2011年08月08日

風邪ひいて病院へ

先週金曜の港北NTでの仕事から喉が激痛でひどく、喉頭炎を起こしている感じで熱っぽい朝。動けなくて休んでしまった。丁度というかこの日はくーの免疫療法の日。一緒に病院に行く事にした。

そう、私の通院ではなく、くーの通院である。もう抗癌剤治療を終えて半年経つのだが、地道に保険が効かない先端医療であるリンパ球の投与による免疫療法を続けている。確証はないが、今は続けるしか他に方法がない。

10時からの予約で、病院を出たのは13時頃。およそ3時間を病院ですごし、帰り際にコンビニで昼飯を買って帰った。今回予定していたレントゲンとエコー検査は、先生が多忙によりレントゲンだけになってしまった。次回2週間後には、また培養のための採血に行くので、その時に受ける事になるだろうか。

あらためてレントゲンでは限界である画像に対し、先生は「はっきりさせたいならCT」、「半年に1度程度レントゲンを撮り、経過観察を続けやはり気になる結果が出てきたらその時にCT」という2案により、私たちは後者でとりあえず様子をみている。

くーの転移がおこらないように、心の底から願いつつ、通院は続く。

写真はごはんを待っているくー。
そう、今日の通院は私のではなく、くーのであった。

20110808.jpg

2010年02月24日

40肩の激痛

今朝、起きてからとんでもない位に右肩が痛かった。

午後まで痛みを我慢して仕事をしていたのだが、何にしても痛い。じっとしていても痛みが消えず、早退して病院へ向かった。山手線で座っているだけでも、隣の人と肩が触れるだけで激痛…

診察で触診を受けた時に思わずその痛さに声が出てしまった。注射を打ち、15分ほど横にさせられたのだが、その間もとにかく痛い。痛いとしか言いようがない。

三角巾で右腕を吊られ帰宅。食事も左手で済ませ、やっと少し腕が動かせるようにはなったのだが、まだ動かせる部分はとても狭い…

くー左前足、私右肩…年始から色々あるようで…

写真はこんな事もしていたという写真。肩の痛みなんかなかったのだが…

20100224.jpg

2010年02月16日

40肩は続く

4年ちょっと前に、いわゆる40肩になった。フリスビーを始めてからのような気がする。いつも行く整形外科の先生にレントゲンを撮って貰うと、肩の間接の所にうっすらと突起が見えた。先生は、「石灰化だな」と言った。

その後電気のマッサージと温める機械でリハビリをして、しばらく通いなさいと言われたのだが、結局そのまま放置してしまっていた。ネットで調べても、効果的な治療はなく、痛い時も我慢できないレベルなら鎮痛剤や注射という方法もあるが、基本的には放置という治療方法だった。

しかしずっとその痛さは変わらず。一昨日から激しく痛くなり、それこそ寝返りなんかまったく打てないほどに激痛が走って眠る事もできない。なので会社を早退してその整形外科に行ってきた。

今回もレントゲンを取ると、なんと石灰化していた部分がきれいになっている。先生も「消えたね」と言う。という事はやはり何もしないのが治療なのか?

結局この痛みも炎症がおきているからという事で、またリハビリ治療をすると、少し楽になった。それでもまだまだ強烈に痛む時がある。

こうしてキーボードを打っている時も結構痛い。

40肩が治るまでは、3年以上かかる人も少なくないというなので、希望をもって、落ち着くのを待ちたい。

でないと、くーの足がよくなった時に、フリスビーをしてやれないから。

…それよりも日々のこの痛みをどうすればよいだろうか。我慢しかないのだが…

写真は昨年のGWで飛び入り参加したNDAのドギーズクラスでの私。くーが大好きなディスクを投げてやれるようにならねば…

20100216.jpg

2009年12月04日

急性腸炎でダウン

汚い話だが、日曜の早朝から水様便が止まらない。熱はほとんど平熱なのだが、日曜は下がひどかったがそれほど苦痛ではなかった。そして月曜の朝未明に数回吐いた。ほとんど出ないのだが、胃に残っているのは土曜の夜に食べたもののかけらだった。

会社に行ける状態どころか、病院に行くのも辛いが頑張って行く。ノロか急性腸炎ではと診断を受け、薬を貰った。その薬を飲んで水分だけを採っていると、少し楽になってきた。夜に湯どうふを少しだけ食べる。

火曜になっても水様便が止まらず。頭痛もしてきたのだが頓服は胃を荒らすので飲めない。苦しみながらも食欲が少し出てきたので、朝おかゆ、昼はうどん、夜はまた湯どうふを食べたのだが、23時すぎになって胃が苦しくなってきた。水様便もまた酷くなってきた。

水曜の朝がきつかった。ほとんど眠れず、夜中30分おき位のトイレの往復。外が白みはじめてきた頃1時間ほどウトウトするが、苦しくて寝ていられない。悪化したという感じである。

夕方になって少し楽になってきたのだが、胃がとても張っている。便もあまり改善しないが、少し止まってきた。もう水しか飲まないと決めたので、少し改善してきたのかもしれない。頭痛は断続的にあり、これは私の慢性病だ。ただ、群発頭痛ではない。

既に今週は4日も休んでしまっている。来週月曜にはちょっとした部内の発表があるのだが、その準備がまったくできない。これも困った事だが、正直どうにもならない。

結局落ち着いてきた今日、まだまともに食事ができない。ウイダーインゼリーやカロリーメイトゼリーを買ってきて貰って食事にする。

何とか危機的状況は脱したが、5kg弱やせてしまった。

写真は水しか飲めないがちょっとだけ食欲が出てきた時に妙に食べたかった友人のつくるつけ麺。本当に食いたかったのだ。

20091204.jpg

2009年11月29日

母親入院(その2)

母親が転院した病院は結構壮絶で、古いサナトリウムのような雰囲気だった。待合室には大量の外来患者が来ていて、随分待たされたが無事8人部屋に入る事ができた。この時点で母親はほとんど通常に戻り、前の通り自己中心的なわがままな発言や態度が出るようになっていた。

とりあえずこの病院で救急搬送された病院から申し送りされたカルテから、今回の原因究明の検査などになる。しばらくこの病院にいる事になり、病院大好きな母親は文句をいいつつも安全で平和な環境に入る事ができたのだった。

昨年はナトリウム欠乏症で意識混濁を起こした母親だが、今回もあわせて体に異常がなくても薬を飲みたがる事から起こしたものだと思われる。我が家は階段が多く、私自身の体の弱さもあってとてもではないが同居はできない。この事は兄にも進言してわかって貰っており、独身で戸建てに住んでいる兄がいづれは面倒を見る事になるが、自営業を営んでいる事から、それも限界は来るだろう。

介護という現実は日に日に迫ってきている。状況は違うだろうが、誰にでも親の介護や老後に対する対応は必要になってくる。それが現実なのだと思う。

母親は今年80歳。実の所老人性の鬱がある位で、生理的にはこの年としては問題のない健康体だ。兄は昔から甘やかされて家の事なんか一切しない男だった。私は私自身が6歳から病気がちで、家にいる事が多かった事もあり、母親が病気の時などは家事を一切請け負ってきた。母親は気まぐれで小学校や中学校時代、私の友人を誹謗中傷する性格で子供心に随分傷ついてきた。反面兄の友人はエリートが多く、彼らと比較されたりもした。親としては今でもひどい方だと思っている。

何もしなかった兄が、ここ数年随分変わった。母親の面倒をまめに診るようになったのだ。私自信自分の体に自信がない分、兄にまかせるべき部分はまかせる事にしたい。でなければ自分がつぶれてしまうから。

ただ、実の親。元気だった親父は某病院で脳の動脈瘤の手術中、いや、手術前に急逝したので、一人だけの親だ。私のできる範囲でケアもしていきたいと思うのだった。

介護問題は誰の身にもふりかかってくる。いかに無理しすぎる事なく、接していく事が今、必要なのだとしみじみ思うのだった。

写真は当然そんな状況なので写真なんか撮っておられず。病院は病院でも私が最近受けている人間ドック施設の玄関。

20091129.jpg

2009年11月28日

母親入院(その1)

しばらくブログが滞っていたのは、色々矢継ぎ早に問題が発生した事もある。パソコンを開かない日が何日もあったのはなかなかない事だ。

先週の水曜の夜、母親がまた倒れた。私もこの春から頭痛シーズンだったり、インフル警戒モードだったり、何か体調が悪くてあまり実家に寄る事ができなかったのだ。この日も風邪で微熱があったのだが、兄が立ち寄った時に、母親はベッド横に倒れて意識がなかった。昨年9月に起こした症状に似ていたのだが、今回は吐血をしており、重篤な状況だった。

私たちも車で実家に行くと既に救急車が到着しており、エレベーターホールでストレッチャーの上の母親と合流。兄はまだ部屋に居て、連絡を取りながら由に救急車に同乗して貰い、私は車で救急車のあとを追う。救急車の中の由から電話があり、搬送先が決まったので、兄に連絡し、搬送先で落ち合った。

私は由に遅れる事10分ほどで病院に到着。兄は何をしていたのか1時間後に到着。既に時間は22時を過ぎていた。吐血の原因は胃の荒れか鼻血だと思われるが、直接の原因は血圧を下げる薬をいつもの3倍程度飲んだのではないかという予想だったが、結局わからずじまい。時間がかかり日付が変わって木曜の未明2時に、私の体調の限界と翌日は仕事でどうしても抜けられない事から兄に頼み、私と由は帰って寝かせて貰った。といっても2時間も寝られず。仮眠をとって会社に向かう途中に病院から帰る兄から電話があった。結果的には原因不明で、そのまま救急部に入院となった。

その後帰り際に病院に寄ると、母親の意識はまだ戻っていなかった。その翌日に寄ると、母親は目をあけていたので私はその視界に入ると起き上がろうと反応した。身体拘束をしなければならないほど、あばれている。

兄は結局丁度決算の為に1週間こられず。しかしその間も病院からは症状の連絡はなく、私が立ち寄ってもいつも昼間寝て夜に目を覚まし、騒いでいるらしい。食事はちゃんと取っているらしく、意識の混濁は消えていないとの事だった。

ケースワーカーの方が、既に危篤状態からは脱しているので、転院について相談を受けた。今後の事も考えて色々と兄と相談しながら話をするが、何せ兄も時間がない。結果的に昨日の土曜に転院する事になり、兄と由と私で車2台で、都内の某病院へ転院した。

写真は当然そんな状況なので写真なんか撮っておられず。母親がかつぎこまれた病院の前に咲く桜。まさかこの病院に入院するとは思ってもいなかった。

20091128.jpg

2009年09月07日

土日から頭痛は続く

土曜に1日外出、日曜も半日外出していた。比較的過ごしやすかったのだが、日差しが強かったりしてバテ気味。群発シーズンはそろそろ乗り越えてくれたようだが、それ以外のジクジクやズーンという痛みが続く頭痛はまだまだランダムに発生する。そういう時はバファリンプラスで対応。

今回は左肩がグキグキにこり初めておきた左側に起こる頭痛。日曜も痛かったり落ち着いたりしていたのだが、今朝は3時に頭痛で目が醒め、それからはまったく治まらず。結局会社を休んでしまった。

休んでから気がついたのだが、今日は部会報告の日。後輩に託すメールをして昼にネットを繋いでみると、そいつまで休んでいた…月曜は色々と忙しいのでマズいなぁと思いつつも、頭痛には叶わず殆ど寝て過ごす。本も読む余裕もない。

朝、昼、午後と一応定期的にメールを確認し、緊急で対応せねばならない事にはなっていなさそうなので、明日全て対応する事するしかない。

由に殆どの身の回りの事をしてもらって、くーもつまらなさそう。明日は会社にいかねば。

そろそろ季節の変わり目。喘息もちょっと出始めているので、体調ワルワルシーズンに突入か。秋の爽やかな風の中、くーとのんびりしたいものなのだが…

写真はエントランスから玄関までのくーのお仕事。新聞配達くーちゃんである。いきすぎるとこうして飼い主が追いつくまで待っている。

20090907.jpg

2009年08月28日

群発期を抜けたか?

今週月曜から、漸くイミグランのお世話にならないで済むようになってきた。5月30日に始まった群発期2009、およそ3カ月弱で終了したと思いたい。

今週はできるだけ薬を使わないように我慢した。実際我慢できるウズウズ感やズーンと重く浅い痛みがあるだけで、群発ではないとわかったからだ。

ただ予防薬であるワソランと、寝る前のリボトリール0.5はまだ飲み続けている。あと3週間弱は飲み続ける予定である。

ふと調剤薬局で貰う薬の説明プリントだけでなく、ネットで薬の成分を調べてみたら、リボトリールはうつの薬でもあるようだ。ただ、片頭痛などには併用するケースがあるらしい。

今回治療の序盤、血液検査をしたのだが、その結果にはプロラクチンが9.44という数値だけしか記載されていなかった。wikiで調べてみるとそれは、主に下垂体前葉のプロラクチン分泌細胞から分泌されるホルモンで、数値に異常があると性欲に影響があるという。よくわからないが、数値は基準値範囲どまん中であった。

頭痛外来というのはまだまだ謎が多い。しかし先生を頼ってやってくる人のなんと多い事か。今回は午後早退して15時からの受付ブロックに2~3週間に1度通ったのだが、毎回3~4時間待ち。まいった。

あえて予約制を取らないので、延々と待つしかないのだ。先生は午前のブロックの診察が終わらず、午後にかかってしまうケースも多々あり、受付開始時間が30分遅れるという事も2度あった。その間、先生は食事もできないという事なのだろうか。たまに5分程度の休憩はとられるようだが、あまりにハードな診察プログラムである…

写真は病院に行く時に眺める例の白い奴。もうすぐどこか別の場所に移設されるようだが、今はまだ国際的な観光客にあふれ返っている。

20090827.jpg

2009年08月01日

通院と検査

定期通院の為に、副都心へ朝から向う。

今週はずっと朝から頭痛が続いている。薬で殆どは15分程度で納まるのだが、水曜だけはダメで本当にまいった。先生はもう大丈夫だと言うのだが、そのあとずっと頭痛が必ず1日に1度は起こる。もうイミグランもなくなったので、月曜にはまた病院にいかねば。今日の病院はいわゆる持病のである。

今日は検査を受ける為にちょっと時間がかかってしまった。待ち時間の分、診察が押してしまい、11時をまわってしまった。由と待ち合わせをしていたので電話をして、合流。ちょっと新宿の町をブラつく。

人ごみが嫌いな我が家は、新宿の繁華街に滅多に出ないが、久しぶりに夫婦で歩いて疲れた。風邪気味のあって、夕方からは殆ど身動きとれない状態に。明日は1日何もできなくなりそうだ…

写真は関係ないが先日久しぶりに食べた新橋はかめやの天玉そば。濃い色の関東ダシに、そばがあう。

20090801.jpg

2009年07月06日

群発継続中

今期の群発頭痛はちょっと辛い。木曜から5日間連続で発作がおきている。そして昨日の日曜と今日は、朝から2度もイミグラン点鼻をするが効かない…これはイミグラン自己注かという状況だったが、持ち歩いている訳でもないので結果的にガマンするしかない。

今シーズンの群発頭痛はちょっと酷い。先生が薬を少し抑え気味に出しているのも関係しているのかもしれないが、今日まで5日間連続で1日1回以上イミグラン点鼻を使っている。それでもすっきりおさまらない。

2週間に1度の通院で、今回薬を見直して頂いたのだが、病院で今回診察まで待った時間が記録更新である。3時間半かかった。ちょっと日曜の午後から月曜の午後にかけて、どっと某ウイルス対策ソフトから誤検知がでまくった関係で、病院に行く時間が遅くなってしまったのも原因なのかもしれないし、季節柄気圧の変化が激しい影響もあるのかもしれない。

薬を変更してもらって、少し落ち着いてくれるといいのだが…ブログ更新も遅れがちになっているのはそのせいだと言い訳したりする。

写真は頭痛外来の病院への道。しばらく通う事になるだろう。

20090706.jpg

2009年06月24日

風邪と頭痛

とうとうお休み。先週からずっと風邪気味だったが、週末も忙しくてずっと出ずっぱり。実家にもいかなければならなかったり、職場の同僚のお母さんが倒れて休めなかったりと、結構無理してきたのだが、とうとう今日はダウンしてしまった。風邪の気分が酷く、熱は殆どないのだが気分が悪い。

家で殆ど寝て過ごしたが、朝方また例の群発くんがやってきて、イミグランで対処。日曜も土砂降りの中、ドッグダンスのセミナーを由とくーが受けている間、私は車の中で待機していたのだが、その時も群発くんがあった。

予防薬治療で週に1~2度程度で済んでいるとはいえ、どうなんだろう。月曜の通院では、先生は薬を減らしてみようという事で朝晩と寝る前の薬だけになったのだが、イミグランは欠かせない。

色々悩み事も少なくないが、極端にハマっている訳でもない。気持ちの持ちようという所なのだろう。くーは元気だが暑さでちょっとバテ気味。私が寝室で寝ていると、決まって横で一緒に寝てくれるのはちょっと癒される。

群発期に入って、そろそろ1ヶ月という所。普段ならまだまだ痛みで仕事にならないのだが、まだ普通の生活を送れるという事は画期的に以前とは違う状況である。何より清水先生のお蔭である。

写真は清水先生に会える病院のあるビル。今は2週間に1度の通院だ。

20090624.jpg

2009年06月13日

頭痛治療と定期通院

とうとう復活した群発期。発生後前半は週に3回ほどの発作があって、イミグラン点鼻で抑えていたが、おさまるまで20分程度はかかる。その間は相変わらず地獄の苦しみ。

予防薬もまだ効いてきていない状況で、落ち着いてくるまで1週間かかってしまった。それでも
今週はまだましで、2度しかイミグランのお世話になっていない。少しづつ予防薬が効いてきたという感じだろうか。

日々の睡眠時間や日中は、頭痛信号がビクビクと来ると、警戒モードに突入。寝ていてもそれはやってくる訳なのだが、問題なのは微妙な痛みの時である。群発でなければ効果はないと思っているイミグラン。薬としても高いものなので、無駄に使いたくないというのが正直な所だ。

そんな中、定期通院は予定通り。今回はスムースに終了したが、天気が悪いしいつ頭痛が来るかわからないので、さっさと自宅へ。結局ウダウダと週末を過ごしてしまった。

来週には落ち着くだろか。慢性頭痛はコントロールできるという事を身をもって感じたので、安定するまでの短い間の我慢と思えるのはアドバンテージである。

しばらくは薬のお世話になるだろう。

写真は先シーズンに初めて受けた治療方法のひとつ、酸素吸入。痛みに絶えながら、ネタにと撮影したそのボンベである。

20090613.jpg

2009年06月02日

群発期突入

先週の木曜から、予感はしていた。

先週末、土曜の夜からそいつはやってきた。そう、1年ぶりの群発頭痛。

見事に群発期に入ったようで、日曜の未明、日曜の昼、月曜の未明、月曜の昼前、火曜の未明と、ほぼ半日のサイクルで、激痛がやってきた。

慌てて月曜の夕方、昨年の正月からお世話になっている、某頭痛外来へ。先生におっと言われて、早速CTを撮影。ここは異様に早いテンポでCTやMRIが撮影される。最初の診察まで待っていたのが1時間ちょっとだったが、そのあとは早かった。

今回は副鼻腔のあたりがちょっと炎症が出ているらしい。早速多種多様の頭痛に効くとは言われていない薬を処方され、その数6種類。そして頼みの綱であるイミグランの点鼻薬を10個出してもらった。

先週からの群発は、在庫していたイミグラン点鼻を使った。点日をして20分以内にはほぼ痛みが収まり、ほっとしたのだが、この調子ではすぐにストックしていたイミグランがなくなるので、慌てて先生の元に走ったのだ。

先生は昨年認可したてで出してくれたイミグラン自己注射を試したか、というのだが、私はまだ怖くて試していない。というか、最後の手として残してあるのだ。点鼻でなんとかなるなら、それでいいと思っている。

とりあえずこの強烈な群発頭痛の続く、群発期に入ってしまったのは確かだ。仕事どころか生活にも支障がでるヤツなので、しばらく警戒モードで無理をしないでいるしかないのだった。

写真はこれからしばらく通院する、頼みの綱、頭痛外来の受付。でもここがみつかってとても助かっている。高校時代からこの群発には悩まされてきたのだから…


20090602.jpg

2009年05月16日

くー倒れる

一昨日の夜、くーがまた酷い嘔吐と下痢をしてしまった。

年に1度は同じような事をして、昨年も6月に夜間の訪問救急を呼んだり、2年前は秋に同じような症状になった。何かこの季節に毒性の強い草などが生えるのだろうかとも思うのだが、今や拾い食いはしないくーなので、由や私は原因を特定できなかった。

水を求めて飲むとまた吐く。それを最初繰り返した。当然私も殆ど眠れず、そんな中で会社だけは行ったが心配でたまらず、早引けさせてもらった。

昨日の朝、病院に連れていく前に血便もし、相当苦しんだようだった。その分家の中のクッションやカーペットの多くは洗われる運命になってしまったのだが、これまで同様、結果的には2日で完治というパターンだった。

但ししばらくは食事も療養食である。消化のよいものを回数を増やして与えるようにしている。

年に1度あるこの症状、何が原因か解明できる日は来るのだろうか…

写真は落ち着いている時のくー。そろそろ暑くなってきたので、フローリング上で寝る事になるだろうが、この時はおなかを冷やす訳にはいかず…

20090516.jpg

2009年04月01日

エイプリルフールは手術の日

冗談を言っている余裕などまったくない最近の我が家だが、今日はくーの怪我の手術だった。

手術といっても麻酔のガスを嗅がせて、少し眠って貰っている最中に治療をしただけなので、思いのほか飼い主としてはほっとしたのだが、それを知るまでは一大事で精神的に何もする気がおきなかった。

北海道から帰ってきて、由もほぼ元気になった先週末の土曜の夕方、私は勉強と銘打って家でウダっていたのだが、帰ってきたらくーが足から出血しているのに気がついた。それは何か切ったりしただけなのかと思っていたら、爪の根元からにじむ血が、停まらない事に不安が高まっていった。

また骨折か?とおも思ったほどだが、普通に家まで歩いて帰ってきたという事で、原因不明。そこらへんの地面の溝に爪が挟まったのではないかというのが大方の予想である。

緊急で消毒をし、包帯を巻き、余っていた抗生剤を念の為半分飲ませて様子を見る。すっかり包帯を巻かれた足はもう二度と着こうとせず、完全に怪我犬になってしまった。

病院は日曜は休みなので、月曜に連れていく事になり、由だけで連れていった所、レントゲンでは骨折はなし。ただ爪が根元部分に線が横に入っているのが判明。折れたのではないかという事から、このままにはしておけないので「抜く」という方法を選択する事になった。

狼爪はそれこそもう3~4回抜いているのだが、指の爪は初めてである。立派な爪は伸びすぎている訳でもなくちゃんと手入れしているのだが…先日抜いた狼爪の時は、部分麻酔だったのに酷くくーは騒いだので、今回は全身麻酔で日を改めて治療しようという事になったのだった。

朝から食事抜きのくー。お昼の診察前に連れていき、そのまま入院。一旦家に戻ったが、くーのいない家は本当に寂しかった。会話も少なくなり、予定していた迎えに行く18時よりも前の17時頃に無事連絡があり、迎えに行ってくると、くーは元気でほっと安心した。

ただこれからしばらく爪が生えてくるまでばい菌がはいらないように散歩も制限が入る。折角11日にはアジがあったのだが、これらもキャンセルになってしまった。

本当に怪我が多い。アジやディスクをやっている時はまったく怪我なんかしないのだが、普段の散歩で怪我をする事がこれほど多いのはどういう事だろうか。

やはり免疫力が弱く、歯も骨も弱いのかもしれない。発達した筋肉がそれをカバーしているだけなのかもしれないと思うのだった。

写真は爪の処置をしたあとのくー。包帯生活がまたはじまってしまった。

20090401.jpg

2009年03月11日

肩の痛み

ディスク競技に出るようになったのがきっかけではないようだが、右肩があがらない。

いわゆる四十肩と言われるものに含まれるようだが、老化のひとつで、関節部分が石灰化してそこから炎症を起こしているという事らしい。1年以上前に痛みが消えないので整形外科に行ったところレントゲンで判明したのだった。

結局痛み止めや超音波治療ぐらいしかなく、続かなかったのだが、今は放置状態。左に向いて横になっている時なんかは、右うでが体の前後にわたって動かすような動きをすると、激痛が走る。仕事中もたまに疼いた痛みがあり、肩を回したり、あたためたりと色々やってみるのだが、そのうち治るか、治らなければ最悪手術というようなものらしい。

ディスクの投げ練もその痛みを感じ始めた2006年後半からあまり積極的にしなくなってしまった。なのでいつまでたっても安定したスローができない。

手首をもっと使う方法に変えてきているのだが、投げ込みの量が圧倒的に少ない為か、進歩はあまりない。ショートスローなら何とかという感じである。

この年になると本当に色々な所が痛む。それは足首だったり肩だったりするのだが、それが原因で遊べなくなるというのもつまらない。

たまにはディスク競技にも出たいので、何とかこの肩の痛みがなくなるといいのだが。

写真は私がくーにディスクを投げている数少ない数年前の小金井公園、バレンタインカップでの写真。この時はまだ投げるタイミングがうまく伝わっておらず、先に走らず後ろをみている。

20090311.jpg

2008年07月28日

夏風邪

土曜の夕方から風邪をひいてしまった。結構気分が悪いので、今年一番の風邪かもしれない。熱は一時37度2分程度まであがったのだが、その後は36度台。たいした風邪ではないのだが、気分が非常に悪い。そして寝過ぎで頭痛がする。

例の群発頭痛ではないのだが、ジワジワと痛いこういう頭痛も苦手だ。頭痛がスッキリない日というのが理想なのだが…

地元の医者はこの程度の熱だと薬は出してくれないので、ひたすら安静にして寝ているしかないのだが、エアコンをかけすぎるのもよくないので、汗をかきながらじっとしている。くーがたまにベッド脇に来てくれるのだが、ケヘケヘ言い出すと下のエアコンが効いた部屋にいきなさいと言うしかない。

月曜に年休。月曜は会議があるので休みにくいのだが、ちょっと最近バテ気味。酷くならないように気をつけねば。

そういう意味で昨日に引き続いて、今日もじっとしていよう。PCの移行やらエアコンの配管修理やら、やりたい事は沢山あるのだが、全て進まない。

写真は新聞配達をしてくれるくー。手伝ってくれるのは嬉しいが、ヨダレで新聞が一部読めなくなってしまうのが玉にきず。

20080728.jpg

2008年07月25日

人間ドック

毎年神奈川の某病院で人間ドックを受けていたのだが、今年から新宿は歌舞伎町の物騒な地区にある病院で受ける事になった。

ここは私の通学路だった所だ。隣にはよく黒塗りの外車が停まっていたし、斜向かいには幼なじみの家が数件あった。私の幼少時代はこのエリアからなのだが、当時は今ほど異国化していなかった。なので、久しぶりにバスで歌舞伎町方面へ。

7:30からというので7時15分に病院に到着。すると既に8人ほどの人が待っていた。しばらくして同僚が一人やってきたが、私は7番、彼が15番で、順番に受付をされたあと、検査着に着替えて順路を指示された通り並ぶ。勝手が違うのでややこしいが、人間ドック専門の病院なので、とてもスムーズだ。案内係の女性が、要領よく検査室への誘導を行っていた。

各種検査を淡々と終え、10時には全ての検査が終了。ロビーでコーヒーを飲みながら、結果を聞いて食事のクーポン券1000円分を貰い、11時すぎに病院を出た。結果はちょっとだけ基準値を越えたが、まあそんなものかという内容。健康診断を受けるようになってから尿酸値がちょっと高いというのに気がついたが、生まれつきのようだ。ただ酷く高くならないように気をつけないと。

ちょっと太り気味なのでまたビリーでも頑張らないといけない。今回のドックまでに少し絞ろうと思ったが、とても体調的に厳しいと思ったので諦めてしまった。

強烈な日差しでクラクラする。バスに乗り、家の方の駅まで移動した上で、朝から何も食べていないのではなまるうどんまでちょっと歩いて温玉冷しぶっかけ小とかけ小を食べ、家に帰った。バリウムと下剤で腹の調子もよくないので、今週末は久しぶりに少しゆっくりしよう。

写真は私ではないが、ドッグドックの時のくーのレントゲン。

20080725.jpg

2008年03月05日

最終兵器

1月の初旬から通っている頭痛外来。これまで30年位はこの発作に悩まされてきたのだが、不思議な事にこの頭痛は過ぎ去ってしまうとまったく痛かった事を忘れてしまうほど、発作の時間帯とそうでない時のギャップが大きい。

それが、これまで考えてもみなかった薬を使い、そしてトリプタン系の頭痛薬でコントロールするという方法であっという間に頭痛シーズンを乗り切る事ができるかもしれない。

実際発作シーズンに入って3ヶ月。この間発作は4回程度。それも前半、まだ薬の効果が出ていない頃に集中しており、その後2月以降はまともな発作は起こっていない。

頭痛といっても種類があって、半日位後頭部がズキズキ痛む頭痛や、肩が凝った時にそちら側が鈍い痛みを伴うもの、ぐらいなので、辛いには辛いが、群発の痛みと比較できるものではない。これはきっと、実際に群発の経験がなければわからない比較であって、文章で表現できるものではない。

そんな群発頭痛対策で、昨年厚生労働省からやっと認可された、家庭用としてのイミグラン自己注射キットがとうとう発売された。出てすぐに、先生は来院して取りにきなさいと仰って下さったのだが、発作もおさまっているので、2週間後の今日の通院で出して頂いた。

先生は、「あなた達が待ち望んでいた、奥の手がやっと出たよ」と仰った。発作が納まりつつある私には、保険のつもりでという事で出して下さった。

実際の診察よりも、このキットの使い方の説明を受けるのに時間がかかってしまうほど、慎重になっているのが理解できる使い勝手だった。インシュリンの自己注射キットときっとそれほど変わらないんだと思うが、私はどっちにしても初体験なのだから。

これを使う時が来なければいいのだが…。ただ、今シーズンは終了しても来シーズン、または来々シーズンがやってくるのが群発頭痛だ。いつか必ず使う日が来るのだろう。

写真がそのキットすべて。デモ用のカートリッジがついている。

20080305.jpg

2008年01月20日

くーの足の心配

くーの足は依然症状が改善しない。左前肢の人指しのあたりが、ふっくらと腫れているのがひかず、家の中で歩き回るのもびっこをひいている。先週の火曜に怪我をしてからなので、既に5日。腫れに対する抗生物質を飲み始めて3日目なのだが、あまりの症状の変わらなさにちょっと心配になっている。

私も何だか胃が悪化中。横になっていても気持ち悪い。これは頭痛為に飲んでいる薬のせいなのか。ワソランのせいで便通も悪くなっているのか、腹が張っている感じで何だかすっきりしない。

頭痛の方は先週の水曜の大きめの発作からおさまっている。それはとても助かるのだが、色々すっきりしない部分が多くてちょっと気分も体調も停滞気味。例年こんな感じだったのだろうかと思い返してみるが、よく思い出せない。寝ても起きても気持ち悪い。ノロでもないのに、結構辛い。

自分の体もそうだが、何よりくーの足が心配だ。明日は関節系のセカンドオピニオンにいってみようという事になった。靱帯を痛めているのであれば、また話は変わってくる。ましてや切れていたら手術になりかねない。

ちょっと近所を散歩していただけで、なぜこんな怪我になってしまったのか。普通よりも元気なくーには、当然運動能力を鍛える遊びをしている分、強い反面、怪我のリスクも多くなる。何とか大事に至らず、また元気に走れるようになって欲しいと心から祈るしかない飼い主だった。

写真はこの週末、家のガス給湯器が暴発点火する症状が出ていたので、点検修理に来てもらっている所。エネスタとノーリツに来て貰った。結局交換とか大事にならず、調整だけで様子見になった。

20080120.jpg

2008年01月18日

くーの負傷と因果な関係

あれは3年前。12月に入ってすぐ、私が熱を出して会社を休んでいた時に、由が散歩からあわてて帰ってきた。くーが足をかばっているという。

熱を押して車を運転し、病院に行くと、結果それは指の骨折だった。悪夢のはじまりだった。

その2ヶ月後、やはりまた私が風邪で会社を休んでいた時、治ってきたという事で散歩に連れていった由が、またあわてて帰ってきた。またも足をあげているという。またも微熱の体で車を運転して病院に行くと、くっついていたはずの骨がまたも折れていた。


一昨日、私が朝から熱が38度あったと思われる体調を押して頭痛の病院に行くと、受付開始40分前に群発頭痛が始まってしまった。そしてイミグラン点鼻薬を使うが、ほとんどおさまらない。脂汗をかきながら廊下で順番を並び、受付が開始され更に30分待ったあと、診察を受けた所、すぐに先生は酸素吸入とイミグラン注射を処方して頂いた。

しかし完全にはおさまらず、体力も使い果たし、処方箋の薬を受け取る力もなくふらふらとバスで何とか帰宅。家で熱をはかると37.8度あり倒れ込んだ所、くーが足を怪我してタクシーで病院に連れていったという。

骨折は認められなかったが、左前足が腫れており、あきらかに足をつかずかばっている。また悪夢の再来かと思うが、自分でもそれ以上何も考えられず、明日も変わらなかったらもう1度病院に連れていこうという事で、私は布団を被って寝た。

翌日も当然会社に行ける体調ではなかったので休み。しかしくーの足は悪化しているように見えたので、由が病院に行くという。当然、過去の2度の通り、またも私は車を運転して先生の診断に同席した。

結果、肉球の間に赤い腫れのようなものが確認でき、そこを強打したのかもしれないという診断で、抗生物質と痛み止めを処方してもらい、帰宅した。

それにしてもこの12月から2月頃までの寒い時期に、くーはよく怪我をする。理由はなんともわからないが、今回も私が体調を崩している日に、由があわてて報告する、というパターンだけはいつも一緒なのだ。

明日の競技会にはエントリーしていたがキャンセルを伝え、明後日の教室も無理になってしまったが、骨折でなかった事だけが救いか。

写真は元気な時のくー。今は左前足をかばうようにひょこひょこと歩いている。早く元気になれ。くーと私。

20080118.jpg

2008年01月10日

新しい頭痛外来

12/26に約2年ぶりに群発頭痛が再発。この年末年始は殆ど頭痛で倒れていたのだが、仕事はじめの1/7、出社後30分たった所で発作が発症。11時頃にMAXを迎え、15時頃まで強烈に痛み、保健室のような所で横になっていた。

当然仕事はじめにならず、9時半からの会議にも参加できず。何の為に会社に来たのかわからない状況だったが、久しぶりにこれほどの痛みがという感じの強烈な発作だった。

翌火曜日もそれほどではないが発作はあり、1時間ほどの発作で納まった。これらをみかねて由が頭痛外来をウェブで探した所、電車で20分位、事務所からトータルで片道25分位の所にあるらしいという事が分かった。

会社を抜けて早速診察のある日に行ってみると、予想を上回る待ち行列。ここは頭痛という病種にあわせて予約制ではない。しかし凄い患者数だ。それほどこの世の中には頭痛で悩んでいる人がいるという事でもある。

結局並びに並んで2度の診察とCT、採血、調剤薬局などを通して、5時間かかってしまった。それでもきっと、まだ進みが早い方だったと思う。

最後の採血時のナースが、私と誕生日が同じだという事でちょっと雑談をしたのだが、ざっとみて70~100人ほどの患者がひしめいている状況にもかかわらず、まだいい方ですよと言っていた。凄い日は本当に凄い患者さんです、との事。末恐ろしくなった…。

3年前に診て頂いていた頭痛外来の専門医の先生は、神奈川の病院におられるので、会社を休んでいかねばならない分、この病院にしばらくお世話になろうかと思う。とりあえず1週間分の薬を出して頂いた。それはこんなもの。

・ワソラン40mg   朝昼晩寝 血管保持
・プレドニン錠5mg  朝夕   炎症及びアレルギー抑制
・ザンタック錠150  朝夕   胃炎用
・リボトリール錠0.5mg 寝1/2 
・イミグラン点鼻液20 発作時

イミグランの自己注射キットも昨年末に承認されて、近いうちに出回って来ることで、随分楽になるだろうと仰っていた。

先生が言うには群発頭痛も随分解明されてきているという。また前にお世話になっていた先生の事も知っておられるという事で、忙しい中、笑顔でとても心強く治療をしてくれる事を約束してくださった。

面白い事に、前の先生も今回の先生も、愛犬家なのだ。それも嬉しい副要因だった。

昨日、今日と発作はおきていない。痛くない日というのは、これほど幸せなものかと思うほどだ。

写真はまだ使っていないが、高価な薬、イミグラン点鼻薬。これが私にとって救世主となるかどうかは発作が起きてみないとわからない。

20080110.jpg

2008年01月05日

年末年始は頭痛との戦い

年末から再発した群発頭痛。決まったように朝9時前後からはじまり、午前中はほとんど何もできないという感じで、既に程度の差さえあれ、痛くない日は8日間1日としてない。

あまりの私のあわれな姿をみて、由はあらたに頭痛外来の病院の情報を調べてきた。来週ちょっと電話をしてみようと思う。

これまでは頭痛専門医の方に、予防薬として処方して頂いた薬が効果があったと感じていたのだが、今回は効果が感じられない。1年ほど頭痛はあれど、群発頭痛の痛さはなかった分、堪える。

ウェブの仕事が2件あるのだが、結局進まず。そんな中でも、母親の見舞いや年賀状など、細かい仕事は何とかこなしているが、冬休みもあと1日を残すばかり。これではしばらく頭痛との戦いが続きそうだ。

丁度ブログの更新頻度を落とした所なのだが、これでは本当にパソコンすら開けない。今日ももう日が暮れてしまった。

明日は朝からでかけなければならないので、何とか頭痛がおきても軽度で済んでほしいと願うばかり。びくびくしながら過ごす年始となってしまった。

写真は結婚してから初めて買ったおせち。由はこういう料理が好きなので、おいしそうに食べていた。ここ最近正月にモチも食べないし、季節を感じるという意味でもいいのかもしれない。

20080105.jpg

2007年11月11日

母親の見舞いへ

母親が膝のヒビ治療と、どこも悪くない体の再検査を熱望している為、再度入院して既に1カ月以上経っている。病院大好き老人の母親は、我がまま放題。看護婦さんにも自己中全開で迷惑をかけっぱなしなようで、恥ずかしく思いながら見舞いに行った。

食事も密かに持ち込んだ漬け物なんかをぼそぼそと食べているようで、本来の入院食には文句ばかり。おかずは平らげて、ご飯は半分食べているにもかかわらず、看護婦さんにはご飯が喉を通らないと主張する。顔から火が出そうな恥ずかしさだ。

ただまわりは母親よりも老人ばかりなようで、きっと私の母親よりも凄いのは沢山いるのだろうなぁと思ったりする。老人は大事にしなければというのはわかるのだが、少なくともそれは自己中とは違うはず。自分以外にも苦しんでいる人もいるし、順番なのだから自分を特別扱いしろというのは到底無理な話だ。しかし本人は常に悲劇のヒロインでいるらしく、人の悪口ばかりを言う。

こちらも説明したり説得しようとしても、聞こえないふりをする。実際聞こえていても、聞こうという気がないので聞こえないという事らしい。補聴器も持っているのに使わないし、都合のよい部分は不思議とよく分かっているらしい。

相変わらずの母親は、それなりに看護婦さんを相手に、信用できる担当医のもと、安心して我がままを言えるようで、幸せそうに感じた。

整形の診察までと付き合い、結局3時間近く病院に居たのだが、その間くーは車のリアシートのクレートの中でじっと待っていた。かわいそうなのはくーか。

老人になると誰もが我がままになるようだ。それはそれで仕方がないにしても、自分中心にいかないとすぐに全ての人に対して怒りをぶちまける状況に、私はまわりの人に謝ってばかりになってしまうのだった。

写真は母親が入院している病院内。病院というのはなぜこんなに冷たい空気が漂っているのだろうか。

20071111.jpg

2007年11月05日

インフルエンザ対抗策

例年私はインフルエンザの予防注射を受ける事にしている。いつからか、インフルエンザが流行るとほぼ確実に私は感染し、1週間以上の療養を余儀なくされてしまうようになった。

気休めでもいいからと、必ず受ける事にしてからは、効果が体感できた年もあれば、あまり効果がなかった年もあった。

例年10月下旬には1回目を受けるのだが、今年は遅くなってしまった。やっと先週の金曜に1回目を受ける事ができた。

職場の近くにある病院でも受ける事はできるのだが、結構病院によって値段が違う。会社から補助として半分は出るのだが、それでも安ければ安い程よい。なので、今年も一番安い近所の整形外科で受けてきた。

決して注射はうまいとはいえず、一気に注射されるのだが、まあ一瞬で終わるので我慢。その後しばらくは注射したあとは、大きくもりあがって腫れている。今回もまだうっすらと腫れて色がついている。ワクチンというのはそういうものだから仕方がない。

今年はかからずにいられるだろうか。今月下旬に今回も2回目を受けるつもりだ。

写真は私の膝の上で何をされても起きないくー。風邪をひいている時にはくーを撫でたりいじくりまわしたりしていると、気分が紛れる。

20071105.jpg

2007年10月17日

何十年ぶりかの耳鼻科

先々週から風邪をじわじわとひいていて、気分がたまにどっと悪い時がある中、騙し騙し活動してきたが、同時に鼻と喉が酷かったので、とうとう決心をし近所の評判のよい耳鼻科に行ってみる事にした。

季節柄、今は花粉とかアレルギーの診察を受けにきている人よりも、風邪っぽい人が多い。マスクをして扉を叩いたが、待合室には町医者なのにあふれんばかりの患者たちが…。半数は子連れで祭りのような騒がしさだった。

初診である事を告げ、あと30分はゆうにまわってこないだろうとイヤホンをしてマルチメディアプレーヤーで映画を見る事にした。真横で音量でテレビが鳴っているので、音量はいつもより大きめでもまわりには迷惑はかからない。

結局40分ほど待って自分の順番がまわってきた。朝起きた頃よりも随分鼻は落ち着いていたが、基本的に私は慢性鼻炎なので酷い。ここ最近は鼻水がとまらず、そのせいで鼻をかんだりして肩や首まわりが痛くなる程。そういう事や持病の説明をして、先生はうーんと考え込んでいた。

しかし実際に鼻をみて貰うと、やはりずっと気になっていた事を言われた。へそではなく鼻が曲がっているので、その治療としてあ鼻の骨を削り、狭くなっている片方を楽にさせる事が必要と言われた。ただ、それは1週間から10日の入院による手術が必要であり、私の会社の同僚も昔手術をしたという事を聴いていた。その手術により、いびきも減り、肩こりも減ったという。

ただ毎年年休を使い切る勢いの私は、あらためて1週間の休みは仕事の面でも難しい、もしもやるにしても来年以降という事にして、まずは薬と鼻の吸入をしてその日の治療を終えた。

その甲斐あってか、凄く鼻は楽になった。薬もちょっと眠くなる成分があるようで、会社では眠くてたまらない。と、実際はその薬を飲まなくても眠いのだが…

私は眠っている自分がいびきをかいている事や無呼吸になる事はまったくわからない。由はよくそうなるとたまに言うのだが、実際は私よりも由の方が先に寝て後で起きるはずなので、本当なのかもわからないが、ただ鼻呼吸が苦しい日は結構あるので、やってみる価値はあるかと思うのだった。

普段からもそうだが、喫煙者による煙が漂ってこない日もなく、普通に呼吸する事の大変さは、普通の人以上によく考える。その為にも、鼻が楽になるのはとてもメリットは大きいはずだ。

写真はその病院の中待合室。ここまで来るのに30分待った。

20071017.jpg

2007年10月07日

母親またも入院

話しとしてはあまり書きたくない内容になる自分の母親の事。またもなのだが、最近になって手術した膝の関節をちょっとした事で痛め、この週末に再入院となった。

その怪我の話だけならいいのだが、実は最近また趣味とも言える「自分は病気だ」といって喜びいさんで電話をかけてくる事が何度もあった。よく次から次に言い出すもので、検診でちょっと疑いがあるというだけで、もう二言目には癌だ不治の病だと電話をしてくる。正直頭痛が続いていたりこの季節呼吸器の調子が悪く、自分の体調管理すら厳しい私にとっては、自分の事だけで精一杯な訳で、そんな体調の息子の事はこれっぽっちも気づかう言葉は出てこない。

いい加減私も無視したい気分なので相手にしたくない所というのもあるが、私には相手にしている余裕がない。なのでできる限り兄に振る事にしている。これまで兄は殆ど親の事を見ていなかったのだから当然であって、事実今も兄は母親に依存している部分が多々ある。であれば、ちゃんと面倒をみるべきだという説得から、少しは自己認識してきたようなのが少しだけ救いだ。

母親は実際、健康と言える体だ。毎月どこかしらを検査しては異常なし。問題は太りすぎによる間接の痛みぐらいのはずなのだが、具合が悪いと言いながら、病院に到着すると血圧も何もかも異常なしといった事を繰り返す。夜中だろうが何だろうが、動悸がすると言い入院したりする。それに振りまわされる事は、今でも変わっていない。

しかし関節については年齢も年齢なので歩くのがしんどくなるのである程度仕方がない。それに入院すれば1割負担だし、食事も介護もついているので、私としてはこれ以上なくほっとする気持ちもある。

またしばらく入っていなければならないようなので、たまに顔を出さなければならないのだが、安心していられる。本当にいつまでも自己中心で他人の痛みが判らない人間だと心から悲しく思う。世の中にはもっともっと苦しんでいたり、不条理な病気に人生を変えられてしまった運命の人がいるというのに、本当に贅沢な悩みの母親である。

私の知人で何人か若くして病に倒れ、帰らぬ人になってしまったのもいる。交通事故で失ってしまった友人もいる。そういう連中からすれば、なんと恵まれているのだろうかと思ってしまうのだった。

写真はイラつく気分を落ち着かせるつもりで、くーの寝顔を。耳が警戒モードだが、いつも寝ている時はこの角度のようだ。

20071007.jpg

2007年10月03日

頭痛は消えない

月・火と年休で休んでしまったが、今日は何とか出社。しかし相変わらずだが風邪の治りが悪く、ダルい気分と昼前から少し頭痛がはじまり、またも気分がダウン気味。溜まった仕事を黙々と片づけ、午後には少し一息。

季節柄、秋が一番色々な意味で体調が悪い。おまけに実家の母親が相変わらず色々な問題を起こしてくれているので、余計に気分が優れない。天気も秋らしいといえば秋らしいのだが、私の動く時間帯の早朝と夕方は涼しいので、ボタンダウンとチノパン姿の私はちょっと寒さを感じる位だ。

そう、一般的にはクールビズ期間というのが9月いっぱいなのだが、今年は少し期間が延期された。嬉しい事に、2週目まではノーネクタイで過ごせる。但し、ウォームビス期間と切り替わるわりには、冬はネクタイは必要だという。極めて矛盾を感じながらも、仕方なくネクタイをする事になるだろう。

朝のバスでは、まわりは殆どがジャケット着用。私だけが何か勘違いしてまだクールビス中という感じであまりよい気分ではないが、なんせネクタイを無意味と感じる私にとっては、少し涼しい方がよい。

中間着がないこの時期が一番体調を崩しやすいのだが、さっさと体調を崩してしまった私は、そろそろインフルエンザの予防注射の時期だなと思うのであった。

秋はいろいろ予定がぎっしり。今週もこの調子だと行こうと思っていたキャンプには行けそうもない。

写真は頭痛とはまったく関係ないが、くー用に最近買った折り畳み式の簡易ケージ。安さに誘われて買ったものだが、くーは中であばれると軽すぎてこのまま転がってしまうようで、使う時はペグやタイダウンのようなもので地面に固定するなど、考えないといけない。

20071003.jpg

2007年10月01日

とうとう風邪

日曜の午後からちょっと風邪っぽかったが、とうとうまともな風邪をひいてしまったようだ。朝から微熱だが気分が悪く、おまけにこの季節のお約束とも言える、胸の苦しさを伴って、辛い。

という訳で今日は年休を使って休む事に。どうも仕事上では大きな組織変更があるようで気になるのだが、頑張って出社する気力もなく、お休みの知らせをして布団へ逆戻り。

長引かなければいいのだが…

写真は食事後、私のかたわらで昼寝するくー。

20071001.jpg

2007年09月24日

頭痛シーズン突入

9月の2度目の3連休だが、私は頭痛が続いている。いわゆる群発性頭痛ではない、ズキズキした左肩から来る長引く頭痛なのだが、頓服を毎日飲んでいる状況。飲めば飲んだで今度は胃が痛くなるのだが、痛みは少し落ち着いてくれるので飲んでしまう。

由はコスモスを見に行きたいとか言うのだが、腰がまだ痛いという問題もある。私もすっかり声が出なくなってしまった気管に、綺麗な空気を吸わせてやりたくなり、小旅行に出ようかと突然のように思い立って計画してみた。

3連休なのできっととんでもない渋滞になるだろうが、まだ紅葉には早いので少しはマシか。丁度季節の移り変わりが感じられるこの連休を、どこにいこうかと考え出したのは、先週の水曜あたりからだった。

さて、どこに向かったか。それは後日のブログで。

写真は昭和記念公園に咲いていた、早咲きのコスモスとくー。

20070924.jpg

2007年08月20日

頭痛と胃痛でダウン

土日は結構ヤボ用で動きまわっていたせいか、昨日の夜からリバウンドというか、頭痛が強くなってきただけでなく、なぜか胃の痛みが酷くなってきた。

別に変なものを食べた訳でもない。せいぜい水分を取る事だけ気をつけていた位なのに、まるで熱中症にかかったように体が辛かった。

早めに寝室に入ったのだが、右を向いても左を向いても仰向けになっても胃が痛い。体を折り曲げるように耐えていたが、2時すぎに起き出して寝ている由を邪魔しないよう、リビングで一人で横になったり座ったりしつつ、痛みに耐えていた。

テレビも気を散らす為につけているが、内容すらわからない。低く痛みに耐える唸り声をあげながら、時間がすぎるのを待っていた。

3時を過ぎた頃にちょっと仕事をしついでにネットを接続して社内に掲示文をアップした位で、気がついたらカーテンの隙間から明るさがわかるような時間になるまでじっとしていた。

明け方7時頃になって、年休のメールを出して、少しましになった体を引きずるようにして寝室に戻ると、くーがおかまいなしに撫でろ攻撃をしかけてきた。私は少しでも眠ろうと寝返りを打っているといつのまにか寝てしまった。

気がつく11時頃まで、4時間ほど寝ただろうか。それでも胃は痛く、食欲はなかった。

夕方まで胃の痛みと頭痛が交互にやってきて、何もできないで過ごす。

写真は別に体調は悪くないが、暑さでアルミ板の上で寝るくー。くーには寝室用にアルミ板があり、リビングには大理石のボードがおいてあり、そこの上で寝るのがお気に入りだ。

20070820.jpg

2007年08月03日

3年目の人間ドック

今日は会社の人間ドックの日。朝から会社の病院へ向かう。今年で3度目になる勤め先での人間ドックだが、実際は健康診断に毛の生えたような内容だ。午前中で終わるスケジュールで行われる。

昨年は問診から、後日ホルター心電図を1日装着する事になり、これまで考えてもいなかった不整脈が出ている事を知ったので、無意味なものだとも思っていない。ここ最近胃の調子があまりよくないのだが、バリウムでの胃部撮影ではいつも何も異常は診断されない。折角なら胃カメラを使って検査して欲しいのだが…

昨年の心電図での異常から、その後特に自覚症状もなくなっているので、ちょっと安心している。しかしこうしているうちにも不整脈は出ているので、無視はできないのだが…。

今年の問診も含めて、特に異常らしい異常はなかったようだ。ちょっと血圧が高めというのと、後日出るただ血液検査やら何やらをみてみないとなんとも言えない。数値では標準を越えている部分が何カ所か出てくるだろう。

まあとはいっても、持病やら何やら色々とある中では、新しい問題が起きなかったのは嬉しい。ヘルニアでしばらくダイエットも中断しているが、ビリーさんのお蔭で昨年の体重を2Kg以上太ってしまっていたのが昨年とほぼ同じに戻っていたのが嬉しい。基礎代謝もあがっているのだろう。

ただ絶対的に体重はまだ重いので、来週あたりからまた腰の様子をみながらダイエットを再開したい。

写真は人間ドックに向う人の流れ。私もその一人。

20070803.jpg

2007年07月19日

角膜上皮が破れた

最近、右目の涙目が酷いのだが、ずっとアイボンや抗菌目薬などで風呂上がりに洗浄したりしていた。結構アレルギーのせいか、顔が痒い時があり、目の周辺なんかは特にそれが酷い。6歳で喘息が出るまでは、アトピーで酷い肌だったらしい私は、夏になると汗をかいた部分から汗疹になったりするので、皮膚も色々と敏感だったりする。

アレルギーで悩む人は多い。現代病のひとつとも言われていて、生まれてきた子供がアレルギーを持っていないケースが珍しいほどと聞く。私もこの歳で色々なアレルギーを持っている。

子供のアレルギーで最も多いのは食物アレルギーだろうが、私はそれはない。由が山芋をすりおろすと痒くなるというのはアレルギーだが、食べるのは問題ない。単にキュウリや漬け物や納豆が食えないというだけで、それは単に好き嫌いの範囲だ。でも鼻が悪く、気圧やエアコンの稼働直後は特にそうだが、くしゃみをよくする。鼻炎になる事も多く、私もそれは同じなので、夫婦でクシャミをしている事も少なくない。

そして私の喘息のアレルゲンはハウスダストと家ダニなどなので、くーの毛が抜けまくって溜まっているのをみると、鼻がむずむずするし、埃なんかを集めている分喘息が起きる時もあるようなのだが、直接的に繋がっているかというと正直実感できない。案外くーの毛は関係ないのかもしれない。

そして顔がよくブタクサの時期は痒くなるのだが、最近右目のまわりが痒く、先日の日曜の夜中、目を掻いていたら目の中に逆まつ毛があるような違和感があって、気になってリビングで夜中に鏡で観てみた。

するとなんという事か、目玉の上、眼球の上にうっすらとはがれているフィルムのようなものが見える。当然その境の部分はよく見えず、あまり長く目を開けていられない。痛みこそないが、ごろごろして気持ちが悪い。

これは明日救急で目医者に行かないと危険かと慌てて、ネットで自分の目がどうなっているかを調べた。小1時間ほど調べると、どうも、角膜にも層があって、その一番上の角膜上皮というものがコンタクトを外したりする時に傷がつき、ごろごろとした感触があるという。まさにそんな感じだ。その角膜の層はダメージを受けるとそれこそ失明に陥る部分であり、とにかく焦っていたのもあったのだが、この角膜上皮のダメージは大抵1晩寝れば復元するという事らしい。

それを知ってちょっとほっとしつつ、アイボンと抗菌目薬をしてから寝たのだった。

翌日はそのごろつきも殆ど消え、ほっと胸をなで下ろした。癖で目の周辺が痒い時には掻いていたのだが、これからは気をつけようと思うのだった。

写真は由の親戚宅で愛されて過ごしている、神戸在住の大きな目をしたメリーちゃん。くーも今ちょっと右目に腫れがあるのだが、犬は目がむき出しなので、怪我をしそうで怖いと常々思っている。

20070719.jpg

2007年07月18日

腰痛治療は長引く

週に1度程度しか通えないが、昨日も会社を少し早めにあがり、地元の整形でリハビリを受けてきた。相当よくなっているのだが、まだ屈伸すると危険な予兆を腰のあたりにピリピリと感じる事ができる。まさに、立位体前屈なんか絶対にできないような痛みだ。

腰のダメージをおってから、既に3週間が経過している。1週間目はまったく動けず、ちょっと食事で座っただけで、立ちあがるのに強烈な痛みを感じていた。2週目になって随分楽になり、腰痛ベルトをしていれば、通勤など歩く事はできるようになった。

3週目に入ろうとしたあたりからは、画期的な回復は感じられず、おまけに気を抜くとまた再発しそうな気配を腰に感じながら生活している感じだ。

腰痛発症前の2週間で、ビリーで落とした2kgは保たれている。ただもうちょと進めたい所だが、それは無理な腰の状況だ。ただ、今日なんかは腰痛ベルトを忘れてしまったが、してはならない姿勢や腰の角度を守りさえすれば、何とか普通の生活をしている。

今週末はいいのだが、来週末はキャンプの予定で、体を曲げる姿勢が必要になってくる。なんとかそれまでにはある程度は回復させたい。

今週は2度くらい、何とか時間をみつけてリハビリに行きたいと思っている。

写真は腰が弱いと言われる短足犬のくー。こんな飛び方での着地は腰に悪い。ディスクやアジで足腰の筋肉は相当なもので、体重も9kg弱、足もスタンダードに比べて長めという事で、芝の地面では比較的安心してジャンプさせられるが、運動をあまりしないコーギーにとっては私の腰のように致命的になってしまう。

20070718.jpg

2007年06月28日

腰痛は続く

昨日より少しマシになってはきたが、依然歩く事は厳しい。よってまたも年休。6月でこの消費頻度はちょっと問題だ。

由のご両親がやってくるまでには歩けるようにならないと…母親が今日退院予定なのだが、当然つき添える状態ではない。

おまけに由がなんと帯状疱疹に。右足太股の部分に水疱が帯状にできて痛いという。朝から皮膚科に行って、高額な薬を持ち帰ってきた。夫婦で何やっているのだか…色々とある今年の梅雨どきであった。

写真は梅雨ならでも紫陽花とくー。変な舌をしている瞬間。

20070628.jpg

2007年06月27日

今日も腰痛

まったく変わらぬ痛みと1日格闘。ビリーさんなんかできる訳がなく、どうにもならず会社を休む。

1日でも早く痛みがマシになる事を祈って…

写真は嬉しそうに走るくー。こんなに嬉しそうに走りまわれるくーがちょっと羨ましい。

20070627.jpg

2007年06月26日

腰痛と戦う

戦うといっても、単に痛みに耐えるしかないのだが…

あぐらを書いてパソコンを操作するなんて事は到底できるような状況ではない痛みに襲われていた。昨日痛めた腰のせいだ。

起きる事もできず、しばらく中腰で痛みに耐えていると、少しづつ動けるようになってきた。といっても、マンガのように抜き足差し足でだ。そんな状況で由に車を運転して病院まで行ってもらおうかと思ったが、送ってもらったあとロッキーを駐車場に入れる事が不安だったので、意地で歩いて行くのだった。

9時に普段徒歩で10分ほどかかる距離を30分近くかけて整形外科にいくと、これは5日間は安静とスパっと言われた。その後レントゲンを6枚撮影すると、背骨の腰の部分の椎間板部分の間隔が明らかに狭かった。

この日はもうどうにもならないので、すごすごと同じく30分ほど時間をかけて帰り、炎症どめを飲んで寝た。他に何もできない。しばらくブログも書けない状態になるだろう。

写真は私が痛い痛いとうめいている横でじっと飼い主の様子を観察しているくー。

20070626.jpg

2007年05月26日

母親見舞いと頭痛

先週体調不良で病院に見舞いに行けなかったので、何とか顔位は出さないとまたへそを曲げられると思い、頭痛もあるので休みたかったが昼すぎに由を連れてでかけた。

食事を作るのも面倒なので、どこかで食べようというと、ダイエット中の由は和食が良いというので、駐車場のある「和食さと」の中野店に行く。お昼すぎの13時頃だったが、がらがらだった。メニューは正直イマイチだったのだが、とりあえず食事を済ませ、寄り道をしつつ病院へ。

母親はもう1カ月近く入院しているのだが、手術はすぐに終わっており、主にリハビリ中だ。この日もトイレまでをつき添ったが、軽く杖は使うが、歩けるようになっていた。しかしまたいつも通りに我がままが始まっていた。

目が痛いとかどこそこが痛いとか、次から次へと言いだす有り様。今は目の話で以前もらっていた目薬を実家から取ってこいと言い出し、そんなものは使用期限もあるし、今まさに病院にいるんだからここで出して貰えといっても聞かなかったり、耳が遠いという事を理由に聞こえている時と聞こえない話に矛盾だらけだったり、どこそこが痛いとか次々と言いだしていた。

それはまあ仕方がないとは言っても、こちらも辛い一週間だった訳で、そんな私の体の事なんかはこれっぽっちも気にしない。困った母親だとつくづく思う。長男は少し母親の事を気にかけるようになってきてはいるが、今更できるようになるかというと私はそうは思えないのは、長く繰り返されてきた経験から来るものだからだ。

ただ繰り返されるにしても、とりあえず足の手術は成功し、リハビリも進めている訳なのは確かで、あと少しだとしても、足を治せば少しは自分の足で歩けるようになるのかもしれないと、とてもとてもわずかな希望を持っている事は、事実でもあったりする。

朝からというか、先週から続く頭痛だが、今日はちょっと違う頭痛で辛い。いわゆる群発頭痛ではないのだが、これだけ続くときつい。誰かさんのストレスから来る影響も少なからずあるのではないかと思うのだった。

写真は病院の行きにちょっと立ち寄った通販生活の温故知新。

20070526.jpg

2007年05月23日

38度Overその1

昨晩から熱が出てそのままダウンしたが、今朝の熱は38.6度。これでは動けない。節々が痛く、じっとしていられない中、ひたすら寝る。

朝8時半に近くの病院に行くと、既におばあさんが1人。私の番まで40分ほど待ち、診察を受けた。症状的には喉の痛みはないのだが、とにかく熱が高い事を告げると、近所で色々な病気が流行っているという事もあって、検査をする事になった。

血液を取ってもらい、特急で検査結果を出してもらう事になった。夕方15時頃に検査結果をまず電話で聞くようにと言われ、それまではまた布団で唸る。

検査結果は普通の風邪との事。薬はあまり出さないお医者さんなので、私は水分を取ってひたすらじっとするしかなかった。

写真は一人用コーヒーメーカー。コーヒーが飲みたくても自分で入れる気力すらない1日だったが…

20070523.jpg

2007年05月18日

またも風邪?

今期に入って今週の月曜と今日の金曜に年休を取ってしまった。既に2日も消化してしまった事になる。

今日は昨日の午後から急に風邪の気分になり、座っているのも辛くなってしまった。熱は微熱だが7度4分と一番中途半端に気分が悪くなるあたり。

朝ふらふらしながらも天気が良いので自転車で病院に行き、薬をもらう。帰ってくると、由はくーを連れて散歩に出かけて誰もいなかった。薬を飲んで寝る。

気分があまりにもよくないので、枕元にあるDS LiteもPSPもいじりたくない。なので、リッピングした映画を観ては寝て、という繰り返しで過ごす。

昨日の仕事で気になっていた事をメールで後輩とやりとりしつつ、あまり難しい事を考えないようにして早く治るように願いながらおとなしくしていた。

写真は関係ないのだが先日燃えた近所のオリンピックのビルをバックに。早く復旧して欲しいものなのだが、まだ何も手が入っていないようだった。

20070518.jpg

2007年04月28日

医学的検査とは

連休初日は、公害認定の肺機能検査だ。これも、予定していた日は競技会があったので延期した為、連休の初日にかかってしまったのだが、必ず受けなければならないので仕方がない。

朝時に受付が置かれるという大学病院に、朝8時に自転車で向かう。途中、朝食をミニストップで買い、自転車で乗り付けると駐輪場が消えていた。この病院は年に1度、この検査の為だけに来る。

検査開始1時間半前だというのに、4番目。全員70歳前後の人ばかり。私もその歳になるまで、この病気と付き合わなければならないのだろうか。東京に住んでいるのであれば、そうなるのかもしれない。

順番はほぼ時刻通り、9時半に名前を呼ばれ、いわゆる肺活量や呼吸抵抗を調べる機会で、呼吸をする。そう、健康であればする事がないのかもしれないが、私にとっては子供の頃から定期的にやってきた検査。「はい、息を吸って、思いっきり、これ以上吸えなくなったら思いっきり吐いて、そうもっともっと、まだ吐ける、吐ける。これ以上吐けなくなったら、今度は思いっきり吸って」という奴だ。ここ4~5年の間に、吸う時も吐く時もリミット近くになると咳き込むようになってしまった。

またずっと空気が出ている機械に口をつけ、普通に呼吸をする事で、呼吸にかかる抵抗を測る機械もするのだが、私はこれが何よりもキツイ。

あっという間に終わる検査ではあるが、結構疲れる。この検査で出た結果のグラフは、喘息患者特有のカーブを示しているという。

ゴールデンウィークの初日は、こんな風に始まったのだった。

写真はその検査室の入り口。

20070428.jpg

2007年03月31日

ダブル通院で再度ダウン

今日は持病の定期通院の日。8:30からの予約にあわせて、8時前のバスに乗ろうとするが、目の前で行ってしまった。時間は定刻になったばかり。風邪の気分で最悪なので、交通手段を変更する気力もおきない。みると次のバスは18分後。昨日よりぐっと冷え込んでいるので、しんどい。

都内を走っているバスは、結構間隔があいている。私が普段使っているバスも、1時間に3本前後。先日のダイヤ改正で、またも減らされてしまい、乗車率だけで間引きされると、しんどい思いをさせられる。私の場合は、待っているだけでなく、必ずといっていい程、周囲で吸われる煙草の煙との戦いもあるのだ。

バス停しかまわりはない場合は、喫煙者は減ってきているのだが、新橋や新宿など大きいバス停では、どういう理由なのかわからないが、バス停の近くでわざわざ煙草を数阿呆が目立つ。歩き煙草もまったく減っていない。すぐに通過するからと気にも停めないのだろうが、ちょっとでも吸い込んでしまうとどれだけ苦しい思いをするかは、まったく知るよしもない。

今回もバスを待つ間に何度も煙を吸わざるを得ない状況になりつつ、病院へ。今日は予約の時間帯で3番目だったので、結構早く終わる事ができた。

薬で少々時間を食ったが、9時半前には実家に。母親に付き添い、練馬の病院までタクシーで向かう。最初に停めたタクシーはナビもなく、病院名を言ってもわからないとしか言わす、どうしようもない。タクシー会社の名をさらしてやろうと思ったが、メモらなかった。その次に停めたタクシーは、ナビがなかったのだが、よく道を知った人だった。

病院につき、整形の窓口に診察券を出す。そこからが地獄だった。まったく前の待ち人数が変わらない。私はお昼には帰れると思ったのだが、お昼どころか13時を過ぎても呼ばれない。既に3時間以上待っているのに、どういう病院なのだろうか。

事の張本人である母親は、病院で待つ事は全然平気なようだ。私は気分が悪く熱っぽいので、もう一刻でも早く帰りたい。しかし待つしかないという苦悩の中で、半ばヤケになっていた。

ようやく呼ばれ、病院大好きの母親は、先生の話しを半分も聴いていない。勝手に自分でどこが悪いだの、癌だのと言い、まわりに言いふらすのはまったく変わらず。結果的には年齢もあるが、太りすぎで膝の後ろ側の軟骨が潰れ、痛い症状になっているという事はわかる。癌患者にこんなに太っているのがいるものかと、本当に癌で苦しんでいる患者に申し訳ない上に、恥ずかしい。

リウマチだと騒いでいたが、担当医は今の段階ではリウマチの症状ははっきり出ていないと言う。ちょっと関節が痛いとリウマチだの何だのと言うので、まさにデータがそれを証明している。ただ可能性はあるという。それは当然だろう。私だって将来リウマチになる可能性だってある。

結果、丁寧なインフォームドコンセントから、部分的に人工的な関節機器を入れるという手術をする事になった。この内容であれば、理論上は手術の翌日から動かす事は可能となるようだ。出血量も少なく、200cc程度。輸血も不要との事で、リハビリをすぐに開始できるという事なので、寝ている時間も少なくてすむ事がよいと私も感じた。

手術日、入院日が決まり、それに向けて今日のうちにレントゲンと採血、心電図を取るという、できれば今日はもうすぐにでも帰りたかったが、もう仕方なく付き合うしかない。結局この病院には6時間近く居た。最後はいい加減カンベンして貰って、帰りのタクシーを自宅の方に向かうバスがあるバス停で降ろして貰い、母親と別れた。

結局朝から何も食べておらず、家に帰りついたのは16時。由はでかけていていないので、一人でチャーハンを作って食べて寝た。

こんなに長引くなんて想像できなかったが、どちらにしてもこの状況では花見は無理というのは明らかだった。唸りながらやっと開放されて布団で横になった。くーが目をまるくして、私を見つめながら、そのうちにまるまって横で寝てしまった。

写真は本当なら犬仲間と一緒に夜桜を見ながら食べようと思って作った豚の角煮と大根の煮物。せっせと自分のうちで消費していかないと…。

20070331.jpg

2007年03月30日

またまた年休

今週3日目の年休にしてしまった。朝から微熱があり、気分がまったくすぐれない。

土曜に予定している花見と、母親の病院付き添いなどを控えている事もあって、年休の繰り越し日が近いのに3日も消化してしまい、凹んではいるのだが、何より気分が悪くてあまり考える余裕がない。

しかし午前中にはまったく回復する兆しがない体調と、土曜に予定している通院の事を考えて、由に相談の上、楽しみにしていた花見会の参加をキャンセルする事にした。残念だった。

おとなしく寝ていても、私の身体はやっぱり風邪をひけば最低1週間は治らないというのが普通になってしまっているようだ。

咳が出だすと酷いのだが、持病の発作はあまり酷くならず。それでも常に何か胸が息苦しい状態で、しずかに過ごすしかない。くーも心配してなのか、私の近くから離れない。明日で丁度1週間目。少しよくなってくれればいいのだが。

写真は寝ているくーにイタズラした時のもの。大抵嫌がるのだが、この時はしばらく気がつかなかった。虐待では決してない。

20070330.jpg

2007年03月29日

無理して出社中

水曜、木曜とまったく風邪の体調が消えない身体だったが、どうしても抜けられない仕事があって出社。朝から晩まで気分の悪さと戦っていた。

職場では咳がどこからともなく聞こえる。もう1カ月以上咳をしっぱなしの人もいる。私はマスクをしているが、職場では流石に耳が痛くなったりそれから頭痛に発展しそうで、外しているのだが、そこからやはり感染したのだろうか。ウィルス対策を専門としている私は、結構人間の身体に感染するウィルスには弱い。

月曜の朝に貰った薬が、今日の昼で切れるので、早めにフレックスを使って早退。自宅から徒歩5分強の病院へ行く。17時半頃に着いたのだが、前に1人いるだけだったので、これは早く終わると期待した。

しかし何だか奥が慌ただしい。靴をみると今待合室にいる患者、私ともう一人しかいないのだが、窓口にいるおばさんが独り言を言いながらパソコンと格闘している。奥の先生は何をしているのかわからないが、居ないような静けさだ。

結局窓口のおばさんが操作をよく分かっていないらしく、先生もあまり親身になって指導していない。システムが新しくなったのであれば、ちゃんと診察時間外に研修してくれと、気分の悪いこちら側としては怒りを感じる程だった。ここは病院である事を忘れているのではないかと感じる程だ。

ただこの病院は健康な人が成人病などの検査に訪れる事も多く、大抵辛い身体をひきずって病院まで来ている身としてはたまらない。いつもそう思う。30分前に来ても、必ず元気そうなおばあさんがいたりする訳で、こういうのは何とかならないものだろうか。

結局前の人が診察室に入ったのは、私がやってきてから30分後。それまでは何をしていたのか腹立たしい。私の診察も1分で終わり、それならさっさと診察してほしいものだ。

なかなか病院で誠実な対応をしてくれる所はないようだ。この病院になるまで、2箇所の内科の病院に行ったが、どれも酷かった。開業医に限らず、大学病院もそうだが、何故、医療の世界には病院(客)にこうもサービス精神が薄いのばかりなのだろうか。

写真は由の足元に無理やり入って寝ているくー。家族が揃っていると、こういう姿をみせるのが多いようだ。

20070329.jpg

2007年03月28日

依然気分悪し

植木等さんの訃報を今朝、会社に出てきて知った。身体にムチを打ちながら、という形容がとてもぴったりくる感じで、だるい身体をひきずるようにバスに乗り、出社。

バスがこの月曜からダイヤ改正になっているのを知っていたのだが、全てチェックをしていなかったので、2~3分早めに家を出た。それがまた身体に響く。

出社後、廃却資産やら教育用の文章などの作成などで、目がまわりながらも午前中にほぼ目処をつける事ができた。あと1件は、調整しなければならないので、待つばかり。

今日も頭の中はぼやけているので、この辺で。

写真は実は私ではなく由が散歩の時に撮った公園の桜。暖冬といいつつも、開花はそんなに差がないような気がするのだが…

20070328.jpg

2007年03月27日

引き続きダウン

風邪はマシになるどころか悪化している感がある。微熱が出始めた、といっても、37度になるかならないか、というあたり。しかし気分がとても悪い。

薬を飲み、おとなしくするしかない。本当は今日までに提出しなければならない文章があったのだが、1日遅れる事をお詫びするメールを、朝4時に送信した。しかし明日の水曜は3件ほどやらなければならない案件があるので、何としてでも出社しなければならない。

寝汗をいっぱいかいて気持ちが悪いが、風邪の気分が抜けるように願うだけだった。

写真はへそ天で寝ているくーの足。180度開脚もあるが、こういう格好もある。

20070327.jpg

2007年03月26日

風邪

日曜の朝から喉が痛くて咳が出始めてしまった。熱は殆ど平熱だが、気分が悪い。これから悪化する可能性を感じながら、おとなしくしていた。

職場では今年に入ってから長い事、喉や咳が酷く、気分が悪いという風邪が蔓延していた。私はできる限り使い捨てマスクを往復の通勤は常用し、職場でも横で咳をしている人がいると、さりげなくマスクを装着したりして、自衛していた。

そのお蔭もあってか、あまり酷い症状になる事はなく、しかし調子が悪い日もあるにはあったが、明らかに風邪という感じはなく、何とかこのまま4月21日の年休リセット日を迎えられるかもしれない、という淡い期待を持って、日々乗り越えていた。

しかし、今日の月曜の朝に、それはもろくも崩れ去ってしまった。明らかに風邪という気分で、身体の節々が痛い。日曜よりも悪化しているので、今日は大事を取り、朝9時から診察が始まる地元の病院に8時40分に行き、2番目に診てもらった。

診断結果は、いわゆる流行っている風邪との事。抗生物質やら薬を貰い、食材を買って帰った。由はバイトにでかける前に何とか帰着。そのまま布団にくるまった。

ブログが溜まっているので気になるが、今は1日でも早く治さないと。

写真は由が居眠りしている時に時折みせるくーの無防備な表情。舌がちょろっと出ているのがかわいい。なぜか私が風邪で唸っている時はあまりこういう表情を見せず、伏せている時が多い。熟睡しないという事は、心配してくれているのだろうか。

20070326.jpg

2007年03月16日

胃にいいヨーグルト

最近、胃の調子がおかしい。残存感が長引いたり、胸やけが出やすかったり。ただ過去もこういう事があり、その時はストレスからだったのだが、最近また些細なストレスに反応しているのかもしれない。

実家や仕事などでのストレスは、対して大きな問題ではないのだが、私にとってはじわじわと浸透してくるもので、敏感に感じてしまう。気にしない性格がほしい所だが、とはいっても解決の目処が見えない問題は、ストレスとなって残ってしまうのは現実だ。

病院に行って検査をするというのもひとつの手だが、半年前の人間ドックでは異常はみられなかったし、あと4カ月でまた人間ドックだからと面倒だという事を理由に、行っていない。元来生まれてから病院漬けの私である訳で、6歳からの喘息の以前は、アトピーに悩まされていた訳で、1カ月薬を使わなかった事がないような人間なので、また病院に行くのは誤差の問題に近いのだが、それでも信頼できる医者と出会ったかと問われると、NOと答えてしまうのも現実である。

指先の手荒れ、爪の変形、足裏のウオノメ、乾燥など、皮膚面でも色々気になる所はあるが、まともに皮膚科に行った事はないし、慢性鼻炎の私はもっと耳鼻科に通うべきなのだが、総合病院に持病の関係でアレルギー内科に通っている私は、他の科を受診する面倒さに閉口している事で、一刻でも早く病院を出たいと思うのだ。

という病院・医者嫌いな言い訳を沢山持って、私は毎日胃癌の元と言われるピロリ菌を駆除できるというLG21というヨーグルトを毎日欠かさないようにしている。結構長い期間食べ続けなければならないという事なので、一次はヨーグルトの生成器を買おうかとすら思ったのだが、結局モノが増えるのも何なので、朝食がわりに毎朝取るようにしている。

あまり胃の調子が変わらないのは、たまに外食でしっかり食べてしまうからだと思う。そこで意志をもっと強くもって、制限できなければきっと変わらないというのも分かっているのだが、意志が弱いようだ。

写真はまた逆行しているようだが、由の実家から頂いた、おいしいソース。私はソースとマヨネーズの味が好きなのだが、何にしても食べ過ぎというのは注意しなければならない。

20070316.jpg

2007年02月19日

年休消化

朝目がさめたら頭痛だった。というか、日曜の墓参後から軽い頭痛が続いている。同時にちょっと発作のような苦しさがあって、ちょっとしゃべると咳が出る。寒さのせいかとも思うのだが、風邪っぽい気分でもあるので、葛根湯とできるだけ飲みたくない頓服を2日連続で飲んだ。

頓服を飲み続ける事はよくないのは十分承知しているのだが、あまりに辛いと飲んでしまう。とはいっても今期は例の群発性頭痛はあまりおきてない。群発性頭痛は右の目の奥のあたりの激痛なのだが、主に最近頭が痛いというのは、左側や後頭部全体が鈍く痛んだりするタイプだ。肩凝りも同時に起こり、うなじに触れるととても冷たくなっている。

会社にいかねばと思っていたが、次に目を覚ましたら既に8時近かった。もう今から会社に行っても仕方がないので、そのまま年休にしてしまった。

隣には由が寝ていて、足元にはくーがいるらしく、たまにフーンというため息のような声が聞こえる。私は頭痛の手伝って、じっとしていると、また眠りに引き込まれた。

年休は4月の21日に改めて新年度の20日間が追加される。できれば多くを繰り越したいのだが、昔他の休暇も含めて全て使い切ってしまってからは、なかなか繰り越しの日数もMAXの20日に満たない。積立休暇なぞは毎年ほぼ完全に使い切っているので、今年度も0からのスタートだ。どちらにしても私のような休まなければならない日がある身体を持った人間にとって、有給休暇は大事なのだ。

有給休暇を使わない事を自慢にしている人は減ったが、今でもいるのは事実だ。また有給休暇を取る事で、白い目を向けられたりするような職場もまだまだある。色々な人がいる訳で、健康だけがとりえな人もいるわけだし、その中には仕事ができる人もできない人だっている。なので、私は遠慮せずに年休をしっかり使っている。

といっても大事に使わなければなくなってしまう。そのあたりでいつもそれなりに苦労をしている。熱があっても頭痛でも会社に行く日だってある。健康な人が羨ましいと思うのもそういう時だ。

長く眠りすぎると頭痛が酷くなるのだが、今日はなぜか殆ど眠っていた。何とか体調を戻さないと、今週末は御殿場だし、来週末は北海道なのだから。

写真は私と一緒に寝ていたくーの顔。親バカだがかわいい。

20070219.jpg

2007年02月04日

くーの歯のオペその3

いい足りない程お礼を先生とスタッフに言い、年に1度でも定期的に先生に見て頂きたいと私は思いながら、病院を後にした。

スタッフからも歩けないだろうから、車の中では落ち着くクレートに入れていた方がよいとアドバイスを受けたのだが、くーは駐車場までも100m程は、ふらつきながらも自分の足で歩いた。おとなしく抱かれていないのがくーだったのだ。暴れて仕方なく降ろした途端に、くーはいつものように元気よくリードをひっぱって前に向かって歩いていった。

流石に後ろ足がもつれる事がちょっとあったのだが、それほど気にならない感じだった。でもクレートに納めると、車をスタートさせる前にまるまって眠る体制になっていた。

帰り道、由と先生や歯の話をして帰った。平日金曜日の11時すぎ、都心は大渋滞していて、往路の倍かかってしまったが、途中の弁当屋と鮨屋でランチを買い、家に帰ったのはお昼前だった。

あっという間のオペだったが、先生にお世話になってよかったと思っている。

翌日、翌々日とくーは殆ど寝て過ごした。疼くのかもしれないが、土曜の夕方には、B病院にレントゲンを返しついでと、オペの報告をしに家族ででかけた。20分ほどの片道、途中凄い坂があるルートだが、久しぶりに家族で歩く散歩道は、いつもとかわりはなかった。

変わってしまったのは、くーの歯が1本なくなってしまっただけ。抜かれた歯は2本に割れており、歯の形をしたケースに入れて、渡してくださった。

写真は近所のお世話になっている病院へ行く途中。いつも3人で歩く時は、先に由とくーが歩き、私があとからいつもついていく。

20070204.jpg

2007年02月03日

くーの歯のオペその2

病室と手術台が隣り合わせで、くーはちょっと様子がおかしいとそわそわしだしてしまった。

色々お話を聞き、私達もよくわかっていた事なのだが、全て飼い主の管理不行き届きである事や、これまでの犬の歯についてのケアで、間違いだらけだった事も改めて痛感させられた。くーは我が家で初めての犬であり、そういう意味ではまったく無知な所から我が家の家族となった訳で、飼い主の勉強不足や配慮不足の被害者でもある。

お叱りや注意を沢山頂いたあと、くーの歯を残す事はよくないという話を改めて覚悟を決め、手術をお願いした。

事前に血液検査とレントゲンをB病院で受けてきているので、それらを診て頂いたあと、腕に注射を打たれて、一旦飼い主の腕に戻ってきた。そして落ち着いてきたあと、改めて手術台へ。

全身麻酔というのを初めて目の当たりにした。あっという間にくーの尻尾は手術台の上で力なく伸び、先生は手際よく口の中を覗きながら色々お話をしてくださった。アシスタントの方が数名いらっしゃり、一人はやはり研修にこられている若い子のようで、殆ど遠巻きにみているだけだったようだが、先生とアシスタントのチームは素晴らしく手際よく、動いていた。

しばらくして歯のレントゲンを見ていた先生に飼い主は呼ばれた。くーの歯はそのレントゲンの説明から、歯茎の内部で折れているというのが分かったのだ。当然だが抜くしかなく、グラついていた理由と歯茎の腫れが引かなかった理由がよくわかった。これでは雑菌が入り化膿してしまう。

また犬の歯の構造についてあらためてよく知る機会になった。前歯はほんのちょっとしか頭を出しておらず、奥深く長いものだという事、そして前歯は犬にとって無防備な場所であり、怪我や事故でダメージを受ける可能性が高い場所でもあるという事、奥歯は固いものを噛んでトラブルになる事が最も多い事などを理解できた。

これまで固いものを与える事もあったのだが、結果的にはそれらはまったく間違っていた。奥歯が割れなかったのは運がよかっただけだったのだ。前歯は高速で回転するディスクに砂がついていたりする事により、それを一気に捕らえようとする事で、歯が削れるのは当然の事でもあったのだ。回転しているという事は殆ど考えていなかった飼い主は、くーに謝るしかない。

場所がないという理由だけで、砂地でディスクをやっていた事、下手なスローでくーに危ない目にあわせたのは全て飼い主なのは、言うまでもない。

オペは30分程度だった。麻酔が切れて目を醒ます時に、くーは呼吸がちょっと苦しそうだった。気管に通した管のせいだったらしい。本当に手術で横になっていた時間は短く、麻酔の覚め方もおだやかで早かった。時間がきっちり計算されていたように、くーはしばらくケージの中でぼーっとしたあと、飼い主の腕に戻ってきた。

病院に居たのは2時間弱だったと思う。実質1時間半で初めてのご挨拶から、お大事にと出てきたとう感じだ。先生やスタッフの方には色々なお話を聞かせて頂いた。歯のケアは毎日必要である事や、そのやり方については間違いだらけの情報が氾濫している事など、大変勉強になった時間でもあった。

くーの下の前歯には、溶けてなくなる糸でちょっと縫われており、そこだけ歯が1本なくなっている。これを見るたびに、くーには申し訳ないと思うだろう。親バカな飼い主は、ほんのちょっとだけでも、くーが手術台に横になっている姿を目の当たりにしただけで、正直ものすごくショックだった。その風景は消える事はないだろう。

写真は手術を終えて家に帰ってきてから、ずっと寝て過ごすくー。歯が1本ないのが見える。

20070203.jpg

2007年02月02日

くーの歯のオペその1

会社を家族の手術立ち会いという理由で休んだ。親しい職場の人だけには、犬の手術と言っているが、私にとっては守るべき大切な家族なのは言うまでもない。

今年に入り、くーが歯を怪我した。由の話だと、御殿場で私が睡魔と風邪の気分に負けてロッキーの狭い助手席で寝ている時、ディスクを撮り損ねてディスクに血がついているのに由が気がついていたようだ。後日腫れがひかない歯茎が気になり、指で触ってみると、グラリと歯が動き、悲鳴をあげた。

夕方だったのだが、慌てて歯のトラブルを何度か経験している近所の散歩仲間の一人に電話をし、動物の歯科専門医を紹介して頂き、まずは電話をした。由は動転しており、話がまとまっていなかったが、状況を話すと抜くしかないという結論を出された。そしてその時に手術の予約を入れる事になった。

近所で世話になっている動物病院の先生はとても優しく、的確で、料金も良心的だ。以前話をしたかもしれないが、くーを迎えて数カ月は、病気との戦いであり、もう1軒評判がいいが医療費が高い動物病院に世話になっていた。

仮にそこの最初に世話になった病院をA病院とし、今お世話になっている病院をB病院とすると、その診療費はAがBの2~4倍はかるくかかっていた。そしてくーは我が家に来てからはツメダニが皮膚から見つかったり、毛が直径1cmちょっとごっそり抜けてしまうアカラスの疑いがある程の皮膚病になったり、膀胱炎、ストルバイトが多く療養食を処方、原因不明の嘔吐と下痢になったりして夜中に駆け込んだりと、日々飼い主は心配させられた。

当然医療費はとんでもなくかかり、その頃は動物用の保険も適用されないパピーの頃なので、毎週病院に通って1万円近くを払っているという程、身体が弱かった。しかししばらくして、A病院でお世話になっていた2人の先生のうち、1人が転院してしまい、どうしても好きになれない医者が入ってきた。避妊手術をする上で、その医者にはくーに触れて欲しくなかったので、唯一信用できる医師を名指しし、して頂いた程だった。

程なくしてくーは身体も健康になっていき、散歩仲間からの評判もあって、B病院にいくようになったのだった。今でもそのA病院はあるが、看護師さんなど色々知り合いになったのだが、門を潜っていない。

そのB病院の先生は、オペの予約をした歯の専門医の方を知っていた。研修に行ったというのだ。それだけその専門医の方は有名な方だと改めて知った。同時に草アジで再会したトレーナーの方も、そこの先生の名を仰っていた。これなら任せて間違いはないと由と覚悟を決めて、朝予約の時間よりも1時間近く前に病院の前に着いた。

場所はよく分からなかったが、住所から見つけた。しかし駐車場がわからず、予約の20分前まで待った上で電話をすると、アシスタントの方が出てこられて駐車場まで案内してくださった。

由とくーには外で待っていてもらい、一緒に病院に入る。緊張と不安で私も胃が痛い程だった。

写真は歯が痛いのか痛くないのかわからないが、アジ練中のくー。

20070202.jpg

2007年01月15日

くーの歯が…

先週金曜に、くーの歯に大問題が発生しているのに気がついた。私が会社から帰ってきてまもなく、洋服を脱いでリビングに降りて来た途端、由の悲鳴に似た息を飲む声が聞こえた。どうも下前歯の歯茎が腫れており、触った所グラっと動いたという事らしい。

前歯は以前から結構削れたのか欠けたのか、下が特に短くなっていた。下の犬歯も、先が削れている。これはどうも、近所の公園でディスクを投げていたのが原因らしい事に、しばらくしてから気がついたのだった。

砂が敷かれた公園では、ディスクはよだれですぐに濡れ、そこに砂が付着。犬はそれを口でくわえて帰ってくるのだが、その時にヤスリのように削れてしまうという事らしい。

犬歯はそれが相当削れてから調べた所、そういう理由があったことを知った。そんな事になるというのも知らないダメ飼い主だ。前歯の下も、パピーの頃から固いものを食べさせたり、生骨を食べさせたりしていたのが原因かと思っていた。

慌てて近所の犬仲間とアジの知り合いが歯を専門に診ているお医者さんの話をしていた事から、その人を調べて電話をしてみた。由も相当に焦っていた事もあり、怖そうな女医さんが電話に出た。その方が、この世界では相当に有名な先生らしい。

近所でお世話になっている動物病院の先生も、この先生の講習を受けたらしい。どうもやはりそのグラつく歯は、オペをして抜かねばならないらしく、トントン拍子で2月のある平日にオペ日が決まった。私は会社を休んで車でその病院にいく事になった。

くーの歯がダメになる事は、飼い主の管理が悪かった以上の何者でもない。申し訳ない気持ち一杯で、私のあぐらをかいた足の上で気持ちよさそうに寝ているくーを撫でてやった。

犬を家族に迎える事を決めてから、本当に色々な事を勉強してきた。知らない事だらけだったし、おまけに今でもまだまだ知らなかった事は出てくる。自称犬の事は私に聴いてという人はとても大勢いるのだが、私は今付き合っている人々のレベルが標準になってしまっている事もあり、自分達がまだ経験も知識も不足している事を痛いほど感じずにはいられない。

まだ4歳にして前歯を1本失う事になってしまったくーに申し訳なく思う事で、相当に凹んでしまった。誤っても許して貰えないと思うけど、ごめんよ、くー。

オペを前後して、アジ練や競技会はちょっと休まなければならなくなりそうだ。

20070115.jpg

2007年01月06日

久しぶりな定期通院

正月から通院。というか、昨年競技会や練習の関係で、結局延期になってしまった定期通院がこの日にずれ込んだだけなのだが、朝から病院へ。

今日から天気が大幅に崩れるという事で、横殴りの雨。マスクをすると眼鏡が曇り、前が見えにくい。

病院はこんな日なのに混んでいた。予定よりもはるかに時間がかかり、全て終了したのが10時を過ぎてしまった。これでも10年以上前から比べたらマシなのだが、やっぱり待たされるのは困る。その時間を使ってブログの文章を打ったりしていた。

明日は予定ではまた御殿場なのだが、相当に冷え込むかもしれない。タイヤも今年は関東エリアしか動かないと思っていたので、今だにスタッドレスに換えていない。スノーシューをしに行くなら、換えなければならないのだが、今の所特に予定はなく、親戚犬の知り合いの皆さんと、昨年のように行く事になれば、またガレージまで行って換える事になるだろうか。

このスタッドレスも8年目。そろそろヤバイと思いつつも、山もあるしゴムの柔らかさもあるので、そのまま使っている。その時一番安かったY社のものなのだが、なかなか耐久性もあるようだ。あと2年、10年は使おうかと思っている。屋内保管なのがマシなのかもしれない。

昼前に帰ってきて、またゆっくりと暖かいコーヒーなど飲みながら、足元に来て体をくっつけてくるくーをなでているとほっとする。

昼は病院帰りに買ってきた麺通団のうどんとゲソ天とわかめのかき揚げと竹輪天をあわせて食べた。

写真は3日のコンタクト練習のもの。ドッグウォークで私が一緒にコンタクト横でプレッシャーをかけると、ウィルパさんから「くーちゃん楽しそうじゃないみたい」と言われ、悩むのだった。アジをやる以上、コンタクトはこなさなければならない課題。できれば楽しみながらコンタクトができるように教えてやりたいのだが…

20070106.jpg

2006年10月24日

インフル予防注射1回目

長い風邪に苦しんでいたのだが、日曜の競技会までは結構辛い日々が続いていた。だましだましというのが一番合っているだろう。まさにその通りで、一週間のうち、木曜、金曜だけ会社に行き、土曜は朝だけ病院、そして日曜は寒川で朝から晩まで屋外で過ごす、といういきなりハードなメニュー。

朝は涼しくてよかったが、日中晴れて日差しが出た途端、私のパワーがダウン。暑いというのだけでいきなりバテる私は、困ったもので対してそれが暑くなくてもダメなようだ。一気に疲れてきてしまい、午後少しまた曇ったあたりから少し復調。

そのままの天候ならよかったのだが、閉会前になんと霧雨。傘をささないとビショ濡れになる程の雨量があり、撤収が間に合わず、タープも少し濡れてしまった。まだロッキーのリアで、少し湿っているだろう。

来週末はキャンプなので、装備の見直しが少し必要になるのだが、真冬用のシュラフはいらないとみている。我が家の真冬用のシュラフは、雪中キャンプができる性能がある、モンベル・ダウンハガー1なのだ。これだと汗をかいてしまう。

それだけでなく、積載時に結構霧雨が入り込んで、濡れてしまっている。それからずっと雨は降り続いている訳で、カビ臭くならないか心配だ。

そんな状況で病み上がりの私は濡れながら片づけをして、帰りの車では寒くて暖房を入れた程だったので、正直また体調を崩すのではないかと心配だったのだ。

しかしなんとか持ち直し、明らかに土曜までよりは気分がよい。昨日の月曜には、なんとインフルエンザの予防注射の1回目を受けてしまった程に回復した。

いつもワクチンを打つと、注射した部分が晴れあがって、少し熱っぽくなるのだが、今回は大丈夫なようだ。まあ触ってみるとぽっこり軽く腫れているのがわかるのだが…。

4~5年前くらいから、インフルエンザの予防注射を受けるようにしている。私がかかると、それこそ命にかかわるので、少しでもそのリスクを回避したいと思うのだ。

しかし昨年などはAB両方のタイプが流行り、片方に見事にかかってしまっている。両方かかるよりははるかにマシなので、意味はあると思っている。

2回目は3週間位あと。うまくワクチンが当たって欲しい。

写真は愛用のモステントとロッキー。場所は御殿場のアジ練フィールド。来週末もこのテントでキャンプだ。

20061024.jpg

2006年10月21日

定期通院の土曜日

2カ月毎の定期通院。朝8時半からの予約がとれているので、由とくーを起こさないように出かけた。

8:10分前に受付を終わらせ、外に食事に出かける。かるく朝食を取り、戻ると診療開始の8時半前にもかかわらず、私を担当医が探していた。早めに診察を始めたらしい。慌てて小走りしたせいで、また汗をかいてしまった。

9月の下旬と、先週10月上旬にかけて体調を大きく崩した事や、近所の開業医の先生が申し送りを書いてくれたので、それを渡しながら説明する。毎年この頃に調子崩すねと言われ、ちゃんと吸入系の薬をとっているかと言われ、適当にごまかす。結構忘れがちというよりも、この薬を使うと声が出にくくなるのだ。仕事で会話が辛くなるので、調子のいい時はたまに抜いていたりした。

これでも以前までに使っていた薬よりも、声がれが抑えられる薬に変えて貰ったのだが、なかなか実感がもてない。しかし、やはりこの時期位はちゃんとやった方がよいようだ。

流石に30年以上、喘息の薬を体に入れている訳で、段々といい加減になってくる部分というのもある。あらためて処方されたものはちゃんとつかわないとと思う事しかり。

あと秋は年間を通じて一番調子が悪い時があると話すと、夏に繁殖したハウスダストや家ダニのアレルゲンが少なからず一番多い時期という事も原因だと言われた。確かにそうかもしれない。我が家には抜け毛女王のくー様がいる訳で。

今だ気分がすぐれない風邪の話をして、薬を追加してもらったせいか、処方箋薬局で時間を食ったが、結局10時前には家に帰っていた。10時をすぎていれば、もっと買い物もできたのだろうが、まあいいだろう。

明日の競技会に向けて準備もあるので、今日はゆっくりするつもりだ。これはちなみに院外処方箋による薬待ちの時間に書いてみた。

写真は意味はないが、ちょっと前にハマっていたもの。サークルKサンクス系で販売されていた、梅ヶ丘の美登利寿司プロデュースの、とろさんま鮨(390円)とくー。なかなかおいしかった。

20061021.jpg

2006年10月16日

風邪はまだ長引くようで

気分が悪い。熱は微熱になったのだが、これでもかという気分の悪さが残り、胃も荒れている。朝8:40にまた病院に行き、薬を出して貰うが、病院に辿りつく徒歩7分程度の間に喘息の発作もおきてしまう。

この秋は年休を使いすぎている。ある程度毎年計算して使っているのだが、この秋はあまりにも体調が悪い。喘息も点滴を受ける程だし、風邪も妙に長引く。インフルエンザの予防注射も受けたいが、今の体調では受けられない。

今日も殆ど布団の中で過ごした。

写真は以前の療養中の1シーン。私が横になるのが辛かった時、テーブルの間に入り込んできてくーがいつもあご乗せ姿をした。私はあまり考えなしに、くーの頭にあごをのせてやると、逃げずにそのまま動かずにじっとしていた。少しは私の体調が悪いのを判っているのかもしれない。

明日も休めば4日目…しかし微熱は下がらず体調はまったくよくなっていない…

20061016.jpg

2006年10月13日

風邪悪化

症状は悪化するばかり。寝返りも咳き込みながら過ごす。昨日より具合はよくなく、熱はたいしたことはないのだが喉の痛みと咳と鼻が酷い。声が出なくなってしまった。

今週末の試験に向けて、勉強でもすればと思ったが、ブログを書く事も、今抱えている2つの小さい副業ん事も一切手をつけられない。これほど頭がまとまらない状態で、勉強できる訳がない。とにかくひたすら安静にしているしかない。

食欲もなく、ヨーグルト以外は殆ど食べず。自分で大抵の体調不良時には昼食とか作るのだが、今回はトイレと水分摂取以外は殆ど動けず。くーは由がバイトにでかけている間は、ベッドの下で居眠りをしているが、それ以外は由の所に居る。なでる為に体を起こすのも辛いので、どうしようもないのだが…

また気管支にくる風邪のせいか、喘息もちょっと動くと苦しくなる。パソコンを開かない日がこれで2日。年休が気になる。

写真は冬になるとくーは暖かい所に潜るようで、私もここ数日、こんな風に呼吸する鼻と口だけを出して布団に潜っていた。

20061013.jpg

2006年10月12日

急激に体調悪化

昨日の昼から急激に体調を崩し、2時間ほどフレックスで会社を早退した。その足で病院へ。喉が真っ赤に腫れあがり、咳と鼻が酷い。会社で流行っている風邪のようだが、私の場合気管支にくると人の何倍も辛い症状になってしまう。

過去マイコプラズマ肺炎を何度も起こしている私の肺は、感染症に弱いのか、喘息が引き金になっているのか、同じ風邪でもダメージの受け方が大きいのだ。

今日はもう何もできないで寝るだけ。仕事はとりあえずできるだけの事をしてきたが、今週はもうダメかもしれない。後輩に託してとりあえず1日でも早く回復できるように頑張ろうと思う。

写真は私が寝ている間にくーが横で寝ていた時のもの。そろそろ布団にあがってくる季節になった。

20061012.jpg

2006年09月29日

喘息くん

実は日曜から火曜まで、久しぶりにひどい持病の発作に見舞われ、ダウンしていた。

幼少の頃、それこそ夜に父親が車に載せ、病院に救急扱いで駆け込み、点滴を受けたりした事が少なくとも10数回あった。

しばらくして、3年に1度、5年に1度という感じでそういうひどい発作はなくなったのだが、ここ10年以上経験していなかった発作に今回は見事に見舞われた。

ちょっと息苦しい時なんかはこれまでもよくあるのだが、点滴を受ける程ひどくならないのか、地元の開業医の先生は、点滴するまでもないと薬で対応してくれていた。ただこれが定期通院している大学病院だと、すぐに点滴となる。このあたりの違いは何なんだろうか。納得のいかない治療方法はこれまでも多々あるので、いちいち聞くのも面倒臭い。

今回は日曜の夜中というか、月曜の未明0時から3時頃まで、ひどい発作に見舞われ、寝る事ができなかった。結局明け方5時頃にうとうとしたので、もう会社にも行けず、診療の始まる9時前に病院に行った。我が家から徒歩10分弱のその病院までで、治まってきた発作がまたひどくなった。

そして診察後すぐに点滴と吸入を受ける。1時間程椅子に座り、じっと待っていると、少し楽になってそのまま気管支拡張剤の薬を貰い、帰った。

この症状ではもう会社なんかに行ける訳もなく、また横になるのも楽ではないので、椅子に座りじっとしていた。由はバイトに昼前から午後まで出掛け、くーは私が居る事が少し嬉しいようだが、由が出掛けると殆ど寝て過ごしていた。

また夕方になって少し苦しくなってきたので、病院に行く。別なステロイド系の薬で吸入をし、少しおちつた。但し、夜これ以上ひどくなったなら、救急で大きい病院に行くように言われる。薬も胸に貼るタイプと、炎症を抑える薬、胃薬と増えた。

結果的にはその月曜の夜は酷くならなかったのだが、結局眠る事があまりできず、火曜も会社を休んでしまった。体は薬のせいで何だか力が入らず、手は震えてしまっている。

そんなこんなで普通の生活に戻ったのは木曜日。大事な積立休暇を使ってしまった。これから寒くなるシーズン、インフルエンザの予防注射もする予定だが、年休を大事に使わないといけない。

自分の体もこんなだが、年休の残りを気にする事も、忘れてはいない。

久しぶりのひどい発作は、流石にちょっと堪えた。

写真は病院の片隅の椅子に座り、点滴を受ける私の腕。隠れて携帯で撮ったので、ブレまくっている。

20060929.jpg

2006年08月04日

心電図検査

いきなり物騒な話だが、昨日から今日にかけて、私の胸にはホルター心電図計測器のセンサーがとりつけられ、外せない状態になっていた。先日の会社の人間ドックで再検査になり、これを装着させられる事になった。

昨日まで比較的涼しかったのだが、昨日から夏も本番という感じの暑さ。そんな日に風呂に入れないというのはちょっと辛い。なので、由に手伝って貰いながら、計測器が濡れないように、体を拭くだけになる。面倒だが仕方がない。

健康管理室の保健士さんは、涼しくなった秋ごろでもいいですよと言うのだが、この検査自体は結構早めに受けないと危険なのではないかと思い、風呂に入れない事は何とかうまくやって、さっさと検査を受けてしまおうと思ったのだった。

年齢からしても、そろそろ一般的に成人病などの症状が出てきてもおかしくない私は、それでなくても体が弱いので、ちょっとだけ心配になっている。今何かあったら、由やくーはどうしたらいいのだろうかとも思う。しこたま生命保険をかけておかねばと思ったりもする。

まあでも実際は胸が痛いような症状は2~3度あった位なので、習慣性もないし問題はないと思うのでこうして話にもできるのだが、切ったり貼ったりするような事はしない検査なので、まずは進んで受けてみる事にした。検査料も会社持ちな訳だから、丁度よい。おまけに検査を理由にちょっと早く自宅に帰れるのも嬉しい。最近お台場はお祭り騒ぎなので、離れる理由があるのは単純に嬉しい。

脳とか心臓とか、長持ちして貰わないと困る。父親は脳幹部にできた動脈瘤の手術を受けた時、まだ手術が始まっていないのに心停止し、帰らぬ人となってしまった。私たちは絶対にその病院の麻酔に絡むの医療ミスだと思っているのだが、その時は1週間昏睡状態の父親をつき添うだけでもうヘトヘトに心底疲れてしまった。泣き寝入りかもしれないが、少なくとも私や家族はその病院とその執刀医以下スタッフを一生許す事はないだろう。

親しい友人を病気や事故で失ったりする事も、もうまっぴらだ。自分も何とか、平均的な寿命で一生を過ごしたいとそっと願ったりする。

体は健康に限る。それに変わるものはないはず。

写真は1日装着していたホルター心電図計。ちゃんとログは取れていたのだろうか。SDカードが使われていたあたりは、今っぽい。

それよりも今週頭痛がない日が1日もない。今日も結構辛い1日だった。明日は御殿場なのだが、ちょっと心配だ。

20060804.jpg

2006年07月28日

人間ドックの結果

人間ドックの結果が出た。勤務している会社では、満40歳からそれまで職場でやっていた健康診断から、系列病院で行う半日の簡易ドックになる。そしてそれが今度で2度目になる。

この中でバリウムを飲むのが一番うっとうしい。すぐにX線の機械に乗って、機械が動くのは最小限で、その台の上で何度も寝返りを打たされる。何の為に回転する機械なのかわからないが、そうしているうちに腹が圧迫されてガスが出てしまい、再度顆粒の発泡剤を飲むはめになってしまった。

今回、問診でちょっと気になる事を聞いてみた。ごくたまに、胸が痛む時があるという事だ。別に良心が痛むとかそういうのではなく、いわゆるギュっと締めつけられるような痛みを感じる事があったからだ。中でも由が居る時、確か休日の午後だったと思うが、2~3分かそこらそれが続き、あ、これはヤバイと思って横になった事があったのだった。ちょっとだけ痛いとか、同じような症状が10秒か20秒くらい出る時はあったのだが、ちょっと心配になった。

ネットで見てみると、いわゆる狭心症とか心筋梗塞とか、怖い病名が羅列されているが、短時間でかつたまに出るものならそんなに問題はないと言う。私は普段も携帯を胸ポケットに入れるのが好きではないのだが、確かに最近は携帯が大きくなってネックストラップでぶら下げており、胸ポケットに納める事も多くなっているのだが、それも原因だろうか。でもそんな事言ったらもっと大勢が同じ症状になるだろう。

ドックの結果が出て、追加検査項目には、「心臓超音波検査」と「ホルター心電図」と書かれていた。まだ再検査の通知は来ていないが、近いうちこれらの検査をすることになるようだ。

その他はちょっと太り気味という事と、尿酸値が高めである事以外は、特に大きな問題はなさそうだ。体重は何とかしないといけないとずっと思っているが、今の仕事をしているうちは無理かもしれないと思ったりする。

何にしても年齢相応に色々体にガタがきているようだ。まだ早いと思えるものもあるのだが、現代人はこんなものかもしれない。もっと運動をしたいが、運動をすれば持病の発作が起きたりと、悪循環。そう思いながらも、ウォーキングの距離を見直そうと思う今日この頃だったりする。

写真はスリムで締まっている体つきのくー。ころっとしたコーギーもかわいいのだが、くーは昔からこんな感じだ。飼い主の不健康さが問題だ。

20060728.jpg

2006年07月22日

群発性頭痛再発その2

長い事頭痛に悩まされてきた私は、心療内科に通いはじめた。まあそこでいわゆる軽い鬱というか、仕事や職場が起因する、自立神経失調症と診断されるのだが、そのストレスに起因しているのもあるのではないかと言われた。当然確証はないものの、私の性格からは、充分些細な普段の生活の中からストレスを感じ、それにより体に異常が起こるような事はこれまでもあった。果たしてそれは頭痛も同じなのか。

心療内科はピンキリであり、会社が併設する病院では当然、会社に都合の悪い診断は下さない訳で、余り意味のない消化器系の安定化を目的とした漢方の処方で終わってしまった。しばらく通っていたが、この医者ではダメだと本気で思ったのだが、そんな中でとてもラッキーだったのは、とある頭痛専門の医師を紹介してくれた事だった。

その医師には何度も診察を受けた。最初にMRIを撮り、副鼻腔の形を観て貰ったりしつつ、色々な問題が露顕してきた。遺伝で私は鼻の骨が少々曲がっている。父親もそうだったので明白な事実だ。またアレルギー体質も遺伝だったり、喘息やその前に悩まされたアトピーも、血族に多く遺伝と考えるのが自然だった。頭痛は母親が持っていたのだが、それは遺伝なのか分からなかった。

頭痛には女性特有のものと、男性にもあるものとは微妙に違う。私の場合は、それまで片頭痛とばかり思っていたのだが、その頭痛専門医の方に観て頂いた最初に、あなたは群発性頭痛だと診断を下された。確かに症状が多く一致する。何より片頭痛は女性が多いのだが、群発性頭痛は男性も多い。

しかし、結果的にこの頭痛から縁を切る事はできず、いかにうまく付き合っていくかという事だそうだ。その頭痛を専門とする医師は、女性なのだが、本も書いていたりして当時は北里医大の助教授だった。今はその職場から、横浜駅前の病院に移られ、私はまだそこに通った事がないのだが、少なくともそれまでの医師が下した頭痛に関する診断とは比べものにならない程、明確な診断をしてくれた。

群発性頭痛が発症するシーズン(いわゆる3~5カ月の間)は、心臓の血管の膨張を抑制する薬を朝昼晩と服用する事で、頭痛の予防効果がある事が臨床で確認された事から、私もそれを実行してみた。すると、効果がてきめんという訳でもないが、しばらくの間は効果があったように思える状況になった。そして痛くない時期は、特にその予防薬を飲む事もしなくてよく、ここ2年程飲んでいなくても平気だったのだった。

来週から本格的にこの予防薬を飲む事にした。なぜ来週かというと、痛くない時は飲むのを忘れがちなので、来週からはしっかり飲む事を週間つけるように気をつけようといった所だからだ。既に今週も昼や朝に飲むのを忘れているので、来週からは忘れずに飲むぞ、という気分なのだ。

しばらく痛みが出てしまうだろう。何とか安定して欲しい。なんせ、痛い間は地獄の苦しみなのだから…
写真は雲南省は大理の町中を歩いている時に頭痛が出、休憩している所。情けない表情だ。

20060722.jpg

2006年07月21日

群発性頭痛再発その1

私はもともと、というかいつ頃か定かではないが、かなり長い間、頭痛に悩まされている。思い出せる範囲では、社会人になってから、特にひどくなったと思われる。

朝仕事場について、一息ついた途端に右の頭の目の奥が疼きだし、次第に錐のようなとがったもので、グリグリと刺されているような強烈な痛みに発展する。そうなると2~3時間、長ければ10時間近く激痛と戦う事になってしまう。痛い間は何もできず、ただしかめっ面をして、「ヴ~」と唸っているしかない。

横になれる場所があれば、そこでのたうちまわるというのが大げさではあるが一番的確な表現なので使ってしまう位、頭を抱えてじっとしているしかなくなってしまう。運よく眠る事ができるなら、寝てしまうと、これまた運がよければ目が醒めた頃には頭痛が和らいでいる事もある。顧客先に常駐している頃は、徹夜作業者向けの2段ベッドがある部屋があったので、そこでよく寝させて貰ったものだった。

一度痛みが出はじめると、1週間のうち3~5日断続的に毎日発症する。ここ最近、約2年近く治まっていたのだが、先週あたりから痛みのレベルが違う頭痛が再発してしまった感じだ。この痛みとの戦いは、季節的な事が多く、3~5カ月ほど続き、その後はケロっと痛みが出なくなってしまう。その為、本格的な治療というのも、なかなか決心がつかないものだった。
それでも私は喘息の方で2カ月に1度、総合病院に通院しているので、主治医にも何度も相談した。これまでにCTを2度撮っただけで、その結果も異常ナシという診断だった。高い頓服なども試したのだが、殆ど効かなかった。その中で唯一クリアミンという薬が効いたのだが、胃に与えるダメージは強烈で、吐き気を伴うものだった。しかし頭痛の辛さには耐えられずに、随分使った。市販薬ではセデスなどが比較的効いた方だった。

頭痛に悩む人は非常に多いそうだ。特に女性に多いようで、現在でも頭痛については謎が多く、治ったというよりも、今は治まっているというような言い方になるのが殆どらしい。

頭痛がない人がどれだけ日々の生活で楽か、いつも羨ましいと感じる。頭痛のお蔭で、どれだけストレスを感じているか、何故頭痛に悩まされなければならないのかと自分の体を恨む事もある。それだけ頭痛に費やされる時間とその辛さは耐えがたいものがあるのだから。

今ではちょっとだけ対処方法が見つかっているのだが、久しぶりにその症状が再発して、戦々恐々としている所だったりする。やりたい事ができなくなるのは辛い。

写真は北京の紫禁城を望む影山公園の展望台から。この撮影中に頭痛が始まり、ホテルにそそくさと帰った。

20060721.jpg