2012年01月28日

お山へ雪あそびへ

今年は寒いのか、1月ぐらいから雪の便りが届いていた。ただ雪がある場所はやはり限られている。昨年行った所は来月にまたいく予定だが、できれば1月中にどこかくーを雪あそびに連れていってやりたいと思い、宿を探してでかける事にした。

行き先は蓼科。中央道の方が圧倒的に近いと思っていたが、友人で蓼科に詳しいじんじんさんの情報から、関越~上信越道経由もほとんど変わらないという事をきいて、我が家としては関越のアクセスが圧倒的に楽な事と、渋滞の仕方が中央道は嫌いな事で、答えは簡単に決まったのだった。

早朝に出て、10時頃に現地到着。雪は降り続いており、晴れ間はほとんど見えない。残念でもあるが、雪質は最高だ。

スノーシューを履いて、樹林帯を抜け、尾根筋に出ると、そこには青空があった。普段運動をしない私たちにはちょっとしたトレッキングもへとへとものだった。体は歳を取るばかりだが、ある程度運動もしっかりしていかねば。

くーも9歳。前よりはやはり弾け度は落ちた気がするが、雪をみると血が騒ぐらしい。嬉しそうに雪にまみれていた。

写真はスノーシューで登った山の尾根から下界を望んだ所。気持ちいい時間だった。

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2011年04月29日

今年も益子陶器市へ

引っ越して新しい家になった事で、収納場所があきらかに増えたのも理由だが、何年も使っていた陶器が、欠けたりヒビが入ってしまったり、割れてしまったりして、丁度よいサイズの食器がなくなってしまったがあるため、今年の春の陶器市にいくことにした。

昨年は引越し前だったので荷物を増やしたくない気持ちもあり、行くのを控えていた。そしてあの震災。窯元でも作品が割れてしまったり、登り窯も崩れてしまったりと被害が甚大だったらしい。

陶器市も開催されるか微妙だったのだが、期間を短縮の上で行われるそうだ。色々経緯はあるが、経済活動も必要だし、GWの初日でもあるので、出かけた。

相当早い時間に家を出たのだが、交通量は多かった。既に一部では渋滞気味になっているほど。これは茨城や福島の被災地方面へ行く人たちなのだろうか。判らないがそれならば邪魔にならないようにと早めに出たのだが、それでもこの後は明らかに渋滞になりそうな勢いだった。

笠間西で降りて、いつもの里山の風景を抜けてまずはくーの散歩をし、9時すぎに城内坂沿いにある木陰が少しできる以前停めた所に車を停め、散策開始。

初日だったせいか、これまでにないほど大勢の人がやってきていた。中心の駐車場では早くも満車になり、自粛モードはまったく感じられないほど賑わっていた。犬連れも多く、多くは小型犬で踏まれそうな混み方から、抱っこされているのが多かった。

我が家も色々購入した。これというのは毎年なかなかみつからず、それでも気に入った陶器を数点。そして普段使いたいマグカップサイズ器を探して、笠間の陶器市である陶炎祭(ひまつり)にも由が行きたいと言い、14時頃に移動。なんと駐車場に入るためだけの車が30台以上の列を作っていた。こちらも大盛況だったらしい。

くーを連れていくが、落ち着かずに大変だった。半分は抱っこしたが私の方がバテてしまい、おまけに通り雨が何度かやってきていたのだが空をみると真っ黒な雲と雷鳴が。急いで撤退して高速に乗るが、時既に遅く、柏IC付近の事故が原因で11kmの渋滞との情報。友部SAで少し休憩して帰った。

写真は益子の陶器市にあったブリキ製の犬とくーの記念撮影。暑そうである。

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2011年03月11日

温泉の楽しみ

雪遊びの帰り道に、温泉を楽しんだ。これは飼い主だけの楽しみ。

冬は温泉がよい。日本人に生まれてよかったと思える一瞬である。スノーシューを終えてすぐに寄ったのは、鹿沢温泉の紅葉館。ここはあの「雪山讃歌」の発祥の宿であるらしい。風情と歴史のある宿に、立ち寄り湯である。

温泉は古くきしみがある長い木造の廊下の先にあった。谷間なので携帯のアンテナも圏外である。ゆっくりと汗を流すと、それからしばらくは半袖でも体はぽかぽか。宿を出て車まで50mほど歩いただけで、首にかけていたタオルが凍っているほどの気温なのに、温泉効果はすごい。

また帰り際にちょっと足を伸ばして四万温泉という山間の道の行き止まりに寄ってまたお風呂。ここはあのアニメ、「千と千尋の神隠し」のイメージがストレートに感じられる温泉がある。そこは積善館といい、1691年(元禄4年)湯場と宿として建設されたものに今でも入れるという歴史を感じさせる所である。

日帰りで1000円とちょっと高いのだが、それだけの価値があると私はみて立ち寄った。実際由はちょっと値段の高さが気になったみたいだが、入って納得というものだった。

温泉街もいい雰囲気で、旅心くすぐるというのがあてはまる。草津ではそれほど時間がなかったのだが、やはりこのあたりの歴史のある温泉はいい。

飼い主が温泉を楽しんだあと、くーと周辺をお散歩。ふと空をみると、雪雲がやってきていて、ぱらぱらと降り出してきていた。

写真はアニメ「千と千尋の神隠し」のモデルにもなった湯屋の前にかかる赤い欄干の橋で。カオナシが立っているかもしれない。右側の建物がゾクっとする。

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2010年10月01日

一人旅を理解できない人種

世代というには極端だが、一人旅を理解できない人がネタになるニュースがネットを巡っている。

一人旅する人は寂しい人なのか?-アメーバニュース


要は一人旅を理解できず、寂しい人と見なす人が、教えてサイトに書き込んだのが発端らしい。

よく私たちはこう言う。バイクに乗った事がない人にバイクは語らない。これと同じ事ではないかとふと思う。

人は旅で成長する。私たちが20歳前後の頃、いや、その前の世代もそうだった事から、私たちの3~5年ほどあとまではそうだっただろうか。

ゆとりの弊害か、人と同じ事をする、人を頼る、集団でないと何もできない、一人で解決しようという意識が生まれないような人種が現代までを網羅しているような気がしてならない。

オヤジの戯言と言われる年齢になってしまったが、旅こそ一人旅が基本であると今でも固く信じている。自分が行動しないと何も進まない。誰も解決してくれない。旅先で人の親切が身に沁み、それを自分がまた誰かにするという自然の輪廻が人を成長させ、次の扉が開かれる。

複数だと旅から得られるものは激減する。それは自分が体験してきた一人旅から得た結論だ。

わからない奴には説明する時間が無駄だ。しかしこのままで日本は大丈夫なのだろうか。旅という偉大な行動は、行動する人次第でいかにでもなるというおそろしく範囲の広い世界であるという事は、旅行ではなく旅をした事がない人にはまったくわからない世界なのだと思う。

初めて自転車で秩父を目指した14歳。
初めて原付バイクで林道と山を目指した16歳。
初めて一人で北海道を旅した18歳。

あのドキドキ感、不安で一杯の不安定な気持ちから、得たものは人生を大きく変えたといってもいい。

旅で知り合った友人たちが、一番深く今でも繋がっている。
人の痛みがわかり、喜びが共有できる唯一の人種だから。

写真はある旅の途中のもの。走り去るのはカタナ750にキャンプ用品を満載させている私。手をあげてバックミラーの中で「じゃ」と言い、一人次の旅先へ向う。これが旅の基本である。

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2010年03月12日

今シーズン最初で最後の雪あそび

一昨日と昨日で、今シーズン最初で最後の雪遊びに行ってきた。

現実には雪あそびどころか、雪パニックに見舞われ、現地に到着するまででヘトヘト。正直恐怖すら感じる状況だったが、場所を選んで何とか楽しんでこれた。

くーの足のリハビリをかねているので、表面が凍っているような雪ではダメだ。フカフカの雪で、適度に足腰に負荷がかかる新雪でないとならない。天気予報をみて、これはチャンスと急遽火曜と水曜に年休を取ってでかけたのだった。

レポートは書くかどうかわからないが、とりあえず昨日の夜に無事帰宅。楽しい平日の旅だった。

写真はスノーフィールドで、由と私の間を行き来する嬉しそうなくー。往復ルートの帰りなのだが、私たちの足跡しかついていない。

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2009年11月12日

ちょっと神戸へ

10月末から2年ぶりに由の実家に行ってきた。

ETCの休日特別割引、いわゆる1000円割引にからめる為、土日に移動するのではなく、土曜に日付が変わるのにあわせて、高速を出るというスケジュールで移動した。

実質7日間だったが、2年ぶりの親孝行ができただろうか。由は思う存分神戸弁をしゃべくる事ができて、きっとスッキリしただろう。くーは逆にちびっこ達への小動物に触れ合うきっかけに貢献してくれた。ちょっとおなかの調子が悪いのはそのストレスか、または不規則な生活がその理由かもしれないが、頑張ってくれた。

反面どこかに観光やおでかけというのもなく、収支実家の周辺だけで過ごしたので、写真もほとんどない。前回は後半2泊3日で香川にうどんを食べに行ったが、慌ただしいのでという事で今回はそれもなし。結果的にはそれでよかったと思えた。

次回はいつになるだろうか。来年は無理にしても、さ来年にはまた帰省したい。私にとっても大事な田舎なのだから。

写真は吹田SAで車中泊後、西宮で降りて由の実家に向かう途中の、須磨の近く。海と国道の間にJRが走る好きな道で。

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2009年10月29日

明日から秋のおでかけ

10月は色々あって、気分的に何もしたくない時間が多かった。その理由はまだ言えないが、そんな中、エクストリームの最終地区予選やら、OPDESの秋が瀬で行なわれた競技会には参加してきた。

といってもブログに残す気力もなく、そのまま更新が滞ってきてしまったのだが、またしばらく更新しない期間になりそうである。

その理由は明日から、2年ぶりの神戸帰省が予定されているからである。今回も車で。本当は讃岐巡礼もしたかったのだが、気力も時間もちょっと不足しているので諦めた。今回は由のご両親への孝行と、ゆっくりしにいくというのが目的である。

本当はまとまった休みを取りやすいシルバーウィークを考えていたのだが、激混みが予想されていたので諦めた。ちょっとずらし、飛び石連休を含めて比較的休日にまるごとかからないように移動のタイミングをずらせそうなこの期間にしたのだった。

また11月下旬の3連休をからめてもよかったのだが、その日は和琴ミーティングの日でもあり、最終日の祝日に参加したいOPDESの競技会もある事から、帰省の日程を変更した。

どこか山の中に紅葉を見に行くなんていうのもよかったのだが、今年は気分的に落ち着かないので、心から旅を楽しめないだろうというのが正直な気持ちだ。なので、控えめのおでかけになる。

とりあえずETCで片道2500円となる高速代の休日をうまくからめ、神戸に行ってこようと思う。

写真は先日秋ヶ瀬で行われたOPDESデビュー戦の我がチーム。くーはやっぱり嬉しそうだ。

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2009年07月07日

七夕ツーリングの日

今日は例のツーリングの日だ。道東の湖まで、熱いものを持ったバイク乗りたちが走る日。今年はどんなエピソードが刻まれるだろうか。

私はそんな緊張感溢れる時間に、普通に職場で仕事をしていた。丁度同僚がしばらく休まなければならなくなり、しばらく身動きがとれなくなりそうな予感の中、忙しさですっかりとこのイベントの事を忘れ去っていた。

旅先で会った参加者の彼はどうしているだろうか。一昨年に一番乗りした友人は、丘の知り合いだった。ブルーゼファーという釧路と有明を結んでいたフェリーの2等寝台のベンチに、参加者しか貰えないステッカーが貼られていたのを思い出す。

私は最近、すっかり走る事をしていない。いつ旅に出られるかわからないが、実は少しづつ環境を整えていこうと動き出していたりする。

七夕の夜、すべての走る魂に乾杯!

写真はそのゴール地点近く。屈斜路湖畔の和琴キャンプ場でのとある午後。

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2009年06月30日

RAMBLE HOUSE

夏前に発売予定の地図、北海道ツーリングマップに、知人のライダーハウスの情報が掲載される事になったと聞いた。

北海道に行きたい。ツーリングしたいと思うのだが、今年はちょっと無理である。別の秘密プロジェクトが稼働中なので、それをしばらくは優先させなければならない。来年の夏まではきっと身動きがとれないだろう。ひょっとしたらそのあとも…かもしれないが。

北海道を旅するライダーといわれる旅人たちが、簡易宿泊所として使うライダーハウス。今ではどうなっているのだろうか。私が使った事があるのは、ルート38かにの家、ミッキーハウス(旧)、釧路ツーリングトレインぐらいである。有名なえさしYOUや帯広のかにの家、なかしべつ温泉などは立ち寄りこそしたものの、宿泊はしていない。

私が宿泊した所はどれも思い出深い。まだ若かったが、出会いも沢山あって楽しかった。オーナーの好意がなければ成り立たなかったライダーハウスという場所は、旅人によっては旅そのものであった事だろうと思う。

しかし私は開陽台を選んだので、結果的に雨を避ける為や開陽台に辿りつく途中や、ぐるっと北海道各地を旅する時に利用したぐらいだった。

この北海道で発生したライダーハウスという文化は、日本ならではなのではないだろうか。お遍路さんほど高尚な目的ではないが、若者が旅をする中で多くの経験をし、人との交流で成長していく過程に大きく影響しているような文化遺産でもあるような気がするのだった。

写真はライダーハウスではないが、無人駅。生まれて初めてのステーションビバークをした布部駅。当時19歳だった。

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2009年04月25日

尾瀬へ小旅行

大雨の中、片品方面へ旅行にいってきた。

金精峠が金曜の昼に開通し、尾瀬へのアプローチが次々とオープンしている時期である。当然これからが尾瀬シーズン。今年は雪が少ないらしく、道路も次々と冬季閉鎖が解除されていく。

既にスタッドレスを外しているわが家は、くーが先日前足の爪を折り、抜いた事もあって、毎年している桜との記念撮影ができないのが気にかかっていたのもあって、桜を見に行く事と、温泉を楽しむのを目的に企画した。

今回も安い宿を事前にリザーブしたのだが、これが値段が安い分なのかあからさまな手抜き料理で満足感もレベルダウン。部屋のずっとボイラーなのか音が響いて耳障りだし、窓の外には雪でなのか潰れたエントツがすさんでいる雰囲気。部屋の臭いも煙草を感じるもので、失望度は高かった。こうなると宿の名前は出せないのが残念。とてもではないが推薦できない。

しかし天気に恵まれなかったとはいえ、丁度桜は満開。人がいない場所をみつけて楽しんだ。観光地である吹割の滝も出会った観光客が早朝の為か2人だけ。大清水小屋まで足を伸ばした先にあった大清水湿原では木道をゆっくり散歩。まだ小さいが水芭蕉が沢山咲いていた。観光バスからお揃いのようにデジイチを持っている年配の方のツアー集団がひたすら写真を撮っている横を散歩する。

また片品の水芭蕉群生地はなかなか水芭蕉が盛大に咲いていて迫力があった。ここでも大勢の観光客に包まれて、くーと散歩。

他にも桜スポットはあるようで、樹齢300年という有名な山桜、天王桜はまだ咲き始めたあたりだったが、私の何倍もの値段のカメラを持つ年配の方が大勢取り囲んでいて、マナーもへったくれもない状況にゲンナリ。桜を見る事もできない。勝手に自分の都合のよい場所に三脚を建て、遠巻きに30人も50人ものアマチュアカメラマンが何十分も動かず、たまに人が桜を見ようとカメラの前を通ると、自分の都合でその人を呼びつけ、手で邪魔だと追いやる。誰の桜だろうか。マナーというよりも常識欠如な人々の集団という状況だった。観光地でそんなに人がいないシーンを撮りたいなら、夜明前から現地に入って撮れと言いたい。そんなものは写真をやっている者としては当然なはずなのだが、まったく自己中なオジサン、オバサンが目立つ。全員ではないのだろうが、酷い状況だった。

そんなこんなで腹立たしいシーンもあったが、天気も悪いのでお昼には撤収。そうそうに自宅に戻った。まあそれでも満開の桜と水芭蕉と尾瀬の春を感じられて、悪くない小旅行になった。

尾瀬にはくー連れでは入れないのだが、その周辺だけでも充分に楽しめるようだ。沢山山菜を手に入れて、ウドの茎と皮でごまあえとマヨネーズあえ、そしてきんぴらを作る。こごみもさっとゆがいてごまあえ。夕食は春の香り一杯だった。

写真は買ってきた尾瀬ドーフと山菜づくしの夕食。健康的なメニューである。

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2009年03月30日

北海道での出来事

3/19~25まで、北海道に行ってきた。

今回は本当にこれまでの旅の中では、一番事件が多かったのではないかと思える内容になってしまった。

それは出発前日の18日に私が風邪っぽくなり、37.4度の熱を出した事にはじまった。

いまさらそれを日記で書くべきかというと、ちょっとその気になれない。

今週も体調は完全ではなく、何かどこか妙な感じ。通常の風邪であれば、1週間から10日でほぼ完治となる私なのだが、途中2度も大きくこじらせてしまったので、以前だと肺炎になっていてもおかしくない。

しかし今回は喉の痛みも咳もなく、熱が高いというのがその特徴だったので、呼吸器には影響がなかったのが不幸中の幸いだった。

ただ今回はそれだけでなく、他にも色々なダメージがあった。由の体調にまでそれは波及し、最終的には帰ってきた後、くーまで怪我をする始末。これは一体どういうことだろうか。

私も由も厄年は前後共に終わっている。何かの呪いだろうかとすら勘繰ってしまう。

この3月になってから立て続けに起こった分、4月新年度になってから、少しづつそれらは補填されてきている。これ以上悪い事がおきないように願いたい。

北海道での出来事は、少し書いてみたいと思う。

写真積もりたての新雪の上で遊ぶ由とくー。広々として、家族以外、誰ひとりいない世界。

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2009年03月25日

20th Anniversary WAKOTO MEETING 7/7

美瑛-旭川-旭川空港=羽田~自宅

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2009年03月24日

20th Anniversary WAKOTO MEETING 6/7

美瑛-麓郷-富良野-旭川-美瑛

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2009年03月23日

20th Anniversary WAKOTO MEETING 5/7

美瑛

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2009年03月22日

20th Anniversary WAKOTO MEETING 4/7

川湯-和琴-美幌-北見-置戸-石北峠-層雲峡-美瑛

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2009年03月21日

20th Anniversary WAKOTO MEETING 3/7

川湯-中標津-川湯

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2009年03月20日

20th Anniversary WAKOTO MEETING 2/7

川湯-弟子屈-和琴-川湯

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2009年03月19日

20th Anniversary WAKOTO MEETING 1/7

自宅~羽田=女満別-網走-川湯

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2009年03月18日

明日からちょっとおでかけ

20周年記念のキャンパーの集いの為、北海道へ。

前半は和琴半島周辺に滞在予定。後半は美瑛・富良野周辺。
くーにとってはまた飛行機なので申し訳ない。2時間ほどの我慢を頼むのだった。

暖冬のこの時期、3月に北海道は微妙な所だが、折角なのでおいしいものを食べて、くーの写真を一杯撮ってきたい。

写真は私にとっては思い出深い、浜小清水から見たオホーツク。海は開いているが、少し流氷が筋状に漂っている。

って、今日は朝から微熱。ずっと37度で夕方になっても変わらず。
体はだるく、下半身が神経痛のような痛みが少し。
大丈夫か?北海道の旅。

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2009年01月31日

思い立って雪国へ(その9)

清里の駅前へ移動。由が秋に来た時、駅前の濡れ煎餅がおいしかったと言うので寄ってみた。すると駅前は閑散として人気が殆どない。当然だが濡れ煎餅屋もシャッターが閉まっていた。土曜なのに、ちょっと寂しさを感じる。

そして、懐かしの八ヶ岳高原道路へ美し森交差点から入り、途中でどこかくーを遊ばせるような所がないかと走りながら走る。由がくーは充分疲れているからもういいよと言うのもあるが、結局よさそうな所は見つからない。

この八ヶ岳高原道路は、私が17歳の時、バイトでやっと頭金を貯めて買った新型で発売されて間もない、新車のHONDA XL250Rcを手に入れ、冬の雪道にアタックしようと腕もないのにリアタイヤに装着するチェーンを上野のチェーン製造会社で買い、向かった先だった。

浅はかというか、単なるガキというか、怖さを知らなかった。相模湖を越えるまでの濃霧でもうヘトヘトになり、まだ夜明け前のPAでトラックの運ちゃんに暖かい缶コーヒーを頂いたのを思い出す。もう帰ろうかと思ったが、意地があったのだろう、小淵沢まで長く長く感じたあと、ICを降りたのは8時頃だったと思う。そして当時は有料道路だったはずの八ヶ岳高原道路に入り、半分凍結している道でひたすら転んだ。

4~5回見事に転び、新車のXLは傷はつかなかったのだが、最後にクラッチレバーが根元から折れてしまった。これではもう走行ができない。チェーンなんか効く以前に、フロントが救われてしまう。圧雪路ならともかく、凍結していてはどうしようもないという事を、体で経験したのだった。17歳のガキが、250のオフ車でアイスバーンを走るなんてできるわけがない。せいぜいモンキーやスパイクを履いたカブ位なら何とかなったかもしれないが…

そんな苦い思い出が思い出される…と言いたい所だが、あっという間に小淵沢の町に入り、そのまま15時頃に高速に乗った。

八ヶ岳PAで由と運転を交代し、あとはスムーズに土曜の中央道上りを高井戸まで走り、洗車をしたかったがそこから我が家までのルート上に安いコイン洗車のスタンドがなかったため、汚れたまま自宅に16時すぎに到着した。

1泊2日だったが、スノーシューハイクも雪あそびもできたし、5年来の友人というよりは人生の先輩夫妻に再会できたし、おいしいものも食べたし、よい週末だった。今シーズンもう1度位は清里近辺に来たいと思うのだった。

写真は都内に入った途端に降り出した雪の中を走るエスクード。

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2009年01月30日

思い立って雪国へ(その8)

森の先にはたかね荘の跡があるようだ。そして結氷している池もあるらしい。そこまで行ってみようかと進んでいくが、結構アップダウンで雪質も変わってきた。

スノーシューを履いていれば格段に楽なコンディションに変わってきて、しばらくは我慢して進んだのだが、途中で断念。引き返した。途中またくーの写真を撮りながら、ゆっくり雪と戯れて遊んだ。別に長く歩くだけが目的ではなく、雪あそびをしに来たのだから別にかまわない。

展望台まで戻ると、80Lクラスのザックに、マットやカンジキをくくりつけ、ヘルメットもぶら下げた若者とはちあわせした。ザイルを持っていなかったが、これからテント泊で八ヶ岳に登るような感じだった。くーがしっぽを振って挨拶をし、見送った。

階段を下りて駐車場に戻る。途中雪玉をキャッチする瞬間や、長く青空まで続きそうな階段をバックに撮影をして、雪あそび終了。

くーを拭いて飼い主はサンダルに履き替えたりしてから時計をみると、11時40分。山を下った所にある所で昼食か、それともすぐ近くにある清泉寮でデザートか、と由に聞くと、当然デザートは食後でしょうという事を言われ、また山を下る。

クルトさんのオーナーに教えて貰った、中村農場へ到着すると、既に開店前なのに車が何台も停まっていた。数人入り口に並んでいるのも見える。くーを車において、食堂へいくと、12時5分前だったがもう中はお客さんが1/3ほど入っていた。私達もテーブルについて、親子丼とシソ餃子と手羽先大を頼む。メニューや資料には鶏の図鑑のように、肉の話が書かれていて面白い。

しばらくして先にシソ餃子が出てきた。鶏肉の餃子なんかめったに食べた事がないが、これがまた美味しい。くせになりそうな美味しさである。そして次に手羽先大が出てきた。これが驚くほどジューシーで深い味で、美味しい。ちょっと感動的な美味しさだった。

そしてメインの親子丼。殆ど生というオレンジ色の濃い玉子がたっぷり載っている。由は鶏肉と玉子が大好きで、キャンプでも玉子料理がメインなほど好きなので、しっかり味わった。これがまた美味しくて、あっという間に平らげてしまった。評判なだけはある。

食後、併設されている売店で、10個1000円ほどの高級玉子を買ってしまった。たまごかけごはんが食堂のメニューにあるほど、自慢の味なのである。他にも色々な玉子があったので、今度は食べ比べてみると面白いかもしれない。

食後はまた山を上り、清泉寮ジャージーハットへ。観光客の車が4~5しかいない土曜の午後。寂しいが、定番のソフトクリームの味は格別だった。はじめてのシューアイスと車の中で食べ比べ、くーにもちょっとおすそわけ。隣にある広場の雪原では親子連れが雪遊びに興じていた。

写真は中村農場の親子丼。濃厚なオレンジ色がちょっとドキっとするが、これが美味しい。

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2009年01月29日

思い立って雪国へ(その7)

今日も少しは雪あそびをしようと思って、まずは清里方面へ。

ただ冷え込んだせいか、昨日暖かくて溶けた雪が再凍結し、くーの足にはよくない状況になっている事が予想される。

サンメドゥズスキー場の奥に、よさそうな所があると聴いていたので行ってみる。数台の東京近郊ナンバーが追いついてくるので、適当な所で道をゆずってゆっくりと登っていく。

標高をあげていくとどんどん外気温が下がってくる。クルトさんを出た時は3度だったのが、今は-4度。スキー場になる場所というのは、やはり安定して氷点下になるような場所なんだなとあらためて思ってみる。

それなりにスキーヤーがいるようで、駐車場に車は結構入っていた。行き止まりもスキー場の施設らしく、関係者以外は入れないようになっていたのでいそいそとUターン。戻って通りすぎてきた美し森の駐車場に入ろうかと悩むが、サイクリングロードもスノーシューにはよいという情報を思い出し、美し森交差点から伸びるサイクリングロード周辺で車を停める場所がないか探すのだが、まったくない。

諦めて結局美し森の駐車場へ入れた。既に車が5~6台停まっていて、さきほど犬連れのスノーシューツアーの人が6~8人、奥へ入っていったのをみかけていたので、その人たち以外にもここに車を停めて森に入ったようだ。

車を停めると地面がガリガリに凍っているのがわかる。くーを下ろして靴をクロックスから軽登山靴に履き替えているうちに、由とくーはさっさと雪のある方へ行ってしまった。カメラを出したり、上着を着たりして、あとを追う。

すぐ目の前に展望台へ向う大きな木製の階段がつづら折りに登っていくのが見える。そこをどんどん登っていく由とくー。とりあえずついていくが、急なので結構大変だ。

雪の状態はやはり予想通り、一度溶けたのが再度凍結した感じで、くーの体重ぐらいなら問題ないが人が歩くと体重で沈む。ただそれほどバリバリではないので、スノーシューも不要。ビブラムブロックのソールだけで問題ないようだ。くーの足もこれなら大丈夫だろうと、そのまま頂上へ向ってゆっくりと歩く。空は真っ青で、風もそれほど酷くない。ただ冷え込んでいるので顔が少々痛い。

途中撮影をしながら振り返ると、なかなかの絶景だった。頂上付近には木道もあるのだが、狭くて危険。その先には大きな展望台があり、今の時期は閉鎖されているようだった。そこからは八ヶ岳の眺めが美しい。特に赤岳の雪稜は輝いている。くーは喜んで平坦な雪原を走り回る。

人が通ったあとがあり、それは展望台をかすめて森の奥へ向っていた。何の気なしに森の奥へ。

写真は白く輝く八ヶ岳は赤岳をバックに。

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2009年01月28日

思い立って雪国へ(その6)

締めたカーテンの隙間が少しづつ明るくなってきた。

くーは私が動くと必ず目をあけて見る。環境もあるのだろうが、これまでそっと立ち上がって近づいても目を醒まさなかった時は自宅で数回。大抵がすぐに目を醒ます。

くーの耳はよく動く。前に後ろにぐるりと方向がかわる。撫でると耳は後ろに倒れ、アジをしている時はハンドラーのいる方に耳が向いているのが面白い。よく聴いている証拠である。寝ている時は一番標準の角度で、ちょっと耳先が反りながら定位置で動かない。

旅行に出ているとなかなか安心して眠れないのか、ちょっとの物音で目を醒ましてしまうので、落ち着く環境を用意してやりたいと思う。一番苦手なのが子供。足音がドンドンと響き、高周波の声を出す事で、当然だがそれは隣近所に響く。それを夜中にされるととてもではないが落ち着いて眠れない。

ロッジクルト側からみればあまり嬉しくない事だが、今回は我が家以外に誰も泊まっていなかったので、安心して眠る事ができた。一般の宿に停まるとどうしてもそういう面で気をすり減らしてしまう。普通の宿でも決してくーから吠える事はないのだが、驚いて吠えてしまう事は人間だってある訳だから、くーのせいとは言えない。きっかけになった騒音に問題があるはずなのだが、犬に何を求めているのかわからないが、悪者になりがちというのも悲しい事実だ。人の方が余程不注意な事を普段からしているはずなのに。

朝までゆっくり眠れたのだが、流石にちょっと冷え込んでいたので、素早く布団から出て石油ファンヒーターを点火し、エアコンをかけた。そしてすぐにまた布団へ。なんとまだ湯たんぽが温かい。既に12時間以上経っているのにもかかわらずだ。

湯たんぽといっても、昔ながらの鉄のものではなく、赤いプラ製のもの。湯温も沸騰しているものを入れられる強度があるようだ。由はすっかり気に入ってしまい、このお湯がもったいなく、洗顔に使った程だった。

くーをちょっとだけ排泄散歩。外は結構冷え込んでいるが、それでも0度まで下がったかどうかという所だ。山の方は軽く氷点下を越えたようだが、このあたりはギリギリの線なのかもしれない。ドッグラン側からは南アルプスの山々が美しく見える。

フロントに全員で行き、朝のご挨拶。ここはB&Bなので、パンと飲み物が7時から用意されている。欲張って1切以外のパンを全てオーブンで温め、豆がセットされているコーヒーメーカーの電源を入れていれたてを頂く。紅茶はお湯があるので、ティーバックを入れて部屋に持ち帰る。

部屋の中にあるテーブルセットには、窓から朝日がさしこんでいた。くーにもマンマリゾの朝ごはんを出してやり、今日の予定を話しながら一緒に朝食タイム。

食後はゴミをまとめ、荷物を車へ積む。エンジンが冷えきっているのでアイドリングさせて、フロントに挨拶に行った。

鍵を渡し、お世話になりましたと言うと、オーナーがあの車はエスクードかねと言う。正直そう言われたのは初めてだったのだが、実は4WDがお好きなようで、ジムニーの走破性がお気に入りだという。Jeepに乗っていた事もあったそうで、相当なオフロードマニアのようだった。

以前ここに来た時には、ダイハツのロッキーだったと話したり、我が家は林道や雪の山もかまわず走るし、由が町中を運転するにも取り回しができるサイズという事でエスクードになったと伝えた。そして昨年の秋にリアシート部分をベッドにして、車中泊ができるようにしたというと、それをみて「これはいいな」と言って下さった。

そんな車や犬の話をしていると、出発するつもりが30分も経ってしまった。そうしているうちに奥さんもいらっしゃり、お二人に挨拶ができてラッキーだった。またそれほど遠くない時期にきたいというと、昨日来ていたボーダーコリーの飼い主さんが近所でさくらんぼを作っているので、その時に来るとよいと言われる。

快適な一夜を過ごし、色々な話しをして2日目の旅のスタートとなった。

写真はロッジクルトのフロント前。平日だった事もあって、貸切りだった。

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2009年01月27日

思い立って雪国へ(その5)

魚ZENZOWさんには予約の5分前に到着。すると丁度友人ご夫妻も到着したての所だった。駐車場が狭くて困ったが、静かにくーが寝られるように一番奥に停めて店へ。

入口からしておしゃれな蔵風の建物を入ると、間取りが複雑な店内で一瞬迷う。店の人が案内してくれたスペースに既にメニューを見ている由がいた。

海産物大好きな由がきっと喜ぶだろうと思い、友人ご夫妻にお願いしていたのだが、出てくる料理はここが山梨の標高1500m近くとは思えない、新鮮な海産物ばかりだった。横浜の中央卸売市場から直送とかいてあるが、宮城県産の牡蠣や、刺身の盛り合わせは驚くほど豪華でおいしかった。鯨の竜田揚げや、ゴボウのフライとか、どれもおいしい。由だけが日本酒を頂いたのだが、久しぶりの日本酒で相当に酔いがまわったらしい。ずっと犬や旅の話で盛り上がった。

何時間話をしただろうか。正直、犬を飼うのも人生という面でも大先輩のご夫婦と、話題は大丈夫だろうかと不安だったのだが、やはり犬という共通の話題があれば、いくらでも話が出てくるものらしい。そして我が家はまだその入り口にたったばかりだが、犬を飼うというだけでなく、生活レベルや犬の存在と生活を、今よりも向上させる為に日々勉強したり行動しているという視点から、話は尽きないのかもしれない。

名残惜しいが2時間半の楽しい食事の時間は終了。最後に駐車場でくーを出して、ご挨拶をし、再会を約束してわかれた。

由は結構お酒がまわったらしく、今にも寝たいようだ。21時半すぎにロッジクルトに戻り、明日の予定が何も決まっていない事を気にしつつも、私はちょっとだけPCで明日の情報収集。天気予報と、明日のポイントをちょっとだけ確認し、ガイドブックを読もうと思ったが私も眠くなってきた。

布団は湯たんぽのおかげでほんのり温かく、とても快適だった。由はすっかり湯たんぽが気に入ってしまい、帰ったら買おうといいながら、すぐに寝息をたてていた。

写真はZENZOWさんの一品、宮城産の大きな牡蠣。私は苦手なので、由が頂いた。

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2009年01月26日

思い立って雪国へ(その4)

足が悪いのに奥さんがコーヒーを入れて下さり、恐縮しつつ部屋の中へ。マリヤちゃんとカレンちゃんは遊んで攻撃だ。

椅子に座ると私の足の間から顔を差し込んできて、見つめる。大型犬とこういうコミュニケーションを取るのは初めて。そのうち興奮してきて私の膝の上に登ろうとしてきたり、舐めまくられたり。地面に座ってみると、舐めながらのしかかられてしまった。くーが由の廻りでそれをみてワンワンと文句を言う。私もメガネを退避させて身を任せるが、息ができないほどになってきて避難。

大型犬はこういう事なんだとあらためて実感するのだった。

くーは少し落ち着いてきたようだが、まだ時折唸るので、ストレスがかかりすぎるのも何だという事から、くーをかかえて車に。クレートで休んで貰う事にした。当然不満な声を出していたが、そちらの方が気が楽だろうと思うのだった。

その後しばらく家の中でまたさっきと同じように犬談義。そして部屋の中も案内して頂き、別荘的な間取りではあるが、荷物の少ないすっきりした部屋で素敵であった。リビング脇にある1室に、PC機器がぎっしり詰まっていて、主にここで仕事をされているのがわかる。部屋のギャップが面白い。

充分に温かいのだが雰囲気も兼ねて薪ストーブに火を入れて頂いた。これはロマンである。薪ストーブの火をみながら、くーとうとうとしたいものだ。時間をゆっくりと贅沢に使いたい。日々寝る時間を削って会社に朝早く行っている自分は、いつかこういう所で生活するぞという気持ちがあるから、今我慢できると思っている。

16時をすぎ、一旦私達は宿にチェックインをしたり、風呂に入ったりする為に引き上げる事にした。奥さんも少し休憩する時間があるとよいと思うのもあり、そしてその後19時におすすめのお店で再度夕食をご一緒する手筈になっていた。

一旦お別れし、由とこういう生活の事についてしみじみ語りながら、こちらも5年ぶりのB&Bの宿、ロッジクルトへ。日が暮れる直前に到着すると、オーナーご夫妻がフロント棟から出てきてご挨拶頂いた。まずはチェックインとくーを連れてご挨拶。くーはさっきまで不満一杯だったのを跳ね返す勢いで愛嬌を振りまき、可愛がられていた。すると近所のさくらんぼ農家の方が、セラちゃんという若いボーダーコリーを連れてきて、またくーは警戒モードに。しかし最初唸っただけで、しばらくすると近くまで自分で近くまで行くほどだった。へそ天になって、クルトのオーナーご夫妻に撫でられ、その間飼い主は犬やアジリティやディスク競技の話で終わらない。今日は人と会えばずっと犬の話をしているような気がする。

案内された部屋に入ろうとすると、オーナーさんが湯たんぽを2つ、渡して下さった。今日は温かいのでこの時はあまり必要性を感じていなかったのだが、言われた通りに布団に入れてみる。そして着替えの用意やら何やらをして、まずは一番近い温泉であるたかねの湯へ。

駐車場は地元の車で一杯。外来は700円とちょっと高めだがこのあたりの相場らしい。そういえばクーポンを持ってくれば100円引きだった。失敗した。風呂は大きく、大きな窓がある。そこからは景色がよいらしいのだが、残念ながら今はわからない。色々なお風呂に入り、露天がないのが残念だったがしっかりと暖まった。そして外にあるマッサージチェアで肩をほぐす。これは結構好きな時間だったりする。

駐車場で待ってくれていたくーにオヤツをあげ、予約をして頂いている魚ZENZOWさんへ。真っ暗な中、ヘッドライトに照らされる路肩にある雪をみると、学生時代のスキーを思い出す。若気の至りという事で、日帰りで志賀や苗場、車山にも行った。菅平や斑尾、野沢温泉では夜も車を出して遊びに行ったものだ。

写真はマリアちゃん。外をじっと眺めているのをみていたら、ふとこちらを振り返ってくれた。実は私は大型犬ならゴールデン・レトリバーが一番好きだったりする。

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2009年01月25日

思い立って雪国へ(その3)

車に戻り、汗だくの上着を脱いで、スノーシューについた雪を落とす。靴をバックル2箇所でとめるタイプの、タブスのスノーシューを買ったのだが、パッキングにちょっとかさばる。これは失敗だった。案外ベルトの方がコンパクトになる。弟子屈在住の友人が、ワカンという和かんじきを使っていて、それが妙にいい感じだった。しかし実際に買うと私たちのスノーシューと同じぐらいするので、驚いた事を思い出す。

くーを拭いてクレートに入れ、飼い主は朝自宅で入れてきたコーヒーと紅茶を飲んで一息。時間が待ち合わせの15分前になったので移動開始である。

北杜市の若松の交差点の近くに、色々なおいしいお店が集まってきているようだ。我が家は地元の友人に教えて頂いた藤乃家へ。脇道を入り、車が擦れ違うのがやっとという細い道の先にそのお店はあった。1台店の前に軽自動車が停まっている。その中の後部座席に、ぬいぐるみのように2頭のゴールデンがオスワリしていた。ちょっと不思議な絵である。

その横に車を停めると、私たちは初対面となるご夫婦の旦那さんが出てきて下さった。思いのほか小柄の旦那さんに導かれて店内に入ると、5年前に品川駅のホームでお会いした奥さんが座られている。奥さんは一昨日、長い間の闘病生活から退院されてきたばかりの体であり、今回も無理になるとと思って気になっていたのだが、会って下さる事となったのだった。

このご夫婦は、日本の飼い犬の文化を少しでも育てていく手助けをしたいとはじめたウェブサイトの主催者の方だ。それまで家庭犬といえば、庭の犬小屋に繋ぎっぱなしで、散歩と食事やりだけが義務として日々淡々と行われてきた文化から、犬を家族の一員とし、犬という生き物を人間社会でも一緒に活動できるようにしつけや教養を身につけさせて行く過渡期から、NPO的な活動をライフワークとしてされてきている。今でもそれは続いていて、私達もくーを迎えるにあたり、多くの情報源として参考にさせて頂いたのだが、まさかその主催者の方と知り合い、こうしてお会いする機会ができるとは思ってもいなかった。

病気の話、犬の話、住まいの話など、おいしい蕎麦を食べながらあっという間に時間はすぎ、ご迷惑かとは思ったのだが、お住まいにお邪魔する事になった。軽自動車の後ろをついていく。

別荘地の中にある住まいには、小さなドッグランがあった。きれいな雪が一杯しきつめられてる中、ゴールデンのマリヤちゃんとカレンちゃんは、パパが投げるボールでひたすら遊びまわる。くーもそこに入れさせて頂いたが、予想通り近づかれると唸ったり吠えたり。しばらく慣れるまではと由が監視しながら遊んでやるのだった。

こんな別荘に住みたいと常々思っていた私は、ひとつの憧れが弟子屈の定宿、鱒やさんだ。今回現実的な別荘を目の当たりにして、やはりこういう生活がしたいなぁと思う。人ごみ嫌い、混雑嫌いな私は、毎日の通勤でイライラする事から開放されたいと思っている。いつか、こういう生活がしたいと思うのだった。

写真はお昼に食べた藤乃家のそば。ツヤとコシはしっかりしていて好み。もっと沢山食べればよかった。

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2009年01月24日

思い立って雪国へ(その2)

雪が重い。明け方まで雨が降っていたのではないだろうか。まあ悪くてもみぞれという感じの雪面だ。それでもスノーシューが楽しめるほどの積雪量はあるので、ほっとした。

くーは飼い主のスピードにあわせるなんて事はせず、先に行っては姿が見える範囲でまた戻ってくる。鹿の足跡が横切ったりしていると、その臭いをかいでちょっと横道にそれていくが、またすぐに帰ってくる。サークルは広めだが、しっかり耳は飼い主の方を向いているのが面白い。

行ったり来たりひたすらしているので、飼い主の100倍は運動しているのではないだろうか。この小さい体に、6歳にもなったのに、相変わらずの体力である。

くーの上腕部は凄い筋肉だ。後ろ足のももの部分も筋肉の筋が見える。あばら骨もしっかりと目視できるぐらいなのだが、犬一倍食事量はとっている。代謝量がハンパではないようで、まさにアスリートドッグだといつもお世話になっている動物病院の先生に褒められる。

ドッグスポーツをしている中では別に目立つ存在ではないのだが、まず一般のフィールドではほぼ100%、痩せている、スリムだ、ウチの子と全然違うなどという言葉が投げかけられるというのが多い。次に尻尾がある、小さい、足が長い、ミックス?などというポイントを突かれる。注目を浴びるのは嬉しい事だが、中には失礼な事をいう人も居る。いちいち気にしていてはこちらがもたないが、まあそういう人間なのだろう。

くーはこういう場所ではいつも満面の笑顔だ。犬に笑顔?と思う人も多いと思うが、見て貰えればわかる通り、とても表情がはっきりしている。凹む時は尻尾が降りなくても顔だけで判るし、不満そうな顔も判る。こんなに表情豊かな犬がいる事に正直、コーギーという犬種を知って驚いた程だ。くーが特別ではない。

大好きな雪の中ではしゃぐ姿を見るのは、飼い主にとってこれほど嬉しい事はない。スノーシューも飼い主は楽しいが、クロカンやゲレンデよりも、くーと雪の中の散歩を楽しみたいからこそ、やっているようなものだからだ。

ほぼずっと上りのルートで、重い雪もあって飼い主はバテバテ。途中座る場所もないので、一部雪面から丸太の階段が見えてる所で座って休憩。くーは枝や雪玉を投げて貰えるかと期待一杯の顔で見つめてくる。

最後のちょっと急な上りを登り切ると、ベンチや東屋の屋根が見えた。頂上らしい。一面が一切足跡がない雪原なのだが、あっという間にくーの走り回ったあとになってしまった。景色もなかなか素晴らしく、雪を抱いた甲斐駒ヶ岳の姿や、なだらかな先に見える八ヶ岳連峰の稜線が見える。

案内板や石碑の前で記念写真を取り、先に進む。しばらくいくと、駐車場が見えてきた。一面真っ白な広場なのだが、ロケーション的にはあまり気持ちがよくない。本当はこの先に進みたかったのだが、待ち合わせの時間まであと1時間半なので、ここから上り400mはちょっと厳しい。また来ればよいという事として、引き返してくーと雪遊びをする事にした。

それまで足跡ひとつなった場所が、くーが縦横無尽に走ったあとで一杯になってしまった。雪玉をキャッチしようと走りまわる。面白い事に、キャッチする寸前にぴょこんと飛び上がるのだ。それが妙にかわいい。

雪を食べすぎておなかが心配なので、適当な所で切り上げて山を下る事にした。

さきほど喘ぎながら登ってきたルートを今度はゆっくり下る。森に入るとさっきまで陽が差し込んでいたのに霧にあっという間に包まれ、視界が遮られた。しかしすぐにそれは通りすぎる。気持ちのよいひんやりとした空気を一杯に吸って、普段声がでにくい私も喉が軽い。

2つある最初の階段で由が滑って転んだ。そのまま2mほど滑りおちて、おしりのあとを残した。最後の階段が角度も急なので、スノーシューを外してちょっと慎重に下りる。なんとか無事に戻ってこれた。雪がゆるすぎて、踏みつけるとシャブシャブになってしまい、その時に滑るのだ。

写真は天女山の山頂にて。カメラマンが雪の上に寝ころがっているのは内緒だ。

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2009年01月23日

思い立って雪国へ(その1)

巷は冬。山には白い雪がつきはじめている。

今年に入って冷え込む日も増え、東北以北以外は雪不足と言われているスキー場もそろそろ営業が本格化しているようだ。また今年は山陰からの日本海側も結構な雪が降ったようだが、根付くかどうかは怪しい。

前々日に某直前予約サイトで割引価格になっている宿に予約のリクエストをしてみるが、はじかれてしまった。スキーシーズンとはいえ、平日なのに、何故予約できなかったのか理由ぐらいは知りたい。しかしシステム上それはわからないので、電話番号を探して電話をしてみても出ない。残念だ。

という事で5年ぶりぐらいに清里のB&Bの宿を前日に電話予約し、そしてその前に山梨エリアのキャンペーンで、東京から山梨への旅行者向けに、ETC乗り降りし放題のプランも登録してみた。

朝7時に談合坂のハイウェイ・コンシェルジュといういわゆる観光案内窓口に行くと、色々なクーポンが貰えるというので、それにあわせて東京を出発。その上ガソリンを入れなければならないので、八幡山の安売GSに寄り、調布ICから中央高速に乗った。

すぐに雨が降り出し、時折雨足が強くなる中、7時5分に談合坂SAに到着。山々は雨雲で煙っている。由は隣で眠っているので起こし、焼きたてのパンで朝食。クーポンを使う事もできず、お得感が薄い特典である。

再度移動。甲府周辺では取り締まりが怖いのか、流れがあまりよくない。私も80km/h程度で列に並んで走り、須玉ICで降りていざ山へ。

行き止まりにある天女山の交差点は、駐車場へ向う方向だけがゲートで閉ざされている。冬季閉鎖という事で、前には大きな除雪車が停められている。その横は駐車禁止と書かれているので、そこから一番離れたスペースに駐車。

雪の状態を実際に歩いてみて確認するが、相当に緩くなってはいるが充分にスノーシューができそうな感じ。くーの足にも逆に悪くないかもしれない。ただ雪が重い。

クロックスからゴアテックスインナーの軽登山靴に履き替え、下半身だけレインウェアを履いていざ出発。由はエチケットバックを持って、私はカメラをさげて、閉鎖されている道路に入ると、すぐ目の前の左手にうっすらと階段が見える。ここからのスタート口だ。

滑らないように足で踏みしろを作り、ゆっくりと登る。上りきった所でスノーシューを履いて、雪の散歩の開始だ。

写真は雪をみると大興奮なくー。とても幸せそうな姿をみては、来てよかったと飼い主は思うのだった。

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2009年01月17日

巨匠からプレゼント

年末の忙しい時に、友人でもあり、人生の先輩でもあり、写真の巨匠でもあるすーさんがやってきた。

随分前に、巨匠がモーターサイクルショーで飾った私がモデルの写真を捨てるというので、それなら欲しいと言って既に2年位経っただろうか。結局家の近くまで何度か行ったのに立ち寄る事ができず。忘れさられた頃に、わざわざこちらに来る時に持ってきてくれたのだった。

最近巨匠とも一緒に何かやっていない。今年の夏は、またどうだと言われて私もまたふつふつと旅の気分が沸き上がってくる。丁度共通の友人である一人の旅人と、北海道に撮影旅行にでかけるというので、私のチープな愛車もどう?と言うと、いいんじゃないと言う。ちょっと考えてみたいと思いはじめている。

過去2度ほど、北海道ツーリング中に合流し、撮影に協力した。最初の夏は富良野、美瑛。翌年はサロベツで合流し、その後オホーツクを南下。途中で台風が通過した関係で数日釧路川沿いの定宿で2泊ビバークを迫られたあと、能取湖や女満別まで同行した。

その後私が被写体として使われた写真は、モーターサイクルショーに飾られたり、某アウトドア用品メーカーのカタログや商品タグに使われたりして嬉しかったのを思い出す。

持ってきてくれた写真は、美瑛の夕暮れの中を、私が「できるだけ土けむりをあげて」というリクエストによって、アクセル全開で走ってくるシーン。オフ車の楽しさが一杯に感じられるだけでなく、美しい丘陵地帯の夕暮れの露出が絶妙である。さすがに巨匠。

これまで写真らしい写真を家の中には飾っていなかったが、これだけの作品であれば壁に貼りたいと思える。我が家に初めて、飾られる作品になる予定だ。

写真は巨匠自ら持ってきてくれた、その巨匠撮影の額に入った大きな写真。2003年の夏の終わり、美瑛にて、である。よくみるとパソコンでお仕事中の由も額に映り込んでいたりする。

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2008年11月23日

思い立って(その2)

朝は天窓から日差しが差し込み暖かい。由はなかなか起きて来ないので、久しぶりに私がくーの散歩に連れていった。

場内をうろうろしていると、ほかのコテージは殆どが空室だったようだ。明日からの連休はきっと満室になるだろうが、平日でも犬連れ客なら宿を埋める事ができるかもしれない。

隣に宿泊していた定年退職組のようなおじさんは、挨拶しても挨拶すら返さない。2度とも無視された。きっとそれまでは位の高い職についていたのだろう。こういう旅行者が旅するごとに必ず何組か出会う。挨拶なんていう人の基本的な事すらできないような人間が高そうな車を転がして、一体何様なのだろうか。逆に反対側の部屋に泊まっていた家族連れはフレンドリーな皆さんで、ワイワイとお互いの犬を話のタネに盛り上がっていた。

チェックアウトし、昨日通ってきた道を戻るように南下。河津町から内陸に入り、ループ橋の手前で七滝方面に入り、遊歩道入口に車を停めて散歩開始。渓谷沿いなので太陽も差し込まないが、10時近くなってくると観光バスも横付けされ大勢の観光客が流れ込んで来る。

ここでもやはり定年夫婦が写真を撮っているのはいいのだが、撮影ポイントで後ろに順番を待っている人がいるのに撮影してはその結果をその場所で長々と確認し、取り直したりとなかなかポイントを空けない。まったくもって自己中な行動を繰り返していた。

これからこんなタイプの旅行者が溢れかえるのだろうか。恐ろしい事だ。気分が滅入ってしまう。我が家はまわりに迷惑をかけないように撮影しては移動し、人がいない所を探していく。

次に旧天城トンネル。路線バスが旧道に入り込んできているのは驚いたが、久しぶりにやってきた天城トンネルはまだ未舗装が残っていていい感じだった。ハイカーがいるのでその前後は車を小走りに走る程度まで速度を落とし、トンネルまでいくとそこにはテーブルが出ていて提灯が並べられていた。どうもイベントがあるらしい。11時から一方通行となるらしく、トンネルを通過できず記念撮影だけしてUターン。

次も道の駅に寄るがここも大混雑。ちょっとしたお土産を買い、その先にある大観光地である浄蓮の滝へ移動。予想はしていたがものすごい車の量で駐車場に車を停めるのも一苦労。次々と観光バスがやってきていた。滝まで降りてみるが、あまりに人が多く、登るのも降りるのも道いっぱいに広がり、道を空けようとしないおじさんおばさん軍団に嫌気をさして私はさっさと立ち去りたかった。連休初日なのでこんなのばかりだ。

昼を修善寺で食べようかと思ったがここも人ごみでパス。結局沼津港にまた行く事にしたのだが、昨日朝に停めたぬまづみなとパーキングは満車で待ちの長蛇の列。ダイノブセンター駐車場にが余裕があったのでそこに停めてちょっと遅い昼食を食べに行く事にした。

昨日の朝食を食べた丸天は外に長蛇の列ができるほど大混雑していた。ほかの食事どころも既に13時半なのにまだまだ混雑していたが、偶然みつけたそば屋で、小さい丼で、暖かいそばと桜海老丼、しらす丼、まぐろすきみ丼の4つがついて1000円のランチをみつけて食べた。

食後干物などを買物して、千本松公園へ移動。くーをちょっと遊ばせて、沼津ICから東名に乗り帰路についた。

しかし時間がちょっと押してしまい、厚木で大渋滞にハマり、結局家に到着したのは21時近くになってしまった。3連休の初日とはいえ、やはり休日の東名の上りは15時位には通過しないとだめだという事だ。懲りずにまた痛い目にあって確認するはめになってしまった。

初日はよかったが2日目で相当に疲れてしまった。やはり伊豆は季節を外しても大観光地なのである。

写真は河津七滝にあった、100円で小石3つを買い、川のまん中にある巨大な石の上に向けて投げ、乗っかれば願いが叶うというものにチャレンジする由。くーは「キャッチさせてくれないの?」と投げられた石を目で追っていたりする。

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2008年11月22日

思い立って(その1)

伊豆旅行に行ってきた。

由が何かおいしいものを食べたいと言うので、となれば海のものとなる訳で、千葉か伊豆あたりの近場で探していた。

結果的に直前まで決まらず、出発の前々日に某直前予約サイトで探した所がそこそこよさそうだったので申し込んだ。という訳で、早朝のETC割引時間に高速に乗り、出発。

足柄SAでひと休憩を入れた時、外気温は1度だった。凍結注意マークがインパネに表示されている。由は助手席で寝ていたので、私だけトイレ休憩。裾野で高速を降り、沼津市内に一般道で向う。

時間は7時をまわり、既に通勤ラッシュが始まっていた。所どころ混雑を越えながら、沼津漁港に到着したのは7時40分。ぬまづみなとパーキングに停め、朝食に目当ての丸天に行ってみるとまだガラガラだった。

寝起きで腹が減っていないという由に従い、ちょっと場内をうろうろ。沼津港INOという競りを見学できる建物に入ってみるが、時既に遅し、がらがらであった。由は競りが見たかったようだが、それだともっと早くにでなければならないという事で、諦めて貰った。

再び戻って丸天で朝食。私はトロすきみ丼、由は近海にぎり寿司かにのみそ汁付を頼んだ。朝からボリュームのある食事だがなかなか美味しかった。

沼津港を離れ、西伊豆を南下。伊豆三津シーパラダイスまでがちょっと混雑したが、それを越えて内陸に入り、西伊豆スカイラインを上りはじめる頃には殆ど車はいなくなった。

個人的に伊豆で一番好きなルートである西伊豆スカイライン。特に仁科峠周辺は牧歌的でかつ駿河湾のきらめきが素晴らしい。しかしこの日、恐ろしいほどの突風が尾根筋を走っていた。

知人の中華料理屋がある戸田の町を望む展望台では飛ばされそうになり、車も風で揺れるほど。結局まともに写真すら撮れず、細い山道を下り、湧き水をコイン販売している所を抜けて松崎で海際の道に戻った。

相変わらず白波がたっている中、石廊崎~下田へ海岸沿いを走る。途中朝日が丘展望台でくーを少し散歩させた。そこで生まれて餌付けされたのか、黒い子猫が4匹由のまわりに集まってきて離れない。お昼をすぎてしまったが、朝もしっかり食べたし、夕食も多そうなので、どこかでデザートを食べようと下田に向う。

まずは弓ヶ浜へ。私は幼稚園の時に来た事があるのだが、殆ど記憶がない。ただ白く綺麗な砂浜が広がっていて、くーは思いっきり走り回った。その隣にある逢ヶ浜まで散歩をすると、別荘のような建物が沢山あり、サーファーが住んでいるのかと思いきや、普通の家族が住んでいるようだった。

その後岩田商店のおいしい塩アイスを食べて下田へ。城山公園という所に立ち寄り、くーとちょっと長めの散歩。公園のメンテナンスをしているおじさんが撫でてくれた。ぐるっと山を登って下って展望台に立ち寄りながら駐車場まで戻ったのだが、ここはどうも紫陽花で有名らしい。時期が来たらなかなか盛大に美しそうなので、由はまたその頃に来たいと言っていた。

その後、フォンテーヌという所でオレンジケーキを買い、サニーサイドカフェでケーキタイム。寂しいシーズンオフのビーチ脇に洒落た建物のカフェは、思いのほかお客さんが入っていた。オレンジソースのアイスとケーキが美味しい。

お茶をしたあとにちょっと戻り、由のリクエストで三福屋という所のミルク煎餅を買いに行き、一路宿のある赤沢へ東海岸を北上していく。どんどん日が暮れていき、明るいうちに現地に到着したかったのだが、おもいのほか時間がかかり、ギリギリ到着前に真っ暗になってしまった。

今日の宿泊場所はルネッサ赤沢というコテージ型宿泊施設。フロントに車を停め、チェックインをすると宿泊棟への地図を渡してくれた。既に真っ暗の場内にちょっと寂しい照明が道を照らしている。宿泊棟の周辺に車が既に3台停まっていた。

4部屋1棟というコテージは、どうもペット連れ専用として使われているらしい。周辺には車が停まっているコテージもあるにはあるが、圧倒的に少ない。その中でペット宿泊可の棟だけは満室という感じだった。

部屋は充分広く、正直我が家と同じぐらいの間取りだった。キッチンも広いが設備はとりあえずといった感じで、お湯を沸かす事は可能だ。冷蔵庫も大きめのものがあり、設備の痛み具合は結構なものだが、直前予約で随分お得になっている事を踏まえれば充分に満足度が高いものだった。

くーをクレートに待たせてまずは温泉。大浴場はほぼ貸し切りだった。癖のない泉質はちょっと物足りないが、とても体は暖まった。冷えてきている事もあり、温泉は助かる。部屋に戻るとすぐに食事が運ばれてきた。

大きな金目鯛に陶板焼きと称するものはサザエやアワビ、伊勢海老半身、牛ステーキ、鳥モモの黒胡椒焼き、野菜などが盛られている。ほかに2人前としては多めの刺身盛り合わせ、おむすびと味噌汁などがテーブルいっぱいに並べられた。温泉に入る時に由がこれもと追加したカンパチのカマの塩焼きもちゃんと用意されていた。

くーは飼い主と同じソファの上で、よだれをたらしながら眺めている。くー用にちゃんと食事もあげたのだが、いくらでも食べようとするのがコーギー。安全な刺身だけ少しおすそ分けしてあげた。

さすがにこれだけの料理を一気に運んでくる事で、ちょっと冷めてしまってた金目鯛や伊勢海老はレンジに入るお皿に盛りつけなおし、温めたら味のランクがグンとあがった。

結構おなかが膨れ、満足。テレビを見ながら私がネットに繋ぐと仕事のメールが来ており、急遽由も私もちょっとだけ仕事をするはめに。それでもそれはすぐ終わり、早めに就寝するのだった。

写真は弓ヶ浜で散歩をする由とくー。これだけ広いと伸縮リードでも足らない。

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2008年11月04日

19th和琴ミーティングその2

朝は7時に起床。既に焚き火の前には数人起きてきていた。いつもは無料だったりキャンプ場ではない場所で行う和琴ミーティングだが、その時は昼まで起きてこなかったりするのが普通だ。なんせ、朝日が登りだすまで焚き火を絶やさず、酒を飲み、フォークを歌い続けているのだから。

今日はいつもとは大きく違う。なんせ既に横では今日の昼すぎまで行われるキャンプ場主催の地元向け芋煮会があるのだ。立派なステージがあり、紅白の幕で囲まれ、芋煮鍋をつるす台が40箇所も作られている。お手伝いとなる地元のおばさん、おじさんが軽トラで集まってきていたのだから、寝ていられる訳がない。

イベント中は車が出られなくなると言われてあわてて車を駐車場の出入口近くまで移動させたり、荷物を少しづつ片づけたりと忙しい。我が家は午後早い時間にここを出る予定なので、必要なものだけ残して片づけてしまった。

あれよあれよという間に芋煮会が開催された。ステージには演歌歌手や高校生のバンド、おばちゃんおじちゃんのよさこいソーランなど、凄い催し物が次々と開催されていく。私達は横でぼーっとそれを眺めたり、子供たちは場内で釣りを楽しんだりして過ごすのだが、何だか妙な雰囲気の中で時間が過ぎていった。

お昼前に兄貴が到着。そしてシェフが電車でやってきて、これからトレッキングをして電車で帰るとか。皆久しぶりだがそれぞれのスタイルでやってきているのがよい。旅の知り合いはそれぞれが自分のスタイルで時間を楽しむ事がうまい。それが誰にも迷惑がかからず、それでも友人の間でシンクロする部分はしっかりする。久しぶりなんて言葉はめったに出ない。1年に1度しか逢わなくても、昨日逢っていたかのような気軽さですぐに会話になり、じゃ、という簡単な一言で去っていく。

10代の後半から、40代中盤の今まで、こうやって長く付き合っていられる友人たちは皆気持ちのよい奴らばかりなのだ。

結局お菓子や人の食べ物をつまみながら、14時に我が家は帰路に着いた。休日昼間割引だと大井松田から厚木までしか半額にならないが、渋滞なくスムーズに自宅まで帰る事ができ、16時には荷物も降ろして一息ついていた。今頃はキャンプ場の友人達は夕食の用意に忙しく動いている事だろう。すぐに日が暮れる頃だ。

今年の和琴ミーティングはこうして終わったが、来年は20周年なので和琴でやるとか。何人が来れるだろうか。10周年記念の時は、10月の終わりに結構な人数が和琴の湖畔に集まった。我が家もロッキーで当時なくなる寸前の近海郵船で往復したものだった。

一人の友人が、定年になったら飽きるまで車で日本をまわるんだと言っていた。彼は長年デリカのスターワゴンだったが、数年前にハイエースになり、一家5人+犬2匹の大所帯でよくでかけており、車内で生活ができるように改造されている。

私が定年まで会社員として居られたら、我が家も同じように1~2年は日本を旅したいと思っている。

写真は今回のキャンプ場。我が家のテントはエスクードだ。

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2008年11月03日

19th和琴ミーティングその1

この3連休、19年目の和琴ミーティングが普通のオートキャンプ場で行われた。場所は丹沢。

先週からずっと風邪をひいていて、まともに会社も行けなかった中で、何とか参加しなければと頑張って体調管理をした結果、完治していないが何とかキャンプに耐えられそうな体調になったので、渋滞を避け早朝からでかける事にした。

5時40分頃に東京料金所を抜けて、渋滞なく大井松田ICで出る。山北方面にR246で向かう途中にコンビニで今日と明日の朝食を購入。荷物も何だか適当に積んでしまっているのだが、あとは何とかなるだろうと相当にいい加減な装備なので、ちょっと不安も残る。

駐車場で由が豚まん、私がおにぎりをひとつ食べ、移動。ずっと行って見たかった大野山乳牛育成牧場へ向かう。細く狭くすれ違いができるスペースがちょっとしかない急な道をゆっくりと登る。途中擦れ違う車は全て地元車だ。事前にネットで調べていたが、ここは相当な難所のようだ。おまけに今日はフェスティバルがあり、11時から焼肉配布のイベントがあるらしい。どの程度の来客があるのか、この道では恐ろしい。簡単に崖下に転がり落ちてしまう危険がそこここにある。

無事頂上直下の少し大きめの駐車場まで登ると、ここからは歩いてという看板に従い、くーと散歩開始。大宮ナンバーの白っぽいセレナが通行禁止を無視して登って行ったが、400mないという事なので朝の散歩。たかだか400mなのに何故車を停めて歩けないものなのかと呆れたが、案の定すぐに降りてきて我々は道をあけなければならなかった。頂上にはまだ8時なのでイベント関係者もいない。

北海道の標茶のあたりの牧場のように、結構急な勾配の斜面の牧草地で、ホルスタインが草を食んでいる。目の前には足柄山や箱根に至る山々、遠くは小田原の海まで望める。山頂にはテントの準備がされていて、配布目的の金太郎牛乳が山ほどおかれていた。季節物なのか牧草ロールにハロウィンのカボチャ柄のビニールがかけられている。反対側には山頂付近に雲がかかっている富士山が望め、御殿場の町並みも見えた。視線をずらすと、丹沢湖と三保ダムも見える。

この広々とした景色を独り占め。くーとでかけるとこういう時間と場所が一番安心して楽しめる。

しばらく歩きまわって、下りが怖いので下山。途中牛に近づける所があったので、くーと記念撮影をするが、やはりくーは近寄らない。牛の方も何だかちっこいのがいるという表情で、くーを見つめていた。元々牛追い犬なくーだが、これでは無理なようだ。

下山ルートは擦れ違う車が数台あっただけで思いのほかスムーズだった。道の駅山北を抜け、三保ダムのダム広場へ。ここの紅葉は始まったばかりだがなかなか綺麗だった。駐車場で眠いという由と一緒に1時間ほど車内ベッドで仮眠。目を醒ますと駐車場に数台しかいなかった車がぎっしりと停まっていた。

9時半頃になって芝の中にあるベンチで朝食。くーには枝で遊んで貰い、食後は周辺を散策。ミニ三保ダムや丹沢湖などもあるが、誰もいない。多くの車を停めて来ている人たちは一体どこに消えたのだろうか。ここから先程の大野山へも歩けるようだが、走ったりフォールディングバイクを組み立ててサイクリングを始めた人も居たので、ここをベースに遊びにでかけたという感じのようだっだ。

1時間ほど遊んで11時頃になってから移動。丹沢湖を抜けようとすると、何だか騒がしい。のぼりが沢山たっているのだが、書いてある事をみるとどうやら高校の駅伝大会があるようだった。やがて警察が警備している中、反対車線ではまさにレースの真っ最中。必死の形相で走っているランナーを応援しながら徐行して奥へ向かう。

目指すは中川温泉ぶなの湯。昔、この先にある犬越路を原付のMR50で越えたのが懐かしい。今は一般車通行止になっているが、神ノ川側から上りトンネル手前でオーバーヒートでエンジンが悲鳴をあげて大変だった。

ぶなの湯に到着したのは11時前。2時間券を買ってゆっくりと露天風呂で体を温め、休憩所のマッサージチェアで体をほぐすと寝不足だった頭が醒めていくようだった。中に売られていたカリンを購入してみた。

そのあと丹沢湖の中心地で昼食。信玄そばの店に入ったが、厨房の親父が騒がしく文句ばかり言っていて落ち着かなかった。由はとろろそば、私は値段があまりに高いので比較的安いカツ丼。くーを車に待たせていたが、日差しが強いので換気に注意し、早めに食事を終わらせた。

時間も12時をすぎた頃だったが、まだ早いので今度は玄倉川方面へ行き、丹沢湖ビジターセンターとやらに足を伸ばす。ビジターセンターは羅臼や白神などどこも似たような感じでよろしい。人も少なく静かで落ち着けた。前の湖岸周遊道路ではまだ駅伝大会真っ最中。歓声や拡声器からの声が静寂を破っていた。建物の廻りを歩ける遊歩道もあるらしいが、12時半になったのでそろそろキャンプ場に向かおうと移動開始。

道の駅山北でゆずとさつまいもを購入。ついでにくーのおやつにと、焼き芋も1本購入。駐車場がごったがえしている中、車の中から対岸のキャンプ場内にエンジのステップワゴンが移動中なのが見えた。早速じんじんさんに電話するとやはり本人だった。ほかには軽トラでやってきていた畔ちゃんがいるようだ。

我が家も橋を渡り、キャンプ場に入る。奥の方にはトレーラー型のキャンピングカーがワンサカ。何かのオフ会のようだった。フリーサイト脇にある芝のサイトに到着し、我が家の移動テントであるエスクードを芝の上に停め、テーブルと椅子を出してやっと一息つくのだった。

しばらくすると、夢あかり一族も到着。奥さんと子供を置いてきて作業着姿のとどん、暗くなって半分仕事で近くまで来たというきりんちゃん、薪を運んできた師匠に加え、夜中に松家が到着し、ようやく和琴ミーティングっぽくなっていった。

焚き火ができないのでおっとさんが持ってきた焚き火台を使い、ちょっと冷えてきた体を温めた。こうやって年に1回は焚き火を囲んで下らない話をする仲間たちは、殆どがもう40歳中盤だ。子供がいる家庭、犬がいる家庭、今北米~南米を子供と共に自転車で旅している友人の話や、北海道に移住した友人の話、20年前の北海道の和琴や開陽台であったエピソードなどを終わる事なく話すのだった。

我が家は23時頃にエスクードのベッドにもぐり込み就寝。すぐ近くでは焚き火を前に朝まで声が聞こえていた。

写真は大野山の乳牛さんとくーのガンつけあい。牛さんはじっと見つめていた。

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2008年10月26日

北東北の旅(7/7)

朝ちょっと冷えたかなと思える気温だったが、それでも4度程度だった。ダウンハガー1なのでまったく寒さは感じないのだが、暑くてからだを出しているとそこが寒い。くーもこの夜は1度もクレートから出てこなかった。

6時頃にバナナで朝食。蔵王ドッグランドへは8時頃に到着すると、まだ知り合いは来ていなかったが多くのコンペ参加者が既に集まっていた。

何をしていいかわからず、しばらくぼーっとしていると、ぽぅぷく家が到着。今日はママだけだ。コーチに電話をすると、近くのホテルに今いるらしい。タープは張らずに主催者が用意してくださったテントに入れて頂いた。

今日は朝から10走を予定。砂のフィールドだがそれほど走りにくくないようだ。由にとっては久しぶりのコンペ。練習は出ていたが、競技会形式の1発走りはしばらくしていなかった。しかし着実に由とくーは力をつけていたようで、由は以前なら途中でお手上げになってしまうようなコースはなかったと感じた自分に驚いていた。毎週のように練習をしていた中で、しっかりと実力をつけていったというのが証明されたのだろう。

バー落としは由とくーの位置関係や指示の遅れが主な原因なのだが、コースハンドリングはよくできていたとコーチからも嬉しい評価を頂いた。そして何より、本人が10コースも走ったのに楽しく最後まで走れた事、蔵王ドッグランドでご一緒した他のハンドラーの方たちの暖かさが嬉しくて、また距離はあるが来てみたいという事を楽しげに話していた。

難しいコースを難しいと感じない位、由とくーが成長した事。楽しく走れた事は、私にとっても何よりの嬉しい事だ。

日が暮れる直前に解散し、途中エクストリーム仙台予選の時に食べた、たまご舎のソフトクリーム直営店をみつけて立ち寄り、そこで解散。我が家は100km刻みで帰路へ。

蓮田SAで和食の夕食を20時すぎに取り、22時01分に浦和料金所を抜け、その後外環を大泉まで走り、江古田の洗車場で1週間の泥汚れを落として23時半に無事帰宅。長くて短い、1週間の旅が終わった。

写真は2on2offのくーのコンタクト。バー落しはあったにしても、10コース中2コース失格であとは全て完走でき、知らぬ間に成長した姿をみせてくれた。

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2008年10月25日

北東北の旅(6/7)

今朝はちょっと控えめにペンション街をぐるっと歩いて散歩。熊とは出会わなかった。他にお客さんが入っている宿は殆どなく、ひとつだけビジネスホテルのチェーンの宿に数台、他県ナンバーが泊まっているぐらいで、人気がなかった。安比はスキーバブルの時に全て債務を返済し、今ガツガツと営業しなくても暮らしていける宿が多いと聞く。それはそれでよいのかもしれないが、ペンション街としても観光地としても、寂しい雰囲気はやはりあまりよいものではないだろう。

朝食後、少しオーナー夫妻と話をした。結局仕事というよりは、1客としてお世話になったというだけで、仕事の今後については特にあまり詳しい話はなかった。その中でポイントや、冬版への変更という事はさすがに話題にあがったが、私としても今のウェブサイトは、雰囲気としてあっていると思う。リニューアルも必要かもしれないが、何にしても宿のイメージというのは大事なもので、それを崩すような形は私も薦めたくない。

といいつつ、私もデザインにはちょっと最近限界を感じている。親しい友人のラーメン屋のウェブサイトも、1年以上経つのに完成していない。ただ作るだけならいいのだが、メンテナンスのし易さや、崩れないように作る部分がちょっと時間がかかってしまう。

ただ作ればいい時代から、保守し易く、ユーザビリティが高い出来という事を考えると、なかなか前に進まないというのが本音なのだ。

すぐに冬版にする仕事があるが、今回の訪問はとりあえず顔あわせのようなものという事で、充分に私達も楽しめたし、むっていさんにとってもこんな奴が手を入れているのか、というのが判って頂けたという意味では、よかったと思う。

アドバイスを貰い、チェックアウト後に七時雨山をぐるっとまわる高原ルートを走る。そして仙台の牛タンを食べるべく、老舗の利休へのタイムチャートも配慮して頂き、安比を離れた。

七時雨山荘では高原をくーは思いっきり走り、楽しんだ。紅葉もまだもうちょっとという感じで、結果的には今年は紅葉が遅いようだった。実際、この北東北の旅は暖かすぎて、夜もせいぜい6度位までしかさがらない。てっきり氷点下までさがると思っていたのに、拍子抜けだった。その分、紅葉も進んでいないという事である。

泉ICまで100km刻みで東北道を南下。私はその間、後ろのベッドで寝かせて貰った。どうも頭痛が消えない。泉ICからは凄い車の量で、大都会に由もあたふた。何とか14時前のランチ時間に利休に着いて、しっかりと牛タンを楽しんだ。

その後すぐに泉PAのスマートICからまた高速に乗り、白石ICで降り、遠刈田温泉方面へ。

途中スーパーで水やバナナを買い込み、まずは明日開催されるアジリティ・コンペ会場の蔵王ドッグランドを探す。しかし見つからない。ナビに入っていた場所は民家で迷う。住所からあらためて探していくと、やっと看板を発見。しかし犬が沢山いてとてもではないがここで車中泊はくーが落ち着かない。どこか道の駅のような所を探そうという事になり、まずは遠刈田温泉の中心地にある、神の湯で温泉タイム。その後その前にある観光案内所で車中泊できる場所を調べて貰い、遠刈田公園の駐車場へ行ってみる。

時間的に多くの車も停まっていて、近くにもっとよい場所はないかと探しまわるが、結局は遠刈田公園の駐車場で寝る事にした。トイレも照明をつければ綺麗なものだし、蔵王へ向かう道も夜はめったに車が通らないのが判ったからだ。

簡単に食事を車の中で取って、テレビを20時ころまで見てから就寝。

写真は七時雨山荘の広大な草原。ここも独り占め。

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2008年10月24日

北東北の旅(5/7)

部屋のベッドで目を醒ました朝。8時からの朝食なので、7時半からくーを散歩にでかけ、近くの広大な草原で思いっきり遊んだ。ディスクも少し投げたが、口を切ってしまったので中止。なんでもここ最近、熊がペンション街にも出るというので、ちょっと心配だったが、遊んでいる時はそんな事はすっかり忘れてしまっていた。

宿に戻り朝食。朝からボリュームのあるメニューを頂き、今日の八幡平観光の周辺ルートを教えて頂く。その通りにルーティングしてみる事にした。

安比高原牧場にある大きなドッグランにまず向かう。部分的に花畑があり、奥の方に柵で囲まれたドッグランがあった。しかし我々以外に誰もいない。くーは喜んで色々な臭いが嗅いだり、走りまわったりしている。

次にもう少し奥に向かい、ブナの二次森という所へ。ブナの駅という避難小屋があり、そこを起点に見事なブナ林の中を遊歩道が整備されていた。二次林というのは森を伐採したあと自然の力で見事に再生した森のことを言うらしい。ピストンルートをそれぞれ途中まで歩くが、熊がちょっと怖い。それでもたまにくーにコマンドでワンと吠えさせながら、半分以上落ちてしまったブナの落葉の上を3人で歩きながら、濃い生まれたての酸素を吸う事ができた。

ブナの駅に戻ったあと、車で登山口への林道を奥まで行ってみたが、この他県ナンバーから地元ナンバーまでの車を結構みかけた。適当な場所でUターンし、次に松川渓谷へ。

松川渓谷の入口にかかる橋は、特段何も施設がないが、沢山の観光客が居た。車は路駐されており、人が橋の上からピークと言える紅葉を楽しんでいた。我が家も車を邪魔にならない場所に寄せ、くーと散歩。由はこれほどの紅葉を見た事がないと喜んでいた。

次に橋の下に降り、河原から紅葉を眺められる場所へ。既にここも車が数台停まっている。くーはここでも川に入って水遊び。足が砂まみれになりながら、嬉しそうに遊んでいた。

奥に進むと松川温泉。ここで奨められた松川荘で温泉タイム。露天から見る河原の紅葉が見事だった。泉質も白濁した硫黄泉でいい感じだ。隣には地熱発電所があって、ちょっと雰囲気が異様だが、それだけよい温泉という事でもあろう。

湯上がりは結構のぼせてしまい、少々休憩。その後樹海ラインをハイペースで昇り、八幡平の観光ルート、アスピーテラインへ。観光バスやら何やらで混雑していたが、廃屋に見える建物も多く、妙な雰囲気だ。下っていく途中にあった出店できのこ汁ときりたんぽをつまみ、あの松川鉱山のゴーストタウンを眼下にみながら、日が暮れてくる中、安比の別荘が立ち並ぶ周辺を車でうろついてみた。色々なログハウスがある中、人が来ているのは数件だった。ここは冬や盛夏などに別荘のオーナーが来るだけのようだ。バブルの片鱗とも言えるかもしれないが、こういう所で静かに過ごすのにも、憧れる。

帰ってきて早めにお風呂に入り、今晩は洋食のスタンダードなメニュー。巨大なステーキや、岩魚のムニエルなど、これまた大量で満腹。泊まっているお客さんは全員犬関係。ここは朝も夜も食堂に犬を連れて来れるというのも特徴があり、飼い主と犬の関係がかいま見れるというのも面白い。

ちょっと頭痛が出ているので、早めに就寝。明日は安比を離れ、東北を南下しなければならない。

写真は安比のブナ林。美しいブナの森を、由とくーと3人だけで独り占めした。

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2008年10月23日

北東北の旅(4/7)

薬研駐車場の朝は朝もやに包まれていた。時折通過する車の音がするだけで、夜と同じように渓流の音がずっと聞こえている。

明るくなっていくうちに青空が見えてきた。歯磨きをして、バナナの朝食を取ったあと、とりあえず動ける状態にしてから、奥薬研レストハウスへ移動。そこに車を停めて、薬研渓流をぐるっとまわる遊歩道を歩きだした。

吊り橋を渡るとすぐに軌道の線路がしっかりと残っていた。青森ヒバや杉を切り出した時に使用した軌道らしい。遊歩道はそれに沿って伸びている。看板もそれなりに整備されているが、紅葉というよりは森の中を歩く感じだ。下流までしばらく歩くと、また吊り橋があり、そこで渓流の反対側へ。車を停めている所まで渓流沿いを遡る。

こちら側からは河原まで降りられる場所があるので、時折川遊びをくーとする。紅葉は見事で、黄色いブナや僅かだが真っ赤に染まったモミジが美しい。渓流を流れる水も綺麗で、小さい魚が沢山泳いでいる。

レストハウスに戻り、誰もいない足湯で暖まったあと、南下を始めた。

むつ市手前のいさりびハウスはまだ開いていなかったので、隣のサークルKで食料を補充。むつ市は通勤時間にあたってしまったので混んでいる中を走るが、途中から無料開放されている下北道でショートカットできる事がわかり、そちらで一気に野辺地までワープ。

上野から続いているR4に乗り、R394で由に運転を交替。高原ラインをどんどん登る。途中八甲田温泉の隣にある田代平湿原がよさそうなので、寄り道をしてくーと散策。観光客も少なく、高い空の下のびのびと散歩を楽しんだ。

八甲田山をぐるっと回り込み、大観光地酸ヶ湯へ。酸ヶ湯の場所はこんな所だったかと記憶がまったく違う事に驚きながら、駐車場が満杯で参りながらも立ち食いのそばで昼食。これがまったくおいしくないし、待たせている客に「食わせてやる」という態度で非常に不愉快だった。何様なのか、まったく。今回の旅で一番の失敗の食事だった。コンビニ弁当より劣る。

酸ヶ湯は既に混浴時間なので、奥入瀬に入る手前で、歴史のある蔦温泉に立ち寄る。風情のある宿と温泉は観光客で一杯だったが、湯船はそんなでもなかった。高い天井とヒバの香りで、癖のないお湯は安心して暖まる事ができた。男性用に2つの風呂があったので、どちらにも入る。

暖まったあと、紅葉のトンネルを奥入瀬に入る。しかし雨が降り出してきた。真上に真っ黒な雨雲があるが、脇は青空が覗いている。ビジターセンターで地図を貰うがあまり意味がない。石の戸に向かうがとんでもないほど車が居るので通過。その先で駐車できるスペースがあったので停めて少し小雨の中歩いた。

奥入瀬らしい渓谷が少しだが見る事ができた。小雨が降る中でも結構な観光客が歩いている。レインウェアにトレッキングシューズはわかるが、ハイヒールにブラウスという格好の女性も居て、見事に観光地な雰囲気もかもしだしていた。

最後に大滝をちょっと見て、十和田湖へ。辰子の像の手前にある草っぱらと湖岸でまた思いっきりディスクでくーと遊ぶ。山に日が落ちる前にまた車に乗り、発荷峠で湖を由にみせてから、樹海ラインに入り、東北道小坂ICに17時前に乗る。

あとは安代ICまで一気に移動し、ICを降りてガソリンスタンドを探し、ENEOSで給油。真っ暗な中、私がウェブのお手伝いをしている安比高原のペンション、むっていさんに到着した。

いつも電話とメールでしか会った事がないのだが、初めてご対面。小柄な旦那様と元気そうな奥様のご夫婦が迎えてくださり、チェックインとなった。

今回の旅の目的のひとつでもある、このむっていさんへの宿泊。写真を撮ったり、やはりオーナーさんと実際に会う事でイメージが沸き易くなる訳で、3年前からお仕事をさせて頂いているにもかかわらず、やっとこちらにお邪魔できたという感じだった。

綺麗な露天で体を温め、これまたこれでもかという大量のご馳走の和食でもてなされ、由は正直驚いていた。これが普通の連泊メニューというから恐れいる。正直、料理だけで足が出てしまうのではないかと思える質と量であった。

食後に溜まりまくった洗濯をするのだが、操作をミスってしまい、終わったのが23時すぎ。充電や久しぶりに繋いだネットでK9の年会費が未納だったのを振り込んだりとしているうちに、0時をすぎてしまった。

写真は奥入瀬のそれっぽいシーン。スローシャッターは三脚が必要だ。

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2008年10月22日

北東北の旅(3/7)

丸い輝く太陽がのぼってまもなく、私は目を醒ました。そっと車外に出て、トイレへ。太陽はまだ低いが力強く地上の全てのものを照らしている。

由を起こし、まずは人がいないうちに階段国道の脇へエスクードを移動して記念撮影。車を駐車場に戻して、今度はくーを連れて階段国道を散歩する。

まずは下り。くーは嬉しそうだ。下りきり、民家の脇を通り、漁港まで足を伸ばす。その後来た道を戻るが、飼い主は階段を喘ぎながら昇る。くーは当然だが平気な笑顔。階段脇には紫陽花が枯れているのもあるが、まだ花をつけているのもあった。

中間地点にあった水場で一息。朝日に眩しい竜飛の漁村を眺めながら、ここまで来たんだなあとあらためて感慨深く思うのだった。

車に戻って今度は灯台脇の駐車場へ。まだ8時になったばかりだというのに、観光バスが1台。大勢の観光客が記念撮影に興じていた。くーを連れて灯台まで行き、車でバナナの朝食。くーにも食事をあげ、開いたばかりの土産物屋のおねえさんにくーは遊んで貰う。

道の駅みんまやに戻り、青函トンネルの地下駅へのアプローチがある展示館が開店するので少し待ったが、始発が9時で、往復で相当時間がかかりそうなので諦める。鉄なら確実に何はなくとも待つのだが、今日も結構走る予定なので、諦めて津軽を下る事にした。

途中トンネルの入口付近をみながら、青森市内へ。駅前ビルの地下にある市場食堂で、由は三色丼、私は中落ち丼と赤魚の塩焼きを食べた。中落ちがとてもおいしかった。他におやつのコロッケを買ったり、くー用にササミを2本買ったりしながら、ガソリンを入れ、一路下北半島へ。

25年前、横浜のあたりが眠くてたまらなかったのを思い出しながら尻屋崎へ。むつ市内は車も多く、ペースがあがらないのに少々焦る。目当ての寒立馬はゲート脇に居たが灯台のあたりにはおらず、馬糞だけがいたるところにあるだけだった。青空とさわやかな風はいいのだが、ちょっと散歩をして引き返す。ゲート脇で数台の観光者が寒立馬の写真を撮っていたので、我が家も停めて記念撮影。くーは案外平気だった。

またも我慢の移動後、むつ市内を経由して恐山へ。ここも25年ぶりなのだが、車や観光バスが沢山いて、妙な気分だった。イタコの皆さんも外のテントに並んでいた時と違い、ちゃんと建物の中に入っているらしく、くー連れでは会えなかった。ぐるっと宇曽利湖畔まで散歩して、夕暮れ近づく時間に追われながら、薬研へ向かう。今日車中泊する場所を明るいうちに決めておきたかったのだ。

薬研までの森の中のアップダウンを走る。一気に下るとそこが薬研渓流だ。奥薬研のダートになる手前まで行き、トイレのある駐車場をみつけたが、夜使えるかわからない。とりあえずレストハウスでおいしいと評判の豚丼の夕食を取り、情報収集。トイレに実際に行ってみると、自動照明で綺麗なのだが、裏山から熊が出そうだったので、もう少し下った所にある薬研駐車場で今晩は寝る事にした。

風呂は混浴露天ばかりだったので、頑張って下風呂温泉まで走った。もう少しで大間というロケーションの、共同浴場である大湯はよい雰囲気だった。熱めのお湯はすごく体が暖まり、真っ暗な帰り道に漁火の写真をまたスローシャッターで撮影していたのだが、体は冷えなかった。

薬研駐車場に戻り、私達だけしかいない中、寝床を作って21時にはお休みなさい。渓流の流れと虫の音だけが響き渡っていた。

写真は階段国道の上で。早朝なので観光客はまだいない。本州の北の端まで、よく自走して来たものだ。

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2008年10月21日

北東北の旅(2/7)

夜明けと共に私は目を醒まし、トイレに行った。充電しなければならない機材があったので、朝のうちにしておこうと思ったというのもある。

外に出ると昨晩食事の時にオーナーが言っていた通り、宿の屋根下に一生懸命穴を開けようとしているキツツキのドラミングが聞こえた。しばらく見ていると大きなキツツキが飛び去って行く。森の向こうに田沢湖の湖面が見える静かな朝だった。

色々降ろした荷物や車中泊用に出していたものを整理したりしているうちに、由も起きてきた。くーは飼い主の近くで寝ないと気が済まないので、クレートの中で寝て貰ったのだが、人が寝る場所がロフトなのでくーは結局クレートのゲートを閉めた状態で1晩を過ごした。

朝食もまた丁寧な和食だった。パン食が多いペンションだが、優しい材料とメニューのとても好感がもてる内容だった。食事にしても、ロケーションにしても、とても満足度が高い。某安売りの予約システムを使ったのだが、この値段では申し訳ないぐらいだ。

食後、田沢湖畔をくーと散歩。朝から嬉しそうに綺麗な湖水にバシャバシャと入り込んで走る。あまりゆっくりしていられないので、30分ほど散歩をして、9時前に出発した。

R105を北上し、二ツ井から山道へ。太良峡で先行車が停まったあとは、前に車がある事もなく、順調に高度をあげていく。白神山地の懐に入っていく。釣瓶落峠手前では車を停めて崖上から美しい紅葉を見つつ、トンネル手前で芋煮会をしているおばさん4人にくーを可愛がって貰う。

トンネルを越えてしばらくいくと、いきなりダートになった。それまでは簡易舗装されていたので走るのも楽だったが、やっと本格的なダートの始まりだった。その道のどまん中にバイクが横転している。ライダーは結構体格のよいオジサンで、札幌ナンバーだった。

引き起しを手伝うが、何やら操作もおぼつかない。あまり手を出す気はなかったが、セルがまわらないというので途方に暮れてしまう。これでは私達も見捨てて行けないので、シフトとクラッチとイグニッションを操作していくうちに、ニュートラルが表示されないくせにセキュリティのランプは点いている事が気になり、感覚でニュートラを出してクラッチを切り、セル。するとセルがまわり始めた。そう、メーターの電気系が切れているようなのだった。

キャブなのかインジェクションなのかもわからないというのだが、どう見てもキャブなので、アクセルを開けてセル。しばらくするとエンジンが息を吹き返した。

秋田の役所に電話をして舗装を確かめたというのだが、きっとそれは秋田側は舗装してあるという事だったのではないかと意見した。行政はそんなもんだと思ったからだ。青森側はわかりませんと一言言ってくれればいいのだろうが、気持ちよくワインディングを飛ばしていたらいきなり下りのダートになった所、コケたという結末らしい。

メーターは動かないが走る事はできるので、とりあえずこの先どの位ダートが続いているかわからないと私も言い、引き返す事にしたようだった。気をつけてと手を降り、彼は秋田方面に去って行った。私たちは青森側へ改めて進む。30分ほどのロスだったが、アクアグリーンビレッジANMONまでは未舗装はトータル10kmほどあったのではないだろうか。彼は来なくて正解だった。

ANMONで簡単に昼食。りんごソフトを食べてさあ難所越えだ。津軽峠に向かってダートへ入る。すると観光バスやら普通車やらが何台も走っている。SUVの方がはるかに少ない。いわゆる白神ラインはダートではあるが比較的走りやすいが、途中赤石渓谷への分岐を鯵ヶ沢に入る、赤石林道に入った途端、道の様相は一転した。何にしろガレているのだ。

部分的に10km/h以下にしないとまとにに走れない。それが20km以上も続いたので、私もヘトヘトになってしまった。バイクで走るのとは違い、由もくーも乗っているのだから、静かに走りきらなければならない。心底疲れた。

熊の湯で一休みをしようと、立ち寄り湯に入ったのだが、これが鉄分山盛りの真っ赤な湯。それも強烈な硬水で、髪の毛も肌もギシギシ言う。タオルも真っ赤に染まり、これでは入った気にならないという事で、どこか別の温泉を探す事にした。

十三湖方面に向かうのだが、日が暮れてきて店も何もない。道の駅のしじみ定食もタイムオーバーで間に合わなかった。十三湖脇の食堂も潰れていて、仕方なく手前で1件だけみつけた中華料理屋へ。そこでしじみ汁がついたカツ丼と親子丼を食べた。当然、客は私達だけ。店主は半分電気を消して、テレビを横になってみていたような店だった。

とりあえず暖かいご飯を食べられたので、ちょっとだけほっとしつつ、時間は18時前なのでまだ移動できるという事から、もう少し進んでみる事にした。

小泊近くでランランと明るいサークルKをみつけて入ると、見事に都会と同じような品揃えで驚いた。ここで弁当でも買えばよかったと少々悔やんだほど。アイスクリームとお菓子とデザートを買い、北上を続けた。すると、中泊という小泊の手前の海岸線で、雄乃湯温泉という看板をみつけてUターン。旅館のようだが外来もまだやっているという。ここで熊の湯のギシギシ肌をもう一度温めようという事になった。

温泉は貸し切り。誰もいない。ちょっとカルキ臭いが真っ暗な水平線の向こうに漁火が見え、なかなかの雰囲気だった。ここは津軽は北の果て。そんな気分をかきたてられながら、体を温めた。

時間は19時前。明日の朝、目覚めたあと階段国道でくーを散歩させようという当初の計画通り、真っ暗な中、竜泊ラインのワインディングを上り始める。他に誰もすれ違わない真っ暗な中、少しづつ竜飛崎に近づいていく。

途中眺瞰台展望台には1台、車中泊の先客が居た。そこで本当なら明るい時に写真を撮りたかったアングルを、何とかスローシャッターで撮影。これはゾクっとくる風景だった。遠くに漁火が美しく、ワインディングも壮観だった。トイレは使えるので、ここで泊まるのもいいかと思ったが、くーの散歩の事を考え、道の駅みんまやの上にある駐車場をこの日の寝床と決めた。

竜飛崎に近づいていくにつれ、雨が降ってきた。道の駅の場所がよくわからず、探したのだが、階段国道へ歩いていける場所の駐車場に立派なトイレもあるので、そこに決めた。他に2台、先客がいたが、我が家も先客の邪魔にならないよう、端の方に停め、寝床を作って21時には就寝したのだった。

写真は眺瞰台展望台の夜。スローシャッターで撮影。実際は真っ暗で、肉眼では月明かりでほんのり道が見える位なのだが、60秒のバルブ撮影をすると、森の色までしっかりと出る。津軽海峡の沖には漁火が美しく、不思議な画像が切り取れた。

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2008年10月20日

北東北の旅(1/7)

500km程の距離を走る為、100km以内刻みでは大変な事から、夜間割引を使う事にした。0時から4時の間に入る必要があるのだが、なんと翌14日からは半額となるらしい。1日の差で4割引となるが、仕方がない。

21時半に自宅を出発。浦和から宇都宮までの100km未満区間は、早朝深夜割引の半額を使おうと思い、23時前に浦和ICに乗るように調整する。川口でガソリンを満タンにし、予定通りまずは宇都宮まで走る。

宇都宮手前で速度調整をし、23時55分にゲートと出てUターン。カードはそのままで0時をすぎるのを待つ。既に由は眠たい状態なので、今回初となるリアのベッドへ移動して貰い、私だけで一路盛岡へ向けてスタート。

途中眠気が強くなったが、朝食を盛岡のおいしい海の幸にしようと思っていたので、盛岡まであと100km以内の場所まで行って、仮眠を取りたかった。その為頑張って前沢SAまで走る。

前沢SAから盛岡まで約70kmほど。1時間も走ればいい訳だ。4時前に前沢SAに到着し、駐車スペースに悩んで一度移動したが、8時まで3時間ほど浅く仮眠した。ベッド初体験で足もとが伸ばせない事もあり、またくーがシュラフに入り込んできたのでよく眠れなかった。この日の為に作成した窓の目止めもちょっとサイズが足らない部分があり、改善の余地があったが充分目隠しになった。その隙間から朝の日差しが入り込んできていたが、8時まで苦もなく横になっていられた。

トイレや歯磨きをしていると、他にも何台も車中泊仲間がいた。既に出発してしまっている車もあったが、案外多い事に驚いた。我が家は普通乗用車なのでどうしても車内が狭い。やはりワンボックスのハイエースなどは快適なように見えた。

運転を由が交替し、盛岡まで快晴の朝の高速を走る。前方に岩手山が見えてきたが、霞んでいるせいか紅葉をそれほど感じなかった。何にしても暖かい。半袖で走る。

盛岡ICを9時半に降り、すぐ横のジャスコに入る。ちょっとスーパーで買物をし、由のスポーツウェアもついでに購入。11時から開店の「宮古の海坊主」という回転鮨屋に入る。まあそこそこといった味だった。

食後大観光地の小岩井牧場に寄る。駐車場が強烈に混んでいる。3連休最終日という事もあるのだろうか。地元ナンバーが特に多く、入ろうと持ったが犬連れのエリアが極めて少ない事と、くーの腹の調子がいまいちよくないので結局入らず。田沢湖に向かう途中、よさげなロケーションで撮影したりしながら移動した。

乳頭温泉郷に入り、まずは黒湯に向かう。奥に入り混んで行くと黒湯にも大勢の観光客が。駐車スペースは数台余っていたのでそこに入れ、タオル1枚持って入浴。ひなびた雰囲気の中にも、しっかりと建て直された建物は案外綺麗だった。紅葉の山肌をみながらの白濁した硫黄の湯で暖まった。

くーにおやつをやり、今度は鶴の湯へ。既に外来の時間はすぎているが、何せ25年ぶりに訪れる秘湯。といってもここも有名すぎるほどの温泉だ。ダート部分が少し残り、つきあたると何やら新しく建物が増えたりしている鶴の湯に到着。昔はこのゲートの一番手前の角部屋に日本縦断中に泊まったのが嘘のようだ。既に記憶も薄らいでいたが、ああ、こんな感じだったと思い返す事ができる。ここの温泉はまたよくて、入れないのが残念だった。犬連れでは泊まれないのでどちらにしても無理なのだが、由とまたいつか泊まりに来たいと思うのだった。

その後夕陽に染まるダム公園の草原でくーとディスクで遊ぶ。ずっと車の中だったので、ストレスだった事だろう。陽が落ちるまで遊び、一路今夜の宿、田沢湖畔のサウンズグッドさんへ。

この時期17時には暗くなってしまう。行動できる時間が限られているというのがこの日、あらためて感じた。特に北に来ているので尚更短いのだろう。すっかりまっくらになって宿に到着。離れのコテージに落ち着き、くーの散歩をして夕食タイム。

オーナー夫妻の奥様が作った丁寧な地元の食材を駆使した食事は素晴らしく美味しかった。和食好きな由はもう大感激。私も久しぶりに丁寧な料理にちょっと嬉しかった。五穀米にキノコや地の野菜をちょっとづつ盛った見た目にも美しい夕食で、満腹。黒湯には入ったが最後に宿のお風呂に入って暖まってから就寝。長い1日が終わった。明日はまたハードな1日が予定されている。

写真は乳頭温泉鶴の湯の前にて。25年前はもっとさっぱりしていたのだが、随分印象と違う気がした。

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2008年10月19日

10月19日

遠刈田公園-蔵王ドッグランド(コンペ参加)-たまご舎-白石IC-郡山南IC(INOUT)-矢板IC(INOUT)-加須IC(INOUT)-蓮田SA(夕食)-外環大泉IC-オーシャン(洗車)-自宅/340km

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2008年10月18日

10月18日

安比-田代平高原-七時雨山荘(散策)-西根IC-水沢IC(INOUT)-大和IC(INOUT)-泉IC-利休泉中央(昼食)-泉PAスマート-白石IC-蔵王ドッグランド-遠刈田温泉神の湯(入浴)-遠刈田公園(車中泊)/260km

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2008年10月17日

10月17日

安比高原-安比牧場-ブナの森-松川渓谷-松川荘(入浴)-樹海ライン-八幡平-アスピーテライン-安比温泉別荘街-安比高原(ペンション泊)

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2008年10月16日

10月16日

薬研駐車場-下北道-八甲田温泉-田代平湿原(散策)-酸ヶ湯(昼食)-蔦温泉(入浴)-奥入瀬渓谷(散策)--小坂IC-東北道-安代IC-安比高原(ペンション泊)/240km

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2008年10月15日

10月15日

竜飛崎-階段国道-竜飛崎灯台(朝食)-青森市場食堂(昼食)-尻屋岬-恐山-薬研-奥薬研(夕食)-下風呂温泉大湯(入浴)-薬研駐車場(車中泊)/300km

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2008年10月14日

10月14日

田沢湖-釣瓶落峠-アクアグリーンビレッジANMON(昼食)-津軽峠(マザーツリー観光)-赤石林道-熊の湯(入浴)-十三湖(夕食)-中泊雄乃湯温泉(入浴)-竜泊ライン-竜飛崎(車中泊)/350km

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2008年10月13日

10月13日

自宅-浦和IC-宇都宮IC(INOUT)-前沢SA(仮眠)-小岩井農場-乳頭温泉黒湯(入浴)-鶴の湯(観光)-田沢湖(ペンション泊)/約580km

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2008年10月12日

紅葉の季節

今年の紅葉は早いとも聞くし、平年なみとも聞く。すっかり朝晩は寒いと感じる程になっている東京だが、紅葉のニュースもチェックしている。北海道の大雪では今年は例年より早い紅葉が確認されているが、東北では実際どうなのか。

東北は私としては岩手の母親の実家に幼少の頃数回、7年ほど前に親孝行の為に1回。他には秋田から青森にかけて、22年前に日本縦断で走っただけで、山陰や中国地方と並んであまり足を踏み入れていないエリアのひとつでもある。

由は私よりも行ったことがない場所が多い。当然なのだが、私は学生の頃、日本を上っ面でもいいから一通りこの目で見てから海外に行きたいと思っていた。なので、10代最後の夏に、沖縄から北海道までの日本縦断を夏から秋にかけてしたのだ。

日本は北から南に細長い。四季がはっきりしていて、それぞれの季節がそれぞれに意味があり、美しい。その中で秋はこれから真っ白な季節に入る前に、木々が鮮やかに発色する不思議な季節でもある。由は美しい紅葉を見たいとずっと言っていた。

今年は入社21年目で記念の休暇が貰える歳。細々とした嫌な事を忘れ、時間を贅沢に使った旅行に出たいと思っていた。昨年はこの時期、やはり1週間かけて神戸に帰省し、その足で1泊2日だが香川に讃岐うどん巡りをしたのだが、紅葉といえば北東北という図式から、今回は青森・秋田を中心を巡る旅をしたいという事で、計画を進めている。

正直讃岐うどんも捨てがたいのだが、岩手の安比高原の知り合いの所に行くというのも数年前からのテーマであり、何とか成就したい。

母親の入院後の状況は、一時は本当に危険な状況だったが、今はまた例の憎まれ口や自分以外の人の陰口ばかり言うほど回復してきた。しかしやはり認知症かと思われる症状もあり、それがコロコロと変わるのはまさに認知症の症状とも聞く。

兄が忙しい中、色々と面倒をみてくれているのだが、私も会社帰りにできるだけ顔を出し、薬の仕分けや食事の世話、掃除や洗濯などをしたりと、兄弟でできる限りの事をしながら頑張っている。先日の病状は落ち着いた事もあり、思い切って日程や行程を大幅に変更した上で、でかける事にした。

今晩から、秋の旅は始まる。夜中延々と走り、夜が明けた頃には東北に居る事だろう。よい旅ができるように願う。くーとの5歳の秋を楽しみたい。

写真は岩手は荒川高原の秋。この時はレンタカーだったが、よい秋だった。

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2008年09月13日

本州最北のフェリーが消える

秋に東北に行きたいと考えている。久しぶりのロング・ツーリング。といってもバイクではなく、車で家族一緒だ。

今私にとって一番大きなプロジェクトはこの旅行で、途中宿と車中泊を取り混ぜた旅にしたいと思っている。その為に快眠できるベッドをという事で、平行してイレクタープロジェクトというものも動いている。

しかしいきなり不吉なニュースが入ってきた。東日本フェリーが大間-函館、青森-函館、青森-室蘭の航路を廃止するというのだ。フェリーがどんどん減ってきているというのに、この北海道と本州を結ぶ大動脈が切れるというのは考えられない。

燃料経費が莫大な負担になっている運輸業界はたまったものではないという事だろう。

しかし腐った政治家どもは保身しか考えていないものなのか。落ち込んだ消費が経済を立ち直らせるどころか、息の根を停めんばかりに放置されている。ダメおやじみたいな総理はさっさと辞め、税金を納めている人は一人たりとも心から国政を信じていないという状況は、一体いつまで続くのだろうか。まったくよくなる気配がない状況で、何を信じろというのだろうか。毎月給与明細で膨大な控除額をみては、何を見返りとして我々が受けているのかまったく感じられない。

フェリーはある意味、島国日本での重要な動脈だったはずだ。高度成長期を終え、私のような戦後生まれは、それこそ何をやっても大失敗は数えるほどで、働けば普通以上の生活を得られた親の世代よりも、余暇を楽しむという事ができる世代であり、時間をあえて使う船旅は発想と感情を豊かにさせてくれる乗り物の代表だった。

船の航路には橋ができ、長距離フェリーも需要がなくなり、鉄道や高速道路、航空航路は増えすぎたものの淘汰が始まっている時代。伝統的な文化も今の文化に変わってきてしまっている。

フェリーは私は色々ある乗り物の中でとても好きなものに属する。バイクに乗り始めて私の中で目標みたいなものに、自分のバイクでフェリーに乗り、そして目的地で降りる事だった。何か、旅に出たという気持ちを強くかきたてるのだ。

乗船時間33時間という北海道航路のフェリーの中の時間ですら、私は常にワクワクしていた。それがどんどん目に見えて消えていく。

これほど寂しい事はない。

国内3航路撤退を正式発表 東日本フェリー

写真は私が最も好きな航路、有明-釧路間を結んでいた、近海郵船のまりも。私が19歳の時初めて乗った長距離フェリーだった。この丸い湯船の風呂と、上下船時の緊張感が好きだった。

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2008年07月27日

思い出の林道が閉鎖

丹沢は私が「トレールバイク」というものに興味を持ってから、真っ先に行き先としてあげられたエリアでもある。山奥や谷間を走る林道、それも未舗装の道にワクワクしながら、そこへ分け入る事がバイクライフと共に重要なテーマになっていった。

それは高校1年の夏の終わり。私は16歳になるのを待って、原付の免許を取ったのではない。実は16になるまで、まったくバイクに興味がなかったのだ。どちらかというと車、それもF1が好きで、中学時代から5つ離れた兄が読んでいたAUTOSPORTSを眺めていた。

しかしバイクのレースとなると、当時はゲルコートの白いカウルにゼッケンという、皆同じ車体に見え、いわゆるオートレースのようなイメージでしか見たことがなかった。しかし、ある日、クラスメートがホンダの新型原付、MB-5のカタログを学校に持ってきてから、私の人生は大きく変わった。

「カッコいいじゃないか」

素直な気持ちだった。

そして友人がちょっとだけ乗った中古のYAMAHA MR50を譲り受けてから、私はこのバイクはなぜこんな格好をしているのだろうと考え、それがトレールというジャンルに属するバイクだという事を知ったのだった。

そのMR50で初めて走ったのは、房総半島の嶺岡連絡林道と三島湖周辺の林道だった。これがとても楽しいという事が気がついた。しかし私は転倒を繰り返し、センスのかけらもないのかと悩んでもいた。

そして次に目指したのはR246を経てヤビツ峠を越え、犬越道林道で再びR246に戻ってくるというコース。正直ハードだった。しかし丹沢には多くの林道がある事をこの時知った。

そしてその後、XL250RcやKDX200SR、KLX650で何度となくキャンプで入り込んだのが、一昔前に大雨で中州に家族連れのキャンパーが取り残され、多くの死亡者が出た玄倉川に沿った玄倉林道だった。

中州でなぜキャンプしてはならないのか。そんな事は高校1年の私にだってわかったのに、あの事件で通行止めになった私の大事な玄倉林道は、その後行けなくなってしまった。

存在を思い出す事もなくなった頃、途中にある青崩隧道が完全に通行止めになるというニュースを目にして、むしょうに懐かしくなってしまった。

補強限界、歴史に幕/山北の青崩隧道

ここでキャンプや焚火をし、トレッキングをしたあの日を思い出す。行き止まりにあるユーシンロッジの雰囲気が目に浮かぶ。当時から地盤が弱いのを知っていたが、素掘りのトンネルのワクワク感といったらない。

都心からこんなに近い所で天の川や人工衛星が見られた貴重な場所だが、これも時代だろうか。
写真はその河原でテントを張って迎えた朝の私。

写真は20代の頃の私と、玄倉林道沿いでの野営姿。今はもうこういう事ができなくなってしまった。

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2008年06月18日

旅籠屋経験

益子と笠間の陶器市の時、初めて利用したB&Bスタイルの宿、旅籠屋。犬もマナーを守れば泊まれるという事で、随分前からいつか泊まりたいと思っていた。

その名の通り、旅の宿としてはこのスタイルはとてもよい。夕食などは美味しいお店がその土地には結構あるものだ。宿の食事が悪いとは言えないが、自由度からしても私たちのような高級宿は一切泊まらない旅人にとって、B&Bや素泊まりができる宿は理想的なのだ。だからこそ、この旅籠屋はくーを迎える前から気になっていたのだった。

1度、予約をした上で、予定が変わってしまいキャンセルをした事があった。しかし快く対応してくれた事もあり、旅籠屋へは期待していた。そしてやっと今回初めて利用できたのだった。

丁度土砂降りの中のチェックインだったが、車止めには屋根があった事で、荷物を降ろし、由にチェックインをしてもらっている間、車を駐車スペースに回した。あとはそこから外廊下で玄関がそれぞれお屋外にある各部屋へまわれる。

部屋は広く、ベッドはダブルというよりもクイーンサイズのベッドが2つ。あとはベッドになるソファとテーブルがあり、ベッドから液晶テレビが見られるように配置されて、テレビ台は大きい鏡のあるテーブルの一部が使われている。そこは化粧台にも使え、また宿によってはイーサネットのコネクタも装備されているようだが、今回利用した所はそれがなかった。どうもあとでわかった事だが、フロントで接続ができるようだ。

色々買い込んできたものを整理しつつ、結局面倒なので立ち寄り湯にもいかなかったので、部屋の風呂に入る事にした比較的大きいが、ユニットバスなのでどうしても使い勝手はビジホと同じレベルであったりする。工夫のあとはみられるが、私はどうもリラックスして入れない。バックパックで1ヶ月位旅していれば、慣れるのだろうが…

片づけを終えて、明日の用意をしていると、由とくーは既に眠ってしまっていた。私もさて寝ようかと24時近くになって布団に入ると、頭の上で結構大きな音がする。隣か上のシャワーを使う音のようだ。他にも足音なんかも聞こえる。これはちょっとまいってしまった。

やっと眠れたのは13時すぎだったろうか。今度は朝5時半頃に、部屋の扉の前にある洗濯機と乾燥機から一定の感覚で音がするのが気になって目が覚めた。どうも早朝から乾燥機をかけているのがいるらしい。マナーもへったくれもない。

どうも深夜のシャワーは隣で、足音は上のようだった。これはちょっとたまらない。旅から帰ってから旅籠屋の事務局にメールしたのだが、初期の旅籠屋の建物は木造モルタルで音の問題がある事は認識しているとの事。23時頃に管理人が巡回し、騒いでいる客がいないかを確認するとの事だが、事前に構造の問題で音が響きやすいからという事で、宿泊客に注意をしっかりしていないのはまず問題だと思われる。

あと家族連れで子供がいる家を上のフロアに配置するのはどう考えても問題だろう。この夜、音がするたびにくーは目をさましていたが、一吠えすらしなかった。その日の宿泊客の配置を考えて欲しいものだ。犬連れだからコインランドリーの前の部屋でよいだろうという考えがあったのではないかとすら勘繰ってしまう。

折角よいビジネスモデルなのだから、もっと配慮や構造上で安心できるような作りにして頂きたいと思う。そして旅の疲れを癒して翌日の旅を安全に楽しめるような施設になって頂きたいと心から思うのだった。

近々仙台の旅籠屋も使う予定なので、そこは安眠できるように期待したいものだ。

写真は旅籠屋大洗水戸。デザインは基本的にどこも同じようになっている。

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2008年05月04日

益子・笠間への旅3/3

笠間の陶炎祭は2度目。益子が町中の城内坂を中心に、それぞれの作者のテントが並ぶスタイルとは違い、笠間芸術の森公園の中に会場を設定し、円を描くように作者のテントが並ぶどちらかというと整理された感のあるイベントだ。

その中には陶器ゾーンや食事ができるゾーンなどにわかれていて、ステージでは女子学生のブラスバンドによる演奏や、その前にある窯で実演の火入れが行われたりしている。

今年はあいにくの雨で、ブースを繋ぐ通路の芝が痛まないように、プラスティックのパネルが敷かれてはいたが、昼前にはすっかり芝が泥まみれになってしまっていた。傘も危ないし人が多い分閉じたり開いたりと大変な状況。とある出店ブースは雨よけのテントすらなく、雨に作品たちが濡れてしまっている所すらあった。

そこを全て回るには、結構な時間を要した。到着後くーを少し広い所で遊ばせたのだが、段々と雨足が強くなってきて、すっかりくーはびしょ濡れ。私達も傘をさしながらちょっとだけ会場を見たが、足元も怪しくなってきたのでくーは車にて待機させ、飼い主だけが会場をあらためて回った。

どちらかというと益子よりも若手の方が多い感じで、作品の価格もちょっと高め。そんな中で昨年はビアカップ(といっても我が家は麦茶用だが)を買っただけだった。今年は変わった小皿と小鉢を購入。

豚トロ丼や焼きそば、チャーハンをつまみ、ホットゆずなどをのみつつ、休み休み見てまわったあと、雨が止み真夏のような暑い日差しが降り注いできた頃に、車の中が暑くなるため、会場をあとにした。時間は13時頃だった。

帰り際にジョイフル山新笠間店に寄り、由が自ら寝室のクロスを張り替える為の材料を購入。しかしその間も真夏のような暑さなので、日陰のない駐車場で私が一緒に待機した。

ETC割引時間はちょっと無理そうなので、できるだけ走行区間を減らそうと岩間ICまでまた下道を走る。逆に高速を使わずに帰ると、強烈に高いガソリン代も余計にかかってしまう事から、素直に岩間からは高速で帰る事にした。エスクードは下道だとキロ数にして高速よりも3kmほど燃費が悪くなるのだ。

割引なしの高速だった分、三郷ICで降り、あとは浅草を抜けて帰った。往復のルートではまったく渋滞はなく、快適そのものだった。とても連休真っ只中という感じではない。

今年の陶器市は2日間をかけた。秋はきっと今年も陶器市にはいかないと思うので、また来年日帰りかなといった所だ。まあ時間的な余裕があれば、おいしい鮨を食べながらというのもよい。

写真は今回購入した陶器たち。まん中の大きいお椀は、近所の犬友の方宅への頼まれもの。

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2008年05月03日

益子・笠間への旅2/3

陶知庵では健康的な定食を食べた。昨年あたりから定番メニューになったようだが、以前はカレーしかなかった分、満足度は高くなった。

食後、激しい睡魔に襲われているHOOVER家。私はチャイ、由はケーキセットを頼んでゆっくり休憩すると、少し足の痛みもやわらいで、元気が出てきた。とりあえず仮眠を取るために駐車場に戻り、また長い雑談をしたあと、我が家だけがまだ見ていないエリアにある大手、つかもとを散策。

犬仲間に頼まれていた大きめの器のよいのが見つからず、また城内坂を下るのも大変なので、ちょっと離れた所にある、もうひとつのつかもとへ車で移動。

するとなかなかよさげなものが手頃な価格であるではないか。あれよあれよという間にどんぶりを4つ、小鉢を2つ、愛用していたが1本折れてしまった陶器のカレースプーンとバターナイフなどいろいろ買い込み、益子での買い物完了。

駐車場に戻るとHOOVERパパとママは1時間ほどの仮眠から目覚めた所だった。少しスッキリしたという。日が暮れてくる頃になったので、事前に調べておいた所へ夕食の為に移動となった。

今回は国道を基本に走る。ほどなくして土砂降りの雨になった。ワイパーがきかないほどの豪雨だ。弱まったり、強まったりする中を走り、水戸市の近くでナビの案内が怪しくなり、曲がり角を減らしながら抜けられそうな道を勝手に走るが、それが失敗だったらしい。抜け道らしく、そして時間にして18時前後なので、平日の今日は帰宅ラッシュ真っ只中。結構な渋滞に巻き込まれてしまった。

やっと抜け出し、水戸大洗IC近くの鮨屋に到着。それまで途中にあった混雑気味な105円均一の回転寿司屋には目むくれずに走ったが、いかにもおいしくなさそうな店構えと、駐車場の空き具合から、ちょっと失敗したかと不安が沸き上がってきた。

雨が降り始め、少し強くなってきたので、走ってお店の中に入る。するとお客さんはごくわずか。19時という丁度夕食どきなのに大丈夫なのか?

回転寿司のカウンターではなく、奥の居酒屋に席を取り、寿司は自らトレーに取りにいくというスタイルで、まずは汁ものとハマグリを頼む。

その間にHOOVERパパと私が寿司を注文。HOOVERママの好物の茶碗蒸しもあり、大洗や那珂湊であがる新鮮な海の幸に偽りはなかったようで、満足の新鮮さだった。案内した私もほっと一安心。

その後21時すぎに雨がひどくなり、嵐の様相の中、HOOVER家は水戸大洗ICから帰路へ。私たちはすぐ近くの旅籠屋へ向かったのだった。

旅籠屋はこれまで何度も泊まろうと思いつつも、タイミングがあわずに計画倒れに終わっていた。今回やっと犬連れで泊まれる事ができて期待大だった。

広い部屋や綺麗な外見、エントランスなどや駐車場から部屋へのアプローチなど、とても使いやすく私たちの旅にあっている感じがして好感が持てた。

本当は近所の立ち寄り湯で温泉に入ってからと思っていたのだが、大雨で面倒になったのでそのままチェックインし、大きめのユニットバスで風呂に入り、テレビをみながら私は片づけ。その間に由とくーはウトウトと寝てしまった。

私も寝ようと23時頃に布団に入ると、しばらくして頭の上あたりでカンカンと耳障りな音。水の流れる音やどこからともなくフロアを歩く音が聞こえだし、たまらず目がさめてしまった。結局1時頃まで上か横の部屋から音が響き、快適とは程遠い夜となってしまった。ゴールデンウィークなのだから仕方がないというよりも、やはりこの程度の防音はしっかり対応して欲しいと思うばかりだった。

朝は朝で6時頃から部屋の前にある乾燥機を回す音が鳴り、マナーもへったくれもない上、宿としてもこの運営はどうなのだろうと疑問に思うのだった。正直、残念な結果となってしまった旅籠屋の夜だった

朝のパンとお茶を頂いたあと、チェックアウト。小雨降る中、笠間の陶炎祭へ向かった。

写真は小雨振る火祭り会場。生憎の天気にもかかわらず、大勢の来客と多くの出品テントが通路沿いに並んでいる。

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2008年05月02日

益子・笠間への旅1/3

毎年恒例となった陶器市への旅。といっても今回は泊まりがけなのでちょっとした旅気分が高まる。それに今回はHOOVER家も一緒なので、賑やかになりそうだ。

お約束のETC時間に常磐道に乗り、待ち合わせの場所という事で美登里PAに6時半頃に到着。ほどなくHOOVER号が到着。いつも朝は弱いはずのHOOVERパパとママは相当キツかった事に違いない。案の定、前日殆ど寝ていないようだった。

丁度トラッカーな人たちが開店を待っていた食堂が開いたようで、急ぐ旅でもないので朝飯をここで取ろうという事に。由はうどん、私はミニカレーとラーメンのセット。HOOVER家は朝定食を頼んでしばし外のテーブルで頂く。

その後岩間ICで降り、いつも通りタラタラと県道や町道、広域農道なんかを走りつなぎ、茨城から栃木の農村風景の中を走る事1時間ほど。途中わざと切り通しのある小さい峠を越えて、100円駐車場へ。昨年みつけたこの駐車場は、今年はグレードアップし、無人化していた。おじさんはどこにもいないのだが、入口に「100円前金」と書かれたボックスが置かれているだけというアバウトさ。駐車車両は我々2台だけだった。

ここはちょっとした広場なので、犬たちを少し遊ばせる事ができるので好きだ。前は城内坂沿いや駅側の裏に停めていたのだが、ケチな我が家は安い方を選ぶのだった。

ローソン側からスタートし、早速いつもの憩いの場所、陶知庵へ。井上窯の青い陶器が好きな我が家が、益子に訪れるようになってから毎回寄るお店が、毎年進化して今はすっかり本当の飲食店になってしまっている。

まだ朝が早いので人も少なく、ゆっくりまわれるのもいい。しかしHOOVER家は早速買い物。いや、気に入ったものなら買うべきなのだが、由は結構慎重派なのですぐにはなかなか買わないだけだ。

少しづつ出店テントをなめながら坂を下っていくのだが、私も結構疲れてきた。くーも色々な所で色々な人に撫でられ、嬉しいようだが、暑くなってくるとてきめんに日陰に隠れたがる。水をしっかり採らせながら、無理せずに進む。

好きなかまぐれの丘や若手の作者のテントなど、毎年ポイントにしている所を巡って、14時近くになって漸く陶知庵に戻り、遅い昼食となった。

写真はかまぐれの丘にあるブランコ。くーが登らせろとあばれるので、ちょっとだけ。

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2008年04月18日

夏への扉

この夏はくーと遊ぶのはもちろん、現時点で由が中国の奥地に自転車旅行をする事が決まっている。3年ぶりだろうか。前回はモンゴル自治区。その前の年は今大変な事になっている青海チベット自治区から敦煌まで。今年はチベットではないが、結構凄い所にいく事になっている。

元々神戸在住時代から中国へ旅する事をしていた由。私も北京は数回、雲南に1度行っている。どちらかというと少数民族の文化は興味深く、そして旅をする事を楽しめた。しかし最近はあえて中国に行きたいという気持ちがどうしても沸いてこない。台湾ならこれも2度行っているが、まだ行きたいと思うのだが。

そしてひょっとしたらこの夏、2年ほど休んでいたバイクでのソロのロングツーリングをする事になるかもしれない。たった2年行ってないだけなのだが、すっかりバイクと遠ざかってしまった。私としてはこちら側に居る事を自負しているのだが、色々な理由により乗れない期間があるのは人生の中で仕方がない事だと思っている。とはいえ、やはりそれまで26年間私は旅とバイクと共にあったのは事実。

ただ2年以上まともに動かしていないDJEBELが動くかどうか。バッテリは当然だが、油類を全て交換しても、ラバー類がイカレていたり、サスがダメなら買い換える位お金がかかってしまう。そんなお金は正直ない。

自宅に置いておけたら、こんなに放置する事はないのだが、都会生活者としてはそれは簡単なようで凄く大変な事なのだという事は、乗り始めた当時から感じている。いたずらされたり、部品を盗まれたりするだけで、眠れなくなり怒りでストレスに満ちた日々が、私を参らせた。

一戸建ての家があれば、と何度思った事か。今のマンションだってローンは終わっていない。気がつけば人生半分以上過ぎた年齢になっている訳で、会社も今年は勤務21年目を迎える、どっからみても「オジサン」な自分がここに居る。

いつまでの乗り続ける。その気持ちは変わらない。この夏はどうするか、今小さいその課題が、頭の片隅にある。

写真は私の第二の故郷とも言える、北海道の東の丘付近。青春と呼べたあの日の1シーン。またここに行こうか。

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2008年03月23日

草津温泉の旅4/4

車に戻り、峠をあらためて下る。途中旧中山発電所が見たくなったが、車で入れる脇道ではなく、遊歩道というのがわかり断念。北海道にも廃線跡が沢山あって、結構好きなのだが、それ以上に由は鉄道の跡が好きのようだった。

横川駅手前に、鉄道公園のようなものがあった。興味がありそうだったので立ち寄ってみると、駐車場も一杯。中には子供連れと鉄っちゃんであふれかえっていた。由がくーと入場できるかを聞いてみるとOKとの事。しかし展示車両の内部は不可という条件がついたが、500円/人なので入ってみる事にする。

中は結構ディーゼル車両から蒸気機関車、除雪車や築地の中を走るターレット型の乗り物まで結構な数の車両が展示されていた。長っ細い敷地の中を、トロッコ電車のようなものが客車をひいており、それに乗れる事もできるようだった。格納庫の中はまさにリアルな整備場や機材があって、ディーゼル車のエンジン部分をスケルトンにして観察できるようになっていて、メカニカルにも面白い。

くーと散歩しながら色々なレトロな車両を眺め、由は運転席に座ってみたりしながら楽しんだ。500円では結構楽しいかもしれない。それ以上に由は面白かったようだが、あとで模型がある展示棟に入らなかった事を悔やんでいた。私は最初からくーが入れない事が分かっていたので、除外していたのだが。

15時近くまで遊んで、すぐ近くの横川のドライブインへ立ち寄る。お茶を買って車の中でしばし休憩。くーもそろそろ疲れてきたようで、リアシートのクレートの中でスヤスヤと寝てしまった。

松井田妙義ICから高速に乗り、藤岡PAで以前、寿司屋のレジ脇に犬用のまぐろジャーキーがあってそれが気に入っているのを思い出し立ち寄って購入。まだ夕食には早いので高速に戻り、藤岡JCT先から東松山ICまでの断続渋滞を素直に抜ける。東松山ICでETC通勤割引を有効にすべくゲートを入り直し、あとは練馬出口から料金所まで混んでいることを知って、所沢ICで降りて下道で帰った。

途中、いつもの江古田のオーシャンという洗車場で、随分前からこびりついていた黄砂の上に、泥だらけになったエスクードを洗車。綺麗になって自宅へ帰ったのだった。

結果的には同じようなルートをピストンする事になったのだが、温泉もよかったし、宿も値段からすれば充分だったし、鉄道跡の観光も面白かった。くーにとってもちょっとだけ雪遊びもできたし、温泉にもちょっと入れたので、悪くない旅だったと思う。

ここ何年かはドッグスポーツ中心だったが、やっぱり旅もいいねと再確認したのだった。春先あたりに桜でも見にまたどこかに行きたいものだ。

写真はめがね橋のたもとでくーと。今回初めて上まで登った。

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2008年03月22日

草津温泉の旅3/4

朝食は8時との事だったので、7時に腕時計の目覚ましをかけたが、6時半には目が醒めてしまった。くーはそれを感じとって私の脇にやってきた。由はまだ寝ている。テレビをつけ、ニュースをみたあと、顔を洗いお茶を入れた。

7時半頃に由が起き、朝食前にくーを外にトイレ散歩。私も一緒に行くと、空は快晴。日差しが朝なのに暑いぐらいだった。

電話がかかってきて、食堂へ。昨日と同じ場所で朝食。パンとコーヒーをお代わりしていると、早速煙草の煙に襲われた。あわてて部屋に戻り、ゆっくりと今日の予定を確認する。

2日目はあまり考えていなかったが、色々調べていくと由が行ってみたいという所が数カ所見つかった。榛名山や伊香保を抜けて帰ろうかと思ったのだが、見どころもないのでまたも軽井沢経由で帰る事にしたのだった。

チェックアウトし、挨拶をしたあと草津をあとにした。道の駅で職場へのお土産を買い、一路鬼押し出しへ。ここには幼稚園の時に1度来た事があり、記憶にもうっすらと残っている。溶岩あとなのでくーの足に悪いと思い、はなから予定を入れていなかったが、由が見てみたいとの事で立ち寄った。するとやはり冬季閉鎖。それでも訪れる観光客は数組おり、雪が残っている駐車場や脇でくーを遊ばせた。

目の前の浅間山は美しく、北斜面なので雪が美しい。西側は活火山の地熱が高い為か、黒い山肌をみせているのだが、そのコントラストが美しい。

しばらく写真を撮ったり遊んだりしたあと、北軽井沢経由で中軽井沢へ。途中湯川というそば処で昼食を取り、くーの散歩の為に中軽にある湯川ふるさと公園へ。しかし芝生の広場は犬不可との事で、ドッグランがあるという場所がわからず。奥までちょっとした砂利道を歩いていくが、足にあまりよくないので適当に引き上げた。

軽井沢駅前を抜け、次の目的地である旧碓井峠へ。昔何度かバイクで走った事がある旧道。軽井沢からは基本的に下りなので、それほど厳しくない。今あえて旧道を走るような人は物好きだろうと思っていたが、結構な車の数とすれ違った。

目的地である信濃めがね橋前の駐車スペースへ。既に先客がおり、またあとから来るものもいた。老夫婦がいたり、明らかにそれっぽい鉄っちゃんも。但し、圧倒的に後者が多い。ひたすら携帯でメールを打っていたり、三脚を出して一人セルフタイマーでめがね橋をバックに記念撮影していたり。私達はくーを連れて脇にある立派な階段を上り、橋梁の上へ登った。

するとしっかりした手すりもできている上に、遊歩道として綺麗に整備されている。通過はしても登った事がなかったので、ちょっと驚きだった。面白そうなので、3人で第3髄道の入口まで歩いてみるとトンネルの中には氷の固まりがあったり、明らかにひんやりする。トンネル内の照明もしっかり点灯されており、これならずっと歩いていくのも楽しそうだと感じた。車があるので、また戻らなければならず、適当な所で折り返したが、前線を歩くのは楽しそうだった。

写真は明日までお休みという鬼押出しのゲート前で、浅間山をのぞむくー。

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2008年03月21日

草津温泉の旅2/4

誰もいないペット用の温泉プールは、結構ちゃんとした大きさだった。お湯は冷たくはないがぬるま湯。犬にはこの位が丁度よい。

飼い主は濡れるので長靴とかがおいてあるのだが、私は膝までパンツをめくりあげて素足で入る。長方形のプールのまん中の半分に、2つの湯船がある。片方は大型犬用だが、要は小型犬用は底を浅くして足が着くようにしてある。まずはそこに入れるのだが、相当に嫌がって入らない。強引に入れると、おなかまで漬かって固まってしまった。

次に足がつかない深さのプール。15m程度の長さだろうか。ライフジャケットがサイズ別に置かれているので、嫌がるくーにそれを装着。把手を掴んで強引にプールに入れると、必死の形相で岸にあがろうとする。折角なので強引に片道を泳がせるのだが、頭が岸の方に向いているので斜め泳ぎになってしまっていた。足は必死に犬かきをしている。

くーは2度、川遊びの中で泳いでいる。しっかり泳げるはずなのだが、相当に嫌らしい。それまでも水に濡れる事は好きではないようだが、不思議と公園の泥水たまりには入る。今回はライジャケもつけているので安心なのだが、くーがあまりにも拒否するので、少しだけ泳がせて終了としてしまった。はたからみれば虐待に見えてしまいそうな状況だが、飼い主としては水泳で骨折後の筋肉を無理なく元に戻したいという気持ちがあるのだ。

結局プールに居たのは10分ほど。外でかるく拭いてやり、ドライヤーも立派なのがあったのだが使わずに部屋に戻って一息ついていると、スタッフから夕食の案内の電話が鳴った。本当は食事前に風呂に入りたかったが、食後だと貸し切りにできなくなるかもしれないと心配しながらくーを連れて食堂に向かった。

食堂には部分的にパーティションが置かれていた。全部ではないので、犬連れとそうではない客の仕切りとして使っていたのではないかと思われる。私達は2人対面テーブルで、片方の壁面はベンチシートになっている感じの並びに座った。左右犬連れに挟まれたが、くーはおとなしく足元で休んでいてくれた。

由は色々な意味でくーとこういう場所でもおとなしくしていられるようになって欲しいと思っている。そのために、K9の教室に行ったり、ドッグダンスやらしつけ教室に通っている。ひとつひとつがトレーニングでもあり、それは犬にとっても飼い主にとっても勉強になるのだった。

食事は既に並んでいた魚のソテーとスープは冷えていた。特の魚のソテーは固くなっていて切りにくい程。口コミにも書かれていたので、予想通りではあるが、やはり食事は宿の楽しみのひとつでもあるので、ちょっと残念だった。

そのあと鉄板に載ったステーキには熱々で音をたてていた。肉も切られており、食べやすい。オニオンソースがちょっと苦みが残ったが、ご飯はどんどん持ってきてくれるので、満腹。デザートもちゃんと盛りつけられたもので、食後のコーヒーもなかなかおいしかった。

ただ、非常に残念なのはこの食堂が禁煙ではないという事。久しぶりに食べながら煙に悩まされてしまった。今どき珍しいといえばそうなのだが、副流煙を客と愛犬に嗅がせる事のリスクはあまり考慮されていないようだった。早々に部屋に戻る。

戻る時に貸切露天風呂の事を宿主さんに聞くと、食後すぐなら貸し切りは大丈夫との事で、お願いしすぐに用意をして温泉へ。すると既に入口には部屋番号が書かれているメモと鍵がおかれていた。これは素早い。

お風呂は2人+犬では充分の大きさだった。犬用は人用の湯船から流れ出る先にあるので、結構熱いのではないかと思わされた。露天風呂から見える景色は、丁度湯畑の方向の温泉街と、その先に見える草津スキー場のナイター夜景。なかなか圧巻だった。

泉質はもっと硫黄臭がきついかと思っていたら、あまりせず、しかし酸っぱいようなしょっぱいような味がする湯だった。温度も熱めだったが、寒くて外にじっとしていられないので丁度いい。くーはうろうろ、湯船には入りたくないので困っているようだった。折角なので足だけはとつけてやるが、やっぱり嫌がっていた。

犬連れ家族で、貸し切りで温泉。それも夜景をみながら入れるなんてなかなかない。しかしくーはもう出たくて仕方がないらしく、飼い主が体を洗っている最中にも、出入り口の扉と飼い主を交互に見ているのだった。

しっかり温泉にも入って、腹は満腹。今日は湯畑でライトアップがあるようだったので、由は行きたいと言っていたのだが、予想通り部屋に戻ってベッドで横になっているとウトウトはじめてしまった。私は口コミで耳にしたマッサージチェアがあるというプレイルームに行ってみたが、ここでも煙草が臭くて断念。ちょっとしたベランダや屋上のミニドッグランの至る所に灰皿がおいてあるというのは、喘息の私にとっては恐怖に近かった。

私も諦めて部屋に戻ると、UDONをテレビでやっていて、もう何度目なのかわからないが思わず見てしまう。そのうち眠くなり、23時頃には就寝。

写真はプールに入れられて散々という表情で、必死に温泉に濡れた体をなめているくー。リハビリの前に、やはり泳ぐという事をもっと楽しく感じさせてやらればならないようだ。

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2008年03月20日

草津温泉の旅1/4

3月15日~16日の土日で草津温泉に行ってきた。

目的は人間とくーの温泉療養。

ここ数年はまさにドッグスポーツシーズンの冬。骨折して丁度2ヶ月目となった土曜、朝のETC割引時間帯に関越に乗り、一路軽井沢へ。

途中富岡ICで乗り継ぎをし、通勤割引の時間に乗り入れたあと、横川SAで初めての休憩。時間はまだ7時すぎだ。くーを散歩させ、しばしのんびり。寒さは感じるがそれほどでもない。日差しがあたる所では暑いぐらいだ。

碓井軽井沢ICで高速を降り、軽井沢駅ちかくまで通常ルートで走る。そしてこのあたりに1件しかないマクドナルドで朝食タイム。店内に入った途端煙たくてたまらず、テイクアウトをして車中でゆっくりと朝食を取った。

その後斜向かいにあるコンビニに移動。ローカルのガイドブックを買い、車の中で今日の予定の調査。おおよそ寄る所は考えてきたのだが、新しい情報があれば適度に取り入れるつもりだった。なので、しばし検討。

私はナビの設定を色々整理していると、最初の目的地であるアウトレットの開店40分前になった。軽井沢駅南口の駐車スペースをチェックするが、駐車場も10時からという事に加え、有料という事実に驚いた。駅の30分無料駐車場で検討したのだが、偶然西側の路側帯にパーキングスペースがあり、空いているのをみつけた。そこへ駐車し、開店前の芝生広場でしばしひろびろ散歩。ガイドで見たような広さではなく、半分以上がユンボが入って工事中だったのが残念だった。

そろそろ店が開き出す時間になったという事で、お店を回る事にした。最初に入ったのはいわゆる定番のDogDept。店員さんに熱烈なアピールをするくーは、長い時間へそ天で撫でられていた。

お昼近くになったので、アウトレット全てを見て回る事はやめ、由がみたい所を中心に回って引き上げる。私は特に欲しいものもないので、もっぱら店舗の外のベンチでくーと待機。

面白い事に通りかかる子供は結構犬に興味があるので寄ってくるのだが、少なくとも5組の子供連れにくーは撫でられた中、100%親が私達に「撫でていいですか?」「ありがとうございました」の一言もない。逆にそれ以上に若いカップルや同じ世代位の夫婦に撫でられたのだが、100%事前の断りとお礼の言葉を頂いた。全てはそうではないのは分かっているが、明らかに意識があまりにも低いと感じずにはいられない。犬コロだから自分の子供の方が偉いとでも言いたげな態度も事実見かけ、子供に触らせるのは当然のような言葉を子供に対して言うだけだ。私達にとって大事な娘だという事はまったく考えていないのが殆どだ。そんな自己中な親が育てた子がはびこっている。

旧軽銀座のあたりで500円/日の駐車場に停め、くーを連れて散歩。お昼をどこで食べようかと検討した結果、最近そばの味も研究したいという由の意見から、以前コギ仲間でキャンプに来た時に立ち寄ったそば屋、川上庵のテラスで昼食にした。

鴨肉の煮込みと、由は天せいろ、私は揚げ餅そば。鴨肉の煮込みを由がとても気に入っていた。テラスで日陰ではあるが、寒さは殆ど感じず。店員さんがストーブを出してくれると言ったのだが、お断りした。ちょっと値段がここは高いのが玉にきずだが、天せいろのえび天をみると、納得といった所か。

その後は旧軽銀座とチャーチストリート、そして裏道とうろうろ。結構休んでいる店が多く、旧軽銀座にも車が結構入ってくる。ぬれ煎餅や漆のお椀などを買う。パンを買おうと思っていたのだが、これという店がないので、北軽へ移動する事にした。

定番の国道ルートで向かうが、路肩にも雪が殆どなかったのに、星野温泉のあたりでは左右に結構な残雪があった。北駆ではお店が軒並み冬季休業。週末なのでやっているかなと思って行ったのだが結果的にどこにも寄らずとなってしまった。ただ、浅間山が美しいので、以前来た事のあるスイートグラスというオートキャンプ場まで入り込んでちょっとだけ撮影。くーはしばし足跡のまったくない雪原を楽しんだ。

草津へは15時頃に入って、ゆっくり観光しようと思ったのだが、16時近くになってしまった。その上、先に西の河原公園でくーと散歩してから宿に向かおうと思っていたのだが、駐車場が有料だったので中止。宿に向かったのだが今度は一通と急坂そして狭い道でハマってしまった。何度もUターンし、結局町の入口まで戻って入ると、簡単に到着できた。

宿は恐ろしいほどペンションを表に出している「ブランシェ草津」。草津のペット宿ではダントツの人気と歴史を誇る有名な宿だ。ネットでの予約状況では、ここ最近は週末でも空室があったはずなのに、なぜかこの週末はほぼ満室らしく×マーク。評判を聞いて、部屋の防音もよいという事なので、気にせずに決めたのだった。

駐車場も16時の段階で満車。チェックインすると、1階の部屋に案内された。まあ1階とはいえ、斜面に建っているので、玄関からは1階分あがった所なのだが、口コミで聞いていた通り、洋室は狭く扉のあきしろでからだがぶつかる位。ベッドも小さめだが、立派なソファがあり、狭い中結構大きな犬用ベッドが置かれていたり、液晶テレビがあったりと文句のないものだった。

但し、窓の先はベランダ兼ミニドッグランで、灰皿が大量に置かれている事から、窓はもちろんカーテンも開けられない。トイレと風呂はユニットで普通だが、犬連れにとって色々なポイントは素晴らしく考えられていた。くーなら色々と臭いが気になるだろうと思っていたのだが、臭いも驚くほど感じず。猫だけでなく煙草の臭いもないため、由はどうやって消臭しているのかとても興味を持っていた。

その後さっそく湯畑まで散歩。宿からは急坂を下り、細い路地を歩き繋いでいくと10ちょっとで到着する。そこは観光客であふれかえっていた。私も初めてなので、雰囲気を楽しめた。

規模的には弟子屈の川湯と同じ位なのだろうが、湯畑や付近の歴史のある温泉宿や土産物屋などがいい味を出していた。ぐるっと一周したあと、私は帰ろうと思っていたのだが、西の河原公園まで行くという事になった。そこまでのルートには、温泉饅頭の販売が激しく、すり抜けるようにして行った。

西の河原公園は、何だか台湾の新北投公園や、恐山のような感じがする、所々で温泉が沸きだしている硫黄で白っぽくなった河原だった。ここはライブカメラがあり、リアルタイムでネットでも見る事ができる。

くーの足が気になりながらも、ぐるっと散歩。温泉脇で撮影したりするのだが、その奥に残雪があったりすると、雪大好きなくーはすぐにそっちに向かって動かない。

日が暮れる寸前に通ってきたルートを戻り、宿へ帰る。宿の直前の急坂で本気で倒れそうになり、部屋に戻ったのが食事の1時間ほど前。温泉は食後になってしまうだろうと思われたので、課題としていた温泉プールに行く事にした。

写真は草津の温泉街を由と歩くくー。温泉饅頭屋が並ぶ、古い独特の色と臭いが残っている。

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2008年03月14日

温泉療養

明日から2日間、温泉療養に行く事にした。

くーが骨折した事で、1~4月のドッグスポーツイベントは全てキャンセル。とにかく今は完治させる事を優先していたのだが、旅ぐらいしたいという事になったのだ。

昨年の秋に1週間ほどの神戸・香川の旅をし、晩秋に霧ヶ峰周辺に1泊旅行に行ったのだが、どちらもまだレポートができていない。頭痛シーズンに入った事もあったり、軽い風邪に何度もかかったり、全てのやる気が失せてしまっていたのもあり、しなければならない事が一つも進んでいない事に心を痛めている。

とはいえ、時間はすぎる訳で、来週末は飛び石連休。母親を連れての墓参もいかねばならないので、連休前後の週末は比較的観光地も空いているという原則から、私も行ったことがないエリアに行こうと色々調査をしたのだった。

由は海の幸が好きなので、蟹が食える場所を探したのだが、なかなかこれといった所がない。同時に温泉も欲しい。予算もあまり豪勢な旅をする事がない私達なので、限られている。

伊豆か、房総か、静岡、山梨というエリアを探し、あと冬には毎年のように行っている那須、ちょっと足を伸ばして裏磐梯のあたりもと思ったのだが、結果的に温泉の泉質も重要であり、古い温泉街で犬と泊まれる宿を探した。

行先は草津である。

明日はETC時間に東京を脱出予定。帰りはどうも混みそうだが、ゆっくり帰ってくる気持ちで帰って来よう。

ただ、くーの足に無理をかけられないので、旅の間で固い地面の上を走らせる事はしたくない。そう思うとあまり犬連れ旅行としては、する事や行く所が限定されてしまうのだなとあらためて感じてしまった。

冬は特にそうだ。歩く事もあまり長時間だと無理がかかるし、氷の上ばかりだと危険だ。フカフカのパウダースノーは見込めない時期だし、土曜は雨の予報でもある。

無理をしないで、温泉に入ってゆっくりしてこようと思う。

写真は元気に雪の上を走り回るくー。今回はおあずけだ。

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2007年12月13日

うどん文化

香川というよりは、うどんは関西の文化といってもいいと思う。関東の私は、関西風のだしのきいたうどんは、讃岐うどんでもあるのだが、関西のものという認識になるからだ。

映画、UDONが昨年公開されてから、ずっと見たかった。麺通団のほぼドキュメンタリーという事だが、役者はちゃんとしたのを使っている。ヒロインの小西真奈美はできすぎかもしれないが、ユースケ・サンタマリアは案外雰囲気はあっているのかもと思う。

ただ全てが関西弁で進むべき所だが、由にいわせるとこの人はネイティブじゃない、というのがすぐに分かってしまう。このあたりは役者が厳しいと感じる部分なのだろうか。日本の食文化、地域文化として方言も重要なファクターなのだ。

うどん屋めぐりをしたいと思ってから、ずっと行きたかったのはこの舞台になったエリアだ。どこでもいい、ロケ地を巡ってみたいと思っていた。実は映画自体を見たのは今年にはいってからなのだが、やはり目玉は松井製麺所。貯水池のほとりに建ち、讃岐富士とでもいうのだろうか。おわんを伏せたような山が見えるロケーションは素晴らしい。

実際に行ってみると、不思議な事におわんを伏せたような小さな山が沢山ある。自分がいる場所がわからなくなるほどだ。

製麺所型やセルフ型、店舗型という感じで色々なうどん屋があるのだが、やはり独特の雰囲気なのは製麺所。店舗ではなくまさに工場で表札のように小さく看板があるだけ。サッシの扉をカラカラと開けると、中では大きな鍋でうどんを煮て、奥ではトントンとうどんを打っている。扉の脇の小さなテーブルに薬味と天ぷらがおかれていて、椅子はない。外で立って食べるというのは当然のようなスタイルだ。

まさに旅を感じ、ソウルを感じる讃岐うどん。既に映画公開前後のブームが過ぎたあとではあるが、未だうどん行脚している旅人もいるし、お遍路さんの格好をした旅人、地元の農家の老夫婦など、ゾクゾクする雰囲気を目の当たりにする事ができた。

またいつか必ず行ってみたい。そう、必ず。

写真は映画「UDON」をみた人ならわかる、松井製麺所のあった場所。今はコンクリートが打たれていて、残念ながら建物はなくなってしまっている。残しておけばいいのにと思うのだった。

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2007年12月09日

神戸帰省と香川巡礼その7

11/27の事。朝7時半起床。由とくーとこんぴら様の参道を途中まで散策。階段下で控えている籠屋さんのお兄さんにくーは愛嬌をふりまいていた。

参道には籠屋が準備中だった。3~4人が待機している。金毘羅さんの階段が長いので、結構利用する方もいるのではと思うのだが、人ひとりを乗せて階段を昇り降りするのはとてつもなく体力がいるのではないかと想像する。私には絶対にできない仕事だ。

途中、海の神様を祭っている関係で、水族館のようなものがあったり、漁船が飾られていたり。海にはそんなに近くはないはずなので、不思議な感じだ。小さい公園をみつけてくーを遊ばせる。ポツポツとこの観光街に通勤してくる人の姿があった。

9時半にホテルを出発。泊まったホテルはチェックアウトは鍵を閉め、チェックアウト用のポストに鍵の入ったポーチを投函するだけという面白いシステム。薄曇りの空の下、琴平の町中を抜けて、うどん巡り2日目の開始だ。とはいえ、今日はお昼からは東京に向けて700kmを走らなければならないのでハードだ。

今日のうどん屋はこんな感じ。善通寺と丸亀を中心に巡った。実は途中2件が調査不足により定休日だった。他にも長田in香の香と、長楽製麺所は時間切れの為パス。坂出北ICから長い長い帰路へとついた。

山内うどん-宮武うどん-松井製麺所跡-中村うどん(やお)-彦江製麺所。

瀬戸大橋は長かった。島を渡るようにそれぞれ形が違う橋脚が、霞む先まで続いていた。最初のPAである与島PAへ寄る。ここでお土産をチェックし、ドライバー交替。由がしばらく運転するという事になった。一応地元エリアなので、走りたいというのもあるようだ。私は助手席で眠くはないのだが横になる。

まず三木SAまでノンストップ。ここには広いドッグランがあると聞いたので、試しに寄ってみたのだった。確かに広めのドッグランだが、もっと広くしてもいいんじゃないかと思えるほど、広い芝の中に不自然に柵で囲われたドッグランがあった。でも水もあるし、綺麗なのでくーの運動時間として使わせて貰った。気温は結構低く、空も曇っていて薄暗いので、寒々しく感じた。

名物の塩饅頭を由が買ってきて、さてまず最初の難関、大阪を通過するルート。ここは山陽道だが、一旦中国道に入り、名神に入る。吹田近くで渋滞という情報が出ていて、先が思いやられたが、それほど酷い渋滞はなく何とか通過。車の量は多く、大阪に入る頃にもう日が暮れてしまった。まだまだ先は長い。

真っ暗の中ひたすら東へ。まだ由が運転している。私は交替も考えて無理しても寝ようとするがなかなか眠れない。フルフラットにすると相当快適なのだが、時間的にはまだ早い。

トラックが多くなり、一息入れようと養老SAへ停まる。ここで私と交替かと思ったが、まだ運転を頑張るという。心配ではあったが、引き続き運転を頼んだ。まあ独身時代は一人でロッキーやセローで神戸から天竜川河口や富士川河口まで来ていたのだから、無理という事はないだろうが…まだ東名にも入っていない。

既にナイトランになっている中、東名に入って一つ目の大きなSAである上郷にて休憩。ここでも由は交替せず、引き続き運転。トラックが多く、道も狭いので気になるが、無理しないという約束で本線へ。

時間は22時半。そろそろ私も体がだるくなってきた。由もやっと交替すると言い出し、小笠PAへ入り交替。私も元気ではないが、よく会社帰りに聞いているJ-WAVEのGrooveLineのスポンサーでよく耳にする強強打破をSAで購入していたので、一気飲みして運転開始。

清水のあたりが特に狭くアップダウンが少しあるので、長距離トラッカーが怖い。70kmほど走って富士川SAへ入る。夕食を取る為だ。由は運転を変わってからすぐに眠ってしまったが、とりあえず起こす。由は富士宮やきそばと私はカツカレー。懲りない選択だ。時間は23時になろうとしており、この調子で走れば東京ICを通過するのは目標とする0時をすぎるのは確実だ。

裾野から足柄のあたりまでは上りが続く。トラックも追い越し車線を塞ぎ、自由がきかない状態で神経を使いながら走る。由はフルフラットにして寝ているが、私の運転だと100km/hをキープするので、ギャップを結構拾うエスクードのサスでは熟睡眠れないだろう。

結構ハイペースで走り、0時20分に東京ICを降りた。深夜だが車は少なくない環八と甲州街道を抜けて自宅には13時丁度に到着。ほぼ12時間走り通して、由が約450km、私が250kmを走り、6日間かけて全走行距離1,675kmを走った。

内3日間は神戸西地区をチョイ乗りなので、実質3日間で1,600km程度。その後1時に無事帰着。シャワーを浴びて就寝。

写真は朝のこんぴらさんの参道で。まだあまりお店も開いてない時間、家族で散歩をした。

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2007年12月08日

神戸帰省と香川巡礼その6

11/26の事。本当なら9時前には出たかったのだが、やはり予想通り出発は9時半。由のご両親に見送られ、さて四国へ出発。

垂水ICまで一旦北上し、料金が高い明石海峡大橋へ。神戸淡路鳴門道へ乗る。最初は抜けると数日前に遊んだ公園の下のトンネルを抜け、視界が開けるともう瀬戸内海だ。巨大な橋は交通量は極めて少ない。前後に見える車は片手で足りるほどだ。それもこれも、料金が高すぎるからと言われている。明石のたこフェリーが現在も存続しており、こちらの方が安い。

早速橋を渡りきった先、淡路島に上陸してすぐにあった淡路SAへ停車。この駐車場も1/3も埋まっていないが、お遍路ルートを巡る観光バスからは大量のおばちゃんとおじちゃんが流入していた。バスツアーで巡る方が絶対に楽だろう。お土産などを買ったあと、レーダーを効かせながら、あまり飛ばさずに四国に向けて再度走り出す。900Rに乗っていたら危険な道だ。

思いの外時間がかかって淡路島を縦断。四国徳島に入り、高松道に入る。ここから対面一車線が殆どになり、ペースが遅い車が入ると遅くて少々イライラする。高い高速代を払っているので、よいペースで利用したいものなのだが…

10時代に目的の高松中央ICに到着すると思っていたのだが、甘かった。140kmあるのだが、下りたのは11時40分。途中アベレージを稼げなかったのがその理由か。

インターを降りて、早速うどん屋へ。町中もうどん屋だらけだ。

リストアップしておいたうどん屋は、後輩から聞いた情報と、ネットで調べた情報を考え、行き先登録をしておいた。今日の順番は以下の通り。

穴吹製麺所-赤坂-池上-がもううどん-山下うどん店(坂出)-前場製麺所-谷川米穀店-三嶋製麺所

しかし池上はなんと店が消滅。後日調べて分かったのだが、移転したとの事だった。これは調べるタイミングが悪くて私のミス。後半は食べ疲れたという事もあって、楽しみにしていた谷川米穀店と三嶋製麺所をキャンセルする事になってしまった。

くーがあまりにも退屈だろうと、うどん店めぐりをやめ、ネットで調べて犬も散歩しているという満濃池森林公園へ行く。しかしこれでもかという感じで、犬禁看板だらけ。話しが違うと非常に腹立たしく感じながら、有料のまんのう公園へ。するとここは人の入場料を取るだけでなく、駐車場料金も取るという恐ろしい最悪の観光地。二人でちょっとくーを散歩させたかっただけなのに、1100円も払わされてしまった。

案の定公園の駐車場はガラスキ。無駄な税金が投入され、無駄なオブジェや設備が並ぶ愚かな施設だった。これで県や町の人は何も文句言わないのだろうか。感覚がマヒしている施設のよい例を感じさせつつ、1時間も滞在しないで外へ出た。

温泉に入って宿に入ろうという事になったので、まだあかるいうちに温泉探し。これも数件まわったが定休日だったり潰れていたり強烈に高かったり。疲れはててこれがダメだったらもう琴平の町の中へ行こうと思っていた所、ラジウム鉱泉だが湯船道という地元の人しか来ないお風呂を発見。350円/人と正しい価格だったが、カルキ臭が強くて少々残念だった。しかし無料で高級なマッサージチェアが使えたので、二人でそれに乗って凝りを癒した。湯はこれだけで350円でもいいかと言うほど。

その後日が暮れて町中のスーパーで買い出し。もううどんばかり食べ歩いていたので、ちょっとだけでいいという事になり、私は小さい弁当、由はデザートや飲み物を購入。今日宿泊の変わったビジネスホテルへチェックインした。

宿は琴平の駅にほど近い町中にある。普通のワンルームマンションをホテルに改造した、サンウェル・コトヒラという所だ。3000円/人で、犬は1000円/頭なので、犬も一緒に泊まれる宿としてはトップクラスにリーズナブルな所だ。フローリングでベット、ユニットバスと小さいキッチンと冷蔵庫という必要最小限の施設だった。

写真は明石海峡大橋の上を走るシーン。エスクードで快走した。

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2007年12月07日

神戸帰省と香川巡礼その5

11/25の事。神戸実質最終日なので、今日にはプリンタのトラブルを解決しないとならないプレッシャーに苛まれつつ、朝10時になるのを待ってCanonの客相へ電話。

電話に出た男性が比較的話がわかる人だったが、やはり最終的な対応はマニュアル通りだった。サポートで確認した結果、再現しなかった場合は修理せずに返却する事があるという。

これには私も黙っておられず、どれだけ無駄な時間と検証の手間、交通費、ケーブルやインクの浪費があったかを主張し、検証できなかったら新品と交換せよという事を主張した。確かに検証時に再現しなかったら修理のしようがない訳だが、できうる検証は全てした上で、PCを替えてもケーブルを替えても同じ症状だった事から、納得のいく対応を求めた。

以前はCanon製品に対してあまり信用をしていなかったのだが、10Dを購入するに至った頃よりからサポートも悪くなく、製品の信頼性も高まったと思っていただけに、裏切られる事は何より辛い。

いつもそうだが、1から状況や実施した検証方法を説明する時間もそうだが、原因を特定するまでの作業の膨大さを製品メーカーはもっと加味すべきだと思う。職場だったらン万円の技術料なのだから。

という事で今日の夜に宅配便がプリンタをピックアップしに来る事になった。送料だけはこちらでもたなければならず、それは了承した。ここまでこちらが持っているのだから、メーカーはしっかりと対応して貰わなければ納得がいかない。

その対応途中に由の親戚が次々と来訪。無事話もついて、今度はお昼の制作に入る。

今日はお昼が沖縄そば、夜はオムライスの予定。親孝行のつもりで最近はよく料理を作るのだが、正直慣れないキッチンではうまくできなくて申し訳なく思ってしまう。沖縄そばも6人前を一気に作るのはなかなか大変で、冷えた料理を出すのが嫌いな私は、あたふたと段取り悪く、少し冷め気味だったのが心残りだった。

夜は夜でオムライス6人前+残った沖縄そば1人前。ご飯がフライパンにずっしりと重く、普段我が家で作る3倍近い量なので、これまた味に自信がない…。由はケチャップ味が好きなので、多めに入れるのだが、上にかけるとろとろの玉子のできに差がでてしまった。

その頃に宅急便がプリンタをピックアップしにやってきた。結構遅い時間だったが、とりあえずできる事はやってみた。よい結果が出るといいのだが…

何だか納得のいく料理ではなかったので、撃沈な気分で今日は終了。明日からの小旅行と明後日の長距離移動の為に、お風呂に入って早めに寝た。

写真は最後の夜もやってきてくれた姪っ子。プクプクのほっぺたが愛らしい。

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2007年12月06日

神戸帰省と香川巡礼その4

11/24の事。

お昼前から近くで従甥のサッカー教室の撮影。ついでにくーの散歩も兼ねるのは当然。車は駅の駐車場に入れてみた。

サッカー教室のコーチのお兄さんたちは、子供たちにうまく教えている。2グループに分けて、ゴールさせるのだが、子供によっては途中で緊張に怯えてしまったり、率先してボールを取ろうとしたりして楽しそうだった。

何より面白いのは、保護者たち。殆どがお母さんばかりで、パパは1人いたかいないか。従甥のお母さんの周辺が、無関係な私達を含めて一番の団体だったのかもしれない。カメラを構えた怪しい男役となり、適当に写真を撮ってあとでプレゼント。その間くーは由や犬好きな観客を捕まえて、枝のレトリーブに必死だった。

このサッカー教室は主催のお兄さんたちの生徒募集企画でもあるようで、入会へいかに繋げるかというのが目的でもあるようだった。でも優しそうなお兄さんたちで、好感触。しかしその場ですぐに入会した家族は、あまりいなかったようだが…従甥も検討という事になったようだ。習い事や塾など、ママさんたちも大変だ。

その後従甥の友達2家族と近くの公園に移り、くーにはディスク遊びをさせる。私は車を移動して、少しだけディスクを投げてやる。ここにはくーと初めて帰省した2003年の秋にも来ている。広くて綺麗で人口密度が低い公園があるのはとても羨ましいのだった。

お昼をすぎたので、実家に戻って楽しみな昼食。その前に大規模なスーパーとホームセンターが混在している駐車場が大規模店舗に寄る。由の実家の掃除に使う品と、バックアップ用のCD-R、そしてリクエストのオムライスの材料を買いに行く為だ。しかしそこに行くまでに大渋滞。明石海峡大橋ができてから、垂水ICとの接続に影響した道路の新しい接続ルートが発端だった。これまでこんな渋滞はなかったエリアに、高速道路の接続が発生した事で、地元の交通リズムが大きく狂ってしまったようだ。

これは別に東京でもよくある事だが、考えて道の合流・分岐を設計しているのかと疑問に思える部分も少なからずあった。ちょっと信号のサイクルを調整するだけで、もっと流れるはずなのだが…。渋滞が起こる事で、交通事故の危険性は飛躍的に上昇する。リスクは地元住民に集まってしまう。

買物をしている最中に、由とお母さんがヒソヒソ話をしていた。何かと聴くと、いえば私が怒るとかいう。問い詰めると、どうもエスクードの右後ろフェンダー近くに、傷がついているという事だった。それは傷第一号なのだから気になるのは確かだったが、実際にみてみると、かすかに凹みがあるかないかが光りの加減で判断できる程度だった。飾っている訳ではないので仕方がない。

位置からすると、どこかの駐車場で、となりに停めた車の後部扉が当たったと思える感じだった。いつかは傷はつくものだが、ちょっと早すぎたかもしれない。仕方ないと思うしかなかった。今さら犯人はわからない。コンビニにしてもファミレスにしても、駐車場は狭すぎる。扉が開くということを考えていると思えない白線がひかれている。全てがスライドドアになればそれでもいいのだろうが、こういうトラブルは常に発生する要因が町中にはあふれている。

今日のお昼は由のお父さんが作ってくれるお好み焼き。ばらソースを使って、お店の味で大満足。たこ焼きも食べたかったが、今回はチャンスがなかった。神戸といえば玉子焼き。明石焼きとも言うが、これはやはり美味しいのだ。

食後、昼前に撮影したサッカー教室の写真が好評なようなので、CD-Rに焼く。

夕方になってプリンタトラブル対応。今日にはなんとか目処をつけないとと気合を入れて色々検証するが、考えうる対応は全てしてみても解決しない。仕方なく純正付属のUSBケーブルを疑ってみて、舞多聞という新興エリアに大規模店舗が集合しているらしい、PC周辺機が買える店に日が暮れてから由と行ってみた。

さっさと目的のケーブルを買ってとんぼ返り。由はその聞いた事のない地名と、夜の暗闇に浮かび上がる大規模店舗に驚きながら、街の変わりように目をまるくしていた。

戻ってUSBケーブルを換えてみるがやはり変わらない。私のLetsNoteでやっても状況は変わらずなので、最終手段としてCanonのサポートに明日電話をしてみる事にした。修理受付ではなく客相は日曜でも電話受付してくれているようなので、助かった。原因の究明は明日、最終日に持ち越されてしまったのだった。

写真は明石海峡大橋の橋脚。サッカー教室の写真は全ておいてきてしまったので手元になくなってしまった。

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2007年12月05日

神戸帰省と香川巡礼その3

11/23の事。

今日は本来の帰省目的である、姪っ子を拝見に由の妹さんの家へ行く。旦那さんはお仕事で不在なのだが、お昼前に訪問する予定で、ちょっと早めに実家を出た。

早めに出た理由は、買物に寄る為。お母さんがユニクロに行きたいというので、いそいそと出かけた。こちらのお店は駐車場も大きく、結構大規模な店舗が集合体としてひとつの敷地に混在している、いわゆる郊外型の店舗だ。車にはくーが残るので、日陰を選んで駐車。

ユニクロは賑わっていた。レジの前には20人も並ぶほど大盛況。私もついでだが安くなっていた屋外用パンツを2本と、通勤用カーディガンを購入。着替えなんかもってこなくても、現地でいくらでも手に入るのが日本でもあったりする。

どこで昼食を食べようかと悩んだ末、目の前にある「廻る寿司祭り」にて昼食。105円均一だったので期待していなかったのだが、我が家の近くのがってん寿司や、かっぱ寿司より美味しいと感じられた。関西は東京よりも食のレベルが高いと常々思っていた通り。

時間も押していたので高速道路で移動。ETCにカードを入れ、2区間を走行。お父さんが咳が酷いので、マスクを買いに薬局に立ち寄り、ナビで問題なく妹夫婦の家が契約している駐車場へ到着。

住まいは昔ながらの一戸建て。近隣も同じ時期に分譲されたようで、あまり広くはないが、やはり一戸建ては羨ましい。姪っ子とはリビングのベビーベットで初のご対面となった。まだ生後3カ月程度でオモチャのような動きでかわいい。くーは自分より注目を浴びている事を感じ取って、撫でろ攻撃に出ていた。

日差しが温かいので近所の公園に揃って散歩折角なのでもってきたハードル3基を私が運んで軽く練習になった。この旅行の間に練習をどこかでしないとと思っていたのだが、何とかできたが、本当はもっと広い所で思いっきり練習がしたいと思っていたのは、くーだったのかもしれない。

お茶をご馳走になって、帰宅。PCのバックアップで私が単純にミスり、ディスクを消してしまった。まだ寝ぼけているのかもしれない。同時に東京で購入して直送した複合機がどうしてもうまく動かないという事についての対応を開始。由のお母さんにDELLのノートとCanonの複合機を送ったのだが、セットアップで妹さん夫婦に協力して貰ったにもかかわらず、パソコンからの印刷がどうしてもできないという症状に、私が神戸に行ったときに対応するという事にしていたのだ。

ドライバの再インストールやレジストリの清掃など、できうる限りの事をやってみると、1度だけ正常に印刷ができた。しかしその後はやはりシートフィーダで読み込んだあと、ダンマリとなる状況だった。

時間切れで明日に持ち越し。明後日食べる予定の沖縄そば用のラフテーの仕込みを開始する。

写真は姪っ子の脇で、甘いみたらし団子が欲しいくー。

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2007年12月04日

神戸帰省と香川巡礼その2

11/22の事。

一晩中走り明かしたあと、駐車ができたのが10時。清掃車が来る為にそれまで停められなかったのだが、ここに停められなければ近くの有料パーキングに停めなければならないので、助かった。滞在は月曜の朝までなので、4泊5日の間停められるといいのだが。

実家のこたつに入って、しばし由のご両親とお話。去年の3月には、由のお母さんと妹さんと叔母さんと、冬の北海道を3泊4日で旅行してお会いしていたのだが、お父さんと会ったのは実質2004年の11月に、お母さんの白内障の手術で数日滞在した時以来。東京と神戸はなかなかしょっちゅう行き来できない距離なのをしみじみ感じてしまう。

まあ多い時に毎月1回は行き来していたのだが、犬連れになるとなかなかその足も遠のいてしまう。もっと気軽に公共の交通手段を利用できるならいいのだが…公共ゆえに仕方ないという所だろう。

お昼前になって、よくいく中華料理屋に行こうという話になり、車ででかけた。その前に叔母の家に寄り、先住犬キャバリアのメリーちゃんと久しぶりのご対面。いつも明るい家で、神戸での親戚まわりは楽しい。

ドタバタとお邪魔したあと、目的だった中華料理屋へ。そこは素朴の味のするラーメンやチャーハンを出してくれる店で、開店後すぐに満席になるなど、地元の人で賑わっていた。味噌ラーメンとチャーハンと焼き餃子を頂いた。

実家に戻って早速古いパソコンのバックアップ。廃棄を考えていたのだが、使いたいという人がいたので、WinXPと専用ドライバのインストールをすべく、バックアップを行った。外付けのUSB2.5インチハードディスクをもってきていたのだが、結構な時間がかかるので結局1晩中動かす事にして放置した。

夕方くーの天敵?ともいえる従甥がやってきてひと暴れ。何でも明後日にサッカー教室の体験教室があるようだ。くーと遊ぶ事が好きなのだが、くーは子供が苦手なので逃げ回っていた。まだ3歳の頃に、レトリーブするくーが嬉しくて、モノをくーに投げつけた事がトラウマとなっているのかもしれない。

夜はお母さんの関東炊き(オデン)とお父さんの釣ってきたイカの刺身。殆ど仮眠も取っていないので、早めに就寝。

写真は早朝実家近くの公園で、散歩をする由とくー。私は寝てないわりにはまだ元気だったかもしれない。

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2007年12月03日

神戸帰省と香川巡礼その1

11/21 22時半。自宅を出発した。

いきなり新宿を抜けるまでに大渋滞。裏道を駆使すればよかったといきなりの後悔の中、新宿駅南口を抜け、初台を通過するまでに1時間弱かかってしまった。

環八のいつもの安いセルフスタンドで給油したのが23時。その後東名東京ICから高速に上り、長い移動を開始。由は既に寝息をたてている。

厚木を越え、足柄のワインディングも抜け、御殿場を越えたあたりからトラッカーに囲まれ、前にも後ろにも横にも動けない状態が多くなる。ヘッドライトを消して譲ってくれるトラッカーもいるのだが、どうしてもあおってきたり、走行車線と並列に走ったりするトラッカーが目立ってしまう。彼らは長距離を眠い時間に走るので大変なのはわかるが、こんな状況では怖くて由を運転させられない。東名、それも静岡エリアを走る時にいつも感じる不快感だ。

順調だが眠さも負けていない2時から3時頃も、淡々と西へ移動する。豊田や小牧を越えたあたりで、またトラッカーが多くなった気がする。滋賀に入る頃に天気が怪しくなってきて、彦根のあたりでは土砂降りでワイパーを最速にしなければならないほど。それでも前が見えず、怖かった。

京都の近く、菩提寺PAにドッグランがあると聞いて、とりあえず最初の休憩。真っ暗でトラックばかりのパーキングで、トイレ休憩を取るが、由は寝たまま。危険ではあるが、フルフラットにしてシートベルトをかけてテンピュールを枕にしっかり寝て貰う。くーもトイレ休憩もせず、ずっと寝ているようだった。

甘いコーヒーを1杯飲んで、再度走り出す。まだ夜明け前の5時前だというのに吹田までも車の量は多く、ペースもあまりあげずにおとなしく走る。これまで何度とか東京神戸を走った記憶の中で、一番記憶が残っているのは西宮ICだ。最初は18歳、RG250ガンマだった。空はまだ明るくもなってきていない時間に抜ける。

ガソリンも入れる頃合いだという事もあって、阪神高速に乗らずに下に降りる。R2を西へ向かうが、結構車の量がある。ガソリンスタンドのレギュラー価格をみながら走るのだが、高い。148円以上ばかりだった。あと割引が効く所を選ぶのだが、結局見つからず。またエンプティランプが着いてからの給油量を測りたかったので、最後まで粘ったあと、三宮を抜けてセルフのシェルで給油。さすがに由もここで目がさめた。空はうっすらと白んできて、時間は5時40分だった。

由の実家に行くにもまだ早いと思われたので、運動公園という場所をみつけて行ってみる。他にも犬の散歩をされている人が居たので、安心して駐車場へ入れようとすると、丁度7時からなら最初の2時間は駐車無料という事だった。あと10分ほど待って車を入れる。由とくーには先に公園に入って貰う。

車を入れて由たちと合流。しばらく芝の上で走り回ったり、ゴムのディスクを投げたりして朝の運動をするが、私は一睡もしていないので体がだるい。しばらく遊んで朝食を食べに移動。

明石方面にR2を走るが、朝からあいているファミレスもなく、困った挙げ句にマクド(関西風に)に入る事にした。簡単に朝食を取り、ちょっと早いが実家へ。

朝から由のご両親は迎えてくれた。駐車スペースに車を入れる時間が決まっていて、先着順でもある事から、私だけ車に残って1時間ほど時間を潰す。香川のうどん屋ルートを造る為に、行き先を入れたりしなければならないので丁度いいのだが、何せ眠い。

なんとか車を置いて、あらためて由の実家へ挨拶。3年ぶりになる帰省だが、何も変わっておらず、温かい神戸弁のおだやかな家庭を楽しめそうだった。

写真は私にとっては関西のランドマークである、西宮ICの料金所ゲート。今回は夜明け前にETCで通過した。

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2007年11月27日

神戸帰省6/6

朝7時半起床。

由とくーとこんぴら様の参道を途中まで散策。
9時半にホテルを出発。

うどん屋を善通寺と丸亀を中心に7件巡る。うち2件が定休日。
その後、12時半に坂出北より高速へ。

瀬戸大橋を渡り休憩を何度もとりながら、ひたすら東へ。

由が約450km、私が250kmを走り、0時半に東京ICを降りる。
6日間かけて全走行距離1,675km。
内3日間は神戸西地区をチョイ乗りなので、実質3日間で1,600km程度。

その後1時に無事帰着。シャワーを浴びて就寝。

2007年11月26日

神戸帰省5/6

朝9時に由の実家を出発。

明石海峡大橋を初めて渡り、淡路島を越え、高松道へ。
高い料金で唖然。

高松中央で降り、うどん屋めぐりを開始。

7件ほどを巡り、温泉に入って琴平のホテル泊。

明日は東京へ向けて約700km以上の大移動。

2007年11月25日

神戸帰省4/6

親戚が次々と集合。

お昼は沖縄そばをふるまう。

夜はオムライスよんきち風をふるまう。

プリンタの動きが特定できず。
サポートに電話をし、ピックアップ要求。
夜、ヤマト運輸がプリンタを引き取り。

由実家泊。神戸最終日。

2007年11月24日

神戸帰省3/6

舞子にて従兄弟の子供のサッカー教室撮影。

お昼は由実家にて本場のお好み焼き。

夜はプリンタトラブル対応。解決せず。
明日朝にキャノンお客様窓口へ問い合わせ予定。

由実家泊。

2007年11月23日

神戸帰省2/6

西区周辺をエスクードで巡回。

廻る寿司祭りにて昼食。

親戚まわり。
パソコンの設定でプリンタトラブル発生中。

ラフテーの仕込み。

由実家泊。

2007年11月22日

神戸帰省1/6

未明に出発。

東名-名神-阪神高速を乗り継ぎ、神戸まで。
1回休憩、6時間で到着。

睡眠不足の為に昼寝&パソコンの設定等。

由実家泊。

2007年11月04日

和琴ミーティング2007その2

先着隊に電話をしても場所が特定できず、由とくーに調査しに行ってきてもらった。するとまもなく合流できた。

既に子供たちが走り回って盛り上がっている。子供連れが増えたなぁとしみじみ思いながら、妙に私たちの機材のテーブルの少なさに何だか笑ってしまった。

皆しっかりしたテーブルを持ち込んでいるのだが、我々は椅子の足の間で調理をする、ソロキャンパースタイル。犬とか小さい子供には危ないのだが、それがスタイルでもある。料理も各自持ち寄り。お金の清算はなしだ。

彼らとはもう長い付き合いになる。今思い出そうとしても、なかなか当時の記憶も曖昧になってきている自分に気づき、歳を取ったものだとあらためて認識したりする。あの時は帰る日を気にしながらも、毎日その日にしなければならない事を最低限やり、あとはしたい事だけをしていた素晴らしい時間だった。

朝起きては朝食を作って食べ、お茶を飲んでしばらくすると今度は昼食を作って食べ、どこかに遊びに行くかだらだらとお茶を飲んで過ごし、温泉に行き、夕食の材料を買って日がくれる前にテント場に戻り、また夕食を作って食べて、星を見て寝る、という事を果てし無く続けていた。

夢のような時間だった。それを同じように共感して、過ごした連中は、今は所帯を持って子供と暮らしていたり、今も独身で旅を続けていたりしている。年に1回でもこうして再会する事は、いくら時代が変わっても、心の深い所で妙に心地よい時間を感じる事ができる事は変わらないようだ。

1年ぶりに会っているにもかかわらず、昨日も会い、明日も会うような感じで、さっと再会の挨拶をし、さっと別れの挨拶をする事が気持ちいい。

陽が傾いた頃に、さっと撤収し、解散した。またな、という言葉を残して。

帰りはこのあたりの地理に詳しい友人の車の後ろについて、五日市街道の渋滞を避けて自宅まで比較的スムーズに帰りつく事ができた。

写真はすっかり怖い存在になってしまった友人の松ちゃんに抱えられ、尻尾を巻いているくー。

数年前にORPの全国オフで、くーを怖がらせてからかってからというものの、くーはしっかりそのトラウマを抱えていて、松ちゃんをみかけると本気で怯えているのだった。

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2007年11月03日

和琴ミーティング2007その1

1988年から続く由緒正しき旅人の集まり、和琴ミーティング。発起人は当時20歳前後だった旅人たちで、和琴半島という北海道の東の湖畔に定住していたメンバーが、旅のシーズンを終えた秋や春に、内地で集まったイベントだ。

今年はその主要メンバーが自営業を飲食業にしてしまったので、泊まりのキャンプができなくなってしまった為、同時に忙しい都内のサラリーマンが参加しやすいように、デイキャンプを企画してくれた。

本当の焚火のイベントも今月下旬にあるのだが、残念ながらその日は私たちは神戸に行っている為に参加できない。例年もっと小規模で行っていた春のデイキャンプが、プチ和琴ミーティングとして行われるような感じになり、これが定番になればもっと集まれる気がしていいかもしれないと思っている。

まあ反面、本来の目的であった焚き火や一晩中続くギターで歌うフォークソングという行為はできないのは残念なのだが、できる日程があればまたやりたいと思う。毎年続けて行う事に意義があるというのは、意見が分かれる所だろうか。

我が家はゆっくり朝寝坊をして、仕掛けておいた我が家で炊ける最大の3合分のご飯に、わかめを混ぜ、俵型におにぎりに。ラップでひとつひとつを包んで出来上がり。それと2日前から保温調理器で調理したラフテーと大根をひと煮立てし、再度保温調理器へ。

他にコーヒーと紅茶をポットに沸かして入れ、冷たい水とお茶を用意し、トートバックに入れてやっと準備完了。11時半になってしまったが、出発した。

メジャールートである青梅街道に出てほぼ一直線。五日市街道に入り、少々流れが悪くなった所もあったが、お昼すぐに到着。駐車場も混んでいるかと思いきや、空きも結構あってスムーズに入る事ができた。

地図で調べては行ったが、どのあたりがその場所なのかわからず。ドッグランの方向に行ってしまったので、探すのに手間取り、電話をしても見つからない。周辺はいたるところにバーベキュー機材を持ち込んでいる団体がワイワイとそれぞれ楽しんでいた。

写真はまあいわゆる普通のデイキャンプ風景。違うのはあまり立体的ではない事。

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2007年10月25日

友人が函館に

秋の定例の旅で、友人が今一人で奥東北を旅している。女性だが、車はRV型で主に車中泊。釣りをしたり、温泉やトレッキングをしたり、美味しいものを食べたりしながら、ふらりと旅をするスタイルは私や由も元々持っているものだ。

最近はネットがある為、一人旅でもその記録を残す意味で、自分のブログや掲示板に軌跡を印す事が簡単にできる。なので、彼女の旅の軌跡は今仕事をしていても、すぐに知る事ができる。

私は同じような事を、今の仕事についてからnifty-serveの中でやったりしていた。但し、モデムによる接続なので、携帯電話での通信ができるようになるまでは、それこそカプラーと呼ばれる受話器にとりつけるような機器や、モジュラー形式の電話に接続したり、グレ電と呼んでいた灰色のISDN公衆電話などを使うしかなかった。携帯電話ではとても高額な通話料がかかったので特別な時しか使わなかった。

今は携帯電話だけでもインターネット上に繋がるサービスと接続は可能になり、利用料金も格段に安くなった事で、密かにバーチャルな旅をおすそ分けして頂く楽しみも増えたという事だ。

昨日は車を青森に置き、身ひとつで津軽海峡を渡り、函館を散策したらしい。今日は酸ヶ湯などのよい温泉を巡り、きっと素晴らしい紅葉の中、一人で鼻唄を歌いながら、愛車を転がしている事だろう。後ろはフルフラットにした寝床そのままで。

写真は既に役目を終えて会場パビリオンとして係留されている、元青函連絡船、羊蹄丸。

私は実は殆どこの船を使っていない。1度だけ、それも私が北海道を旅目的で通うようになる前に、網走の農家に住み込みで働きに行く時、上野から寝台で向かった時だけ使ったのだが、写真も少なく記憶も定かではないため、それが羊蹄丸だったかは残念ながら判らない。

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2007年09月30日

霧ヶ峰周辺への旅5/5

路肩のコスモスは結構咲いていた。観光客も多く、今日はお祭りの最終日になるようだ。内山トンネル脇から内山牧場に登るルートは、先日の台風9号で決壊中で通行止め。トンネルを抜けた先にある群馬側からの上り口から、これまた先が見えない濃霧の中標高をあげていく。このままだと2年前に来た時と同じように、霧の中のコスモス園となってしまう。登ってみなければわからないが、それはそれで残念だ。

コスモス園の入り口には、車がまばらに10台ほど。地面はドロドロで、これではくーは大変な事になりそうだが、仕方がないと覚悟を決めて私達もクロックスからトレッキングシューズに履き替えて出発。

池の脇を通るアプローチでも、水面がかすかに見えるほどの濃霧だ。観光客はまばらだが、いない訳ではない。山の上にあるコスモス園は、今回も変わらずに霧の中に広がっていた。

台風9号の影響で、随分株が倒されてしまったようだが、今が丁度見頃といった感じで、なかなか美しい。幻想的な霧の流れる中、ずっと先まで広がる色とりどりのコスモスの花は揺れながらそこにあった。これはなかなか他では見られない絶景で美しい。

しばらく1周したり写真を撮ったりしながらくーと散歩。晴れ間を待っている写真を撮っているおじさんも居た。時間も16時になり、そろそろ降りようかという所で、さっと青空が見え、霧が一瞬晴れた。美しいコスモスが一面に広がっているのが見れたのだった。

ドロドロになったくーの腹や足を、500mlのペットボトルの水で少しだけ洗い流し、あとは自然乾燥。くーは洗われている間文句を言っていたが、クレートに戻るとすぐに寝息をたてはじめた。濃霧の中1~1.5車線の山道を下り、R254へ出てスピードアップ。すぐに前回も立ち寄った荒船の湯に到着し、しばし風呂タイム。ここは露天があるのでよい。

今回も私は早めにあがり、100円のマッサージチェアの順番待ちをしながらゆっくり体を揉みほぐした。これからまだ100kmほど走らなければならないのだから。マッサージを終え、車に先に戻ってナビの設定をしていると、由が戻ってきた。

R254を下仁田ICで乗りたかったが、1区画分100km未満に満たない。そう、下仁田で乗ると所沢ICで降りなければETC割引が効かないので、仕方なく富岡ICまで一般道を走るが、これがまた渋滞に巻き込まれてしまった。計算外だがそんなに時間はかからずに、上信越道に乗ると、断続的に30km渋滞という悲しいニュース。それではと夕食を兼ねて藤岡ICのPAに入ると、ここがどうも面白い事に、高速だけの設備ではなく、建物を境に食事ができる店や特産物が買える集合施設になっていて、そこらへんのSAよりも食べ物を選べるなかなかよい所だった。

色々見てまわったが、鮨屋が手頃だったので入ってみる。海鮮丼といかネギトロ丼を頼むと、小鉢も沢山ついていて食べ応えがあり、満足できた。その後噴水のある広場を抜け、群馬県の特産物を売っている店に入り、こんにゃくを購入。車に戻りくーに少し散歩をさせたあと、高速に復帰した。

それからは渋滞はあったがトータルで7km程度滞っただけで、20時半には練馬ICを出る事ができた。3連休の最終日だったが、予想に反してそれほど苦にならなかったのはラッキーだった。

車が結構雨の中走ったのでドロドロになってしまった。ガラスコートをかけているので、水洗いをしたいと思い、以前何度か使った洗車専門の24時間営業店に立ち寄った。一番安い洗車でも1500円だったが、これでもかと丁寧に、カーペットは全て外して綺麗に何度も掃除機をかけられ、タイヤワックスもかけてくれ、新車の輝きが蘇った。

自宅には21時半頃に到着。1泊2日の小旅行は無事終了した。今回は紅葉前だったので、近々リベンジといきたい所だ。

写真は霧の中に浮かび上がる、一面のコスモス。幻想的な風景でよいのだが、なかなか晴れた時の姿をみせてくれない。

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2007年09月29日

霧ヶ峰周辺への旅4/5

6時に目がさめたが、頭痛は解消していなかった。朝食前にくーの排泄も兼ねて散歩。エコーバレーの駐車場で少し長い時間をかけてぶらつくが、誰もいない。霧が今日も低い位置まで降りてきていて、涼しくて気持ちがいい。標高が高いせいか、胸が苦しい感じがして、頭も抑えつけられているような気分だ。

宿の駐車場に戻ってくると、宿のコーギー、あんずくんが散歩を終えて帰ってきた所だった。去勢していない男の子で6歳位らしいが、くーは去勢していない男の子には弱い。逆に同じ女の子や去勢している男の子には妙にコーギーらしく威嚇する。気が強くて臆病なのが、実はくーの性格なのだ。しばらく遊べ遊べモードで駐車場を走り回っていた。

部屋に戻り、くーに軽く朝食前のおやつを与え、飼い主は食堂へ。オムレツ、サラダ、ソーセージなどが盛り合わせられた皿と、パンの皿、フルーツジュースと、ぶどうやオレンジなどの皿が並べられていて充分な量だった。コーヒーをお代わりし、チェックアウト。最後にあんずくんとひと暴れして、宿を離れた。

本来は明日が私が仕事なので、早めに帰る事にしていたが、折角だからと清里か軽井沢経由で、今回のもう1つの目的である内山牧場のコスモスを見にいこうかと提案した所、由は大賛成。蓼科スカイラインを通ろうかと思ってはいたのだが、少々ルートが重複するが麦草峠経由で清里へ降りようという事にした。

麦草峠はまだ午前中なので交通量も少ない。白駒池は気持ちのよい所なのだが、ここもうるさいほどに犬禁。駐車場にはワンサカ車は停まっているのだが、それは問題ないらしいのが意味不明だ。

下っていくと林道の分岐があり、そこにまたもロッキーを発見。通りすぎてから由に話をすると、観たいというのでバックで逆戻り。するとこれも見事にマリンランナー。こちらは若い人が乗っている感じで、松本ナンバーの地元車。車内にはドライフラワーなどが飾られ、愛されている雰囲気があって嬉しくなった。2台並べて記念撮影。しかしこれまでもめったにみたことがないロッキー、それもマリンランナーというのは恐ろしい偶然だ。何かあるのではないかと思える程の出会いに、驚いてしまった。

国道経由だったのでペースは落ちたが、無事清泉寮に到着。大量の観光客で驚かされたが、いつものおいしいソフトクリームはすぐに食べる事ができた。観光客の方にくーを入れ代わり立ち代わり撫でて頂いた。お昼をすぎてしまい、今回はそばをという事で清里駅近くのそば屋へ。

とろろそばと大ざるに、天ぷらの盛り合わせを頼む。由はうどん派なのだが、そばもなかなかいいねというようになってきた。食後は相変わらずパステルカラーでセンスのかけらもない駅前をうろつき、ぬれ煎餅を食べながら、小雨が強くなってきた中を車に戻り、内山牧場に向けて移動開始。ここからは由に運転してもらう。

野辺山近くで野菜などの露天販売があったので立ち寄る。地元産は少なかったが、レタスとトマトなど、地元のものを購入。途中給油してコスモス街道に入る。

写真はR299麦草峠の山梨側で偶然みつけたロッキー・マリンランナーと共に。

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2007年09月28日

霧ヶ峰周辺への旅3/5

美ヶ原高原美術館に向かうビーナスラインの標高をあげていくと、濃霧と言える視界悪化となっていった。ワイパーも一番遅い間欠にしている程度で十分なのだが、この霧の濃度でその程度のフロントガラスの濡れという事は霧が相当に細かく軽いような感じだ。10m先くらいから、スモールを点けている車がいきなり現れる。先行車がいきなり乳白色の壁から現れるのはちょっとドキっとする。センターラインと路肩のラインをみながら、集中して走るのだった。

ナビがあってこういう時はとても助かる。あとどのくらいでどういう地形に出るのかが分かる。分岐が数カ所あったが、看板もよく読めないので、ナビの案内は便利だ。駐車場に無事入るが、濃霧の中相当な数の車が駐車されているのには驚いた。

美術館入り口の近くに車を停め、くーを早速外に出した。物凄い音量でアモーレの鐘が14時を告げた。犬も入れるのだがこの霧では折角の作品も見えないだろうと、近くを歩ける遊歩道に入ってみた。

木道が整備され、美術館の周辺に整備されている遊歩道は、霧の中だがいい感じ。遠くに美術館の中からと思われる人の声や、すぐ近くのビーナスラインを走る車の音が時折聞こえるが、濃霧のせいか静かだ。牛伏山山頂という所まで歩いたが、ケルンが積まれレリーフが確認できるだけで何も見えない。それでも貸し切りの山頂で、くーは嬉しそうに走りまわっていた。それだけで満足なのが彼女だった。

ゆっくりと戻るが、途中山本小屋への分岐の先が気になる。今度あらためて天気のよい日にでも来たいものだと思った。下りはあっという間で、美術館敷地内の橋をくぐる頃には、視界も少し晴れてきて部分的に青空も見えた。

折角だからとソフトクリームとお土産を由に買ってきてもらい、私はくーと外で待機。下り始める頃にはまたすっかり深い濃霧に包まれてしまった。

ビーナスラインなどの峠では、先行車が遅いとそのペースに皆あわせなくてはならなくなる。つまりはじめた頃、私達は温泉に立ち寄る為に途中の分岐を左に折れると、先行車はまったくなくなり、ハイペースで下る事ができた。

長門温泉やすらぎの湯という派手な看板のクアハウス施設に入る。驚く事に、駐車場にはあのロッキー。それもマリンランナーの同色という完全に同じモデルが停まっていた。思わず記念撮影。中にはどうも肉体労働者系の人が使っているような雰囲気が感じられたが、妙な縁に少しドキっとする。

風呂は露天なしのちょっと温泉度が低いものだったが、300円という値段なので満足。由は腰の治療も兼ねている為、少しゆっくり入ってきてもらい、私はマッサージチェアで100円のくつろぎ。

時間も17時近くになり、宿に向かう。ナビで案内されたルートは通行止めになっていたが、片側からのルートに入り、エコーバレースキー場のペンション村の奥の方に、目指す宿はあった。

この宿の予約を取ったのは3日前。雰囲気がちょっと私達の定宿である弟子屈の鱒やに近く、値段もそれほどでもなく、食事も普通にコース料理という事、またコーギーの先住犬がいるというポイントで決定した。安直だがまあこんなものだろう。犬可の宿という点では、いろいろ制限もある。

霧の漂う中、薄暗くなってきた宿にエスクードを停め、チェックイン。誰もいないような暗さだったが、厨房に行くと宿主さんが仕込みをしていらっしゃった。他に静岡からの犬連れ客が1組だけで、静かな宿だ。

お風呂は私は寝る前にも入りたいので、案内された部屋でちょっと休憩。しばらくして食事の声がかかり、くーにはクレートの中で待ってもらいながら、飼い主は食堂へ向かった。ちょっと不満気の声をあげているが、吠えはしなかった。

夕食はグラスワインがついて、キャベツ系のスープ、魚料理、サラダ、肉料理とライス、デザート、コーヒーor紅茶という内容。量的にも充分なものだった。素朴な味つけと内容は、気取り過ぎない感じで妙に落ち着けた。

食後、まだ19時すぎだったが、眠くてたまらない。由も妙に疲れていて、布団で横になるとそのまま寝息をたてていた。私は天気を確認したかったがテレビで丁度やっておらず。AirEDGEも一瞬アンテナが1本立ったが、その後は圏外で使えず。携帯で天気予報を確認したあと、占有できるお風呂に入り、戻ってくると由とくーはすっかり寝ていた。

ちょっとだけ荷物を整理し、私も何だか頭が痛いので、頓服を飲んで横になると、そのまま眠ってしまった。

写真は霧につつまれた美ヶ原高原美術館脇の遊歩道。ちょっとしか離れていないのに、由がうっすらとしか見えない。

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2007年09月27日

霧ヶ峰周辺への旅2/5

乙女の滝のあと、渓流沿いに上流へ向かって歩く。どこかの情報で、横谷観音からなら下るだけなので楽だとは書いてあったが、その通りかもしれない。でも渓流沿いの道を遡る事は気分的に気持ちがよく、途中ちょっと水が溜まって泥が気になる所があったが、ほぼ水はけもよいコースで歩き易かった。

川には鉄分が含まれる水が流れ込んでいるせいか、所々色が赤錆色に変色している。温泉ではなさそうだが、成分は清流とは言えないだろう。それでも川底には大きな岩があって、迫力がある渓流だ。しばらく歩くと木の橋が何カ所かにかけられていて、そこでも記念写真。川沿いに右に左に歩けるルートは、紅葉のメッカには相当なハイカーが来るようだ。残念ながら、まだ紅葉には早い時期のようで、その分人も少ないのはメリットか。

いきなり大きなホテルが現れ、宿泊者が散歩がてらに軽装で歩いていた。なんでも相当に高級な所らしいが、作りは結構古い感じの温泉宿だ。トレッキング大好きな我が家は、ホテルが建っているだけでちょっと興ざめしてしまうが、風情のある宿なら悪くはない。しかし人の生活している場所が川の上流にあるという事は、基本的に川はそこから清潔ではなくなってしまうので、もっと森の中の方が好きなのだ。

途中結構な急坂があって、そこだけ簡易舗装されていた。きっと坂がきつすぎて、雨とかで道が崩落してしまうからだろう。真冬には氷瀑になるという滝まで行って、折り返す。

くーは久しぶりに臭いかぎ放題。何の臭いがするのか、草むらに頭をつっこんで出てこない。まあ春や夏ではないので、ダニやノミなどの心配がない今の時期なので、私達も気楽になれてよい。やはり秋が一番好きなのかもしれない。紅葉が真っ盛りの時期にまた是非来たい。

車に戻り、10時半頃だったのだが、次回来る時の為に横谷観音側の入り口を調査しに、麦草峠へ向かうR299を少し登る。目的の場所までちょっと迷ったが、結構な駐車スペースもあって今度はここに停めて歩いてもいいかなと思うものだった。但し、ピストンルートになってしまうので、苦労は一緒なのだったら、復路が下りの方が楽だ。

ちょっと寄り道した分、11時半をまわってしまい、慌てて昼食ポイントに移動。白樺湖の大観光地エリアを抜け、姫木平別荘地へ向かう。ここで選んだのは、ハンバーグの美味しいというお店、「レストランひいらぎ」。12時をすぎていて、3連休の中日なので混んでいるかと覚悟していくと、貸し切り。テラスでくーと一緒にと思っていたのだが、この時期はテラスは使っていないらしく、くーは車内で休憩してもらい、飼い主はドイツ風とメキシコ風のハンバーグを注文。なかなかおいしく、満足感を味わえた。ちょっと高めの値段だったが…。

宿泊場所がこの近くなのだが、まだ13時なので思い切って美ヶ原高原へビーナスラインを登る。車山は私がスキーを始めた頃に、一番通った所だ。伊那の友人の家に泊まり、そこをベースにスパイクを履いたFRのセダンで、冬の難所と言われている杖突峠を越えて通ったのだった。こうして雪のない時期にみると、なかなか高原っぽくていい感じだ。しかし霧雲がところどころにかかっていて、見通しは悪い。でっかいバイクがグループで大勢走りまわっていた。

エスクードはビーナスラインの上りでは微妙にナラシの回転域のリミットにかかってしまう時が多い。ナラシでいくつまで回していいものかという基準は、結構人それぞれだと思うが、それ以前にナラシでいきなり峠に行くというのはよくないのかもしれない。しかし、折角だから気持ちのよい道を走りたいのだ。霧ではあるが、折角装備されているサンルーフをフルオープンにして涼しい空気を取り込みながら走った。

途中八島ヶ原湿原が賑わっていた。霧ヶ峰周辺で唯一、犬禁を明確にうたっている所だ。まったくあれだけ大量の人が入り、タバコは吸うわ花はつむは触りまくるわで、何が犬禁だと思うのだが、実は霧ヶ峰エリアに含まれる八島ヶ原湿原においても、完全に犬禁と決まっている訳ではない。

立派な犬禁看板が建っている。しかしこのエリア全体を包括する霧ヶ峰のメーリングリストでは、犬禁ではなく犬連れのマナーアップを呼びかけている。それは当然の事で、犬連れのハイカーにとっても守らなければならないが、子供連れやましてや人がこれだけの量入るのに、生態系の破壊だの言語道断の理由を打ち出している連中が居るのも事実だ。さっさとこのような無駄な金をかけて建てた看板を撤去し、文面を訂正すべきだ。情けないというか、結局自分の頭の中の都合で、権力というか立場を悪用して主観を押しつけているに過ぎないと私は思ってしまうのだが…。

駐車場でその愚かな証拠写真を取り、駐車場のかたわらには山積みのゴミの山や、そのゴミを生み出す食べ物の売店が大手を振っているのを目の当たりにするのだった。

写真は横谷渓谷沿いを歩く私とくー。

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2007年09月26日

霧ヶ峰周辺への旅1/5

紅葉にはまだ早いが、少し気分転換と、由の腰痛治療の温泉と、くーとオゾン浴を楽しむ為に軽いハイキングを楽しもうと行き先を決める事にした。そう、あと同時にエスクードのナラシ運転も兼ねる旅だ。

中央高速はいつも渋滞が酷い。6時すぎから八王子周辺や相模湖周辺の渋滞がはじまり、30kmを越えるなんてざらだ。そんなものにはまったら何しに出かけるのか判らなくなる為、ETC割引時間に余裕を+30分以上もたせて、首都高速永福ランプを5:30に乗った。

早速八王子バス停と相模湖手前でのろのろ運転に巻き込まれたが、何とか順調に走行。勝沼、甲府盆地を順調に越え、八王子から100km未満ぎりぎりの韮崎ICで一旦高速を出てUターン。ETC割引を確立させ、再度中央道に乗り、八王子PAで最初の休憩をとる事にした。由はそれまで殆ど寝ていたので、ここからは運転交替。基本的にこれまでは私が100%に近く運転してきてはいるのだが、これからは由自身も一人ででかける事もあるし、何より車の正式な持ち主は由なので、できるだけ運転に慣れる為に比較的安全なコースは由に運転して貰うようにしている。

諏訪ICを降りて、おぎのやの前を通り、R299経由R152へ入る。定番ルートだが、時間がまだ9時なので混んでおらず、スムーズに流れている。まず最初に目指すのは横谷渓谷だ。

ナビは正確に案内してくれて、すぐに到着。駐車場もまだ空きがあるので、エスクードを停めて靴をクロックスからトレッキングシューズに履き替え、くーを連れていざ乙女の滝への入り口へ。

本当は横谷観音までのルートを通して歩きたかったのだが、由の腰もあるし私の寝不足もあり、そして車に戻って来なければならない為、途中まで行って引き返すつもりだ。

乙女の滝は駐車した場所からほど近い入り口から、階段をずっと降りると唐突に現れた。水量が多い盛大なスプラッシュ。なかなか見応えがあって気持ちがいい。空は曇っていてそれでなくても涼しくて気持ちがいいのだが、余計に気分が晴れるマイナスイオンを感じた。

写真はその乙女の滝の前でのくー。マイナスイオンに満ちている。

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2007年09月16日

タイムトラベラー

昨日は定期通院の日。1~2カ月に1回は通院しなければならないのは面倒だが、これはもう37年も続けているという事に、自分で驚いてしまう。

通院時には朝食をいつも外で一人で取るのだが、今日は終わってからになってしまい、ブランチのような時間にラーメンを食べた。

ラーメンといえば、以前から何度か、美味しいラーメンというテーマと、旅というテーマの中で、お世話になった北海道の中華料理屋の話を書いたが、実に偶然にも、そのお世話になった方の娘さんから、メッセージが届いた。

確かにキーワードでググると私のブログだけが表示される。他にInfoseekならもっと複数の記事が表示されたのを確認した。

浦河にあるそのお店は、今は道路拡張の為に取り壊されてなく、しばらく年賀状のやりとりをしていたのだが、それを機に連絡が途絶えてしまった。しかし、ひょんな事からまた繋がった。

私以外にも大勢の旅人がお世話になったので、私の事をはっきり憶えているかわからないが、それでも嬉しいメッセージだ。今も元気に別な仕事をされておられるようで、きっとあの方なら、あれから22年の歳月が経ってはいるが、元気に動きまわっている姿が目に浮かぶ。

その娘さんには、お父さんに受けた親切は、その後私にとって毎年北海道にバイクを走らせ、20年続けた事実に繋がっている事を伝えたい。それはまるで、22年前にタイムトラベルしたように、鮮明な記憶として思い出すのだった。

旅はいいものだ。こういう出会いと再会は、偶然ではなく実は必然という赤い糸で繋がっていると私は信じてやまない。

写真は日本縦断の1986年、友人と一緒に2度目来訪時。髭面は1カ月以上伸ばしたものなのでうっとうしい。隣は望洋堂のオーナー。今も健在で北海道各地を仕事で飛び回っておられるようだ。

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2007年08月18日

お盆の各地からの中継

開陽台に入り浸っていた頃、何度かテレビなどのメディアの取材に出くわした。

20歳から30歳までの頃、とがっていた部分も多かった。丘にあがる私の時間を邪魔するものは排除したいと思っている部分も少なからずあった。自分の時間は誰のものでもない、自分の為のものだからだ。

取材は時にそれらしい理由がつけられ、悪い気がしないと受ける人の方が多いようなのだが、私はできるだけ避けた。メディアにどういう風に取り上げられるかは、ディレクターと放送局のアタマ次第だという事も、微妙に感じ取っていた。

NHKはテレビ出演にあたり、事前に必ず台本のように質問を決めたり、言うことを決めさせられる。アドリブは基本的に許されない。たった3分の中継でも、前日にはその打ち合わせを終える為に、全て段取りを行う。

私達にとっては、勤め人であれば滞在しているのはほんの数日であり、その為に1年間頑張って仕事をしていた訳で、そんな大事な数日の中で1日以上を費やされる。そんな事は取材する側は関係なく、逆にテレビに出してやるという態度すら感じるディレクターすらいる。彼らは何をしに私達旅人がそこにやってきているのか、知った事ではないという訳だ。

自分の意見も言えず、時間だけが拘束され、雨が降ってきても協力したあげくに、ボールペン1本やタオルの謝礼が貰えればいい方だ。ありがとうの一言すら聴けなかった事すらある。テレビに出してあげたのだから、という雰囲気しか感じられない。

そういう目に何度もあってきた私達は、彼らがやってくると、もう相手にしない。造られたセリフを言わせるだけなら、他の連中に。アナタたちは仕事で来ていたとしても、私達の時間を邪魔する権利はないのだよ。勘違いしないで欲しい。

写真はまともなディレクターに出会い、朝の各地からの便りでお盆に全国放映された時の打ち合わせシーン。左の奥の白い帽子がNHKのディレクターだ。ちゃんとはじめとおわりに挨拶とお礼があった。

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2007年08月17日

一人旅はよいものだ

北海道を旅する人は、その形こそ変わったが、何か自分でもわからない何かを求めて旅に出たんだと思う。日常生活にはないもの、それを感じたくて。但し、複数で行く旅はまた全然違う。それは旅ではなく旅行であって、自分たちの世界の中で完結するものが殆どだろう。

私も最初は友人と2人で行くつもりだった。しかし相手方の理由により、突如1人になり、意地になって出かけたのがきっかけだった。しかし帰りのフェリーでは心底1人で旅に出た事の重要さを感じる事ができたのだ。

殆どの人は1人で旅に出ると、なんでと聞く。そういう人たちは、旅ではなく旅行しかしない。勝手にこの言い方の違いを私が決めているのかもしれないが、そういう気持ちなのだ。そして旅では自分の大きさや存在がとてもよく見えてくる。景色を見に行ったり、レジャー施設で遊ぶ為に行くのではない。そこに同じように何かを求めて来た旅人だけが、同じように時間を共有できるものだと思っている。

そんな連中が開陽台にもやってきていた。グループで来た連中はその中で完結しているので、めったにコミュニケーションを取ってこない。逆に取り込もうとする。

私が長く付き合っている、世代も職業も住んでいる地域もまったく関係ない友人は、殆どが旅で出会った。彼らは私と同じく、あまり旅に出なくなってしまったものもいるし、今も旅を続けているものも居る。

1人で出る事に臆する事なく、飛び出す事で、そのままの人生では到底出会う事ができなかった人や場面に出会えるようになるはずだ。

こんな私でも、今また1人旅に出れば、ワクワクした変わらぬ気持ちを味わう事ができる。それが楽しくて、やめられない。

しばらく休んでいるが、また必ず1人旅には出るだろう。こんな面白い事、やめられる訳がない。

写真は釧路郊外、標茶あたりの横道を入り込んで見つけた所。

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2007年08月02日

北海道を想う季節

くーと一昨年の夏の終わり、北海道を1週間ちょっと廻った。その後、夏の飛行機での犬のトラブルがあってから、夏は絶対に飛行機に載せたくないと思うようになり、その後は3月に2度、北海道にくーを連れていった。

くーにとって飛行機は相当に嫌な乗り物だと思う。これまで3往復しているが、3度とも往路は失禁していた。復路では大丈夫だったのだが、くーにとっては余程恐ろしく苦しい時間だったんだろうと思う。虐待と言ってもいい扱いだったのではないか。

飛行機会社はその事にどう感じているのだろうか。お利口な子なら、おとなしくしているのかもしれないが、私は殆どの犬が恐怖で震えているような気がする。そういう場が飼い主には見えない事がとても理不尽であり、もう載せたくなくなるという気持ちを客が感じてしまわないように、隠し得いるようにすら感じる時がある。

たった2時間程度のフライトとはいえ、くーが嫌がる事はできれば避けたい。時間がない飼い主にとってはとても有効な交通手段だが、フライトの前後で安全面とかの理由で空調を切られる時間がある事や、滑走路が混んでいる時に待たされている時間の状態、それより前に、搭乗カウンターで預けられて、飛行機の中に格納されるまでの運ばれる環境がまったく乗客にはわからない事は、異常ではないだろうかとすら思える。

航空会社がいつまで情報開示をしぶっているのか先が見えない状況ではあるが、くーはどんどん歳を重ねる訳で、一緒に旅行したいという気持ちとは相反するのである。なので、あらためて他の交通手段を考える事が増えた。

船では唯一、八戸苫小牧のフェリーだけが、1等船室で2名貸切の場合だけ、犬を部屋の中に持ち込む事を許されている。それ以外は倉庫のような所に入れる事になる。散歩も殆どがだめで、大型犬のように排泄を1日以上我慢する事が厳しい小型犬には、ストレスはかかる事になってしまう。
であればとふと思ったのが、北斗星。個室なら特殊手荷物でくーを入れる事ができる。札幌まで一晩で着く訳だから、案外使えるかもしれないと思うようになったのだ。

今年は既に私の夏休みはなくなってしまったし、秋には神戸に行く予定なので無理。なので来年は北斗星でまた秋頃に北海道に行こうか、という話しを由としている。

もっと犬と一緒に気軽に旅行できるようになる時代になるといいと思う今日この頃。

写真は一昨年に北海道に行ったときのもの。由とくーと誰もいない湿原の森を散歩すると、何だか充実した気分になれる。

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2007年07月20日

という事で本当に結婚記念日

10年前の今日、北海道の東の丘で、結婚式をゲリラ的に挙げた私達は、もう10年も一緒に過ごしている。丘の上で式を挙げたのは、キャンパーの知り合いが他に2組。私たちは3組目なのだが、実際は他にもいるらしい。

他に和琴でも3組。行き交うメンバーは結構リンクしていて、不便な丘の上でのイベントだったが、多くの和琴の友人も来てくれた。今思い出しても素晴らしい数日間だった。

神戸から由のご両親も東京経由の空路で入って頂き、私の両親もまだ父親が健在だった事もあり、空路で合流。由の妹さんはというと、なんと敦賀からフェリーで小樽に入り、電車とバスを乗り継いでやってきてくれた。総勢5人分の宿は一番大きいホテルに部屋を取って、式の日だけは丘に来て頂いた。あとは私の父親がレンタカーを借り、周辺を少しドライブして観光したのだった。

私の両親が帰ったあと、由がレンタカーを借り、自分の両親と妹さんにいってない所を案内していた。この時期にしては珍しく強烈に暑い1週間だった。大抵雨に降られ、肌寒い北海道らしい気候なはずなのだが、私達が揃うと結構な確立で晴れてくれた。

とある丘の古い友人は、丘に上がってきてヘルメットを脱ぎ、一言目に「こんな暑い丘は嫌いだ」と呟いた。私達も皆、日中はどこかで沸いた頭のてっぺんを刺す虫に刺されて、頭を掻きむしっていた。懐かしい夏の時間だった。

その翌日、釧路新聞の一面に載ったり、町のパンフレットに写真が使われたりしたのだったが、実はこの写真を撮る事で一悶着あった。ただ、カメラマンとしてやってきた方は、私の条件を快く飲んでくれた。それは、私達の為に集まってくれた友人の顔が分かるような写真は使わないでくれという事。写真を嫌う友人も多く、そんな友人達に嫌な想いをしてほしくなったからだ。

強く願った所、パンフレットには遠くから広角で撮った写真が使われて、ほっとしたのも思い出せる。反面釧路新聞には見事に前から撮られていたのだが、新聞だけにあまりよく見えずこれもほっとした。顔が写っているのは私達だけだから、まあいいかという事に落ちついたというのもある。

そんな10年前の夏。あっという間でもあり、もう10年という気持ちもあって、不思議なものだ。確かな事は、そういう夏は私達にあった事。

写真は結婚式の時に1週間程テント生活をした時、洗濯物をバイクで干すの図。よい天気に恵まれ、12連休を取って最後の1泊は釧路のビジネスホテルだったが、それ以外は開陽台に全泊したのだった。由のバイクは残念ながらもう今は友人の足になっている。

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2007年07月07日

七夕の戦士たち

梅雨らしくなってきた。ちょっと前までは日差しが出ると真夏のようにジリジリと暑さを感じたものなのだが、案外朝晩は涼しかったりした。ただ時期が時期だけに、湿度は高く、じめっとしているとすぐに蒸し暑さを感じたりする。

そして今日は七夕。また今年も北の湖に向けて走っている熱い連中が居るはずだ。何人か知り合いが参加しているので、後でその話を聞くのが楽しみだったりする。

私はすっかりバイクに乗っていない日々になってしまったが、あの自分に課した目標に向かって走り続ける時の気持ちは今でも思い出せる。そう、私もいつだって走り出せるのだ。

七夕は毎年梅雨の時期。星空と焚火と酒を一層楽しむ為に、彼らは走る。彼らがそれぞれ無事に現地に到着し、笑える事を祈りながら、私は今年も自宅で彼らの事を思ってみるのだった。

写真はフィクションとしておこう。カタナのメーターらしい。

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2007年06月22日

エベレストBCへの道

中国が北京オリンピックに向けて色々と慌ただしく準備をしているようだが、その中の一つのネタで、なんとチベット側のチョモランマBCへ、高速道路を引こうと計画しているらしい。

チベット横断鉄道なんかも永久凍土の上にどうやって線路を敷くんだとか、メンテナンスをどうするのだとか思っているうちに、開通してしまっている。そう、向こうには途方もない人件費の安さを捻出するマンパワーが有り余っているのだ。

今回の高速道路計画も、どうやら聖火リレーの経由地になっているチョモランマBCの為に計画されているようで、シガツェから108kmをこれから作るらしい。単なるメインルートでも簡易舗装なのに、このあたりはメンツと国策という部分で実際には実現してしまうだろう。

他にも大気汚染やら農薬、ダムによる干ばつなど話題に事欠かない中国だが、私は食文化としての中華料理の偉大さ、歴史に積み重ねられた文化などは奥深く素晴らしいものを沢山持っていると思っている。中国を旅する事も、中国で大変な目にあう事も、それはそれで文化の違いもあるので当然だし、また日本にはない素晴らしいものを沢山経験させてくれる。

ただ、折角同じ地球という一つの星の上に住む人間として、どんな民族ともどんな宗教も敬い共存していけるようになって欲しいと思う。これから生きていく人ができるだけ多く幸せでいられるように。たかだか人間は100年も殆ど生きられないのだから…

写真はネパールのアンナプルナ山系でトレッキングした時、ダンプスのロッジに泊まった日の朝のもの。由がお茶を飲みながら、壮大なヒマールを眺めている。エベレスト(チベット名:チョモランマ、ネパール名:サガルマータ)は、ここからはさすがにみえず、カトマンドゥからの方が近い。

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2007年06月15日

知床のダートは今年も通行止

初めて知床のカムイワッカの滝へ行ったのは、1986年の夏の終わりだった。85年は五湖を回っただけだったのだが、バイクがRG250ガンマというフロントの方が径が小さい、2ストロークのレーサーレプリカだった。その為、夕方という時間もあって、諦めたのだった。

86年は、沖縄からの日本縦断中だったので、徹底的に回る予定だった。ただ行きたかったカムイワッカの滝には、人であふれていたのだが、その中で若い女性が洋服のまま滝壺に入った姿をみて、なぜかとても興ざめしてしまったのだった。この温泉は秘境でも何でもなく、単なる観光地だった事に気がついた瞬間だった。写っている写真には、私の仏頂面が写っていた。

カムイワッカにはその後、2度行っている。翌年のカムイワッカは、滝の上り口を塞ぐように路肩で並べられた観光客の車で埋まっていた。それこそ車たちはUターンするのに路肩を崩し、道にはバスが来るのかカーブ手前にはブレーキングの影響か、洗濯岩のように道が掘られ、酷い有り様だった。ブラインドコーナーを飛ばしてくるレンタカー。何度危険な目にあったろうか。それをみたからかなのか、カムイワッカへの思い出はよいものではないのだった。

知床五湖からカムイワッカの約11kmは、今年も夏の観光期間は通行止めになる。そのその分シャトルバスでのピストン輸送になるのだが、路面へのインパクトは実際どうなんだろうか。バスの方が未舗装路への影響は少なくない。人の入る数は減ったとしても、それはなくなった訳ではない。いっその事、5年間位は誰も行かなければ、随分マシになるのだろうかと思うのだが。

世界自然遺産に認定された知床。その分観光による収入も落ちる所もあれば、手前のウトロに落ちる収入は増える所もあるだろう。損得ではなく、知床という日本で有数の手つかずの自然を、どう守っていくか、どこまで人が容易に入れるようにするか、色々と決めなければならない。

写真は知床に向う途中、斜里の周辺で脇道のダートに入った所。

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2007年06月08日

相変わらず古い映画で

バイクが出てくる映画は好きなので、古い映画をリッピングして、ポータブルマルチメディアプレーヤーに入れて持ち歩いている。流石に通勤時に1本は無理なのだが、まあそれなりに観ているとあっという間に時間はすぎてしまうので、うまく使えば気分転換になってよい。

今入っているのは、松田優作氏の遺作、ブラックレインや、片岡義男氏原作の彼のオートバイ、彼女の島などだ。どちらもストーリーやシュチュエイションの矛盾はいくらでもあるのだが、シーン的に好きな所があるので好きな作品と言える。

ブラックレインは強引なストーリーに流石ハリウッド映画という所で、日本なのか中国なのかよくわからない部分が目立つ。中で使われている日本語もおかしい所が多々あるが、日本人のそれも有名な俳優が演じている部分は素晴らしい。文化の違いがわかるのはやはりネイティブだけなのだろう。

シングルのオフ車にインラインフォーの音を重ねていたりするのはとてもよくあるパターン。この作品も多分に漏れず、2ストシングルのオフ車が集合管サウンドを奏でている。

日本のその筋の人々のシーンは、時代錯誤かもしれないが、それなりに雰囲気が出ていてよいと思うのだが、どうなのだろう。私もそんなものはよくわからない。忠実に映像化する訳ではなく、エンターティメント作品なのだからまあいいのではないかという程度だ。

そしてもうひとつ、なんと大林宣彦氏監督のカドカワ映画。原作はカドカワ文庫、配役も渡辺典子や原田貴和子と、カドカワ一色の映画なのだが、ちゃんとW3-RSやW1SAを使っている所は偉い。それを惜しげもなく転倒させる所は、ストーリーとは別に勿体ないと思ってしまう。

CB250RS-Zやヨンフォアが使われている部分は、時代がごっちゃになっているのだが、原作にはほぼ準拠しているので許される範囲だ。数少ないツーリングをシーンの中に取り込んでいる日本映画として観れば、観れない事はないのだが、時折あまりにも臭すぎるセリフやシーンに正直鳥肌を立てたりする事もできる作品だ。

好きなシーンは、やはり冒頭の信州は別所温泉へツーリングするシーンや、瀬戸内のフェリーのシーン。内容はどうでもいいのだ。

今はW650というバーティカルツインを再現した同じ路線のモデルがあって、一時期とても興味をもったのだが、私にはあまり向いてないような気がした。SRXのようなフェアリングなしのバイクで旅すると、汚れが隅々まで入り込んで大変なのだ。おまけに乗り手の体も汚れる。

バイクらしさのイメージでは、W3-RSは確かに美しく、音もよく、日本の旅するシーンに素晴らしく溶け込んでいると思うのだが、私としては別にカタナだっていいと思ってしまう。四国はRG250ガンマやXRで旅したのだが、流石にガンマは似合わなかった。日本の山村を旅する時に、絵になるバイクはやはり、私の趣味にあう車両でもある。


写真は阿蘇の外輪山。日本縦断の時、沖縄から九州は鹿児島に渡り、フェリーで宮崎に入ったあと、阿蘇まで霧島を抜け山の中を走った時のもの。日本の正しい山村風景をこの夏、これでもかと見て感じる事ができた。

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2007年05月01日

益子への旅2

益子を出たのが14時半頃。私は渋滞の始まる予想となっている15時に柏付近を通過したかったのだが、既に遅くなってしまった。ただ渋滞も酷くなる前に通過できるだろうと思ったのだが、由がいつも通りの調子で、どこかくーと遊べる公園に行きたいと言い出し、益子の森とやらへ行く。

しかしあまり広い所ではなく、どちらかというとハイキングコースのような感じで、いい感じなのだが、私がこれ以上歩くと疲れるので、諦めて貰った。

それだけでは納まらず、笠間の陶器市である陶炎祭(ひまつり)にも行きたいと言いだした。これはもう渋滞は仕方がなさそうだ。笠間までの道すがらは、しっかり由はお休みタイム。看板が途中からなくなってしまい、少々迷っているうちに由が起きた。124円/Lのガソリンスタンドをみつけたのでとりあえず給油。スタンドの店員に陶炎祭会場を聴いてもあまりよくわからないというのは少々驚いたが、笠間芸術の森公園という看板があって、そこに行けば判るだろうと向うと、すぐに見失った陶炎祭の看板を見つけた。

駐車場を探していると、突然表示が出て通りすぎてしまった。その先を左に入ると、駐車場が満杯の手作り豆腐のお店を見つけた。そこにとりあえず行き、ついでに賑わったいるならとざる豆腐と豆乳ソフトを買い、あらためて陶炎祭の臨時駐車場へ向う。

そこは中学校だったのだが、警備員に話を聞くと、そこからは徒歩10分以上かかるらしい。何せ陶炎祭というのは初めてだった私たちは、くーもいるのでできれば近くまで行きたいというのと、時間も16時近かったので、会場まで車で再度移動する事にした。

会場の駐車場、北側はまだ数台の駐車車両が渋滞していた。ほどなくそれは料金の支払いでの渋滞だとおわかり、5分ほどで無事入れた。あとから調べると、北駐車場というのは一番混む所らしい。あと1時間ちょっとで終わる事から、何とかスムーズに入れたという事らしいのだ。

駐車してすぐに、どこが会場なのかさっぱりわからず、まず美術館のような高台に上ってみると、とても広い芝の勾配のついた広場に出た。くーは大喜びだったが、目的は陶炎祭会場だ。ほどなく看板をみつけてその広場から離れると、お祭りのようなゲートが見えた。

広々とした会場に、通路沿いにぎっしりとテントが並んでいる。まん中にはステージがあり、生演奏も行われている。益子よりも見やすく、広い。なかなか好感が持てる。作品は当然1時間ちょっとでは見切れず、あらためて来年は笠間の方にも1日くらい時間をかけたくなった。

食事ができる出店もなかなか色々とあって、若者が多かったように思える。益子は元々製造所や販売店がアウトレットを売る祭りのようなものだったのが、今では作家が自分のテントで出展したり、地元の人たちが野菜や味噌などを売りはじめ、拡大してきたもののようだが、笠間は陶芸家たちが自主的に祭りとしてはじめたイベントが成長してきたものらしい。なので、笠間の方は、案内地図にはテント毎に出展者の名前が記されており、お気に入りの作家を見つけやすいのがよい。益子は個人の出展テントは、足で探さなければならないのだ。

そういう意味で、どちらも味があってよい。陶器市はお祭りであり、見て歩くだけでなく、つまみ食いしながらゆっくりと過ごすにはよいイベントだ。

写真はこの日買った陶器一式。本当は小鉢と丼も欲しかったのだが、これといったものが見つからなかった。上に写っているしっぽは、言わずとしれたくーのもの。

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2007年04月30日

益子への旅1

磁器よりも陶器が好きな我が家は、毎年この時期になると、益子へ足を伸ばす。くーがやってきてからも、2度くーを連れながら益子の城内坂を歩き回った。

愛用していた茶碗やコーヒーカップが、やはり長年使っていると欠けてしまったりするので、そろそろ行きたいと思い、私から提案したのだった。

ETC割引時間帯に出発。最近縁がある茎崎ドッグスポーツ公園のある谷田部を越えても、まだ先だという事に気がつき、益子はそれなりに遠いんだなと改めて思った。春と秋に行われる陶器市には、春の方がよく足を運んだが、秋に行ったこともある。その中で、宇都宮のビジホに1泊しつつ、宇都宮市内の餃子やスーパー回転鮨を楽しんだ時もあった。今回はいつも通り、日帰りだ。

ETC割引で安いので、北関東道の友部ICまで乗ろうと思ったのだが、少しでも節約しようと、結局いつも通り岩間ICで降りた。時間も早いという理由もある。途中のコンビニで朝食を買い、ゆっくり車の中で食べる。時間はまだ早く、9時からという公式の開催時間だが、7時半には到着しそうだ。

いつも使っている1~1.5車線しかない山道を走り、到着。しかしまだ殆どの駐車場が開いておらず、うろうろしてしまう。城内坂のまん中に停めた事もあったが、結構混雑して抜け出るまでに結構苦労した思いがあるので、往復を1回に絞り、ちょっと離れているが100円と書いてある駐車場に様子を見に行ってみる。

すると人のよさそうな栃木弁であまり意味がわからないおじいさんが用意をしていた。どうもお金は仕方なく取っているようで、そのお金も全て寄付してしまうそうだ。他に1台だけ停まっている巨大な広場に、ロッキーを停めた。

くーは早速誰もいない広い駐車スペースの芝を走り回る。少し運動させたあと、ゆっくりと城内坂方面へ歩いていくと、5分ほどで付いた。ゆっくり歩いていくと、我が家が毎年必ず立ち寄る井上窯でまず休憩。店はまだ開いたばかりで、ここでお茶するのが毎年のパターンなのだが、すっかり食事処になっていて、店の名前は陶知庵となっていた。スタッフの方もこれまでのおじさんと違い、大勢で運営しているようだった。

流石にまだ8時過ぎなので、ゆっくりと歩きだし、坂を下っていく。色々なテントが並んでいて、これだけをみていても楽しい。旅心をくすぐる調理屋や小物が並んでいる。たっぷり朝の紅茶が飲めるように、マグカップでよさそうなものや、茶碗でシンプルだけど暖かい感じがするものをみつけた。

毎年のように来ていると、ひいきの作家やエリアが出てくる。若手が頑張っている「かまぐれの丘」も好きな所だ。そこに寄るとくーが排泄タイムになってしまい、仕方なく何年か前にくーを広い芝生の上で遊ばせたメッセの会場に登ると、上にも多くの出展者がいた。そこらへんも眺めていると、裏に降りる道があり、折角だからとコースを変更して、一通り眺めていく。益子は脇の出展テントがどんどん増え、メインルートである城内坂以外から拡散してしまっている。つながりよく見ようとすると、行き止まりを戻ったりしなければならず、ちょっと不便なのだ。

ちょっと戻りながら、日差しがあまりにも強くて暑いので、これもいつも食べるジェラート屋でミルクとミルフィーユを注文して、一休み。

丼や小鉢を買ったことがあるお店で折り返し、途中タラの芽やウドなど天ぷらによさそうなものを探したり、お昼を食べる場所を探す。結局陶知庵に戻り、特製ランチプレートの筍ご飯と雑穀ご飯を頼む。でざートも頼みたかったが、何しろ混んでいたので、くーも落ち着かなくなりそうなので撤収。

一番端のつかもと陶芸広場を最後に見て、日差しが暑くバテバテの私とくーは、駐車場に戻りエアコンの効かせた車で、最後につかもと本店へ。ここは由だけが見にいく。気温は30度近いのではないだろうか。日差しが強烈で、エアコンがききにくい。くーに涼しい風が行くようにすると、運転席が暑い。

結局茶碗3ペア、マグカップ1ペア、ビアカップ1ペアと小さいボタンを3つという買い物をして今年の益子陶器市の成果となった。

写真はいつも昼食や休憩に使わせて頂いているリニューアルした陶知庵の前で。

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2007年03月14日

丘の本と言えば

私が一番好きな場所はどこか、といえば、多くの友人はまず間違う事はないだろう。一時期は揺らいだ事もあったのだが、やはり結果的に私が好きな場所というのは、明らかなのだ。

開陽台。知っている人は知っている。知らない人はどこにあるのかさっぱり分からないだろう。今ではネットという便利なものがあるので、ちょっとググればすぐにどこなのかがわかる。しかしその場所に行くには、やっぱりそれなりに時間や労力をかけないと無理なのだ。それが旅というものでもあるだろう。

この丘を知ったのは、最初どこだったのかよく憶えていない。初期の頃だと思われるのは、先日のブログで書いていたTRAILだが、それよりもきっとモーターサイクリスト(別冊ではない方)や、ホットドックプレスの北海道ツーリング特集だったと思う。そして前後して佐々木譲の小説。

丘に訪れる旅人というよりは、丘を目指してくる旅人の中には、この本「振り返れば地平線」を読んできたという人も居た事だろう。かくゆう私も、初めて丘の上に立つ前に読んだのだった。

ストーリーは正直な所、陳腐な男女3人のロードムービーといった所だろうか。黒塗りのセリカが絡んでくる所で、眉をしかめたくなったのは本音だ。もっと旅を前に出してほしかった。折角初めて丘の話を聞いたという喫茶店のシュチュエイションは秀逸なのに。残念な展開だった。

ましてやその数年後だかを描いた「いつか風が見ていた」なんかはもっともっと酷い。丘の話は既に一切でなくなっていたので、丘は著者にとってその程度のものだったのだろうか。

異性が絡んでくるストーリーは、現実に実は多いのも知っている。ちょっと女性ライダーがいると、とりまきができ、そのとりまきは集団で移動する。ミツバチ族ならではか、女王蜂が現れるとせっせと蜜を運ぶ働き蜂が集まってくるという事に、悲しい位に同じ事が現実に目にする事が少なくなかった。

そういう話で丘を塗りつぶして欲しくなかったのだ。

この本はこれ以外に文庫本も持っていて、それは貸したまま帰ってこない。別に同じ内容なのだから構わないのだが、本が人の手に渡り、手にした人がまた丘を想い馳せるような事があれば、それだけでもワクワクするじゃないか。但し、私と同じように、ストーリーでなく、丘に対してだけで良い。

既に廃刊になって久しいので、これから手に入れるには、難しくなってくるだろう。私は少なくともずっとこの2冊は手元に保管しなければならないものだと思っている。

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2007年03月13日

北海道旅行レポ最終日-その2

フライトの時間までまだ少しあるので、性懲りもなく美瑛に戻る。そしてケーキがおいしそうなパン屋兼カフェ、「あうるのぱいん」でお茶しようと行くがお休み。近くの「ブラン・ルージュ」へ行くと、何とかやっているようでケーキセットで休憩。オーナーご夫妻と怒られたのか、子供がずっと泣いて歩きまわっているだけで、他にお客さんはいなかった。しかし天気は大荒れになってきて、地吹雪になってきた。くーをちょっとだけ外に出して、早めに空港へ。

空港で車を返し、チェックイン後、搭乗30分前にくーを預けるまで、由はお土産の買物。私は1階の片隅で3日ぶりにネットに繋げたりしていたが、ここでも入れ代わりたちかわり台湾人ツアー客に飲み込まれてしまった。場所がどんどん侵略され、くーのすぐ近くで大声を出したり拍手をしたりとたまったものではない。由が買物から帰ってきてすぐに外で少し散歩。これから2時間ちょっとまたくーにとっては恐怖の時間な訳だから、少しでも気分をリフレッシュしてもらわないと。

JALの愛想のない手荷物預所の年配の男性と若い女性に預けるが、こちらの心配をよそに何も言葉を発しない。無表情にくーを持ち上げて奥に置いた。失礼な係員にあたってしまった。預ける気持ちがどれだけ苦しくて辛いのか、まったく感じるそぶりもない。こういうJALのスタッフが、一生懸命に仕事をしている客室乗務員やスタッフたちのイメージに迷惑をかける。このスタッフだけが問題なのは分かっているが、やはり利用客としては不満なのは仕方がない。お金を取って行っている運輸「サービス」業なのだから。

探知機ゲートをくぐる直前に、20分の出発遅延といきなりアナウンス。くーの恐怖の時間は20分増えてしまった。しかし私達にはどうしようもない。涙を飲んで搭乗待合室へ。人ごみでどこにも座れず。椅子すら満足に数がない空港というのも問題ではないだろうか。旭川空港は初めて使うのだが、二度と使う気になれなくなってしまう。

相当に天気が荒れているようで、途中何度も大きく揺れた。その都度くーが気になる。結局定刻の30分遅れで出発。そして着陸前も上空での待機命令が出たようで、そこでも20分追加。結局3時間以上かかって、くーと再会となった。荷物のターンテーブルが動き出すのも、くーが出てくるのも今回は随分遅かった。天気が悪く、混んでいるのもわかるが、生き物んお扱いは迅速に対応できないものだろうか。不満が多く残る。

くーの引き取りをする所で、行きにくーを預けた若い女性地上スタッフに再会した。ちょっと話が通じない変わった子だと思っていたが、雑談をするとどうもダックスを飼っていて、今日も連れてきているという。また機内で意見カードを書いていた時に対応してくれた客室乗務員のチーフの方も、一生懸命であり、家族として犬を乗せている客に対して、運輸サービス業としての会社がフォローしきれていない事に心を痛めている。現場の人はみんな一生懸命なのに、サービスメニューとして、しなければならない事ができていない状況に対して、自分が何かできないかを悩んでいる。企業側は現場の声をなぜ真摯に受け止めて、対応をしていけないのだろうか。JALの評判は、そういうひとつひとつから、回復していけるはずなのに。

それこそ今後一切JALを使うのをやめ、ANAに全てカード類も移行する事も検討している。毎回心配をしなければならないようなサービスは、サービスとは言えない。

民間駐車場の送迎バスに乗ると、暖房で強烈に暑い。くーに15分だけガマンをして貰うが、怖い思いをした上に、苦しい環境に置かれて黙っていられる訳がない。何とかなだめる努力をする。バスの外はこれでもかという嵐だ。前が時折まったく見えなくなる。駐車場は屋根がある所なので、無事にロッキーを引き取る事ができた。

ワイパーが効かないほどの雨と風の中、レインボーブリッジが突風で閉鎖されている情報をPCで知ったので、平和島から首都高速に乗り、命懸けのような環境で早稲田まで一気に走った。部分的に雨が溜まっており、そこを通過するとハンドルがアウト側にひっぱられたり、豪雨で何度も前が見えなくなる状況だったので、スリル満点だった。

地元のハンバーガー屋で簡単な夕食を買って自宅に着くと、雨は殆どあがっていた。車もすっかり洗われたようになっていた。荷物降ろしも濡れずに済んだ。

あっという間の3泊4日の旅行だったが、由はそれなりに楽しかったと言っている。また富良野・美瑛を冬に来たいと言っているので、よかったと思う。私も楽しめた。くーがもっと気軽にかつ安全に飛行機に乗れるような時代に早くなってほしいと願うばかりである。

写真は圧巻だった十勝岳を望む露天風呂、凌雲閣より。冬の山の迫力を間近に感じる事ができる。

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2007年03月12日

北海道旅行レポ最終日-その1

北海道最後の朝。ゆっくりお茶を飲み、朝食を取ったあと、布団の片づけや簡単な掃除。犬可の宿が犬禁にならないように、泊まる1人1人が自分に甘える事なく気を配らなければならない。できるだけの事をして、使った食器を洗って片づけ、チェックアウト。

ちょっとくーの足から血が出ていたのに気付いたので、今日の運動は控える事に。本人は痛みとかを一切感じていないようだが、トイレなどはしてもらわないと困るので、広い場所でくーを遊ばせようと、一番近かったぜるぶの丘へ。誰もいない中、ぐるっと場内を散歩。並んでいる木をスラロームに見立てて遊んだ。

今回知らぬうちに目的になってしまった旭山動物園へ向かう。由がとても楽しみにしていたのだ。時間的には開演時間20分後位に到着したが、途中みぞれが降り、主要な道路はシャーベットもなく、雨で濡れていた。

まだ開園して間もないのに、旭山動物園の駐車場は結構な車。正面の無料駐車場に停めて、早速園内へ。すると今回これまでにみた事のないほどの人が居た。この動物園の人気度は、人口密度をみれば圧倒的に感じる事ができる。

ただ、殆どが台湾からの旅行者で、強烈な集団パワーで圧倒されてしまった。私たちも海外に旅行するのは大好きなので、楽しんで貰えるのはいいのだが、その国の文化や生活習慣に対してはやはり敏感になるべきだと思う。特にツアーになるとどんどん自己中心的な言動になる。ストロボをたきまくり、水槽を叩く集団にはうんざりさせられた。全てが外国人ではなかったので、結局人の中身の問題でもあるようだが。

噂通り、ペンギンやアザラシ、白くまの施設は素晴らしくよくできていて、私も楽しむ事ができた。ただ運悪く、11時だと思っていたペンギンの散歩は、なんと今日から午後に1回だけとなってしまっていた。数日前に決まったらしい。由もがっかりしていた。しかしこれだけ暖かく、雪が少ない中に散歩させるのもかわいそうというものだから仕方がない。

一通り見て、13時近くになって予定していたラーメン屋に向かうと、なんと休み。仕方なく、また近場という事で、行くつもりがなかった旭川ラーメン村へ。チェーン店だが他に食べたいと思う店がなかったので、結局山頭火へ。

由は初めてだったが、豚トロラーメンの塩を頼む。以前美瑛店で食べた時は豚トロは売り切れだったのだが、その肉の量はすごく、とてもじゃないがもう1件位と思っていた気持ちは消えてしまった。私がこれまでに数回食べた味よりもちょっと濃厚なような気がしたが、なかなかおいしかったらしく、由も満足だった。

敷地内に色々な店があり、フィッシュランドというキャンパーにとっては面白いものが手に入る釣具屋があったので立ち寄る。案の定キャンプ用品などもなかなか面白いものがあって楽しめた。由はオヤツ入れになるケースを2つ購入。もっぱらワカサギ釣り用品が多かった。

写真は睨めっこしても微動だにしないキングペンギンさん。

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2007年03月11日

北海道旅行レポ3日目-その2

ルートは他に白金温泉しか先にないのだが、多くの車が山を降りてくる。驚いたのはバイクが2台降りてきた事だ。まだまだツーリストスピリッツを持った旅人が居る事にちょっと嬉しく思ったりする。白銀荘前には毎年のようにこのシーズン、旅の友人がテントを張り、山スキーを楽しんでいた事もあって、私も冬に訪れたかった。

標高1280mの凌雲閣に到着すると、目の前に壮大な十勝岳や真っ白な山並みが、まるでネパールのような風景でその標高差にゾクっとする。しかしあっという間に雲に隠れてしまった。

凌雲閣に入ると冬季割引で600円だった。お金を払い、いざ露天へ。露天からの大パノラマである十勝岳や美瑛岳は雲に包まれていたが、30分ほど湯船を出たり入ったりして待っていると、すーっと真っ白な稜線が雲の中から現れるのを見る事ができた。温泉にもしっかり暖まり、寒いはずだが汗ばむ位に身体はポカポカ。普段はこんなに長風呂をしないが、ここで山を見られないのは流石に悲しいので頑張った。

私としては長風呂だったが、由はもっと長風呂だった。私は一旦車に戻り、さっきよりももっと雲が切れてたので、山々の風景を撮影していると、右下の方から由の声が。どうやら露天で他のお客さんから日本酒を貰い、雪見山見酒で楽しんでいるようだ。しばらく山を眺めて楽しみ、出てきた由と共にくーも外に出して散歩。富良野在住のJRT連れの人や、山荘のラブラドール、ゴンタ君やミックスの子など、犬率も高いのもちょっと予想外だった。

駐車場脇で雪の横に穴をあけて堀り、中で過ごせるようにした施設があった。山荘のおばさんから声をかけられ、中に入ってみると、相当に奥が深い。部屋が3つに別れていて、中にはガソリンストーブなど生活用品もあり、楽しそうだった。

由がみたことがないというので、北の国からで宮沢りえが入った吹上の湯や、白金の温泉保養センターも見学。麓に降りて、夕食の為に富良野へ向かった。

中富良野をすぎた頃に陽が落ち、富良野駅前で情報収集。ワッフルの美味しい店があるようで、そこに立ち寄り夜のお茶菓子を購入。その後今日はコース料理でもとガイドにしたがって移動するが、探しても見つからず。結局これも由が未経験という理由で、カレーとソーセージが有名な唯我独尊へ。私は3度目だ。

建物は昔と変わってなく、古ぼけた山小屋の雰囲気。壁には旅行者の定期券やら青キップなども貼られている。冬だけというカレードリアを頼んだらなかなかおいしかった。由もオムカレーを頼み、ちょっと辛かったがおいしかったと満足。

R38をハイペースで美瑛まで戻り、美瑛にある現金カードを持っているモダ石油で給油。ただセルフは給油している間がとても寒い。温泉の効果は既に消えていた。宿に戻り、折角だからと風呂を入れ、身体をゆっくり暖めた。

明日はもう帰られなければならない。天気は大荒れという予報なので、飛行機の心配をしながら、明日の用意をして就寝。

写真は輝く雪庇の十勝岳をバックに。圧巻の風景だ。

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2007年03月10日

北海道旅行レポ3日目-その1

ストーブは夜や外出時は微小にしてつけっぱなしにしていいとオーナーに言われていたが、夜は消してみた。軽い羽毛布団や、敷布団が2枚で厚くふかふかだった事から、快適に眠る事ができた。珍しく私は肩こりもない。

くーは早く遊びに行きたくてウズウズ。先に起きた私が動きだすともうじっとしていられない。由も起こされ、ジャケットを着て排泄散歩。といってもすぐ近くの雪だまりをくーは激しく走りまわるだけ。近くの道路を通る車も一切ないので安心だ。

別荘の朝という感じで、お茶を沸かして昨日買ってきたパンやらスープを飲みながら朝食。広い家は羨ましい。いつかこんな家で住みたいと話しつつ、すっかり落ち着いてしまった。

同じ場所に連泊なので、荷物は殆どそのまま。カメラやらくーのクレートやら何やらを積み込んで出発。まずは美瑛の木めぐり。るるぶ観光者のように、有名所を攻める予定だ。

ケンとメリーの木やらマイルドセブンの木、親子の木、セブンスターの丘などをまわり、モデルさんであるくーを撮影。夏も少しはまわった事があるが、人だらけだった。今日は日曜だし、冬もそれなりに観光客を見越していたのだが、殆ど観光客と遇わない。すっかり貸し切り気分で写真撮影できた。

途中パン工房小麦畑という店で明日の朝パンを買い、一旦美瑛の駅前へ。観光情報センターというものに初めて入った。美瑛・富良野は私はあまり訪れていない。回数にして5~6回程度だと思う。どちらかというと人の多さや客層で、今回も由が道東ばかりじゃなくてという意見でこちらを中心に予定を組んでみたのだが、それなりに来てみると楽しいものだ。

昼を過ぎてしまったので、どこかと考えた末に、富良野産の野菜を使った洋食屋、「木のいいなかま」で、由はオムライス、私はきたあかりなどの地元産のじゃがいもを使ったグラタンを食べた。ここも私達の他に客は2組だけ。本当に冬の観光シーズンの日曜なのだろうか。

哲学の木をまわり、