

母親は今日、退院してくる。兄が午後に連れてくる予定だが、正直な所こうなるまでにはブログなんか書いていられない状況だった。

母親は2日前にICUを出たとはいえ、転院した普段の病院では△△病院の親切丁寧な先生や看護師の話とはまったく違い、免れざる患者という扱いだった。それは酷いもので、扱いの言動だけでなく、転院の話を副院長と話してそれが許可されたという事だったにもかかわらず、転院したあと簡単な検査をした結果ですぐにでも退院しろという。それこそ追い出そうという雰囲気なのだった。

転院した日は母親もちょっと認知症のような言動が多く、これは目を離せない状況だという事が、兄にも私たちにも分かったのだが、それが今回の低ナトリウム欠乏症から来ている一時的な記憶の混乱なのか、それとも完全に初期の認知症なのかという部分が当然判断ができない。病院は健康な人間を置いておけない、宿泊施設ではないとストレートに言い放つその病院のK医師の言う事はあたってはいるのだろうが、それでも患者の家族にとっては情け容赦のない言い方だった。

兄はすぐにケアマネージャに連絡し、母親の介護等級見直しを申請し、これまで週に3日来てくれていた介護師の訪問を毎日にして頂き、膝のリハビリに1日、夜は兄が実家に泊まり、週末は我が家が顔を出すという事で、やってみようという事になった。同時に施設への申請も行うが、これはいつになるのかまだ分からないといった所で、先行きは暗雲が立ち込めている。

しばらくは毎日のように兄や周辺と打ち合わせが行われる。来週に予定していた入社21年目に貰えるリフレッシュ休暇の旅を全て見直す必要が出てきてしまった。

昨日は1日頭痛で寝ていたし、自分の体ですらコントロールできないのに、どうなってしまうのだろうか…

写真は最近多いゲリラ豪雨の予兆、いわゆる暗雲だ。

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2008年10月01日

転院が待ち受けていたもの

月曜の夕方に母親の様子を見に行くと、私をすぐに認識し、自分が何故ここにいるのか、ここがどこなのかを聞いてくる程に意識や記憶がはっきりしていた。

病院名は既に先生や看護師の方から聞いていたのだろうが、理解できていないようだ。何にしても長年世話になっている担当医の先生の名前を呼ぶが、ここにはいない。電話が鳴り、カーテンをあけて私を覗くという事をいうので、きっと私が面会の電話を入れて、看護師の方が患者である母親の状態を確認した時の事を言っているのだろう。

電話は内線だから鳴るものだという事、ここは△△病院であって、家から遠いという事、昨日の未明に倒れて入院したという事、そして原因を調べる為に今しばらくここにいなければならないという事を伝えたのだが、通じている部分と通じていない部分があるようだった。迎えにきてくれたので帰るという事もいうのだが、これまでの母親とのやりとりから、ちょっと強い反応かもしれないが、昔からこのような行き違いのやりとりはあったという意味では随分元に戻ってきたという証拠でもある。

よい傾向だという事も認めた上で、今回の一件で脳にちょっとした影響があった可能性も否めない。ただ日曜の未明に倒れた時に会った母親はまったく私を理解していなかった事からすれば、良い状況だと思う。低ナトリウム血症の情報をググってみても、まさにその症状であった。

高額な入院費を払い続ける事は流石に厳しいが、ICUでできるだけ治療をしてくださるという事、そしてこれまで何十年と付き合ってきて信頼している○○病院に転院をしたいという母親の希望もあわせて検討して頂き、双方の病院関係者の方と主治医の配慮から今日、いつもの病院に転院する事になった。

車を出し、送っていってもいいといいというぐらいまでの症状になってきたという事もあり、兄が送り迎えをする事になった。申し訳ないが由にも立ち会って貰う事にして、私は会社へ。兄は仕事が大変なのだが、積極的に母親の面倒を診ようという気持ちになっている事にとても助かっている。昔はそれは酷いものだったのだが、兄も歳をとったという事なのか。私自身が健康上にハンディキャップを持っている分、健康だけが取り柄という兄に頑張って貰わないと私自身まいってしまうという事もわかってくれているようだった。ただ、由にもくーにもますます迷惑がかかる事は可能な限り避けたい。

普段の病院に戻る事で母親もご満悦なのだが、今回は状況はそうはいかない事件が待ち受けていた。


写真は母親が好きなデパチカ入り口。コロコロと太っているのも、裕福かつ自我をコントロールできない食生活をおくってきた証拠だ。膝も悪くなる。

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2008年09月28日

救急搬送

未明に母親が救急で某病院に運ばれた。2時すぎの事である。救急隊から電話があって起こされ、すぐに向かった。

母親は意識はあるが、記憶が混濁している。こんな母親を見るのは初めてだった。迷惑をかけまくってきた母親だが、さすがに困惑した。

しかし性格は当然変わる訳もなく、周囲に自己主張をしまくっている。ERなので仕方がないのだが、他にも患者が居るので申し訳なく思いながらも、母親の身の安否をこれまで以上に心配してそばについていた。

連絡をしていたが、やっと兄が4時頃にやってきた。兄も仕事が大変な状況だったが、頑張っている。最近は長男の意識がしっかりと芽生えてきたのか、私への依存度はないとは言わないが極めて低くなってきている。担当の先生から話しを聞くと、CTなどを撮ったが、脳梗塞や脳溢血ではないという事だったが、血液検査の内容から聞いたこともない病名を伝えられた。

「低ナトリウム血症」

体内の塩分が極めて不足して、意識が混乱しているという。ただ母親の日常でそのような結果になるような状況は考え難い。つい1日前に私も兄も母親に会っており、普通に食事も会話もできていたにも関わらずだ。そして病院に運ばれる6時間前に玉子粥も平らげている。

入院治療が必要だという事を聞いたが、いつもの病院も、運ばれた病院もどちらも満床という事で、入れる病院を探して貰った結果、超高級病院に転搬送される事になった。選択の余地はなく、差額ベッド代が日に相当な額かかる事で、相当に不安だったが仕方なくOKしたのだった。

夜明けの町を兄と2台の車で転搬送先の病院へ行き、また診断や問診を受ける。ICUに入る事になり、ベッドの上でナトリウムを少しづつ体内に入れられている母親と成り立たない会話を交わし、8時頃に兄は一旦実家に着替えや入れ歯などを取りに戻り、私は帰宅した。

午後、その後もう1度病院に行った兄から電話。母の意識が少し戻ってきて、兄や私の名前を認識し、まだ会話のずれはあるが回復してきたという。正直ほっとした。私は中途半端に眠ったのだがすぐに目が醒めてしまったりまともに眠れない。とにかく体調も悪く、外出はとてもではないが辛いので明日の月曜の夕方でも見舞いに行く事にした。

突然やってきた母親の病気。これまでそれこそ100回以上は夜中に呼ばれた事はあったが、今回のような病状は初めてだった。

これからの介護計画は兄が中心になって、考えていかねばならない。高齢化による各家庭の状況は、前後はあれどきっとどこの家庭にも出てくる問題ではないだろうか。私達が子供がいらないというのも、私の病気や体質が引き継がれる可能性についての考えや、子供を育てる事に対する社会環境への不安、そして子供に依存する事でこじれる家族の絆に不安があるというのが大きな要因だという事。

こんな社会にした国、こんなストレスを感じさせる生活や環境を作り上げたのは、誰なのだろうか?

政府や国政に関わる議員先生たちは、お金があるので他人任せにできる。そういう連中がルールを決めていって、半数以上の国民が苦悩に苦しんでいる事は眼中にない事に、後期高齢者への介護制度や補償について、極めて理不尽さを募らせるのだった。

写真はお金に苦労しなかった母親の大好きなデパート。自分で使うお金についてはまったく無頓着なのであった。

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2008年09月24日

気配りをしよう

実家の事や兄の仕事の事など、外部要因によるストレスがとても大きい。何故自分の事は自分でできないのだろうか。自分が廻りに迷惑をかけないように配慮できず、安易に廻りに甘えられるのだろうか。

確かな事だが我が家は裕福ではない。犬関係では裕福な環境におられる方も多いが、それを羨ましがってもそれ以上期待する事なんかしない。自分の事は自分でするのが当然だと思っているからだ。

私は第三者に迷惑をかけるのが嫌いだ。それこそちょっとした事だって気になる。例えば車を停める時だって、迷惑のかからないように停める。曲がらなければならない所で曲がりそこねた場合、行き過ぎて左折を3回すればいいだけなのに、中央分離帯に乗り上げて右折して、後ろに大渋滞を作っているような運転手を見るだけでイラっとする。まあ、そこで前後に車がおらず、迷惑がかからないというのであれば別だが、それがどれだけ廻りを危険な目にあわせている事か、考えても判らないような人間は大嫌いだ。

この世の中、廻りに甘えすぎている連中が多いと感じる。皆がちょっと廻りに気配りをするだけで、ずるをしないでマナーを守る事をするだけで、どれだけ安全安心に過ごせる事だろうかと思う。何人かが廻りがどう感じようと自己中な行動をする事によって、同じような行動をするのが増え、相乗効果と集団心理でどんどんモラルが崩れていく。

赤の他人にもそうだが、血縁の間柄だってそうだ。別に変わる事はない。血縁だからといって特別扱いする事は、結局間柄に溝を作るきっかけになってしまう。ましてやお金の無駄使いや会社の経営にかかわる事は、家族全員を不幸にする。

赤の他人と親族は違うにしても、程度問題という事と相手を配慮するという気持ちや行動がなければ、人の関係というのはスムーズにいかないものだと私は思う。少なくとも私は今の仕事に着く前の大学時代にそれを考え、財産や今の収入をアテにせず、自分の生活は自分で賄おうと思った。中学時代から自分の遊ぶお金はバイトで賄おうと思った事からもその時から私は考えていたのだと思う。

ただ、受験費用や学費などは、親に面倒を見て貰っているのは確かだが、その分母親が体調が悪いと言っていた私が中学から社会人数年目位までは、私が食事や洗濯などを行ってきた。母親だから当然だと思ってはいたが、兄は30年以上一切かかわらなかった。

そのうち私は仕事で酷く体を壊し、30になる前からコントロールが大変になってしまった。自分の限界が見えてきたのもその頃だ。あとは細々と由との生活の中で、自分たちが今と老後を考えながら生活基盤を固めていこうという事を実践していた。

しかし巷は自己中がとにかく目立つ。目立つというよりは、正直に増えていると言いたい程だ。

みんな、自分に厳しくなって、もっと廻りを想い敬おうよ。それだけでみんなが幸せになれるのだから。

写真は契約している我が家の駐車場に勝手に野良猫へ餌をまかれた時のもの。近所の迷惑おばさんは有名で、誰かもわかっていて、人の敷地だろうが何だろうが勝手に入ってまいていく問題児だ。行為の本質も含めて、このような人に迷惑をかけても平気な人種が少なくない。

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2008年09月06日

いまいち不調

ちょっと涼しかったり、蒸し暑くて汗でベトついたりと、季節的にさわやかに感じるのはもうちょっと先といった季節の変わり目。いつもより肩の凝り方が激しかったり、頭痛が長く続いたり、風邪っぽい気分だったりと、まったくもって不健康な体になっている。なので週末は少しでも休みたいと思っているのだった。

これまで必ず一緒に言ってきたしつけ教室を、私は最近ずっと休んでいる。といっても私は写真を取ったり横に座っているだけで何もしないので、運転係のようなものなのだが、由の都内運転トレーニングの意味も込めてといったら偉そうだが、ここ数カ月は由一人で大田区のしつけ教室や河川敷のトレーニング場にくーと2人だけででかけている。

私がちょっと疲れ気味なのもあるので、丁度よい骨休めなのだが、私の性格上心配で気になるのは変わらない。駐車場に由にとっては大きいエスクードを停めるのも心配なので、到着時、教室を終えて現地を出る時に必ず一言でいいからメールしてくれと頼んでいる。そして車庫入れの為に、我が家のエントランス前に着いたら、電話で私を呼び出すというのが毎回のパターンとなっている。

休日に散歩に一緒にいくと、その前後は殆ど動けなくなる。体力はますます落ちてしまっているようだ。

メタボ検診の意味が感じられないしきい値はギリギリでパスしたが、決して健康ではない私を健康と判断する検診に疑問を感じてしまう季節の変わり目なのだった。

写真はそれとはまったく無関係だが、少し前に全国のローソンで発売されていた、麺通団監修のめんたまぶっかけうどん。当然わざわざローソンは近くにないのに手に入れて食べた。ちょっと麺が細すぎのような気がしたが…

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2008年08月24日

雨の週末

天気予報は土日とも雨。それもずっと降り続くという。まあでもアジの場合はこれまでも雨だろうが何だろうが開催していた事もあって、あまり気は進まないが、行くつもりだった。

しかし今回お誘い頂いたコーチから、キャンセルの相談を前日に頂いた。正直な所、雨でもとりあえず水上までは行くつもりだったのだが、やはりキャンプで犬も濡れ、タープやカッパなども濡れまくっている状態では、キャンプというよりは耐えるものという感じが強く、折角暑い最中に涼しい高原地帯に行くのであれば、天気はよい方がよい。私達も二つ返事でキャンセルをお願いした。

色々水上周辺の情報を収集し、川や湖で遊び、温泉を楽しむ予定だった。そして日曜も1泊追加し、我が家だけゆっくりと1日遊んで帰って来ようと宿までブッキングしたのだが、全て諦める事になってしまった。この天気ではどうしようもない。楽しくなければ行く価値もない訳で。

この夏は何だか妙に短く感じる。既に8月も終わり。クソ暑い日々はあるにはあったがそんなに長く続かなかったように思うのは気のせいだろうか。

来週からは9月。残暑は残るだろうが、すでに今年は秋の気配が感じられる異様に涼しい日が数日あるなど、クールビズでネクタイなしジャケットなしの通勤スタイルでは肌寒さを感じるほどだ。

くーにとっては辛い暑さが少ないのはよい事なのだが、農作物や木々などは、やはり暑い日は必要である。セミの鳴き声も妙に少なく感じられる2008年の夏だ。

写真は夏の終わりの霧多布湿原木道で。北海道の夏独特の涼しい夕方、夕陽が美しい。

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2008年08月09日

Happy Birthday

朝から暑い。毎年こんな暑かったかと思う朝。

昨日の夜は北京オリンピックの開会式を最後まで見ていたので、日付のかわる頃に由に「誕生日おめでとう」と伝えた。

由は見た目はそれこそ出会った頃と変わっていないように感じる。白髪は昔から多かったので、それが増えたのは私も同じ事。最近は若くして白髪が目立っている人が多いのは、食生活の影響か遺伝の影響なのかわからないが、防ぎようがない。体系は私も含めて、少々太くなってしまったが…

真夏は行動範囲が狭くなる。私も由も暑さに弱い。毎年夏に北海道を旅してきたのもその理由の一つなのかもしれないが、くーが我が家に来てからはそれは顕著になった。

8月は休憩シーズン。でも今年は由は秋のK9地区大会に向けて、エアコンの効いた教室で練習に精を出している。何とか車庫入れ以外ではそれなりに慣れてきた由なので、最近は私がバテ気味の日はひとりで教室に行って貰っているので、今日も午後から由とくーだけおでかけだ。

昨日の夜から始まった由の誕生日サービス期間。明日の夜まで私が食事を作る予定だ。

写真は7年前の冬、オリンピックが開催されている北京は天檀公園にて。

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2008年08月08日

しばらく隔離室ウィーク

仕事上で機械の入れ換えシーズンに突入。色々課題はあるが、しばらく週の半分近くはセンタに通う事になる。通勤距離は増えるのだが、時間的には普段の職場と大してかわらない所が微妙だ。

周辺のまともに食事ができる所がないので、朝はちょっと遠回りしてコンビニでおにぎりを買い、歩きながら食べる。

お昼はちょっと高級なファミレスと、ハンバーガー屋、カレー屋、牛丼屋があるのだが、どれもそれなりに歩く。不便な場所だ。

また椅子がないのでずっと立ちっぱなしというのも辛い。足がだるくなる。いつもよりちょっとだけ早く帰れるのがメリットで、あとはエアコンがガンガンに効いている中にいるので喉も痛めるし、あまりいい事はない。

9月にかけてちょくちょく作業があるのだが、仕方がない。暑すぎないように願うだけだった。

写真はある日の帰り道の夕焼け。この位になってくるとちょっと暑さも和らぐ。

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2008年08月05日

風邪は治らねど世界は変わる

今日はすっかりしてやられた、という感じだ。Google ストリートビュー。まいった、という感じ。

なんと我が家の玄関や駐車場、友人のラーメン屋なんかも見る事ができる。それもここまで高画質で…

特殊なプラネタリウムの機械のようなカメラを、Googleのステッカーが貼られたプリウスに装着し、片っ端から行き止まりの道まで含めて走りまわっているという。目撃した人も結構いるようだが、それにしてもスケールがでかすぎる。

既に風邪の気分が10日も続いている上、仕事もちょっと密度が濃く、往復の通勤も夏休みの人混みの為ストレスが極端に増加しているのだが、これをみてしまってすっかりハマってしまった。

私が旅した懐かしい道や風景が、自由な角度でその場に立っているような視点で見れる日が来るのもそう遠くないようだ。

いつかリアルタイムで見れる日も来てしまうのだろう。攻殻機動隊で描かれたネットの世界もそう遠くないのかもしれない…

たとえば、今はまず行く事はなかったが、毎夏必ずここから北の大地に旅が始まり、終わった、私の心を揺るがす東京湾フェリーターミナルをストリートビューで見る図。なんでもないシーンなのだが、これを予兆なく突然見せられると、私はドキっとするのだ。

写真はいずれストリートビューで記録される日が楽しみなこれも思い出の道。

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2008年07月16日

またひとつ歳を…

という訳で、また今年も誕生日がやってきた。

何歳になったのか?もうどうでもよくなってきた。人生半分を越えた頃なのは確かなのだから。

最近ちょっと喘息の調子もよくない。季節の変わり目だからだろうか。今月下旬にある人間ドックのメタボ検診でひっかかるだろうか。結局ビリーもできていない。今の状態でビリーなんかやったら、熱を出してしまうだろうから。

愚痴ばかりの誕生日になってしまった。それではあまりなので、今晩はくーとちょっと長く遊んでやろうと思う。

写真は10代の終わりの私。北海道のソロの旅のショット。歳をとったものだ。

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2008年07月13日

お盆の集まり

結局今週末は休みなし。お昼前にバスで実家へ。くーはお留守番だ。

行く途中に久しぶりに麺通団で由と一緒に昼食を取った。私はひやかけと天ぷら、由は冷しの醤油と天ぷらとおでん。母親用に半熟玉子天とナス天、いわし天を買っていってやる。なんて親孝行なのだろうか。しかし母親は感謝する言葉ひとつきっとないだろう。

麺通団は混んでいた。繁盛しているのはよいことだ。川崎の綾や、十条のすみたはまだ行ったことがないので、ナンバーワンを保持している。ああ、香川のうどん屋に行きたいものだ。家にはがもううどんの生うどんが冷凍されて沢山ストックされているのだが…

実家で仏壇に線香をあげて、上のフロアの本家へ。数日前に叔父の葬儀で会った親戚が集まっていた。子供も大勢いるが、皆DSやら何やら今風の遊びをしている。

挨拶と少しばかり会話をし、そうそうに引き上げた。私は早く寝たいのだ。バスで家に辿り着くと、16時をまわっていた。もう1日が終わってしまった。慌ただしい1日だった。

最近、毎週くーとどこかにでかけていたので、たまには仕方がないといいつつも、明日からも仕事がギッチリなので、どこかで1日休みたいと思うのだった。明日はきっと朝から休日の作業の関係で強烈にまる1日忙しい事だろう。そしてしばらくそのフォローが続く。稟議作成なども意味不明の妨害のようなあら探しで時間がかかっており、こちらも落ち着かない。この山を早く越えたい。

写真はこれも親戚は載せられないので、我が家の箱入り娘ならぬ、箱乗り娘。箱の中身は現在準備中。時間がなくてOSのセットアップで停まっている。

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2008年07月12日

お仕事で休日出勤

久しぶりに休日出勤。誰もいないオフィスに私と後輩の2人だけ。昨日の金曜の午後に、横浜のコンピュータセンタに行って、パッチ3本を適用してきた。その関係で、新しいバージョンが今日からネットワーク経由で配信される。

配信の影響を受ける確立が高い為、メンテナンス作業を行う日にあわせて、私も出社して作業をする事になったので、道連れ出勤という訳だ。

朝からいつも通りの時間に出社し、ギッチリと仕事。ほぼ予定通りすすみ、15時に会社から出た。すると大田区付近に真っ黒な雨雲がかぶさり、稲妻が走っていた。私は大井町経由で北千束駅へ電車で向かうが、途中大井町駅のホームではホームの全てがびしょ濡れ。雨は真横に強く降り、雷鳴が響いていた。

北千束駅を降りるとすっかり青空で暑い。テクテクと歩いてしつけ教室へ。駐車場には我が家のエスクードが停まっている。終了時間がわからなかったが、およそ40分ほど道端で待っていると、由とダイゴ兄ちゃんのママが出てきてご挨拶。今日は飲み会のようなのだが、我が家はこれから実家に行き、お盆の準備。明日はお盆でお坊さんがやってくる。

先週から疲れが取れない。ゆっくり休みたい。

写真はお台場地区にある、船の科学館に併設されている、懐かしの青函連絡船、羊蹄丸。色がちょっと妙だが、懐かしい船体がいつでも見られるのは嬉しい。

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2008年07月08日

告別式

叔父が7/3の朝に亡くなり、その通夜が7日、告別式が今日行われた。叔父は私の父の兄であり、我が家の本家を継いでいる事から、親類縁者がお寺に集まった。

また母親は体調を崩し、普段は親類縁者が集まったり、ましてや叔父の葬儀には絶対に参加するはずなのだが、あっさりと家で寝ていると言う。またも自己中な態度だ。熱があるといっても36.7度。あきらかに平熱であり、担当医も異常なしと言う。まあ体調が悪いならと寝ているしかないのだが、訳のわからない薬をやたらめったら飲むのが手に負えない。

母親はほっておいて、叔父の葬儀で仙台から帰ってきてからは大忙しだった。明日からは仕事がたまっている会社へ。ちょっと憂鬱だ。

写真は告別式の時は留守番してもらっていたくー。既に早朝か夕方しか散歩に出られない程の暑さになってしまった。長い夏が始まる。

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2008年06月27日

仕事はトラブルまみれ

25、27日と仕事の為にコンピュータセンタへ。朝から行き違いやら仕様変更による弊害で調整の為、40本以上も電話で調整する始末となってしまった。

普段から電話が嫌いな私だが、仕事上では私が調整しなければ誰もできない内容なので、仕方がない。結局解決には至らなかったが、代替案をそれぞれ出して、その日の問題を解決するしかなかった。

このトラブル解決能力が経験であり、エンジニアのチーフ役としての役割でもある。単に言われた事だけをやっていればよいものではない歳になってしまったという事か。

それにしても今回はまいった。規格にあわないサーバーラックというのはどういう事か。問題はそれを設置した部の担当が先を読めない連中だという事だけでは済まない。頭がまわらないというか、気が利かない連中が多すぎる。そのしわ寄せは後になってやってくるという事だ。

ただ、ある意味考えうる状況を加味してハードは作るものだと思う。それができていないのは某メーカーのサーバの固定レールだ。ちょっと構造を考えればクリアできる問題なのだが、それができない。品質サポート元と話をしても、改善する必要すら感じていない。ちょっと長さを調整できる幅を広げるだけで解決できるのに、それを聞かない。情けない連中だ。

現場の声は、組織が大きくなるほど届かなくなり、提供元や上は現場の声にまったく耳を貸さない。情けない。

写真はそのコンピュータセンタに向かう途中に乗る電車のコックピット。

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2008年06月07日

財布のゆくえ

赤城の某犬牧場からの帰りの出来事。

通勤割引にぎりぎり間に合い、駒寄PAで人やくーのトイレ休憩をした際、事件は起こった。

その後由がメインで運転をし、スムーズに練馬ICをアウト。往路で入れた自宅近くの安いガソリンスタンドで給油したあと運転を私に交替し、自宅のガレージ入れた。

荷物を引き上げようとした所、財布がない。

まさか、と思ってとにかくできる限りの所を探したのだが、どうにもみつからない。センターコンソールのシフトレバー周辺い落ちているのだろうと思っていたが、シート下にもない。

血の気がさがっていくのがわかる。とりあえず自宅に戻り、バッグの中も何度も探すがない。また車まで行き、探してみてもない。明らかに落としたようだ。

ガソリンスタンドでは別の車専用のカードが入っている財布を使ったので、そのスタンドの領収書を見て電話をしてみるが、ない。

という事は夕食を前橋のびっくりドンキーで食べ、精算してその財布をコンソールに置いたまでは憶えているので、明らかに駒寄PAで落としたとしか思えないという所まで記憶を遡ったのだった。

とりあえず由にカード会社に電話をして貰って、カードを停止。本人からでなければだめだという事で途中で電話を変わったが、まだ動揺している。次にNEXCO東日本に電話をし、駒寄PAで財布を落とした事を話をし、みつかったら電話をするが、みつからなかったら電話はしないという返事を貰って、電話は切れた。

あとは途方に暮れるしかない。呆然とした状態で他に財布に何か入っていなかったかを考えたのだが、思い出せない。

しばらくして、といっても23時すぎ頃、電話が鳴った。由が取ってハイハイ、と受け答えをして、まさか見つかったのかと淡い期待を抱く。電話を変わると、花園ICに詰めている高速警察隊の方からだった。駒寄PAで財布を拾い、花園ICで下りた方が届けてくれたとの事。急死に一生という連絡だった。

その後の話を色々したのだが、明日以降花園や寄居警察までいく事はちょっと厳しい。なので、これから取りにいく事を決めた。話をしていくうちに、所沢ICまで巡回するらしいので、持っていけるという喜ばしいお話を頂き、とりあえず待ち合わせ時間が0時半となっていたが、いてもたってもいられず、由には風呂に入って寝ていて貰うように言い、でかけた。

深夜の国道をひた走る。高速を一区間乗ろうと思ったが、待ち合わせの時間もあるので損だという気持ちから、往復を下道で行く事にした。

所沢ICに到着すると、オフィスには数人の人が詰められていた。しかしまだ時間も30分以上前なので、うろうろしていると、裏に水色のパトロールの格好をした方が談笑されていたので、話をしてみると、その人が到着したら声をかけるから、寒いので車で待っていなさいと言われる。

といってもじっとしていられずに、外で待ったりしていたが、待ち合わせ時間をちょっと回って交通警察隊の方が到着。食堂のような所でサインをし、拾得された方にお礼を言いたいというと、後日連絡先がわかったら伝えると言われ、お礼を言って帰路へついた。

財布は現金が3000円弱しか入っていなかったが、免許証や身分証明書など色々再発行には面倒なものが沢山入っていた。クレジットカードは3枚あったが、1枚は機能が死んでいるゆうちょのATMカードにセゾンカードが付いたもの。継続もしなかったので今は使えない。他の2枚は既に先程機能を停止し、再発行を依頼している。

だがやはりなくなるとダメージは大きい。本当に届けてくださった方には感謝の意を表し方がわからないほど、感謝している。

先週末に、高速警察隊の方から電話を頂いた。私の財布を届けて下さった方の住所と電話番号と氏名を教えて下さったのだった。今週、あらためてお礼をしようと思っている。

自己中な人間が増えている日本でも、まだまだ捨てたものではないと心から思える出来事であった。

本当にありがとうございました。

1週間たった今、カードで支払いを行っていた所の切り換え手続も全て終了。ようやく本当に元に戻った所でもあるが、財布の持ち方が確かに最近、いい加減だったかもしれないと改めて反省をしつつ、繰り返さないように気をつけようと思うのだった。

写真は夜中の1時すぎ、所沢ICの管理棟脇で、疲労と睡魔の中、高速警察隊の方を待つ時の風景。

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2008年05月31日

医大で検査と鯛の日

朝から今日は定期通院。今日は1年以上ぶりに、肺機能検査と血液検査を行い、診察となった。
まずは最初に血液検査。以前は検査項目が書かれた用紙が必要だったが、今は診察カードを出すだけ。採血室の順番もすぐ回ってきた。以前は試験管のような採血管5~6本を採られたのだが、今回は2本だけで済んだ。

その後9:30からの呼吸機能検査までに内科の喘息外来で診察を受ける。検査結果がすぐに出るというので、呼吸機能の検査が終わってからまた診察室に戻ってくるようにと言われ、検査室へ。8時半にもなっていないので誰もいない検査室だったが、受付してくれた若い検査医の方がすぐに機械を立ち上げて検査を前倒しでしてくれたので、なんと9時前には検査も終了。その後診察室に戻ってあらためて検査結果を聞いた。

呼吸機能は2005年に行った検査からするとよくなっているという。但し、しっかり「閉塞」という結果が出ていた。いわゆる喘息の典型的なカーブを示している。子供の頃からの疾患なので、まあ一生治る事はないだろうという診断だった。血液検査のデータもほぼ標準値内で特筆すべき事はないとの事。

7月前後にメタボ検診も始まる会社の人間ドックもあるので、それまで少し整えていかないとと思うのだった。

会計を済ませ目の前にある調剤薬局で少し待たされたが、10時ちょっと前に小田急ハルクに到着。昼食と夕食の食材でも買っていくつもりなので、10分ほど開店まで待つ。

地下1階で色々見回す。体の為には肉よりも魚。由も魚が大好きなのだが、私は結構苦手な部類に入る。由が喜ぶので魚を中心にチェック。すると、対面販売のコーナーで、小ぶりな鯛が4匹で680円で出ていた。ワタ抜きだけしてもらい、買って帰る。

夜は1匹を鯛めしにし、2匹を塩焼き、残り1匹を煮物にして豪華な夕食になった。

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2008年05月17日

マッサージセミナの間買い物へ

由が色々幅広く勉強する気になっている。ただ犬を飼い可愛がるだけではなく、犬の事や犬にプラスになる事を勉強していくと、興味が出てくる分野が増えてくるようだ。

実際犬の行動や意識は謎が多い。しつけひとつにとっても、昔のように力でねじ伏せ服従第一と言われていたものから、褒めて楽しくプラス方向のしつけが主流になってきている。それはそうだ、奴隷ではないし、犬だって飼い主が怖い存在だけでなく、楽しさをくれる存在であれば、いく事だってきく。

ドッグダンスも私は否定派だったが、あるビデオを観て衝撃を受けた。こんな楽しそうにしている犬はなかなか見たことがないと思える、世界でも有名なハンドラーのデモンストレーション。どうやって犬にそれを伝えるのかという事を考えただけで、その奥深さがわかるだけでなく、何よりも嫌々やっていたり、命令でやっているだけではないその態度や表情の素晴らしさが、私のドッグダンスの存在をそれこそ180度変えてしまった。

そんな中で、またひとつ。これも骨折がきっかけだったが、興奮しやすいくーの性格には効果があると言われるTタッチの分野に興味を持って取り組んでいる。

今日はそのドッグマッサージの教室へ。会場に入る人数が決められているので、私は車の中で待機。場所は最近多い多摩エリアだ。

甲州街道が強烈に渋滞していた関係で、逃げ道にも抜けられず、普段より+1時間多くかかって到着。1時間前だったので、近くの公園でくーを散歩させてからあらためてクラブハウスとやらに入った。ほかに2名の生徒がセミナーを受けるようだったののだが、由を見送ったあと私は近くにWILD-1をみつけて早速テクテクとサイフだけ持ってでかけた。

WILD-1ではコロンビアの靴が安かったのでチェックしたが、残念ながらサイズがなかった。外にコールマンの2008年版カタログを貰ったが、スノピはメンバーでないとくれないようなので断念。久しぶりに品数豊富なキャンプ用品屋だったので、ぶらぶらと眺めたあと、何も買わずに外に出た。

コンビニで飲み物でも買おうと思って、ずっと先にモスバーガーの看板があった事から、そちらの方にないかとまたテクテク歩く。しかし何もなかった。そのあと南大沢のアウトレットがすぐ近くなのではと気がつき、結局南大沢駅前まで歩き、それほど混雑しているようでもない三井アウトレットパーク南大沢へ。

先日アジ練で走った時、ネットで買った為に足にあわず、爪先が痛くてたまらなかったノースフェースの靴を処分した事もあり、スパイクとトレッキングシューズを見てまわる。

モンベルではアゾロとガルモントのよさそうなのがあったが、1万円OVERなので諦めた。コロンビアのショップがあったので、一番安い5千円台のを履いてみるが、土踏まずが痛い。なかなかあう靴がないもので、結局諦めてしまった。

しかしスパイクはナイキとアディダスを何度も往復し、結局ブロックが細かいのはサイズがまったくなかったのだが、サッカー用でブロックが大きいタイプの、ロナウジーニョモデルを購入。アディダスの方が品はあったのだが、何にしても甲の部分が痛くて我慢ならない。そんなに私の足は甲高幅広だったのかとあらためて思ってしまった。

アウトレットをうろついている間に土砂降りになったが、あと1時間ほどでセミナーが終わる頃になって、小雨になったのでまた歩いても戻った。

私が車に戻ってしばらくすると、由とくーがクラブハウスから出てきた。楽しそうに設置されているアジ機材でひとっ走りしたあと、ちょっとだけ店で買い物をして帰路へ。帰りは殆ど渋滞はなかった。

今回は私が見る事ができなかったが、楽しそうにその内容を話す由から、得るものは少なくなかったようだった。くーはすっかり帰りはクレートの中で寝ていたのだった。

写真は今回購入したサッカー用スパイク。ナイキ ティエンポ ロナウジーニョHGの旧モデルだと思われる。これが使われる日が来るのか?

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2008年05月14日

由とくーはおでかけ

地元の犬友達の人数あわせで、由は今日明日、那須のペンションにくーと共に旅行。私は明日の夕方まで一人暮らしという事になった。

しかし生憎台風が小笠原周辺を通過している関係で、天気はイマイチのようだ。可哀相だが、明日は少し持ち直す事を祈って、今日は温泉とおいしい料理を食べて、犬仲間&女性同士で盛り上がってくればよいだろう。

私は自分一人だと簡単な食事で済ますので、昨日届いたうどんを茹で、1玉分はかま玉、1玉分はだしで頂いた。うまいうどんを食べると嬉しくなる。

写真は茹であげ、水でしめた美しく光るうどん。このコシがたまらない。またたっぷりと生うどんが届き、冷凍庫の1/4を締めているのをみては、ニヤけるのだった。

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2008年05月11日

実家参り

相変わらず毎日これでもかと痛い所や調子の悪い所が変わる母親には悩まされ続けている。

最近私自身の調子もよくない日が多かったので、それを理由にほっておいたのだが、この日に何かしないと後々まで根に持たれるので、雨の中、昨日の土曜に仕方なくちょっとだけ顔を出しに行った。

デパ地下で寿司を買い実家に行くと、母親は上機嫌だった。先日壊れたという洗濯機を、機種選定まで兄がしたあと、私がネットで安い店をみつけて発注したのだった。オーバークオリティな機種は、兄の努力で設置されていた。

最近兄がやっと母親孝行に対して意識が芽生えてきたのか、まめに顔を出しているらしい。こうなるまでが長かった。それこそ私が物心ついて、自分の事は自分でやり始めた小学校高学年の頃からだから30年位になるだろうか。兄は一切家の事はせず、母親の面倒といえば私がやってきたのだから、あと10年くらいはやってほしいという気持ちから、あらためて兄に伝えてからやっと意識が変わってきた感じだ。

正直変わるとは思わなかっただけに、ちょっとほっとしている。兄弟でも私はずっと何かしらの病気があるが、兄は怪我くらいで健康そのものだからというのもある。まあ、兄もそれなりの年齢なので、これからどうなるのかわからないが、そんな事は自分の方が心配なのだから。

そして今日の日曜は、内職をしようと思っていたが、寝室の壁紙リフォームが本格化してきたので、朝から夕方までずっとそれに費やされてしまった。そのがんばりもあって、半分以上が終わった。由が自分でできないかと糊付のクロスをネットで購入し、地道に古い壁紙を剥がし、補修をしていたのだった。

途中犬を飼っているマンションの知り合いが、諸事情により数年間賃貸に出す事から、ネット整備の件で相談でやってきた間だけ中断したのだが、その間くーはひたすらその人の膝の上から離れなかった。

ずっと雨が降っていた週末。何だかんだいって妙に忙しかった。

写真はこの日お留守番のくー。まあ、今日は我慢しておくれ。

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2008年04月25日

ゴールデンウィーク?

巷はゴールデンウィークとやららしいが、今年は間が開きすぎてしまい、連休な気分がまったくない。10年前くらいはこの時期になると、飛行機の発売日の朝に支店に並んで、お約束とも言える東京-石垣航路をリザーブした。バイクの場合なら、四国か九州という、この時期は南の方に向かう事が多いシーズンだ。

くーがやってきてからは、混雑しているこの時期は遠出をしない。しても益子の陶器市に行く位だ。今年も前半は日帰りで、喘息の検査、キャンパーのデイキャンプ、くーのK9教室という感じであっという間に過ぎていった。

明日は1日休んで一足先に後半突入。宿が確保できなかったせいなのだが、明日2日は益子の陶器市へ。明後日3日は笠間の陶器市を回る予定である。間1泊は水戸の素泊まりの宿へ泊まる。この連休期間で唯一旅っぽい予定でもある。

毎年のように陶器市へ行く。由が焼き物が好きなのもあるが、私も磁器より陶器の方が味があって好きだ。ただ洗ったり乾かしたりするのがちょっと大変なのだが…。

後半はきっと混雑するだろう。比較的常磐道ルートはマシだとは思うのだが、これが終われば夏前まではドッグスポーツイベントが色々控えている。

そんな中、腐れ政治家がまた用途不明な増税を行った。腹立たしいというかもう呆れて言葉にする事すら怒りがこみ上げてくる。ガソリンを自分で入れる事すらしないような連中が、介護の実情をまったく知らない連中が決めている国会というものが、どれだけ愚かなものか、私のようにどこに怒りをぶつけていいのかわからない庶民は相当数いるのではないか。

脱税、横領、箱もの行政、再三を無視した計画。数えきれないほどの政治や行政が絡んだ無駄使いや犯罪は、なぜこれほどまで軽視されているのだろうか。これらを全て解決すれば、増税なんかしなくても賄える部分だって多い。破産しても犯罪を冒しても、責任を問われない金の使い方をし放題の政治家たち。どうなっているんだ、この国は。政治犯がのうのうとまた政治家をやっている国。情けなくて言葉にもならない。

写真は湾岸署の前でのくー。安全神話が崩壊した日本。しっかりがんばって欲しいものだ。

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2008年03月10日

タイトな週末

この週末、いろいろ予定があった。

その中でも一番のイベントだったのは、くーの骨折治療状況の確認。前回の骨折の時は、期待していた為か毎週のようにレントゲンを撮り、その治癒の進み具合に相当やきもきした。期待するほど回復が目に見えなかったからだ。その為、今回も骨折から2カ月弱という状況もあって、期待するのが怖かった。

ただ今回違う所は、できる事は全てやろうという気持ちと、前回のように腰をおちつけて骨の育成を待つ気持ちがあった事だ。ホメオパシーによる治癒促進もあらたな取り組み。散歩もある程度納得できるまでは無理をさせないという事で、由に頑張って貰った。また、友人にも色々アドバイスを貰ったり、2度目ともなれば随分治療計画を組み立てていけるものだなと感じる程だった。

土曜の朝、整形の動物病院へ。2番目だったがすぐに診察が回ってきて、くーの状態をみた先生はレントゲンの指示を出し、くーは連れていかれてしまった。前回よりも空いていたせいか、すぐにくーは出てきた。きっとストレスを感じているのだろうが、ちょっとの辛抱をしてもらう。程なくして診察室に呼ばれ、骨の状態を確認。今回は割れ方が前回と微妙に違うせいか、嬉しい事にいい感じであった。

ただ安心は禁物。前回もこの位の状態から再骨折を招いてしまったので、あと1カ月はしっかりと治さなければ。先生は次回の来院を1カ月後と言った。

飼い主は正直な所、ほっと胸をなで降ろし、次の用事であるエスクードの6カ月点検へ。開店の40分前に到着してしまったので、車を置いてキーを預け、3人で近所を散歩。ちょっと大きめの公園まで歩き、手前にあったコンビニでお茶とパンを買い、公園の中で遅い朝食。コーギー飼いの地元の人と話しをしたりしつつ、穏やかな日差しの中、公園のベンチでしばし休憩。

時間が来たのでディーラーへ戻り、オイル交換と点検を済ませたエスクードを引取り、時間もまだある事から本当はエントリーする予定だった江東区夢の島公園へ、由がディスク競技に出ている友人に渡すものがあるというので遠い寄り道。

公園手前で大渋滞に巻き込まれながら、結局半日タープの中で過ごしてしまった。くーがディスク競技を目の前にして出られないのがストレスになるだろうと気に案じていた私だが、見た目はそれは大丈夫そうだった。知り合いが沢山いるので、挨拶ばかりしていた。

帰り際に夕食を一緒に食べ、色々お話をしてから帰宅。あと1か月はしっかりと治さないと。早く遊びたいだろうが、心を鬼にしてもうしばらく治療に専念しようと由と話しをしたのだった。

写真は骨折2ヶ月弱の骨の状態。見た目は結構くっついているように見えるが、角度によってはと考えると、まだまだ安心できない。

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2008年02月27日

アキバUDX

ちょっと気になるテーマがあった某セキュリティベンダーセミナーに昨日の午後から参加。

久しぶりにアキバにやってきたのだが、随分変わったものだと感じた。なんせ、ヨドバシの場所をまったく勘違いしていた私なので、それだけ来ていなかったという事の証明になる。実際に山手線のホームから駅の改札を出るまでだけでも、結構驚きを感じていたのだから。

秋葉原UDXはオフィスビル。ここを使ってのイベントだが、このベンダーでは初めて使うのではないだろうか。ただ、セミナーの開催場所の並びには、アニメの情報発信がされている部屋があり、そこには観光客らしき人が数名。今では世界に名だたる「ヲタ」文化の発信地でもある訳で、それはある意味近代日本の文化とも言えるかもしれない。

終わったあとはこれまた久しぶりに山手線をぐるっと周回して帰宅。由が犬の食事セミナーにでかけていたので、くーはお留守番中。ちょっとここ数日風邪っぽい気分なので、くーを抱えてベッドで仮眠をしていたら、由が帰ってきた。

くーがやってきてから色々勉強をしている由だが、犬友の影響も大きい。色々な分野で犬との生活や必要とされるものについての新しい解釈が日々生まれているのも事実。古い考えに凝り固まっている事も悪くはないとは思うが、正直発展途上の分野であるとも感じる。

ただいきすぎと感じるものも目立ってきているのだが…

写真は本当に久しぶりにやってきた秋葉原に不似合いなビル、UDX。

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2008年02月24日

ホームセンターでお買い物

ホームセンターは結構大きなものが乗るカートがおいてある。コンパネや長いものなどをレジまで運ばなければならないし、カートン売りしている2Lもののペットボトルなんかは、普通のサイズでは足らない。

そんな事もあるのか、犬連れ客が犬を載せて、一緒に買い物ができるようにと、ペット用のカートが用意してある店が増えてきた。まあ、ペット用品の販売スペースも大きいので、ペット連れ客を見込んでいるのかもしれないが、嬉しい事だったりもする。実際は小型犬以上は無理なのだが…

ただ、生体を売っているホームセンターは正直苦手だ。それでなくても生体販売をしているペットショップですら、入る事だけで嫌な気分になる。どちらにしても、ランランと明るい蛍光灯で照らされた狭いガラスの棚に入れられ、ほとんど外に出して貰えず数週間売れるまでそこで生活させられている動物を見ると、これが虐待でなく何というのかと思えてしまう。

それに商品として売れやすい生後1ヶ月位の小犬や子猫が平然と売られている。本来なら、2ヶ月は親元で兄弟たちと最初の社会勉強や親子を感じられる時間を経験しなければならないはずが、すぐに引き離され人が覗き込む無機質な明るすぎる部屋に隔離されるように閉じ込められている。恐ろしい事だと思える人の方が多いのではないだろうか。

保護された犬や、捨てられてしまった犬たちなんかに比べたらはるかにマシなのかもしれないが、人が商売としているという視点から、みていられないという気分になってしまう。犬と人との出会いやきっかけには、色々なシュチュエイションがあるので当然一言では言えないが、少なくともホームセンターで彼らや彼女たちとは会いたくない。

写真はペットカートに乗って、左手に無理がかからないように気をつけながら、買い物に付き合うくー。

おまえは幸せな犬だよな。怪我をしてしまっても、幸せな方だと思う。そして飼い主としては、責任を持ってもっと幸せをやりたいと思うのだった。

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2008年02月23日

まるで中国かベトナムか?

ホームセンターにでかけると、大物で欲しいものがみつかったりする。自宅から一番近く、比較的よくでかける中野の島忠なんかも、都心で中野駅からほど近いのに、しっかりした規模の駐車スペースがあるのは、販売しているものは車に積んで帰る人がほとんどだからであり、またそういう用途の客を見込んでいるからだろう。

他にもドイトやカインズホームなんかも、よく立ち寄る。1台あたりの駐車スペースも、積み込み易いように広く作られているのが原則なようで、とても使いやすいのが嬉しい。都心にほど近い駐車場のあるファミレスやコンビニは、線がきっちりと停めないと左右どちらかのドアがあかないような幅で作られていたりして、たまったものではない。

しかし強者はいるようで、写真のような姿の原チャをみかけた。

この状態でじわじわと信号で駐車中の車の路肩をすり抜けをしようとし、身動きとれなくなっていた。いきなり左からこんなのが入り込み、挙げ句にハマられたら迷惑である。それだけでなく、信号待ちの一番前に出られて、流れを停められても迷惑だ。

第三者に迷惑をかけて平気な人間は、毎日必ず何人かはみかけてしまう世の中だったりする。

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2008年02月07日

雪の東京

東京に雪が積もった。毎年1度か2度あるようだが、今年もうっすらとだが積もった。

去年はもっと沢山降って、公園を家族で散歩したのだが、今年はくーの骨折でそれもできなくて残念だ。それにここ数年毎年2月から3月にかけて、北海道に行ってきたのだが、それも今年はなし。スノーシューの出番もなさそうだ。

それでもくーは雪が大好き。由が抱いて雪とご対面。残念だが雪の中を駆け回る事はできない。

丁度DISCASでCDを借りていた所なので、ナビのミュージックキャッチャーで録音がてら、スタッドレスを履いたエスクードで周辺をぐるっと廻ってみた。雪自体は積もったとはいえ、水分が多くベシャベシャなので、スタッドレスの効果は感じられなかった。

チェーンを巻いている車もいる位だが、実際はどうなのだろうか。不要だと思うのだが。そういえば、翌日始発のバスに乗ると、リアにチェーンを巻いて大変な振動と騒音だった。夜明けの時間だったので凍結を気にしてなのだろうが、まず大丈夫だろう。リスクマネジメントという所なのだろうが、鉄チェーンをする方が滑るのではないかと思うのだった。

今年はまだ数日雪が降るようだが、外に出ずじっとしていよう。くーが興奮しないように。

写真は先日一番積もった日のくー。

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